第1節 TAFと思考抑制が強迫傾向に及ぼす影響: 症状別モデルについて
本研究は,洗浄強迫,確認強迫という症状に着目し,症状別の強迫行為に至るモデルを検討 することを目的として,研究1では,TAF尺度の再検討とTAFと強迫との関連を追試的に検討 した。研究2では,研究1の結果からTAF以外に思考抑制,責任性という変数を加えて,2つ の変数がどのように強迫症状に影響を及ぼすのかを,これまでの知見や理論的根拠をふまえて モデルを作成し,検証した。
研究1の結果から,TAF-道徳,TAF-見込みは強迫傾向,確認強迫に影響を及ぼしており,洗 浄強迫はTAFの影響を受けていないことが示された。すなわち,確認強迫と洗浄強迫ではTAF による影響に違いが見られたことから,症状によるメカニズムの違いが示唆された。TAFの影 響が直接みられなかった洗浄強迫については,TAFと強迫症状をつなぐ媒介変数を加えて検討 することにより,TAFの間接的な影響を検討することができると考えた。
研究2では,TAFと強迫症状をつなぐ媒介変数として,Rassin et al.(2000),Altin & Gençöz
(2011)で検討されている,思考抑制と責任性を加えてモデルを作成し,検証した。その結果,
研究1同様,洗浄強迫はTAFと関連しておらず,また洗浄強迫へ至るプロセスを示すモデルは 見られなかった。
研究1,2 から洗浄強迫については,TAFを介さないモデルが示唆される。また,責任性や 思考抑制の影響も見られないため,新たな変数を加えてモデルを検討していく必要があると考 えられる。
一方,確認強迫では,確認強迫へ至るプロセスを示すモデルが示され,責任性が確認強迫に 影響を及ぼしており,責任的な態度が強迫傾向を強めることが示された。これは,Altin & Gençöz
(2011)と同様の結果である。責任的な態度が確認強迫を強める理由としては,責任的な態度 が強い人は,過剰に責任を負い,だれ一人にも迷惑をかけないようにしようとする思いから,
自分の行動・言動が正しいものか何度も確認するというような行動につながるからだと考えら れる。また,責任性の項目には「ほかの人に迷惑になる可能性があれば,私には,わずかな不 注意さえ許されない」,「私は,自分のすることが他の人にわずかな影響でも与えないように,
十分確かめなくてはならない」などがあり,この項目内容からも責任性が高いと判断される一 つとして,注意したり,確認したりするということが挙げられていることが示されている。
また,TAF-見込みが思考抑制に影響を及ぼしている場合は,思考抑制が更に責任性に影響を
及ぼし,結果として確認行為を増加させることにつながることが示された。TAF-見込みとは,
自分や他者に関する行為についての思考が,その起こりやすさを上昇させるという認知バイア スである。これは,自分の思考が,過剰に自分や他者に影響を及ぼすと考えるバイアスとも言 えるだろう。そのような認知バイアスが働いた場合は,その思考を考えることが自分や他者に 危害を及ぼすと考えるため,危害が加わらないように思考を抑制しようとする方法で,危害を 回避しようとする。しかし,そのような認知方略は結果として,自分や人に対して過剰に責任 を負うことにつながる。また思考を抑制することで危険を回避しているので,回避方略をとら なかったことに気づくことが出来ず,さらに過剰に責任を負う方向へ働くと考えられる。この 結果は,Rassin et al.(2000),Altin & Gençöz(2011)で作成されたモデルを複合的に合わせて
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作成したことにより示された新しい知見であり,思考抑制が責任性を高めることにより確認強 迫が高まることが示されたのは,非常に興味深い結果である。Rassin et al.(2000),Altin & Gençöz
(2011),Salkovskis(1985)では,思考抑制が強迫症状に直接影響を及ぼしていると考えられ ていた。しかし本研究の結果からは,思考抑制がさらに責任性に影響を及ぼし,確認強迫に至 る可能性が示唆され,責任性を高めるような認知バイアスや認知的方略が,より確認行為を高 めることにつながる可能性が考えられるだろう。すなわち確認強迫では,責任性が症状に直接 影響を及ぼしていると考えられるため,重要な概念であると思われる。前述の通り,Salkovskis
(1985)の OCD の認知モデルでは,強迫には責任というテーマが重要であることが考えられ ており,これまでの実証研究でも示されている。本研究の結果は,確認強迫についてはSalkovskis
(1985)のモデルを支持する結果となったといえるだろう。
しかし,洗浄強迫には直接責任性の影響が見られなかった。Salkovskis(1985)のモデルは症 状の違いを想定していないが,本研究の結果からは,症状によって強迫行為を強めるプロセス が異なり,洗浄強迫の場合は,責任性というテーマ以外の重要なテーマを孕んだメカニズムで ある可能性やSalkovskis(1985)のモデルでは説明できない可能性も伺われる。
OCD はこれまで,Salkovskis(1985)の認知モデルを基に研究が進められてきた。そもそも,
OCDは強迫観念,行為から定義され,どちらかの症状を持ち社会的困難が生じている場合に障 害として認められる。前述の通り,OCDは症状の種類は異なっても,そのメカニズムは同様で あり,ある行為を過剰に行い苦しむことが指摘されている。しかし,本研究の結果から洗浄強 迫と確認強迫では,症状に至るプロセスの違いが示唆された。これまで,認知モデルにおいて は症状の違いは想定されていなかったが,症状によっては異なったモデルが必要であると考え られる。
ただし,本研究結果からは,洗浄強迫のメカニズムは確認強迫と異なる可能性があること,
思考抑制,責任性,TAFの影響をうけていないことのみが示された。症状によるメカニズムの 違いについては知見が乏しいこともあり,今後知見を蓄積していく必要があると考えられる。
第2節 治療法への示唆
今日,OCDには認知行動療法,特に暴露反応妨害法(Exposure and Response Prevention Therapy:
以下ERP)が有効であると考えられ,その効果を示す研究も盛んに行われている。しかし,患
者にかなりの苦痛を伴わせる方法のため,治療抵抗の問題が指摘されている(松永,2009)。そ もそも,ERPは,行動理論を応用した治療法であり,行動療法の影響を大きく受けて,OCDの 治療法は進んできたと考えられる。Rescorla(1988)は,なぜ,その行動を行うのかという意図 を分析し,何を回避しようとしているのかを理解することに基づいて,回避行動と認知の間の 結びつきを考えていくことが,従来の行動理論からの発展であるとし,行動療法からの発展と しての認知行動療法の重要性を述べている。クライアントとセラピストとの間で,強迫行為の 意図や不自然さを理解した上で,ERPという苦痛を伴う治療法に臨むことで治療への抵抗が軽 減すると考えられる。
OCD では,Salkovskis(1985)のモデルからも指摘されているように,強迫行為を行うこと で,強迫行為をしなかったときのフィードバックが得られないことが問題である。Salkovskis
(1996 坂野・岩本監訳 1998)は,OCD患者が強迫行為を行うことによって毎回危険を防止
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するための手立てをとるのに成功をしており,強迫行為をとらなかった場合に,どのような結 果が待ち受けているかはわからないと指摘している。また,ERPが行っているのは,破局的解 釈の妥当性の否定を目的としていると述べた。つまり,ERPが行っているのは,自分の認知の 歪みに気付くことであると考えられる。
本研究の結果から,確認強迫では,責任性の高さが影響を及ぼすことが示された。責任性の 高さに影響を及ぼすのは,TAF-道徳と思考抑制と考えられる。つまり,確認強迫を持つ人は,
この2つの認知的側面が高いと考えられる。今後の治療法としては,TAF-道徳,思考抑制に焦 点を当てた治療法が有効である可能性が考えられるだろう。
例えば,TAF-道徳バイアスがOCDを有するクライエントのなかで,どのような状態であり,
どのように対処行動に影響を及ぼしているのかを明らかにしていくことは,セラピスト‐クラ イエント間で,強迫行為の背景を理解したり,問題を共有したりする際に役立つだろう。他に も,TAFを直接低下させる方法は見つかっていないが,TAFの低下に直接働きかけるような認 知変容技法が有効な可能性あるだろう。
確認強迫においては,TAF,思考抑制という認知的側面が重要であることが示唆されたため,
従来の認知行動療法が,確認強迫においては有効であると考えられる。しかし,洗浄強迫にお いては,症状に至るプロセスが示されなかったが確認強迫とは異なり,責任性以外の変数が関 与していると考えられるため,そのプロセスを明らかにして,新たな治療法を探る必要性もあ るだろう。
第3節 本研究の意義と課題
本研究の症状別検討の結果から,確認強迫,洗浄強迫という強迫症状ではプロセスが異なる ことが示唆されたといえる。しかし,それぞれの強迫症状に至るプロセスを示すことはできな かった。
これまでの先行研究の知見では,OCDの症状の違いによるメカニズムの違いについて指摘は されているものの(細羽・内田・生和,1992; 杉浦,1996),症状の違いによりメカニズムを探 る研究は少なかった。本研究では,それを実証的に研究した点では意義があると言えるだろう。
研究結果から,プロセスの違いはあるが,強迫行為には認知の変数の影響が見られ,Salkovskis
(1985)のモデルで,確認強迫については説明をすることができると示唆された。このように,
従来のモデルで説明できる症状と出来ない症状を考えていくことにより,より症状に即した治 療法への示唆が出来ると考えられる。このような示唆を得たことも本研究の意義と考えられる。
ただし,本研究の課題としては以下のようなことが考えられる。第一に,本研究は OCD を スペクトラムとして捉え,健常者を対象に研究を行ってきた。しかし,健常者で得られた知見 を,そのままOCD のメカニズムにあてはめることには問題がある可能性があるだろう。本研 究では,健常者で見られる強迫を,OCD患者でみられるものより軽度なものとし,症状内容の 違いは概ね同一とし,研究を進めてきた。しかし,確認や清潔は健常者においても見られるが,
時間的緩慢という行動に時間がかかるという因子は,強迫症状が重い OCD 患者特有の症状で あることが示され(井出他, 1995),症状により健常者には見られにくいものがあることが指摘 されている。そのため,今回の知見をそのまま OCD 患者のメカニズムに当てはめることには 問題があると考えられる。また,Salkovskis のモデル,本研究で作成したモデルどちらも,強