中国会社法における資本制度の改正とその問題点
著者
劉 永光, 張 雨?
雑誌名
アジア文化研究所研究年報
巻
52
ページ
221(146)-228(139)
発行年
2017
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00009931/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja中国会社法における資本制度の改正とその問題点
劉 永 光
*張 雨 昕
** 目次 一,はじめに 二,資本制度に関する改正について (一)登録資本の「払込登記制」から「引受登記制」への改正 (二)登録資本の登録条件の緩和 (三)登記事項及び登記書類の簡素化 三,資本制度改革が会社実務に及ぼす影響 (一)学説 (二)判例の動向 四,結語 一,はじめに ₂₀₀₅年の「会社法」大改正に続き,₂₀₁₃年₁₂月に中国会社法はまた資本制度に関する大改正を迎 えた(1)。これにより会社の定款自治が大幅に強化され,会社が独自の判断で定款に別段の定めを設 けることができる範囲が拡大した。この新資本制度は,既に₂₀₁₄年 ₃ 月 ₁ 日よりすでに実施されて いる。 今回の改正のきっかけは,創業コストの削減及び社会の投資活力を刺激することであった。₂₀₁₄ 年₁₀月₁₆日の『中国工商報』によると,商事制度改革後,一日に ₁ 万社以上の会社が生まれたと報 道された。 二,資本制度に関する改正について 今回の法改正は,会社の資本制度をめぐって,合計₁₂ヶ条の規定を修正したもので,三つの内容 に亘っている。 *劉 永光 中国厦門大学法学院副教授、法学博士。**張 雨昕 中国海南大学法学院学生。本論文の作成に当たっ て、張氏に判例の検索等の助力を得た。 (1) ₂₀₁₃年₁₂月₂₈日に第₁₂期中国全国人民代表大会常務委員会第 ₆ 回会議では,会社法の改正案が審議され,既存 の会社法₁₂ヵ条が改正された。改正後の会社法は,₂₀₁₄年 ₃ 月 ₁ 日より施行される運びとなった。 ( )19 ─ ─20 ( )146 ─ ─221中国会社法における資本制度の改正とその問題点 珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 (一)登録資本の「払込登記制」から「引受登記制」への改正 法律,行政法規及び国務院の決定が有限責任会社の登録資本の払込み,登録資本の最低限度額に 対して別途規定を有する場合を除き(第₂₆条 ₂ 項),有限責任会社が登記する資本金額は,株主(2) が実際に払い込んだ金額を登記する方法(払込登記制)から,原則として株主が払込を引き受けた 金額を登記する方法(引受登記制) に変更され,旧法にあった第 ₇ 条第 ₂ 項の「払込資本」の文言 が削除された。 (二)登録資本の登録条件の緩和 具体的には,次のような方策をとった。 1 ,会社の最低登録資本規定の撤廃 旧法第₂₃条第 ₁ 項の(₂)にある「株主の出資額が法定資本の最低限度額に達していること」を, 「(₂)会社定款の規定に合致している全株主の払い込みを引受けた出資額があること」と改めた。 第₂₆条第 ₂ 項の「有限責任会社の登録資本の最低限度額は人民元三万元とする」ことを「有限責 任会社の登録資本は会社登記機関で登記した全株主の払い込みを引き受けた出資額とする」ことに 改めた。 そして,第₈₁条第 ₃ 項の「株式有限会社の登録資本の最低限度額は人民元五百万元とする」規定 を撤廃し,「法律,行政法規及び国務院決定が株式有限会社の登録資本の払い込み,登録資本の最 低限度額に対して別途規定を有する場合,その規定に従う」ことと定めた。また,第₅₉条第 ₁ 項の 「一人有限責任会社の登録資本最低限度額は人民元十万元とする。株主は会社定款規定の出資額を 一回で全額払い込まなければならない」とする規定を撤廃した。 2 ,払込期限の撤廃 旧法第₂₆条 ₁ 項後文に定められた初回最低払込額は登録資本金の₂₀%以上,かつ ₂ 年以内に出資 払込を完了させるという払込期限が撤廃された(3)。これにより会社は投資計画に合わせて資金を投 入することが可能になり,特に資金余力の少ない会社や事業準備期間の長い分野にとっては,新規 投資に関する意思決定が行い易くなった。 3 ,現金出資比率下限の撤廃 旧法第₂₇条第 ₃ 項にある「全株主の貨幣出資金額は有限責任会社の登録資本の百分の三十を下 回ってはならない」という文言が削除された。 (三)登記事項及び登記書類の簡素化 旧法第₂₉条には,「株主は出資を払い込みした後,法に拠り設立された資本金検査機構を通じて 資本金の検査,証明の発行を行わなければならない」と定められていたが,今回の改正で払込済資 本を会社設立時の登記事項としないことから,資本金の振込を検査する験資報告書の提出が不要に なった。ただし,その他登記時の験資報告は不要とされておらず,あくまでも会社設立時のみに験 資報告書が不要となると思われる。 第₇₇条を第₇₆条に変更し,そしてその第 ₁ 項の(₂)について次のように改正された。「会社定款 の規定に合致した全発起人が引受した株式総額,又は募集した実際の株式総額があること」と改め る。 第₈₁条を第₈₀条に変更し,そしてその第 ₁ 項を次のように改正した。「株式有限会社が発起設立 (2) 中国会社法では,有限責任会社の場合も株式会社の場合も出資者のことを「株主」と称している。 (3) 投資会社は ₅ 年以内に出資払込を完了させるという払込期限に関する規定も撤廃された。 ( )20 ─ ─19 ( )145 ─ ─222
珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 方式を採り設立される場合,登録資本は会社登記機関で登記される全発起人が引受した株式の総額 とする。発起人が引受した株式は全額払い込む前には,他人に株式を募集してはならない」と定め た。 第₈₄条を第₈₃条に変更し,次のような内容となった。「発起設立方式により株式有限会社を設立 する場合,発起人は会社定款が規定するその引受株式の全額を書面で引受しなければならず,会社 定款の規定に基づき出資を払い込まなければならない。非貨幣財産をもって出資する場合,法によ りその財産権の移転手続を行わなければならない。」とされた。そして第 ₃ 項を次のように変更した。 すなわち,「発起人は会社定款が規定する出資を全額引受した後,董事会と監査役会を選出しなけ ればならず,董事会は会社登記機関に会社定款及び法律,行政法規規定のその他の文書を報告かつ 送付し,設立登記を申請する」。 第₁₇₈ 第 ₃ 項「会社減資後の登録資本は,法定の最低限度額を下回ってはならない」という文言 を削除した。 さらに,条文の順序も調整した。 三,資本制度改革が会社実務に及ぼす影響 中国会社法における資本制度に関する上述した法改正が,既に実務に影響を及ぼし,一部では混 乱を生じさせている。 実務上,出資をまだ実際に払込まない「発起人」は,果たして「株主」と言えるのか?株主とし てその権利を行使することができるのか?この問題に関して,₁₉₉₃年の旧法では,法定最低資本金 制度を採用したため,「発起人」は実際に資本金を一括で払込まない限り,「株主」になることがで きないとされていた。 (一)学説 かつて学界では,肯定説,否定説及び折衷説が存在していた(4)。 新「会社法」は,旧法第₂₆条に定められていた一般会社には ₂ 年,投資会社には ₅ 年以内に出資 を完全に支払わなければならないと定めたが,改正でその規定が削除されたため,様々な問題が生 じてきている。 実例: A,B,C 三人が共同で有限責任会社を設立し,スポーツシューズ,皮革製品などの生産 販売に従事している。A氏は持分の₇₀%を引受し,₂₀年以内に完全な資本金の支払を約束したが, 実際にはまだ一円も支払われていなかった。B,C はそれぞれ持分の₁₅% を保有し,しかもその出 資額を一括で支払った。Aは会社の代表取締役社長として選ばれ,B,C もそれぞれ会社の取締役 に選任された。会社は ₃ 年余りの努力を経て,良い業績を収めたが,会社の配当をめぐって三者間 では,争いが起きた。Aは自分が持ち分の₇₀%を所有しているから,当然,多めの配当金を受けと るべきだと主張した。これに対し,B,Cは,Aが実際にまだ出資を履行していないから,株主と は言えないことを主張した。仮にAに配当金を与えても,三人ともに同額の配当金を受けるべきで あると強調した。 その後,C は,さらにAが実際に出資を履行していないから,「株主」ではなく,株主としての 権利を享受することができないと主張した。 ここで,出資の履行と株主の法的地位の取得とは,いったいどのような関係にあるのかが問題と (4) 董芳,丁麗,黎絹 「瑕疵出資した株主の資格に関する認定」,特区経済₂₀₀₅年第 ₆ 期,第₉₉頁。 ( )21 ─ ─18 ( )144 ─ ─223
中国会社法における資本制度の改正とその問題点 珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 なる。 本来,旧法では,発起人が株主たる法的地位を得るためには,会社に出資しなければならない。 株主としての最も基本的な義務は,会社に対して実際に出資額を支払うことである(5)。 しかし,₂₀₁₄年の改正で出資の払込期限を撤廃したため,発起人が出資分を引受けだけで,株主 になれるのかが問題となる。肯定説は,株主の出資未払いが株主としての法的地位の妥当性を否定 することができず,もし株主の法的地位を否定するならば,法の原則に違反する。新会社法の条文 規定からは,実際の資本拠出と株主の法的地位の取得との間には,必然的な法的原則を未だに確立 されていないと主張した(6)。これに対し,折衷説は,会社の資本が株主の出資で構成され,株主の 持分は通常,会社に投入した対価に基づいている。したがって,出資と株主たる法的地位の取得と の関係が重要であると認めた。特に会社の定款が整っておらず,会社が株主に対して出資証明書を 発行していない場合,会社への出資は,株主たる法的地位の取得を認めるには重要な基準になると 主張した(7)。 思うに,中国の新会社法は,出資の履行と会社の株主としての法的地位の取得との関係について 明確に定めていないため,発起人が株主としての法的地位を取得するには,必ずしも実際に出資を 履行する必要がない。新会社法の条文からも,株主が実際に出資していないことは,株主としての 資格(法的地位)を否定する結果を生むわけではないことが分かる。不適格の株主は法に基づいて 民事責任(8),行政責任を負わなければならないが,これらの責任は,瑕疵出資者たる株主の資格を 否定しなければならないということを示していない。 (二)判例の動向 前述したように,一部の学説ではその見解が対立しているが,判例では,その見解はどうであろ うか。 1 ,出資と株主たる法的地位の関係 ₂₀₀₇年,北京市第 ₂ 中級人民裁判所は,原告李彦と被告北京「欧州の星」衣類製造有限会社の株 主権をめぐる紛争事案(9)では,次のように判決した。すなわち,李氏は出資をしなかったが,李氏 の株主たる法的地位(資格)を確認しなければならない。実際に出資することは,株主の会社に対 する最も重要な義務であるが,社内関係においては,株主が出資をしないことは,民事責任と行政 責任を生じるだけで,株主の資格を否定することはできないだろう。実際に出資するかどうかは株 主の資格を取得する決定的な条件ではなく,出資未払いでその株主資格を否定してはならない。 (5) 趙旭東「会社法学」,高等教育出版社₂₀₀₆年,第₂₆₀頁以下参照。 (6) 孔祥俊「会社法要論」,人民法院出版社₁₉₉₇年,第₁₉₁頁。馬金平,陳濤 「株主の瑕疵出資に関する法的検討」, 浙江学刊₂₀₀₈年第 ₁ 期,第₁₅₄頁。 (7) 董芳,丁麗,黎絹 「瑕疵出資した株主の資格に関する認定」,特区経済₂₀₀₅年第 ₆ 期,第₉₉頁。 (8) 会社法第₂₈条は次のように定めている。「株主は,期日どおりに会社定款に定める各自が払込みを引き受けた出 資額を全額払込まなければならない。株主は,金銭をもって出資するときは,有限責任会社が銀行に開設する 口座に金銭による出資の全額を払込まなければならない。金銭以外の財産をもって出資するときは,法律によ りその財産権の移転手続を行わなければならない。」「株主は,出資を前項の定めどおりに払込まないときは, 会社に対して出資の全額を払込まなければならないほか,さらにすでに期日どおりに出資の全額を払込んだ株 主に対して違約責任を負わなければならない。」と。また第₃₀条には,株主の連帯責任について定めている。「有 限責任会社の設立後,会社設立の出資とする金銭以外の財産の実際の価格が会社定款に定める価格より著しく 低いことが判明した場合,当該出資を行った株主が,その差額を補充するものとし,会社設立時のその他の株 主はこれについて連帯責任を負う。」 (9) (₂₀₀₇)二中民終字,第₇₅₄₄号。 ( )22 ─ ─17 ( )143 ─ ─224
珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 ……権利と義務の同一性原則に基づいて,李氏が出資義務を履行しなかったことから,その株主と しての権利は制限されるべきである。つまり,株主としての知る権利,利益の配当及び管理権限等 が(制限されるべき)……」と判決を下した。 現段階では,判例,学説の多くは,出資未払いの株主の法的地位についてそれを認め,株主の自 益権に対する制限にもほぼ異論がないが,株主の共益権については,見解が分かれている。 なるほど,中国会社法第₃₄条では,株主の利益配当権及び出資引受権に関する規定が設けられて いる。原則として,株主は,実際に払込んだ出資の比率に基づき配当金を受け取る。会社が新たに 増資する場合,株主は,実際に払込んだ出資の比率に従って優先的に出資の払込を引受する権利を 有する。 但し,全株主が出資比率によって配当金を受け取らないこと又は出資比率によって優先的に出資 を受け取らないことを約定する場合はこの限りでない。現実的には,実例(10)のように,多くの会 社がその設立した段階で会社登記機関(工商行政管理局)のモデル定款を採用した。モデル定款に は配当に関する特別な合意がないため,後にいろんな紛争は起きた。したがって,実務では事後の 紛争の発生を防ぐため,事前に定款でその権利義務に関する規定を明確にすることが重要であろう。 2 ,出資と株主の共益権の関係について 第₃₄条では,株主の利益配当権及び出資引受権について定めているが,株主の共益権については 定めていない。 ₂₀₀₇年,原告中国広順不動産産業開発会社などが被告深圳市広順実業株式会社などの会社に対し, その会社決議が原告株主の権利を侵害したという事案(11)では,北京市高級人民裁判所は,出資を 未完全履行の原告株主の異議申立権,議決権を否定した。これに対して,一部の学説が株主の異議 申立て権,議決権を制限すべきではないと批判した。 3 ,「出資比率」に関する判例の見解 第₃₇条第 ₁ 項(₆)の規定によれば,会社の利益配当案又は欠損補填案を審議し,承認することは, 株主会の職権の一つである。株主会会議においては,株主がその出資比率に基づいて議決権を行使 する。 ここで問題となるのは,いったいこの条文上の「出資比率」は,何を意味するのか。「引受出資 比率」を意味するのか,それとも「払込出資比率」を意味するのか,それは条文の文言からは,明 確ではない。 ₂₀₀₇年に北京市高級人民裁判所は,名流投資集団有限会社と中国教育サービスセンター有限会社 の株主権をめぐる紛争事案(12)において,株主全員が出資未払いの場合,第₃₇条第 ₁ 項(₆)にある「出 資比率」を「引受出資比率」と解すべきと判示した。また,₂₀₁₄年に控訴人李軍が南京賽貝バイオ 技術有限会社を上訴した事案(13)では,控訴人李軍が現行会社法第₄₂条に定められている「出資比率」 は,「払込出資比率」を意味すると主張し,権利義務の対等性原則から,それを「払込出資比率」 と認定することは,立法の真意に合致する。原審がそれを引受の出資比率として認めたが,第三者 にとって不公平であろう」と述べた。二審の江蘇省南京市中級人民裁判所は,控訴人の主張を退け た。 しかし,₂₀₁₂年に同じく江蘇省南京市中級人民裁判所は,梁大力と南京雲帆科技実業有限会社, (10) 実例では,定款に特約が存在しないため,Aは配当を受ける権利がない。 (11) 北京市高級人民裁判所,(₂₀₀₇)高民終字,第₆₀₁号。 (12) http://www.₁₁₀.com/panli/panli_₉₂₉₇₈.html,₂₀₁₇.₈.₁. (13) https://www.lawxp.com/case/c₁₃₆₈₀₈₄₀.html,₂₀₁₇.₁₀.₁. ( )23 ─ ─16 ( )142 ─ ─225
中国会社法における資本制度の改正とその問題点 珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 兪苗根などの株主総会決議の効力をめぐる紛争事案(14)では,次のように判決した。すなわち,共 益権は,株主が会社の重大事項に関与して管理する権利である。議決権は株主として会社の管理に 関与する経済的,民主的な権利であり,それが原則的に共益権に属するが,また一定の特殊性をもっ ている。株主は資本多数决の議決権体制を通じて,取締役の選任又は解任し,会社の運営方式を選 択し,重大な事項に関する決定権などをもって,会社に対する効率的な管理と統制の目的を実現す る。その中に,会社の財産権に対する統制も含まれ,故に議決権が実質的に一種の統制権であり, 同時にまた自益権の行使と実現の保障機能をも兼ね,道具の性格を持っている。もし出資義務を全 く果たさなかった株主に,議決権を通じ会社を支配させることは,それは,権利と義務の対等,利 益とリスクの一致という原則を認めないこととなり,会社の長期的な発展にも不利になろう。 このため,会社は定款や総会決議を通じ,出資未払いの株主の議決権を合理的に制限し,法の公 平公正さを具現化することができ,また会社法とその司法解釈の立法精神にも合致する……」と述 べた。 以上からも分かるように,「定款自治」を強調した現行会社法の下では,事前に定款で「自益権」 と「共益権」に関することを定めなければ,実務上混乱を生じかねない。 4 ,引受した出資の履行期限に関する判例の見解 改正会社法が,旧法にある投資者が「 ₂ 年以内」または「 ₅ 年以内」にその出資を支払わなけれ ばならないという規定を撤廃したため,実務では,いくつかの問題が生じている。例えば,(₁)投 資者がどのくらいの期限内で実際に出資を履行する義務を負うのか。₅₀年,₁₀₀年またはそれ以上 に出資を履行することが可能であろうか?特に会社が支払い不能に陥った場合,債権者は,出資未 払いの株主に対してその出資の履行を請求することができるだろうか。(₂)出資を履行しない株主 に対してその株主たる法的資格を除名することができるのか,などの問題である。 ₂₀₁₆年に山東省済南市中級人民裁判所は,文斌と済南邦容経済貿易有限会社などの売買契約をめ ぐる紛争事案(15)において,一審判決を退け,債権者の主張を否定した。この事案では,文斌氏は 永力重工会社の株主として₆₈₅₀万人民元の出資を引受したが,出資の完全履行期限は₂₀₆₅年 ₆ 月₂₀ 日までとまだ₅₀年の時間がある。しかし,永力重工会社が₂₀₁₆年 ₂ 月₂₉日時点で₇₁₃₄₂₉.₃人民元の 債務を負い,履行不能に陥った。債権者の済南邦容経済貿易有限会社は文斌氏に対してその出資を 履行せよと裁判所に請求した。一審判決では,債権者の請求を認めたが,二審では,裁判所は,会 社法に関する「司法解釈(₃)」第₁₃条第 ₂ 項を引用して,文斌氏の期限利益を認めた。要するに, 会社が破産手続を開始しない限り,債権者が株主の出資の未完全履行についてその出資の加速進行 を請求することができないとした。 その見解に同調している判決がいくつかある。例えば,₂₀₁₆年の四川省内江市中級人民裁判所が 審理した傑絡企業管理(上海)有限会社,黎士俊,王靖飛,劉兰波と四川多多生態農業有限会社と のサービス契約をめぐる紛争事案(16),四川省宜昌市中級人民裁判所が審理した宜昌市西陵区馬順野 菜経営部と胡陽,李軍等売買契約をめぐる紛争事案(17),上海市第二中級人民裁判所が審理した上海 江佑商邦投資有限公司と瀋明富,王炳南の債権者代位権めぐる紛争事案(18)などである。 これに反して,会社の債権者は履行期間未満の株主に対して債務補填責任を追及した事案では, それを支持する判決もある。 (14) https://www.tianyancha.com/lawsuit/₉d₉₆₁₇₁e₁cba₁₁e₆b₅₅₄₀₀₈cfae₄₀dc₀,₂₀₁₇.₁₁.₈. (15) http://www.sohu.com/a/₁₅₂₃₇₄₁₆₉_₇₄₂₀₂₄,₂₀₁₇.₁₁.₁₀. (16) (₂₀₁₆)川₁₀民終₄₀₂号。 (17) (₂₀₁₆)浙₀₁₀₆民初₃₆₇₉号。 (18) (₂₀₁₃)浦民二(商)初字第₃₁₈₇号。 ( )24 ─ ─15 ( )141 ─ ─226
珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 海南省第二中級人民裁判所が審理した蔡興均氏と山東省高速海南発展有限会社,広州市澳森石油 化学工業有限会社,海南迪高エネルギー有限会社及び黄煒氏売買契約をめぐる紛争事案(19)では, 会社法に関する「司法解釈(₃)」第₁₃条第 ₂ 項(20)を引用して,債権者の請求を認めた。 これに賛同している判例もいくつかある。例えば,四川省瀘州市龍馬潭区人民裁判所が審理した 張翔と康国勝,徐強,胡秋,四川強誠勝投資管理有限公司との民間借款をめぐる紛争事案(21),杭州 市上城区人民裁判所が審理した杭州鼎宇のインテリア工事有限会社と杭州アトレティコスーパー科 技有限会社,徐秀英などのインテリア工事契約をめぐる紛争事案(22)などである。 しかし,会社法に関する「司法解釈Ⅱ」第₂₂条では,会社の財産が債務の返済に不十分な場合, 債権者は出資未払いの株主及び,会社設立時に他の株主または発起人が未払いの範囲内で会社の債 務について共同で連帯責任を負うことを請求する場合,人民裁判所は,法に基づいてそれを支持す べきであると定められている。また「司法解釈Ⅲ」第₁₃第 ₂ 項にも同趣旨の規定が設けられている。 このほか,「企業破産法」第₃₅条には,人民裁判所は,破産の申請を受理した後,債務者たる出資 者は,完全にその出資義務を履行していないとき,管理人はその出資者の出資期限が到来したか否 かにかかわらず,その出資者に対して引き受けた出資額を支払うよう要求すべきであると定めてい る。従って,債権者の請求を否定する判例は,その説明理由に賛成しがたい。 5 ,出資金の払戻しに関する判例の態度 いったん会社に全額出資をし,後にその出資額を払戻した株主に対して除名することができるか。 この問題に対して,判例は,会社法に関する「司法解釈Ⅲ」第₁₇条の規定に基づいてその株主に対 して除名を認めた。この事案(23)では,持分の₉₉%を占めた大株主上海萬禹国際貿易有限会社は, ₂₀₁₂年 ₉ 月₁₄日の増資を利用していったん全額の₉₉₀₀万元を払い込んだが,三日後の₁₇日にその出 資を全額払戻し第三者に返却した。会社がそれを発覚した後,その大株主である上海萬禹国際貿易 有限会社に対して出資額を会社に返還せよと要請したが,相手にされなかった。₂₀₁₄年 ₃ 月₂₅日に 株主会が開かれ,上海萬禹国際貿易有限会社に対する「除名処分」を決議した。一審では,原告株 主と会社側が敗訴した。その理由としては,₂₀₁₄年の資本制度の改正によって法律上出資の引受制 度が認められるからである。しかし,出資の引受と出資の払戻とは,その性質上全く異なるもので あるといわなければならない。二審では,大株主である上海萬禹国際貿易有限会社の議決権を否定 し,原告株主と会社側の上海萬禹国際貿易有限会社に対する「除名処分」決議を支持した。その判 決の法的根拠は,「司法解釈Ⅲ」第₁₇条にある。第₁₇条によると,出資を拒否する株主を除名する 場合,その株主はその議決の採決に議決権を行使することができないというものである。もちろん, 大株主の出資金の払戻しに協力する会社取締役,高級管理者及びその他の株主もまた,連帯責任を 負うことがある。₂₀₁₄年に最高裁判所は,袁玉岷,光彩宝龍蘭州新区建設有限会社,宝納資源持株 会社(集団)と龍湾港集団有限会社の一般株主権をめぐる紛争事案(24)の二審判决では,その趣旨 を明らかにした。また,₂₀₁₅年の李勤義と平安銀行株式会社深圳坪山新区支店金融賃貸借契約をめ (19) (₂₀₁₆)琼₉₇民終₁₁₀₂号。 (20) 第₁₃条第 ₂ 項では,会社の債権者が出資義務を未履行または未完全履行の株主に対し,会社の返済できない負 債についてその部分の補償責任を分担することを請求した場合,人民裁判所がその請求を支持すると規定して いる。 (21) (₂₀₁₅)龙马民初字第₇₅₇号。 (22) (₂₀₁₆)浙₀₁₀₂民初₁₅₄₅号。 (23) http://shfy.chinacourt.org/article/detail/₂₀₁₅/₀₇/id/₁₆₆₅₉₈₆.shtml,₂₀₁₇.₁₁.₁₀. (24) (₂₀₁₅)最高人民裁判所,民申字第₉₉₆号。 ( )25 ─ ─14 ( )140 ─ ─227
中国会社法における資本制度の改正とその問題点 珠江デルタ地帯における西洋近代法と伝統的宗法規範の対立と同化に関する研究 ぐる紛争事案(25)では,最高裁判所は同様な見解を持っていた。 会社法に関する「司法解釈Ⅲ」第₁₂条の規定によると,次のような行為が出資金の払戻しとみな すことができる。すなわち,(₁) 利益配分のために虚偽の財務諸表を作成すること。(₂) 架空の債 権債務関係を通じた資本流出。(₃) 関連取引による出資金の移転。(₄)その他法律上の手続きをせ ずに資金を引き出す行為,などである。 四,結語 以上見たように,中国会社法における資本制度の改正後,実務上いくつかの問題点が浮び上がっ てきた。特に出資の引受をしたがまだ完全に履行しない株主の共益権については,学説,判例の態 度がまだ明確ではない。したがって,実務では今後紛争の発生を防ぐために,事前に定款でその規 定を明確にすることが重要であろう。 日本等の国と異なり,中国では,会社の設立手続きに司法書士又は弁護士が関与しないため,ほ とんどの発起人がそのままモデル定款を採用することから,会社の実情に基づいての特約等が存在 しない。会社定款の作成に際して注意すべき事項等については,今後更なる研究をしたいと思う。 (25) (₂₀₁₄) 最高人民裁判所,民二終字,第₀₀₀₉₂号。 ( )26 ─ ─13 ( )139 ─ ─228