論文の内容の要旨
氏名:仮 谷 太 良
博士の専攻分野の名称:博士(歯学)
論文題名:伸展力誘導性ATPが骨芽細胞の細胞外マトリックスタンパク遺伝子発現に及ぼす影響
骨リモデリングは,ホルモン,サイトカインあるいはメカニカルストレスのような外的因子によって調 節されている。また,成人における骨量は,破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のバランスに よって維持されている。骨へのメカニカルストレスがない状況下で骨形成が減少することから,メカニカ ルストレスは,骨量を調節する主要な因子の一つと考えられており,適度なメカニカルストレスが負荷さ れることによって,骨リモデリングが起こることが知られている。
歯槽骨に加わる適度な矯正力は,骨芽細胞によるプロスタグランジン (PG) E2産生を増加させ,そのオ ートクリン作用によって骨形成が促進する。また,メカニカルストレスが負荷された骨芽細胞は,ヌクレ オチドの一つであるアデノシン3-リン酸 (ATP) を産生し,P2X7受容体を介してPGE2およびリン脂質誘 導体であるリゾホスファチジン酸 (LPA) 産生を誘導して骨形成を促進する。
ATPは,骨芽細胞へのメカニカルストレス負荷に応じて産生される主要なメディエーターであり,伸展,
剪断応力,培地交換あるいは浸透圧等によるメカニカルストレスは,様々な細胞において,ATP産生を誘 導する。さらに,メカニカルストレス負荷によって産生されたATPは,細胞内Ca2+ 濃度の上昇を介して Ca2+ 依存性エキソサイトーシスに関わる。これらのストレス応答性分子としての細胞外 ATP の作用,メ カニカルストレスによって誘導されるATPの産生は,細胞障害を伴わないことが報告されている。
P2受容体は,骨芽細胞および破骨細胞で発現し,イオンチャネル型受容体であるP2Xファミリーおよ びGタンパク共役型受容体であるP2Yファミリーの2つのグループに分けられる。メカニカルストレスや 炎症によって放出されたATPは,骨リモデリングに対して,オートクリン/パラクリン作用を介して機能す る。また,骨芽細胞ではP2X受容体およびP2Y受容体の両方が発現し,マウス頭蓋冠細胞のP2X7受容 体は剪断応力によって活性化される。さらに,骨芽細胞の P2X7 受容体チャネルの開口が,メカニカルス トレス負荷による骨形成に影響を及ぼすことも明らかにされている。
P2X7ノックアウトマウスでは,長骨の長さに変化はなく,膜内骨化が減少することが報告されている。
これらの報告は,P2X7受容体が,メカニカルストレス応答性を有することで骨形成に関与することを示唆 している。さらに,P2X7受容体のアゴニストである3' -O- (4-benzoyl) benzoyl ATP (BzATP) は,骨芽細 胞のLPAとPGE2産生を誘導し,骨形成を促進することが報告されている。
歯科矯正治療時における歯の移動によって生じる歯周組織中の細胞外マトリックス (ECM) の再構築に は,歯肉,歯根膜および歯槽骨それぞれのリモデリングが重要な役割を担っている。しかしながら,骨芽 細胞への伸展力 (TF) 負荷によって誘導されるATPがPGE2産生に及ぼす影響,産生されたPGE2が細胞 外マトリックスタンパク (ECMPs) 発現に及ぼす影響については不明な点が多い。
そこで本研究では,そのメカニズムを解明するために,骨芽細胞への伸展力 (TF) 負荷で誘導されるATP がPGE2産生に及ぼす影響を,P2X7受容体の選択的アンタゴニストA438079を用いて検討した。また,
PGE2がオートクリンに作用して細胞外マトリックスタンパクの発現に及ぼす影響を,シクロオキシゲナー ゼ (COX) -2選択的阻害剤であるNS398を用いて検討した。
本研究には,骨芽細胞としてMC3T3-E1細胞を用いた。MC3T3-E1細胞の培養は,10% ウシ胎児血清 と1% ペニシリン-ストレプトマイシンを含む α-minimal essential mediumを培養液として用いて,37 ºC,
5% CO2存在下で行った。MC3T3-E1細胞へのTF負荷は,細胞をflexible-bottomed 6-well platesに2×104 cells/cm2となるように播種し,Flexercell Strain Unitに設置後,陰圧を負荷してplate底面を下方に伸展 させて行った。TFの強度はplate底面の表面積を6% 増加させ,6 cycles/minで細胞に3 hours/dayのTF を負荷した。PGE2産生量は,市販のELISA kitを用いて定量し,COX-2およびECMPsの遺伝子発現は、
real-time polymerase chain reaction によってmRNAレベルで調べた。実験はいずれも3回繰返し,結 果は平均値と標準誤差で表した。3群以上の比較はtwo-way ANOVAを行った後,Bonferroniによる多重 比較を行った。なお,危険率5% 未満を有意差とした。
まず,骨芽細胞への6% TF負荷が,P2X7受容体を介したPGE2産生に及ぼす影響について検討したと ころ,培養3,7および14日目のPGE2産生量は,6% TF負荷によってコントロールと比べて有意に増加 した。また,TF負荷によって増加した培養3日目のPGE2産生量は,P2X7受容体の選択的アンタゴニス トであるA438079添加によって有意に減少したが,培養7および14日目には有意な減少は認められなか った。
次に,6% TF負荷がP2X7受容体を介したCOX-2の遺伝子発現に及ぼす影響を検討したところ,培養3,
7および14日目のCOX-2の遺伝子発現は,6% TF負荷によって,コントロールと比べて有意に増加した。
また,TF負荷によって増加した培養3日目のCOX-2発現は,A438079添加によって有意に減少したが,
培養7および14日目には有意な減少は認められなかった。
6% TF負荷によるCOX-2の遺伝子発現へのNS398の影響を検討したところ,培養3,7および14日目 に6% TF負荷によって増加したCOX-2の遺伝子発現は,NS398添加によって有意に減少した。
6% TF負荷およびNS398がECMPsの遺伝子発現に及ぼす影響を検討した。その結果,培養3および7 日目のI型コラーゲンの遺伝子発現は,6% TF負荷によって,コントロールと比べて有意に増加したが,
培養14日目のI型コラーゲン発現には,TF負荷の影響は認められなかった。TF負荷によって増加した培 養3および7日目のI型コラーゲン発現には,NS398添加の影響は認められなかった。培養7および14 日目のbone sialoprotein (BSP) の遺伝子発現は,6% TF負荷によって,コントロールと比べて有意に増 加したが,培養3日目のBSP発現には,TF負荷の影響は認められなかった。TF負荷によって増加した培 養7および14日目のBSP発現は,NS398添加によって有意に減少した。培養3,7および14日目の osteopontin (OPN) の遺伝子発現は,6% TF負荷によって,コントロールと比べて有意に増加した。TF 負荷によって増加した培養7日目のOPN発現は,NS398添加によって有意に減少したが,培養3および 14日目のOPN発現には,NS398添加による有意な減少は認められなかった。培養14日目のosteocalcin (OCN) の遺伝子発現は,6% TF負荷によって,コントロールと比べて有意に増加したが,培養3および7 日目のOCN発現には,TF負荷の影響は認められなかった。TF負荷によって増加した培養14日目のOCN 発現は,NS398添加によって有意に減少した。
以上のことから,骨芽細胞への6% TF負荷によって誘導されたATPは,培養初期において,P2X7受容 体を介するPGE2産生とCOX-2発現を増加させ,さらにPGE2のオートクリン作用によって非コラーゲン 性タンパク発現を増加させて骨形成を促進することが示唆された。