愛着スタイルの変化が過剰適応に及ぼす影響について
―影響を受けた養育者と他者に着目して―
16004PCM 川口 実紗
Ⅰ.問題と目的
愛着とは,人間を含めた動物が危険な状況に 陥った時,またはそのような危機があるかもし れないと予測したときに特定の対象に近づくこ とで,自らが「安定であるという感覚」を取り 戻し,維持しようとすることである。また乳幼 児期に愛着対象との関係で形成された心的表象,
内的作業モデルが特定の関係性を超えて,その 後の対人関係様式全般にまで幾分か影響を及ぼ すものであると仮定されている(金政,2003)。
一見,良好な対人関係を築き,社会に適応し ているように見える人の中には,円滑な人間関 係を築こうとするあまり,心理的には適応して いるとは言い難い人が存在すると考えられてお り,それは「よい子」,過剰適応と呼ばれる(宗 像,1990)。また,母親の養育態度や母子関係 が過剰適応と関係が強いことが示唆されている
(斉藤,2010)。ネガティブな感情を自己の中 に統合できない姿は,感情適応的な「よい子」
の自分と,ネガティブ感情抑制が困難な「悪い 子」の自分との解離を特徴とする自己を構成し,
問題行動やさまざまな症状を呈することになる としている(大河原,2010)。以上の事から,
過剰適応の背景には養育者の養育態度に問題が あり,内的作業モデルに基づく愛着スタイルの 不安定さが想定され,愛着スタイルが変化すれ ば過剰適応が変化すると考えられる。だが今ま でこの点について明らかにした研究は無いため,
本研究では愛着スタイルと過剰適応の変容につ いての関連を検証する事を目的とする。これら を明らかにすることで愛着関係から起こる過剰 適応の問題について理解を深める事ができ,大 学生の過剰適応を軽減させ,成人期以降に起こ りうる問題や,職場不適応を予防する介入を考 えるための情報となり得るという点で,臨床的 な意義は大きいと考えられる。
Ⅱ.研究1 1.目的
質問紙調査を行い,児童期と青年期の愛着ス タイルの変容が過剰適応の変容に影響を与えて いるか否かを量的に検討する。仮説として,児 童期の愛着スタイルが“拒絶型”,“恐れ型”,“と らわれ型”で青年期において“安定型”へと変 化した者は,変化しなかった者と比べると過剰 適応尺度の得点が有意に下がると考えられる。
2.方法
調査対象者と手続き:私立A大学の大学に在学 する348名(男性54名,女性294名,平均年 齢18.76歳,SD = 0.96)を対象として講義時 間内に質問紙を一斉配布しその場で回収した。
質問紙の構成:児童期と青年期用に若干の修正 を加え,青年期前期用過剰適応尺度(石津,
2006),日本語版ECR尺度(中尾・加藤,2004) をもとに尺度を独自に作成),養育者の記入,フ ェイスシートで構成された。
3.結果と考察
性差が見られたため男女別に分けて分析した。
中尾・加藤(2004)に基づき児童期,青年期の 愛着スタイルをそれぞれ4群に分類した。そし て児童期から青年期にかけて,一貫して安定型 である安定維持群,不安定型から安定型に変化 した更新群,安定型から不安定型に変化した衰 退群,一貫して不安定型である不安定維持群を 実験参加者間要因,時期(児童期,青年期)を 実験参加者内要因とした2要因混合計画の分散 分析を行った。従属変数は過剰適応の各下位尺 度(「自己抑制」,「人からよく思われたい欲求」,
「自己不全感」,「期待に沿う努力」)であった。
その結果更新群が他群と比べ過剰適応の得点に 有意差は見られず,仮説は支持されなかった。
男性の「自己抑制」と「人からよく思われた い欲求」の衰退群における時期の単純主効果が
有意であった(F(1,50)= 4.912, p < .05),(F
(1, 50)= 5.237, p < .05)。養育者との愛着ス タイルが不安定に変容すると,他者との愛着へ 移行し,よく思われるように気持ちを抑えよう とすると考えられる。期待に沿う努力では,児 童 期 よ り 青 年 期 の 方 が 得 点 が 高 か っ た (p
< .05)。男性役割の優位性が確認されている事
(伊藤,1978)から男性の方が社会的期待が高 くなることが示されたと考えられる。女性の「自 己抑制」で安定維持群より不安定維持群の方が 高く(p < .001),「人からよく思われたい欲求」
で安定維持群より不安定維持群の方が高く(p
< .001),衰退群より不安定維持群の方が高かっ
た(p < .01)。幼少期の養育者との愛着が不安 定で肯定的に受け入れられる経験が乏しく,他 者との関係性でより自分が劣っているという経 験を重ね自信が持てず発言を抑えるようになる と考えられる。
Ⅲ.研究2 1.目的
愛着スタイルの変化した者において,養育 者・他者との関わりにどのような変化,影響が あったか,面接法によって探索的に研究する。
2.方法
調査協力者と手続き:32 名(男性 4 名,女性 28名,平均年齢19.13歳,SD = 0.82)。質問紙 に回答した者の内個別面接調査への協力に同意 した協力者に対して行った。質問紙調査と同様 に愛着スタイルを4群に分けた。過剰適応は一 貫して低群である低維持群,高群から低群に変 化した更新群,低群から高群に変化した衰退群,
一貫して高群である高維持群に分けた。
面接の構成:養育者,他者の児童期,青年期の 関わりと影響を尋ねる半構造化面接を行った。
分析手続き:逐語録をもとに,調査者と心理学 専攻の大学院生2名で,語りが類似したものを グルーピングし下位カテゴリを作成し,それを 集約したものを上位カテゴリとした。
3.結果と考察
愛着変化の安定維持群・更新群は青年期に外 向的な交友関係を結び養育者,他者との関係も 向上した。愛着変化の衰退群は自立して,養育
者から他者へ愛着が推移し,そこで愛着が安定 していると考えられる。愛着変化が不安定維持 群,過剰適応変化が低維持群は,養育者が安定 しておらず甘える事が難しく,早期に他者との 関係に愛着が推移していると考えられる。愛着 変化が不安定維持群,過剰適応変化が更新群は,
養育者も他者も良好になる場合が多かった。愛 着変化が不安定維持群,過剰適応変化が衰退群 は,幼少期から養育者との間で傷つきがあり信 頼できる人が出来ても養育者と安定した愛着が 培われず他者との愛着も形成されにくい可能性 がある。愛着変化が不安定維持群,過剰適応変 化が高維持群は,養育者も子どもも安定せず養 育者との関係性を引きずり,友人関係で良い関 係性が結ばれても不安定と感じていた。以上よ り,児童期の養育者との関わりは重要であるが,
養育者と愛着が上手く築けなくとも,信頼でき る他者がいると過剰適応しなくとも人と関われ ると推測される。
Ⅳ.総合考察
愛着変化が不安定維持群でも,他者との関係 で適切な結びつきがあれば過剰適応することな く,適応的に他者との関わりを行う事ができる のかもしれない。養育者に捉われて一般他者と の関係にも影響を引き起こし,過剰適応を起こ す人と,養育者との関係から友人,恋人へと愛 着対象を移行する人は発達課題のプロセス(同 一性 VS同一性の拡散)があり乗り越えられた かという問題や,自立して大人になるためのプ ロセスの有無という差があると考えられる。
他者との関係における過剰適応の有無には,
他者と愛着が安定しているかどうかも重要にな ってくる。その点で心理的教育や予防的な介入 をし,養育者との関係のみならず,他者関係の 愛着の大切さも早期の段階で理解しておくと,
将来成人期以降も過剰適応せず対人関係の結び つきを見直す事が考えられる。また学生時代に は親からの自立について児童期,青年期の発達 課題についても理解し,愛着関係の大切さにつ いて早期段階で学ぶ事で人との関わりの大切を 知り,今後の人との結びつきについて考える機 会を設けることが必要だろう。