研究題目
TAF
(
Thought-Action Fusion)と思考抑制が強迫傾向に及ぼす影響
弘前大学大学院教育学研究科
学校教育専攻学校教育専修臨床心理学分野 10GP108 加藤 由佳
(指導教員 田上 恭子)
目 次
はじめに
第1章 問題と目的
第1節 強迫性障害とは何か
第2節 OCDの説明理論 ~認知行動理論を中心に~
第3節 OCDの認知行動モデルを巡る実証研究 第4節 本研究の目的
第2章 研究1: TAFの尺度の再検討と強迫傾向との関連についての追試的検討 第1節 問題と目的
第2節 方法 第3節 結果 第4節 考察
第3章 研究2: TAFと思考抑制が強迫傾向に及ぼす影響について 第1節 問題と目的
第2節 方法 第3節 結果 第4節 考察
第4章 総合的考察
第1節 TAFと思考抑制が強迫傾向に及ぼす影響:
症状別モデルについて 第2節 治療法への示唆 第3節 本研究の意義と課題
引用文献 謝辞
1 1 1 4 11 17 19 19 19 20 26 28 28 31 32 42 49 49 50 51
53 56
1
はじめに
日常生活のなかで「ガスの元栓は閉めただろうか」,「家の鍵をかけ忘れていないだろうか」
と感じ,ガスの元栓や家の鍵を確認することは,誰にでもあることだろう。しかし,このよう な確認行為にとらわれるようになると,苦痛を感じたり,確認行為に時間が割かれるようにな る。このような確認行為がより頻繁に行われ,苦痛を伴い日常生活に支障をきたすと,強迫性 障害となる。強迫性障害に似たような症状は健常者でも起こるものであり,適応状態が悪くな ると強迫性障害に発展すると考えられている(松永, 2009)。
強迫性障害は有病率が高いことが示されているが,病院への受診率が低いことが指摘されて いる(松永, 2009)。しかし,強迫性障害の研究は,まだまだ日本では少なく,その治療法の発 展につながるような強迫性障害のメカニズムの研究が求められていると考えられる。
第1章 問題と目的
第1節 強迫性障害とは何か
強迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder: 以下OCD)は,強迫観念(obsession)と強迫行 為(compulsion)の2 つの症状から成り立つ障害である。成田(1992)によれば,強迫観念と は,何らかの思考,ことば,心的イメージなどが患者の意思に反して意識の中に侵入してくる もののことで,強迫行為とは,様々な強迫体験に付随して起こる呪術的行為のことである。こ れらが,自分にとって無縁で無意味であるとわかっていて,それに悩まされることを異常と認 め,気にすまい,考えまい,行うまいと努力するにもかかわらず,そうすればそうするほどか えって心に強く迫り,それをやめると著しい不安が生じるため,それにとらわれてそうせざる をえない状態に陥ることであり,こうした強迫観念,強迫行為が患者にとって主観的に重大な 苦痛の源泉となっているか,あるいは社会的機能ないし役割機能の妨げになっていて,しかも 他の精神障害(うつ病,統合失調症,脳器質疾患など)に起因しないものを「強迫性障害」と 呼ぶ。
DSM-IV-TR(American Psychiatric Association, 2000a 高橋・大野・染谷訳 2002)のOCDの 診断基準をTable 1-1に示す。これを簡潔に表すと,強迫観念または強迫行為の2つの症状から 定義され,どちらかの症状を持ち,その症状に不合理さや過剰さを感じており,かつ強い苦痛 を伴い時間が費やされ,その人の正常な生活習慣,職業(学業)機能,社会的活動,対人関係 に著しい障害をきたしている場合に,OCDと診断される。
以上から,OCDは強迫観念,強迫行為のいずれかまたは両方の症状を持ち,その症状につい て,自分でも無意味さを感じているが,そうせざるをえない状態に陥ることで,長い時間強迫 症状を行うことに時間を費やし,日常生活に困難をきたすもの,かつ患者自身が苦痛を感じて いるという障害であると考えられる。
強迫症状について,DSM-IV-TR(American Psychiatric Association, 2000b 高橋・大野・染谷
訳 2002)では,主要な症状を4つに分類している。一つ目は,汚染に対する強迫観念であり,
結果として手洗いあるいは汚染されたと考えられた対象に対する強迫的回避である。二つ目は,
2
Table1-1 DSM-IV-TRの強迫性障害の診断基準
(American Psychiatric Association, 2000a, 高橋・大野・染谷訳 2002, pp.177-179) A. 強迫観念または強迫行為のどちらか.
(1),(2),(3)および(4)によって定義される強迫観念:
(1) 反復的,持続的な思考,衝動,または心像であり,それは障害の期間の一時期には,侵入的 で不適切なものとして体験されており,強い不安や苦痛を引きこすことがある.
(2) その行為,衝動または心像は,単に現実生活に問題についての過剰な心配ではない.
(3) その人は,この思考,衝動,または心像を無視したり抑制したり,または何か他の思考また は行為によって中和しようと試みる.
(4) その人は,その脅迫的な思考,衝動,または心像を(思考吹入の場合のように外部から強制 されたものではなく)自分自身の心の産物であると認識している.
(1)および(2)によって定義される強迫行為:
(1) 反復行動(例:手を洗う,順番に並べる,確認する)または心の中の行為(例:祈る,数を 数える,声を出さずに言葉を繰り返す)であり,その人は強迫観念に反応して,または厳密 に適用しなくてはならない規則に従って,それを行うよう駆り立てられていると感じている.
(2) その行動や心の中の行為は,苦痛を予防したり,緩和したり,または何か恐ろしい出来事や 状況を避けていることを目的としている.しかし,この行動や心の中の行為は,それによっ て中和したり予防したりしようとしていることとは現実的関連を持っていないし,または明 らかに過剰である.
B. この障害の経過のある時点で,その人は,その強迫観念または強迫行為が過剰である,または 不合理であると認識したことがある.
注:これは子供には適用されない.
C. 強迫観念または強迫行為は,強い苦痛を生じ,時間を浪費させ(1日1時間以上かかる),また はその人の正常な生活習慣,職業(または学業)機能,または日常の社会的活動,他者との人 間関係を著明に障害している.
D. 他のⅠ軸の障害が存在する場合,強迫観念または強迫行為の内容がそれに限定されない(例:
摂食障害が存在する場合の食物へのとらわれ,抜毛癖が存在している場合の抜毛,身体醜形障 害が存在している場合の外見についての心配,物質使用障害が存在している場合の薬物へのと らわれ,心気症が存在している場合の重篤な病気にかかっているというとらわれ,性嗜好異常 が存在している場合の性的な衝動または空想へのとらわれ,または大うつ病性障害が存在して いる場合の罪悪感の反復思考).
E. その障害は,物質(例:乱用薬物,投薬)または一般的疾患の直接的な生理学的作用によるも のではない.
▶該当すれば特定せよ
洞察に乏しいもの 現在のエピソードのほとんどの期間,その人は強迫観念および強迫行為が過剰 であり,または不合理であることを認識していない.
3
疑念という強迫観念であり,確認するという強迫行為がそれに伴うものである。三つ目は,強 迫行為を伴わない侵入的な強迫観念である。通常患者にとってとがめるべき性的あるいは攻撃 的行為についての反復的思考である。四つ目は,対称性や正確さに対する欲求であり,こうし た欲求から強迫行為に時間を費やすようになる。患者は実際に何時間もかけて食事をしたり,
髭をそったりすることである。
つまり,OCDは,強迫観念,強迫行為の内容は,様々な種類が見られるが,よく見られるも のとしては,汚染・病気などに関する強迫観念と,それを取り払うための洗浄・清掃などの行 為,自分に対する疑念とそれを取り払うために行われる確認などの行為,性的あるいは攻撃的 な思考,ものごとを正しくしなければならないという正確さ,対称性への欲求と,それに伴う 行為がある。
成田(1992)によれば,アメリカのNIMH(National Institute of mental Health)は,OCDの一 般人口における生涯有病率は,2~3%と推定されている。また,松永(2009)によれば,精神 科外来患者のうちOCDはおよそ10%と推定している研究者がおり,この数字に基づくと,OCD は恐怖症,物質関連障害,大うつ病性障害についで4番目に多い障害であることが示されてい る。更に,日本での一般人口中のOCDの有病率に関するデータは乏しく,また9ヶ所の総合 病院精神科において調査した結果では,1.75~3.82%であった(松永・切池・大矢, 2004)。しか し,松永(2009)は,日本での OCD の医療機関への受診率の低さを指摘し,未治療のまま患 者や家族に深刻な症状が生じている場合も,少なからずあると述べている。つまり,OCDは,
発病率は高いが,医療受診率は低く,実際強迫症状で生活に困難を感じている者は,数値より も多いと考えられる。Rachman & de Sliva(1978)は,健常者においてもOCD患者で見られる ような強迫的な行動や思考と似たようなものが認められると述べ,精神科患者の強迫症状は最 も頻度が高く,著しい苦痛をもたらすが,強迫という現象は,正常な精神生活においても実際 によく見られるとしている。例えば,「鍵を何度も確認するという行為」を頻繁に行うことは,
私たちもよく行うであろう。
正常に機能する強迫的な行動から,OCD患者の強迫症状に至るまで,Salzman(1973 笠原・
成田訳 1985)はスペクトラムとして捉え,いくつかの分かれる中間段階は量的なものにすぎ
ず,社会適応の度合いによって差異が生じるとし,健常者の強迫症状を「強迫傾向」と呼んだ。
健常者における強迫的な症状は,生活における順応と適応がうまく行かなくなると増大し,
OCDの状態に至ると強調し,後に発症しやすい脆弱因として扱っている。OCDの発症契機は,
仕事の挫折,過労,結婚上の問題,学業・進学などの生活ストレスが多いと言われており(成 田, 1992),健常者で見られた強迫が何らかのストレスイベントによってOCDに発展すると考 えられる。
つまり,健常者と OCD 患者とでは,頻度,困難度には違いが見られるものの,同じ様な強 迫症状が見られる。そして,健常者における強迫傾向は連続体を成しており,あるストレスイ ベントによりOCDに発展することがある。本研究では,Salzman(1973 笠原・成田訳 1985)
に倣い,強迫を健常者に見られる強迫傾向が,OCD患者に強迫をスペクトラムとして捉える。
また,健常者に見られる,OCD患者と比較して軽度の強迫症状を「強迫傾向」と定義する。
4 第2節 OCDの説明理論 ~認知行動理論を中心に~
OCDの説明理論は,生物学的説明や,心理社会的説明など多岐にわたっている。このような 説明理論を基に,様々な立場から治療・研究が進められてきた。
心理社会的説明理論としては,フロイトに始まる古典的な精神分析における説明がひとつに 挙げられる。成田(1992)によれば,強迫神経症(obsessive-compulsive neurosis)の発症は,エ ディプス状況に関連した不安,葛藤から肛門期への退行が生じ,性的・攻撃的衝動が出現する と,それに対して否認・抑圧などの防衛機制が発動することによるとされている。その後,サ リヴァンは対人関係論の立場から,強迫を安全保障感の欠如を克服しようとする試みとして理 解し,サルズマンは強迫を,コントロール喪失を防ぐための方策であると理解している。人間 学派は強迫を時間と空間の概念の歪曲や死と実存という観点から理解し,強迫は腐敗や嫌悪感 情に対する方策であるとみなしている。学習理論では,不安喚起的条件刺激との結びつきによ って,元来は中立的であった観念が不安を引き起こすようになったものが強迫観念となり,さ らに,ある行為が不安を軽減することを人が見つけると,それが学習されて強迫行為になると いう。森田理論は,強迫神経症は神経質に含められ,ピトコンドリー性基調を持つ人がある機 会に身体的・精神的変化に気づき,それにとらわれ,それに注意することによってますますそ の感覚が鋭敏となり,それに注意することによってますます注意がその方に惹きつけられ,感 覚と注意が交互に作用し症状を発展固定させ,ついに神経症という病的症状ができあがると主 張している(成田, 1992)。
以上のように,様々な理論があるが,近年の心理学領域では認知行動理論に基づく研究が盛 んに行われている。本研究でも,認知行動理論に基づく研究を行う。
認知行動理論では,Salkovskis(1985)のモデルが,最も包括的で明確な強迫性障害のモデル とされている(杉浦, 1996)。このモデルは,侵入思考それ自体は中性的な刺激とみなし,それ に対する認知的評価とその評価によって動機づけられる対処行動という2つの要因が,病理的 発展を左右すると考えるモデルであり,侵入思考の処理を維持することに寄与する2つの過程 について言及している(Wells & Matthews, 1994 箱田・津田・丹野監訳 2002)。
このモデルは,基本的にはベックの認知理論に沿いながら,Rachmanの一連の侵入思考の研究 の知見を取り入れ作られた(杉浦, 1996)。はじめに,背景となったBeckの認知理論と,Rachman の侵入思考の研究について説明する。
(1) Beckの認知理論
ここでは,Beckの認知理論(Beck, 1976; Beck, Rush, Shaw & Emery, 1979)を要約した,杉浦
(1996),Salkovskis(1996 坂野・岩本監訳 1998)にもとづき紹介する。
Beckの認知理論は,S-R理論の刺激と反応の間に,媒介として認知をおいた理論であり,個々 の人間は現実世界をありのままに客観的にではなく,その人なりのフィルターを通して受け取 っているという考え方と,人間が現実世界に関する関わり方やそれに対する情緒的な反応に主 観的判断過程が大きな役割を果たしており,その判断過程を修正することによって情緒的反応 を適応的なものに変えるという考え方が内包されている(Figure 1-1)。
更にBeckは,認知を①スキーマ→②推論の誤り→③自動思考という 3つのレベルに分けた (Figure 1-2)。①スキーマとは,個人の信念体系,あるいは認知構造であり,活性化された状態
5 条件づけモデル
精神分析モデル
認知モデル
Figure 1-1 感情を説明する3つのモデル (Beck, 1976, p.55を訳した)
刺激
感情
刺激
無意識の衝動
感情
刺激
意識的な意味
感情
6
Figure 1-2 Beckの抑うつの認知理論 (坂本, 1996, p.118を改変)
ネガティブな ライフイベント
(ストレス)
自動思考 抑うつ認知の
3 大徴候
抑うつ症状
(抑うつ気分)
抑うつスキーマ 幼児期から作られた
潜在的信念
(抑うつの素因)
体系的な 推論の誤り
7
で個人の情報処理に影響を与ええるものである。スキーマが不適応な場合は,スキーマによる 働きかけの結果認知プロセスに歪みが生じ,推論の誤りが起こる。推論の誤りとは,具体的に は極度の一般化や,白黒思考などである。推論の誤りの結果として,自動思考が生じる。自動 思考とは,評価の結論であり,この結論の内容にどのようなテーマがはらんでいるかで,病理 に違いが出ると考えられている。
以上が Beck の認知理論であるが,刺激→認知(スキーマ→推論の誤り→自動思考)→反応 という流れであり,ある刺激が生じた場合,スキーマが不適応に活性化された場合は,認知プ ロセスが歪んで推論の誤りが生じ,その結果自動思考が生じるということである。Salkovskis
(1985)のモデルは,侵入思考という刺激を中性的な刺激とみなし,それに対する評価,つま り認知を問題として扱ったところに意義があると考えられる。
(2) Rachmanの侵入思考の研究
次に,Rachmanの一連の侵入思考の研究について紹介する。そもそも侵入思考とは,一言で 言えば正常な強迫観念のことである(Kent, 1991 大六訳, 1996)。健常者に見られる正常な強迫 観念が研究されるようになり,後に正常な強迫観念が侵入思考と呼ばれるようになった。
Rachman(1971)は,害のない形での強迫観念は,すべての人に経験されている普遍的な現象 であることを前提に考え,強迫観念についての説明を試みた。この前提を実証的に確認しよう とする試みから,侵入思考の研究が始まった(杉浦, 1996)。
はじめにRachmanは強迫観念の研究を行っていた。今では,強迫観念がOCD患者のみでは
なく,健常者でも同様に体験されると考えられているが,以前は,健常者とOCD 患者では強 迫観念の内容に差異があると考えられ研究が行われてきた。しかし,Rachman(1971)が,強 迫観念の内容の差異ではなく,馴化(habituation)の理論によって強迫観念を説明し,侵入思考 の研究を盛んに行っていった。これらの実証研究から,健常者とOCD 患者との違いは,侵入 思考の内容に差異ではなく,侵入思考を中性の刺激とみなす考え方が示され,Salkovskis のモ デルもその影響を受けていると言えよう。
(3) Salkovskis(1985)のモデル(Figure1-3)について
前述のように,このモデルは,侵入思考それ自体は中性的な刺激とみなし,それに対する認 知的評価とその評価によって動機づけられる対処行動という2つの要因が,病理的発展を左右 すると考えるモデルである。BeckとRachmanの2つの知見から,侵入思考を中性的な刺激と みなし,認知(スキーマ)を重視した点で,強迫観念という問題への理解・支援が進んだこと,
強迫観念と強迫行為を包括的に捉えた点で,Salkovskis(1985)のモデルは意義があると考えら れる。
Salkovskis(1985)のモデルでは,前述したとおり,侵入思考に対する認知的評価と,評価に
よって生じた不安などを軽減するための無効化という過程が重要である。
はじめに,認知的評価過程とは,ある侵入思考を個人がどのくらい重要に評価するかという 過程である。健常者と OCD 患者との違いは,健常者は侵入思考を重要ではないものとして忘 れてしまったり,気にしたりしないので,処理はそこで終わる。しかし,OCD患者は,侵入思 考に対して実際に起こるのではないかと考える。さらに,実際に何かが起きた時の責任が自分 にあると評価してしまう。Wells & Matthews(1994 箱田他監訳 2002)によれば,ケーススタ
8 引き金となる刺激
Figure 1-3 Salkovskis(1985)のOCDの認知モデル
(大六, 1996a, p.68)
1: 侵入思考 = 強迫観念
3: 自動思考
↓
苦痛(不安・抑うつ)
4: 中和反応 = 強迫行為
2: 強迫的スキーマ(信念)
① 自己責任性の信念
② 自己非難的信念
③ 自己コントロールへの信念
9
ディの結果で,病的な強迫観念を持つ人は,その観念を受容しておらず,「こんなことを考える なんて,きっと自分は邪悪な人間なのだ」などと,自分をネガティブに評価していた。つまり,
強迫観念そのものが苦痛を与えるのではなく,強迫観念に対する反応が苦痛をもたらすと考え られる。このような,強迫観念に対する評価は自動思考と呼ばれ,正常な人は強迫観念を気に しないのに対して,強迫性障害の人はネガティブな意味付けをしてしまい苦痛が生じる。その ため,侵入思考が個人にとって重要なものになり,健常者のように侵入思考を忘れることがで きない。そのような評価をする際に重要なものが,強迫的スキーマであろう。強迫的スキーマ は,侵入思考に対する評価を,活性しやすい状態で保持している。侵入思考に対する評価は,
ネガティブな自動思考という形をとる。自動思考の内容は,将来に起きる悲惨な結果と,それ に対する個人の責任をめぐるものである。
次の過程としては無効化がある。無効化過程は様々見られ,ネガティブな思考の代わりにポ ジティブなことを考える,というような内的なものかもしれないし,病気への感染を恐れて繰 り返してしまうという外的なものかもしれない。Salkovskis(1989)は,無効化は短期的には不 安は減少するものの,長期的には侵入思考の頻度・不快さを増加させることを明らかにした。
以上を要約すると,強迫観念は健常者でも病理を抱える人にも現れるものだが,強迫的スキ ーマを持っているかどうかで,強迫観念に対する評価である自動思考が起こり,苦痛が生じる ということである。例えば,女性という刺激に対して,性的なことを思い浮かべるという強迫 観念の場合,それ自体は問題がないと言える。しかし,ある人が例えば自己責任性の信念とい う強迫的スキーマを持っている場合には,「こんなことを考えるなんて,自分は性的倒錯者であ る」と評価し,苦痛を生じるのである。そして,苦痛に対して,苦痛を和らげようと強迫行為 を行ったり,場面から逃避したりしようとすることを中和反応と呼ぶ。
さらに,杉浦(1996)によれば,中和反応を行うことにより,苦痛から一時的に解放され,
中和反応が強化されること,中和を行わなかった時のフィードバックが与えられないこと,中 和反応の結果,侵入思考はより顕在化され頻度と不快感が増すことが述べられ,そのため対処 行動は反復的になり,やめることが困難,病理化するという悪循環が生まれるという。
(4) モデルの発展とTAF
Rachman(1993, 1997)は,Salkovskis(1985)のモデルを基に,Clark(1986)のパニック障 害の認知モデル(Figure 1-4)を取り入れ,新たなモデルを提案した。このモデルで Rachman は,TAF(Thought- Action Fusion)という認知バイアスを重要視した。
このモデルは,Salkovskis(1985)のモデルを発展させたものであり,侵入思考に対する評価 に重きを置いている。この評価について,OCD患者の臨床観察から,侵入思考を評価する際に,
侵入思考それ自体を重要と考える認知(破局的認知)によって,不安は引き起こされ,侵入思 考を個人的に重要なものであると破局的に認知する人は,著しく多くの侵入思考を経験し,そ れによって更に苦しみ中和する必要を感じると考えた。そして,OCD患者に見られるような侵 入思考を重要であると大げさに解釈する際に用いる認知バイアスをTAF(Thought-action fusion)
と呼んだ。TAFは侵入思考研究の中で,OCD患者が,不快で,容認できない考えが,世界の出 来事に影響を与えると信じていることが明らかとなり,TAF は道徳的規範に関連するものと,
危険性に関連するものの2種類の現象として確認された。もともと,TAFはSalkovskis(1985)
が責任の概念を明確化し,定義をしようとした信念の 1 つである。この認知バイアスは
10 引き金となる刺激
Figure 1-4 Clark(1986)のパニック障害の認知モデル
(大六, 1996b, p.62)
脅威の知覚
身体感覚を
「破局的」と認知
不安の 身体感覚
二次的不安 軽い不安
11
Salkovskis(1985)の臨床観察でも見られているが,責任性を高める認知バイアスの一つである
として取り上げられていたが,Rachman(1993)では,責任性の中の構成概念として取り上げ るのではなく,TAFを,責任性を巡る概念の中でも特に重要な概念であるとしモデルに汲みこ んでいる点で,Salkovskis(1985)とは異なっている。
TAF とは,“ある行為について考えをもつことは,その行為を行うことと同じである”とい う思い込みのことである(Rachman, 1993)。Rachman, Thordarson, Shafran, & Woody(1995)は,
責任と強迫との関連を調べた。その結果,責任という概念を構成する因子の中で強迫との関連 が見られたものはTAFだけであった。そのため,TAFとOCDの関連を見る研究が盛んに行わ れるようになった。
Shafran, Thordarson, & Rachman(1996)は,責任性の中でもTAFを単一概念として取り上げ,
測定する尺度を作成した。その結果,TAFが3 因子で構成されることを見出した。一つ目は,
「道徳(TAF-Moral)」で,ある行為についての思考は,その行為を実際に行うことと道徳的に は同等であるという認知のゆがみである。例えば,もし私が誰かを傷つけたいと考えたら,そ れは実際に傷つけるのと同じくらい悪いと考えることがあげられる(代田, 2005)。二つ目は,
「他人に何かが起こる見込み(TAF-Likelihood-Others)」で,家族や友達に関するある行為につ いての思考は,その行為の起こりやすさを上昇させるという認知の歪みである。例えば,もし 私が,身内や友人が交通事故に遭うことを想像したら,実際にその人が交通事故に遭う危険性 が高まることがあげられる(代田, 2005)。三つ目は,「自分に対する何かが起こる見込み
(TAF-Likelihood-Self)」で,自分のある行為についての思考は,その行為の起こりやすさを上 昇させるという認知のゆがみである。例えば,もし自分が交通事故に遭うことを想像したら,
実際に自分が病気になる危険性が高まると考えることがあげられる(代田, 2005)。
杉浦(1996)は,OCDのメカニズムにおいては,思考の意味や重要性を誤って評価・解釈す る認知の歪みが重要視されてきたが,TAFはそのような認知の歪みの中でも,特に重要視され ているもののひとつであると述べており,TAFが強迫傾向と重要な概念であるということは明 らかである。
TAFを測定する尺度が開発されたことで,TAFとOCDとの関連を検証しようとする実証研 究が急増した。次節では近年盛んになっている認知行動モデルを巡る実証研究について概観し たい。
第3節 OCDの認知行動モデルを巡る実証研究
OCDの認知行動モデルを巡った研究は,いくつかの流れに大別できる。例えば,責任の評価 を巡る研究と侵入思考の研究,思考のコントロールの逆説的効果を巡った研究の3つに分類す る立場(杉浦, 1996)もあれば,侵入思考への評価としての「責任性」と,対処としての「思考 抑制」の研究の2つに大別している立場(Berle & Starcevic, 2005)もある。本研究では,基本 的には後者の立場に立つが,責任性の中でもTAFに着目し,TAFと思考抑制の2つの流れにつ いて概観する。
(1) TAFに関する研究
これまでの多くの実証研究から TAF と OCD との関連は示されてきている。Shafran &
12
Rachman(2004)がまとめたTAFとOCDの関連を検討した実証研究をTable 1-2に示す。これ までの実証研究から以下3点が明らかになっている。一つ目は,調査対象者がOCD患者に限 らず健常者でもTAFという認知バイアスがあることである。もともと,TAFはSalkovskis(1985)
の臨床観察から,OCD患者においてTAFという現象が見出され,「道徳」と「見込み」という 2種類のバイアスが見られた。しかし,調査対象者が大学生であるRachman et al.(1995)でも TAFバイアスが見られ,TAF得点が高いと強迫傾向が高まることが示されている。ふたつ目は,
TAFと OCDと関連は,調査研究だけでなく,実験研究でも示されている。Rachman, Shafran, Mitchell, Trant, & Teachman(1996)は,TAFを低下させるような文章を被験者に記述してもら い,TAFを操作する実験を行い,TAFの高さが不安と中和行動への衝動性を高めることを示し,
OCDへの影響を示唆した。3点目は,TAFは強迫傾向全体との関連が見られ,MOCI,PIとい った異なる強迫傾向を測定する尺度でも一貫して強迫傾向との関連が見られている。以上のよ うに,TAFは,研究手法の違いや被験者,測定尺度に関係なく,一貫してOCDと中程度の関 連が見られる概念である(Shafran & Rachman, 2004)。ただし,TAF尺度は因子の構造は研究に よって異なっており,因子構造も必ずしも一貫しているとは限らないため,尺度の検討の必要 があると考えられる。
(2) 思考抑制とOCD
侵入思考をコントロールする研究は多く見られ,中でも思考抑制は結果に一貫性があり理論 的にも充実している研究である(杉浦, 1996)。思考抑制とは,望まない侵入思考への対処戦略 に焦点を当てた理論である(Wells & Matthews, 1994 箱田他監訳 2002)。Wegner, Schneider, Carter, & White(1987)は,思考を意図的に抑制しようとする働きが,その思考の頻度を増すこ とを明らかにした。このような効果を「思考の逆説的効果」と呼ぶ。この効果の理由として,
思考を意図的に抑制するときには,抑制しようとする思考(ターゲット思考)から気をそらす ために,何か他のこと(ディストラクタ)を考えようとする。被験者は,他のことを考えよう として,記憶内からディストラクタを探そうとする過程で,ターゲット思考を考えないという 課題を検出してしまい,その結果,ターゲット思考を思い出してしまう,と説明している。つ まり,もともとはターゲット思考から気をそらすためのディストラクタが,逆にターゲット思 考と連合してしまい,結果としてディストラクタがターゲット思考の想起手がかりになってし まうのである。このことから,認知の回避方略として逆効果であることが明らかとなった(Wells
& Matthews, 1994 箱田他監訳 2002)。Shafran & Rachman(2004)によれば,Wergner(1989)
は,思考抑制が強迫観念を強める一因になると述べた。これまでの思考抑制と OCD 実証研究 から,OCDと思考抑制が関連することが示されている。Rassin, Diepstraten Merckelbach, & Muirs
(2001)は,健常な大学生とOCD患者においてTAFと思考抑制が関連が見られることを示し た。そのため,OCDとの関連は調査対象者による違いが見られず一貫しており,強迫傾向との 相関が高い。
(3) TAFと思考抑制とOCD
今までみてきたように,TAFと思考抑制という2つの変数と,OCDの関連は実証研究で明ら かにされているが,TAFと思考抑制,更には3つの変数間の関連はどのような位置づけとなる のだろうか。
Table 1-2 TAFの研究(Shafran & Rachman, 2004, pp.89-93に基づき作成)
著者 研究の説明 サンプル 結果
Abramowitzet al. (2003) OCD,大うつ病性障害,パニック障害,GAD,社会恐怖,
健常者のTAF尺度の得点の比較
精神障害を持つ成人 95 名,健常者25名
うつの得点は道徳と関連していた。不安の得点は見込み と関連していた。グループ間でTAF-道徳での違いは見ら れなかった。OCDは非患者,社会恐怖,うつの群と見込 み-他者で異なり,見込み-自己で社会恐怖と非患者群と 異なっていた。見込み-他者が大うつ病を特徴づけるので はなく,不安やうつのレベルが,見込み-他者における OCD 患者とその他のグループの違いを説明することが わかった。OCDに特定でないそのTAFが結論づけられ る。
Amir et al. (2001) 出来事が他者に起こるという見込みのサブスケールや,
責任の重要度,思考の損害を含むために変更されたTAF 尺度を用いた横断的研究。
ポジティブな項目も含む。
調査1:学生 126 名を OCD 症状の高低に分け た
調査2:学生 298 名を OCD 症状の高低に分け た
高OCD得点者は,見込み-他者,見込み-自己(研究2の み),見込み-ポジティブ事象生起の評価が有意に高かっ た。これは,思考が害を避けるだろうという評価の高さ と事象についての思考の結果と考えられる。TAFの道徳 では群間差は有意ではなかった。筆者は,TAFが一般的 な「呪術的思考」の特別な型であるかもしれないと結論 づける。
Barrett & Healy (2003) 7~13歳の子どものTAF尺度の得点の比較 OCDの子ども28名,他 の不安障害の子ども 17 名,健常者の子ども 14 名
OCDをもつ子どもは,非臨床の子どもより,TAF得点が 高く,最も高い評定だった。しかしながら,彼らは,不 安な子どもたちとは有意差がなく,非臨床の子どもとの 有意差も見られなかった。
Clark, Purdon & Byers (2000)
評価の違いが,望まない性的,非性的な侵入思考の知覚 されたコントロールに関連づいた調査研究に基づく横断 的質問紙調査
学部学生171名 TAF-見込みは,応答者の最も動揺させるような性的で非
性的な侵入思考の知覚された可制御性の重要で特有の予 測因子だった。
Coles et al. (2001) 横断的な質問紙調査に基づく。 TAF が強迫的特徴と心
配とで区別できるかどうか調査した。
心理学専攻の学生173名 見込み-自己と見込み-他者,道徳は,心配の効果を統制 した後でさえ,強迫的な特徴にすべて関連した。強迫的 な特徴が統制された後で,TAFのサブスケールは心配に 関連しなかった。強迫的な特徴については一貫しており,
心配は異なった構造概念であると筆者らは結論づけてい る。
Einstein & Menzies (2004) TAFと幸運の信念,呪術的思考との関係を調査した研究 に基づく横断的質問紙調査
OCD患者61名 TAFとOCDの関係は,呪術的観念により説明される。
TAFが呪術的観念の1つの型であることが示唆された。
13
(Table 1-2 つづき)
著者 研究の説明 サンプル 結果
Hazlett-Stevens et al. (2002) 横断的な質問紙調査に基づく。TAFとGAD/心配の関係 を調査した。
心理学専攻の学生494名 心配の測定と見込みのサブスケールとでのみ有意な関連 がある。部分的でも完全でもGADをもつ人々は,見込 みでかなり高い点をとったが道徳ではそうではなかっ た。見込みはGAD状態の特定の予測因子ではない。
Muris,Meesters,Rassin,Merc kelbach & Campbell (2001)
横断的な質問紙調査に基づく。TAFの適合している尺度 を使用し10代の健常者におけるTAFを調査した。
中学・高校生427名 適合している測定の因子構造は見込みと道徳に対応し た。TAFと特性不安,OCD症状とうつとの有意な相関関 係がみられたが,道徳より見込みの方が強かった。
Muris & Merckelbach (2003)
TAFと失調型,幻想傾向の関連を調査した。 調査1:学部学生77名 調査2:学部学生64名
TAFと失調型の側面との正の相関は,幻想傾向を統制し た後に,有意ではなかった。筆者は,非臨床の集団では,
TAFと失調型とのどんな関係でも幻想傾向に帰すること ができると結論づけた。
Rachman et al. (1996) 参加者に,“私は○○が24時間以内に自動車事故に遭う ことを望んでいる”(“文章パラダイム”)という文章の 記述を求めるという実験的操作を行った。実験室条件で TAFを誘発し,不安,統制,害の可能性,責任性,中和 への効果を検討した。
高い TAF得点の学生63 名
参加者が TAF を活性化させるために文を書くように求 められた後に,不安と中和する衝動は増加した。尺度は 見込み-他人の予測的妥当性があった。道徳は操作によっ て喚起された変数に関連しなかった。
Rachman et al. (1995) 知覚された責任性,すなわちTAFのアセスメントのサブ スケールの質問紙を開発するための心理測定の研究
研究1:学生291名 研究2:学生234名
(道徳と見込み-他人を査定する)TAF尺度の4項目は,
強迫と罪,うつと相関があった。相関はうつを統制した とき,有意なままであった。
Rassin & Koster (2003) TAF,強迫的な不平と宗教の相関研究 学部学生100名 信心深さは,見込み-他人,見込み-自己ではなく,TAF-
道徳と関連していた。相関のパターンは,カトリックと プロテスタントでは異なった。
Rassin (2001) TAFと思考抑制の相互作用を調査するために,文のパラ
ダイムを用いた実験操作
学部学生40名 文のパラダイムはTAFを引き出すために用いられた(た だし,そのパラダイムが中和への衝動を喚起するかどう かを確認するための操作チェックは行わなかった)。文を 書いたあと,半分の被験者は関連する思考を抑制し,半 分は抑制するよう教示されなかった。予想に反して,苦 痛を和らげるために現れる抑制は,事故が起こる可能性 を低く評定し,道徳的に誤っていることを少なくとらえ ていた。
14
(Table 1-2 つづき)
著者 研究の説明 サンプル 結果
Rassin et al. (2001 a) OCD患者とOCDではない不安障害の患者の治療の前後 のTAFと思考抑圧の得点の比較
OCD患者24名,OCD以 外の不安障害の患者 20 名
OCD患者とOCD以外の不安障害の患者におけるTAFの 得点に違いはなかった。OCD患者とOCD以外の不安障 害の患者のどちらも,TAFと精神障害の間で有意な相関 があった。治療によりTAF尺度における変化は,MOCI は比較的小さく変化していたが,強迫の症状の測定にお いて変化は相関がなかった。TAFと思考抑圧の測定でも 相関は見られなかった。
Rassin et al. (2001 b) 横断的な質問紙調査に基づく。TAF尺度の心理測定の特 性を報告し,精神障害のグループの得点を比較する。
学部学生285名(3カ月 後に98名が再度回答),
OCD30名,他の不安障害
41名,健常者20名
TAFの見込み(他者/自己)と道徳という構成概念に2因子 解と3因子解が相当した。時間間で有意な相関がみられ たが,3か月後のTAFの平均得点は減少した。TAF見込 みと強迫症状との間で有意な相関がみられたが,道徳で はみられなかった。OCD患者とその他の不安障害の患者 とのTAF得点の違いは見られなかった。
Rassin et al. (1999) 強迫的な侵入の病因において TAF が役割を果たすとい
う仮説を調べるための実験研究
実験群の高校生19名が,
「りんご」という言葉を 考えることが別の人に感 電をもたらすだろうと教 示された。統制群は高校 生26名。
結果は仮説に支持を与えるものとして解釈された。仮説 は,実験群はターゲットとなる思考の頻度が高く,不快 感がより高く,侵入へより抵抗をするので,侵入思考を TAFが促進するというものである。
Rasin et al. (2000) TAF,思考抑圧,OCDの関係を調査するため,構造方程
式モデリングを用いた横断的な質問紙調査
心理学専攻学生173名 結果から,TAFが思考抑圧を誘発し,次に,思考抑圧が 強迫症状を誘発することを示唆した。
Shafran et al. (1996) 横断的な質問紙調査に基づく。TAF尺度の心理測定の特 性を報告する2つの研究
調査1:強迫的な問題を 抱える147名,学生190 名
調査2:強迫的な問題を 抱える118名,学生272 名,地域のボランティア 122名
研究1:学生において,TAFは見込み-自己,見込み-他者,
道徳の3つの構成要素を持つ。強迫的な問題を持つ人々 において,TAFは道徳と見込み(自己と他者)2つの要 因を持っていた。強迫的な問題を抱える人々は,TAFの 道徳と見込み-他者において,学性よりも有意に得点が高 かった。見込み-自己では,学生と強迫的な問題を持つ 人々との間に違いは見られなかった。ポジティブ項目と ネガティブ項目との区別は支持されず,ポジティブ事象 についての見込み-他者では有意差があったが,見込み- 自己では有意差はなかった。
以下略
15
(Table 1-2 つづき)
著者 研究の説明 サンプル 結果
Smári & Hólmsteinson (2001)
TAF,責任性,思考抑制,強迫的な訴えの関係を調査す る研究に基づく横断的な質問紙調査
大学生211名 TAF は責任性(r=0.47),MOCI(r=0.37),思考抑制(r=0.29) に関連していた。
Tallins (1994) TAFの2つの事例報告 OCD患者2名 これらの2つのケースの強迫的な問題でTAF の特徴は
顕著で,特定の形成の学習経験によって説明することが 出来る。
van den Hout et al. (2002) 中和を調査するために,文のパラダイムを用いて実験的 操作
学部学生120名 先行研究より,引き出されたTAFのレベルは低かった。
見込み-他者と時間経過に伴う不安の変化の間の関連が なく,実験によって引き出された不安に,TAF 見込み- 他者の調整効果が及ぼされた。見込み-他者と自発的中和 の関連が調整された。
van den Hout et al.(2001) 文のパラダイムを使用した実験操作 特にTAFの傾向がない学
生77名,大学職員2名
Rachman et al. (1996)の調査結果を再現した。TAFによっ て誘導される不安と中和への衝動は,サンプルの違いに もかかわらず,研究間で同程度であった。実験的操作の 効果は,TAF得点と相関しなかったが,TAF得点は報告 されなかった。中和教示が与えられない場合,苦痛が減 少している。
Zucker et al. (2002) 短期的介入が TAF によって引き出された不安に影響を
及ぼすことができるかどうか調査するために,文のパラ ダイムを使用した実験的操作
72名の心理学入門学生。
TAF尺度で平均から1SD 以上の得点の者。
被験者の半分がTAFを引き出す文を書く前に,TAFと侵 入思考に関する教育的なメッセージを聞いた。半分はス トレスに関するメッセージを聞いた。実験群は中和の衝 動の減少のために,現在不安は少ないと報告した。
16
17
TAFと思考抑制の関連ついて,Rachman(1998)は,認知理論の中ではTAFと思考抑制との 相互作用が,OCDの悪循環の形をとると述べ,TAFと思考抑制の両方が相互に関連することに より強迫観念を増加させ,TAFが思考抑制を活発で激しい試みにするとし,思考抑制の結果生 じる侵入思考の増加が,更に思考の重要性を高めることを示唆した。また,Rassin et al.(2001)
では,OCD患者において思考抑制とTAFとの関連を検討したが,2ッ変数間に相関は見られな かった。理論的には,TAFと思考抑制の相互作用と強迫との関連が指摘されているが,TAFと 思考抑制の相関は見られず,また 3 変数間を実証的に検討した研究は少ない。Rassin, Muris, Schmidt, & Merckelbach(2000)は,これまで実証的に検討されていなかった,TAF,思考抑制,
強迫傾向という3変数の関連を明らかにした。侵入思考の機能として「TAF」と「思考抑制」
の2つの変数をモデルとして統合し,OCDのより包括的なモデルを作成することを試み,検証 した。結果から,TAFは思考抑制のきっかけで,思考抑制が強迫症状を促進するということが 示唆された。また,Rassin et al.(2000)は,TAFが思考抑制の引き金になり,思考抑制の努力 はOC症状を重くすることを明らかにしているが,TAFが思考抑制に直接影響を及ぼしている のかが明確でないことを指摘している。更に,Altin & Gençöz (2011)は,Rassin et al.(2000)
が,TAFが思考抑制に直接影響を及ぼしているのかが明確でないことを示したことを受け,更 に3変数間の関連を検討した。その結果,TAF の「見込み」が「思考抑制」に影響を及ぼし,
「思考抑制」が「強迫観念・行為」に影響を及ぼすことを明らかにした。
以上のように,OCDにはTAF,思考抑制という2変数が関連していることは示されているが,
TAFと思考抑制という2変数間の関連,更にはOCDを加えた3変数間の関連の結果は一貫し ていない。
第4節 本研究の目的
前述のとおり,これまで強迫に影響を及ぼす要因であると考えられるTAF,思考抑制と強迫 との関連を検討する研究が多くなされてきた。TAFという認知バイアスは,侵入思考をより不 快に感じさせ,不安や中和行動への衝動性を高めたり,結果の責任を増加させたりすることに より,強迫を強めると考えられる。また,思考抑制も不快な侵入思考の増発を生むものであっ た。しかし,TAFと思考抑制,更にはTAF,思考抑制,OCDという3変数間の関連を検討し た研究は多くは見られない。また,3 変数の関連を検討した結果は,一貫していない。そのた め,更に知見を蓄積していく必要があるだろう。変数間を統合した OCD のより詳しいモデル を作成することにより,更により良い治療法の発展の土台になるかもしれない。また,Rassin et
al.(2000)では,3 変数間のモデルを作成はしているが,モデル作成の根拠が著者も指摘して
いる通り,直観的妥当性に基づいており,仮説モデルに疑問が残る。そのため,本研究では,
これまでのSalkovskis(1985)のOCDの認知モデルを巡る研究の知見に基づき,モデルを作成 して検討を行う。
更に,Salkovskis(1985)のOCDの認知行動モデルは,これまで奇異に見られていた強迫観 念や強迫行為を包括的にまとめたモデルであり,強迫的な行為としては思考抑制などの認知面 と,洗浄や確認などの行動面がまとめられ,症状によるメカニズムの違いを想定しないモデル であると考えられる。しかし,杉浦(1996)は,OCDの症状によってはメカニズムが異なるこ とを示唆しており,近年の研究ではこのような傾向になりつつあることを指摘している。従っ
18
て,症状によるメカニズムの違いを検討することが必要だと考えられる。
以上より,本研究の目的は,これまでの実証研究からOCDに影響を及ぼすと考えられるTAF と思考抑制の2変数を用いて認知モデルを作成し検証することである。また,強迫症状により メカニズムが異なることを想定し,“確認強迫”,“洗浄強迫”という2つの症状に焦点をあて,
モデルの検討を行う。
これに先立ち,前述した通りTAFの尺度の再検討を行う必要がある。そこで,研究1として,
まずTAFの再検討と,TAFと強迫傾向との関連を追試的に検討する。そして,研究2として,
TAFと思考抑制の2変数がどのように強迫に影響を及ぼすのかを明らかにするという認知モデ ルを検証する。