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岡大 学農 学部 附属 地域 フ ィ

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(1)

遠州観音山における景観整備と地域振興 : 特に山 頂付近の修景計画とその実行

著者 藤本 征司, 矢澤 速仁

雑誌名 静岡大学農学部演習林報告

巻 34

ページ 89‑102

発行年 2010‑02‑26

出版者 静岡大学農学部附属地域フィールド科学教育研究セ

ンター森林生態系部門

URL http://doi.org/10.14945/00005711

(2)

遠 州 観 音 山 に お け る景 観 整 備 と地 域 振 興 一 特 に 山頂 付 近 の 修 景 計 画 とそ の 実 行一

司十・矢 澤 速 仁十

Landscape lmprOvement and Regional Development at m旺 t.Kannon ofthe Enshu region, Shizuoka Prefecture

Especially on the Landscape Planning and the Execution near the Surnlnit of Mto Kannon

Seishi FuJIMOTO十 & Hayahito YAZAWAヤ

Sunllnary

For the purpose oflandscape improverrlent and regional developrlllent in the Enshu region, Shizuoka Prefecture,we tried to draft a landscape plan near the sullrllrlit of Lttt.Kannon and then executed the scene plan including the construction of a LIt.Fuji sightseeing tower,et al.

Regional landscape always opens as a multi‐ spectral scene prior to the aggregate of the ObieCtiVe piece things including us as substantiated subjects separated to each other.

Therefore,Mt.F司i,the mOst famous spectacle in Japan,is merely shown as a part of such scene as well as another landscape elements.In such the concept as lnentioned above,we

discussed on the llrlethod of the landscape improvelrlent and the regional developrrlent in particular reference to the landscape improvement near the sunllnit of NIto Kannon.

は じめ に

近年 、 山村域 、里 山域 の地域振興 を 目的 として、そのバ ックグラ ウン ドを構成す る森林景観 ・ 自然景観 の整備 が試み られ るよ うになつて きてい る。静 岡大学上阿多古 フィール ドが位置す る遠 州観 音 山周辺 において も同様 で、これ までに も、い くつかの景観整備 が行 なわれてきた。しか し、

これ までの試 み は、上阿多古 フィール ドにお ける場合 も含 め、必ず しも、今後 のあ るべ き森林景 (森林風景)の抽 出を前提 とした修景 とであつた とは断定できず 、たぶんに試行錯誤的 な試 み に留 ま るものが多かった と考 え られ る。 そ こで、本研 究では、上阿多古 フィール ドの観音 山山頂 周辺 において、景観整備 に関わ るい くつかの実践 を試 み、その成果や結果 を分析す ることな どを 通 して、今後 の地域振興 を 目的 とした森林景観整備 のあ り方 な どについて考察す ることに した。

なお、本課題 は、静 岡大学農 学部附属地域 フィール ドセ ンター森林学研 究室 に在籍 していた、

金子智 明、徳永咲子、寺嶋泰子 、佐野智一、土江奈緒美 、大橋紀子、吉藤祐子 の諸氏・諸嬢 と共

*静

岡大 学農 学部 附属 地域 フ ィ

Center for Education and

University.

―ル ド科 学教 育研 究 セ ンター Research of Field Sciences,

静 岡市駿河 区大谷

836

Faculty of Agriculture,Shizuoka

‑89‑―

(3)

同で展 開 した ものである。 また、 この課題 のメイ ン とい える「富士 山展望台」は、上阿多古 フィー ル ドが位置す る阿多古メ│1周辺 の天竜市商工会阿多古川流域振興会 のメンバー(最大時 15名)と 合作 で あ り、展望台設置後 の周辺整備(端材 の後片付 け・遊歩道 の補修 な ど)には、農学部森林資 源科学科平成 15年度森林資源科学総合実習履修生41名(1年次学生)が参加 した。

調査・整備対象地 と方法

景観整備 の対象地 は、静 岡県浜松市天竜 区に位置す る静 岡大学農学部附属地域 フィール ドセ ン ター上阿多古 フィール ド内の観音 山 (標 578m)山頂付近(1林班 ヨ小班 お よびい小班)である。

対象地 の主な林相 は、皆伐後 に成 立 した広葉樹 二次林(ヨ小班側 、林齢約 65年)であ り、一部 に平 成元年植栽 の広葉樹植 栽地(い小班側)な どを含 む。整備対象地 の調査お よび修景計画案 の作成 、 計画案 に沿 った修景 の実行 は、平成 13〜15年度 に進 めた。 主 な調査・実行項 目は、①遊歩道 の ルー ト設定・整備 、②遊歩道周辺 の樹木 の毎本調査(対象 は遊歩道 か ら手 でつ かめる範 囲にある樹 0.3m以上の木本)、 ③平成元年以降植栽 の広葉樹植栽地 の毎本調査、④修景 コンセプ ト「富士 山 も見 える森林景観整備」の策定、⑤天竜市商工会阿多古川流域振興会 と共 同で企画 した「富士 山展 望台」の設置場所 の選定、造成 、その周辺整備 、⑥展望台 に誘 導す る看板 の作成 な どで ある。

結 果 と考察

以上 の よ うな諸課題 の遂行結果 のあ らま しを取 りま とめる。

‑1に整備対象地 と、造成 した富士 山展望台、遊歩道 の位 置 な どを示 した。

‑2 

整備対象地 と展望台・遊歩道 の位 置

修景 の コンセ プ ト「富士 山も見 える森林景観整備 」は、その「も」の一文字 に端的に示 され てい る よ うに、富士 山のみ をあ り難 が るのではな く、それ を相対化す るにた るだ けの、様 々な出会いに 出会い あ うこ とので きる多交通的空 間の造成 にある。

まず手始 めに行 つたのは、観音 山山頂 のベ ンチの作成 ・設置 である。天竜市商工会阿多古り│1流 域振興会 のメンバー 7名 と共 同で、合計4台のベ ンチ を設置 した。 山頂 か らは南方 に、左 か ら順

ヒノキ人工林

観 音 山 山頂 578m

‑90‑―

(4)

に、天竜川 、浜松 の街並み、佐鳴湖 、浜名湖等が見渡せ、遠州灘 が望 める。海 までの距離は、お よそ27k mである。

遊歩道 は、あ らか じめ、対象地 を何度 も踏査 し、楽 に歩 け、また、なるべ く多 くの樹木 と出会 え、そ して、ゃ がて富士山の見 える箇所 にも到達できるよ うに予定ルー トを設定 したあ と、 コン パ ス測量でルー トを確定 した。ルー ト確定後、手作業で、 ヒノキ間伐材 な どによる土留め、クワ に よる整 地 を行 ない、また、展望台に降 りる急勾配の坂道 には、展望台作 りの端材 な どを用 いて 階段 も設 けた。総延長約

110m、

道幅 はお よそ平均 0.5mと なった。

‑1 

遊歩道沿いの樹種別胸 高直径階別本数表(広葉樹天然林 、 1‑ヨ小班

)

樹種/DBH(cm)0  o.5〜5〜

10〜 15〜 20〜 25〜 30〜 35〜

40合計 最大直径

5   19   37.2 26    32.4 20    26.2 3    22.2 3     22 10   18.8 18   15.5 17   12.3 7   14.2 142   10.4 10   14.5 1   14.2

11

55

2

2 16

2

1 1

5

1 1

76 10 32

3

1 1 1

2

35 14

1

19 10 4

5

4

2

11.3 9 9.4 8.8 5.2 8.8 7 6.8 6.4 4.6 4.5 4.5 3.1 3.5 3.9 3.6 3.5 3.4 3.1 2.2

26 25

1.1

0.6

04

全 体 101  35 5   604   37.2

1歩道 沿いの樹木 の毎本調査結果(樹種別胸 高直径 階別本数表)を‑1に示 した。合計41種

アカマツ コナラ アカガシ

スギ ヤマザクラ

イヌシデ アカシデ リョウブ ヒメシャラ ヤブッバキ

ヒノキ エゴノキ

ソヨゴ ヒサカキ ホオノキ ウリカエデ

サカキ ゴンズイ イヌエンジュ

ヤマモミジ シラキ

ツガ イチイガシ

シキミ ヤブニッケィ

イヌガシ モミ ミツバッッジ

アオハダ カゴノキ イヌガヤ クロモジ ミヤマシキミ

タブ ヤブムラサキ

ヒイラギ アラカシ カヤ サンショウ

スダジイ アセビ ネズミモチ

ハ リギ リ ラサキシキブ

ヤマウルシ

1 3 1   1 7

︲ 0 4 47

︲   4

︲ 3 2 2 1    

︲ 4 2   3 1 1  

︲  

︲7      

︲2 2       3 1              

︲ 6        

︲1 1            

︲1 1  

︲2

2︲

4 7           2     1

︲8 2 7           2     3 1 28

︲3 2

︲ 27

︲3  

︲5 8 3 5 4 2 1  

︲8 2   1

︲1

‑91‑

(5)

樹種 が確認 で きた。その種数 は、ヨ小IJIの広葉樹二次林全域 の確認種数

42(寺

島、

2003)と

ほぼ一 致 し、胸高直径5cm以上のみの比較では、42種29種で、約 70%に相 当 していた。 また、 こ 29種は、上阿多古 フィール ド全域 で確認 され てい る全樹種 101種(自生種 、胸高直径

5cm以

上のみ ;寺 嶋、2003;藤本 、2007)の 29%に相 当 し、情報量的にも、多 くの樹木 と出会 えるル ー トが設 定 され た とい える。

広葉樹植栽地 については、ミズナ ラ、ブナの成長 は不 良であったが(野兎害 に よる ところが大 き かつた と思われ る)、 ヒメシャラの成長 は良好であつた(表‑3)。 この広葉樹植栽地は、見晴 らし を良 くす るため、平成元年 に、約 50年生 の ヒノキ造林地 を皆伐 したのち、広葉樹 に改植 し、そ の育成 をはか り、 とメシャラな どの赤い樹幹の間か ら、富士 山や南アル プスをさりげな く眺める ことのできる修景計画 に基づ くものであった といえる。 しか し、 この よ うな風景が開けるよ うに な るには、 ヒメシャラの成長 は良好 であつた とはい え、いまだ本数密度 が高 く、下枝 の枯れ上が りもそれ ほ ど進 んでいない状況 にあることか ら考 えて、まだ最低 10年はかか ると考 え られ た。

‑2 

広葉樹植栽地 の樹種別胸高直径 階別本数表

樹 種/DBH(cm)0〜   3〜   6〜    9〜    合計 ヒメシャラ

ミズナラ ナツツバキ

ブナ ハ リギ リ

2

26

16 12 5

28

12 13

39 39 29 12

5

合 計 61

124

阿多古川流域振興会 と共 同企画・造成 した「富士 山展望台」は、振興会 のメンバー と論議 した う え、結局、眺望 がかな り開け、富士 山を真正面 に見 ることので きる、 ヒノキ皆伐地の左後方 に設 定す ることに した (図‑2、 写真‑1)。 造成 に要 した立本 は、立木材積 で、 ヒノキ8。84m3(当 フ ィール ド1林班 い2小班 ヒノキ人工林(昭16年植栽)からの択伐木)、 スギの電柱古材(掛川市 よ り貰い受 けた もの)4本、造成・整備 に要 した人員 は、企画調整 、後片付 けな ども含 めて、延 ベ 175人となった。展望台か らの眺めを写真‑2に示 した。ほぼlook mの地点 に富士 山が望 める。

看板 については、 ヒノキ間伐材 を使 つて、遊歩道用 に2枚、展望台用 に3枚作成 し、設 定 した。

展望台 を含 む景観整備全体 に参画 した人員 の内訳 を表‑3に示 した。

‑3 

景観整備 に参画 した人数

年度    内容   地域振興会  学生   内研究室 職 員 合 計

13   打ち合わせ   12 13    山頂整備    0 13   作 業道補修

14   打ち合わせ   24 14  山頂ベンチ作 り   7 15 地域聴き取 り調査 15   遊歩道新設

15   打ち合わせ   9 15    ヒノキ伐採

15 展 望台造成 口設置  36 15 看板等作成 口設置 15    後片付 け

︲5

︲7 8 39

︲4 9 8

︲6 7 42

︲5 53 8

5 7 6     4

︲1 49

合 計

‑92‑―

(6)

写真 ―

造藤 設 置 した「富 士

Llj展

望 台」

写真

‑2 

展 望 台 か らのがお 望

……98‑――

(7)

総合考察

1.造景の時代の 中で

オー ギュスタン・ベル グ

(1992)に

よる と、今 ま さに「造景 の時代」が到来 してい るのだ とい う。

確 かに、 この よ うな時代状況 は森作 りに も如実 に現れ てお り、里 山整備 な ど森林整備へ の一般市 民の関心 の高ま りは、単 に、里 山荒廃 といった人間環境 の側 の状況変化 に起 因す る とい うよ りも、

む しろ、人 間(市民や若者)の側 の、 自然 に対す る距離 の取 り方 の質的変化(その背後 には、近代的 主観 の主観性 の了解 がある)による ところが大 きい と考 え られ る。近代人 固有 の、ただ遠 くか ら眺 めるだ けの時代 、それ を客観 的に分析 し、憂 えるだ けの時代 か ら、 自然 との距離 を縮 め、 自然 と の饗宴、共振・共鳴に参加す る時代 に至ってい るのであ り、「ものづ くり」一般への関心の高ま り も、 この よ うな変化 の延長線 上 に位 置付 けて評価す る必要 がある。 しか し、ベル グも指摘 してい るよ うに、 この よ うな時代 の到来 は、必ず しも、同時に、本物 の風景 が誕生す る時代 の到来 を意 味す るわ けではない。む しろ、少 な くとも当面 は、露悪 な風景 を作 り上 げて しま う時代 の到来で

もある危 険性 を常 には らんでい るもの と考 え られ る(藤本 、2003)。

以上 の よ うな懸念 は、本報告 で取 り上 げた、「富士 山も見 える森林景観 」整備 の試 み に も、充分 見て取 ることがで きる。「富士 山展望台」は、地域住 民 と大学・学生 によつて共 同制作 された、参 加型 の造形 である とい う意味で、充分、「造景 の時代」にふ さわ しい試 み と評価 で きる。 しか し、

伐 開 され た森林 か ら霊峰富士 を真 正面 に眺望す る構 図(写‑2参)は、 も し、ただそれ だ けの ものであ り、かつ、それ以上 の修景上の工夫が何 らほ どこされ ないのであ る とす る と、対象 を固 定的に浮 かび上が らせ て立たせ る、極 めて露悪 な風景 の展示 に過 ぎない もの とな り、結果 的 に、

自然 の総体支配 を示す物心二元的構 図に堕す こ とも充分考 え られ る。 また、その こ とは、い っけ ん、 これ とは全 く逆 の コンセプ トに従 つてい るよ うに思われ る、本々の間か ら、富士 山な どをさ りげな く見 る企画 にも、 同様 に当てはま る。す なわち、 この修景 も、何 か近代 的主体が、遠 くか ら、有 り難 い もの を盗み見 るよ うな構 図 とも解釈 可能で、や は り、そのままでは、悪趣 味な修景 に終わって しま う可能性 が否定できない。 そ して、富士 山や南アル プスだ けでな く、森林では、

もっ と、多 くの出会い に出会 えるのだ とす る、筆者 らの「富士 山も見 える森林景観」整備構想全体 について も同様 の こ とがい える。 ただ、多 くの樹木 に も出会 える といつた程度 の こ とで、あ とは 樹木 のネー ムプ レー トで も付 けて完 了 とい つた演 出で終わ るのだ とす る と、実体性 が極 めて明瞭 で、メジャー な存在 である富士 山 とい う存在 を相対化す ることな ど、到底、不可能である。結局、

景観 を構成す る諸事物 を、ただ相対化 して見せ よ うとす る相対主義的な主観 の側 の 自己満足以外 の何 もので もない修景 に堕 して しま うことにな る。

作 品の良 し悪 しを決 めるのは、作者 の主観 なので もなけれ ば、作 品に接す る主観 で もない。 自 然の持つ本来的 自然性 が、 どこまで忠実 に模倣(ミ ー メー シス ;青 山,1995)さ れているかにあ り、

その よ うな模倣 に従 つて、細部 に至 るまで、 どれだ け丁寧 に仕 上 げ られ てい るかによって、作品 の良 し悪 しや有用性 が決 まる。森林景観整備 について も、その ことは同様 に当てはまる。景観 の 良 し悪 しを決 め るのは、各人 なのではな く、景観 とい う自然 の総体 を どれ だ け忠実 に再現 してい るかにある。 そ して、真 に地域 に貢献 し うる修景計画であ り得 るためにも、以上の ことは重要で ある。個 々人 の好み に従 つて、整備 を進 めてい くだけでは、良き風景(景)、 地域 に とって有用 な

‑94‑一

(8)

風景・景観 の造成 には繋が らない。地域 の人々の単な る個別 ニーズに答 えるかたちの修景 もまた、

真 の意味での地域貢献 0地域振興 には繋 が らない。 そ うではな く、それ は、景観 の持つ 自然 の本 来的 あ り様 を、忠実 に再現 してい るか否 かに、ひ とえにかかってい る事項 といえる。本研究で取 り上げた、「富士 山も見 える森林景観」整備 を地域振興 に真 に繋がる試みに仕上げてい くためには、

以上の よ うな考 え方 に従 つて、景観 の本来的 あ り様 の再現 に向けた、 さらに細部 に至 る工夫が必 要 となる と推察 され る。

2.主客 に先立 って開かれ る「出会 いの連続・ 出来事の集合」と しての景観(=風

)

一般 に、景観生態学では、景観 は 「ある一定地域 内に存在す る多様 な要素か らなる異質 な諸部 分 の総 体 」(杉村 、

1993)と

見 な され てい る。 また、Forman&GodrOn(1986)に よる と、景観

(landscape)と

は、その総体 の下地 となってい る母体、分散 して点在す るパ ッチ、そ してそれ らを 結びつ ける回廊 とい う三つ の部分空 間の複合体 であ る。す なわち、 これ らの見方 では、景観 は、

客観 的に存在す る事物 の集合体、つ ま り、知覚対象 として了解 され てい る。 しか し、「景観」は、

多義 的であ り、以上 の よ うに、知覚(特に視覚)対象 と考 え られ る一方 で、知覚 内容 (知覚作用 に よって主観 に もた らされ た対象像、心的内容)と して も了解 され 、また主観 に半 ば固定化 され る かた ちで内在化 した対象イ メージ (主観 的景観)を さす場合 も少 な くない。 しか し、以下に触れ るよ うに、実体的な もの として概念化 され る以前 の景観 は知覚 の対象 とも知覚内容 とも対象イメ ー ジ ともいえない。

まず、対象イ メージ としての景観 は、主観 によって主導的に導かれた ものであるため、それ は 主観 によって概念化 され た景観 その ものであ り、概念化 され る以前の景観 とはいえない。 また知 覚 内容 としての景観 は、それ が、主観 の側 に宿 るもの と考 え られてい る と言 う意味 において、主 観 による判断 をす でに含 んでい る。 その意 味において、知覚 内容 としての景観 もまた、概念化 さ れ る以前の景観 とはい えない。す なわち、概念化 され る以前 の景観 は各人 の主観 の内部 に形成 さ れ た何 ものかではない。また、それ は、「もの」や 「空間」の よ うな客観 的 に実在す る知覚の対象 で もない。確 かに知覚の対象その ものは、いまだ明確 な知覚内容 を伴 っていない (本質存在 的な もの とい うよ りも、事実存在 的な もの として捉 え られ てい る)と い う意味 において、知覚内容 よ りも、 よ り概念化 され る以前 の景観 に近い もの とい うことはできる。 しか し、人間の知覚の対象 とな るものである とす る概念規定はすでにな されてお り、通常は、それ に従 つて、無意識 に、そ れ を主観 に先立 って ある客観 的な事物 の総体 と考 え られ てい る。従 つて、知覚の対象 もまた、本 来的 に概念化 され る以前の景観 とは見 なせ ない。

つ ま り、概念化 され る以前の景観 は、各人の主観 の外部 に客観 的に存在す る何 ものかで もない。

そ うではな く、概念化 され る以前 の景観 は、客観 的世界や知覚主観 に先立 ってある何 ものかであ り、それ 自体か ら、事後的 に客観 的世界や主観 を生 じさせ る何 ものかである。その意味で、それ は、廣松 (1981、 1988)の い うところの、心身二元分離以前の知覚主観や知覚対象 に先立って開 かれ る現相的(フェノメナル な)世界 と類似 した もの とい えるが、それ を対象相 として捉 え返す と、

結局、「出会 いの連続 (出来事 の集合)」 の よ うな もの として理解 で きるよ うにな る(藤本 、1999、

2003、

 2008a b、

 2009ab;藤本他5̀鴇 2000ンなど)。

例 えば、景観 を「地域」と同義 とす る考 え方 が ある(武内、1991)。 この よ うな見方 も、 さらに突

‑95‑―

(9)

き詰 めて考 えてい くと、上述 した景観論 と、ほぼ同様 の結論 に到達す る。景観 は、さしあた りは、

「地域(Community)」 であるとい う意味で、ある種の閉鎖的世界 を意味 しがちな何 ものか として了 解可能 である。 しか しなが ら、それ は、決 して他 か ら隔離 され 、区切 られ た一地方 を構成す る閉 鎖的世界 に留ま り続 けるものではない。 ただ、 中央 に対す る特定 の地方 として、閉 じられ てあ る 空 間ではあ り続 けない。究極 的には、地域 としての景観 は、他 か ら隔絶 し、閉 じられたままで、

固定的同一的 に存在す る何 ものかなのではな く、結局、都 市 に、海 に、世界 の総体、全宇宙 に開 かれ て ある宇宙 の総体 としてのOmniscape(全的景観 、全宇宙風景 ;沼 田、1996)の よ うな ものに 帰着す る何 ものか とな る。 そ こで は、主客不二輸ヒ所不二 :廣 松 、1982)が 成 立 してお り、局所的 な「地域」の風景 は、 日で見 える範 囲の風景 を指 し示 してい るだ けではな く、地域 の総体、 さらに は宇宙 の総体 を映 し出 してお り、それ らはまた、それ らに照応 して生 じる、主観 の側 の再 開示 で もあるかた ちで開示 され てい く。す なわち、以上の よ うに して、主客不二のかたちで開かれ続 け る事態 の集合 こそが、上述 した よ うな主客 に先立 って開かれ る「出会いの連続 、出来事 の集合」(藤

本 、1999、 2003、

2008a b、

2009ab;藤本他5名2000な )と しての景観(=風)にほかな ら ない と考 え られ る。

3.展望台の風景 を巡 つて

次 には、以上の よ うな、主客不二の風景論 を念頭 に置 き、造成 した展望台か らの風景 を巡 って、

考 えを進 めてい く。

展望台か らの眺めは、 さしあた りは、富士 山の眺 めで あ り、我 々 とい う主観 が、客観 的事物 と しての富士 山 と出会 つた図式 とみて もかまわない。 しか し、それ では、曇 つていて、富士 山が見 えない場合 は ど うであろ うか。我 々は何 もの とも出会 えない こ とにな るのか。それ とも、富士 山 が見 えない こ とにがっか りした後 、視線 を別 の事物 に転 じて、例 えば、地域 の山並みの中か ら、

秋葉 山や竜頭 山を発見 し、富士 山 とは出会 えなかつたが、秋葉 山な どには出会 えた とい うことに な るのか。 もちろん、 この よ うな図式で、景観 を理解す るこ とも可能 で ある (これ が、いわゆ る カ メラモデル の知覚論 に基づ く物 心二元的判 断 に相 当す る ;廣 松 、1981、 1988)。 しか し、それ では、例 えば、 日の不 自由な人 は、展望台 に立 って も、永久 に、何 ものに も出会 えない こ とにな りは しないか。 もちろん、その場合 で も、人 によつて出会 うものが違 うだ けで、 日の不 自由な人 は、他 の感覚 を通 して、我 々 とは異 なる出会い を出会 ってい る と考 えるこ とはできる。 しか し、

この よ うに考 えるだけでは、極 めて重要 な問題 が取 り残 され て しま う。 それでは、人 に よって、

出会 うものが違 ってい ることにな るので、万人 に共通 した「出会い」はない とい うこ とになって し ま う。確 かに、 この場合 で も、万人 に共通 した出会 い を想 定で きそ うに も思 える。 それ こそが、

我 々の 目の前 に広 がってい る事物 の集合体 としての景観 なのだ と考 えるこ とができるよ うにも思 われ る。 しか し、それでは ことは収 ま らない。 そ もそ も、 ここで問題 に してい るのは、出会 われ た出会い 自体 の万人 に とっての共通性 の方 であ り、知覚対象 の共通性 ではない。 ここで、問題 に してい るのは、たぶん、以下の よ うな問題 に帰着す る。様 々な人 々、そ して、様 々なネ コ達 を展 望台の上 に全員集合 させ た としよ う。 そ うす る と、確 かに、 ある人 は富士 山を見て感動す るだ ろ うし、へそ由が りな人物 だ と、富士 山を見て、大 あ くび をす るだ けか も しれ ない。 そ して、ネ コ であれ ば、ま さか、富士 山を見て、有 り難 が るな どとい うことは絶対 ない。 しか し、それ では、

‑96‑一

(10)

いつたい、そ こでは、何 ら、共通の体験(出会 い)はない とい うこ とになるのだ ろ うか。 そ うでは ないはず で、すべ ての人 々に、すべての生 き とし生 けるものに共通 した出会いを出会 ってい るは ず なのではないか。しか し、に もかかわ らず、物心二元的な図式 に従 つて、風景や景観 を、各人(さ

らには各生物)が各人 の頭 の中に宿す もの と考 える限 り、そんな万人 に とって共通す る出会 いが成 立不可能 となって しま うこと、問題 に しているのは、以上の よ うな問題 なのだ といえる。

目を開 じてみ る と、たぶ ん、万人 に とつて共通す る風景の一端 が了解可能 となって くる。 目を 閉 じる と、富士 山は、あた りまえの こととして、見 えな くな る。 もちろん、それで も、富士 山は 目の前 にあるのだ とい うことはできる。 しか し、それは、その よ うに言明す ることが可能である ことを言 つてい るに過 ぎず、確実にあること、 目を開けれ ば、必ず富士 山が見 えることを意味す るわけではない。早い話 が、 目を閉 じてい る間に、富士山に雲がかかつて見 えな くなってい るこ ともある。 目を長期 間閉 じてい るのだ とす ると、富士山が爆発 して、な くなって しまっていた と い うこ とが起 こる可能性 も皆無ではない。 目を開 じてい る限 り、前 にある具体的な事物が確実に あ るはず だ と判 断できる根拠 は どこに もない。 自然 は、時の矢 とともに、常に流動 してや まない ものであ り、富士 山もまた、いつかは爆発 してな くなって しま うはず の存在 に過 ぎない。そんな 流動的で捉 え どころがない もの こそが、 自然や 自然景観 の本性 なのだ と考 え られ る。

従 つて、 目を閉 じていて も、なおかつ 開示 され うる と言 明可能 な ものは、富士 山だ とか、南ア ル プスだ とか、竜頭 山だ とかいった特定の事物 なのではない ことにな り、そ う考 えてい くことに よつて始 めて、万人 (さ らには生 き とし生 けるものの総体)に共通 した出会 いが引き出せ るよ う になって くる。 そ して、それ こそが、様 々な事物 に先立って開かれ る「出会い」であ り、人間によ つて、事後的に、事後的に、事物 として捉 え返 され るか もしれ ない として も、 さしあた りは、そ れ に先立つ何 ものかであるものであ り、事物の集合体、地域的 コスモスを超 えて、全宇宙に開か れた、常 に変化 してや まない非 同一的総体 としての多交通的な「出会いの集合」なのだ とい える。

なお、丹生谷

(1996)は

、上述 に近い考 え方(ド ゥルー ズの影響 が顕著 に感 じられ る)に従 つて、実 に美 しく、虫達、ネ コ達、人間達が互いに無言で コ ミュニケー シ ョン しあ う風景 を描写 してい る。

以上 の よ うに、 目を開 じて、五感 で風景 を感 じるよ うにす る と、そんな、主客に先立つ、出会 いの連続 としての景観 、全宇宙風景 としての景観 、 コ ミュニケーシ ョン世界 としての風景に出会 えるよ うにな る。例 えば、パ ソコンを立ち上げて、カシ ミール 3D(杉本 、2002)で、我 々が作

つた展望台か ら見 えるものを検索 してみ ると、幾つかの面 白い事実に気づ く。 まず、 日の前の富 士 山は、地球が丸いため、い くらか低 く見 えてい ることになる。そ して、富士山の彼方 には、何 と東京 があ り、そ して、太平洋 に至 りつ き、 さらには、アラスカ方面へ と続いてい ることも確認 できる。そ して、地球 を一周 して くれ ば、それ は、風景 を感 じている己 自身 に回帰す る。しか し、

一方 で、地球は丸いので、東京 は富士 山の裾野 よ りも、はるかに下方 に位置 し、アラスカは さら に下方 に位 置 してい るこ とにな る。その意味では、富士山の彼方 は、む しろ、大気圏を越 えて広 が る、己 自身 も含む宇宙の総体なのだ といえる。この よ うに考 えてい くと、展望台か らの眺めは、

事物 の集合体 を超 えた、 己 自身 も含 む、 山、里 、海 、空 のすべ て を語 る、主客不二(能所不二)の

世界 であることに思い至 る。

以上の よ うに、景観 の持つOmniscape性、非 同一性 、能所不二性 を了解す ることで、例 えば、

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今 回取 り上 げた景観整備対象地 において、今後 なすべ き、具体的工夫 な ども、おのず か ら明 らか となって くるもの と考 え られ る。

まず、山頂か ら下がつてい く遊歩道 は、ただ単 に多 くの樹木 に出会 える といつただ けの工夫 と 考 えてはな らない。遊歩道 の修景上の意 味は、視線 の定ま らな さにこそ ある。 これ は、回遊式庭 園 を歩 かせ るよ うに、人 を歩かせ 、視線 をあちこちに向かわせ ることで、結果 的に、事物 の集合 体 を超 えた、多交通的な出会 いの連続 としての風景 に至 りつ かせ よ うとす る工夫 と考 える必要が あ る。従 って、樹木 のネームプ レー トの設置 も、視線 をあち こちに向け させ るこ とが、 当面の狙 い とな り、情報量 としては、少 ないほ ど良 く、その意味で種名 だけで充分である。 また、樹木だ けでな く、その他 、生物 、無生物 を問わず、 あ らゆる事物・事象 に視線 を向け させ るプ レー トの 設置 も意 味を持つ。 肉眼では見 えない もの、実体 が定かでない ものは、 目を向け させ る対象 とし て特 に重要である。 肉眼では見 えない もの としては、土壌動物 も面 白い。 また、樹種 に関す るこ とであつて も、 この地域 の潜在 自然植 生や さらに古い時代 の森林 を垣 間見 させ て くれ るツガ、モ ミな どに、それ な りの説 明を入れ る といつた演 出であれ ば、非実体的な ものに 目を向け させ る上 で も意 味 を持 って くる。途 中、富士 山や南アル プスが見 える場所 に、 さ りげな く、小 さな看板 を 立て、その 旨を示す の も悪 くない。

富士 山展望台は、その右 下に位 置す る南 アル プス も見 える眺望や、 ヒメシャラの樹幹 の間か ら の覗 き見 とセ ッ トで考 えるの も悪 くない。そ うす ることで、互いの長短 が補 い合 えるよ うになる と考 え られ る。視界 の開けた箇所 は、宇宙 の総体 を演 出す る上で重要 な意 味 を持つ。南 アル プス も見 える、最 も視界 の開けた箇所 に、何 が見 えるのか、は るか彼方 に何 があるのか を示す看板 を 設置す ることも演 出のひ とつ となる。

景観 の行 き着 く先 が、互い に共振・共鳴 しあえるコ ミュニケー シ ョン世界 の総体(主客 に先立つ 出会い の連続)であるのだ とす る と、それ は、特定の場 の具体的整備 にあつて も、他 の場、よ り広 い場へ と繋が りあ う修景 となるべ きことを意味 してい る。この よ うに考 えると、「富士 山も見える 森林景観」整備 は、一義的 には、観音 山山頂北斜 面 を対象域 とす るものである として も、南斜 面(国

有林側)の修景 にも、もつ と目を向けてい くことが必要 とな る。海 が望 め る南斜 面側 の修景 と一体 となって、始 めて、 コ ミュニケー シ ョン世界 の総体 が演 出で きるよ うになるもの と思われ る。平 14年度 には、阿多古川流域振興会 のメンバー と共 同で、観音 山山頂 の古 くなっていたベ ンチ を、新 しい ものにすべ く、幾つか作 りあげたが、 山頂 か らの眺望 を説 明す る看板 も、古 くな り過 ぎてい る。 また、説 明文 も実情 に合 わない。従 つて、新 たな看板 を立て るの も一考 に値す る。現 在 、観 音 山を巡 り、佐久 間町に抜 ける広域基幹林道 の開通 に伴 う自然景観整備 を ど う進 めてい く かな ど、地域振興 に とって重要 な意味を持つ整備課題 がい くつか浮 かび上 がってい る。 この よ う な課題 との関連 を充分意識 しつつ、個 々の景観整備 を進 めてい くことも、 これ か らの重要 な課題 となる と思われ る。

4.風(=景観)整 備理論の確立 に向けて

すで に触れ た よ うに、地域振興 に向けて地域 の景観(=風)整備 を進 めてい くた めには、 これ か らの時代 を担 い得 る風景論 、風景整備理論 を前提 として臨む必要がある。

確 かに、現代 とい う時代 は、多 くの人 々が、考 え悩む よ りも、 とにか く体 を動 か して造 ってみ

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よ うとす る「造景の時代」、「もの作 りの時代」に突入 してい る。しか し、また、すでに触れた通 り、

造景 の時代 の到来 は露悪 な風景 を作 って しまいが ちな時代 の到来で もあつた。数多 くの人 々が、

森作 り、景観づ く り、造景 に参画 し始 め、良き風景 を作 ろ うとしてい るのだ として も、 も し、そ れ が、 これか らの時代 に即 した基礎理論 を前提す ることな く展 開 され てい るのだ とす る と、意 に 反 して、結果 的 に、露悪 な風景 の山を築 いて しま うことも、おおいにあ り得 ることにな る。言い 換 える と、試行錯誤 の時代 が長 く続 くだ ろ うこ とを覚悟 してお く必要がある。例 えば、 も し、す でに、森作 り、景観 づ く りの ノ ウハ ウが、お よそ出来上がってい る と考 えるのだ とす ると、それ は大 きな誤解 である。現在 では、森林整備や森林管理 な どについての数多 くのマニ ュアル本が出 版 されてい る(例えば、 中川(2004)、 河原

(2001)な

どはそんなマニ ュアル本 の 中の好著 とい える)。

森林整備 、風景整備 には、様 々な知識や ノウハ ウを必要 とす る。従 つて、幅広 い知識 と長 い経験 に基づいて綴 られ たマニ ュアル本 が、森 作 りを進 めてい く上で、極 めて貴重 な情報 を提供 して く れ てい ることは疑い得 ない。 しか しなが ら、その ことは何 も、森作 り、景観整備 法 の基本 がす で に出来上がってい るこ とを意 味す るわけではない。真 に次世代 に通用す る森作 り、景観作 りを行 なってい くためには、それ を推 し進 めるための確 固 とした基礎理論 が前提 されていなけれ ばな ら ず 、 この よ うな基礎理論 の絶 え間ない再吟味が必須 とな る。言い換 える と、実践面での試行錯誤 とともに、理論面での試行錯誤 を常に前提 としてい くことで、真 に地域 に貢献 し得 る森作 り、森 林景観 作 りが可能 になって くるもの と推察 され る。

筆者 らは、以上 の よ うな考 え方 に沿 つて、主客 に先立 って開かれ る「出会いの連続」としての風 景論 、そんな風景論 に見合 つた風景整備論 な どを展 開 して きた(藤本 、1999、 2003、

2008a b、

2009abな )。 展 開 してきた風景論・風景整備論 の骨子 は、風景(=景)を、物 心二元論 を超 え る観 点か ら、主客 に先立 って開かれ る現相 的世界(廣松 、1982、 1988)に 求 めるべ きこと、 この よ

うな「出会 い」の世界 は、様 々な もの(そこに住 む もの、住 まない もの、実体が定かであるもの、定 かでない ものな ど)が出入 りす る「賑や か」な「多交通」的世界 であ り、そんな風景 の中で、風景 に対 峙 してい る人 々や 自然的世界 の総体 が、互い に共振 ・共鳴 しあいなが ら、明 る く力強 く、次 々 と 別様 のかたちに開 きなお され、 リフ レッシュ・ リク リエイ トされ るよ うな風景整備 を 目指すべ き こ とな どにあるが、今後 に残 された課題 も少 な くない。 このよ うな今後の課題 については、 これ まで にも、賑や かな諸風景 の共振的開示 を可能 とす る生態学理論(具体的 には、「非競合・非定着 的戦略」の可能性 な ど

)の

数理生態学的検証や 、廣松 、

 

ドゥルーズな どを充分参照 した、主観 ・客 観 図式 を超 える環境倫理学、す なわち「風景倫理学」の確 立、さらには、これ ら文理 の両面 を風景(=

景観)の観 ′点か ら統合 した「風景 の生態学」の確 立の重要性 な どを指摘 して きたが(藤本、2009b)、

地域 にお ける諸景観 の実際的整備 の面か ら見 る と、以上の よ うな基礎理論 を前提 とした、個別景 観 の整備指針 の設定法 の検討や、それ らの個別 景観整備 を地域 の総体風景 の開示・整備 に活 か し てい くための方途 の検討 な ど、 よ り具体的な景観整備 理論 の確 立が、今後 の重要 な課題 とな る。

この よ うな、 よ り具体的な景観整備法 について考 えると、まず、個別景観 の整備 については、

多様 な形態の整備 が許容 されてい るこ とを前提 に して考 える必要 がある。「造景の時代」の到来 の 観 点か らも、さしあた りは、様 々な試 みが許容 され てい ることにな る。「生産 の森」もあれ ば、「原 始 の森」、「情報 の森」もあつて よい(藤本 、2003、 2008a)。 その意味では、富士 山のみ を見 よ うと

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す る景観整備 も、個別景観整備 としては、意 味 ある試 み とな り得 る。言い換 える と、個別 の修景 にあっては、 これ まで展 開 して きた よ うな「主客 に先立つ風景論」は、必ず しも、整備 の前提条件 とはな らない。物心二元論 図式 に従 つた「客観 的事物 の集合体」としての景観 の整備 も、依然 とし て重要 な意 味 を持 つてい ることにな る。 もちろん、森林景観 の よ うな 自然景観 は「生態系」で もあ り、その劣化 は、地域社会や さらには人 間社会全体 に多大 な損失 をもた らす。従 つて、いわゆる「生 態系サー ビス」(マーテ ン、2005)の 極度 な劣化 を招 く修景 は慎 まなけれ ばなない。また、部分 にお ける修景 であって も、例 え修景箇所 において、多様 な「生態系サー ビス」の多 くが失 われ る として も、修景箇所 を含む地域 の総体風景 の活性化 を高 め得 る修景 を 目指す必要 はある と考 え られ る。

しか しなが ら、個別 の修景・整備 の方 向は、基本的には、整備主体の意 向に大幅に任 された事項 であるこ とに相違 はない。整備 主体(修景計画者)の試行錯誤 的な 自由な造景 の繰 り返 しの果 てに

こそ、明 るく力強い風景 の総体が開示 され るよ うになるもの と考 え られ る。

従 って、個別風景 の整備 にあつて、 これ まで展 開 して きた よ うな、「主客不二」で開かれ る風景 論や 、 この よ うな風景論 に従 った風景整備 が展 開 され るのは、 当面 は、一部 の修景 のみ において に過 ぎない こ とになる。 そのため、 この よ うな、「主客 に先立 って開かれ る出会いの連続」として の風景 を全体 に波及 させ よ うとしてい くためには、一部 において開かれ る「不二」の風景の整備 を、

他へ と転生・伝播 してい くに足 るだ けの啓発 的内容 を持 った ものにす ることが必須 となる。

この ことに関連 して、本稿 で取 り上げた、今後の観音 山での主客不二の景観整備 の方 向につい て、 も う少 し考 えを進 めてお く。 ここでの景観整備 が、主客不二の風景の開示 に成功 し、また、

それ が、地域 の総体 に伝播 してい くよ うになるためには、す でに触れ た よ うに、まず、 よ り広 い 場へ と繋 が りあ う修景 とな る必要がある。 その意味で、 山頂付近 での景観整備 が、富士 山等 を望 む北斜 面側(上阿多古 フィール ド側)に特定 され るこ とな く、海 が望 め る南斜 面側 の修景 と一体 と なって進 め られ ることには大 きな意 味があるが、それ だ けではまだ充分ではない。 山 と海 、 さら には世界 の総体 に臨めるよ うにな るだけでは、主客不二の総体風景 は開かれ えない。主客不二の 風景 が開かれ、 さらにそれ が地域 の総体風景へ と転化 してい くよ うにな るためには、 さらな る工 夫 が必要 とな る。藤本(2008b)では、愛知万博会場 の景観整備案 に仮託 して、静大上阿多古 フィ ール ド全域 の森林景観 を、「木材生産や森林整備・管理 といつた近代的試みや、森林浴 といった狭 義 の癒 し空間な どを内包 してい る として も、む しろ、比叡 山や高野 山、鞍馬 山な ど、 山岳修行 の 場 に近 い野外 ミュー ジアム」へ と整備すべ きことを示唆 した。す なわち、 この よ うな「山岳修行 の 場」的な風景 を持 ち込む こ とも、今後 の観 音 山の風景整備 を考 える上で一考 に値す る事項 といえる。

観音 山は、本来、遠州磐 田か ら山を越 えて南信州 にいた る交通 の要所 に位 置 し、また、その名 に も残 され てい る とお り、本来、観 音信仰や 山岳信仰(修験道)の霊場 で、江戸時代 には引佐 二十三 箇所 のひ とつ に数 え られ ていた とされ、現在 で も、 山頂近 くに、「観音堂」や「犬神 堂」が残 され て い る(引佐 町、1991)。 海 に臨む浜松や磐 田な ど、遠 州(遠)の里 に とっては、観 音 山は重要 な山 岳聖地 のひ とつであつた と考 え られ、そんな聖地 を越 えて、 さらに山道 を進む と、や がては南信 州 に辿 りつ く。 この よ うな、 山(森)、 里、海 を多交通的 に繋 ぐ交通 の要所 であ り、能所不二的 思想 の結節 ノ点で もあつた観音 山は、ある種 の「山岳修行 の場」に再整備 で きる下地 を充分持 った場

とい え、修景次第で、「山岳修行 の場」に充分復元可能 な場であるもの と考 え られ る。

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もちろん、 ここでい う「修行 の場」は、狭義 の意味での宗教的修行 の場 を意味す るものでは決 し てない。 さしあた りは、広義の「フィール ド体験 の場」を意味 しているに過 ぎない。今 日のフィー ル ド体験教育は、近代以降の科学・技術 の導入期教育 に終わって しまってい ることが しば しばで、

その意味で、「客観 的事物 の集合体 としての 自然」の実体験教育の域 を殆 ど出ていないが、本来、

フィール ド体験 は、「導入期教育 に必要なだけではな く、学問の終着点で もあ り、究極の知 を、修 練 の果 てに体得 しよ うとす る知 的試 み」(藤本 、2008b)で あ るべ きもの とい える。その意味では、「体 験学習の場 は山岳修業的 な苦行 の場 となる」必要がある。す なわち、 この よ うに考 えてい くとき、

す でに、古代 において、実践的修行 。自然の総体 との対話 を通 して、主客不二の思考パ ター ンを かな りの程度 まで明確化 させ ていた密教哲学や、その先駆形態 を留める山岳修行者たちの哲学が、

例 え、今 日的にみれ ば、不充分 な ところがあるとして も、充分拝聴す るに値す る内容 を持 ってい た こ とを認 め ざるをえな くなる。そ して、その ことは即、 これ らの知的生産やその修行法、その 歴 史的遺産 な どに充分配慮 して、景観整備 を進 めることが、主客不二的風景の開示やその全体ヘ の波及 の、極 めて重要な前提条件 のひ とつ となるだろ うことを意味 している。宗教的アナクロニ ズムは避 けなけれ ばな らないが、その根底 にある良き理念や方法には充分学んでい く必要がある。

最後 に、以上の よ うな方 向性 を持 った景観整備 の具体的工夫 としては、まず、回峰ルー トの設 定・整備 が考 え られ る。 この よ うなルー トとしては、上阿多古 フィール ド庁舎 を出て、西阿多古 川 を素足 で渡 り、 巨石 の多い、すべ り石沢 を上 り詰 めて、滝(1林班 を小班)、 「原始 の森」復元試 験地(藤本 、2009a)、 そ して、「森林 ステー シ ョン(藤本 、1999)」 に至 るアプ ローチのためのルー ト

と、「森林 ステー シ ョン」か ら「山の神」に至 り、山の神→上阿多古 フィール ド西端→「観音堂」お よ び「犬神 堂」→ 山頂→「富士 山展望台」→遊歩道→ 山頂→ 山の神 と回遊 してい くルー トな どが考 えら れ る。整備 に関 しては、「山の神」の社(祠 )の修繕 、「い も りヶ池」の復元 、各所へ の看板 の設置 な ど、考 え られ る課題 は少 な くない。祠 を含む「山の神」は、12年(平9年度末)に、上阿多古 フ ィール ドに よって造成 ・整備 した空間であるが、階段 な ど、多分 に老朽化が進んでいるので修復 の必要がある。また、祠の屋根 はまだ トタン葺 きであ り、檜皮葺 きあた りに変 えるの も悪 くない。

「い も りヶ池」は、lo年ほ ど前 までは、山頂 か ら観 音堂 に至 る道沿いに存在 していた小沼(水溜 り

)

で あるが、土石 の堆積 によって、現在 は原形 を留 めていない。小 さな沼ではあるが、不可思議 さ・

非 日常性 を秘 めた箇所 であつた とい え、復元が望まれ る。看板 については、様 々な ものが考 え ら れ るが、充分記述 内容 を吟味 した、「修行 の場」に相応 しい ものを設 けることが必要である。 山頂 や 、「観 音堂」、「犬神 堂」にも、すでに看板が立て られてい るが、子供 向け、一般 向けの、あ りき た りの内容 に留 まってい る。例 えば、「観 音堂」は、修験者 がまつ った「観 自在菩薩(観音菩薩 、 ryユ

balokitesvara bodhisattva)」

のお堂 とされ てい るが(ただ し、現在 の ものはその復元)、 現在 の看板 では、山の名 とまでなってい る「観 自在菩薩」の何であるかを伝 える内容 にはなっていない。

「観 自在菩薩」は、能所不二、理智不二 を、明確 に了解 した、最初の人物の名 として、たぶん了解 され る。空海 も、それが「観 自在菩薩」の「悟 りの教 え(三摩地 門)」である と断った上 で、「智は、能 達 を挙 げ、得 は、所証に名づ く。既 に理智 を沢ずれ ば」とか、「一道 に能所 を沢ずれ ば、三車即 ち 帰黙す」な どと記 して、その 旨を伝 えてい る(頼富、2004)。 す なわち、観 自在菩薩、観音 山の名 の 由来 とも関わ らせ なが ら、能所不二の歴史 を伝 える看板 を立て ることも、決 して、宗教的アナ ク

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(15)

ロニズム とはな らない と考 え られ る。

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参照

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