国立自然史博物館構想と自然史標本
西弘嗣(東北大学)・松浦啓一(国立科学博物館)
National Museum of Natural History and natural history collections.
Hiroshi NISHI (Tohoku Univ.), Keiichi MATSUURA (Natl. Mus. Nat. Sci.)
はじめに 日本では明治維新以降,欧米の自然史研究を取り入れ,自然史の様々な分 野が発展してきた.自然史標本は自然史研究の基盤として欠くことができな いが,日本では自然史標本は適切に管理・運用されてきたとは言い難い.欧 米では研究部門と標本管理部門を有する機関が自然史博物館であり,多くの 国々で国立の自然史博物館が設立され,自然史研究を推進してきた.ところ が,日本では明治以来,自然史研究は主に大学で行われてきた.大学では自 然史研究の要とも言える自然史標本の収集・管理は研究者個人によって行わ れてきたために,多くの場合,自然史標本は公的な研究資源として適切に管 理されてこなかった.研究者の代替わりによって,自然史標本が廃棄される ことも少なくなかったのである.戦後になって国立科学博物館が設立され, 1980 年代前後に多くの地方自治体において自然史系博物館が設立されて状 況は改善された.しかし,これらの自然史系博物館には欧米のような標本管 理者(Curator)は配置されず,研究者が研究と標本管理を担っている.このた め,研究者に過重な負担がかかり,標本管理を適切に行おうとすると十分な 研究を行うことは極めて難しい.このような状況を改善するためには,欧米 の自然史博物館と同等,あるいはそれ以上の組織と機能を有する国立自然史 博物館を設立する必要がある. 国立自然史博物館構想 国立自然史博物館設立活動は,1958 年 5 月に日本学術会議から国に対し て出された要望「自然史科学研究センター(仮称)の設立について」に源 流がある.国立自然史博物館を実現したいという希望は関係者のあいだで 脈々と受け継がれてきたが,残念ながら 1960 年代末に国立科学博物館の自 然史部門の小規模な拡充が行われただけであった.2011 年 3 月の東日本大 震災によって多くの自然史系博物館が被災し,自然史コレクションが消失 したことを契機として,国立自然史博物館設立活動を再燃させる気運が大 きく高まり、2016 年 5 月には日本学術会議から提言「国立自然史博物館設 立の必要性」が公表された.それを受けて、提言の実質化を目指し、設立 地としては沖縄が最適であるという結論に至り、2016 年 10 月に「国立沖縄 自然史博物館設立準備委員会」が発足した. この運動は沖縄県によって支持され,2017 年 5 月には、沖縄県のマスタ ープランといえる 10 ヶ年計画「沖縄 21 世紀ビジョン基本計画」の中間改 定において,「国立自然史博物館の誘致」の文言が新たに加えられた.さ らにそれを踏まえて,2017 年 8 月の安倍内閣改造に際しては、翁長雄志沖 縄県知事から江崎鉄磨沖縄及び北方対策担当大臣への「要望書」中に「沖 縄県に国立自然史博物館を設立すること」が初めて盛り込まれた.そし て, 2017 年 9 月に「一般社団法人国立沖縄自然史博物館設立準備委員会」 が設立された. 国立沖縄自然史博物館は自然史博物館の基本的な要素である,自然史標本 の収集・管理.活用,標本に基づく研究,そして,展示を含む教育・普及活 動を行う.さらに,自然史研究の後継者を養成するため,自然史科学を専門 とする大学院も設置する.また,国内や東南アジア諸国の自然史系博物館の 支援を行ったり,生物多様性条約の ABS 問題に対応したりする活動も行う. 自然史研究においては,膨大な標本や観察データに基づくデータベースが国 内外で作成されている.国立沖縄自然史博物館は自然史に関するビッグ・デ ータを活用し,自然史研究を飛躍的に進め,生物多様性や地球環境の保全や 持続的活用にも貢献する.