低エネルギーイオン散乱によるGaP(001)表面の構造解析
(平成7年11月30日 原稿受付)
熊本電波高専電子工学科大石信弘 九州工業大学電気工学科内藤正路 九州工業大学電気工学科西垣敏
Atomic structure of GaP(001)surfaces studied by lOw energy iOn scattering
by Nobuhiro OISHI Masamichi NAITOH Satoshi NISHIGAKI
Atomic structure of GaP(001)clean surfaces prepared by ion sputtering followed by annealing has been analyzed by low−energy ion scattering spectroscopy(ISS)together with low−energy electron diffraction(LEED), Auger electron spectroscopy(AES)and scanning tunneling microscopy(STM).
LEED showed a mixture of(4×2)and c(8×2)structures. An incident angle dependence curve
in ISS from surface Ga atoms yields critical angles corresponding to Ga dimers formed in the topsurface. We present a model of GaP(001)4×2surface with unit cells consisting of 2 Ga−dimers
and 2 dimer−vacancies on the top surface layer. The model is consistent with an STM picture of the same surface.ギーイオン散乱分光法(ISS)は表面第1層にのみ敏感で,
1・はじめに しかも表面原子の同定と構造解析を同時にできるのが特 将来の半導体デバイスでは大量の情報の高速処理とい 徴である。しかし,GaAsをターゲットとする場合,
う面と光の制御という面から,電子の移動度が大きくエ GaとAsの原子の質量が近いためそれらからの散乱
ネルギーギャップも大きい皿一V族化合物半導体を原子 ピークが接近し,構造解析することが非常に困難である。
層のオーダーで制御しエピタキシャル成長させる技術が そこでわれわれは,皿一V族化合物半導体として質量 重要になると思われる。そのためにはデバイスとしてよ 差の大きいGaPを取り上げ,その(001)清浄表面の構造
く利用される(001)清浄表面の構造の解明が必要である。 をISS,オージェ電子分光法(AES),低速電子線回折
ここ数年,走査トンネル顕微鏡(STM)を使ってGaAs (LEED)およびSTMを用いて解明することを試みた。(001)清浄表面の構造が数多く研究され様々なモデルが 2.実験 提案されているが,いまだ確定していない[1−4]。また
理論計算の面からも,これらのモデルのうちから1つに 2.1 実験装置
は決められないと報告されている[5−7]。一方,GaAs 今回われわれが用いた実験装置の概略を図1に示す。
以外の化合物半導体については,やはりSTMを使った UHVチャンバーは到達真空度が≦2×10−7 Paの超高真
InSb(001)清浄表面[8]やZnSe(001)清浄表面[9]などの 空に保たれている。この装置内で試料の清浄化とAES,
研究が報告されているが,まだ十分な議論がなされてい LEEDおよびISSの測定ができる。図の中央にある試
ないのが現状である。 料はGaP(001)でドーパントはS,抵抗率は約0.1Ωcm
低エネルギーの希ガスイオンをプローブとして用い, である。また,図右側のイオン銃にはスパッタ用(Neま
弾性散乱されたイオンのエネルギーを測定する低エネル たはAr)とISS用(He)の2系統に分けられ高純度に保
入射イオン,、,幼 楓イオン
GAS 反跳粒子
LEED−AES・P丁ICS認舞
図2 2体弾性モデルによるイオン散乱 図1 実験装置概略図
たれたガスが導入される。 (の (b)
ハイオン
・、A ▽° \ \A 、 ム径は2mm,試料電流は20〜40 nAであった。アナラ \ ぐ・B \ ,こ・一\
イザの触分解能は約2°である.イオン銃試粍ア \\ \{;\.
も ナライザの開口部は全て同一平面内にあり,散乱角θ ・、
は158°一定である。マニピュレータで試料を動かすご 倒 とによって入射角αおよび方位角ψを変えることがで 三
きる。 セヤ 2.2 清浄表面の作成 パ ー般に皿一V族化合物半導体の表面を高温で加熱する
(8 ) ぎ
ミ ;
B 6と皿族原子が表面に偏析してしまう。そのためわれわれ o EA E8 0 EA
は清浄表面の作成をスパッタ・アニール法を用いて行う 散乱付ンエネルギー E 繊付ンエネルギー E
ことにした。今回われわれは,500eVのNe+および〔スパ・タを行った.試料電流は1μA,イオンの 図3(。;鷲認の㌶濃讐誘合
入射角は40°,スパッタ時間は20分であった。アニーリ (b)シャドーされている場合 ングは550℃で15分間行った。以上の行程を3回繰り返
して清浄表面を得た。 ネルギーElを測定することにより標的原子の質量M、
2.3 1SSの原理 を求めることができ,試料の構成原子を同定できる。
イオン散乱分光法の原理について述べる。 つぎに,イオン散乱によって構造解析ができることを まず,イオン散乱によって標的原子の同定ができるこ 示す。図3に入射したイオンが表面近傍の原子によって
とを示す。図2に示すように質量Mlのイオンがエネル 散乱される様子を示す。原子A, Bの後方には,シャ
ギーE。で試料に入射し,散乱角θで弾性散乱されたと ドーコーンと呼ばれる入射イオンが侵入できない円錐状 する。このとき,試料が質量M2の原子から構成されて の陰ができている。図3(a)に示すように,入射角が大 いるとすれば,散乱されたイオンのエネルギー−Elは, きい場合, AおよびBの原子から別々に散乱されイオ 運動量保存則およびエネルギー保存則より,次式のよう ンがそれぞれエネルギーEA, Eβの散乱イオンピークと に表わされる。 して観測される。試料をイオン銃に対して傾け入射角を
昆一瓦(歳y(…θ+曇一S1㎡θy(1)㌻甥㌫驚三㌃鷲㌻
、E。,θが与えられている場合は,散乱されたイオンのエ EBの散乱イオンピークは観測されなくなる。このよう
を臨界角α,という。ここでシャドーコーンの形状がわ α=0.8854 0.52g (4)
かれば測定された臨界角α、を用いて原子Aと原子Bの Zf23+Z夕 23
距離がわかり,これをさまざまな方位角について行うこ He+イオンの入射エネルギーを493 eV・標的原子をP とで構造を決定することができる。 原子およびGa原子として, He+イオン軌道のシミュ 表面に入射したイオンはターゲットとなる原子の静電 レーションで求めたシャドーコーンを図4に示す。原点
ポテンシャルによって散乱される。しかしその際原子核 に置かれた標的原子に対して,平行に入射したイオンの のクーロンポテンシャルがその周りに存在する電子に 散乱される様子が示されている。標的原子が動く様子は よって遮蔽されるてしまう。この遮蔽されたポテンシャ 図には示していない。白い部分がシャドーコーンであり,
ルを求めるには遮蔽に携わる電子との多体問題を解くこ 標的原子がP原子の場合のシャドーコーンは標的原子 とになるので正確には求まらないので,一般にはクーロ がGa原子の場合のそれより半径が小さくなっているこ ンポテンシャルにある遮蔽関数f(r/a)を掛けて近似す とがわかる。
る方法がとられる。つまり原子番号Z1とZ2の原子が距
3.結果および検討
離rだけ離れている場合の遮蔽されたポテンシャルは次
式のようになる。 3.1 GaP(001)表面の長周期構造
γ(・)一工∫(÷) (2)(。孟;議1表㌫慮㌔蕊イ㌫遼
本研究で用いた遮蔽関数f(r/a)はThomas−Fe㎝i一 の入射エネルギーは1.5keVである。横軸はオージェ電
Moliさreの遮蔽関数と呼ばれるものであり,次式に示す。
∫(÷)一{・.35・xp(一・.3÷)+・.55exp(一・・2÷)+・…exp(−6・・÷)}(3)
\ 子の運動エネルギーで,縦軸にはピーク構造を際立たせ るためにその微分強度をとっている。同じエネルギー範
囲で3回スキャンしてS/N比を良くしている。スペクトル中4つの目立ったピーク(a,b,c,d)が見られるが,
これらは全てGaおよびPが関係する遷移に対応づけら れる。それらの遷移を図の説明文に示す。C原子(272
eV)や,図には示されていないが,0原子(503 eV)が関
唱
〉 巴
宅20 100 200
300ENERGY [eV]
図4 シャドーコーン 図5 清浄表面のAESスペクトル
遮蔽関数はThomas−Fermi−Moliさreの式で与えた。入射 電子の入射エネルギー1.5keV。横軸はオージェ電子の運 イオンはHe+で,入射エネルギーは493 eV。 動エネルギーで縦軸は微分強度。ピークa:Ga−M3M4,5M4,
(a)標的原子がP原子の場合 5,ピークb:Ga−M3M4,5N2,3,ピークc:P−L3MIM2,3のプ
(b)標的原子がGa原子の場合 ラズモン損失,ピークd:P−L3MIM2,3
㌔
= 巳 缶 ヒ 吉
oり
き
:
= 田
⊆ 図6 清浄表面のLEED像 一 入射電子エネルギー130eV
係するピークが見られなかったので,これらの原子によ る表面汚染はなく,スパッタ・アニール法によって表面 が清浄化されていることがわかる。また,Ga(53 eV)と P(118eV)のピーク強度比はこのままでは表面の原子の
A2 Al
B iξ
E。=293,V ↓ 渥
◎ 3 0 150 200 250
i素
E・ニ393・V
210 260 310
、琶
、 i ξiq」×1/4
E°=493e ドi;
250 300 350 400
、ぷ
E炉88
470 520 650 700
存在比に直接は対応しないが1:2.5であった。 Ene「gy [eV]
このようにして清浄化したGaP(001)表面をLEED観 図7イオン散乱ス〔クトルのエネルギー依存性
察すると図6に示すパターンが得られた・このときの電 角欝爾識磨を各スペクトル左に示す・入射
子の入射エネルギーは130eVである。このパターンの特徴は,k。方向に4倍周期のスポットがあり, k 方向
に2倍周期のストリークが見られることである。この したがってこれは,表面に接近する過程で中性化された
LEEDパターンは再現性良く得られた。ストリークが He+がGa原子に衝突した際,その1s準位が昇位して存在するということはその方向の長周期性がこわれてい 電子を失う,いわゆる再イオン化過程によるものである ることを示している。従ってわれわれはこの表面を,(4 と考えられる[10]。ピークBは(1)式から導かれるP原
×2)単位胞がk 方向にずれてc(8×2)となり,それら 子からの散乱ピークに対応づけられるが,ピークAl,
が混ざった構造をしていると考えている。 A2に比べて極端にピーク強度が小さいのが特徴である。
3.2 1SSスペクトル しかしこのことから表面にP原子がほとんど存在しな
図7にHe+イオンの入射角を90°,入射エネルギーを いという結論がすぐには導かれない。なぜなら以前見た
293eV,393 eV,493 eVおよび888 eVと変えたときの ように清浄表面のAESスペクトルからは確かに表面に ISSスペクトルを示す。このときのHe+イオン入射方 P原子が存在していると言えるからである。ここではむ 位角は図6のLEEDパターンのk,方向に一致するよう しろ次のように説明できる。すなわち,この系における に入射している。散乱角θは158°固定である。図中A1, P原子からの散乱に寄与するイオンの中性化確率は極端 A2, Bの3つのピークが確認できる。このうちピーク に高く,再イオン化もされにくいのでP原子からの散 A1は,(1)式から導かれるGa原子からの散乱ピークに 乱強度が極めて小さいと考えられる。
対応づけられる。すべての入射エネルギーにおいてこの 3.3 入射角依存性
ピークA1は,理論値より数eV低エネルギー側にシフ 図8にGa原子から散乱されたイオンの入射角依存性
トしているが,非弾性ロスがあるためと考えられる。 を示す。イオンの入射エネルギーは493eV,散乱角θ
ピークA2はピークAlより約17 eV低エネルギー側に現 は158°固定である。このときHe+イオンの入射方位角
われている。このピークA1とピークA2とのエネル は前述のとおり図6のLEEDパターンのk、方向に一致ギー差は入射エネルギーには依存しない。またこれは, している。入射角αを0°から90°まで1°刻み,さらに
Heの1s準位と試料のフェルミ準位の差にほぼ等しい。 20°から30°では0.5°刻みで変化させている。このとき
空 自 缶 ヒ 吉 の 岩 ζ あ 皇
= 自 缶 ヒ 吉 の 告 ζ あ 岳 生
1↓
、 [110]
iz7Ai
K−→レi
Top view Side View
図10Gaダイマーの構造
●はGa原子,○はP原子を示す
L、=2.7Aとなる。このうちL,は(001)理想表面の格子
0102030405060708090 定数とほ時しい.このバルクの格子定数よりも長いも
lNCID副丁州GLEα(deω のと短し、ものとが同時に存在し, L1+L、≒2L、となって
図8Ga散乱ピークの入射角依存性 いるのでわれわれはこれを,表面第1層がGaのダイ入射イオンエネルギー493eV散乱角θ158° マ_で構成されており,そのダイマーの向きがイオンの 入射方位角と一致しているためであると考えている。ま たイオンの入射方位角は[110]方向であることがわかる。
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55
L1, L2およびL3とダイマーの関係を図8の中程に示す。
図9にP原子から散乱されたイオンの入射角依存性 を示す。イオンの入射エネルギーは493eV,散乱角θ
は158°固定である。このとき試料電流はα=90°の時40
nAであった。このときのHe+イオンの入射方位角は図8と同様に[110]方向である。入射角αを10°から55°ま で1°刻みで変化させている。図中35°付近に臨界角α4 が見られる。図4のシャドーコーンから,この角度に対 応する距離はほぼ理想表面の格子定数に近い値となる。
したがって表面に露出しているP原子は[110]方向の緩 和がなく格子定数で等間隔に並んでいると言える。
3.4 GaP(001)清浄表面の構造モデルと lNClD副T ANGLEα(deg) STMとの比較
以上の結果からわれわれは図10に示すようなGaダイ
図9入需5ス傑驚竺散乱角θ15ぎ マーの構造モデルを考三た・G・ダイマー間距離は砿
ダイマーの高さは1.OAである。このダイマー構造を用 いてまず(4×2)構造をつくるために[110]方向に4倍周 試料電流は入射角αで異なるが,α=90°の時40nAで 期で並ぶようにダイマーの欠陥を導入した。さらにこの あった。先程の議論からGa原子からの散乱に寄与する (4×2)構造を[110]方向にバルクの格子定数だけずらせ He+イオンは再イオン化されたイオンも含まれるので, ばc(8×2)構造を作ることができる。このようにして作 入射角依存性を調べるためにはあるαに対する散乱 られたGaP(001)清浄表面の構造モデルを図11に示す。
ピークを取るだけでは不十分である。そのため再イオン ISSを基にした構造モデルを検証するため, STMに
化ピークも含まれるように散乱強度を一定のエネルギー よってGaP(001)清浄表面の原子像を得たので,それを 範囲について積分する必要がある。今回の積分範囲は20 図12に示す。この表面もAr+でスパッタしたあと550℃
eVとした。図中α1=19°,α、=25°およびα3=33°に臨 でアニールを行って清浄表面を作っている。サンプルバ
界角が認められる。図4のシャドーコーンからこれらの イアスは一3V,トンネル電流は1.2nA,領域の大きさ
角度に対応する距離はそれぞれL、=5.3A, L2=3.9A, は252×252A2である。図中全体的に明るい領域と,白
[110] :
● ● ●
蹴一
「:]... c(8×2)unlt ceU (4×2)ullit ceU .←…玉
. ● ● ● ● ● ● ● ● ●
・。・1 ・
ー一i与一一一一●一一一●一一亀・一一一一一◆一一
・ ? ・ ● ? ・L1 ●
ロ, l i l。
一も一一◆一一一一一一一●.一一▲ ● ●
O● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
α1:L1=5.3A
●1st Layer Ga o2nd Layer P °3rd Layer Ga α2:L2=3.9Aα3:L3=2.7A
図11GaP(001)清浄表面の構造モデル
に対応するのか現在議論中であるが[11],ISSの結果を ふまえると,この明るい楕円形のスポットは[110]方向 を向いたGaダイマーが[110]方向に2つ並んで構成さ れていると考えられる[12]。また,白い線を構成してい る明るいスポットと隣りの線を構成している明るいス む ポットが[110]方向に4Aずれている領域も存在してい
るのがよくわかる。したがってこの領域D1は(4×2)
構造とc(8×2)構造とが混在していることになり,図11 は妥当なモデルであることがわかる。
図12G。P(。。1)清浄表面のsTM像 本研究では皿一V族化合物半導体としてG・P(°°1)を
スパッタ・アニール法で清浄表面を作った。サンプルバイ 取り上げ,スパッタ・アニール法により得られた清浄表 アスはV=;3V・トンネル電流は1=1・2nA・領域の大きさ 面の構造をISS, AES, LEEDおよびSTMを用いて解 は252×252A2
明した。この表面は(4×2)構造とc(8×2)構造が混在し ていることがわかった。また,この表面の最外層はGa
と黒のストライプの領域の2つの領域が見られる。この のダイマーで構成されており,その方向は[110]方向で うちストライプの領域D1に注目する。このストライプ あった。このダイマーより(4×2)構造とc(8×2)構造を
くジ
は[110]方向に走っており,[110]方向の周期は16A 構成したモデルはSTMの結果も満足する。
である。詳しく見ると白い線は明るい楕円形のスポット
で構成されており,8Aの周期で現われている。した 5・謝辞
がってこの領域は(4×2)構造になっていることがわかる。 本研究を遂行するにあたり協力していただいた本学大
氏に感謝いたします・ [6]{▲熟;llup and S F「°yen・Phys Rev Lett 71・
[7]T.Ohno, Phys. Rev. Lett.70,631(1993)
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