はじめに 成人鼠径ヘルニアに対するtransabdominal pre-peritoneal repair(TAPP)法は,近年急速に普及 している1). われわれは,TAPP法において腹腔鏡下手術の メリットである整容性,低侵襲性をさらに追求す るために細径鉗子を用いた手術,単孔式手術,ス テイプルによるメッシュ固定を行わないセルフグ リップメッシュを用いたTAPP法の臨床試験を 行ってきた2)3).細径鉗子を用いたTAPP法ではポー 受付:2019年5月13日,採用:2019年6月20日 連絡先 須藤隆之 〒020-0866 岩手県盛岡市本宮5-15-1 盛岡市立病院外科 ト刺入部痛が減少することによって,標準TAPP 法においてポート刺入部痛にマスクされていた患 側鼠径部痛が顕在化してくる可能性がある.メッ シュ固定目的のステイプルが術後鼠径部痛の原因 と考えられていたが,われわれの検討では,ステ イプルの有無は術後鼠径部痛に影響を及ぼさな かった3). 今回,われわれは,さらなるpain less手術を求 めて,TAPP法において患側の鼠径床に対するロ ピバカインを用いた浸潤麻酔の術後鼠径部痛への 鎮痛効果を検討した. 対象と方法 対象 2018年8月より2019年4月までの成人鼠径ヘル ニア症例に対して手術を施行した153例中,除外例 内容要旨 目的:transabdominal preperitoneal repair(TAPP)法における鼠径床に対する浸潤麻酔の鎮痛効 果を前向きに検討した. 方法:2018年8月より2019年4月までの成人片側性鼠径ヘルニアに対してTAPP法を行った104例を ロピバカインによる浸潤麻酔を付加した群(IA群)と付加しない群(Non-IA群)の2群に単純ラン ダム割付を行った.術後1,14病日に患側鼠径部痛と創部痛を術後14病日に患者満足度をvisual analog scale(VAS)で評価した. 結果:1,14病日患側鼠径部痛,創部痛VASスコア,術後鎮痛剤追加使用回数,14病日満足度VAS スコア,手術時間,出血量,術後在院日数においてIA群とNon-IA群の両群間で有意差を認めなかっ た. 結語:TAPP法における鼠径床に対するロピバカインの浸潤麻酔は,鼠径部痛に対して明らかな鎮 痛効果を認めなかった. 索引用語:鼠径ヘルニア,transabdominal preperitoneal repair(TAPP),浸潤麻酔
Fig. 1 Consort diagram of treatment for patients with inguinal hernia repair.
Fig. 2 View of the postoperative wound at POD 14.
12mm port for scope (arrow head) , 5mm port for surgeon (arrow). 49例を除いた104例を対象として用いた(Fig. 1 ). 患側鼠径床にロピバカインによる浸潤麻酔(Infil-tration anesthesia)を行った群(以下,IA群)と 浸潤麻酔を行わなかった群(以下,Non-IA群)の 2群に単純ランダム割付を行った.両側例,再発 例,緊急手術例,前立腺癌手術既往を有する症例, 心肺機能低下,アンケート調査を理解できない高 齢者,脳血管障害,精神科疾患患者を除外した (Fig. 1 ). 鼠径ヘルニアの分類は,日本ヘルニア学会(JHS) による鼠径部ヘルニアの分類に基づいて行った4). 本臨床研究は,当院倫理委員会の承認を得,対象 患者からは文書による同意を得た. 1.手術方法 手術は,硬膜外麻酔は併用せず気管挿管全身麻 酔にて行った.体位は,閉脚仰臥位で軽度患側骨 盤高位とし,気腹圧は10mmHgとした.臍横に弧 状切開を加え,open laparotomy法で開腹し,12mm ブラントポートを挿入し,気腹後に5mmトロッ カーを臍部より尾側の鎖骨中央線上に左右2カ所 挿入した(Fig. 2 ).10mm直視硬性鏡を使用し, 5mm剝離鉗子,5mm有窓把持鉗子,5mmバイ ポーラ型シザース(MICROLINE社製)を用いて 腹膜を切開し腹膜前腔を剝離した.IA群では,鼠 径床の腹膜切開前に患側の5mmトロッカーより ペチニードル(株式会社八光)を挿入し,健側の 5mmトロッカーより挿入した鉗子にて穿刺針を 誘導し,鼠径床部の腹膜前腔に下腹壁動静脈の内 側と外側,精索あるいは,子宮円索の内側と外側 の計4カ所を中心に0.75%ロピバカイン20mlによ る浸潤麻酔を行った(Fig. 3b ).メッシュは,パ リテックス™ ラップ プログリップ™ アナトミカ ル型(15×10cm)(COVIDIEN社製)を使用した.
a b c d e Fig. 3 IA group, 68-year-old man. a: JHS classification I-2 on the left side. b: infiltration ansthesia of the inguinal floor. c: Complete dissection of the groin area, d: Positioning of ProGripTM Laparoscopic Self-Fixating mesh (15 × 10 cm), e: Closure of the peritoneum. われわれが以前報告したプログリップ™ メッシュ の挿入,展開方法で手術を行った5)(Fig. 3 ).腹 膜の閉鎖は,V-Loc 180 クロージャーデバイス™ 3-0 15cm(COVIDIEN社製)を使用した.ブラ ントポート部の閉創は,2-0 Biosyn™(COVI-DIEN社製)にて白線を縫合し,4-0 Biosyn™ (COVIDIEN社製)を用いて真皮縫合を行った.5 mm創の閉創は,4-0 Biosyn™(COVIDIEN社 製)を用いて真皮縫合を行った.全例,日本内視 鏡外科学会技術認定を有する医師が,術者として 手術に参加した. 2.周術期管理 電子カルテ上で術前経口補水療法を導入したク リニカルパスを用いて周術期管理を行った.術後 2病日を退院日のアウトカム設定とした.術後創 部痛対策は,両群共閉創時に1%塩酸リドカイン 10mlを12mmと5mmポート挿入部の腹膜,腱膜 と皮下に局注した.術後疼痛対策として,両術式 共通で,術当日の夕食後よりセレコキシブ400mg/ 日を3日間内服とし,疼痛の訴えが強い場合は, ジクロフェナクナトリウム坐薬50mgあるいは,ペ ンタゾシン15mgの筋肉内注射を患者の訴えにより 追加投与とした.全身麻酔術後ある程度活発に運 動を開始する術後1病日と日常生活に復帰してい る14病日に創部痛と患側鼠径部痛を,術後14病日 に満足度をアンケート調査にてvisual analog scale (VAS)を用いて評価した(Fig. 4 ). 3.検討項目 本研究の主要評価項目は,術後1病日患側鼠径 部痛VASスコア,副次評価項目は,術後14病日患 側鼠径部痛VASスコア,術後14病日満足度VASス コア,術後鎮痛剤追加使用回数,手術時間,術中
出血量,術後在院日数とした. 探索的検証により非麻酔群の術後1病日鼠径部 痛VASスコアの平均値が2,標準偏差が1.8であっ たことより,有意水準を5%,検出力を80%,非 麻酔群の術後1病日鼠径部疼痛VASスコアを2と 仮定し麻酔群において術後1病日鼠径部疼痛VAS スコアを,1軽減できるとしてサンプルサイズを 設定した. 必要サンプルサイズの設定,統計学的解析は, JMP(Version 13.2.0)を用いた.Wilcoxon検定も しくはχ2検定を用いて行い,危険率5%未満 (p<0.05)を有意差ありとし,得られたデータは 平均値±標準偏差(mean±SD)で表した. 結 果 IA群とNon-IA群の両群間で,患者背景因子に 有意差を認めなかった(Table 1 ). 両群で,全例トロッカーの追加あるいは,鼠径 部切開法への移行なく手術を完遂することができ た(Table 2 ). 手術時間,術中出血量,術後在院日数,術後1, 14病日の創部痛VASスコア,術後1,14病日の患 側鼠径部痛VASスコア,術後14病日満足度VASス コア,術後鎮痛剤追加使用回数,漿液腫は,両群 間で有意差を認めなかった(Table 2 ).両群共に 創 感 染,メ ッ シ ュ 感 染,再 発 を 認 め な か っ た (Table 2 ). IA群において,術後約5時間外側大腿皮神経麻 酔による左L1知覚麻痺を1例認めた. 医療材料費の比較では,IA群は,Non-IA群に 比べてペチニードル7,000円,ロピバカイン889円 の計7,889円高額であった. 考 察 TAPP法において経皮的に鼠径部腹膜下に膨潤 麻酔剤希釈液を注入することを先行する膨潤 TAPP法は,2011年に徳村らにより報告された6). 膨潤TAPP法は,当初TAPP法の手技的難点を軽 Fig. 4 Questionnaire items in the survey. a: POD 1, b: POD 14. Table 1 Patients characteristics IA Group
(n=52) Non-IA Group (n=52) P value
Age (Years)* 66.3±13.1 65.9±12.4 0.84
Sex (Male/Female) 48/4 48/4 1.0
BMI (kg/m2)* 23.6±2.2 23.4±2.3 0.55
Past history of abdominal surgery (No/Yes) 39/13 37/15 0.83
Hernia location (Right/Left) 33/19 28/24 0.43
JHS classification (Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ/Ⅳ) 42/8/1/1 33/18/0/1 0.12
*: Mean±SD
減する目的で考案され,腹膜前腔の膨化によって 層確認が容易となり剝離しやすく,出血も少なく, 術後疼痛も少ないと考えられた6)~8).膨潤局所麻 酔を併用した方法は,TAPP法のみならずtotally extraperitoneal repair(TEP)法,Mesh-plug法, ULTRAPRO Plug法,Kugel法においても報告さ れている9)~14). 美容整形外科の皮下脂肪吸引術の麻酔法として 開発された膨潤局所麻酔法は,生理食塩液で希釈 した局所麻酔薬を大量に加圧注入して浸潤させる 局所麻酔法である15).膨潤法は,液性剝離により 適切な層で剝離を行うことと,麻酔剤を併用して 鎮痛効果を期待して行われている.しかし,鼠径 部切開法における膨潤麻酔の術後疼痛コントロー ルに対する有用性は報告されているが,膨潤TAPP 法における膨潤麻酔による鼠径部の鎮痛効果に対 する評価は定まっていない6)~8)12)16).徳村らは,膨 潤TAPP法における膨潤液量は150ml程度が適量と 報告しているが,われわれは電気メスの通電性の 低下を防ぐため大量の生食を併用せず浸潤麻酔と し,患側鼠径床に0.75%ロピバカイン20mlを用い た浸潤麻酔が鼠径部痛に対して鎮痛効果を有する かに主眼を置いた前向き研究を行った6).本研究で は,腹膜の切開,剝離に対する浸潤麻酔の効果を 判定するため,ステイプルによる鼠径部痛の影響を 除外する目的でセルフグリップメッシュを用いた. 気腹下のTAPP法においては,手術は全身麻酔 で行われるため術後の鎮痛効果に対してのみ評価 を行った.今回の検討において術後1病日,14病 日患側鼠径部痛VASスコア,術後鎮痛剤追加使用 回数いずれにおいても有意差を認めず,ロピバカ インによる鼠径床の浸潤麻酔は鎮痛効果を認めな かった.鼠径部切開法は,膨潤麻酔で手術を行っ たり,全身麻酔下でメッシュプラグ法を行った症 例に対するロピバカインの局所散布が良好な鎮痛 効果を示したとの報告がある16)17).今回のTAPP法 で鼠径部痛に対する局所麻酔による鎮痛効果を認 めなかった明らかな理由は不明であるが,鼠径部 切開法は,皮膚切開部と腹膜剝離操作部がほぼ一 致しており疼痛部位が限定されるが,TAPP法は, 切開部が臍周囲と鼠径部の2カ所で,鼠径床の腹 膜切開,剝離による鼠径部痛が元来軽度であった ため浸潤麻酔の有無による差が出なかった可能性 が考えられた. 膨潤TAPP法は,TAPP法の初心者に対して液 性剝離による効果で腹膜剝離が安全に行われると 報告されている6)9).本研究は,ロピバカイン20ml と少量であっても液性剝離は確認できたが,術者 が日本内視鏡外科学会の技術認定医でありIA群と Non-IA群の手術時間,出血量においても有意差が なく,膨潤麻酔の液性剝離による層確認,安全な 剝離操作,出血の軽減に対する効果は確認するこ
Wound infection (present/absent) 0/52 0/52
-Mesh infection (present/absent) 0/52 0/52
-recurrence (present/absent) 0/52 0/52
とはできなかった.逆に有意差は認められなかっ たがIA群では,Non-IA群に比べて局所麻酔剤注 入時間のためと思われる手術時間の延長傾向が見 られたことより術者が手技に習熟していれば膨潤 による液性剝離効果も期待できないと考えられた. laparoscopic percutaneous extraperitoneal closure (LPEC)法において,剝離部位に生理食塩水を注 入することで男児の精管,精巣動静脈を安全に剝 離可能であったと報告されている18).局所麻酔剤 による鎮痛効果は認められず,有害事象として外 側大腿皮神経麻酔による知覚麻痺を認めたことよ り,TAPP法の初心者に対する導入の際に液性剝 離による安全性を期待するのであれば,コストと 有害事象を考慮して膨潤効果を得るために麻酔剤 は不要で生理食塩水のみでも良いと思われた. 結 語 TAPP法における患側鼠径床に対するロピバカ インの浸潤麻酔は,鼠径部痛に対して明らかな鎮 痛効果を認めなかった. 利益相反:なし 文 献 1) 渡邊昌彦,猪股雅史,明樂重夫,他:【内視鏡外 科手術に関するアンケート調査─第14回集計結果 報告─】.日鏡外会誌 23:727-890,2018 2) 須藤隆之,梅邑 晃,中村聖華,他:成人片側性 鼠径ヘルニアに対する細径器具を使用したtrans-abdominal preperitoneal repair(TAPP)法と単 孔式TAPP法の短期治療成績の前向き比較研究. 日鏡外会誌 21:511-519,2016 3) 須藤隆之,藤原久貴,遠藤史隆,他:成人片側性 鼠径ヘルニアに対するtransabdominal preperito-neal repair(TAPP)法におけるセルフグリップ メッシュとステイプル法の前向き比較研究.日鏡 外会誌 23:495-503,2018 4) 日本ヘルニア学会ガイドライン委員会:鼠径部ヘ ルニア診療ガイドライン.金原出版,東京,2015, p26-27 5) 須藤隆之,藤原久貴,梅邑 晃,他:成人鼠径ヘ ルニアに対するtransabdominal preperitoneal re-pair(TAPP)法におけるパリテックス™ ラップ プログリップ™メッシュの展開法の工夫.日鏡外 会誌 22:551-556,2017 6) 徳村弘実,野村良平,西條文人,他:膨潤麻酔併 用による腹腔鏡下経腹的腹膜前鼠径ヘルニア修復 術.日臨外会誌 72:2204-2208,2011 7) Tokumura H, Nomura R, Saijo F, et al : Tumescent TAPP : laparoscopic inguinal hernia repair after the preperitoneal tumescent injection of diluted lidocaine and epinephrine saline solution and carbon dioxide gas. Surg Today 47 : 52-57, 2017 8) 野村良平,徳村弘実:【成人鼠径部ヘルニア2018】 腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術 膨潤TAPP法.消 化器外科 41:333-343,2018 9) Mizota T, Watanabe Y, Madani A, et al : Liquid- injection for preperitoneal dissection of transab-dominal preperitoneal (TAPP) inguinal hernia repair. Surg Endosc 29 : 516-520, 2015 10) 池田義博:【腹腔鏡下鼠径部ヘルニア手術の最新 手技】日帰り手術専門クリニックにおける膨潤麻 酔併用による単孔式TEP法.手術 70:1481-1490, 2016 11) 永田 淳,沢津橋佑典,矢吹 慶,他:手術手技 腹腔内到達法による腹膜前鼠径ヘルニア修復術で の細径器具を用いた腹腔鏡下膨潤麻酔法.手術 72:1899-1903,2018 12) 猪狩公宏,藍原有弘,落合高徳,他:鼠径ヘルニ ア手術における膨潤局所麻酔法と腰椎麻酔法の比 較.日臨外会誌 71:1708-1713,2010 13) 中嶋 潤,高金明典,小川雅彰,他:【ヘルニア 手術を究める】鼠径ヘルニアに対する膨潤局所麻 酔下ULTRAPRO Plug法.手術 66:531-535, 2012 14) 川村英伸,青木毅一,杉村好彦,他:Kugel法755 病変の手術成績と教育の展望.日ヘルニア会誌 4:11-18,2018 15) Klein JA : The tumescent technique for lipo-suction surgery. Am J Cosmet Surg 4 : 263-267, 1987 16) 柿沼 孝:【鼠径ヘルニアの手術:小児と成人の 違い】成人鼠径ヘルニアの麻酔.小児外科 44: 876-881,2012 17) 三好寛二,田中裕之,加藤貴大,他:全身麻酔で 施行した鼠径ヘルニア根治術の術後鎮痛における 手術終了直前のロピバカインの局所散布の有用性. 麻酔 61:1044-1047,2012 18) 山根裕介,篠原彰太,白石斗士雄,他:小児鼠径 ヘルニアに対する安全な腹腔鏡下経皮腹膜外ヘル ニア閉鎖術 膨潤LPEC.日小外会誌 53:1191-1194,2017
guinal hernias. Methods: One hundred four patients were randomly divided into two groups, 52 cases who received IA (0.75% ropivacaine) (IA group), and another 52 cases without IA (Non-IA group) during the period from August 2018 to April 2019. In the IA group, we injected 20 ml of 0.75% ropivacaine into the af- fected inguinal floor before the peritoneal incision. The degree of pain was evaluated with visual ana-logue scale (VAS) scores for the affected inguinal lesion in postoperative days (PODs) 1 and 14 and by the quantity of postoperative analgesics required. Results: There were no significant differences between the two groups for all compared items: the VAS scores for the groin pain at PODs 1 and 14, the amount of postoperative analgesics used, opera-tion time, bleeding volume, postoperative hospital stay, VAS scores of the port site pain, VAS scores of patient satisfaction or complications. Conclusion: IA in the inguinal floor was not effective to reduce the inguinal pain in TAPPs.
Key words: inguinal hernia, transabdominal preperitoneal repair, infiltration anesthesia