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(1)

恐慌期における手工業の職業身分思想

鎗田英三

目次

Ⅰ.はじめに

Ⅱ.手工業の職業身分思想 (1)経済

(イ)手工業の資本主義への対応 (ロ)職業身分経済

(ハ)共同経済 (ニ)経済的自治 (2)社会

(イ)職業身分自治 (ロ)協同体思考 (3)国家

(イ)国家の経済への優位 (ロ)国家と職業身分 (ハ)議会制民主主義批判 (4)小括

Ⅲ.職業身分思想の思想的・社会的意義 (1)思想的系譜

(イ)伝統的思想 (ロ)危機の思想 (ハ)個人主義批判 (2)社会的帰結

(イ)反ヴァイマル体制運動との連帯 (ロ)反ヴァイマル体制運動‑の留保

Ⅳ.おわりに−手工業者とナチス−

(2)

はじめに

世界恐慌のなかで手工業者をはじめとする中間層がナチを支持したこと は,繰返し指摘されてきたことである。では,両者を結び、つけたものはー休 何か。中間層の経済的困窮を挙げるだけで十分だろうか。

H.

ヴインクラー は

r1930

年‑

33

年の憲法・社会政策でコーポラテイズムが核心的役割を果し たこと,職業身分的秩序の問題への対応のなかで諸利害団体の政治全般への 態度や民主主義理解がうちだされている

J

ことを分析している。職業身分思 想、などのコーポラテイズムの議論は,

r

ヴァイマル期の

14

年間続いていたが,

1930

3

月の大連合内閣崩壊後の三年間ほどその実現の可能性があったとき はない」というように,それは時代の一つの焦点を形成していたのである。

K.

フ オ ル ヴ エ ル ク に よ っ て

1929

10

月 に 「 生 産 協 同 休

Werksge‑

meinschaft

的・職業身分的運動を促進するための月刊誌

J

として『労働と 職業

Werk und  BeruH

が,また

o.

シュパンによって

1931

年『身分生活

Standisches  Lebenj

が発刊されたのも,まさにそのような状況を反映したも のといえよう。

手工業者とナチの結び、つきを解く一つの鍵もこの職業身分思想にあること は,すでに別稿で示唆した通りである。ヴインクラーも「コーポラテイズム をめぐる議論の新たな局面で、最も準備していたのが手工業で、ある。ここほど 身分的組織形態や身分的メンタリテートが保持されていたところはない」)と 述べている。

本稿では,なぜ手工業者がナチを支持したのかを分析する作業の一環とし

て,手工業者の職業身分思想をとりあげてみたい。その格好の素材を提供す

るのが,

H

モイシュの編による『手工業の職業身分思想と職業身分政策

Berufsstandsgedanke and Berufsstandspolitik des Handwerks j( 1931

年)であ

る。[以下『職業身分思想

J

と略す]。編者のモイシュはドイツ手工業会議所

会議

derDeutsche Handwerks‑und Gewerbekammertag

の会長を務める手

工業界の中心的人物であり,この本も会議所会議理事会の委託によるもので

ある。それゆえ手工業の職業身分思想のいわば公式的見解ともいえるもので

(3)

ある。

本稿では,その『職業身分思想j(以下,本文中の頁数はその頁数を示す) やその実際の執筆にあたった

w.

ヴェルネットの関連諸論稿に基づいて, 1)  手工業の職業身分思想はいかなる内容かを,経済・社会・国家という三つの 領域に分けて整理する。そして

2)思想的・社会的にそれがどのような意義

を有しているのか,

3)

職業身分思想を媒介とした手工業者とナチの関連は いかなるものであったかを考察することを課題としたい。

[註]

1)  H. A. Winkler

, 

Unternehmerverbande  zwischen  Standeideologie  und  Na‑

tionalsozialismus.  In: Vierteljahrshejte jur Zeitgeschichte 17  (1969)  S. 341.

なおこの論文 の論旨は,

ders

, 

Mittelstand

, 

Demokratie und Nationalsozialismus 

1972 koln.

の N , V I I

3

に 発展している。

) 昂

id

S.34

1 .  

3  )  拙稿, I ナチス休制成立のー側面一手工業者の社会経済的分析

‑Jr

季刊社会思想

J 3‑3

4

(1974

年 ) 。

4)  Winkler, a. a. 0., S.344. 

11. 

手工業の職業身分思想

(  1  )  経済

職業身分思想の経済把握(=職業身分経済)を検討するまえに,まづ手工 業の資本主義観をみておく必要があろう。

(イ)

手工業の資本主義への対応

工業が未だ端緒的発展の段階にある時には,工業の発展を軽視し自らの存 在を中心的と看倣していた。「工業に手工業の維持を義務づける

J(S.  8) 

ことが求められていたのもその表われであろう。が,

19

世紀後半に入り,工 業が本格的な発展を遂げるようになると,そのような態度は修正を強いられ てゆくことになった。

「経済制度全体を

1810

年以前に戻すことはもはや問題にならなかったので,工業に対す

(4)

る要求は放棄され,手工業会議所創設の要求が前面に出る。

J

(S.  1 1 )  

そこで問題になるのは,資本主義経済にいかに適応してゆくかであった。

この基本的方向はヴァイマル期にも変わることはなかった。それを象徴する のが,当時国民的運動として展開された産業合理化運動への対応であろう。

「手工業的商品生産の経営経済的条件と国民経済的条件を発展させ,現代の 要求に一致させる

J(S.  55)

との立場から積極的な取組みがなされたので ある。

しかしながら,その適応のあり方には注意しておく必要があろう。それは 工業への完全な同化ではなく,次のような合理化観にみられるように,手工 業的特性の維持を前提にしたうえでの適応であった。

すなわち,

I

完全に独自の刻印を有している。全般的合理化の一部とはす ぐに看倣せない

J(S.  133)

とする。工業の合理化は巨大投資に基づく機械 化であるが,手工業の場合には,

r

既存装置の不合理をみつける」など「手 工業経営の収益を高める手段の休系」と看倣されていたのである

(S.133)

19

世紀後半以降の手工業運動の重点が手工業会議所の創設などの組織問題 におかれていたのも,手工業の独自の地位を確保するために手工業者の組織 的結集が必要不可欠と考えられていたためであろう。

それゆえ,

r

資本主義経済の秩序原則は手工業とは異なったものである。

外的関係の強制のもとでそれに適応しなければならなかった

J

(S.  9 8 ) と いうように,その適応といってもきわめて消極的なものにとどまっていたと いえよう。

では,そのような適応形態はヴァイマル期にどのような結果に至ったので あろうか。合理化の効果にしても,

r

理論的には手工業の全休にむいている が,実際上は親方の限られた部分だけ

J(S. 133)

で ,

r

合理化運動は大き

な啓蒙活動に終る

J

(S. 

134)

と総括されている。それに加え,世界恐慌に よって手工業者は甚大な被害を蒙り,手工業内の相異はあるにしても,適応 の可能性は失われたと言ってよい。

(口) 職業身分経済

まさにそのような適応の挫折をもとにして,職業身分経済が構想されるの

(5)

である。第一に,彼らの経営を破産的状況に陥れた恐慌の原因を,大企業に よる,さらに自由経済に介入する経済政策と経済立法による「私的経済の歪 曲

J(S. 140)

に求め,その解決策として「自由な私的経済の完全な再建」

(S.  14

1)を挙げる。

すなわち,

r

組織形態として職業身分秩序は現状の資本主義を拒否する

J

(S.  135)

のである。ただし,次の指摘にみられるように,資本主義その ものが批判されるわけではない。

「資本主義によって技術的・経済的実態が考えられている以上,資本主義を近代経済の 基礎と看倣す

J(S.  135)

「職業身分思想の資本主義に対する関係を技術的・経済的事実として積極的に肯定して いる。経済を前資本主義的形態に戻したり,反資本主義的経済思想で資本主義を克服する ことが重要なのではない。むしろ資本主義の発展を是認する。 J

(S. 135

f )  

言うならば,私的所有にもとづく私的資本主義が肯定されたうえで,現状 の資本主義の問題点をいわば原因からではなく結果から修正していこうとい

う立場であった。

「分業の事実は解消されないが,労働過程・職業生活・社会存在の堕落などの有害な帰 結をできる限り除去するのは不可能ではない。」

第二に,職業身分経済は,恐慌の一方の原因と看倣されていた大企業体制 への批判を含んで、いた。そこではまづ,経済の集中が組上に載せられる。

「小経営の形態から大企業体制への集中という工業的生産様式への必然、的な発展は,手 工業によって認められない J ( S . .   1 2 7   f  。 )

その批判の根拠はどこに求められているのか。経済の集中は技術の発展を 経済に優先させた結果と考えられている。技術の発展が手工業的特性に敵対 するものと手工業によって考えられていたのは経験的に推察できるが,次の

ように敷街されている。

経済は,

r

他の人間的行為同様,意志の自由と自律の領域で行われる J(S.126) が,技 術は「機械的な因果法則に依存

J(S. 

1 2 7)しており,

r

技術は経済をこえる主人にはけっ

してならない

J(S. 136)

そこで経済の集中,技術の支配にもとづく大企業に代って,

r

職業身分資

(6)

本主義

J(S.  136)

が提起されるのである。それは技術に支配されるのでは なく,人間の意志と能力にもとづき,全体の福祉に貢献するものであり,最 終目的は経済の分散に求められている。

すなわち,

r

技術的にすぐれたー握りの経営の創設ではない。むしろ経済 休制全体が工業経営の集中や集積に対して,商品生産の分散化した立場を強 化するという,より合理性の高い段階に高められる

J(S. 13

7)ことである。

第三に,職業身分経済は社会主義を否定するものであった。その理由とし て,第一に経営の私有が認められず社会化されることへの危倶があげられよ

フ 。

「とくに自営手工業者は,社会主義的計画経済の実現によって存在の危機に陥る危険を 感じる

J

(S.  3 9 ) 。

さらに,恐慌の一つの原因と看倣されていた「自由経済に介入する経済政 策と経済立法」が労働者階級の影響によるものと把えられていたためでもあ る。その問題点は,次のように,工業と手工業を同一視し,手工業を独自の 存在として認めないという点にあった。「手工業は厳格な手工業政策のため,

以前には存在していた景気後退への適応力を失いはじめた

J(S. 123)

とい う結果に陥ったのである。たとえば,社会法では,

r

手工業労働者を特別の

カテゴリーとして認めない。ただ工業労働者しか存在しない

J

(S. 

22)

の であった。

また労働協約政策や租税政策にしても,手工業を顧慮しないだけでなく,

社会主義的計画経済への一歩とさへ看倣されるのである。

「工業と手工業を同様に全般的に拘束する労働協約が経済政策上正しいかどうか問題で ある。徒弟を労働協約に含めようとする試みも同様である

J

(S. 1 2 2 ) 。

「その租税支払能力に応じて個々の経済身分を取扱うという考えはない。経済はどんな 出血にも耐えられない有機体のようなものである。またこの有機体の個々の構成部分が異 なっており,異なった機能をするという考えはない。まさに租税ボルシェヴイズムだ

J(S. 

1 2 4 ) 。

むろん,ヴァイマル期には手工業に対し全くの無策であったとは言いきれ

ない。

1922

年 , ドイツ手工業会議所会議が公法団休となり,

29

年には手工業

(7)

名簿が導入されるなど,

r

永年の要求は部分的に実現される。が,概して依 然、として全般的規制が未解決のままである

J(S. 53)

。しかもそのような組 織政策も「経済全休の現代的発展への手工業経済を適合させていく努力であ

J(S.  28)

と看倣されていたのである。

以上の三点に基礎づけられた職業身分経済(職業身分資本主義)実現のた めにどのような方策が考えられているのか。

まづ

r

自由主義の時代を共同経済によって克服する

J(S.  50) r

第三の

解決方法

J(S.  64)

が強調される。

つまり「企業家層の巨大な経済力と労働者の間という手工業の中間的立場のため,どち らかの側に無条件に結びつくよう手工業に対し忠告がなされることがしばしばある。いず れにせよ, (両者とも)中間層的・職業身分的存在を犠牲にする

J

(S.  6 3 ) からであると。

そして具体的には,次の二点が挙げられる。一つは,大企業の経済的権力 を抑え,組織労働者の影響力を排除することである。もう一つは,それによ って経済過程における手工業者の独自の地位を確保することである。前者に そって構想されたのが共同経済

Gemeinwirtschaft

であり,後者に対応する が経済的自治である。以下,それぞれを検討してみよう。

(ハ)

共同経済

大企業や組織労働者を規制するために,経済の自律性に制限を加えようと する。すなわち,次のように「メカニズムとしての経済

J

を否定し「国民的 課題に貢献する, 目的に対する手段としての経済

J(S. 129)

が強調される。

「経済は国民協同体

Nationaler Volkskorper

の存在を維持するための手段調達の領域で ある

J

(S. 1 2 9 ) 。

「経済はより大きな全体一国家・民族ーに統合される。そしてそこから課題と規定を受 取る。その独自の有効範岡のなかで最高の自決権が発生する

J

(S.  1 1 1 ) 。

それにより,

r

経済政策は最上の国家政策の有機的な領域に還元される。

経済力の集中によって国家を超えた支配に達し,その助けで経済的権力利害 を促進しようという努力はだめになる

J(S.l11)

のであり,

r

個々の問題

で手工業の利害はなおざりになっている。(中略)工業・労働者・農業と違

って,国家の経済政策にとって手工業は存在しない

J(S.  120)

という状況

(8)

は打破されるのである。

だがこのような主張は, なにも恐慌期にはじめて現われたわけではない。

1921

年に手工業によって国会に提案されたライヒ手工業令

Reichshandwerks ordnung

草案の共同経済の概念のなかにその原型が見出されるのである。

「憲法の意味での共同経済の概念は,自営経済活動のための個々の経営の権利を排除し ない J (5.  7 7 ) 点を前提としたうえで,

r

共同経済は国民経済体制の中に全ての創造的な 身分を組込むという点において,専門的職業団休の計画的な構成を意味する。個々の経営 部門の個人主義的・私経済的利害をこえたより高い創造的秩序権力が商品生産の分配過程 に決定的な影響を与える(傍点筆者 ) J (5.61)と考えられている。

このように, とりわけ大企業の経済力を規制するために, ライヒ手工業令 の共同経済の概念が援用されるのである。

(ニ) 経済的自治

つぎに,手工業を独自の存在として確保するためには「経済の形成への手 工業の参加という核心に間接的にしか迫っていない

J

(S. 1 6 ) 状況をのりこ え ,

r

徒弟養成・労働協約・疾病保険さらに他の国家の経済政策に対して手 工業の独自な存在条件を考慮するように闘う

J( S. 125)

ことが求められる。

その目標として,

r

自責・自治・自助の原理

J(S.  63)

にもとづく各職業身 分による経済的自治が職業身分経済の基礎として構想されるのである。

「経済は一連の平等の職業身分から構成され

j

ており,

r

どの職業身分も完全な経済的自 治をもとにして決定されている

J

(5.  1 0 9 )。

では経済的自治の具体的な内容はどのようなものか。『職業身分思想』で は ,

r

個人的な経営管理の維持のもと国家によって与えられている団体的統 合」と「手工業を営業の自由から除く

J(S.  99)

ことが指摘されているだ けである。その発刊の翌年

1932

年にドイツ手工業全国連盟は「経済政策に関 する基本的要求

J

( 1表参照)を発表する。そこから経済的自治のイメー ジを把えることができょう。それらをまとめれば,①公経営の規制や大資格 証明制(親方の資格がなければ営業を営めない)の導入による競争の緩和,

②インヌンクへの価格設定権の賦与,①後述する義務加入制によるインヌン

クの強化となろう。その基本像が中世のツンフ卜を想起させるという点につ

(9)

1

表 「ドイツ手工業の経済政策的な基本的要求」

( 1 )   中間層の利害を擁護し,政策を検討するライヒ委員の任命

(2) 

古い住宅の改築,手工業に注文を与えるのを目標とする大規模な公共事業計画の採 用

( 3 )   全公経営と修理工場の廃止,並びに入札制度の改善

4) 

あらゆる形態のやみ労働ならびに小経営内の異常な競争の克服

( 5 )   デ、パート,チェーン・ストア,行商への小売商の価格を均衡させるため特別課税

(6 ) 

徒弟・職人の訓練の復活

( 7 )   大資格証明制の実施

(8) 

手工業職人の賃金引き下げ,強制的な仲裁協定の廃止

( 9 )   訓練期間の延長,職人・徒弟の最低訓練期間をそれぞれ

5

年・

3

年とする

(10) 

市場を規制する自治組織を採用する権限(価格設定権など)の獲得,インヌンクへ

の強制加入

A. Schweitzer, Big Business in the Third Reich, pp.80‑8

1 .  

いては,次のように論駁されている。

「義務加入制の近代思想は全般的(義務的)資格証明制のツンフト的要求とは一致しな い。ツンフトへの先祖帰り

Atavismus

から導かれているのではない。経済的自治の考えに 根をもっていることを度外視すれば,それは経済的には,すべての経営を

f

専門的jに合 併するのがきわめて困難な,手工業的生産体系による(生産の)強力な分散化によって根 拠づけられている

J

(S.  6 7f ) 。

以上,職業身分思想の職業身分経済について概観してきたが,ここで一つ の根本的な疑問に遭遇する。国民共肉体の「手段としての経済

J

という形で 経済に歯止めをかけることが求められる一方で,経済的自治が主張される。

これは相矛盾するのではなかろうか。たしかに,抽象的には経済的自治も国

民共同休に従属するということになろうが,具体的に両者がどう兼ね合って

いくのかについて納得的な説明は見あたらない。このアポリアは後述のよう

にまた違った形で現われてくるのである。

(10)

社会

職業身分思想にあっては,社会とは「国民共同休を形成する諸身分の総休」

S.  105)

と規定されている。そこで第一に構想されるのが,前述の経済的 自治にもとづいた職業身分による自治である。

(イ)

職業身分自治

まづ職業身分を定義しておかねばなるまい。大きくは「大経営もしくは工 業

j.r

小経営もしくは手工業

j.r

農業

j.r

商業

J

などに分かれ,さらに手工 業の場合職種ごとに地域を単位として「全てのその職業に従事する者が加入 する

j(S.  10

7)ことになっている職業協同休

Berufsgemeinschaft

と考え

られていた。

職業身分自治でまづ求められるのは,職業身分組織への義務加入であろう。

職業身分組織としては,専門的利害に立つ垂直的組織=インヌンクと「相互 に依存・関連している職業身分的関連に立つ水平組織

j(S.  82) 

=手工業 会議所があるが,とくに前者(インヌンク)が重視されている。インヌンク に対しては,その拘束力・強制力が不充分と看倣されていた従来の強制イン ヌンク

Zwanngsinnung

に代って義務加入制の義務インヌンク

Pflichtinnung

が要求されたのである。

それに加え,これまでの会議所によるインヌンクの監督権が批判され.

r

専 門組織の中央集権化と職業上の自治機関についての国家の監督の排除

j(S. 

84)

が唱えられていた。前述のインヌンクによる価格設定権と併せて考える なら,職業身分自治では基本的にインヌンクの強力な復権が意図されていた

と言えよう。

(口)

協同体思考

ここで一つの問題が生じる。職業身分自治は手工業に対し独自の地位を保

証するが,同時に大工業に対しても自治を認めることになり,それらの力を

規制することは不可能になるのではないか。そこで職業身分経済で大企業や

組織労働者のコントロールのために「国民的課題に貢献する目的に対する手

段としての経済

J

が唱えられたのと同様に,社会の領域で強調されたのが協

同休思考であった。

(11)

第一に,職業身分を民族もしくは国民協同休の一部として,それへの義務 を負う協同休と看倣した。

「身分は決して利害協同体ではなく,義務協同体である

J(S.  64)

。すなわち, I 職業身 分では,権利の代りに全体その他に対する義務があらわれる。個々人が職業・故郷・国家

.民族に根ざすことが努力される。」

「有機体的に増大する協同体のなかで個々人の真の発展がある J (S.  1 0 4 ) 。

第二に,職業身分協同休は「大衆を存在協同休に統合し,等しい社会的運 命の結び、つきのリズムの中におく

J(S.  10

7)というような労使協調にもと づく労使協同体であった。それは階級対立を止揚するものとして,積極的に 主張されたのである。

「職業上の利害の共通性, 一つの職業身分への帰属感情がっくりだされ,質的・個人的 特性を無視して,労働過程への従属の感情を階級的結合環とする悪平等を除去する

J(s. 

1 0 8 ) 。

そしてこのような主張は,

19245

月のドイツ手工業全国連盟のライヒ手 工業令制定運動における次のような声明にもすでに見ることができる。

「職業身分秩序は国民共同体への道を示すであろう。国民協同体は職業身分上の共同に よって階級対立の均衡という社会政策の前提を形成する

J(S.  70)

労使協同休という主張も「職業身分秩序の最終目的は労働者を経済的物質 主義のどん底からより高い平面に引上げる

J

(S. 

108)

というように,職業 身分思想の一つの核心点を形成していたのである。むろん現状をみた場合,

労働者が職業身分思想に共鳴しているとは考えられてはいない占むしろ逆で ある。

「手工業職人を組織化する必要性は、手工業組織の枠内で僅かしか充されていない。手 工業労働者の殆どが労働組合に組織されている

J( S. 

80) し , I 協同体思想の萌芽は,そ の強力な敵対者である階級闘争思考によって圧倒されている J (S.  6 8 ) 。

それにもかかわらず,

r

実際にそれら(雇用者の階級組織)に対立するの は手工業労働者ではなく,他職種の労働者である

J(S. 80)

と手工業職人 に対し期待がかけられていたのである。

しかし,労使協同は次のように具体的な構想に欠けていた。

(12)

「労働者の職業団体と雇用者組織が専門委員会で会う。そのさい,職業団体の構成は被 用者に委せる。」

さらに,労使の協同には幾つかの限界が見出される。一つには,両者の「同 数代表

J(S.  70)

という平等な関係は拒絶され,使用者側のイニシアティ

ヴが確保されている点である。

「労働者と企業家層の協同の道を拓くさいに重要なのは、数的に対等な関係による解決 ではなく,まづ職業生活を基礎にして実際に了解する試みである

J

(S.  71 ) 。

また協働の対象領域も「憲法によって規定された領域で雇用者と協議する」

S.  49)

と規定されているにすぎない。

以上,職業身分思想の社会領域での内容を検討してきたが,職業身分自治 と国家などに義務を負った義務協同休としての職業身分という主張をどのよ うに均衡させるかについては,経済と同様に,未解決のままであった。

国家

(イ) 国家の経済への優位

まづ国家は「身分的に構成された社会をこえて形成される支配権力」であ り ,

r

社会の政治的組織形態

J

(S.  1 0 5 ) と規定されている。

すでにみたように,大企業や組織労働者の力を排除するために,手段とし ての経済が,また国民協同休の発展に義務を負う義務協同休として職業身分 が構想されていた。それに対応する形で,

r

いかなる国家もとくに近代国家 は、経済との融合によってひどい影響を受ける

J(S.  112)

というように,

経済と国家の分離が主張されるのである。だが,単なる分離ではなく,経済 を国家に従属するものと看倣している点は,手段としての経済などの行論の 議論から理解できょう。さらに次のように諸利害の調停者としての強力な国 家がもとめられたのである。

「身分政府の義務は,国家の責任ある指導とその政治的運命の形成にある。それはもっ ぱら公共の福祉

Gemeinwohl

の観点から決定を下し,必要な場合には強大なグループであ ろうとなかろうと,それらに対坑しでも(課題を)貫徹できる力を行使する。野蛮な諸利 害の力による圧力をできるだけ排除する限りでその権限をもてる。支配の課題と義務は,

諸利害の要求をそれぞれに実現

L

ょうという醜悪な強制から解放されることである。」

(13)

(口) 国家と職業身分

国家と経済の分離が主張されるのと同様の論理で,国家と職業身分との分 離が説かれる。

「経済的利害代表は,政治的意志形成との直接的関連から排除されねばならない。利害 代表は国家指導部と一つになってはいけない。今迄の発展の意味での利害代表は,職業身 分的に秩序づけられた経済の公法的自治のメルクマールにはならない。それ(公法的自治) によって国家的・政治的課題をひきうける状態に経済的職業身分代表があるということで はない。

J

そのさい,国家指導部と職業身分による自治との関係はどうなるのであろ うか。「国家は経済政策の内的問題に対し直接何もなすべきではない。身分 団休への管理指導で影響を与える

j(S.  112)

というように,国家による職 業身分への間接的支配が考えられている。これは,国家の経済(職業身分) との分離の主張とは矛盾し,国家のイニシアティヴを相対化するものであろ う。まさに資本主義の集中から分散がもとめられたように,中央集権的国家 から分権的国家への移行が説かれるのである。

職業身分思想に依拠する国家の特徴は次の三点に要約されようが,①と

②,③がどう折り合っていくのかについては言及されていない。

①  創造的,統一的,国民的に整序された国民共同休を強力に指導する国家。

②  その経済に対する立場は,種々の経済領域に正しい均衡状態を慎重にも たらすことに制限されるよう考慮されねばならない。

③  中央集権的統一国家への発展から解放され,自治を新しい規範とする。

(ハ) 議会制民主主義批判

経済(職業身分)と国家の分離を説いたものの,現状の議会制度には手工 業は大きな不満を抱いていた。「とくに職業身分政策的観点を議会活動で有 効にする可能性は少ない。せいぜい影符の可能性は,手工業の間接的な利害 の領域を評価することに限られている

j(S.117)

からであった。

それは,

r

多数決の原理でその背後にある経済部分をできる限り有効にし,

数的に手工業の影符力を排除しようとする

j(S. 115)

というように,組織

労働者の数による影符力に起因すると考えられている。

(14)

ここで多数決原理への批判に行きつく。彼らは, r手工業は独自の本質を

形成していると確信し,その喪失が没落を招くような特性を具体化しようと いう強い意志をもっているJ(S.  99)というように,自らを独自な存在→

特別な存在と位置づける。そして多数決原理は,全ての人間を同質の存在に 還元し量のみを問題にする唯物主義・機械主義・画一主義に陥り,それによ

り手工業の存在の独自性は否定されるに至ると批判されるのである。

「政治的実践を支配する数字メカニズ、によって,少数グルーフ。は彼らに帰属する生存 権を維持することができない。

J

(S.  1 1 8 ) 。

「個人主義化した思考の基本的形態である両ー主義が勝利する。すべての構成員が同じ ような存在で,同じ機能を果すという有機体は侮蔑すべきである

J

(S.  9 7 ) 。

そして,このような多数決に基づく議会制民主主議も当然のことながら批 判される。

「子工業は『民主主義

J

体制のなかでは立の協同労働への伝統的要求の実現をみない

J(S.

ただし,留意しておかねばならないのは,次のように議会主義を原理的に 否定するものではないということである。「政治的議会Jを抑制するために,

「経済議会J,すなわち身分議会 Standehausや身分会議所 Standekammer が構想されているのである。

「経済以外で国民の政治的意志形成と意志表明が保証されていることになっているので

『議会主義の廃止

J

を語ることはできない。が,西ヨーロッパで採用されている議会制度が 役に立たないものと看倣されるのは誤りではない。それゆえ,とくに将来強力に身分的目 的にむかう発展の可能性を有する基本的な改革が行なわれる必要がある。国民の政治的代 表として政党が存続しつづける。それとは別に,身分会議所や身分議会が最高の機関とし て機能する経済的・社会的自治が独立に存在しつづけることは目的に適っている。この両 機関を現在の国会や暫時的経済レーテと比較する場合,これらの点の違いを考慮する必要 があろう。両身分機関の構成・課題・有効性については新たに規定されねばならない。」

小括

資本主義経済・社会の発展に対し,自らの独自の地位を確保しながら適応 していこうという手工業の路線は,ヴァイマル期における独占資本の復活・

(15)

強化とヴァイマル民主主義に依拠した組織労働者の影響力の増大のなかで,

十分な成果をあげることができなかった。むしろ,恐慌の過程でその破産は 明白になったのである。そこで手工業者によってうちだされた職業身分思想 では,現状の経済・政治が批判された。その意味で現状否定の思想であった。

しかし,そうはいっても資本主義それ自身は肯定されていた。また議会につ いても,多数決原理にのっとった議会を否定しながらも,政治的議会を補完 する経済議会の設置を求めるといったように,いわば現実の修正を求めてい く立場であった。その点で,彼らは「職業身分思想、は決して反動的ではない。

革命的な計画を含む。一定の階級が進歩思想を駆りたてたのではない。全て の他の思想を反動的とみなすのは空しい倣慢さである」と考えていたのであ る 。

では何を目的として修正が考えられたのか。それは次の二点にまとめるこ とができょう。

(A)

大企業の経済権力と組織労働者の政治的・経済的影響力を規制する こと。

(B)手工業の独自の地位の確保

(A) では,大企業・組織労働者のどちらにも依拠せず,むしろ両者をコ ントロールする「第三の解決方法」が強調される。すなわち,経済的には「手 段としての経済j という形で経済の放任が否定され,社会的には職業身分を 国民協同休に対し義務を負う協同休と看倣していた。また国家のレベルでは 国家と経済を分離し,経済に超越するものと位置づけ,諸利害の調停者とし ての強力な国家がもとめられていた。

(B) の立場からは,経済的に集中した資本主義に代って分散的資本主義 が,国家では中央集権的国家から分権的国家が構想されている。さらに社会 的には労使協調にもとづく経済的自治と国家の職業身分への間接的支配(=

国家権力の規制)が考えられていた。

しかし,

(A)

と (

)は相対立する,二者択一的側面を有していた。究 極的には, どちらの立場に立つのであろうか。次の指摘をみてみよう。

「版業身分忠、立!は広本的に政党政治の i J ! l

J

から把えられるべきではない。職業身分秩序は

(16)

経済組織上の要件である

J(S.  154)

i(

手工業的職業身分政策の目的として)常に重要なのは,手工業と工業の形式的同一性 の原理から防衛し,手工業の経済的に独自の存在を守り,国家の全能による剥奪に対し経 済的自決の防波堤を作ることである J

(S.  125)

こうみてゆくと,手工業の公式的な職業身分思想では, (A) よりも (B) に重点がおかれているのは明らかであろう。(

)を達成するのに強力な国 家が必要とされたのである。が, (A) と (B )をどう折りあわせてゆくの かというアポリアは,依然、未解決のまま残るのである。

W. Wernet, Der Berufsstandsgedanke des Handwerks. 

In: Werk und Beruf 3 (193

1 )  

S.  78. 

)昂

idS. 78 

Ibid

, 

S.  77. 

Ders

, 

Standewirtschaft and Standestaat.  In:Das Deulsche Handwerksblatt

, 

1932  (26]g.), S.409. 

Ibid

, 

S.  405. 

)品i

dS.  408. 

)昂

idS.  408.  Ibid, S.  409. 

Ders

, 

Der Berufstandsgedanke des Handwerks

, 

S.79. 

i l l .  

職業身分思想、の思想的・社会的意義

つぎに,職業身分思想がどのような背景のもとで生まれ,そしてヴァイマ ル末期の状況のなかで思想的にはどのような位置にあり,社会的にどのよう な機能を果したのかについて検討してみたい。

(  1  )  思想的系譜

(イ)

伝統的思想

(17)

手工業の中に職業身分思想が定着した要因としてまづ強調されるのは,そ れが手工業の伝統に根ざしたものであるという点である。

「手工業の職業身分組織の慣習的内容が職業身分思想の内容全体を規定する。」

「身分理論から概念がもたらされるのではなく,手工業運動の歴吏的経遠から導かれる」

(S.  96)

しかしそれを歴史の流れの産物とのみみなすことはできない。帝制期以来 の手工業運動の基本的方向は現休制への適応路線であったからである。

「古い手工業運動の二つの焦点一一義務的強制インヌンクと義務的資格証明制ーーは,

今世紀に入り手工業政策から基本的に排除されている。それに代って目ざされたのが,と くに顕著になった手工業法の欠点を除き,手工業を他の経済的身分とならんで十分価値の ある経済ファクターにし,それに相応しい法的職業代表を構成・確固とするという目的で あった

J(S.3

1 ) 。

たしかに職業身分思想は,そのような適応路線と手工業の独自の地位の確保 という点で発想としては一致しているものの,適応路線の破産のうえに生ま れたのであった。それゆえ,職業身分思想は,適応路線前の「古い手工業運 動の二つの焦点」に戻るものであった。前述の「経済政策の基本的の要求」

が中世のツンフト自治にその範を求めているのも,この点から理解できょう。

そして恐慌期における職業身分思想の直接的原型は, ドイツ革命期に手工 業者によって提出されたライヒ手工業令草案にあることはすでにみた通りで ある。

(口)

危機の思想

しかし,職業身分思想を手工業の伝統的思想にのみ還元するのは誤りであ ろう。それがヴァイマル期に手工業者によってどう生みだされていたのかを みればそのことは明らかである。

まづその直接的原型であるライヒ手工業令草案が次のような革命期の流動 的状況のなかで提案されたことに注目すべきであろう。

「戦後すぐの時期は新たな経済秩序をっくりだす努力で特徴づけられていた。労働者以

外の応汎な屑でも,いわゆる自由経済,私的資本主義的流通経済を新たな国家形態と内的

に一致し結びついた形態に移行すべきだという確信が支配的であった J (S.  3 8 ) 。

(18)

だが,このライヒ手工業令制定の運動は,合理化運動に取組み適応を図ろ うという姿勢が顕著になるに応じて急速に弱まっていたのである。

「あらゆる障害を乗越え,将来的意義をもつものを作っていこうとする大きなかっ熱心 な意志が存在した。が,次の時期には創造的な形成意志が衰える。新たな存在条件のもと に驚くほど急速に順応していった。

(11

回応によって)形成されたものが一時的解決にすぎな いことが忘れられる。インフレ期には,少し前に多大な確信をもって語られたことが放来

されるに至る

J

(S.  8 3 )。

そして再び職業身分思想が手工業者をとらえたのは恐慌期であった。この ように,それは経済的・社会的に安定した状況ではなく,危機的状況の産物 であった。そしてそれは恐慌期の全般的な危機的状況の刻印を受けているの である。その反議会主義にしても,暫時的経済レーテの拡充を求める草案に ナチ, ドイツ国家人民党からドイツ共産党までが賛成したという当時の反議 会主義の大きなうねりの中に位置づけることができょう。また思想的にも,

すでにふれたように身分思想が広汎なひろがりをみせており,

r

職業身分思

想』の実際の執筆者である

w.

ヴェルネットが『労働と職業 j誌に投稿して いることからもそのような全体的潮流との結び、つきが理解できょう。内容的 にみても「個々の経営や産業部門の個人主義的・私経済的利害をこえてより 高度の秩序権力が商品生産・分配に影響するという規定は,シュパンのそれ

を想起させる

J

のである。

このように危機の産物として同時代的状況に拘束される以上,ライヒ手工 業令草案と恐慌期の職業身分思想では内容上相違が生じてくる。前者では,

新たなヴァイマル休制で、の手工業の地位の確保が志向され,経済的自治に重 点がおかれていた。

「草案の基本的考えは職業身分的自治である。(中略)経済的自治権を基本的に保証した うえで個々の無制限のエゴイズムを全体の利害に公益的に秩序づける

J(S.  58)

それに反し,後者では現状=ヴァイマル休制自体が問題となり,職業身分

経済・国家にもとづく新たな休制が志向されるのである。

(19)

(ハ)

個人主義批判

このように危機の思想としての職業身分思想は,危機を作りだしたものに 思想的に敵対するものであった。

すでに確認したように職業身分経済では「自由で無拘束の市場経済と集団 的計画経済の秩序原理は拒否され

J

ていた。そしてそれらを支えていた原理 も思想的に批判されることになる。前者については,自由放任に立った経済 リベラリズムが祖上に載せられる。

「経済リベラリズムは前世期の全体的な基本的精神態度であり

J(S.  139)

, 

r

ドイツの

基礎的資本主義の発展は,強力なリベラリズムの精神のなかでもたらされる

J

(S.  9 7 ) 。

後者については,言うまでもなくマルクス主義が対象となる。ここで注目 しておかねばならないのは,経済リベラリズムとマルクス主義的社会主義の 両者が

119

世紀の個人主義の二つの申し子,自由主義と社会主義

J(S.  95) 

のように,個人主義という共通の基盤に立つものと看倣されていることであ る。マルクス主義も個人主義に含まれるという点は次のように説明されてい る 。

「個人的利害を超越するものとして階級利害をとらえている数百万人の人がいる。が,

彼らは個人主義者であり,社会的環境自体の独自な生活という考えが欠けている。その階 級的利害は個人的利害の集合である。

J

(S.  1 0 3 ) 。

「経済リベラリズムだけでなく,マルクス主義も個人主義に精神的起源を発する。……

マルクス主義的共産主義は自由主義的経済原則の裏返しで,個人主義思想の共通の土壌の 上にある

J( s. 93) 

では個人主義はどのような立場から批判されるのだろうか。

第一に,個人主義は「イギリス,フランスからの受入れ」で,ドイツの「伝 統的な社会条件の正当性と合目的性が非難され,それに代って全くの自由と なり全ての伝統的条件との結び、つきを失なった

J(S.  92)

と批判される,ナ ショナリズムの立場からの批判である。

第二に,経済を国民協同休に従属させるというように,協同休思考を根底

にすえる職業身分思想は,個人主義とは相容れない普遍主義の立場に立つの

であった。

(20)

r(

歴史は)個々人の歴史ではなく,つねになにかある社会組織一一種族,民族,家族共 同体一一に属している。人類が社会的存在であるという事実は,自由意志で民族などの社会 的結合に統合されているということには決してならない。一定の協同休に生まれその一部

として参加する

J

(S.  9 5 ) 。

「個人は国家の中にあってはじめて存在し,社会的協同生活は個々人の観点からではな く,全体性の観点のもとで全体的に規定される。……ものごとの尺度は個人ではなく全体 だ。上から国民の中への意志形成が担われねばならず,その逆ではない

J

(S.  1 0 2 ) 。

第三に,手工業者がその独自の地位の保証をもとめた時,そこでは各人の 質的差異を無視し量に還元するマス化現象=大衆社会化状況への批判が含ま れていたのである。個人主義批判の場合にもそのような批判の視座を見出す ことができょう。

「たとえ毎日のパンをめぐる斗いが困難であるにせよ,経済は最高の存在内容ではない。

古くからの手工業運動の組織的努力の背後にはっきりと大衆の玉の緒の切れた

entseelt

世 界や根無し草性,無定形性,精神的退廃への抵抗がある

J

(S.  1 0 0 ) 。

以上,職業身分思想は,反リベラリズム,反マルクス主義的社会主義から,

さらには個人主義批判の立場に帰結した。そしてそれは,他の個人主義批判 の思想と同様に, ドイツナショナリズム,協同体主義,普遍主義,マス化社 会批判の立場が含まれていたのである。

社会的帰結

このような思想的位置に立つ職業身分思想は,社会的にどのような機能を 果したのか。

(イ) 反ヴ.ァイマル体制運動との連帯

危機思想としての職業身分思想は危機をうみだしたと看倣された組織労働 者や大企業への対立・反挟から,さらに両者の同盟(

r

労工同盟

J)

にもとづ

くヴァイマル体制の否定に行きつくのであった。その政治的原理である議会 制民主主義も厳しい批判にあった。それゆえ,ヴァイマル体制に依拠した社 会層には職業身分思想は基本的に容認できるものではなかった。

「手工業の職業身分上の努力への完全な理解はどこにも見られない。最上の場合でも,

手工業の新たな組織の範囲を十分な寛容さで受入れようとするだけである。選択肢は自由

(21)

経済か社会主義経済である。時代の意識のなかで職業身分制度への深い認識には到達して いない

J(S.  88)

労働者の場合,彼らの基本的権利を守りヴァイマル休制を維持する立場か ら反対であった。すなわち,労働組合の権限を剥奪し,統ーを破壊するもの として「異なった路線の労組も基本的に反対

J(S.  93)

した。すでに

1925 年 第12

回ドイツ労組会議は手工業の法的義務組織化反対の決議をしたのであ る (

S.  89)

大企業も職業身分思想に反対・冷淡の態度をとったけれども,必ずしもヴ ァイマル休制維持の立場からで、はなかった。たしかにヴァイマル休制のもと でその経済的・社会的力を再建・強化してきたものの,恐慌の中で、ヴァイマ ル休告Ijからの離反を求める部分が力を増してきた。それゆえ,職業身分思想 への批判も現休制の維持ではなく,職業身分経済による経済の麻卑,職業身 分自治で、の労使協調が労働者の権利擁護に結びつくことへの危倶からであっ た。ドイツ工業全国連盟のクレメンス・ラマーは

19326月に次のように発

言している。

「われわれ工業家は,国家と経済における職業身分的な計両が形式主義に陥るのは,遺 憾であるだけでなく,存続を危うくするようなドイツ経済の硬直化に帰結することを~!註 する。」

大企業「左派jにしても「資本と労働の対立は廃棄されないで麻卑され る

J

だけと批判を加えていた。

基本的にこの両社会層の利害に規定されて職業身分思想に冷淡な態度をと っていた政府の対応を手工業は次のように観察している。

「最初は草案に理解を示していたが,後には政治的理由との関連でかなり冷却した。(中 略)ついには,草案を継続して取扱うことを放棄することをもっとも合目的と肴倣したの である

J(S.  88 

f  。 )

だが,このように反ヴァイマル休制を標傍する職業身分思想、が,手工業と

同様な経済的・社会的状況におかれていた旧中間同と親和的関係に立ってい

たことは明らかであろう。実際,民業おいても職業身分思想、は一定のひろが

りをみせていた。その代表的な例としてよく挙げられるポメルン民業同盟に

参照

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