メタファーと認知
最 上 英 明 0.はじめに 隠喩や暗喩などと訳されるメタファーは,レトリックの一層として,古代ギリ シア・ローマ時代からの長い研究の歴史を持っている。それだけに,これまでの 研究の蓄積量だけでも膨大である。佐藤信夫の『レトリック感覚』でも,隠喩に 関して次のように述べられている。 (1)古代から,現代でもなお,隠喩はつねにレトリックの中心的な関心のまとで ある。一九世紀後半に古典レトリックがすっかり見捨てられたのちも,隠喩だ けはいつも哲学者,詩人たちの興味をひきつづけている。かぞえてみることな どとても不可能だが,古来,研究され書かれてきた隠喩論の書物や論文は,何 百,いや何千か,数知れず,隠喩に関わる問題はもう出つくしているのではな いかとさえ思われるありさまだ。 (佐藤1992:113)これだけ膨大な研究畳を誇るメタファ・−であるが,もっぱら研究の分野として
は,哲学,修辞学,文学といった領域を中JL、に関心が持たれてきたのではなかろ
うか。言語学という学問(もっとも厳密な学問としての言語学は,18世紀末から
19世紀初頭にかけての比較言語学の誕生とともに始まったとされる)においては,
メタファーは周辺の扱いを受けてきたように見える。少なくとも近年の言語学研
究の主流ではありえなかった。言語学は学問として自立した比較言語学の時代以
降,今世紀に入りソシュール及び彼に続く構造言語学,その後チョムスキー登場
以後の生成文法の登場と目まぐるしく変遷してきた。これらの流れにおいて,メ
タファーが大きな関心を集めることはなかった。ところが,ごく最近になって,普遍文法の樹立を目指すだけの生成文法の理論
からは漏れてしまう重要な言語現象も扱えるような,より人間の認知構造に密着
最 上 英 明 72 した言語研究も推進されてきた。認知言語学などと呼ばれる動きである。こうし た人間の認知を主体におく言語研究が進むにつれ,メタファーによる言語表現が 何らかの概念を我々が理解する際の認知構造に深く根差していることが指摘され 始めるようになった。その後メタファーを中心とした言語研究が増え始めてきた のだが,その囁矢となったのが1980年に刊行されたレイコフ/ジョンソンによる “Metaphorsweliveby”(邦題は『レトリックと人生』)である。これは我々 の日常の言語活動においてメタファーが不可欠なものであり,言語行為の中にそ れが偏在していることを,数多くの事例で示したものである。メタファ・−の再評 価である。 この小論では,最近ますます進んでいるメタファー研究の状況を,これまでの 研究史の流れの上でとらえ直し,メタファ・−と認知の関係を考察する。 1..メタファーに関する学説の流れ ピーレンツによると,認知過程の結果としてメタファーを考える最近の理論を 構成主義的な理論と考えるなら,それ以前の伝統的なメタファーに関する理論は, 非構成主義的なものであるという(Pielenz1993:59ff.)。近年の認知メタファー について検討する前に,まず従来の学説を・簡単に見ておく。 1.1非構成主義的理論 従来の非構成主義的理論の代表的なものが,次の「比較説」と「代替説」で ある。いずれもアリストテレス以来の伝統的解釈と考えられている。
1..1.1「比較説」 Verg1eichstheorie
‘Aist B,というメタファーは,‘Aist wie B’という表現の書き換え
と考えるのが,この比較説である。
(2)a”Richardist ein L6we
例えば(2a)の「リチャードは獅子だ」というような有名な古典的メタファ・− は,(2b)の「リチャ・−ドは獅子のようだ」(勇敢・攻撃的などを含意)とい う本来の表現を簡潔に表現したものと理解される。メタファ・−(隠喩)がしば しば「短縮された直喩(verk血zter Vergleich)」などと評される所以である。
1.1.2 「代替説」 Substitutionstheorie
‘Aist B,というメタファ・−は,‘Aist C’という表現の代替であると 考えるのが,この代替説である。(3)a..Richardist ein L6we
b..Richardist mutig,furchterregend,grimmig 例えば(3a)の「リチャードは獅子だ」という表現は,(3b)の「リチャー ドは勇敢だ,恐い,激怒している…」などの代替と見なされる。 これらの非構成主義的理論では,メタファ・−を単に言葉のパラフレーズによ る置き換えに基づいて考えており,メタファーを寄生的なものとしてとらえる。 1…2 構成主義的理論 上記の非構成主義的な理論も,それなりに説明力のある有意義な理論ではあ るが,メタファー表現によりもっと積極的な意義付けを与えようと考えられた のが,この構成主義的な理論である。ここには,ブラックなどにより提唱され た「相互作用説」,それからこの小論で詳しく取り上げるレイコフ/ジョンソ ンの「概念メタファー説」が含まれる。 1。2.1「相互作用説」Interaktionstheorie ブラックが相互作用説を提唱した1962年の隠喩論(佐々木健一腐『創造のレ トリック』に所収)で書いているように,「隠喩的陳述は形式的比較やその他 何らかの本義的陳述の代替物ではなく,他と異なる自身の能力と成果とを持つ のである」(同書:14貢)という立場から出発するのがこの説である。従来の
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ようにメタファーを単なる代替と考えるのではなく,メタファーに独自の新た な想像的役割を付与しようとするものである。
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(4)Der Menschist ein Wolf
(4)の「人間は狼である」という文では,ブラックによると,メタファー的に 表現されている「狼」に関して各自が持つ「連想された通念の体系(thesystem of associated commonplaces)」によって,解釈されるという。この通念の体 系というのは,「狼」に対する価値観が異なる民族同士では,異なった解釈が なされるこ.とになり,文化によって異なるという視点も導入されることになる。 なおブラックは,メタファー的に用いられている部分を「焦点(foc11S)」 (上の例では「狼」),残りの部分を「枠組(frame)」(上の例では「人間は∼ である」)と呼ぷ。この「焦点」と「枠組」で取り上げられる観念や概念同士 が,相互作用して新たな意味作用を生み出す−という指摘は,確かに従来のメタ ファー観の転換をもたらすものであろう。ただブラックの言う「相互作用」の 内実については,具体的な説明があまりなく,メタファーの認知の面からの包 括的なとらえ直しは,次のレイコフらの研究へ引き継がれることになる。 1.2.2 「概念メタファー説」 Konzeptuelle Metaphern レイコフ/ジョンソンにより提唱され,その後のメタファー研究の興隆を巻 き起こした説であるが,基本的発想は上の相互作用説と基を−・にしているとい える。しかしメタファーの機能が,より我々の人間生活の中に根差した重要な ものであることを,非常に豊富な実例で指摘した。その彼らの基本的な出発点 は,下記の文章に要約されている。 (5)メタファ・−(隠喩)と言えば,たいていの人にとっては,詩的空想力が生 み出す言葉の綾のことであり,修辞的な文飾の技巧のことである。つまり, 通常用いる言葉というよりは特別改まった表現をする際の言藷のことである。 それに,メタファーというのは言語だ射こ特有のものであって,思考や行動
の問題であるよりは言葉遣いの問題であると普通一般には考えられている。
したがって,大部分の人はメタファーなどなくとも,日常生活はなんら痛棒
を感ずることなくやっていけるものと考えている。ところが,れれわれ筆者
に言わせれば,それどころか,言語活動のみならず思考や行動にいたるまで,
日常の営みのあらゆるころにメタファ・−・は浸透しているのである。われわれ
が普段,ものを考えたり行動したりする際に基づいている概念体系の本質は,
根本的にメタファーによって成り立っているのである。 (レイコフ/ジョンソン 渡部他訳1986:3)「人間の概念体系が本質的にメタファーである」との見解が,認知言語学の
興隆ともあいまって,その後の言東研究に多大の影響を与えることになった。
メタファーを人間の概念構造と考えるレイコフらのメタファー論は,章を改め
て詳しく検討することにする。 2.概念メタファー メタファ・−があるものの概念を明解にするために∴我々の日常生活の至る所に 偏在しているというレイコフらの主張を,以下,いくつかの例で見ていく0 2..1議論とメタファー議論の性格を,いくつかのメタファーで表現することができる。例えば「議
論は戦争である」というものがある。いくつかの具体的表現を挙げてみる。
(なお,ここではピーレンツからのドイツ語の例を引用する。斜体字の部分が,
ブラックの用語での「焦点」,その他が「枠組」の部分を形成する。)
(6) 〈議論は戦争〉 Argumentation als Krieg
a.Er attachiertejeden einzelnenSbhwacipunktseinerArg■umentation
彼は議論のあらゆる弱点を攻撃する。
b.Wenn du dieseStTateg乙efahrst,dann wird er dich uemichten
最 上 英 明
C.Nach diesemAn8riffkonnteichmeinePositionnichtlangerhalten
こんなに攻撃されて,私はもう立場を保てなかった。
d.Er uerteidigteseineArgumenta七ion mit allen Mitteln
彼はあらゆる手段で議論を擁護した。 76
上の例文のように,「攻撃」「戦法」などのような戦争で用いられる用語で議
論が語られる。ただ単に戦争用語が用いられるばかりではなく,レイコフらの
主張では,議論をする際の我々の行動の全体が戦争のメタファーで概念規定さ
れるという。すなわち「議論には現実に勝ち放けがあり,議論の相手は敵とみ
なされ,相手の議論の立脚点(=陣地)を攻撃し,自分のそれを守る。優勢に
なったり,劣勢になたりする。戦略をたて,実行に移す。自分の議論の立脚点
(=陣地)が守りきれないとわかれば,それを放棄して新たな戦線をしく。議
論の中でわれわれが行うことの多くは,部分的にではあるが戦争という概念に
ょって構造を与えられている」(前掲書:5頁)という訳である。議論が戦争
のように考えられる社会では,議論の概念が戦争の概念を通して理解される。
それゆえ,「メタファーの本質は,ある事柄を他の事柄を通して理解し,経験
す・ることである」(同書:6貢)。従って,レイコフらによれば,メタファーと
いうのは単に言葉や言葉使いの問題ではなく,人間の思考過程を成り立たせる
重要な要因なのであり,メタファーとはメタファーにより成り立つ概念のこと
を意味する。次に「議論」を別のいくつかの概念メタファーで考えてみる。「旅」という
メタファーを考えると,議論には始まりがあり,一億線に展開し,段階を踏み
ながら結末に向かって進むという側面に着眼点が置かれることになる。(7) 〈議論は旅〉 Argumentation als Reise
a.Wir sind dauon ausgegaTtgen
我々はこの点から出発した。
b..Wir werden SchrittjiirぶchTitt fortfahren
C.Ihr Zielist zu zeigen,daβArgumente gtntig畠ind
彼らの目標は,議論が有効であることを示すことである。
d.Wir ha7nenZu einem beunruhigendenSthluβ.
我々は憂慮すべき結論に到達した。
また内容の側面を際立たせるには,「容器」のメタファーを用いる。
(8) 〈議論は容器〉 Argumentation als Behaltnis
a.Ich verstehe den Kem des ArgumenteS nicht
私は議論の中核がわからない。
b..Dein Argument hat Lachen
君の議論には穴がある(欠陥がある)。
C.Dein Argument hat nicht vielSubstanz
君の議論はあまり内容がない。
d.Das hadeichiTn Argument nicht entdecht
それは議論の中に見つからなかった。
容器は,限定された空間とその中に内容物を持ち,議論のそうした側面に焦
点を当てる際は,「容器.」の概念メタファーが有効である。「建物」のメタファー
を用いると,今度は議論の別の側面に焦点を当てることが可能になる。
(9) 〈議論は建物〉 Argumentation als Gebaude
a.,Deine Argumente(Theorien)habenkein凡ndaTneTW
君の議論(理論)には土台がない。
b.Das Argumentist wachelig
その議論はぐらついている。
C.Deine Theorie bricht auseinander
君の理論は崩壊する。
最 上 英 明 その議論の組立は奇妙だ。 78 議論(理論)も建物と同様に土台を持ち,ぐらついて崩れることもある。 さて,議論を樽徴づける主要な概念メタファ・−の例をみてきたが,これら 「戦争」「旅」「容器」「建物」のそれぞれ概念メタファ、一同士の関連性について 考察することも興味深い。例えば,「容器」と「建物」なら,どちらも基礎や 土台を持ち,堅固さが問題とされるなどである。こうした点を追求していくと, ある対象の概念構造がより一層明瞭になるであろう。 さらにまた今後の課題としては,様々な対象と概念メタファーとの結びつき を意味ネットワークのような形で明示できるようにすることがある。そうすれ ば,我々の日常の言語生活に重要なメタファ・一同士の関連性を把握し,我々の 社会の文化構造の−・端を垣間見ることもできるようになるであろう。その叫例 として,ピーレンツに挙げられた概念メタファーのネットを掲げておく。 qO)概念メタファーのネット (Pielenz1993:98)
2..2 言語学とメタファー 概念メタファーは日常的な営みばかりでなく,学問の分野でも興味深い概念 化を示してくれる。ここでは,言語学の進展をメタファ・−で表現した事例を取 り上げてみる(Pielenz1993:78ff)。まず枠組を簡潔に示すと次の通りである。 規範文法 比較言語学 構造言語学 生成文法 (川 a.言語学は法律 b.言語学は生物学 C..言語学は化学 d.言語学は数学
e.言語学は認知過程一認知言語学
言語学を法律という概念メタファーで把握すると,言語は法律のように,立
法の対象とみなされる。言語は厳密なコントロールを必要とされるような人間
の行動の一つと考えられる。理想的かつ矛盾のない言語とされるラテン語の時
代に作られた規範文法が,何世紀にも渡って言語学者の物の見方を支配してき
た。無条件に拘束力を持つ規則が,文法として成文化され,それに従って言語
行動の正しさが計られる。今日でも,学校文法にはその名残が感じられる。
言語学を生物学的にとらえる見方は,19世紀に登場した。ダーウィンの進化
論の影響が言語学にも及び,比較文献学が勃発した。これは言語相互の関係,
言語がどう変化してきたかなどを調べるものである。語彙・音韻特性を中心に
詳しく検討されることになる。言語データを収集し,比較分類する際の適時的
方法は,生物学の手法に依存し,我々の世界の自然言語の系統発生を明らかに
する言語系統図のような成果をもたらした。このメタファーではまた,言語は
成長し,先祖や子孫を持ち,やがて死ぬというような一・種の生物有機体として
考えられる。今日でも,語族,同系語,死語という言い方が残っている。
言語学を化学とみなすと,20世紀初頭の構造言語学を説明できるこ・とになる。
構造言語学の眼目は,それまでの比較言語学における個々の言語の語族関係だ
けでなく,むしろその言語の構造自体の方に移る。記述言語学とも呼ばれるが,
化学とのアナロジーが見られるのは,その手法の経験的操作である。化学者は,
0 最 上 英 明 経験上の操作で,未知の物質をそれ以上分析できない成分にまで分解すること により,その物質の正体を探る。化学はこのようにして,基本的な化学元素の 発見に成功し,多くの物質を化学構造式で説明するようになった。言語も文か ら単語へ,単語から音声へと分解され,音素や形態素といった言語の最小単位 まで分解することによって,自然言語でも化学同様の研究が進んだのである。 1957年にチョムスキーにより提唱された生成文法は,言語学を数学として考 える立場である。これまでの構造分析だけでは,人間の言語使用に典型的に見 られる創造性,つまり一・定の文法規則から無限の文を作り出すことができると いう能力を説明できないのではないかという見地から出発する。その際,文が 文法的かどうかを判断する直観的能力が重視される。その言語能力の形式的記 述を,数学のように行ってきたのであった。 そして,近年注目されつつある認知言語学は,言語学を認知のプロセスと見 る立場から出発する。人間をコンビュ・一夕と同様に,情報システムと考える。 そうすると,このような言語学の課題は,プロセスの構造と必要とされる知識 の構成を示すことである。人工知能の研究も当然射程に入れられる。その人工 知能研究の−・貫として,自然言語の体系ゐモデル化なども検討される。(10)で示 したようなネット化も,こうした認知言語学の課題の−一つである。 以上見たように,言語学の歴史的変遷も,概念メタファ・一によってそれぞれ の着眼点の置き方の違い(パラダイムの違い)に関する明解な説明が可能とな るのである。次世代の言語学が,どのような概念メタファーに基づいて進展し ていくことになるのか,見守っていくことも楽しみである。 8 参考文献
LakoLf,Gund MJohnson1980 Metaphors welive byChicag0
(渡部昇一他訳1986い『レトリックと人生』 大修館書店)
Pielenz,M1993Argumentation und Metapher・Ttibingen 佐々木健一・(編)1986り『創造のレトリソク』 勤草書房