ラ ッフル ズの
1
9
世 紀初頭 ジ ャ ワ人 口統 計 の再検討
-
初期 セ ンサスの問題点をめ
ぐって-坪
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ur
y
-
SomeProblemsofEarlyCensuses-Y
oshihiroTsUBOUCHI*Thispaperfocusesontllere-examinationofthe
Ra皿es'spopulationstatisticsofJavainearlynine -teenth century. Population statisticsofthese earlyperiodshavebeeneitherciteduncriticallyor simplyabandonedasunreliable. TIledefectsof theseoldstatisticsshouldbediscussedexplicitly beforetheyaretreatedineitherway.The丘gures compiledbyRaBlesinhisHistoryofJauawere basedonthereportsbythelocalcolonial o缶cers
and/ornativemlersinJava. Underestimationin thestatisticsisduetoa.oversightofcertain reglOnS, b.underestimation of household numbers, C.underestimation of household members. A considerablepartoftheunder -estimation derives from that of household は じ め に 19世紀におけ るジ ャワ島の急激 な人 口増加 は,植民地行政 の効果や ジ ャワ島稲作の生産 力な どをめ ぐって, さまざまな議論 を引 き起 こ して きた。 もっとも単純 な見方は,議読 の 基礎 とな るジ ャワ人 口が,1815年 の450万人 か ら出発 して,1850年には 2倍以上 にな り, *京都 大学 東 南 ア ジア研究 セ ンタ ー ;TheCenter forSoutheastAsianStudies,KyotoUniversity 206
members. Inthispaper,adetailedexamination wasdoneofthefollowingaspects:a.errorsin computation,b.distributionofhouseholdsizeby sub-district,C・distributionofsexィatiobys ub-district,d.variation ofage-structureby s ub-district,e. problems of Chinese popdation. Specialattentionwasgiventotheconsistencyof thedefinitionofcategoriesandthedistributionpat・ ternsofthereportedfigwes. Variousaspectsof underestimationmayre且ecttheopposlnginterests ofcolonialo丘cersvs.nativemi ers,andrulersin generalvs.theruled.Thediversedistributionof thestatisticalindex五guresseemstobearesdtof abalanclngOftheseelementsin diversesitua -tions.
その後 さらに増加 し続け る とい うように記述 す る種類 の ものであ って,植民地時代 の各種 人 口統 計 を そ の ま ま の 形 で 用 い て い る 【Taeuber 1965:80;Myrdal1968: 1395, 等]。 ほんの僅 か遅れ て刊行 され た人 口学 的 な検討は, とくに古 い時期 の植民地統計に疑 いを表 明 し,人 口増加率を修正 しようとして い る【Widjojo 1970:27-47;Peper 1970,等】. これ らの修正は,基本的には異常に高 い増加 率か ら可能 と考 え られ る増加率への修正 であ って,顕著 な人 口増加があ った とい う事実を
坪 内 :ラ ッフル ズの19世 紀初額 ジ ャワ人 口統 計 の再検討 否定す るものではない。 この ような議論にお いて利用 され るのは ジ ャワ島あ るいは ジ ャワ 島人 の総人 口に関す る数値 であ って,総人 口 それ 自体が如何 な る要素か ら構成 され てい る かにはほ とん ど注意が払われ ていない。古 い 時期の人 口統計が,為政者 の人 口把握 を 目的 として行われ てい る場合,人 口数が過少 とな って表現 され る傾 向があることは常識的な見 解であるが, これ らの修正 にあた っては この 常識が漠然 と採用 され るのみで, この過少評 価が どの よ うな形 を とって出現す るか とい う ことにはかな らず Lも言及 され ることがなか った。 ここでは,最 も古 く,かつ細 目にわた る地域 データの集計であ り,多 くの研究者 に 言及 されつつ も,後 の時代の統計か らの逆進 推計では,原記述 自体の評価が十分な されぬ ままに全体人 口の過少性が指摘 され,事実上 無視的な取扱 いを受けて きた ラ ッフルズのジ ャワ人 口統計を取 り上げて,その内的構造 を 吟味す ることにす る。 この作業を通 して,い わゆ る歴史的な統計が内在 していた問題点を 検討す る事を試みたい。 Ⅰ ラ ップルズのジ ャワ人 口統計 - その構成 と集計上の諸問題-ラ ッフルズの ジ ャワ人 口に関す る記述は,
1
8
1
7
年 に刊行 された彼の大著 『ジャワ史』第1
巻pp.61
-7
2
,お よび第2
巻pp.2
41
-2
91
を中心 として見 出す ことがで きる。 これ らの 挽計は,1
8
1
1年か ら1
81
6
年 に至 る5
ヵ年 のイ ギ リスの ジャワ統治時代に集め られた もので あ る。前 の部分 には二つの表が含 まれ てい る。 その第1
表 (以下 ,一覧表Ⅰ
と略称す る)は,1
81
2-1
3
年 を対 象 とす るやや不完 全 な地域 (division)別人 口統計,第2表 (以下 ,一覧 表 ⅠⅠ と略称す る)は,英植民地政府 のセ ン サ スに基づ く,1
81
5
年時点の州(
pr
o
v
i
nc
e
)
別 統計 であ る。後 の部分は, ジ ャワお よびマ ド ゥラの各州 に関す る個 別 的 な統計表 の集成 (以下 ,地域表 と略称す る)であ り,人 口の 外に土地面積や農産物 に関す る統計を含む。 ラ ッフルズの統計において,一般に よく引用 され るのが,一覧表 ⅠⅠ の集計結果 として算 出 された ジ ャワ島総人 口4,
61
5,
2
7
0
人 お よび 土着人 口4,
4
9
9,
2
5
0
人 であ る。 これ らの合計 値 の計算過程 お よび各地域表 におけ る人 口統 計 の取扱 いの検討 を通 して, ラ ッフルズの統 計の評価を行 うのが本稿の 目的であ る。 まず土着人 口に限定 してチ ェックを行 うこ とにす る。一覧表 ⅠⅠ お よび各地域表 に記載 された,各地域 の土着人 口を対照す ると,前 著 の数値 は大部分 において後者 に対応 してい ることが確認 され, この意味で後者が一覧表 ⅠⅠ作成の基礎 とな ってい ることが分 か る。 対照を厳密に行 うと,21
に区分 された地域 の うち,七つの地域 に関 して,ときには重大 な, また ときには軽微 な くい違 いが存在す ること が発見 され る。それ らは次の通 りである。 (1) もっ とも大 きな くい違 いは,「
J
a
pA
r
a
(
J
e
pa
ra
)
お よびJ
a
wA
na
(J
uwa
na
)
」に関 して 見出 され るもので,一覧表 ⅠⅠ におけ る土着 人 口1
01
,
0
0
0
人 に対 して,地域表 におけ る土 着人 口は2
1
3,
4
2
7
人 とな っている.一覧表 II では この地域 の土着人 口は男子5
4
,
0
0
0
人,女 子4
7,
0
0
0
人,計1
01
,
0
0
0
人 とい う概数 で示 さ れてお り, この表が作成 された時点では地域 表が入手 され ていなか った と想像 させ るもの が あ る。 地 域表 の土着 人 口を採 用す れ ば ,1
1
2,
4
2
7
人だけ1
81
5
年時点 です でに過少評価 が存在 していた ことにな る。 (2)Se
mA
r
a
ng(
Suma
r
a
ng)
に関 しては, 町の人 口の扱 いにおいて生 じた欠落がみ られ る。地域表 には1
7
の区域(divisions)に関 して 利用形態別土地面積が示 され,次いで ジ ャワ 人,中国人その他の外国人について,男女別, 耕作者 ・非耕作者別人 口が記載 され てい る。 この外に,統計表 の欄外に 「町お よび郊外の2
0
7
表
1
ラッフルズの一覧表 ⅠⅠ(部分)1815DⅠⅤⅠSⅠONS. PoTotipoTun.AlaL- Males. Females. NATⅠVES. CHⅠNESE,&C.
ToTAL Natives. Males.Females.ChTo&CinTeA. MasLe, les.Females. JAVA. EuB叫如n加 iantam nces. 231,60 106,10 125,50 230,97色 1l 11,988: 1l 18,98 628I: 35 276 BataviaanditsEnvironS 332,01 180,76
8
; 151,24 279,621 151,06 128,55 52,39 29,704 22,690 Buitenzorg 76,31 38,926; 37,38 73,67 37,33 36,34 2,63 1,591 1,042 Pri点ngenRegencies 243,62 120,64 122,97 243,26盛
120,28 122,97 188
94 Cheribon 216,001 105,451 110,55 213,65 99,83 113,8212
,34 1,19 1,150 T卓gal 178,41 81,53 96,87 175,44 80,20 95,23 2,004 915 1,089 Pakaldng'an 115,44 53,18 62,25 113,39 52,00 61,38 2,04 1,18 866 Sem丘rang 327,61 165,00 162,601 305,91 154,161 151,74 1,70 84 852 Kedd 197,31 97,744 99,56 196,171 97,16 99,00 1,13 57 562 Grob6gan andJl'Pang 66,52 31,693三 34,82 66,10 31,42 34,68 40 22 180 JapiraandJaw血a 103,29 55,124 48,16 101,00 54,00 47,00 2,29 1,12 1,166 Rembang 158,53 75,204 83,32 154,63 73,37 81,26 3,891 1,831 2,060 Gresik 115,44 58,981 56,461 115,078
:
58,80 56,271 364 17 190 Surab孟ya 154,51 77,26 77,25 152,025 76,03 75,98 2,041
,
0
1
1,037 Pas血uan 108,81 54,17 54,63 107,75 53,665 54,08 1,07 522: 548 Proboling'go 104,35 50,503; 53,85 102,921
49,79 53,13 1,43 706 724 Banyuw孟ngi NaSii血.ve伽 va-kertianccs. 978,2,8772 474,1,546035 5: 014,,4122 978,0,52592 474 0,4,2292 504,0,0725 2,4313 1,218656; 1,115530 Ydgya-kertaMAIBan)URA.kilangandPamak孟san. 6985,5,2023 3342,7,24641 36: 47,52,9766 6980,3,80405 34315,,119441 35145,,6865 4,2,23095 12,,22018 2,1,001115
S血nenap 123,42 60,190 63,23 114,896: 55,826;■ 59,07 8,528: 4,364 4,164 推定人 口
」
として20,000人が挙げ られ, これ を加算 して総人 口327,610人が示 され てい る。 ところが,一覧表 ⅠⅠの土着人 口においては, この20,000人 が全 く無視 され て い るので あ る。 ただ し, この うち土着人 口が何人を占め るかは不 明であ る。 (3)Yl
i
g
ya
-
ke
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t
a (
Yo
g
yaka
rt
a
)
について は,一覧表 ⅠⅠ におけ る土着人 口が,地域衷 に お け る ス ル タ ン簡 人 口 と , 南 海 岸 のPa
c
h
i
t
a
n (
Pa
c
i
t
a
n
, 1813年 に英政府 に割譲 され た)の人 口との合計にな ってい るが, こ 208 れは明 らかに中国人その他を含む のであ る。 す なわ ち一覧表 ⅠⅠ におけ る総人 口は中国人 そ の他 の人 口を二重 に数 え て い る こ とに な る。 これを訂正す ると,土着人 口は表記 よ り も 2,202人少 ない 680,803人 とい うことにな る。 (4)Sd
r
a
-
ke
r
t
a(
Su
r
a
ka
r
t
a
)
については, 地域表 の土着人 口合計 (筆者 に よる再計算) の方 が一覧表 ⅠⅠよ りも1,090人少 な くな って い る。 これは地域表 の集計上 の間違 いが,そ の まま一覧表 ⅠⅠに転記 されたためであ る。坪 内 :ラ ッフル ズの19世 紀初頭 ジ ャ ワ人 口統計 の再検討 (5)
Pr
o
bo
l
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go(
Pr
o
bo
l
i
nggo,Be
s
e
ki
と 表記 され る場合 もあ る) につ いては,地域衷 の土着人 口の方 が一覧表Ⅰ
Ⅰよ りも2
人多 い。 これは一 覧表Ⅰ
Ⅰ におけ る転写 の際 の間違 い と考 え られ る。 (6) 集計 にかかわ る軽微 な計算違 いが五つ の 地 域 に 関 し て 発 見 さ れ る 。 (i)Te
ga
l
(
Te
ga
l)の土着人 口 (ジ ャワ人) に関 しては, 地域表 の男女 の合計 に起 因す る計算違 いのた め,一覧表Ⅰ
Ⅰ(地域表 と一致 ) の人 口は3
3
人 減 じて1
7
5
,
41
3
人 と修正 されね ば な らない。 (ii)Sur
a
ba
y
a(
Sur
a
ba
ya
)
においてはい くつか の計算違 いの複合 のため,土着人 口 (地域衷 と一 致 ) は ,7
人増 えて1
5
2,
0
3
2
人 と修正 さ れ る。(iii)Pa
s
dr
ua
n(
Pa
s
ur
ua
n)
では,計算違 いに よ り,一 覧表 Ⅱの土着人 口 (地域表 と一 致) は,1
0
人減 じて1
0
7
,
7
4
2
人 に修正 され る。 (iv)Ba
nk畠
l
a
ng
とPa
ma
k孟
s
a
n(
Ba
ng
ka
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a
n
とPa
me
ka
s
a
n)
につ いては, マ ドゥラ人か らな る土 着 人 口は ,一 覧表Ⅰ
Ⅰ
か ら2
8
人減 じた9
0,
8
2
0
人 とな る。 (V)Sdme
na
p(
Sume
ne
p)
で も同様 ,計算 ミスに よ り,マ ドゥラ人か らな る土 着 人 口は 一 覧 表Ⅰ
Ⅰ
か ら2
人 減 じた1
1
4
,
8
9
4
人 とな る。 上述 の よ うな集 計上 の間違 いを含む一覧表 Ⅱは,1
81
5
年 の時点 において既 に訂正 され る べ き性格 を有 していたのであ る。 これ らの数 値 を合計す る と,一覧表Ⅰ
Ⅰの土着人 口には ,1
2
9
,
0
71
人 (ただ しこれは Se
mえ
r
a
n
g
市街 の 中国人を も含む可能性 があ る)の不足 があ り, ラ ッフルズの示 した4,
4
9
9,
2
5
0
人 に代わ って, 土着人 口は4,
6
2
8,
3
21
人 と修正 されね ば な ら ない。 ラ ッフル ズの数値 よ りも2.
9
%
多 くな ってい る。 ただ し,地域表 の中に散見 され る 誤植 の存在 を考慮す る と,軽微 な計算間違 い の一部 は ラ ッフル ズ 自身が使用 した原表 と, 印刷 された地域表 との間 の違 いに基づ いてい る可能性 もあ り,細かい数値 に及ぶ修正 を行 うことは疑 問を含 む と同時 に,無意味 であ る ことを付記す る必要があ る。修正に貢献 す る 最 も重要 な部 分 は ,前掲 のJ
a
p
孟r
a
お よびJ
a
w
Ana
,な らびにSe
m孟
r
a
ng
にかかわ る もの であ る ことを強調 してお く必要 があ ろ う。 一覧表 Ⅰは,英政府 の直接支配下 の地域 に 限 って,一覧表Ⅰ
Ⅰ よ り2, 3年前 に数値 が 集め られ た もので, ラ ッフルズ 自身が認 め る よ うに きわめて不完全 な性格 を有 してお り, 土着人 口の合計 は僅か2
,
2
4
9,
3
4
2
人 に過 ぎな い。 しか しなが ら, この一覧表 Ⅰの数値 を各 地 域 表 と 対 照 す る と ,Te
ga
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Te
ga
l),Pa
ka
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Ba
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i), お よびMa
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島に関 して, これ らに含 まれ る下位地域 の一部 の人 口が一覧表 Ⅰにおいて 各地域表記載値 を上 回 る場合があ るこ とが分 か る。一覧表 と地域表 とにおいて行政地域 の 境界 の変更が なか った と仮定す ると,過少報 告 が恒常化 してい る当時 の状況を前提 とす る 場合 ,一部 の地域 については よ り後 の時期 の 報告 において, よ り顕著 な過 少報告 がな され ることも起 こ りうる。2, 3年 とい う時間差 とそれ に よって生 じた変動 を無視 して,一覧 表 Ⅰの数値 が大 きい場合 のみをひろいあげて い くと,地域表 お よび一覧表Ⅰ
Ⅰ の土着人 口 を さらに1
2
5,
1
9
8
人か さあげす る こ とが可能 で あ る。 こ の 場 合 修 正 後 の 土 着 人 口 は4,
7
5
3
,
5
1
9
人 とな る。 一覧表 Ⅰにおけ る人 口表示 は, ラ ッフル ズ に よって集め られた人 口統計 のあ り得べ き欠 陥 を以上 とは別 の観点か らも示唆 してい る。 す なわ ち,一覧表 Ⅰにおいて,土着人 口は, 首長 ,僧職者 ,平民 に分け られ,平民は さら に,健康 な既婿者 ,婚姻可能年齢 の者,1
0
歳 以下 の子供 に細分 され て,男女別 にその数 が 示 され てい る。重要 な こ とは これ らの数値 の 合計 が土着人 口総数 に一致せず ,それをか な り下 回 って い る とい うこ とで あ る。Ba
nt
a
m
(
Ba
nt
e
n)
に関す る地 域表 にお いて も,や や 209異 な るが類似 の ケースが見 出 され る。 この地 域 では,世帯主 (男女),既婚婦人 ,子供 (男 女) とい うカテ ゴ リーの合計値 の外 に,総人 口
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o
n)
とい う欄が設 け られ てお り,後者 の数値 は これに含 まれ る 中国人等 (一覧表Ⅰ
Ⅰ に示 されてい る)を考 慮 して も,前者をは るかに上 回 っている。す なわ も,Ba
nt
a
m
全体 について言 えば,身分 別 人 口の合計値 は1
93,
9
4
6
人 (これ は計算違 いを含むが ここでは触れ ない),総人 口は2
2
1,71
4
人 ,そ の差 が2
7,
7
6
8
人 とな るのであ る。 ちなみにBa
nt
a
m
の中国人等の人 口は6
2
8
人 とされ てい る。3
6
に細分化 された下位地域毎 にみ ると,総人 口と身分別人 口の合計 との比 は,1
.
0
2
3
か ら2.
5
9
8
の間でかな りの変異を示 している。 これ らの ことは,家族身分別 の統 計が,表示 され た以外 の カテ ゴ リーを実際に は含むに もかかわ らずそれを省いて報告 ある いは集計 された可能性 , または身分別 カテ ゴ リー自体は全住民を対象 とす るもののその報 告が全 ての集落か ら得 られ なか った とい う可 能性を示唆 しているb 類似 の状況が身分別 あ るいは年齢階級別記載 を含む他 の地方 に も当 ては まるものの,それ らの場合には残余の カ テ ゴ リーあ るいは未報告分が無視 されてす っ き りした数値だけが報告 されたのではないか とい う疑 いが もたれ るのであ る。Ba
nt
a
m
に関す る地域表 は,人 口情報 の収 集 に関 して, も う一つの不安を含 んでいる。Ba
nt
a
m
の南部 の五つの地方(
di
s
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r
i
c
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s
)
に関 しては,それぞれ総人 口が示 され るのみで, そ の合計値9,
8
9
0
人 は ,彼が居住す る地域 の 広 が りを勘案す ると, ラ ッフルズ 自身 も認 め るよ うに過少評価 の観を免れない。英人支配 に移行す る直前 のBa
nt
a
m
に限 って この よう な不完全 な報告 を もた ら した とい う可能性は 有 るものの,特殊 ケース としてのみ理解すべ きか ど うか問題が残 るのであ る。 210 ⅠⅠ 世 帯 規 模 地域表 の うち約半数 に関 しては,それぞれ の中で さらに細分化 された地域(
r
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あ るいはdi
vi
s
i
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n)
別 に,世帯規模 と想定 され る数値 を算 出す ることがで きる。算 出の手続 きは次 の通 りであ る。 (i) 土着人 口を土着人 口についての 「農家(
c
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Pa
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n)
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s
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(ii) 全人 口 (中国人等 を含む) を 「世帯主(
ho
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ul
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)
」で除 した もの -Ba
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(iii) 全 人 口を 「農家(
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+
非農 家(
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va
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s
)
」で除 した もの -Te
ga
l
これ らの うち,最後 の二つは,土着人 口に 関す る数値が示 されていないので,全人 口に 関す る数値 を代替的に使用 している。 ここで 「想定 され る」 とい う表現 を用 いたのは,耕 作者(
c
ul
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i
va
t
o
r
s
)
が,農家,農業従事者 ,農 業 世帯 人 口の いず れ を意 味す るか 指示 され ず ,それ ぞれの地域表 に よって まち まちであ るか らであ る。非農家を指すために非農業従 事世帯主(
ho
us
e
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l
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r
sno
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ul
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va
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)
とい う表現が用 い られ るために, これに対応す る 耕作者 もまた世帯主を指す と判定 され るのが,Se
m孟
r
a
ng
,お よびTe
ga
l
の場合であ って, 他 の地域表 の場合 には よ り微妙 な判定が必要 となる。 ちなみに,世帯主数 ではな くて世帯 員 総 数 と判 断 され た もの(
c
ul
t
i
va
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の合計が総人 口に等 しい ) に は ,Pr
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,坪内 :ラッフルズの19世紀初頭ジャワ人口統計の再検討 表2 平均世帯規模別下位地域数の分布 平 均 世 帯 規 模 (人) 地 域 対 象 1.0011.99 2.00-2.99 3.00-3.99 4.00-4.99 5.00-5.99 6.00-6.99 計 Bantam 全人 口 Tigal 同 上 Pakaldng'an ジャワ人 Semarang 同 GrobdganandJipang 同 Jap孟raandJaw孟na 同 Gresik 同 SurabAya 同 Pasdruan 同 Proboll'ng'go(Besuki) 同 上 上 上 上 上 上 上 1 2 1 1 7 1 1 1 1 1 8 1 1 l 1 2 4 4 3 5 1 1 2 1 4 1 1 1 33 3 3 17 9 4 9 9 3 25 計
Banyuw孟ngi が含 まれ る。 また Kedd(Kedu) に関 しては ,耕 作者 と非 耕 作者 の合計 は男子 人 口に等 しい。 この こ とか ら Keddの人 口が 成年人 口のみ を報 告 した もので あ る と判 断す る こ とも可能 の よ うに見 え るが ,耕 作面積 な どを対 照 させ なが ら検討 す る とそれ に も疑 問 が あ り,Kedd に おけ る耕作 者 ,非 耕 作者 と い うカテ ゴ リーが 中央政 府 の指示 を誤 解 した ま ま,男子 だ けを世 帯 の職 業別 にわ りふ って 報 告 され た ものでは ないか と考 え られ るので あ る。 ラ ッフル ズの ジ ャ ワ統 計 にお いては こ の よ うな指示 の不 徹 底 が欠陥 の一 つ と して指 摘 され るので あ る。 上 に述 べ た手続 きを経 て ,各地域表 につ い て,それ に含 まれ る下位 の地域 区分 ご とに算 出 され た平 均世 帯 規模 (想定 ) を ま とめ て示 す と,表 2の よ うにな る。土着 人 口にお い て, 世 帯規模 が概 して小 さい こ と, また 同一地域 の中 にお いて変異 の幅 が大 きい こ とが指摘 さ れ る。 ジ ャ ワ人 の間 におけ る家 族 の小 さ さに つ いては , ラ ッフル ズ 自身 が この書物 の なか で言 及 してお り,一 家 族 の平 均 成員数 は
4
な い し4.
5
人 を越 えない[
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と述 べ て い るので あ るが,表 2に おいては , 平 均値 が3人 に及 ば ない場合 が三 分 の一 を 占 め て い る事 実 に注 目す る必要 が あ る。最 も顕 著 な ケースがみ られ る Besukiでは,2
.
0
0
人 か ら2.
9
9
人 の幅 のなか に全体 の6
0
%
が お さま り,最 も小 さい世 帯 規模 であ る1.00人か ら1.9
9
人 の幅 に入 る ものが7
例 (28%)存在す る。 これ らの数値 は ,世 帯 員数 では な く就業 者 数 を示 す とい う解 釈 も成 立 し得 る よ うに も見 え るが ,他 の極 には4.00人 か ら4.99人 とい うカ テ ゴ リーに入 る数値 が 出現 してい るので,少 な くとも Besuki全地域 にわ た って就業 者 数 の み が 報 告 され た 値 と考 え る訳 に は い か な い。 現 実 の平 均世 帯 員数 に著 しい変異 が あ っ た と考 え る よ りも,人 口数 に関す る報 告 の不 完 全 さが上 述 の結果 を招 いた と考 え る こ とも で きる。 この見方 をすれ ば全 人 口に関す る過 少報 告 が生ず る メカニズ ムの一端 を ここに見 出す こ とが で きるか も しれ ない。 この背後 に は ,税 を と りた て得 る成 人 (特 に成 人男子 ) に興 味 を示 して も,人 口一般 を数 的 に把 握 す る こ とには比較 的無 関心 であ った為政 者 の態 度 が 存 在 して い た と考 え られ る。l) 仮 に 1) より古い時期の家族単位あるいは世帯単位 と も受け取 られ るチ ャチャ (cacah)は,納税義/ 211Be
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i におけ る農業従事者 お よび非農業従 事者 が全 て世帯主 であ る とい う前操 を保持 し なが ら,一世 帯 の規 模 を4.
00
人 と設 定すれ ば, この地域 の実際 の土着人 口は報告 された1
02,
9
29
人 の1
.
8
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倍 に相当す る1
8
8,
3
2
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人 とい うことにな る し,平均世帯員が4.
37
人であれ ば,報告数 のち ょうど二倍 になる。 これは極 端 な例 であ るが,他 の地域 に も多かれ少 なか れ類似 の現象の存在 を認め ることが で きる。Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
性 比 男女別 の人 口統計は,土着人 口に限定す る ときには1
6
の地域表 に含 まれ る下位 区分毎 に 記載 され ている。 これか ら算 出 され る性比に ついては,それが現実 の ものである よ りも, 全般的な過 少報告 のなかで男女の比が どの よ うに表現 され ているのか とい う観点か ら検討 が加え られ るべ きであろ う。各地域 の下位区 分毎に計算 された性比 の分布は表3
に示す通 りである。 イ ン ドな どと異 な り,男女の扱 い に関 して,当時において も大 きな不平等がな か った とみ られ るジ ャワ島においては,特 に 男子の生存率 を女子 のそれ に比 して高 く見横 もる理 由は存在 しない。一方 では租税 あ るい は賦役 の主対象であ る成人男子を少 なめに報 告 しよ うとす る債 向,他方 では これ らの 目的 を重視 して成人男子数を確実 に把握 しよ うと す る債 向が交錯 し,地域的 な債 向の差 を示 し つつ も性比 にか な り大 きな変異が見 られ るの であ る。全体的 に見れば,男子数を よ り少 な く報告 しよ うとす る憤 向の方 が,相対的に よ り強 い ことを,性比 の分布傾 向か ら読み とる ことがで きる。 もっとも男子数が多い ケース も無 視 で きぬ程 多 く存 在 して い る。 性 比 が \ 務との関連において,一単位の規模が慈恵的 に膨張 していく傾向が指摘されるが,ラッフ ルズの時代の世帯規模がこれとは全 く逆の形 で数的に表現されることは興味深い。0.
9
0
0
に達 しない ケースが全体 の1
6.
0
% (
1
31
例 中21
例)を 占め る一方 ,性比が1.
1
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以上 の場合が全体 の9.
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(同1
3
例) を 占め る。 極端 な ケースは,Te
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の下位地域 の一 つBr
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におけ る0.
6
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,お よびマ ドゥラ島のSdme
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の属 島の一つ であ るGi
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にお け る1.
573
であ る。前者 においては,土着人 口のみ な らず 中国人等 に関す る性比 も0.
606
(220/363)と低 くな ってお り少 な くともこの 地域 に関 しては,報告作成時に一貫 して意図 的 な操作 の行われた可能性が感 じられ る。後 者については,た また まここで示 され ている 年齢層区分別 に観察す ると,少年少女 におけ る異常 に高い性比2.795 (587/210)が全体 の 性比に影響 を及ぼ してい ることが分か る。若 い男,若 い女 とい うカテ ゴ リーでは , もはや 性比は0.
92
9(
1
1
7
/
1
2
6)
とな ってい ることに 注意す る必要がある。 性比を利用 して人 口統計上 の修正 を行 うこ とは,全体的な過少報告 のなかで性別人 口の 報 告 の差 が見 られ る とい う状 況 をふ まえ る と,その可能性 あるいは意味性が低 い もの と なるであろ う。I
V
年 齢 捷 造 如何 なる形 にせ よ年齢 区分 の要素を含む統 計 表 は ,Ba
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の七つの地域表 に限 られてい る。 記載 の方法が まちまちなので, ここでは個別に内容を検討す ることに しよう。Ba
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においては,3
3
の下位区分につ い て成人数,子供数が性別 に示 されてい る。 こ れ は中国人等を含むが,Ba
nt
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全体 におけ る中国人等 の割合 は0.
3%
に過 ぎない。 男子 人 口におけ る子供 (男子)の割合,お よび女 子人 口におけ る子供 (女子)の割合をそれぞ れ計算 し,その分布を示す と表4
の よ うにな表3 性 比 の 分 布 性 比 (罪/女) 計 一 12 3 3 17 10 9 4 3 9 9 3 2 5 2 1 9 4 8 地 域 対 象 .600 .700 -.699 -.799 80-.0899 .900-.999 1-.01.00099 1
-1
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1
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0.199 1-1.200.299 1 6 3 2 2 9 9 0 . 5 0 1 1 ・ 5 ∼ 9 9 0 . 4 0 1 1 ・ 4 ∼ 99 0 . 3 0 1 1 ・ 3 ∼ Priangen 記載なし T6galジ
ャワ人 1 Pakal血g'an 同 上 Semdrang 同 上 Kedd 同 上 GrobdganandJipang 同 上 Jap孟raandJawana 同 上 P6mbang 同 上 Gresik 同 上 Surab畠ya 同 上 Pasdruan 同 上 Probo血g'go(Besuki) ●同 上 1 Banyuw丘ngi 同 上 Sdra・kerta 同 上 Ydgya・kerta 同 上 BankまIangandPamak孟sanマドゥラ人 Sdmenap マドゥラ人 5 1 3 4 2 2 3 6 3 2 3 1 2 1 2 1 1 2 2 4 日 H 2 4 1 2 1 7 1 2 9 1 3 2 1 3 1 1 計 2 蒋 Pg ︰ Jt ヾ 7 /i , 九8
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N .I O S N . ′■■■ヽ 過「 ▼・.1 ヽ■一一 瓦己 ぐつ る。男子の場合25.6%か ら57.3%,女子 の場 合13.8%か ら46.4%に至 る間に分布 して,そ の変異 は きわめて大 き く,性比 の場合 と同様 , すべての地域 に共通す る方 向性 を もって報告 され ているとい うよ りは,報告 の基本姿勢が 過少 と過 多の双方にむか って分裂 しているこ とが分か る。 これが成人数 の過少報告 に起因 す るか ,子供数 の過少報告 に起因す るかは判 断 し難 い。ただ し,それ ぞれ の下位 区分 にお け る男子子供数割合 と女子子供数割合 との間 にはかな り顕著 な相関関係が認め られ る。男 子人 口におけ る子供の割合 は一つの下位地域 (Bantam の町を中心 とす る地域)を除いて 女子人 口におけ る子供 の割合 を上回 るが, こ れ は男女 の子 供 の死亡 傾 向の差 とい うよ り は,女子 の早婚 を背景 とす る成人の定義 にお け る男女差 に基づ くものであろ う。女子 に早 婚的皆姫 の傾 向が認め られ ,平均15歳 で結婚 す ると仮定 しよ う。CoaleとDemenyの四つ の地域 モデル生命表 を用 いて計算 した安定人 口を利用す る と,当時の全般的な高死亡債 向 (0歳平均余命が27.5歳以下 ,す なわ ち レベ ル4
以下 であ る とす る) と低人 口増加率 (人 口1,000に対す る増加率が5.00以下 であ る と す る) を前提 とすれば,15歳以下 の人 口の割 合は,30.05% (ModelEast,Level4,r-0) ない し39.73% (ModelNorth,Leve l1,r-5.00)とな るが33の下位地域 の うち,6地域 が この下限値 (30.05%)に達せず ,8ケ ー スが上限値 (39.73%)を越 えてい る ことが 分か る。 Priangen においては,12の下位地域 に関 して土着 の耕作者 (cultivators)と非耕作者 (notcultivators)について,成人,子供 の数 が性別 に示 され ている。耕作者 と非耕作者 の 合計 について,Bantam の場合 と同様 ,男女 別 に子供 の占め る割合を示す と表4
のか っこ 内の数値 の如 くとなる。男子 の場合31.6%か ら56.7%,女子 の場合29.2%か ら58.1%に至坪内 :ラッフルズの19世紀初頭ジャワ人口統計の再検討 る変異 がみ られ る。女子 におけ る子供 人 口の 割合 が男子 の場 合 を上 回 るケースが半数 を 占 めてい るが, これ は前述 の観 点か らすれば矛 盾 を含む こ とにな る。女子 において子供 の割 合が40%を越 え る地域 が 4分 の 3を 占め50% を越 え る ものだけ で も半 数 を 占め る。 この こ とは全 体 的 傾 向 と して子 供 数 の過 剰 を意 味 し,成人人 口の過少報告 を示 唆す る よ うに見 え る。子供割 合 の過乗恥ま特 に非耕作者 におい て著 しい。 Sdra-kertaの スス フナ ソ蘭 に関 しては四つ に分け られた地域 につ いて,成人 と子供 の数 が男女別 に示 され てい る。 男子人 口に対す る 男児の割合 と女子人 口に対す る女 児の割合 に は廟著 な差 はな く,男子40.3%∼55.4%,女 子41.3%∼55.4% の問に分布 してお りここで もまた子供割合 の過剰 ,す なわ ち成人人 口の 過 少報告 が推定 され る。2) Surab丘ya に関 しては,市街人 口 (土着人 口とみ な され る) についてのみ ,
4
段 階 に区 分 した性別人 口統計 が収録 され てい る。 それ らは,a.50歳 を越 え る男 (1,745人),b.50 歳 を越 え る女 (2,680人),C.20歳 か ら50歳 の男(5,908人),d. 20歳か ら50歳 の女 (6,841 人),e.
10歳か ら20歳 の男 (771人 ),f
.
10歳 か ら20歳 の女 (540人),g. 10歳未 満 の男児 2)子供の割合が過大 とい う表現は,子供の定義 に大 きく依存 していることに注意 しておく必 要がある。当時のジャワにおける初姫年齢が, ここで採用 している常識的な判断に反 して, 相当高かったとすると,これまでの議論は無 効 となる可能性を含むことになる。非耕作者 において子供の割合が相対的に多いことは, この種の再考-の契機 ともな り得る。 しか し ながら,子供人口の割合の下位地域間変異は 余 りにも大きく,同一地域内できわだって高 い初婚年齢をもつ下位地域が存在することを 強調することはむ しろ不 自然なこと,および, たとえ初婚年齢を少々高めに設定 しても,な お子供の割合が過大 と判断される場合 もある ことなどのために,最初の判断を維持 した方 が説得性があるように思われるのである。 (3,019人),h.10歳 未満 の女 児 (3,070人) であ る。10歳未満 の男児の男子人 口に対す る 割合26.4%,同 じく女児が女子人 口において 占め る割合 は23.4%であ り, これ らの割合は 前述 の基準 に基づ く安定人 口の10歳 以下 人 口 の割 合 (男子20.98%∼30.16%,女子20.86 %∼29.01%) の範 囲にお さま ってい る。 し か し,10-20歳の年齢階級 の 占め る割合は, 男子6.7%,女子4.1%で顕著 に小 さ くこの年 齢 階 級 に 属 す る人 口が 上 下 の 年 齢 カ テ ゴ 1)一, と くに よ り上 の年齢 カテ ゴ 1)一に吸収 され てい る可能性 ,あ るいは, この年齢 階級 に過 少報告 の主要部 分 が存在す る可能性 を示 唆 して い る。50歳 まで の累積 割 合 は ,男子 84.7%,女子79.6%であ る。男子 については 安定人 口下 で存在 し得 る数値 であ るが,女子 につ いては レベル4以下 の死亡率 とい う条件 下 では実現不 可能 な数値 であ る。10-20歳 の 人 口の過 少報 告 を認 め , さらに中高年者 の年 齢 が実際 よ りも高め に見積 もられ てい る こ と を推定す る と,対応す る安定人 口を見 出す こ とが で きる よ うにな る。 Ydgya-kertaにつ いては,九 つ の下位地域 に関 して,授乳 中,15歳未満,15歳位 で未婚 , 既婚者 ,単身者 , とい う五つ の カテ ゴ リーに 分 け て男女別 の人 口が示 され てい る。3番め の カテ ゴ リーに至 るまでの各段階 の累積割合 は図1に示 す通 りであ る。授乳 中の乳 児の割 合 は ,男子 では7.2-14.0% の間 ,女子 では 7.0-12.4% の間 に分布 し, これ らの中の最 大値 は, レベル4までの モデル生命表 を採用 す る と して も,増加率0.00-5.00の条件下 で 満 5歳 にな るまで授乳 が続け られ てい る こ と を意味す る。 これは長期 の授乳 を慣 習 とす る ジ ャワ人 の間 で もやや長過 ぎるか ら, これ か ら逆 に乳 児数 の相対 的 な過剰 ,す なわ ち よ り 高 い年齢 の人 口に関す る過少報告 の可能性 を 示 唆す る ことがで きる。15歳位 の未姫者 の カ テ ゴ リーに至 る累積割合 は,男子30.8-50.6 215YugyaktLta Matareh PajaAg Simaetc. SouthernHills Romo也 Baglem Ledok& GoyorLg LuruAgTehg'a AfaACha・Aagara 全 男 子 人 口 Yugyakuta AIatarem Pajang SittlaetC. SotLthernHills RomoA BagleA LedokA Goyong LtIrungTeTLg'a AfaJtCha・hagara 全 女 子 人 口 216 女 子 図1 Ydgya-kerta(Yogyaknrta)各 地 域 の人 口の年 齢 階 層構 成
坪内 :ラッフルズの19世紀初頭ジャワ人口統計の再検討 % ,女子35.5-51.0%であ る。 ここで女子人 口に限 って検討 を行 うことに しよ う。女子 の 平均初婚年齢 を15歳 とみ なす と,既述条件下 で の安定 人 口にお いて15歳未満人 口の 占め る 割 合 は最 大 で も40% に達 しないのに対 して, 九 つ の下位地域 中七 つ までが累積割合40%以 上 を示す。 これ か ら逆 に考 えてみ る と, よ り 高 い初 婚 年 齢 が一 般 的 で あ った の で な け れ ば ,幼少 ・若年 人 口の相対 的過剰 ,す なわ ち 成 人 数 の過 少 報 告 が あ った こ とが示 唆 され る。 同一下位地域 に関 して男女 の間に累積割 合 の差 が認 め られず ,男女 の初婚年齢 の差 を 考 慮す る と, この ことは男子人 口におけ る成 人数 の過 少報 告 が よ り著 しい こ とを意味す る か も知れ ない。 クロー 7 7- ド(JohnCrawfurd)は,1811 年 か ら1817年 を ジ ャワ島で過 ご したが ,1814 年 に ジ ョクジ ャカル タにおいて独 自の人 口統 計 を収集 してい る。 これ らの統計 の中には ジ ョクジ ャカル タの年齢 区分別人 ロに言 及 して い る ものが含 まれ てい るが ,そ の数値 は ラ ッ フル ズの地域表 (1815) とはば 同時期 に収集 され ラ ッフル ズの地域表 におけ る首都 人 口と 想定 され る Yugyakuta と同一 の地域 か ら集 め られた もの とみ な され る。 クロー フ ァー ド 自身 は ラ ッフル ズの 『ジ ャワ史』 の記述 に関 して批判 的 で あ った といわれ ,おそ ら く数値 の正 確 さは彼 の方 に分 が あ った と見 られ る が,その二 つ の統計 を比較 す る と表
5
の よ う にな る。年齢 層 の区分 につ いては, ラ ッフル ズの地域表 におけ る「結婚 していない男性 (同 じ く女性)」 は , ク ロー フ ァー ドでは 「寡夫 (寡婦)」に対応 し,「15歳未満 の少年 」は 「割 礼前 の少年」 「15歳 未満 の少女 」 は 「研歯 前 の少女」 に対 応す る とい うよ うに,厳密 に解 釈すれば両者 の カテ ゴ リーは完全 に一致す る ものでは ない。 しか しなが ら現実 には ラ ッフ ル ズに表現上 のあい まい さが あ って,彼 の用 いた カテ ゴ リーは実際上 クロー フ ァー ドのそ れ に対応す る と思われ る。両者 の カテ ゴ リー 毎 に対応 させ る と,(1)少年,(2)既婚 男子,(3) 未婚 の若者,(4)既婚女子 の順 に ラ ッフル ズに おけ る過 少が 目立 ち, この こ とは既 に指摘 し た問題 点 と一致 してい る. ク。- フ ァー ドの 総 人 口に対 して ラ ッフル ズのそれ が5.8% 少 ない こと,お よび前者 の既姫 男子 に対 して後 者 のそれ は14.6%少 な く, また既婚 女子 につ いて も12.5%少 ない とい うこ とは, ラ ッフル 表5 CrawfurdとRa凪esによるジョクジャカルタ人口 (1815年頃) クロー77- ド(a) ラッフルズ(b) 結姫 している男性 10,188人 結婚 している女性 10,355 寡夫 1,479 寡婦 1,919 未婚の若者 2,972 末姫の少女 2,313 割礼前の少年 3,956 研歯前の少女 3,274 授乳中の男児 1,721 授乳中の女児 1,447 結婚 している男性 8,697人 結婿 している女性 9,065 結婚 していない男性 1,595 結婚 していない女性 2,252 15歳位の末姫の若者 2,592 15歳位の未婚の少女 3,255 15歳未満の少年 3,225 15歳未満の少女 3,599 授乳中の男児. 1,531 授乳中の女児 1,528 4 5 8 4 2 7 5 9 0 6 5 7 7 7 7 0 1 9 9 5 8 8 0 1 8 4 8 0 8 0 0 0 1 1 0 1 0 1 0 1 計 39,624 計 37,339 荏)Crawfurdl18491およびRa租es地域表による。 217ズの統計において,成人 に関 して如何 に過少 報告が行われたかを示唆 してい る。3) マ ドゥラ島の諸地域 に関 しては,マ ドゥラ 人を対象に,少年 ・少女,若 い男 ・若 い女,20 歳か ら50歳 の男 ・女,50歳以上 の男 ・女,僧 職,首長 とい う区分に従 って該 当人 口が示 さ れている。20歳か ら50歳 の男子 の全男子人 口 に対す る割合は,27.1%か ら58.1%,同 じ年 齢層 の女 子 の全女子人 口に対す る割 合 は , 27.3%か ら62.1%に至 る大 きな変異を示 して お り,大 きな操作を含む場合があ ることを示 唆 してい る。Sdmenap に属す る島峡 の人 口 の中には,GilaRajaにおけ るよ うに少年が 男子人 口の50.7%を占め る場合があ った り, GilaGintingにおけ るよ うに少女が女子人 口 の30.9%を 占め る場合があ った りす る。Gila Rajaの少年 ・少女におけ る性比 は2.76(580/ 210),GilaGintingにおけ るそれは0.56(170/ 301) であ る。 この よ うな変異 を含 む数値 の 集成 としての年齢 カテ ゴ リ一別統計か ら明示 し得 ることはほ とん どないが,女子人 口に着 目すれば,マ ドゥラ島西部 に関 して高死亡率 ・低増 加型 の安定人 口 (レベル 4以下 r-0.00-5.00)において近似人 口構造が見 出 さ れ る可能性があ り, また,島峡 を含む マ ドゥ ラ島東部 については,50歳以下人 口の累積が 3)クローファー ドによるより正確な人口数の提 示にもかかわらず,彼の数値自体が相当な過 少である可能性を,一覧表 IIに付記された 都市人口の記述に見出だすことができる。そ こには
,
「土着国家の首都Sdra-kertaの人口 は105,000人,Ydgya-kertaの人口はいくら か少 ない」 と記載 されているのである。 Sdra-kirtaのそれは地域表の首都人口の合計 105,102人にほぼ等 しい。Ydgya・kertaの場 合,ラッフルズによってYugyakuta,クロー 77- ドによってYugyakartaと記された首 都の人口は,それぞれ37,339人,39,624人と 4万人にも達 しないのであって,このことを いかに理解すべきかが閉場として残るのであ る。 218 マ ドゥラ島西部 よ りも大 き く, さらに若 い女 性 の累積が よ り低 いために,一方 では よ り高 い増加率,他方 では よ り低 い結婚年齢 を想定 す ることがで きる。Ⅴ
中国人 などに関する統計 一覧表 ⅠⅠにおいては,土着民 と並 んで中 国人その他 とい うカテ ゴ リーが設け られ,地 域 毎 に男女別 人 口が示 され て い る。 一 覧表 ⅠⅠ の中国人その他 の人 口値 の半数(
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地域) は地域表 の数値 と一致す るが,四つの地域表 (Bantam,Bataviaお よび郊外,Buitenzorg, Pridngen)においては中国人その他に関す る 情報記載がな く,七つの地域表 においては, 一覧表 ⅠⅠ との間になん らかの くい違 いあ る いは問題点が認め られ る.それ らについて一 覧表 ⅠⅠ の記載地域順に検討す ると以下 の よ うになる。 Sem畠rangに関す る一覧表ⅠⅠの中国人その 他 の人 口 (1,700人)は地域表 に一致 し,一 見問題 がない ように見えるが,既 に指摘 した よ うに,市街人 口20,000人が集計上無視 され てい るので, この中に含 まれ るべ き中国人等 の人 口も同時に無視 され ていることになる。 後述の Surab孟yaと同数 の中国人等が この町 に居住す る とすれば ,その数 は2,000人 とい うことにな り,町の規模 に比例す るとすれば, 1,600人 となる。Jap孟raお よび Jaw孟naにつ いては土着民の場合 と同様 ,一覧表 ⅠⅠ の中 国人等人 口2,290人 よ りも,地域表 の中国人 等 の人 口2,669人 の方が多い.Surab丘yaにつ いては,一覧表 ⅠⅠにおけ る中国人等人 口2
, 047人 (男1,010人 ,女1,037人) に対 し,地 域表 では487人 (男222人,女265人) と大 き な差があ り,後者 の方が少 ない。 しか し, こ れは後者が市街地 の中国人人 口を記載せぬた め と推定 され,一覧表 ⅠⅠ と地域表の数値 を 対照 した結果,市街地 に居住す る中国人等が坪 内 :ラ ッフルズの19世紀初頭 ジ ャワ人 口統計 の再検討 表6 中国人その他の性比 と土着民 の性比 と の比較 土着民 の 中国人その 性比 他の性比 Bantam Bataviaお よび周辺 Buitenzorg Priまngen Cheribon T虐gal Pakal血g'an Sem孟rang Kedli Grob6ganandJl'pang JapAraandJaw丘na Rimbang Gresik Surab孟ya Pasdruan Probolhg'go Banyuw孟ngl Sdra-kerta Y也gya-kerta .941 < 1.275 1.175 < 1.309 1.027 < 1.527 .978 > .915 .877 < 1.037 .842 > .840 .847 < 1.363 1.016 > .995 .981 < 1.027 .906 < 1.239 1.149 > .964 .903 > .889 1.045 > .916 1.001 > .974 .992 > .953 .937 < .975 1.009 < 1.085 .940 < 1.117 .941 < 1.200 Bank孟IangandPamak孟san .990 < 1.078 Stimenap .945 < 1.048 計 .964
<
1.191 一覧表 では2,000人 (男1,000人 ,女 1,000人) と見積 もられ てい る事実 が発見 され,4) また 同時に一 覧表 ⅠⅠ におけ る中国人等 の人 口は 誤 り ら し い こ と が 分 か る 。Sdr a-kirtaにつ いては,一覧表 IIと地域表 との間に
4
人 の違 いがあ るが, これは地域表 におけ る ミス プ 1)ン トの 可 能 性 が 高 い。Y dgya-k6rtaの地域表 の中国人等 の人 口は,I,309人 で,一覧表 ⅠⅠにおけ る2,202人 よ りも少 ない 4)一覧表ⅠⅠ男子人 口 (77,260人)一一覧表ⅠⅠ男 子土着人 口 (76,038人)-1,222人。1,222人 -222人 (地域表 の中国人等 の男子人 口,但 し市街地居住者を除 く)-1,000人 (市街地中 国人等 男子人 口)。女子について も同様に計 算 。 が, これ は前者 が1813年 に英側 に割譲 された Pachitan の中国人等人 口を含 まぬ ためであ る.マ ドゥラ島の Ban k丘1angと Pamak孟san, お よび Sdmenap に関 しては,おそ ら く計算 違 いお よび ミス プ リン ト等 に起因す る僅かな くい違 いがあ る。 以上 の検討 の結果 ,Sem孟rangにおけ る1, 600人 ない し2,000人 ,Jap畠raお よび Jaw孟na におけ る379人,Surab孟ya におけ る440人 な どを合計 して,2,419人 ない し2,819人が ラ ッ フルズの集計 では見落 とされ てい ることが分 か る。誤差 の程度は土着人 口におけ るよ りも 僅か に低 い とはいえ,基本的 にはほぼ同 じレ ベ ル の 違 い で あ る。 一 覧 表 Ⅰ の 中 国 人(Chinese十descendents)お よびその他 の人 口 は ,Sem孟rang, Jap孟ra お よび Jaw孟na, Gresik,Pasdruan,お よび一部 の地域 の下位 単位 に関 して,地域表 よ りもやや大 きい値 を 示 してい る。 これ らに関 して地域表側 に操作 に基づ く過少報告があ る とすれば, ここに も 若干 なが ら修正 の可能性 が含 まれ る。 この修
正
(2,415人 ) を加 え る と,4,834人 な い し 5,234人 だけ ラ ッフル ズの原集計 を上 回 る数 値 とな る。 このか さあげの程度は土着人 口の 場合 とはば等 しい。 一覧表 ⅠⅠ に従 って,土着民 の性比 と中国 人その他 の性比を計算す る と表6の如 くとな りジ ャ ワ島 全 体 と して は , 土 着 人 口性 比 0.964に対 して,中国人その他 の性比 は1.191とよ り高 い。 と くに Bataviaお よびその周辺
(1.309), Buitenzorg (1.527), Pakal血 g'an (1.363)な どに高 い値 がみ られ る。 これ らの 数値 は,19世紀末葉 ない し20世紀初頭 の東南 アジア諸都市 におけ る中国人 の性比 に比 して は るかに低 く, この時点におけ るジ ャワの中 国人の定着度 ない し現地化 の度合 いの高 さを 示 してい る。 同時 に土着人 口よ りも高い とい う点 で彼 らの移住者 的性格 をのぞかせてい る と言 え よ う。 この よ うな 状 況 の な か で , 219
Jap孟ra お よび Jawまna,Remban g,Gresik, Surab孟ya,Pasdruan な ど,中部 ジ ャ ワか ら 西 ジ ャワにかけ ての一連 の地域 で, 中国人 そ の他 の性 比 が ,土着人 口よ りも低 い状 況 が見 出 され る ことに注意 した い。 これ は人頭 税 -の対応 な どを含 む意 図的 な男子人 口の過 少報 告 の結果 では ないか と疑 われ るのであ る。 お わ り に いわゆ る歴 史統計 に分類 され る ものの 中に は,疑 問 を もたれ なが らも引用 され続 け て来 た ものがか な りあ るが, ラ ッフル ズの ジ ャ ワ の人 口もそ の一 つ であ る。 このため に,む し ろ逆進推計 (Backwardprojection)に よって 後 の時期 の数値 か ら古 い時代 の人 口を推 計 し よ うとす る試 み が行 われ た りしてい る。 しか し古 い統計 を見 捨 て る前 に ,古 い統計 自体 の 欠 陥 を明示 す る必要 があ る。 ラ ッフル ズの ジ ャ ワ統 計 は基本 的 には各地 方 の植民地官吏 の 報 告 の集成 であ るが,そ こには明 らか に過 少 報告 の傾 向が あ る。過 少報 告 の構成要 素 は さ まざまであ るが ,次 の三 つ の側 面 の どこか に そ の原 因が見 出 され る筈 であ る。 a. 報告 か らもれ た地域 の存在
b.
報告 か らもれ た世 帯 の存在 C. 報告 か らもれ た世 帯構成 員 の存在 本稿 におけ る検 討 は, と くにCの側 面 の重要 性 を示 唆 してい る。 内的整合性 の検 討 とい う こ こで用 いた手段 か ら必然 的 に この側面 が強 調 され るのであ る。部 分 的 には b の側面 の 存在 の可能性 が示 唆 され る こ ともあ るが ,そ れ は 内的整 合性 の検討 か らは どち らか といえ ば発 見 が困難 な もの であ る。 人 口と共 に統計 化 され た他 の指標 (た とえば ,農地保 有 ,農 作物 収量 ,家畜数 ,農 具保有状 況) との対応 を検 討す る ことに よって発見 され る可能性 も あ るが ,古 い居住地 と新 開地 とい う当時存在 した対照 的 な環境 の中 で, この対応 を厳 密 に 220 捉 え る ことは きわめ て困難 であ る。 世 帯数 が 過 少 あ るいは不 完全 に報 告 され る傾 向は農村 よ りも都 市 にお いて顕 著 であ る こ とに も注意 してお きた い。 都市 は行政 の中心 であ る こ と に もかかわ らず ,そ の居 住者 の把鐘 は不完全 な場 合 が多 く, しか も19世紀 以降東南 ア ジア の都市人 口は急成長 を示 して来 た の であ る。 あ る地域 が そ っ く り未報 告 の状態 で無 視 され る こ とは,起 こ り得 ない こ とでは ないが, ど ち らか と言 えば まれ であ る といえ よ う。 それ が あ る程度 の大 きさを もつ集落 であ る とすれ ば ,少 な くともそ の存在 に関す る情報 だけは 伝 わ りやす いか らであ る。 19世 紀 の東 南 ア ジ アに関 して ,あ る地域 の人 口の記載 に際 して この種 の脱 落 が生 じるのは ,行政官 に よる報 告 よ りは探検者 に よる記録 においてであ る。 ジ ャ ワ人 口の把 捉 は, この意 味 で, 当時 と し ては最 も精 度 が 高 い状況 に達 していた と考 え て もよいであ ろ う。乳幼 児 お よび高齢 者 を含 む完全 な人 口構造 の把 捉 は 当時 の行政者 に と っては必ず しも 目標 とす る ところでは なか っ た。 他方 ,彼 らが掌撞 す る ことを欲 した成人 男子 人 口は ,末端 レベルか らの最 も著 しい隠 蔽 の対 象 とな った のであ る。 あ る時期 の人 口 統 計 の姿 が この体制 の中 で,
「古 いセ ンサ ス」
の特徴 を具 えて出現す るのであ る。 参 考 文 献 Coale,Ansley ∫.;and Pad Demeny. 1983. Reg7'onalModdLifeTabesandStl ableP
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