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生誕百年目の新美南吉-2013年のふるさと半田-

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著者 水野 信太郎

雑誌名 北翔大学北方圏学術情報センター年報

巻 6

ページ 157‑160

発行年 2014

URL http://id.nii.ac.jp/1136/00001369/

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作品発表

生誕百年目の新美南吉

―2 3年のふるさと半田―

Nankichi Niimi’s Birth from One Hundred years Handa city, Aichi Prefecture as His Home in 2013

水野信太郎 MIZUNO Shintaro

作品−1 童話作家・新美南吉生家南西全景

北方圏学術情報センター年報 Vol.6

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作品−2 新美南吉の生家渡辺家・畳店内部

作品−3 新美南吉生家の北側・下駄屋室内

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作品−4 生母りゑの実家・南吉養家南外観

作品−5 南吉の養子先となった新美家屋内

北方圏学術情報センター年報 Vol.6

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日本の子供たちが小学校の国語教科書で出会う「ごん ぎつね」の作者・新美南吉(にいみ・なんきち,13〜

3)が,生誕百年目を迎えた。23年平成25年7月3 日(火)のことである。童話「ごんぎつね」は,どの出 版社の教科書にも収録されていることから,日本中すべ ての人々が学習する著名な作品となっている。

童話作家・新美南吉が,渡辺正八(わたなべ・しょう はち)として愛知県知多半島の岩滑(やなべ)に生まれ たのは大正2年7月30日のことであった。岩滑は現在で は半田市内となっている。今日では市内に南吉の生家が 復元され,また彼の養子先である農家も保存されてい る。これらの建築物をここに披瀝すると共に,新たに制 作した木版画の南吉像を発表する。

作品−1が復元された南吉の生家である。前面道路は 醸造業のまち半田から,伊勢湾に面する大野港へ至る大 野街道であった。これは別名,黒桑(くろくわ)街道と も呼ばれた重要な交通路で,大野は現在セントレア・中 部国際空港のある常滑(とこなめ)市に含まれる。かつ て大野は大野鍛冶として知られる金属製品などの生産で 栄えた地で,旧常滑よりも大きなまちであったと聞く。

南吉の父は大野で修業をした渡辺多蔵という畳職人で ある。明治40年に故郷で当家を手に入れ店を持つ。この

家は南北に長く,南半分が畳店(作品−2)である。手 前が土間の作業場で,奥は板張りの部屋で畳の材料など を保管する空間であった。作品−3は畳店と対になって いる北側半分の下駄屋で,この店は南吉の母が営んでい た。商品を納入した者の帳面には「渡辺はきもの店」と 記されているが,看板を掲げてはいなかった。下駄だけ でなく,足袋も販売した。この渡辺家は岩滑のまちで は,たった一軒の畳店であり下駄屋であったという。

南吉の実母が大正6年11月4日に病没する。彼は満4 歳と3箇月余りであった。翌年に継母を迎え,同8年2 月15日には異母弟・益吉が生まれる。一方,実母の実家 である新美家では当主であった叔父が大正10年に病死し たため,南吉を祖父の後妻(義祖母)の養子とし新美家 の跡継ぎとした。幼い南吉が老母と二人きりで暮らした 大きな家が作品−4である。さびしさに耐えかねた彼 は,新美姓のまま父の畳店兼下駄屋へ戻って育つ。

養家内部の土間に三脚を構えて,東方向から西面を見 渡した映像が作品−5である。江戸時代後期に建造され た,尾張美濃地域の典型的な農家建築である。

版画は,安城高等女学校の英語と作文の教師として奉 職した当時の新美南吉像である。この教員生活の後,彼 自身も満30歳に届かない短い生涯を終えたのだった。

版画−1 安城高女時代の南吉(制作・水野)

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参照

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