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Skill and the Sence of Flow in Skiing RunYujiro H

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(1)

ゲレンデスキーの技能とフロー感覚

古橋裕二郎

*

・日下裕弘

*

(2014 年 11 月 28 日受理)

Skill and the Sence of Flow in Skiing Run

Yujiro HURUHASHI *

・

Yuko KUSAKA *

(Received November28, 2014)

1.はじめに

 『中学校学習指導要領解説 保健体育編』 (文部科学省 平成 20 年 9 月)は,保健体育の目標を「心 と体を一体としてとらえ,運動や健康・安全についての理解と運動の合理的な実践を通して,生涯 にわったて運動に親しむ資質や能力を育てるとともに健康の保持増進のための実践力の育成と体力 の向上を図り,明るく豊かな生活を営む態度を育てる。」とした。さらに,『第 2 章 保健体育科の 目標及び内容 第 2 節〔体育分野〕3 内容の取扱い』では,「自然とのかかわりの深いスキー,ス ケートや水辺活動などの指導については,地域や学校の実態に応じて積極的に行うに留意するもの とする。」とし,学校教育での野外運動の充実を図っている。本研究は,ゲレンデスキーにおいて 生成されるフロー感覚の内実を考察することを目的としている。

2 研究の枠組み

(1)「フロー」とは

 チクセントミハイ(1900)によれば,フローとは,遊びやスポーツなどで,気軽にその世界に没 入し,我を忘れて楽しんでいる時の感覚である。フローを経験すると,人はその活動にはまり,そ の活動を繰り返すようになる。それはその活動が「楽しさ」という経験的な内的報酬を約束し,長 期的には能力の発達を促進させ, 「楽しさ」深めるからである。このようなフロー状態の条件(要素)

としては,以下のものが挙げられる。

①伸長させるべき現在の能力(現在の能力よりも高すぎも低すぎもしない)と,知覚された挑戦課 題あるいは行為課題のレベルが適合していること(能力=課題という条件)。

茨城大学体育社会学研究室 (〒

310-8512 水戸市文京2-1-1;Laboratory of Sociology of Physical Education, Faculty of Education, Ibaraki Univ. Bunkyo2-1-1, Mito, Ibaraki,Japan 310-8512).

*

(2)

②活動を行う動機が内発的な報酬(楽しさそのもの)であること(自己目的性という条件)。

 また,フローの要素としては,以下のものがある。

①その瞬間にしていることへの強い,焦点の絞られた集中。

②内省的自意識(つまり社会的行為者としての意識)の喪失(「我を忘れる」)。

③時間的経験のゆがみ。特に,時間が実際より早く過ぎるように感じること(「時を忘れる」)。

④行為と意識の融合(「こころとからだが一体」となる)。

⑤自分の行為を制限できるという感覚。つまり,次に何が起ころうともそれへの対処方法(コツ)

が分かっているので,その状況に原則的に対応できるという感覚(カン)。

⑥明瞭で手近な目標,および進行中のことがらについての即座のフィードバック。

 フロー状態にあるとき,人は自分のもつ能力を最大限に発現しており,その状態に内発的な報酬

(楽しさ,おもしろさ)を感じる。フロー状態に入れるかどうかは,知覚された行為能力と知覚さ れた行為の機会との間の均衡を確立するかどうかにかかっている。その均衡は本質的に崩れやすい ものである。

 知覚された挑戦と能力という観点からみた現象を図式化すると,経験を三つの領域に分けること ができる。すなわち,挑戦と能力が釣り合ったフロー「チャンネル」,能力に対して行為の機会の 水準が低い「退屈」の領域,挑戦の水準が行為を行うための能力よりも高くなる「不安」の領域で ある。「退屈」と「不安」は共に,「体育嫌い」に結びつく。

 図 1 は,フローに関する Chikszentmihalyi の説明に基づくものである。

(3)

(2)ゲレンデスキー 1)ゲレンデスキーの特性

 第一にスキーの遠距離性と自然環境性である。スキーを行う場は , 日常生活の場を遠く離れた , いわゆる非日常生活圏といわれる山岳地帯にある。特にスキーを行う雪山は , 二度と同じ条件のな い山の地形や斜面である ( 緩 , 急の斜面の変化 , 凸凹地形 , 雪の状態等 )。これらは , 便利だが,しか し公害のある都会には見ることができない自然環球に富み , 空気が澄んだ世界である。ただ , 活動 の場が遠距離であることから , 適切な日数 ( 休暇 ) が必要となる。

 第二に,季節性である。ゲレンデスキーを行う季節は冬に限定される。冬季間は寒く , 活動量も 夏季と比較すると少ない ( 運動不足 )。この点は , 冬季に行われるスキーは特に有役である。

 また,スキーは,年齢,性別を問わないスポーツ(全年齢性,大衆性)であり,その活動内容は 極めて多岐多様にわたっている(多様性)。そして,さらにテクノロジーの発達により,その行動 圏は急速に広がっている(広範性)。

 スキーは,間口が広く,奥行きの深いスポーツである。それゆえに,スキー技術,指導法,スキー

用具,スキー場,スキー・リゾート都市等の発展を国際的なレベルで促し,国際性をもった現代ス

ポーツ文化の一つになった。(図2)

(4)

2)ゲレンデスキーの多様性

 現代のスキーの活動は,多岐多様である。オリンピックやワールドカップなどの競技スキーから,

レジャー・スキー,フリー・スタイル,あるいは歩くスキー,ツアー,そしてショーに至るまで,

それぞれ独立した活動分野をもっている。このような多様化した現代のスキーは,三つの動機・指 向性に分類できる。それらは,以下のとおりである。

①能力指向のスキー分野

 能力指向のスキー自己の最高能力を指向して,他人と競おうと意図するものをいう。年齢,性別 に関係なく,より高く,より美しく,より速く,より遠く,より正確にというように,生体の運動 器(筋肉骨格系)をはじめとする身体能力をフルに発揮することを指向する。

 能力指向のスキーでは,特に集中力,厳しさ,専門的な適応能力が要求されると共に,運動器の 果たす役割が極めて重要なことから,筋肉のスポーツともいえる。

②健康指向のスキー分野

 健康指向のスキーは,工業化によって生じた運動不足病に対応しており,その目的は,社会生活 を行うために必要な健康を,生涯にわたり保持することにある。適当な運動負荷を継続的に行って いく必要がある。

 スキーには,大別するとアルペン・スキーとノルディック・スキー(歩くスキー)という,二つ の分野があり,アルペン・スキーは,特殊な能力,スピード,柔軟性,巧緻性,などに対する運動 負荷がかなり高い。これに対して,歩くスキーは,主として持久性(全身性,有酸素性,持久性)

が要求される。このことから,二つのスキーは,異なった運動の性質をもっていることがわかる。

つまり,健康スポーツとしてのスキーを目指すならば,アルペン・スキーに偏らず,歩くスキーを 取り入れることが大切である。

③遊び指向のスキー分野

 “遊び”は,その歴史が古いにも関わらず,まだ比較的未開発な分野である。この遊び(レジャー)

は,指向の場合には,スキーヤーの運動器(筋肉骨格系)は,そんなに激しく使われる必要はない。

つまり,気分転換,ゆとり,くつろぎなどが主体であり,楽しむことと心理的解放感を追及するこ とが,この分野の特徴である。

 ただ技術の習得のみに没頭するといった,能力指向に偏ったスキーから,近年,このゆとりもった,

遊びを指向するスキーが増加している。“遊び”という行為は,気分転換に適し,日常を離れた時・

空間で,心・身体を開放・解放し,独自の世界を楽しみ,当たり前のルーティーンをちょっと超え

た創造性をはぐくんでいる。(図3)

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3.考察:ゲレンデスキの技能とフロー感覚

(1)ゲレンデスキーにおける基本動作とフロー

 技術は,スキーヤーの主体的な意志や運動目的を成功するために,客観的な法則を適応する方法 であり,自分が滑りたいと願う滑りを実現していく手段である。スキーを行う目的は様々であるが,

誰にも共通することは楽しく,安全に,合理的な,技術を駆使して自由に滑ることである。技術の ねらいもそこにある。スキー運動はスキーヤー自身の目的と状況の相違や条件の変化に対応した,

幅の広い技術の適応を必要とする。また,用具の条件や主体であるスキーヤーの心理的・生理的な 条件も考慮しなければならない。したがって,スキー技術は,一定の動作の形成を規定して,技術 を組み立てるものではなく,運動の目的に適合した動作の獲得や追及のための合理的な方法,要領 として組み立てるものである。幅広い発展性をもった技術は,習得するほど楽しく,充実感や満足 感があり,自由で創造的な自己実現のための運動となり得る。こうした感覚の楽しさ・おもしろさ

(そして同時に不安・恐さ)の繰り返しが,初期のスキーヤーのフロー感覚である。

(6)

1) 直滑降

 三角帽子の子どもが,斜面を楽しげに三角滑りで滑降していく。三角の方が安全だ。雪面の傾斜 に身をまかせ,スキーの滑りに身をまかせる。自分は,そのスピードに乗り遅れないだけの話であ る。全身を使って,転ばないように勢い良く滑る。

 やがて,スピードに慣れると,今度は直滑降に挑戦する。どうなるかは自分の知ったことでは ない。神様だけが知っている。偶然の力もかけて,斜面を滑り切る。爽快感と達成感がこみ上げ てくる。

2)プルーク・ファーレン

 ① 開脚直滑降から,両スキーをハの字形に押し開いてプルーク姿勢に移行する。

 ② そのままプルークスタンスを保ち,まっすぐ滑る。

 直滑降からのプルークへの動きは,“押し出し”といい,ターン動作始動の原則的な操作となる。

プルーク・ファーレンで,まっすぐ滑るためには,左右のスキーに対して,荷重の配分と,角 付けに調節をしなければならない。この調節が,舵取りの原則的な操作となる。

この技術におけるフロー感覚には,

   ● スキーを初めて付けた時のワクワク感覚    ● ツルツルと滑る雪面の感覚

   ● 傾斜を滑るスリリングなバランス感覚

   ● エッジングでスピードをコントロールする雪面けずりの感覚,等がある。

(7)

3)プルーク・ボーゲン

 プルーク・ボーゲンとは,スキーをハの字形に開いたまま回転する技術である。

① 低めに構えた姿勢から,両脚を伸ばしながら両スキーのテールを押し開き,中間のプルー ク姿勢に移行する。

② 両膝を曲げながら,両脚のひねりを戻して開きの小さなプルークに戻す。両脚の内捻によ るひねり押し出しと脚を伸ばす動作を同調させる。慣れたら,ひねり押し出しを左右交互 に行う。

③ 押し出すスキーへの体重ののせ方を理解し,動作にリズムをつけて,回転へと発展させて いく。プルークで,一方のスキーに角付けを強めて,脚をひねりながら体重をのせていく と回転が始まる。この姿勢をしばらく保ち続ける。

この技術におけるフロー感覚には,

   ● 適切な体重移動でのバランス感覚    ● スキーへの“慣れ”に対する安堵感覚    ● 景色が映り変わる時の解放感覚

   ● 進行方向を操作することができる有能感覚(回転のフロー),等がある。

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 片足のスキーの内エッジに体重を移し,テールをひねり押し出す回転動作には,その回転にお ける「動きの感じ」(動感)と心理的「楽しさ」が同時発生している。

 それは,何度も転びながら転ぶ「不安」と「恐怖」を超えて,ようやく身に付けた回転の技術 であり,フロー感覚である。そのリズムがまた楽しさに繋がる。自分のリズムでもあり,雪面が 自分を押してくるリズムでもある。

4) シュテム・ターン

スキーをハの字形に開くことをシュテムという。プルーク・ボーゲンの要領に,角付けの切 り換え操作と横滑りの要領を加える。

① プルーク・ボーゲンで,外スキーへの加圧を回転の後半まで維持し,横ずれの少ない回 転に仕上げていくと,内スキーのエッジは外エッジへと角付けが切り換わる。

② 外スキーへの荷重の割合が多く,内スキーへの荷重を軽減させることによって,プルー クのスタンスから平行のスタンス(斜滑降)へ移行する。

③ プルークのスタンスで,斜面に対し,身体が横向き近くまでスキーをまわして平行のス タンスにする。

④ 外スキーへの乗り込みによって,安定した大勢を維持できるようになったら,段階的に 早いタイミングで,平行のスタンスにする。

⑤ 滑りのスピードを少しずつ速めるようにし,斜滑降の方向を少しずつ谷向きにする。

⑥ 開いて,そろえる,この動作と斜滑降をつなぎ,左右方向に連続する。

<シュテム・ギルランデ>

斜面を斜め下方向に横切りながら,蛇行して滑ることをギランデという。

① シュテム動作の開き出しと引き寄せを連続して行い,運動のリズムと操作のタイミング を調和させる。

② 斜滑降を基盤として,まずは山側スキーのみで,開き出し,引き寄せを行う。

③ 次に,山側スキーを谷側方向へまわしながら開き出し,荷重のわずかな山側への移動を 行なってから引き寄せて横滑りに移る動作を連続する。

④ さらに,積極的な開き出しにより,スキーの最大傾斜線の近くまでまわしてから引き寄 せを行ない,山側への舵取り(山まわりターン)に移行する。

⑤ 山スキーの押し開き,深い弧の山まわりをむすびつけていくと,山まわりターンへと発 展する。

この技術におけるフローには,

   ● 斜滑降を行うドキドキ感覚    ● 傾斜でのターンによる達成感覚    ● 荷重のかけ方による繊細な感覚

   ● どんな急斜面でも滑ることのできる有能感   等がある

(9)

 シュテム・ターン,シュテム・ギルランデにおけるフロー感覚の醍醐味といえるのは,「どん な急斜面でも滑ることができる点」である。これらは,プルーク・ファーレン,プルーク・ボー ゲン等が習得した段階から行うものであり,これらの技術が取得され,次にどのような場面,場 所でも滑りたいという技能向上の感覚に陥る。

 シュテム・ターンやシュテム・ギルランデは,スピードや方向を自由自在に操作し,どんな傾 斜でも不安や恐怖心を持たずに滑ることができる。これは,雪山を滑るという中で最も基本的な 感覚であり,自分自身がスキーを楽しめている感覚も形成される。

 今まで習得された技能を生かし,スキーという種目を楽しむ基本となるものであると共に,さ

らに技能向上を促進させるものでもあり,スキーの技術を習得する中で,中間的なフロー感覚と

いえる。

(10)

5) パラレル・ターン

両スキーを平行にしたまま行う回転技術をパラレル・ターンという。

① 舵とりの仕上げ段階である準備期に,徐々に平行スタンスを広くしながら,外スキー(谷)

から,次にスキー(山)へと荷重を配分し,舵とりを抜け出すところで足場をとらえ,

体勢を次のターンの内側へと移動することによって,角付けをかえ,スキーをまわす。

この技術におけるフロー感覚には,

   ● スキーの板がパラレルになったことの成就感覚    ● 傾斜を颯

さっ

爽

そう

と滑るスピード感覚

   ● 自分のイメージと一致したラインに乗った時の悦び感覚

   ● 「オンザレール」した時の爽快感覚 (自由自在に操作できる感覚)    等がある。

 パラレルでの「オンザレール」におけるフロー感覚には, 「コツ」と「カン」の反転がある。「コ ツ」とは,特定の動作の目的を達成するための合理的・個性的な身体の動かし方である。また, 「コ ツ」という身体知は本人自ら発生させるものであり(自発的な自己運動)であり,頭で動こうと 思うと同時に(即),体が動いている(興)という,即興性を持っている。これを「動感形態(ゲ シュタルトクライス)」という。)「カン」とは,様々なコツの平地に支えられて発生する合理的・

個性的な認知作用である。すなわち, 「観察」と「読み」である。相手の動きを読み,待ち受ける。

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それは,主観的・私秘的な感覚印象,気分,気配感(なんとなくそんな感じがする)である。今 回は「先読みするカン」の中でも,「予描先読み」にあたる。予描先読みとは,これから起こる だろう動感形態の発生を予期する能力である。

 数々の練習を積んでパラレルが上達してくると(パラレルのコツをつかんでくると),これか ら回転する自分のラインを予備的に先読むというカン(Anticipation)が働く。それは,自分が 十分にそのライン上で回転できるという自信(コツ)に裏付けられたカンである。そうして,エッ ジの切り換えとターンが同時に起こる。回転の後半では,先読みのカンは地平に隠れ,美しいパ ラレル・シュプールのコツが発現される。

 回転の究極の困難地点を身体のこのコツとカンで乗り超えた時の悦び感覚こそが,パラレル・

ターンの楽しさの中心的な醍醐味である。

6) ウェーデルン

速いリズムによる小まわりターンの連続をウェーデルンという。

① スキーを交互にまわす要領をリズムに乗せていく

② 徐々に,外スキーの押しを強めていく

(12)

この技術におけるフロー感覚には,

   ● 素早いターンによる大まわりのリズムから小まわりのリズムへの感覚    ● スピードがある中で自由自在に操作できる爽快感覚

   ● 各技術(シュテム・ターン,パラレル・ターン等)が上達していく成就感覚        等がある。

 ウェーデルンにおけるフロー感覚は,それまでに習得したシュテム・ターンやパラレル・ター ンをはじめとする様々な技術がより高度なものとして成就されたときに生成される。また,それ は,パラレル・ターンにおけるカンとコツが高度に変化し,斜滑降の姿勢の時空間がない。ウェー デルンは,自分のラインを予備的に先読みし(カンが働く),自分が十分にそのラインで回転で きるという自信(コツ)とがパラレル・ターンよりもより速く,正確に組み合わされることでそ こにこの技術ならではの悦び(醍醐味)が生成される。

 さらに,観衆からの影響を受け,幸福感を感じることがある。ゲレンデスキーを行う時,一人 で行うことは極めて少ない。家族,友人はもちろんであるが,そのゲレンデにいる全ての人々(観 衆)が同じ時間に同じ場所でスキーを行っている。そこでスキーヤーは,自分の滑りを他者(観衆)

に見られていることに気付き,より技術の習得に励む。スキーヤーは,観衆からもやる気,楽し さ・悦びを生み出すのだ。さらに,スキーヤーは観衆にとっても他者であり,観衆である。本人 が観衆を見ている時,それは他者が見られているという時間になる。その時,他者はより軽快で スピード感のある滑りを意識し,自分の滑りへの有能感を感じる。

 この関係に留まらず,全ての観衆に言えることが「笑顔」である。真っ白な雪山から風を切っ て滑り降りることはなんとも言えない楽しさだ。これは,スキーヤー一人一人の笑顔に表れる。

ゆっくり滑ろうとも,早く滑ろうとも,大きく又は小さく滑ろうとも,成功しても失敗しても,

たとえ転んでもやはり笑顔が生まれる。その笑顔が観衆にも伝わり,そこでまた笑顔が生まれる。

ゲレンデにおいて,観衆がその笑顔によりスキーの楽しさ(醍醐味)をより高度なものにしてく れる。

7) コブ斜面への対応

さらに,ウェーデルンによるコブへの対応は,スキーヤーにとって,最も短時間で反応しな ければならないシュチュエーションである。それは,コブが急斜面に形成されているからで ある。そのため,スピードが伴うにしたがって,対応の速さが求められ,上級者になるほど,

滑っていく中で状況の把握が早い。

① 凸凹の変化が激しくなるため,膝の曲げ伸ばしを大きく利用し,スキーの雪面に合わせ ていく。

② バランスを保つために,視線の方向をあまり変化させないようにする。

③ スピードが伴ってくると,身体が浮きやすくなるため,ショックを吸収するように,膝

を抱え込む動作を積極的に取り入れて対応する。

(13)

この技術におけるフロー感覚には,

   ● 短時間にコブに対して,対応できた時の達成感覚

   ● コブをどのようにして対応していくか先読みすることへのドキドキ感覚    ● コブの対応が無意識にできたことへの充実感覚

   ● 膝を使い,態勢を崩さないバランス感覚   等がある。

 コブへの対応におけるフロー感覚には,これまでの技術にない感覚が生まれる。コブの頭を乗 り上げた瞬間,谷間に向かい急降下する。激しいアップダウンが次から次へと連続するコブ斜面 は,どんなジェットコースターや絶叫マシンにもかなわない自然が作り出したアトラクションだ。

ここに大切な事は,技術よりも冒険を楽しむ心(ドキドキ感覚)である。スキーヤーは,転んで

も,転んでもそのドキドキ感覚を楽しむためにまたコブに飛び込み,無意識のうちにコブを超え

ていく。つまり,コブの数だけドキドキ感覚を味わうことが可能である。

(14)

<土台としての自然 ~「ゲレンデ」と「スキー」~>

 スキーは,アウトドア・スポーツである。いわゆる定められたスペース(競技場,運動場,体 育館など)や人工的につくられた施設や環境で行われている他のスポーツと異なり,広大な大自 然の中で行われるスポーツである。

 さらに,登山,水泳,ボート,ヨット,ウィンドサーフィン,スケートやカヌーなど,自然の 中で楽しむスポーツは数多くあるが,スキーはそれらのどれにも当てはまらない特徴をもってい る。まず,その行う場が,二度と同じ条件のない山の地形や斜面つまり, 「ゲレンデ」であること。

さらに,スキーの特徴として,自然環境性や季節性が挙げられ(本文 p.8),その中で,凸凹な地 形,雪の状態の変化など素早く読みとり,これに対応しなくてはならない。つまり,スキーを行 う中で,常に自然の影響を受けながら実施されていることはもちろんであるが,これこそがスキー の醍醐味(楽しさ)の一つといえる。

 これまでの (1) - 4) スキーにおける基本動作とフローに出てきた 6 つの技術(プルーク・ファー レン,プルーク・ボーゲン,シュテム・ターン,パラレル・ターン,ウェーデルン,コブへの対 応)に共通するものとして,これらの技術の対象は,「ゲレンデ」ということである。それぞれ の技術を行う中で,常に自然(気温,雪質,天候等)の触発を受け,技術習得でのフロー感覚と 交じり合い,より深いフロー感覚を生成する。そのフロー感覚がまた,さらなる上位のフロー感 覚を触発していく。(中田基昭 2008)

1) パウダースノー

 スキーヤーがゲレンデの中で特に魅了されるものが,まるで生き物のように立ち上がり,全身 を包み込むパウダースノーである。視界はもちろん,口の中まで真っ白になり,この時の感覚は,

恐い・不安などではなく, 「うわー!」, 「キャー!」と思わず声が出るほど強烈な感覚になる。スキー ヤーは,「あっ!」とした瞬間,パウダースノーの中に転がる。全身雪まみれになり,融ける雪 が冷たいのだが,なぜか嬉しい感覚・楽しい感覚になり,笑い出すのだ。転んでも嬉しい感覚に 陥るのは,他のスポーツにはない,ゲレンデで行うスキーだからこそ味わえる感覚である。

2) パウダー8

エイト

 広い雪山の斜面に「8」の字のシュプールを刻まれている。これがパウダー8である。「8」

の字は次から次へと連なり,とても長い縄が編みあがる。自然と一体になればなるほど,その縄 はより美しく,より長く映し出される。スキーヤーは,グループの仲間とまっさらなパウダース ノーの斜面に描くパウダー8が何ともいえない至福の時間であり,そこに楽しさが生まれる。ま た,その風景を見他のスキーヤーも自分もパウダー8を描きたいというワクワク感覚を抱き,自 らの技術を駆使し挑戦する。

 スキーヤーの技術が表現されるこの風景は,ゲレンデで行うスキーというスポーツ唯一のもの

であり,自然(雪質,天候等)を理解し,自分の技術への信頼・自信がなければ完成されない。

(15)

 ゲレンデは,スキーヤーにとって単なる「もの」ではなく,雪質,天候,森林,さらには観衆

など様々な要素をその中に含んだ,スキーの楽しさ(醍醐味)を感じることができる「場」であ

る。また,その感覚を技(プルーク・ボーゲン等)の中に組み込むことにより,スキーヤーはよ

り一層自然の中に組み込まれる。つまり,その時のゲレンデ(土台としてのゲレンデ)のあり様

とスキーの技(フロー感覚)は,まさに一体となって変化し,流れているのである。

(16)

<背景としての自然との融合>

①スキー気分

 冬の雪景色はとても素晴らしく,太陽の光を浴びて輝く白銀の山々,木の枝を飾る霜氷な どの美しさは格別といえる。梢に新雪の積もる林間をスキーで滑走するときの気分はまさに 快適,楽しさそのものである。ゲレンデを滑走するスキーヤーは,目の前に広がる一面の雪 景色を見ながら,その美しさや快適さを感じる。そして,その美しさに魅了され,より美し い雪景色を求め,また雪山に来る。

 その一方で,吹雪の猛威にスキーを中止し,寒冷の厳しさに遭遇することもあり,スキー を行うことがより一層素晴らしいことであると再確認する。私たちは,スキーにおいて,冬,

雪山(ゲレンデ)の素晴らしさ(醍醐味)と脅威とを体感し,そうした両面価値的な自然(雪,

 天候,森林等)感覚を含んだフローを感じるのである。(中田基昭 2008)

②雪山が織りなす精神的緊張の解消

 野外での活動は,精神の緊張を解消するのに役立つ。白銀の世界で美しい景色に囲まれて スキーを行うとき,精神の緊張はきれいに解消されるのである。

 また,スキーヤーのフィールドは,無限に広がっている。雪がある限り,斜面がある限り,

どこでも楽しむことができ,どこまでも滑ることができる。雪の上に身を躍らせるとき,自 然がスキーヤーを優しく包んでくれるからだ。つまり,スキーヤーは,無心になって,素直 になって雪と戯れることで,大きな自然がスキーヤーの悩みや不安,緊張状態を忘れさせて くれる。そして,日常の型にはまった存在様式を開放してくれる。

 今日,社会生活の急激な変化によって日常生活での精神的緊張が高まりやすく,ストレス 解消の場や手段としてゲレンデでのスキーを行うことの重要性がここにある。

③自然の摂理との感応的同調(触発ー会得)

 背景としての自然の雰囲気・気分,つまり背景となっている全てのものは,私たちが眼差 しを向け,身体でもって関わる以前から,私たちには明確に意識されていなくても,何らか の仕方ですでに私たちの身体に知られている。それは,それらの背景(ゲレンデ)や背景 内(天候,森林,観衆等)の諸物は,私たちの意識によって注視され,意図的な身体運動に よって目指される以前に,視野の中心部にあるものと同様,キネステーゼ

注 3)

として機能し ている身体と一体となって調和的に現れている。すなわち,背景や背景内にあるすべてのも のは,キネステーゼとして機能している身体の一体となって,独特の現れ方をしていると同 時に,私たちの意識や身体を引きつけるべく,いわば待機しているといえる。これを「触発

(Affektion)」という。

 こうした仕方で意識や身体を触発している背景内の全てのものは,それに触発された意識 や身体によって目指されるものになると,「私」の周囲にある自然の物体や,それらの加工 品として現れていく。そうした仕方で触発してくるものの総体を「自然の根拠」と呼ぶ。そ れは,隠された自然,自然の奥底にあるもの,「自然の摂理」である。

 しかし,こうした仕方で告げ知らされるものは,それがラントグレーベのいう意味で,自 然の根拠である以上,明確に意識されることのないはずであり,触発されることによって,

私がそれを注視したり,私たちの身体運動によって目指されたりすると,明確な知識となる

(17)

以前の知り方を「会得(Innesein)」という。この会得によって感知される身体感覚(スキー 気分,雪山が織りなす精神的緊張の解消等)は,いわゆる運動感覚(基本動作において生 成されるフロー感覚)といったものとは異なる。そうではなく,会得とは,私たちが自然 の根拠としての背景の中から何かのものを知覚したり,その背景の中で身体を使って何ら かの活動をしたりしている時にそうした生の営みを際立たせている私の世界が,背景とし て,キネステーゼ(身体に練り込まれた運動感覚,運動図式のこと)として機能している 身体と一体となっていることを身体的に感知している,ということを意味している。(田中 基昭 2008)

 つまり,自然(ゲレンデ)は,その場その場が全て異なり,滑る度にまた新たな自然を 感じる。スキーヤーは,その自然(ゲレンデ)に入り,スキーを行うことで,自分が無意 識の間に,自然に対する身体感覚(スキー気分,雪山が織りなす精神的緊張の解消 等)

を味わう。それはスキーヤーが自然に意識や身体が引きつけられ,待機した状態であり,

つまり「触発」された状態となる。そこでスキーヤーに意識された自然(ゲレンデ,天候,

森林,観衆等)はその時点で,「自然の根拠」となり,スキーヤーにとって欠かすことので きない存在となる。

 その自然の根拠という存在が成立すると同時にスキーヤーの中には,「会得」という感覚 が生まれ,それこそがスキーヤーの身体感覚であり,お互い(スキーヤーとゲレンデ)の存 在が認識させた時,そこに身体と背景である自然(ゲレンデ)とが一体となり,他のスポー ツでは味わえないゲレンデスキー特有のフロー感覚を味わえる。より具体的なスキー場面に おいては,例えば次のようなフロー感覚である。

 初心者スキーヤーは,スキーの技をゲレンデの麓で練習する。まず,プルーク・ファーレ ンなど基本的な技の習得を目指し,その技ならではのフロー感覚を味わう。またそれと同時 に,自然(観衆・雪質・天候等)からの影響を受け,背景から与えられるフロー感覚も味わえる。

(図 6)

 そこで技の習得ができたスキーヤー(中級者)は,より高度な技であるシュテム・ター ン等を練習する。そこには,スピードによるワクワク感覚や自由自在に傾斜を滑れる解放 感覚など,より高度なフロー感覚を求めている。そのために滑る位置は,前よりも少し高 い位置が最適なためリフトやゴンドラに乗る。もちろん,標高が上がると,傾斜も増し,

よりスピードを感じやすくなる。さらに,今までには見えなかった風景も広がり,雪質・

天候など様々な自然の変化を感じ,そこに自然が与えるより高度なフロー感覚がある。そ して,スキーヤーは,技が与えるフロー感覚と自然の与えるフロー感覚を一体として捉え,

スキーを楽しむ。

 その後もスキーヤーはより高度な技(フロー感覚)を求め,山頂を目指す。スキーヤー(上 級者)は,より狭く,より急斜面をパラレル・ターンやウェーデルンなどの技を駆使し,滑 り下りる。また,ただ滑り下りるだけでは物足りないスキーヤーはコブ斜面に挑戦したり,

新雪に飛び込み,パウダースノウの雪質を感じながらシュプールを描いてみたりと様々な挑

戦をする。そこにもまた自然の影響があり,急斜面,・新雪・コブ・より高い景色・周囲に

広がる森林など高い標高にしかない自然の楽しさを技と共に味わう。スキーヤーは,まさに

(18)

その時のゲレンデ(土台としてのゲレンデ)のあり様とスキーの技(フロー感覚)は,まさ に一体となって変化し,流れている。(図 7)

 このように,自然の摂理との感応的同調は,ゲレンデスキーのフロー感覚に深く癒合して いる。

 スキーにおけるフロー感覚を現象学的な身体運動論の視点からさらに探求することが今後 の課題である。

引用文献

1) 今村浩明・浅川希洋志(2003):フロー理論の展開,世界思想社,pp.322

2) 太田茂秋・日下裕弘(1995):野外運動のフローに関する研究,文部省科学研究費報告書 , pp.527 3) 片桐匡:(1959):スキーの習い方,入門百科業書,pp.182-186

4) 日下裕弘(2010):生涯スポーツの理論と実際 改訂版 第 2 章 子どもと「遊び」・「遊戯スポーツ」

補論 2「自然遊び・外遊び」のおける子どもの「身体」,大修館書店,pp.81-86

5) 財団法人全日本スキー連盟(1988):スキー教程,スキージャーナル株式会社,pp.19-21,60-117,140-147

(19)

6) 財団法人全日本スキー連盟(2005):スキー教程 [ スキーの誘い ],スキージャール株式会社,pp.22- 29,36-37,44-45

7) 関口宏章(2009):自然体験における身体,茨城大学教育学部修士論文 , pp.22 8) D.S.K <大学スキー研究会>(1992):スキー教本,杏林書院,pp.8-9

9) 田中基昭(2008):感受性を育む-現象学的教育学への誘い,東京大学出版社,pp.205-246 10) 文部科学省(2008):中学校学習指導要領解説 保健体育編,株式会社東山書房,p.146 11) 「明治」という国家,(http://meiji.sakanouenokumo.jp/blog/archives/2009/01/post_739.html)

12) HOT DRAVE,(http://miaacademy.exblog.jp/12076179)

13) Austria Ski,(http://ozsons.jp/AustriaSki/Austria5.htm)

14) ハイブリットスキーイング,(http://blogs.yahoo.co.jp/nadarechan1113/21217901.h...)

15) Silly ski squadron,(http://blog.goo.ne.jp/bombermogul/e/5876562b4ab6ee...)

16) insaide Works,(http://blog.livedoor.jp/gia0216/archives/cat_9142....)

参照

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