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−177−研究ノート

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(1)

     フェルレープュスの機能I

        ードイツ民法第二一丸七条乃至第一三〇二条の研究l

      佐  藤  良  雄

 一︑はしがき

 二︑法的性質

 三︑一般的効果︵以上二四号︶

 四︑成立−その一l︵本号︶

      四︑成立︱その一l

0 フェルレープュスの成立をめぐる問題点のあらましをまず述べておこう︒問題はほぼ三種に区別できるとい

ってよいであろう︒第一は︑いわゆる成立方式であり︑フェルレープェスが成立するために何らかの形式を要十

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研究ノート

(2)

るかという問題である︒第二は︑民法総則における一般の法律行為の能力︵ドイツ民法第一〇西条ないし一一五条︶︑

意思表示︵同法第一一六条ないし一四四条︶︑条件及期間︵同法第一五八条ないし一六三条︶などの規定が︑フェルレー

プニスに対して︑どの程度適用されるかという問題である︒第三は︑いわゆる婚姻障碍事由が︑フェルレープュ

スの成立をも妨げるか︑とくに既婚者のなしたフェルレープニスの効力如何の問題である︒右のいづれについて

も︑制定法は規定を置いていない︒したがってその解決は︑判例・学説に任ねられてきた︒本稿は︑主として判

例の紹介・検討を課題とし︑学説のそれは他日の課題とすることは︑前稿にも述べたところであるが︑判例の紹

介に必要な範囲で︑今日の学説のあらましにも︑まえもって触れておくことにしよう︒

 山一 成立の方式 フェルレープニスの成立には︑一定の方式ないし形式は必要でないことについては殆んど異

論がないようである︒﹁フェルレープニスの成立は︑無方式の契約によって生礼猷ご︑﹁フェルレープニスは︑何

らの形式をも要しないL︑﹁フェルロlブンクに対して︑形式は定められていない﹂などと云われている︒従って

要件は︑当事者の合意のみである︒すなわち︑﹁真面目な結婚の約束が︑フェルレープニスを︑恋愛関係︵Lieb‑

schaft︶から区別七証﹂︑﹁フェルレープニスは︑契約によって︑正確に云えば︑性の真る二人の人間の︑共に婚

姻を成立させることを欲するという︑また︑彼等の親密な関係を社会に対して正当化するようなブラウトシュタ

ントの共同体的関係を成立させるという明示された意思の合致によって成立する﹂︑﹁フェルレープニスは︑将来

婚姻を共に成立させようというブラウトロイテ︵Brautleute即ちフェルレープニスの当事者たる男女︱筆者註︶

の合息によって成立する︒彼等が将来の婚姻の締結を約束すること︑即ち︑彼等がその重要性を意識しながら︑

将来の婚姻締結の確約として理解されうるような態度を明示するということが必要であり︑且つそれで充分であ

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(3)

る﹂などと云われている︒

 当事者の意思表示ないし合意のみで︑フェルレープュスは成立するのであるから︑指環の交換︑肖像や贈物の

交換︑近親者や知人への通知の如き儀礼的行為や︑愛情の告白︑性的な献身︑同衾・同棲などの性的な行為︑或

は相手方を婚約者などと称したりすることなどは成立の要件ではないことに心付︒

 右の成立方式に関してよく知られている先例としては︑一九二七年四月二日ライヒ裁判所判心付︑一九二八年

六月一五日ライヒ裁判所判決がある︒

 一九一七年判決は︑相互的な愛情の承認や︑そのうえに結ばれた信頼関係の開始は︑それだけでフェルレープ

ュスの成立を包含しているとは云えず︑フェルレープェスは︑相互に与えられ︑承認された結婚の約束によって

成立する旨を判示したものである︒この事件の請求︑訴訟の経過や事実関係などはほとんど明かでないが︑原控

訴審は︑﹁当事者の属しているドイツの教養ある階層の慣習によれば︑愛情の相互的な承認と︑信頼関係の開始

は︑それだけで︑間もなく共同して婚姻を成立させようという相互的な意思の表示を含んでいる﹂と述べて︑フ

ェルレープュスの成立を認めた︒Y男の上告に対して︑本上告審判決も︑結論においてはフェルレープュスの成

立を認め︑原控訴審判決を支持し上告を棄却したのであるが︑その理由づけにおいて右の原控訴審判決の掲げた

命題を批判した︒すなわち︑本上告審判決によれば︑﹁愛情の承認Lや﹁信頼関係の開始﹂によって︑しばしば

フェルレープュスが成立することは確かにその通りであるが︑﹁相互的な愛情の承認や︑そのうえに結ばれた信

頼関係の開始が︑フェルレープェスの成立を包含しているという内容の一般的な経験法則は定立されるべきでは

ない﹂のである︒けだし︑一般の親族間でも︑将来の婚姻成立の意図なしに︑親密な愛情関係が存在するからで

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ある︒そこで本判決は︑結局︑個々の場合について︑結婚の約東がなされたか否かを詳細に検討すべきだとす

る︒ここで注意すべきことは︑本判決が︑右約束の認定にさいして︑指環の交換︑肖像や贈物の交換︑近親者や

知人への通知などの経過が生じたかどうか︑生じなかったとすればその理由は何かを重視すべきだと説いている

点である︒本判決が約束ないし合意のみでフェルレープュスが成立することを判示していることは前述の如くで

あるが︑従来の学説上では︑むしろ右の点が︑すなわち︑約束ないし合意の認定にさいして指環の交換等々の経

過を重視すべしとの点が︑とくに注目されてきたようである︒しかし︑少くとも︑右の点だけをとりだして本判

決を論ずることは正当であるまい︒判旨はあくまでも指環の交換等々を成立要件たる約束ないし合意の認定の重

要ではあるがやはり一つの材料として挙げているに過ぎないと理解すべきだと思われるからである︒さて︑本上

告審判決はかくの如く︑原控訴審判決の定立した命題を批判するが︑フェルレープュスの成立という結論におい

ては原審判決を支持する︒その理由はこうである︒右命題の定立にもかかわらず︑原審判決の結論は︑右命題に

基いてなされてはいない︒けだし︑原審判決は︑一九一〇年以来継続してきた当事者間の恋愛関係を︑結局当事

者間のフェルレープュスの成立を立証するには充分でないとみなし︑フェルレlプュスは︑Y男が︑一九一一年

一〇月以後に︑当事者の同棲︵NSammenをn︶にさいして︑次のような意思表示をなしたときに︑なされたとみ

なしたからである︒その意思表示の内容は次のようなものであった︒﹁私達は︑愛の悦楽に至ることなく︑私達

の青春から立去ろうとしている︒私達がいま性的に結合するならば︑それは私達にとって良いことである︒私達

二人は︑そのことによって︑私達の神経の衰弱︵Nervo器品t︶から逃れるだろう︒私は君に︑私の母の名におい

て誓う︒君は私にとって︑世界中で最も愛すべき存在である︒私が誰かと結婚するとすれば︑私は君と結婚し︑

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他の誰とも結婚することはないであろう﹂︒右の意思表示のうちに︑Y男のX女との結婚の意図の確定をみとめ

た原審判決を本判決は支持する︒さらに︑これに対するX女の承諾を︑X女がY男の約束を信じてY男となした

同衾︵まeyornung)のうちに見出した原審判決を支持する︒そして右Y男の意思表示とX女の承諾とによって

フェルレープュスが成立したとする原審判決を正当とする︒けだし︑﹁フェルレープュスは︑相互に与えられ︑

承認された婚姻の約東によって成立する﹂からである︒本判決について事実関係の詳細は明かでない︒しかし右

判文から︑少なくとも﹁恋愛関係﹂︷に呂aver回}{n言およびそれにひきつづく﹁同衾」(まeyornung)ないし

 ﹁同棲﹂︵Nu認m臼ense{n}が存在したことは確実とみてよいであろう︒

 一九二八年判決は︑フェルローブンク︷ぺer}0びung)という言葉の二重性を説いた判決として知られている︒

また︑指環の交換︑近親者や知人に対する通知ないし公示自体は︑フェルレープェスを成立させうるものではな

いことを判示した判決としても引用されている︒この判決についても出典の記載が簡略なために︑事実関係など

が殆んど明かでないが︑刑事事件に関する判決であること︑原審たる陪審裁判所が︑フェルレープェスの成立を

否定したのに対し︑本上告審が︑その点の審理不尽を指摘して破棄差戻したものであることがうかがわれる︒本

件の被告人Y女が︑Kなる者とフェルローベンしていたかどうかが問題となったのであるが︑訊問に対するY女

り陳述が︑彼女はKとはフェルローベンしておらず︑クリスマスにKとフェルローベンするつもりであったとの

趣旨だったところから︑陪審裁判所は︑真面目に与えられた結婚の約東としてのフェルレープュスは存在しなか

ったと結論した︒すでにこの陪審裁判所において︑Y女とKとの間に﹁関係﹂{くer回}{ns}ないし﹁恋愛関

係﹂(()ernm{{}が存在し︑それらが﹁性交﹂︵()eSにQcrtsべerkerr)と結びついていたことが明かにされてい

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たようである︒しかし陪審裁判所は︑それらの事実は︑決して︑真面目な結婚約束をうらづけるものではないと

判示したのであったらしい︒そして︑本上告審判決もその点は正当であるとする︒しかし︑陪審裁判所は︑かか

る関係が存在しても︑両当事者のいづれもそれに拘束されないことの理由づけとして︑前叙Y女のKとフェルロ

ーベンしておらず︑クリスマスにフェルローベンするつもりであったとの陳述をとりあげ︑当事者間のフェルロ

ーブンクとその拘束は︑クリスマスに初めて生ずる筈だったと附け加えていた︒本上告審判決はこの点を批判す

る︒すなわち︑ここに︑陪審裁判所が一般に知られている﹁フェルロヒブンク﹂という言葉の二重性を充分に理

解していなかったことの明白な可能性が指摘されねばならないという︒上告審判決によれば︑フェルロトブンク

は︑あるときには︑ほとんど無形式に与えられる結婚の約束そのものの意味において用いられる︒しかし非常に

しばしば世間に対する結婚の約東の公示の意味においても用いられるのであり︑後者の意味で用いられるときに

は︑通常前者の意味における無方式の結婚の約束としてのフェルローブンクは︑すでに久しい以前に存在してい

るものなのである︒そしていま︑Y女の陳述で云われている﹁フェルロ1ブンク﹂は︑後者の公示の場合を指し

ているように思われ︑この点の吟味を陪審裁判所が欠いているのは審理不尽だと云うのである︒破棄差戻判決と

しての性格上であろうが︑上告審判決自身は︑Y女の云うフェルロ1ブンクが後者の意味であることも︑またフ

ェルロ1ブンクないしフェルレープュスが合意ないし約東によって成立することなどについても明言してはいな

いが︑判決の趣旨としては︑そのような意見に立っているものと見受けられる︒さて本判決の事実関係について

も︑右判文から︑当事者間に︑恋愛的関係が︑性交ないし性的交渉を伴って存在したことだけがうかがわれる︒

 かように︑フェルレープュスが︑当事者の結婚の約束ないし合音だけで成立するということは︑学説・判例上

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疑いのないところのように見受けられるのであるが︑しかしこのことは︑一般に︑その他の判決の具体的判断に

おいて︑当事者の約束ないし合意のみで︑成立を認めているということまでは︑必ずしも意味してはいないので

はなかろうか︒或は︑仮に当事者の合意のみが指標ないし要件とされているとしても︑指環の交換︑近親者や知

人への通知の如き儀礼的行為や︑同棲や子の出生の如き性的生活関係と無関係に︑かかる合意の存在の確定がな

されるのではないとも思われる︒事実︑先例たる右二判決のいづれにおいても︑同棲・同衾ないし性交渉が存在

しており︑かつ一九一七年判決においては︑Y男の結婚の意図に対するX女の承諾の意思は︑X女のY男に対す

る同衾(Beiwohnun㈹︶のうちに見出されてすらいるのである︒さらにまた︑ましてや︑このことが︑一般に︑

フェルレープュスなる概念によって判例上で指称されている婚姻外の男女関係が︑結婚の約束ないし合意のみの

ものに止ることを意味するのでないことは勿論である︒

 ところで︑意思の表示ないし合意は︑口頭でも書面でもすることができ︑また使者によってもすることができ

ると考えられているが︑代理人によって為しうるかについては問題があり︑学説は否定的に解している︒けだし

 ﹁個人は︑生涯の人格的な︑自己を拘束する行為に関しては︑自ら判断すべき﹂だからである︒この点について

は︑明確な先例はみあたらないが︑多少関連する判決としては︑一九二〇年一月八日ライヒ裁判所判決が引用さ

れている︒この判決は︑前稿日︵一三一頁・二二八頁︶で既に紹介したように︑一般の代理に関するものではなく︑

未成年者がフェルレープュスを解除するにさいして法定代理人の同意を要するかが問題となり︑その同意を不要

と判示した事例である︒未成年者については︑後述の如くフェルレープュスの成立には法定代理人の同意を要す

るかが問題とされており︑一般の代理とは区別されて論じられているので︑本判決を一般の代理についての先例

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(8)

と考えることは妥当でない︒なお本判決における男女も︑フェルレープュスの期間中に︑同衾︵りayornung︶

したことが認められていることは前述の如くである︒

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代理してフェルレープュス契約を組ぶことができないことになり︑制限行為能力者は法定代理人の同意があればでき

るとしても︑組局︑絶対的行為無能力者は︵同意によっても法律行為をなしえないから︶有効なフェルレープュス契

約を締結しえないということになる。Dぽeロr晨er。a.a.O.。  S.65ff・も︑意思についての代理を否定する︒ここ

では︑その理由は︑結婚の約束としてのフェルレープュスの性質から説明されている︒けだし婚姻とは︑一般に︑当

事者の相識ること︵gQgQ回eSga吻ekn誌crafこにもとづいて生ずべきものであり︑婚姻の成立に対する義務もか

かる基礎なしには課せらるべきではないからである︒

 ところで︑btutz。a.a.0.。   S.71ff.の代理に関する見解はこれらとやや異る︒∽tuには︑特別委任︵JaE︲

voUmacht) にもとづいてそれが生じたときには︑フェルレープュスに関しても意思についての代理をみとめようと

する︒すなわち次のように云う︒﹁たとえば︑海外の任地に居て帰国できないドイッの宣教師が︑故国の信頼できる

人に︑そこで彼に伴侶を探すことを委任し︑彼が彼のために適当な相手を見付けたときに︑彼に代って当事者とフェ

ルレープュスを締結することを委任するようなことは充分に考えうるし︑また実さいに生ずることがある︒もし︑か

かる宣教師の婚約女が︑このフェルローブンクにもとづいて当該の伝道地へ旅行をし︑婚約男が︑フェルレープェス

を破棄したら︑旅行の費用もまた︑婚姻を予期してなされた出費として賠償されるべきである﹂と︒前記D{ttQn︲

bergerはこれに反対し︑特別委任による意思の代理を認めるか否かは︑学説上一つの論点となってきたが︑近時発

刊された︑H回nnissen.G「u乱fragendeQぺerlobnisrechts。1964」36ff・は︑賛成説の立場をとり︑次のように

論じている︵なお︑フェルレープュスに関する主要な論著としては︑右Stutzと回t{e呂agerのものがあるが︑

いづれも一九〇〇年初頭のものであり︑その後は︑DFer{at‑呂に属する論著はかなりみられ︑雑誌論文も若干み

られるものの︑久しく多少とも権威のある詳細な論著は現れなかった如くであるが︑右テュッセンの論著は︑内容が

民法総則との関係を主としているものの︑フェルレープェスに関する久々の文献と云えよう︶︒

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(13)

㈲ 次に民法総則との関係について述べる︒主要な問題は︑ドイツ民法一〇四条以下の行為能力 (()eS回?

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(14)

際ぎgrΞに関する規定︑同法一一六条以下の意思表示云巨e回erにぼung︶に関する規定︑同法一五八条以下

の条件及期限︵帥edngungNe{tFEmung}に関する規定のフェルレープェスに対する適用の有無であるが︑

そのほか︑同法一三四・二二八条︵禁止せられたる行為︑良俗違反の行為の効力︶︑同法二八四条以下︵代理︱

これについては前述︶の適用についても問題がある︒ここでも問題の所在と通説的見解のあらましをまず説明

し︑次に各々につき先例を事実関係を中心に紹介してゆくことにしよう︒

 印 行為能力について︒ドイツ民法における行為能力の規定の内容に関しては︑前稿O一三九頁で簡単ではあ

るが触れておいた︒またフェルレープュスに︑民法総則の行為能力の規定︵とくに法定代理人の同意を要する旨

の同法一〇七条︶の適用があるかの問題が︑フェルレープュスの法的性質︵契約か否か︶に関連して争われてき

たことも︑前稿0一三四頁で一言触れておいた︒満七才未満の者や精神病者及び精神病のゆえに禁治産の宣告を

うけた者などのいわゆる絶対的行為無能力者のなしたフェルレープェスが無効であることは︑殆んど異論がな

い︒しかし︑七才を超えた未成年者︵満二一才未満︶や心神耗弱・飲酒癖・浪費の故に禁治産宣告をうけた者︑

いわゆる制限的行為能力者については問題がある︒テュッセンによれば︑問題は三つある︒第一は︑制限行為能

力者のなすフェルレープュスは︑それが有効となるために︑法定代理人の同意を要するかという︑最もよく論ぜ

られる問題であるが︑そのほか︑第二に︑監護権を有する親やその他の監護権者が同時に法定代理人でないよう

なときには︑これらの者の同意をも︑未成年者のフェルレドフニスは必要とするか︑第三に未成年者の有効なフ

ェルレープュスに対しては︑最低年令が要求されるべきか︑換言すれば︑婚姻適令にならって︑特別のフェルレ

ープュス適令が要求さるべきかというような点も問題とされる︒ここでは︑主として︑右第一の点をとりあげよう︒

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 学説は三つのグループに分けられか︒第一のグループは︑法定代理人の同意を要件とするものである・本橋で

紹介しているrJeitzke。Dttenざerger゙∽t呂d{nger。Stutzなどもこれに属し︑D呂eのテキストもこの立場に

立っている︒そのほかこの説をとるものは数多く︑判例もこの立場に立っている︒第二のグループは︑法定代理

人の同意を不要とするものである︒第三のグループは︑中間説で︑完全に有効な︵即ち当事者双方にとって有効

な︶フェルレープュスのためには法定代理人の同意を要するが︑同意なきフェルレリフニスも︑行為能力ある当

事者には効力を生ずる︵従って不当に破棄すれば賠償責任を生ずる︶とするものである︒このうち︑第一の説が

通説とみとめられている︒民法施行直後は︑反対説︵第二︑第三のグループ︶もかなり強かったのであるが︑そ

の後第一のグループが有力となり今日に及んでいる︒しかし︑近時再び反対説が有力になりつつあることが指摘

されている︒

 さて︑この問題に関する先例としては︑一九〇五年九月二一日ライヒ裁判所判決︑一九二〇年一月八日ライヒ

裁判所判決がある︒この一九〇五年判決と一九二〇年判決については︑他の個所で既に紹介した︒一九〇五年判

決は︑既述の如く︑要するに︑フェルレープュスの成立については民法総則が適用され︑未成年者はそのフェル

レープュスに対して一〇七条により法定代理人の同意を要することを判示したものである︒また一九二〇年判決

は︑むしろフェルレープェスの解除について法定代理人の同意を要さないとの判示に重点があった判決である

が︑そのさい成立についても触れ︑成立には︑未成年者の場合は法定代理人の同意を要すると判示している︒両

件の事実関係と訴訟の経過も前述した如くであり︑ここでは︑一九〇五年判決の事実は︑度々同衾がなされ男児

すら出生しているものであること︑一九二〇年判決のそれは︑フェルレープェスの期間中同衾を生じたものであ

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ることだけを重ねて注意しておこう︒

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