奈良教育大学学術リポジトリNEAR
小学生における走幅跳びの合理的技術
著者 尾縣 貢, 中野 正英
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 41
号 2
ページ 23‑29
発行年 1992‑11‑25
その他のタイトル Rational Techniques of Running Long Jump on School Children
URL http://hdl.handle.net/10105/1743
奈良教育大学紀要 第41巻第2号(自然)平成4年
Bull. Nara Univ. Educ, Vol. 41, No. 2 (Nat.), 1992
小学生における走幅跳びの合理的技術
尾 賄 貢・中 野 正 英
(奈良教育大学体育学教室) (平成4年4月23日受理)
Rational Techniques of Running Long Jump on School Children
Mitsugi Ogata and Masahide Nakano
(Department of Physical Education, Nara Universi秒of Education, Nora 630 , Japan) (Received April 23, 1992)
Abstract
The purpose of this study was to clarify rational techniques of running long jump on school children.
In the experiment, filming the take‑off movement was administrated. Subjects were thirty‑four males and thirty‑two females in the fifth grade of elementary school.
Dynamic variables such as displacement, velocity and angle were obtained from the film analysis. Then, the linear regression equation to estimate jumping distance from run‑up velocity was calculated. The differences (residual) between estimated distance and measured distance were calculated. The rational techniques were investigated by clarifying the relationships between residual and dynamic variables.
Results were as follows :
1. Diminishing deceleration during take‑off was important technical factor to lengthen jumping distance.
2. In females, diminishing loss in landing to sand‑pit was important technical factor to lengthen jumping distance.
3. Contacting foot far the body leaded to higher take‑off angle, but it seemed to be disadvantageous because of growing decelerating during take‑off.
4. Movement stretching leg against the ground and inclining upperbody backward in the contact seemed to be disadvantageous for females because of growing deceleration during take‑off.
目 的
走幅跳びの跳躍距離は,助走速度に強く影響を受けている1,10,ll,17,18,19)体育の授業では,こ の関係を利用して評価の基準を作成する試みが行われている亀12)これは,学習集団内で助走速 度を独立変数,跳躍距離を従属変数とする単回帰式を求め,この式に各自の疾走能力を示す変数
(50m走タイム,助走速度など)を代入することにより求まる予測跳躍距離と実際の跳躍距離と
23
24
尾 麟 貢・中 野 正 英
の差(残差)により評価するという方法である.この評価法は,体力的要因に強く規定を受ける 助走速度7,ll)の影響を取り除いて評価できるために,走幅跳びの技術的要因を評価することがで きる。すなわち残差が大きいと,助走速度に対して跳躍距離が優れており,踏切局面,空中局面, 着地局面における技術が巧みであると判断できる.実際に深代・宮下7)は,この残差を技術の数 量化したものと考え,中学生を対象とし走幅跳び試技中の身体角度を示す6変数との関係を調べ, 効率的な動作を明らかにしている.
本研究では走幅跳びが陸上運動として取り上げられる小学5年生を対象とし,残差と技術的要 因との関係を明らかにすることにより学習における技術指導の要点を把握することを目的とした.
方 法 1.実 験
被検者は,小学校5学年の2クラス(男子: 34名,女子: 32名)の児童であり,身長は男子 1.464±0.065m,女子1.467±0.064m,体重は男子40.0±7.8kg,女子37.0±6.2kgであった.
これまでの小学生の最適助走距離を検討した報告1,15,16)を参考にして,適切な助走距離を20 ‑ 25mと判断し, 20m以上という条件をっけ,被検者各自に任意に距離を決定させ,助走練習を 実施した後に1本づっ跳躍を行わせた.指定した1 mの幅の踏切ゾーンで踏切れなかった者につ いては撮影・画像分析が不可能と判断して,もう1本の跳躍を課した.跳躍距離は,踏切足先端 から砂場に残った着地跡の最も踏切に近い地点までを測定した.これらの試技をビデオ・カメラ (Sony CCD‑V90, 60fps)で踏切ゾーンの中心から左側方(助走方向に対して) 30 mより踏切 動作を撮影した.踏切地点にはフイルム画像の縮小率を知るスケールとしてI m間隔で4つの マークを正方形状に設置した.なお,画像には1/100のタイムを写しこんだ.実験設定は,図
1の通りであった.
2.画像解析
踏切足が接地した時点から完全に離地する時点までを踏切局面とし,踏切局面に相当するフ レームと,その前後5フレームについて分析を行った.撮影した画像は,ビデオ・プレイヤー (NationalNV‑FS70)からパーソナル・コンピューター(SharpCZ888C)に送り,各フレー ムごとに身体23点の位置を示す座標に変換した.その後,ディジタルフィルター法14)により Cutoff周波数8Hzで平滑化した.これらのデータから, (彰〜(彰までの変数を算出した.
①踏切離地瞬間の垂心移動速度(以後,踏切初速度とする),跳躍角度,重心高.身体重心は, Chandlar, et al2).の定めた係数により算出した.
②踏切接地瞬間の垂心移動速度(助走速度とする).
③踏切局面の重心移動速度の変化:助走速度から踏切初速度を減じたもの(踏切減速とする).
④物理的跳躍距離:跳躍を垂心の放物運動と考え,踏切初速度,跳躍角度,重心高から垂心の投 射水平距離を算出した.それに踏切足離地時のつま先から垂心までの水平距離を加えたものを 物理的跳躍距離とした.そして,物理的跳躍距離から実際の跳躍距離を減じた値を算出し,こ れを着地ロスと定義し,着地の巧拙を判断する基準とした.
⑤接地時と離地時の脚角度:垂心から下した鉛直線と,垂心と踏切足つま先を結んだ線分がなす
角度,鉛直線より後方を正の角度,前方を負の角度とした.
小学生における走幅跳びの合理的技術 25
⑥踏切接地時と離地時の上体角度:両大転子を結ぶ線分の中点を通り,上方に伸びる鉛直線と, その中点と胸骨上線を結ぶ線分がなす角度.鉛直線より後方を正の角度,前方を負の角度とし た.
⑦離地時の大腿角度:振り上げ脚大転子から下した鉛直線と,大転子と膝関節点を結んだ線分が なす角度.鉛直線より後方を正の角度,前方を負の角度とした.
3.データ処理
跳躍距離を強く規定する要因と考えられる助走速度を独立変数,跳躍距離を従属変数とする回 帰式を算出し,各被検者の跳躍距離の実測値と回帰式から求まる跳躍距離の予測値との差(残 差)を求めた.残差は,踏切‑空中‑着地の一連の技術の巧拙に影響を受けるが,このうち空中 での技術は合理的な着地技術を導くものと考えられるたtbA¥ 残差に影響を与える直接的な局面 として踏切,着地をとりあげた.合理的な踏切とは助走で得た速度を大きく減少させることなく, 垂直方向の速度に変換することのできる踏切
であり4),合理的な着地とは上体を起こすこ とによって脚を前方に放り出すことのできる 着地を指す6).そこで,残差に影響を与える であろうと推定される技術的要因として上記 の踏切減速,跳躍角度,着地ロスを選び,残 差との相関係数を算出した.次に踏切減速と 跳躍角度に影響を及ぼす動作的要因として, 接地時の脚角度,上体角度,膝角度を算出し, それぞれの間での相関係数を求めた.着地ロ スに影響を及ぼす動作的要因としては離地時 の脚角度,上体角度,大腿角度を選び,それ ぞれの相関関係を明らかにした.なお,統計 的有意水準を5%以上とした.
結 果
表1は,実験時に計測した跳躍距離,画像 分析により得られた変数を男女別に平均±標 準偏差で示している.
図2は,男女における助走速度と跳躍距離 との関係を示している.男子では両者の間に, r‑0.778 (p<0.001)と高い相関関係が認 められ Y‑0.649X‑0.797 という回帰式 が得られた.女子では r‑0.849 (p<
0.001)と高い相関関係が認められ, Y‑
0.675X‑ 0.991という回帰式が得られた.
表2 ・ 3は,男女別に変数間の相関係数を
+ M .Ob ー
. 助 走 路
」
凸 fJXi昌(60fps)
図1実験の設定状況
表1 測定・分析項目の平均値と標準偏差 変 数 男 子 女 子 距離(m)
跳躍距離 3.049±0.383 2.902±0.380 着地ロス 0.519±0.215 0.567±0.145 速度(m/sec)
踏込速度 5.98±0.47 5.77±0.4 踏切減速 0.43±0.23 0.39±0.23 角度(deg)
跳躍角度 接地時脚角度 接地時上体角度 接地時膝角度 離地時脚角度 離地時上体角度 離地時大腿角度
16.8±3.8
‑27.2±4.8
‑3.8±3.7 152.6±6.5 21.2±4.2 0.1±4.9
‑76.6±8.6
17.1+2.8
‑27.2ア2.9
‑5.1±4.2 145.9±8.6 21.1±3.3
‑0.4±5.6
‑79.8±6.2
26
尾 麻 責・中 野 正 英
▲ ○
▲
男子
‑(○) Y‑0.649X‑0.797
(r=0.778, pく0.001)
女子
‑(▲) Y‑0.675X‑0.991
(r‑0.849, pく0.001)
5.00 5.50 6.00 6.50 7.00
助 走 速 度 (m/sec) 図2 助走速度と跳躍距離との関係
算出している.これによると男子では残差と踏切減速(r‑‑ 0.512, p< 0.01),跳躍角度と踏切 減速(r‑0.340, p< 0.05)との間に有意な相関関係が認められた.また,跳躍角度と接地時脚 角度(r‑‑ 0.579, p< 0.001),踏切減速と接地時脚角度(r‑‑ 0.496, p< 0.01)が有意な相関 関係を示した.一方,女子では残差と踏切減速(r‑‑0.377, p<0.05),着地ロス(r‑‑
0.569, p< 0.001),跳躍角度と踏切減速(r‑0.528, p< 0.01)との間に有意な関係が認められ た.そして,跳躍角度と接地時脚角度(r‑‑ 0.449, pく0.01)と接地時膝角度(r‑0.403, pく 0.05),踏切減速と接地時脚角度(rニー0.749, p<0.001),接地時上体角度(r‑0.641, pく 0.001),接地時膝角度(r‑0.501, p<0.01)との間に有意な関係が認められた.図4 ・ 5は, それらの関係を図に示したものである.
考 察
男女ともに残差は,踏切減速と有意な負の相関関係にあったが,これは踏切局面での速度減少 を小さくすることが,跳躍距離を伸ばすための重要な要因となることを意味する.また,跳躍角 度と踏切減速とが正の相関関係にあることから,踏切で減速することが大きな跳躍角度で跳ぶこ
とにつながると考えられる. Cooperetal は,高い跳躍角度で跳ぶためには踏切でのブレーキ
を大きくする必要があると指摘しており本研究の結果と一致するものである.しかし跳躍角度は
残差と有意な関係を示さなかったことから,踏切で速度を減少させながら高く跳ぶことは跳躍距
小学生における走幅跳びの合理的技術
表2 分析項目間の相関係数 一男子‑
変 数 残 差 跳躍角度 減 速 着地ロス 跳躍角度 .056
減速 ‑.512‥ 340'
着地ロス .079 .330 ‑.329 脚角度 一.579*‥ ‑.496‥
上体角度 .265 . 143 膝角度 ‑.022 .262
離 脚角度 ‑.286 上体角度 .320 地 大腿角度 . 134
p<0.001 ** p<0.01 * p<0.05 表3 分析項目間の相関係数 一女子‑
変 数 残 差 跳躍角度 減 速 着地ロス 跳躍角度 .052
減速 ‑.377* .528‥
着地ロス ‑.569… .029 ‑.329 脚角度 ‑.449‥ ‑.749‥' 上体角度 .120 .641‥ ' 膝角度 .403* .501‥
離 脚角度 .102 上体角度 ‑.324 地 大腿角度 ‑.182
27
p<0.001 ** p<0.01 * p<0.05
離を伸ばすうえでマイナスになると言える.すなわち小学生のレベルでは助走速度を生かした走 り抜けの跳躍が有利と考えられ,植屋・中村17)の「"踏み切りで爆発的に蹴って高く跳べ"とい う指導は小学生には好ましくない」という指摘を支持するものである.
踏切減速に影響を及ぼす動作的要因として男子では接地時脚角度があげられる.接地時脚角度 が小さいということは,身体に対して踏切足を前方遠くに接地させることを意味し,踏切でのブ レーキ要素を大きくするものと推測できる.ランニングにおいても,この角度が小さいことが疾 走速度の低い者の特徴である5,9)と言われている.また接地時脚角度は跳躍角度とも有意な負の 相関関係にあり,高く跳び上がるためには身体に対して踏切足を前方遠くに接地させることが有 効な動作と言える.しかし,小学生の段階では跳躍角度を大きくすることが跳躍距離を伸ばすこ とに結び付いていないため,この動作を強調する指導は有効とは考えられない.自分の能力以上 の歩幅で走ること(オーバ‑ストライド)は,接地時脚角度の減少を招き,ブレーキを大きくす
ると考えられるため踏切前の1歩の歩幅を狭くするような指導が有効であると言える.
一方,女子では踏切減速と接地時の上体角度,膝角度との問に有意な正の相関関係が脚角度と
の間に有意な負の相関関係が認められた.このうち脚角度と膝角度は,跳躍角度とも有意な関係
にあり,女子においても高く跳び上がるための動作的要因は,踏切で大きな減速を招くことが明
らかである.この2つの動作的要因を指導上の言葉で表現すると"脚を伸展させた突張った踏
28
尾 麻 貢・中 野 正 英 切"となる.これに上体を起こす(本研究では
上体角度を大きくすること)動作を加えた3つ の動作的要因は,まさしく走幅跳びの競技者に 対して望まれるものである13)が,小学生にとっ ては助走速度を効率的に利用することのできな い非合理的な動作と考えることができる.学習 の場面では,競技者に行うような「上体を起こ して脚を伸展させ突っ張って踏切れ」という指 導は跳躍距離を伸ばすうえでは逆効果になると 言える.
女子では残差と着地ロスとの間にも有意な負 の関係が認められたが,着地ロスに影響を及ぼ す要因を離地時の動作からは判断することがで きなかった.深代・宮下17)は,中学生女子では 着地で足を引き上げる動作が跳躍距離を伸ばす うえで最も影響力を持っていると報告しており, 着地の重要性を強調している.本研究の結果か らも女子には着地動作の習熟を学習課題の一つ とすることが跳躍距離を伸ばすことにつながる ものと考えられる.
E^B^Bw
本研究の結果から次のような知見が得られた.
1)踏切局面での減速を小さくすることが,跳 躍距離を伸ばすうえでの重要な技術的要因で ある.
囲
図3 有意な相関係数が認められた項目間の関係
‑男子一 数値は相関係数を示す.
図4 有意な相関係数が認められた項目間の関係 一女子‑ 数値は相関係数を示す.
2)女子においては着地のロスを小さくするこ
とも跳躍距離を伸ばすうえで重要な技術的要因となる.
3)身体に対して足を前方遠くへ接地させることは大きな跳躍角度につながるが,踏切減速を大 きくするためマイナス要因と考えられる.
4)上体を起こし脚を伸展させた突張った踏切は,走幅跳びの競技者には望ましいものであるが, 小学5年生の女子にとっては助走速度を効率的に利用できない非合理的な動作と考えられる.
く附 記)
本研究の実験に際して,奈良教育大学付属小学校の長谷川芳彦先生,杉本彦之先生,岸田培先
生の多大なご協力を賜りました.記して感謝の意を表します.
小学生における走幅跳びの合理的技術 29
参 考 文 献
1)池野利博・西尾幹雄「小学生における走り幅跳びの発達」鳥取大学教育学部教育科学, 20‑2 : 171‑
85,1980.
2 ) Chandlar, R. F., Clauser, C. E., McConville, J. T., Reynolds, H. M. and Young, J. W., "Investiga‑
tion of inertia! propenties of the human body, Aerospace Medical Research Laboratory Technical Report : 74 ‑ 137, Wright Patterson Air Force Base, Ohaio, USA, 1975.
3 ) Cooper, J. M., Ward, R., Taylor, P. and Barlow, D., "Kinesiology of long jump," Cerguiglini, S.
(Ed), BiomechanicsM, Karger: Basel, 1973. pp. 38主86.
4)ダイソン(金原勇・渋川侃二・古藤高良訳),陸上競技の力学,大修館書店1972. pp.177‑!
5) Deshon, D.E. "A cinematographical analysis of sprint running," Res. Quart, 35‑4 : 451‑55, 1963.
6)深代千之「走幅跳と三段跳のBiomechanicsJ J.J. SPORTS SCI., 2‑8 : 600‑613, 1983.
7)深代千之・宮下充正「走幅跳における効果的動作の評価法」星川保・豊島進太郎(編),第7匝旧本バ イオメカニクス学会大会論文集, 66‑69, 1984.
8)神尾正俊「跳躍」関岡康雄(梶),陸上競技の方法,道和書院1987. pp,142‑43.
9)宮丸凱史「短距離疾走フォームに関する研究」東京女子体育大学紀要, 6 :22‑33, 1971.
10)日本陸上競技連盟強化本部技術・研究部「技術・トレーニングに関する測定・調査報告」平成元年度 技術・研究部活動報告, 57‑108, 1990.
ll)尾賄貢・中野正英・岡津祥訓,未発表資料.
12)岡野進「個人差に応じた挑戦のめやすをどのように持たせたらよいか」体育科教育, 36‑5 : 34‑37,
1988.
13)岡野進「走幅跳」日本陸上競技連盟(宿),実践陸上競技フィールド編,大修館書店, 1990. pp.102‑
03.
14)斎藤慎一・横井孝志「スプラインとディジタルフィルターによるデータスムージングのためのBasic プログラム」筑波大学体育科学系紀要, 5 :201‑05, 1983.
15)品田龍書・岡野進「教科体育における走幅跳の指導に関する研究」日本体育学会第31回大会号, 803,
1980.
16)品田龍吾・岡野進「走幅跳の授業改善のための基礎的研究(3)」宮崎大学教育学部紀要, 51: 33‑
58,1982.
17)植屋清見・中村和彦「走幅跳における距離獲得条件‑その定性的モデルと小学校におけるLimiting Factors‑」星川保・豊島進太郎(編),第7回日本バイオメカニクス学会大会論文集, 71‑79, 1984.
18)植屋清見・柳沢和彦「走り幅跳びにおける距離獲得条件一中学生(12‑14才)における‑」山梨大 学教育学部研究報告, 36: 137‑44, 1985.
19)渡辺庸久「走幅跳の助走スピードと跳躍距離との関係」日本体育学会第31回大会号, 806, 1980.