土壤の反応並に各種成分がオリヴの成育に及ぼす影響(第1報)土壤の反応とオリヴ樹の発育に関する研究-香川大学学術情報リポジトリ

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第フ巻 劣3写・・(1956) 253 土壌の反応並に各種成分がオリグ

の成育に及ぼす影響(第1報)

土壌の反応とオジグ椅の発育に.関する研究

野 呂 笑巳 次郎

Effectsof the邑Oi1reactionand rlutr.ient elemer7tSOnthegroW†hofi=heolive(Ⅰ)

Studies on the‡・eactior}irlrelation to deVeloprr−ent of

the olive jn the pot culture

Ximijiro NoRO(Laboratory of Subtrol)i(:alF⊥uit)

(Received N0Vember・1】,呈955.)

_!_緒 オーリグ樹が−厳に石灰を好み,酸性土墟な汲も嫌う植物である事は定評であり,疑う余地がないかのように考え られているが併し土壌の酸性そのものが害するのかあるいは石灰の欠乏をこ基関しているかほ従来判明していない \ニ\ 単に石灰を・多く施せといわれていたに過ぎない MuelleI民 は花柘岩をJ辻岩としている土壌でほ成分が充分でな い・叉余り軽い土壌にても同様であると称している花崗岩ほ酸性岩であり,花崗岩な横広している成分に.も依る が血般に花崗岩の崩解して此来た土壌は粘貿帯びて酸素の含有巌少なく この点にお′、ても成長不良であると述べて (3) いるが,氏ほ石繋が最も葡効であると称しているDaⅥing氏 も同様石灰岩を母岩としている土壌が最もよいと い「ヽ 称し,それに反し,BIyden氏 は母岩の如何を決しで選ばないもので若し酸性が強い時にほ石灰を施すべきである (5)((う) と説いているこれと全く反対の説せ称え1ているのほMarimpietri氏 でオリグの酸性土壊にて成育の憩いのほ 土壌中の酸の影響でなく石灰の不足に基因しているもので置換性石灰さえ5gr/100gr以上あれば何等差支えないと 称し,次の実験結果を発表している・即ち(1)標準区52pH,12)41pH区,(3)ニaSo生を用いて4・OpHにした区,(4)Ca を用いて6・8pHにした区,以上4区の試験結果を見るに{2)区は樟死し,13収び4)区ほ標準区の2倍以上の成長を遂げ たと報じている (=い(12)(13〉 Renaud氏等は共内に石灰が三要素以上合宿せられており放も垂変な要素なるを証し明しているが次報に譲る 以上論じた如く土壌中の酸性が如何程迄低下すれはオリグ樹ほ成育しないか実験成約ほ未だ全世界何れの国に/て も発表せられていないから鼓にpHとオリグの成育に就き昨棒j127∼23年に慮り実験を行ったからその成績の著干を報 告せんとする 本実験ほ文部省科学研究費の援助を待たもので盈に厚く御礼申すと同時に幾多の文献を寄与せられた米国加州大 学Hartmann教授,仏領モロッコの農務部園芸課Cuenot謀反並にElaut技師に対し深く感謝の意な表する。 11供託材料並びに実験方法 供試土塊 木実験に供用した鉢ほ内径2尺,深さ2尺の円形の衆焼鉢でそれに要する土塊を各藩2鉢として必要星 を計算し昭和27年10月6[=こ所要pH壁にるよう硫乱撃並に硫酸石塀(第6区)を加用した 不実験に供用した土塊は家畜舎を毀した壁土を含む土壌と促成場の肥沃な土蜂及び建物を毀した時に混じていた ′ト石,秩等を多:らバこ含んでいた斯る」二壊を使用するに当り先づ筋で小石及び礫を除き必要量の⊥壊を各区2鉢と して6区分作り,それに次の如く硫黄華,硫酸石灰にて所要のpHに調製した1その当時の原土はpH61を示したか ら京大育種学教室濫て使用した硫黄華の独用遥を参照し第1表の通i)供試土壌を調製し,殆んど毎日各1茎のpH並

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香川県立農科大学学術報告 第1家 定楷当時の各区のpH立巨jこ土壌中の成分含有良

Tablel

pH of soil in each plot at planting time and percentage of fourimportant nutrient elements−N,PiaO5,K慧0and

exchangeable calcium 254 に生は度等を検定し,昭和28年3月 21日に日照充分である場所に鉢を据 えつけ当時4年生のmi3Sion濁水を 定植した.供試西木ほ既濫前年相当 開花結実したもので低調の発育を遂 げ植付けに際してほ全体の%を肇去 した 定植当時の各区における pH 並 にp寧調牒鱒使用した硫黄華並に CaSo4を界1表に示す 土壌の反応ほ常に変化し一党しな いから時々検定し可及的一足するよ う調節したい(罪1図)(備考)p‡i の測定ほ島津製電気pI壬測定器を使 界Ⅰ区l滞Ⅱ区l第Ⅱ区l滞Ⅲ区l第Ⅴ区 ○ 璽520gI 1,040 0 4.2 4.80 025フ 0∴21フ 0.153 0.350 硫 講 CaSO4 7−0 16.1 0 1 】1−35 度 酸 pH全N %弓0り257 ∴ ̄、 3……喜13∴……三 P905 K20 置換性石灰 用し,全酸度ほ大工原式測定法をこ依 った土壌の分析ほ本県農事試験場化学部に・依根した JⅡ実 験 結 果 (A)土壌反応と新梢発育昂と.の関係 各区共順調の成長を遂げ発芽も殆ど同日であったが 只軍4及び5区殊に第4区の1本及び第5区は発芽状憩 極めて−慈しく,5月8日に欝4区の1樹は落莫甚だしく, 葉色著しく光沢を失い内面に稲曲集を認めたからと てこも回復の見込みなきものと認め同年生同一\太さの Missionと植え更えを行ったその後成長ほ順調であ ったが6月中旬に至り成長中止の状態檻なった・その 前5月25日に第5区の1樹ほ第4区のそれと同一状態を 示したから早速同一底さのMissionと植え更えを行っ たこれ又罪4区の植更えと同様最初ほ同様に.恨粥の へ//′こゝ一ユーニー・−・ごl二ごナて 、・T句亡ク′ ̄ ̄ ̄・−・、 −.、 II ヲ 6 5 4 3 \一一−− \\// ご= =ワニ=だ 、一、 ⅠⅤ ′.′フ==ご . ‥1−‘・‘こゝ一一 ̄ ̄ ̄● ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ■、・ \▼■− _」__⊥.⊥_」_J臍_」__⊥」__⊥_

r・一・・ 19 10 11

新i吏+頂 定植 測 定 Ij 第1図 実験軋於ける土壌pHの変化 Fig.l.Seasona王change of pH during experiment period 成長を遂げたが6月下旬に至り,これ又成長を中止し たその間に肇5区の1樹ほ新梢梢伸び最も良好なものにて10cIn,普通1cm位の新梢を見,新米の色沢も異状を呈し 灰白色となり前述の如く枯死に残した1罪4及び5区樹の取り史え前の状態を示したがフ月刀iヨ頃より稽回復の兆候 を呪わした併し7月23日より再び葉ほ退色著しく襲弱の兆候を示した・ 第2,3区匿実験中における各区の新梢発育状態を示し参考に供する・ 8月1日 第4区の1樹(慮初の砲)は粟が退色の兆を現わしたが薪梢は梢伸長す罪5区の1樹(最初のもの)の柴 ほ殆ど退色し外面に巻き込む傾向があって殆ど枯死の状態を示す・且つ葉尖より褐色(Necrosis)を呈し始めた・ 8月23日 第3区の2樹ほ菓尖黄変し始めたものな認めた(罪オ図A)1・ (4) 9月5日 第3区において柴尖の黄変益々甚だしく HaItmann氏 の称するMg欠乏症の如き鶴を呈し始めた が,それより黄色が鮮明であった第5区の1樹ほ全く枯死の状態に陥ったり ユ2月25日 罪4及び5区の最初よりの供試即ち枯死の状態に陥ったものを掘り上げた処,第3図に・示す如く春期定 放した当時と殆んど変化ない板群状態を示し,新板の発生を認めなかった・併し春期に多少の発生を見たかも知れ ないが半カ年の間に枯死したのかも知れないl何れにせよ根群ほ全部褐変し枯死していたのであって定植前苗閲に て艦調な成育を遂げたのを物語って−いた(該供試樹は毎年移植したもの)小 根群の各区別ほ0・5mm以下を細限とし,5mm迄ほ1mm毎とし,5∼10mm迄を1区と.した‖ 根冠ほ側板の発生し ている上部を切断し,それ以下の直根のみとした(カ■リグにほ殆ど歯根なく甚だしく太く垂直に伸びた根を仮紅根

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第フ恕 第3号(ユ.956)

;むh

255 第2表 各区における新梢の成長鼠の割合

(枝の本数)

Table2.Ratio of eachlength o董new shoot at

each pまot 簗ウFig2lEffectofpHofthe sollonthegrowth O董01ive tiee 冠とした)邑つT/R率を求むるに当り根冠部は省い た (B)土壌中のpHと主幹0肥大成長 備考 肥大成長を測定するに当り昭和2弓年3月21日 の定植時に各樹の地_L基部の平滑なる部分にエナ・メル にて印をつけカリパにて直径を計り,ろち。mm迄読み 得た平滑部のなき樹ほ止むを得ず30cm位地上の側 枝を使用した・(側枝渕塵樹は.只工樹紅過ぎない).定植 後5月21日,フ月25E=こ測定しノそれ以後ほ新梢の測定と 同様1週間毎にし隋 界5図は第工,ⅠⅤ及びⅤⅠ区の肥大曲線を示したも ので,これを滞2図の新梢の成長曲線と.比較対照すれ (9) ば尾崎氏 の実験時果同様新緬ほ3つの山を画くもの らしくあるも,肥大成長ほ新梢の初期成長期にほ余り 急激な成長を示さず,8月上旬より9月下旬に亘り最も 成長盛であるのほ余が笛木の肥大成長の観察と.・一−・【一致し 屈り,新梢充分成長し,それ以後において肥大成長を 見るものと見て誤りでなく,解4区の殆ど枯死の状態 に最も近くあった区は第5区よりほ多少肥大成長を遂 げたが殆ど肥大を示さなかったと称すべきで,第5区 は却ってトラの肥大率を示したのは第4表に示した通り であり,肥大せしむるにほ柴を保謹し充分繁茂せしむ 第3図 た植当時と同・−一・根群状態新版は見えない,根 群ほ褐変す

Fig3 Same root system as one at the time Planted.Any new roots aIe nOt Seen and al1roots change to browncolor.Left”PlotV. Rigbt.Plつと‡Ⅴ

根 群 の 各 階 級 別 の 調 査

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香川県立腰科大学学術報告 P王ot ∬ 筆Ⅱ区 硫遺筆1040gI区 pH 4.0∼4い9 256 Plot I 第‡区 標準区 pH 65∼フ・○ Plot Ⅱ 第Ⅱ区 硫鼓華 520gI区 pH 59′・・■61 Plot V Plot Ⅵ 第Ⅵ区 CaSo431bs区 pIi6.2′∼フ2 Plot Ⅲ 第Ⅲ区 硫黄華2030gI区 界Ⅴ区 硫黄華 3120gr区 p壬Ⅰ3.4′−38 pH2.6∼3.8 第4図 昭和23年9月1日における発育状態(同一願離より写す) Fig.4.Status of Growth onさeptembeI1953

るのが最も肝要であるのを認めた1 臥 考 察 定植後僅か数十日で枯死の状態を示した のほ如何なる理由か判明しないが定植に際 して可及的同一・に土を振い細土を少なくし たのに不拘,酸性の強いカ5区よりも4区の 方の1樹が最初に杵死の状態に陥ったのは pH40以下にては何れの場合にてもオリグ は発育せず,樹内の養分のみにて若干の生 存ほ遂げ得るもので養分如何に依り枯死に 至る期間をこ多少の差を生ずるものと推知す べく,根群ほpH4い0以下の場合には致その ものの害がアルミナ・の過剰に依り被害を蒙 るかは今回の試験結果より推定出来ないが は 26 」旦 24 2⊥ _⊥ ‖き 且16 ユ0 Ⅲ l\■ \ ほが \t n \ 調 査 日

第5図 主幹の肥大成長曲線

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畢フ巻 第3号(1956)

第4表 定植当時より10月24日に至る期間の肥大率

Table41IRatioOf growth of diameter of trunk at time planted(March2l,1953) and Oct24,1953 257 Ⅱ 区】第ⅠⅤ 区 肇 Ⅴ 区】第 Ⅵ 区 備 考′肥大率計算濫当ってmm以下ほ四捨五入した 根群が被害を蒙り′全く機儲を失い枯死広重るほ事実である・第4区の1樹が柏死に頻した検問もなく第5区の1樹が同 じ兆候を示したのほ.当然で,殊に該樹は6月2J日に男6図(A)の如き被害を蒙って来たが,この兆供は普通入梅時 期に排水不良園において現われるものである点より考察すれほ斯る現象ほ根郎の水害に依り,原因の如何を問わず 根群に障害を受けた時に現われるものと.見て差支え.ない 前述の如く第5区は葉嚢端褐色を呈し(第6図),甚しいものほ全葉褐変し萎潤する.葉実端褐変しnec工OSisを生 ずるのほ強酸性の場合に生ずるもので土壌中に名養分存在するも吸収する能力なく一層の欠乏症である事ほ論を待 たない・斯くの如く根群が吸収機能を失ったのほ弛酸性の」二壌に基因するほ論を待たないが,人工的にpHを低めた のであるから土壌酸性の実体ほ無機酸,フ音機酸にせよ弱酸であり,解離程度が非借に弱いから例え28∼35にせ よ,間もなく40代になるを普通とし,事実斯くなったのであるが,都合慈しく4月中・下旬に最も酸性が強く現わ れたので娘群が被害を蒙りその後娘の磯偲を失い,例えpHが4○代に復帰しても回復.に至らなかったものほ第5区の 1樹を畑に出した後にも1年間ほ回復を見なかたっのと軌を山つにするのでほなかろうか Ⅰ各区の新相成長島の止較 第2表に示す如く山・見した処第2区及び第6区が最も成長よく,次いで第1区の標準区がよく,第3区は湘やくにし て成長を遂げているに過ぎな亡、軍4区,男5区ほ枯死の状態を示し,他の4区ほ詳細に亘り調査を行ったが第4,5区 の新梢と古枚とが区別困雉であった(11月下旬調査) これを数字的に示すべく第2図ほ1週間毎に代表的の枝を汲促した‡,彗果であり,詳細ほ判明しないが第1区最も勢 力よく,次いで第2区及び第6区ほ殆と同一・の成長を遂げ欝3区ほ原因不明であるが9月下旬に急激な長成を見たが, 前3者に比し著しく腺昆の劣るを見る. 以上ほ調査本数僅かに1区10枝であり,これを以て優劣を決定するほ早討の感があり,単に斯る傾向を有するもの であることほ椎実であった・従って11月下旬調査終了と同時に4月よりの新梢を全区に且り調査したのが第2衷であ り,これを通覧するに明に各区の優劣が現われており1区10本宛調査した第2図の結果と.殆ど同一・であって第126 区ほ先づ偲調の成長度牒げ第3区は著しく成長が劣っているのを認め得た. 以上2方法の測定結果が殆ど一致しいる点より考察すれほ一・見極めて不完全な方法であるが,結果において斯く の如く一・致せば実験結果は信用し得るものであろう. Ⅱ 成長古畳とニl壌のpHとの関係 供試した土塊ほ前述の如く肥沃な各種土塊を混じたもので各種成分も殆ど申分なく,只硫黄肇を以てpHに差を生 ぜしめたものであるから水溶性Al,置換什Caに差を生したものであった勿論第二次的にMgの含昼に遥レを見た のである 各試験区を適し最も順調な成長を遂げたのは節2区,罪1区及び難6区であり,何れもpH50以上を示し,置換性 Caの含足場3区を通じ何れも○3C)%以上 罪3区,第4区及び第5区において検討するに罪3区の欝換†三とCaほ平均02フ○%,第4区は0252%第5区は0255%で Caの欠乏した土塊という事は出来ない・しかるに水溶性Alほ何れも相当に強く第4及び5区に何れも1274及び1・0プ4 ppmで,これを以て見ても如何にCaが多量に含まれていても前述の如くpHの限度(410以下)を越えては根群が枯 死し養分吸収の能力を失うから,MaIimpietri氏の実験粘果はオリグが成育し得る限度,即ちpH40以上において 初めて適用し得るものである・

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香川県立農科大学学術報告 258

第6図 被 害 薬 並に 成 分 欠 乏 症

A小根の被害に依るもの,B−D成分欠乏症(原因不明),図は梶本諭氏の男を感わした・ Fig.6

01iveleaves showing the symptoms ofvarious mineralnutrient deficienciesu

A.Leaf which root was damaged‖

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259 常7巻 第3写・し1956)

第3区のMg合最0虻11%,第4区0012%,葦5区0・008%で筋3区において既にある種の欠乏兆候(第柑B∼D)

を示し,加里は第1区00554,葦3区00198,畢5区00110%で第5区にて粟の尖端にNec工OSicを認めたのほ何れに 基因するかほ判明しないが単独要素の欠乏に基くものでなく根群の状態よりして併合欠乏症の感があって今後の研 4 () 究に待つの外がない.然るに.Mgの含量はCaの含爵と正の相関々係を示す実験はHaItmann氏.が行い,従来の説と (8) は反対で今後大に研究を要する点であるが余が実験においても斯る傾向を有しⅠ七十05325 なるを示した 新梢の伸長についてほフ月より調査を開始したため詳細ほ判明しないがフ月以前に第哨の成長があり,次いで2回 (1)

(10) 成長の最盛期を示すほ尾崎氏 の実験結果と・−激し,又A‡menise氏トほBa叱て1948及び49年の両年に亘−り細査し

た結果,4月初旬に成長ほ初まり7月上旬に終り,秋季ほ10月上旬に初まり11月中旬に終ると称しており且つ何れも

雨盈が非常に関係するもので年に.依り差を生ずるものであると.述べているがわが国の調査とほ梢異なるもので余も

本実験にて7月以後に.て2回の成長をなす点より考察して春季発芽当時より測定すれば尾崎民間棟3回の成長をなす ものと確信する Ⅱ 主幹の肥大率について

(10) 尾崎氏 の調査によれば6月下旬に最高の肥大を示し,額2匡及び欝∋回目の肥大が各々9月中旬及びユ0月上旬に行

われるが余が調査でほ梢趣を異に.し6月下旬より急激な肥大が始まり,8月に入り弱まり8月下旬より再び急激な肥 大が始まり9月下旬迄最も旺盛な肥大率を示しており,何れにせよ前述の如く新梢の第1匡成長期にほ余り肥大せず して第2回目の伸長期及びその後の伸長期と一・致するものである事は尾崎氏の実験結果と一激するものである事は 鳳埼氏の実験結果と.山致し居り,只本調査にて梢趣を異にするのほ第3区の成長余り盛でなかった区が第6区同様 32%の肥大率を示しているが同区の一樹は地上基部に過当なる測定部がなく側枝を以て肥大成長を言トったのに基く く1) のでほなかろうか 即ち測定部位の異なっている関係上斯る結果が現われたものと推定するAImenis氏ほ形成層 の活動は新梢発育後20∼25日に始まると称しており,吾々の実験結果と一激している 摘 要 本実験は土壌中のpHがオリグの成育に及ばす影響,殊に酸性の限度を確認すべく行ったものである 本実験ほ昭和2フ∼28年に二亘り内径2尺の素焼鉢に4年生ミッションを植え,土壌の酸性即ちpHを6階級にして実験 を行った. オリグはpH40以上なれば先づ成長を続けるもので4・0以下にてほ著しく根群が被害を蒙り殆ど新根発生せずして 褐変枯死に至る,.従って板の吸収機能を全く欠くに.至り,粟に各種の欠乏症の兆候を現わすもので単一欠乏症でな く併合欠乏症の如く推定する.最も早く現わるるのは石灰欠乏症のそれに類似した兆候で最近の実験結果より確認 (8) した 新梢の成長は第l区標準区(pH65∼フ10),第Vi区(pH617∼フh2),罪Ⅱ区(pH50∼6l0)が俊秀で,第Ⅱ区(pH4l0∼ 4い9)ほ漸やくにして成長し得る程度であり,pH4い○以下の第ⅠⅤ及びⅤ区ほ殆ど新梢発生せずして2∼3月間にて柴に 養分欠乏症が現われ,根群は褐変枯死する斯る原因が何処に存するかほ不明であるが余は根の養分吸収機能を失 い例え土壌中に充分各種成分存在するも吸収不能にて遂々成分欠乏症が現われ且つ根部ほ致そのものの害が水溶性 Alの被害か判明しないが枯死するに至る従ってオジヴ樹紅対する土壌反応はpH40が限界点であって扱低限度 pH4‖0を必要とする事実を認めた(罪2図)J肥大成長に.おいても第Ⅵ区及び第Ⅱ区が優れ,第Ⅲ区最も大なる肥大率 を示すも測定部が他と異なり例外と見徹した 本実験並に卿Ⅴ,Ⅴ区に周.われた薬の異状現象は目下何れも継続並に砂桝で実験中にて近く続報として発表せん とする IJ‡T耳RATてJR‡蛋 CIT認D l”ARMENISE,Ⅴ‥Gzowthanddi#erentiationcycles AbSi.27,32163)

Of b11dsinpezenmialplants of the teIritory of 2。BRYDEN。D.:01ive culture.Agr”GazNS小W. Bari・GrowthofOeurOpaeaintheyears(1949− 47(1937).(Llori=Absi6,256)

(8)

香川県立農科大学学術軍肇 9・尾崎 元扶:オリグ栽培上の諸問題,農学No

32.昭和2▲4年

10 :オリグの作り方,昭和2フ年

11RENAUD,P,BouAT,A,DuLAC,J.:宜t11desuI la physiologie dela n豆trition del’olivier

(Pヱemi合fm畠moi∫e)1A恍4㌢■α射5β′.』・21828−

48(195ユ) 260

Of AmeIica1845

4.HARTMANN,軋T..,BROWN7J.G:The e庶ect of certain mine工al deficiencies on,the growth, 1eaf appearance,and minelalcontent of young Oliv■e・hees却庵都離α22(3)(1953)

5.MARIMPrE了良工,L:Reactio軋Calcillm and the developmentoftheolive1ialAgrL87(ll)(1950) (助γ・f小必s才21,1383)(βわJ噌Aみs才絡6由2)

:Soil reaction and ca王ciumin

王elation to deve10pment Of the oliveh13CongY

玄紘0巌c3αC才α.Sl(1950ノ(励γ′1A凸S才・22,3439)

フ.MuELLER,B E∴Select extra tIOpicalplants 33(〕−33∈∋‖1895 8い野呂票巳次郎=未発嚢 (peuxi仝me m昌moiI−e)A㈹∴4少胡・・NO 4∫599■− 625.(1953) 13 Troisi伝meInるmoiI・e)∴血扁..、Agγ0臥.NO4(ユ954) R e s u m る

1n oIde工tO know the eだect of the acid soiland especia11y thelimiting point of the′pff on the如OWth pf the、Olive.the pIeSent Studies were carried out

Atre?、OfthefouryearsoldvarietyMissionwasplantedin eachlaIge

two pots..Thesoilofthestandardplot(Ⅰ)hムdthepHo董フandintheotliせi・plots,befoleplanting,the hadbeentreatedwithsu[phur toreducethepHto(ⅠⅠ)60,qI王)4.フ,(ⅠⅤ)32,(Ⅴ)3.5andcalciumsulph占ie

toreducethepHto(ⅤⅠ)65Thechang牟SOf thepHdurin寧theexpeIimentpeIiodareindicatedin Fig

l.The contents of exchangeable calcium were always su魚cientin each plot.

王n the plots(IV)and(Ⅴ),the symptoms of the de丘ciencies of the}nutrient elemehts appearedin the leaves after about two monthes(Fig6,B・D〉andIthink that these、de免ciencies depend uponthe synthetic

de丘ciepciesof抽eelernent,becausetheirrootslosttheabsoIbitivefunction,althoughthenutrientelements were su氏ciently containedinthe soilTheplantsintheplot(ⅠⅠ‡)gre☆belowstandA王dl(Fi女.2,うand

Table2)

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