不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶
一間接被害論・賠償範囲論の一帰納的考察1
山 口 成・樹
目次 ︑ ・
一問題の所在
二予備的作業:イギリスのネグリジェンス不法行為 ・
⌒1︶注意義務要件
︵2︶コモンローにおける二つのバリアー
︵3︶精神疾患が発症する状況の類型
三ネグリジェンスに起因する精神疾患
︐ ︵1︶自己の身体的安全に対する脅威と恐怖
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ 一
︵2︶他人の死傷への遭遇と精神的ショック
︵3︶注意義務のフロンティア︵以上︑本誌四二巻二号︶
四PTSD等の精神疾患の病像
︵1︶ネグリジェンス責任要件と医学的知見
︵2︶心的外傷後ストレス障害︵勺o°︒江冨已日p庄○°︒貫Φ゜︒°︒O∈︒︒o巳胃︶
︵3︶PTSD以外の心的外傷後疾患︵㊦o°︒江蚕已日巴一︒日9乙︒°・︶
︵4︶最近の疫学調査から
︵5︶一過性精神撹乱との区別および詐病・誇張の余地
︵6︶ネグリジェンス責任要件への影響︵以上︑本誌四三巻一号︶
五イギリス法律委員会を中心とした議論
︵1︶コモンローの到達地平と学説の対応
︵2︶予見可能性に加えて制限的要件を課す政策的根拠
︵3︶イギリス法律委員会報告書の議論
︵4︶資料:イギリス法律委員会立法案︵以上︑本誌四三巻二号︶
六わが国における間接被害論と賠償範囲論
︵1︶核心的困難とイギリス・コモンローの解答
︵2︶間接被害者論の様相
︵3︶民法起草過程での間接被害者論
二
︵4︶親族権概念および違法性理論と間接被害者論
︵5︶企業損害と間接被害者論
︵6︶間接被害・賠償範囲に関する一般理論︵以上︑本号︶ ︑七わが国における解釈論の試み
六わが国における間接被害論と賠償範囲論 ︑
被告の不法行為により第三者が死傷する事態に遭遇した原告が︑強度のストレスを受けて精神疾患を発症した場合
に︑被告が原告に対して負う法的責任の有無範囲および要件を考察するために︑本稿はこれまで︵一︶︵二︶︵三︶におい
て︑イギリスほコモンローの一九世紀以来の経験を跡付け︑精神医学の当該分野での国際標準を素描した︒今回の
︵四︶からは視点をわが国の法状況に移すが︑まずは︑間接被害者に生じる精神疾患の問題を︑わが国不法行為法の要
件構造中のいずれにおいて処理すべ︑きかを決定しなければならない︒この決定に際しては︑.間接被害者に生じる精神
疾患の問題が抱える核心的な困難と最もよく格闘しうる法律構成が探究されるべきである︒本節六では︑コモンロー
の解決枠組みが有した問題点を簡単に指摘してわれわれへの教訓とした上で︑わが国での間接被害者論を時系列で検
討する︒ ︵1︶核心的困難とイギリス・コモンローの解答
間接被害者に生じる精神疾患の問題が抱える核心的困難とは何か︒イギリス・コモンローの経験からは次のように
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ 三
四
言える︒ それは︑直接被害から心理的な媒介によって間接被害が生じる点である︒物理的作用による場合と比較して︑損害
の波及が極めて大きくなる恐れを否定できないため︑法的には何らかの責任制限を設ける方向に向わざるを得ないこ とになる︒たとえば︑被告の過失により政治団体のカリスマ的指導者が非業の死を遂げたような場合︑それが熱心な 信奉者に強烈なストレスとして作用することは疑いなく︑その相当数が精神疾患を発症することも考えられる︒こう
した事情で生じた精神疾患に対してまで被告に法的責任を負わせることは︑一般通常人の間に直感的な拒否反応を引
き起こすであろう︒しかし︑それは何故か︒精神疾患を発症した信奉者が死亡した指導者に抱いていた感情に対する
社会の価値評価がそうさせることは言うまでもない︒では︑そうした人間関係上の感情に関する社会的価値序列はい
かなる法原則を通して自己を実現するのか︒イギリス・コモンローは精神疾患を発症した間接被害者に対する被告の
注意義務をもってこの問題の解決枠組みとしたのであった︒ ヨ 注意義務はその出自を契約法に求めることができるように︑特別の関係で結合された︑換言すると︑相当に近い関
係にある者同士であってはじめて︑互いに損害を与えないよう注意すべき義務が生じると考えるところから出発した︒
契約関係にないネグリジェンス不法行為の加害者と被害者においては︑両者の関係の近さはまず損害発生の予見可能
性で示されるものの︑それだけでは足らずなお事件類型ごとに特定された近接性が要求される︒注意義務の存否を決
めるこの二つの要件︑すなわち︑予見可能性と近接性の論理的相互関係は必ずしも明確ではない上に︑そのいずれに る 比重がかかるかも時代により変化が見られた︒間接被害として生じる精神疾患の分野においては︑予見不能を理由に
注意義務を否定する時期が先行し︑その後︑むしろ近接性を理由に注意義務を否定する傾向に移行した︒人的近接性︑
場所的・時間的近接性︑認知的近接性︑そして近接性の充足を別の角度から測るショック要件︑これらはコモンロー
︐ ︵5︶
が注意義務の存否を判定する目下最新の道旦ハである︒ ・
このように︑現在では近接性要件が上述の人間関係上の感情に関する価値判断を一手に引き受けているのであるが︑
こうできるのも︑注意義務の存否を被害者ごとに相対的に判断するためである︒すなわち︑直接被害者に対してだけ
でなく間接被害者に対してもまたネグリジェンスの成否を問う構成をとったがゆえに︑間接被害者に生じる精神疾患
をあぐる困難な価値判断を行う独自の場を得たわけである︒こうした独立構成をとらせたものこそ︑間接被害者は訴
訟原因を有さないというコモンローの原則であった︒ ︵6︶ しかしながら︑コモンローの独立構成はプラスの面ばかりではないように思われる︒近接性でもって間接被害者ご
との価値判断を可能と︑した反面︑注意義務の存否を決定するもう一つの要件たる予見可能性の意義を変質させてしまっ
たと言うことができる︒行為者の行動をコントロールするために注意義務を課すのであるから︑間接被害が直接被害
に起因する以上は︑注意義務の前提となる予見の対象を直接被害に据えるべきは当然であろう︒にもかかわらず︑間
接被害者に対して独立の注意義務を要求するため︑予見の対象が間接被害とならざるを得なくなっている︒自動車を
バックさせる際にはべ後方に人が居ることを予見しなければならないのは当然だが︑独立構成をとるとそれに加えて︑
万一後方の人を死傷させるとその家族が精神疾患に罹患することを予見しなければならなくなる︒不注意に自動車を
バックさせないよう運転者をコントロールするためにはそうした予見が無駄であることは明白である︒
さらに︑独立構成をとれば近接性要件を使って価値判断が可能となるという利点も︑そうした役割を与えられた近
接性はもはや法原則では決してなく︑プラグマチックになされる政策的判断を覆い隠すマントに過ぎないとも言える
のである︒そうとすれば︑ことさらに独立構成に頼らなくても政策的判断を公然となせば足りるし︑その方が社会的
に広く議論を組織するのに適していると言えよう︒
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ 五
六
最後に︑独立構成をとると直接被害者に過失相殺事由があった場合の処理に窮することがある︒被告と直接被害者
による間接被害者に対する共同不法行為類似の構成により︑被告を全部責任から免れさせる道が模索されているが︑ .
迂遠で極度に技巧的であるばかりか︑直接被害者が間接被害者に対して不法行為者となるという考え方は奇妙と評す
るほかない︒
このように見てくると︑独立構成はわが国の解釈論において比較法的教訓としてそのまま採用を促すほど完壁な法
理とも言いがたい︒そこで︑わが国において間接被害者に生じる精神疾患に対する法的責任要件を確立する場合︑イ
ギリス法的解決の長所を拾い短所を捨てることが課題となるが︑その選択のためにはまず︑わが国でのこれまでの間
接被害者論を検討しておくことが不可欠である︒
わが国の間接被害者論は︑生命侵害と近親者慰謝料の問題︑そして︑従業員の死傷と企業損害の問題を中心に議論
されてきたが︑わが民法がそもそも間接被害者に賠償請求権を認めたものか否かにつき論者の見解が対立してきた︒
イギリス・コモンローが間接被害者の賠償請求権を認めないことを前提に︑独立構成の要件構造を﹂段また一段と積
み上げてきたのとは好対照をなす状況にある︒間接被害者の賠償請求権は独立の不法行為が成立しない限り生じない
のか︑それとも直接被害者に対する不法行為の効果として生じうるのか︑わが国では︑このいわば入り口の問題が依
然解決を求められている︒演繹論理的にはそこを通過できなければ︑間接被害者に生じる精神疾患に対する法的責任
の有無範囲と要件を具体的に定めることができないといった状況にある︒
︵7︶ ︵2︶間接被害者論の様相
わが国の間接被害論・賠償範囲論を時系列で振り返るに当って︑その分析枠組みを得るためにも︑間接被害者が生
じる状況の事例と賠償責任の法律構成の代表型をあらかじめ提示しておく︒
︵a︶間接被害者が生じる状況 .
Aが不法行為によりBに損害を与え︑その結果としてCが損害を受けた場合に︑Bを直接被害者︑Cを間接被害者
と呼ぶことにする︒なかでも︑Aの行為以前からBC間に特別の社会関係があり︑︑その関係ゆえにCに損害が生じた
という場合は︑Aの行為を当該関係への侵害行為と把握して︑BのみならずCもまた直接被害者であると構成する余
地がある︒他方︑BC間に特別の社会関係がない場合は︑Cははじめから直接被害者として扱われることが多いよう
に見受けられるが︑予見可能性の射程が精査されるとなると︑そうした構成にも疑問が生じ間接被害者として扱われ
るべき余地がある︒ともあれ︑問題状況をいくつか例示すると次のようになる︒
1.BC間に特別の社会関係がある場合︒
°契約関係の場合
①BはCの従業員であったが︑Bが負傷で休業したためCの事業が混乱してCが収益を失った︒
②BはCの雇い主であったが︑Bが死亡して廃業となったためCが解雇された︒
③BばCに電力を供給していたが︑Bの電力供給が止められたためCの設備が停止してCの物が殿損した︒
その他の関係の場合
︐④BはCの子であったが︑Bが死亡しCが葬儀費用を支出した︒
⑤BはCの夫であったが︑Bが重傷を負ったことでCが深く悲しんだ︒
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︑ ︵都法四十四ー一︶ 七
八
⑥BはCの友人であったが︑Bが死亡したことでCが精神疾患を発症した︒
2.BC間に特別の社会関係がない場合︒
心理的作用によりCに損害が生じた場合
①BとCは見ず知らずであったが︑Bを事故現場で救助したCが精神疾患を発症した︒
②BとCは見ず知らずであったが︑Bの事故死を目撃したCが精神疾患を発症した︒
物理的作用によりCに損害が生じた場合
③BとCは見ず知らずであったが︑Bの樹木が倒されてCの家の軒先を壊した︒
④BとCは見ず知らずであったが︑Bの家が延焼で燃えさらに遠方にあるCの家を燃やした︒
社会的経済的作用によりCに損害が生じた場合
⑤BとCは見ず知らずであったが︑Bの生産設備が破壊されたため市況が低迷しCが収益を失った︒
⑥BとCは見ず知らずであったが︑Bの車両が転覆させられたため交通渋滞が生じCの積荷が時間経過のため穀損し
た︒
︵b︶間接被害者の賠償請求権の構成
︵a︶に掲げた事例において︑不法行為に問われるべき人の行為はAのBに対する加害行為ただ一個のみである︒
これらの場合にCからAになされる損害賠償請求をいかなる法律構成において扱うべきか︒次の二つが代表型と考え
ることができる︒
第一に︑−AのBに対する不法行為の効果として︑その賠償範囲内にCの損害が入るか否かで判断する︒これを賠償
範囲説と呼ぶことにする︒この考え方によると︑Aの行為がBだけでなくCに対してもまた不法行為となるか否かを
問う必要はないことになる︒損害と因果関係の存在は立論の前提であるから︑残る故意過失と権利侵害の二要件の充
足がない場合でも︑AはCの損害を賠償しなければならない場合が生じる︒BのAに対する請求権は不法行為のすべ・
ての要件を充足しなければならないから︑CはBとは異なった扱いを受けることになる︒賠償範囲説においては︑賠
償範囲に入る間接被害者の数が大きくなる恐れがあり︑それを避けるための合理的な画定基準を探究することが重要
とならざるを得ない︒比較法的には︑フランス民法がこの立場を採っており︑ドイッ民法典第一草案も同様に間接被
害者の賠償請求権を認めていた︒
第二に︑あくまでもAのCに対する不法行為の成立を求め︑そのためのすべての要件が充足されない場合には︑C
に特別の賠償請求権を与える規定が存在するか否かで判断する︒これを独立構成説と呼ぶことにする︒この考え方に.
よると︑そうした特別規定は極少数であるから︑Cに賠償を認めるべきと思われる場合は︑Cを直接被害者と構成す
べく故意過失および権利侵害の二要件の充足を擬制せざるを得ない︒結果︑Cに対する不法行為の成否は恣意的にな
りがちである︒独立構成説においては︑間接被害者が直接被害者に対する不法行為から派生したという実態を無視す
るため︑間接被害者の救済が薄くなることは否めないが︑その分Aの負担に歯止めをかけることが容易である︒比較
法的には︑ドイッ民法が第二草案以来この立場を採っている︒
右の二つの構成を分析視点として以下の考察を進める︒
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︑ ・ ︵都法四十四ー一︶ 九
一〇
旧 民 法 原 案 現 行 民 法
財産編第二部第三章 第三編債権第五章 原案通り 不正ノ損害 不法行為 即チ犯罪及ヒ準犯罪 三七〇条 七一九条 七〇九条 過失又ハ僻怠二因リテ他人二損害 故意又ハ過失二因リテ他人ノ権利 原案通り
ヲ侵害シタル者ハ之二因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責二任ス
此損害ノ所為力有意二出テタルト キハ其所為ハ民事ノ犯罪ヲ成シ無意 二出テタルトキハ準犯罪ヲ成ス 犯罪及ヒ準犯罪ノ責任ノ広狭ハ合 意ノ履行二於ケル詐欺及ヒ過失ノ責 任二関スル次章第二節ノ規定二従フ
三八五条︵一項は略す︶ 四一〇条 四一六条 然レトモ債務者ノ悪意ナク僻怠ノ 損害賠償ノ請求ハ通常ノ場合二於 損害賠償ノ請求ハ債務ノ不履行二 ミニ出テタル不履行又ハ遅延二付テ テ債務ノ不履行ヨリ生スヘキ損害ノ 因リテ通常生スヘキ損害ノ賠償ヲ為 ハ損害賠償ハ当事者力合意ノ時二予 賠償ヲ為サシムルヲ以テ目的トス サシムルヲ以テ其目的トス 見シ又ハ予見スルヲ得ヘカリシ損失 当事者力始ヨリ予見シ又ハ予見ス 特別ノ事情二因リテ生シタル損害 ト利得ノ喪失トノミヲ包含ス ルコトヲ得ヘカリシ損害二付テハ特 ト錐モ当事者力其事情ヲ予見シ又ハ 悪意ノ場合二於テハ予見スルヲ得 別ノ事情ヨリ生シタルモノト錐モ其 予見スルコトヲ得ヘカリシトキハ債 サリシ損害ト錐モ不履行ヨリ生スル 賠償ヲ請求スルコトヲ得 権者ハ其賠償ヲ請求スルコトヲ得 結果ニシテ避ク可カラサルモノタル トキハ債務者其賠償ヲ負担ス
原 案 現 行 民法 ︑
七二八条 七二〇条
他人ノ不法行為二対シ自己又ハ第三者ノ権利ヲ防衛
スル為メ已ムコトヲ得スシテ加害行為ヲ為シタル者ハ 〜
損害賠償ノ責二任セス但被害者ヨリ不法行為ヲ為シタ
蓼
ル者二対スル損害賠償ノ請求ヲ妨ケス
1
前項ノ規定ハ他人ノ物ヨリ生シタル急迫ノ危難ヲ避
クル為メ其物ヲ段損シタル場合二之ヲ準用ス
1
七三一条 r 七一〇条
生命︑身体︑自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権 他人ノ身体︑自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権
ヲ害シタル場合トヲ問ハス裁判所ハ財産以外ノ損害二 ヲ害シタル場合トヲ問ハス前条ノ規定二依リテ損害賠
対シテモ其賠償ヲ為サシムルコトヲ得 他人ノ名誉ヲ殿損シタル者二対シテハ裁判所ハ被害 ︑償ノ責二任ス.ル者ハ財産以外ノ損害二対シテモ其賠償 /ヲ為スコトヲ要ス
者ノ請求二因リ損害賠償二代へ又ハ損害賠償ト共二名 七二一二条
誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スルコトヲ得 原案七三一条二項通り −
︑ ︶七三二条︵急きょ挿入された︶
七一一条
他人ノ生命ヲ害シタル者バ被害者ノ父母︑配偶者及 他人ノ生命ヲ害シタル者ハ被害者ノ父母︑配偶者及
ヒ子二対シデモ其損害ヲ賠償スルコトヲ要ス ヒ子二対シテハ其財産権ヲ害セラレサリシ場合二於テ
モ損害ノ賠償ヲ為スコトヲ要ス
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ =
一二
︵3︶民法起草過程での間接被害者論 \
民法の起草過程において間接被害者は終始議論の中心にあった︒起草原案が旧民法を批判して権利侵害要件を導入
したこと︑債務不履行責任と異なり完全賠償の原則を採用したこと︑この二点に関して法典調査会の議論は沸騰した
が︑いずれにおいても︑生命侵害から生じる間接被害者をどう扱うかが実践的課題として意識されていた︒以下︑
︵a︶権利侵害要件と間接被害者︑︵b︶賠償範囲と間接被害者︑の順で民法起草過程に現れた間接被害者論を検討す
る︒今後の便宜のため起草者の原案を旧民法および現行民法に対比させて右にまとめて掲げておいた︒なお審議の日
程は︑題号と七一九条が明治二八年︵一八九五年︶一〇月二日︑七二八条が同一〇月九日︑七三一条七三二条が同一〇
月=日である︒
︵a︶権利侵害要件と間接被害者
1.権利侵害要件の役割 ︑
原案七一九条は旧民法三七〇条にはなかった権利侵害要件を含んでいた︒これにより直接被害者が権利侵害なくし
て損害賠償を請求できなくなることは明らかだが︑間接被害者に対してもまた権利侵害が要求されているのかどうか︑
起草者は賠償範囲説と独立構成説のいずれに立っていたのか︑この点が本稿の関心事となる︒比較法的に換言すると︑ . 原案は旧民法を承継してフランス民法の影響下に留まるものか︑それともそこから脱して︑ドイッ民法典第二草案に
新たな範を求めたものかを探ることになる︒そこで︑起草者が権利侵害を新たな要件として加えた趣旨をまず検討し
なければならない︒
本条を起草した穂積陳重は法典調査会おいて︑権利侵害要件につき三度三通りの説明を行っている︒これらを質疑
応答の脈絡を含めて整理すると次のようになる︒
﹁度目は七一九条の議論の冒頭︑起草者としての趣旨説明においてである︒ここで穂積は比較法的支持に訴えて︑
︑これまでの諸国の規定はみな﹁其人ノ生命トカ財産トカ或ハ名誉デアリマスルトカ何力不法ノ権利ト認メタモノノ侵 ︵9︶ 害デナケレバ債権ヲ生ゼシメナイト云フコト一こ.なっていると言う︒穂積は旧民法も詰まるところ同じ考え方に基い
ていると評価しつつも︑﹁他人二損害ヲ加へタル者ハ﹂と︑損害発生原因には何ら触れず結果だけを書いており︑そ
め書き方があまりに簡単すぎて不完全・不明瞭であると批判する︒すなわち︑﹁如何ナル損害デモ如何ナルコトニ依
ツテ生ズル損害デモ宜イカ悪イカト云ウコトハ総テ分リマセヌ一番諸国ノ規定ノ中デ簡単ナ書キ方ノ一ツデアリマ ︵−o︶ ° . スル﹂と︒こうして右の﹁如何ナルコトニ依ツテ生ズル損害﹂であるかを示すために︑権利侵害要件が旧民法三七〇
条に付加され︑﹁如何ナル損害﹂であるかを示すたあに︑﹁権利ト申シマスルハ元ヨリ財産権バカリノ積
︵11︶ ︑
リデハ︵ナイ︶﹂旨の規定が原案七三一条として新設される︒
ここで穂積が権利侵害要件について言わんとする趣旨はこう解すべきである︒旧民法三七〇条の﹁過失又ハ解怠﹂
がすでに侵害行為の不法性を体現した概念であることを前提として︑賠償されるべき損害をその発生原因の面から限
定するために︑不法の一要素だった権利侵害を﹁過失又ハ解怠﹂から特に抜き出して独立の要件とすべきである︑と︒
﹁過失又ハ解怠﹂中に残った権利侵害以外の不法要素はそのまま﹁故意又ハ過失﹂に受け継がれた上で︑﹁故意又ハ過
失二因ツテ他人二直接間接二損害ヲ掛ケルコトモアリマセウ併シナガラ其権利ヲ侵スト云フ程度二至リマセヌ時二於 ︵12︶ ︐ テハ債権ヲ生ゼシメナイ﹂ことが明確化される︒こうして権利侵害要件は賠償されるべき損害の性質決定因子として ︑ へ︑ の位置を占めることになる︒
この冒頭趣旨説明の箇所において︑起草者が旧民法からのしたがってフランス民法からの要件構造上の離反を提起
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ 一三
一四
しているものとは解しがたい︒なぜなら︑権利侵害要件の導入によって︑﹁過失又ハ慨怠﹂に体現されていた不法要
素が︑主観的有責性は故意過失に︑客観的違法性は権利侵害にというような形で集中分化したわけではないからであ
る︒権利侵害要件を導入したところで︑起草者にとって過失概念が︑﹁為スベキコトヲ為サヌトカ或ハ為シ得ベカラ ロ ザル事ヲ為ストカ又ハ為スベキ事ヲ為スニ当ツテ其方法ガ当ヲ得ナイ﹂といった行為の外的客観的側面と︑﹁充分ナ ね ル注意﹂﹁其心ノ有様﹂といった行為者の内的主観的側面を合わせ含んだものであることに変化はないのである︒こ
の事情を穂積は︑客観的義務違反﹁行為﹂それ自体を中核に︑行為への心理的な作用原因としての﹁行為ノ基トナリ め マスル意思ノ有様﹂と︑行為の外界への作用結果としての﹁権利侵害﹂といった三層構造で説明し︑前二者を故意過
失要件に振り分けたのである︒
二度目は横田国臣とのやり取りにおいてである︒横田は﹁此権利ヲ明カニシタガ為メニ漏レルモノガ出来テ来ルノ
ガ甚ダ遺憾デアリマス﹂と切り出し︑﹁自分ガ一寸気付カナイデ居ッタ苦ミトカ悲ミ﹂でも権利侵害さえあれば賠償
されるのに対して︑﹁子ガ殺サレタトカ親ガ殺サレタトカ云フヤウナ非常ナ悲ミ﹂が権利侵害を伴わないからといっ あ て賠償されないのでは納得できないと言い︑権利侵害要件を外すよう提案した︒これに穂積は次のように答える︒
﹁兎二角権利侵害ト云フ事丈ケノ事実ガ通則トシテアリマセヌト誠二其境ヒガアリマセヌノデアリマシテ幾ラカ社
会二住ンデ居ル以上ハ他人二損害ヲ及ボスト云フコトガ度々アルコトデアリマスカラ其境ヒ丈ケハ存シテ置イテ貰ヒ ︵17︶ タイト思ヒマス﹂
社会生活で他人に財産的な損害を与えることが頻繁にあるとは二一世紀の現代においても言いがたいとすれば︑明
治の穂積がここで他人に﹁度々﹂与える損害としてまず念頭に置いているのは﹁悲シミトカ苦シミトカサウ云フヤウ ナ風ノコト﹂と思われる︒この文脈の限りでは︑起草者が権利侵害要件に期待した役割とは︑原案七三一条で財産以
■︑外の損害をも賠償の範囲に含めたことからいわば必然的に要請されること︑つまり︑慰謝料請求を一定範囲に制限す
・ることであったと言えよう︒ .
もちろん︑社会生活において他人に財産的損害を与えることもあるのであって︑その点での権利侵害要件の果たす
機能について触れているのが︑起草者三度目の説明においてである︒ここで重岡薫五郎がコ兀来損害ガアレバ其損害
﹁ カラシテ権利ノ侵害ト云フコトガ必然起ツテ来︵ル︶﹂はずである︑なぜなら︑秩序ある社会においては﹁狼リニ他
人カラ損害ヲ受ゲガイ三フ籍﹂が認められているからであると発言するのであ亮・その意はわざわざ権利量︒
要件を明記する必要はないというところにあった︒
これに対して穂積は︑損害が生じる場合︑過失は大抵伴うが権利侵害は必ずしも伴うわけでないとして︑﹁他人ガ
商売上損ヲスル﹂﹁随分得意ヲ失フ﹂といった営業収入への期待侵害を例として挙げる︒﹁法律上損害ト云フコトヲ言
フノナラバ並ノ損得ノ場合デアツテ遂二夫レニ帰スル﹂という穂積の損害観によれば︑経済競争とはまさしくこの
﹁損得﹂活動であるから︑﹁唯損害サヘアレバド斯ウ云フ風二致シテ置声マスルト云フト権利ノ侵害ハナクシテ損害ヲ
他人二及ボシタト云フ場合マデモ這入ツテ其不法行為二依ル債権ト云フモノノ範囲ガ甚ダ不明瞭ニナリ﹂︑活動の自 由が大きく損なわれることになるのである︒ここで起草者が挙げている︑金銭債権の侵害でもなく︑金銭支出を強い
られたものでもない︑金銭収入への単なる期待が侵害されたに過ぎない事例においては︑そもそも損害の発生自体が
不確実であるから︑権利侵害要件を新たに置かずとも損害ないし因果関係の有無で処理できることが多いと思われる︒
いずれにせよ︑この文脈での権利侵害要件は適正な経済活動の外枠を明確に画定する役割を担っていると言えよう︒
穂積はさらに続けて︑不法行為はすでに承認されている権利を保護する法であって︑新たに権利を創設するもので
︑はないとしへ﹁如何ナルコトニ依ツテモ自分ノ故意過失等二依テ他人二損害ヲ及ボス夫レニ就イテ債権ヲ生ゼシメル
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ 一五
一六
ト云フコトニナリマスルト是迄認メテナイ所ノ権利マデモ創設スル場合ガアル其創設スル場合ト云フモノガ甚ダ範囲
ノ分ラヌ広イモノニナ︵遺と・行為者が負うかも知れない法的責任の範囲を計算可能にしておくべきことを強調
している︒しかし︑そもそも権利という概念自体が融通無碍である上に︑起草者はこの肝心の権利に債権を含めてい
た︒さらに︑後に考察するように︑起草者は債権のみならず金銭価値‖財産それ自身まで権利に含めていたと解しう
るのであるから︑損害が発生する限り大抵は権利侵害を伴っていることとなり︑それだけ不法行為の成立は広範囲と
なるわけである︒比較法的に見れば債権と財産それ自身を保護対象から外すことこそ権利侵害要件の眼目である
窪・わが起草者の権利侵害要件にかける期待は・少なくとも財産的損害に関しては︑初めからささやかなものであ・
たといえよう︒
以上を総合すると︑原案七一九条に権利侵害要件が加えられた理由の第一は︑賠償さるべき損害をその発生原因の
面から限定するために︑不法の一要素だった権利侵害を故意過失要件から抜き出して独立の要件とすることである︒
その第二の理由は︑精神的損害に対する賠償請求を合理的な範囲に押さえ込んで︑社会生活の円滑を確保することで
あり︑第三が︑金銭収入への単なる期待の侵害に対する賠償請求を適正な範囲に制限して︑経済的自由競争の活発を
促進することであったといえよう︒これらいずれにおいても︑不法行為の無際限かつ不意打ち的な成立を回避する機
能が権利侵害要件に託されたのである︒
2.権利侵害要件の役割:掻上げ堤に関する議論から
起草者が旧民法になかった権利侵害要件を新たに導入した意図を探るに当って︑1で見た穂積の三通りの説明と並
んで重要なものに︑原案七一九条に関する議論の最後に登場した掻上げ堤の事例と︑原案七二八条が扱う正当防衛に
関する議論がある︒いずれも︑起草委員の間に見解の対立や動揺が見られることから検討を避けて通れないものであ
る︒
掻上げ堤に関する質問は都筑馨六から︑失火延焼事例に関連して賠償範囲の問題として出されたものであるが︑起
草委員はむしろ権利侵害の問題として回答したことからわれわれの関心を引くことになる︒掻上げ堤とは河川敷上の
民有地を水没から守るために︑各自の責任で所有地の周囲に築かれる堤防内堤防であるが︑周辺一帯の他人の所有地 ︑ . をも水没から守る結果となる︒この掻上げ堤をその所有者が破壊したため︑周辺一帯が水没し多数の被害者が生じた︒
どんなに多数の被害者が出てもその全員に対して︑不法行為を理由に損害賠償責任を負わなければならないかという お のが都筑の質問であった︒ ︑︑
これに対して穂積はまず︑﹁斯ノ如キ目的ヲ以テヤツタ堤防ヲ故意若クハ過失二依ツテ破壊シ夫レカラシテ損害ト
@ @云三ノガ生ジマシダ場A三於キマシ一アバ基三任捻﹂と・被害者が各自の所有権を侵害されていることから・不
法行為︵完全賠償︶の成否は故意過失にかかるかのように回答したが︑その同じ発言の後半で次のように観点を変更
している︒すなわち︑﹁掻上ゲ堤トカ云フヤウナモノヲ自分ノ保護ノ為メニ推エテ居ル併シナガラ他人モ夫レニ依ツ
テ利益シテ居ル他人ヨリ請求サレルコトモナイ又他人二対シテちつとも保存スル義務モナイ夫レナラバ自分デ取除カ
ウガ又ハ自分ノ過失二依ツテ破壊シヤウガ少シモ夫レガ為メニ他人ノ権利ヲ侵害スルト云フコトニハナルマイト思フ あ ︑ノデアリマス﹂と︑問題は権利侵害の有無にあるかのように言うのである︒富井政章もこの穂積発言に続いて︑水没
地の所有者が﹁堤防ヲ築カセル権利﹂を有している場合に︑堤防を破壊すればそれは権利の侵害になるが︑堤防の構
︑築.保存が堤防所有者の﹁勝手に﹂委ねられている場合は︑堤防を破壊して﹁其間接ノ結果トシテ他人二損害ヲ加へ あ ・タ﹂としても︑それは﹁他人ノ権利ヲ侵害シタ方ニハナラナイ﹂と述べている︒
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︐ ︵都法四十四ー一︶ 一七
/
一八
穂積がこのように発言途中で観点を変更した理由は︑掻上げ堤の構築・保存が義務として課せられているのであれ
ば︑右義務が尽くされたか否かを判断するのは故意過失の問題であるが︑都筑の質問を聞く限りではそうした義務そ れ のものが課せられていないようであり︑そうとすれば右義務が尽くされたか否かを探求する意味がなく︑従って故意
過失以前の問題ではないかと考え直したためと思われる︒穂積はそこからさらに進んで︑掻上げ堤の破壊は水没地所
有者の権利を侵害することにはならないと主張したわけであるが︑その思考過程は明瞭ではなく次の二通りを想定す
ることができる︒
たしかに人は一般的には他人の生命・財産を自然の脅威から保護すべき義務を負わず︑河川敷上の土地所有権の内
容ないし効力には︑水害からの保護についての対人的請求権︵﹁堤防ヲ築カセル権利﹂︶は含まれない︒そこで︑穂積︒
富井はこの点に着目して︑所有権が及ぼないから所有権侵害にあたらない︑つまり︑そもそも権利がないから権利侵
害は生じない︑といわば権利侵害以前であるかのように考えたと想定することが一つ︒
もう一つはこうである︒このような作為義務なき不作為の扱い方としては︑因果関係を否定するローマ法以来の伝 ふ へ 統的手法が存在し︑穂積・富井もこれに影響を受けたと想定することである︒すなわち︑穂積の﹁夫∪ガ為一こ権利
を侵害することにはならないとの言明の背後に︑水没地所有者の所有権を侵害したのは掻上げ堤所有者ではなく︑河 川水量を増大させた自然力と水没地所有者の怠慢にほかならない︑との趣旨を読み取ることは十分可能である︒また︑
富井の﹁其間接ノ結果﹂との表現から︑掻上げ堤所有者の行為と水没地所有者の損害との間に直接の因果関係は存在
しない︑との趣旨を読み取ることも十分可能である︒要するに︑因果関係がないから侵害したことにはならない︑と ︵30︶ いう発想である︒
このように掻上げ堤の事例での穂積・富井の対応には︑故意過失の問題以前であるような︑権利侵害の問題以前で
、
\
あるような︑因果関係の問題であるような︑と不明瞭さは否めないが︑それは作為義務なき不作為を不法行為の要件
構造上に位置づけようとする努力の現れといえよう︒しかし︑︑これを起草者が義務違反という侵害行為の態様を︑そ
れを不法と呼ぶか違法と呼ぶかは別として︑権莉侵害要件の問題として考えたことを示すものであるとの理解も少なく ︑
掩・中には・穂積の対応を・客観的注意義務違反の問題をフランス法的に故意過失で扱・つべきか︑ドイッ法的に権
利侵害で扱うべきかの動揺の現れと解し︑また︑富井の対応を後者の選択へと穂積を強く促す意図に出たものとまで
摩る向きも患・竃゜富井のこワ﹂での真意は馨にはドイッ的違法性にあり︑両名は不法概念を媒介にこれを権
利侵害要件に含ませ︑ていたが故に︑違法に侵害したものでないという意味で権利侵害でないと主張したと解するわけ
である︒したがって︑穂積・富井の対応はわが不法行為法が客観的違法性と主観的有責性を峻別するドイッ民法の要
件構造を受容した証拠だというのである︒
しかしながら︑以上のような解釈には与し得ない︒その理由は次の通りである︒
第一に︑なすべきこと︑なさざるべきこと︑が客観的に課せられている場合は︑その義務違反は故意過失で扱うこ ロ ペ と︑つまり︑故意過失には客観的要素を含めるという起草者の立場が︑ここで急に変更ざれた形跡は一切ないことで
ある︒この観点に富井が異を唱えたという事実も見当たらない︒
第二に︑保護のために﹁為スベキコト﹂がないのだから過失はありえないと表現することと︑保護が与えられない
利益はその限りで権利でないから権利侵害はありえないと表現することとは︑実体的には同じことで互いに言い換え ロ のきく表現として使用され得る︒ある局面における一方の選択をもって主観的過失と客観的違法性の峻別を背景にな
されたものと断定することは早計である︒
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ 一九
二〇
3.権利侵害要件の役割:正当防衛に関する議論から
原案七二八条は正当防衛ないし緊急避難を扱うが︑起草を担当した穂積はその冒頭趣旨説明において︑﹁故意ガア あ ルベキ道理ハナイ過失ガアルベキ道理ハナイノデアリマスカラ勿論損害賠償ノ責ヲ生ズルベキ道理ハナイ﹂と述べ︑
本条が故意過失を要求する過失責任主義の必然的結果として確認規定にとどまることを明らかにしている︒なぜなら︑ 穂積によれば︑﹁権利ト云フモノハ法ノ与ヘタモノ﹂であるから︑それを他人の不法行為による攻撃から防禦するこ
とは百分ノ権利ノ犠Lであり・﹁些ツトモ不迭行為デナイ向ノ方ガ不法行為デアル﹂・﹂とになる︒したがって︑
攻撃者の権利を侵害しても︑権利侵害を回避すべき義務はもともと課せられておらず︑﹁為スベキコトヲ為サヌトカ 或ハ為シ得ベカラザル事ヲ為ストカ﹂の義務違反としての故意過失はないことになるからであると思われる︒
さらに︑穂積によれば︑仮に自衛の権利の存否は措くとしても︑﹁不法ニシテ且ツ急迫﹂なる攻撃に﹁已ムコトヲ
得ズシテ﹂防禦する場A麗・攻薯の権利を侵害しても・防薯には他行為の可能性がないのであるから︑注意が不
充分であると非難される筋合いもなく︑﹁其心ノ有様﹂としての故意過失はないことになるからであると思われる︒
この事情を穂積は︑自衛のために第三者に加害した場合にことよせて︑加害行為は﹁防衛者ノ行為二非ズシテ其原因
ヲ為シタ所ノ攻撃者ノ纂﹂であると表現し・また・自衛行為が故意過失によりなされたものと認めるべきときは︑ れ それは﹁固ヨリ急迫ノ場合トハ言ヘナイ﹂と断定している︒
こうした穂積の見解に対しては︑同じ起草委員である梅謙次郎と富井が正反対の見解をもって反論している︒梅は
こう述べる︒自衛および自由な行為支配の問題はすでにこれまでの議論で解決済みであると︒すなわち︑占有侵害に
関する箇所で㍉二方ハ他人ノ不法行為二対シテハ原則トシテハ此方ハ腕力ヲ用ヒルコトハ許サヌ一方二於テハ天然 ロ ノ危難二際シテ或ル点カラ見タラ意思ノ自由ガ訣ケテ居ツテモ意思ガナカッタト云フコトハ通ラナイ﹂ことは当時の
理由書に明記されていると言うのである︒したがって︑梅・富井の観点からすれば︑防衛者の自衛権なるものは認め
られず︑かつ︑意思自由の欠映も認められないから︑防衛者は攻撃者の権利侵害を回避すべく為すべきことを為し︑
為さざる゜ことを為さない義務を依然として負っていることになるのである︒
似上のような基本的観点の違いから︑七二八条の位置づけの違いが生じる︒穂積によれば︑不法かつ急迫の攻撃者゜ ハ との関係では本条は﹁ソレダケナラバ私ハ是レハ要ラヌト思ッタノデアリマス﹂となり︑富井にすれば︑﹁此規定ガ
アツテ初メテ賠償ノ責任ガナイト云フコトニナルノデアツテ此規定ガナケレバ⁝⁝立派ナ故意二依ル不法行為デアル
ト思ヒマス⁝⁝自分デ巡査ニナリ自分デ裁判官トナツテ宜イト云フコトハ 此急迫ノ場合ニアツテハ宜イト云ラ ぐ ゆ コトハ此規定ガアツテ初メデ出来ルコトデアリマス﹂となり︑梅にすれば︑﹁仮令ヒ生命ヲ助ケル為メデアラウトモ
.財産ヲ助ケル為メデアラウトモ兎二角故意二他人ノ権利ヲ侵害シタノデアルソレヲ七百二十八条デ事情ガ如何ニモ尤
モナ場合デアルカラ之ヲ不法トハシナイト云フコトニシタノデァリマス⁝⁝七百十九条二﹁故意又ハ過失二因リテ﹂ ︵45︶ 云々ト書イテアツテ不法行為ノ意味ガ極マッテ居ルカラ本条ハ其例外ヲ示シタノデアル﹂となるのである︒
このような正当防衛の議論から︑起草者の多数派は権利侵害要件の導入により︑故意過失に主観的有責性を︑権利
侵害に客観的違法性を割り付けたのであり︑権利侵害要件の導入は体裁上の事栖を超えて︑わが民法がフランス民法 ・ ︵46︶ から決別してドイッ民法の要件構造をその基本において受容したことを示す︑といった解釈をする向きがある︒しか ︑
しながら︑梅.富井は故意過失も権利侵害も両方そろった不法行為が︑特別規定によって初めて不法ではない正当な
︑行為になると言ったに過ぎない︒つまり︑故意過失+権利侵害‖不法︵行為︶という構図に基づき︑﹁不法トハシナイ﹂
− と言ったのであって︑権利侵害としないと言ったのではなかったっこの点では穂積と違いはない︒穂積との違いは権
利侵害回避義務の存否いかんである︒この判断は自力救済と意思自由に関する考え方の違いで結論が分かれたのであっ
不法行為に起因するPTSD等の精神疾患と損害賠償責任︵四︶ ︵都法四十四ー一︶ 二一
二二
て︑故意過失と権利侵害の要件構造上の位置づけの違いでそうなったという証拠はない︒穂積は権利侵害回避義務の
存在を否定しつつこれを故意過失で扱うことを明言したが︑梅・富井は右義務の存在を肯定したためかこれを特にど
ちらの要件において扱うかを明言してはいないのである︒梅も富井も﹁故意二他人ノ権利ヲ侵害﹂しても正当行為で
ありうると言ったのであって︑正当防衛は散意過失ではなくて権利侵害に対する特則であると言ったわけでも︑正当 ロ 行為であっても故意過失による行為でありうると言ったわけでもないのである︒
以上︑掻上げ堤と正当防衛の議論をもってしても︑穂積が七一九条の冒頭説明で示した権利侵害要件導入の意図︑
つまり︑賠償されるべき損害を限定するために︑その属性を発生原因の面から規定する役割を覆す証拠とはならない
と言うべきである︒客観的注意義務違反11違法性‖権利侵害という構図は︑わが起草者の採用するところでないこと
を確認しておきたい︒
4.葬儀費用と権利侵害
債権侵害︑強いられた金銭支出‖財産の減少︑精神的損害は比較法的には間接被害者論の重要トピックスであるが︑
わが民法においてはすでに前二者が権利侵害要件を充足するため︑わが国での間接被害者論の比重はそれだけ軽くな
ると言えなくもないが︑結論を急ぐことなく起草過程での議論をさらに跡付けておこう︒法典調査会で権莉侵害を伴っ
ているかどうかで議論の応酬があったのは︑生命侵害における遺族の葬儀費負担と悲しみの二例である︒同じく生命
侵害において第三者が被る扶養請求権の侵害のような債権侵害は︑すでに債権が﹁権利﹂であることにつき疑いがな
かったため︑賠償範囲の広狭の問題として扱われている︒いずれにせよ民法起草過程で主要焦点となったのは︑生命
侵害における間接被害者事例であったことが重要である︒まず︑権利侵害の有無が疑われる場合の議論を検証する︒
間接被害者の代表的事例である遺族の葬儀費用負担の問題を法典調査会で取り上げたのは長谷川喬であった︒長谷
川は費用負担は損害だが権利侵害を伴っ︐ていないから賠償されないのではないかと︑起草者に対して生命侵害より生
じる間接被害者と権利侵害要件の折り合いの悪さをあてこする℃
﹁他人ノ権利ヲ侵害シタノデナケレバ賠償ノ責任ガナイトナルト警ヘバ俸ガ殺サレダ夫レガ為メニ葬式費用其他種々
ノ費用ガ掛カル殺サレタガ為メニサウ云フ費用ヲ生ジタノデアル夫レデサウ云フ損害ヲ親ガ受ケテ居ルケレドモ親ノ
権利ハ何モ害サレタノデハナイサウスルト其費用ノ請求ト云フモノハ親タル者ガ出来サィコトニナルノデアリマセウ
︵48︶
カ﹂ ︑ ・
穂積はしかしこれを因果関係の問題と理解して次のように回答する︒
﹁御察シノ通リ葬具費ト云フモノハドウセ受持汐ナケレバ行ケメモノデアリマスカラ葬具費ヲ受持ッ義務者ト云フ
モノハ損害ヲ蒙ツテ死亡シタ為メニ持ツタ/デハナイサウ云フコトガアルカラ殊更二葬具費下云ワモノハ負担シサケ ︵49︶ レバナラヌ明文ノアル所パ皆サウナッテ居リマス﹂ ︐ ︑
つまり︑子はいずれ親の葬儀費を負担しなくてはならないのだから不法行為が葬儀費の原因とは言えず︑因果関係
のない損害を賠償させるには特別の規定が必要であると言うのである︒長谷川の質問の意図はもちろんそこにはない︒ .
長谷川からすかさず︑死んだのは親ではなく息子であると念を押されて︑穂積はあわてて次のように言葉をつなぐ︒・
﹁サウデス件ガ殺サレル併シナガラ通常ノ場合二於テハモツト長ク生キテ居レバ自分ガ受持タヌデモ宜イノデアル⁝・−
サウ云フ場合ニハ損害ヲ蒙ツダノデアルト云フコトガ言ヘル⁝⁝葬具費ノ費用ト云フモノハ加害行為ガアッタ為メニ
其人ノ負担二掛カルト云フ場合ニハ夫レハ取レルト云フコトデ宜カラウト云フノデ遂二明文ヲ置カナカツタノデアリ
︵50︶