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とりこまれる自然―日本的心性の展開 その二

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Academic year: 2021

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とりこまれる 自然

日本的心性 の 展開   その 二

大久保  喬樹

︿道なりに明治神宮一隅にある旧代々木御苑はさほどきな規模のものではないが︑閑静風情のある壷中天地といってよ

いような気分わえる庭園である︒有名菖蒲田見頃初夏ければ︑秋紅葉もまさに錦秋そのもののやかさで︑四季それぞれにえる日本庭園堪能させてくれる参道したから潅木小道けてくとまず︑正面には木立びた気配釣魚台名付られたその手前にはなだらかに傾斜した芝生地がっていて︑明治天皇昭憲皇太后のためにてさせたと

いう平屋造りのひなびた一軒家っているそこからまた小道むとお目当ての菖蒲田があらわれてうねうねと細長それをいて築山があったりあずまやで一息ついたりできるようになっているそして

らにそののどんづまりまでくと︑加藤清正ゆかりの清正井戸というものがあって︑深山幽谷わせる木立まれた水場からこんこんとらかないている

こんな具合︑鰻寝床よろしくひょろひょろと細長︑曲がりくねったりとなった庭園であるがその見所︑進んでいくにつれて︑次々なった風景があらわれてくることであるこれは︑池のまわりをめぐるよう

園路そこをむにつれて︑様々種類景色鑑賞できるようにした回遊式庭園様式応用したものだろうがなかでも精緻りとなっているのは菖蒲田である︒一見︑ただ一面様々種類菖蒲えられて

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いるだけのようにえながらそのをゆるやかにがりながらくあぜんでいくにつれて微妙めが変化していくように仕組まれている︒数歩進わずかな角度曲がるだけで︑同菖蒲であっても種類わり

れをめる角度︑その周囲背景のトーンもわってそうした変化連続するうちに万華鏡のような効果すのである

それはたとえばフランス式庭園代表するヴェルサイユ宮殿庭園などとは対照的なものだ︒太陽王ルイ十四栄華集約したような豪壮宮殿中央けられたテラスからめおろすこの庭園︑左右対称一直線並木列︑そのにはさまれた泉水などが一望のうちに見渡されるように設計されている︒﹁ビスタ﹂︵通景︑眺望︶とよばれるこの造園法のねらいは︑見一挙全景把握できるところにあるいかにも絶対君主

ふさわしい庭園美学その壮麗︑整然秩序づけられた圧倒的なものだがそのわり︑変化というようなものは微塵もなく︑固定的退屈ともじられる

これにしてなんと異質美学菖蒲田していることだろう︒規模もささやかならそのささやかな︑小さなかなにかのように︑道なりにへとされるようにんでいくというりもまったくいじまし

いほどだがそのりにをゆだねることによってまさにむらのっていく出会うような様々しむことができるのである︒変化といってもげさなものではないほんの陰翳ろいのようなものに

分︑様︑壷中天地境地満喫することができるのだそうやって︑道なりにそれにつれてあらわれる風景変化をた

どっていくうちにしだいに風景からめるというより︑風景りこみ︑風景一部していく⁝︒これが日本造園法特徴的﹁道なり美学というものの典型である

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ヴェルサイユをテラスから一望のもとに見渡時︑人ちょうど旧約聖書﹁創世記﹂において造物主たるみから地上世界計画通りに造成されていくのを見守るように︑庭って︑庭構造全体視野

におさめ︑認識するこの場合︑人主体として客体である統御その認識全的安定しているそれにしてこの菖蒲田では︑人一部えていてもその部分されているか︑進むにつれて変化して

いくというように未知空白︱後述する余白じるのままにされているのでありいわば迷路むようにをまかせていていくのであるそしていわば実存的ともいえるこの体験じて︑未知構造一体していくのであるその不安定感覚こそが﹁道なり美学真骨頂にほかならないこうした美学凝縮したものとしては︑茶室などにじる露地かれた配置微妙不規則なものにし

︑﹁体験させるのであるあいの宿屋などでいくつもの建物不規則がりくねった廊下ばれているようなりになっている場合などでも︑同様効果体験することがあるだろう︒逆にいえばこうした野生自然未知きに

感覚日本模倣したともいえるかもしれないさらにうならこうした感覚︑都会において整然とした都市計画まず︑迷路のようにんだ街路放図がっていくありかたにも無意識のうちにいているといえるかもしれない︒放射状大通りがひろがるパリ︑格子模様のように縦横街路るニューヨークなど欧米大都市して︑日本場合︑古代において中国

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設計されたをまねた平城京平安京などがけられた例外はあってもその後︑近世から近代︑現代にいたるまで︑日本都市︑多くの場合︑ただ規模きいだけでその細部ると︑明治神宮御苑あいの宿屋迷路のような構造になっている︒東京場合︑山下町という地形沿うようにかくがりくねった見通しのきかない道筋そこをたどるゆきあたりばったりにったりがる︑思いがけない出会ってかされるそれが東京散歩するしみでもあるわけだがそのしみとはまさに明治神宮御苑蒲田をめぐりしみと同種のものにならないその反面︑都市機能かられば︑種々混乱︑障害をひき

おこさずにはいないという代償ってだが︿借景思想﹀日本庭園特徴的技法のひとつに借景というものがある︒京都でいえば嵐山背景とした天竜寺などが代表なものとしてよくられているが︑庭えるなどのめをめの一部ないし延長としてとりこむ技法

であり︑庭園にスケールのきな遠近感︑立体感をもたせる工夫として発達してきたものである︒同様趣向庭園はヨーロッパなどでも雄大山岳風景背景とした山荘などにられるがその場合には基本的庭園庭園として完結したうえでそれを額縁のようにあるいは︑人になる庭園対比される野生自然として背後められる特徴的といえる︒屋内座敷縁側ってかうと︑手前樹木みこみ︑溶うようにがひろがってその全体一続きの風景になっているのである

あるいは︑多くの山寺などでは︑直接︑山そのものがむきだしのまま一部︑場合によっては主部をなすようにとりこまれているたとえば鎌倉瑞泉寺などが典型的だが︑臨済宗派禅僧であり天竜寺︑西芳寺などくの名園

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設計者としてられる夢窓疎石になるというその︑谷戸とよばれる裏山白茶けた凝灰岩荒々しくくりぬいたまるで月面でもわせるような荒涼とした印象いかにもしい精神性じさせる

ものだがここでは野生自然がすっぽりそのままにとりこまれているのであるさらにいえば︑借りられとりこまれるのは海︑樹木などの自然物にとどまらない︒西芳寺別名苔寺とい

うように見事植生有名だがそのしさの真骨頂︑季節時間︑天候などによってちょうど調

あるいは龍安寺石庭などでも︑石表情によって千変万化︑敷められた白砂きにつれそこにるというようにあたかも自然のドラマが刻々展開されていくのをたりにするよ

うな見所のひとつである︒通常意味での借景からはれるがこうした自然現象︑自然活動作用もまたたせる要素としてりられているのである

このように日本には︑自然依存あるいは自然協同してめて効果発揮されるような様々工夫まれているのでありいわば自然出会として設計されてきたといえる︒岡倉天心﹃茶本﹄利休

こんなエピソードを紹介しているある時︑息子少庵茶室じる露地清掃じた利休︑少庵一枚︑﹁露

未熟さをりつけたうえで一本をゆすり︑庭一面れにしたようならしたとい︒﹁利

はなくて︑美しく自然らしいということだったのである﹂︒

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︿盆景︑盆栽小宇宙﹀また借景などとんで日本特徴的作庭術盆景あるいは盆栽がある︒庭なり樹木なりをまるほどに﹃﹁縮人﹄︿小文化典型といえる趣味だが︑借景べると︑広がりにして縮小︑野外して屋内︑自然のままにして人為的加工というように対照的なこの技法における自然関係はどのようなものなのだろうかこの場合西欧とひきべてみることがひとつのヒントとなる︒盆栽のように縮小するのではないが︑樹木人為整形する共通する技法西欧庭園術にもあるこれはにイタリアやフランスなどラテン国々庭園しくヴェルサイユ宮殿などがその典型だがシンメトリーを基本整然幾何学的設計された庭園全体

構図にあわせて樹木見事円錐形まれあるいは︑格子模様のような垣根仕立てあげられているのであるこれにべて日本盆栽場合には丹念みや整形をほどこすのは同様であっても︑基本的その︑円錐形格子模様のような幾何学的なものであるよりは︑自然なままの樹木不規則みや曲線かすようにおこなわれる

こうして西欧庭園樹木整形対比するなら︑日本盆栽樹木整形人為的操作ではあっても自然生態ていこうとする特徴的でありそこには︑道なりの造園美学同様︑世界自分基準んで統御しようと

する西欧人能動的自我のありかたとは︑世界のありように自分ねていこうとする日本人受動的自我のありかたの垣間見えるのである︿アナログ的︑アナロジー的発想﹀さらにこうした西欧庭園樹木整形日本盆栽樹木整形発想原理化していうなら︑西欧文化︑とりわけ

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自然科学代表される近代西欧文化分析的︑還元主義︵物事構成する要素還元して理解しようとする立場︶的思考日本あるいは東洋文化 体論︵物事一体的なものとしてとらえようとする立場︶的思考︑あるいは西欧

デジタル的︵物事のありようを数値記号などに抽象︑分節化してとらえる︶思考日本のアナログ的︵物事のありようを具体的のまましとる︶思考対照ということもできるだろう

このアナログ的思考とはアナロジー︵類似︶語源じくすることにされるように︑物事真似発想ならないがそれはこうした盆栽られるばかりでなく︑日本文化のさまざまなにあらわれるそのたる日本語における擬音語擬態語などオノマトペの多用だろう︒物事のありようを描写したり︑感情感覚表現するのにたとえば︑英語やフランスなどの欧米言語﹁淋しげにいたというところを︑日本語ではしくしく

いたというような具合である︒伝えたいことの内容分析︑抽象化してるかわりに︑具体的音感覚としてすのである

こうしたオノマトペの多用まだ抽象的語彙習得していない幼児などによくられる︱﹁自動車﹂わり使

オノマトペかられないとりわけリアルな感覚をそのままえようとするには積極的使用するその顕著はマンガで︑視覚的効果強調した絵柄わせてさまざまに工夫されたオノマトペが駆使され︑成人にまでまれる主要文化のひとつにまで発達していることは日本文化際立った特徴といえるこのオノマトペの多用︑対人心理からいえば︑序章でひきあいにだした土居健郎﹃甘えの構造﹄指摘

れていたように︑日本人成人後幼児的えの心性︱自他分別めたがらず︑他人との感覚感情一体共︑受れる維持けていることのあらわれといえるだろうが︑他面かられば︑造園法盆栽

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られるようなアナログ的︑アナロジー的感性ないし心性じるものといえるのである︿陰翳︱日本家屋美学﹀谷崎潤一郎﹃陰翳礼讃﹄よくられるようにもともとは生粋江戸江戸前身上としてい谷崎関東大震災東京︑関西移住したことがきっかけで上方伝統的にめざめてその効用

さまざまな角度からいた日本文化論だが︑中でも︑谷崎れるのは題名にあるように日本家屋における陰翳美学である

そこで谷崎日本家屋構造外光屋内れるにあたって徐々濾過するようにめていきそれによっ微妙陰翳じさせる工夫をこらしていることを指摘するまず屋外太陽光家屋した

よってやわらげられついで屋内って障子紙濾過され︑一段とおぼろさをそして最終段階としては周囲られた砂壁光度られそれに呼応するかのように部屋家具調度から朦朧としたがわき

してくるのでありこのプロセス全体じて微妙りゆきグラデーション演出するように日本住居設計されているというのである

こうした陰翳効果工夫いわば︑西芳寺龍安寺天候具合じてする色調︑明暗変化屋内にまでもうとするものといえるが︑同様自然作用屋内にまで︑飼いならすようにしてれる文化のありかたは︑夏︑軒端につるした風鈴してってくるきをしむ工夫などについてもいえるだろう﹃陰讃﹄るにあたり︑衛生面︑実用面えると洋風にタイルりの水洗便所いのだろうがそれでは味気ないと

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ませたからじてそれに︑関西寺院などで庭先れるようにけられたにしゃがみこみ︑周囲草木︑滴雨音などにまれるようにしてをたすきのさをえたもので︑実用風流じる知恵たる

ものだというのである同様のことは︑欧米家屋やホテルの浴室のない密室であるのにして︑日本では風呂場けて湯船

つかりながら景色めたり︑露天風呂しむのにもえるだろう︒銭湯のペンキ絵︵近年ではタイル絵︶してかれた三保松原などの風景画︑大正期になってからの発明であるというがこうした日本人風流心している西﹁竹﹁草庵﹂︑﹁茅屋﹂日本家屋むしろ︑屋外屋内一続きの空間としてとらえ︑屋内自然作用をよびこもうとするりになって

いるといえるのであるこうした日本家屋のありかたについては︑夏場高温多湿気候条件適応するようにられていると説明される

こともいがそうした実際的事情並行して︑西欧人のように自然から自立した人間生活むよりは自然化︑依存してらそうとする日本人心性ることができるだろう︒谷崎引用する﹁掻せてべば

くればもとの野原なりけりという古歌はよくその機微している︿素材主体︱日本料理美学﹀﹁野考﹂会︑調化︑

参照

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