スにおけるコーヒー生産者への支援を事例に――
著者
箕曲 在弘
著者別名
MINOO Arihiro
雑誌名
白山人類学
号
18
ページ
31-56
発行年
2015-03-31
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007120/
フェア概念をめぐる協調と競合のつながり
――ラオスにおけるコーヒー生産者への支援を事例に――
箕 曲 在 弘
The Relatedness of Conciliation and Contention over the Concept of
“Fairness”: A Case Study of the Assistance for Coffee Farmers in Lao PDR
MINOO Arihiro
Abstract
The purpose of this paper is to illustrate the relatedness of contestation and cooperation over the concept of fairness among the actors through the utterances of them and coffee farmers, which is observed in the Bolaven plateau of southern Laos. This paper reveals the relatedness by examining the different positions over the various concepts of fairness, which cannot be simply grasped in the two perspectives: the fairness which is formed by FLO and the fairness which is formed by the local society. In the place where fair trade has been introduced, any actors exercise their activities according to their own perceptions of fairness. It does not necessarily mean the concept of fairness is consistent with the one which is assumed by FLO. Therefore, these exercises may yield the connection and conflict among the actors over the concepts of fairness. In case of coffee farming area in Lao PDR, there are two types of cooperative: a cooperative which is formed by the government and certified by FLO, and a cooperative which is formed by farmers and has their own idea of fairness. These two cooperatives are contested because they provide the members the different services such as the way of purchasing coffee. This difference is based on their different concepts of fairness. On the other hand, there are two buyers which both support the farmers-formed cooperative: a Japanese buyer and an American buyer. These two buyers have different and sometime conflicting policies concerning the support because of the different ideas of fairness. However, Japanese buyer has established a preferable relationship with the farmers-formed cooperative due to the way of trading which satisfies the needs of farmers who
東洋大学社会学部; Faculty of Sociology, Toyo University, 5-28-20 Hakusan Bunkyoku, Tokyo,
112-8606 Japan/ e-mail: [email protected]
hope to escape from the local transaction by middlemen based on distrust. This case study reveals that various concepts of fairness has been contesting and connecting in the place of the support to the small-scale farmers.
キーワード:フェアトレード,フェアネス,スペシャルティコーヒー,協同組合,ラオス Keywords: fair trade, fairness, specialty coffee, cooperative, Lao PDR
は じ め に
本 稿 の 目 的 は , ラ オ ス 南 部 ボ ー ラ ヴ ェ ー ン 高 原 の コ ー ヒ ー 生 産 地 域 に お け る フ ェ ア (fairness)概念をめぐるアクター間の協調と競合のつながりについて,コーヒー生産者やそ れを取り巻く支援者の発言をもとに明らかにしていくことにある。ここから,<FLO 認証 1) が含意するフェア概念>対<現地社会におけるフェア概念>という軸だけではとらえられない, 生産現場における多様なフェアをめぐる立場の違いについて考察する。この考察を通して,単 にフェア概念が対立しあうというだけでなく,外部からもたらされたフェア概念が,現地のロ ーカルなフェア概念と共振し,現地において独自のフェアトレードに対する考え方が生まれて きたことを指摘する。 フェアトレードに関わる支援者の間でたびたび議論になるのは,「何がフェアなのか」あるい は「何をもってフェアとするのか」という問いである。たとえば,アレックス・ニコルズとシ ャルロット・オパルは,「何をもってフェアトレードが本当に「フェア」と言えるのか。「フェ ア」という言葉は明らかに議論が尽きない言葉であり,そのため主観的な意見の応酬も避けら れない」[ニコルズ/オパル 2007: 16]と述べる。 たとえば,あらゆる関税を撤廃し,市場において自由な取引が可能になることがフェアトレ ードだと考える論者にとって,フェアとは取引における障壁がない状態を指す2)。一方,この 考え方では,歴史的に不利な条件におかれてきた小規模生産者は市場への参入そのものが難し くなるため,このような小規模生産者に配慮した取引の仕組みを生産者団体と貿易団体の間で 結ぶことによってフェアな取引を実現させよう考える論者もいる。この場合のフェアとは,生 産者団体と貿易団体がお互いにルールを守っている状態を指す。このように,「フェアトレード」 1) 国際フェアトレード認証機構(FLO)によって設定され,生産団体と貿易団体に対して付与される認 証を指す。FLO 認証制度では,FLO 基準委員会と生産者や貿易業者の代表によって,生産者と輸 入・卸・製造組織が遵守すべき経済的,社会的,環境的基準が作られ,それに従った取引を行ってい る製品を「フェアトレード製品」とみなしている。産品ごとに児童労働の原則禁止,特定の化学物質 の使用禁止,性別や民族による差別の禁止など,100 項目以上にわたる基準がある。詳細は以下のウ ェブサイトを参照のこと。http://www.fairtrade.net/standards.html[検索日 2015 年 3 月 13 日] 2) これは自由市場主義者が考えるフェアを意味している。といっても,そもそもフェアという概念そのものが多義的であり,論争を巻き起こすのである。 そこで,本稿が試みるのは,特定の支援の現場においてそれぞれの支援活動の方法や支援者 の発言を通して,支援団体ごとに想定されているフェア概念の含意に関する考察である。つま り,「フェア」とは何かを問うのではなく,フェアトレードの現場において,それぞれのアクタ ーがどのような「フェア」概念を念頭において,支援活動しているのかを問うのである。そも そもフェアトレードの現場では,さまざまなアクターがそれぞれの考えるフェア概念にもとづ いて支援活動を繰り広げている。それは必ずしも FLO が想定するフェアとは限らない。多様 な団体が,それぞれのフェア概念にもとづいて活動を繰り広げることで,それらがときには協 調し,ときには競合する。本稿では,こういった協調や競合といった事態を通して,「フェアト レード」と呼ばれる試みの一端を明らかにしたい。 そもそもこれまでフェアトレードに関する研究において,フェア概念をめぐる議論がないわ けではなかった。サンドラ・クルーガーとアンドリース・デトワ[2007]は,FLO 認証が南 アフリカ特有の土地改革や黒人解放に根差したローカルなフェア概念の整合性を問題とし,南 アフリカの文脈に合わせて FLO のプランテーションに対する認証基準が変容していった過程 を追跡している。その結果,南アフリカの事例は FLO のフェア概念を見直すきっかけとなっ たと指摘する。 一方,マーク・モベルグ[2014]は,カリブのバナナ農家の「モラル」とフェアトレード団 体の「モラル」のずれについて言及する。モベルグによれば,FLO の設定する最低保証価格は, 当初バナナ農家にとって恩恵として認められていたが,その一方で農薬が使用できなくなるこ とにより,雇用労働者による除草作業が必要になった。その結果,バナナの生産コストが増大 していったという。一方,彼はモラルエコノミーの概念に照らし合わせ,農家にとって重要な のは家族が食べていけるレベルの収入が得られることであるという。だが,このような生産コ ストの増加がこのレベルを脅かすことになり,フェアトレードから脱退していく農家が出てき たと指摘する。このように,たとえ最低保証価格という基準は遵守していたとしても,農家に とってはまず一家が食べていけるかどうかという彼らにとってのモラルが優先される。 ここで議論されているのは,農家にとってどれだけ報酬をもらえれば満足なのかという境界 線をめぐる争いである。つまり,公平な報酬の取り分をめぐる支援者側と農家側の認識の違い を明らかにする議論である。したがって,農家にとってのモラルとは,フェアな報酬の取り分 と置き換えることができる。 前者の議論は,FLO 認証という国際基準におけるフェア概念と南アフリカというナショナル な文脈におけるフェア概念の関係を対象としている点でマクロレベルの考察となっている。一 方,後者の議論は,FLO 認証の想定するフェア概念とカリブのバナナ農民におけるモラル概念 との関係を扱っているという点でミクロレベルの考察となっている。これらの議論では,いず
れにせよ<FLO 認証が含意するフェア>と<現地社会におけるフェア>の対立が主題となっ ている。 だが,マクロあるいはミクロから「メゾレベル」に視点を変えることで,フェア概念をめぐ る対立の様相はもう少し複雑になる。ここで言うメゾレベルとは,国際機関と政府のようなマ クロな水準ではなく,特定の団体と個々の農家のようなミクロなレベルでもない,特定の団体 とその支援者の関係が構築されている水準である。こういったメゾレベルでは,多様な立場の 団体が相互に作用し合うアリーナを見出すことができる。後に見るように,このメゾレベルに 焦点を当てることで,フェア概念をめぐるさまざまなアクター同士の協調や競合の諸相を明ら かにできるのである。 本稿では,このメゾレベルにおけるフェア概念をめぐるアクター間の協調や競合の諸相を明 らかにするために,日常的な発話に注目する。フォーマルなインタビューでは,ときに建前ば かりが強調される可能性があるが,日常的な発話に注目することで,日常生活の論理に根ざし た協調や競合の関係を明らかにできるからである。本稿では,ラオスのコーヒー生産地域を事 例とし,これらの問題について考えていきたい。
I 事例の背景
1 ラオス南部のコーヒー生産地域の概況 東南アジアの内陸国ラオスでは,1975 年の社会主義革命により人民革命党の一党独裁体制が 続いている。一方,1986 年には新思考(チンタナカーンマイ)政策が実施され,市場開放へと 舵を切った。その後,1997 年には ASEAN に加盟している。ASEAN は 2015 年に市場統合を 見据え「ASEAN 経済共同体(AEC)」を実現しようとしている。この観点から,ラオス政府 は輸出産品の品質と数量の強化を図ろうとしており,コーヒーはそのための重要な品目として 認識されている3)。 このコーヒーの主要な産地が,ラオス南部のボーラヴェーン高原である。ボーラヴェーン高 原の中心は,南部の町パークセーから東へ 50 キロメートル進んだ地点にあるパークソーンと いう町である(図 1)。このパークソーンは標高 1,200 メートルに位置し,年間の平均気温が 19.2 度であることから比較的冷涼だといえる[国際協力事業団 1996: S2]。もともと火山性の 土壌のおかげで肥沃な地域と考えられており,今日ではコーヒーを中心に,キャベツやハクサ イ,カルダモンといったさまざまな換金作物が栽培されている。一方で,今日ではこの地域の 3) たとえば,2014 年 10 月にはラオス初のコーヒーフェスティバルが開催され,ラオス政府は ASEAN 各国のコーヒー関連の事業者や政府関係者を招き,ラオスコーヒーのプレゼンスの拡大を目指してい る。大部分でコメを自給しておらず,換金作物を売却した収益で,コメを購入するという生活を送 っている4)。 図 1 ボーラヴェーン高原の地図 出所:箕曲[2014: 79] 2 ボーラヴェーン高原におけるコーヒー導入の歴史的過程 そもそもこの地域にコーヒーが導入されたのは,1900 年代初期のころであったとされる
[Winston and Op de Leal 2005:9]。当時,ボーラヴェーン高原の中心にはラヴェーン(ジュ
ル)5)と言われるエスニック・マイノリティ集団が住んでいた。彼らは森の中を移動しながら, 焼畑陸稲耕作や狩猟採集に従事していたと言われる[Schliesinger 2003]。だが,1899 年に現 在ラオスと呼ばれる主にメコン川東側の地域がインドシナ連邦に編入されると,退職したフラ ンス人の植民地官吏がパークソーン周辺に住みつくようになり,アラビカ種ティピカのコーヒ ーをはじめとするさまざまな苗木が持ち込まれた[Ducourtieux 1994: 62]。それが次第にラヴ ェーンの人びとの間にも広がっていき,収穫されたコーヒーは中華系の仲買人が買い取ってい った。 ボーラヴェーン高原に低地に住むラオと呼ばれるエスニック集団が住みつくようになったの は,フランスが撤退した 1954 年以後であった。低地部で土地を十分に持てなかった零細農民 やコーヒーのプランテーションを開設しようとした比較的裕福な農民が,高原地帯に移住して くるようになった。前者はラヴェーンと同じように焼畑陸稲栽培をしながら,一部でコーヒー などの換金作物を植える生活をするようになり,後者は 10 ヘクタール程度のコーヒー農園を 開拓し,普段は低地部に住むという生活をしていた。一方,ベトナム人も当時から一定数住ん でおり,やはりコーヒー農園を経営していたとされる。1950 年代後半から 60 年代にかけて, ラオスは全国的に内戦状態に突入していたものの,ボーラヴェーン高原では,さまざまな地域 からやってきた農民がコーヒー農園を開拓していく時期だったのである。 1975 年 12 月に社会主義政権が誕生した後,1980 年代に入り,ボーラヴェーン高原には, ラオスの他の地域と同様に,社会主義イデオロギーを体現する農業の集団化を企図して国営農 場や協同組合が誕生した。内戦で敗退した右派勢力であった旧王国軍側の兵士は,低地部から ボーラヴェーン高原に連れてこられ,人民革命党政権による思想教育を受けた。その後,この 地に開設された国営農場において,家族とともにコーヒー栽培と畜産業に従事するようになっ た。一方,社会主義政権が誕生する前からこの地に住んでいた人びと 6)は,政府から生産協同 組合や商業協同組合への加盟を促され,コーヒー栽培を推奨された。これらの国営農場や協同 組合は設立後数年で解体したものの,旧王国軍側の人びとはそのままこの地に住みつくように なり,今日に至っている。 1986 年の市場開放後,ボーラヴェーン高原では焼畑耕作が事実上禁止となり,コメを自給で きなくなったことから,換金作物であるコーヒーの栽培面積が拡大していった。同時に,世界 銀行や国連農業食糧機関(FAO),フランス開発庁(AFD)の資金援助により,ラオス政府は 5) ラヴェーンは他称であり,ジュルは自称である。本稿ではほとんど知られていない自称ではなく,比 較的流通している他称で表記する。彼らはオーストロ・アジア語族(モン・クメール系)に分類され, 独自の言語をもつ先住民とされている。 6) この人びとは,社会主義政権誕生までは焼畑陸稲栽培を中心に,コーヒーや茶などの換金作物を一部 育てていた。社会主義政権誕生以後も,焼畑を続けていたが,その割合は徐々に減り,生業の中心は コーヒー栽培に転換していった。
コーヒーを外貨獲得のための輸出産品として育て上げていく計画を連綿と実施してきた。たと えば,1991 年にはコーヒー調査実験センター(CREC)を開設し,高収量品種であるカティモ ールの栽培実験を開始した。その後,この地域の 50 村程度に果肉除去機をはじめとする,コ ーヒーの水洗式加工のための機材を導入していった。 一方,1990 年代後半に入って,ラオスに住むベトナム系女性が設立した貿易会社が,コーヒ ーの栽培や輸出に事業の中心を移し,巨大なインスタントコーヒーの製造工場を設立するまで に至っている。官民をあげたさまざまな取り組みにより,ボーラヴェーン高原に住む人びとの 生業の中心はコーヒー栽培となり,コーヒー栽培に大きく依存した生活を送るようになったの である。 3 2 つの栽培種 本稿の議論を理解するうえで重要な2 つのコーヒーの品種について,ここで説明しておきた い。一般にコーヒーの2 大品種といえばアラビカとロブスタ7)と言われるが,ここではこの2 大品種の説明をするわけではない。ラオスのコーヒーをめぐって重要なのは,アラビカ種のな かの 2 つの下位品種である。ひとつはアラビカ種の原種ともされるティピカ(C. arabica ‘Typica’)である。このティピカは,先述したとおり 1910 年代後半から 1920 年代頃にフラン スの植民地官吏が初めてラオスに導入した種で,香りが高く,まろやかな味だとされるが,冷 害や病気に弱く,栽培が難しい。一方,カティモール(C. arabica×canephora ‘Catimor’)と
呼ばれる種は,1994 年に FAO の農技師によって導入され,先述の CREC において栽培実験が 行われた。カティモールは,アラビカ種とロブスタ種の人工交雑種であり,味のまろやかさは ティピカに劣るが,比較的冷害や病気に強く,収量はティピカの倍である。交雑種ではあるが, 一般的にカティモールは「アラビカ種」の一種として流通している。本稿では,この2 つの品 種の特性が,それぞれのアクターの立場の違いと密接にかかわってくる。 4 アクターと筆者の関係 本稿で使用するデータは調査者である筆者の人間関係のなかで得られたものである。したが って,この議論の妥当性を検証するうえで,どのような関係のなかで得られたデータなのかを 予め記述しておく必要がある。 図2 にある通り,筆者はジャイカフェ農民協同組合(JCFC)からコーヒーを買い取る日本 の輸入業者,(株)オルター・トレード・ジャパン(ATJ)と JCFC の間に立ち,両者の利害 の調整をする役割を負っている。したがって,ATJ 担当者から JCFC 幹部,逆に JCFC 幹部か 7) ラオスでもロブスタ種(カネフォラ種)は栽培されているが,本稿では言及しない。
らATJ 担当者へは,基本的には筆者の通訳を経て情報が伝わる。一方,官制の協同組合である コーヒー生産者集団協会(AGPC)は,農民が主導する JCFC とライバル関係にあり,後に見 るように買取の品種と方法が異なる。さらに,アメリカ人のリチャード・アダムス8)が現地で 経営するカフェ,J コーヒーハウスは,2013 年より,ATJ と同じく JCFC を支援するために 設立されている。このリチャードは,アメリカの輸入業者であるT 社の代理人も務めている。 筆者は,このリチャードとは面識があるものの,アメリカのT 社の担当者とは面識がない。 一方,筆者は一度だけAGPC のゼネラルマネージャーから 2009 年 12 月に聞き取り調査を行 ったが,それ以来会っておらず,AGPC に関する情報はその組合員の農民から得ている。 こうした関係性のなかで得られる情報は,どこか偏っているという印象を読者に与えかねな い。だが,人類学的調査の場合,情報源の偏りを完全に正すことはできず,どのような調査で あっても,特定の人間関係のなかで得られた情報をもとに現場で起こっている現象を概念化し ていかなくてはならない。とくに,本稿のテーマの場合,アクター間の情報の偏りは,別の立 場から見た場合に,別様の解釈があり得る可能性もあり,現象の解釈は慎重にならねばならな い。とはいえ,完全に情報源の偏りをなくすことはできないため,図2 に示したとおりどのよ うな関係性の網の目のなかにおいて,筆者が情報を収集しているかを読者に開示することが欠 かせないだろう。 図 2 4 種類のアクターの関係図(出所:筆者作成) 8) 本稿で登場する人物名と村名は,すべて仮名である。氏名の敬称は省略させていただく。 ATJ (日本の 買取業者) JCFC (協同組合・ FLO 認証なし) AGPC (官制協同組合・ FLO 認証獲得) J コーヒー ハウス (カフェ経営) 筆者 ライバル関係 支援/被支援の関係 支援/被支援の関係
以下では,それぞれのアクターに関する設立の経緯や活動の概要,活動の方法について概略 的に説明していく。
II 4 種類のアクター
1 JCFC の活動の経緯 JCFC は,アメリカの職業訓練を目的とした NGO であるジャイ・ファウンデーションの支 援により,2005 年に設立された。もともと 2001 年に地元の仲買人の協力を得て小規模な買い 取りをしていたが,アメリカ人の貿易コンサルタントであるヘンリー・トムリンソンの支援の おかげで,より体系的で組織的な買い取りを実現させることになった。ヘンリーは,ジャイ・ ファウンデーションで通訳をしていたラオス人のクワーイをカウンターパートとして,FLO 認 証を取得するための書類を作成した。クワーイは自らをゼネラルマネージャーと名乗っている 9)。 2005 年には FLO 認証を取得し,ボーラヴェーン高原の 12 村の単協を傘下に従えた JCFC が誕生した。それまではアラビカ種ティピカのみを買い取っていたが,JCFC になってからは 少量しか集まらないティピカではなく,高収量品種であるカティモールを買い付けることにな り,おもにフランスのフェアトレード市場に生豆を輸出するようになった。2008 年度10)には 4 コンテナ(72 トン)分の生豆を 2 つの輸入会社に売却している。 その後,ニュージーランドの援助機関(ニュージーエイド)が,有機認証の取得や脱穀設備 の導入を目的とした資金援助を行い,2008 年度に,JCFC は上記のアラビカ種に加えて,1 コ ンテナ(18 トン)の水洗加工したロブスタ種をニュージーランドに輸出した。 2008 年までは順調に売買の規模を拡大させてきた JCFC だが,2008 年の収穫期前,先述の ヘンリーがJCFC を脱退した。クワーイによれば,設立当初から赤字続きで,損失分はヘンリ ーの私的な資金によって補てんしていたという。しかし,それにも限界があり,組織の経営状 況が改善されないため,彼はJCFC から退いたようである。 ヘンリーが脱退した後の買取となった2008 年度には,上記のように合計 5 コンテナのコー ヒーをフェアトレード市場に売却したにも関わらず,毎年続いていた赤字を解消できず,支援 者もいないことから,クワーイは2009 年 10 月に関係者を集めて会議を行い,JCFC の活動を 停止することにした。クワーイによれば,もっともこの時点では,組織の解体までは意図して 9) このマネージャーとは代表とは異なる。代表はあくまで農民であるが,農民たちは英語が話せず, 国外の顧客と連絡が取れない。このため,2009 年 10 月まで英語を話せるマネージャーが実質的に 契約や輸出業務を担っていた。 10) 年度とは 4 月から翌年 3 月までを指す。というのも,毎年,JCFC のコーヒーの輸出は 3 月に終了 するためである。おらず,引き続き活動資金を援助してくれる機関を探し,目途が立った段階で再開するつもり だったという。 だが,2010 年 5 月,パークソーン郡農林局において,後述する官制協同組合の AGPC の関 係者や政府の役人,JCFC の関係者が集まり会議がおこなわれた。この会議の結果,JCFC 傘 下の各単協は,AGPC に吸収される形となり,事実上,JCFC は組織の解体を余儀なくされた。 その後,クワーイはタイ系の企業が運営するプランテーションのコンサルタントに転身した。 このように,ラオスで初めてFLO 認証を獲得した JCFC は 2005 年 12 月から 2010 年 5 月ま で,合計4 年半,協同組合として存在し続けたが,あえなく倒産してしまったのである。 2 AGPC の活動の経緯 AGPC は,2007 年,AFD の資金援助により,ラオス農林省が主導して設立された協同組合 である。AGPC の設立は,もともと 1990 年代から連綿と続いてきた AFD によるボーラヴェ ーン高原の人びとに対する農業支援計画のなかに位置づけられている。AFD の資金により,先 述の通り1990 年代の初めには高収量品種のカティモールの導入実験が行われた。その後,2000 年代に入り水洗式加工のための機材を村々に導入する計画が進められ,農民に対する研修が行 われた。このように品種の転換,設備導入,技術研修を行ってきた最後の工程として,フェア トレードと有機栽培という2 つの認証を獲得し11),安定的にフェアトレード市場にラオスのコ ーヒーを輸出するために,AGPC が設立された。 AGPC は,2008 年に FLO 認証を獲得し,ボーラヴェーン高原の 55 村の単協を傘下に 2,700 世帯からアラビカ種(カティモール)を買い取り,おもにフランスのフェアトレード市場に輸 出している。AGPC から脱退する村も一部ではあるものの,逆に新たに加盟する村もあり,今 日では政府が主導して大規模で安定的な買取を実現している12)。 このAGPC の特徴は,以下の 2 点にある。第一に,ラオスの中央政府が主導した官制協同組 合であるという点である。一般に,協同組合は組合員の自発的な意思によって組織化されるが, このAGPC の場合,政府が農民を集めて組織化を図り,実現した協同組合である。したがって, 農民自身が何らかの問題意識をもって自ら仲間を集めて組織を作ったのではなく,農民はあく までラオス政府が作成した計画のなかに動員された形となっているのである。 第二に,AGPC は AFD の援助資金によって生産機材の導入費や組織の運営費の一部を賄っ ており,AGPC の組合員から組合費を徴収していない点が挙げられる。協同組合は,一般的に 組合員から徴収される組合費を原資として,その資金を駆使することによって事業を成し遂げ
11) 有機認証は,Agriculture Certification Thailand(ACT)から受けている。
12) たとえば,村内の共同加工場で加工するのを嫌がり,各自の家で加工していた PM 村は 2012 年に AGPC から脱退し,AFD の資金で導入された加工設備はすべて撤去された。
ようとする。そのため,通常,組合員自身が自分の所属する組織の意思決定に関与する権利を 持っている。だが,AGPC の場合,組合員がコーヒーの加工のために使用する果肉除去機や水 槽,乾燥棚のネットはAFD の資金により導入されており,組合員自身の資金によって購入さ れてはいない13)。 AFD は 2005 年から 2009 年まで 5 年間を援助プロジェクトの実施期間としており,その後 はAGPC が資金面で自立した運営ができるよう,さらに新たなプロジェクトを立てている。そ のプロジェクトでは,5 年間のうちに徐々に援助額を減らし,AGPC が豆の輸出契約額の 1% を徴収して,その資金を積み立てていくことになっており,2014 年にはすべて AGPC の自己 資金に移行させている。 3 ATJ の活動の経緯 ATJ は,1989 年に設立された日本の貿易会社である。だが,ATJ はただの貿易会社ではな く,「民衆交易(people to people trade)」という独自の概念を提唱する社会的使命を明確にし
た事業体である。「民衆交易」は大規模資本による取引の結果,不利な立場に置かれた生産者に 対してオルタナティブな交易を通じて,生産者の生活を支え,「顔の見える関係」を生み出す交 易のあり方を指す[上田 2012:33]。もともとフィリピンのネグロス島においてバナナを買い 取り,日本国内の生活協同組合に卸すことを目的に作られたATJ は,その後,インドネシアの エビ,パレスチナのオリーブ,東ティモールのコーヒーなど,さまざまな商材を扱うようにな り,2004 年からラオスのコーヒーを新たな商材に加えた。 ATJ とラオスコーヒーとの関係は,国際 NGO のオックスファムが,ラオスのコーヒー生産 地域において,マイノリティ集団に対する収入向上プロジェクトを実施する過程で始まった。 当時,オックスファムは,生産者の収入を確保するために独立して間もない東ティモールのコ ーヒーを買い取っていたATJ の存在を知り,ラオスコーヒーの買取について打診した。 オックスファム側は生産者に水洗式加工技術を学んでもらい,コーヒーの品質を向上させる ところまでを担った。その後,ATJ がラオスコーヒーの市場を作り出し,生産物を適正な価格 で買い取るところを担った。オックスファム側は当初,ボーラヴェーン高原の3 村においてプ ロジェクトを実施したが,結果的にマックテーン村のみが生産者組織を構築できた。同村では 高値で取引可能なアラビカ種ティピカが比較的多く残っていたため,ATJ は 2004 年から,こ のマックテーン村からコーヒーを買い取ることにした。その後,2007 年にはオックスファムの 13) とはいえ,AGPC のマネージャーは,これらの生産機材の所有権は,組合員にあると述べている (2009 年 12 月の聞き取り調査より)。ちなみに,これらの生産機材の費用の半額は,組合員から後 で徴収し,その分は AGPC に返金されるのではなく,各単協の組合運営費に充てることにしている。 ただし,単協ごとに徴収できている額は異なり,なかには割り当てられた額を払っていない組合員 もいる。
プロジェクトの期間が終了し,ATJ は独自で輸出代理人を探さねばならず,試行錯誤を繰り返 した。 その後,2010 年より,筆者の仲介により,JCFC を現地パートナーとして,その中にマック テーン村を含みこむ形で,プロジェクトは再スタートした。先述の通り,2010 年 5 月に JCFC は名実ともに解体し,マネージャーのクワーイは新たな職を見つけて JCFC を去った。だが, 取り残されたのは農民であった。JCFC の農民幹部たちは ATJ に再び農民を集めて新生 JCFC を作りたいという旨の話をし,ATJ もその思いを実現するために新たなプロジェクトを開始さ せたのである。 2010 年には 1 コンテナ(18 トン)の買取をめざしていたが,2014 年には 20 村から 2 コン テナ(38 トン)のコーヒーを買い取っている。一方,ATJ は豆代とは別に社会開発費として 1,000kip/kg14)をJCFC に支払い,その資金を用いて,JCFC は果肉除去施設や簡易灌漑設備 の設置などを実施してきた。さらに,毎年8 月に ATJ の担当者が現地に赴き,村々を回り,組 合員を集めてATJ の社会的使命や買取の意義を伝えている。同時に,各単協の代表者を招集し, 話し合いの末,暫定的な買取価格を決め,9 月にそのうちの 70%を前払いしている。この前払 いは,現金収入が少なくなる雨期の間の当座の生活費としてあてられる15)。 ATJ はまず生産者が何を望むのかという生産者が実現したいことを明確にさせて,それをサ ポートする方針を貫いている。JCFC 側にとって,ATJ は JCFC の再建を手助けした欠くべか らざる存在であり,JCFC 代表のガイは「ATJ と JCFC は兄弟関係にある」と表現している。 4 J コーヒーハウスの活動の経緯 J コーヒーハウスは,1984 年生まれでアメリカ合衆国出身のリチャードによって,2013 年 11 月に設立されたカフェである。JCFC のコーヒーに魅了されたリチャードは自らを社会起業 家と名乗り,JCFC の支援を行うために,ボーラヴェーン高原の中心地であるパークソーンに 居を構え,ラオス人のパートナーとともに店を経営している。彼は2000 年代後半から,JCFC のコーヒーを買い付け,アメリカにおいてJCFC のコーヒーを販売し,その収益の一部を教育
支援に充てる“One Bag for One Book”プロジェクトを実施してきた。2013 年には,クラウ
ドファンディングにより資金を集めJ コーヒーハウスを設立した。 この店の目的は2 つある。第一に,小型の焙煎機を使い自家焙煎した JCFC のコーヒーをハ ンドドリップで観光客に提供し,そのコーヒーの魅力を知ってもらうことにある。第二に,J コーヒーハウスをJCFC の組合員やコーヒー生産地域に対する支援のための基地にするという 14) 当時の換金レートで,1,000kip=約 10.5 円であった。 15) ラオスの場合,5 月から 10 月ころが雨期にあたる。コーヒー生産地域の場合,雨期は換金可能な作 物があまり収穫できないため,現金収入があまりない時期となる。このため,現金で貯金をする習 慣のない農民は,雨期に困窮する。
目的がある。これまでにリチャードは,店の開店資金とは別に,清潔な水を提供するために井 戸を掘る資金を集め,井戸掘りの専門家を呼び,いくつもの小学校に井戸を掘ってきた。一方, アメリカ人の農業専門家を呼び,栽培技術に関する講習会を開いたり,JCFC のコーヒーをテ イスティングして点数化したりしてきた。さらに,JCFC の組合員を呼び,テイスティング講 習をして,消費者が好むコーヒーの味を理解してもらう試飲会を行ってきた。 一方,先述の通りリチャードはアメリカのスペシャルティコーヒーの輸入会社であるT 社の 代理人となり,2013 年度には約 8 トンのアラビカ種ティピカをアメリカに輸出した。同社は, 2001 年から 2004 年まで 3 年間,JCFC が組織化される前に,試験的にティピカを購入してき た経験があったが,2005 年より JCFC はスペシャルティコーヒー市場には売れないカティモ ールの買取を主体としたために,同社はJCFC との取引を辞めた。だが,リチャードが現地側 でコーディネートでき,ティピカを買い取れる状況が揃ったため,再び,同社は購入の意思を 表明した。 リチャードはJCFC のコーヒーをスペシャルティコーヒー市場に売りたいと考えており,そ の分,高い対価を農家に還元することを望んでいる。彼の店の壁には,「フェアトレードの上を
いく直接取引(Get direct at above fair trade)」という表記が見られ,彼自身が,いわゆるフ ェアトレードを超え,生産者と消費者の「顔の見える関係」を築きたいと考えているようであ る。 では,続いて,「フェア」概念の使い方に焦点を当て,これらの4 つのアクターが,どのよ うに結び付いているのかを明らかにしていきたい。
III 多様なフェア概念によるアクターの協調と競合
1 AGPC の買取方法とその評価 1-1 AGPC にとっての「フェア」とコーヒーの買取方法先述の通りAGPC は FLO 認証を取得し,FLO のスキームにのっとった取引をしているた
めに,AGPC の買取における「フェア」は,必然的に FLO が想定する「フェア」と軌を一に することになる。 2014 年現在,アラビカコーヒーの最低保証価格は,1 ポンドあたり 140 セント,さらに社会 的割増金が1 ポンドあたり 20 セント加算される。輸入業者と AGPC との売買契約ではこの基 準が遵守されているはずだが,そこからAGPC 側は 1%の手数料を引いて,それを輸出経費や 人件費にしているため,それを引いた額が組合員に支払われている。一方,FLO の基準にした がえば,生産者の申し出があれば輸出業者が60%まで前払い金を支払うことになっている。だ が,AGPC の場合,以下に見るようにこの前払いが生産者に届くことはない。
農民の側から,このAGPC の支払いはどのように見えるのだろうか。AGPC をはじめとす るフェアトレード団体は,仲買人と呼ばれる現地のコーヒー買付業者とライバル関係にある。 ラオスの場合,この仲買人はコーヒーの買取シーズンである10 月から 11 月の収穫最盛期にか けて少しずつ買取価格を上昇させていき,最盛期を過ぎると再び買取価格を低くしていく。た とえば,2012 年には,当初,2,200kip/kg であったのだが,11 月中旬には 3,500kip/kg に上昇 した(表1)。このように,仲買人の買取では,日々価格が変動し,農民はその日にいくらで売 れるのかを前もって知ることはできない16)。仲買人は農民の家の軒先に車でやってきて,その 場で計量してコーヒーを即金で買い付ける。仲買人と農民との取引では,後払いは許されず, 必ずその場で支払いが完結する17)。 表 1 ラオスにおける庭先コーヒー価格の推移 年 仲買人(kip/kg) AGPC(kip/kg) 2009 2,200~3,500 3,500 2010 3,500~5,000 5,400 2011 3,500~5,200 5,250 2012 2,200~3,500 3,770 2013 1,800~2,600 (N.A.) 出所:筆者作成 ※数字はチェリー(実の状態)の価格 一方,AGPC は,仲買人の買取価格を参考に,その最高値を想定して,シーズン開始から一 定の金額で買い取っている。たとえば,2012 年の買取価格は,最初から最後まで 3,000kip/kg であった。ただし,図3 に示したように,AGPC の場合,組合員が村の中にある買取場に自ら 収穫した実を運んで,そこで重さを計量した後,数日して報酬を受け取れる仕組みとなってい る。というのも,AGPC は各村から週に一回,集まった量の報告を受け,その際に,一週間分 の報酬を一度に渡すことになっているからである。このため,遅い人で6 日間,支払いが待た される。 だが,この支払いは暫定的なものであり,さらに収穫期の約半年後に,2 回目の支払いが行 われる。収穫シーズンには,2 回目の支払いでいくらもらえるかは事前に知らされず,受け取 ってみて初めていくらだったのかがわかる仕組みになっている(2012 年の場合は 770kip/kg 16) 買取価格は仲買人によっても,それぞれ異なっている。したがって,農民はどの仲買人と取引する かで,若干の金額の差がついてしまう。 17) この理由は箕曲[2014: 375]を参照されたい。
であった)。この 2 回目の支払いでは,報酬総額の約 20%程度を受け取れる。したがって,1 回目と2 回目を合わせて組合員は 3,770kip/kg を受領できるため,総額では仲買人の買値の最 高値よりは高くなる。 図3 AGPC による報酬の支払い方 出所:筆者作成 1-2 AGPC の買取方法に対する JCFC 幹部と一般の農民の評価 このような支払いの仕組みは,一部の農民にとって評判がよくない。JCFC 代表のガイは, AGPC の買取方法について,「AGPC は事前に買取価格を組合員に伝えない。しかも,支払い の一部は半年以上あと。こんなのはフェアではない」と非難する。つまり,ガイにとって,買 取価格を事前に伝えないというのは,AGPC が農民の知るべき情報を開示しておらず,買い手 であるAGPC と売り手である農民側に対等な関係性が築けていないことを意味する。 もっとも,すべての農民がAGPC の買取方法に批判的なのではない。多くの農民は,事前に 価格はわからないものの,これまでの経験から仲買人の買取価格よりも総額では高くなること を知っている。したがって,半年後に支払われる分の報酬を待つことができる余裕のある農家 を中心に,AGPC の買取方法を支持している。だが,これは農家の置かれた状況によって異な る。政府の施策に対して比較的懐疑的かつ,半年後の支払いを待てない農民は,AGPC の買取 に対して否定的である。 さらに,いくらAGPC の買取方法に否定的であったとしても,まったく AGPC にコーヒー 農民 各村単協 事務所 AGPC 事務所 自 ら 収 穫 し た 実 を そ の 日 の うちに運ぶ 計 量 し て 実 を受領 1 週間に一度, 受 領 し た 量 を 報告 受 領 し た 量 に 応 じ て 報 酬 の 一部を支払う 報 酬 の 一 部 を 受 領 後 , 農民に分配 約半年後,残 り の 報 酬 を 支払う 残 り の 報 酬 を 受 領 後 , 農民に分配 報 酬 の 一 部 を受領 報 酬 の 残 り を受領
を売却していないのかというとそうでもない。否定的な意見を述べる農民であっても,AGPC に一部のコーヒーを売却している。このように,否定的な意見が,そのまま彼らの行動を反映 しているわけではないことには注意が必要だ。これはAGPC のライバルである仲買人の買取条 件も,農民にとって決して満足のいくものではないことによる。ある農民は,仲買人に対して 「買取価格が低く,毎年変動するのでいやだ。でも,日銭を稼がなくてはならないから売るし かない」という。このように,仲買人とAGPC は,ともに農民にとって満足のいく売却対象で はないが,農民は,与えられた選択肢の中では,それらの対象しか売り先がないといった捉え 方をしている18)。 2 JCFC と ATJ の協調のメカニズム 2-1 JCFC にとってのフェア では,先述のようにAGPC の買取方法を批判する JCFC にとっての「フェア」な取引とは どういう状態なのか。現在,FLO 認証を得ていない JCFC の主要な売り先は,ATJ のみであ る。2004 年以来,オックスファム時代から単協の組合長を担い,ATJ と農民の間をつなぎ, 現在ではJCFC の相談役19)を担っているメーオは,「フェアトレード」を次のように説明する。 ① あらかじめ決められた金額を支払う ② あらかじめ決められた期日に支払う ③ 合意した量を輸出する ④ 決められた期日に輸出する ⑤ 決められた品質の豆を輸出する ⑥ 何か問題があれば話し合って解決する(嘘をつかない) (2013 年 8 月のフィールドノートから) 彼によれば,これら6 つがフェアトレードの条件だという。興味深いのは,買い手側と売り 手側が双方のニーズを対等に満たすことが含意されている点である。たとえば,①②の支払い の項目は,買取業者が遵守するもの,一方③から⑤の輸出に関する3 項目は売り手である農民 側が遵守するものである。売り手側にとっての重要な問題は,いつどれくらいの報酬がもらえ 18) こういった状況が示す含意は,買取の状況が少しでも変われば,その変化にしたがってそれぞれに 売却するバランスも変化するということである。つまり,農民にとって,現状の仲買人がより悪い 取引条件を提示することになれば,農民の売り先はAGPC に偏ることになるし,その逆もありうる ということである。 19) 相談役とは,幹部に助言をもたらす役割を担っている。相談役のメーオは新生JCFC が誕生する以 前から,Oxfam を通して ATJ と取引していたため,彼の経験が買われて,JCFC の相談役として就 任した。
るかという点あり,逆に買い手側にとっては,入手できる量と期日,そして品質が重要となる。 この3 点が計画通りでなければ,事業が予定通り進まない。このように,メーオは売り手だけ, あるいは買い手だけが得をする取引ではなく,双方が対等な立場で,それぞれ譲歩するところ は譲歩し,守るべきものは守るという関係が成立してこそ,フェアな取引であると考えている ことがわかる。 メーオは,自身も農民でありながら,他の農民だけでなく政府の関係者に対しても,ATJ と の取引を通じて学んできたフェアトレードの意義を語っている。今日では,彼は政府の会議に も農民代表として出席するほど,よく知られた農民であり,彼なりのフェアトレードの定義を ことあるごとに説明している。 こういったJCFC 側のフェア概念は,認証制度に対しても厳しい目を向ける。2014 年 2 月, ATJ の担当者が,世界フェアトレード機関(WFTO)の認証制度が試験的に運用されることに なり,JCFC 幹部に WFTO 認証を取得する意思はあるかと問うたときであった。ATJ 側は認 証制度を得れば,売り先が増えるかもしれないという可能性と,そのためには膨大な規則を順 守し,認証獲得費用を支払わなくてはならないという難点を説明した後,代表のガイは次のよ うに言った。 認証があっても中身がダメなら人びとからの信頼を失う。認証がなくても,実際やっている ことを見てもらえれば,信用してもらえる(2014 年 2 月のフィールドノートから)。 この発言は,AGPC のことを念頭に置いているのは明らかである。というのも,これ以前に も,AGPC の買取方法を批判する話のなかで,ガイは筆者に対して同様の発言をしていたから だ。ガイにとって,「認証」というお墨付きがあったとしても,買取金額を農民との間で合意せ ず,金額も事前に告げず,買い手側が農民の要求を満たさずに勝手に決めてしまう方法は,「フ ェア」な取引にならない20)。 2-2 不信にもとづくローカルな取引環境 このようにメーオやガイが考えるような「フェア」とは,ラオス語の「フェア」に相当する 言葉として用いられる「ペンタム(pen tham)」の意味をみればより明らかになる。ペンは「~ である」という状態を意味し,タムはタンマ(thamma:仏法)に由来し,公正や正義ばかり 20) このような彼の「認証」に対する批判は,必ずしもフェアトレードに関する認証制度だけを対象とし ていない。たとえば,大学を卒業して農業の専門家として見られているN 氏に対しても,「N は農 技師の卒業証書があって,周囲からは農技師とみられているけど,中身のある仕事をしていない」と 批判する。実際,ATJ は豆の品質確認のために,この N 氏を雇っているのだが,ガイから見れば, 誰でもできることをしているだけで,雇っている意味がないという。
でなく,徳や慈悲,真理をも意味する。したがって,ペンタムは,さしあたり「公正であるこ と」となるが,ラオ語独自の意味の広がりをもつ。たとえば,ガイによれば,このタムである こととは,汚職のない状態や所得格差のない状態を意味するという。逆にタムでないことは, 権力を持つ者が,私利私欲を追求し,利益をかすめ取ることだという。
ラオス語で,フェアトレードとはカーンカー・ペンタム(kaan khaa pen tham)といい,
直訳すれば「公正な状態にある貿易」になる。だが,同時に売り手や買い手のどちらかが相手 を騙して,一方だけが利益をあげていない状態であることをも含意している21)。交易において, このような意味でのペンタムが求められる背景には,さまざまな現場におけるペンタムではな い売買の関係がある。 農民は仲買人が提示する金額が正当なものかどうかわからないまま,これまでコーヒーを売 却してきた。なかには「あの仲買人は秤を細工して,儲けを得ている」などといった噂が出回 っており,基本的に仲買人を信頼していない。一方,ラオスでは政府の指示に逆らうことはほ とんどできず,農民の不満を政府の役人が直接聞き入れることはあまりない。こういった事例 から,農民は,仲買人や政府の役人と対等な関係を構築できておらず,これまで彼らの提示す る買取条件をそのまま受け入れるしかなかった[箕曲2014: 320-376]。 このように仲買人や政府関係者と農民との関係は,必ずしも友好的なものではなく,農民の 彼らに対する不信に根差している。その背景には,「持てる者である仲買人は,持たざる者であ る農民に対して寛大にふるまうべきだ」という暗黙の前提がある。たとえば,ある農民から「仲 買人の家に脱穀機を借りにいったら,1kg あたり 500kip も請求された」,「昨年は 5,000kip だ った買取価格が4,000kip に下がった」という文句が出たことがある。これに類似する「請求さ れた」「買値を下げられた」という話はいくつもあるが,いずれにせよ,金を儲けているにも関 わらず,さらに儲ける仲買人に対する不満が見受けられる。 とはいえ,これはおかしな話である。仲買人に言わせれば,脱穀機の支払いはその機械を使 用する際に使われる電気代として徴収しているだけである。実際,電気代は毎月,使った分だ け請求されることになっている。一方,価格が下がったという文句に対しても,それは仲買人 の売り先である大手輸出業者が買取値段を下げたから,必然的に農民からの買値を下げなくて はならなくなっただけだ。 だが,農民がこのような事情を理解したうえで文句を言っているのか,そもそも理解してい 21) 本特集の鶴田論文では,ラオスの隣国,タイにおけるペンタム(pen tham)の意味を,仏教思想と 関係付けて説明している。本稿で登場するラオスの人びとはみな仏教徒であることから,彼らも仏 教思想におけるタム(tham)の意味を理解しているはずである。だが,本稿が対象とするのは,日 常生活におけるこの概念の使われ方にある。鶴田論文と併読していただくことで,ローカルな現場 においてフェアトレードの実践がどのように受容されているのかをより一層理解できるであろう。
ないのかははっきりしない22)。いずれにせよ,こういった文句の背景にあるのは,仲買人は農 民に対して寛大にふるまわなくてはならないという規範である。農民のなかで共有されている この規範に抵触するために,仲買人に対する文句が出るのである。そして,これらの寛大さに 欠くふるまいは,仲買人に対する不信を助長させる結果となった。 2-3 ローカルな取引環境における ATJ の支援の位置づけ このような取引環境のなかで,農民はペンタム(公正)を潜在的に求めていた可能性はある。 そして,この要求が ATJ との取引によって顕在化したと考えることもできる。ATJ は農民と 話し合い,農民の要求に耳を傾けてきた。もちろん,農民の要求をすべて満たすことはできな いが,たとえば,雨期の困窮期に一定額を前払いするという提案は,農民のニーズを満たす重 要な施策となった。このように,ATJ 側が農民のニーズを満たすことに成功してきたため,逆 に農民側はATJ の品質や量の要求を満たそうと努力するようになったのである。 先述の通りメーオが挙げたフェアトレードの6 条件は,ATJ 側がメーオに教え込んだもので はない。むしろ,ATJ との取引のなかで彼自身が経験的につくり出してきたものである。その どれもがこれまでの仲買人と農民との間の取引に欠けていた。したがって,ATJ との新たな仕 組みによる取引の経験が,メーオに取引の文脈におけるペンタムとは何かを考えさせる触媒と なったといえる。 3 リチャードと ATJ の競合関係 3-1 リチャードにとってのフェア 先述の通り,リチャードは,スペシャルティコーヒー焙煎業者の代理人を務め,2013 年度に は約8 トンのティピカをアメリカに輸出した。このリチャードの意図は,彼の次のような発言 に集約される。 JCFC のコーヒーのトレーサビリティをはっきりさせ,どの村からどの豆が届けられたのか を明らかにする。というのも,村々の土壌条件によって味は異なるからだ。そして,それぞ れの村の豆を点数化して,その点数に見合った値段をつける。実際,マイケル(アメリカ人 のコーヒー栽培の専門家)によればPK 村の豆は 80 点以上だった(2014 年 2 月の聞き取り 調査から)。 22) 今日では脱穀機から料金を徴収するのは一般的になり,あまり文句が出なくなったが,脱穀機が普 及しだす前はこのような「誤解」がよくあった。買取価格についても同様で,最近はどのように価格 が決まるかを農民も知るようになってきた。とはいえ,噂にすぎないが今度は「電気代があがったか ら」「輸出業者の買取値段が下がったから」と嘘をついて農民から金を巻き上げる仲買人も出てきた という。噂とはいえ,筆者はこの噂の効果は,売買に大きな影響を与えているように思える。
この発言から,リチャードは味に見合った価格で買い取ることを目指していることが分かる。 もっとも,リチャードは現状では栽培や加工の技術が未熟であるという。だが,これらの技術 を向上させ,品質の分かる輸入業者が買い取ってくれるのなら,今以上の価格で取引可能だと 考えている。スペシャルティコーヒーとして高値で取引可能な点数は 80 点以上であることか ら,発言のなかにある「80 点以上」という数字は,リチャードにとってとくに重要なのである [SCAA (online) 2013: 7]。 たしかに,ATJ とリチャードはどちらも単なる豆の買い取り以上の関係を JCFC と構築しよ うと試みていることに違いはない。だが,上記の発言を踏まえるならば,両者の目指すところ は異なっているといえる。ATJ にとってコーヒーの加工と輸出はあくまで手段であり,目的は 自立した組織の構築である。もし目的が高品質コーヒーの精製過程の支援やその豆の輸出であ れば,コーヒー精製技術に関する技術研修や高品質なコーヒーの市場を開拓していくという努 力が見られるはずである。だが,ATJ がこれまで行ってきたことは,JCFC の幹部を中心に話 し合いの場を持ち,いま組織に何が必要かを問い,その要求の中でATJ ができる範囲の支援を するということであった。さらに,ATJ はそれを 1kg あたり 1,000kip の社会開発費の枠内で 行うか,あるいは援助ではなく無利子の融資を行うことを重視しており,JCFC の要求に応じ て慈善事業家から援助資金を獲得してJCFC に授与するといったことは一切していない。こう いった取り組みが含意するのは,JCFC という組織が自助努力で組合員が求めるサービスを提 供できるようにすることであり,そのための資金調達の手段としてコーヒーの売買が位置づけ られているということである。 一方,リチャードの場合,組織の運営は手段であり,JCFC を支援する目的は,あくまで高 品質のコーヒーを精製し輸出することにある。そもそも彼はJCFC のコーヒーの味に魅了され て支援するようになったのである。コーヒーを輸出した焙煎業者から,高品質のコーヒーを精 製するには,水洗後の乾燥作業は一カ所で行い,乾燥度合を均一にする必要があるという助言 を受けている。さらに,現状の木造の倉庫では豆の保管状態がよくないため,ステンレス製の 倉庫を建設するようにも助言を受けている。リチャードはこれらの助言を実現させようとして, 倉庫建設費として約3,000US ドルをアメリカの慈善事業家から調達した。さらに,豆の加工工 程も変えるようにJCFC 側に提案している。したがって,高品質なコーヒーを精製するために, 組織のあり方に変更を迫るという方法を取っている。このように両者の支援の仕方を比較した 場合,目的と手段が正反対になっていることがわかる。 3-2 リチャードと ATJ の相違点 以上のような支援に対する考え方の違いは,フェア概念をめぐって,両者の考え方が衝突す
ることにもつながる。ATJ の担当者は,毎年 8 月に現地に赴き,JCFC の組合員とその年の買 取価格について交渉し,暫定価格の一部を前払いすることになっている。この際,ATJ の担当 者は,その時,アメリカに戻っていたリチャードと電話で話す機会があり,リチャードから前 払いに対する異議が唱えられ「フェアな交渉をお願いする」と言われた。彼もアメリカに豆を 売りたがっているため,ATJ と自分たちが歩調を合わせて JCFC と価格交渉することを望んで いる。したがって,自分より先に前払いの確約をして輸出量を確保するのでは,自分たちに豆 が回ってこない。 もっとも,リチャードは「ATJ が高く買ってくれるのであれば,それでも構わない」と発言 していることから,必ずしも自分の得意先に豆を輸出したいわけではない。あくまで現状では 彼が想定する味に見合った価格にはなっていないために,ATJ が先に「比較的低い」価格で組 合員と合意してしまうことに納得がいかないようである。 ATJ の「前払い」は,たしかに雨季の困窮期に農家の現金収入を手助けする効果をもつ。だ が,この行為が別の側面からすれば,今すぐに現金が欲しい農民にとって,味には関係なく, 他の業者が交渉する前にATJ と農民との合意によって価格と取引量が決まってしまう,「抜け 駆け的取引」のように見えるのである。リチャードの見方からすれば,ATJ の価格交渉の仕方 は,本来もっと高い価格で売れる可能性があった豆を,低い価格で売ることに組合員自らが合 意してしまうことになり,機会損失だと見なされる。 リチャードはATJ 側にメールで,「日米 3 社ずつのスペシャルティコーヒー焙煎業者にカッ プテストを依頼し,点数をつけてもらったうえで,点数に見合った値段を提示してもらう。そ のうえで,6 社の値段の平均をだし,買取金額とする」という提案をした。おそらくこれがリ チャードにとってのフェアな取引の仕方なのだと推察する。あくまで彼は,味にもとづいた価 格を提示することが重要であると考えている。 3-3 リチャードのフェア概念の背景 このような支援者同士の競合関係は,コーヒーの市場に特有の事情が絡んでいる。アメリカ のフェアトレードコーヒー市場の動向について分析したジュリア・スミスは,「フェアトレード 市場」から「スペシャルティコーヒー市場」へという,今日のコーヒー市場の変化を跡づけて いる[Smith 2010]。そもそもスペシャルティコーヒーとは,「欠陥豆の混入がほとんどなく, 各産地のテロワール23)にもとづく明確なキャラクターを持つコーヒー」[堀口 2005]とされて いる。2000 年頃から徐々に市場が拡大していき,今日では全生産量の 5%程度がスペシャルテ 23) テロワールとは土地の性質を意味する。ワイン業界で使われる用語であるが,スペシャルティコー ヒー業界でも使うようになった[堀口2005]。
ィコーヒーとなっている24)。 つまり,ATJ のように生産者と消費者の間の交渉により公正な価格を設定したり,あるいは FLO 認証のように産地の物価をもとに世界的に統一された価格を設定したりするのに対し,ス ペシャルティコーヒーはコーヒーそのものの味によって産地のブランド化を図り,豆の品質に もとづいた価格を設定するという方向性を目指している。スペジャルティコーヒー業界も,フ ェアトレード業界と同様に生産者に対するさまざまな支援を行っているが,その方法は両者で 異なっているのである。
お わ り に
本稿では,4 種類のアクターの関係性に焦点をあて,それぞれが異なったフェア概念にもと づいて支援活動をしている様相を明らかにし,その相違が支援者の間の立場の違いにどのよう に影響を与えているのかを記述してきた。それをまとめると表1 になる。官制協同組合の AGPC の場合,FLO の社会的,経済的,環境的と 3 分野にわたる世界統一の基準を満たしていること がフェアな取引を実践している証拠として担保される。次に,農民によって組織化されたJCFC (とATJ)の場合,売り手と買い手とがお互いに話し合い,両者で決めたルールにもとづき対 等な関係を築くことがフェアな取引だと想定している。他方,リチャードの場合,豆ごとに点 数をつけて,豆の価値に見合った金額を支払うことがフェアな買取だと想定している。 表 2 アクターごとのフェアな価格の決め方,根拠,関連する概念 アクター フェアな価格の決め方 フェアの根拠 関連する概念 AGPC FLO スキームに則っ ている 世界統一基準 認 証 型 フ ェ ア ト レ ード JCFC/ATJ 農民と直接交渉し,農 民の要求を聞いている 対等な関係 連 帯 型 フ ェ ア ト レ ード リチャード 豆ごとに点数をつけて いく 豆の価値 ス ペ シ ャ ル テ ィ コ ーヒー 出所:筆者作成 このようなそれぞれのアクターの立場の違いは,FLO の想定するフェアと国家の文脈の中で 規定されてきたフェア,ないし現地社会におけるローカルな生活に根差したフェアという2 つ 24) スペシャルティコーヒー市場のほとんどがアメリカ合衆国であり,その残りは日本であると言われ ている[堀口2005]。の相対立するフェア概念が衝突し合うといった見立て以上のものを浮き彫りにする。もっとも 生産者支援の文脈において取引におけるフェアとは,必ずしも一つに定まるものでないことは 当然である。むしろ重要なのは,本事例から明らかになったように,さまざまな支援団体がそ れぞれのフェア概念にもとづいて時には協調し,時には競合するというダイナミックな関係で ある。このゆらぎのなかで,今後も新たなフェア概念が創発したり,場合によってはこれまで の意味内容が変容したりするかもしれない。フェアトレードの議論において見逃されているの は,FLO が想定するフェアに対して,さまざまなフェアが協調したり,競合したりする取引環 境である(図3)25)。 とりわけ,JCFC と ATJ の協調の様相は,以下の 2 つの意味において興味深い。第 1 に,メ ーオはフェアトレードに関する6 つの原則を挙げてきたが,これは ATJ との取引によってメー オ自身が考え出したものである。こういったフェアトレードの基準は,FLO の想定するフェア トレードの基準とは異なり,現地の文脈に即して見出されたものであるといえる。メーオがこ のような独自のフェアトレードの原則を,方々で語っていくことによって,ローカルな文脈に 即したフェアトレードが根付いていく可能性はある26)。 第2 に,農民である JCFC の幹部は,農村社会の文脈のなかで理解可能なフェア概念を構築 してきている点である。彼らの生きる農村社会において生産物の売買は,その社会的条件が理 由で不確定要素の多いものになっている。農民の売却相手である仲買人は,決して信用できる 相手ではなく,いつ自分たちを騙すか分からない人たちなのである。もっとも,仲買人が実際 に農民を騙すかどうかが問題なのではなく,農民の日常の会話の中で繰り返される仲買人に対 する噂話が,仲買人に対する不信を増幅させる。こうした仲買人に対する農民のイマジネーシ ョンが,ATJ の試みる話し合いによる価格決定の仕組みと結びつくのである。 ATJ は農民による「自立」した組合運営を目的として,幹部農民の主体性を涵養するために, 幹部と何度も話し合いを重ね,幹部の実現したいことに寄り添ってきた。この根幹をなすのが 価格決定のための会議である。ここで各単協の代表とATJ の担当者が顔を合わせて,彼らの要 求を聞き,ATJ 側との妥協点を見つけて,収穫期前に買取価格を決める。これが不確定要素の 多い売買環境において農民の安心を与える効果をもたらしている。 ここから,支援の現場において,外部からもたらされたフェア概念が,ローカルなフェア概 念と共振し,支援者と被支援者の間に協力関係が築かれていることが読み取れる。そして,こ の関係を通して,被支援者が現地の文脈に即したフェアトレードの理解を生み出してきたこと が分かる。フェア概念は,決して固定的で普遍なものではない。むしろ,それは被支援者の置 25) この取引環境のなかで農家が実際にどのように売り先を選択しているかという問いは重要である。 本稿ではこの点に言及できなかったが,箕曲[2014: 171-257]で詳細に検討している。 26) とはいえ,実際にはこの6 原則を守れる団体は,現状では ATJ しかない。JCFC 幹部は他団体にも 要求しているが,なかなか実現しない。
かれた社会的な環境にもとづいて,何らかのきっかけにより解釈され,新たに生み出されるこ とがあるのだ。 図 4 フェア概念によるアクター間の協調と競合の関係 出所:筆者作成 フェアトレード製品の消費者の中には,生産者と貿易団体が,ともに不公正な貿易と対峙し, 一致団結してフェアトレードを実現していると考えているかもしれない。しかし,一部の支援 の現場では,この事例のように,さまざまな支援者が異なったフェア概念にもとづいて取引を 行い,それに合わせて被支援者の側もどこかの団体と協力したり,あるいは敵対したりする。 このときに私たちが理解すべきは,現地のフェア概念がどのような意味をもち,支援者と被支 援者のつながりによって,この概念が新たな意味をいかに獲得していくかである。 以上のようなJCFC のフェア概念は,メーオの例からわかるように,ATJ と JCFC とのこれ までの取引を通して,経験的に獲得されてきた。だが,今日,リチャードを通して,スペシャ ルティコーヒー業界が想定する豆の価値に従った価格決定をする取引のあり方が,JCFC 幹部 に提案されつつある。この新たな価格決定の仕組みに対して,JCFC 幹部はどのような対応を コーヒー生産者の社会 FLO のフェア AGPC のフェア JCFC のフェア ATJ のフェア リチャードの フェア スペシャルティ コーヒー業界のフェア フェア概念の競合 フェア概念の競合