ワーク・ライフ・バランスの観点から
時 岡 晴 美
1.はじめに 前報では、現代家族の特徴に着目して「ライフスタイルとしての家族」と「社会システムとしての 家族」の矛盾を指摘することによって、男女共同参圃社会としての実態を明らかにしたうえで、「平 成18年度高松男女共同参圓に関する市民意識調査」と「平成18年度高松男女共同参圓に関する事業 所実態調査」のデータを用いて、市民の生活実態や意識と事業所の対応について明らかにすること で、現代家族のパラドックスについて実証的に検討した(時岡、2007)。その結果、家族を生活単 位とする性別役割分業意識や、職業生活・社会生活を営む上での男女差別はまだ根強く存在してお り、雇用に関する男女差別や、民法上の不都合などについても、意識は高まってきているものの未 だ解消されるに至っていないことを指摘し、男女共同参團社会実現に向けての取り組みに若干の提 言を行った。これをふまえて、本報では特にワーク・ライフ・バランスの観点から、雇用の場から みた男女共同参圃の現状と、現代家族をとりまく近年の動向について明らかにし、今後の施策の方 向性について検討する。 2.国連開発計画からみた日本の男女共同参画国連は1990年から「人間開発報告古(Human DeveloPment Report : H D R )」を刊行している(国連、
2006)。人問開発とは、人々が各自の可能性を十全に開花させ、それぞれの必要と関心に応じて生 産的かつ創造的な人生を開拓できるような環境を創出することであるとし、このような人問開発を 渕る新たな指標を示したものである。経済成長は開発にとって重要ではあるものの一つの手段にす ぎず、人々が各々にとって価値ある人生を全うすることを可能にする選択肢の拡大こそが開発で あるとして、人々の長期的な福祉レペルに着目し、人間開発を測る一連の新たな指数を開発した。
すなわち、人間開発指数(Human DeveloPment lndex : H D I )、ジェンダー開発指数(Gender-related
DeveloPment lndex : G D I )、ジェンダー・エンパワーメント指数(Gender Empowerment Measure :
GEM)、人間貧困指数(Human Povertylndex: H P I )である。 HDIは、人間開発を①出生児の平均余命から算出される「健康で十分な寿命の生活」、②成人 の識宇能力および初等・中等・高等教育就学率から算出される「敦育を得る機会」、③購買力平に よる調整済みの所得から算出される「適正な生活水準」の三側面から複合的に測定するもので、そ れぞれの国の平均的な達成率を示すものといえる。しかし、これには不平等の存在といった重要な 指標や、人権の尊重など計側困難な指標を含んでいないため、1995年からは人問開発指数(HDI) を算出する際に用いる指標における男女聞での達成率の違いを計り、ジェンダーによる不均衡を算 出するものとしてジェンダー開発指数(GDI)が採用されることとなった。 GDIはジェンダー −17−
間の不平等を示すために、いわばHDIに下方修正を行ったものであり、基本的な人間開発分野に おいてジェンダー格差が大きいほどHDIに対してGDIが低くなる。 2005年度(2003年統計)と2006年度(2004年統計)の日本の状況を見ると(表1)、HDTは2006年 度には0.949で、データ集計された世界177カ国中第7位を占め、前年に比して向上しており、他の すべての項目でも前年より向上している。しかし、GDIは0.942で、136カ国中13位であり、項目 毎の数値はわずかな向上かほぼ横ばい状態といえる。 GDIの対HDI比率を国別でみると、日本 は99.3%で69位であり(1位はルクセンブルグで100.4%)、前年度の94.3%に比して向上したものの 改善の余地がある。さらに、GEMに関しては0.557で75カ国中第42位と世界水準からみてあまり に低いうえ、項目別では前年に比してわずかな向上か横ばい、あるいは低下した項目もある。特 に、女性の男性に対する推定勤労所得比の低さは、一人あたりGDPの向上がHDIの向上に大き く貢献していることを考慮すると、ジェンダー格差が大きいことをうかがわせる。 表1 国連の指標によるジェンダー格差−2005年と2006年の比較から
指 標
2005年
(2003年統計)
2006年
(2004年統計)
前年比
人問開発指数
順 位
指数(HDI)
出生時平均余命
初・中・高等敦育の総就学率
一人あたりGDP
11位(177カ国中) 0.943 82.0歳 84% 27,967 US ドル 7位(177カ国中) 0.949 82.2歳 85% 29,251 USドル↑
↑
↑
↑
↑
ジェンダー開発指数
順 位
指数(GDI)
女性の出生時平均余命の対男性比
女性の総就学率の対男性比
GDIの対HDI比
14位(140力国中) 0.937 108.9% 97.6% 94.3% 13位(136力国中) 0.942 109.0% 97.7% 99、3%→
↑
↑
↑
↑
ジェンダー・エンパワーメント指数
順 位
指数(GEI)
女性の国会議員数*
女性の議員、高官、管理職*
女性の専門職と技術職*
男性に対する推定勤労所得比率
43位(80力国中) 0.534 9.3% 9.7% 45.8% 0.46 42位(75カ国中) 0.557 10.7% 10,0% 46.0% 0.44→
↑
↑
↑
↑
↓
*全体に占める割合(%) (国運「人間開発報告書2006」2007より作成) 3.日本におけるワーク・ライフ・バランスの推進と男女共同参画 1999年に制定された男女共同参圃社会基本法では、「男女共同参圓社会の実現を21世紀の我が国 社会を決定する鍛重要課題」と位置づけ、「社会のあらゆる分野において、男女共同参圃社会の形 成の促進に関する施策の推進を図っていくことが重要である」としている。これに基づき、2003年 男女共同参圃推進本部は「2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度に なるように期待する」という目標値を設定した。この数値は、2005年に策定された第2次男女共同 参團基本計圃にも掲げられてお胆、例えば女性研究者採用についても、総合科学技術会議基本政策展する日本の少子高齢社会において、将来の先端的科学技術の担い手や、管理的地位や役職に適す る人材が払底する危機感から、女性登用を求める動きを生じさせていると考えられる。 一方、内閣府男女共同参㈲局によると、企業において両立支援策を利用した社員がいる部門の管 理者7、000人を対象とするアンケート結果から、両立支援制度の利用は、総合的には、職場にプラ スの影響が大きく、具体的には、仕事の進め方について見直すきっかけになっていることが指摘 されている(男女共同参團会議少子化と男女共同参團に関する専門調査会、2005)。また、ライフ・ ワーク・バランス推進が企業に与える影響についての意識調査結果では、既婚・独身を問わず、男 女ともにライフ・ワーク・バランスが図られていると感じている人の方が仕事への意欲が高い ことが明らかにされている(男女共同参㈲会議少子化と男女共同参圃に関する専門調査会、2006)。 すなわち、仕事と育児の両立支援やライフステージに応じてライフ・ワーク・バランスが図られる ような取り組みは、特にその必要性が高いと考えられる既婚女性だけでなく、すべての男女にとっ て、仕事への意欲や満足を高める意昧でも重要であるといえる。仕事の見直しを図り、両立支援を サポートする職員の能力向上等にもつながることから、ライフ・ワーク・バランス推進と職場のマ ネジメントの両立も可能であると考えられる。 しかし、前報で明らかにしたとおり、生活者の意識の面でも性別役割分業意識が根強いが、この ことは今後の重要な社会問題とされる介護の場面に深刻な影響を及ぼしていると考えられる。例え ば、介護による離職は近年変わらず女性が多く、平成17年雇用動向調査によれば男性で0.2%、女 性で1.8%を占め(なお、女性の出産・育児による離瞰は3.9%)、男性は7.3千人、女性は68.9千人に 上る。平成8年調査では、男性5.9千人(0.2%)、女性28.5千人(1.1%)であったことから、特に女性 で増加が顕著に現れており、介護が女性の役割とされていることがうかがえる。介護に必要とされ る役割は、男女の協力によって充実するものであり、例えば高齢者の在宅介護の場合、できるだけ 多数の家族員で協力体制をとることが望ましいと考えられる。女性が離職せざるを得ない現状や、 その離職した女性にすべてを任せる介護のあり方より、男女あるいは夫婦がともに協力して、また 就労や社会生活に不安を抱くことなく安心して介護にあたれるシステムづくりが必要である。今後 のワーク・ライフ・バランス検討の方向性としても、重要な視点であるといえる。家事育児を分担 する若い世代が増加しているとみられるなかで、介護に関しては女性の役割とする傾向が変わらな いか若しくは強まっていることが推測されるのであり、この点に現代家族の持つパラドックスが読 みとれる。 4.高松市における事業所実態謂査からからみた現状と課藍 「高松市男女共同参團に関する事業所実態調査」の結果から、地方都市における事業所側から見 た実態についてみることにする。これは高桧市が男女共同参圃に関する事業所の意識や実態を把 握するために実施したアンケート調査で、2001(平成13)年、2006(平成18)年に実施している。い ずれも調査対象は、市内の従業員数10人以上の民営事業所のうち無作為抽出による1、500事業所で (2006年実績で事業所数の38.4%にあたる)、郵送によるアンケート方式で実施されたものである (表2)。 −19−
表2 高松市男女共同参画に関する事業所調査の概要
実施年
2001汗成13)年調査
2006(平成18)年調査
調査期問
調査方法
調査対象
配布数
回収数
回収率
2001(平成13)年5月 郵送法によるアンケート調査 市内の従業員数10人以上の民営事業所 無作為抽出による1,500事業所 592事業所 39.5% 2006(平成18)年5月 同 左 同 左 同 左 736事業所 49.1% これによれば、[女性従業員がいつまで働くことを望んでいるか]の設問に、2001年調査、2006 年調査とも変わらず「ずっと継続」と回答した事業所が圧倒的多数を占めており、しかも増加傾向 にある(図1)。「出産するまで」が減少したことも注目すべき点であり、前報で指拙したように市 民意識では性別役割分業意識が根強く存在しているなかで、事栗所の意識はかなり変容してきて いるとみられる(時岡、2007)。とはいえ、そのための事業所による取り組みについてみると、例 えば「育児休業・介護休業制度に伴って実施している取り組み」では、「特になし」が6割で圧倒的 多数を占める(図2)。実際に実施している内容でも「代替要員の確保」はわずか四分の一にすぎず、 他に挙げられている「社内報等で周知」「相談窓□の設置」につていは、その必要性は当然ではある ものの消極的な取り組みといえる。ずっと継続して従業することを望んでいる反面、そのための積 極的な対応をしているわけではないという現状がうかがえる。 図1 女性従業員がいつまで慟くことを望んでいるか ずっと継続 結婚するまで 出産するまで 育児の後に再就労 その他 ㎜-=・?I=
四│ ㎜四。I
㎜
皿 ・2006年調査 困2001年調査 四㎜
-四lml
0 1 0 2 0 30 40 5 0 6 0 70%「平成13年度高桧市男女共同参團に関する事業所実態調査」ならびに
「平成18年度高松市男女共同参團に関する事業所実態調査」により作成
図2 育児休業・介護休業制度に伴って実施している取り組み(複数回答) 代替要員の確保 社内報等で周知 復帰のための研修 相談窓口の設置 特になし その他 無回答 , ぶ ぷ 跨 M s ゛ 垣 − g s , − ’ m 匹『匹7可71 t M & 殉 匹 i ふ S i 器 , 照 s y s ・ 鼎而祠 m l 恥 咸 喇 Z i 添 油 S i 朗 ・ 泥 忽 煕 r i z ゝ 5 ゛ ` r l `・ ・ご− ゛゛ ` ^ ゛ ゛ 2 a’ ・a,゛ i’` 匹 ` ゛ ゛ ヽ , ・ S i 剔 S 断 禰 沼 り り i a だ 遂 腸 恥 l 涜 4 ぶ 邸 9 S i l ほ ー ヽ g 、 。 ・。、 。・, 心 茨 . ・ , i l S ぼ ぷ ゛ ゜ 1 ’ s 包 っ ・ 9 Q ヽ S ・ ・. ` 、 ` . 1 冨回 回西画圓 0 10 20 30 40 「平成18年度高松市男女共同参圓に 5 0 6 0 7 0 % 関する事粟所実態調査」により作成図3 育児休業・介護休業制度を定着させる上での問題点(複数回答) 代替要員の確保や処遇 人員計画が立てにくい 周囲の人の集務負担 代替不可能・業務効率低下 利用しやすい雰囲気がない 利用の有無による不公平感 休業中の賃金等の負担 復職時の能力低下 特になし その他 無回答 一 一 -醗 撒 − ー F 9 周 % ・ 琴 ¥ 5 s り 腎 笥 , S 改 2 ー 烈 3 9 3 四 召 皿 S 励 四 斑 l i 慨 数 邨 w 7 Q 砥 ・ s s 4 a ・ ー w s l s M 皿 m M s 四 四 皿 皿 g a 四 四 四 ! 公 X ‘ 凶 辿 励 ぷ 鮫 - 消 汲 心 汲 心 皿 皿 四 皿 蛎 吻 浙 煥 弛 鰐 珊 S S S a 笈 遼 燭 四 1 Ξ 一 7 靉 冒 爾 7 1 0 「平成18年度高桧市男女共同参圃に 4 0 5 0 関する事業所実態調査」により作成 図4 女性を雇用する上で問藍となると思われること(5つまで選択) 女性の勣続年数が短い 家庭を考盧する必要あり 家庭の事情で休む 顧客・取引先の理解不十分 管理職・同僚の理解不十分 就業環境整備のコスト 時間外・休日・深夜業の従事 休力面や法制上の刎約 転勤 出張等を指示しにくい 女性の職業意識 特になし その他 一 ■ I
皿
-四自
-| ●2006年調畳 圓2001年謂査穿’
■四’-=画││・・・
¬ | 四− ・ | 0 5 1 0 1 5 2 0 2 5 3 0 3 5 4 0 4 5 6 0 % 5 0 %「平成13年度高松市男女共同参圓に関する事業所実態調査」ならびに
「平成18年度高松市男女共同参圓に関する事業所実態調査」により作成
また、「育見休業・介護休業制度を定着させる上での問題点」としては、「特になし」はわずか1 割に過ぎず、「代替要員の確保や処遇」「周囲の人の業務負担」がいずれも過半数を占めている。調 査対象が比較的小規模な事業所であったことから(従業員数10人未満10.7%、10∼19人35.5%、20 ∼29人13.6%など)、これらの制度を定着させるためには、何らかの支援策を講じる必要があると いえる(図3)。一方、「女性を雇用する上で問題となると思われること」の設問では、「家庭を考慮 する必要あり」「家庭の事情で休む」が半数近くを占め、しかも増加傾向にある(図4)。特に「家庭 を考慮する必要あり」は2割近く増加しており、より仕事を優先することを求めていることがわか る。 家庭生活を営んでいるのは女性だけではなく、男性と女性の協力によるべきものであるが、性別 役割分業意識が根強いなかで、仮に事業所に負担義務のない支援策の充実だけをはかることは、女 性だけに育児や介護の担当を求めることに繋がらないだろうか。前述の介護による離職状況から も、その可能性は否定できない。近年では、ワーク・ライフ・バランスが注目されていることから も、今後の事業所の対応やその支援策の検討においては、男女ともに就労と家庭生活ともに充実す るための方策を考慮する必要があるといえるのではないか。 −21−5.ワーク・ライフ・バランスの先進的取り組みの可能性 「少子化社会白書」において、少子化克服に向けた課題として、仕事と生活の調和をめざす「ワー ク・ライフ・バランス」の推進が必要であるという指摘は、過去の白書にも記されている。特に「少 子化社会白書平成17年版」では、欧米諸国の少子化対策についての詳細なレポートをふまえて各 国の状況を比較し、わが国の政策スタンスについて言及している(内閣府、2005)。これによれば、 政策スタンス(出生率に影響を与える政策に対する態度)として、継続して「回復させる」としてい るのはフランスだけであり、他の国では「出生率の評価」がたとえ「低すぎる」と認識していても、 政策スタンスとしては「介人しない」としている(表3)。なお、フランスでは1986年の同様の調査 においても、「出生率の評価」を「低すぎる」として、出生率を「回復させる」というスタンスに立っ ている。 表3 主要国の出生力への評価と政策スタンス