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漏契 に見 る価 値範 疇 と して の真理

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漏契 に見 る価 値範 疇 と して の真理(樋 口)21

漏 契 に見 る価 値 範 疇 と して の真理

牧 口価値論 との比較

樋 口

は じめ に

漏契 の 「広 義 の認 識 論 」 真 と人生 の理 想

認識 と価 値 一 牧 口価 値 論 との比較 おわ りに

は じ め に

価 値論 と言 え ば、19世 紀 後 半 に価値 哲学 が確 立 され て 以来 、洋 の東 西 を問 わず 「真 善美 」 が その普遍 的価 値 で あ る とされ て きた 。./lrn.契も真善美 を普遍 的価値 と認 め、 真 善美 の価 値 を創造 す る中で、 人 間 は 自由人格 の徳 性 を獲得 す るこ とが で き る と した。他 方 、牧 口常三 郎 は 「真 」 を価 値 とは承認せ ず 、 普遍 的価値 に 「利 」 を加 えて 「利善 美」 の価 値 論 を主 張 し、 その価 値 の創造

に よって人 間 は幸 福 を獲 得 す る こ とがで き る と した 。

牧 口に よれ ば、① 真 理 を見 出 そ う とす る者 は森 羅 万 象 と謂 われ る千差万 別 の対象 の中か ら、一様 平 等 の共通 相 ・普 遍性 を把i握せ ん とし、価 値 を見 出 そ う とす る者 は他 との共通 相 ・普遍 性 よ りは、対 象 の 内部 に潜 んで居 る、他 と区別せ らる るそれ 自体 の個 別 相 ・特殊性 が社 会 及 び吾 人 の生命 に如何 な る

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関 係 を持 つ か と云 う点 を明か にせ ん とす る」、くユ  真 理 の概 念 は如実 に表 現 し た実 在 の概 念 で 、『あ るが ま ま』を如 実 に説 明 した ものが真 理 で あ る。人生 と の関係 が ど うあ ろ うが、 其 の あ るが ままを如実 に表 現 した もの を、吾 人 は真 理 と して拒 む こ とを許 され ぬ。 しか し価値 は生命 に対 す る関係 の概 念 を基礎

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と しないで は成 立 し得 な い」、 ② 「認識 作用 に よ って得 た る概念 又 は認 識 作 用 の結 果 に よって の概 念 、実 在及 び其 の相 関 の質 的概 念 が真理 と名つ くる も の で、 評価 作用 によ って得 た る対人 関係 力 の概 念 、 又 は評価 作用 の結果 な る

くヨラ

対 人 関係 力 の量 的概 念 が価 値 で あ る」、 ③ 「認識 の対 象 は認 識 主体 の生 命 の 伸縮 には直接 関係 な き、若 し くは軽 微 な る関係 を持 っ に留 まった現 象 で あ る。

… 之 に反 して所 謂 評価 の対象 は認 識主 体 の生 命 に軽微 な らざ る何 等 か の 関係

{4)

を持 つ 現 象 で あ る 」 等 と述 べ 、価 値 とは対 象 と主 観 との 関 係 概 念 で あ り、真 理 は対 象 を如 実 に表 現 した 実 在 及 び 関 係 概 念 で あ っ て 、 真 理 は価 値 の範 疇 に 包 含 され な い こ とを 強 調 して い る。

それ に対 し、 凋 契 は、 ①'「 価 値 範 疇 か ら言 え ぼ、 『真 』 は人 間 の 利 益 と符 合 し、 人 性 発 展 の 『真 理 性 の 認 識 』 と合 致 す る。 事 実 命 題 の 『真 偽 』 は、 一 般 的 に は認 知 の 意 義 の み を有 し、 価 値 範 疇 に は入 ら な い 。 ま た 事 実 と価 値 に は 区 別 が あ り、 真 偽 、 好 悪 は 同 じ性 質 の もの で は な い」、 ②'「 しか し、 認 識 過 程 に お い て認 知 と評 価 は分 割 で き る もの で は な い 。 人 間 の 認 識 は、 事 実 や 秩 序 に 対 す る把 握 だ けで は な く、 事 物 と人 間 との 関 係 に お け る必 要 性 を反 映 して い る も の で あ る。 人 間 は 知 識 を利 用 して 、 人 類 の福 利 を 図 る こ とが で き る。 と同 時 に 、 認 識 活 動 の構 成 要 素 と して の 評 価 は、 認 識 を促 進 し 自覚 を高 め る作 用 が あ り、 それ は理 知 の 作 用 と して ば か りで な く、 感 情 、 欲 望 、 意 思 な どの 精 神 的 な 力 と相 互 に関 連 して い るの で あ る」、③'「 した が っ て 、理 論 、 理 性(理 知)は 無 味 乾 燥 な 光 』 で は な く、 情 意 と互 い に促 進 し合 い 、 そ れ

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が理 想 を獲得 す るた め の行 動 の原 動 力 とな り、人 間 を鼓 舞 す る力 にな る 」 と 述 べ て い る。

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薦契 に見 る価値範 疇 と して の真理(樋 口)23

両 者 の 真 理 につ い て の 主 張 を単 純 に比 較 す る と、 相 違 点 と して は まず 、 牧 口 は 、 真 理 を科 学 的 な 不 変 性 、 如 実 に表 現 した実 在 及 び 法 則 の概 念 、 評 価 作 用 を 含 ま な い認 識 作 用 に よ る概 念 、 そ して 情 意 は含 ま れ な い概 念 で あ る とす る。 そ れ に対 し、 漏 契 は 、 真 理 は人 間 の利 益 と符 合 し、 認 識 過 程 にお い て は 認 知 と評 価 は分 割 で き な い 、 した が っ て認 識 活 動 は情 意 と関 連 し合 う と考 え て い た。 類 似 点 と して は 、 凋 契 も、 事 実 命 題 の 真 偽 に 関 す る考 察 は牧 口 と同 様 で あ る。 また 、 凋 契 は真 理 は 人 間 の 利 益 と符 合 す る と言 うが 、 牧 口 に 言 わ せ れ ば 、人 間 の利 益 と符 合 す る もの は真 理 を含 ま な い価 値 で あ り、そ れ 故 に 、 価 値 の範 疇 か ら真 理 を 除 外 して 、 直 接 に 「利 」 の価 値 を普 遍 的価 値 と して 承 認 した の で あ る。 しか し、n̲契 も利 の価 値 を否 定 す るの で は な く、 む しろ積 極 的 に そ れ を採 用 して い る。こ う見 る と、両 者 の 真 理 観 あ る い は価 値 概 念 は、

真 善 美 」 と 「利 善 美 」 と概 念 上 の 相 違 は あ る もの の 、 近 似 して い る こ とが 窺 え る よ うに思 う。 そ れ は、 凋 契 哲 学 の 特 色 の一 つ で あ る 「広 義 の認 識 論 」 と牧 口価 値 論 が 共 に、 如 何 に した ら人 間 の理 想 人 格 を体 現 で き るか を探 求 し て い るか らで は な い だ ろ うか 。

そ こで 、 本 稿 で は、 牧 口価 値 論 と比 較 しな が ら、./Sir̲契の 価 値 範 疇 と して の

真 理 」観 の特 色 に つ い て整 理 ・考 察 して ゆ くこ とに した い 。それ に よ っ て 、 凋 契 の 真 理観 が よ り鮮 明 に な る と思 う。 また 、 両 者 が 目指 す 理 想 人格 と真 理

との 関 係 を理 解 す る こ とが で き る よ うに思 わ れ るの で あ る。

焉 契 の 「広 義 の 認 識 論 」

漏 契 哲 学 は 広 義 の 認 識 論 」 の 体 系 で あ り、 そ の理 論 は 天 人 合‑」 に到 達 す る こ とを 目的 と し、主 に 認 識 過 程 の 二 度 に わ た る飛 躍 に つ い て 探 求 す る。

一・つ は無 知 か ら知 へ の 飛 躍、 ー つ は 知 識 か ら智 慧 の 飛 躍 で あ る。 漏 契 に よれ ば、 「人 間 は本 来 、 自然 界 に属 し、天 人 や 主 客 や 能 所 の 区別 は な いが 、無 知 か

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ら知 に 至 る過 程 で これ らの 区別 や 対 立 が 生 じて き た 。 また 、 知 識 か ら智 慧 に 至 る過 程 で は、 天 人 合 一 の 境 涯 す な わ ち 『天 地 は我 と共 に生 まれ 、 万 物 は我

と0な り』 とい う境 涯 に到 達 す る こ とが 求 め られ る。 これ は、 あ た か も出 発

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点 へ の 回 帰 に も似 て い る 」 と言 う。換 言 す れ ば 、 自在 か ら人 為 を経 て 自 由 に 到 達 す る、 す な わ ち更 に高 次 の 次 元 で 自然 に 回 帰 す る こ とを 意 味 して い るの で あ る。

'̀一契 の 師 匠 で あ る金 岳 森 は 『論 道 ・緒 論 』で 、「知 識 論 の判 断 は理 知 が 行 い、

メ タ 哲 学(metaphilosophy)の 判 断 を行 うの は人 間 で あ る。知 識 論 を研 究 す る場 合 、0旦 自分 が 人 間 で あ る こ とを忘 れ 、 客 観 的 に 冷 静 な 態 度 で 研 究 す る必 要 が あ る。しか し、メ タ哲 学 を研 究 す る場 合 は 異 な る。『天 地 は 我 と共 に生 まれ 、 万 物 は我 と一 な り』 とい う こ とを忘 れ る こ とはで き な い。 っ ま り、 対 象 を研 究 す る際 に は 理 知 に よ る理 解 が 要 求 さ れ るだ けで な く、 そ の 研 究 の 結 果 、 情

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感 の 満 足 を得 る こ と も要 求 され る 」 と考 え た 。っ ま り、 こ こで は 知 識 論 とメ タ哲 学 に 対 す る姿 勢 を 区別 して い るの で あ る。 それ に対 し、{,,,,契は 、 「理 知 は

無 味乾 燥 な 光 』 で は な く、 認 識 論 も 『全 人 間 』 か ら遊 離 す る こ とは で き な い。TheoryofknowledgeをEpistemologyに 替 え る必 要 が あ る。広 義 の 認 識 論 は、知 識 の 理 論 に 限 らず 、智 慧 の 学 説 を研 究 し、 『メ タ哲 学 は可 能 か 』、『理 想 人 格 を ど う養 成 す るか 』 とい う問題 を討 論 す る必 要 が あ る。 そ れ ゆ え 、 認 識 論 を研 究 す る 中 で 、 理 知 に よ る理 解 だ け で な く、 情 感 の 満 足 を得 る こ とを 求

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め る の で あ る 」 と言 う。 つ ま り、金 岳 森 と漏 契 の相 違 は 知 識 と智 慧 の 関 係 の 問 題 に帰 着 し、{,,,.契は 知 識 も智 慧 の 問題 も認 識 論 に属 す る と して い る。 そ れ

{g)

故 に 、 「広 義 の 認 識 論 と総 称 す るの で あ る 。

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凋契 は、認 識論 の主要 な問題 は、① 感覚 は客 観実 在 を与 え得 るか 、 ② 理論 的思惟 は普 遍 的 で有効 な原 理 的知識 を把 握 で き るか、③ 論 理 的思惟 は具体 真 理(世 界 の統0原 理 と発展 原 理 な ど)を 把 握 で き るか 、④ 理想 人格 あ るいは 自由人 格 を如 何 に養成 す るか、 の 四つ で あ る とす る。① につ いて は、唯物 論

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f,契 に見 る価 値 範 疇 と して の真 理(樋 口)25

あ るい は実在 論 の観 点 か ら、 実 践 と感性 に よって人 間 は客観 的実在 感 を獲得 で き る、換 言す れ ば、実 践 の 中で獲 得 した感覚 は客観 実 在 を与 え得 る もので あ り、 これ が無 知 か ら知へ 至 る始 めで あ る とす る。 つ ま り、実 践経験 は、主 観 と客観 、 意識 と存在 の 間 の架 け橋 で あ り、人類 にお け る全 ての認 識活 動 の 基 礎 と位 置 付 けて い る。② は、 知識 経験 の主 体 と しての 我 が、 論理範 疇 を運 用 して思惟 を行 い、経験 か ら得 た概 念 を用 い て模 写 し経験 を規 範化 し、 現実 か ら得 た方 法で 現実 に処 す る とい う 「摂取 の原則 」 を もって経 験領域 を統 率 す る。 それ に よって、普 遍 的 で 有効 な原 理 的 な知識 を得 る こ とが可 能 に な る

と言 う。

③ 、 論理 の論証 と実 践 の証 明 を経 た科学 知識 が真理 で あ り、 真理 は 「百 慮 して一一致 し、途 を殊 に して 同帰 す る」過 程 で あ る と言 う。 つ ま り、現 実 は本 来 、多様 で あ り、 かっ統0さ れ た もので あ るか ら、主体 は他 と己の関係 か ら 離 れ られ な い もの で あ る。 それ ゆ え、真 理 にお け る弁 証 の発 展 過程 は、様 々

な思想 の論 争(百 慮)か ら理 論 上 の一致 に至 り、実践 上 の様 々 な過程(殊 途) か ら同帰へ の反復 を経 て、具体 か ら抽 象、抽象 か ら再 び具体 へ と止揚 され る。

そ して 、 その具体 真 理 は、 世界 の統 一原 理 と発展原 理 に帰 結 して い く。っ ま り、人 間 の認 識 は相 対 の 中で絶 対 を把握 し、 有 限の 中で無 限 を表 す こ とが で き る とす るので あ る。④ 、 智 慧 とは、道 に対す る真理性 の認 識 が人 間の 自由 の発展 と内在 的 に関連 して い る こ とを言 う。 この智 慧 に よって人 間 は 自由 を 獲 得 す るこ とが で き るので 、 智 慧 は 「理 論 を化 して方 法 とす る」、 「理論 を化

して徳性 とす る」 こ とを体 現 して い る。 こ こで言 う理論 とは、 哲学 の体 系 的 な理論 を指 し、 「窮通 」す な わ ち天 人 の際 を極 め、百 家 に説 に通 ず る こ とを特 徴 とす る哲学 にお ける智 慧 の こ とを言 う。 それ は宇宙 と人 生 に対 す る総合 的 な見解 で あ り、性 と天道 に関 す る認 識 で あ る。知 識 か ら智慧 に至 る過程 には 0つ の飛躍 が あ るが、 そ こに は理性 の直 覚 が含 まれ る。 この理性 の直覚 が得 る もの は思弁 の総 合 と徳 性 の 自証 で あ り、 それ は論 証 す る こ とがで き、体 認

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す る こ とが で き る もの な の で あ る と言 う(]1)0

以 上 が/1契 が 言 う広 義 の認 識 論 、す な わ ち認 識 過 程 の弁 証 法 の基 本 で あ る。

人 類 は そ の発 展 の 方 向 か ら言 え ば 、本 質 的 に 自 由 を求 め る もの で あ る。 実 践 の 基 礎 の 上 に、 世 界 を認 識 し 自 己 を 認 識 す る とい う相 互 作 用 を経 て 、 人 間 と 自然 、 性 と天 道 が 理 論 と実 践 の 弁 証 的 統0の 中 で 促 進 さ れ る。 また 、 道 を認 識 し徳 を表 し、性 を 顕 わ し道 を 明 か に す る こ とを経 て 、 「転 識 成 智 」す な わ ち 知 識 か ら智 慧 へ 転 換 され る。 そ れ に よ っ て 、 自 由 の 徳 性 を創 造 し、 相 対 の 中

ロ  ラ

で 絶 対 を、 有 限 の 中 で 無 限 を体 認 す る こ とが で き る とす るの で あ る 。

で は、 次 ぎ に広 義 の 認 識 論 の特 徴 に つ い て 、 何 点 か に わ た っ て検 討 して い き た い 。 まず 、0点 目 は、 知 識 と智 慧 の 関 係 の 問 題 に 対 して 、 そ の 矛 盾 を克 服 し よ う とす る点 で あ る。./lns・契 に よれ ば、 シ ョー ペ ンハ ウ ァ ー や ニ ー チ ェ に 代 表 され る西 洋 近 代 哲 学 の非 理 性 主 義 や 人 文 主 義 の 伝 統 と、 コ ン トや ミ ュ ラ ー 以 来 の 実 証 論 や 科 学 主 義 の 伝 統、 す な わ ち科 学 主 義 と人 文 主 義 、 実 証 論 と 非 理 性 主 義 の 対 立 が 、 近 代 西 洋 科 学 と人 生 との 乖 離 を もた ら し、 理 知 と情 感

の 不 調 和 を もた ら した 。 そ して 、 この 対 立 は西 洋 だ け で な く、 中 国 に お い て も発 展 し、 五 四 時 期 の 中 西 文 化 論 の論 争 、 科 学 と玄 学 の 論 争 に そ の 対 立 を見 て 取 る こ とが で き る。 科 学 と玄 学 の論 争 で 言 え ば 、 科 学 派 は現 代 科 学 を基 礎 と して 、 科 学 的 な 人 生 観 を確 立 す る こ とを説 き、 玄 学 派 は 人 生 観 の領 域 で は 科 学 に よ っ て は解 決 で き な い こ とを強 調 す る。 科 学 派(実 証 主 義)は 厳 復 、 胡 適 、 漏 友 蘭 か ら金 岳 森 な ど、 玄 学 派(非 理 性 主 義)は 謳 嗣 同 、 梁 啓 超 か ら 梁 漱 浜 、 熊 十 力 、 張 君 励 な どが 挙 げ られ る が 、 共 に合 理 的 な 一 面 と一・面 的 な 見 解 が あ る と言 う。 た だ 、 彼 等 に は と も に科 学 と玄 学 を 区 分 して 考 え る傾 向 を 見 る こ とが で き るが 、./lir・契 に とっ て は そ れ を如 何 に克 服 し統 一 す るか が 課 題 で あ っ た 。{,,,,契は そ れ に対 し、 実 践 唯 物 主 義 の 弁 証 法 に沿 い な が ら、 非 マ ル ク ス主 義 を含 む様 々 な 哲 学 の 合 理 的 要 素 を摂 取 し、 中 西 哲 学 を融 合 させ 、

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科学 主 義 と人 文主 義 との対 立 を克 服 す る こ とを 目指 した ので あ る 。

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漏 契 に見 る価 値範 疇 として の真 理(樋 口)27

二 点 目 は、 「理 論 を化 して 方 法 と し、理 論 を化 して徳 性 とす る」 とい う認 識 論 の研 究 方 法 で あ る。 つ ま り、 理 論 と実 際 との 関係 で あ る。 漏 契 に よれ ば 、 哲 学 理 論 は、 一 方 で は 思 想 方 法 とな っ て 自 己 の活 動 や 研 究 領 域 を貫 くもの で あ り、 一 方 で は 身 体 の行 動 を通 して 自 己 の徳 性 に な り、 具 体 的 に血 肉 を伴 っ た 人 格 とな る。 そ れ に よ っ て 、 哲 学 に 生 命 力 が備 わ り、 人 を説 得 で き るの で あ る。 また 、 理 論 を あ る領 域 に運 用 して 方 法 とす る こ と に よ っ て、 理 論 を高 め新 た な 創 造 が 可 能 とな り、 理 論 を化 して徳1生 とす る こ と に よ っ て、 そ の 理 論 も個 性 化 す る こ とが で き る と言 う。具体 的 に は、凋 契 の場 合 、 「理 論 を化 し て 方 法 とす る」 とい う面 で は、弁 証 法 を 中 国 哲 学 史 研 究 に運 用 し、 「哲 学 は哲 学 史 の総 括 で あ り、 哲 学 史 は 哲 学 の 展 開 で あ る」 とい う観 点 を 貫 徹 させ た 。 そ れ に よ っ て、 実 践 唯 物 主 義 弁 証 法 の 理 論 が 中 国 哲 学 に お け る歴 史 の 発 展 過 程 の 中 で 展 開 され 、 同 時 に ま た 、 中 国 哲 学 史 の 総 括 に な っ た 。 つ ま り、 哲 学 に新 た な 一 面 を開 き、 中 国 の 特 色 あ る且 つ 中 国 哲 学 の 伝 統 の 有 機 的 要 素 に な っ た と言 う。 「理 論 を化 して 徳 性 とす る」面 で は、理 論 は 手 段 で あ る ぼ か りで な く、それ 自身 に 内在 価 値 を備 え、人 格 を表 現 し個 性 を 表 現 す る もの で あ る。

中 国 古 代 で 言 わ れ た 聖 人 」 は実 際 に は存 在 しな い 。 古 代 哲 学 の 「内 聖 外 王 の 道 」 も実 現 で き なか っ た 。 しか し、 比 較 的 一 貫 した 言 行 一 致 の 中で 、 理 論 を実 践 し徳 性 を延 ばす こ とは で き る。 つ ま り、 人 間 が 社 会 活 動 の 中で 理 論 を 貫 徹 し実 践 し、 そ れ に よ っ て 自 己 の 人 性 を 発 展 させ 、 自己 の人 格 を完 成 させ

る こ とは可 能 な の で あ る。 この 境 涯 に達 した 時 、 言 論 や 著 作 の 中の 理 論 が 人 間 の 徳 性 と して 表 現 され た こ とに な り、 哲 学 が 哲 学 者 の 人 格 に昇華 され た こ

とに な る。 こ うい っ た 哲 学 に こそ 、 各 個 人 に 肉化 した 個 性 が 見 られ 、 そ の 哲

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学 に徳1生が備 わ っ て い る こ と を 自 ら証 明 で き るの で あ る と主 張 して い る 。 三 点 目は、 本 体 論 と認p論 の 統 一 の 問 題 で あ る。 凋 契 に よれ ば、 客 観 弁 証 法 と認 識 弁 証 法 の 統 一 の 問 題 で もあ る と言 う。 認 識 論 と本 体 論 は互 い に前 提 とな る もの で 、認 識 論 は 本 体 論 を 出 発 点 、依 拠 と し、本 体 論 の導 入部 で あ る。

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また 、本体 論 を確 立 す るに は、認 識 論 を端 緒 にす る必要 が あ る。 ヒュームや カ ン トな どの哲学 者 は、本体 は認識 か ら超越 して お り、認 識 で きない もの で あ る と考 え る。つ ま り、 人 間 の認 識 は本 体 を知 る こ とがで きな い とい う不 可 知 論 で あ る。 も し、本 体 が不 可 知 の もので彼 岸 に あ るの で あれ ば、本 体 は認 識発 展 の根 拠 や動 力 にな り得 ない。 王 陽明 は 「本体 即 工夫 」 と説 くが、 同意 で きる考 えで あ る。 また、体用 不 二 の観 点 か らす れ ば、運 動 の原 因 は常 に 自 身 にあ り、運動 の根 拠 は 内在 す る もの だか ら、 原 因 は必 ず 内在 して い るので

あ る。 この工 夫 と本体 の統 一 や体用 不二 の思想 か ら、 客観 弁証 法 と認 識弁 証 法 は統 一一で きる こ とが わか る。 つ ま り、現実 の世 界 は本 然 界(自 然 の状 態) か ら事実 界(人 間 に認 識 され る状 態)に 転換 し、精 神 は 自在 か ら自為 に転換 す る、 これが 人類 の認 識 の弁証 運 動 で あ るが、 それ を通 して人 間 は本 然界 を 認識 し、智 慧 を得 るこ とが で き る。 工夫 と本 体 の統0と は、物 質 の本体 す な わ ち現実 世 界 は認識 過 程 の 中で展 開 され るもの で あ り、精神 す なわ ち 自我 は 本来 、本体 で はな く、本 体 の作用 で あ る。 「工 夫 が至 る ところ」つ ま り認識 さ れ る過程 、 精神 活動 が 展 開 され る過 程 が 本体 で あ る。 した が って 、認識 の発

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展 過 程 の 中で、精神 は次第 に本体論 の意 義 を備 えて くる こ とに な る、と言 う 。 四点 目は、真 理 の具体 性 につ いて で あ る。 西洋 で は真 理 をロ ゴスや神 と等 しい もの とし、 中国 で は理 や天 道 で あ る と して きた。 その意 味 で言 え ば、真 理 は世界 の統 一 原理 で あ り、宇 宙 の発 展 法則 の こ とを指 す 。論理 思惟 はその 真理 を把 握 す る こ とが で き るのか 、 とい う問題 が数 千年 にわ た って論争 され て きた ので あ る。弁 証法 で は、真理 とは過 程 の 中で客 観 的 な完全 性 へ 向か う

もので あ り、0面 的か ら完全 性 へ と発展 す る もので あ る と説 く。 そ の特徴 は 第 一一に、具体 的 な客観 現実 は、矛 盾 しなが ら発 展 し多方 面 に関連 して い るが 、 人間 の認 識 は往 々 に して0面 的で あ る。 しか し、 相違 す る意 見や 観 点 との論 争 と批 判 を通 して 、人 間 は この一面 性 を克 服 し、 比較 的完全 で正 確 に客観 事 物 の各方 面 にわた る関係 を把 握 し、 具体 真 理 に到 達 す る こ とが で き る とい う

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f11̲契に 見 る 価 値 範 疇 と し て の 真 理(樋 口)29

点 で あ る。 科 学 にお け る具 体 的 領 域 に 対 す る研 究 は、 具 体 か ら抽 象 へ 、 そ し て 抽 象 か ら具 体 へ と進 む 過 程 を経 る も の で あ る。 つ ま り、 具 体 的 な現 実 か ら 出 発 して 、 経 験 の 中 で 抽 象 し一 つ の 理 論 を 考 え る。 そ して 、 相 違 す る学 説 と の 論 争 や 批 判 、 検 証 を経 て 、 体 系 的 で 厳 密 な 理 論 へ と発 展 す る の で あ る。 第 二 に 、 真 理 の 具 体 性 とは 、 主 観 と客 観 の 一 致 を一・つ の 過 程 と見 て 、 実 践 と理 論 の 反 復 を経 て 実 現 され る こ と を意 味 す る。 真 理 とは 、 客 観 現 実 の 本 質 あ る い は規 律 性 に関 す る認 識 で あ る。 つ ま り、 理 論 は実践 に よ る検 証 を経 る こ と に よ っ て 無 意 味 な抽 象 化 を避 け 、 実 践 は理 論 に よ る指 導 に よ っ て 主 観 的 な 盲

目性 を 防 止 す る こ とが で き る。 理 論 と実 践 に よ る反 復 は、 抽 象 化 と具 体 化 の 反 復 で あ り、 一 定 の レベ ル に至 れ ば 、 知 と行 、 理 論 と実 践 、 主 観 と客 観 に お け る具 体 的 、 歴 史 的 統 一 が 達 成 さ れ る。 そ れ が 具 体 真 理 の達 成 で あ る。 第 三 に 、 真 理 の 具 体 性 は歴 史 性 を 有 す る点 で あ る。 真 理 は 、 具 体 的 な 歴 史 条 件 の 制 約 を 受 け る もの で あ る。 例 え ば、0切 の 科 学 的 真 理 は歴 史 性 を有 し、 そ の 中 に は矛 盾 を孕 ん で い る もの で あ る。 つ ま り、 科 学 的 真 理 は、 後 の人 間 が そ の 真 理 を通 して 研 究 し、そ の 結 果 そ の 真 理 を越 え る こ とが で き る こ とを 言 う。

こ の よ うに真 理 に対 応 して こ そ 、 教 条 主 義 に 陥 る こ と を避 け得 るの で あ る。

しか し、 実 用 主 義 者 の胡 適 に よ う に、 絶 対 真 理 を認 め な い わ けで はな い 。 胡 適 が 言 う真 理 とは、 主 観 主LI/Vの実 在 で あ り、 経 験 主 義 の 具 体 で あ って 、 弁 証

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法 で言 う実 在 と具体 とは意 味 が違 う と主 張 して い る 。

五 点 目は、認識論 の中で 、理 想 人 格 あ るい は 自由人 格 を如 何 に養成 す るか とい う問題 を議論 の対象 に して い る点 で あ る。焉 契の認 識論 に お ける主要 問 題 の 内、前三 者 は感 性 、知性 、理 性 を め ぐる問題 で あ り、 ヒュームや カ ン ト な ど近代 哲学 者 が検 討 して きた 問題 で あっ た。 しか し、 凋 契 の よ うに第 四 の 問題 す なわ ち理想 人格や 自由 を獲 得 す る問題 を、 認識 論 の範 疇 に包含 させ る こ とは なか った。 これ は、 マ ル クス主 義 哲学 に その根 拠 を求 め るこ とが で き

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る と共 に、中 国 哲 学 の 中 か ら啓 発 され た も の で あ る と言 わ れ る 。 濡 契 は 、実

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証 主 義 者 が 言 う所 の 認 識 論 は狭 義 の認 識 論 で あ る と批 判 す る。 前 述 した よ う に 、 凋 契 の 広 義 の認 識 論 は、 「知 識 の 理 論 に 限 らず 、 智 慧 の 学 説 を研 究 」 し、

理 知 に よ る理 解 だ けで な く、 情 感 の 満 足 を得 る こ とを 求 め る もの 」 で あ っ た 。 そ れ 故 に 、 如 何 に して 知 識 か ら智 慧 を得 るの か 、 す な わ ち 転 識 成 智 」 が 濡 契 哲 学 の大 きな 課 題 で あ り、 特 色 で あ っ た。 しか し、 四 つ の 問 題 の 内 、 前 二 者 は 「名 言 の域 」 す な わ ち言 葉 で 表 現 で き る範 疇 の もの で あ り、 後 二 者 超 名 言 の域 」 す な わ ち通 常 は言 葉 で表 現 で き な い領 域 に属 す る もの で あ る。 この 言 語 を超 え た領 域 を如 何 に表 現 す る の か が 問 題 で あ っ た 。.̀lii..契は 、 智 慧 の獲 得 と表 現 は不 可 分 で あ るが 、 まず 如 何 に得 る の か を 問 い 、 そ の 後 に 如 何 に表 現 す るか を 問題 に した 。 っ ま り、 知 識 か ら智 慧 へ の 発 展 を 弁 証 過 程

と見 な し、 「転 識 成 智 」 を如 何 に実 現 す る か を 問 題 に し、 そ れ に よ っ て 、 「

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言 の域 」 か ら 「超 名 言 の域 」 へ の 飛 躍 の 契 機 に し よ う と した の で あ る 。 漏 契 に よれ ば 、 第 一・に、 知 識 は分 析 と抽 象 を重 ん じ、 智 慧 は総 合 を重 視 し て 全 体 を 把 握 す る。 また 、 純 科 学 の 任 務 は、 真 理 を 求 め 事 実 と法 則 を発 見 す

る こ とに 重 点 が あ り、 哲 学 の 智 慧 は、 天 道 と人 道 の 根 本 原 理 を認 識 す る こ と が 求 め られ 、 そ れ に よ っ て 天 人 合0の 境 涯 に達 す る と言 う。 つ ま り、 智 慧 と は性 と天 道 に関 す る全 体 の 認 識 で あ り、 具 体 的 な もの で あ る。 全 体 を認 識 す る に は、 個 別 の 集 合 に よ るの で は な く、 飛 躍 を通 して い き な り完 全 に具 体 的 に全 体 の 認 識 に 至 る必 要 が あ る。 もち ろ ん 、 部 分 部 分 、 段 階 的 に認 識 す る こ とは必 要 で あ るが 、 部 分 の 認 識 か ら全 体 的 、 具 体 的 認 識 の 間 に は 、 飛 躍 が あ り 「p然 と して 貫 通 す る」感 覚 が あ る。更 に言 え ば 、俄 か に悟 る こ とで あ る。

第 二 に、 智 慧 とは 自 ら得 る もの で あ り、 徳 性 の 自 由 の 表 現 で あ り、 人 間 の 本 質 的 な 力 と個 性 の 自 由表 現 で も あ る。 人 問 の 本 質 的 な 力 は人 類 共 通 の もの で あ り、 ま た 個 性 的 な もの で も あ る。 つ ま り、 自 ら得 る徳 で あ り、 道 を 自得 し た性 が 徳 性 な の で あ る。第 三 に、 「転 識 成 智 」 は 一 種 の 理 性 の 直 覚 で あ る。理 性 の 照 射 の 下 に、 人 間 に 諮 然 と して 貫 通 す る」 感 覚 を与 え る直 覚 で あ る。

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爲契 に見 る価値 範疇 としての真 理(樋 口)31

そ れ は、 理論 思惟 の領域 の 中で諮 然 と して 貫通 し、無 限 と絶 対 の もの を体 認

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す る こ とで あ る と言 う 。

この よ う に、 有 限 の 中 の無 限 、 相 対 の 中 の絶 対 を悟 るに は、 思 弁 と徳 性 の 養 成 に お け る 「転 識 成 智 」 の 飛 躍 が 必 要 で あ る。 この 飛 躍 は、 思 弁 の 結 晶 で あ り、 思 弁 の 総 合 を もっ て論 証 す る必 要 が あ り、 また それ は、 徳 性 の 自 由 の 表 現 で も あ り、 言 行 の 中 で 自証 され な けれ ば な らな い 。 それ ゆ え、 理 性 の 直 覚 は 、思 弁 の総 合 と徳 性 の 自証 と分 離 で き な い とす るの で あ る。で は こ こで 、 何 故 に理 想 人 格 の養 成 の 問題 が 認 識 論 の 範 疇 に 入 るの か 、 そ の ポ イ ン トに な る徳 性 の 自証 、 す な わ ち主 体 が 如 何 に徳 性 を 自証 で き るの か に つ い て 簡 単 に 見 て お きた い 。

こ こで 問題 に な る 「自証 」 とは、 主 体 が 自 己 に具 備 す る徳 性 に対 して 、 省 察 と検 証 す る能 力 が あ る こ とを言 う。 但 し、 も ち ろん 先 験 論 で 言 う所 の性 善 の 検 証 を言 うの で は な く、 主 体 の 自覚 活 動 を 指 す 。./lii,,契に よれ ば、 人 間 に は 意 識 主 体 と して の 「我 」 が あ る と され るが 、 人 間 は常 に 自 己や 人 を欺 き、 自 己 を卑 下 した り、 過 大 評 価 した りす る。 ま さ に 自 己 を 正 し く認 識 し評 価 す る こ とは 困 難 で あ り、 そ の た め に は鍛 錬 や 修 養 が 必 要 で あ る と言 う。 そ して 、 正 し く自 己 を認 識 し、徳 性 の 自証 に達 す るた め に は、 まず 「真 誠(真 心)」 が 必 要 で あ る とす る。 中 国古 代 の 儒 家 は 「誠 」を 、道 家 は 「真 」 を重 視 す るが 、 共 に 真 実 の徳 性 は 「真 誠 」か ら 出 て 、最 終 的 に 「真 誠 」に復 帰 す る。つ ま り、

真 誠 」 は、 徳 性 の 鍛 錬 、 養 成 過 程 で 貫 か れ る原 則 で あ る。 しか し、 この 徳 性 を 発 展 させ 保 持 す るの は 困 難 で あ る。 それ ゆ え、 一・つ に は迷 信 や 迷 妄 を排 除 し、 積 極 的 に 自己 の 学識 と修 養 を 高 め る必 要 が あ る。 ま た一 方 で、 私 欲 や 偏 見 を 排 除 し、 忠 恕 の道 を行 い 、 社 会 の 中 で 社 会 と自 己 の 関 係 を正 確 に処 理 し、 自尊 と共 に他 人 を尊 重 し、 善 を 行 う必 要 が あ るの で あ る。 換 言 す れ ば、

こ の よ う な主 体 の徳 性 にお け る 自在(自 然 の ま ま)か ら 自為(自 覚活 動)へ の 活 動 は 、 客 観 的 な実 践 活 動 の過 程 か ら分 離 で きな い も の で あ る。つ ま り、

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徳 性 は実 践 活 動 の 中 で 表 現 され 、 そ れ に よ っ て対 象 化 、 形 象 化 さ れ る。 そ れ ゆ え 、 徳 性 の 自証 とは 、 主 観 の 活 動 や 体 験 の み を 言 うの で は な く、 客 観 的 な 表 現 を も含 まれ る。一 つ の 「真 誠 」の 心 は、自知 、 自証 で あ る ば か りで な く、

他 人 もそ の客 観 的 な 表 現 か ら評 価 す る こ とが で き る もの で あ る。 しか し、 他 人 の評 論 も時 に は錯 誤 が あ る。 そ の 場 合 は、 自 らが 言 行 一 致 を守 り、 客 観 実 践 の 中で そ の 真 誠 」 を 自覚 し、 段 誉 褒 既 に左 右 され ず 、 独 立 独 歩 の 精 神 を 堅 持 す る こ とが 必 要 で あ る。

結 局 、哲 学 に従 事 し、そ の 哲 理 に よ る境 涯 を追 及 す る人 間 か らす れ ば 、 「 誠 」 か ら出 発 し、 異 化 、 虚 偽 、 偏 見 を廃 し、 私 欲 を克 服 し、 言 行0致 の実 践 の 中 で そ の徳 性 の 真 誠 を 自覚 す る、 これ が 道 に よ っ て徳 を 完 成 させ 、徳 性 を顕 わ す こ とに よ っ て道 を発 揚 す る過 程 で あ り、 そ こに徳 性 の 智 が あ る と 言 う。 もち ろん 、 この徳1生 の 智 とは 、 中 国 伝 統 哲 学 で 言 う先 験 論 と して の も の で は な く、 徳 性 の 自証 の 中 で 、 天 道 、 人 道 、 認 識 過 程 の 道 を体 認 す る こ と で あ る。 そ れ に よ って 、 智 情 意 な どの 人 間 の本 質 的 な 力 の 発 展 が あ り、 一 定 の レペ ル の真 善 美 の 統 一 が な され る。 これ が 自由 の徳 性 で あ り、 そ の 自覚 に よ っ て 、 我 と天 道 が0な る もの で あ る こ とを 意 識 す る こ とが で き、 我 は相 対

と有 限 の 中 で 、 絶 対 と無 限 を体 認 す る と主 張 して い る 。(20)

真 と人 生 の理想

前章 で 見 た よ うに、凋 契 に見 る広 義 の認識 論 は、如 何 に理想 人格 あ るいは 自由人 格 の徳性 を養 成 す るか に その大 きな特 色 の一 つ が あ る。 それ は、凋 契 の認 識 論 自体 の 目的 が、 理想 人格 す なわ ち天 人合0の 境 地 を顕 現 させ る こ と に あ るか らで あ る。 そ の意味 で言 え ば、.̀in,̲契の認 識 弁証 法 は価 値論 の領 域 に まで及 ぶ。 つ ま り、真 善 美 の価 値 を創 造 す る中で理想 が実 現 され、 自由入 格 が養 成 され るわ けで あ るか ら、真 理 の認 識 は価 値 創造 に とって重要 な契機 で

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漏 契 に見 る価値 範 疇 と して の真理(樋 口)33

あ り、基 本 で あ る と位 置付 けてい るので あ る。更 に言 え ば、人 間の 自由 とは 理 想 の実 現 で あ り、 人 間 は現 実 の認 識 の 中か ら理 想 を見 出 し、 その理想 を現

実化 す るた め に努 力 し、社 会 生 活や 人類 の 中で その理 想 を実現 して い く。 そ の活 動 の 中で、 人 間 は 自由を感 じ自由 を獲 得 す る。 そ して、 その過程 で理 想 人格 が養成 され る と説 くわ けで あ る。 また、 認識 や価値 を考 え る場 合、 そ の 主体 が 問題 にな る。 それ ゆ えに、理 想 の概 念 や その理 想 を担 う主体 で あ る人 格 の概 念 につ いて も検 討 して お く必 要 が あ る よ うに思 う。

漏 契 に よれ ば、人類 の精 神 の全 ての 活動 は、現 実 の 中か ら理 想 を見 出 し、

その 理想 を現実 に転化 す る もので あ るか ら、① 理 想 は現 実 の可能 性 を反 映 し な けれ ばな らず、虚構 で あっ て はな らない:② 理 想 は人 性 に合 致 した要 求 、 特 に社 会 進 歩 に対 す る要 求 を体 現 しな けれ ば な らない:③ 理想 は人間 の想像 力 に よ って構 想 され た もので あ る、 と言 う。例 えば、建 築 家 を例 にす る と、

①'建 築 家 の考 え は現実 に根 ざ して お り、現実 の可能 性 を反 映 して い る。条 件 さ え整 え ば、住 宅 は規律 に沿 って完成 され る。 この現 実 の可能性 は、 建築 家 にお け る設計 の客 観 的 な根 拠 にな って い る。②'建 築 家 の考 え は人間 の要 求 、 人 間 の利益 に合 致 してい る。設 計 された住 宅 は、人 間 の住 居 の必 要 に合 致 して い る。③'建 築 家 は想像 力 を働 かせ て 、 そ の人 に あった必要性 を考 慮 して 設計 図 を作成 す る。 この三 つ の要 素 が組 み合 わ さっ て、観 念 は理 想 的 な 形 態 を備 え、人 類 の現 実 の活動 を指導 す る こ とが で きる として い る。そ して、

そ うで あって こそ、 理想 が人 々 の感 情 を刺 激 し、 人 間 の前進 の原動 力 にな る

と主 張 す る 。

人 格 に つ い て は 、 凋 契 は、 理 想 を 現 実 化 す る活 動 の 主 体 は 「我 」 あ るい は

「自我 」 で あ り、 各 人 、各 集 団 に は 「我 」 す な わ ち 自我 意 識 あ る いは集 団 意 識(大 我)が 具 わ る と言 う。 これ は カ ン トが 言 う 「統 覚 」 に相 当 す る。 この

我 」 は、 論 理 思 惟 の 主体 で あ り、 行 動 や 感 覚 の 主 体 で あ り、 意 志や 情 感 の 主 体 で も あ る。 ま た そ れ は、 統 一 され た 人 格 で あ り、 行 動 や 意 識 の0貫 性 を

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表 現 す る もの で あ る。 人 間 の 精 神 は形 態 に依 存 す る故 に、 主 体 と して の 人 格 は 身 体 を伴 い 、 人 間 の 言 行 を離 れ て 人 格 を語 る こ とは で き な い 。 ま た 、 理 想 と人 格 の 関 係 に つ い て は、 人 格 は理 想 の 担 い手 で あ り、 理 想 は人 格 の 主 観 的 な 体 現 で あ る。 入 間 の 認 識 、 願 望 、 感 情 、 想 像 な どの 要 素 は、 理 想 の 中 に体 現 さ れ 、 理 想 を現 実 化 す る過 程 で 、 人 格 も養 成 さ れ る。 っ ま り、 人 格 は理 想 の 担 い 手 で あ る と共 に、 理 想 実 現 の産 物 で もあ る。 換 言 す れ ば 、 人 間 は理 想 に基 づ い て 現 実 を 変 革 す るだ け で は な く、 理 想 に基 づ き 自 己 を 形 成 させ る の で あ る。 それ ゆ え に 、 人 格 は理 想 の 因 で あ り、 理 想 の 果 で もあ る と言 え る。

も ち ろ ん 、「人 格 」とい う言 葉 は 、徳 性 を有 す る主 体 を 指 して 言 う言 葉 で あ る。

そ して 、 本 当 に価 値 あ る人 格 とは、 自由 の人 格 で あ る。 また 、 自由 人 格 を有 す る人 間 の 活 動 は 、 現 実 か ら理 想 を 見 出 し、 そ の 理 想 を実 現 して い く活 動 で あ り、 この 活 動 の 中 に、 人 問 は次 第 に 自 由 を得 る こ とが で き る人 問 にな る と

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言 う 。 換 言 す れ ば 、人 間 は価 値 を創 造 す る中 で 、物 質 的 に も精 神 的 に も次 第 に 自 由 を獲 得 す る こ とが で き、 人 間 の 本 質 的 な 力 を 発 展 させ 、 理 想 人 格 す な わ ち 「天 人 合0」 の 境 地 に達 す る こ とが で き る と言 う こ とに な ろ う。

す る と、 こ こで 問 題 に な るの は、 価 値 とは何 か とい う こ とで あ る。 漏 契 に よれ ば 、 人 間 が 肯 定 的 な評 価 を与 え た 事 物 を人 間 に とっ て の 好 」、 「利 」 と 称 し、 そ れ を広 義 の 価 値 で あ る と して い る。 評 価 は 、 「為 我 之 物 」(人 間 の た め の 事 物)と 人 間 の 需 要 の 関 係 を確 定 す る こ とで あ るか ら、 評 価 は 人 間 の 利 益 か ら離 れ る こ とはで きず 、 そ の 利 益 は最 終 的 に幸 福 や 快 楽 に 結 び つ くもの で あ る。 ま た 、評 価 の対 象 は人 間 か ら独 立 して 存 在 す る 「自在 之 物 」(人 間 と 関 係 を持 た な い 事 物)で は な く、人 間 との 関 係 を有 す る 「為 我 之 物 」で あ る。

そ して 、 「我 」(人 間)は 、 常 に一・定 の 社 会 関 係 の 中 で 存 在 して い る。 それ ゆ え、 評 価 の 対 象 は 、 人 間 の 需 要 が あ って 現 わ れ る食 物 、 飲 料 、 芸 術 作 品 、 建 築 材 料 な どの 為 我 之 物 」 で あ る。 それ ら は、 評 価 の 対 象 と して 、 人 間 の 需 要 との 関 係 で 現 わ れ る もの で あ り、 物 質 の 需 要 で あ っ て も精 神 の 需 要 で あ っ

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漏契 に見 る価値 範 疇 と して の真理(樋 口)35

て も、 自然 に来 源 が あ る こ とは 明 らか で あ る。つ ま り、 「為 我 之 物 」が 人 間 の 需 要 と合 致 し人 間 に満 足 を与 え る と き、 人 間 に 有 用 で 利 益 を与 え る もの と し て 、 そ れ に肯 定 的 な 評 価 を与 え るの で あ る。 しか し、 「為 我 之 物 」が 人 間 の 需 要 と対 立 し、 そ れ に対 して 人 間 が 苦 痛 や 嫌 悪 感 を抱 く と き、 人 間 は否 定 的 評

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価 を 下 す 。そ れ が 、悪 で あ り、害 で あ り、マ イ ナ ス の価 値 な の で あ る と言 う 。 {,,,.契は また 、 人 間 の 利 益 が 価 値 で あ る こ との 根 拠 を人 間 の天 性 に求 め る。

濡 契 に よれ ば 、 人 間 は 生 物 と して 、 常 に苦 を避 け楽 を求 め る天 性 が あ る と言 う。 そ れ ゆ え 、 人 間 の 合 理 的 な欲 望 は満 足 させ な けれ ば な らな い。 道 学 者 は 人 間 の 自然 の 欲 求 に反 して 天 理 そ存 し、 人 欲 を滅 す 」 と言 うが 、 それ は 間 違 い で あ る。 人 間 に とって 利 益 に な る もの は い い もの で あ り、 利 とは人 間 の 苦 を避 け楽 を 求 め る 自然 の 欲 求 か ら言 っ た もの で あ る。 利 と害 の 区別 は 、 最 終 的 に は楽 と苦 に帰 着 す るの で あ る。 そ の 意 味 か ら言 え ぼ 、功 利 主 義 と一 致 す る が 、 人 民 大 衆 の 利 益 と社 会 実 践 の 上 で の 功 利 とい う観 点 か ら見 れ ば 、 功

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利 主 義 と は0線 を画 して い る と主 張 して い る 。

先 に 、 人 間 に とって 利 益 が あ る もの は、 広 い 意 味 で 「い い も の」 で あ る と 言 っ た が 、 別 の 角 度 か ら言 え ぼ、 人 間 に とっ て 使 用 価 値 が あ る もの は皆 、 利 で あ る と も言 え る。つ ま り、{,,,.契は 、利 とは 人 間 の 欲 求 の 目標 で あ る と言 う。

しか し、 この 目標 に到 達 す る に は、 一 定 の 手 段 あ る い は 工 具 が 必 要 で あ る。

そ の 意 味 か ら言 え ば、 手 段 の価 値 は一 定 の 目的 に従 属 す る もの で あ り、 そ の 利 を 求 め る こ とに あ る。 す る と、 こ こで 手 段 と目 的 の 関 係 が生 じ るが 、 こ の 両 者 は相 互 に転 換 す る と言 う。 例 え ぼ 、 薬 を飲 む こ とは 治 療 の た めで あ り、

監 獄 は社 会 の 治 安 維 持 の た め で あ る よ うに 、 あ る事 物 は 常 に 手段 の意 義 を 有 す る 。 ま た 、 科 学 や 芸 術 や 道 徳 な ど、 一 切 の 理 性 的 な活 動 は 、全 て 人i類社 会

と人 間 の た め の もの で あ り、 手 段 の 意 義 を 備 え 、 「手 段 の価 値 」(工 具価 値) を有 して い る。 しか し、 それ は手 段 だ けで は な く、 目的 で もあ る。 それ 自身 に も内 在 価 値 が 包 含 され て い るの で あ る。 また 、 か つ て 魯 迅 は、 芸術 は 人 民

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の利 益 の た め の もの で あ る か ら、 芸 術 家 は象 牙 の 塔 に 引 き こ も っ て は な ら な い 。 しか し、 芸 術 の 価 値 は そ の 功 利 性 の た め だ け に あ るの で は な い 。 芸 術 の 鑑 賞 や 創 作 の 過 程 で 、 鑑 賞 者 や 創 作 者 は 、 芸 術 自身 の 中 に 内 在 価 値 を認 め る の で あ る と言 っ た 。 っ ま り、 人 間 は鑑 賞 や 創 作 の とき、 利 害 を 求 め るの で は な く、 自 らそ の 楽 しみ を得 る もの で あ る。 科 学 も 同 じで あ る。 科 学 技 術 は 、 生 産 に あ っ て は有 用 で あ り、 功 利 性 を有 して い る。 そ の 意 味 で 言 え ば、 手 段 の 価 値 が あ る。 しか し、 科 学 者 に とっ て み れ ば 、 科 学 理 論 自身 に 内 在 価 値 が あ る。 道 徳 活 動 を例 に とれ ば 、 道 徳 規 範 は人 々 の 利 益 を 目的 に して お り、 道 徳 行 為 は そ の 手 段 で あ る。 しか し、 徳 行 自身 は ま た 目 的 で も あ る。 それ ゆ え

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に、 徳行 の 中 に内在価 値 が 含 まれ る と言 う 。

この よ うに、価 値 に は工 具価値 と内在 価値 が あ り、真 理 の認識 は工具価 値 で あ るだ けで な く、 それ 自身 に内在 価値 が あ る とす る。 それ は人 性 の 自由の 発 展 と密 接 に関係 し、 人間 に人 生 の理 想 を提 供 し、 人々 が理 想実 現 の活 動 の 中で 世界 を改変 し自己 を発展 させ る契機 にな るか らで あ る と言 う。 つ ま り、

漏 契 に よれ ば、価 値範 疇 として の真 とは、 人 間 の利益 に合 致 し、 人性 の発 展 に合 う真 理 の認識 の こ とを指 す ので あ る。 しか し、漏 契 も、 事実 命題 の 「 偽 」 は認 知 を意 味 す るだ けで あ って価 値 の範 疇 に は入 らず、 事実 と価 値 には

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区別 が あ り、真偽 と好悪 は別 の もので あ る と して い る 。 凋 契 に とって、事 実 命 題 を表 す真 は、 唯物 論 や実 在 論 の主 張 と同 じ く、思 想 と実在 の一致 に よる 符 合説 で あ る。 つ ま り、 意識 か ら独 立 した客 観 実在 を認 め、認 識 は外 界 の事 物 の反 映 で あ る こ とを認 め るので あ る。 また、命 題 に は特 殊命 題 と普 遍命 題 が あ る とす る。特 殊 命題 は、 事実 と事実 の問 の特 殊 関 係 に あ る命題 で あ り、

事 実 と符 合 す る こ とが求 め られ る。 普遍 命題 は、科 学規 律 の よ うな事 実 間 の 普遍 的 な関係 を表 す もので あ る。 更 に、 真理 に は絶 対真 理 と相 対真 理 が あ る と言 う。 絶対 真理 とは、 無数 の相 対 真理 の総 和 で あ り、客 観 的で全 面 的 な真 理 を指 す 。但 し、 この 「絶対 」 とは 「極 限」 す なわ ち森 羅 万象 の究 極 の真 理

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j¥/Hllf契に 見 る 価 値 範 疇 と し て の 真 理(樋 口)37

で は な い。 それ は、有 限の時 間 内で極 め尽 くす こ とはで きない し、永遠 に到 達 で き る もの で は ない。絶 対真 理 とは、永 遠 に到達 で きない もので はな く、

相 対 真 理 を獲 得 す る過 程 で展 開 され る もので あ る。つ ま り、 人間 は相対 真 理 の認 識 を積 み重 ね る過 程 で、客 観実 在 と符 合 す る新 た な段 階 に至 り、 そ こに 絶対 的 な要 素 が含 まれ てい るもの な ので あ る。 究極 の真理 は極 め尽 くせ な い が 、一 定 の領 域 や 次元 にお け る相対 真理(具 体 真 理)が 、主観 と客観 の具体 的 な歴 史 的統0に 至 った とき、 一定 の範 囲 内で の全 面性 を備 え るので あ る。

科学 の真 理 で 言 え ば、 それ ぞれ の科 学原 理 の客 観 的有効 性 と真 理性 は常 に相 対 的 な もので あ り、科 学真理 は0定 の範 囲 内で は絶 対 的 な意Sccを有 す るが 、 この範 囲 を越 えれ ば、真理 は誤謬 に変 わ って しま うこ と もあ る。 しか し、相 対 の 中 に絶 対 が あ り、 真理 が相 対 的 な もので あ るか らと言 って、真理 の絶対

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性 の 一 面 を否 定 す る こ とは で き な い と焉 契 は考 え た 。

しか し0方 、認 識 過 程 に お い て 、この 認 知 と評 価 は分 割 で きな い とも言 う。

入 問 の 認 識 は 、 事 実 や 秩 序 に対 す る把 握 だ けで な く、 事 物 と人 間 の必 要 性 と の 関 係 を 反 映 す る もの で あ る。 人 間 は、 知 識 を 利 用 して 人 類 の福 利 を図 る こ とが で き る。 と同 時 に、 認 識 活 動 の 要 素 と して の 評 価 に は、 認 識 を促 進 し、

自覚 を 高 め る作 用 が あ る。 この働 き は、 理 知 の作 用 で あ る ぼか りで な く、 情 感 、 欲 望 、 希 望 な どの 精 神 的 な 力 と も関 連 して い る。 そ れ ゆ え に、理 論 理 性 (理 知)は 無 味 乾 燥 な光 」 で は な く、 情 意 と相 促 進 し、 認 識 を理想 的 な形 態 に させ 、 そ れ に よっ て、 人 間 の 行 動 の原 動 力 や 人 間 を鼓 舞 す る力 にな る と 言 う。 つ ま り、 真 理 性 の認 識 とは、 人 間 の 利 益 に合 致 し、 人 性 の発 展 を 促 す

もの で 、単 な る 「真 」 で は な い。 そ れ は、人 間 に とっ て 「い い もの」で あ り、

美 」 で あ る。 それ ゆ え に、 「真 」 は価 値 範 疇 に 入 る の で あ る 。(28?

人 間 が 知 識 を学 び 、 智 慧 を 求 め る こ との主 旨 は 、 真 理 性 の 認 識 を得 て 、 主 観 と客 観 的真 実 を 合 致 させ る こ とに あ る。 つ ま り、 現 実 に お け る真 実 の 状 況 や 人 生 の 意 義 な どの 真 実 を そ の ま ま反 映 させ る こ とで あ る。 哲 学 と科 学 の任

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務 は、世 界 を認識 し、 自我 を認識 し、世 界 と自我 の関係 を認 識 す る こ とにあ る。科 学 には、人 類 の利益 に合致 し、人 間 が利 を求 め幸 福 を図 る工 具 の価値 の側面 と、思惟 能 力や 人 間 の科学 的精 神 、理 性 の 力 を育て る側 面 が あ る。 科 学 は人 間 の徳1生や 修養 と無縁 の もので あ る と言 う人 間 が い るが 、それ は違 う。

人 間 の科 学 的精神 や理 性 の 力 は、人 間 の徳性 の構 成 要素 な ので あ る。 また、

哲 学 は、往 々 に して工 具価 値 もな い と考 え る人 間 が い るが 、 これ も正確 で は な い。 哲 学 は、世 界観 に しろ方法 論 に しろ重 要 な工 具 で あ り、 人 間が世 界 を 認 識 し世界 を改造 す る武 器 で あ る。 また、 それ は、 人 間 の思惟 能 力、 評価 能 力 の表 現 で あ り、 人 間 の思惟 能 力や徳 性 とい う人間 の本 質 的 な力 の発 展 を促 す重要 な価 値 を有 して い る。 それ ゆ え に、哲 学 は、 人 間 に とって 内在価 値 を 有 して い る。 つ ま り、哲 学 に しろ科学 に しろ、智 慧 として 、す なわ ち真理性

の認識 として、真 実 をその ま ま反 映 す る もので あ り、人 類 の利 益 に合 致 し人

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性 の発 展 に合 った価 値 を有 す るもので あ る と主 張 して い る 。

で は、何 故 に① 真理 の認識 が人 類 の利 益 と合致 す るので あ ろ うか。 また、

② 人性 の発 展 と合 致 す るので あ ろ うか。 まず 、① につ いて言 え ば、漏 契 はそ れ を 「利 と理 の 関係」 で あ る と言 う。 客 観真 理 は客観 規 律 の反 映 で あ り、 そ れ は も とも と人間 の利 益 か ら独 立 して い るもので あ る。 そ して 、規 律 が提供 す る可 能性 や その認識 は、人 間 に対 して利 で あ った り、不 利 で あ った りす る。

しか し、主 体 が規律 を認識 し、 それ を人 間 の幸福 のた め に活 用 すれ ぼ、 そ こ に は じめて価 値 が 生 じ るので あ る。社 会 の進 歩や 人 間 の利益 を増 進 す る活動 の成 果 を 「事功 」(功 績)と 言 うが 、 この事功 と理 論 は統0さ れ な けれ ばな ら な い。 事功 を離れ て理 論 を求 めて も意 味 が な い。 事功 にの み意 を注 ぎ、基本 的 な理論 や世界 観 、人 生観 を軽 視 す る もの間 違 いで あ る。 人間 は、 本能 的 に 利益 を求 めて 害 を避 け る もので あ る。 また、 利益 に は大 小 の利益 、 目前 の利 益 と長期 的 な利 益 が あ る。 その 「害 を避 けて 利益 を求 め る」 に は科 学理 論 が 必要 で あ り、理 性 を運用 して 指導 す る必要 が あ る。 つ ま り、 科学 理論 を運用

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凋 契 に見 る価値 範 疇 と して の真理(樋 口)39

して 利 害 を測 り、 条 件 を作 り、 可 能 性 を現 実 化 して い くこ とが 必 要 で あ り、

そ れ が 人 類 の利 益 に合 致 す る こ となの で あ る。 そ こ に 、 科 学 理 論 の 工 具 価 値

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が あ る と言 う 。

② に つ い て は 、 「性 と理 」 の 関 係 で あ る。 濡 契 に よ れ ば 、 真 理 性 の認 識 は 、 人 類 に お け る福 利 の た め の 工 具 価 値 で あ る ばか りで な く、 人 性 の発 展 の 要 求

に合 致 した価 値 で あ る と も言 う。 利 を求 め 害 を避 け るの は人 間 の本 能 で あ り 天 性 で あ るが 、 そ れ は社 会 の発 展 に随 っ て 発 展 す る もの で あ り、 固 定 的 な も の で は な い。 時 代 や 文 化 や 民 族 が 違 え ば、 快 楽 や 幸 福 の 概 念 に も違 い が 生 じ る。 そ れ ゆ え、 長 期 に わ た る社 会 実 践 の 中 で 、 文 化 や 伝 統 の影 響 を受 け て 、 人 間 は 習 慣 か ら次 第 に人 性 を形 成 させ て い く。 そ して 、 そ の 人 性 は 自発 的 で あ る ゆ え に、今 度 は性 が 真 の 追 求 を制 約 し、人 間 の 認 識 活 動 を規 定 して い く。

更 に、 人 間 は実 践 や 教 育 を経 て 、 無 自覚 の 自発 の 状 態 か ら次 第 に 自覚 して い く。こ の 自覚 は、 人 間 自身 に 固 有 す る 自在 の もの を呼 び 覚 ます の で 、 「人 性 の 復 帰 」 と言 う こ と もで き る。 つ ま り、性 と理 の 関 係 は 、 「理 論 を化 して徳 性 と 為 し」、 「理 想 を化 して 現 実 と為 し」、最 終 的 に 自在 か ら 自為 へ 至 る過 程 な の で

あ る。そ の意 味 で 言 え ぼ、その 都 度 の 自覚 は 、そ の 都 度 の 人 性 の 復 帰 で あ る。

但 し、 この 人 性 の 復 帰 は 、 道 学 者 が 言 う よ う に 、 生 と共 に天 か ら賦 与 され た 人 性 を 復 帰 す れ ば聖 人 に な る とい うよ う な もの で は な い 。 人 性 は、社 会 実 践 に 随 っ て 自在 か ら 自為 へ と不 断 に変 化 して い く もの で あ り、 螺 旋 式 に無 限 に 前 進 して い く過 程 な の で あ る。 そ の都 度 の 自覚 や 自為 は 、 外 か ら加 わ る もの で は な く、 実 践 の 中 で 自発 と 自在 の もの が そ の 都 度 、 呼 び 覚 ま され るの で あ

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る 、 と./'fii,,契は 言 う。

この よ うに 、 漏 契 は 、 人 類 の利 益 と人 性 の 発 展 に 合 致 した 真 理 が価 値 範 疇 と して の 真 で あ る とす る。 た だ 、 それ は客 観 現 実 に お け る発 展 規 律 の 観 点 か ら述 べ た だ けで あ るが 、 それ は また 、 人 間 の 本 質 的 需 要 と関 係 して お り、 人 性 に お け る 自在 か ら 自為 へ の 発 展 を も体 現 して い る と も言 う。 つ ま り、価 値

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範 疇 と して の真 は、 善や 美 とは分割 で きな い もので あ り、 理性 は情 感 や 意志 と人 間 の精神 で統 一・されて い る もので あ る。 それ ゆえ、 この真 理性 の認識 と はす な わ ち智 慧 の こ とで あ り、 それ は客 観存 在 の反 映 で あ り、 主観 精神 の表 現 なので あ る。更 に言 え ば、智 慧 とは理 想 的形 態 を要 求す るもので、価 値 の 意 義 を有 して い る もの で あ る。 この よ うな真 理性 の認識 は、 自然や 人 生 に対 す る認 識 を も包含 して い る。 しか し、 自然科 学 に例 を取 れ ぼ、 人 間 は往 々 に して認 知 に重 点 を置 き、評 価 の面 を軽 視 して しま う。 そ こか ら、 自然科 学 の 認識 は、評価 と価 値 の意義 を備 えて い ない と誤認 して しま う。 しか し、例 え ば、 数学 者 は、 数学 を一種 の美 で あ る と感 じ、 また 人 間の論 理 思惟 能力 の発 展 に役 立っ と感 じる場 合 もあ る し、数 は宇 宙 の調 和 を体 現 して い る と感 じる 場 合 もあ る。 この数 学者 は、智 慧 と して の数学 の真理 に注 意 を向 け、数 学 は 客観 世界 の秩 序 を反 映 して い るばか りで な く、 巨大 な精神 的な 力 を包 含 し、

人 間の主 観精 神 を も体 現 して い る と感 じる こ ともあ る。つ ま り、数 を通 して、

安 心 立命 の境 地 に達 す るので あ る。 また、 人文 科 学 に至 っ て は、 人 間 は往 々 に して その評 価面 を強調 し、 認 知 の方面 を軽 視 しが ちで あ るが、社 会 の歴 史 や 人 間 の精神 世界 は認 識 の対 象 で もあ り、 その客観 規律 を備 えてい る もので あ る。 そ う見 る と、世 界 を認 識 し、 自己 を認 識 す るた めに は、 客観 的真理 を 認 識 す る必要 が あ る こ とが わか る。 つ ま り、 人道 は天道 との相 互作 用 の 中で 発展 す るので あ る。人 間 は常 に 自身(社 会 と個人)に 対す る認 識 に基 づ いて 人 生 の理想 を考 え、実 践 の 中で その理 想 を現 実化 しよ う と努力 す る。 それ ゆ え、人性 と人道 に関 す る真 理性 の認識 に は、価 値 の意義 を認 め る こ とがで き る し、 同時 に客 観 的で もあ る。 そ して、 人間 は、 この人性 と人道 に関 す る真 理性 の認 識 に基 づ き、 科学 的 な人 生 の理想 を確 立 し、 それ に よって人 間の価

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値 を実 現 して い くこ とが で き る、 と爲 契 は 強 調 す る の で あ る 。

こ の よ うに、{,,,.契に よれ ば 、 個 人 に と って の 人 生 の 理 想 は 、 常 に一 定 の 価 値 体 系 を背 景 に して い る。 そ して 、 通 常 、 人 生 の 理 想 と言 え ば、 個 人 の 生 活

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