はしがき
今日の生体膜モデルに至るまでには、幾多の紆余曲折を経てきたが、脂質は蛋白質と
ともに生体膜を構成する二大成分として位置づけられ、もっぱら疎水性環境を提供する
ことがその存在意義として一般に認識されていた。その典型的な膜構造モデルが
Robertsonの単位膜(unitme血brane)説であり、脂質二重層の中に蛋白質が対称的に分布す
るという膜分子構造であった。ところが、1972年に、この膜モデルの概念が一変した。
その基本理念は、膜の流動性(fluidity)と蛋白質・脂質の非対称分布(asymmetry)にあった0
つまり、膜は静的ではなく動的であり、そのことが機能の発現にかなり密接に関連して
いるという重要な提言であった。この流動性という新概念の導入によって、生体膜の構
造と機能の相関が急速に密接となり、実際にいくつかの膜機能の発現機構の理解が可能
となった。このような時代背景のもとに機能脂質(functionallipids)という耳慣れない用
語を総説-一生体膜の構造と機能の相関性--(生化学,47,52-82,1975)で初めて使ってから
早20余年になる。
また一方では、膜脂質が複雑な膜機能の一つである情報伝達システムにも関与してい
ることが明らかにされ、膜脂質の機能が一層広くなるとともに、機能脂質の概念は人口
に胎灸するに至り、--細胞膜の機能脂質t-と題して小文にまとめた(科学,53,616-623,1983)0
そして今日では、膜脂質シグナリングとプロテインキナーゼカスケードとのクロストー
クを介して、多くの複雑化な細胞機能の調節がなされていることが明らかにされ、分子
遺伝学的手法の導入により、その分子メカニズムの解析が急速に進展している。また、
膜脂質シグナリング異常に起因する疾患が見つかり、その原因遺伝子も明らかにされて
おり、今後の研究展開が大いに期待される。
本研究プロジェクトでは、このような動向を踏まえて生体膜の機能脂質の領域におい
て第一線で活躍している研究者からなる班を編成し、平成6∼8年の3年間にわたって班
会議討論を含めて活発な研究活動を行った。その結果、本報告書にみられるように質・
量ともに優れた研究成果を得ることができ、世話人としても大きな喜びであり、班員各
位に厚くお礼申し上げます。また、この関連領域研究が科学技術庁ライフサイエンス分
野プロジェクトとしてスタートすることになり、これまた今後の成果が楽しみである。
さらには、重点領域研究プロジェクトへと発展させることを期待している。
1997年2月
-1-研究代表者 野澤義則