Bulletin of Faculty of Education,Nagasa面University:Curriculum and Teaching1995,No.25,63−78
学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1)
一そのとらえ方を知ろう一 谷 村 賢 治
(平成7年3月15日受理)
Contemporary Eousehold and Personal Consumption from the Viewpoint of School Consumer Education
Kenji TANIMURA
目 次
1 学校消費者教育としての家計論
1 学校消費者教育の視点から家計をみる (1)学校消費者教育と家計
(2)家計収支概念 ・ (3)家計組織・組織化の規定要因 2 家計の消費・貯蓄行動理論
(1)消費・貯蓄行動をどうとらえるか (2)ライフ・サイクル仮説と遣産相続 3 時間制約型消費者行動モデル
丑 ライフステージ別の経済課題 皿 消費者構造の現状を探る
1 この四半世紀における消費構造の動き (以上,本号)
Zさん 人口高齢化が未曽有のスピードで進む中,高学歴化や女性の社会進出という社会 経済の変化にともない,現在,消費生活にもこれまでとは違う動きが生まれつつあります。
ことにライフステージ別にみたその有り様の変貌振りは顕著だといわれています。そこで,
家計にスポットライトを当ててその様子を観察することは,学校消費者教育の観点からし てきわめて重要な接近かとおもわれます。もちろんそのためには,現代家計の仕組みを知 っておくことが不可欠です。まずはその辺からはじめて,君たち女子大生に多い経済アレ ルギーをできるだけ取り除くようにしましょうか。
1 学校消費者教育としての家計論
ここでは学校消費者教育の観点から,現代における消費の特徴をとらえるために必要と おもわれる分析ッールや基礎知識についての簡単な理論的接近を試みる(馬
1 学校消費者教育の視点から家計をみる
そのためにまずもって,そもそも学校消費者教育の視点とはなにか,そしてそのなかで の家計論の位置を押さえておこうとおもう。
(1)学校消費者教育と家計
じつは学校消費者教育に関する通説というほどの見解は見当らない(2),というのが事 実に近いとおもわれるが,学校消費者教育,即消費者問題対策教育との見方にはいぜんと しうして根強いものがあることも,よく耳にするところである。しかしながら,さきにわれわ れは谷村[1994]において消費者教育の内容とそれに対応する教育の場について触れた際,
そのような見方には与し得ないとの異議を唱えた。簡単にこれを氷山にたとえて言えば,
消費者問題はいわば氷山の水面上に出ているわずかな部分で,それへの対症療法もたしか に相当程度必要ではある。が,その下に見えないが大きな消費経済事象が存在しており,
消費者として自立した行動のできる生活力を培うにはむしろその社会経済事象への基礎的 な接近が重要で,それを学校で行うべきではないか,というものであった。いまのところ 学校で消費者教育を行うには,あまりにも僅少な割当て時間やカリキュラム上きびしい制 約があり,やはり基礎領域を主な内容と限定し,アップッーデートな消費者問題対策の多 くは社会教育として専門の方にまかせるなどのr分業」が必要だろう。いまそれを図示し たものが図1である。
図1 消費者教育の内容とそれに対応する教育の場
家庭教育 会育社教 校育学教
対応
一
教育の場
消費者 題
消費礎理論
消費者教育の内容
それでは消費者基礎理論の具体的な内容とはいかなるものであろうか。
米川[1987]は,消費教育の内容を以下の表1の左側のようにまとめておられる。これ に準拠して,おおざっぱにその諸項目を基礎理論とr臨床的領域」に分けると,表1の右
谷 村:学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1) 65
表1 消費者教育の教育内容 A 消費者の権利・消費者問題等に関するもの
消費者の権利と義務 消費者主義 消費者問題の歴史 現代の消費者問題 消費者保護法消費者保護行政 省資源問題* 消費者の苦情・相談 消費者教育の推進
B 商品・サービスの購入等に関するもの
契約の基礎知識 経済のしくみ 生産・流通の基礎知識 商品・サービスの基礎知識 商品・サービスの安全性 消費者信用 表示と不当表示 広告と消費者行動 生活環境の保護*
C 生活観・生活設計等に関するもの 消費者の価値観・生活観 金銭教育 現代消費生活論(総論・各論)
生活設計論* ライフスタイルの選択* 余暇と生活*
教育問題* 健康と病気* 高齢者問題* 現代保険論*
臨床的領域
基礎的理論
注1:表の左半分は米川(2〉p.131による。
2:*は米川(2)に記載の項目ではあるが,捨象すべきと考える項目
側に示した通りになろう。このなかで家計論は,Bの経済の仕組みや,ことにCの現代消 費生活論の主要な項目を構成することになる。
なお注2で捨象すべき項目を挙げているが,もちろん重要度が低いためではない。上述 の制約のために,そうしたまでで,いずれも家庭経済学において取り上げねばならない項
目である。
さて以上の考察を踏まえて,以下では基本的なタームである家計収支についての理解を 容易にするためにいくぶん丁寧にみていこう。
(2)家計収支概念
われわれは家庭を根拠地として日々生活を営んでいるが,同時にこんにちでは商品市場 や資本市場あるいは労働市場に取り囲まれ,さらに公共セクターとも密接な関わりを有し,
たとえ一寸たりといえどもそれらから切り離されてはその営みを続けることは難しくなっ ていることを知っている。この辺りを復習したい方は,このような有り様をわれわれ流に 表現したものが谷村[1995]第2章の図2−5や図2−6a,bであるので参照してほし
い。
さてここでの課題は,家計の仕組みをいかにとらえるかであるが,そもそも家庭と外部 セクターとの相互依存関係を経済的側面でとらえたものが家計であるから,上の図などと 対応する形でこれをとらえると理解しやすくなるとの感触をこれまでの授業で得ているの で,このやり方を採るのがリーズナブルであろう。
さっそくそのような観点から作成された図2をみながら説明していこう。まずは図2の 右側:支出に目を遣ってほしい:多田[1989]。r家計」から流れ出て,家計の資産減にな
図2 家計収支勘定
家計勘定
5大費目
/
食料費 住居費 光熱費 被服費
雑費
または
→10大費目
→税金
→社会保障掛金
→預金 一
→借金返済 勤
先
収 経 消
入 常 費
実 実
収 収 支 支
そ 入 収
入 出 支
出
の 入 出
他 総額 総額
非消費
特別 支出
収入
実支出以外
実収入以外 の支出
の収入
繰入金 繰越金
世帯主→
妻→
家族→
事業収入→
内職収入→
財産収入→
→預金引出→
→借入金 →
資産勘定
↑
←
借金(ローン) 資産減 資産増 借金返済
預金引出 預 金
資料:多田[1989]p.151
るような支出をr実支出」とよぶ。この実支出のなかには,実際に現金が出てゆくが税金 や社会保険の掛金のように,生活財やサービスの購入に直接使われないr非消費支出」と,
生活用品を消費するために使われるr消費支出」とがある。消費支出の場合,通常,5大 費目とか,10大費目に細分される。r非消費支出」は,勤労者世帯の場合には,通常いわ ゆるr天引き」されている。この天引きされた後の,銀行に振り込まれている金額だけを
とると,このr非消費支出」の部分を見落とすことになるから注意されたい。
他方,収入には,直接家計に流れ込む収入,すなわち家計の資産増になるような収入:
r実収入」と,たとえば貯金やローンの支払い:r実支出以外の支出」のように,いった
谷村=学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1) 67
んは家計から出ていくものの金融機関を通じて再び家計へ還流して収入となるものがある ことにも気をつけてほしい。r貯金引き出し」やrローン設定」のようなものは,このr実 収入以外の収入」にあたる。
以上の概念は,つぎのように整理できる。
収入 r実収入」
r実収入以外の収入」
家計資産の増加
家計資産の減少あるいは負債の増加 支出 r実支出」
r実支出以外の支出」
家計資産の減少
家計資産の増加あるいは負債の減少
なお,r実収入以外の収入」とr実支出以外の支出」は分かりにくいので,その内容を 示しておこう。
実収入以外の収入 実支出以外の支出 貯蓄引出性
貯金引出
保険取金(解約金,無尽取金)
有価証券売却(戻り金を含む)
財産売却(土地建物など)
借金性
土地家屋借入金
他の借入金(一般の借金)
月賦 掛買
その他(貸金,敷金,見元保証金の 戻し入れ)
貯蓄性
貯金(金融機関への預入)
保険掛金(掛け捨てでないもの)
有価証券購入 財産購入 借金返済性
土地家屋借金返済 他の借金返済 月賦払 買掛払
その他(貸金,敷金,身元保証金)
最後に,一定の期間で家計の締めくくりをすると,前の期間から持ち越してくるr繰入 金」と,次の期間に持ち越すr繰越金」がある。r繰入金」とr繰越金」の金額は必ずし
も一致するとはかぎらず,r繰入金」よりもr繰越金」が多ければ,それだけ手持ちの現 金が増えたことになる。
以上をまとめれば,すなわちr家計勘定」の
r収入総額」=r実収入」+r実収入以外の収入」+r繰入金」
r総出総額」=r実支出」+r実支出以外の支出」+r繰越金」
もちろん「収入総額」ニr支出総額」とな為ことは,いうまでもない。
(3)家計組織・組織化の規定要因
ところで,昨今では上でみてきたような家計収支概念がそのまま当てはまる家計は珍し くなっているという:岩田[1991]。r個計化」というタームが流布していることからも想
一一 ﹃}
一 申1 「
﹁i⁝⁝⁝⁝⁝ー⁝﹂一 成立時家計組織化
図3 家計組織・組織化と規定する諸要因
体系規定要因
主 共働き 都市 年齢 子供の状態 職業 年収 学歴
体
要 構造要因 意識要因
家族役割構造 夫婦● 家族観
因 収入構造 性別役割分業観
一 『
家計の構造
1曜響
調 111 家計意識
整 一 一 一 } 一 『_____」__________ 環 境 要 因
家
計 家計組織化 (現在) 決済手段の多様化
決済口座の指定
組 組織化過程 o
織 段階間 金融商品の多様化
化 一 r 一 印 一 一 一 一 一 噂 一 一 } 一 一 一 一 一 } 一 嚇 一
家計費・家計費構造
家計組織
資料:御船ほか[1992]p.12
谷村:学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1) 69
像されるように,実際の家計はなかなか複雑なことがわかってきた。その様子を御船
[1992]によって紹介すると,すなわち,
1 家計はその内部に多くの財布を抱えており,そういう状態を示すr家計の構造」は複 雑である。なお,そうした傾向となることをr家計の構造化」と,教授たちは呼んでい
る。
2 家計のさまざまな組織化過程の段階は,基本的には個人(夫と妻)の収入がプールさ れる最初の段階の管理方法(全体家計組織化)に規定される。
3 家計組織化に個別化傾向がある。
4 家計組織化は夫妻の職業,年収,学歴の組み合わせに規定される。
5 家計組織化は性別役割分業に規定される。
複雑化し,選択肢の増大した経済環境に取り囲まれ,かつ主体の複雑さ一構造化一 を抱えた現代家計は,それゆえに二重の意味で複雑になっていることを図示したものが,
図3である。具体的には,あとの実証分析のところでみていこう。
2 家計の消費・貯蓄行動理論
家計の消費・貯蓄行動はどのような理論で説明されるだろうか,ここでは簡単にこれを 押さえておきたい。
(1)消費・貯蓄行動をどうとらえるか
そこでいま学説史によってその理論を大別すると,
(1)過去の習慣などが「習い,性になった」とする,いうならば(ちょっと言い方が 良くないが)後向き理論
(2)将来を見据えて行われるという,いわば前向き理論
の2つに分かれる。さきに谷村[1995]第4章で,r給食世代」の食生活へ学校給食が及 ぽした影響をみてきたが,この辻村仮説こと習慣消費仮説などは前者の代表である。ここ では高齢社会r前夜」のこんにち,来る超高齢社会に密接な関係を有する後者の代表格で あるライフサイクル仮説について略述しておこう。
(2)ライフサイクル仮説と遺産相続 一
家計とライフサイクルとの関係に最初に着目したのは,イギリスのRowntree,B.Sで,
19世紀末のことであった。このライフサイクル仮説を最初に定式化したのはModigliani
=Brumberg[1954]で,彼らによれば,人々は,生涯にわたる所得の流れ(生涯予算制 約)を予想しながら,合理的に現在の消費・貯蓄を映定する。諮おざっぱには,壮年期ま では貯蓄に励んで蓄積し,引退後はそうして蓄積された資産を取り崩しながら生活すると 考える。もし遺産相続を考えないならば,生涯にわたる消費は生涯にわたる所得に等しく なるというものである:図4。
もしこの仮説が日本において成り立っていれば,日本の貯蓄率の動きは老年人口の生産 年齢人口に占める比率(老年・生産年齢人口比率)によって説明できるはずである。はた して事実はどうか。ホリオカ[1991]によれば,日本の老年・生産年齢人口比率が最近ま で先進国の中でも低かったことは,貯蓄率が高めの生産年齢人口が相対的に多いのだから,
日本の貯蓄率が世界的に高い水準にあったことと一致する。さらにまた,日本の老年・生 産年齢人口比率は戦後一貫して上昇を続けている。その上昇スピードが1970年頃から増し
図4 ライフサイクル仮説
所
得
貯蓄消費 { }1}1
就業期悶 引退期問
ており,1970年代以降の日本の貯蓄率の低下を,貯蓄率が低めの老齢人口が急増した結果 とみれば,この事実はうまく説明できる。
しかしながら,日本の高貯蓄率をライフ・サイクル仮説だけで説明しようとするには無 理がある。「単純な」ライフサイクル仮説では,図4に示してあるように,平均的には死 亡する時点で資産はゼロになると想定される。総務庁r家計調査」,r全国消費実態調査」
などで世帯主の年齢階級別の貯蓄率をみると,80歳代以降に取り崩しているとはいえ,そ の速さはゆるやかで,高齢者世帯でも貯蓄率があまり下がらず,かなりの遺産を残してい ることが確認できる。だとすれば,日本の場合,こうした単純なライフ・サイクル仮説は 成り立っていないようだ:アルバート安藤・山下・村山[1990]。
もっとも,欧米諸国と異なり,日本では,老人になると子供と同居するケースがまだ多 く,r家計調査」などで世帯主が高齢である世帯というのは,必ずしも高齢者のみの家計 行動を表わしているとは限らない。そこでこうした観点からの個票データの精査が行なわ れ,結果が報告されている。その結果,子供と同居しない高齢者においても貯蓄率はやは
り高く,貯蓄を取り崩す様子はみえない。
では,なぜ日本人は老人になっても貯蓄しつづけるのだろうか。貯蓄広報中央委員会の r貯蓄に関する世論調査」(1989年)によると, もっとも重視する貯蓄目的としてr病気
・災害への備え」を挙げ,全体の半数近くが広い意味でのr備荒貯蓄」を行っていること
になる。
しかし,日本のような高齢者の高い貯蓄率を説明するには, Horioka[1990]は,そう したr結果論」による説明だけでは不十分である。積極的に遺産を残す動機を検討しなけ ればならないという。そしてもしかりにこれらの遺産が世代間の利他主義(親の子供に対 する愛情)によるものなら,ライフサイクル仮説に反するが,家族内のr暗黙的年金契約」
によるものであれば,仮説を支持することになるであろう。ここでr家庭内の暗黙的年金 契約」とは,死ぬまで子供に扶養してもらう代償として,子供に遺産を残すという暗黙の 了解のことを指す。
それではなぜ高齢者は自分達の貯蓄を取り崩すことによって生活を賄うよりも,子供の
谷村=学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1) 71
暗黙的年金契約を結ぶことを好むのだろうか。かれは,目本では私的年金が十分に整備さ れているとはいえず,加えて高齢者は自分たちの死期を予想できないから,予想以上に長 生きをするリスクを回避しようとするためではあるまいかと,みる。
r暗黙的年金契約」の場合,高齢者の貯蓄は遺産として残る。その遺産は老後に子供か ら受けた援助に対する代償だから,高齢者の貯蓄はつまるところ自分たちの老後の生活を 賄うために使われたとみなしうる。
3 時間制約型の消費行動モデル
経済環境の変化と消費を考えるとき,時間制約が大きく取り上げられてきている:谷村
[1995]第8章。というのも,所得水準が低い段階では,家計は生命を維持するための最 低限の生活水準を維持しようとするため,消費支出においても手段的消費が中心となる。
だがやがて所得の上昇につれて暮らしに余裕が生まれてくると,消費支出が増大するとと もにその内容についても生活をより楽しくするための,あるいは生きがい充足のための目 的的消費サービスの比率が拡大し,時間消費型消費が増大するが,その場合,自由時間の 増加が不可欠となる。
っまり時間消費型消費は消費のための自由時問の確保が前提条件となるため,所得に応 じた十分な自由時間が得られない場合,r所得」よりもむしろr時間」の制約のために時 間消費型消費が困難となり,所得水準に対応した最適な消費行動パターンが妨げられるこ とになる。したがって自由時間への選好が強まっていくと考えられる:今村・関根[1993]。
いま時間的制約を考慮した消費行動モデル:図5によって,以上の説明を図解してみる と,分かり易くなろう:経済企画庁総合計画局[1987]。
ところで伝統的な消費行動理論では,家計の予算制約の下で効用最大化を行うものと仮 図5 時間制約型消費行動モデル
劫︵時問消費型︶
T
a2
E1
u1
時間制約線
巧臨
消費可能フロンティア
U2 Z←一一一所得制約線
x1(非時間消費型)
資料:経済企画庁総合計画局編[1987]pp.64−5
定されている。これは,消費者の得る効用をU,n個の財の消費量と価格をXi,Pi(i=1,
・,n),所得をYとすると次のように定式化できる。
U=maxU(X1,…,Xn)①
s。t.ΣPi Xi≦Y(Pi>0)
しかし,現代の消費者にとっては所得ばかりでなく自由時間があるか否かも,消費を決 定する上で重要な制約要因となっている。そこで,上のモデルに時間の制約式を導入して みると,修正されたモデルは次のようになる。
U=maxU(X1,…,Xn)②
s.t.ΣPi Xi≦Y Σai Xi≦T(0≦ai)
ここで,alはi番目の財・サービスを1単位消費するのにかかる時間,Tは消費者が消 費活動に振り向ける時間である。
理解を容易にするために,財が2つしかない場合を図を用いて考える。第1財は非時間 消費型財・サービス(a2>0,P2>0)とする。この場合,②は
U=maxU(X1,X2)
s.t. PI X1十P2×2=Y,a2×2≦T
となる。このとき,a2に比べTが小さいため,時間制約線が図のような位置にあるとす れば,所得水準に対応した最適な消費パターンを示すE1で消費することはできず,E2 が選択され,効用はU2という低い水準にとどまる。この時間制約による効用の低下は,
Tの増大またはa1の低下によって防ぐことができる。Tの増大は自由時間の増大であり,
労働時間の短縮や時間創造型消費による拘束時間の短縮によって可能となる。a1の低下 は移動時間や準備時間の効率化によりある程度は期待できる。
なお,所得と自由時間は本来はトレード・オフの関係にあると考えられるが,ここでは,
所得(Y)と自由時間α)との間には明示的な関係はなく,所与のものとして考えている。
】1 ライフステージ別の経済課題
ライフステージによって家計組織は大きく異なるから,この観点からの接点が必要とな ってくるはずである。そこでこのあとでみていくことにするが,その前にここで橘木
[1989]によってライフステージ別の経済課題を一瞥しておきたい。
夫婦関係と子どもの成長を中心とする核家族を対象とするライフステージは,その対象 の特性からして,まずは結婚を起点とし,ついで子どもの誕生,そして成長,さらにその 独立などの出来事をその区切り目とし,配偶者の死亡で終わるやり方が一般的である。
また,人生は幼児期,教育期,勤労期,老後期のようにも大別しうるはずだから,この ような考え方にのっとって作図すれば図6のようになろう。この区切り方にしたがえば,
最初の段階は幼児期である。しかしながらこの時期,人はそもそも自力で生活する能力が なく,専ら親の決定に依存せざるを得ない状態にある。それゆえこの時期の経済課題は,
親になったときに生ずるから,いわば先送りされることになる。
谷村:学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1) 73
図6 ライフサイクル
教育
親からの経済援助
:人的資本論
/蜘準備)
幼児期 義務教育期 中・高等教育期
職業決定
社会移動面
(親の職業はこの職業に影響があるかどうか)
就労:職業訓練論
︷
内部労働市場か 外部労働市場か
勤労期
引退時期の決定
引退期
0 6 15 ll繕襟轍・何人欝ll
22 60
遺産を受ける 子供の教育
誰に老後を みてもらうか
{家族公的機関私的機関
80
ライフサイクル貯蓄仮説というのがある 遺産を残す 資料:橘木[1989]p.234
(1)教育期
幼児期のつぎの時期は教育期である。まず幼稚園(あるいは保育所)での数年問の園児 教育を経牟後,日本では9年間の義務教育を受ける。昨今ではそのあと,おおむね義務教 育化した高校,さらに大学と,高等教育を受けることもごく当たり前になりつつある。そ の際,進学をするかしないかの選択が,ここでなされる。進学については,その動機に関
してベヅカー,G[1976]のr人的資本理論」が参考になろう。
人的資本理論の骨子は,人は教育に関する費用と教育から受ける便益の両者に比較考量 し,費用く便益ならば,進学するはずであるという考え方である。人の教育水準を費用・
便益が決定するという見方で,その際,教育水準は教育年数とみなすわけである。
それでは人的資本理論によってどのようなことがわかったのだろうか。日本でわかって いることは,教育水準の高い人ほど,企業での昇進確率の高いこと,それに基づく地位の 違いによる賃金格差はかなり存在するということである(窺
ところで,人は経済的収益のみで教育を受けるのではない。卑近な例を挙げるならば,
配偶者をみつけるのにやはり有利だとか:鈴木([1992]p,133),隣の治君や薫ちゃんも 大学に進学したから,という動機もたしかに見逃せない。結局のところ,なぜ,またどの 程度の教育を受けるか,ということがまだよくわかっていないというのが確かなところで
ある。
(2)勤労期
いわば就業への準備期間とでもいうべき教育期間一ここに近代教育の本質をイリイチ
[1977]は見出していることも知っておきたい一を終えて,人は勤労期にはいる。就職 である。その際に重要なことは,どの職業を選択するか,ということである。もちろん,
就職しないという選択もありうる。
ところで,人はなぜ仕事をするのか,この問に対する経済学の答は,勤労によって金銭 的報酬を得て,生活のための経済的基盤を確立するということであった。しかしながら,
職業の決定は金銭的報酬(賃金)のみで決まるのではない。理想的な組織のためには経済 性のみならず,価値性や納得性が必要なことを示した図7に明らかなように,それが社会 的に価値をもち,やりがいのある仕事だということ,そしてそれに対する評価が納得でき るか否がということも,きわめて重要なファクターになる。もとより,これらは本人の能 力,教育水準,趣好という主体的要因のほかに,社会が必要とする仕事の種類とその量,
その他諸々の環境(客体)要因によって決定される。
図7 理想的な組織のためのトライアングル
経済性
付加価値 報酬と評価
価値性
(商品・市場)
納得性
(働く人)
創造性
(やりカミヤ、)
資料:今井・塩原・松原〔1988〕p175
話を戻そう。つぎに,ライフサイクルで重要な意思決定のひとつ,結婚がある。人の一 生は婚姻によって種々の選択肢が発生する。子供を何人つくるかという選択もそのひとつ。
あるいは子供をつくらないという選択もある。その一形態としてD I NK S(共働きで子 供をもたない家庭)一もありうる。子供がいるかいないか,あるいは子供が多いか少ないか
によって,経済的なインパクト,ないしライフスタイルは大いに変わってくる。
ここで看過しがちなのが,独身を通す人のライフコース研究。今後増える可能性が高い にもかかわらず,その研究は乏しいのが現状のようである。
(3〉老後期
勤労期が終わると,労働から引退という時を迎える。労働期をいつ終えて,いつから自 由の時代に入るか,という選択に迫られるが,ライフサイクルの視点からみてこれも重要 な決定である。
ところで,何歳で引退するかというのは,すでにライフサイクル仮説を述べた際にふれ たように,経済的1;大きな意味をもつ。早く引退すれば,それだけ貯蓄を多くしなければ ならないし,遅く引退すれば,貯蓄は少なくてよい。もうひとつ重要な点を貯蓄との関係 でいうと,死亡時期がいつであるかということがある。引退時期の長さを規定するのは,
引退開始時期と死亡時期の2つである。死亡時期は大半の人にとって不確実性の高いこと
谷 村=学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1) 75
であるから,引退時期の長さは不確実性を伴う。したがっで必要な貯蓄量も不確実性に依 存するのである。
引退したあとは,人によって長短の差はあれ,後期老後期そしていよいよ死亡というこ とになる。ここでだれに老後をみてもらうかという難題が残る。特に病気や寝たきりにな った場合,親をだれが看るか,問題は切実になってくる:谷村[1995]。
家族の役割を過大評価できない時代になるのではないか,ましてや若年層が少なくなる と高齢者を個々で面倒みるには限界がある。公的機関あるいは私的機関でもよいから,社 会全体として高齢者をみるという時代になるのではないか。
人は選択と決定を重ねながら生きている。個々人が千差万別の選択を,である。当然の ことながら,選択の責任の多くはその個人に帰する。だからこそ,ライフサイクルの研究 に際して,このような人間のr異質性」を忘れてはならない,と橘木[1989]は言う。
皿 消費構造の現状を探る
1 この四半世紀における消費構造の動き
ここ四半世紀余の消費の動きを押さえておくことは,このあとで観察する消費構造の現 状を検討する際に意味をもつ。幸いr家計調査」を基にr国民生活白書平成4年版』は昭 和42年の各費目(10大費目)の支出割合ならびに実質消費額を100とする指数の推移を表 図8 この25年間の家計構造の推移
(昭和42年=100) (全国・勤労者世帯)
180
0 0 0 0 0 0 6 4 2 0 8 6
昭和42年の各賢目の支出割合を100とする指数 教育[3.2→5.3]
覧66 その他の消費支出[18.3−27』3] \
V一一禰濡〜〜因:1
!/ \
/腰6]幣7]ノ・一一
/ .ノー 住居[4.8→5.7L漣』2。
/ \ \/1
・《議iヂ蕎惣蕪ll
隔\\、ぐ・・一く鋤237]
嬉蕪恥=菊蘇罵
(備考)1 2 3
資料:
42 47 52 57 62 4(年)
(昭和) (平成)
総務庁r家計調査」により作成。
ここでいうr支出割合」とは,消費支出に占める割合である。
費目名に続くカッコ内の数字は,昭和42年から平成4年の当該費目の支出割合㊦ゆの推移 を表す。
r国民生活白書』平成4年版
40
図9 実質消費額の推移:費目別
(昭和42年=100) (全国・勤労者世帯)
0 0 0 0 0 0 0 0 0
昭和42年の各費目の実質⁝費額を100とする指数
ヨ ノ260 ノ グ/訳248
醐製=二ニノ〆メ
!斎 1 / 阿 /
ノ〆姐通信r之 可処分所得
保璽//…/多消費支出勢炉
諺議無鴎濠亡七ラlii
\ 被服及び履物 、一一一一一−___.と 一 燗8B 88
42 47 52 57 62 4(年)
(昭和) (平成)
(備考)1.総務庁r家計調査」およびr消費者物価指数」により作成。
2.r実質消費額」は,各年の名目消費支出額等を消費者物価指数で実質化したもの。
資料:r国民生活白書』平成4年版
80
しているのでわれわれもこれを利用しよう:図8と図9。
(1)教育費
多目金額でこの25年間に10大費目中最も高い伸びを示した教育費の支出構成比は5.3%
(平成4年)で,食料費,交通・通信費に次ぐ第3の支出項目になっている。教育費はライ フステージによって大きく変動する費目であり,このあととくに注意して観察していこう。
(2)教養娯楽費
教養娯楽費の構成比は,過去25年間一一貫して上昇し,平成4年では9・7%になっている。
このような教養娯楽の消費傾向は,消費においてモノからサービスヘのシフトが起こった ことを示す。
(3)交通・通信費
現在,家計消費支出の中で第2番目の構成比を持つ。交通・通信費は,昭和60年頃まで は自家用車の普及や自動車免許保有率の高まりを背景とした自動車関係費の増加を主因 に,その構成比は一貫して増加した。
谷 村:学校消費者教育の視点から現代の消費を考える(1〉 77
(4)住居
住居は実質消費額からみてそれほどの伸びはまだないが,ここ10年くらい前からしだい に増えはじめていることがわかる。
(5)保健医療費
保健医療費が消費支出に占める割合は,勤労者家計全体では2.6%であるが,その内訳 をみると長期的な傾向としては受診料等の保健医療サービスに対する支出構成比が減った 分,保健医療用品・器具に対する支出構成比が増加している。また,年齢別にみると,近 年,保健医療費が消費支出に占める割合は,高齢層で大幅に上昇してきており,若年層は 紙おむつ,健康用品等の保健医療用品・器具のウエイトが比較的大きく,健康志向や家事 外部化が支出増の原因となっている。一方,高齢層は医薬品のウエイトが大きく,中堅層 は保健医療サービスのウエイトが小さいと白書は述べている:p.151。
(6)光熱・水道
光熱・水道の実質消費額の伸びも素晴らしいものがある:図8。ただその全体の占める 支出割合はいくぶん上下の動きがみられたものの,違いは少ない。
(7)食料費
食料費の実質支出水準は,この25年間ほとんど変化しておらず,食料の価格が安定して いたことからエンゲル係数(食料費の全消費支出に占める割合)はほぼ一貫して低下して
きた。
(8)家具・家事用品
家具・家事用品は実質消費額の伸びがそれほど大きくなく,全消費支出に占める割合は かなり低下している。
(9)被服及び履物
被服および履物の場合も,家具・家事用品と同じく,全消費支出に占める割合はかなり 低下している。もちろん,実質消費額の落ち込みによるものである。
注
(1)学校消費者教育についてはごく簡単ではあるが,谷村[1993]や谷村[1994]において触れているの で参照されたい。
(2)このことを実感したければ,rN I C Eニュースレター』に連載のr消費者教育特講」をみればよい。
消費者教育の第一人者たちのひとり一人に,各々のr消費者教育論⊥があり,体系や内容のばらつきが 大きすぎて,いまのところ当分,消費者教育学としての体系は望めそうにない,とさえ思えるほどであ るQ
(3)経済企画庁総合計画局[1987]に拠る。
引用文献
アルバート安藤・山下道子・村山淳喜[1990]rライフ・サイクル仮説に基づく消費・貯蓄の行動分析」
経済企画庁経済研究所『経済分析』]
ベッカー,G[1976]邦訳r人的資本』東洋経済新報社 ホリオカ[1991]日本経済新聞,8月29日朝刊
Ho;ioka,C[1990] WhyisJapan sHouseholdsavingRateSoHigh?ALiteratureSurvey, 加7剛瞬h6 血釦%6s6σn4動彪 観蕗oκαJ E60勉o郷16s,Vo1.4,pp.49−92
イリイチ,1[1977]邦訳『脱学校の社会』東京創元社
今井賢一・塩原勉・松原正剛[1988]rネットワーク時代の組織戦略』第一法規
今村幸生・関根美貴[1993]r生活様式の変化に関する計量的分析一いわゆるr自由時間活動関連消費」
を中心にして一」『生活の経済学と福祉』建扇社 岩田正美[1991]r消費社会の家族と生活問題』培風館 経済企画庁総合計画局[1987]r時問と消費』大蔵省印刷局
御船美智子ほか[1992]rザ・現代家計』家計経済研究所編,大蔵省印刷局
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鈴木由美子[1992]r男性結婚難時代」市川孝一編r男性受難時代』至文堂 多田吉三[1989]r生活経済論』晃洋書房
谷村賢治[1993]rサービス経済化と学校における消費者教育」r長崎大学教育学部教科教育研究報告』20号 谷村賢治[1994]r家庭経営 いまなにを問われ,それにどう答えられるか」『長崎大学教育学部教科教育 研究報告』23号
谷村賢治[1995]r現代家族と生活経営』ミネルヴァ書房
橘木俊詔[1989]r経済学の視点一ライフサイクル」蝋山昌一編r21世紀へのライフデザイン』TB S ブリタニカ