印 度 學 佛 教 學 研 究 第 四 十 九 巻 第 二 号 平 成 十 三 年 三 月 二 一 二
南
岳
慧
思
の
感
応
思
想
に
つ
い
て
瀧
英
寛
南 岳 慧 思 の 著 作 と し て 現 在 の と こ ろ 問 題 な く 認 め ら れ て い る と こ ろ の 三 著 作 に は い ず れ も 感 応 思 想 が 認 め ら れ る が 、 こ の 感 応 思 想 は 南 岳 慧 思 の 思 想 に お い て 極 め て 重 大 な 役 割 を 担 っ て い る こ と を 以 下 に 簡 略 な が ら 論 述 す る 。 ま ず 南 岳 慧 思 の 著 作 に 見 ら れ る 感 応 思 想 に つ い て 具 体 的 に 例 を 挙 げ る と ﹃ 諸 法 無 諍 三 昧 法 門 ﹄ に お い て は 禅 定 智 慧 能 覚 了 。 餘 散 心 智 不 能 解 非 。 但 凡 夫 如 夢 幻 。 月 影 現 水 種 種 事 。 復 次 諸 仏 菩 薩 聖 皆 爾 。 従 初 発 心 至 仏 果 。 持 戒 禅 定 種 種 事 甚 深 定 心 不 変 易 。 智 慧 神 通 幻 化 異 。 法 身 不 動 。 如 空 月 普 現 色 身 作 仏 事 。 雖 無 去 来 無 生 滅 。 亦 如 月 影 現 衆 水 。 (大 正 蔵46 ・628b ) 従 禅 方 便 三 昧 起 。 為 衆 随 応 演 説 法 。 色 身 香 声 種 種 別 。 禅 定 寂 然 心 不 異 。 錐 在 座 坐 現 法 身 。 十 方 九 道 無 不 遍 。 浄 戒 禅 定 三 昧 力 。 十 方 了 了 分 明 見 。 応 可 度 者 如 眼 前 。 未 可 度 者 即 不 見 。 如 空 月 影 現 衆 水 。 闇 室 深 井 即 不 現 。 (同629c ∼630a ) と あ り 禅 定 ・ 三 昧 に 入 る こ と に よ り 神 通 力 を 起 こ し て 衆 生 の 機 根 に 対 応 し た 説 法 を 行 っ た り 、 色 身 を 顕 現 さ せ た り す る こ と 、 法 身 は 不 動 で あ り な が ら あ ら ゆ る 場 所 に 遍 満 し て 仏 事 を な し て い る こ と 、 し か し な が ら 浄 戒 ・ 禅 定 三 昧 力 が な け れ ば そ の こ と を 見 る こ と が で き な い こ と が 説 か れ て い る 。 ﹃ 随 自 意 三 昧 ﹄ に お い て も 菩 薩 坐 時 、 知 一 切 法 其 性 常 定 、 知 身 無 主 無 我 無 人 。 是 身 色 陰 如 空 中 月 影 現 衆 水 、 色 相 寂 滅 不 於 三 界 現 身 口 意 。 法 身 普 現 十 方 世 界 、 実 無 色 心 往 還 来 去 、 示 現 衆 生 。 能 令 衆 生 各 各 感 見 随 応 説 法 、 称 機 得 道 。 (卍 続 蔵98 ・695 ) 一 念 遍 在 十 方 仏 前 、 現 神 通 力 種 種 変 化 供 養 之 具 供 養 諸 仏 。 一 時 変 現 入 六 道 中 、 菩 薩 色 身 封 衆 生 機 、 随 応 説 法 。 一 念 受 持 一 切 仏 法 。 悉 知 諸 仏 弟 子 種 数 。 一 念 能 転 諸 仏 法 輪 、 盡 知 衆 生 煩 悩 利 鈍 差 別 、 成 聞 菩 薩 音 声 不 同 。 (中 略 ) 是 名 菩 薩 般 若 波 羅 蜜 。 (卍 続 蔵98 ・695 ) と 法 身 が 十 方 世 界 に 普 く 現 じ て 衆 生 を 示 現 し て い る こ と 、 法 身 は 菩 薩 色 身 に よ っ て 衆 生 に 対 応 し て い る が 、 衆 生 の 感 応 は そ の 機 根 に よ っ て そ れ ぞ れ 異 な る こ と が 述 べ ら れ 、 さ ら に そ れ を 菩 薩 の 般 若 波 羅 蜜 と 規 定 し て い る 。 同 様 の 記 述 は 禅 波 羅-718-蜜 に お い て も 認 め ら れ 、 南 岳 慧 思 に お い て 感 応 思 想 を 媒 介 に 般 若 と 禅 定 と は 不 可 分 に 結 び つ い て い る 。 四 念 処 に お け る 説 明 に お い て も 感 応 思 想 が 明 確 に 導 入 さ れ て お り 、 中 国 仏 教 に お け る 四 念 処 の 大 乗 化 の 一 例 と し て も 興 味 深 い 。 穢 悪 世 界 変 為 浄 土 。 (中 略 ) 放 眉 間 光 、 召 集 十 方 諸 大 菩 薩 悉 求 集 会 。 口 光 頂 光 、 放 中 間 光 、 集 三 界 天 王 転 輪 聖 王 阿 修 羅 王 及 諸 小 王 並 諸 天 人 。 放 下 光 明 、 普 及 三 塗 一 切 衆 生 、 集 会 聴 法 。 悉 為 受 記 。 (大 正 蔵46 ・635a ) 現 一 切 身 、 十 方 遠 近 如 封 眼 前 、 各 為 説 法 悉 令 解 脱 。 欲 説 法 時 現 希 有 事 、 悦 可 衆 生 令 大 歓 喜 。 以 神 通 力 、 十 方 世 界 穢 悪 之 処 変 為 浄 土 。 (中 略 ) 若 日 月 現 猶 如 如 来 所 居 浄 土 。 諸 仏 菩 薩 充 満 其 中 。 各 現 神 通 、 降 伏 天 魔 破 諸 外 道 。 (中 略 ) 遍 満 十 方 光 明 中 現 一 切 仏 事 。 或 有 菩 薩 現 不 思 議 。 ・ ・ (同637a ) こ の 四 念 処 の 説 明 に お け る 記 述 か ら 、 ま ず 南 岳 慧 思 に お い て は 浄 土 も 感 応 思 想 的 に 捉 え ら れ て い る と い え る 。 す な わ ち 浄 土 と い う 概 念 は 一 般 的 な 往 生 し て 行 く べ き 浄 土 と し て で は な く 、 三 昧 神 通 力 に よ っ て 顕 現 さ せ る べ き 浄 土 、 あ る い は 感 応 し て 見 る べ き 対 象 と し て 把 握 さ れ て い る の で あ る 。 ま た 受 記 の 場 面 に お い て 菩 薩 達 が 悉 く 集 合 す る こ と が 述 べ ら れ て い る が 、 こ の よ う な 南 岳 慧 思 の 著 作 に お い て い く つ も 見 ら れ る 、 浄 土 ば か り で な く 世 界 (法 界 ) に 諸 仏 菩 薩 が 充 満 し て 仏 事 を な し て い る と い う 事 態 は 、 お そ ら く 根 本 的 な 宗 教 体 験 と し て の 法 華 三 昧 に 起 因 し て い る と 考 え ら れ る 。 受 記 の 記 述 と し て 若 放 頂 上 内 髻 光 明 遍 照 十 方 集 大 菩 薩 、 (中 略 ) 為 一 切 仏 土 満 中 諸 仏 。 移 諸 天 人 三 塗 八 難 置 於 他 土 、 不 令 在 会 無 餘 雑 衆 。 當 知 此 会 但 説 一 乗 、 為 一 生 補 処 菩 薩 受 如 来 記 。 (中 略 ) 如 法 華 中 説 。 (同635a ) と 一 乗 や ﹃法 華 経 ﹄ を 引 き 合 い に 出 し て 上 述 の 事 態 を 説 明 し て い る こ と か ら ﹃ 法 華 経 ﹄ と 上 述 の 事 態 と の 密 接 な 関 連 を 読 み と る こ と が で き 、 実 際 ﹃ 法 華 経 ﹄ 自 体 に お い て も 同 様 の 場 面 は 数 多 く 説 か れ て い る 。 ま た ﹃ 法 華 経 安 楽 行 義 ﹄ は 一 切 衆 生 具 足 法 身 蔵 與 仏 一 無 異 。 (中 略 ) 衆 生 但 以 乱 心 惑 障 、 六 情 暗 濁 法 身 不 現 。 如 鏡 塵 垢 面 像 不 現 。 是 故 行 人 勤 修 禅 定 。 浄 惑 障 垢 法 身 顕 現 。 (大 正 蔵46 ・698a ) と 述 べ て 六 根 を 禅 定 に よ っ て 清 浄 に す る な ら ば 必 ず 法 身 が 顕 現 す る こ と を 主 張 し て お り 、 感 応 の た め の 禅 定 ・ 六 根 清 浄 . 懺 悔 を 説 い て い る が 、 そ れ ら の 最 終 的 な 目 的 で あ る 安 楽 行 の 有 相 行 に お け る 成 果 と し て 若 行 成 就 即 見 普 賢 金 剛 色 身 乗 六 牙 象 王 住 其 人 前 、 以 金 剛 杵 擬 行 者 眼 。 障 道 罪 滅 、 眼 根 清 浄 得 見 釈 迦 、 及 見 七 仏 。 復 見 十 方 三 世 諸 仏 。 (同700b ) と 感 応 の 具 体 的 な 成 果 と し て の 観 仏 ・ 見 仏 を 明 確 に 主 張 し て い る 。 こ の 禅 定 や 懺 悔 に よ る 障 害 ・ 罪 相 の 消 滅 か ら 観 仏 ・ 見 仏 に 到 る 過 程 は 衆 生 (修 行 者 ) か ら 仏 へ の 感 応 思 想 に お け る 感 の 働 き と し て 理 解 で き る で あ ろ う 。 一 方 、 仏 か ら 衆 生 (修 南 岳 慧 思 の 感 応 思 想 に つ い て (瀧 ) 二 一 三
-719-南 岳 慧 思 の 感 応 思 想 に つ い て (瀧 ) 二 一 四 行 者 ) へ の 応 の 働 き は 無 相 行 者 即 是 安 楽 行 。 一 切 諸 法 中 心 相 寂 滅 畢 寛 不 生 。 故 名 為 無 相 行 也 。 常 在 一 切 深 妙 禅 定 。 行 住 坐 臥 飲 食 語 言 、 一 切 威 儀 心 常 定 故 。 (同700a ) と 述 べ ら れ て い る 安 楽 行 の 無 相 行 と し て 理 論 化 さ れ て い る と 見 な す こ と が で き る 。 そ し て こ の 無 相 行 は ﹃ 随 自 意 三 昧 ﹄ 全 編 に わ た っ て 行 ・ 住 ・ 坐 ・ 臥 ・ 食 ・ 語 の 威 儀 と し て 説 明 さ れ て い る も の に 他 な ら な い 。 こ れ ら の 威 儀 は い つ れ も 六 波 羅 蜜 に 基 づ い て 解 説 が な さ れ 、 仏 か ら 衆 生 へ の 応 の 働 き で あ る 菩 薩 行 と し て 規 定 さ れ て い る 。 そ し て 随 自 意 三 昧 と は 得 不 動 三 昧 発 一 切 智 慧 解 一 切 仏 法 。 従 初 発 心 終 至 仏 果 、 未 曾 動 変 。 亦 不 従 一 地 至 一 地 。 一 念 了 知 三 世 之 事 。 凡 聖 心 想 ・ 国 土 世 界 ・ 劫 数 遠 近 ・ 衆 生 煩 悩 ・ 根 性 差 別 。 一 念 盡 知 。 是 名 菩 薩 遍 覚 三 昧 。 亦 得 名 為 照 明 三 昧 。 以 此 三 昧 神 通 力 故 、 湛 然 不 変 、 色 身 変 現 十 方 国 土 、 随 感 不 同 、 説 音 声 亦 復 如 是 。 則 名 為 首 樗 厳 定 力 随 自 意 三 昧 具 足 成 就 。 (卍 続 蔵98・692 ) と あ る よ う に 禅 定 に 入 っ て 三 昧 神 通 力 を 起 こ し 一 切 の 仏 法 を 理 解 す る と と も に 、 色 身 を 自 由 に 変 現 さ せ て あ ら ゆ る 衆 生 に 対 応 す る 感 応 思 想 を そ の 構 造 と す る 三 昧 な の で あ る 。 す な わ ち 南 岳 慧 思 は 禅 定 に よ っ て 、 ﹃ 法 華 経 ﹄ に 説 か れ て い る よ う な 世 界 中 に 菩 薩 が 充 満 し て 様 々 な 仏 事 を な し て い る こ と を 見 る 、 と い う 感 応 体 験 で あ る と こ ろ の 法 華 三 昧 を 得 て 、 そ れ に 基 づ い て 安 楽 行 や 随 自 意 三 昧 を 案 出 し た と 考 え ら れ る 。 一 見 、 般 若 ・ 空 と し て 解 釈 さ れ る 教 義 に お い て も 、 仏 が 衆 生 に 応 じ る 働 き と し て の 菩 薩 行 と し て 空 観 化 さ れ て い る の で あ っ て 、 そ の 基 盤 は 感 応 思 想 に あ る と 考 え る べ き で あ る 。 感 応 思 想 が 南 岳 慧 思 の い ず れ の 著 作 に お い て も 認 め ら れ る と い う こ と は 、 南 岳 慧 思 の 根 本 的 な 宗 教 体 験 で あ り 思 想 の 核 心 を な す 法 華 三 昧 が 感 応 思 想 的 な 構 造 を 有 し て い る な ら ば 当 然 の こ と で あ ろ う 。 紙 数 の 関 係 上 、 南 岳 慧 思 の 思 想 全 体 に お け る 感 応 思 想 の 詳 細 な 検 討 お よ び そ の 影 響 が 天 台 智顗 の 思 想 に も 明 瞭 に 認 め ら れ る こ と に つ い て の 論 証 は 別 稿 に お い て 行 う 。 ︿ キ ー ワ ー ド ﹀ 南 岳 慧 思 、 感 応 思 想 、 法 華 三 昧 (大 正 大 学 綜 合 仏 教 研 究 所 研 究 生 )
