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レ‑モン ・クノーの 『イカロスの飛期』 における メタ ・フイクシ ョナルな諸問題 につ いて
‑ 作 者 , 登 場 人 物 , 読 者 ‑
尾 形 弘 人
は じめに
十九世 紀末 のパ リ
。新作 を執筆 中の小説家 ユベ ール は, あ る 日, 主人 公 と な るべ きイカ ロスが失綜 した こ とに気 づ いた 。 「 原稿 の上 にイ カロスの姿 が な い。ペ ー ジの間 に も見 当た らない。彼 は家具 の下 を探 し,戸棚 を開 け, トイ レを見 に行 ったが,イ カロスの影 さえない」( p. ll) 。これ は単 な る家 出で あ ろ うか。確 か にユベ ール は, あ ま り好 ま し くない ≪憂 寧 な人生 ≫ を主人公 に与 え るつ も りで はいた。が,小説家 に よれ ば,生 まれ て 1 5 ペ ー ジ程度 で は大 し た経験 もないのだか ら, 「それが彼 の気 に触 る筈 はなか ろ う 」 ( p. 22) とい う
。しか らば,第 三者 に よる誘 拐 か。 とりわ け 「自分 の小説 を登場人物 で満 た そ う としてい るが,手持 ちが足 りない同業者 」 ( p . 45) が怪 しいので はないか。
捜査 の依頼 を受 けた探偵 モル コール は, い ろい ろ手 を尽 くして真相 の究 明 に あた るが, この ≪尾行 の専 門家≫ を もって して も, イカ ロスの行 方 は香 とし てつか めない。果 して彼 は どこに消 えた のか ?
以上 に要約 した よ うに, レ‑モ ン ・クノー の 『イカ ロスの飛邦』 は, ふ と した こ とか ら執筆 中の小説 を抜 け出 した ≪登場人物 pe r s onnage ≫の物語 で あ る
。あ るい は,失綜 した登場人物 を探 す ≪ 作者 aut e ur ≫の物語 とい って もよ い。渦 中の小説家 は こう語 ってい る
。登場人物 を持 た ない小説家 の運命 とはいか な る もので あ ろ うか。多分,
いつの 日にか,全 ての小説家 が同 じ目にあ うのか もしれ ない。私 た ち は
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もはや登場人物 を持 た な くな るで あ ろ う。私 た ち は登場人物 を探 し求 め る作 者 とな るで あ ろ う。小説 は多分廃 れた りは しないだ ろ うが, もはや 登場人物 は存在 しな くな るだ ろ う。 ( p. 91 )
世 紀末作家 の この予言 は,物 語性 を排 し登場 人物 の解体 を企 てた後 の ヌー ヴ ォ一 ・ロマ ンを思 わせ な くもない。 しか し, レ‑モ ン ・クノーが, この運 動 に先駆 けて,小説 の新 しい技 法 を模 索 した作 家 で あってみれ ば,我 々 は こ れ を一種 の 自己言及 的 な発話 として理解 す る こともで きよ う。実 際,「 現代作 家 た ちの神経衰弱,神経症 ,郷愁 なんか糞食 らえだ。未来 に向か って行 こう で はないか 」 ( p. 1 7 3 ) と高 らか に謡 うイカ ロス は1 ) ,後述 す る ように, まさ し
く ≪ 小説 の技法≫ と関係 づ け られて い るので凄) る
。が,我 々 は また こう も間わね ばな らないだ ろ う
。『 イカ ロス の飛期 』は, そ れが発 表 され た 1 96 8 年 の時 点 にお いて,何 故 に未来 を語 らね ばな らない の か。 つ ま り, このテ クス トは条件法 的 な時間のか ら くりに よって ≪過去 にお け る未来 ≫を語 ってい るかの ように見 え, その実,例 えば ≪作者 の死≫とい っ た同時代 的 な文学批評 を も射程 に入 れて い るので はなか ろ うか。 そ こで本論 で は, クノー の小説論 を参照 しつつ, この奇妙 な探偵物語 に寓意 されてい る メタ ・フ イク シ ョナル な諸 問題 を検 討 して ゆ きたい。
1 .クノーの分身 としての ≪ 作者≫ユベール
まず は, ひ とつのエ ピ ソー ドか ら始 め よう。世紀 末 のパ リを筋子 皇うイカ ロ ス は,あ る 日,「 文 学界 の四銃 士,あ る技法 の問題 をめ ぐり決 闘す る 」( p. 1 32)
と題 された新 聞記事 を読 んだ。 イカ ロスの失綜 をめ ぐり, ユベ ール と小説家
仲 間が‑ 悶着 お こ したので あ る
。が,原 因で あ るはず のイ カ ロスの名 前 は記
事 にはな く,彼 は 「 真実,技法 の問題 なのか, それ とも,本 当 は私 の存在 が
問題 とな っていたので あ ろ うか 」( p. 1 3 8) と語 る こ とにな る。この間 いが示 唆
的で あ るの は, こう語 らせ てい るクノー 自身が, まさ し く詩 法 に も似 た 「 意
識 的 な技 法
2)」を小説 に導入 した作家 で あ ったか らで あ る。とす るな らば,≪登
レ‑モ ン ・クノーの 『 イカロスの飛期』 におけるメタ ・フイクショナルな諸問題 について 29
場人物 ‑技法 の問題 ≫ をめ ぐって決 闘す るユベ ール は, クノーの 自己言及 的 な分 身 と言 えるので はなか ろ うか。例 えば,小説家 は探偵 に こう事情 を説 明
してい る
。M :い くつか質 問 させ て くだ さい。年齢 は ? H :若 い ほ うだ と考 えて い ま したが。
M : 他 に もっ と詳 しい説 明 はで きませ んか ? H :まあ,二十歳 ぐらいで し ょうか。
M :あなた は戸籍係 と張 り合 う輩 の仲 間 で はないのですね。
H :確 か に, そんな こ とは私 の好 みで はあ りませ ん。
M :それ で は,体 つ きに移 りまし ょう
。身長 は ? H :1 メー トル 7 6 セ ンチち ょう どです 。
M : ほ う, メー トル法 とは張 り合 うんですね。 ( p p. 1 9 ‑ 2 0 )
≪メー トル法 と張 り合 う≫とい うこと, つ ま り,数学 的 な体 系性 に重 きをお くこ とは, 「 文 学作 品 はひ とつの構 造, ひ とつ の形式 を持 たね ばな らない
3)」と主張 す るクノー の ≪計算狂 ar i t hmomani e 4 ) ≫を示 して はいないだ ろ うか。
実際,先 に続 けてイカ ロスが 「 私 が ≪真 の技法 の問題≫で意味 して い るの は, 例 えばひ とつ の小説 を巻 や章 に分 ける こ とで あ る 」( p. 1 3 8 ) と述 べ る時,我 々
は厳密 に計算 され た 9 1 のセ クシ ョンか らな る処女作 『は まむ ぎ』を思 わず に はい られ ないで あ ろ う
5)Oが,それで は,ユベ ール が≪戸籍 係 と張 り合 わ ない≫
とい う ことは, どうい うこ となので あ ろ うか。
クノー に よれ ば,西洋 の小説 は,ホ メロス以来 ,『イ リアス』型 と『 オ デ ュ ッ セ イア』型 とに大 分 され る とい う6 ) 。詳 し くは割愛 す るが, こと ≪登場人物≫
について言 えば, いずれ にお いて も問題 は,不可分 の個 的本 質 を具 えた ≪個
人 i ndi vi du ≫ としての登場人物 で あ り, それ故 に,≪作者≫の才能 とは 「それ
は別様 で はあ り得 ない こ とを,読者 に納得 させ る こと
7)」にあ った。 したが っ
て,≪戸籍係 と張 り合 う≫とい うこ とは,例 えば次 の よ うに主張す る こ とで あ
人 文 研 究 第 93 輯
H : 君 は彼 [‑イカロス] に偽名 を与 える こともで きるだ ろう。
S: そんな ことは大嫌 いだ。私 は真 の名前 しか認 めない。
H : で も,君 の知 らない うちに,彼が偽名 を使 った とした ら ?
S: 私 の登場人物 の身元 は,私 に とって は全 く秘密 めいた ところはない。
( pp. 1 4 ‑ 1 5 )
これ はイカロス誘拐 の嫌疑 を受 けた シュル ジェの抗弁 で あるが, ここで登 場人物 の ≪戸寿 ‑身元≫ を保証 してい る者 は,超越論 的視点 か ら物語全体 を 把握 し, 自己の意 図 に従 って登場人物 を操 る とい う, ホメロス以来 の小説家 に他 な らない。 これ に対 し ≪偽名≫ の可能性 を も云々す るユベ ール は, この ような作家 たちの対極 に位 置 してい るよ うに思 われ る8 ) 。 そ こで検 討 すべ き は,クノー 自身が どの ように登場人物 を扱 っていたか, とい う点 であ る。ず ば
り 「 小 説 の技法」 と題 され た初期 エ ッセー には こう記 されてい る。
[ ‑‑]登場人物 たちの配置 もまた偶然 に任 せ て はな らない。 なぜ な ら ば,彼等 が有 す るあるひ とつの意味 の一切 が, この配置 に依存 す るので あ るか ら。 [ ‑‑・ ]私 の考 えで は,割 れた瓶か ら逃 げだ したホム ンクルス の ように,小説 の登場人物 た ちが動 き回 るが ままにまかせ る ことも,彼 らをチ ェス盤上 の駒 の ように見 な し,一連 の指 し手 が章 と章 との脈絡 を 構成 し,最後 のチ ェック ・メー トが作者 の勝利 で ある と考 える ことも, 等 し く問題 とはな りえない
9)0
後段 のチ ェス ・ゲーム云々 は,一見, これ こそクノーの主張 に適 うように 見 えるが,実 は,先 に触 れた ホメロス以来 の伝統 的小説 と別 の こ とで はない。
第‑ にそれ ぞれの駒 は個 的 に定 まった交換不能 な価値 を有 してお り, 第二 に,
≪指 し手 ‑作者≫ は これ をア ・プ リオ リな規則 として ≪ 駒 ‑登場人物≫ を操 る
レ‑モン ・クノーの 『 イカロスの飛期』 におけるメタ ・フイクショナルな諸問題 について 31
ので あ る
。これ に対 し,クノー にお いて問題 なの は,「自分 が作 りだ した規則 に 自 ら従 うよ うなゲ ーム
10)」の中 に登場人物 を配置 し,記号 と記号 との関係 と して新 た に組織化 す る こ とで あ った。 それ故,登場人物 の意味 は もはや ア ・ プ リオ リな もので はな く,他 の もの との差 異 的関係 によってア ・ボステ リオ
リに決定 され るべ き もの なので あ る。≪ 戸寿 係 と張 り合 わ ない≫とい うことは, この ような ≪登場人物≫ の脱 実体化 ない し記号化 に他 な らない。 イ カロス は な るほ ど「 私 は自分 が交換不可能 で あ る と感 じる 」 ( p. 62) と述 べ て はい るが,
しか しなが ら,物語全体 の枠組 み において は, この よ うな ≪交換 不可能≫ な 登場 人物 の消失 それ 自体 が語 られて い るので あ る
。2 .失蹟 した ≪ 登場人物≫
ところで, フィク シ ョンの世 界 か ら現実世界 へ と防径 い出た ≪登場人物 ≫ は, イカ ロスが最初 で はない。 かつ てイタ リア に,構 想 だ けで放 棄 された戯 曲の実現 を求 めて, あ る劇 団の もとを訪 れ た ≪ 作者 を探 す六人 の登場人物 ≫ が いたので\ あ る。もち ろん クノー は,これ に言及 す る こ とを忘 れ て はいなO。
H : [ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ]あ る小 説 を書 き始 めて間 もないのですが, 1 0 ペ ー ジか, せ いぜ い 1 5 ペ ー ジ くらいの ところで,大 い に期待 を寄 せ て いた とい うの に, 主人 公 が ろ くに素 描 もして い な い の に消 えて し まった の で す。
4 ∴ ∴ L
M : それ は実 に ピラ ンデル ロ的ですね 。 ( p. 1 8)
が,本 当 にイカ ロス は ≪ピラ ンデル ロ的≫ なので あ ろ うか。 イタ リアの劇 作家 の登場人物 の一人 は,「 皆 さん は決 して作者 の意 図 なんて もの を尊 重 す る 必要 はあ りませ ん よ。登場人物 は作者 の考 え とはてんで別 な, 自身 もち まえ の一個 の意義 を もってい るのです
11)」と語 ってい る。 が,作 者 の ≪意 図≫を否 定 す る点 で この上 な くスキ ャンダ ラス に見 える彼 らも, 自 らに固有 の≪意義≫
を主張 す る限 りにお いて, や は り, ア ・プ リオ リな実体性 を前提 としてい る
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と言 わね ばな らない。 つ ま り, 問題 は一重 に, これ らの登場人物 に ≪あ らか じめ≫書 き込 まれて あ る物 語 の実現 にあ るので あ る。
『イカ ロスの飛期』が戯 曲形式 で書 かれ てい るの は, ピラ ンデル ロ を意識 し ての こ とで あ ろ うが, イカ ロスの逆説性 は これ らの登場人 物 の それ とは決定 的 に異 な る
。つ ま り,辿 るべ き運命 の大筋 はお ろか, その容貌 さえ判 然 とし ない イカ ロス は,語 られ るべ き内容 な ど持 た ない ままに原稿 を抜 け出 した の で あ る。ユベ ール 自身,「 私 は彼 に弁別 記号 を与 えなか った 」( p. 2 1 ) と語 るよ うに, この ≪登場人物≫ は既成 の意 味体 系 に組 み込 まれ る前 に, いわ ば浮遊 す るシニ フイア ン として世紀末 のパ リに防径 い出たので あ る。
しか しなが ら,「 語 に韻 を踏 ませ る ように,状 況 や登場人 物 に韻 を踏 ませ る こ とがで きる
12)」とす るな らば, この ≪登場人物 ≫もまた,作家 の ≪意識 的 な 技法≫ に よって律 せ られ るべ きなので はなか ろ うか。 い った いイカ ロス に何 が起 こったのか。
Ⅰ : ト ‑・ ]僕 は彼 が作 り上 げて くれ る運命 を実現 す るの を待 ちなが ら, 彼 の家 で平穏 に暮 らして い ました。 で も, あ る 日,彼 が原稿 を閉 じる の を忘 れ て‑‑
L : 原稿 です って ?
Ⅰ :そ うです。 す きま風 が僕 を運 び去 った んです。 ( p p. 4 ト4 2 )
イ カ ロスが風 に よって渡 われ て行 った こ とは,神話 的暗示 で もクノーの奇 想 で もない。ここで参 照 すべ きは,「 足 し算 の空気力学 的特性 に関す る概 略 的 考察 」 と題 された短 いエ ッセーで あ る。 それ は ≪2+ 2‑ 4≫ が成立 す るた め には ≪風 ≫が穏 やかで な くて はな らない とい う奇妙 な もので あ るが, その 意味 す る ところは極 めて示唆的 であ る。
風 は [ 数字 を]吹 き飛 ばすだ けで はな く, [ それ らを]もた らす こともあ
る。≪1 ≫とい う数字 は極 めて軽 い数字 で あ り, そ よ風 が吹 くだ けで動 か
レ‑モン ・クノーの 『 イカロスの飛期』 におけるメタ ・フイクショナ) i , な諸問題 について 33
す には十 分 で, こうして舞 い上 が った ≪1 ≫が必要 もない足 し算 の中 に, 計 算 してい る者 さえ知 らない うち に落 ちて くる こ ともあ り得 る
。自分 は
≪2+ 2‑ 5≫ に対 して 目が ない のだ と, ロ シアの数 学者 ドス トエ フス キーが果敢 に も宣 言 した時 に,彼 が直観 的 に閃 いたの は これ で あ る
13 ) 。
この よ うな懐疑 が無意味 な もので はない こ とは,例 えばク リプキの≪アデ ィ シ ョン ( 68+5 7‑1 2 5) ≫ と ≪クワデ ィシ ョン ( 68+57‑ 5) ≫をめ ぐる議論 に 明 らかで あ ろ う
。この論理学者 は 「ここにおいて,二 つの可能性 の うちの一 方 をあ えて答 える,とい う野蛮 な傾 向 を正 当化 す る何物 もないので あ る
14)」と 述 べ てい る。詳 しい議論 は置 くが,厳密 に コー ド化 された数 学体 系で あって
ち, その規則 の一義性 は疑 い得 るので あって, ましてや ≪悪意 的体 系≫ で あ る言語 において は,発話者 ない し書 き手 の内的 ≪意 図≫ は,意味作 用 の十全 な る実現 の根拠 た り得 ない
15 ) 。言葉 の使 用 は単 な る記号 の≪和 ≫で はあ りえず, む しろ ≪2+ 2‑ 5≫ と表記 され るよ うな過剰 を学 んで い るので あ る。
さて,以上 を踏 まえてイ カ ロスの存在様 態 を問 うな らば,彼 が ≪風 ≫ に運 ばれ てい くや, その身長 が まさ し く ≪1cm ≫分 だ け加 算 され る ことは特筆 に 値 しよう( ただ し,後 に述 べ る理 由で,探偵 はイ カ ロス をニ ック・ ハ ‑ ヴ ィ ッ
トな る人物 と取 り違 えてい る)。
儲 け話 を餌 に した民 は成 功 確 実 だ。 とい う こ とは,彼 はニ ック ・ハ ‑ ヴ ィ ッ トで はなか った とい うこ とか。 それ に彼 は 1m 77cm あった に違 い ない。 ( p. 37)
この ≪ 1c m ≫の差異 の由来 はひ とまず置 くこ とに して, ここで は次 の二点
を確認 してお こう
。まず第一 に, クノーが探究 した ≪自分 が作 りだ した規則
に自 ら従 うようなゲーム≫の規 則 もまた 自明 な もので はない とい うこ と
16 ) 。第
二 に, イカ ロスが降 り立 った先 は, もはや ≪2+ 2‑ 4≫ が一義 的 に成立 す
る閉 じ られた空 間で はな くして, ≪2+ 2‑ 5 ≫もまた可能 で あ る ような どこ
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かで\ あ る とい う こと。
よ り巨視 的 には, この二 つの記号解釈 は, それ ぞれ ロラ ン ・バ ル ト的 な意 味 での ≪作 品 euvr e ≫ と ≪テ クス ト t e xt e ≫に相 当す る と言 えよ う
17 ) 。 ここで
≪作 品≫とは,ひ とつの人格 を もった作者 の意 図が書 かれ た ものの中 に内在 し, 唯一絶対 的 な意味 として読 み取 られね ばな らない とす る理念 で あ る。つ ま り, いつ,誰 が ≪ 計算 ‑読 み取 り≫ して も ≪2+ 2‑ 4≫ が成立 すべ き と要請 さ れてい るので あ る。 これ に対 し, ≪テ クス ト≫ とは, まず もって ≪ 作 品≫ と称 され る ものが,実 は単 な る記号 の集積 に他 な らない とい うこ との確認 で あ り, そ こにおい て産 出 され る多義 的過剰 性 の解放 で あ る
。そ こにお い て,≪2 +
2‑ 4 ≫の 自明性 は,≪ 読 者≫が とる様 々 な視 点 に よって読 み換 え られ, ダイ ナ ミックな意 味生成 が可能 とな る 。≪2+ 2‑ 5 ≫を導 き出 した クノー の≪ 風≫
は, それ故 ,安定 した体 系性 を揺 さぶ る記号破壊 の ≪力学≫ の隠境 に他 な ら ない。
今 や古典 的 に もなった一対 の概 念 を ここで持 ち出す の は, イカ ロスが運 ば れ て行 った空 間が, まさに作者 の意 図 の及 ばない,匿名 的かつ多元 決定 的 な
≪テ クス ト≫に他 な らない と思 われ るか らで あ る
。はか らず もユベ ール は こう 口に してい る
。小説家 なのですか ら,私 は小説 を書 きます。小説 を書 きなが ら,私 は登 場人物 た ち を相手 に します。 ところが,彼 らの うちの一人 が姿 を眩 ま し て しまったのです。文字通 りに [‑テ クス ト的 に t e xt ue l l e me nt
]。( p. 1 8 )
バ ル トが決定 的 に ≪作者 の死≫ を宣告 した の は, ち ょう ど 『 イ カ ロスの飛
期 』が発表 された 1 9 6 8 年 の こ とで あ った
18)。 この こと自体 は偶然 にす ぎない
で あろ うが,文学 の動 向 に常 に距離 を置 きつつ,それ を話 語 的 に消化 して い っ
た クノーが, 当時 の批評 の雰 囲気 を この小説 に織 り込 んだ ことは十分 にあ り
得 よ う
19 ) 。が, この こ とが言 え るた め には,≪読者 l e c t e ur ≫とい う新 しい主人
公 を検 討 す る必 要 が あ ろ う
。とい うの も,「 読者 の誕生 は,作者 の死 に よって
レ‑モン・クノーの 『 イカロスの飛期』におけるメタ・フイクショナ) I , な諸問題について 35
あが なわれね ばな らな
い 20)」ので あ るか ら。そ こで注 目 した いの は,作者 に≪ 代 わ って≫登場人物 を探 すモル コールで あ る。彼 はいか な る ≪捜査 ‑読 み≫ を 行 うのだ ろ うか。
3. ≪ 読者≫の振 る舞い
確 か に探偵 は任務 に忠実 で あ ろ う とす る限 りにおいて,≪登場人物 ≫の ≪作 者≫へ の帰属 を信 ず る素朴 な読者 に似 ていない こ ともない
21)。しか し,≪探 す ‑ 読 む≫ べ きイカ ロス は,一義 的 な内容 を秘 してい る と見倣 され る ≪作 品≫ か ら,≪テ クス ト≫ とい う多義 的 な表層 に運 ばれ てい った ので あった。 それ故 ,
≪抹偵 ‑読者≫ が まず なすべ きは, ジ ャ ック・ラカ ンが ≪ク ッシ ョンの綴 じ目 poi ntdecapi t on ≫と呼ぶ もの,す なわ ち,「さ もな くば際限 の ない もの とな っ て しまう意味作用 の滑走 をシニ フイア ンが止 め る
22)」地 点 を画定 す る こ とに 他 な らない。 この意味 で,捜査 の 冒頭 にお いて,探偵 が≪作 者≫の デ ィス クー ル を,意 図 され た もの とは別様 に綴 じる こ とは決定 的 に重要 で あ る。
H : どうぞ 1 0 ル イです。早 く私 のイカ ロス を見 つ け出 して くだ さい。
M : 確 か に 1 0 ル イ受 け と りま した。 それ で は彼 の名 をメモ してお き ま し ょう 。 ( p. 23)
ここにお いて探偵 は, ユベ ール の言 った ≪ mon l car evi t e≫ を ≪ monNi c k Har vi t t ≫ と誤 って分節 して手 帳 に記 し,彼 自身 の ≪読 み≫以 外 の どこに も存 在 しない ≪登場人物≫ を探 し始 め るので あ る。 その結果 ,彼 の 「 類 推 に よる 推理」 ( p. 24)どお りの場所 でイカ ロス に遭遇 す る も, モル コール は この機 を 逃 す ことにな る
。先 の 「 彼 は 1m 7 7 あった に違 いない」の台詞 は この時 に発 せ られ た もので あ り, い まや明 らか な ように, イ カロスの記号性 に潜在 す る
≪ 1c m ≫の差 異 は,実 は, モル コール の ≪読 む行為≫に よって顕在化 されたの
で あ る。 つ ま り,≪ニ ック ・ハ ‑ ヴ イ ツ ト≫ な る名 前 が記 された ≪手帳≫ は,
モル コール 自身が書 き換 えた ≪テ クス ト≫ に他 な らない と言 え よ う。
36 人 文 研 究 第
93韓
こうして開始 され た捜査 で はあ るが,熱 心 な聞 き込 みの結果 , ひ と りの怪 しい ≪登場 人物 ≫ が浮 か び上 が った。 シ ャ ミサ ック・ピエ プ リュな る人物 で, 同業者 ジ ャ ックの新作 の主人公 にな る予定 だ とい う。小説家 の腹 案 に よれ ば, 彼 は 「 身長 1 メー トル 76 ,粟毛色 の髪 , まっす ぐな鼻 」 ( p. 69) をしてお り, モー ヴ色 の 目を除 けばイ カ ロス ( 探偵 に とって はニ ック ・‑ ‑ ヴ イ ツ ト) と 瓜二 つで あ る。 しか も, ジャ ックは この登場人物 をユベ ールが予定 していた
≪ブル ー通 り,奇 数番地≫ に住 まわせ るの み な らず,幼 少時 の ピエ プ リュに
≪ニ ック≫な る愛称 を与 えて い るので あ る (ミ ドル ネー ム ≪ニ コラ≫ よ り)
23)0 これ は ≪ 盗 作≫以 外 の何物 で もないので はなか ろ うか。
そ こで探偵 はブル ー通 りに急行 す るが, ピエ プ リュは ≪ジャ ックが予約 を 入 れ て くれ た高級 レス トラ ン ≫ ( p. 85) に食 事 に出た後 で あ った。彼 はた また ま居合 わせ た イカ ロス に些細 な こ とか ら ≪決 闘 due l ≫を申 し込 む こ とにな る が,両者 が ≪ 双 数 due l ≫的 な関係 にあって みれ ば, これ もまた必然 と思われ る
。と りわ け ピエ プ リュは,彼 を保護 して くれ てい るジャ ックの嫌疑 を晴 ら さね ばな らない。 つ ま り, これ は何 方がオ リジナルで何 方が コ ピー なのか を 決 す る名誉 の戦 い とな るべ き ものなので あ る
。が,対 すべ きイ カロス は肝 心 の 自己同一性 を欠 いてい るので あった。実 際, ピエ プ リュが名刺 ‑ それ は 一種 の ≪ 戸 籍≫ に他 な らない ‑ を突 きつ ける も, イカ ロス は返 すべ き名刺
を持 た ないので あ る。 つ ま り, イカ ロスの住 まう ≪テ クス ト≫ において は, オ リジナル/ コ ピー の区分 は意味 をな さないので あ るか ら (これ につ いて は 後述 す る), この決 闘 自体 が成 り立 た ないので あ る
。さて, ここに駆 けつ けたモル コール は言葉巧 み に二人 を外 に連 れ出すや, 探 し出すべ きイ カロス には 目 も くれず,≪ 作 者≫を異 にす る ものの正確 に ≪1 m 7 6cm ≫の どエ プ リュの方 をユベ ール の もとに連 れ帰 って しまう。残 され た
イカ ロスが いみ じ くも 「 奇妙 な,奇妙 な出来事 [‑物語 ]だ 」 ( p. 89) と言 う
よ うに, モル コール は ここでイ カ ロス を ≪シャ ミサ ック ・ピエ プ リュ‑ニ ッ
ク・ ハ ‑ ヴ ィッ ト≫として二 重 に読 み違 えてい るので あ る
。もち ろん, ユベ ー
ル は これ を否定 し,探偵 は探 すべ き対 象が イカ ロスで あ る こ とを ここで ≪ 初
レ‑モン ・クノーの 『 イカロスの飛期』 におけるメタ ・フイクショナ) t 'な諸問題 について 37
めて≫知 る こ とにな る。捜査 のや り直 しで あ る。
結局 の ところ, とはい って も 『イ カロスの飛糊』の ち ょう ど中程 で あ るが, モル コール はつ い にイカロス をユベ ール の原稿 用紙 に戻 す ことに成功 し、小 説家 は「イ カロス は シャンヴ ォ‑婦人 に も LN に も会 わ なか った 」( p. 1 6 0 ) こ
とに して執筆 を再 開す る こと となった。こ こに到 って,≪ 探偵 ‑読者 ≫モル コー ル の ≪テ クス ト≫ が紡 ぎだ した多義 的過剰性 は, ふたた び ≪ 作者 ≫ の意 図 に よって検 閲,抹 消 され, イ カロス は決定 的 に ≪ 作 品≫ の中 に封 じ込 まれたか の よ うに見 える。が,果 してそ うか。
4. 反復
『 イ カ ロスの飛期』の後半部 は, 3 人 の憲兵 の訪 問 を もって始 まる。兵役 に 就 くべ き年齢 に達 した の に, イ カロスが まだ入隊 していない, とい うので あ る
。彼 らは こうしてイ カロス を連行 してい くが, この憲兵 た ち は,実 は, ユ ベ ール の小 説家仲 間 で あ った。 い ろい ろ悶着 を起 こしたので,少 し懲 らしめ てや ろ う, とい うわ けで あ る。が,悪 ふ ざ け も一段落 し,い ざイ カ ロス を「オ リジナル の地点 」( p. 1 7 0 ) に戻 そ う とした時,彼 らが連 れ出 した登場人物 は, 鍵 の閉 まった トイ レか ら忽 然 と姿 を消 して しまったので あ る
。慌 てた小説家 た ち は, ユベ ールが気 づか ない うち にイカ ロス を取 り戻 すべ く, モル コール に極秘捜査 を依頼 す る
。こうして ≪ 探偵 ‑読者≫ の再登場 と相成 るので あ るが,事情 はさ らに複雑 で あ った。 ユベ ール もまた捜査 を依頼 して きたので あ る
。彼 は面会 に行 った ル イユの兵舎 で, イカ ロス な る人物 は登録 されていない こ とを知 った ので あ
る
。困 った の はモル コールで あ る。
私 は コル ネイユ的 な立場 にあ る
。ふた たびユベ ール氏 が イカ ロス を探 し
出す ように頼 んで きたが, これ はシュル ジ ェ氏 もまた私 に託 した任務 で
あ る
。もしイカ ロス を見 つ けた ら,何 方 に返 せ ば よいのか。 ( p. 1 8 7 )
3g 人 文 研 究 第 93 輯
モル コール の この問 い は,実 は,解答不能 な問 いなので はなか ろ うか. こ こで もう一度確認 すべ きは,「どの ようなテ クス トもさまざ まな引用 のモザ イ ク として形成 され, テ クス トはすべ て, もうひ とつ の別 なテ クス トの吸収 と 変形 に他 な らない
24)」とい う現代 批評 の教 えで あ る。つ ま り,あたか も神 の言 葉 で あ るような起源 的 ≪テ クス ト≫な る もの は存在 せず,≪テ クス ト≫はすべ て引用 し引用 され る関係 として成立 して い るので あ る
。それ故 , ユベ ール の 登場人物 が ≪オ リジナル≫として まず存在 し,次 いで小説家 た ちが これ を ≪引 用≫ した と考 える こ とはで きない。 ユベ ール もまたイカ ロス を どこか別 の と
ころか ら引用 して きたので あ り,小説家 た ちが どう思 お う とも, イカ ロス を 返 すべ き ≪オ リジナル の地点≫ は どこに も存在 しないので あ る
。他 方, こう して ≪誘拐 ‑引用≫す る者 た ち もまた, 当然 の こ となが ら,≪ 作 者≫を名乗 る こ とはで きない。イカ ロスが彼 らに対 して「あなたた ち は誰 なのだ 」( pp. 1 66 , 1 67 , 1 6 8) と執 物 に問 いか け るの もそのた めで あろ う。 つ ま り, ここにおい て は一切 が徹底 的 に ≪匿名 ≫ 的 なので あ って, ユベ ール もシュル ジェ も, イ カ ロス を正 当 に所有 す る ことはで きないので あ る
。それ故 , モル コールが上 の問 い を 「 良心 の問題 casdecons ci e nce」 ( p. 1 87) と言 い換 えて い る ことは, 極 めて正確 で あ る。 これ は戒律 や法律 ‑ と りわ け ≪ 著作権 ≫‑ を もって し
て は是非が決せ られ ない類 の問題 なので あ る
。さて, イカ ロスがパ リの街 に舞 い戻 るや,物語 はい よい よ ≪間テ クス ト≫
的 な様 相 を呈 し始 め る
。イカ ロス に続 け とばか り,小 説家 た ちの≪登場人物≫
が次々 と失綜 す るので あ る。特 に注 目 した いの は, シュル ジェの主人 公 コラ ンタ ン ・デ ュラ ンダルで あ る。 この平凡 な公務員 は,後 に予定 された ≪み じ ん切 り包丁 で妻 を殺 害 す る寝取 られ男≫ ( c f ,210)とい う運命 を嫌 って逃 げ出 した ので あ るが,我 々 の文脈 か ら重 要 なの は,シュル ジェの次 の言葉 で あ る。
自業 自得 だ。 イカ ロス を盗 んだか ら, コラ ンタ ン ・デ ュラ ングル は飛 び
去 ったのだ。 ( p. 219)
レ‑モン ・クノーの 『 イカロスの飛報』 におけるメタ ・フイクショナルな諸問題 について 39
我 々 は これ を, イ カロス を引用 したか ら, デ ュラ ングル もまた ≪誰 か≫ に よって引用 され た と言 い換 える こ とが で きよ う
。とい うの も, シュル ジェ も また ≪作者 ≫ で あ る限 りにおいて, いか な る登場 人物 を も所 有 し続 ける こ と はで きないので あ るか ら。 こ うして飛 び去 った デ ュラングル は,先 の ピエ プ リュ と密 か に繋 が りつつ も‑ ≪聖 二 コラ≫の伝説 か ら発想 された彼 は, もう ひ とりの ≪ニ ック≫なので\ あ る ‑ , あの決闘者 とは対 照 的 に,等 し く≪引用≫
された者 として イカ ロス に同胞 を感 じて接近 して くる。
D :私 自身 もあなた と同 じケー スなのです。
Ⅰ :私 のケース は唯一 の ものだ と思 ってい ました。
D :誰 で もそ う考 えるのが常 ですが, で も事 実 は,誰 も決 して一人 で は ない のです。 ( p. 200)
誰 も決 して一人 で はあ りえない とい う ことは, これ らの登場人物 の存在条 件 が ≪テ クス ト≫ と ≪テ クス ト≫ との関係性 にあ る こ とを意 味 しよ う。 そ こ
にお いて は どち らが よ り起 源 的か とい うこ とは問 えないが, それ で もや は り イカ ロスが ≪主人公≫で あ るか の よ うに見 えるの は, 『イ カ ロスの飛期』に引 用 された数 々 の ≪テ クス ト≫ が, この シニ フイア ンにおいて多元 的 に交錯 し てい るか らに他 な らない。実 際, イカ ロスの雇 い主ペ リエ は,逃 げ出 して き た ≪登場人物≫た ち を, 「あなたの個人 の まわ りに寄 り集 まって きた, これ ら の奇妙 な存在 」 ( p. 282) と評 してい る
。詳 し くは割 愛 す るが,かつての仇敵 ピ エ プ リュで さえ,こうして再会 した時 に は,「 私 た ちの間 には共通 点が あ るに 違 いない」 ( p. 265) と語 って い る。
こうして, イカ ロス をめ ぐって一切 は決定不能 な もの とな る
。イカ ロス は
い まだ に ≪作者≫に未練 を残 す老詩人 メ ッ トル トウ一 に対 して, 「あなた は自
分 の こ とを,通 りの人 々 と異 な る と感 じてい るのですか」( p. 261) と問 うてい
る
。もしか した な らば,パ リの街 を俳年 回す る人 々 はすべ て, 引用 された ≪登
場 人物 ≫ なのか もしれ ないので あ る。 ここには もはや,特権 的 に ≪探 す ‑読
40 人 文 研 究 第 93 輯
む≫ べ き登場人物 は存在 しない。 それが故 に,≪探偵 ‑読者≫ モル コール は, イ カロス に代 わ って デ ュラ ンダル を探 す よう依頼 す るシュル ジ ェに, こう言 い放 つので あ る。
私 はや め ます, シュル ジ ェさん。 もうや め るのです。 もう尾行 は しませ ん。特 に成 果 め尾行 はお断 りです ‑ もち ろん,想像 力 の成果 の こ とで すが。 [ ‑‑‑]私 は操 り人形 で もマ リオ ネ ッ トで もあ りませ ん ! ( p. 21 8)
そ もそ もモル コールの使命 は,≪登場人物≫を ≪作者≫の も とに連 れ帰 る こ とで あ り,彼 のモ ラル は, あ くまで も真相 をつか む こと, す なわち,正 しい
≪読 み≫を行 うこ とにあ った。 それ故,彼 が追 い求 めた ≪想像力 の成果≫とは, 先 に見 た ≪作 品≫ と別 の もので はない。 しか し,彼 の ≪読 み≫ は, その実践
において,作者 の期待 を裏切 る もので あ った。 なん とな らば,彼が読 んで い た もの は, イカ ロス とい う空虚 な シニ フ イア ンにお いて多元 的 に決定 され る
≪テ クス ト≫なので あ るか ら。 それ散 , ここで読者 の役割 を放棄 して い るか に 見 えるモル コール は,作者 へ の隷属 を拒否 す る こ とによって,逆説 的 に ≪作 者 の死 を腰 う読者≫ として新 た に誕 生 した と言 えよ う
。とい うよ りも, その よ うな 自己 を発見 した といった方が適切 で あ ろ う。 とい うの も, この≪読者≫
は,実 は, 「い ろんな名前 で数 々 の小説 に登場 す る 」 ( pp. 1 6‑1 7) 探偵 として, つ ま り,複 数 の ≪テ クス ト≫ を行 き来 す る読者 として,す で に紹介 されてい たので\ あ る
。さて,モル コールが探偵 を廃業 した後 にな って,イカ ロスが正確 に ≪ 1m 7 6
c m ≫で あ る と確認 され る ことは実 に皮 肉 な結末 で あ るが,今 や作者 に忠実 な
読者 は決定 的 に舞台 を去 り, イ カ ロス は今 度 こそ,閉 じ られた ≪作 品≫ か ら
開かれた ≪テ クス ト≫へ と解 き放 たれた ように見 え る
。が, ここでふ たた び
問 う。果 して そ うか。
レ‑モ ン ・クノーの 『 イカロスの飛糊』 におけるメタ ・フイクシ ョナルな諸問題 について 41
おわ りに
これ までの我々 の ≪読 み≫ を要約すれ ば以下 の とお りで あ る。 まず, イカ ロスは小説 の 《 技法 の問題≫ として提示 され, その ≪ 作者≫ ユベ ール は,登 場人物 の ≪ 戸篇≫ よ りも先 に, その身長 を ≪計算≫す るような小説家 で あっ た。我 々 は ここにクノーの ≪ 計算狂≫ を見 たが, しか しまた,計算 とい う極 めて コー ド化 された記号操作 も自明 な もので はなか った。つ ま り ,≪2+2‑
4 ≫ と ≪2+2‑5 ≫ とい う二 つの記号解釈 の問題 で あるが, これ は ≪ 作 品≫
と ≪テ クス ト≫ と別 の こ とで はなか った。 イカロス は ≪ 風≫によって ≪作 品≫
か ら≪テ クス ト≫へ と運 ばれて行 った シニ フイア ンで あ り, その過剰 な る ≪1 cm≫は,実 は, モル コール の ≪ 読 む行為≫その もの に由来す る もので あった。
彼 は ≪登場人物≫ を ≪作 品≫ に封 じ込 める忠実 な読者 を演 じつつ も,結果 と して は,≪テ クス ト≫を外 に開 き, また, その ような ≪ 読者≫としての 自己 を 発見 したので あ る。 つ ま り,一言 でい って, 『イカロスの飛報』は,世紀末 の パ リに物語 の場 を求 め, 自身 の文学 についで 懐古 的 に言及 しつつ も,同時代 的 なメタ ・フイクシ ョナル な諸 問題 ‑ 登場人物 の記号化,作者 の死,読者 の誕生 ‑ を謂謹 的 に寓意 してい るので あ る。
以上 が一応 の結論 で あるが,我 々 は先 にひ とつの問題 を留保 しておいた。
す なわち,果 してイカロス は最終 的 に解 き放 たれたので あろ うか。最後 に, この ≪登場人物≫ の運命 を辿 りなが ら, この問い に答 えてみたい。
先述 の とお り,事 の起 こ りは一陣の風 にあった。 こうして防径 い出た イカ
ロスは, セーヌ川岸 の古本屋 で偶然 目に した 『 力学論』 なる書物 を購入 し,
メカニ ックな もの に興 味 を抱 いた。 そ こでイカロス はまず 自転車 に乗 ること
を覚 え,次 いで 自動車整備工 の仕事 を得,最終 的 に,子供 が操 る凧 の 「 精巧
な仕組 みの単純 さ と空色 がか った大気 中での軽やかな動 きの優美 さ 」( p. 274)
に魅せ られ る ことにな る
。この一連 の過程 は,空虚 な シニ フ イア ン として登
場 したイカ ロスが,物語 の展 開 において シニ フイエ を獲得 してゆ く,一種 の
成長物語 として理解 す るこ ともで きよう。 こうして ≪ 天職≫ を得 たイカロス
4 2 人 文 研 究 第 93 輯
は, あ る意 味 で ‑ とい うの も, この よ うな予定調和 的 な読 み こそ我 々が否 定 して きた もので あ るか ら‑ ,語 られ るべ き自 らの物 語 を確 立 し,恋人 の LN と一緒 な ら戻 って もいい とユベ ール に提 案 す る。が,話 し合 い は物別 れ に 終 わ り, この ≪登場人 物≫ は, 最後 に,巽 を得 た古 のイカ ロスの よ うに,大 凧 に身 を託 し空高 く飛期 した ので あ る。 が,や は り 「 担 うには困難 な名前 」
( p. 1 2 3 ) のせ いで あ ろ うか, イ カロス は愛読 した 『 力学論 』にあ る とお り,重 力 に よって失墜 して しま う。 そ して, こ こに駆 けつ けた ≪ 作者 ≫ユベ ールが, 最後 の最後 に ≪イカ ロス に関す る原稿 を閉 じなが ら≫ こう言 い放 つ0
万 事 は予定 どお りに運 んだ。私 の小説 は完成 した
。( p. 3 0 3 )
この最後 の ≪作者≫ の言葉 は,実 にスキ ャンダラスで あ る
。と言 うの も, モル コール の退場 とともに,決定 的 に解放 され たか に見 えた イカ ロス は, こ
こにお いて完全 に ≪ 作 者≫ の意 図 に吸収 され て しまうので あ る。 が, それ だ けで はない。結 末 の この一 言 は, これ まで の我 々 の読 み を根底 か ら覆 して し まいかね ないので あ る
。ここで語 って い る ≪ 作者 ≫ は, もはや作 中人物 のユ ベ ールで はない。 か といって,文 学史 にその名 を残 す レ‑モ ン ・クノー とい う実在者 で もない。 い うな らば これ は,≪テ クス ト≫ に織 り込 まれた ≪ 作者≫
で あ り,我 々 はその引用 し引用 され る とい うダイナ ミズム の中 に ≪読者≫ と して参入 し,彼 とともに 『イカ ロスの飛朔』 とい う ≪作 品≫ を書 き換 えて き た筈 で あ った。 が,最後 の最後 に, クノーが否定 した はず の≪チ ェ ック・メー ト≫の声が掛 か り,我 々が読 み取 って きた こ との一切 が,実 は,最初 か ら≪意 図≫ されて いた こ とにな るので あ る
。我 々 は この得体 の知 れ ない ≪作者≫ の 勝利 を先延 ば しに しな けれ ばな らない。が,いか に して。方法 はただひ とつ,
さ らに異 な る ≪ 読 み≫ を突 きつ ける こ と以 外 にはないだ ろ う。 しか し, これ
こそ我 々が この ≪テ クス ト≫ の中 に読 み取 って きた ことで はなか っただ ろ う
か。 しか も, どの よ うに読 んで も,最後 には ≪万事 は予定 どお り運 んだ≫ の
一言が待 ってい るので あ る 。≪2+2‑5 ≫の可能性 をいか に求 めて も ,≪2+
レ‑モン ・クノーの 『 イカロスの飛期』 におけるメタ ・フイクショナJ t , な諸問題 について 43
2‑ 4 ≫が成 立 して しまう逆説。 そ うい えば, 冒頭 近 くに, 「 小説家 とい うも の は極 めて嘘 つ きだ 」 ( p. 1 6 ) と,小説家 が語 る場面 が あ った。我 々 は この ク レタ人 のパ ラ ドックスの よ うな決定不能性 に, どうして も陥 って しま うので あ る。それ故 ,三 た び,そ して何度 で も,間わね ばな らない。果 してそ うか。
註