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[資料] ディーキン著「海運同盟」

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[資料] ディーキン著「海運同盟」

その他のタイトル [Material] Shipping Conferences on Eastern Trade Routes of England : Deakin's New Work

著者 東海林 滋

雑誌名 關西大學商學論集

巻 19

号 5‑6

ページ 811‑863

発行年 1975‑02‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/00021116

(2)

〔資料〕

(811)  193 

ディーキン著「海運同盟」

東 海 林 滋

目 次

I

は じ め に

I [   本書の構成と研究のねらい

lll 

東洋 3 航路における同盟の成立と発展

IV 

品目別較差運賃の実態

定期船隊の費用構造と同盟運賃

  その他の分析と議論

1 .   副次的運賃形成

2. 

同盟の運営に伴なう再分配効果

3. 

船社間の利益率較差と同盟の運賃形成 冒 お わ り に

I

は じ め に

本稿は,

Deakin,  B.  M.  (in  collaboration  with  T.  Seward),  Shipping Co

'erences: Study of Their Ori

sand Developme

and Economic Practices,  Cambridge U. P., 1973,  pp.  xvi+261

を紹介 し,かつこれに多少の論評を加えたものである。

本書は,

University  of  Cambri4ge : Department  of  Applied  Economics,  Occasional  Paper 37

として発行されており,著者 B.M.

Deakin

は執筆協力者の

T. Seward

とともに, 同大学応用経済学部所属

(3)

194 (812) 

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

の学者である。

そもそも同学部においては,

1964

年以来,イギリスにおけるサービス部門 諸産業について,労働生産性の実証的研究が行なわれており,そのなかで

Deakin

K.D.  George

と の 共 著 に よ っ て ,

Productivity in  the  Service  Industries, 1948‑1963,  1965

および

T.Seward

との共著によ

(I) 

って,

Productivity in  Transport, 1969  (Occasional Paper 17)

をす でに発表している。そして,本書が扱っている研究も,

1965

年から

68

年にか けて,交通部門における生産性の研究に従事したことが,そのきっかけにな っている,と序文の最初に記されている。つづけさまに,理論的水準の高 ぃ,しかも,なによりも精密な実証分析による研究を発表している著者に対

して,心からの敬意をまず表したい。

さて,本書の主題である

shippingconferences"

(海運同盟)とは,ぃ うまでもなく国際海運とりわけ定期船事業におけるカルテルのことであっ て,その発生は,今から

100

年前,

1875

年に

UKCalcutta Conference

が 組織されたのが最初であるという。本書は,この

UKCalcuttaConference 

を含めて,イギリス(および西欧)と東洋(インド・バキスタン),極東お よびオーストリアとの間の,つまり主としてイギリス自身の勢力の支配的な

(2) 

3 方面の航路を対象に,そこで運営されている海運同盟について, 「その起 源と発展とそして経済的諸慣行とを研究したもの」 (本書副題)である。

このようにいうと,しかし,本書はいかにも歴史的叙述と現状の制度論的 研究のように聞えるが,実際はけっしてそうではない。全部で 9つの章のう ち,最初の序説と最後の結論を別にして,本論をなしている 7 つ の 章 の う (1)  三上宏美氏の書評がある。日本交通学会

1970

年研究年報「交通学研究」(交通事

業経営の現代的課題)昭

45, 297306

ページを参照。

(2) 

著者によれば.今日,世界の定期航路における海運同盟の数は約

360

にのぼり,

本書の対象とする 3 航路における主流航路同盟

(mainroute conferences)

はそ

の数

35,

さらにそれに付随した傍系航路同盟

(crosstradeconferences)

32

る。詳しい資料は同書付録 A (および第 8 章第 2 節「複数同盟への加入状況と船

腹利用の連続性」)を参照。

(4)

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

(813)  195 

ち,事実の叙述に当てられているのは第

2, 3

章の

2

つの章のみで,残りの

5 つの章では,まさしく近代経済学的な価格理論を応用した定期船運賃の実

(3) 

証分析が,さまざまな角度から展開されているのである。以下,順を追って その要点を紹介して行くのであるが,ここでまず全体の目次を示し,それに ついて,概略の説明を著者自身の口から聞くことにしよう。

本 書 の 構 成 と 研 究 の ね ら い ( 目 次 お よ び 第

1

章 )

まず,本書の目次を章別に見ると,つぎのとおりである。

1

章序説:研究の対象と方法

(Introduction:  Study  Methods,  Treatment  and Scope) 

2

章 同盟制度の成立と発展,

1875

年ー1

939

(Historyand Development of  the Conference System,  18751939) 

付録

I

イギリスの対オーストラリア,極東およびインド地域との貿易量(推定 方法)

付録

II

船腹供給量(推定方法)

3

章 近年における同盟の組織および慣行

(Recentand Present Organisation  and Practices in  Shipping Conferences) 

第4 章運賃の設定

(PriceFormation̲) 

5

章運賃変動の分析

(AnAnalysis of Price Movements) 

6

章個別交渉における需要の弾力性と運賃の決定

(Pricing and. Price  Elasticity in Individual Cases) 

(3) 

この意味で,本書の内容は,その表題を「同盟賃率論」

(Freight Rates  of  Shipping Conference)というようなことに改めた方が,より適切ではないかと

思われるくらいである。もっとも,本書において, 「運賃(率)」はほとんどの

場合

price"と表硯されており,これをすべてそのまま「価格」と訳したので

は,いかにもぎこちない気がする(参考のために,下記の目次には原文を示した

ので,各自適訳を試みられたい)。逆にいうと,このような用語法をあえてして

いるところからも,いわゆる

appliedeconomics"としての本書の立場が,

明に読み取られるのである。

(5)

196 (814) 

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

7

章 同盟賃率休系の計量モデル

(AComputable Model  of  Relative  Prices  in Conference Trades) 

8

章 同 盟 加 入 船 社 の 経 済 的 お よ び 財 務 上 の 成 果

(Some Economic  and  Financial Consequence of Conference Membership) 

9

章 結 論

(Conclusion)

付録A 同盟の就航地域・対荷主契約および加盟船社

付録B 同盟賃率およ・び付加料金(サーチャージ)の変遷,

1948

年ー

1970

年 さて,全体としての本書のねらについて一ー著者はいう:一一

「海運同盟を取扱う場合,経済学者にとってもっとも興味のある問題は,それが いわゆる管理価格〔の設定と運用〕についての膨大な機構を備えている点である。実 に同盟は. 巨大な規模の

price maker"である。たとえば, United Kingdom‑

Australia  Conferenceにおいては,推定で7,125

品目の商品が運賃表に取入れら れており,それに対して

150

の特定運賃

(separateprice)および運賃等級が振り当

てられている。同航路の復航では,対象の商品数ははるかに少ないけれども

(4) 

1,170J,

クリフのレート数は往航よりも多くなっている

[210J

。しかも,新しい製 品で,これまで船積みされたことのない商品が,つぎつぎと出荷されてくるのであ って,それに運賃をつけねばならない。これがどのようにして行なわれているか。

この プライス・メーカー 'を動かじている原理は,どのようなものであるか。われ われがとくに関心をよせた問題は,このような点である。

われわれの方法は,まず,いかにしてこのような海運同盟の組織は発達したか,

硯在それはどのように運営されているかを解明し,そのうえで,同盟における運賃 形成のモデルを作ることであった。このモデルは,何故に同盟の運賃決定は,その 現にあるがごとくに行なわれるのか,またそのモデルにおいて見出されたいくつか の要因のうちで,運賃決定にとってとくに重要な要因はどれであり,さほど重要と はいえない要因はどれであるか,を明らかにすべきものと考えられた。もちろん,

このようにして得られた硯実の姿

(whatis)を,それのあるべき姿 (whatought  to be)

と対比させて考えることは重要である。しかし,そのあるべき姿如何につ いては,数多くの議論がある。 (中略)

しかし,どのような理論を採るにせよ,価格(運賃)形成の

J

レールは,コストに 関係づけられねばならないし,したがってコストに関する諸条件を考慮しなければ ならない。そこで本書においては,定期貨物船の運賃とその運航費用について研究

(5) 

し,運賃形成

J

レールのあるべき姿について考察を試みている。」

(4) 

〔 〕内の数字は,原文

(Deakin, B. M., Shipping Conferences,  1973)第 4

章,表4

.1(p.74)による。後出表6

を見よ。

(5)  Deakin,  ibid.,  p. 2. 

(6)

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

(815)  197 

このような全般的な意図にもづいて進められた本書の研究内容は,

Deakin

自身の分節によれば,段階的に

4

つの部分に分けられる。その第

1

は,本書 第

2

章の取扱うところであって,すでにのべたように,

1875

年から

1939

年に 至る間について,前記の 3 航路における海運同盟の発達を跡づけることであ り,その第

2

は,同じく第

3

章の取扱うところであって,第

2

次世界大戦後 現在に至る間について,これら同盟の推移と組織運営の実態を明らかにする

ことである。

以上 2 つの部分が,海運同盟制度の歴史的事実の把握であるのに対して,

つぎの第 3 部は,進んで同盟運賃の形成(設定)を理論的・実証的に分析す る。まさしく本書の中核をなす部分であって,第

4, 5,  6

およぴ

7

章がこ れに該当する。そして,最後の第 4 の部分は,こうした運賃形成がどのよう な経済的成果をもたらしたかについて,同盟所属メンバー船社の経営実績に もとづいて,これを検討している。第 8 章がそれであって,いわば運賃分析 を運賃政策に結ぴつけるための最終的分析が,こういう形で行なわれている ものといってよかろう。

われわれは,著者自身による以上のような区分の仕方を,•いかにも方法論

(6) 

的に首肯しやすいものとして,これを受け入れることができる。しかし,

< 

(6) 

9

章(結論)における節区分は,つぎのようである。

I

序 説

II 

海運同盟の成立,発展および硯行の制度 皿 運賃形成の諸問題

運賃の一律的変更 2  個別運賃の交渉 3  運賃の変動

4  同盟の運送サービスに対する需要の性質 5  運賃較差

6  相対的運賃の構造 7  運賃と費用の関係 I V   海運同盟の経済的成果

資源の利用 2  使用資本の利益率 3  純利益率の船社間較差

再分配に関する問題

本書を全体として,定期船市場に対する政策のための理論的基礎づけに当てた

いとする著者の基本的な志向が,ここにうかがわれる。なお,この章は各項(パ

ラグラフ)ごとに番号がつけられていて,本文の論旨がよく整理されている(第

4 8

章の「要約」においても同様)。

(7)

198  (816) 

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

り返していうまでもなく,本書の最大のボイントは,上の第 3部,とりわけ 第

4

章と第

7

章にあるといわなければならない。そこで,以下各章の要約的 な紹介と論評を行なうに際しては,とくにこれらの中心部分にハイライトを 当てる形で,それを試みたいと思う。

皿 東洋

3

航 路 に お け る 同 盟 の 成 立 と 発 展 ( 第

2, 3

章 )

本書において分析の対象とされている英国/東洋方面の 3 航路は,いずれ もイギリスが中心となって開拓した定期航路であり,そこでの海運同盟は,

新規の参入を原則として認めない,いわゆる

closedconference"

の伝統を 今日に至るまで守りつづけている。加入の門戸が

closed"

(閉鎖)されて いることはまた,内部についての情報が容易に外へもらされないという意味 では

close"

(秘密的)である。 「これまで,この領域の研究を手がけた人 びとは,大抵,同盟の活動についての情報と記録を入手することができない という困難に,まず出くわした。」これに反して,著者たちは「このような 障害に苦しめられなかったばかりでな<,これら

closed" conference

の 人びとから,全面的な協力を受けることができ,同盟や同盟の主カメンバー

(7) 

たる英国船社の記録を相当自由に利用することができた」という。

(7)  Deakin,  ibid., p. 2.

同じことは,要約や結論の部分でも

(4, 210,  211

ペー ジ),くり返してのべられている。同時に,著者は入手した情報の発表形式につ いては,かなり慎重であって,個々の企業名がそのまま出てくるケースは非常に 少ない。つまり,少なくとも英国における企業情報の公開は,ギリギリここまで ないしはこういう形でなされるべきだという

1

つの見本を見るような思いがする のである。

なお,英国系同盟の資料が得がたいことに関して,典味ある記事が下記に見ら

れる。それによると,大正1

2(1923)年当時ロンドンで研究された小島昌太郎博

士は,当時はまだそれが比較的容易であったと語っておられる。 「座談会:小島

昌太郎先生を囲んで」日本海運経済会「海運経済研究」第

5

号,昭4

6, 139140

ージを参照。

(8)

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

(817)  199 

いうまでもなく,このことは,本書における研究のあらゆる部分に関連し ている重要な特色であるが,同盟発達の歴史と硯在の機構を取扱っている第

2 3

章においても,その特色は遺憾なく発揮されている。けれども,すで に100 年近いオ月が遠去かっており,ことに両度の大戦によって多くの資料 が失なわれたために,もはや確認すべくもない事情もまた少なくないようで ある。逆に,第 2 次大戦後の事情については,われわれもまた(とりわけ極 東航路について)ある程度の知識をもっている。それやこれやで,歴史家で ない私にとって,この 2つの章のうち,とくに興味があったのは,航路別で はインド航路における同盟発達の事情であり,もう

1

つは,これら航路にお ける同盟の結成と発達を促した経済的背景(船腹需給の動向と運賃)につい ての計量的実証分析(第

2

章 第

1

節および同章付録)である。

ィンド航路に関する海運同盟について,まず興味ある点は,この航路で は,同盟の地域的カパーレッジの仕方が,通常のようにある範囲の地域全体 を対象とするのではなく, インドの各港単位について一一ーあたかも,最初の

(8) 

UK‑Calcutta Conference

と同様に一ー同盟が結成されてきたことである。

その結果,

1948

年には,インド航路では

100

以 上 の 海 運 同 盟 が 存 在 し て い たという。

こうした事情のため,

1947

年にインドとパキスクンが分離した形でイギリ

スから独立すると,つぎのような問題が起こった。すなわち, こ れ ま で

Assam

地方で生産された紅茶は,

Chittagong

Calcuttaの双方に出荷

されていたのであるが,

Assamがインド領となったために,以後はもっは

Calcuttaから船積みされるようになった。東パキスタン領内で生産され

た紅茶は,東西パキスタンの国内消費にあてられ,輸出に回される分はほと

(8)  UKCalcutta Conferenceが1875

年に結成されたときのメンバーは,本書によ

ると

[3

社ではなく

J"seven" British shipownersであった。またマンチェスタ

ーの綿織物業者の要求に押されて,

1877

年には,〔d

eferred

ではなく, ただのJ

rebateを認めるようになった (pp.2324)。拙著「海運論」昭46, 115

ページの記

述には,これら C Jの点で誤りがある。また運賃延べ戻し制がはじめて採用さ

れたのは,

1892

年(それも短期間)のことであったと

(p.26)

(9)

200 (818) 

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

んどなかった。

Chittagong

をベース・ボートとする同盟は,政変によって 荷物を失なうことになったのである。船主は,その補償として

Calcutta

へ の寄港,したがって同盟への加入を要求した。

この

Calcutta/Chitagongproblem'

は ,

1950

年代以後同盟メンバー間 に多くの論争を呼び起こしたが,結局ー一話し合いによってというよりは,

別の圧力によって—調停が成立し,両方の同盟所属メンバーが一部相互に

(9) 

乗り入れる形で,問題は解決された。

1914

年までは,インド航路はイギリス船主がほとんど完全にこれを支配し ていた。ただ,

1907

年にあるドイツの船主が加入を認められたが,寄港権は

Middlesbrough

のみが認められたにすぎなかった。しかし,戦後ドイツ,ス カンジナヴィアおよびオランダの船主が,わずかなシェアながら加入を 諮められた。そして,これらの船社は,

1925

年 か ら

26

年にかけて,

UK Conferences

とは独立にいわゆる

NorthContinental Conference

を結成

した。

1930

年代になって, はじめてインドの

Scindia Navigation  Company  of Bombay

(これは,事実上の船主は綿織物業者であって, 船 も

1

隻 で

line

を構成したものであった)が,同盟に加入した。これが,インド航 路における

nationalflag line"

のはじまりである。

第 2次大戦後,インド・パキスタンの両国は,海運においてもイギリスの 支配から独立したいと考え,インドの

2

社が,つづいて

NationalPakistan  Line

が 同 盟 に 加 入 し た 。 こ れ ら の 船 社 は ,

rate  cutting"

flag discrimination"

のような

malpractice"

を行ない, 政府もむしろこれを 支援した。

1961

年に,その後

10

年間についての包括的なプール協定が成立し たが,そこでは,インド・バキスクン両国について,国別の積取比率がこの

(9)  Deakin,  ibid., pp. 23, 52. 

(10)

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

(819)  201 

(IO) 

期間中に上昇するよう,とくに配慮されている。

本書第

2 3

章のうち,とくに注目させられたもう

1

つの研究は,すでに のべたように,

19

世紀の後期

(1870 1900

年),イギリスの東洋航路におい て,このように海運同盟が結成され発達した,その経済的背景についての計 量的研究である。

いうまでもなく,イギリス海運,なかでもその定期船隊は, 「世界に奉仕,

する

commoncarrier

」として創設されたものではない。

RochdaleReport 

のいうように,「それは, イギリス帝国の不可欠の要素として,

18

世紀から

19

世紀の初期にかけて発達した。イギリス海運は,イギリス海軍の庇護のも とに発達して,全世界にまたがる帝国の連鎖を形成した。彼らは,帝国領内 の商品を運んだのみでなく,軍隊と軍事的および家事的必用品を伴なった植 民地官吏とその家族,および移民―これらはつねにイギリス海運にとって

(11) 

"captive market"

であった一を輸送したのである。」

おそらくこの状態は,

19

世紀の終わり頃になっても,それほど遮ったもの ではなかったであろう。しかし,何といっても船腹需要の中心は,近代工業 の発達にもとづく貿易量の増大であった。著者の考察は,もっはらこの経済 的要因に注がれる。

まずはじめに,この期におけるイギリス海運の優勢について。表 2はその 概要を語るに足りよう。この場合の実数(表

1

参照)には,もちろん不定期

(10)  Deakin,  ibid.,  pp. 27,  28,  5253.

著者はここで,(広義での)インド航路に おける

nationalline

の進出に読者の注意を喚起しているのであるが,

national"

line

または

nationalflag"  line

とは,本書の場合,

;'stateowned or  state subsidised line"

と広く解されている

(pp.57,58)

。そして,

nationalflag line 

だからといってつねに加入が認められるわけではない例として,三井の欧州航路 問題をあげている

(pp.5960)

。つまり,三井はそこでは

governmentbacknig" 

をもっており,したがって

nationalflag line

であったというのである。ただし

「日本の

1

船社」とあるのみで, 「三井」の名はない。

(11)  Report of the Committee of Inquiry into Shipping (Rochdale Report),  1970,  p. 16,  para. 62. 

(11)

202 (820) 

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

1

東洋航路(沿岸航路を除く)出入港船舶トン数

(1,000

純登簿トン)

1870  1875  1880 

1890  1900 

オ ー ス ト ラ リ ア

3,702  5,613  7,733  14,246  23,704 

イ ン ド

4,009  4,826  5,703  7,316  8,627 

セ イ

1,424  2,216  2,907  5,118  8,488 

海 峡 植 民 地

1,651  3,164  4,808  8,642  13,354 

香 港

2,640  3,894  5,079  9,772  14,022 

合 計 I 

13.426  119. 713 

26.230 

45.094 

68,195 

同 上 指 数

100 

146.8 

195.4 

335.9  507.9 

( 注 )

1.Deakin,  Shipping Conferences, p. 14,  Table 2. 1

による。ただし,

1885,

年と

1895

年を省略。

2.

合計とその指数は東海林追加。

表 2 東洋航路(沿岸航路を除く)出入港船舶トン数に占めるイギリス船の割合

( 彩 )

1870 

1875  1880  1890  1900 

オ ー ス ト ラ リ ア

92.2  93.9  94.1  87.6  85.2 

イ ン ド

86.7  78.9  84.2  87.4  84.3 

セ イ ロ ン

86.0  84.6  84.8  84.3  71.8 

海 峡 植 民 地

66.7  69.8  69.7  70.6  57.3 

香 港

62.5  71.7  74.0  71.6  65.3 

( 注 )

Deakin, ibid.,  p. 14,  Table 2. 2

による。ただし,

1885

年と

1895

年を省略。

(12)

ディーキン著『海運同盟』 (東海林)

(821)  203 

船も含まれているのであるが,しかし,これら航路における同盟の創始者が

イギリス船主であったことは,驚くに当たらない。

つぎに需要についていえば,イギリスおよぴヨーロッパ大陸から輸出され る工業製品と,反対に植民地および極東諸国から輸出される原料および食糧 の輸送によって,船腹需要は

1870

年から

1900

年にかけて,約

2

倍に増加した

(表 3 を参照)。もっとも資料的にいうと,この場合,物量的な貿易量は輸 入(重量)についてしか得られなかったので,金額による数値を

1880

年 の 不

(12) 

変価格に引き直すことによって,近似的な数量値が求められている。

表 3 東洋航路(輸出入合計)貿易額

(1880

年不変価格:百万ボンド)

1870  1875  1880 

1890  1900 

オ ー ス ト ラ リ ア

17.9  30.1  36.0  50.5  56.9 

イ ン ド

38.6  49.3  62.1  80.2  69.6 

極 東

25.0  30.4  36.0  37.3  42.8 

( 日 本 )

(2.3)  (2.5)  (4.3)  (6.0)  (12.8) 

合 計

81.5  109.8 

134.1  168.0  169.3 

同 上 指 数

100  134.7 

164.5 

2os.1  │  207.7 

( 注 )

1. Deakin,  ibid.,  p.18,  Table. 2.4

による。ただし,輸出・入の地域別細 目を省略し,年度についても前表と同様。 ' ‑

2. 

極東は,中国(支那)日本,香港,マラヤおよびフィリッピンを含む。し

たがって( )内の日本の数字(東海林が計算)は内数。

3. 

合計とその指数は東海林追加。

. .  

(12) 

著者も,この数値が物的な一ーとくに積付所要容積について見た場合の一一

船腹需要量としては,きわめて不完全なものであることを認め,とくに羊毛など

のように戦貨係数

(stowagefactor)の大きい荷物の存在を考えると.これはや

や過少評価になるであろうと.のべている

(ibid., p. 15 esp'ly f

.  n

. 1)

参照

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