電子媒体上の読書に関する一考察
菅谷 克行
要 約
近年、様々な形態の電子書籍端末・サービスが登場し急速に普及しつつある。出版 ビジネスに関する話題が大きい一方で、文化のサステナビリティとして「知」の継承 を支える「読書行為」や「読解」に対する電子書籍の影響力や可能性を論じたものは 少ない。そこで本研究では、電子媒体上の読書と紙媒体上の読書との間で差異がある のかどうかを「読解」という観点から評価すること、電子書籍媒体の操作性に関する 主観的評価から日常の読書や教育現場への導入の可能性を考察・検討すること、を目 的とした。実験・調査の結果、紙媒体と電子媒体の間に読解の差異は無いこと、操作 に対する壁・抵抗感は低く知的活動の場への導入可能性が高いこと、電子書籍によっ て実現される新たな読書スタイルの可能性などが明らかになった。これらの結果から、
知的活動としての個人の読書の場や、次世代を担う人材を輩出する教育の場へ、電子 書籍の積極的な導入を提案する。
キーワード:電子書籍 マルチメデ ィア デジタル読解力 知の継承 操作性
1.はじめに
従来から、文化のサステナビリティとして「知」の継承を支えてきたのが出版物であるが、
近年「書籍・雑誌が売れない」、「活字離れ」などといわれ、出版物の総売り上げはピーク時 の4分の3程度にまで落ち込んでいる(社団法人全国出版協会2009)。さらに、刊行数の増 加とともに一点あたりの書籍の寿命が短くなっており、例えば単行本はわずか1、2年でベ ストセラーだけが文庫化され残りは断裁、文庫も数年で欠品する、というのが当然のように なっている(前田2010)。このような出版不況に対し、最近、様々なタ イプ の電子書籍端 末・サービスが登場し、大きく注目されるとともに急速に普及する兆しを見せている。特に 米Amazon.com社のKindleやApple社のiPadなど、電子書籍の利用を想定した新しいデジタル デバイスの登場により、その可能性に期待を込めて「2010年は日本における電子書籍元年」
と呼ばれ た。それ までも、ケータ イ小説・電子コミック市場の急成長(インプレ スR&D 2009)やグーグル・ブックス問題(長尾他2010)など、電子書籍に関する様々な話題は出て いたが、電子書籍文化が、その助走段階から跳躍段階への移行期となったのが2010年ともい
『人文コミュニケーション学科論集』12,pp.137-156. ©2012茨城大学人文学部(人文学部紀要)
える。
一方米国では、既に電子書籍文化が開花している。2007年の米Amazon.com社の初代Kindle の発売から、ウィスパーネット等のビジネスモデル展開により徐々に電子書籍コンテンツ販 売数が増加し、2010年7月には米Amazon.com社において、電子書籍の販売数がハード カバー の印刷書籍の販売数を上回ったことが発表された(Amazon.com2010)。Apple社のiPadが発売 されると、そのiPad上でもKindleBooksサービスが利用できるようにアプリケーション展開 もしている。このように、米国では電子書籍が端末・サービスともに充実してきており、そ の中心に存在するのが米Amazon.com社のKindleのビジネスモデルといえる。残念ながら、現 在(2011年10月)、Kindleは日本語書籍への展開は未発表であり、洋書を読む場合以外にKin-
dleStoreを利用することはできないが、今後の動向を見守りたい。
日本においても電子書籍に対する期待感や話題は大きいが、話題の中心は、流通・出版業 界に与える影響や新たな電子書籍ビジネスなど、経済・産業面における変化や可能性を論じ たものであり、純粋に知的活動としての「読書行為」や、「業務上の読み」、「教育分野での読 み」など、「読解」という観点から電子書籍の影響力を評価・論じたものは少ない。
そこで本研究では、(1)電子媒体上の読書と紙媒体上の読書との間で差異があるのかどうか を「読解」という観点から評価すること、(2)電子書籍媒体の操作性に関する主観的評価から 日常の読書や教育現場への導入の可能性を考察・検討すること、を目的とした。そして分析 結果をふまえ、電子書籍の積極的活用に向けて「新たな読書スタイル」、「教育現場への積極 的な導入」を提案したい。
本稿の構成は、以下のとおりである。まず1章で研究背景と目的を示した後、2章では小 説読解実験とマンガ読解実験の結果から電子媒体が読解に及ぼす影響について考察する。3 章では電子媒体の操作性や可読性に関する主観的な評価について、初心者への導入時と、一 年以上の長期使用時に分けて試用・評価した結果を考察し可能性を探る。4章では2、3章 の結果をもとに新たな読書スタイルとしての電子書籍の活用と教育現場への積極導入につい て提案する。5章で全体をまとめ、最後に今後の課題を示して本稿を結ぶ。
2.電子書籍による読解
本研究グループでは、これまで数年にわたり印刷媒体と電子媒体における読解の差異につ いて、様々な調査や実験を行なってきた。本章では、これまで実施した実験の中から、小説 を題材とした読解における紙媒体と電子媒体の比較実験(菅谷・長滝2008)と、マンガを題 材とした読解における紙媒体と電子媒体の比較実験(小島・菅谷2010)の結果を簡単に示し、
本稿の考察の一材料とする。
2.1.電子媒体上の小説読解実験 2.1.1実験の背景と目的
話題性・注目度が高い電子書籍であるが、その一方で、電子書籍に対する印象はいまだに ネガティブな要素が指摘されることが少なくない。例えば、電子ファイルとしてドキュメン トを入手する機会が多くなったが、じっくり読みたい論文や校正が必要な原稿などは、デ ィ スプレ イ上で読むよりも紙にプリントアウトしてから読むという人も多い。これには様々な 要因が関わっていることと考えられるが、例えば筑瀬(2008)は「文の性質(直読型と解読 型)」と「読み手の態度・姿勢(検索型と通読型)」という二つの軸によって、これまでの電 子書籍が普及しない理由を説明している。またAbigail&Richard(2007)は、書類処理作業に 着目し、紙が備えている特性として、(A)紙はドキュメントのナビゲーションを柔軟に支援す る、(B)紙は複数のドキュメントの相互参照を容易にする、(C)紙はドキュメントへの注釈付 けを容易にする、(D)紙は読む行為と書く行為を同時にうまく統合させて行えるようにする、
という4つのアフォーダンスを示し、これらが知的作業においては重要な要素となっている ことを説明している。そして、現状においては、これらを満たした紙の代替物(電子ペー パー等)が登場していないためオフィスから紙が消えていないことを説いている。
一方で、日常的に電子 メール、Web、blog、SNS、Twitterなど、仕事、趣味の区別なく、
電子媒体上の文字を「読み書き」する機会も多くなっており、決して「読みにくい」という ことを意識することなく使用している人も多いのではないかと思われる。そこで、電子媒体 上で文章を「読む」という行為に着目し、「読解」という観点から読書媒体の影響力を評価・
考察することを目的として、実験を実施した。
「読解」という行為は分野・内容によって様々な解釈・説明が可能である。本研究において は、電子書籍の教育現場や日常読書への導入の可能性を検討するための読解実験という位置 付けから、一般に教育現場で広く実施されている「現代文の読解問題」を解くことによって 得られた「解答」を、各媒体上での「読解」を考察するための一指標とすることにした。
2.1.2.実験の方法と結果
本実験は、iPadやKindleが発表される前の2007年に実施した読解実験であり、紙媒体と電子 媒体(PCとニンテンドーDS)を使用した読解比較を、大学生を被験者(27名)として調査 したものである(菅谷・長滝2008)。
使用媒体
・ 紙媒体:A4用紙に印刷したもの
・ 電子媒体:ニンテンドーDS(3インチ,解像度256×192,x2スクリーン)
(使用ソフト:DS文学全集)
・ 電子媒体:ノートPC(15インチ,解像度1024×768)
(使用ソフト:FlibViewer)
題材
・ 高等学校レベルの現代文問題集から出題
・1000~1500文字程度の文章読解(各媒体につき1文章:計3文章)
・ 内容理解を問う記述式問題(各文章につき5題/制限時間30分)
方法
・ 各被験者は3つの媒体でそれぞれ異なった文章を読み、読解テストを解答
(※カウンターバランスを配慮して被験者、媒体を配置した)
・ 実験者および研究グループ メンバーで採点(採点基準等はすべての採点者で合意)
・ 得点を、分散分析およびTukeyHSD法による多重比較により分析
・ 被験者が実験後に質問紙法により回答した、操作に対する主観的評価も分析
結果
この実験・調査の結果、以下のことが判った。
・ 高等学校レベルの1500字程度の小説読解問題については、電子媒体と印刷媒体による読解 に統計的な差異は認められなかった(F(2,78)=.472,n.s.)
・ 一つの題材において、机上に置かれたPCで読む場合と、手で持つことが可能なニンテン ドーDSで読む場合の間には有意差傾向(多重比較)があった(F(2,24)=2.992,p=.07)
(→「手で持って読める」要素の重要性が示唆された)
・ 操作に対する主観的評価結果から、読者は「起動の速さ」、「携帯性」、「操作性」の要素を 重視することが明らかになった
2.2.電子媒体上のマンガ読解実験 2.2.1.実験の背景と目的
マンガは「文字」と「絵」の両方で表現されているため直感的に理解しやすく、日本はマ ンガ文化が大きく根付いているため、教科書や教材として、マンガが教育分野でも利用され るようになっている。例えば、学校教科書内でのマンガによる説明(渡辺2007)、歴史学習用 や伝記マンガ(S-KIDS.LAND集英社)や、マンガによる説明中心の学習参考書なども出版さ れてきている。従来の書籍のページの規格にとらわれない自由な表現方法を用いた電子コ ミックや、マルチメディア機能としてBGMや効果音、アニメーションを使った臨場感あふれ る効果を出すことができる電子コミックのように、電子媒体の特徴を活かした多種多様なコ ミックコンテンツも出現している。
本実験では、「文字」と「絵」で表現されるマンガの読解に着目し、紙媒体と電子媒体 (iPad)の間で「読解」に差異があるのかどうかを明らかにすることを目的とした。「マンガ読 解」については、2.1.の小説実験の題材とは異なり、その指標となる一般的な読解問題等が存 在しないため、被験者には読後に「あらすじ」を書いてもらい、その「あらすじ」の記述内 容から「内容の定着度」を判断し、考察のための指標として用いることとした。
2.2.2.実験の方法と結果
発売された直後のiPadを電子書籍端末として用いて、マンガ読解実験を実施した。紙媒体 と電子媒体(iPad)での読解比較実験であり、大学生を被験者(10名)として調査したもので ある(小島・菅谷2010)。
使用媒体
・ 紙媒体:B4用紙に2ページずつ印刷し製本したもの
・ 電子媒体:Apple社 iPad(9.7インチ,解像度1024×768)
(使用ソフト:i文庫HD)
題材
・ 児童向け作品として描かれたマンガ
・ 本実験用に書き下ろしたオリジナルマンガ
方法
・ 各被験者は2つの媒体でそれぞれ異なった作品を読み、読解テストに取り組む
(※カウンターバランスを配慮して被験者、媒体を配置した)
・ 読解テストとしては、読後の内容定着度を測ることを目的として400字程度であらすじを 記述してもらった
(※読後に簡単な計算問題に取り組んでもらい、短期記憶の影響を配慮した上でテスト解 答としてのあらすじを記述してもらった)
・ 実験者および研究グループ メンバーで採点(採点基準等はすべての採点者で合意)
・ 得点を、分散分析により比較
・ 実験後のインタビューにより、利用方法や操作に対する主観的評価を分析
結果
この実験・調査の結果、以下のことが判った。
・ 読解テストの結果、紙媒体と電子媒体で差は見られなかった(F(1,18)=.300,n.s.)
・ 読者は「紙の手触り」、「印刷や紙の劣化による美意識」、書棚に並べる「コレクション性」
など、紙媒体独自の性質を重視
・ 電子媒体による「読みづらさ」は未経験による先入観を源とした単なるイメージ、もしく はPC上での不自由経験(スクリーンを手で持って好きな距離感で読めない等)からくるイ メージであり、実際にiPadを使用した後に「読みづらさ」を訴える人はいなかった
2.3.2つの実験の考察と関連研究
本章の2つの実験結果から、電子媒体を「読む」ための書籍として利用することに、「小 説読解」、「マンガ読解」という観点からは、大きな問題は含まれていないことが明らかに なった。つまり、現在の電子書籍が抱える現実的な問題(コンテンツ数・種類の少なさ、著 作権問題、価格など)を解決することができれば、様々な知的活動の現場に積極的に電子書 籍を導入してもよいのではないかと考える。もし本格導入することになれば、書籍としての 文章読解のみでなく、電子媒体としての様々なメリットを享受することにもなる。例えば、
教育機関であれば、図や写真、映像などを効果的に配したデジタル教科書・教材・資料・辞 書・辞典に展開することが可能であり、かつ、これらすべてを電子端末本体上に保存もしく はクラウド上に保存しオンデマンド配信でき、必要に応じて教材のアップデートも可能にな る。また、図書館も電子書籍として自由に貸出しができれば、学生は「貸出中」を待つこと もなく、場所や時間にも制約されず、いつでも必要な書籍を読むことができるようになるで あろう。
しかしながら、先の読解実験は小説やマンガを題材としたものであり、「ストーリーに読み 手が入り込みやすかったのではないか」、「一度読み通すことによって内容がある程度把握で きたのではないか」、という考察もできる。これは筑瀬(2008)が指摘する「直読型」の読書 にあたり、電子書籍が受け入れられる文章型として分類されている。また、小説においては 1500字程度の題材、マンガにおいては読み切りタイプの分量の題材であったために、何度も 読み返すことが(媒体間の差なく)容易であったのかもしれない。読了するために長時間を 要する多文字数の文章の場合や、読解するために「読み込み」が必要な文章(論理構造が複 雑で難解)を題材とした場合も、今回の実験同様、「読解」に差が生じないのであろうか。こ れらは今後の課題として検証実験に取り組む予定である。
上記の小説読解実験を実施した時期は、今話題のiPadやKindleが発表される前の2007年夏、
マンガ読解実験は2010年夏に実施した。この実験の後に、米国におけるKindleの大成功や iPadの普及、各種電子書籍端末の乱立が起き、これらの電子書籍デバイスを用いた同様の読 解実験や業務への導入の試みが世界各地で実施されている。例えば、Nielsenは英語短編小説 を題材にiPadとKindleと紙媒体で読みの速さの比較実験を実施している(Nielsen2010)。その 結果によると、読書速度は紙媒体が最も速く、KindleとiPadでの読書速度と有意な差があった という。その差が何に起因するのかは明らかにされていないが、非常に興味深い結果である。
しかし、言語体系によって脳の使用経路が異なることは知られているため(Wolf2008)、英語
読解の実験結果がそのまま日本語読解にあてはまるわけではないことを留意しなくてはなら ない。
日本語の短編小説(3500字程度)を題材としてKindleとiPadと紙媒体およびノートPCでの 読みを比較した実験が高野らによって実施されている(高野他2011)。その実験結果による と、「ページをめくる」という操作を含む場合には、ノートPCやKindleよりも紙媒体やiPadの 方が読書速度が有意に速かったが、「ページをめくる」という操作を含まない場合には、各媒 体間で読書速度に有意差な差は無かったとし、「ボタンによるめくり操作」や「表示ページの 切り替え」が読書速度に影響を与えている可能性を示している。読書時の認知負荷に関して は、4媒体間に違いは少ないことが示されているが、主観的な評価においては紙媒体が依然 として優位であるとしている。
さらに、柴田・大村の実験では、複数の文書やページを行き来するような読みを対象にし て、「答えを探す読み」についての媒体間比較がなされている(柴田・大村2011)。マニュア ルを題材にして、穴埋め問題(マニュアルから答えを探してもらう課題)による実験と、提 示した写真を写真集から探し出してもらう課題による実験の結果として、答えを探し出す速 さは、紙の書籍は電子書籍端末よりも高速あるいは同程度であったとしている。それらの結 果をふまえ、業務での読み(マニュアルから答えを探し出す読み)において、現状の電子書 籍端末がそのままの形で紙の書籍を代替することはない、という考えを示している。
一方で、ANAでは客室乗務員マニュアルを電子化し、全客室乗務員がiPadを携行してサー ビス向上を目指すという取り組みを始めた(ANA2011)。この取り組みにより、最新マニュア ルをいつでもどこでも参照できるようにすること、ペーパーレス化によるエコ対策、年間数 百ページにおよぶ乗務マニュアルの配布・差し替え作業の効率化を目指している。さらには、
音声や動画を活用したノウハウ共有のための教育教材もiPadに搭載し、客室乗務員の業務習 熟の早期化やスキル向上を試みている。この試みは、業務・教育分野への電子書籍導入事例 の一つと位置付けられ、大変興味深く感じている。この取り組みを高く評価するとともに、
今後の評価・検討・展開を期待を込めて見て行きたい。
3.読書端末としてのiPad試用調査
新しい電子デバイスを導入した場合、そのデバイスが備えている機能よりも、操作性や可 視性、その他主観的な評価が大きく影響することがある。これまでも、登場時には大いに話 題になったものの操作性の悪さから消滅した電子デバイスは数多く存在する。また、現状の コンピュータ操作は、初心者にとって多少の壁になっており、今や高等教育機関ではコン ピュータ操作に関する初年度授業を開講している所がほとんどである。
読書端末として、日常の趣味としての読書や知的活動としての読書など、様々な読書場面
にiPadを導入する場合、操作性の主観的評価は必要不可欠であると考える。本章では、「初心 者に対する導入時の主観的評価」の調査結果と、「長期使用時によって得た新しい読書経験」
の結果から、日常の知的活動や教育現場で使用する読書端末として、iPadの可能性を考察・
検討した結果を述べる。
3.1.初心者に対する導入時の主観的評価
2010年に発表されたApple社のiPadは、電子書籍としての利用を含む新たな可能性を含んだ 電子デバイスとして注目を集めている。本研究においても、iPadの可能性を非常に高く評価 しており、新たな読書・学習スタイルを提供してくれるのではないかと考えている。そこで、
iPadの試用実験を実施して、読書・教育目的でのiPad導入の可能性を探ることにした。
実験協力者は大学生3名である。3名とも、iPadは所有しておらず、今回の実験で初めて 使用したと回答した。
使用媒体
・Apple社 iPad(9.7インチ,解像度1024×768)
(使用ソフト:i文庫HD、小説、PDF文書、PDFマンガ)
方法
・iPadの操作について、電源を入れる、対象ソフトを起動する、対象ソフトで書籍コンテン ツを選択する、程度のことのみ事前インストラクション
・ 実験協力者はiPadを使用して、対象ソフトで読むことができる小説、文章、マンガなどを 自由に読む(試用時間は1時間)
(※対象ソフトの「i文庫HD」には、初期状態で青空文庫が利用できる)
(※マンガは、2章の読解実験で使用したPDFを利用できるようにした)
・ 試用終了後、半構造化インタビューにより、可読性、操作性などを主観的評価
結果
この実験・調査の結果、以下のことが判った。
(A)操作性について
「特に戸惑うこともなくスムーズに操作できた」と、すべての学生が回答した。「操作が難 しいこともなく、違和感もなかった」とのこと。「誤操作もすることもなく、紙の書籍を利用 している時と大きな感覚的なズレはなかった」との回答も得た。ズームなどの操作について 質問したところ、「漫画を読んだ時に文字が小さくて見にくい部分で使用したが、操作(ピン チイン、ピンチアウト)に戸惑うことはなかった」との回答を得た。このように、全体とし
て操作性には特に困難はなく、「デバイス操作に慣れるための練習やトレーニングの必要は無 い」という評価であった。これらの操作性の高さは、これまでのデバイスには無かった大き な特長と考えてもよさそうである。これら操作性の評価を、より広い世代で検証したいもの である。
また、PCと違って起動が速いため、「利用したい時に(起動を待たず)すぐに利用できる ところが良い」というコメントもあった。これは、2.1.の読解実験時の知見と一致した意見 である。
(B)読みやすさについて
iPadは、表面にツヤがあるために光の映り込みが気になる場合もあるが、本実験の被験者 3名においては、特に気にならなかったと回答した。3名ともiPadを手に持って(印刷書籍で 読書しているような姿勢で)利用していたため、蛍光灯などの映り込みは気にならなかった ようである。そのためか、「PCモニターで文字を読む場合よりもiPadで読む方が圧倒的に読み やすい」、「(使用前に思っていたよりも)目が疲れることもなかった」と回答している。さら に詳細に説明を求めると、「PCモニターだと机上に置かれているために姿勢が自由にならな い」、「顔を上げた状態で文字を読むのは疲れる」、「手で持った時の書籍と目との距離感がい い」等の回答を得ることができた。また、「重さが気になった」という意見もあった。被験者 によって読書の姿勢はそれぞれ異なっており、片手で持って読書する者、両手で持って読書 する者、それぞれ存在したが、両者とも重さについては気になったようだ。普段、ハード カ バーの書籍を読むことが多いという被験者からも、「このiPadの重量感は少々気になる」、「長 時間の読書や寝転んで読書する場合には向かないかも」という回答であった。
以上のことから、「手で持って読むことができる」という要素(携帯性)は、「読む」行為 を考えた場合に非常に重要であることを示していると考えられる。つまり、本や雑誌、新聞 等を読む時、我々はいつも同じ距離感で読んでいたことに気付かされた。この距離感で利用 できる電子端末(すなわち、手で自由に持って利用できる端末)こそ、電子書籍利用には必 要なのであろう。
(C)ストレージ性について
電子端末使用の一つの利点として、ストレージ性がある。コンテンツデータを端末内やク ラウド上に保存して、いつでもどこでも利用可能にする。いわば自宅の本棚一式を持ち歩く ようなものである。この性質について意見を求めたところ、「荷物がかさばらない」、「(電子 端末一つを持っていけばよいので)忘れ物が減る」、「自宅の本棚だけでなく、本屋を持ち歩 くような感覚にもなるかもしれない」等の評価を得た。
しかしながら、「教材として書籍を利用する場合をよく考えると、複数の書籍を机上に広げ て使用する機会が多く、一つの端末しか使えないとなると不便を感じるのではないか」とい
う指摘があった。この点は、端末側で表示領域の拡大・仮想化などに対応することによって 解消されるものなのかどうか、今後の検討課題として位置付けられる。
(D)書き込み機能について
個人の読書スタイルにもよるが、読書の際に下線を引いたり、メモを書き込んだり、付箋 紙を貼り付けたりしながら読み進める人もいる。iPad内のアプリにも、これらの機能が使え るものがある。これら書き込み機能について意見を求めたところ、「通常の読書では、それほ ど必要としない」、「下線が引ければ十分」、「付箋紙のようなメモ書きが欲しい」という回答 を得た。また興味深いコメントとして、「紙の書籍には、下線や折り目やメモ書きなどをつけ ずに大切に(コレクション性を意識して、できるだけ新品の状態を保つように)取り扱って いるが、電子書籍ならば気にせずに下線を引けそう」、「下線を引いたりメモを書き込んだり した部分が、電子書籍だと一度の誤操作ですべて消去してしまうかもしれないという怖さが ある」という意見もあった。
(E)物理的な感覚の側面について
印刷書籍と電子書籍を手にとった時、その差の一つに「書籍の厚さ」という物理的な感覚
(触覚)の違いがある。この点については、「印刷書籍の場合、手の(指の)感覚として、現 在読んでいる位置が書籍全体のどこにいるのかが、直感的にわかる(残りページ数がわか る)」、「読み終わってしばらくした後、最初から3分の1くらいの右ページの上の方に、こ の内容の記述があったはず、というような(物理的感覚による)記憶が紙の書籍では残って いるが、電子書籍ではこのような記憶は残らない気がする」、「厚い本を読み終えた時の達成 感が、紙の書籍にはある(電子書籍では、同じような達成感が得られない気がする)」、「読了 した後、表紙を見ながら余韻に浸る感覚が電子端末でも得られるのかどうか判らない」、等の コメントを得た。残りページ数や書籍全体に対する現在の位置は、電子書籍ではスクロー ル・スライダー等を表示させれば視覚的に把握することはできるが、果たして紙の厚さとい う物理的感覚に匹敵するものになるのかどうか。また、印刷書籍の物理的「厚さ」から得ら れる読後の達成感は、電子書籍で読了した時の達成感とは異なるものなのか。これらの要素 は個人差があるようにも思われるが、今後調査してみたい。
(F)電子書籍に適したもの/適さないもの
以下の各書籍を読む場合、電子書籍と印刷書籍のどちらが適しているのか、理由とともに 回答してもらった。
・文庫、新書:印刷媒体が適している。
「紙書籍の厚さから得られる達成感」、「読後の余韻」、「読了後に本を閉じて(目の前に現れる 表紙を見て)その表紙の装丁の意味がわかる」、「電子書籍でも悪くはない」
・学術書:印刷媒体が適している。
「何度も読み返しが必要な場合、電子書籍では使いにくい(読みにくい)のではないか」
・マンガ:印刷媒体が適している。
「読み慣れている」、「電子書籍でも悪くはないが紙がいい」
・辞書・事典:電子媒体が適している。
「受験勉強など暗記が必要な場合には紙の辞書の方がいいが、大学や社会人ならば覚えること よりも調べることが辞書利用の中心なので電子辞書の方が便利」、「数冊辞書を一つの電子端 末で持ち歩ける」
・雑誌、新聞:電子媒体が適している。
「モノとして残さなくてもいい」、「友達と貸し借りできないのは不便かもしれないが、個人で 利用することから考えれば紙でなくてもよい」、「記事の切り抜き(カット&ペースト)がで きる」
以上の結果から、書籍を単なるテキストコンテンツとしてではなく、装丁を含めた「本」
として所有したいものと、辞書や新聞・雑誌といった実用的な利用(検索的な利用)が中心 のものとの間で、印刷書籍か電子書籍かの判断が分かれた。また、学術等の(読解が容易で はなく)何度も読み返しが必要な書籍に関しては、印刷書籍の方が使いやすいと感じている ようだ。
(G)教材としての電子書籍利用について
学校の教材として電子書籍を利用すると考えた場合、どのような意見があるのか聞いてみ た。その結果、「覚えることが必要な内容の場合には、紙の教材がいい」、「調べることが必要 な内容の場合、電子書籍ならば検索機能を使えば容易にできる」、「写真や地図などの資料は、
拡大・縮小が容易にできる電子書籍がいい」、「資料集などは、動画や音声と連携・リンクで きる電子書籍がいい」、「単に紙書籍を電子化したものではなく、デジタルを生かしたマルチ メデ ィア教材を使用すべき」、「教材の中に、授業映像や先生の説明(音声)が入れられると 復習に役立つ」などの意見を得た。これらから、教科や教材の種類によって印刷書籍と電子 書籍を使い分けることを基本的なスタイルとして、電子書籍の教育導入に関しては積極的な 態度であると考えられる。
(H)その他として
「就寝前に横になって読む場合には、電気スタンド の必要がないので便利かもしれない」、
「風呂で読むための防水カバーがあると嬉しい(しかし、落とすのが不安)」、「ト イレに一台 置いておくといいかも」、「書籍がモノとして残らないのがよい(印刷書籍を捨てることには 抵抗感があるため)」等の意見もあり、それぞれの意見が個人の書籍との付き合い方を表して おり大変興味深く感じた。
3.2.長期使用によって得た新しい読書経験
前節では、初心者に対するiPad導入時試用実験として一時間程度の限られた利用から評価 を得たものであったが、読書端末としての可能性を考察するためには、長期間の使用におけ る評価も必要である。そこで、もう一台iPadを入手して、著者および実験協力者で一年以上 使用を続け、定期的に使用状況や使用感・評価についてコメントを得て考察を深めることに した。ただし前節の実験とは異なり、使用するアプリケーションに制限を設けず(即ち、電 子書籍アプリに制限することなく)、使用者各人が日常生活の様々な場で好きなように使用す ることにした。そのため、メールやWebページ閲覧、Twitterなどのコミュニケーションサー ビスの使用の方が電子書籍アプリの使用を上回ることになった。しかしながら、電子書籍を はじめ、知的好奇心を刺激するようなアプリケーションにも積極的に触れるようにしたため、
様々な読書経験、特徴(長所・短所)が見えてきた。
調査の概要と結果を以下にまとめる。
使用媒体
・Apple社 iPad(9.7インチ,解像度1024×768)
(使用ソフト:制限なし)
方法
・iPadを1年以上自由に使用
・ 定期的(約2ヶ月に1回)に面談をし、使用状況、特徴などを報告
(※実験者が協力者から一方的に聞きとるのではなく、お互いに意見や感想をコメントし 合った)
結果
分析の材料となる定期的に得たコメントには、メールやTwitter、動画視聴の使用感など、
電子書籍以外の話題も多数含まれていたが、ここでは電子書籍としての新しい可能性に焦点 を絞って考察した結果をまとめる。
(A)マルチメディアと電子書籍の連携は理解を助け知的好奇心を刺激する
印刷書籍と電子書籍との大きな違いとして、音声、映像、画像などのマルチメデ ィアとの 連携があげられる。例えば、効果音、音声、動く挿絵が入った絵本、音声読み上げ機能があ る書籍、3D画像を指で上下左右に回転させ、好きな面を好きな角度で見ることができる図鑑 など、大人でも好奇心を刺激されるものが多数あった。
iPadに入っている電子コンパスなどの各種センサーを用いた星空表示アプリは、iPadを手で 持って空に掲げると、ちょうどその位置・方角に見える星空(星座)を表示してくれるため、
実際の星空を眺めながら容易に星の名前や星座を確認できるようになっている。印刷媒体と しての星座盤とは大きな違いを感じた。他にも、物体周りの流体の動きをシミュレーション し可視化するアプリや、一流料理人の手元が映像で確認できるレシピ本、料理進度に合わせ た調理時間タイマーが内蔵されたレシピ本、挿絵が映像になっているニュース記事など、興 味深いものがたくさんあった。もし、ユーザがiPad上のマルチメデ ィアコンテンツと、ネッ ト上にあるコンテンツとを自由にリンクすることが可能になれば、その活用方法は無限に広 がり、百科事典を全巻揃えていることよりも大きなメリットが生まれるものと考える。ユー ザ個人の、生涯を通じて成長する「知」のネットワーク形成を反映した、電子書籍・コンテ ンツの塊として利用できるであろう。
iPadでは、これらマルチメデ ィアの利用は非常に容易であり、使用方法に戸惑うことはな かった。さらに画像は指先の直感的な操作(ピンチイン、ピンチアウト)で拡大・縮小がで き、明らかにPC上で操作するよりも操作性は上であると感じた。
これらマルチメデ ィアの使用は、電子ペーパー技術を採用しているKindleでは十分な利用 はできない(電子ペーパーは、画像の拡大・縮小操作や動画の表示など、動きのある表示に 不向きであるため)。そのため、学習・教育分野で使用する場合は、積極的なマルチメディア 使用を前提にiPadのようなタブレット端末が有効であろうと考える(ただし、本稿の締切直 前にタブレット端末型のKindleFireが発表された。このKindleFireであればマルチメデ ィア の活用も十分可能になるかもしれない)。
(B)新しい読書体験としてのポピュラー・ハイライツ
読書をする際に、重要だと判断した箇所に下線を引くことがある。多くの電子書籍アプリ にも、ハイライト(下線や蛍光ペンでマークする)機能が備わっている。自分がハイライト した箇所に、読書中いつでもジャンプして移動できたり、ハイライト箇所のみをリスト表示 したりすることが可能で、読解を深めるために役立つ機能といえる。さらに、Kindleでは、
ポピュラー・ハイライツという機能がある(iPad上で利用できるKindleアプリにも当該機能は ついており、本研究では、Kindleアプリ上で使用した)。それは、これまでKindle上で当該書 籍を読んだ読者が付けたハイライトを箇所を集計し、多くの読者が付けたハイライトの上位 10箇所を表示するという機能である。例えば、書籍に書かれているエッセンスのみを早急に
知りたい時には、ポピュラー・ハイライツで表示されている箇所の前後を読めば知ることが できるかもしれない(多数決の原理であるので、正確性は保障されないが)。また、読み終 わった後に、自分が付けたハイライト箇所と他者が付けたポピュラー・ハイライツ箇所を比 較してみるのも面白いであろう。その書籍に対する自分と他者の視点の違いや、読み込み方 の違いなどが明確になる可能性がある。これを印刷書籍で実現しようとすると、いわゆる読 書会に参加したり、ネット上に書評を書いて他者に意見を求めたりする方法などがあるが、
実際に行動に移すことを考えると敷居が高い。ネットに繋げてKindle上で読書すれば、読書 会と同じような(全く同じではないが)効果が得られると考えると、その可能性に期待して しまう。まさに、「ネットを通じたソーシャル・リーディング」という新たな読書体験が展開 されるのである。
(C)辞書を連携利用できる書籍
読書中に辞書を引きたくなることがある。特に外国語の書籍を読む場合には、辞書を引く 機会が多いと思われる。例えば、自宅の机上で読書している場合には、辞書を横に置いてす ぐに使用できるように準備しておくことは可能であるが、外出先や移動中の車内などで読書 している場合には、辞書が準備・使用できない場合が多い。ケータイやスマートフォンで辞 書検索をしたり、電子辞書を携帯して利用したりすることは可能であるが、移動中の車内な どでは決して使いやすい状況とはいえない。
辞書と連携した電子書籍では、調べたい単語をマークすれば、辞書の記述が吹き出しのよ うに出てきて、すぐに意味を調べることができる。著者らは、iPad上のKindleアプリを使用し て、この辞書の連携利用を使用しているが、初期設定で辞書ライブラリをダウンロードする 程度の操作をするのみで、簡単に利用できるようになる。吹き出しで出てくるスピードも決 して遅くなく、また、辞書の記述内容を詳細に表示する(辞書としての表示領域を広げる)
ことも可能であり、使い勝手は非常によかった。これも、電子書籍によって実現された新た な読書体験といえよう。
(D)電子書籍のオンデマンド性
電子書籍は、ネットに接続してDL購入することを前提に考えれば、電子コンテンツのオン デマンド配信である。印刷書籍で起きているような欠品、絶版のために、欲しい本が入手で きない事態は起こりえない。この意味において、アンビエント化された書籍であるといえよ う。過去の書籍も、新しい書籍も区別なく、目の前の莫大なネット空間上にフラットに並ん でいると考えてよい。その分、書籍を探すためのユーザ支援の仕組みは不可欠であると考え る。その点で、キーワード検索とともに、プッシュ型のリコメンド (おすすめ情報)システ ムも非常に重要であると考える。これによって、未知の書籍に出会える可能性が広がるのだ。
実際、Amazonのおすすめ情報配信メールには、何度も新たな書籍に出会う機会をもらった。
(E)物理的な身体感覚による記憶は使えない
印刷書籍と電子書籍の使用感を比べた時、必ず話題としてあがるのが、「物としての紙」を
「指でめくる」操作であり、本を持っている指の「物理的な身体感覚」である。指でページを
「めくる」という行為は、読書行為の一部分であり、「めくること」と「読むこと」は一体化 している。「めくる」という行為が持つ位置的把握や、ページの角を「折り曲げる」という感 覚によって記憶していることもある。読書行為は、意外なまでに物理的な身体感覚に支えら れている(前田2010)ことに気付いた。
実際、全体を読み通すのではなく必要部分を拾い読みする書籍の場合、「指の記憶」として 覚えているページ・位置、などが読み返す時の重要な記憶・情報となる場合が多い。この
「物理的な身体感覚」を電子書籍では使用できない。ページを「めくる」ような操作として画 面上を指でスライド させて次ページを表示させることができるが、紙を「めくる」身体感覚 とは全く異なるものである。また位置情報も、ナビゲーション・バーなどを表示させれば視 覚的に相対的な位置を把握することは可能であるが、わざわざナビゲーション・バーを表示 する操作をしなくても「指の感覚」で位置が把握できる印刷書籍にはかなわない。
また、目次からリンクで飛ばしたり、ページ番号を入力すればそのページに飛んでいった り、ブックマークしてあるページにジャンプすることができる機能もあるが、それらの機能 が紙の「物理的な身体感覚」による記憶にどこまで迫ることができるのであろうか。これら 身体感覚による記憶を必要とするような状況、例えば過去に電子書籍上で読んだ内容を思い 出して再読する必要が生じるような状況を経験するためには、さらに長期的な使用による検 討が必要であろう。
(F)電子機器としての特徴(電源管理、取り扱い、眼精疲労)
電子機器に共通していえることであるが、バッテリー残量の確認・充電といった電源管理、
水に濡らさない、強い衝撃を与えないなど、取り扱いには十分気をつける必要がある。また、
当然故障するリスクも常に意識しておく必要がある。
また、デ ィスプレ イを見ることによる眼精疲労にも気をつける必要がある。著者らは、こ れまでの使用において特に眼が疲労したという感覚はないが、やはりデ ィスプレ イの光を見 ていることは事実であり、長時間の使用には気を付けた方がよいであろう。同時に、画面の 明るさ調整を、必ず各自が設定する習慣をつけることも大切であろう。
ただし、電子ペーパー技術を採用している反射型デ ィスプレ イのKindleであれば、デ ィス プレ イの「光」を見ているわけではなく、紙と同じく周囲の光から反射された文字を見てい ることになるため、このような心配は必要ない。同時に、電子ペーパーはページを切り替え る時のみに電気を使用するため、バッテリー駆動時間も非常に長く、上述した電源管理も比 較的余裕を持ってできる。このように、いくつかの点で、電子書籍が利用できる端末として
iPadとKindleを一まとめにして評価することはできない。
4.電子書籍を積極活用に向けて
本章では、これまでの実験・調査結果をもとに、電子媒体を積極的に活用した新たな読書 スタイルについて提案する。特に、電子書籍と印刷書籍を対立させて考察することは避け、
それぞれの媒体としての特徴に留意しながら考察・提案をしたい。
4.1.新たな読書スタイルとしての電子書籍導入
本を読むときの姿勢と同じように、手でデジタル端末を持って文章を「読む」ことを可能 とする電子媒体がやっと登場した。これまでのPCモニターでコンテンツを「見る」行為とは 違い、手で持って快適な距離感で文章を「読む」。ストレージ性を活用すれば、自宅の本棚や 書店を持ち歩くような感覚で、常に多くの書籍が利用可能になる。無料で利用できる書籍コ ンテンツも多数存在する。例えば、青空文庫(青空文庫Web)、国立国会図書館の近代デジタ ルライブラリー(国立国会図書館Web)、ProjectGutenberg(ProjectGutenbergWeb)などであ る。これらを積極的に利用したい。コンテンツを「見る」デバイス(PC)の時代から、文章を
「読む」デバイス(iPad)の時代に移り変わったのであるから。
また、「デジタル技術の出現によって、およそすべての文字、音声、映像に関わるすべての 記録活動が、一挙に同じフォーマットで扱いうる「情報」へと姿を変えることになった(石 田2006)」といわれるように、電子書籍の特長はマルチメディア展開が容易なことである。電 子書籍を動画、音声、CGなどと連携させれば、非常にリッチな読書体験を可能とする資料群 が出来上がる。これは、2次元までの表現能力しか無かった印刷書籍から、3次元や4次元 に表現能力を拡張した電子書籍(長尾他2010)の大きな利点の一つだといえる。
知的活動としての読書の一スタイルとして、電子媒体上での読書を積極的に導入してみて はど うだろうか。この読書スタイルは、これまでの印刷書籍の延長線上にあるのではなく、
まったく新しいスタイルして位置付けることにより、新たな読書経験として取り込むことが できるのではないだろうか。
はじめてワープロで文章を書いた時、キーボードのキー配列、画面を見ながらの作業、記 憶メデ ィアへの保存、用紙への出力、それぞれが面倒に感じ、手書きの方がよっぽど速く正 確に書けると考えた人は多いと思う。しかしながら、今現在、毎日のように電子メールでや り取りをし、書類や論文などはすべて当たり前のようにワープロソフトで書いている(本稿 も手書き入稿ではない)。キーボードで文章を打ち込み、コピー&ペースト、カット&ペース ト、検索、置換を何度も使いながら文章を仕上げる。逆に、これらの機能を使うことができ ない「手書き」で文章を書くことを考えると、不安を感じるようになってしまった自分に気 付く。「書く」という知的作業が、いかに電子化されたプロセスに置き換わってしまっている のかに驚く。このように考えると、「読む」という行為の一部に、電子化された媒体が含まれ ていても、今や決して不思議ではない。
つまり、どんなものであれ新しいスタイル・モノを導入する時には、抵抗感や不安感がつ きまとう。新しいスタイル・モノを過小評価することなく、同時に過大評価もすることなく、
できるだけその本質・特徴を正確に捉えて評価をすることが重要である。このような視点で 電子書籍を見てみると、前章までの調査・実験結果が示しているように、その長所を活かし た利用方法や読書スタイルを積極的に導入すべきだと言える。
4.2.教育現場への積極的な導入
デジタル読解力の国際比較がPISAの2009年調査から始まった。PISAとはOECD(経済協力 開発機構)が実施している学習到達度調査のことで、15歳児を対象に3年ごとに実施されて いる。PISAでは、読解力を、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、社会 に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考し、作成する能力」と定義し、
2009年調査から、この定義を印刷媒体と電子媒体両方の読解に適用するとした。その結果、
日本は、韓国、ニュージーランド、オーストラリアに次いで4位(19ヶ国・地域)という結 果であった(OECD2011)。この結果をどのように評価するかは意見が分かれることであろう が、著者が、まずここで注目したいのは、「読解力」の定義の中に印刷媒体と電子媒体両方の 読解が含まれるようになったという点である。デジタル・ネイティブ(デジタル機器が身の 回りにある環境で育った)世代にとっては、電子媒体上での読解は印刷媒体での読解と同様 に重要なのだ。
ネットを活用した電子媒体上の読解は、印刷媒体上の読解よりも多くのテキストを、ナビ ゲーションを通じて取捨選択しながら読む能力が問われる。そのため、電子媒体上での読解 は、文章を読んで理解することに加えて、情報を求めてリンクを辿ったり、含まれている情 報を評価したりして、効率的に自分が求めているページを発見する能力が必要となる。読み 手はこの二つを同時に行なっているため「本質的にオンラインでの読書は複雑性がより大き い」といえる(Tapscott2009)。オンラインで情報を探しながら読むことは、印刷書籍を読むこ とよりも知的に難しい課題なのである。実際、PISAの調査結果によると、高レベルの生徒と は「いくつかのウェブソースの情報を評価し、その内容の信用性と有用性を測定し、自律的 かつ効率的に膨大なテキストの海をナビゲートすることができる生徒」と評価されている。
その一方で、「(1位の)韓国を除く全ての調査参加国およびパートナー国では成績の悪い生 徒が多数存在している」としている(OECD2011)。
このような時代にあって、電子媒体を教育現場に教科書・教材として積極的に導入するこ とは必要なことであろう。PISAのデジタル読解力トップの韓国は、積極的にデジタル教科書 の導入に取り組んでいる国の一つである(中村・石戸2010)。その取り組みの成果が、PISA の結果として表れていると言うのは尚早かもしれないが、見習うべき点であると考える。選 抜された一部の学校で進められている「学びのイノベーション事業(文部科学省2010)」や
「フューチャースクール推進事業(総務省2011)」のような取り組みが、できるだけ早く拡大
していくことを期待する。
ただし、教育現場に教科書・教材として積極的に導入する場合、すべての学習活動・経験 を電子デバイス上の活動・経験に置き換えるべきではないという点は留意すべきである。実 物を観察したり、手で触って動かしたりする経験は重要である。電子化された映像や画像を 見て学ぶことも大切であるが、それにより実物を観察したり触ったりする時間を削ってし まってはいけない。つまり、電子媒体によって従来の学習・教育活動を置き換えることが電 子書籍導入の目的ではなく、新たな学習経験を創出することが目的なのである。理数系学会 教育問題連絡会による「デジタル教科書」推進に際してのチェックリストの提案と要望(情 報処理学会2010)に、9つのチェック項目と2つの検討事項がまとめられている。教育者が 運用上留意すべきチェック項目であり、このようなチェックは適宜必要になるであろう。
5.まとめ
本研究では、電子書籍の積極活用に向けて、(1)電子媒体上の読書と紙媒体上の読書との間 で差異があるのかどうかを「読解」という観点から評価すること、(2)電子書籍媒体の操作性 に関する主観的評価から日常の読書や教育現場への導入の可能性を考察・検討すること、を 目的とし実験・調査を実施した。分析の結果、読解実験からは、小説を題材とした場合もマ ンガを題材とした場合も、電子媒体と紙媒体との間で読解に差異は認められなかったが、「読 む」ための媒体として、「手で持つことができる」要素の重要性が示唆された。同時に、ユー ザは「起動の速さ」、「携帯性」、「操作性」を重視していること、紙媒体に対しては「手触 り」、「印刷や紙の劣化による美意識」、「コレクション性」といった、印刷媒体独自の特徴を 求めていることが明らかになった。
また、iPadを電子書籍端末として試用した場合の主観的評価からは、操作性、可読性、ス トレージ性など全般として肯定的な結果を得た。また、電子媒体の特長を活かしたマルチメ デ ィアとの連携や、ネットを通じたソーシャル・リーデ ィングとしてのポピュラー・ハイラ イツなど、電子書籍によって実現できる新しい読書体験も確認できた。その一方で、「本の物 理的特徴からくる記憶」や、「本を握っている手の感覚から読んでいる箇所の相対的な位置を 知る」ことなど、紙媒体に対する物理的な身体感覚の優位性も明らかになった。
これらの分析結果をふまえ、電子書籍の積極的活用に向けて「新たな読書スタイル」、「教 育現場への積極的な導入」を提案した。特に、次世代を担う人材を輩出する教育の場への電 子書籍導入は、「デジタル読解力」が世界的に評価される現代においては、早急に押し進める べきであろう。これは、決して従来の印刷媒体としての書籍を電子書籍に置き換えることを 意味しているのではなく、「印刷媒体に加え、新たな知的活動(学習・教育)の環境として電 子書籍を普及させる必要がある」ということを主張している。
今後の課題として、多文字数の文章や論理構造が複雑で難解な文章を読解する場合の電子 書籍の影響と可能性の検討、電子媒体上での「読む行為」の更に詳細な分析、より広い世代 を対象とした電子書籍試用実験、デジタルの特長を活かした新たな電子書籍コンテンツの検 討・開発、教育現場への電子書籍普及に向けた取り組み、などが考えられる。
参考文献
AbigailJ.S.andRichardH.R.H.,(2007),(柴田博仁,木村賢悟訳)「ペーパーレスオフィスの神 話-なぜオフィスは紙であふれているのか? -」(原書名:Themythofthepaperlessoffice, TheMITPress,2001),創成社,東京
筑瀬重喜(2008),読書端末はなぜ普及しないのか,情報化社会・メデ ィア研究,5:33-40
インプレスR&Dインターネットメデ ィア総合研究所(2009),「電子書籍ビジネス調査報告書2009」,
株式会社インプレスR&D,東京
石田英敬(2006),〈人間の知〉と〈情報の知〉-人間の学としての情報学を求めて「知のデジタル・, シフト-誰が知を支配するのか?(石田英敬編)」,弘文堂,東京
小島沙穂,菅谷克行(2010),電子媒体におけるマンガ読解,日本教育工学会研究報告集,JSET10- 4:61-66
前田塁(2010),「紙の本が亡びるとき?」,青土社,東京
長尾真,遠藤薫,吉見俊哉編(2010),「書物と映像の未来-グーグル化する世界の知の課題とは」,
岩波書店,東京
中村伊知哉,石戸奈々子(2010),「デジタル教科書革命」,ソフトバンククリエイティブ,東京 柴田博仁,木村賢悟(2011),答えを探す読みにおける紙の書籍と電子書籍端末の比較,情報処理学
会研究報告,2011-HCI-141No.5:1-8
菅谷克行,長滝美都子(2008),教材としての電子書籍に関する一考察,日本教育工学会研究報告集,
JSET08-5:1-6
社団法人全国出版協会(2009),「2009出版指標年報」,出版科学研究所,東京
高野健太郎,木村賢悟,柴田博仁(2011),短編小説の読みにおける紙の書籍と電子書籍端末の比 較,情報処理学会研究報告,2011-HCI-141No.4:1-8
Tapscott,D.(2009),(栗原潔訳)「デジタルネイティブが世界を変える」(原書名:GrownUpDigital -HowtheNetGenerationisChangingYourWorld-,McGraw-Hill,2008),翔泳社,東京
Wolf,M.(2008),(小松淳子訳)「プルーストと イカ 読書は脳をどのように変えるのか?」(原書 名:PROUSTANDTHESQUID-TheStoryandScienceoftheReadingBrain-,Harper,2007), インターシフト,東京
Webページ
Amazon.com(2010),PressRelease,
http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-newsArticle&ID=144917
(最終閲覧日2011.9.20)
ANA(2011),世界初!ANAグループ全客室乗務員がiPadを携行,ANANEWS第11A-095号 http://www.ana.co.jp/pr/11-0709/pdf/11a-095.pdf(最終閲覧日2011.9.21)
青空文庫,
http://www.aozora.gr.jp/(最終閲覧日2011.10.1)
情報処理学会(2010),「デジタル教科書」推進に際してのチェックリストの提案と要望,一般社団法 人情報処理学会
http://www.ipsj.or.jp/03somu/teigen/digital_demand.html(最終閲覧日2011.9.1)
国立国会図書館,近代デジタルライブラリー,
http://kindai.ndl.go.jp/index.html(最終閲覧日2011.10.1)
文部科学省(2011),学びのイノベーション事業,
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2010/09/30/1297939_4_1.pdf
(最終閲覧日2011.10.1)
Nielsen,J.(2010),iPadandKindleReadingSpeeds,
http://www.useit.com/alertbox/ipad-kindle-reading.html(最終閲覧日2011.9.21)
OECD(2011),デジタル読解力に関する新たなPISA調査結果の発表:トップは韓国, http://www.oecdtokyo.org/theme/edu/2011/20110628pisadigital.html(最終閲覧日2011.9.21)
ProjectGutenberg,
http://www.gutenberg.org/(最終閲覧日2011.10.1)
S-KIDS.LAND,集英社の児童図書,
http://kids.shueisha.co.jp/(最終閲覧日2011.10.1)
総務省(2011),フューチャースクール推進事業,
http://www.soumu.go.jp/main_content/000121008.pdf(最終閲覧日2011.10.1) 渡辺敦司(2007),「教科書に漫画」、なぜ?,Benesse教育情報サイト
http://benesse.jp/blog/20070507/p2.html(最終閲覧日2011.9.30)