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任意後見契約法10 条1 項該当性の判断枠組み

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(1)

任意後見契約法10 条1 項該当性の判断枠組み

著者

熊谷 士郎

雑誌名

法学

83

4

ページ

51-71

発行年

2020-02-28

URL

http://hdl.handle.net/10097/00127199

(2)

1 はじめに

 任意後見契約に関する法律(以下А法Бという。)は,成年後見人等と任意 後見人との権限の抵触を回避する等の観点から,任意後見と法定後見の併存 を認めない(法 4 条,10 条参照)(1)。そして,法は,任意後見と法定後見との 優先関係について定め,任意後見契約がすでに登記されている場合に,後見 開始の審判等が申し立てられたときには,家庭裁判所は,А本人の利益のた め特に必要があると認めるときに限りБ(以下А必要性要件Бという。),後見開 始の審判等を行うことができるとする(法 10 条 1 項)。  この必要性要件に関しては,裁判例がある程度存在し,またそれらを契機 とした多くの研究が著されており,議論は出つくされた感もある。後にみる ように,多くの文献においては,裁判例を手掛かりに,必要性要件の該当性 を判断する際に考慮されているファクターを抽出した上で,法定後見と任意 後見のいずれが当該事案において本人にとって有益かという観点から判断す ればよいと考えている。例えば,近時の有力な見解によれば,法 10 条 1 項 論 説

 任意後見契約法 10 条 1 項該当性の判断枠組み

熊 谷 士 郎

(1) 小林昭彦=原司㈶平成 11 年民法一部改正法等の解説㈵(法曹会,2002 年)423 頁,480 頁。特に補助人の代理権の範囲と任意後見人の代理権の範囲が重なら ない場合においても併存を認めない理由については,同 431 頁注(5)参照。 もっとも,このような政策的判断の妥当性についてはなお検討する余地があろ う(志村武А成年後見法における任意後見と法定後見の関係Б私法 63 号 (2001 年)299 頁等参照)。

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の判断枠組みとしては,①法的権限の不足,②契約内容の不当性,③受任者 としての適格性,④契約の瑕疵に関する不審事由,⑤本人の法定後見選択意 思をА中核的な判断要素とする比較衡量に基づいて,当該時点において法定 後見を開始する方が本人の利益となる場合とすればよい(任意後見に対して単 に比較優位性が認められればよい)Бとの立場が示されている(2)  もっとも,これらの要素が,なぜ必要性要件該当性を判断する際に考慮さ れなければならないのか,また,どのような形で考慮されるべきなのか,に ついては必ずしも明らかでないように思われる。従来の見解においては,必 要性要件が,任意後見と法定後見のどちらが本人に有益かという総合的な比 較衡量の場として位置づけられているために,このような分析的な検討が不 要とされているようにも思われるが,仮にそうだとするとそもそもこのよう な総合的な比較衡量の場として必要性要件を位置づけることの妥当性が検討 されるべきであろう。  本稿では,このような問題意識に基づき,従来の裁判例および学説を確認 した上で(2),より分析的に必要性要件該当性を判断する必要性・可能性を 検討したい(3)。最後に残された問題等について一言する(4)。 2 比較衡量アプローチЁ従来の議論 (1)立案担当者の見解  立案担当者の説明によれば,法 10 条 1 項は,А任意後見と法定後見との関 係の調整について,任意後見制度による保護を選択した本人の自己決定を尊 重するという観点から,原則として任意後見が優先することを規定したも のБであり(任意後見優先の原則)(3),必要性要件に該当する具体例として, (2) 上山泰・金判 1486 号(2016 年)70 頁。 (3) 小林=原・前掲注(1)477 頁。

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А本人が任意後見人に委託した代理権を行うべき事務の範囲が狭すぎる上, 本人の精神の状況が任意の授権の困難な状態にあるため,他の法律行為につ いて法定代理権の付与が必要な場合БとА本人について同意権・取消権によ る保護が必要な場合Бが例として挙げられていた(4)。そして,必要性要件に ついて,А特別養子縁組の要件に関する民法第 817 条の 7 の㈶子の利益のた めに特に必要があると認めるとき㈵と同様,特別の必要性を要件とする趣旨 の規定であるБと説明する(5)  このような記述から,立案担当者の立場は任意後見優先の原則を厳格に捉 えていると解されるのが一般的である。  もっとも,この厳格さについて,後の学説等における議論との関係を考慮 した場合には,①必要性判断の対象の問題と,②必要性の程度・質の問題に 分ける必要がある(6)  ①については,立案担当者が挙げる具体例は,いずれも任意後見人の法的 権限が本人の保護に不十分な場合(法的権限の不足)であるため,それ以外に どのような場面が想定されているのか必ずしも明らかではないものの,少な くとも法的権限の不足が,必要性要件該当性が問題となる典型的な場面であ ると考えていたとはいえよう。  ②については,特別養子縁組の場面と同様とするところから(7),単なる比 (4) 小林=原・前掲注(1)478 頁。 (5) 小林=原・前掲注(1)478 頁。 (6) 上山・前掲 70 頁の①優先原則の重視度合いが本文②に,②法 10 条 1 項の適用 を正当化する具体的要素の摘出が本文①にほぼ該当する。 (7) 特別養子縁組の場面については,立法段階では,前段の要保護要件について, 特に制限を設けず,相対的な子の福祉の向上を要件とすれば足りるとする意見 があったところ,А養子と実方の父母およびその血族との親族関係を終了させ るという重大な効果を生じさせる縁組であり(817 の 9),その成立には,この 利益の観点からより高度な必要性と合理性が求められるБことから,А特にБ 必要があることを要件としたとされている(松川正毅=窪田充見編㈶基本法コ ンメンタール親族㈵(日本評論社,2015 年)195 頁(西希代子))。

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較優位ではなく,より高度の必要性・合理性を要求しているといわれる。 (2)その後の展開  法 10 条 1 項の必要性要件の該当性が問題とされた裁判例には,以下のも のがある。①札幌高決平成 12 年 12 月 25 日家月 53 巻 8 号 74 頁(以下А①決 定Бという。)/②大阪高決平成 14 年 6 月 5 日家月 54 巻 11 号 54 頁(以下 А②決定Бという。)/③大阪高決平成 24 年 9 月 6 日家月 65 巻 5 号 84 頁(以 下А③決定Бという。)/④高松高決平成 28 年 7 月 21 日 LLI/DB 判例秘書(L 07120629)(以下А④決定Бという。)/⑤福岡高決平成 29 年 3 月 17 日判時 2372 号 47 頁(以下А⑤決定Бという。)/そのほか,4 つの東京高裁決定が紹 介されている(以下А⑥決定Б∼А⑨決定Бという。)(8)  また,主にこれらの裁判例の評釈(9)およびそれらを契機とした論稿(10) よって必要性要件の該当性について議論がなされている。以下では,立案担 当者の見解との対比という観点から,これらの裁判例および学説において, どのような要素が考慮されているか,またそれらがどのように考慮されてい (8) 小川敦А法定後見が任意後見に優先する場合の考慮要素Бケース研究 325 号 (2016 年)3 頁以下。 (9) ①決定について,西原諄・判タ 1076 号(2002 年)89 頁,平山也寸志・成年後 見法研究 5 号(2008 年)173 頁等,②決定について,二宮孝富・民商 128 巻 6 号(2003 年)99 頁,山田真紀・判タ 1125 号(2003 年)112 頁,星野茂・成年 後見法研究 4 号(2007 年)186 頁等,③決定について,羽生香織・月報司法書 士 501 号(2013 年)62 頁,神野礼斉・民商 149 巻 1 号(2013 年)109 頁,村 重慶一・戸籍時報 713 号(2014 年)74 頁,星野茂・リマークス 49 号(2014 年)62 頁,同・実践成年後見 57 号(2015 年)73 頁,上山・前掲注(2)68 頁 等,④決定について,佐々木健・月報司法書士 562 号(2018 年)37 頁,拙 稿・実践成年後見 84 号(2019 年)101 頁等参照。 (10) 飯島紀昭А任意後見と法定後見についてБ小野幸二教授古稀記念㈶21 世紀の 家族と法㈵(法学書院,2007 年)467 頁,星野茂А任意後見と法定後見の関係Б 法律論叢 80 巻 1 号(2007 年)67 頁,上山泰А任意後見契約の優越的地位の限 界についてБ筑波ロー・ジャーナル 11 号(2012 年)97 頁,小川・前掲注(8) 等。

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るか,確認していこう。 (ⅰ)必要性判断の対象  ここでは,さしあたり冒頭で引用した見解の要素(法的権限の不足,契約内 容の不当性,受任者としての不適格性,契約瑕疵に関する不審事由)に分けてみて いく(11) (a)法的権限の不足  立案担当者が典型例として挙げる法的権限の不足というファクターは,② 決定の一般論において言及されているものの,裁判例において実際に問題と はされていない。このような場合には,А実務上,任意後見受任者や任意後 見人が自ら法定後見開始の申立てをする事案も少なくないのであり,こうし た事案では,法定後見を選択することについて関係者間で意見が一致してい る(法定後見を選択することに反対する者がいない。)ことが多いБためであろ う(12) (b)契約内容の不当性  ②決定は一般論として,必要性要件に該当する例として,立案担当者が典 型例として挙げる(a)法的権限の不足以外に,А合意された任意後見人の報 酬額が余りにも高額であるБ場合を挙げる。もっとも,裁判例において,報 (11) 本人の法定後見選択意思は,検討の対象からひとまず外すことにしたい。本稿 で述べる必要性の判断の対象や必要性の程度・質においては,いわば客観的な 必要性を問題としているが,本人の法定後見選択意思はこのような客観的な必 要性の有無には直結しない要素であり,必要性要件該当性判断において考慮さ れうるとしても他の要素とはレベルが異なる問題であるように思われるからで ある。なお,本人の法定後見選択意思の詳細については,上山・前掲注(10) 109 頁以下,126 頁以下を参照。 (12) 小川・前掲注(8)8 頁。

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酬額の不当性自体が問題とされることはなく(13),より広い意味で任意後見 契約の契約内容の不当性と捉えたとしても,それ自体が問題とされることは ないように思われる。任意後見契約については,公証人が関与し,また,あ る程度定型化された運用がなされているためであろうか(14) (c)受任者としての不適格性  ②決定は,一般論として,А法 4 条 1 項 3 号ロ,ハ所定の任意後見を妨げ る事由があるБことも必要性要件に該当する例として挙げている。必要性要 件該当性が肯定された裁判例においても,受任者の不適格性が理由として挙 げられている。  ③決定は,任意後見受任者が,本件契約締結前後の利害関係人による本人 の財産への関わりには不適切な点が認められること,本人の療養看護につい ては介護施設にほぼ任せており,任意後見受任者の関心は専ら本人の財産を 管理することにあると考えられることから,任意後見受任者に本人の療養看 護をさせるのは適切とはいえないことを考慮して必要性要件該当性を認め た。⑤決定も,任意後見受任者が代表者である会社と本人との間に債権債務 関係(不透明な金銭貸借関係)がある点を,任意後見受任者の任意後見人とし ての適格性に関わる重要な事実というべきであるとし,必要性要件該当性を 認め後見開始を認めた原審判を維持している。また,⑥⑦⑧決定においても 任意後見受任者が本人の経済的利益に反する行為に及んでいることが(15) ⑦決定においては,任意後見受任者の本人に対する対応状況等にかんがみて (13) 小川・前掲注(8)8 頁は,報酬が高額に過ぎるケースは実務上経験していな いという。 (14) これに対し,山本修ほか編著㈶任意後見契約書の解説と実務㈵(三協法規出版, 2014 年)158 頁(香山美里)は,公証人の嘱託拒絶が無効などの事由の存在が 公証人にとって明らかである場合に限られていることから,契約内容の不当性 は,後見の開始や継続が検討される場面で争点とならざるをえない,という。 (15) 小川・前掲注(8)26 頁参照。

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身上監護面でも本人の利益を損なう可能性が否定できないことが考慮されて いる。また,⑨決定は,任意後見契約を発効させた場合には,本人が地縁血 縁のほとんどない遠方に引っ越すことになるであろうことを踏まえて,А同 意を示しているとしてもそれが本人の幸福につながるものであるかどうか は,本人が精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分であると 認められる以上,保佐を開始した上で,時間をかけて慎重に検討する必要が あると考えられるБと指摘している(16)  このように必要性要件該当性を認めた裁判例においては,後見事務(財産 管理に関する事務および身上監護に関する事務)を行うについての適格性が決定 的な要素として考慮されている。もっとも,裁判例においては,明示的に法 4 条 1 項 3 号ハ所定の事由に該当するかどうかという形で判断を行っていな いため,法 4 条 1 項 3 号ハに該当する事由があるとまでいえるかは必ずしも 明らかではない。  また,学説においては,必要性要件に該当する例として,А任意後見受任 者として弁護士を選任しているが,当該弁護士の心身などの故障により,職 務を適切に行うことが困難であると判断される場合Б(17)やА本人と受任者又 は任意後見人との間の信頼関係が著しく損なわれるに至ったときБ(18)を挙げ るものがあるが,これらの事情と法 4 条 1 項 3 号ハとの関係も必ずしも明ら かではないように思われる(19) (16) 小川・前掲注(8)30 頁以下。 (17) 山田・前掲注(9)113 頁。小川・前掲注(8)6 頁。なお,同 8 頁は,このよ うな場合も実務上任意後見受任者等が自ら後見開始を申し立てる事案も少なく なく,法定後見を選択することに関係者間で意見が一致していることが多い, という。 (18) 北野俊光А任意後見契約と法定後見との関係Б赤沼康弘編著㈶成年後見制度を めぐる諸問題㈵(新日本法規,2012 年)360 頁。小川・前掲注(8)6 頁も,本 人と任意後見受任者等との間の信頼関係が損なわれていることを挙げている。 (19) 前者について,山田は法 4 条 1 項 3 号ハを参照しているのに対し,小川は法 4 条 1 項 3 号ハを論じているのと別の段落で記述する。後者については,北野お

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 なお,関連して次の 4 つの要素が問題とされている。  第一に,А親族間の対立Бという要素である。③決定においては,親族間 の対立があることが重視されているように思われる(20)。また,⑤決定にお いても,親族間の対立という要素を考慮している原審判を引用しており,こ の要素が考慮されているといえる。  しかしながら,親族間の対立を必要性要件の該当性判断における独立の考 慮要素と解することには批判がある。親族間の対立がある場合には,法定後 見を開始して中立の第三者によって後見事務が行われるべきだともいえる が,むしろ,このような親族間対立がある場合にこそ任意後見を選択した本 人の自己決定権が尊重されるべきである,という本質的な批判がある(21) また,親族間の対立は,結局他の要素に還元できるため,独立の判断要素と まではいえないという指摘がある(22)。さらに,А実務としては,親族間紛争 の存在自体をもって,法定後見を優先させる事情と考えているものではな く,任意後見受任者の適格性に関する親族間紛争があることを踏まえて,任 意後見受任者の適格性に焦点を当て,これを慎重に検討するというアプロー チをとっているБとの指摘がある(23)。親族間の対立は,独立の判断要素で よび小川は,法 4 条 1 項 3 号ハとは別の項目ないし段落で論述している。もっ とも,これらの事情が法 4 条 1 項 3 号ハに該当しないとすると,仮にこれらの 事情が明確になったとしても,任意後見監督人選任の審判の局面では,法定障 害事由が存しないこととなり,任意後見契約が発効することになるのであろう か。仮にこのように解するのであれば,法 10 条 1 項が問題とされる場面との 整合性が問題となろう。逆に,仮にこの場合も任意後見契約を発効させるべき ではないとするなら,どのような法律構成を採るべきか,検討する必要があろ う。 (20) もっとも,この部分は後見開始の審判の理由としてではなく,成年後見人選任 の審判の理由として指摘しているとみることができるかもしれない。後注 (23)参照。 (21) 星野・前掲注(10)80 頁以下等参照。 (22) 上山・前掲注(10)116 頁。 (23) 小川・前掲注(8)34 頁。小川が紹介する 4 つのケースにおいても,区長申立 ての事案であり親族間紛争の有無が不明な⑥決定を除いて,すべてのケースで

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はなく,主に受任者の適格性を判断する際に考慮される一事情と考えるべき であろう。  第二に,任意後見契約の締結時期である。必要性要件該当性が認められた ⑦決定,⑧決定,⑨決定は後見開始の審判等の申立て後に任意後見契約が締 結されたケースであり,⑤決定も実質的には同様に考えられるケースであ る(24)。学説においては,後見開始の審判等の申立てに対する対抗措置的な 色彩が強いこと,および,任意後見契約締結時の本人の判断能力が低下して いるため本人の真意性に疑義が生じる蓋然性も高いことなどから,任意後見 の濫用を疑わせる事情として重視されることがある(25)。もっとも,②決定 は,任意後見契約が締結されたのが,保佐開始の申立て後であっても,その ことのみから,本人の利益のため特に必要があると認めることはできない, という。また,必要性要件該当性が認められた裁判例においても,この事情 を明示的なファクターとはしていない。やはり,受任者の不適格性等の他の 要素を補強する事情と考えるべきであろう(26)  第三に,⑨決定は,任意後見監督人選任の申立てが適時になされていない ことを重視して,必要性要件該当性を肯定した。本人の判断能力が不十分な 状態に至っているにもかかわらず任意後見受任者が任意後見監督人選任の申 親族間の対立がある事案であり,決定の中においても親族間の対立を指摘する ものもあるが,⑦決定においては,親族間の対立を保佐開始の審判の理由とし て挙げているのか,保佐人選任の審判の理由として指摘するものなのか判然と しないといい,⑧決定においても少なくとも親族間の対立が決定的要素とされ ているわけではないという(同 34 頁)。 (24) 佐々木・前掲注(6)42 頁。 (25) 上山・前掲注(2)70 頁等参照。 (26) 羽生・前掲注(9)66 頁は,むしろ,いわゆる移行型の場合には,契約締結・ 登記後から契約の発効まで時の経過があり,その間に本人の状況に大きな変化 が生じていることが想定されることから,移行型の任意後見と法定後見の競合 の場合には,いずれが本人の利益になるかについて積極的に検討すべきであろ うという。

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立てをしない場合には,受任者の適格性に疑義が生じうると指摘されてい る(27)。もっとも,④決定は,任意後見受任者が直ちに任意後見監督人の選 任申立てをせず,委任契約に基づいて本人の財産の管理処分を行っているか らといって,本人との信頼関係の下で,本人の意思に基づいてそれが行われ ている場合には,必要性要件に該当するということはできないという。⑨決 定と④決定との相違としては,④決定においては本人との信頼関係の下で, 本人の意思に基づいて財産関係が行われているとされていること(任意後見 受任者が⑨決定においては親族(本人の養女)だったが④決定においては弁護士であ ったことも影響していよう),および,⑨決定においては,任意後見契約締結 後直ちに任意後見監督人選任の申立てを請求する旨の合意がなされていたこ と,を挙げることができる。いずれにせよ,この点も受任者の不適格性を判 断する際の一事情に過ぎないと考えるべきであろう。  第四に,本人の意向が受任者の適格性を肯定する要素となるかである。⑥ ∼⑧決定においては,А任意後見受任者が客観的に見て本人の経済的利益に 反する行為に及んでいることを認定した上,それが本人の意向であるか否か は法定後見開始の必要性を左右しない旨判断Бされている(28)。この点につ いては,А任意後見受任者としては,本人の意向であるからといって,その 判断能力に配慮することなく,安易に本人の経済的利益に反する行為に及ぶ べきではなБく,А任意後見受任者が,判断能力の不十分な本人の経済的利 益に反する行為に及んでいる場合には,それが本人の意向であることがある 程度うかがわれるとしても,任意後見受任者としての適格性が疑問視される ことになり得るБという指摘がなされている(29) (27) 小川・前掲注(8)33 頁。 (28) 小川・前掲注(8)28 頁。 (29) 小川・前掲注(8)29 頁。

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(d)契約の瑕疵に関する不審事由  ②決定は,一般論として,А人違いや行為能力の欠如により効力が生じな いのであれば㈶本人の利益のために特に必要がある㈵かどうかを判断するま でもなくБ法定後見(具体的には,保佐)を開始できるという。これに対し て,契約の最終的な有効性は,別途民事訴訟で確定することになるため,正 確には,より広く任意後見契約の有効性に客観的な疑義がある場合を,必要 性要件該当性の判断要素と捉えるべきであると指摘がなされている(30)。も っとも,③決定および⑤決定においては,必要性要件該当性の判断とは別 に,任意後見契約の有効性が判断されている。任意後見契約の効力が否定さ れる場合に,必要性要件該当性の問題として処理するのか,それとは別個の 問題として処理すべきなのかは,検討の余地があろう。  また,裁判例においては,本人の判断能力の低下や真意性について考慮さ れているものが見受けられる。⑥∼⑨決定すべてにおいて,本人の理解の程 度・自発性等が考慮されている(31)。③決定は,意思無能力を認めなかった が,本人の真意性について疑義を示しているといえ,実際の判断において は,この点が補強材料となっている,との指摘がある(32)。⑤決定において も,意思無能力および公序良俗違反による任意後見契約の無効という主張は 否定されているものの,同様の指摘ができるかもしれない。  本人の自発性等を必要性要件で独立の考慮ファクターとして考慮すること に対しては,А任意後見契約自体は意思能力がある限り締結可能であるし, 自発性に欠けるとはいえ本人が任意後見契約を選択したことに変わりはない ともいえるのであり,本人が契約内容を十分に検討・理解していない,自発 性に欠けるといった事情は,それ自体が直ちに法定後見を優先させるべき決 (30) 上山・前掲注(2)71 頁。 (31) 小川・前掲注(8)22 頁。 (32) 上山・前掲注(2)71 頁。

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定的な事情にはなり得ないと考えるべきБであり,Аこれらの事情について は,他に法定後見を優先させる方向に働く事情がある場合に,主に当該事情 との関係でどの程度任意後見優先の原則に比重を置くかという相対的な観点 から考慮される要素と位置付けるのが妥当であるБとの指摘がある(33) (ⅱ)必要性の程度・質  ①決定は,А本人の同意Б(民法 15 条 2 項)を欠くため補助開始が認めら れず,そもそも任意後見との競合が生じない事案であったが,抗告理由に答 える形で法 10 条 1 項の適用について判断したものである。本人の長女によ る補助開始の審判の申立て後に任意後見契約が締結されたケースであった が,必要性要件に該当する事情を見出しがたい,と判断しており,任意後見 優先の原則を厳格に適用したものと評価されている(34)  ②決定は,必要性要件とは,А要するに,任意後見契約によることが本人 保護に欠ける結果となる場合を意味すると解されるБという(35)。ここでは, А特にБを重視しない傾向を見て取ることができる。もっとも,②決定も, 任意後見契約が締結されたのが,保佐開始の申立て後であっても,そのこと のみから,本人の利益のため特に必要があると認めることはできない,とし て,必要性要件該当性を認めなかったものであり,このような判示が,必要 性要件該当性の判断の柔軟化を意味しているとは直ちにいえないように思わ (33) 小川・前掲注(8)25 頁。 (34) 上山・前掲注(2)69 頁等参照。もっとも,①決定は,すでに本人の財産目録 が作成されており,今後の大きな支出については任意後見受任者である実妹に 管理を委ねる手はずが整っていることを指摘しており,むしろ任意後見受任者 の適格性を示す要素があったため,法 10 条 1 項該当性を否定したともみるこ とができるようにも思われる。 (35) 星野・前掲注(10)79 頁は,②決定と同様に,А㈶本人の利益のために特に必 要がある場合㈵とは,当事者間で締結した任意後見契約をそのまま履行させる と本人の保護に欠ける結果となる場合を意味するБという。

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れる(36)  これに対して,実際に必要性要件該当性を認めた決定(③⑤⑥⑦⑧⑨)に おいては,先にみたように,いずれも受任者の不適格性が問題とされている が,法 4 条 1 項 3 号ハに当たる事情とまでいえるかは必ずしも明らかでない にもかかわらず,本人の理解力等との関係を考慮して,必要性要件該当性を 肯定しているといえ,比較的柔軟に必要性要件該当性を認めているようなニ ュアンスも読み取ることができるように思われる。  そのため,親族間の対立を背景に,法定後見の妨害のために任意後見契約 をするケースが少なからずみられるため,А最近の実務は本人の客観的な保 護を重視して,この要件を広めに解釈して法定後見を優先する場面が多くな っているБとの指摘がある(37)(38)  また,⑥∼⑨決定を念頭に置き,Аいずれも,積極的に法定後見を優先さ せるべき事情を認めたというよりは,主に任意後見受任者の適格性への疑問 から任意後見に消極的にならざるを得ず,その結果法定後見を優先させたも のと評価できБるという指摘もある(39)。必要性要件該当性を認めた裁判例 全般に妥当する指摘といえよう。  学説は,一般に必要性要件該当性を緩やかに解し,任意後見と法定後見と を比較し,いずれがА本人の利益Бとなるかという観点から判断する傾向に (36) 星野・前掲注(10)79 頁は,②決定の判示を概ね立案担当者の考えに沿った 解釈であると評価する。 (37) ⑤決定の判時コメント(判時 2372 号 48 頁)。もっとも,そこで引用されてい る,山本ほか編著・前掲注(14)154 頁(香川)には該当する記載が見当たら ず,同 156 頁に該当する記述がみられるが,その主語はА近時の学説Бとなっ ている。 (38) もっとも,④決定は⑨決定が重視した任意後見監督人選任の申立ての不適宜さ のみでは必要性要件は満たされていないとするので,先に述べたような事案の 相違があるものの,任意後見優先の原則を厳格に解していると考えることもで きよう。 (39) 小川・前掲注(8)35 頁。

(15)

ある(40)。本稿の冒頭で紹介した見解のほか,例えば,А任意後見と法定後見 との長短を念頭においた上で,いずれが適当か,本人を取り巻く様々な状況 に即して判断すべきであБる(41)А個別具体的な事案毎に,本人にとって最 善の支援のあり方を考慮した上で,任意後見と法定後見のいずれがそれに適 うのかという観点から,法 10 条 1 項に定める特別の必要性の有無を審理・ 判断すべきであるБ(42)等とされる(43)(44)  このような比較衡量アプローチから,裁判例の必要性要件該当性判断の実 質を説明することも十分に可能であろう。

3 分析的アプローチЁ本稿の立場

 しかしながら,このような比較衡量アプローチについてはА1 はじめにБ の問題意識で述べたような疑問がある。以下敷衍しよう。  第一に,意思無能力・公序良俗違反等によって任意後見契約の効力が否定 される場合について,そもそも任意後見契約の有効性は別途民事訴訟で確定 すべきという考え方もありえなくはない。仮に法 10 条 1 項が問題となる局 面で考慮しうるとしても,任意後見契約が無効であれば法定後見と対比する 前提を欠くので,任意後見と法定後見との比較衡量の場として必要性要件を 位置づけた場合には,その要件は無意味になってしまう。任意後見契約の無 効原因がある場合だけでなく,取消原因がある場合,あるいは,無効・取消 (40) 二宮・前掲注(9)843 頁等。 (41) 西原・前掲注(9)91 頁。 (42) 羽生・前掲注(9)66 頁。 (43) これ対して,上山・前掲注(2)は任意後見優先の原則を厳格に解するものと して,山田・前掲注(9)113 頁を挙げる。 (44) なお,同じく比較衡量アプローチを採る見解であっても,上山は,このように 解する根拠が,他の学説がパターナリスティックな本人保護にあるのに対し て,自己の見解は,任意後見優先原則の正当化原理でもある自己決定の尊重の 貫徹という視点に立つものという。詳細については,上山・前掲注(10)114 頁以下参照)。

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原因があるともいえない場合でも一定の契約締結過程および契約内容の不当 性が存するときには,必要性要件においてそれらを考慮しうることを含意し ているのかもしれないが,なぜこのような考慮をなしうるかは明らかでない ように思われる。  第二に,受任者の不適格性ないし法 4 条 1 項 3 号該当性は,法定後見と任 意後見との競合の場面ではなく,任意後見監督人の選任の場面(法 4 条)お よび任意後見人の解任(法 8 条)の場面で考慮されるべき問題ではないか。 仮に法 10 条 1 項該当性の判断に法 4 条 1 項 3 号ロ,ハに該当する事由を含 める場合には,法 4 条 1 項 2 号でいうА本人の利益のため特に必要であると 認めるときБという要件と法 10 条 1 項の必要性要件の内容が異なることに なる。確かに,同様の文言であっても,適用場面に応じて異なる扱いをすべ き場合があること自体は認めるべきであるが,そのように扱うべき理由が示 されるべきであろう。しかしながら,従来の議論からはそのように解すべき 積極的な理由を見出すことができないように思われる(45)。また,仮に法 4 条 1 項 3 号に該当するがゆえに,任意後見契約が発効できない場合には,法 定後見と対比する前提を欠くため,必要性要件を比較衡量の場として位置づ ける意味がなくなってしまう。ここでも,法 4 条 1 項 3 号に該当しない受任 者の不適格性を考慮しうることが含意されているのかもしれないが,なぜそ のような考慮を行うことができるかは明らかではないように思われる。  以下,順に検討した上で,改めて必要性要件について考えてみたい。 (45) 上山・前掲注(2)70 頁は,仮に任意後見監督人選任の場面と法 10 条 1 項の 場面との平仄を合わせるのであれば,必要性要件に法 4 条 1 項 3 号を組み込む 必要があるという。そうすると,なぜ両者の場面の平仄を合わせる必要がある のか,がさらに問われる必要があろう。

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(1)任意後見契約の有効性  本来任意後見契約の有効性は別途民事訴訟で確定すべきである,と考える こともありうる立場であろう。このように解する場合には,まずは任意後見 契約の有効性を民事訴訟で争い,その後後見開始等の審判を申立てるという ことになる。しかし,民事訴訟のА帰趨を見極めるまで手続きを進めないこ とは,本人保護の観点から適当ではなく,任意後見契約の有効性について一 応の判断をして,手続きを進めることが相当であБろう(46)。もっとも,問 題はさらに先にある。そもそも,後見開始等の審判において,本人以外の後 見開始の審判等の申立人が意思無能力を理由として任意後見契約の無効を主 張できるのだろうか。実務では申立人が無効の主張ができることを前提とし ているようであるが,意思無能力による無効は本人側からのみ主張できる相 対的無効と解するのが有力であり,なぜ申立人が意思無能力による無効を主 張できるのか説明を必要とするように思われる。同様のことは,いわゆる消 費者公序に反するとされた場合にも当てはまる。  仮に無効の局面では申立人も主張できると解したとしても,取消しが問題 となる場面では,申立人は取消権者とは言い難く,任意後見契約を取り消し て効果を否定することはできないであろう。そして,本人の判断能力が低下 した場合には,本来であれば(他の契約の有効性が問題とされるときには),成 年後見人が選任され,この者が本人意思尊重義務・身上配慮義務等(民法 858 条参照)に従って,契約の効力を否定するか否かを判断することが期待 されているといえよう。しかしながら,任意後見契約においては,まさに法 10 条 1 項があるために後見を開始することができないことになってしまう。 ここに制度上の問題があるとはいえまいか(47) (46) 山田・前掲注(9)113 頁。 (47) 本文では,本人以外の者が任意後見契約の取消・解除等を行うことができるこ とを前提にしている。もっとも,任意後見契約における本人の意思の重要性を

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 すなわち,本人の判断能力低下後に,任意後見契約の有効性が問題となる 場合には,本人自身がその有効性を争うことは想定しにくく,その代理人等 が判断すべきと考えられるが,そのような代理人が制度上存在しえない状況 になってしまう。法 10 条 1 項が問題となる局面で,任意後見契約の無効原 因・取消原因を考慮することは,このような制度上の欠陥を埋める機能を果 たすことになる。このように解する場合には,相対的無効と解した場合の無 効原因および取消原因の存否のみならず,無効の主張および取消しの主張を 行うことが,本人意思尊重義務・身上配慮義務等に照らして,妥当か否かと いう点も考慮して,任意後見契約の有効性を判断すべきことになろう。  同様のことは,任意後見契約(ないしはそれに付随する契約)の債務不履 行を理由とする解除が問題となる場面でもいえるように思われる(48)。ここ でも,解除の当否を判断する代理人が存在しえないところ,法 10 条 1 項で このような解除原因を考慮することはこのような制度的欠陥を補う意義があ るといえる(49)。そして,この場面でも解除原因があることのみならず,解 除が本人意思尊重義務等に照らし妥当な判断といえるかがさらに問われると いえよう。問題は,任意後見契約発効前の本人による任意解除の局面(法 9 条 1 項)である。債務不履行にまではいたらないが,信頼関係を害する事情 があった場合に,本人が判断能力を維持しているときには,本人は任意後見 契約を解除することができたにもかかわらず,判断能力を欠く常況に至った 強調して,本人以外の者が取消・解除等を行うことができないと解することも 考えられる。この場合,制度的欠陥というよりも,まさにこのような任意後見 契約の特殊性から,法 10 条 1 項が用意されていると説明することができるか もしれない。 (48) 任意後見契約発効後は,債務不履行解除も法 9 条 2 項によることになるが,債 務不履行の事実がА正当な事由Бに該当するものとして,解除の許可がされる ことになろう(小林=原・前掲注(1)472 頁)。 (49) 任意後見契約発効後は,任意後見人の解任(法 8 条)というルートがあり,こ れと債務不履行解除との関係について検討する必要があろう。

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場合には,実際上本人はこのような行為ができないことになる。そこで,本 人の推定的な意思を考慮して代理人等が任意解除を行う必要性があるともい える。これに対して,いったん本人が任意後見を選択している以上,本人の 明確な意思がない限り,本人以外の者は任意後見契約を任意に解除しえない と考えることもできるように思われる。もっとも,一方で,債務内容の確定 次第では,信頼関係を害する事情を債務不履行と構成する余地があり,他方 で,代理人による任意解除が可能であるとしても,本人意思尊重義務に従う 必要があるのであって,実際上の差異はあまり大きくないかもしれない。い ずれにせよ,仮に法 4 条 1 項 3 号に該当しない程度の受任者の不適格性や無 効・取消原因に該当するとまではいえない契約締結過程ないし契約内容の不 当性が考慮されうるとすると,ここで述べた解除が正当化されうる範囲で認 められていると考えることができるかもしれない。  以上に見てきたような理解が可能であるとすると,法 10 条 1 項が問題と される局面において任意後見契約の有効性を考慮しうるのは,本人の判断能 力が後見相当にまで低下した場合に限られることになろう。補助・保佐にお いては,補助人・保佐人に強制的に代理権を付与する制度設定にはなってお らず,本人自身が取消・解除等を行うことができることが前提とされている からである。 (2)任意後見受任者の不適格性  仮に,必要性要件において,この要素が考慮されない場合どのように処理 されることになるのか。後見開始等の審判が申し立てられても,そこでは任 意後見受任者の不適格性は考慮されないことになるから,他に問題がなけれ ば後見開始の審判等は却下されることになろう。そして,後見開始の審判等 が申し立てられている場面では,本人の事理弁識能力が不十分な状態にある と考えられるから,本来であれば任意後見監督人選任の審判が申し立てられ

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ることになる。そこで任意後見受任者の不適格性が認められれば,任意後見 契約は発効しえないのであるから,改めて後見開始の審判等が申し立てら れ,それが認められるということになろう(50)。また,任意後見契約が既に 発効している場合には,法 8 条によって任意後見人を解任した上で,後見開 始等の審判を申し立てることになろう。必要性要件において任意後見受任者 ないし任意後見人の不適格性を考慮することは,このような迂遠な手続きを 回避するという意義を有することになる。このように解した場合には,法 10 条 1 項の局面においても,任意後見契約が未発効の場合には,任意後見 監督人選任の場面においてその選任の障害となりうるときと同様の事情があ るかが検討されるべきことになり,既発効の場合には,法 8 条と同様の事情 があるかという観点から検討されるべきことになろう。  なお,任意後見契約の有効性に関わる一定の事情(例えば,任意後見受任 者の欺罔行為性を示す事情)は,それが無効・取消原因に該当するとまでは いえない場合も含めて,任意後見受任者の不適格性を示す一事情として考慮 される可能性があろう。 (3)必要性要件Ё法的権限の欠如  以上のように,法 10 条 1 項の局面における任意後見契約の有効性および 任意後見受任者の適格性についての考慮を,手続きの不備ないし簡略化から 生じるいわば判断の先取りと位置づける場合には,必要性要件で本来問題と されるべきは,法的権限の欠如のみであるということできる。  そして,必要性要件の問題が本来的には法的権限の不足に関わるというこ (50) もっとも,任意後見受任者の不適格性ゆえに任意後見契約が発効しえなかった 場合に,任意後見契約の帰趨がどのようになるのかは,必ずしも明らかでな く,したがって,このような帰結をどのような法律構成によって導くかについ ては検討の余地があるように思われる。任意後見契約自体は存続するとする と,結局法 10 条 1 項を根拠とすることになろうか。

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とからは,必要性要件について以下のように考えることができるように思わ れる。  法定後見制度においては,判断能力の程度と保護の範囲が結び付けられて いる。その意味では,一定の判断能力の低下自体が保護の必要性を示してい るとも考えられる。しかしながら,そのように解する場合には,少なくとも 保佐ないし後見の対象となる程度の判断能力の低下がある場合には,およそ 保護の必要性があるということになってしまう。法 10 条 1 項の必要性要件 は,そのような解釈を否定し,より具体的な保護の必要性がある場合に限っ て法定後見が発動することを定めたものであると考えることができる。例え ば,本人が,事理弁識能力を欠く常況に至っているが,入院して寝たきりの 状態であるため実際に取引を行う可能性が存在しない場合には,取消権を付 与する必要がなく,後見開始の審判は認められないことになる。このように 解する場合には,必要性要件は,単なる必要性の程度の問題というよりは必 要性のレベルが異なることを意味していると解することになろう。  仮に,法適用上の根拠との関係で任意後見契約の有効性および任意後見受 任者の適格性についても必要性要件で考慮すべきであると解するとしても, それはいわば仮託であって,このような意味での必要性要件が問題となるこ とはないということを十分に意識する必要があろう。

4 おわりに

 本稿では,法 10 条 1 項の必要性要件該当性の判断枠組みについて検討し てきた。主流である比較衡量アプローチにおいては異なるレベルの複数の問 題が混在しているところ,それぞれ別個の問題であることを意識し,それぞ れの観点に応じて判断する必要性と可能性(分析的アプローチ)を論じた。も っとも,本稿は思い付きのレベルにとどまるものであって,手続法的な議論 を含め,より詳細な解釈は今後の課題である。また,このような解釈が仮に

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妥当するとして,このような判断枠組みから裁判例を改めて分析し,評価す るという作業も行われる必要があろう。  成年後見法をめぐる議論は,多くの優れた実務家による実践によってリー ドされてきているものの,法解釈論的な議論は必ずしも十分ではなかったよ うに思われる。このような問題意識は,水野紀子が日本の家族法について常 々言及していた問題意識(51),道垣内弘人が信託法について有している問題 意識と通じるように思う(52)。本稿がほんのわずかでもそのような問題意識 に適っているものであることを願う。 〔付記〕本稿は,JSPS 科研費 JP17K03473 の助成を受けたものである。 (51) 水野紀子А親族法・相続法の特殊性についてБ能見善久ほか編㈶平井宜雄先生 古稀記念・民法学における法と政策㈵(有斐閣,2007 年)759 頁以下,同А相 続法の分析と構築Ё企画の趣旨Б法時 89 巻 11 号(2017 年)7 頁等参照。 (52) 道垣内弘人㈶信託法㈵(有斐閣,2017 年)ⅰ頁参照。

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