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<研究ノート>わが国における「自由企業体制」創出・発展に関する若干の覚書 : 『日本経営史講座』全6巻を読み終えての感想

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Academic year: 2021

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(1)く 研究ノートノ. わが国における 「自由企業体制」創出・ 発展に 関する若干の 覚書 『日本経営 史 講座』全. 稲. 6. 井. 敏. ど. 1. はじめに わが国の資本主義研究において 最近とくに. 巻を読み終えての 感想、. 目. 立つよさになった 一つの傾向は ,経営史学が独. 朗. う. 従来の研究とちが. ぅ. かを解明し , 新しい 方. 法で 画き出された 成立・発展 期の 「日本資本主 義像 」の諸特徴がいかなるものかを 自分なりに 整理してみようと 考えた。. 自の研究領域を 開拓したことであ る。 学界で今 日経営 史 研究と目されている 種類の研究はもち. 本講座の内容を 総括しょ. ろ んふるくからあ った。 だがそうした 研究がは. ころにあ る。 すなわち,従来われわれが「資本. ここで「自由企業体制」という 用語を選んで. つ. きりと経営史の 研究として自己を 主張するよ. 主義」とし. う. になったのは ,日本経営史学会結成(1964 年 ). ょ 9. ぅ. 5. とした理由は 次のと. 用語で把握しょうとしていたもの. 本講座で取扱われている 内容が遥かに 広い. 以後のことであ る。 それほど多くの 歳月を経過. こと。 一一経済過程の 動きだけでなく ,政治,. して L.、 ない。 こうした学問的状況のなかで ,近. 社会,文化の「構造」が視野におさめられ ,そ. 年, 『日本経営 史 講座』全 6 巻 ( 日本経済新聞 社 , 1976-77年 ) が公刊されことは 意義ぶかい。. れらが今までのようにたんに「企業者活動」の 前提としてでなく ,逆にこれによって影響をう. この講座が江戸時代から 現代までのわが 国の資. げ 性格 づ げられ. 木主義的企業体制の 発達を,これまでの 経済学,. したがって かかる総体を 経済学上の用語であ る「資本主. 経済史学などの 研究方法とほまるでちがった. ぅ. ぅ. るものとして 相互に規定し 合. 総体として把握されていること。. 独自の方法で 究明し,従来未開のまま放置され て来 た領域に新たな 鍬入れを行った 点 ,かつて. 義 」で表現する よ りは,. 権 威をもった通説が 本講座でいくつか 史料批判 を 試みられ,新しく解釈し直された 点 ,そして 何よりも本講座で 経営 史 研究が従来の 社会科学 約諾研究の総合一一学際研究一一と 意識され,. れであ る。 日本経済史や 日本経営史の 研究で全くの 素人 であ る筆者がこうした 試みを敢えて 行った理由. 日本資本主義の 成立と発展に 関して独自の 研究 万法を構築した 点で,評価さるべき多くの成果. 分の現存している 日本の研究とお ょそ 無縁であ. を 残したからであ る。. 相互に交流し 合わねばならない。 両者は相互に. 「自由企業体制」とし. た方が べタ 一でほないかと 考えられたこと ,. は ,われわれが進めている覚国経済史研究が. こ. 自. って は ならないという 自覚からであ る。 両者 @. ま. そこで本稿でわれわれ ば ,研究史上かかる意. 啓発し合わねばならない。 われわれにとって 外. 義 をもっ本講座を 精読し, この成果がどの 点で. 国研究とはいった い 何か。 それはわれわれの 現.

(2) 52. 横浜経営研究. 第1巻. 第 1号. (1980). 関連しているの. 事実は,貸本主義の分析が個々の 企業および企. いった旧くて 新しい問題を 新しく形を. 業者活動の分析を 中心に進められ ぅる 論理的正. なしつつあ る経営 史 研究の方法を 知りたいとい. 当性を肯定する。 ァメリヵ 合衆国で第二次世界 大戦後企業者 史 (entrepreneurial history) が誕 生し, これによって 経営 史 研究がはっきりと 経 済史 研究から独立し 固有の研究分野を 構築する に至った契機も ,資本主義体制において果す企. 存を踏まえた 日本研究とど か。 こ. う. う. う欲求と重ね 合わせて,以下本講座の主な論点 とそれを導き 出した方法を 考察してゆくことに したい。. 業のかかる役割が , Ⅰ. I.. F. 日本経営 史 講座. コ. 0 日本資本主義. P . シ,ムペータ一の影響. のもとに強烈に 自覚されたからに 他ならない。. 把握の方法. 『日本経営 史 講座』は経営 史 研究のこうした. 『日本経営 史 講座』全 6 巻は次の構成をとっ ている。 第二巻「江戸時代の 企業者活動」 ( 編 集 : 宮木又次 ), 第 2 巻「工業化と 企業者活動」 ( 編集 : 由井常彦 ), 第 3 巻「日本の財閥」 ( 編集 : 安岡重明 ), 第 4 巻「日本の企業と 国家」 ( 編集 : 森川英王 ), 第 5 巻「日本的経営」 ( 編集 : 中川 敬一郎 ), 第 6 巻「日本の企業と 社会」 ( 編集 : 間 宏 ) がこれであ る。. 傾向を受け入れて ,「企業者活動」を第. t. .第 2. 巻に据えて日本資本主義分析を 始める。 第 3 巻 「日本の財閥」,第 4 巻「日本の企業と 国家」, 第 5 巻「日本的経営」,. 第. 6. 巻「日本の企業と. 社会」が,いずれもかかる 個々の「企業者活動」 を前提にし展開されてくるより 高次の「企業者 活動」 か ,あるいはかかる「企業者活動」と 切. っても切れない 関係に立つ独自の 企業条件の分. ここで見られる 方法上のもっとも 重要な特徴. 析 であ. ることは,多言を要すまい。. は, 個々の企業あ るいは企業者の 活動を中心に. 据えて日本資本主義の 分析が試みられている 点 であ る。 戦前の「講座派」 一 「労農派」や 戦後の. 近代経済学の 影響のもとで 進められて来たこれ までの日本資本主義分析が ,生産関係Ⅰ生産力 関係二階級関係を 軸にした構造分析またはマク ロの プ ロ一分析であ ったのに対比して ,. この点. は 本講座の著しい 特徴だといってよい ')。 ダ マイソチ. 資本主義的経済体制が 共同体の解体と 諸個人 の 経済的自立 ( 臣 私有財産制の 容認 ) を前提に. して成り立っているものであ ること。 そして生. 産と投資がこうした 諸個人の出資契約と 雇用 契 的 によって成り 立っている企業の 経済活動を通. われわれはこれまで 近代に特有な 産業資本の 創成を, 「資本の本源的蓄積」 という概念のも とで捉え分析して 来た。 資本主義的経済体制の リ. この点は由井常彦氏の 次の指摘にはっきりと 看 取されうる。 「従来日本の 工業は, もっぱら資本主義発達 史 として論述され ,研究されてきた。しかし,その 場合のフレームワークには ,意図的にせよ暗黙的 にせよ, がいして古典的ないしマルクス 的な発展. 段階 説や ,決定論的な歴史観が双提ときれがちで あ り, 工業化ないし 経済近代化の 人間的諸側面,. 主体的活動については ,著しく閑却・ 軽視される. か, いわゆる " 資本の論理 " に単純に還元される 傾向が強かったことは 否定できない (現在の計量 じて進められ ,消費がかかる企業活動に随伴 し 経済学者の態度も , 別 な立場であ るが,人間的な て 諸個人の取得する 賃銀,利子,配当,利潤, 主体の側面を 閑却することでは , しばしば共通し ている ) 。 ・…‥本稿は ,明治時代の日本の工業化と 地代等の支出を 通じて行われていること。 加え 企業者活動について , 多少とも新しい 観点からひ て「企業者活動」が 自由で創造性を 発揮しうる ととおり概説してみることにしたものであ る。 そ. 余地を多分に 残しておればおるほど ,生産,販 売諸活動における「革新」達成の 可能性が高ま ,資本主義的経済体制の弾性に富んだ 発展 可 り. 台目性も一層強まること 0 一一. こらした経験的 諸. れは,従来の日本資本主義の 成立論を,主体的な 側面をフレームワークにいれて 解釈し直す試み でもあ る。」由井常彦「 ( 総論 工業化と企業者活 コ. 動」,. F 日本経営 史 講座』. 聞社, PP. l0-11.. 2, 1977年,. 日本経済新.

(3) わが国における「自由企業体制」創出・ 発展に関する 若干の覚書 もとできわめて 重要な役割を 果す企業者が ,封 建制末期に成立してくる「中産的生産者層」 ( 独 立自営農民 層 と独立自由な 手工業者層 ) から生 まれて来るのか ,特権的大商人層から 発生する. (柄井敏朗 ). 53. 「日本の財閥」が 分析され るとき,比較の基準に再生産構造をとる 山田理 論も,その基準に「二つの道」の理論をおく 比. が 明らかにされだり. 較経済史の方法も 一顧だになされなかった。 第. のかという論争と 結びついて よく 知られている. 5 巻の中川論文にほ. かの「二つの 道」の理論も ,. 独自の国際比較が 展開されている。 こうした意味で 本講座は, 日本資本主義分析. この概念との 関連. で構想されてきたものであ った。 維新直後成立 してくる藩閥政府の 経済政策. 地租改正,秩. ヶこ. づ. きりとみられるよ. 独自の方法を 構築したことで ,. う. に,. これまでわが. 禄処分,士族授産,近代的銀行制度や 官業企業. 国で成立して 来た権 威あ る理論体系に 無言で 挑. の 育成などの諸政策一一も ,われわれは「資本. 我 し,そこから自らを解放しょうとしていると. の本源的蓄積」との 関連で捉え,わが国におけ. ころに著しい 特徴があ る。 マルクス主義歴史学に 固有な「資本の 本源的. る産業資本の 創成を援げた 政策として理解して. こうした分析方法を 熟知しており , つ よく意識. 蓄積」という 分析方法を使用せず ,かつまた山 田理論や比較経済史学の 国際比較の方法からも 自由に分析が 進められたとき ,本講座の日本貸 本主義分析はいったいどのような 特徴をもつも. している。 しかし,本講座では,「企業者活動」. のとなったか。. の分析でも「企業と 国家」の分析でも ,. れを,本稿の表題に示した. 来た。 本講座の監修者・ 編集者も執筆者各位も ,. も. ちろん経済学者や 経済史家によって 構想された. 「財閥」. われわれはさしあ たりそ ょ. 引こ「自由企業体. これとの関連で 構想された既存の 理論的枠組も. 制 」概俳による 日本資本主義分析と 名づげてお くことにした。 資本主義経済体制が 自由な企業 の経済活動を 中心にしてなり 立った経済体制で. 一切 退 げられている。 ここでは資本は 資金と同. あ ることは先に 見た。 が,本講座はかかる自由. 一化され,モノ. れ ,かって経済学者や経済史家がこれを 人間関. な企業活動が ,経済的,政治的,文化的,社会 的 条件のもとでわが 国でどのよう 帝こ 成立し, ど. 係. のように発展して 来たかを分析した 上で, ジャ. の形成・発展の 分析でも, 「資本の本源的蓄積」 とし. 亡. ぅ. 概念 は 一顧だにされず ,. ( 三生産要素 ). したがってまた. の次元で観念さ. 生産関係幸生産力関係二階級関係として. 理. 解したのと全く 別次元で捉えられている。. ーナリズムによって「日本的経営」と. われわれもこれまで ,本講座がつ よ く意識し ているよさに ,各国資本主義の国際比較に大い. に 関心をもっていた。 山田盛太郎氏の『日本資 本主義分析」は 比較の基準をそれぞれの 国の再 ・・・・ 生産構造 ( 産業編成,生産力編成,階級編成の あ り方 ) に採り,イギリス,アメリ ヵ , ドイッ,. 特色 づ げ. られている日本独自の 企業経営, これを支える 「自由企業体制」の 性格を,日本の代表的企業で あ る戦前の財閥および 戦後の「財閥系企業」の 分析を通じて 果し,かかる「自由企業体制」の もとでの「企業と 国家」および「企業と 社会」 との関係を問. う. たのであ る。 その意味で本講座. ロシア資本主義と 異なる日本資本主義の 特殊性. 0 日本資本主義分析は , 全く斬新なものであ っ. を明確にしょうとした。 大塚久雄・高橋 幸 八. た. 郎・松田智雄姉氏を 中心に発達した 比較経済史. そこでわれわれもまず ,わが国の「自由企業. 学では,先の「二つの道」の理論を 基底に据え. 体制」を支える「企業者活動」が 編集者・執筆. て各国資本主義の 歴史的特性が 解明された。 本. 者 こ よってどのように 捉えられているかという. 講座の監修者,編集者,執筆者各位ももちろん. 問題から,本講座に肉迫してゆくことにした. これを熟知しており , つ よく意識している。. い。. かし本講座で 諸外国との対比で「日本的経営」. し. Ⅴ.

(4) 54. 横浜経営研究. 第 1巻. 葉 1君. (1980). 第二巻の論理を 総括的に読みとろうとすると I11. わが国における「自由企業体制」 とそれを支える「企業者活動」. 1. 『日本経営 史 講座 第. 1. コ. ぎ ,われわれはまず岡本論文からはじめるのが. 最も生産的であ るように 届け。 1. 「. ), Ⅱ「 江 月時代の商家経営」 ( 作道 洋太郎 ), Ⅲ「江戸時 代の都市・流通機構と 市場」 ( 正田健一郎 ), W 0. 1. 「商家の資本蓄積」. 「総論」. ( 宮本又次. ( 藤田貞一郎. ), V. 「江戸時. ), Ⅵ「江戸時代の 価 個 体系と官僚制」 ( 由井常彦 ), Ⅶ「『 ィ刊制 度 と日本の近代化」 ( 岡本幸雄 ), Ⅷ「株仲間と 代の知的水準」. その変遷・解体」 2). ( 今津健治. ( 宮本又次 ). がこれであ る,) 。. この構成をみてまず 気になることは , それぞれ の章の相互関係であ る。 すなわち, それぞれの 章 で 取り扱われている 事柄がみな同じ 重みをもって. 明治以後の近代企業経営活動の 歴史的双提として 並置されているものか ,. あ るいは,江戸時代の 「企業者活動」の 基地を商家経営だと 捉え, この. 4. 「家業」の 丁 稚 制度と近代「企業」の 雇用・労使関係の 4 節. 業」経営と近代「企業」経営, からなる岡本論文は ,. らに明治期の…法的 再 確認に. ィェ 」制度を「概俳的,構造的に把握し」,そ の上でこの「 イェ 」制度に密接に 結びついて存. 「. 在してきた近世の「家業」を ,近世商家の「家 業 」について検討したものであ る。 その意図 は, 近世「商家の『家業』,. が ,執筆者は必ずしもこの 構想に拘束されていな い D とくに今井,由井両論文には ,. その傾向が強. い。. 宮本氏が,最終的に「日本株式会社」に 帰結す る 近代日本の経営一一それを 支えているのは , 実 は江戸時代の商家経営に 源流を求めることの 出来 る 日本独自の「企業者活動」であ った , と 理解し ているのに対して , 由井 氏は , 「企業者活動」と. 業 』に展開された 雇用関係を含む 経営上の理俳. コ 」. 明治以後連続 説 に立っているのに 対して,由井底 は 断絶 説 に立っている。 この相違は, 由井氏がひ ろい意味で理解しょうとされながら , 「企業者 活. 動 」を「工業化の 起動力ないし 主体をなす創造的 革新的ビジネス 活動一般」に 限られているのに 対 して,宮本氏はこの 概念の中に,利殖を 志す企業. 度 に代表される「社会構造」,幕藩体制という「制. 経営にどの. ,影響をもたらしたかを考察」. めに, この「家業」とそれを 成立せしめている. 社会的基盤たる「 イヱ 」制度との関係を 問うた のであ る。 岡本氏のこの 問題意識こそ 実は編者. 宮本氏の構想にもっとも 沿ったものであ ること 度的 構造」,さらには「文化機化」までを包含され ていることから 来ているよ. う. に思われる。. 由井氏が「企業者活動」を「工業化の 起動力な いし主体をなす 創造的革新的ビジネス 活動一般」. に限られた理由は ,明治以後の「企業者活動」を 規定したと宮本氏の 重視する江戸時代の「経営 組 織 」,「社会的価値観」等々が,由井氏にとっては 「工業化に対する 江戸時代の遺産」 ( 由井Ⅱ総論 」, F 日本経営 史 講座』 2, pp. ll-i3) というように コ. 取扱われているからであ る。 宮本氏によれば , 「日本的経営」は 江戸時代以来の 伝統的文化のなか. から生み出され ,生成発展後もそのなかにおかれ ていたが, 由井氏の理解によれ ば ,明治以降に新. 者の活動だけでなく , かかる活動を 成り立たしめ. ている「経営組織」,「社会的価値観」,「イエ」 制. コ. 岡本氏は明治以降の 近代「企業」経営活動に 連結展開する 要素を江戸時代の 商家の「家業」 の中に見出し ,その独自の歴史的意味を 問うた. は ,工業化の起動力ないし 主体をなす創造的・ 革 新約ビジネス 活動一般 ( いい かえれば近代的タ イ. プの ビジネスマンたる 企業家の活動 ) というよう に ひろい意味で 理解し」ている 0 由井「 ( 総論 , 『日本経営 史 講座 Jl 2, p. Ⅱ 端的にいえば , 宮本氏が「企業者活動」の 江戸. ならびにこの『家. や 実態が,明治以降の近代『企業 することであ ったが。. Ⅰ. る普遍化とも 相. の展開の上に 特質を与えてきた」近世社会の. ような意味なり. 宮本又次氏の 理解・構想は 明らか後者であ った. よ. まって, 明治以降の社会の 発展や近代企業経営. なかにこそ近代企業経営活動を 哺 む 歴史的双提が. Ⅷ章が考察されているのかという 問題であ る。 第 巻 「まえがき」および「総論」を 読むか ぎ. 「近世社会に 慣行的・制. 度的に確立され , " この社会を特質づ け, ・‥さ. 整備されてくると 理解した上で , それを成長せし 皿一 める経済的,政治的,社会的,文化的条件として. り. イェ 」制度. の構造的特質, 2, イェ 」制度と「家業」, 3. 「家. 第 1 巻の論理. 巻「江戸時代の 企業者活動」 ほ 次の構成. をとっている. 「. しく創造されたものであ った。. 3). 岡本幸雄「『イエ』制度と. 日本の近代化」,『日本. 経営 史 講座 J l, 1977 年, p. 202..

(5) わが国における「自由企業体制」創出・ は 多言を要すまい。. 発展に関する 若干の覚書 (柄井敏朗 ) ぅ. 55. した論理的脈絡の 上で江戸時代商家の 奉公人. 岡本論文を詳細に 紹介することはもちろん 本 稿の目的にそぐわない。 しかしここではこれら の議論との関係で 次のことだけは 指摘しておか. 制度二丁稚制度の 延長線上に把握した。) 。. ねばならない。 すなわち,岡本氏が本論文で近. り,その中に 近代「企業」経営にったがる 要素. 世に成立してくる「 イェ 」制度の実体として. を見出したのに 対し,伴造論文はT7 世紀後半に. 「家督」を探り 出したこと。 そして江戸時代の 商家経営を特色 づ げたかの「家業」 ( 「家産」の 管理・運営 ) を他でもなくこの「家督」に 関係 づ け ,「家業」 ( 「家督」の管理・ 運営 ) の永続的. 確立してくる 近世商家経営の 代表的事例. 維持と繁栄をまさに「 ィェ = 「家督」の永続的 」. 維持と繁栄の 物的条件だと 理解したこと。 そし てそのことで ,江戸時代の「家業」と 明治以後 の近代「企業」との 連続 性 ,あるいは「家業」 のもとでの奉公人制度支丁稚制度と 近代「企 業」の雇用、 労使関係の連続性を 首尾一貫した 論理で論証したことがこれであ 岡本論文 は. 「. して一般論として 近世商家経営の 特質解明に迫. 淀. 屋,薩摩屋仁 兵衛,天王寺屋,鴻池,住友,姉 井の各商家について ,その生成・ 展開過程を個 別 的実証的に 跡 づ け ,その上で経営組織・ 経営. 戦略において 相対立する特徴を 示す三井と鴻池 の商家経営の 組織と特質を 考察されている。 江 戸時代商家経営の 特質が,ここでは豊富な史料 に基づいて具体像を 与えられているのであ る。 藤田論文は,商家経営における 資本蓄積のあ り方を三都の 商家経営の代表例. 鴻池,姉井,. 下村,長谷川,中井,大村,柏原の 各商家と,. る。. イェ 」制度に立つ「家業」を ,. その意識・実態の 両面で総じて 保守的・伝統 主 義 的なものと評価した。 この保守的・ 伝統主義 的特性は,岡本氏によれば,たしかに会社形態 ( 株式会社 ). ところで,岡本論文が「 ィェ 」制度から出発. の自生的発生や , これに関連する 帳. 各落 城下町商人の 若干 例. 松代 藩 八田,山口. 藩 安部,名古屋藩 小川の各商家,在方商人の 若 干 何ほついて実証的に 跡 づ け ,岡本論文が性格 づ げていた近世商家の 資本蓄積Ⅰ「家産」の 蓄. 換 ) などを 阻 げる要因ではあ った 4,。 だが岡本. 積を実証した。 作道 ・藤田両論文の 主題は, このようにして 岡本論文の主題と 多く重なり 合 5 面をもってい. 氏は ,他面, 「家業」に本来備わるこ. いった. るが, 岡本論文によって 完全に ヵ バ ー され切れ. 独自の「永続性の 原. るものではない。 というのは 作道 ・藤田両氏は. 簿組織の普及. ( 大福帳 方式から複式簿記への. 保守的伝統主義的特性. う. 転. 則」や「家産」の 維持・増殖に 対する「家督」. もともと経済史家であ り, 自分が取扱っている. 相続人の強制された 意思、. 個々の商家経営をも ,それだけとり 出し現実の. が, 「家業」のも. とで発達したそれなりの「合理的枠組み」一一 支配人経営や 意思決定における 合議制Ⅰ稟議制 一一などと結びつけて ,江戸時代の「家業」を. 経済過程の動きから 離れて理解出来なかったか らであ る。 作道 ・藤田両論文で ,. 「. ィェ 」制度の上に 立. 明治以後の近代的「企業」に 容易に推 乾 せしめ. つ「家業」の 大枠からはずれた 対象. る積極的要素になったと 評価しているのであ. 済の責任 制や 「家産の蓄積」と「資本の 本源的. の。. 蓄積」のちがいなど. 「日本的経営」の 呼称のもとで 知られる雇用・. 労使関係におけるかの 「縁故 制 」, 「年功 制 」, 「終身雇用制」,「温情主義」,あ るいは「福利厚 生施設の整備」などの 特性をも,岡本氏は, こ. 4). 岡本同論文, r 日本経営 史 講座. コ. l,. p.. 216. 商家経. が問題にされているの. はこのためであ る。 正田論文と抱き 合わせにし て読まれたら 論旨が一層明らかとなるだ るら 。. 兵農分離,城下町への武士階級の集 住 ,徳川 幕府の集権 的権 力構造と参勤交替という 枠組み 5) 岡本同論文,『日本経営史 講座 l,pp,221-228 コ.

(6) 横浜経営研究. ㏄. が ,一定の制約のなかで幕 藩領主的貨幣・. 第 1巻. 商品. 経済と呼ばれる 全国的な商業,金融業の展開を 促したことは ,経済史の長期にわたる研究成果 からよく知られているところであ る。 17 世紀 に確立してくる 三都の商家経営は , 実は, ここ に. 「家産」. 曲. 「資本」蓄積の 好個の場面を 見出し. 第 1号. (1980). 時と場合によっては「経済の 体系」や「政治の 体系」. へ 積極的に作用する 面をもつ「体系」と. 理解している。 こうした理解に 立って「江戸時 代の文化の体系」が 考察されているところに 由 井論文のもっとも 重要な特徴があ る。 江戸時代 に 展開した 「文化の体系」, すなわち氏のい う. 官僚制」が,明治以後の 欧米文化. て成立してくるものであ った。 正田論文はかか. 「価値体系と. る 幕 藩領主的貨幣経済がどのような 構造のもの. の 受容にどれほど 大きく貢献したか。. であ ったか,そしてこれが江戸中期以後に 展開. ことを由井論文は 問. してくる農民的貨幣経済とど 5 対抗関係に立っ たかを克明に 跡づ げた 好 論文であ る。 だが,わ れわれに気にかかるのは 次の事柄であ る。 すな わち, ここで取扱われたテーマ 自体は一昔前. に 由井論文の価値があ る。. の研究動向を 想起させて興味ぶかいが ,. ここで. う. 一一 この. ているのであ る つ. 0. ここ. 江戸時代の日本人は ,由井氏によ れば,上下 の序列と公の 価値を尊重し ,. 自立性や自己主張. よりも集団のなかにいて 他人と調和し 助け合う ことを好み,祖先や伝統を重じる 行動様式をと. 明らかにされている 事柄が江戸時代の 商家経営. っていた 8)。 すなわち彼らは「垂直的な 序列」,. あ るい ほ 明治以後の企業経営とどのように 関連. 「水平的な集団の 関係」,そして「祖先から 子孫. しているのか ,さらにどういう 意味で近代企業. への連続 性 」を望ましい 普遍的な評価基準. ( 二個. 経営活動の双提となりえたのか , 素人の読者に. は論旨が仲々掴み 切れないのではと ぽ、えたこと であ る。 も すこしこれらの 問題との関連が 明 う. らかにされておれ ば,. と 感じたのはひとりわた. しのみではあ るまい。 りもむしろ,明治以後に 展開する近代企業や , それを活躍の 舞台にした企業家たちにとって ,. 蘭学そして洋学がどのような 役割を果したかを う. たものであ る。. 岡本論文とは 別の意味で興味ぶかく 読めたの は 由井論文であ った。 由井論文は氏の 解説から. 「江戸時代の 文化の体系」と 読みかえてもよい ものだ。) 。. ここで「文化の 体系」とは由井氏に. よれば「政治の 体系」,「経済の 体系」と並んで 社会を「体系」としてバローバルに 考察するさ いの一つの概念装置であ る。 こうい うと 読者は. 「唯物史観」との 関係を問 だろう。 だが由井 底 は 「文化の体系」を「経済の 体系」に一義的 に規定される 従属変数とは 捉えないで,むしろ う. 6). いて様々の制度や 言葉に具現するところの 望まし いものごとについての 普遍的な評価基準」, 「官僚. 制」を「 通 文化的に概念化して ,権限と責任の体 系を制度化した , 自己存続的な 管理ないし行政…. 今津論文は,江戸時代の商家経営との 関係よ. 問. 7) 由井底 は 「価値」を「規範とともに , 社会にお. 由井常彦「江戸時代の 価値体系と官僚制」,丁日 水経営 史 講座 J l, p, 174.. の組織」と理解し ( 由井同論文,『日本経営 史 講座 コ l, p. 174.) 自らの課題と 取組んでいる。. 由井論文の特徴は ,江戸時代の日本を「封建制」 または「封建社会」 と規定し説明して 来た通説を 批判し, これを「目標にたいし 高度に統合された 社会」 ( 由井同論文,『日本経営講座ョェ, pp. 175176.) と理解した上で , この「目標にたいする 統 合性」の基礎を「価値体系における 統合性」に求 めたところにあ る。 政治学あ るい ほ 社会学におい. て「集権 制」と区別されて 使用される「封建制」 概念と,「生産様式」または「社会構成」との関連 でマルクス主義経済学あ るいは歴史学で 使用され る「封建制」概俳とが 必ずしも重なり 合 う もので ないことはよく 知られているが , 由井底はこの 点、 を ど う 理論的に整理されたかに 言及しないまま 通. 説批判を試みられている 点に, われわれはまず 問 題を感ずる。 われわれはこれまで ,「生産様式」の 面で「封建 制」と考えてよい 経済構造を発展させておきなが ら,なぜ江戸時代の 日本では,西欧型の「 レ 一ェ ン封建制」が成立せず ,幕藩体制という 由井氏の いわゆる統合された 政治構造をとるに 至ったかを 問題にして来たからであ る。 8) 由井同論文,『日本経営史 講座』 l,pp.179d86.

(7) わが国における「自由企業体制」創出・ 発展に関する 若干の覚書 値 ) としたのであ る。 こうした. ( 価値 ). が儒教. の倫理に基づくことは 多言を要すまい。 ているようにこの 倫理規範は , 神の前に平等に. 立たされた諸個人を 罪の意識で内面から 拘束 す ・. 取 する上での国民的コンセンサスを 作り出す重 要な条件であ ったと見る。. だが, マックス・ ヴニ ーバーがすでに 指摘し. ・. 57. (楠井 敏朗 ). ・. ・. ここまで議論をおし 進めてくると 由井氏が, 「文化の体系」. を積極的に評価し ,. 「経済の体. 系」からだけで , あ るい ほ 「政治の体系」から. ・. るものでなく ,動機にかかわりなく結果として. だけでわが国の「自由企業体制」成立条件の. 欠. 外面にあ らわれた行為そのものから 善悪を評価 する性質のものであ った。 したがってこの 倫. 如を論証しょうと 試みて来た通説を 批判した理 由が明確になる。. 理規範は,ルース・ベネディクトサ こ よって西洋. 以上要約した 第 f 巻の論理は,われわれが一. の 「罪の倫理」に 対する「恥の 倫理」として 特. 昔 前に理解していた 日本資本主義成立 史 とはま. 徴 づ げられ, 日本文化の弱点だと 捉えられて. るでちがったものとなっている。. いた。 だが, 由井底 は ,. て資本主義の 成立にとって 逆 条件だと理解され. この「価値体系」が ,. ここではかつ. 外面から 他ソ、0 行動を規制するいわば「役割 期. ていた事柄が. 待の規範」に 読み替えられ だ 事実を強調し , 近. 価値観の発達,幕藩体制下のヴ , 一 ,一のいう. 低化を進める 上に不可欠な ,かの「形式主義」. 家産官僚制的支配構造などが. や「業績主義」も ,. に 推進条件と評価し 直されているのであ る。. 日本では,江戸時代に, 他. でもなくこの「役割期待の. 白. むしろ積極的. 規範」が要求する. 「形式主義」や「業績主義」から 生誕 し 展開し て来たものと 理解したのであ る。) 。. ここに由井. 2. 「日本経営 史 講座. コ. 第 2 巻の論理. 第 2 巻は次の構成をとっている。. 1. 「総論」. 説の斬新さがあ る。. ( 由井常彦 ), Ⅱ「工業化のリーダーシップ. 共同体の解体と 諸個人の自立 ( 私有財産制の 確立 ) こそが西欧における「自由企業体制」成. 五代友厚」. 立の前提条件であ った。 だがわが国では ,. ( 石川 l健次郎 ),. にこれ. ・. 商家経営の自立発展,儒教り. 共同体の解体と 諸個人の自立. まさ を. る他ならぬ. 阻止する文化的社会的価値観であ. 「儒教の倫理規範」が ,共同体を維持したままで 「役割期待の 倫理規範」に 読み替えられて ,「自 由企業体制」を 成立させる上で 不可欠な「形式 主義」や「業績主義」をも 生み出し,明治以後 の 欧米「自由企業体制」受容の. 主体的条件を っ. くり出してゆくことになった。. 由井底はこ. う理解しているのであ る。 加えて由井底はこの「価値体系」が. , 士 農工. ( 田付茉莉子. げ」 ( 小林正彰. ), 咀 「政商と官業払下. ), Ⅳ「華族資本と. 士族経営者」. V 「近代産業技術の 導入」 ( 小 林正彰 ), Ⅵ「覚資と民族資本」 ( 村上はっ ), Ⅶ「株式会社制度の 導入」 ( 正木久司 ), Ⅷ「近 代会計の導入と 定着」 ( 高寺貞男 ) がこれであ る。. 「明治期の経済近代化の 過程」を「従来の L.、. わゆる資本主義発達. 史. とはちがって ,主体のダ. イナ, ズム に焦点をお き ,政治的,社会的ない. し文化的な諸側面を 視野にとり入れて. 説明」. し. たとされる㎝ 由井氏の「総論」は , このなかで もとくに読みごたえのあ る論文であ るが,収録. 商の階級的区別のもとで ,江戸時代のすべての. 諸論文の. 階級によって 受け入れられていた 点に注目し,. 主体的問題にスポットをあ て」, 共通して. 江戸時代の日本を「価値体系」の. 説 的な理解にたいする 批判と新しい 解釈を提示. 統合をみた 均. - し 、 ずれもが明治期の. 工業化の主要な. 何にもまして ,. 明治以後に至って 欧米文物を摂. 0 : ャ 上. 由井同論文, F 日本経営 史 講座』 l,pp. 186 円 90. 上 Ⅰ ⅠⅠ. 講. Ⅰ. ﹄. 9). 通. p. している」 , 、 ,点で注目されてよい。. 史庫 営講 経史 本営 日経 ﹁ 本 き 上千 日 力き 士 え まが 彦ま 常 ﹁ 井井 白白. 質社会だと捉えている。 そしてこの統合こそが. 「.

(8) 58. 横浜経営研究. 第 1巻. われわれ経済史家にとってとくに 興味ぶかい. 第 1号. (1980). フの 積極的意図のなかには ,おそらくかかる既. ことは, ここで展開されている 通説的理解に 対. 成の理論的枠組みのもとで 構想され解釈された. する批判と新しい 解釈であ る。 まず表題に示さ れている「工業化」ないし「経済近代化」とい う用語に留意したひ。. 一つ一つの史実を ,. のに還元. も. う. 一度ニュートラルなも. し ,評価し直そうとする意図が作用し. ていたといってよ い だろう。. キ. そこで次に本講座 2 で展開されている「通説. 一 産業 ( 軍事工業と木綿・ 生糸の繊維産業 ) の. 的な理解に対する 批判と新しい 解釈」に注目す. 育成を旋回基軸とする 封建的農業から 資本主義 工業への「生産旋回」の 過程と捉えたのは ,他 ならぬ山田盛太郎氏であ った。 「近代日本」の 創 出 過程をたんに 史実の羅列でなくて ,舞台が観 客の眼の双で 大きく旋回してゆくさまにダイナ. ることにしたい。. 第一は従来「政商」というラベルを 貼られて ほとんど区別なく 理解されて来た 明治期の企業 家 ・実業家に対する 新しい解釈であ る。 第二は維新政府の 殖産興業政策の 柱であ った. ; ック に捉えた山田氏のこの 戦前の理解は ,戦. 官業の育成とその 民間への払下げに 対する新し. 本講座が「工業化」. と捉えたこの 過程を ,. 後も日本経済史家に 多大の影響を 与え , 例えば. 上,下山. 大石嘉一郎編著『日本産業革命史研究. い解釈であ る。 明治期の企業家・. 実業家に対する 新しい解釈. 1975 年 ) に代表される 多くの研. は , 由井, 田付,小林( 第 1), 石川論文江見ら. 究書を生み出す 理論的枠組みとなった。 戦後公刊されこれまた 大きな影響を 与えた 揖 西 ・加藤・大島・ 大内共著『日本資本主義の 成 立 J I, Ⅱ,『日本資本主義の 発達Ⅲ, n, Ⅲ ( 東 大出版会 ) は,宇野理論の資本主義把握の 立場. れる。 由井論文は明治期に 活躍する近代企業家 を, Ⅲ動乱期の機会を 手中にした商人タイプ. ( 東大出版会,. に立ってこの 同じ過程を日本における 資本の本. 横浜での貿易商,維新変革での幸運把握者 一一,. (2) いわゆる「政商タイプ」一一姉井. (三. 野村 利 左衛門 ), 大倉喜八郎, 岩崎弥太郎など (3) 中央における 実業家タイプ 一一渋沢. 源的蓄積の過程と 捉え直したものであ るが, 日 栄Ⅰ五代友厚 , (4) 地方的実業家の 四 つ 本資本主義の 性格をど 捉えるかの理解で 根本 に 類型化し,その出自と行動様式,動機を分析 的にちがっていたものの ,地租改正,士族授産, して, これら企業家群像に 共通する特性を 明ら う. 殖産興業等の 諸政策を資本の 本源的蓄積政策と 捉え,政府主導の資本主義経済の 枠組みづくり. かにした。. こそがわが国資木主義発展の 最大の条件となっ. 一一武士的背景を 強調する立場か 商人的背景を. たことを強調した 点で,山田理論と相通ずるも. 重視する立場. のをもっていたといってよい。 したがってこれ. ものでなかった。 彼らは「学識と 能力,そして. らは,本講座の立場とはまるで 正反対の方向か ら事実に接近しており ,本講座執筆者各位がつ よく意識している 個々の企業家,実業家の活躍 をも,かかる政策の大枠で 許されうる範囲のも. 高いアスピレーシ , ン をもった従来の 階級的区. の ,あるい ほ それに密着ないし 吸着しているか ぎりの性格のもの 一一 「政商」の活躍一だと. 捉えられたに 過ぎなかったのであ る。. 彼らの社会的出自 は 由井氏に. よ. ると, 通説. に反して特定の 階級に属する. 別からみれば 限界的階層者」 ") であ った。 行動. 様式から見たばあ いには彼らは ,政府とのコン タクト,企業家間における 多面的な協力を 絶対 条件としており ,その活動は多面的でゼネラリ スト,科学技術習得に積極的 外人技師,高 等教育者あ るいは海外留学経験者の 雇用 と. 幕末一明治前期の 経済構造の一大転換を「工 業化」ないし「経済近代化」とし ぅ暖味 な用語. いう特性をもっていた。 彼らの企業者活動の 動. で 表現しようとした 本講座の監修・. 12). 編集スタッ. 由井「 ( 総論 」,『日本経営史 講座』 2, p. 38 コ.

(9) わが国における「自由企業体制」創出・. 発展に関する 若干の覚書. 59. (欄井敏朗 ). 機や理念をみると ,必ずしも私的な利潤追求に. 蓄積」 ( 社会的総資本二国民経済の. 限られたものでなく ,公的に認められた諸価値. づ げて論じた。 幕末. 一一国益の実現,郷党の栄誉, 家 ( 名 ) の繁栄な. 々の商人あ るいは富豪がどんなに 努力し, もが いてみても欧米諸国に 比肩し ぅる 社会経済体制 としての資本主義 は 創出されるわけではなかっ たから,国民的視野に 立って政府が「工業化」Ⅰ. どのさまざまな 集団的レベルの 価値. によっ. て動機 づ げられていた。 ここで由井氏が 最も強調したかったことは ,. 二. 創出 ) と関連. 維新潮のあ の時期には個. 出自から見た 場合の企業家群像の 江戸時代から. 「近代化」のための 一定の枠組み 作りを行なわ. ,動機から見た ・・ 場合の連続性. ほ げればならない。 市民革命後。こ成立した初期. の連続性の否定と ・・. 肯定であ る。 江戸時代にすでに 確立していた. ブルジ 、 ァ 政権 がこれを行. 「役割期待の 倫理」が,体制変革とともに明治 期 になってどっと 輩出して来た 企業家群像の 行 動を動機づ け ,規定することになったのだとい. であ るが,特定の世界史的国内史的条件のもと. う. のが正常のコース. では,絶対王制が遂行しなければならない 歴史 的必然性があ る。. だが本講座は ,かって重視された明治初期の. うのであ る。. 田付論文は薩摩 藩 上級武士出身の 五代友厚が どのような条件と 資質から渋沢栄一と 並び称せ. 「経済の体系」や「政治の. 体系」づくりよりも ,. 江戸時代に確立されていた「文化の 体系」の方. られる日本工業化のリーダー となりえたかを 検 討した。. を 重視し , 新しく創出される「経済の 体系」や. 経済史家がかって 問題にした日本資本主義成 立の特徴,かの「双期的資本 ( 商業資木及び 高 利貸資本 ) の産業資本への 範梼約 転化」を可能 にする制度的枠組みの 創出者の一人五代の 役割. し易い構造の「文化の 体系」のもとで 育った, 従来の社会的階級のいわば「限界的人間」の 創. がここで問われているのであ る。 「幕末に. ョ. 一口 " パは 行って先進資本主義 Vこ. 「政治の体系」 ほ ,欧米近代文化を容易に採用 ン ナル. マソ. マ. 造物だったと 評価する。 かつては「政商は 政商でしかなかった」ぬが ,. こうした観点から 捉え直すとその 積極的意味も 役割も全く変ってくる。 それは政治に 寄生する 悪名高いかの 政商ではなく ,雄大なヴィジ ,ソ. ついての知識を 得,先覚者として啓蒙的役割を 果した点,明治政府の官吏となったのち 下野 し て 産業界に身を 投じ,なお政府と密接な関係を 保った 点 ,産業界の組織化にリーダーシップを とり,株式取引所,商法会議所を 設立した点, また商法講習所を 設立して民間の 人材の育成に つとめた 点 ,そして自らの事業経営においては 近代工業の移植につとめた 点等々」 "' で ,五代 は渋沢とならんで「工業化」の 制度的枠組みの. 件を問いながらこのことを 強調するのであ る。. 創出者の一人であ った。 田付氏は五代のこうし. た旺 盛な「企業者活動」の 根源であ ったと理解. た仕事を渋沢の 行動と対比しながら 詳細に 跡づ. されていることは 多言を要すまい。. げている。. をもって「経済の 体系」や「政治の 体系」を 積 極 的に変革してゆく 近代的企業家,実業家にな る。 小林第 1 論文は官業払下げを 成功させる条 維新藩閥政府を 動かした有能な. 官僚も,これと. 提携して実際工業化を 推し進めた政商も ,この. 限りでは同じ 理念, 同じ「文化の 体系」のもと で行動したのであ る。 これが明治期を 特徴 づ げ. 官業払下げを 成功せしめた 企業家がこの ょう. かつて経済学者および 経済史家は, 明治維新. に評価される 限り, 当然「官業払下げ」そのも. 藩閥政府の行ったかの「 範鋳 転化」の制度的枠 組み作りを重視し ,それを政府主導の「本源的. のの歴史的意味も 新しく捉え直されてくる、5)0. 13). 田付茉莉子「工業化のリーダーシップ 女屋」,「日本経営 史 講座』 2, p. 56.. 一. 五代. 14) 小林正彰「政商と 官業払下げ」, 座 J 2, p. 87.. 15) 小林同論文を 参照。. D. 日本経営 史 講.

(10) 60. 横浜経営研究. 第 1 号 (1980). 第1巻. それは政府のイニシ フ ティヴに よ る「払下げ」. IV.. ではなく,民間主導の「払下げ」となる。とこ ろでわれわれはここで ,近代産業技術,株式会. 財閥と「日本株式会社」. 1. 日本の財閥 旺 盛な「企業者活動」を 通じて創出されるわ. 社制度,近代的会計制度の導入も, ひとしくこ うした観点からとらえられていることに 注目し. が 国の「自由企業体制」。. ておこう。 ここでは「工業化」. して「財閥」の 生成と「財界」の 形成に道をひ. を基礎づける. 「近代産業技術」の 導入は,かかる「旺盛な企 業者活動の一側面」として 把握され,国立銀行 の創設から始り ,. 私立銀行, 鉄道, 海運, 電. 灯 ,海上保険,紡績へと 展開した株式会社制度 の発達は, 「旺 盛な企業者活動の 結果」 として 捉えられている、B,。. 一 これほやがて 発展. らく。 本講座第 3 巻と第 4 巻は, このように理. 解し, この過程で生成・ 形成される「財閥」と 「財界」の歴史的特質の 分析にあ てられる。 財閥を分析した 第 3 巻は次の構成をとって い. ), Ⅱ「四大財閥一一 三井,三菱,住友,安田 ( 安岡重明 ), Ⅲ る。. 1. 「総論」 ( 安岡重明. 」. このように要約してくると ,本講座第 2 巻が. 「産業財閥 浅野, 川崎, 古河 ( 寺谷 ), Ⅳ「新興財閥一一日産を 中心に一一 ( 宇田川勝 ), V 「地方財閥一一中塗家,中野家 を 中心に一一」 (森川英王 ),Ⅵ「財閥の挫折一一 鈴木商店 ( 佳芳男 ), Ⅶ「総合商社 戦 後における研究 史 ( 三島康雄 ), Ⅷ「財閥 解体」 ( 栂井義雄 ) がこれであ る。 」. 武明. 由井氏によっていわゆる 経済史の研究と 趣を異 にしていると 自負されている 理由が明白になっ. てくるだろう。 本講座によればほじめに 存在し ていたのは「企業者活動」であ った。. 江戸. 時代に形成されていた「 イヱ 制度」,「官僚制. 度」, 「役割期待の 価値観」。 その大枠の中で 江 戸 時代の豪商とは 系譜を異にして 新たに企業家 群像が成長して 来る。 欧米文化に触発されたか. 」. 」. 」. みられるようにここでは ,戦前のわが国 「自由. く同じ条件下で 成育した維新政府の 官僚のヴィ. 企業体制」の 特質を大きく 形 づくった「財閥」 が, このところ急速に 進展した研究史を 踏まえ て包括的に取扱われている。 その主要テーマは. ジ,ンとの一体化。 「工業化」を 推し進める経. 同族的出資と 寡占的大企業の 多角的経営で 特徴. 済制度や政治制度の 形成. づ げられている「財閥」の 世界史上の位置づげ. れらの旺 盛な企業者活動。 これらすべての ,全. ・. 彼らはこう考えて. ・. .. .. .. ・. ・. ・. ・. .. ・. .. にあ る "' 。 江戸時代の商家経営. いる。. したがってこの 過程は決して「双期的資本の. ・. ・. ・. ・. ・. ( 二家業 ). ・. ・. との. 関係,企業としてのその独自の構成,財閥相互. 産業資本への 範鋳約 転化」ないし 維新政府主導 の 「生産旋回」という 図式で捉え切れるもので はない。 「企業者活動」を 基軸に「政治的,社 会的ないし文化的な 諸側面」を視野にとり 入れ. 間の関係. て説明されているかぎり ,それはたんに「資本主. 中で大きく浮かび 上って来る「独占」の 形成と の関連で興味を 惹 。 産業革命を経過した 列強 では lW 世紀の末,株式会社制度の発展を基礎に して巨大企業群が 成立してくる。 この巨大企業. 義 」という経済体制の 移植ではなく. ,それを超. えた「自由企業体制」の 創出であ った。. これらの問題がここで 問われてい. るのであ る。 われわれ西洋経済史家にとっては ,. 「財閥」. は, 1870 年代以降の資本主義の 世界史的発展の. く. 群の成立,その国民経済において 果す役割の独 自性を国際的に 上ヒ敵対比してみること。. 16) 由井「まえがき」, F 日本経営 史 講座』 2, p. 3. これは由井氏に よ る総括であ るが,執筆者の 小林. 氏,正木氏 はここまで述べていない。 原論文を参 ,昭 1、 、 。. し@ こ. れが日本の「財閥」をみるばあ いの西洋経済史 17) 安岡重明「 ( 総論コ日本財閥の 歴史的位置」,「 日 水経営 史 講座』 3, 1976 年, p. 10..

(11) わが国における「自由企業体制」創出・ 発展に関する 若干の覚書 家,. とくに「比較経済史家」の 関心であ った。. 大塚久雄氏の 構想した「近代的独占」. と. 「初期. 独占」という 概念装置が , 同じように株式会社 制度を基礎にしながら 形成されてくる 二つの 独 占. ,すなわち,産業資本の 結果と・・・・・・・・・・・・・・ 集中と集積の. 「近代的独占」と 前期的資本の 集中と集 積の結果としての「初期独占」の 範鋳的 差異を 明確にした上でなされる ,古典的「帝国主義段 階」を特徴づける 列強の独占資本の 構造分析の. く知られてい. ための座標軸であ った. (楠井 敏朗 ). 6Ⅰ. 引用からみて「初期独占論」を 意識しているこ とは明らかであ る。 だが日本の「財閥」を 捉え. るばあ い安岡氏は,株式会社制度を基礎にする 前期的資本の 集中・集積の 結果としての「初期 独占」とし 大塚氏の図式をそのままの 形で採 ぅ. 用 してはいない。 明示的ではないが ,. これに一. 定の批判ないし 修正を加えた 上で議論を展開し ていることは 注目されてよい。. のもとになる 日本的家業. 鴻池などのそれ. ). 「財閥」成立. ( 例えば三井,住友,. は,大塚氏のいう意味での前. る 。 このばあ い日本の「財閥」が「初期独占」の. 期的資本にはちがいないが ,西欧のそれとは 性. 範鋳で 捉えられていたことはい までもない。 本講座における「財閥」の 研究は,われわれに. 格を異にするものであ った。. とってこうした 問題とのかかわりあ いで興味 ぶ. るソキヱ タスないしパートナーシ , プ であ った. かいものとなっている。. が,三井の大元方は,. 安岡氏が整理され ,本講座でもそのような観 点から取扱われているように "), 日本の「財. た 諸個人の契約に 基づいて構成された 西欧的 意. 味でのそれではなかった。 それは血縁関係 ・・・・. 閥」は,西欧で生まれた経済学の 概念装置だけ. 質的であ れ擬制であ れ ) ・・・・・・・・・ を基礎にして 構成され ,. で捉えつくすことの 出来ない複雑な 歴史的構成 物であ った。 その理由は, 「財閥」と呼ばれて. た 同族企業であ った , 。' 。. びつきその枠のなかで 家業として発展したかか. いる企業集団が , 1870 年代以降半世紀足らずの. る同族企業は ,. 間に急速に資本主義化した 日本の社会,経済, 政治的環境の 中で生み出された 種々の巨大企業. 業を足場に蓄積を 進め余裕資金を 高利で貸付け る前期的資本であ っても,西欧的なそれと同一. を 含んでいたこと ,. 性格のものでほない。. う. 形もそして実質も 機能資本家の 共同企業であ 』』もとかた. したがって,発生時期のち. がいや系譜から 来る行動様式のちがいのため. 一. 同じ目的をもった 自立し. 「. (実. イヱ 」制度と強く 結. したがってその 営みが隔地間商. って同業者とパ 一. 「大資本が要るからとい. トナーシップを 結ぶことは」. 義的に性格規定が 出来ないほど 複雑な構成・ 形 態を取るものであ ったからであ る。 「財閥」はあ る特定の世界史的段階ではじめ て存在可能になるという 意味で,古典的帝国主. まったく想像さえ 出来なかったし ,かかる条件 のもとでは「双期的資本」の 集中形態としての 株式会社さえ ,したがって大塚氏のいう「初期. 義朗における 列強の社会的総資本の 蓄積運動と 大ぎくかかわりをもっている。 だが他方財閥. れたものであ った。 民法および商法の 制定によ. は, 日本の「自由企業体制」が 江戸時代に形成. 帯の を論 ゴ 性 特 典 の生 自発 独社. 本 日. 。会. っ株. た武. 係 の 氏. 塚 大. てあニ しでの. 関も. こ 得が. とい とな. うな氏. たび. された文化および 社会の枠組みの 中で成立し得. 独占」などは 自生的に成立する 余地さえ限定さ る 私有財産制の. 法認と会社制度の 整備はこうし た条件下で必然となる。 商法の ここで安岡氏の 関心は,当然,民法・ 制定 (1890 年 ) に よ る同族企業の 近代的形態へ の転換要求が ,江戸時代に端を発するこの 種の 同族企業に対していったいどのような. 影響を与. えたかに ひ げられることになる。. 18). 「財閥」の発生時期からみた 分類および m 態 上 からの分類については ,安岡「( 総論 」で整理され ている。 r 日本経営 史 講座 3, p. 38, 注 (1) を 参 ,、招、 、 。 コ. コ. 19). 安岡「 ( 総論 」,安岡重明「四大財閥一一姉井, 三菱・住友・ 安田一一」, F 日本経営 史 講座』 3, pp コ. 14. 一 18,. 44 一 46..

(12) 62. 横浜経営研究. 安岡氏はまず 明治民法における 相 矛盾する政 策. 共有物の分割請求規定と 戸主権 確定 ( 共. 有財産容認. の経済的効果を 見る。 ・・・・・・・・・ の法定に よ る家父 , ・・ 長 それは他でもなく ,戸主権 制の存続と主従関係の 同族企業の・・・・・・・・・・・・・・・ 否定から来る, ・・・・・ 企業形態と経営形態に 対する影響となって 現わ ・. ・. ・. ・. ・. の規定. ). ・. ・. .. ・. ・. れる。 端的にいえば ,. .. ・. ・. ・. ,. ④使用人たちの 出資の. 完全排除,. ㊥奉公人のサラリーマン 化と別家 制度の廃止, ④共有財産の 分割請求や相続に よ. る営業資本の 分割の阻止を 目的とした家憲 制 ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. 定の普及 要するに血縁的同族集団による 排他 ・・・・・‥・・・ 的出資の強化であ り,このために当然起こり べき企業者活動遂行上の 経営能力の不備, これ ぅ. をヵ. 第 1 号 (19㏄ ). 第 1巻. バ一する江戸時代からの 番頭経営の踏襲. と. 整備であ った , 。'。 つぎに安岡氏は ,家族または同族団が財産を 所有し営利事業を 営むばあ い に, 民 商法が要求 した商事会社形態採用規定の 経済的効果を 見. い. 「近代的形態」に 衣替えしたこれら 同族企. う. 業は, 大学出や海覚留学経験者を 有能な経営者 として企業内に 取り入れて経営陣を. 強化し,次. 第に持株会社として 立ち現われる よう になり, 「財閥」によってそれぞれ 若干の違いはあ るが, 同族企業時代に 獲得した事業を 個々の株式会 社に改組するか ,新しい事業分野に進出して新 規に株式会社を 設立してその 株式を取得し ,. こ. れらに対する 支配の形態を 近代化しつつ ,他で もなく「財閥」本社に 発展する。 日本の「財閥」 を 特徴づける同族的資本に よ る寡占的大企業の 多角的経営 は ,. こうして成立することになる。. なお関連してわれわれは ,安岡氏のつぎの二. つの指摘に注目しておきたい。 一つは,財閥の ・. ・. ・. ・. ・. 多角経営化が 当初決して積極的なものでなく. ,. 財閥本社の傍系または 子会社の直営として 開始 されたものであ ったという指摘 劫 ,. いま一つ. る。 端的にいえばそれは ,同族企業 (血縁的 共. は,財閥における家業的性格の 揚棄がようやく 第二次世界大戦直前の 重化学工業化への 対応と. 同企業 ) の合名会社または 合資会社への 転換を. 深く関係していたという 指摘 鴉 がこれであ る。. もたらした。 このばあ いに株式会社形態が 採用. これは後にみる 第. されなかった 最大の理由 は ,かかる同族企業が. する事実に基づく 批判を意味する。 浅野・川崎・ 古河の三財閥の 生成・発展を 取 り扱った寺谷論文, 日産を中心に「新興財閥」 を論じた宇田川論文, 「地方財閥」を 論じた 森. 「覚部から資本を 集める必要をもたなかったこ とと経理の秘密保持のため」であ. った ", 。. 結局のところ ,安岡氏によれば, 民 商法制定. 5. 巻「総論」の 中川論文に対. ほ ,江戸時代以来の「イェ 」制度に基づく 家業 0 本質を大きく 変更するものではなかったので. あ る。 各商家がこのことによって 対応を迫られ たのほ, ただ同族に よ る排他的出資の 強化と,. それと表裏 関係に立つ有能な 経営者からなる 番 頭経営の強化にすぎなかった。 だが,安岡氏に ょ れば,官業払い下げで発展 の基礎固めをした 新旧の同族企業が ,. やがて. 「財閥」として 巨 姿を現わす法律的・ 経済的・ 社会的条件は , このことによって 著しく整備さ れることになった。 合名会社または 合資会社と 20). 安岡「 ( 総論 」, 安岡「四大財閥」, 3, pp. 1 ㌻ 20 , 28 ヨ 2, 4344. コ. 史 講座. 『日本経営. コ. 21) 安岡「 ( 総論 」,『日本経営史 講座』 3, pp, コ. 23.. 2ト. 22) 安岡「 ( 総論 」, 安岡「四大財閥」,. F. コ. 日本経営. 史 講座』, pp. 32-36, 55-69 。 安岡氏は次のように 言 う 。 「日本の大財閥がその 資本 カ を利用して, 有利な事業なら 何にでも手を 出し, いわぬ る 『八 百屋』的多角化を 進めたとするのは , 工業化が本 格化した後代のことに 属するよさであ る 0 その場 合 でも,. けっして革新的な 投資行動をとったので. なびことは, 森川英王氏の 研究で明らかにされて いる。 その意味で……財閥の 当主や家族は 家産の. 維持をもっぱら 心がげた江戸時代の 老舗の商人と 同じ魂をもっていたのであ る 0 むしろ,経営の多. 角化を強いたのは ,雇用された経営者たちであ り, 諸産業の発展であ って,大商人たちは時流にのり 遅れないため ,伝来の家業を変貌させざるをえな かったというべきであ ろう。」『日本経営 史 講座 3, pp. 55-56.. 23) 安岡「四大財閥」, 7 Ⅰ.. 尹. コ. 日本経営 史 講座 3,pp.69コ.

(13) わが国における「自由企業体制」創出・ 発展に関する 若干の覚書. (柄井敏朗 ). 63. 川論文,鈴木商店の展開と挫折を 跡 づ げた 桂 論. れていなかった 狸 以上, このことほ止むを 得な. 支 は,いずれも安岡氏の以上みた 方法論から 自. いが, それだげにかえってわれわれには. 由 に自説を展開したものであ. る。 いずれも豊富. 国の経営史家が ,. ,わが. 「企業と政府」との 関係でど. な史実を短 い スペースの中で 手際 よ く纏め上げ. んな事柄を表象しているかが 理解されて興味ぶ. われわれの蒙をひらく 好 論文に違いないが ,. かい。. 「産業財閥」, 「新興財閥」, 「地方財閥」をそれ ぞれ日本財閥 史 ,あるい ほ わが 国 制」の創出・ 発展 史 のなかで ど. 「白目ョ. 企業体. 「企業と政府」とし 想い浮かぶことは ,. ぅ. テーマで筆者に 直ちに. ジャクソニアン・デモクラ. 位置づけるか. シ一であ る。 個々人の経済活動。こ対する連邦政. という積極的試みを 欠く点で,いささか物足り なく,わが国 「財閥」研究がなお 史実発掘段階. 府の介入を,独立宣言に嘔 われだ「自由と 平等」 の 理想に対する 侵害だとして 徹底的に否定した. から抜け出していない 感を, われわれに与え. それは, 1820 年代の「アメリカ 体制派」の本源. る。. 的蓄積政策に 対する強烈な 批判であ った。 連邦 政府主導の建国直後の「工業化」が ,国民的利. 5. 2. 「日本株式会社」一一「財界」. 益の名のもとに 実際は社会の 一部の人々の 利益. 「日本の企業と 国家」と題する 本講座第 4 巻. のみを擁護する 政策にすぎないことを 批判し,. は,わが国経営史家の長年の関心事であ った 明. 経済的機会のすべての 人民への解放を 要求した. 治 時代から今日に 至るまでのわが 国の政府と企. それは,その後 19 世紀を通じて ァメリヵ 合衆国. 業との一体的関係を , 一つぼは現在の 開発途上. の社会,政治,経済のあ らゆる領域において 強. 国におけるそれ ,いまひとつには ,「混合経済」. い 影響力を残した。. ( 国家独占. 資 木主義 ) 段階における 欧米諸国の それとの対比で ,経営史の角度から解明しょう. 「企業と政府」の 問題を考えてみようとする ときわれわれは ,本講座において主として取上. としたものであ る,。 )。. げられている よう に,政府自体を「企業者活. 第 4 巻は次の構成をとっている。. r. 一 『日本株式会社』の 経営史的研究序説」. 英王 ), Ⅱ「渋沢栄一」 石化」 ( 宇田正 ),. 上洋一郎 ), V. 「. ダー」 ( 下川浩一. ( 森川英一. 「総論. 動」の担い手,あ るいは「工業化」のための 前. ( 森川. 提 条件の設定者という 観点から捉える 方法と,. ), Ⅲ「鉄道 国. Ⅳ「軍需と重工業経営」 T. (井. 日本株式会社』のアウトサイ. ), Ⅵ「日本のカルテル」. 和良一 ), Ⅶ「財界・政党・ 官僚」 「丁日本株式会社」と 戦後民主主義」. 主義の展開に 対する障害物という 視点から捉え る方法の二つがあ ることを知っている。 この 二. 昭 ), ( 中村秀一. つの視点から 複眼的に捉えてみると ぎ,ほじめ. ( 阪口. て,本講座第 4 巻の論理がわれわれにかなり 明 白になってくるよ 5% こ 思われる。. 編集者森川氏が 述べている よう に, 5. を一部の有産者の 利益体現者,したがって民主. (三. 郎 ) がこれであ る。. 政府 ( 国家 ) 」とい. アメリ ヵ 合衆国の史実に 見られる ょ 引こ,政府. 「企業と. 共通テーマを 取扱いながら. 「企業と政商」とい. 5. 問題を考えるとき 本誌. 座 で表象される 第一の事柄は ,「日本株式会社」. 本番 は ,本講座の他のどの巻 よりも方法的一貫. であ る。 森川氏の二つの 論文,阪口論文,中村. 性を欠く。 経営史学を「方法上の 統一的体系を 欠く学問分野」だとする 編集者自身の 認識から. 論文は,直接これを問題としている。 この用語 法はもともと ,「昭和40 年代……戦後日本経済. 執筆に当って 視点や方法が 事前に統一・ 調整さ. の飛躍的発展に 関心をもった 外国の研究者, ジ. 4 p コ p. 上日. ﹁ 、ま㍊ 正 ・ま. Ⅱ pⅡ 森 ,森 年. % あ. ャ一ナリストたち」によって , ス との緊密な協力体制Ⅰ なく. 「政府とビジネ 、. Japan Inc. 」が他でも. 「日本独自の 経済成長要因の 核心」だと 指.

(14) 64. 横浜経営研究. 第 1巻. 捕 されたことに 端を発する 26)0 ・. ギ. 触れ ,. ランおよびハーマン・カーンの. 「日本株式会社論」を 引用し, 「企業と政府」と の一体化というこの 事実こそが, 「実業界と国 穿 とのあ いだの競争あ るいは敵意が 存在」する フランス, 「政府と産業の 対立」が歴史の 一大 テーマであ ったアメリカ 合衆国と著しく 相違す. る日本的特徴だとおさえる 27)0 はその根源. を近代日本の 創造,おそらくは封建日本までさ かのぼる」とする ギ ランの指摘に 対して,森川 「近代日本における……密接な. 結合体制. の始期にかんして 確たる結論を 下せる段階でな い 」としながらも ,. 「経済官. 僚をなかだちとして」促進されたことにあ. った. からであ る ") 。 この観点から 森川底 は 「総論」. 「企業と政府」との 関係を「企業人と 官 僚」の結合の 問題にしばって 考察し ,いわゆる 「天下り」問題, 「企業人と官僚」の 結合要因 では,. に論及している。 これに対して 阪口論文では ,. この問題は「政. 界と財界との 結合関係」とおさえられている。. 「国家・実業界・ 政界の同盟…‥. 底は,. (1980). わくを超えた 企業人間の相互協力も」. 中村論文は導入部分でまずこのことに ロべ一ル. 第 1号. 「政府と姉菱が 一体となっ. ここでは「財界」は , 政治家と企業家の 間をつ なぐパイプ役であ る 甜 。 東京商法会議所の 設立. (1878 年 ) に貢献し , 自らも明治期の 有力企業 家であ った渋沢栄一こそ ,わが国最初の代表的 「財界人」であ った。 森川氏も日本最初の「財界人」渋沢の 役割に 注目し,第2 論文でかれがどうしてかかる 地位. て日本の丁近海航 権 』確保に成功した」明治 8 年の出来事, 明治 10 年代半ばに官業払下げが 「事業の継続可能者」を 重点的対象とする よう に方向転換した 事実をもって 始期を示唆するも. 森川氏の理解によれば ,渋沢のごとき「財界人」 ほ ,結局,単に 政府の威光を 背負った特異な 存. のと考えている 28)のは興味ぶかい。 ここで森川. 往 に過ぎなかった。. 氏は明示的ではないが , 明治絶対主義説を 否定. うな理解は阪ロ 氏も同様であ. し,政商テ 「財閥」Ⅰ初期独占説を 拒げている。. 二次大戦までの「財界人」の 積極的な役割には 阪口論文でも 大きな評価は 与えられていない。 むしろ阪ロ氏は ,第二次大戦前の 日本では,政 治家村政商の 関係, これから発展した 政党と財. 森川氏によって 理解されている「企業と 政 府 」との結合は ,. 「基本的には 経済官僚と企業. 人の協力」を 通じて成り立つもの ,。) であ る。 そ の理由は第一に ,その結合体制の「目標が,一. 貫して国益,具体的には近代産業の育成による 先進諸国からの 工業製品輸入 防渇と ……輸出の 振興」⑨にあ ったこと,第二に,その目標達成 のために両者の 協力によってなされる「政府の 経済政策形成過程と 企業の経済政策形成過程」 が,現実には広い意味での 経済官僚と企業人を 担い手として 行われたこと "), 第三に,「企業の 26) 中村秀一郎「『日本株式会社』と. 戦後民主主義」,. F 日本経営 史 講座』 4, p. 228, 27) 中村同論文,『日本経営 史 講座』 4,pp.22 ナ 229.. を獲得しえたかに 深い注意を払っている。 が,. 閥の関係のなかに , ている。. に対するこのよ. 「財界人」. る0. 少なくとも 第. 「企業と政府」の 木質をみ. こうした議論のなかで 改めて注目されてよい. ものは, よく指摘されているようにわが 国にお ける議会政治の 貧困であ る。 議会政治の伝統もなく ,条件もなかった明治. 以降の日本では ,政治はまず維新藩閥政府によ ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・. 6 行政主導の政治でスタートする。 人民支配の 政治とその目的実現のための 行政しか知らなか った日本人にとっては , このことは当然であ る が, こうした環境のなかで 政治に関心をもつ 有. 28) 森川「 ( 総論 丁日本株式会社 ロの 経営史的研究 コ. 29). 序説」, F 日本経営 史 講座』 4, p. 12. 森川同論文, F 日本経営 史 講座』 4, p. 14.. 30) 森川同論文,『日本経営受講座』 4,p. I2. 31) 森川同論文,『日本経営 史 講座』 4, p. 14.. 32) 森川同論文, F 日本経営 史 講座』 4, p. 14. 33) 阪口 昭 「財界・政党・ 官僚 財界を中心に みたパワーエリート 集団の変遷 史 講座』 4, p. 201.. 」,『日本経営.

(15) わが国における「自由企業体制」創出・ 発展に関する 若干の覚書 能 な人物は , 他でもなくまず 官僚となって 自ら. の理想を実現しょうとした。 これは幕藩体制下 に発展した,かの「官僚制」の継承といえるも ので,本講座第二巻,第 2 巻,第3 巻で論及さ. (稲井敏朗 ). 65. であ った金融機関のいわゆるワンセット 主義 一一月財閥系企業の 金融機関を中心とする 再編 成とグループ 内系列融資体制. の弊害を指摘. れた商家経営における 番頭制度の財閥経営にお. し,産業界,金融界,政府三者の 共同努力に よ る企業の合併・ 統合, 生産の集中と 専門化推進. げる支配人制度への 継承展開と類似した 関係に. が 不可欠であ ることを訴えた 点で. あ る。 森川底 は ,. 義のもとでの 官民協力体制を 正当化するもので. こうして始まったわが 国近代. の官僚政治がやがて ,東京大学等で専門的に教 育を受けた高級官僚に. よ. あ った。 中村論文はそ. う. 戦後民主主. 力説している 甜 。. 「企業と政府」の 問題を考察するとき 本講座. る政治に継承されてゆ. 現実をわが国政治の 本流と見て, 「企業と政 府」との関係を「企業人と 官僚」との関係だと 一義的に理解した。 これに対して ,阪ロ氏は藩 閥政府を支えた 官僚を政治家と 捉え, これと政 商との関係, さらにはこれから 展開してくる 政 党 と財閥との関係, これを否定した 第二次大戦 直前の新官僚と 新興財閥との 関係,そして最後 く. で 表象されているその 他の事柄は,政府に よ る. 鉄道経営 ( 鉄道国有化 ) の間 額 であ り,軍需を 通じた政府と 企業との結合であ り,重要諸産業 に ヵ ルテル形成を 勧奨することに よ る政府の産. 業統制の問題であ る。 こ. う. みて来ると, 日本では政府は , 明治以降. 諸個人の営む「企業者活動」に. 対してつねに ,. に戦後の政府と「財界」との 関係という具合に ,. 一貫してく promoter ノ であ り, く planner ノ で. 「政府と企業」の 関係を時代ととも 変化する 態 容の中で捉えようとしている。 両論文とも 現. あ り, く regulaterノ であ った。 そしてまたそれ は,時に自ら く entrepreneur ノ としても大. 実の正しい一面を 的確 ゲこ 捉えているが ,両者を. な 役割を果して 来た。 こうした形での「政府と. つぎ合わせ再構成した 時に, 日本の「企業と 政 府」の真の姿が 見えて来るよさに 思われる。 近代日本における 議会政治家の 人材払底,「政 治 理念の貧困」が ,官僚と企業人との癒着とそ. 企業」との協力関係が , 同じように「自由企業. 帝こ. 体制」を大双提とする 国情。こ あ りながら,わが. 国で,合衆国やフランスとは根本的に相違する 企業風土を作り 出す原因ともなったといってよ 五見・に, ・ぇ 的・ 制 ・が. 本・ 的 ・る. , 政. 来・ 規・ 裏. の・ 政 ・ぅ 語・ 行 ・れ ・の・ さ な・ 府・ 証. かあ. 自ず ・由 ﹁ え・ 自 ち り・の ・そ ・て. 制は. 放 そ・辛 , 行の ・て, ので・ コ・ ・よ ・. 。米. 焼で・ じ 約れ・ ぅ. い。 ここでわが国の「自由企業体制」とは. 府味. 関. 係ア経. ﹁ |. のる 日. 業 さも 全摘 め ﹁ 指勢. のも 姿. 戦 文政. 後で治. は 村 頭 と 中の. こた存. たし 依 つ析カ. あ 分 り. でをメ. のなかだちをする「財界人」の 存在を許す原因. き. 済 協力」, この幻想 こ取りつかれた 政治家・「財. しのそれであ ることは瞭然であ る。 このこと @. ま. 界人」の行動を 批判した通産官僚の 経済自立化 構想 ( 通産省企業局編『企業合理化の 諸問題 t952 年 ) 外国の経済援助よりも 重化学工業. 議会政治の貧困と 決して無関係ではない。 議会 政治を支える 近代民主主義の 末成熟と関係して. 化による貿易の 拡大重視. 的 経営」が生み 出されてくることに ,われわれ. れ. コ. は,戦後民主化の. 過程で輩出した 有能な革新的企業家の 活動に大. いる 0 そしてこうした 企業風土のなかで「日本. は 注目しておこう。. きな基盤を与え , 昭和 30 年代以降のわが 国高度. 成長達成の理論的枠組みとなった。 自由化に. よ. 貿易・資本. る開放体制への 移行 帝こ 対応して昭和. 30 年代末に同じく 通産官僚によって 打ち出され た新産業体制の 構想も,国際競争力の強化を目 的とした企業体質改善の 方法として当時支配的. 34). 中村前掲論文, F 日本経営 史 講座 249.. コ. 4, pp. 24 ㌻.

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