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ブアヂエーエブの文学的デビューは一九二三年に発表された﹁氾
濫﹂である︒この中篇は一九二二年から書き始めたもので︑完結を
見たのが翌二三年である︒次の彼の作品は精々長き短篇﹁流れに抗
して﹂である︒この作品は同じく一九二三年に︑雑誌﹁若き親衞
隊﹂の十月号に発表されたものである︒フアヂエーエフは一九三
四年にこの小説を改作して︑﹁アムグー一連隊の誕生﹂と改称し
た︒
これらの初期の作品は殆んど読者や批評家の注意を惹くにいたら
なかった︒フアヂエーヱプに作家としての人気と優秀なソヴエート
作家たるの名声を与えたものは外ならぬ長篇﹁壊滅﹂である︒﹁壊
滅﹂は実にソヴエート女学の一つの発見にして︑ソヴエート文学史
に新しい︑フレッシュな一章を切り開いた名作である︒本作品は一・・︑唾
︸︽巳守︒︼↑︒↑.首︒︒.︒︐4︑〆〆︒.︒|︲■■可.・戸!二
ア・フアヂエーエフの
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初期の創作につ
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九二五一九二六年の作で︑今日まで版を重ねること数十版に及
び︑多くの外国語やソ同盟の民族語に雛訳せられ︑今筒ソヴェート
国民の愛読書の一つである︒
フアヂエーエブは.﹁壊滅﹂を完成すると︑予てからの懸案であっ
た大画布に戻ることが出来た︒これが長篇﹁ウデゲ族の最後のも
の﹂である︒本作品は﹁壊滅﹂の創作に着手する一年前に基本的構
想を得たものと云われているが︑未だ完結を見ていないのである︒
第一巻は一九二九年に︑第二巻は一九三二年に出版され︑そしてこ
の一︑二巻の改作版が一九三五年に︑第四巻が一九三七年にそれぞ
れ出版されたのである︒本篇は全六巻の予定であるが︑今日までに
発表されたのは四巻である︒これらの作品は年代をおいて︑飛び飛
びに発表されており︑加うるに最初の二巻は根本的に改作されてい
る︒従ってこの未完の大作を全体的に評価することは冒険の至りで
ある︒
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三浦元俊
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如何にして芸術は生まれるか︑レフ・トルストイは云った︒﹁人
が自分の経験した感情を他の人々に伝える目的をもって︑その感情
をもう一度自分に呼び起し︑何らかの外面的な印でそれを表現する ︲︲︲.・・印画.・宮膝唾打抄︒︲叩.︲...︒︑..今.・
更にブアヂエーエブは一九四五年に炭鉱町クラスノドン・のコムソ
モール達の愛国的活動を描いた﹁若き親衞隊﹂を発表し︑一段と自
己の文学的名声を牢固なものとした︒本作品は五十四章から成る大
作で︑一九四六年度スターリン賞一等受賞作品である︒しかし彼は
読者の批判の声に応えてこれを改作し︑ゞ一九五一年に六十五章から
成る改作版として再度世に問うたのである︒﹁若き親衞隊﹂はソヴ
ェート愛国主義の真髄を鮮明にしたもので︑ソヴエート戦争文学の
中で最高に位するものである︒
ブアヂエーエブは小説家としてばかりでなく︑文芸評論家として
も亦有名である︒数多き彼の評論の中で最も著明なものは﹁文学と
人生﹂Q九三九年︶であろう︒本書は文学に関する彼の多くの論
文を収録したもので︑苦きソヴエート文学の道標となったものであ
る︒
祖国戦後においては一九四七年のソヴヱート作家同盟幹部会第一
一四総会において行った報告︑一九四八年のベリンスキー死後百年﹁
記念祭において行った演説﹁ベリンスキーと我等の現代﹂等は著明
なものにして︑これらの評論は社会主義リアリズム文学の前進のた
めに重要な功績を残している︒以上がブアヂエーエフの創作の縮図
である︒︑ 時︑その時に芸術は始まるのだ︒﹂︵芸術とは何か︶だが感情だけでは足りない︒思想と云うものがある︒体験された材料を︑再現する人生であるかのように︑単に画面にひき写すだけではなくて︑その材料が思想によって組織せられ︑洗い清められる時︑その時に芸術は始まるものと思う︒芸術の起原をなす思想はソヴエート文学にあっては大きな意味を持つものである︒その本質︑その狙いはもるノ︑の社会現象や人生の表面を単に再現するにあるのではなくて︑その実体︑動きを解剖すること︑換言すれば人生を支配する力を示すことに存するのである︒これが社会主義リアリズムの手法の特性であって︑それを最も鮮明に展開しているのがフアヂエーエ|フの創作である︒
ファヂエーェブの初期の作品﹁氾濫﹂︑﹁流れに抗して﹂は云わ
ぱ︑彼の文学徒弟時代の作品である︒しかしかけ出しの青年作家︑
ブアヂエーエブは早くもこれらの作品において鍛え上げられた不屈
のポリシエヴイキーを示そうとしたのである︒
処女作﹁氾濫﹂は十月革命の前夜における南ウスリー地方の密林
の僻村サンダゴウの生活の物語であるが︑本作品の中心に立つもの
はサンダゴウにソヴエート政権を組織する若い党員︑農民イワン・
ネレーチンの形象である︒
ネレーチンは自然現象と戦う一方︑また革命の敵に煽動されて一
撲を起した農民の集団を征服する︒このような︑村の革命的再建の
ための闘争の中に作者はやがて村を訪れるべき未来を展望している
のである︒
本作品は作者自身が後で﹁極めて不完全な作品である﹂と書き︑
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98
国民の希求によって組織され︑推進される全国民的な愛国運動とし
て示している︒そしてこの革命闘争の中において人間が精神的に︑
道徳的に浄化されて︑ソヴエート的な人間に変化して行く過程をも
併せ示している︒これ陸一十年代のソヴエート文学における重大な
る前進であると云わねばならない︒こ上にブァヂエーエブの絶大な
る功績が存するのである︒ブアヂエーエブは革命と人間との関係を規定して次のように述べ
ている︒﹁市民戦において人間的材料の陶汰が行われるI罰の敵視す
るものは革命によって一掃される︒革命の陣営に偶然落ち込んだ者
で︑真の革命闘争の能力なき者は悉くふるいおとされる︒そして革
命の真の根から︑百万の人民大衆の中から成長した総ての人之がこ
の闘争において鍛えられ︑成長し︑発達するのである︒﹂
メーチックとモロースカの形象はこの名題に対する生きた解説で
ある︒
次に︑更に如上の観点に立って本作品を考察することにしよう︒
﹁壊滅﹂はその展望性からすれば︑ゴーリキーの﹁母﹂Q九○六
年︶を坊佛させるものがある︒﹁母﹂は外面的にはパーヴエル親子
をはじめ其の他の主人公達の敗北をもって終っている︒しかし彼等
は敗北と云う失意の真只中にあって︑勝利する時は必ずやって来る
と云う楽天的な確信に燃えているのである︒ゴーリキーは早くもこ
の﹁母﹂において︑日食の真実に眩惑されず︑﹁世紀の大真実﹂を
示したのである︒
ゴーリキーはいゑじくも次のように云っている︒ ﹃■﹃
I
﹁日々の真実が深く人々を捕えている︒だから人々は世紀の大真
実を見ることが出来ないのだ︒その真実こそは生ける人々の血と頭
脳から結晶一しなものだ︒従って不朽なのだ!﹂
他方﹁壊滅﹂も生存者十九名を残して︑レヴインソン部隊の壊滅
となって終っている︒しかしこの壊滅も前述した﹁母﹂の場合と同じ
ように︑革命の壊滅を意味するものではない︒この壊滅たる事実は
国民を革命へと直結し︑そしてそれによって新しい戦闘力を創造す
る根源となっている︒そして国民と革命との連繋の中に︑全国民的
な革命擁護の闘争の中に革命成就の絶対的要因が示されている︒
本作品は次のような情景で終っている︒
﹁レヴインソンは沈黙して︑まだ潤んだ眼差しでこの広い空を︑
穀物と休息とを約束する大地を︑籾打ち場にいる遥か遠い人影とを
見やった︒それらの人々を彼はやがて︑黙然として彼の後について
馬を進める十八人の人だと同じように︑自分達の親し此近しいも
のとなさねばならぬ︒そこで彼は泣くの詮やめた︒生きて自分の義
務を果さねばならないのだ.﹂lこの創建の人︑レヴィ琴ソの決
意の中に﹁世紀の大真実﹂が示されているのである︒
このような革命の描写は.億の人灸が一人の人間のように立ち
上がろう﹂と云うレー一ンの革命観の具象化とも見られるのであ
るoか上る革命描写の精神はパーヴレン︒が一九ニハ年に発表した
祖国防衛の長篇﹁東洋において﹂のエピグラブとして進展している
のである︒本作品は実際にあった戦争ではなくて︑近き将来極東において現
実的に予想される戦争を描いたものであるが︑作者はそのエピグラ
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99
ブとして次のような中国の諺を掲げて︑本作品の意義を強調してい
るのである︒
﹁若し全国民が一息つけば嵐が起きよう︑地上に足踏みすれば地
震が起きよう︒﹂
このようにして革命の大衆性の詩化は組織的な︑全国民的な祖国
防衞運動に直進したのである︒更にこの詩化の精神は祖国戦後の平
和再建においては同作家がコルホーズの建設を描いた長篇﹁幸福﹂
Q九四七年度スターリン賞一等受賞作品︶の主人公︑ヴオロパー
エブ大佐の見え出した幸福となって結実しているのである︒・4
本作品はもう一つの観点から考察しなければならない︒それは人
物描写と云う点からである︒
次に︑この観点に立って眺めることにしよう︒
ブアヂエーエブはこれまでソヴエート散文界に君臨していた︑伝
統的な人物描写の手法に拮抗するかのように︑﹁壊滅﹂の主人公達
を外面からではなく︑恰も内面からするかのように描いたのであ
る︒即ち彼は人間にとって最も高い︑最も価値ある天賦l人間性
に着目して︑主人公達の内的精神生活の描写を試承たのである︒こ
のような︑人間の内在性の解剖はソヴエート文学の発達にとっても︑
またソヴエート社会の新しい主人公達の形象化にとっても重大な意
義を持つものである︒﹁壊滅﹂がソヴエート文学の発見であり︑ソ
ヴエート文学史に新しい一章を切り開いた作品であると讃えられる
のは蓋しこ上に原因が存するのである︒
しからぱ過去のロシア文学はどのような人間像を描いていたか振 り返って見ることにしよう︒過去のリアリズム文学は主としてブルジョア︑地主制度の否定的面の描写に捧げられたのである︒ロシヤ古典文学の傑作は夛アームソブのモスコー﹂の無智と卑屈さを暴一タ露し︑﹁死せる魂﹂の住める地主ロシヤについて︑﹁オプローモブ家領地﹂の眠るが如き沈滞せる生活について︑﹁ウグリューム・プウルチエーエブ﹂の操縦する生気なき︑鈍き官僚的な機械について︑八十九十年代のロシヤインテリーの﹁尾の短い︑翼なき﹂存在について︑世を捨て上︑﹁殻の中に隠れてしまつた﹂︲力なき臆病な人間について物語っている︒
ロシヤの作家達は取り巻いていた現実をその本来の性質から主と
して否定的に描かねばならなかった︒︑ロシヤの作家達はゴーゴリの
言葉を借りて言えば﹁人間の中にある限りのすべてのよいものの美
を開陳するよりも︑寧ろ人間の中にある限りのすべての悪いもの﹂
を示さなければならなかったのである︒なぜなら彼等の任務は人間
を悪へと運命づけたところの実生活との闘争にあったからである︒
従って彼等作家達は国民の暗い生活を正しく描き︑そしてそのこと
によってこう云う生活は許し難いものであるとの結論に読者を導い
〃ていたのである︒この十九世紀のリアリズムをゴーリキーは社会主
義リアリズムと区別して︑批判的リアリズムと呼んだのである︒ロ
シヤの作家達は四囲の現実に対する批判を自己の創作の基本的態度
とした︒かよるリアリズム文学の中で革命家︑主としてその心理を
捉えた作品と云えば先ずトルストイの﹁復活﹂︵一八九九年︶くらい
であろう︒トルストイは本作品の主人公シモンソン及び其の他の主
人公達の形象をもって革命家の内在性の片鱗を示している︒ 111
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︸﹃か上る次第で︑過去の文学の主人公達はソヴエート作家がプロレ
タリヤ革命家を形象化する上に文学的見本となり得なかったのであ
る︒彼等は新しい人間の肉づけの方法を自分で探し求めねばならな
かった︒こ上において彼等は非常な困難に逢着したのである︒
しからぱ革命後ソヴエート作家達はどのような人間像を描いてい
たか考察してみよう︒プロレトクリトの詩人達は市民戦当時︑工業に関する叙事詩や韻
文の中で︑赤々と燃えさかる熔鉱炉を季ハックとして︑両手に重いハン
マーを振りかざした所謂﹁鉄筋のプロレタリヤ﹂の形象を描いていた
のである︒このような形象は図案かポスターのような︑抽象的な表
象であって︑生きj\とした人間の顔はその背後に隠れてしまって
いるのである︒ソヴエート散文界にレヴインソンが登場するまでの
人間像は大部分︑鉄石の意志の持主で︑峻厳そのもので︑死すとも
自己の目的を貫徹せんとする不屈のボリシェヴィキ−であった︒彼
等は積極的な意志の根源の担い手として︑換言すれば生きj\とし
た人間の感情を追い出してしまった︑鉄や石の如き人間として描か
れていたのである︒このような人間像は生活に対する情熱的な︑燃
ゆるが如き態度や︑人間本来の感情や︑生きノ︑としてきらめく思
索を失った人々の形象である︒
﹁彼等は足もとに何等気を配らない︒彼等は永久に前方と天上と
を見張っている︒このような緊張を持つにいたっては︑まさに人間
ではない︒一種のコイルだ︒ルームコルブ式のコイルだ﹂とフエー
ジンの長篇﹁都市と年﹂Q九二二一九二四年︶の主人公アンド
レー・スタルッエフは同僚のポリシエヴイーク︑クールトと彼の友
一
人達を以上のように特徴づけている︒かふる死人のような︑去勢
された形象は多種多形な生活の諸相や人間の心理の豊さや多面性を
反映させることは出来ないのである︒〃/フアヂエーエブはこのような固定化したボリシエヴイキーの描写
のスタンプに抗して起ったのである︒彼はこれまでの人間像に特有
であった内面的貧困lこれが克服に着目し︑人間性を主軸として
新しい人間像をリアリズムの手法で描き出したのである︒彼はポリ
シエヴイキーを外面からではなく︑恰も内面からするかのように︑
しかも第三者の見解から隠されていた一切の体験をもって描き出し
たのである︒そしてボリシエヴイキーの持つ窒固な︑鉄石の意志は
ブアヂエーエフの主人公のもとにおいては人間に対する柔軟性や同
情心と融合して︑真のヒュー言一ズムを産み出しているのである︒
このような︑ポリシエヴイキーの形象化はソヴエート文学において
噴矢とするものである︒
s
しからぱブアヂエーエフはポリシエヴイキーの形象をどのように
創造したか︑先ず外貌の描写から考察することにしよう︒
彼はポリシエヴイキーの外貌の描写にどのような表現を用いてい
るか原文の中から拾い上げてみることにする︒すると先ず
﹁小さな︑目立たないレヴインソごとか︑﹁ようよう跣を引き
ながら歩く﹂と云うような反英雄的な線を強調する表現が多く目
にと堕まるのである︒このようなリアリスチックな形象はその当時
のソヴエート文学の伝統的な人物描写の表現︑例えば﹁威力ある指
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101
導者﹂とかまたは﹁皮ジャケツを着た鉄のプロレタリヤ﹂と云うよ
うな︑スタンプ化された形象に言わば外面的に対立しているのであ
る︒
彼はレヴインソンの肖像を次のように描いている︒
﹁彼は見たところ︑非常に小さな︑醜い男で︑全身帽子︑赤ちやけ
た篝そして膝より高い長靴と云った具合だ﹂
更に彼は作品の殆んど到る処でレヴインソンが脇腹に姪く痛みを
辛うじて堪える彼の肉体的の弱さや病弱さを極めて印象的に描いて
いる︒しかし最も絵画的に︑最も具体的にレヴインソンの外貌を描
いているものは彼が若者達に交じって︑ゴロトキー遊びをしている
時の彼の外貌のスケッチであろう︒この描写ははじめて自分の隊長
のレヴインソンを見たメーチックが隊長の余りにも醜い︑卒凡な外
貌に驚いて受けた彼の知覚を通してなされたものである︒この時の
情景は次のように描かれている︒
﹁崩れた藍の生えた祈祷所の傍には帽子一つぱいに赤い布をつけ
た楽しげな︑騒々しい若者達がゴロトキーをして遊んでいた︒丁
度背の高い︑百姓用の長靴を穿き︑赤い三角の模のような篝をもっ
た︑童話の挿絵にある一寸法師に似た小さい男が全部の棒を不面目
にも当てそこなって︑投げるのを今しがた終ったばかりであった︒
人々は彼のことを笑った︒この小さな男は恥ずかしそうに微笑した
⁝⁝﹂﹁あれがレヴインソンだよ!﹂とビーカは云った︒
ブアヂエーエブは以上のように隊長レヴインソンの風貌を描いて
いるのである︒しかしながらこのような彼の非英雄的外貌は彼の
持つ内在的ゲロイズムや精神的富の描写を毫も妨げていないので
山
しからぱブアヂエーエフはレヴインソンの内在性をどのように描
いているか︑これ叉作品の中から二︑三の情景を取り上げて承よう︒
本作品の中に一見すれば余り目立たない所ではあるが︑レヴイン
ソンの人間たるの風貌を新しい手法で照し出した次のような一駒が
ある︒
﹁或る夜のこと︑彼は哨所の点検に出かけた︒眠っている者の外
套を踏まないように努めながら︑彼は消えて行く焚火の間を通って
行った︒右から一番端の焚火が一番明かるく燃えていた︒その傍に
しやがんで不寝番が掌を火の方にさし伸ばして手を暖めていた︒彼
は見たところ︑このことを全く忘れているらしかった⁝⁝黒い羊
の帽子は彼の後頭に滑り落ち︑眼は物思わしげに広く開かれ︑そし
て彼は人のよい︑子供のような微笑を微かに浮べていた︒〃これ
は素敵だ!〃⁝⁝⁝とレヴインソンは思った︒そして一層静かに︑
一層注意深く歩いて行った︒それは彼に気づかれないようにする為にではなくて︑不寝番の微笑を驚かさない為にであった︒
しかごその男はそのま上気付かずに︑火を眺めて微笑しつ典けてい
た⁝⁝⁝﹂
この兵士の微笑はレヴインソンにとって極めて貴重である︒彼は
それを擁護し︑それを驚かさないように努めたのである︒なぜなら
ばこの微笑は彼にとって︑人間たるの喜びの担保であり︑また彼の
心からの願望が実現された時の真に価値ある幸福の保証であるから ある︒
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である︒
このように憲一レヴインソンが不寝番の微笑を驚かさないようにと
気を配りながら︑一層静かに︑一層注意して歩いて行った彼の態度
ぼ我盈読者にこよなく美しい人間たるの情感を呼び起さずにはいな
いのである︒この配慮の精神を筆者は﹁ボリシェヴィキIの配慮﹂
と呼びたいのである︒この﹁ポリシエヴイキーの配慮﹂はマヵーレ
ンコが直接新しい人間の誕生に捧げた名篇﹁教育絞事詩﹂c九三
三一九三四年︶の中にポリシエヴイキー的教育技術として公開さ
︲J
れている︒
次に︑本作品の印象的な一場面を取り上げてゑよう︒
ゴーリキー補導所長のマカーレンコが矯正不能とまで目された名
うての不浪児セミョン︑カラパーノブに云いつけて︑補導所の会計
課から現金を持参させ︑そしてそのことによってこの不浪児に﹁自
分は信頼に値する人間︑つまり自分は他人の信頼に答え得る人間で
ある﹂との自覚を喚起して行く教育的な一場面がある︒
﹁若しこの世に神があったら︑神が誰かをおつかわしになって︑
森の中から誰かがわたしに襲いか上ったら⁝⁝十人であろうと或は
どの位か分からないが︑わたしは殺されたって︑ピストルで射ちま
くってやる︑かみついて犬のようにかゑ切ってやる⁝⁝﹂と殆んど
泣かんばかりに訴える光景は余りにも印象的である︒しかもこの際マカーレンコは持参させる金額にも第一回目は五○
○ルーブル︑第二回目は二○○○ルーブルと細い注意を払っている
のを見逃すことが出来ないのである︒
このようにして人間性に目覚めた︒冨一スト達は集団労働にょつ ていよj︑精神的に清められ︑美しい人をになって行くのである︒この集団労働芯先ず第一に︑コロニズト達自身にとって必要な仕事︑︒ロー一ヤ全体にとって必要な仕事︑それから国民全体にとって必要な仕事と云う具合に行われたのである︒最初の集団労働はコロJ一ヤの歩道の除雪作業であった︒このような︑幾多の労働を重ねた結果︑ゴロ一スト達は次第に労働生活に興味を覚え︑最後には﹁労働こそ創造と歓喜の源泉である﹂と意識するに至るのである︒この歓喜の姿は次の光景の中に見ることが出来るのである︒
﹁穀物のちりを全身に浴びたコロニスト達は疲労と興奮のため足
をふらつかせ︑疲労を冷笑しつ上︑重い荷を担いで身をかがめ︑静
かな真夏の夜の凉しさを顔に受け︑喚笑の中に冗談をとばしながら
家路を急ぐのだ⁝.:﹂
以上の如く︑マカーレンコがゴロ一スト達の精神改造のために取
った教育方策の中に極めて用意周到な︑組織的な配慮を見るのであ
る︒この﹁ポリシエヴイキーの配慮﹂は﹁プロレタリヤの憎悪﹂と
ともに︑ゴーリキー的ヒュー言一ズムの本質的な︑主張的な要素で
あると考えるのである︒
7
塁減﹂Iこれは革命闘争時代に生まれた新しい人間を論じた本
であるo作者は本作品において主人公達の内的世界の解明︑彼等の
内的体験及び心理に一切の注意を集中している︒このような繊細な
心理分析の芸術は偉大な言葉の巨匠︑レフ・トルストィから学び取
ったものである︒
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虎いⅢ〆●かf峰.︲1Jドエ 一十印I︒|︾・服J一日■・︾一四碑︼︲限.尚切狸1J
軸.j蝿・菫 1ゞ汐
』
103
その当時チエルヌイシエーフスキーはトルストイの﹁幼年時代︑︑
少年時代及び軍事物垂巴に捧げた評論の中で︑当時まだ若かりし作
家の創作上の特色を次のように特徴づけている︒
﹁心理の分析はさまん\な方向を取ることが出来る︒或る詩人は
性格の輪廓に最も多く心が惹かれる︒他の詩人は社会的関係や生活
上のいざこざが性格に及ぼす影響に︑第三の詩人は感情の行動への
連繋に︑第四の詩人は情慾の分析にそれ人〜心が惹かれるのであ
る︒トルストイ伯は心理過程そのもの︑その形態︑その法則l一
定の術語で言い表わせば﹁魂の弁証法﹂に最も多く心が惹かれてい
るのである︒﹂
この﹁魂の弁証法﹂︑人間の意識の中で行われる一︲心理過程﹂は
執鋤にフアヂエーエブの創作上の注意を惹きつけたのである︒人間
の性格の多面性や豊さを余すところなく描き出すトルストイの芸術
はフアヂエーエブにとって垂涯的な創作見本となったのである︒か
け出しの青年作家︑ファヂエーェフは偉大なる天才芸術家に次い
で︑神漉的な︑幽玄な︑しかも第三者の見解をもってしては到底捕
捉し難い魂の動きの解明に乗出りしたのである︒
アンナ・カレーニナを執筆している時︑トルストイは叔母に宛て
A次のような手紙を書いている︒
﹁全くの静けさと暗闇の中でざらノ︑と云う音に耳を傾け︑暗闇
の中に入り込む淡き光をぢつと見詰めている人間を想像して下さい
.⁝⁝︒.今やわたしは再び静けさと暗闇の中で耳を歌て︑︲眼を見張っ
ている︒若しわたしが聞いたり︑見たりしたことの百分の一でも描
くことが出来たならば⁝・・・﹂︵一八七二年の秋ア・ア・トルスタヤ︑︲@
りげ﹄J晒押・︲︲︲I︲■根1J に宛てた手紙︶
このような︑主人公達に対する緊張した凝視︑彼等の口外にしな
かった言葉に対する傾聴︑極めて繊細な心理的一一ユーアンスの研
究Iこれらはフアヂエーエブにとっても特徴的なものとなったの
である︒︑
ファヂェーェブは終に︑トルストイ芸術の特色と云われる人間心
理の描写の方法を会得したのである︒この方法は畢寛へ人間の真の
感情や思想と人間の外的行為との間の矛盾の解明や人間の行為の奥
底に息づく神秘的な動機の明示に帰着ずるのである︒
この方法によってブアヂエーエフはレヴインソンが時折襲われた
狼狽を克服するために取ったあの大きな内的活動を次のように描き
出している︒
﹁レヴインソンはそのすべての様子で︑自分こそはこのすべてが
何故に起って︑それがどうなって行くかを立派に知っていると云う
こと︑この中には何も変わった︑恐ろしいことはないと云うこと︑そ
して自分はもうとつくに適確な誤り稚き救稽のプランを持っている
と云うことをまるで人々に示しているかのように見えた︒しかし実
際においては彼は何等のプランも持っていなかったばかりでなく︑
概して彼は恰も多くの未知数を含んだ多くの問題を即座に解けと強
いられた生徒のように自己を当惑の中に感じていたのであった︒﹂
この人々に向けられたレヴインソンの﹁外貌﹂が彼の精神的根源
に一致しないことは決してこの人間の二重性や心理的不調和を物語
るものではない︒まさにこの手法によって︑若きリアリスト作家ブ
アヂエーエフは真のポリ︲シエヴイキーの意志の誕生を鮮明にすると
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ともに︑↓自己統禦の方法と︑宿洞や弱い肉体を克服する方法を指導
〆〆者に体得させる革命的訓練を公開したのである︒
更にフアヂエーエブはこれと同じような︑人間の懐を秘かに窺う
ような方法でメーチックの心理的裏面を次のように描き出してい
う︵︾O・
メーチックは裏切行為を行った後︑非常に苦しむのであるが︑
﹁これは彼を信頼していた数十名の人々が彼の行為のために戦死し
たがためと云うよりは寧ろ︑この行為のために洗いおとすことの出
来ない︑汚い︑厭わしい染承が︑彼が自分の中に発見したすべての
よい︑きれいなものに矛盾するがためであった︒﹂
このようにフアヂエーエブは単に人をについて︑また彼等の行為
や行動についての象物語っているのではない︒彼は恰も変わらざる
道連れのように主人公達に同行し︑彼等の一歩々々を注視しつ皇︑
彼等の動作︑見解︑言葉の一つj︑を説明するのである︒しかも
彼はその際彼等の外部に出た︑眼に見えるもの︑口外にしたもの
などの背後に潜んでいるものについて物語ることを忘れないのであ
る︒
この心理的描写はトルストイにとって典型的と云われる︑特に構
成した﹁暴露的文﹂の助けによって行われているのである︒このよ
うな成文はその措辞法的構造によって︑この場合︑事の本質が一見
して意識されるような︒或る種の動機ではなくして︑他の︑余り眼
にと堂まらない︑奥深い所に潜んでおり︑時には全く不明な動機で
さえあると恰も確認しているのである︒
次に︑二︑三の例を示して承よう︒
1
トルストイの場合
﹁ネフリチlドブの頭に一つの思想が異常な明瞭さで浮んで来︑
た︒それはすべての人々が逮捕され︑監禁され︑追放されたのは決
して彼等が正義を侵したからでもなければ︑不法をあえて行ったか
らでもなく︑た型官吏や富豪たちが民衆から掻き集めたものを完全
に保有することを妨げたからに過ぎないのである︒︵復活︶
﹁人間どもの考えによると︑神聖で重要なものはこうした春の朝
でもなければ︑また生きとし生けるものの幸福のために与えられ
た︑こうした神の世界の美I卒和と一我と愛に導く美でもなく
て︑互に他人を支配し合うために彼等が勝手に考え出したことなの
である︒﹂︵復活︶
﹁彼のところに息子が連れてこられた時︑彼は息子に接吻して︑
顔を背けてしまった︒それは心がつらく︑彼を不偶に思ったからで
はなくて︑このことが自分から要求されていたすべて堂あると彼は
考えていたからに過ぎないのである︒﹂︵戦争と平和︶
フアヂエーエブの場合
﹁メーチックは彼を捉えた恐ろしさのために殆んど眼をつむらん
ばかりであった︒それは射撃しなければならないからではなく︑皆
が彼の失敗を望んでいるように思われたからである︒﹂︵壊滅︶
﹁レヴインソンは決してこんなことを話しはしなかった︒それは
彼が物事を隠しだてする男であったからではなくて︑彼は皆が自分
のことを特別な種類の人間であると考えていることを知っていたか
らである︒﹂︵壊滅︶
﹁〃もし︑もし︑同志レヴインソング⁝⁝とメーチックは︑彼が
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馬の手入れの悪かったためではなくて︑何だか愚かしく卑屈そう
に︑重い鞍を手に持っていたと云うことから︑彼が経験した自己卑
下のために額える声で眩いた︒〃僕が悪いんではないんです褐⁝僕
の云うことを聞いて下さい・・・⁝〃﹂︵壊滅︶
上述の如く︑トルストイの創作がブアヂエーエブに大なる影響を
与えたことは事実である︒フアヂエーエブ自身もこのことを肯定し
て次のように書いている︒
﹁批評家達は作品﹁壊滅﹂には偉大なロシヤ作家︑レフ・トルス
トイの影響が見られると強調している︒このことは勿論︑部分的に
は正しいのである︒しかしこのことはまた部分的には正しくないの
である︒それは﹁壊滅﹂にはトルストイ的世界観の片鱗もないと云
う意味において正しくないのである︒僕は﹁壊滅﹂において女の音
律的な構成上︑或る個所に心ならずもトルストイ言語の或る性質上
の特質を取り入れたのである︒﹂
しかしながらフアヂエーエフはトルストイ的世界観の影響に屈し
なかったのである︒﹁壊滅﹂はその思想的意義において恰もトルスト
イの歴史観に対置しているかのようである︒周知のように︑天才的
史詩﹁戦争と平和﹂の中に反映されているトルストイの歴史論は歴
史の歩承に対する人間の理性的干渉の否定に根ざしているのであ
る︒トルストイは﹁戦争と平和﹂の全紙をもって言わば︑歴史の進
行は自然的な歩承にして︑その進路を変えることは如何に偉大な歴
史的人物と錐もこれを為す権能を有せずと確認しているのであ
る︒﹁戦争と平和﹂においてトルストイは世界の運命の決定者と
通か︑または歴史的事件に屈服しておりながら︑歴史的事件の指導者 なりと自称するナポレオンを取るに足らぬ︑独りよがりの人間として描いている︒チポレオンの無力lこれは歴史を指導せんとする彼の滑稽な要求に存するとトルストイは云っている︒
プアヂエーエフはこのトルストイの見解を﹁壊滅﹂をもって論駁
しているかのようである︒即ち彼は主人公レヴインソンを通じ︑事
件の面前に立つ人間の無力Iこの思想は行動への意志がその人に
欠如していることを掩護する最悪の偽善の現われであると強調して
いるのである︒
﹁壊滅﹂Iこの作品こそは社会変動に対する党の指導的態度の根
源を世に示したものであり︑またそれとともに︑人灸や事件を指導
しつ上︑世界の変革を希求する指導者の力を確認したものである︒
プアヂエーエフ朧トルストイから学び取った心理的描写の芸術を
ポリシエヴイキー的世界観に立って︑更に高度のリアリズム芸術に
引き上げたのである︒レーニンはこのリアリズムを定義して︑﹁健
在なるリアリズム﹂と称したのである︒
〆
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