要約 本研究は、タイ自動車のローカル・サプライヤーにおける「ものづくりイノベーション能 力」の実証的研究である。タイの自動車産業は、日本の自動車メーカー、ティア1サプライ ヤーの進出に伴って発展してきた。そして最近では企業間のグローバル市場競争が激化して きた。 本論文では、現地調達が重要になってきていることから、タイにおける中堅、中小のティ ア2、3クラスのローカル・サプライヤー13社を対象に、日系との比較のもとで「ものづく りイノベーション能力」を評価しようとしている。本稿ではタイローカル 2 次サプライヤー のイノベーション能力の評価を試みるために、製品設計、工程設計、ドメイン設計の 3 次元 からなる 2 次サプライヤーの評価軸を本稿の分析枠組みとして提示している。 我々は、特徴がそれぞれ異なるタイローカル 2 次サプライヤー13社をとりあげて、事例分 析している。最後にタイのローカル・サプライヤーにおける、イノベーション能力を評価し、 成長戦略ベクトルの特性を明らかにした。 1. 本研究の目的と研究課題 (1)本研究の目的と狙い 本研究は、タイ自動車のローカル・サプライヤーにおける「ものづくりイノベーション能 力」の実証的研究である(1)。本論は、タイにおける中堅、中小のティア2、3クラスのロー カル・サプライヤー13社を対象に、日系との比較のもとで「ものづくり能力」や「ものづく りイノベーション能力」の特性や評価を、トップマネジメントへのインタビュー調査を積み 上げ実証的に明らかにすることを目的としている。 タイの自動車産業は、ASEAN の中でも産業集積が進んでおり、また日系の自動車メー カー、ティア1サプライヤーが時間をかけ技術移転を行ない、ローカル・サプライヤーのも のづくり能力の構築を支援してきた。そのタイのローカル・サプライヤーのものづくり能力 は、日系のサプライヤーと比べてどのような水準にあるのか。今後のグローバル競争時代を 勝ち抜くために必要なものづくり能力を自ら構築し、革新することが出来るのか。日系とタ イのサプライヤーのものづくり能力構築の志向に違いがあるのか。本研究ではタイのローカ ル・サプライヤーに対するインタビューを積み上げ、日系や中国との比較を交えて実証的に 分析し、評価することが狙いである。
アジアのローカル・サプライヤーのイノベーション能力に関する実証的研究
−タイのローカル2次サプライヤーの事例研究を通じて−
土屋 勉男そしてタイの自動車産業におけるローカル・サプライヤーの経営特性や「ものづくりイノ ベーション」、それに向けての能力構築の特性や進化の方向などを分析し、今後の課題やイ ンプリケーションを引き出すこと目標としている。 (2)自動車サプライヤーのものづくり能力の進化に関する先行研究 ( ) 自動車サプライヤーの能力構築―浅沼万里の研究 本研究は、タイ自動車産業におけるローカル・サプライヤーの「ものづくり能力と進化の 特性」を明らかにすることが狙いであるが、日本の自動車サプライヤーのものづくり能力を 実証分析した先行研究として浅沼萬里の研究が知られている。浅沼は自動車メーカーとサプ ライヤー間の長期継続取引から生まれる「ものづくり能力の構築」に注目し、ウイリアムソ ンの取引コスト理論を出発点に独自の仮説を立て検証している(2)。 浅沼によれば、サプライヤーのものづくり能力は自動車メーカーとの長期継続取引の中で、 「貸与図から承認図」方式へ開発・設計能力が進化するとの仮説をたてた。自動車メーカー とサプライヤーの取引関係は長期継続取引が一般的であるが、サプライヤーはメーカーとの 取引関係の中で「関係的技能」の形成、移転を通じて「ものづくり能力」の基本要素である 開発能力、設計能力を構築し、進化させている(図表1)。浅沼が注目した「関係的技能」と は、開発・設計能力、貸与図による工程設計・VE能力、QCD の基本能力、原価低減・改善 の能力などをさし、サプライヤーはメーカーとの継続的取引関係を通じて技能の蓄積をはか り、段階的に能力構築を実現しているのである(図表1)。 通常ティア2、3以下のサプライヤーは、下請けの受託賃加工の企業が多く、メーカーか ら与えられた図面(「貸与図方式」)をもとに VA、VE などの活動を通じてコスト削減する 企業が一般的である。しかしサプライヤーの中には、長期継続取引の中で段階的に「関係的 技能」を取り込み、貸与図から承認図方式、更に市販品に向けてものづくり能力を進化させ る企業が出てくる。それらのサプライヤーにおいては、メーカーのカスタマイズ化したニー ズに適応するだけでなく、自ら設計図を提案し(「承認図方式」)、品質、コスト、納期(QCD) の改善に対する共同開発の「パートナー」の関係が生まれる。更に特注品だけでなく市販品 を開発し、顧客に直接自社製品、自社ブランド品を提案する企業が出てくる。その進化のメ カニズムを実証的に明らかにしたのである。 更に自動車メーカーとサプライヤーは長期継続取引により QCD などの面で改善の成果が 実現すると、その成果(レント)を互いに分け合うことにより、長期の持続的な能力構築を 促進させることも明らかにしている。 本研究でも、タイの2次、3次のローカル・サプライヤーのものづくり能力を図表1の6 つの段階(Ⅰ∼Ⅵ)のどのレベルからスタートし、現在どの段階にあるかを評価している。 ( )タ イのサプライヤーのものづくり能力の発展方向―日系の「革新的中小企業」との比較 タイのローカル・サプライヤーの事例研究の結果を先取りすれば、現地のものづくり能力
は、「日系とは異なるが育ちつつ」あることが明らかにされる。日系とは能力構築の方向が異 なるが、ものづくり能力はある程度向上してきている。また日系と志向は異なるが独自の進 化を遂げる能力を身に着けてきていることが明らかにされる。 日系サプライヤーのインタビューでは、メーカー・サプライヤーの長期継続取引をもとに 関係的技能を習得し、「貸与図から承認図」方式に段階的に能力構築をはかる浅沼理論を裏 付ける結果は容易に得られる(3)。一方でタイのローカル・サプライヤーの「ものづくり能力 の進化」の方向は、日系サプライヤーと異なり多様である。むしろ日系のように自動車メー カーの求めるニーズに応じて、同一取引先との継続的な能力構築を追及し続ける企業の方が 少ない。取引先の多様化、加工領域の多様化、自動車以外への多角化など「ドメイン(成長 戦略ベクトル)」探 索を優先する傾 向 が、タイのローカル・サプライヤーの特徴なのであ る (4)。 つまり図表2の浅沼仮説は、タイのローカル・サプライヤーのものづくり能力の分析では、 2つの点で修正が必要である(図表2)。まず第1に、日系サプライヤーは「貸与図から承認 図」へ自動車分野に特化して1次元方向(6段階(Ⅰ∼Ⅵ))に能力構築をはかる傾向を持つ。 一方でタイのローカル・サプライヤーは、貸与図の中(Ⅰ∼Ⅲ)で能力構築をはかるが、更 に承認図方式に向けて開発・設計能力の向上を追及する志向が弱い。むしろ貸与図方式の中 で取引先や加工領域を広げ、事業規模の拡大を追及する志向を持つ。また事業規模の拡大や 経営の飛躍を求めて、自動車以外のエレクトロニクス、産業機械などの分野へ多角化する企 業すら出てくる。さらに言えば付加価値の向上を求めて、加工・部品組立、OEM、自社製品 化を能力構築の初期(貸与図方式)の段階から積極的に挑戦する傾向を持つ。経営者の企業 家精神は旺盛であり、資金調達力は日系以上に優れている。一方でものづくり能力の不足が あれば、社外資源を活用する傾向は強い。例えば日系企業との技術提携や合弁事業(JV)は 図表1.従来のものづくり能力評価軸(先行研究のサーベイ)
一般的であるが、合併吸収(M&A)を活用する事例も見られる。 このような傾向は、タイの有力サプライヤーの経営者が華人資本系であることと関連があ るかもしれない。一方でそれらの志向は、日本でも優良な中小企業では設立初期の段階から みられる傾向でもある。筆者は別の研究で「革新的中小企業」の経営特性やイノベーション を研究してきたが、それらの企業は下請け賃加工からスタートするが、創業初期の段階から 自社製品や自社ブランド品を開発する意欲を持つ企業は少なくない。また「革新的中小企 業」のイノベーションは、取引先との信頼関係の中から技術基盤を構築するが、有力取引先 との共同開発などをリード・ユーザー(先導顧客)役として、独自の製品技術を開発する事 例が出てくる。イノベーションの方法としては大企業のものづくり能力を有機的に結合し 「オープン・イノベーション」により差別化した製品技術やビジネス・モデルを開発する傾 向もみられる(5)。タイの有力サプライヤーは、総じてものづくり能力の志向は強くないが、 能力の不足は日系企業との合弁や M&A で補い、オープン志向の成長経営を目指す傾向を持 つ。 図表2.アジアローカル 2 次サプライヤーのものづくり能力評価
2. タイ自動車サプライヤーを取り巻く環境変動と脅威 (1)自動車サプライヤーを取り巻く市場競争の激化 ( ) 輸出拠点として成長したタイの自動車産業 タイの自動車サプライヤーの構造や環境脅威の動向を検討してみよう。タイの自動車産業 は、1960年代、70年代のころはマレーシアのプロトン計画と同じ国民車生産の構想を持っ ていたが、国内市場が狭小な国では国民車構想は無理があると考え、外資を導入し国民車企 業を育成する方向に転換した。この政策転換は、その後のタイ、マレーシアの自動車産業の 発展に決定的な影響を与えた。現在では ASEAN の中のタイは自動車生産台数の規模が最も 大きく、また輸出が100万台を超える自動車生産国に成長した。タイの外資導入による自動 車メーカー、サプライヤーの育成策は所期の成果を上げたと考えてよい。 タイの自動車産業は、1960年代に完成車のノックダウン(KD)生産からスタートするが、 外資導入政策に対応したのは、主として日本の自動車メーカーであった。1960年には Siam Motors and Nissan Co. の名称で最初の組立工場が設立され、1964 年 にToyota Motor Thailand Co., Ltd. が生産を開始する。更にいすゞ、三菱自動車、本田技研工業など複数の組立工場が 設立された。その過程で1971年には、国産化比率の義務付けにより日系の自動車メーカーは、 CKD に移行するが、欧米メーカーの一部は撤退し、日系中心の産業組織が構築される(6)。 その後1970年から80年代にかけて部品の国産化率を段階的に引き上げていくが、それに 対応して日系のサプライヤーもタイの国産化を目指して多くの企業が進出を始める。1980年 代後半にはエンジンや重要機能部品の国産化に向けての規制も進み、タイ国内における自動 車生産の産業基盤の形成が進んでいった。 1990年代にはタイ国民の購買力もまし、自動車の需要も順調に拡大するものの、1997年に はアジア通貨危機が発生し、需要が一時的に後退する。2000年代に入ると前タクシン政権の もとで、自動車のグローバル競争を目指した新構想が打ち出され、タイを「アジアのデトロ イト」として2010年に年産200万台を目指す構想が出される。2007年には小型低燃費車で あるエコカーの投資優遇策が発表され、年産200万台の生産が視野に入るほどの急成長が実 現したのである。 いずれにしても、タイの外資(日系メーカー)導入よる自動車生産は、国民車構想のもと で自国生産にこだわるマレーシアとは対極的な発展傾向を示した。タイの自動車政策の転換 は功を奏し、今では生産台数はピーク時の2013年が245万台であり、世界第9位の地位を占 め、また輸出台数は2013年が112万台で ASEAN の中で最も輸出競争力を持つ産業に成長 したことになる。 また日系自動車メーカーと共にティア1を中心とする多数の関連サプライヤーが進出し、 タイ国内の中に自動車の産業連関が構築されたことも重要である。2008年のリーマン危機 以降は、日本の円高オーバーシュートが進み、タイ国内での生産や現調率の向上がコスト競 争力の条件となった。ピックアップ・トラックや低燃費小型車は、タイを世界の輸出拠点に 活用する動きも進んでいったのである。その結果タイの生産台数は、2014年が188万台であ
り、13年の245万台から減少するものの高水準を維持している。国内販売は、タイの政治混 乱、軍事クーデターの影響や需要の先食い効果により100万台以下に減少している。一方で 輸出は、2013年112万台、14年112万台と堅調に推移しており、ピックアップ・トラックや 低燃費小型車の輸出拠点としての役割が鮮明になりつつある。 ( )タイ自動車産業の集積構造とサプライヤーの特質 タイの自動車産業の集積の歴史を見ると、海外の自動車メーカーや部品メーカーの参入を 促進するための投資奨励法や部品メーカーの育成や関連産業の集積を促進するための国産部 品の調達義務が代表的である。またエンジンなど中核部品を中心に現地調達率を段階的に引 き上げ、関連産業の集積を誘導していった。それらの動きに対応したのは主として日系企業 であり、日系中心の自動車産業の集積構造が出来上がっている(7)。 タイの BOI の報告によれば、自動車産業の頂点には、日系を中心に自動車メーカー12社、 二輪車メーカー6社が進出している。トヨタ自動車、いすゞ、本田技研工業、三菱自動車工 業、日産自動車などのシェアは高く、それらの企業に関連してティア1のサプライヤーが709 社集積している。日系メーカーとの関連で系列サプライヤーが多数現地に進出しており、外 資が過半数の資本を握るティア1サプライヤーは半数以上(54%)を占めている。また外資 50% 以上、日タイ合弁のサプライヤーを合わせると8割近く(77%)を占めており、最終組 み立て、主要部品の多くが日系を中心とする外資が担っている。 リーマン危機後の円高・ドル安局面やアジア新興国の成長を背景に、日系の自動車メーカー 図表3.タイ自動車産業の集積構造
はタイでの海外生産を加速させていくが、最近の国内需要の後退の中でピックアップ・ト ラックや低燃費小型車のグローバル供給拠点を育成する動きが出てきた。またインドネシア の国内需要の拡大や2015年の ASEAN 経済共同体(AEC)の成立の動きもにらみ、自動車産 業を取り巻く市場競争が激化する傾向が出ている。 とりわけ日系の自動車メーカーは、系列関係を持つティア1と連携してタイ、インドネシ アの2大市場を足場に新たなサプライ・チェーンを構築する動きを見せている。それととも に日系の中小サプライヤーは、それらの動きをにらみタイやインドネシアなどへの進出を本 格化させ、現地のローカル・サプライヤーを取り巻く競争環境は一気に厳しさを増してきた。 (2)ローカル・サプライヤーの課題―ものづくりイノベーションの必要性 ( ) タイのローカル・サプライヤーの二極分化 2010年代に入り、タイ自動車のローカル・サプライヤーを取り巻く競争環境が変化し環境 脅威が増している。従来タイの自動車メーカー、サプライヤーは国内需要を中心に政府のコ ントロールのもとで活動していたが、輸出のウエートが高まりグローバル市場競争の脅威に 直面している。 タイの自動車の国内需要は、ASEAN の市場の牽引役となってきたが、政局の混乱や新車 購入補助金制度の終了による反動減などの影響を強く受けて2012年をピークに大きく減少 し、今後の伸びは期待しにくい。一方でタイの自動車輸出は、大洪水以降順調に回復し、と りわけリーマン危機以降日系自動車メーカーがタイをピックアップや低燃費小型車のグロー バル供給拠点化したため、タイの自動車生産の主力が内需から輸出へシフトしていった。 自動車メーカーは、グローバル競争の強化を目指し生産の現地化をさらに強化している。 そのためには「真の現地調達率」の向上(8)が必要であり、ASEAN 域内におけるサプライ・ チェーンの再構築と品質・コスト・納期(QCD)の作り込が重要となる。その影響は、日系 ティア1の発注先であるティア2、ティア3のへの取引機会の拡大であるが、一方で日系の ティア2以下の有力企業のタイ進出とローカル・サプライヤーとの新たな競争関係が誘発さ れている。 今回のタイのローカル・サプライヤーへのインタビューによれば、日系企業との新たな取 引拡大をばねにさらに成長する優良企業と、グローバル競争の流れについていけない企業群 に2極分化する傾向が出始めている。 ( )タイの自動車市場環境の変動とローカル・サプライヤーの脅威と機会 日系の自動車メーカー、サプライヤーにとっての今後の課題は、タイにおける競争優位の 再構築であり、グローバル供給拠点として QCD を中心としたものづくり能力をいかに磨き 上げていくかが重要となる。 日系自動車メーカーは、KD 生産をスタートさせ、部品の国産化要請を受けて現地調達率 を向上させてきたが、その対策として系列のティア1に進出してもらい、国産化の要請に対
応してきた。現地進出したティア1から部品を調達し国産化規制をクリアーするが、それら のサプライヤーの中には日本からの調達部品も多く、「真の現地調達率」は必ずしも目標値 に達しているわけではない。 「真の現地調達率」を高めるためには、現地の人材を登用するだけでなく現地のサプライ ヤーから部品、材料を調達することが必要である。とりわけティア2、ティア3以下のロー カル・サプライヤーと取引するためには、現地への技術移転や技術指導をさらに強化する必 要がある。また長期継続取引の視点で、下請け賃加工として使うだけでなく、共同開発の 「パートナー」に育てる必要もあろう。日本国内と同様にローカル・サプライヤーが連携し てものづくり能力の構築活動を展開すれば、グローバル競争時代における激烈な競争に勝ち 抜く確率が高まる。 3. タイのローカル・サプライヤーのものづくり能力の事例研究 (1)事例研究の対象と方法 今回の事例研究は、2014年3月(2社)及び9月(5社)、2015年3月(6社)の3回に分 けて、それぞれ1週間程度をかけて合計13社の「ローカル・サプライヤー」をインタビュー 調査した。インタビューの対象は、原則として各社の経営者(MD)(1部は日本人の顧問が 対応)にお願いし、経営特性やものづくり能力の実態を分析すると共に、日系サプライヤー との比較のもとで「ものづくり能力」の評価や今後の能力構築の方向を総合的に分析した。 事例研究の対象企業は、タイ自動車の2次、3次のローカル・サプライヤーを対象にして いる。それらの企業は、日系の自動車メーカー、ティア1との取引を有する企業である。従 業員規模は、300人前後の中小・中堅規模のものづくり優良経営の企業が多い。また日系と の取引も多く、ものづくり技術の導入にも熱心であり、JETRO(タイ)によるトヨタ生産方 式(TPS)や生産技術の指導を受けている企業も数多く見られる。 ローカル・サプライヤーの中には、上場している企業や規模からみて中堅企業に位置づけ られる企業もみられる。例えば T 4 は従業員数2500名のプレス部品、T 7 は従業員数2500名 の自動車・エレクトロニクス部品組立であり、後者は上場企業であり、通常は中堅に分類さ れる企業である。 更にボルトナットの T5 は、従業員数673名の自社製品・ブランドを持っているが、乗用 車ではティア2の地位を占めている。また金属プレスの T9 は従業員数900名と比較的規模 が大きく、プレス・溶接・組立を主力とする。
図表4.タイのローカル企業の経営特性(15年3月調査)その1
(2)タイのローカル・サプライヤーのものづくり能力構築とその志向 ( ) 日本型のものづくり志向の能力構築 日系のサプライヤーは、自動車メーカーの求めるニーズへの対応を優先し、自社が担当す る特定の加工領域を中心に「関係的技能」を習得し、「ものづくり能力」を段階的に構築する 傾向が強い。その点で浅沼万里の「貸与図から承認図」方式そして市販品に向けの段階的な 能力構築の枠組みが当てはまる。この能力構築の志向を「日本型(ものづくり志向)」と呼ぶ が、トヨタに代表される日本の「擦り合わせ型」(9)大企業が協力会社のサプライヤーに求め るニーズに対応したものであり、メーカー・サプライヤー共同の「コラボレーション型オー プン・イノベーション」(10)を活用した能力構築活動が展開されている。 この日本型のものづくり志向は、アジアの中でも「ものづくり能力」の習得が進むタイ、 中国の事例研究を積み上げると、必ずしも普遍的に成り立つ論理とは言えないことがわかる。 日本の志向はメーカー・サプライヤー間の長期継続取引、信頼関係に基づく協同活動、及び 成果(レント(11))の創造と分配による特殊な関係である。アジアの取引関係は、日本ほど継 続的でない。タイは日系との取引が中心で比較的日本の取引関係に近いが、ティア2以下の 取引が中心である。ティア1の共同開発型というよりは貸与図方式による下請け賃加工取引 が中心で、短期の市場取引に近い関係を持ちやすい。 つまり日本型の方が長期の信頼関係をベースにした取引関係、QCD を中心とした継続的な ものづくり能力構築の志向に集中しやすいのである。筆者たちは日本のサプライヤー志向を 「日本型」と呼び、当該取引における生産及び開発・設計機能の進化に力点を置いた「もの づくり志向」の能力構築に特徴があり、図表1のⅠ∼Ⅶへの進化の志向が追及されている (図表5)。 ( ) アジア型の資本家志向のものづくり能力構築 次にタイのローカル・サプライヤーのものづくり構築の志向を見てみよう。日系の自動車 メーカー、ティア1は、タイのローカル・サプライヤーに日本と同じように、特定の部品加 工内における「日本型」の能力構築を期待するが、ローカル企業の志向は完全には適応して いない。タイのローカル・サプライヤーは、加工形態としてはメーカーからの設計図面によ る「貸与図」方式が一般的である。また日系指導による段階的な能力構築が期待されるが、 短期の売り上げ拡大志向は強い。量の拡大も視野に入れ異なる取引先の多様化や、加工領域 の多角化を目指す志向が旺盛なのである。従って浅沼理論の貸与図から承認図方式・市販品 への「ものづくり能力」の段階的構築を志向する企業はそれほど多いとは言えないことにな る(12)。 一般にタイのローカル・サプライヤーは、華人資本の経営者が中心である。それらの企業 は企業家精神が旺盛で、成長志向は強い。また日本型のようにものづくり能力のみに集中し、 メーカーと共に継続的に QCD の向上を優先するわけではない。同時に売上や量の拡大を目 指して、成長経営を優先する。この志向を「アジア型」(資本家志向)と呼ぶ。その志向は
「ものづくり志向」より「ドメイン」を広げ、幅広い成長戦略ベクトルを追及する傾向を持 つ。したがって日本型の「ものづくり志向」とは明らかに異なっており、それと対比してと らえることが適当である(13)。 日本型は、取引先と共にものづくり能力を構築する。貸与図から承認図方式、市販品に向 けて段階的のものづくり能力を進化させる傾向を持つ。製造現場は、5S(整理、整頓、清掃、 清潔、躾)を重視し、取引先と共同で品質・コスト・納期(QCD)の作り込を継続する。一 方でアジア型は、特定の部品加工に限定されたものづくり能力の構築に集中する志向は、必 ずしも高くはない。華人資本の経営者が先導しており、売り上げの拡大や量の成長、利益の 拡大を重視し、成長戦略のための「ドメイン」開拓に熱心である。同一加工では取引先を多 様化する、一方で自動車内でも異なる加工や組立部品に事業を広げる傾向も持つ。中には技 術基盤を生かせる他分野(産業機器、エレクトロニクスなど)へ多角化し、OEM 分野の開 拓や自社製品・自社ブランド品を開発し、飛躍する企業も出てくる(T7 の例)。 (3)アジア型(資本家志向)のものづくり能力構築の特徴 タイのローカル・サプライヤーは、貸与図方式の企業が多いが、日本型の承認図方式、市 販品開発への飛躍を志向することなく、取引先の多様化、異なる部品加工の取り込み、部品 加工・組立化(OEM)など、「ドメイン」を広げることにより事業成長や高付加価値化を追及 する。また二輪車でティア1を目指す、自動車以外のエレクトロニクスでユニット組立や OEM を目指すだけでなく、自社製品・自社ブランドの開発にも挑戦する。 一般的にはものづくり能力は、貸与図から上の「承認図」方式に達しないと、自力で顧客 のニーズに擦り合わせ、開発構想を立て設計・製造する能力がないはずである。それでもタ イのローカル企業は、能力の不足は外部資源や社外の関係を取り込んで、機動的に対応する 柔軟性を持つ。 タイのローカル・サプライヤーは、日系との技術提携や JV を日本の中小企業以上に活用 している。最近では自動車プレスのタイサミットが、日本の金型メーカーのオギワラの株式 を買収し、金型技術を強化した事例は知られている。アジア型の資本家志向の会社では、JV や M&A を活用した成長戦略ベクトルの追求は、よく取られる方法である(前掲図表2を参 照のこと)。 アジア型のドメイン拡大志向は、日系自動車のサプライヤーのもつ志向とは明らかに異 なっているが、その志向は、日本でもベンチャー型や研究開発型の中小企業ではよく見られ る傾向である。設立後歴史の比較的浅いものづくり優良企業にも共通する傾向である(図表 5)。
4. アジア型(資本家志向)のものづくり能力構築の特性分析 (1)タイのローカル・サプライヤーの類型分析 ―「4つの類型」の相対的ポジション タイのローカル・サプライヤーのものづくり能力の特性と能力構築の志向を見ると、4つ の類型に分けられる。各類型に分けるため、各企業のものづくり能力、各企業のドメイン志 向(成長戦略ベクトル)、1人当たり売上高の指標などに注目した。 まずタイの企業は、製品設計や工程設計で一定の能力(浅沼のⅠ∼Ⅲ)を身に着けると、 自動車以外にドメインを広げる傾向がある。自動車から他分野への壁は、日系サプライヤー にとっては厚いが、タイ系にとっては成長のために乗り越えるべき成長戦略ベクトルの一つ であり、成長のための手段に過ぎない。 次に1人当たり売上高であるが、中小企業は未上場企業が多く利益や付加価値等の情報を 開示する義務がない。したがって中小企業の場合、経営特性や経営効率を財務情報から正し く評価することが難しい。中小企業においては、資本金、従業員数、売上高が数少ない開示 情報の一つである。1人当たり売上高の水準は、賃金支払いの源泉であり、(付加価値)生産 性の代理指標でもある。またサプライヤーは下請け賃加工の形態が多いが、加工種類、複合 加工の程度、自社製品の開発、垂直統合の度合いなどによって変化する。1人当たり売上高 が高い企業ほど賃金支払い余力を持ち、生産性や収益性が高く、高付加価値タイプのビジネ スを展開していることを示す(14)。 図表5.アジアローカル 2 次サプライヤーのものづくり能力評価 ∼ドメイン設計能力の導入∼(三次元)
日本の「革新的中小企業」の分析では、自社製品・自社ブランドを持つ企業の一人当たり 売上高は2000∼3000万円以上、加工型の企業で1000∼2000万円程度の企業が標準的であ る。タイの企業の効率性の水準は、日系企業と比較するには各国の購買力平価を考慮して割 り引く必要があるが、日本と比較する場合は2分の1から3分の1とみれば良かろう(15)。 1人当たり売上高、ものづくり能力などを参考に各社のポジショニングを行えば4つの類 型にまとめられ、類型4から類型3・2・1と階段的に生産性や能力がアップすることを示す。 とりわけ加工領域、複合加工、自社製品化などを見れば、段階的に「ものづくり能力」の構 築が進化している状況にも対応する。 ものづくり能力構築が最も進んだ類型1は、1人当たり売上高が1056万円・1476万円の 水準を持ち、日本の中小優良の自社製品企業に近い効率を有する。タイの購買力平価を考慮 すれば日本で自社製品・ブランドを持つ革新的中小企業、中堅企業と比較しても引けを取ら ない水準である。一方で類型4に属するサプライヤーの1人当たり売上高は、123万円∼375 万円であり、日本の加工型企業(一人当たり売上高1000万円前後)のほぼ5分の1の水準で ある。取引の形態は、下請け賃加工、貸与図方式の企業であるが、日本の一般の加工型中小 企業と比較しても低水準である。 類型2・3はその間に挟まれており、類型3は1人当たり売上高が419万円∼454万円、 類型2は同じく583万円∼713万円である。とくに類型2は購買力平価で割り引けば、日本 の加工型のものづくり優良企業と同等の水準であろう。2つの類型間の差は事業構成、もの づくり能力における差異を反映したものであろう。 いずれにしても、類型4から類型3・2、そして類型1に向け経営規模や事業構成、もの づくり能力が段階的に進化していると位置付けている。 (2)各類型の特性と評価 ① . 類型1:自社製品開発・ティア1への移行 類型1は、最も付加価値の高いサプライヤーである。その理由は、自動車分野の複合加工、 部品組立により事業規模を拡大するだけでなく、エレクトロニクス、産業機械など他分野へ 展開し、OEM や、自社製品・ブランドの開発を行っているからである。タイのローカル・ サプライヤーは日系との取引ではティア2となるのが一般的であるが、トラックや二輪車、 エレクトロニクスではティア1の地位を獲得することができる。また OEM 生産や自社製品 の開発などにより付加価値を高めている。 所属企業は、プレス部品組立の T4((一人当たり売上高)1476万円)、エアコン部品の T7 (1056万円)が含まれる。それらの2社は従業員数が2500名の中堅規模の企業であり、「ド メイン特性」は、自動車分野の複合加工、部品組立から他分野への展開、自社製品・自社ブ ランドの開発などにより取引先や事業の多様化、複合化が進んでいる。 いずれの企業も日系取引を重視しており、日系と共にものづくり能力の構築をはかること に熱心な企業群でもある。一方で下請け賃加工やティア2の立場から脱皮し、自社製品開発
を重視し、自立経営を獲得した企業でもある。 ② . 類型2:日系が認めるものづくり優良経営 類型2は、類型1に次ぐ生産性(1人当たり売上高)の会社であり、第1類型の予備軍で あるが、類型1との間には相当なギャップがある。類型1は中堅企業であるが、類型2は中 小の加工型の優良企業である。類型1と同様に日系取引からものづくり能力を構築してきた 歴史を持つ。 所属企業は、ボルトナットの T5(713万円)、金属プレスの T9(586万円)、T6(583万 円)が含まれ、1人当たり売上高が600万円前後の企業群である。ボルトナットの T 5は、 トラックのティア1、乗用車のティア2であるが、市販品方式の製品群を持ち、承認図方式 にとどまらず標準品(自社製品)を開発している。とくに産業機械、建設などのあらゆる分 野の特注品を生産しており、開発から生産までを垂直統合型で展開する企業である。日本で もボルトナットは、中小企業性分野であり、ボルトナット専門の中小企業が自動車に参入し ている事例に近い。 本類型は加工型の企業の中では、購買力平価を考慮すれば日本とほぼ同水準の1人当たり 売上高をあげ、日系企業から見てもものづくり優良企業に位置付けられよう。 ものづくり能力の特徴は、T5 のように承認図方式、市販品として、独自の自社製品を開 発している企業もある。その他の2社は、メーカーからの図面に基づく貸与図方式が中心で あるが、日系取引による技術指導によく対応しており、承認図方式に向けての能力を身に着 けつつある段階に来ている。 またドメイン指向としては、比較的日本型のものづくり志向が強く、開発設計能力の向上 とともに、治工具・設備開発などにも熱心に取り組む。またサブアッシ化・自社製品開発に も挑戦するなど、日本の中小加工型の高付加価値志向の特性も見られる。 ③ . 類型3:タイの精密加工の中小優良経営 類型3は、日系取引のウエートが高く、日系取引をもとにものづくり能力を構築している 優良企業群である。所属企業は、高精密金属加工の T13(454万円)、ギア部品・TM(トラ ンスミッション)部品加工の T3(451万円)、プレス部品・溶接加工の T8(419万円)が含 まれ、タイの代表的な中小ものづくり優良企業である。類型2との違いは、生産性や加工度 が相対的にやや低いことである。タイの中小優良経営としては表彰された企業もある。 日系の自動車メーカー、ティア1の2次サプライヤーであり、貸与図方式を中心にした賃 加工ビジネスを展開している。同一加工におけるものづくり能力の向上にとどまらず、複合 加工や加工・溶接によるサブアッシ化など高付加価値化を模索している段階である。また自 動車分野以外の他分野へ進出をはかる企業も出ている。類型2との違いは、わずかな差異と 思われる。
④ . 類型4:タイの一般的サプライヤー 類型4は、タイの2次サプライヤーでは標準的な企業であり、自動車を含む各種ポリマー 部品の T12(375万円)、自動車・バイクのプレス部品の T11(266万円)、樹脂成型部品の T10(123万円)が含まれる。 本類型は、単品加工中心の会社が多く、今後の売り上げ拡大や高付加価値化を模索してい るものの、必ずしも成果が出ていない。タイ自動車業界がグローバル競争の時代に突入し、 また日系もティア1の現地進出が出そろい、ティア2や3の日系企業が進出する動きも見ら れ、今後の市場競争は厳しさを増している。 従って類型4の企業は、タイ一般のローカル・サプライヤー同様に国内中心からグローバ ル競争の時代を迎え、サプライヤー間での優劣・二極分化の圧力の脅威にさらされている。 タイのサプライヤーは、今後生き残りをかけてものづくり能力の再強化をはかる必要があり、 厳しい選別の時代を迎えているのである。 5. タイのローカル・サプライヤーのものづくり能力の構築と特性(まとめ) タイのローカル・サプライヤーの経営特性やものづくり能力の構築の志向や特性を、トッ プマネジメントへのインタビューを積み上げて、実証分析してきた。それらの過程で浮かび 上がってきたインプリケーションをまとめてみると、5つの特徴、課題にまとめることがで きる。 (1)日系サプライヤーのものづくり能力構築の方向―日系の特殊性 国内及びタイにおける日系サプライヤーのインタビュー調査を積み上げれば、日系のもの づくり能力の構築は、タイの志向と明らかに違いがある(前掲図表5も参照)。 日系サプライヤーのものづくり能力構築は、自動車メーカー・ティア1との長期の継続取 引関係の中から生まれたものである。長期継続取引をもとに緊密な信頼関係を築き、関係的 技能の習得を通じて同一加工を中心に能力構築を段階的に進めていく。ティア2、ティア3 のサプライヤーは、貸与図方式の取引が一般的であるが、貸与図方式といえども QCD の向 上をめざし工程改善や図面上の改良を提案する場合もある。その志向は「貸与図から承認図」 方式への持続的な能力構築を追及する浅沼仮説の世界の中を進んでいる。 次にのべるようにタイのローカル・サプライヤーは、同じ日系自動車メーカー、ティア1 との取引関係にありながら、能力構築の方向が異なっている。むしろ特定加工領域を中心に ひたすら QCD の改善、改良を求めて能力構築をはかる日系のものづくり志向の方が特殊なの である。 日本型ものづくり志向の背景には、高度成長期以来の自動車メーカー・サプライヤーの関 係、長期継続取引の慣行、長期の信頼関係の構築、共同開発の重視、共同成果(レント)の 効果的分配などが絡み合っている。それらの社会的関係、取引関係などから生まれた構造的 特性である。一方でタイは相対的に自動車産業の歴史が浅い、日系メーカー・ティア1の進
出によるサプライヤーの形成、下位のサプライヤーには格差がある、取引関係の継続期間が 短い、ティア1への昇進には日系の壁がある、などの要因を反映して生まれたものであろう。 (2)タイのローカルのティア2、3のものづくり能力の構築―アジア型の志向の意味 インタビュー調査によれば、タイのサプライヤーは日本の自動車メーカーと共に発展して きており、日系のものづくり志向のもとで育てられてきた。それでも日系とタイの間の異質 性は際立っている。タイのサプライヤーの志向は、アジア型の資本家志向と呼び、その本質 は華人資本の経営者にリードされた企業家精神を持つ資本家、経営者の論理が体化されたも のであろう。ある程度日本の製造業への近接性みられる、一方で商業資本の論理も見られ、 短期の利益獲得と成長に向けて「成長戦略ベクトル(ドメイン)」の積極的な追求の特徴を持 つ。タイの場合は、大別すれば日本のものづくり志向よりは、中国を含むアジア型の資本家 志向の成長戦略、ドメイン志向の方に近い。 タイの自動車産業には日系自動車メーカー・サプライヤーが多数進出しており、タイの ローカル・サプライヤーは、日系との取引関係から出発し、日系企業との取引関係をもとに 技術基盤を構築し、次の成長、飛躍の機会を狙ってきた。タイのローカル・サプライヤーは、 日系のティア1のもとで、貸与図方式を中心に下請賃加工型のビジネスを展開しているが、 日系サプライヤーが目指す「貸与図から承認図」方式への開発設計能力の向上の志向は薄い。 設立後短い期間の間に加工領域を広げ、売り上げ規模を拡大する傾向がみられる。単品加工 から溶接を加え部品組立で付加価値を拡大する事例もみられる。 例えば T13、T3 は、設立後早い時期に単品加工から複合加工へドメインを広げており、 またプレス主体からファインブランキング、冷間鍛造などに進出する。さらにNC・MC加 工などを加え「加工領域(ドメイン)」を次々に広げている。更に T7、T9、T8 の事例では、 付加価値を上げるためプレス加工中心から、プレスに溶接や塗装、メッキ等を加え組立部品 やモジュール化に展開するなどドメインを広げ成長する傾向がみられる。 タイのローカル・サプライヤーの能力構築は、総じて日本型のものづくり志向とは異なり 「アジア型」の資本家志向の成長戦略でくくれる。取引先の拡大、加工領域の多角化などに より、自社の加工領域「ドメイン」を広げ、取引先を拡大する企業が多い。また自動車から エレクトロニクスへの拡大、自社製品の開発まで進む企業も見られる。 (3)タイのものづくり能力の志向―日系、中国との相対的関係 タイのローカル・サプライヤーは、日系企業と共に「日本型」のものづくり能力を追及す る企業が一般的である。その点で、日系との取引をしていない、今後もする気がない企業の 方が少なく、今回の事例では T14を除くといずれも日系取引を重視し、日系と共にものづく り能力の向上を目指してきた。 また加工領域を広げるため、T13(冷間鍛造のヤマナカ)、T5(冷間鍛造熱処理の神戸製 鋼)、T15(ワイヤ溶接のシンダイ)のように、難しい技術は日系との合弁により技術の習得
をはかり事業を拡大してきた。また T13、T5 にみられるように、値段が高くても日本の機 械を導入する傾向がみられ、日系取引を拡大するため JV や日本機械の導入は有効な対策であ る。 一方ここでは詳細な分析は省くが、中国系はすでにものづくり技術は相当な水準に達して おり、設備機械も精度や耐久性等をのぞけば低価格品を自国内でそろえられる。その点で中 国はタイより「ものづくり能力」は進んでいる(16)が、経営者の志向は日本型の「ものづくり 志向」よりタイと同じアジア型の「資本家志向」で共通する。中国はドメインの拡大、規模 の成長ではタイ以上に成長志向、利益獲得志向が強いものの、両国は「アジア型」で共通の 範疇に含まれる。 (4)タイのサプライヤーにおける承認図方式への移行の芽あり タイのサプライヤーの有力企業(類型2・3)は、日系の取引、技術指導の下で日本型の ものづくり志向への挑戦も行われている。タイの政府関連機関や日本のジェトロなども現地 のものづくり能力のレベルアップを支援するため TPS(トヨタ生産方式)の研修を行ってい る。 ところで(1)∼(3)で日本とタイのものづくり志向の差異を強調したが、それでも大多 数とは言えないものの、少数企業の間で日本型ものづくり志向の能力構築と同じように「承 認図」方式の芽が生まれていることも明記しておきたい。 日系は自動車メーカーとティア1の関係が深く、タイへの進出に当たり「日本の関係」を そのまま持ち込んだ自動車メーカーも多い。その点からもタイのサプライヤーが直接ティア 1として活躍する可能性は小さく、ティア1の壁は厚い。ティア1の可能性があるとすれば、 トラックや二輪車など系列関係が弱く、またティア1がメーカーと共に出てきていない領域 では、ローカル・サプライヤーのビジネスチャンスが生じる。 事実タイのサプライヤーは、トラックや二輪車、産業機械などでティア1になり、貸与図 から承認図方式へのきっかけをつかんでいる企業もみられる。例えば、ボルトナットの T5 やプレス部品、溶接の T8 は、4輪では難しいが「トラック、二輪車、産業機械」の分野で ティア1の位置を獲得し、顧客との間でニーズの擦り合わせや承認図方式での取引が展開さ れている。またエアコン部品を主力とする T 7のように、エレクトロニクス用では OEM 生 産や自社製品を開発・製造するサプライヤーもある。 さらに言えばパイプ材のプレス、溶接に強みを持つ T6 は、4輪のティア2であるが、 ティア1と同じような VA,VE 活動だけでなく、低コスト化に向けての図面の修正提案や特 定部品(ロックシステム)の機能面からの提案を展開している。事例の数は少ないなりにも、 貸与図から承認図への芽も生まれていることに注目したい。 (5)自社製品、自社ブランド化の芽もある 最後になるが「タイのローカル・サプライヤーはイノベーションを起こす可能性があるの
か」という問題提起に回答してみたい。結論を言えば日系のサプライヤーがメーカーと連携 して継続的に引き起こす「日本型」のものづくりイノベーションが出てくる確率は大きくな い。それでもイノベーションの可能性がないかというと、「日本型とは異なる志向、方法でイ ノベーションが起こる可能性はある」と答えたい。タイのサプライヤーは、アジア型の資本 家志向の成長戦略ベクトルの追求が優先される。サプライヤーにとって、自動車メーカーと 共にものづくり能力を徹底的に磨き上げ、開発設計能力をつけ、取引分野の中で特注品から 市販品に展開し、「マスカスタマイズ化」(17)により顧客を拡大する誘因はそれほど高くはな かろう。 むしろ取引先を広げ、異なる加工領域を取り込み、また溶接・塗装のような川下分野を取 り込み、部品組立を加えて付加価値を上げる。更には産業機械やエレクトロニクスのような 分野の異なる領域への多角化をめざし、自社製品の開発に挑戦しているのである。日本のも のづくり志向から見れば異質であるが、日本の「中小企業」経営から見るとむしろ類似な戦 略ベクトルの追求である。 また今後のイノベーションに向けての芽として、ボルトナットの T5 における「垂直統合 型」のビジネス・モデルの構築は、日本の革新的中小企業にも共通する差別化領域における 垂直統合戦略であり、注目される(18)。むしろ日系のサプライヤーは、取引先メーカーの領域 から飛躍し、自立できない問題を抱えており、日系の方がアジア型の良い点を参考にすべき であろう。 さらに言えば、経営の成果は必ずしも確定していないが、T7、T9 における自社製品開発 の挑戦、T3、T12における自社ブランド品の開発などの動きは、今後の生産性向上、革新的 成長にとっても注目して良い戦略と思われる。 (2015. 9. 30受付/2015. 10. 31受理) 注 (1)本研究は、2013∼15年度文部科学省科学研究費基盤研究 C(25380511)(赤羽淳・土屋勉男・井上 隆一郎「アジア地場企業のものづくりイノベーション能力に関する実証研究」)の共同研究をもとに、 タイのローカル・サプライヤーのインタビュー結果をもとに筆者がまとめたものである。 (2)浅沼万里(1997)第6章を参照。 (3)日本のサプライヤーに間では、浅沼理論は一般化しており、国内・海外の日系のサプライヤーのイ ンタビューでも「ものづくり能力」の段階的進化の志向は裏付けられる(多賀製作所、秦野精密な どで検証した)。 (4)アンゾフ(1967)は企業の成長戦略ベクトルとして製品開発、市場開発、多角化の3つを示した。 タイの企業は、特定部品領域内の能力構築の枠に拘束される志向が少なく、事業規模の拡大のため にドメインを広げ成長戦略を追及する傾向を持つ。 (5)日本の革新的中小企業のイノベーションの特性は、土屋勉男・原頼利・竹村正明(2011)P.169を 参照のこと(土屋勉男・井上隆一郎・竹村正明(2012)、土屋勉男・金山権・原田節雄・高橋義郎 (2015)も合わせて参照してほしい)。 (6)日刊自動車新聞社他編(2009)『自動車年鑑2009−2010年版』日刊自動車新聞社、P.163
(7)山本肇「アセアンの自動車産業と「タイ+1」戦略」『知的資産創造』野村総合研究所、2014年12 月。 (8)インドネシアのデンソーへのインタビューでは、ティア1の日本からの調達を現地化し、真の現調 率の向上が課題であるとする。 (9)自動車に代表されるメーカーとサプライヤー間の「擦り合わせ型」の能力構築を日本型の強みの源 泉ととらえたのは藤本隆弘(2004)である。 (10)マーク・ブラキシル、ラルフ・エッカート(2010)P.205。 (11)浅沼万里(1997)P.226。 (12)今回のタイのインタビューでは、 ボルトナットの会社である T5 は日本型に近い志向を持つ。ボル トナットは日本の中小企業が得意としており、ものづくり能力構築も熱心であるが、自社製品・自 社ブランド化への意欲ももち、日本の中小企業に共通する志向がみられる。 (13)このアジア型の資本家志向は、短期取引・利益優先の製造業よりは商業資本に近い志向との見方も ある(原田節雄(2014))。 (14)華人経営の特徴として、資金調達力があげられる。資金の源泉がどのような方法で調達するかは、 インタビューでは明らかになっていない。 (15)日本の通貨価値はタイを上回っており、タイの購買力平価を考慮すれば2倍から3倍(2. 65倍)の 1入当たり売上高を実現しているとみられる(三井住友信託銀行「平均像では見えにくいアジア消 費市場」『調査月報』2015年1月号]。 (16)日本のブレーキ用ばねの多賀製作所は、日本を中心に中国、タイに工場を展開しているが、「もの づくり能力」は、「中国は日本と同じ水準、タイはR&D部門がなく生産中心で中国の方が上」とし ている。 (17)マス・カスタマイゼーションは、1990年代のマーケティング分野での概念提起から始まった(片野 浩一(2012)「マス・カスタマイゼーション戦略から個客経験の共想へ」『明星大学経営学研究紀要』 第7号)。生産システムの視点からみれば、低コスト大量生産プロセスと柔軟な特注品生産を組み合 わせたフレキシブルな方式であり、収益拡大を目指す戦略の一つになる。 (18)革新的中小企業のビジネス・モデルとしては、差別化領域における集中垂直統合型の方法がある (土屋勉男・井上隆一郎・竹村正明(2012)P.167)。 参考文献 オリバー・ウイリアムソン(浅沼万里訳)(1980)『市場と企業組織』日本評論社 エディス・T・ペンローズ(末松玄六訳)(1962)『会社成長の理論』ダイヤモンド社 エリック・フォン・ヒッぺル(サイコム・インターナショナル監訳)(2006)『民主化するイノベーション の時代』ファーストプレス クレイトン・クリステンセン(玉田俊平太監修 / 伊豆原弓訳)(2001)『イノベーションのジレンマ』翔 泳社 シュンペーター(塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一)(1977)『経済発展の理論(上)(下)』岩波書店 ジョー・パイン(坂野友昭翻訳)(1994)『マス・カスタマイゼーション革命―リエンジニアリングが目指 す革新的経営』日本能率協会マネジメントセンター ヘンリー・チェスブロー(大前恵一郎訳)(2004)『OPEN INNOVATION』産業能率大学出版部 マーク・ブラキシル、ラルフ・エッカート(村井章子訳)(2010)『インビジブル・エッジ』文芸春秋 赤羽淳(2014)『東アジア液晶パネル産業の発展:アジア後発企業の急速キャッチアップと日本企業の対 応』勁草書房
赤羽淳・土屋勉男・井上隆一郎・山本肇「アジアにおけるローカル二次サプライヤーの能力評価に関す る実証研究」『組織学会』2015年6月20日 浅沼万里(1997)『日本の企業組織:革新的適応のメカニズム』東洋経済新報社 土屋勉男(2006)『日本ものづくり優良企業の実力(新しいコーポレート・ガバナンスの論理)』東洋経済 新報社 土屋勉男・原頼利・竹村正明(2011)『現代日本のものづくり戦略(革新的企業のイノベーション)』白桃 書房 土屋勉男・井上隆一郎・竹村正明(2012)『知財収益化のビジネス・システム(中小の革新的企業に学ぶ ものづくり)』中央経済社 土屋勉男・金山権・原田節雄・高橋義郎(2015)『革新的中小企業のグローバル経営(差別化と標準化の 成長戦略)』同文館出版 延岡健太郎(2006)『MOT “技術経営” 入門』日本経済新聞社 原田節雄(2014)『標準と知財の両輪経営(ヒト、モノ、カネを支配する)』日本規格協会 藤本隆宏(2003)『能力構築競争』中央公論新社 藤本隆宏(2004)『日本のものづくり哲学』日本経済新聞社 藤本隆宏(2001)『生産マネジメント入門Ⅰ』日本経済新聞社