「吉備津の釜」の「慳(かだま)しき性」に関する
一考察
著者
中田 妙葉
著者別名
Wakaba NAKATA
雑誌名
東洋法学
巻
63
号
2
ページ
358(001)-336(023)
発行年
2020-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00011380/
『雨 月 物 語』 に お い て「 性 さが 」 は、 登 場 人 物 の 人 間 認 識 の 方 法 で あ り、 物 語 の 展 開 の 鍵 と な る 重 要 な 要 素 で あ る。 「浅茅が宿」 「吉備津の釜」 「蛇性の婬」 「青頭巾」は登場人物それぞれの「性」が誘因となって問題を起こし、悲劇 をもたらすことを、克明に描き出す。 一 中村博保氏は『雨月物語評釈』の中で、秋成における「性」について次のように言っている。 秋 成 に お い て は、 「 性 さが 」 は 善 に も 悪 に も、 規 範 に も 重 な ら な い 自 然 の 原 型 を 示 す 言 葉 と し て 用 い ら れ て お り、 個 人 以 前 の 先 験 的 な 所 与 と し て、 む し ろ 人 間 の 現 実 を 規 制 す る 自 然 と し て 自 覚 さ れ て い た。 『雨 夜 物 語 た み こ と ば』 に は「性 は う ま れ つ き た る く せ を い ひ」 と 記 さ れ て お り …(中 略) … つ ま り、 「性」 は 状 況 の 変 化 に か か わ り な く 変 わ ら ぬ 実 体 で あ っ た と 同 時 に、 む し ろ 状 況 に よ っ て そ の 本 質 も 露 呈 さ れ る も の と 考 え ら れ て お り、 個 体(性) と そ の 環 境(状 況) は、 人 間 の 自 然 を 構 成 す る 二 つ の 分 極 と し て 構 想 さ れ て い た。 …(中 略) 《 論 説 》
「吉備津の釜」の「慳(かだま)しき性」に関する一考察
中
田
妙
葉
…この物語は、人間の情念や執念を抽象し、亡霊として現形させる「性」の不思議に小説的主題をおき、性と 状況との葛藤によって構成されていたということがで き ( 1 ) る 。 ま た、 「 性 さが 」 を「人 間 内 部 の 固 有 な 自 然 と 見 る」 の は「秋 成 独 自 の 思 想 で あ っ た」 と し、 秋 成 は「性」 と い う 言 葉 を、 「今日いう 性格 0 0 と、性格以前の潜在的で固有なものという二通りのニュアンスで用いている」とも言って い ( 2 ) る 。 さらに長島弘明氏は、 『雨月物語』の「性」は人間として普遍的なものではなく、男の「性」 、女の「性」それぞ れ別のものとして扱われていることを指摘する。 『雨 月 物 語』 が、 人 間 の 本 源 的・ 普 遍 的 な「性」 を 目 指 し、 現 実 の 階 層 や 職 種 の 別 を 基 準 と し た 分 類 を 無 化 し ようとしているといっても、そこには自ずとある限界がある。……男・女という区別が、近世期においても、 もっとも強力な線引きであり、無化することの困難な分類であったことは、言うまでも な ( 3 ) い 。 秋成にとって人間共通の「性」という認識はなく、あくまでも男と女それぞれ異なる「性」を持っているという 認識であることは、 『雨月物語』には明白に示されている。 まずは、 『雨月物語』の中でどのように「性」が表現されているか見ていきたい。全九作品中、 「性」という言葉 を使って表現している箇所は、意外に少なく、七カ所しかない。傍線を引いて示した。 (一) 「浅茅が宿」で、勝四郎の生来の性格を述べていう‥ 勝 四 郎 と い ふ 男 あ り け り。 祖 父 よ り 旧 し く こ ゝ に 住 み。 田 畠 あ ま た 主 づ き て 家 豊 に 暮 し け る が。 生 長 て 物 に かゝはらぬ 性 さが より。農作をうたてき物に厭ひけるま ゝ に。はた家貧しくなりにけり。 (二) 「吉備津の釜」の冒頭に述べられる、妬婦論の中の一節‥
夫のおのれをよく脩めて教へなば。此患おのづから避くべきものを。只かりそめなる徒ことに。 女の 慳 かだま しき 性 さが を募らしめて。其身の憂をもとむるにぞありける。 (三) 「吉備津の釜」で、妻の磯良が夫正太郎の「性」をよく考慮して対応していることを述べた箇所‥ 香央の女子磯良かしこに往きてより。夙に起。おそく臥て。常に舅姑の傍を去ず。 夫が 性 さが をはかりて。心を尽 くして仕へければ。井沢夫婦は孝節を感たしとて歓びに耐ねば。正太郎も其志に愛て。むつまじくかたらひけ り。 (四) 「吉備津の釜」正太郎の性分を評したもの‥ されどおのがま ゝ の 姧 たはけ たる 性 さが はいかにせん。いつの比より鞆の津の袖といふ妓女にふかくなじみて。遂に贖ひ い出し。 (五) 「蛇性の婬」で、当麻の酒人が豊雄に、真女子の正体が蛇であることを告げた‥ 此邪神は年経たる蛇なり。 かれが 性 さが は 淫 みだり なる物 にて。牛と孳みては麟を生み。馬とあひては龍馬を生む (六) 「青頭巾」中に、快庵禅師が、鬼や異類に化けた女の例を述べたもの‥ 凡そ 女の 性 さが の 慳 かだま しき には。さる浅ましき鬼にも化するなり。 (七) 「青頭巾」で、同じく快庵禅師が食人鬼になった阿闍梨の「性」を推測して言ったもの‥ あはれよき法師なるべきものを。一たび愛慾の迷路に入て。無明の業火の熾なるより鬼と化したるも。ひとへ に 直くたくましき 性 さが のなす所なるぞかし。 明らかに、男と女の性が区別されている。勝四郎は「物にかゝはらぬ性」 、正太郎は「 姧 たはけ たる性」 、鬼僧は「直く た く ま し き 性」 で あ る。 「 姧 たはけ た る」 正 太 郎 は、 い か に も 問 題 を 引 き 起 こ し そ う な「性」 で あ る。 し か し、 他 の 二 つ
の「物 に か ゝ は ら ぬ 性」 は 気 性 の さ っ ぱ り し た、 人 好 き の す る よ う な 人 柄 を 想 像 さ せ る。 鬼 僧 の「性」 に 至 っ て は、それほどの剛毅な性が、何故鬼僧と至らしめたのかが気になるところである。これらが男の「性」であるが、 女の「性」は様相を一変する。真女子は「 婬 みだり なる性」であるという。これは女というよりも、異類だからという説 明もつくかとは思う。しかしながら、所謂一般的に女というものは「 慳 かだま しき性」を持っているという論が「吉備津 の釜」のみならず「青頭巾」にも示されている。多く指摘されているところであるが、同じ鬼になるにしても、男 の性は「直くたくまし」いからであり、対して女の性は「 慳 かだま し」 、救い難いものであると、秋成は論じるのである。 こ の よ う に、 「性」 と い う 言 葉 は、 個 人 特 有 の 性 格 だ け に と ど ま ら な い。 確 か に、 右 に 記 し た「物 に か ゝ は ら ぬ 性」 「 姧 たはけ た る 性」 な ど は、 勝 四 郎 や 正 太 郎 に 特 徴 付 け ら れ た 性 格 で あ る。 勝 四 郎 の「性」 は あ く ま で も「物 に か ゝ は ら ぬ 性」 で あ り、 「 姧 たはけ た る 性」 と は な ら な い。 正 太 郎 も 又 し か り で あ る。 何 故 な ら、 物 語 は、 そ の 彼 ら の「性」 を契機として展開していくから。彼らの身の上に起こった出来事は悲劇は、彼らの「性」によって否応なしに引き 起こされていったものである。しかし本人達は、自分の身に降りかかる悲壮な思いや惨劇は、自らが選択している こととは気づいていない。気が付いているのは読者だけである。それは、語り手が、導入部で彼らの「性」を宣告 することで、読者は自然と彼ら、彼女ら各々の「性」を念頭に置く。それが故に、彼ら、彼女らが事件に身を投じ る こ と に な っ た と 解 し な が ら 読 み 進 め て い く の で あ る。 つ ま り 個 々 に 異 な っ て い て も、 「性」 は 個 人 の 意 志 に よ っ て制御できない気質であり、また男一般、女一般に通有する性格として繋がってゆく気質ともい え ( 4 ) る 。 二 こ こ で、 先 に 挙 げ た「性」 の う ち、 「 姧 たはけ た る 性」 と「 慳 かだま し き 性」 に 注 目 し た い。 何 故 な ら、 先 に み た「性」 の 表
現 の 中 で、 男 性 の「性」 の 表 現 の う ち、 唯 一 救 い の な い 負 の 表 現 を さ れ て い る。 ま た、 「 慳 かだま し き 性」 は 女 の「性」 の 一 般 的 特 徴 だ と し て、 「吉 備 津 の 釜」 と「青 頭 巾」 二 つ の 作 品 に 述 べ ら れ て い る。 さ ら に、 特 筆 す べ き 点 は、 ど ちらの「性」も漢字に振られているルビが、当該漢字の読みではないことである。次に「吉備津の釜」に使われて いる「 姧 たはけ たる性」 「 慳 かだま しき性」 、それぞれの意味を検討してみる。 「 姧 たはけ た る 性」 は 正 太 郎 の「性」 を 評 し た も の で あ る。 「姧」 と い う 漢 字 は 本 来、 「男 女 の 関 係 が 正 し く な い、 み だ ら」 と い う 意 味 で あ る。 ま さ し く 妻 の 磯 良 を 捨 て て 妓 女 の 袖 と 駆 け 落 ち を し た 正 太 郎 の 状 況 を 指 し て い る と 言 え る。妻の磯良は、正太郎の「性」をはからいながら、甲斐甲斐しく尽くしているにかかわらず、彼の「 姧 たはけ たる性」 はその妻を捨て、妓女の袖と一緒にいることに何の罪悪感も抱かないでいるのだ。 また、振られているルビの「たわけ」という意味には、 「ふざけること、ふざけた言動」という意味以外に、 「姦 淫すること、禁忌にふれるような性行為」という意味もあり、 「たわけ」という意味も正太郎の言動に一致する。 し か し な が ら 先 に 述 べ た よ う に、 「姧」 と い う 漢 字 は、 ル ビ の「た は け し」 と は 読 ま ず「み だ ら」 ま た は「か だ ま し」 と も 読 む。 意 味 は「悪 賢 く て 誠 意 が な い」 で あ る。 こ こ で、 「姧」 の 漢 字 の 意 味 と「か だ ま し」 と い う 意 味 が 離 れ て い る こ と に 気 づ く。 「姧」 は 本 来「男 女 の み だ ら な 関 係」 を 示 す。 し か し「か だ ま し」 は そ の よ う な 意 味 は 持 た な い。 秋 成 は そ の「か だ ま し」 と い う 特 徴 を 正 太 郎 の「性」 と し て あ ら わ す こ と を 削 除 し、 「た わ け し」 と いう意味を重ねるという、特徴付けを行った。つまり、正太郎の「性」は「男女関係にみだらであり、禁忌にふれ る 行 為 に 及 ん で し ま う 性」 で あ る こ と を あ ら わ す べ く、 「姧」 に 最 も 近 い 意 味 を も つ「た わ け」 と い う ル ビ を 振 っ たのではなかろうか。これはなぜであろう。 恐らく、漢字を示すことで、視覚からの印象という効果、そして「たはけ」という和語のルビを振ることで、日
本人が「たはけ」から自然と思い浮かべることの効果、視覚と音という双方の効果をねらったのではないかと思わ れる。 次 に、 「か だ ま し(姧 し) 」 と い う「悪 賢 く て 誠 意 が な い」 性 は、 「 慳 かだま し き 性」 と 表 現 し、 磯 良 の「性」 ひ い て は 「女性」の「性」として意味付けた。 「慳」という漢字も「 姧 たはけ たる性」での表現と同じように、本来は「かだまし」 と 読 む わ け で は な い。 「お し む」 と 読 み、 「け ち で 物 惜 し み を す る」 と い う 意 味 で あ る。 「 慳 かだま し き 性」 も 視 覚 と 音 の 双方の効果を意識している様子である。ところが、先の「 姧 たはけ たる性」と違って、この「 慳 かだま しき性」は磯良の言動と 重ね合わせたとき、どのように読み解いたら良いのかが、戸惑うところである。彼女の何をもって「悪賢くて誠意 がない」というのだろうか、また「けちで物惜しみをする」というのか。その手がかりをつかむために、まず「 慳 かだま しき性」がはじめに登場する起筆部分の妬婦論を見てみよう。 三 妬 ⑴ 婦の養ひがたきも。老ての後其功を知ると 。咨これ何人の語ぞや。害ひの甚しからぬも商工を妨げ物を破りて。 垣の隣の口をふせぎがたく。害ひの大なるにおよびては。 家 ⑵ を失ひ国をほろぼして 。天が下に笑を伝ふ。 い ⑶ にしへ より此毒にあたる人幾許といふ事をしらず 。 死 ⑷ て蟒となり 。或は 霹 ⑸ 靂を震ふて怨を報ふ類は 。 其 ⑹ 肉を醢にするとも 飽べからず 。さるためしは希なり。 夫のおのれをよく脩めて教へなば。此患おのづから避べきものを 。只かりそめ なる徒ことに。女の慳しき性を募らしめて。其身の憂をもとむるにぞありける。 禽 ⑺ を制するは気にあり。婦を制す るは其夫の雄ゝしきにありといふは 。現にさることぞかし。
こ の 妬 婦 論 の 論 点 は「只 か り そ め な る 徒 こ と に。 女 の 慳 し き 性 を 募 ら し め て。 其 身 の 憂 を も と む る に ぞ あ り け る。 」 の 一 文 に 集 約 さ れ る。 つ ま り、 男 性 は 軽 い 気 持 ち の ち ょ っ と し た 浮 気 が、 女 性 特 有 の「慳(か だ ま) し き 性」を募らせてしまい、その結果は、夫自らその身に憂いや災いを招く、と説いているのだ。どうやら「慳(かだ ま)しき性」というのは、女性の嫉妬心と大きく関係する「性」のようである。 この妬婦論の表現は、主に『五雑俎』巻八人部四から引用したり、その内容を念頭に置いて書かれている。典拠 とともに、妬婦論の意図を探ってみる。直接文言を引用した部分だけでなく、下地として引かれている部分ともに 傍線を引いた。 ⑴「妬 婦 の 養 ひ が た き も。 老 て の 後 其 功 を 知 る と。 」 は、 妬 婦 は 老 い て か ら そ の 功 績 が わ か る、 と 述 べ た 一 文 か ら 取られている。 人 有 为 妒 妇 解 嘲 者 曰 :「士 君 子 情 欲 无 节 , 得 一 严 妇 约 束 之, 亦 动 心 忍 性 之 一 端 也, 故 谚 有 曰 :「 到 老 方 知 妒 妇 功 。」 」坐客不能 难 也, (嫉妬深い婦人のために、あざけりを弁解する人がいた。 「士君子も情欲には節がないが、一人の厳格な婦人を 見出して、監督させると、心を動かし性を忍ぶ一端となる。だから、老いに到って方に妬婦の功を知る、とい うのだ」というので、一座の人たちは、これを論難することができなかった。 ) ⑵「家を失ひ国をほろぼして」は、名妓というものは人を惑わせる程度が甚だしいことを、歴代の太子や権力者の 例を挙げて論じている箇所からの引用である。 名伎之惑人, 丧 家亡身者多矣 。婢妾 则 原碧乱王, 樱 桃惑石。…… 贤智之人不能自克,何也?至于迷惑伉 俪 以 殒 其躯 ,若 长 卿之于文君、荀粲之于曹氏,抑又罕矣。
(名 妓 は 人 を 惑 わ せ る も の で あ っ て、 家 を 喪 い、 身 を 亡 ぼ す 例 が 多 い の で あ る。 婢 や 妾 で は 原 碧 が 王 莽 を 迷 わ せ、 樱 桃が石虎を惑わせた。……賢知の人もよく自制することができないのは、何故であろうか。美女の愛に 溺れてその身を滅ぼすに至るのであって、司馬相如の卓文君における、荀粲の曹氏におけるごときは、そもそ もまれであろう。 ) ここで注意したいのは、引用されていないが、後半「 」部分の「 贤 智之人不能自克,何也?至于迷惑伉 俪 以 殒 其躯」という箇所である。賢くて知恵のある、見識のある人々でさえ名妓の色香に勝つことはできず、自制でき ないまま愛欲に溺れ、身を亡ぼすことを述べている。この箇所の注目すべき理由は後に述べる。 ⑶「いにしへより此毒にあたる人幾許といふ事をしらず」は、次の箇所を下地にしている。典拠文では、この文言 は、後に続く妬婦を羅列するための、導入句である。 古今妒 妇 充 栋 不 胜书 也 。今略 记 于左 : (古 今 の 妬 婦 は 実 に 数 多 く い て、 一 々 書 き し る す こ と が で き な い ほ ど で あ る が、 い ま 左 に 略 記 す る こ と に す る。 ) これ以後、六十人ほどの妬婦の事象が紹介されていく。その中の三例ほどを、秋成は引用しており、⑷~⑹として 左に取り上げる。 ⑷「死て蟒となり」は、 梁郗氏之死 为 巨蟒(梁の郗氏は死して蟒となり) ⑸「霹靂を震ふて怨を報ふ類は」は、 蜀功臣家富声伎,妻在不敢属目;妻死之后方欲召幸, 大声霹 雳 起于床 箦 ,惊怖得病,竟 殒 其躯 。
(蜀 の 功 臣 の 家 に は 歌 い 女 が 沢 山 い た が、 妻 の 存 命 中 は 決 し て 目 を 向 け な か っ た。 妻 が 亡 く な っ て か ら、 は じ めてよびよせて寵愛しようとすると、ベッドの敷板のところから、大きな雷鳴がとどろいたので、驚きと怖れ のあまり病気になり、ついに死んでしまった。 ) ⑹「其肉を醢にするとも飽べからず」は、 故 治 妒 者 , 轻 则 当 如 宋 明 帝 之 于 刘 休 妻 , 决 杖 二 十 , 赐 妾 别 处 ; 重 则 我 太 祖 之 于 常 遇 春 妻 , 菹 醢 其肉 , 以 赐 群 臣。 (で あ る か ら、 嫉 妬 を 治 す の は、 軽 け れ ば、 宋 の 明 帝 が 劉 休 の 妻 に 対 し て と っ た 処 置、 即 ち 杖 叩 き 二 十 の う え、妾を賜って別のところに住まわせるというようなことを当然すべきであり、重ければわが太祖が常遇春の 妻に対してとった処置、つまりその肉を酢漬けや塩漬けにして、群臣に賜る、というようなことをすべきであ る。 ) そ う し て、 挙 げ た こ れ ら の 例 に 対 し、 秋 成 は 続 け て、 「さ る た め し は 希 な り」 と、 こ の よ う な ひ ど い 例 は 滅 多 に な いとしている。しかし、当の『五雑俎』では、⑹の典拠文に続けて、秋成の言葉とは反対の意見を唱える。 使天之于妒 妇 皆知王延翰之妻也,然亦不 胜 其雷矣。使君之于妒 妇 皆如常开平之妻也,然而不 胜 其醢矣。使佛之 于妒 妇 皆如梁武帝之郗氏也,然而不 胜 其 忏 矣。 (も し 天 の 妬 婦 に 対 す る 処 置 を、 閩 の 王 延 翰 の 妻 に し た よ う に す る な ら ば、 雷 が い く ら あ っ て も 足 り な い だ ろ う。もし天子の妬婦に対する処置を、全て常開平の妻にしたようにするならば、いくら塩漬けにしても足りは しないだろう。もし仏の妬婦に対する処置を、全て梁の武帝の郗氏にしたようにするならば、いくら懺悔して も足りはしないだろう。 ) 右の文句は妬婦への対処方法を、四名の処罰を受けた妬婦の例を挙げつつも、結局はこれらの対処をいくらやって
も切りがない。それ程妬婦は多いのだということを言っている。その四例の内、二例はまさしく秋成が引用した⑷ と⑹の妬婦の例である。これは秋成が六十の妬婦の例から選んだのが、偶然この箇所でも取り上げられていたとい うわけではないであろう。更に、秋成が取り上げた例ではないものの、閩王延の妻は、最期には身を雷に砕かれた という。まさに、⑸の例が雷を取り上げていることに注意した時に、秋成が上の文を執筆する際に、この段落が意 識にあった、といえるのではないだろうか。 「さるためしは希なり。 」といっても、その前には、嫉妬深い女の害はさほどひどくなくとも「商工を妨げ物を破 りて。垣の隣の口をふせぎがた」い程の障りは生じると述べる。町人からすれば生活の糧を得る家業に差し障りが あるということは、十分に生き死にに関わる障りである。この五雑俎の典拠内容を知っている者ならば、恐らく字 義どおり、 「希なり」とは読まないであろう。 四 ⑺「禽を制するは気にあり。婦を制するは其夫の雄ゝしきにありといふは」は、鳥類を気合いで制するという原理 を引き合いに出し、婦人に嫉妬を起こさせないように制御するための方策は、男性自身が気性をしっかりと持つこ とにあると諭している。この箇所は、次の典拠による。 昔人云 :「禽之制在气。 」然 则妇 之制夫固有出于勇力之外者矣。 (昔 の 人 は「鳥 類 を 制 す る も の は、 気 に あ る」 と い う。 と す る な ら、 婦 人 を 制 す る の は、 夫 が 本 来 持 っ て い る 勇力の外に出るものである。 )
この引用意図は、秋成が主張したい持論――「夫のおのれをよく脩めて教へなば。此患おのづから避べきものを」 ――を、中国典籍から引用することで理論的補強を行うことにあるだろう。つまり、日本のみならず古今東西見て も、その主張に理があることを意義づけることができる、と考えたのではないだろうか。 また、この言葉が『五雑俎』の典拠にはないことから、中村博保氏は「吉備津の釜」で起こりうる事柄を提示す る、呼び水の役割をもっているとする。 原文にはない強い筆勢をはらんで記されている。叙述は一転して、 「さるためしは希」であり、 「女の慳しき性 を 募 ら し め」 「此 患」 を 招 く は、 む し ろ「夫 の お の れ を よ く 脩 め て 教 へ」 な か っ た こ と に 原 因 が あ る と 説 く。 つ ま り 女 性 一 般 に 内 在 す る 嫉 妬 の 悪 を 誘 発 す る も の は 男 性 の 側 の あ り 方 で あ る と 説 い て お り、 原 文 に は な い 「其の夫の雄々しさ」という言葉が示されて い ( 5 ) る 。 ここで、 「夫のおのれをよく脩めて教へなば。 」ということが、 「事件をあらかじめ予告するもの」として、 「夫のお のれをよく脩め」た肯定的に展開する話なのか、それとも「よく脩め」られなかった否定的な展開が待っているの かは、中村氏は述べていない。そこを田中厚一氏は、この文言が「吉備津の釜」の重要なテーマの一つであると説 くと共に、否定的な展開の宣言だと称える。 語り手のこの部分で中心的なテーマは妬婦の害はやっかいなものであるけれども、それらはすべて夫の雄々し さ で 回 避 で き る、 と い う 点 に あ っ た。 傍 線 `④( 「禽 を 制 す る は ~ 雄 々 し き に あ り」 を 指 す ― 筆 者 注) は 同 じ く 「五 雑 俎」 巻 八 に そ の 典 拠 が み ら れ る わ け で 傍 線 ④( 「夫 の お の れ を ~ も と む に ぞ あ り け る」 を 指 す ― 筆 者 注) はいわば典拠に裏うちされた語り手の確固たる信念であり、何故に語り手がこのようなことを語らねばならぬ のかを示したものであった。……物語の中心的な問題意識を、語り手は「夫の雄々しさ」においていたのであ
り、従ってそれとは正反対の正太郎という人物がまきおこす物語との比較のためにこの話を把握していたこと に な ( 6 ) る 。 田 中 氏 は、 「夫 の 雄 々 し さ」 と は「正 反 対」 の 正 太 郎 の「姧 た る 性」 を 際 立 た せ る た め の 視 点 で あ り、 そ の 問 題 意識を正面から物語の主旋律とするのではなく、正反対の人物を主旋律にもつことで「正太郎という人物が巻きお こ す 物 語 と の 比 較」 を し な が ら、 そ の 上 で 物 語 を 展 開 し、 問 題 意 識 を 強 調 し て い る と、 物 語 の 構 成 手 法 を 分 析 す る。 結論を見れば、田中氏のいう物語の手法は理解できる。しかしながら、読者は物語が始まって間もなく、正太郎 の 性 を 評 し て、 「お の が ま ま の 姧 た る 性 は い か に せ ん」 と 述 べ ら れ た と し て も、 や は り 正 太 郎 が「夫 の 雄 々 し さ」 で、その「おのがままの姧たる性」を制することを期待しながら読み進めるのではないだろうか。そうして物語の 最期には、おのがままの性を制することができなかったが故の、悲惨な結果を目の当たりにするのである。妬婦を 甘く見て、おのがままの性を制御せずに放逸したままにしておくと、結果、自分の破滅へと自らを追い込むことに なると、凄惨な表現で読者の眼前に提示する。本来磯良は働き者で、舅姑の世話は甲斐甲斐しく行い、夫の気嫌を 損ねることなく心を尽して嫁業を勤めた。その様は、誰もが満足するものだった彼女を妻として、正太郎も愛でる 程であった。彼女に落ち度がないだけに、正太郎が「雄々しさ」を持って制御しなければいけないのは、妬婦でな く、 「いかにせん」と飽きれられている「おのがままの姧たる性」であることが明白となる展開となっている。 五 し か し な が ら、 『五 雑 俎』 に 通 じ て い る も の で あ れ ば、 秋 成 の「確 固 た る 信 念」 で あ る「夫 の お の れ を よ く 脩
め」られるとは、考えないであろう。また、そこを秋成も見計らっていたのではないだろうか。何故なら、秋成が 「吉 備 津 の 釜」 で 典 拠 と し た『五 雑 俎』 巻 八 人 部 四 に お い て 述 べ ら れ て い る こ と は、 ほ ぼ 夫 が 妬 婦 に 悩 ま さ れ、 美 女や名妓に翻弄されている事に対する、嘲りを通り越した、嘆きの羅列だからである。 例えば、典拠である「昔人云 :「禽之制在气。 」然 则妇 之制夫固有出于勇力之外者矣」のすぐ前には、以下の文が 述べられている。 宋 时 妒 妇 差少,由其道学家法 谨严 所致,至国朝 则 不 胜书 矣。其猥 琐 者无 论 ,吾独 叹 王文成伯安内 谈 性命,外 树 勋 猷 ; 戚 大 将 军 元 敬 南 平 北 讨 , 威 震 夷 夏, 汪 少 司 马 伯 玉 锦 心 绣 口, 旗 鼓 中 原, 而 令 不 行 于 阃 内, 胆 常 落 于 女 戎,甘心以百 煉 之 刚 化作 绕 指也,亦可怪矣。昔人云……。 (宋 の 時 代 に は 妬 婦 が や や 少 な か っ た が、 こ れ は 道 学 の 家 法 の 謹 厳 さ の い た す と こ ろ に よ る も の で あ っ た。 し かし、わが朝に至ると、一々書きあげられないほどある。その猥らでいやらしいことは無論のことであるが、 ただ嘆かわしいのは、王文成伯が内には性命を淡じ、外に勲功を樹立し、大将軍の威元敬が北に南に討伐して 平定し、威は国内はもとより夷狄にも震い、少司馬の汪伯玉は思想にも文学にもすぐれ、中原で軍功をあげた にもかかわらず、これらの人の威令は閨房では行われず、肝玉は常に女軍の中に捕らわれてしまい、女に心を とろけさせられて、百戦錬磨の鉄の鋼さをもちながら、指にまといつくような軟弱な人と化してしまった。誠 に怪しむべきことである。昔の人が言うには……) どんな勇者であっても、美女の前ではその勇者たる雄々しい姿はどこへやら、すっかり骨抜きになってしまう、 と い う 論 で あ る。 こ の よ う な 前 文 の 後 に、 「 妇 之 制 夫 固 有 出 于 勇 力 之 外 者 矣」 と い う 言 葉 が 登 場 し て も、 こ の 言 葉
は宙に浮いたままである。理論的に正しくとも、実際は遂行不可能であることを、前文がすでに論じてしまってい る。どんなに勇猛果敢で、機を見るに敏である大将軍の威元敬(他段に威元敬が妬婦の害を最小限に抑えた事に対 し 人 々 が、 威 将 軍 は 能 く 変 に 対 応 さ れ た( 「戚 将 军 能 处 变 也。 」) と 言 っ た こ と が 述 べ ら れ て い る) や 少 司 馬 の 汪 伯 玉でさえ、閨房では彼らは威力のある命令など、行える筈もないのである。 ま た、 前 に 「 」 で 示 し た 一 文、 「 贤 智 之 人 不 能 自 克, 何 也? 至 于 迷 惑 伉 俪 以 殒 其 躯」 は さ ら に、 名 妓 が 人 を惑わせることを述べている。中国のどんな賢知な人物であれ、自制ができず、美女の愛に溺れてその身を滅ぼす に至る、名妓の前には自制が効かない。ましてや正太郎のような勇猛でもなく、賢人でもない者が、妓女に惑わさ れないはずがない。 つまり、秋成がどんなにもっともらしく「 妇 之制夫固有出于勇力之外者矣」という言葉で男の力を鼓舞しようと しても、美女や妓女が登場すれば、男性は必ずなびき、惑わされるものだということが、当時の読者であれば当然 の認識としてあった。それ故、秋成は中国典籍から、その当然の見方に相対する文言を引いてきたのではなかろう か。 確かに、この妬婦論は「その時代なみの平凡な意見を示したものにすぎ な ( 7 ) い 」のであろう。そうであっても、や はり『五雑俎』というから辞句や事例を引き、当時一般の意識に重ねて語りかけることに、意味があったのではな い か と 筆 者 は 考 え る。 秋 成 は『五 雑 俎』 と い う 中 国 の 雑 文 を 引 用 す る こ と で、 女 性 の「性」 は 本 来 罪 深 い 性 で あ り、その罪深さから鬼に変貌するという、仏教的な考え方を払拭したかったのではないだろうか。このことについ ては後述する。
六 しかしながら、依然として「慳(かだま)しき性」を表現したものが、磯良という女性であることに、どうして も 理 解 し が た い と こ ろ が あ る。 彼 女 が 鬼 に な っ た こ と は、 「慳(か だ ま) し き 性」 か ら 嫉 妬 を 募 ら せ た か ら だ と い うが、もし、男性なら誠心誠意の気持ちを踏みにじられた時に、平気でいられるというのであろうか。長島氏はこ の設定と描写に違和感を覚え、左記のように述べている。少々長いが以下に引用する。 だが、磯良の方は、冒頭の妬婦論に当てはまるような、嫉妬深い女であったのかどうか。正太郎が父親に監 禁された折、語り手は「磯良これを悲しがりて、朝夕の奴も殊に実やかに、かつ袖が方へも私に物を餉りて、 信のかぎりをぞつくしける」という。拘禁された夫に代わり、自らの感情を殺して妾の窮状を救っているわけ である。それに対し正太郎は、悔悛したと見せかけ、磯良に嫁入り道具を売らせて金を整えさせ、袖とともに 駆け落ちするという、手ひどい裏切りを犯す。磯良が病に臥し、生霊になったのは、嫉妬のためではない。磯 良を鬼に変貌させたものは、忍従を重ねて示した誠意を、無残にも踏みにじられた怨みである。事はすでに焼 餅や、愛情のもつれといった、男と女という次元の問題ではない。人間性を踏みにじられた屈辱的な裏切り。 正太郎は、夫として妻を裏切ったという以前に、人間として磯良を裏切っている。この間の事情は、磯良の忍 従を多としながら事件の成り行きを述べている当の語り手にも、もちろんわかっているはずである。にもかか わらず語り手は、冒頭に妬婦論を配することにより、磯良の憤死と復習を、妾に夫を奪われた女の嫉妬による 所業として、類型化しようと す ( 8 ) る 。 こ の「 慳 かだま し き 性」 の 意 味 と し て、 「心 の ね じ け た こ と」 「悋 気 深 い」 「嫉 妬 深 い」 と い う 意 味 を『評 釈』 は 示 ( 9 ) す 。
し か し な が ら、 長 島 氏 が 説 く よ う に、 磯 良 の「性 は」 「心 の ね じ け た」 「悋 気 深 い」 「嫉 妬 深 い」 と は 簡 単 に 背 首 し 難いのである。磯良が最後に、裏切られた恨みから鬼となって、正太郎を連れ去ったのは、正太郎が一心に尽くす 磯良に対し、一度ならず何度も裏切り行為を続けたからである、という磯良への弁護はいくらでも思いつく。そし て、このような思いをもつ研究者も少なくはないようだ。 女 性 本 来 が 持 っ て い る と い う、 「 慳 かだま し き 性」 を 磯 良 が 露 わ に し た 原 因 は、 正 太 郎 に あ る。 つ ま り 正 太 郎 の「 姧 たはけ た る性」によって、その「 慳 かだま しき性」が表面化してきたのだ。 語り手の語り方は、正太郎の「姧けたる性」によって、女の「慳しき性」が表出してしまうという見方の上に な り た っ て い た わ け で あ り(正 太 郎 が ど の よ う に 雄 々 し さ を 回 復 し て い く の か、 又 で き な い の か) 、 そ の 意 味 で語りの視点の中心は常に正太郎にあった。……それは正太郎がどうなるのか、彼の「雄々しさ」と「姧けた る性」の行く末に、その焦点が絞られていく、ということなので あ ( 10 ) る 。 磯良はいわば死を契機として、本来の「性」にかえった。肉体を離れ「性の本然」にかえった磯良は、その本来 の 性 が 求 め る ま ま に「鬼」 ・「も の の け」 と し て 現 形 す る。 作 者 秋 成 は、 女 性 を 悪 と す る 説 話 の 思 想 と は 別 な 意 味 で、女性の中に「もののけ」の本質を見ていたようである。女性の中に魔性の性を見出す、或いは女性に変体の可 能 性 を 見 出 す 考 え 方 は、 『諸 道 聴 耳 世 間 猿』 巻 之 一「貧 乏 は 神 ど ま り 在 す 裏 か し 家」 で、 神 主 の 妻 お ふ ゆ に、 既 に その胚胎が見ら れ ( 11 ) る 。そうしてこの物語は、説話的なおもかげを残しながら、人間の「性」の追求、或いは「性」 と現実のドラマという、小説的な主題を持つ物語に発展させられているのである。 妬 婦 論 の 中 で 直 接 引 用 し て い る 文 言「古 今 妒 妇 充 栋 不 胜 书 也」 の 前 に は、 「 妇 人 女 子 之 性」 と し て、 事 細 か に 具
体的にその性質を述べていて、非常に興味深い。以下に紹介する。 夫子 谓 「女子小人 为难 养」 ,《 书 》称「 纣 用 妇 言」 《 诗 》称「哲 妇倾 城」 。凡 妇 人女子之性,无一佳者,妒也,吝 也,拗也, 懒 也,拙也,愚也,酷也,易怒也,多疑也, 轻 信也, 琐 屑也,忌 讳 也,好鬼也,溺 爱 也,而其中妒 为 最甚。故 妇 人一不妒,足以掩百拙。古今妒 妇 充 栋 不 胜书 也。 (孔 子 は「女 子 と 小 人 は 養 い 難 し」 と い い、 『書 経』 に は「紂、 婦 の 言 を 用 う」 と い い、 『詩 経』 に は「哲 婦、 城を傾く」とある。およそ婦人女子の性は、一つとして佳いものはない。やきもちを焼き、物惜しみをし、ひ ねくれており、怠け者であり、つたなく、愚かであり、残酷であり、怒りやすく、疑い深く、軽々しくものを 信じ、くだくだしく細かく、何かと忌み避けることをし、迷信を好み、愛に溺れる。しかもその中で、嫉妬が 最も甚だしい。そうであるから、婦人がもし少しでも嫉妬しないならば、百の拙い点を覆い隠すことができる のである。古今の妬婦は一々書き記すことができないほどである。 ) 「女 子 之 性, 无 一 佳 者」 と 述 べ る 性 質 の 始 め に、 確 か に「妒(や き も ち を 焼 く) 」、 「吝(物 惜 し み を す る) 」、 「拗 (ひねくれる) 」という性質が挙げられている。つまり、先にのべた『評釈』が示す「慳(かだま)しい性」の意味 と、 全 く 重 な る の で あ る。 「心 の ね じ け た こ と」 は「拗」 に、 「悋 気 深 い」 は「吝」 に、 「嫉 妬 深 い」 は「妒」 で あ る。 秋 成 が こ の 箇 所 を 目 に し な か っ た は ず は な い。 そ の 際 に、 女 の こ れ ら の 性 を 募 ら し め て い る の は、 「女 子 之 性,无一佳者」と感嘆している男性側にあると、思ったのではないだろうか。 そして「慳(かだま)しき性」というのは、字義通り見てみると、引用箇所のいくつかの性質を、併せ持った表 現 だ と 言 う こ と が わ か る。 「慳」 本 来 の 漢 字 の 意 味 は、 「け ち で 物 惜 し み を す る」 と い う 意 味 で あ る か ら、 「吝」 に 当たる。しかし、ルビの「かだましい」はそう簡単にはいかない。漢字では「姧」であり「邪悪、奸佞、利己的で
あ る」 と い う 意 味 で あ る か ら「悪 賢 く て、 身 勝 手 で あ る」 と い う 意 味 に な る の だ が、 「吝」 の よ う に、 一 致 す る も のがない。 「拗」 「酷」 「 懒 」「多疑」の性質が相合わさって表現される行動だといえるだろうか。 七 先 に 述 べ た よ う に、 「性」 の 表 現 に、 秋 成 は 漢 字 の 選 出 を 入 念 に 行 っ て い る と 思 わ れ る。 和 語 で「た は け た 性」 とすれば済むところを、 「姧」という漢字を用い、 「婬」 「奸」等の意味を連想させ、 「戯」という漢字を連想させな いように図っている。 「慳しき性」に「かだましき」とルビを振っているのも同じことであろう。 「慳」からの視覚 的 な 連 想 を 図 っ て い る、 と 筆 者 は み て い る。 し か し な が ら、 「か だ ま し い」 と い う「悪 賢 く て、 誠 意 が な い」 と い う意味に「慳」の漢字の「もの惜しみをする」という意味を重ねたかったのであろうか、という疑問が起こる。磯 良 の 立 ち 振 る 舞 い を 考 え る と き、 「も の 惜 し み を す る」 と い う 意 味 は、 相 応 し く な い よ う に 思 わ れ る か ら で あ る。 ま た、 「も の 惜 し み を す る」 意 味 な ら ば、 「吝」 の 漢 字 を 用 い る 方 が よ っ ぽ ど 相 応 し い。 「吝」 な ら「も の 惜 し み を す る」 イ メ ー ジ は 簡 単 に 沸 い て く る。 ま た、 そ れ は、 『五 雑 俎』 の 作 品 に も 提 示 さ れ て い こ と は、 前 述 し て い る。 しかし、秋成はあえて「慳」という漢字を用いた。果たして「慳」字から、その意味を連想する効果は、如何ほど だろうか。とはいえ、秋成はこの「慳」字でなければならない意図があったはずである。 ここで、 「慳」の意味から離れてみよう。 「慳」のの漢字の成り立ちに目を転じてみたい。不思議に思うのが、女 性 一 般 の「性」 と い う に も 関 わ ら ず、 秋 成 は「女 偏」 の 漢 字 で は な く、 「立 心 偏」 と い う「心」 に 関 係 す る 漢 字 を 用いているのである。 「慳」の成り立ちは「心+堅」 。音の「ケン・カン」は「堅」の意味である。つまり元々意味 す る の は「心 を 堅 く す る」 様。 転 じ て「お し む」 と い う 意 味 を 表 す こ と に な っ た よ う ( 12 ) だ 。 そ こ で 今 ま で「慳」 を
「お し む」 か ら 考 え て い た が、 そ の 原 型 で あ る「心 を 堅 く す る」 と し て 磯 良 の 行 動 や 心 情 を 考 え て み た ら 如 何 だ ろ う。 『雨 月 物 語』 中 で、 磯 良 ほ ど 頑 な に 周 囲 の 思 い、 当 時 の あ る べ き 女 性 像 を 行 動 規 範 と し て、 振 る 舞 っ て き た 女 性はいないのではないだろうか?「うまれだち秀麗にて。父母にもよく仕へ。かつ歌をよみ。箏に工みなり。従来 か の 家 は 吉 備 の 鴨 別 が 裔 に て 家 系 も 正 し け れ ば。 」 と 家 柄 よ く、 眉 目 秀 麗。 芸 に 秀 で、 さ ら に は 節 度 を 守 っ た 立 ち 振る舞いができる、どこに出しても恥ずかしくない子女である。嫁げばさらに、朝は早くに起き、遅くまで働き、 常 に 舅 姑 に 仕 え る と い う 嫁 で あ り、 ま た 夫 の 性 に 合 わ せ て 心 尽 く す 妻 の 立 ち 振 る 舞 い。 「井 沢 夫 婦 は 孝 節 を 感 た し と て 歓 び に 耐 ね ば」 と な る の は、 最 も で あ る。 長 島 氏 が 磯 良 を 弁 護 し て、 「磯 良 の 方 は、 冒 頭 の 妬 婦 論 に 当 て は ま るような、嫉妬深い女であったのかどうか。……男と女という次元の問題ではない。人間性を踏みにじられた屈辱 的な裏切り」である、と語気強くして擁護するように、読者は、磯良の奉仕、忍耐について、おもんばからずには 読 み 進 め ら れ な い。 ま た は、 磯 良 が 砕 い た 心 を 踏 み に じ っ た 正 太 郎 に 対 し、 怒 り を 感 じ ざ る に は お ら れ な い だ ろ う。ただ、此処で立ち止まって考えてみたい。磯良とはどのような女性なのだろうか?これも多くの指摘があるよ うに、彼女の特徴は全くないのである。何故なら、彼女の様相はまるっきり当時の良家の子女、良妻といわれるス テレオタイプの女性そのものだからである。 頑なにその周囲を思い、希望で自身の立ち振る舞いを行っている彼女は、すでに彼女らしさというものがない。 つまりどんなに人間性を踏みにじられても決して心を開け放して感情を出すことなく、ただ「心堅くして」当時の い わ ゆ る 良 妻 と さ れ る 立 ち 振 る 舞 い を、 周 囲 に 望 む よ う に 遂 行 し て き た。 「心 が 堅 い」 こ と は、 執 着 に も 繋 が る。 彼女が生前行ってきた行動や選択の一切は、周囲によく見られる事に執着した結果であった。 彼 女 は 自 分 の 本 来 の 自 然 な 思 い を、 心 奥 深 く に 堅 く 堅 く 閉 じ 込 め、 決 し て 開 け 放 つ こ と は な か っ た。 「人 間 性 を
踏 み に じ ら れ た 屈 辱 的 な 裏 切 り」 を さ れ て も、 そ の 悔 し さ や 悲 嘆 な 思 い も 心 奥 深 く に 沈 め て い た。 し か し、 そ の 様々な思い―嫉妬、悔しさ、怒り等―は、心堅く奥深くに押し込めら抑圧される。閉じ込められた思いは抑圧され ることで、亡くなるどころか、かえって存在を増し、恨みに変わる。しかし、磯良は生きている間は、 「心堅く」 、 言い換えれば正しく「 慳 かだま しく」その恨みを沈めたまま、決して人に見せることはなかったであろう。そうやって、 気持ちを抑圧することで、恨みはますます強くなる。奥深く抑圧された心は、生きている間堅く閉ざされ、その堅 い 心 は、 彼 女 が 死 ん で や っ と、 開 け 放 た れ る の で あ る、 恨 み と な っ て。 か く し て、 磯 良 は そ の 恨 み と い う 執 着 か ら、鬼と化す。 復 讐 を 一 気 に 遂 げ ず、 悲 嘆 と 恐 怖 を あ ま す と こ ろ な く 味 わ わ せ、 猫 が 鼠 を い た ぶ る よ う に な ぶ り 殺 す 磯 良 は、まさに「女の慳しき性」を表したものであり、いかにも女性的な復讐である、と。語り手は、袖を最初に 取り殺したのも嫉妬ゆえと言いたげであり、また、自分の裏切りが、妻を悲嘆のあまり死にいたらしめるかも しれないという懸念は塵ほどもないのにかかわらず、妾の病年には狂い泣く正太郎に、磯良はますます嫉妬を 募 ら せ た に 相 違 な い、 と も い い た そ う な 風 情 で あ る。 正 太 郎 と 対 面 す る 折 も、 そ の「姧 た る 性」 に 訴 え か け て、美しい未亡人の話を餌に、正太郎をおびき寄せたのであった。それも、嫉妬に狂った女の「慳しき」陰湿 な復讐であ る ( 13 ) と 。 「慳 し き 性」 は、 女 性 の 生 前 に は、 彼 女 た ち 自 身 の 思 い を 心 堅 く し て 閉 じ 込 め さ せ、 周 囲 の 望 む 姿 で 装 わ せ る。 これは、社会一般の賛美を受諾したいという執着ともいえないだろうか。何故なら、自分の「性」を堅く閉じ込め る と い う こ と は、 本 来 の「性」 を な い が し ろ に し て い る 状 態 で も あ る の だ か ら。 ま た、 本 心 を 堅 く 抑 圧 す る こ と で、その抑圧の限度を超えたときに、 「吝、拗、愚、酷、易怒、多疑」等が生まれ、 「かだましい性」となる。その
心 の 抑 圧 が 過 ぎ た 場 合、 「慳 し き 性」 は 恨 み と な り、 死 後 女 性 は 鬼 と 化 す こ と で、 そ の 心 を 解 放 さ せ る の で あ る。 当時の女性に対する、社会的圧力を考えたときに、良き社会の一員となろうとすれば、女性の「性」は「慳しく」 ならざる終えないというようにも読めないだろうか。 八 秋 成 は、 女 性 の「性」 を 決 し て 軽 ん じ て い る わ け で は な い。 『五 雑 俎』 が 妬 婦 を あ ざ 笑 い、 怖 れ、 蔑 ん で い る 視 線 と は、 明 ら か に 一 線 を 画 し て い る と 筆 者 は 見 る。 「吉 備 津 の 釜」 は 妬 婦 が 鬼 に な っ た 話 で あ り、 一 見 日 本 古 来 か ら伝えられている仏教説法と同じである。 「吉備津の釜」の話の構成から基本的な構想に至るまで、 『善悪報はなし』巻五第八に収められている「女の一念 来 て 夫 の 身 を 引 そ ひ て 取 て か へ る 事」 と い う 話 が、 構 想 の 原 型 で 有 る こ と が 指 摘 さ れ て い る。 秋 成 は「吉 備 津 の 釜」を日本の仏教説話と伝承的な思想の中から構想の原型を取り、物語としての形を整えたということになる。そ こには、彼が仏教説話につきものの「女性の嫉妬」を主題の一つとした作品を創作する意図があり、仏教説話のプ ロ ッ ト は、 彼 の 考 え る 女 の「慳 し き 性」 と 男 の「姧 た る 性」 を 絡 ま せ て 物 語 を 展 開 し て 行 く に は、 丁 度 よ い も の だ っ た か ら だ と 思 わ れ る。 し か し な が ら、 仏 教 説 話 に お い て は、 嫉 妬 か ら 鬼 に 変 貌 す る そ の 女 性 性 は「罪 深 き も の」という考え方が根底となる。それは、秋成が確信している考え方とは大きく異なるものであった。そのため話 のプロットとなっている、仏教説話から、女は「魔性のもの」という仏教的な因果の要素を取除かんとして、あえ て『五雑俎』の文章だと解る形にし、起筆部に述べ広げていったのではないだろうか。 そこまでして仏教的要素を捨象したかったのは、秋成自身が「性」というものを、人間内部に固有するものであ
( 1 ) 鵜月洋『雨月物語評釈』角川書店、昭和四十四年、二二九頁。 ( 2 ) 前注に同じ、三九三頁。 ( 3 ) 長島弘明『秋成研究』東京大学出版社、二〇〇〇年、一七二頁。 ( 4 ) 前注に同じ、一七一頁。 ( 5 ) 注一に同じ、三九〇頁。 ( 6 ) 田中厚一著『雨月物語の表現』和泉書院、二〇〇二年、六三・四頁。 ( 7 ) 重友毅『雨月物語評釈』明治書院、一九五四年。 ( 8 ) 注三に同じ、一六一・二頁。 ( 9 ) 注一に同じ、三八九頁。 ( 10) 注六に同じ、六五頁。 ( 11) 注一に同じ、三九四頁。 り、それは皆それぞれに自然な存在であるとして見つめ、提示したかったからに他ならない。 つ ま り 秋 成 は、 「吉 備 津 の 釜」 と い う 作 品 に、 女 の「性」 が 抑 圧 さ れ て い る こ と を「慳 し き 性」 と い う 一 言 に 込 めて、認識させてかったのだと筆者は見る。秋成は「男の性」と「女の性」が絡み合うことで、しばしば起こって し ま う 悲 劇 の 一 つ を、 こ の 作 品 で あ ら わ し た。 女 は 往 々 に し て 社 会 や 男 の「性」 に よ っ て 抑 圧 さ れ、 「慳 し き 性」 を募らされていく。しかし、それは女自らも「慳しき性」を募らせているにもかかわらず、気が付かないでいる。 そこに女の悲劇がある。また、男の「性」が起因となり、女がその抑圧された感情や内面からの力を、男の眼前に 噴出させる時、男の多くは怖れ逃げ惑う。しかし男は、考えつきもしないのである。女の鬼と化した姿は、まさし く男自らの「性」が起こさせていることを。ここに男性の悲劇があるのだ、と。
( 12) 鎌田正・米山寅太郎『心漢語林』大修館書店、二〇〇四年、五〇〇頁。 ( 13) 注八に同じ。 『雨月物語』の原文は、中村幸彦代表編『上田秋成全集 第七巻』中央公論社、一九九〇年に拠った。 『五雑俎』の原文は 谢 肈淛『五雑俎』上海書店出版社、二〇〇一年に拠った。 『五 雑 俎』 の 訳 文 は 主 に、 岩 城 秀 夫 訳 注『五 雑 俎 四』 東 洋 文 庫 六 二 三、 平 凡 社、 一 九 九 七 年 に 拠 り、 部 分 的 に 筆 者 が 加 筆・ 削 除を行った。 ―なかた わかば・東洋大学法学部教授―