く研究 ノT ト)
GAT甘/ WTO 協定の 「 直接適用可能性」をめぐる若干の問題
‑ "バナナ判決"を手がか りとして‑
楢 崎 みどり
目 次
Ⅰ は じめ に
Ⅱ EC裁判所 による "バナナ判決''
Ⅲ べ リッシュによる論評
Ⅳ 結 びに代えて
Ⅰ は じめに
1 GATTと抵触す る国家機関の行為 によって損害を受 けている個人が GATT規定を根拠 として当該行為 に対す る異議を国内裁判所 に申 し立て うる か否かは,国内におけるGATTの効力の問題 1)として,締約国の国内裁判所 の判断に委ね られている。 しかるに,わが国では, こうした申立てがなされた ケースは,公表 され た ものをみ るか ぎ りで は, いわゆ る 「西 陣ネ クタイ訴
1)すなわち,端的 にいえば,GATTは国内法令の審査基準 とな る効力を持つか, と い う問題である。 この点が肯定 され るためには,GATTが国内で法 と して妥 当す ることと,国内法令 に優先す る法的地位を持つ こととが前提 となる。 さ らに,論者 によっては,GATT規定が国内的に「直接適用可能」であ ることが要件 とされ る。
2)京都地裁 昭和59年 6月29日判決 (訟務月報31巻 2号 207頁,判例 タイムズ530 号 265頁),大 阪高裁 昭和61年11月25日判決 (訟務月幸約3巻 8号 2062頁,判 例 タイムズ634号 186頁),最高裁平成 2年2月 6日判決 (訟務月報36巻 12号 2242頁)。京都地 裁判決 の評釈 と して,平覚 「わが国 にお け るガ ッ トの法 的地位
〔275〕
276 商 学 討 究 第46巻 第 4号
訟」2)他一件3)であ り, しか もそ こでは この点 に関す る裁判所の明白な態度表 明は行われていない 4) 。
一方, この問題 を扱 ったわが国の文献 において は,議論の焦点 は,GATT 規定が 「直接適用可能」か否か5),あるいは,「self‑executing」か否か6)と い う点 に置かれて きた。7)すなわち, ここでの前提 とされているのは,個人 に よって国内裁判所の前で直接援用 され うる法的性質を持つ ことが,国内法令の
‑ ガ ッ トの直接適用可能性 を中心 と して‑ 」神戸商科大学商大論集 39拳 4 号 (1988年)98貢,148頁,清水章雄 「ガ ッ ト・ルールによる営業の 自由及 び財産 権行使の 自由の保障一一一西陣ネ クタイ訴訟第一審をめ ぐって一一一」 (小樽商科大学 経済摩擦研究会編 『国際経済摩擦 と我が国の産業政策』(1987年)所収)37頁。最 高裁判決の評釈 と して,松下満雄 「西陣ネ クタイ訴訟最高裁判決」 ジュ リ女卜 956 号 (1990年)76頁。
3)すなわち,「昭和46年12月10日, 日本繊維産業連盟 によ り東京地裁 に提起 された対 米繊維輸出規制処分の禁止命令請求訴訟」(平 ・前掲論文 117頁)である。平 ・前 掲論文 117貢 は, この訴訟 と 「西陣ネ クタイ訴訟」 とを, 「ガ ッ トの規定が裁判 所 において直接援用 された事例」 と して挙 げている。
4) 「西陣ネ クタイ訴訟」 に関す る三つの判決の うち,「西陣業者 の主張 にまともに答 えている」(松下 ・前掲論文 79頁)の は,京都地裁判決であ る。すなわち,大 阪 高裁判決では,西陣業者の訴 は 「事業団の処分を,国会議員の立方行為の違法 と し て主張 しているものにす ぎず,主張 自体失当である」(訟務月報 33巻 8号 206 8亘) と して却下 され,最高裁判決で は原審 の判断を是認す るとい う判断 しか示 さ れて いない (訟務月報 36巻 12号 2245頁)。 とはいえ,京都地裁判決で は, 原告 によ って援用 されたGATT規定 の実体 的解釈が ただちに展 開 されてお り, GATT規定が国内裁判所 において直接通用 され うるか,あるいは原告 たる個人が GATT規定 を直接援用 しうるか, とい う点 は言及 されていない。なお, 「対米繊 維輸 出規定処分の禁止命令請求訴訟」 (註 2)は,「訴訟手続段階のままで原告が訴 えを取 り下 げたため,最終的にわが国の裁判所 による判 断が下 されなか った」(平
・前掲論文 117頁)0
5)たとえば,平 ・前掲論文 123頁以下,清水 ・前掲論文 43貢。
6)た とえば,山手治之 「EC法 におけるガ ッ トの地位‑ ガ ッ ト規定 の直接適用性 を 中心、に‑ 」(林久茂/山手治之/香西茂 『国際法の新展開』(1989年,東信堂)63 頁以下所収)64頁。
7)一般 的 に,条約 の 「直接適用可能性」 ない し 「self‑executing」 とい うときの, これ らの表 現 の 内容 の多 様 性 につ いて は,岩 沢 雄 司 『条 約 の国 内適 用 可能 性』
(1985年,有斐閣)43頁,281頁以下の詳細 な分析 を参照 されたい。なお,本稿 で は,特 に指定 しない場合 は, さ しあた り,個人 によって国内裁判所の前で直接援用 され うる性質 とい う意味において 「直接適用可能性」 とい う表現を用いることとす る。
GATT/WTO協定の 「直接適用可能性」をめ ぐる若干の問題 277 審査基準 とな る条約 の規定 に要求 され る, とい う点で あ る8)0
しか しなが ら,国 内法令 の審査基準 とな る条約 の規定 が国 内的に 「直接適用 可能 」で あ る ことの要 否 につ いて は,議論 の余地 が ないわ けで はない。 た とえ ば,憲法98条 2項 か ら,条約 は国内的 に国 内法令 に優先 す る法 と しての効力 を 持 ち,た とえ「直接適用可 能」で な い ときで も国 内法令 の審 査基準 とな りうる, とす る主 張 もな され て はい る9) 。 こ う した主 張 の 当否 は, もとよ り憲 法98条
2項 を どの よ うに解 釈 す るか の問題 で あ る10)。 それ で も, こ う した主 張 の存 在 は,個人 が国内法令 に対す る訴 の根拠 と して憲法98条 2項 を援用 した場合 の, 法 的処理 に関す る問題 の余地 を示 唆 して い る といえ るので はなか ろ うか。す な わち,憲法98条 2項が定 め る条約 の遵守義務 か らただ ちに条約 の規定 を指針 と した国内法令 の 司法審 査が認 め られ るか, とい う点 につ いてで あ る。 そ うであ れ ば, この点 にお いて,条約 の規定 が国 内的 に 「直接適 用可能 」で あ ることと 国 内法令 の審査基準 とな りうる こととは理 論的 に摺 り合 わせ られ る必要 が あ る よ うに思 わ れ る。 さ らにいえ ば,条約 の規 定 が 国 内法令 の審 査 基準 とな り う
8) もっとも,かか る性質の内容および決定基準 は論者によって見解が分かれてお り (前註(7)を参照),GATTが こうした性質を持つかどうかについて も見解の一致 を見ていない。たとえば,GATTの 「self‑executing」性を一律に否定 している のが,田中裕明 「GATTの法的性質一・・・一づelf‑executing‑Characterに関す る考 察」(久保欣哉編著 『多国籍企業の法規制』(1993年,中央経済社)303貢以下所収) 311頁であり,一部のGATT規定は国内的に直接適用され うるように起草 された
ものであると主張するのが,清水 ・前掲論文 43責である。
9)たとえば,岩沢 ・前掲書 55貢は,国内で法 として妥当するという意味での 「国内 的効力」と,それ以上なん らの国内的措置な しに適用されるという意味での 「直接 適用可能性」とを峻別すべきであるという立場を主張 し, 「条約は,たとえ直接適 用されることはできないとしても,国内で様々な効果を発揮す ることはできる (た
とえば,国内法令の審査の基準にはなりうる)」, と述べている。
10)理論的には,一般に憲法第98条第2項は条約に 「国内的効力」を与えるものと解 さ れるところ,こうした 「国内的効力」を 「直接適用可能性」との問でどのように位 置づけるか,とい う問題である。両者を峻別 して考える立場においては,条約が 「直 接適用可能」でないときでも,憲法第98条第2項を根拠 として,条約の規定を国内 法令の審査基準 としうる (前註(9)を参照)。他方,「直接適用可能」ではない条約の 規定は 「国内的効力」も持たないとする立場においては,そうした規定は国内立法 の審査基準にもなりえないこととなる。 この点については,岩沢 ・前掲書 54頁以 下を参照。
278 商 学 討 究 第46巻 第 4号
る範囲を確定す るための規律の枠組が, 「直接適用可能性」に関す る規律を含 めて,明 らかにされ る必要があるのではなかろうか11)0
とりわけ,GATT/W TO協定 について,国内法令の審査基準 となるための 要件の枠組を確立す ることは,個人が司法的救済を求 めるために協定の規定 にアクセスす る道を開 くことのほか,保護貿易主義的圧力 に対す る抑制を促
し,協定の定める義務の遵守を保障す るという意義を持つ12)13)0
そ うした枠組を検討す るためには, しか し,実際の事例に即 した裁判例の研 究がまず もって行われるべ きであろう。 けだ し,GATTの相互性原則が司法 判断の レベルにおいて追求されることも考え られるか らである。 従 って,現段 階では,比較的豊富な司法判断が蓄積 されている諸外国の裁判例を調査 し,そ こで提示 されている理論構成の当否を検討す ることが引き続 き必要であろう。
2 そのような法比較研究の素材 として, ここでは,共同体法の司法審査基 準 としてのGATTの適用が許容 される範囲につ き具体的な要件の枠組を提示 したEC裁判所の1994年10月5日の判決 14)と, これに対す るべ リッシュの論
ll) こう した枠組 の必要性 は,GATTが ウル グアイ ・ラウ ン ド合意 を承 けて1995年 1 月 よ り発効 した WTO設立協定の中に取 り込 まれた後 もかわ りはない。旧 GATT か らWTO協 定へ の変更 は,協定 の国 内法 的地位 な らび に 「直接適用可能性」 に 関す る評価の枠 内で考慮 され ることとなろ う。
12) た と え ば, Ebenroth, Herausforderungen.ftir das internationale Wirtschaftsrecht,RIW 1994,1,5f.においては,貿易の 自由化を推進 す るた め には,GATTの紛争処 理手続を制度 的 に強化す る ことの はか,個人 が GATT 規定を国内裁判所の前で援用す る可能性 を開 くことが重要であ る, とい う点が指摘 されて い る。 この よ うな主 張 の全容 につ いて は,拙稿 「国際経済法 の現代 的課題 一一一「エーベ ンロー ト教授 の主張を承 けて二一11)(2完)」法学新報101巻 11・12号 137,153貢,102巻 1号 125頁 を参照。 なお,清水 ・前掲論文 44貢 を も参月鮎 13)こう した点 は,WTO協定 の国内的実施 の意義 と して, 日本 国際経済法学会第五 回
研 究大 会 (1995年10月28日および29日) にお いて平覚 大阪府立大学教授 によ り行 われた研究報告 (「WTO体制 の外観 と特徴 (WTO関連協定 の直接適用可能性 を 中心 として)」 の中で も,特 に強調 されていた ところであ る。 また,同報告 で は, 本稿 で取 り上 げたEC裁判所 の "バ ナナ判決''につ き,詳細 な紹介及 び分析 が行 われていた。筆者が同報告 に接 したの は本稿 の執筆 中であ り,同報告か ら多 くの示 唆を受 けた。
14)CaseC‑280/93,BundesrepublikDeutschland./.Rat,EuGHSlg.1994, I‑5039;34ILM (1995)165.
GATT/WTO協定 の 「直接適用可能性」をめ ぐる若干 の問題 279 評15)とを取 り上 げて検討す ることとしたい。 この事件 は,EC加盟国がEC裁 判所 においてGATTの諸規定を援用 した初めての事件であ り,また,問題 と なぅた共同体措置のGATT違反がEC裁判所の判決前にGATT理事会に提 出されたパネル ・リポー ト16)によ り確認 されていた。また,周知のよ うに, EC裁判所 は,1972年12月12日の InternationalFruitCompany判決 17)以 来,GATTの直接適用 につ き一貫 して これを認めない司法判断を下 して きた
18)が, こうした流れは,1988年6月22日のFediol判決19)および1991年5月7 日のNakajima判決20)において変更を受 けた。本判決では,従来の司法判断 に対す るこ れ らの判決の位置づ けに関 して,初めてEC裁判所の解釈が示 さ れている。従 って, この判決を取 り上 げることは,GATT/WTO協定の直 接適用 に関す るEC裁判所の司法判断を総括的に検討す るための契機を提 出 す ることにもなろう。
以下で は, まず, この EC裁判所判決の概要 と, これに対す るべ リッシュ の論評 とを順に紹介 し,最後に, この判決が示 したGATTの適用に関す る理 論構成 につ き若干の考察を行 うこととしたい。
Ⅱ "バナナ判 決" の概要 1 事案の概要
本件 は, ドイツ連邦共和国 (以下 ドイツと略称)が, ヨーロッパ共同体を設
15)Berrisch,Zum "Bananen"‑UrteildesEuGH vom 5.10.1994,EuR 1994, 461ff.
16)34ILM (1995)180‑234.
17)Jointed Cases21‑24/72,InternationalFruitCompany, [1972]ECR 1219;EuGH Slg.1972,1219.この判決の内容 については,山手 ・前掲論文 66頁以下,平 ・前掲論文 130頁以下,岩沢 ・前掲書 258頁以下 に比較的詳 しい 紹介がある。
18)この問題 に関す る1983年 までのEC裁判所の司法判断の動向を紹介 した もの とし て,山手 ・前掲論文がある。
19)Case70/87,Fediol,[1989]ECR 1781;EuGH Slg.1989,1781.
20)CaseC‑69/89,Nakajima,[1991]ECR L2069;EuGH SIビ.1991,ト2069.
280 商 学 討 究 第46巻 第 4号
立す る条約 (以下 EC条約 と略称)第173条 に基づ き,1993年 2月13日にEC 理事会 が採択 した 「バ ナナ に関す る共通 の市場機構 に関す る共 同体規則404/
93号」 (1993年 7月 1日施行)21) (以下バ ナ ナ規則 と略称) の部分 的 な無効確 認を求 めて,1994年 5月14日にEC裁判所 に提訴 した もので あ る22)。
バ ナナ規則 は,1993年 1月 の EC域 内市場 の創 設 に伴 い,域 内各 国 のバ ナ ナ輸入規制 を統一すべ く,それ まで英 国, フラ ンス, スペイ ン等が行 って いた 輸入数量制 限 に代 わ る共通 の関税 化措 置 と して採択 され た23)。 しか し, ア フ リカ, カ リブ海,太平洋 (ACP)諸 国産バ ナナ (以下 ACPバ ナナ と略称) に対す る特恵 は,バナナ規則 において も保持 された。す なわち,第 4次 ロメ協 定第168条 に基づ く,85万 7千 7百 トンの枠 内で の無税 の関税割 当が そ うで あ る24)。他方,第三 国産バ ナナの輸入 につ いて は,100ECU/ トンの関税割 当が 200万 トンの枠 内で導入 され (これを超 え ると850ECU/ トンの関税が課 され る) (第 18条), しか もこの割 当 は,第三 国産バナナの取扱業者,域 内産バ ナナ
・ACPバ ナナの取扱業者,そ して新規参入者 に対 して,それ ぞれ66.5%(133万 トン),30% (60万 トン),3.5% (7万 トン)ずつ分配 され る (第19条)25)0
こう したバ ナナ規則 の施行 によ り損失 を受 けたのは,競争力 の高 い安価 なバ ナナをECに輸 出 して きた第三諸国, とりわ け中南米諸国で あ り, また,EC にお け る第三国産バナナの輸入国および輸入業者 であ る。 とりわ け,バナナに ついて国内消費量 に相 当す る関税率ゼ ロの特恵枠 を設 け,中南米産バ ナナを 自
21)19930.J.(L47),1.
22)CaseC‑286/93,EuGH 5.10.1993,Slg.1994ト4973ff.判決文は他に,EuR 1993,S.286(独文);34ILM (1995)165(英文)に掲載されている。
23)バナナ規則の立法過程における諸々の交渉の経緯については,筑紫勝麿編著 『ウル グアイ ・ラウンドGATTか らWTO‑』(1994年,日本関税協会)79頁以下に詳 しい解説がある。
24)これを超える量のACPバナナの輸入および,「伝統的 (traditional)」な対EC 供給者 として付属書に挙げられている国以外か らのACPバナナの輸入は,「非伝 統的 (non‑traditional)」ACPバナナと定義され,200万 トンの関税割当の対象 とされる。すなわち, 「非伝統的」ACPバナナの輸入は,この枠内では無税であ る (第18条第1項)が,この枠を超えると750ECU/トンの関税を課 される (第18 条第2項)。この点は,34ILM (1995)158を参照。
25)バナナ規則の概要および諸規定の法文については,34ILM (1995)157以下を参照。
GATT/WTO協定の 「直接適用可能性」をめ ぐる若干の問題 281 由に輸入 していた ドイツで は,バナナ規則 の施行後 ,国内のバ ナナ価格が著 し
く上昇 し,バ ナナ業者 は著 しい損失 を被 った26)。
1993年 に中南米 のバ ナナ輸 出諸 国 (ニ カ ラグア, コスタ リカ, コロ ンビア, ヴェネズエ ラ事 グアテマ ラ) はGATTに提訴 し,バ ナナ規則 が定 めてい る輸 入規制が GATTの各種規定 に違反 して い ることを主張 した27)。1994年 1月18
日にGATT理事会 に提 出され たパ ネル報告28)において こうした主張 は是認 さ れたが,報告 はGATT理事会 において採択 されなか った29)。 ドイツ政府 はパ ネル報告 を待 たず に, 1994年 5月14日にEC理事会 を相手取 って EC裁 判所 に提訴 し,バ ナナ規則 の うちの対第三 国取 引 に関す る規律部分 の無効確認 を求 めた。 GATT第 1条 ,第 2条,第 3条 の違反 が請求理 由の一 つ に挙 げ られて いた。
2 当事者 の争点
ドイ ツ政府 とEC理事会 が争 ったの は,GATT違反が存在す るとい う点 の はか に, ドイ ツが GATT規定 を EC条約第173条 に基づ くEC裁判所 によ る 合法性審査 の請求理 由 と して援用 しうるか, とい う点で あ る。
26)1992年に ドイツは137万2千 トンのバナナを輸入 していたが,バナナ規則の施行後, 98万 トンに減少 した。 ドイツ市場におけるバナナ需要に対応するため, ドイツのバ ナナ輸入業者は域内産バナナおよびACPバナナの取扱業者か ら輸入ライセンスを 購入 しなければならず,そのことはバナナの小売価格をバナナ規則施行前に比べて 60%も引き上げることとなった。 この点 は,Kuschel,DieBananen markt‑ ordnungderEuropaischenUnion,RIW 1995,218,220を参照。
27)この点の詳 しい説明は,34ILM (1995)154,160を参照。なお,アメリカ合衆国 においても,バナナ規則によって著 しい損害を受けたアメリカのバナナ貿易会社の 申立てにより,1974年通商法第301条に基づ く手続が開始されている。この点紘, 34ILM (1995)154,155;Berrisch,a.a.0.S.463.
28)このパネル報告の全文は34ILM (1995)180‑234に掲載されている。
29)当時,GATT理事会におけるパネル報告の採択については全会一致方式が採用さ れてお り,ECの反対により全会一致 は成 されなかった。 この点は,Kuschel, a.a.0.S.221.なお,1994年5月29日に,EC委員会は,コロンビア,コスタ リカ, ニカラグア,ベネズエラとの間で,200万 トンの関税割当のうち約100万 トンをこ れ らの国々に付与する協定を結んでいる(EEC規則32244/94号,ABl.Nr.L 337 V.24.12.1994,S.72)。この協定の内容については,Kuschel,a.a.0.S.221.
282 商 学 討 究 第46巻 第 4号
EC裁判所 は,1972年12月12日の InternationalFruitCompany判決声0) 以来,GATTの各種規定が 「共同体の市民 に対 して GATT加盟国の裁判所 の前でGATTを援用 しうる諸権利を付与 していない」31),すなわち 「直接的 効果」 (directeffect; unmittelbareWirkung)を持 たない (「直接適用 可能」ではない), と判断 して きた32)。 しか し,1988年 6月22日の Fediol判 決33)および1991年5月7日のNakajima判決34)は, こうしたGATTの 「直
30)JointedCases21‑24/72,[1972]ECR 1219;EuGHSlg.1972,1219.̲ 31) [1972]ECR 1228,para.27.
32)InternationalFruitCompany判決 と同 じ論理を用 いてGATT規定の 「直接 的効果」 を否 定 した もの と して,Case9/73,Schltiter,[1973]ECR 1135, para.29;Case266/81,SIOT,[1983]ECR 731,para.28;JdinedCases 267‑269/81,SPI/SAMI,[1983]ECR 801,para.23.がある。 これ らの判決の■ 内容については,山手 ・前掲論文 70頁以下 にまとまった紹介がある。
33)Case70/87,Fediol, [1989]ECR 1781;EuGHSlg.1989,1781.
34)CaseC‑69/89,Nakajima,[1991]ECR I‑2069;EuGH S‑1g.19p91,I‑2069. 35)すなわち,Fediol判決 は,「確かにEC裁判所 は幾つかの状卿 こおいて,GATT
の各種規定が共同体の市民 に裁判所の前で援用 しうる諸権利を付与する効力を持た ないことを判示 して きた」が,「それで もやはり, これ らの判断か らは,共同体の 市民が,裁判所 の前での手続 において,共同体規則2641/84号第3条の もとでの 異議申立てにおいて非難 された行為が同規則のいう意味における不当な通商措置に あたるかどうか とい う裁定を受けるために,GATT規定を援用す ることを許 され な い, とい うよ うに断定 す る ことはで きな い」 とす る (para.19)。 そ して,
「GATTの諸規定 は,GATTの前文の第2段および第 4段か ら確認 され るよ う に,共 同体規則2641/84号第2条第 1項 のい う国際法ルールの一部 を構成 してい る」(para.19)ことか ら,「共同体規則2641/84号 は,経済的利害関係者 (eco‑ ntomicagentsconcerned)に対 して,彼 らの委員会 に対す る異議 申立てにおい て,彼 らに損害を与えたとみなされ る通商措置が不当かどうかを判断 して もらうた めに,GATT規定を援用す る資格を与えている」 ところ,原告 は 「EC裁判所 に 対 して,委員会の決定の合法性をGATT規定を適用 して審査す る権限を発動す る よ うに要請す る」(para.22)‑ことができるとした・([1989]ECR 1830,1831)。
また,Nakajima判決 は,「InternationalFruitCompany判決 における判 断において,EC裁判所が (当該判決のpara.18において)GATTの諸規定が共 同体を拘束す る効力を持つ ことを規範化 した」(para.29)ことを確認 した うえで,
「原告が異議を唱えている新 しい基本規則は,共同体が負 う国際的義務を遵守す る ために採択 された ものであり,それゆえ共同体 は,EC裁判所が一貫 して判示 して きた よ うに,GATTお よび GATT実施措 置 の遵 守 を保 証 す る義務 を負 う」
(para.31)と述べて, この場合のGATTの援用を許容 している ([199‑1]ECR 1‑2178)。
GATT/WTO協定 の 「直接適 用可能性 」 をめ ぐる若干 の 問題 283 接 的効果」を否定す るEC裁判所の判断を確認 しなが らも,共 同体措置 に対 する異議 申立ての枠内での GATTの援用を許容 した35)。 ここに, ドイツと
EC・‑理事会の見解が対立す る基盤がある.
̲すなわち∴ ドイ ツは,Fediol判決 お よびNakajima判決 を典拠 と して,
「GATTルール と適合 してい ることは,GATTの直接 的効果 に関す る問題 にかかわ らず,共同体の行為が合法であるとされ るための条件であ」36)り,従 っ て共 同体措置に対す る訴の枠内でのGATT規定の援用 は原則的に許容 され る ことを主張す る。これ に対 して,理事会 は,これ らの判決を逆手 に とって, 「共 同体立法が GATTの枠内で引 き受 け られた実施義務 を履行す るために採択 さ れたよ うな特別 な場合を除いて,GATTは共同体の行為の合法性 を争 うため に援用 され ることがで きない」37)と主張す る。そ して,「EC裁判所が GATT の直接的効果を否定 して きた根拠か ら,GATTはいずれかの加盟国 によって 提起 された無効確認訴訟の枠 内で適用 され ることがで きない, とい う結果 も導 かれなければな らない」38)とす る。
3 法務官の見解39)
グルマ ン (Gulmann)法務官 は, ドイツの主張 に一定の理解を示 しなが ら も,結論的には理事会の主張を支持 している。すなわち,
「[135]いずれかの規定が直接的効果を もたない ことか らただちに,関係者 が第173条 に従 った無効確認訴訟の枠内で当該規定を援用で きない, とい うよ
うに結ばれ ることはで きない, という点 はおそ らく正 しいと思われ る。 このよ うな見解 は,.EC裁判所が1991年 5月7日にNakajima事件 において下 した 判決 において支持 されている。・‑‑
[137] [しか し]国際協定 は共同体の法秩序を構成す る不可欠の要素であると 36)34ILM (1995)175;EuGH Slg.1994Ⅰ‑5071,para.103.
37)34ILM (1995)175;EuGH Slg.1994ト5071,para.104.
38)EuGH Slg.1994ト5020,para.126.
39)法務官の見解 の訳 出にあた って は, ドイツ語版 EC裁判所判例集 (EuGH Slg.
1994,ト 4980ff.)に掲載 されている資料 に依拠 した。
284 商 学 討 究 第46巻 第 4号
いう点か ら,私見では,国際協定 はEC条約第173条 に従 ったEC裁判所 によ る合法性審査の基礎を構成す る不可欠の要素で もある, とい うように結ばれ る ことはできない。た しかに関係者が,第173条 に従 っ亘訴訟 において,直接的 効果を もたない協定であって も,その協定を援用 し得 ることは可能である。 し か しなが ら,あり得 るのはまた,その協定の直接的効果を否定することを導 く 諸理 由が同時に,その協定が EC裁判所 による合法性審査の基礎を構成す る 要素ではあ り得ない, という見解を導かなければな らない性質の ものであJるこ
とである。 ‑‑‑」40)
そ こで, グルマ ン法務官はGATT規定が 「著 しい柔軟性‑(Geschmeidig‑
keit)」を持つ ことに言及 し41),かか るGATTの性質か ら,「関係者 はEC条 約第173条 に従 った無効確認訴訟の枠内で もただちにGATTを援用 し得ない,
とい う確認をEC裁判所が行 うことが私見では正当であると思われ る」42)とい うよ うに主張す る。また,Fediol判決およびNakajima判決 については, これ らの事案において問題 とされた諸 々の共同体規則が GATT規定の実施を 目的 とす ることを明示 していた点を重視 し,「EC裁判所が GATTを合法性 審査の際に適用す ることが許 され るのは,共同体機関による行為がそのような 審 査 に服 さなけれ ば な らな い と判 断す るための特別 な手 がか りとな る点 (besondereAnhaltspunkte)が存在 している場合 にかぎられる」43)とされ る。
そ して,「共同体の立法者 はバナナ規則 において,GATTが部分的にEC 裁判所 による合法性審査の基礎 とされ るように,GATTを指定 していなか っ た」44)ことか ら,「私が到達 した結論 は,次の点で理事会 に賛意を表明され る べ きであるというものである,すなわち,連邦共和国は本件事案 においては GATTに基づ く諸権利を援用す ることがで きない」45)0
40)EuGH 41)EuGH 42)EuGH 43)EuGH 44)EuGH 45)EuGH
Slg.1994 Slg.1994 Slg.1994 Slg.1994 Slg.1994 Slg.1994
ト5022f.,para.135,137. ト5024,para.139.
ト5026,para.145.
ト5026f.,para.145,147.
Ⅰ‑5028,para.150.
Ⅰ‑5028,para.151.
GATT/WTO協定の 「直接適用可能性」をめ ぐる若干 の問題 285 ノ4 判決 46)
EC裁 判所 は, まず, 当事 者 の主 張 を簡 略 に整 理 した うえ で, 「原 告 は,本 件 共 同体 規 則 の合 法 性 を争 うた め に GATTの特 定 の規 定 を援 用 しうるか」47)
とい う問題 を設定 して い る。
この点 の判 断 に あ た ってEC裁 判 所 が まず確 認 して い るの は,「GATT規 定 は共 同体 を拘 束 す る効 力 を持っ」48)が , 「しか し共 同体 の法 シス テ ム にお け る GATTの射 程 (scope)を判 定 す る うえ で は,GATTの精 神 (spirit;
Sinn),全体 構 造(generalscheme;Aurbau),文 言(wording ;Wortlaut) が考 慮 され るべ きで あ る」49)とい う点 で あ る。
こ う した条件 を前提 と して,続 いて確認 され て い るのが,GATT規 定が 「著 し い フ レキ シ ビ リテ ィ」 を持 っ とい う点 で あ り50), こ う した確 認 の裏 付 け と し て,GATTの紛 争 処 理 手 続51)とGATT第19条52)とが取 り上 げ られ て い る。
46)判決文の訳出にあたっては,34ILM (1995)165,175に掲載 されている英文資料 に依拠 した。本件の1anguageofthecaseは ドイツ語であるため,判決の原本 は, よ り正確 には ドイツ語版 EC裁判所判例集 の独文資料 (EuGH Slg.1994
Ⅰ‑5039,5071fr.,para.103‑112)に依 るべきであろう。 しか し, ここでは,他の EC裁判所判決 と比較す るうえでの便宜を考慮 して,英文資料に依 ることとした。
なお, とくに重要 と思われる箇所で,英文 と独文 とが内容的に多少異なる部分につ いては,両方の表現を括弧内に表記 した。
47)34ILM (1995)175,para.105. 48)34ILM (1995)175,para.105.
49)34ILM (1995)175,para.105.
50)34ILM (1995)175,para.106.「法 と して継承 されてきたのは,その前文 によ れば 『相互 的かつ互恵的交渉』 に基 づ いて行 われ る交渉の原則 に基礎 を置 く GATTが,その諸規定, とりわけ,一般原則か らの逸脱可能性を認める諸規定, 例外的困華 に直面 した際にとられ ることのできる措置,そ して締約国間の紛争の収 拾,これ らの諸規定の著 しいフレキシビリティによって特徴づけられている,とい
う点である。」
51)34ILM (1995)175,para.107.「EC裁判所が確認 して きたのは, これ らの措置 が,紛争の収拾のために,事案に応 じて, 『好意的な考慮を払われ』なければな ら
ない書面勧告または提案,場合によっては勧告が続いて行われ る調査,締約国間で の協議および締約国による決定一一一特定の締約国に対 して,GATTに基づ く関税 譲許またはその他の義務の,他の締約国に対する適用を停止す る権限を与える決定 が含まれる‑ ,そ して,かかる停止が行われた ときに関係当事者がGATTか ら 脱退す る権能を含んでいる, という点である。」
286 商 学 討 究 第46巻 第 4号
こうした叙述 は, これ までの EC裁判所 の司法判断 においてな されて いた叙 述 とほとん ど違 いはない。 そ して, これ らの点か ら,EC条約第173条 の枠 内 での共同体加盟国によるGATTの援用 も許容で きない七 い う結論が導かれて
いる。すなわち,
「[109]このよ うなGATTの特徴か ら,EC裁判所 は,共 同体 における個 人が共同体の行為の合法性を争 うために裁判所の前で GATTを援用す る‑こと
はで きないと結論づ けて きたが,かか る特徴 はまた,いずれかの共同体加盟国 によ りEEC条約第173条第 1段 の もとで提起 された訴 えにおいて EC裁判所 が GATTの諸規定を考慮 に入れ ること (taki!lgProvisionsofGATT‑into consideration;dieBestimmungendesGATT ...berticksichtigen) をで きな くす る。」53)
こうした見解 に続 けて,次のよ うな補足的説明がなされている。
「[110]上述 された特別な特徴が示 しているのは,GATTルールが無条件 (unconditional)で はない こと,そ して,GATTを,締約国の内部法秩序 において直接適用可能 な (directlyapplicable)国際法ルール と して認 め る 義務 は,GATTの精神,全体的構造, または文言 を根拠 とす ることがで きな
い ことである。
[111]GATT自身か ら導かれ るその よ うな義務が存在 しない ときは,共 同 体がGATTの枠 内で引き受 けた特定の義務を履行 しよ うとした場合か,ある いは共 同体 の行為が明 白に GATTの特別 の諸規定 を指定 してい る場合 にの み,EC裁判所 は問題 とされている共同体の行為の合法性をGATTルールの 見地か ら審査(review‑ from thepointofview oftheGAT甘 rules;im
52)34ILM (1995) 175,para.108.「EC裁判所が とくに言及 して きたのは, GATTのもとで引き受けられた義務;特恵に関する譲許,または生産者が重大な 損害を受けるかその恐れがあること,これらを理由として,GATT第19条が,柿 約国に対 して,そうした義務を一方的に停止 したり,そうした譲許を撤回ないし修 正 したりする権限を,締約国が共同で協議 した後,関係国の間で合意に至 らなかっ た後,または先行する協議がなくても急を要 し,かつ当該措置が一時的性格を持っ 場合に,付与 している点である。」
53)34IIJM (1995)175,para.109.