第 2 章 筒内直噴小型ガソリンエンジンの燃焼改善
2.1 概要
本章では,排気量1.3 Lの小型成層直噴ガソリンエンジンの燃焼改善を行った結果につい て述べる.
最初に,本章で用いた計算コードに対して,DISI エンジンの解析を可能とするために,
各種サブモデルの変更と導入を行った.改良したコードを用いて,可視化実験結果よる数 値解析結果の精度を検証し,本計算コードがDISIエンジンの筒内現象解析が可能かどうか 評価した.
DISI エンジンの解析では,筒内空気流動と混合気分布を再現することが重要である.空 気流動に関しては,可視化エンジンを用いて,PIV法により筒内流動場を計測し,流れ場の 解析結果の精度を検証した.また,雰囲気圧力が調整可能な定容容器を用いた自由噴霧の 可視化計測により,インジェクタのモデル化を行った.さらに,混合気分布挙動を再現す るため,ガソリンの蒸発過程を再現可能な多成分燃料モデルを導入した.これらのモデル を用いて,混合気分布挙動の計算を行い,筒内空気流動と同様に,可視化エンジンによる 計測結果を用いて検証した.
検証した計算コードを用いてDISIエンジンの数値解析を行い,筒内燃焼制御因子である スワール強度,噴射時期,ピストン形状を最適化し,燃焼改善を行った.
次に,近年ガソリンエンジンの燃焼改善として重要性が高まっている冷間始動時の燃費 低減と排気浄化について数値解析により検討した.本研究のDISIエンジンに用いたインジ ェクタの噴霧特性が,燃料温度により変化することに着目し,冷間始動時の燃費低減と排 気浄化技術として高温燃料を用いることを提案し,その優位性を数値解析により評価した.
高温燃料噴霧特性を把握するために,燃料温度をパラメータにして,定容容器による自 由噴霧の可視化解析を行い,燃料温度が噴霧特性に与える影響を明らかにした.その結果 をもとに,代表的な3つの燃料温度の噴霧をモデル化して数値解析を行い,解析結果から,
蒸発量や壁面付着量を評価し,冷間始動時の高温燃料噴霧による燃焼改善の可能性を示し た.
2.2 従来研究
DISIガソリンエンジンの歴史は古く,1954年にメルセデス・ベンツによってスポーツカ ー300SL用エンジンとして搭載された例(3)がある.しかしながら,このエンジンは,直列6 気筒SOHCで排気量3Lの高出力エンジンであり,吸気行程に噴射し,均一混合気を用いて 高出力化を目指したものであった.
一方,燃費性能と排出ガス性能の向上を目的に,混合気を層状化するDISIガソリンエン ジンの開発も1950年代以降盛んに行われるようになった.
1960年代から1970年代にかけて,混合気の層状化の可能性に関する研究がさかんに行わ れた.これらの多くは,噴霧と壁面との干渉を利用して,付着燃料からの蒸発により成層 混合気を形成するものだった.これらのエンジンの代表として,MAN-FM(4)が開発された.
しかしながら,このエンジンは,多くの実験の結果,壁面熱損失の増加とHCとSootの排 出量が増加することがわかった.また,成層燃焼運転のみ行うため,圧縮比の向上の可能 性を考慮しても予混合PFIエンジンに比べて,比出力が低くなる問題を含んでいた.
他のコンセプトの DISC エンジンとして,1970 年代にインジェクタをスパークプラグの 近傍に配置するエンジンの研究が行われた.このタイプのエンジンには,TCCS(Texaco Controlled Combustion System),Ford-PROCO(programmed combustion control) system(4)など がある.これらのエンジンは,インジェクタがスパークプラグ近傍に配置されているため,
安定した層状混合気を形成することが可能であった.また,成層燃焼を行うことで同時期 の直噴ディーゼルエンジンに匹敵するBSFC(Break Specific Fuel Consumption)を達成した.
しかしながら,幅広い運転条件で混合気濃度を制御することは難しく,HCの排出量は増加 する結果となった.また,MAN-FMエンジン同様,予混合 PFIエンジンに対して比出力が 低下する結果となった.
その後,1.3節で述べたリーンバーンエンジンなどの開発を経て,電子制御技術が発達に 伴い再びDISCエンジンの開発がさかんに行われた.そして,1996年に三菱自動車よりGDI エンジン(5)が市販化された.このエンジンは,直立吸気ポートにより生成されるリバースタ ンブルと比較的浅いキャビティを有したピストンにより成層化を達成するコンセプトであ った.また,高負荷運転時は,吸気行程前半に燃料を噴射し,均一混合気による運転を行 うことでPFIエンジンに比べ出力を向上させた.
その後トヨタ自動車からD-4エンジン(6), (7)や日産自動車からNEO Diエンジン(8),フォル クスワーゲンからFSIエンジン(9)などが市販車のエンジンとして実用化されている.これら のエンジンは,比較的部分負荷での運転が多い,大排気量のエンジンに適用する事例が多 い.これは,DISCエンジンの燃費への優位性を引き出しやすいためである.
これらのDISCエンジンは,スパークプラグとインジェクタの距離が離れており,空気流 動とピストンキャビティとの干渉により,層状混合気をスパークプラグ周りに配置する.
このため,エンジン開発においては,筒内の空気流動と混合気挙動を把握することが求め られ,可視化計測(10),(11),(12)
や数値解析(13)が広く行われてきた.この結果,これらの分野の技
術向上に大きく貢献することとなった.
近年の軽自動車や小型車への燃費改善の要求は大きく,この分野のエンジンにも筒内直 噴(Direct Injection: DI)を用いた燃費の改善を検討する必要性が増してきた.これまで小型 車,いわゆる1.0~1.5 Lサイズにおいては,層状混合気を用いるタイプの成層直噴エンジン の市販化例はほとんど見られない.これは,直噴化することによりコストが増加する問題 や使用負荷領域が異なるためでもあるが,小型エンジンの形状上の制約による混合気制御 の困難さなども要因として挙げられる.
一方,冷間始動時の排気浄化は,PFIエンジンにおける開発が行われている.PFIエンジ ンの場合,ポートへの燃料付着量を低減することがTHC低減において重要である.これを 可能にするために,吸気ポート上流にTGV(Tumble Generation Valve)を設けて,始動時に バルブを閉じることにより,タンブル流を強化することでポート壁面付着量を低減してい る(14),(15).
2.3 エンジンコンセプトと諸元
DISIエンジンは,2つのタイプに大別され,図2.1にそれらの概念図を示す.
Air + Fuel Mixture Premixed
flame
T/C
Injector Spark Plug
Air + Fuel Mixture Premixed
flame
T/C
Injector Spark Plug
Premixed flame
T/C
Injector Spark Plug
A. Homogeneous combustion DISI engine
Spark Plug
Injector
Air + Fuel Mixture Premixed
flame Air
Spark Plug
Injector
Air + Fuel Mixture Premixed
flame Air
Injector
Air + Fuel Mixture Premixed
flame Air
B. Stratified combustion DISI (DISC) engine Fig. 2.1 Schematic of typical DISI engines
Aタイプのエンジンは,全負荷領域で吸気行程に燃料を噴射し,筒内で均一混合気を形成 させ,予混合燃焼を行なうタイプのエンジンである.このタイプの DISI エンジンは,PFI エンジンと比べ,理論的に吸気行程で燃料を噴射することによる冷却効果から,耐ノック 性が向上し,より高い圧縮比での運転が可能であり,体積効率の向上も見込まれる.また,
過渡運転時のレスポンスの向上や冷間時の始動性向上などの利点がある.Aタイプのエンジ ンでは,成層燃焼を行なわないので,ピストンに特殊なキャビティを用いる必要がなく,
PFIエンジンをベースとした開発が比較的容易である.
一方,Bタイプのエンジンは,高負荷時には A タイプ同様,吸気行程に燃料を噴射し,
均一混合気を形成して予混合燃焼を行なうが,部分負荷では圧縮行程で燃料を噴射し,層 状混合気を形成させ,成層燃焼を行なう.したがってBタイプは,Aタイプの長所に加え,
成層燃焼を行うことでエンジン全体では希薄燃焼が可能となり,燃費を低減することが可 能となる.また,理論的には燃料噴射量で負荷制御を行うことができるため,吸気絞りに よるポンピングロスも低減することが可能である.しかしながら,層状混合気を形成する ためにピストン形状やポート形状を特殊な形状に変更することが必要となる.
Aタイプのエンジンは,軽自動車などの部分負荷での運転領域が少なく,全負荷での使用 が多い車両のエンジンとして優位である.一方,本研究で対象とする1.3L小型車用エンジ
ンでは,部分負荷での成層燃焼領域での使用が比較的多く,燃費の優位性を考慮しDISCエ ンジンとしている.
Fig.2.2 Schematic of G-DI combustion systems (16)
DISCエンジンは,混合気を層状化する手法によって図2.2に示す代表的な3つに大別さ れる.すなわち,噴霧自身の貫徹力を利用して,混合気を層状化する方式をスプレーガイ ド方式,ピストンに設けられたキャビティを利用して濃い混合気をプラグ近傍に集める方 式をウォールガイド方式,シリンダ内部流動を利用して層状化する方式をエアーガイド方 式に分類される.実際のエンジンにおいては,明確に分類することは難しくこれらを組み 合わせて混合気の層状化が行われる.
スプレーガイド方式では,インジェクタとスパークプラグは比較的近くに設置され,噴 霧特性によって形成される層状混合気を用いて成層燃焼を達成する.従って噴霧特性によ って運転範囲や実際の運転する混合気濃度が制限される.また,スパークプラグに直接液 滴が衝突するため,スパークプラグの耐久性の確保や安定燃焼に対する検討も必要である.
しかしながら,特別なピストンキャビティや空気流動を必要としないので,PFIエンジンを ベースにDISIエンジンを開発する場合,他の2つの手法に比べ少ない変更で開発できる優 位性がある.
一方,ウォールガイド方式では,インジェクタとスパークプラグは,スプレーガイドに 比べ離れて配置される.これは,ピストンキャビティ形状を用いて混合気をスパークプラ グ近傍に輸送するためである.筒内空気流動は,混合気の輸送をアシストする役割を担う 場合が多く,一般的なウォールガイド方式はエアーガイド方式との組み合わせと考えるこ とができる.また,この方式は,噴射から点火までの時間が長く設定できるため,より広 い範囲の空燃費で運転することが可能である.混合気の層状化においては,噴霧特性の影 響がスプレーガイド方式に比べ小さく,比較的安定した方式である.
エアーガイド方式では,噴霧はピストン頂面に衝突することなく,蒸発した混合気が直 接空気流動によってスパークプラグ近傍に運ばれる.この方式は,壁面への燃料付着が少 なく,排出ガス性能の面で有利であるが,空気流動で混合気を制御するため,回転数など によって空気流動が変化した場合に安定して混合気を制御できるよう空気流動を制御する 必要がある.
本研究に用いたエンジンは,ウォールガイド式DISIエンジンである.これは,混合気の 層状化に対して最も安定していること,回転数による筒内空気流動の変化の影響を受けに くいこと,スパークプラグとインジェクタの配置が既存のPFIエンジンレイアウトを大きく 変更することなく行えることを考慮してウォールガイド方式とした.図2.3に混合気制御コ ンセプトを図示し,表2.1にエンジン諸元を示す.エンジンは,1.3 L直列4気筒で,圧縮 比は10.5であり,吸気ポートはSwirl Control Valve(SCV)を備えたStraightポートとスワ ール流を形成するHelicalポートで構成される.SCVの開度を調整することで,ストレート ポートからの空気流入を抑制することにより,スワール強度を調整し,ピストンキャビテ ィを用いて点火可能な混合気をスパークプラグ近傍に配置し,成層燃焼を達成するコンセ プトである.
Fig. 2.3 Schematics of mixture preparation concept SCV (Swirl control valve)
Injector
Spark plug
Table 2.1 DISI engine specification
Displacement L 1.3
Cylinder layout In-line 4 cylinders Number of valve Intake 2, Exhaust 2
Intake port Helical port
Straight port with SCV
Piston Cavity type
Cam phaser Intake VVT
Bore mm 78.0
Stroke mm 69.5
Compression ratio 10.5
Fuel supply system Direct injection
図2.4にDISIエンジンに用いたインジェクタ構造を示す.図に示すようにインジェクタ 先端内部にスリットが設けられており,このスリットを燃料が通ることにより旋回力が与 えられ,中空円錐状の噴霧を形成する.この旋回力により微粒化が促進される構造である.
図2.5に吸気ポート形状を示す.定常流試験結果からバルブリフトが8 mmにおいて,流 量係数Cd値はSCVが全開(以下opened)の場合で0.36,スワール比はSCVが全閉(以下
closed)の場合で2.5である.なお,Cd値は以下の式により質量流量 を求めるために用い
られる.
m&
is is r is
is
eff
U CdA U
A
m & = ρ = ρ
(2.1)ここで,Aeff は有効流路面積,ρisはのど部での密度,Uis はのど部での等エントロピ速度,
Arは参照流路面積である.また,ρisとUisは以下の式により求められる.
( )
κρ
ρ
is=
0P
r 1 (2.2)2 1 1
0
1
1
2
−
= −
κκ−κ κ
r
is
RT P
U
(2.3)ここで,ρ0は上流での密度,Prは絶対圧力比,Rはガス定数,T0は上流での温度,κは比熱 比である.カム駆動のバルブの場合,Arは次の2通りが用いられる.
2
4 d
A
r= π ×
(2.4)L d
Ar =
π
× × (2.5)ここで,dはバルブの直径,Lはリフト量である.本研究では,式(2.5)のバルブカーテンエ リアを参照流路面積としてCd値を算出した.
Fig.2.4 Schematic of swirl injector (17)
Fig. 2.5 Schematic of intake port Straight
Helical
2.4 数値計算方法
DISI の数値解析には,General Motors R&D で開発された 3 次元流体燃焼解析コード
GMTEC(18)を用いた.表2.2に使用した主なスキームとサブモデルを示す.
Table 2.2 Calculation scheme and model for GMTEC
Calculation code GMTEC
Gaseous phase solving Finite volume method Convective term scheme Quasi second order upwind
Pressure solution PISO algorithm Turbulence model Standard k-ε model Spray dynamics solving Discrete droplet model
Breakup model Modified TAB model
Collision model Modified O’Rourke model Evaporation model Modified Faeth model
Wall film model O’Rourke model
Multi component fuel model Continuous distribution model
本コードは非構造完全不連続接合格子を用いており,接合格子は特に吸気行程の吸気バ ルブ稼動部分や点火プラグ近傍など詳細な計算を必要とする部分に用いている.また,吸 気バルブが閉じた後は,計算時間の削減や圧縮行程の詳細な計算を目的に,吸気行程計算 メッシュから燃焼室内を細分化した圧縮行程計算メッシュへ物理量をリマップする機能を 備えている.さらに,メッシュサイズを最適化するための解適合格子の機能も備えており,
本研究の計算においては,噴霧が存在するセルを細分化するように設定した.この解適合 格子は燃料噴霧や混合気の正確な輸送を再現するために特に有効な機能である.
流れの基礎方程式にはアンサンブル平均化された圧縮性 Navier-Stokes方程式を,燃料蒸 気に関しては取り扱う化学種数に応じた輸送方程式をそれぞれ用いた.乱流モデルには標
準k-εモデルを使用し,壁面には壁法則を用いた.基礎方程式は有限体積法にて離散化され,
基礎方程式の密度,エネルギ,圧力,温度,乱れエネルギとその散逸率,燃料蒸気の質量 割合等のスカラー成分及び速度の3成分はセルの中心で定義される.圧力解法にはPISOア ルゴリズム(19)を使用した.また,空間差分には 1次精度の風上差分と2次精度の中心差分 を組み合わせたハイブリッドスキームを用いた.
噴霧液相は噴霧液滴をラグランジュ的に模擬する離散液滴モデル(20)でモデル化され,生 成項を通して気相とカップリングされる.ガソリン噴霧の噴口での微粒化過程は,微粒化 モデルでの再現が困難であるため,実験値をベースに平均粒径,粒度分布,液滴空間分布,
液滴速度及び噴霧角度を噴口において設定した.その後の液滴の分裂過程はTABモデル(21) により表現した.液滴同士の衝突合体過程には気相メッシュへの依存性を改良した O’Rourkeモデル(22)を用い,燃料液膜はO’RourkeらによるWall filmモデル(23)にてモデル化 し,噴霧と壁面の干渉はStanton & Rutlandのモデル(24)を用いて計算を行った.
ガソリン噴霧のモデル化では多成分燃料を表現することも重要である.Drakeらは,多成
分であるガソリンのモデル燃料としてイソオクタンを用いた場合,壁面付着量が過少に見 積もられてしまうことを実験的に明らかにしている(25).そこで,本研究では,ガソリンの 蒸発量や液膜量の予測の重要性に注目し,多成分燃料を表現するために Lippert らによる Continuous distribution モデル(26),(27)を用いた.これは燃料成分を燃料分子量の分布関数によ って表現するモデルで,燃料輸送方程式のほか,燃料分子量の平均と 2 次モーメントとい う 2 種類の輸送方程式を追加して解くことで広範囲の成分を表現することを可能としてい る.なお,分布関数のパラメータはガソリンの蒸留特性に合うように設定した.
また,DISI エンジンの数値解析において,筒内流れ場と噴霧挙動を再現することが重要 である.そこで,筒内流れ場と噴霧挙動の計算精度検証を行った結果を次項に示す.
2.5 筒内空気流動数値解析の精度検証
2.5.1 フラットピストンによる筒内空気流動計算条件
GMTECによりフラットピストンを用いた場合の筒内空気流動の計算し,PIV法による筒
内空気流動可視化実験結果を用いて計算精度を検証した.計算条件を表2.3に示す.壁面の 境界条件等は,可視化実験での条件に設定した.計算メッシュを図2.6に示すが,前述した ように,計算には吸気行程計算用メッシュと圧縮行程計算用のメッシュの2種類を用いた.
吸気行程計算用メッシュは吸気ポート及びマニフォールド部のセル数が65000,燃焼室内の
セル数が55000 であり,一方,圧縮行程計算用メッシュのセル数は 90000 である.また,
計算メッシュは第 1 気筒をモデル化しているが,実験データと比較するために解析結果の 表示を変更した.
Table 2.3 Calculation conditions for in-cylinder flow calculation validation
Engine speed rpm 1200
Throttle position WOT
SCV position open, close
Piston Flat
Intake pressure kPa 101
Intake temperature K 293
Initial temperature in cylinder K 330 Initial intake port temperature K 300
Cylinder wall temperature K 330
Piston surface temperature K 330
(a) Intake stroke mesh (b) Compression stroke mesh
Fig.2.6 Calculation meshes for flat piston
2.5.2 ボトムビュー可視化エンジンシステムの構築
シリンダ内空気流動の可視化を行うために,燃焼室内をシリンダ側方とピストン下方か ら観察可能なボトムビュー可視化エンジンシステムを構築した.図2.7にボトムビュー可視 化エンジンの概略を示す.
Fig. 2.7 Schematics of elongated piston and optical access
Fig. 2.8 Bottom view optical engine experimental set-up
本可視化エンジンは,PIV実験の他,噴霧・混合気可視化実験や燃焼可視化実験を行うこ とが可能である.可視化エンジンでは,4気筒エンジンの第2気筒のシリンダヘッドとブロ ック間を延長して,中空の延長ピストンを設置した.延長ピストンの頂面に観察窓を設置 し,楕円形反射ミラーによって下方からの可視化を可能としている.シリンダボアφ78.0 mm に対してフラットピストンを使用した場合,φ60 mm の範囲で可視化が可能である.また,
延長シリンダ上部に設置されたガラスシリンダによりシリンダ側面からの可視化も行うこ とができる.可視化範囲は,高さは40 mmで,エンジン正面側は,幅72 mmであり,エン ジン側面側は,幅74 mmである.ピストンリングはフッ素樹脂製のエンドレスリングとし,
バックアップリングにゴム製の O リングを用いて張力を持たせた.シリンダヘッドへのオ イル供給はシリンダブロックから外部に取り付けられたパイプを経由して行った.図2.8に ボトムビュー可視化エンジン実験システムを示す.吸気と冷却水経路にヒータを設置し,
暖機時の筒内条件を模擬できるようになっている.吸入空気量を測定するために層流型流 量計を設置した.また,安定した燃料圧力が供給できるよう高圧窒素による蓄圧式高圧燃 料供給システムを構築した.
2.5.3 PIV実験方法
PIVは,トレーサとなる粒子を混入した流れ場を微小な時間間隔で2度撮影を行い,撮影 した画像を検査領域に分割し,粒子群を統計的に処理することにより瞬時流速ベクトルを 計測する手法である(28).流れ場の可視化解析を行う場合,個々の粒子を検出し追跡する粒 子追跡流速測定法(Particle Tracking Velocimetry: PTV)も用いられるが,数値計算結果との 比較を行うような高密度の速度ベクトル情報が必要な場合はPIVを用いる方が有効である.
高密度の速度ベクトル情報を得るためには,混入する粒子の密度も上げる必要があるが,
過度の粒子の混入は流れ場自体に影響を与えるので注意が必要である.
PIVでは撮影方法により単一フレーム2重露光,2フレーム単一露光の2つに大別される.
速度ベクトルの算出には,単一フレーム2重露光では自己相関法が,2フレーム単一露光で は相互相関法がそれぞれ用いられる.一般的に,単一フレーム2 重露光画像は 2つの露光 間隔に自由度があるが,速度ベクトルの正負の情報が失われる.このため,本研究では,2 フレーム単一露光により撮影を行った.2フレーム単一露光は,速度ベクトルの正負の情報 得られる反面,微小時間に 2 つの画像を撮影する必要があるため,速度の速い流れ場への 適応に限界があった.しかしながら,近年の撮像技術の進歩とフレームストラドリング手 法により単一フレーム2重露光画像と同様に高速な速度場への適応が可能になっている.
フレームストラドリング手法は,CCD カメラを用いて行う手法である.本研究では,フ ルフレームインターライン転送CCDカメラ(FIT-CCD)を使用した.FIT-CCDは,撮像用 の各画素が記録用の素子を持っており,撮影した画像情報を記録素子に高速に電荷移送す ることにより転送時間よりもわずかに長い時間間隔で 2 つ目の画像を撮影することが可能 となる.フレームストラドリング手法とは,このようなカメラを用いて 1 番目の露光をフ
レーム転送が発生する直前に行い,次に転送が行われた直後に 2 番目の露光を行う手法で ある.
図2.9にPIV実験システムを示す.また,PIV実験条件を表2.4に示す.PIV実験装置は,
光源,トレーサ粒子発生装置,撮像部で構成されている.光源には Nd-YAG レーザの第 2 高調波を用い,ここでは,2 台の Nd-YAG レーザにより任意の間隔で2つのパルスを生成 することを可能とし,レーザヘッド内に設置された光学系により同一の光路に 2 つのレー ザパルスを照射できるように設計されている.また,シリンダヘッド前方に取り付けられ たレーザシート光学系によりシート状に成形される.撮像部には上述した FIT−CCD を用 いた.また,レーザ光からの散乱光以外の光を取り除くため532 nm(半値全幅10 nm)の バンドパスフィルタを用いた.トレーサには,条件により固体と液体のトレーサを用いた が,両トレーサともに粒子サイズは0.5~2 µmである.エンジン回転数は,1200 rpm一定と し,スロットルはWOT(Wide Open Throttle)で,SCVがopenedとclosedの2つ条件について 計測した.各条件での撮影は50〜200 cycleである.なお,計測したサイクルはレーザとカ メラの同期性能上の制約から連続したサイクルではない.
Fig. 2.9 PIV experimental set-up
Table 2.4 PIV experimental conditions
Engine speed rpm 1200
Throttle position WOT
SCV position open, close
Piston Flat
Intake pressure kPa 101
Intake temperature K 293
Camera Frame interline CCD
Image resolution pixels 1280×1024
Dynamic range bit 12
Camera Lens NIKON Nikkor 50 mm F/1.4 Optical filter nm (Half band width) Band pass 532 (10)
Light source Double pulse Nd-YAG
Wave length nm 532
Maximum power mJ 125
Maximum flashlamp frequency Hz 15
Pulse separation 10, 20, 30
LASER light sheet thickness mm 1
Capture number 50~200
Tracer material SiO2,DOS
Tracer particle size µm 0.5~ 2
また,本研究では高密度の速度ベクトルを得るために,ベクトル算出に際して再帰的相 関法(29)(Recursive cross-correlation)を用いた.高い空間解像度でデータを取得するために は,検査領域を小さくしなければならないが誤ベクトルが増加する.一方,検査領域を大 きくすると誤ベクトルの発生は抑制できるが,空間解像度は悪化する.従来の手法では,
検査領域は 2 つの画像で同じ場所にとる.そのため,必然的に非対応の粒子が存在し,精 度・空間解像度に限界がある.そこで,検査領域を正しい移動先に限定することで誤ベク トルの発生確立を小さくすることが可能となる.具体的な解析手法としては,まず大きな 検査領域を用いて解析を行い,移動量ベクトルを求める.検査領域が十分に大きいため誤 ベクトルの発生は少ないと考えられる.次に,得られた移動量ベクトルの周囲に検査領域 を限定する.この際,検査領域のサイズを小さくすることで空間解像度が向上する.この ステップを繰り返すことで,誤ベクトルを抑えて高密度の速度ベクトルを得ることが可能 となる.検査領域の縮小を階層的に行うことから階層的相関法(Hierarchical cross-correlation)
とも呼ばれている.この手法を用いることで比較的誤ベクトルの発生確率が高いエンジン 筒内の計測において誤ベクトルを抑えて,高い空間解像度で計測が可能となった.
2.5.4 空気流動解析検証結果
PIV計測を行った断面を図2.10に示す.また,図2.11に計測したタイミングと吸気バル ブリフトカーブを示す.図2.10に示したx=0 mm, y=-18,0,18, z= -1,-10,-20,-30の各断面をそ
れぞれX,Y1,Y2,Y3,Z1,Z2,Z3,Z4断面とした.また計測タイミングは,バルブ最 大リフト,ハーフリフト,IVC(Intake Valve Close timing)に相当する3点で行った.
Z Z
X X Z=Z=--1mm1mm
Z=
Z=--10mm10mm Z=
Z=--20mm20mm Z=
Z=--30mm30mm
Distance from head gasket Distance from head gasket
- -WW
YY
XX
In In Ex
Ex
+U+U ++VV
Y= 0mm Y= 0mm
X=0mm X=0mm Y=Y=--18mm18mm
Y= 18mm Y= 18mm
Z Z
X X Z=Z=--1mm1mm
Z=
Z=--10mm10mm Z=
Z=--20mm20mm Z=
Z=--30mm30mm
Distance from head gasket Distance from head gasket
- -WW
YY
XX
In In Ex
Ex
+U+U ++VV
Y= 0mm Y= 0mm
X=0mm X=0mm Y=Y=--18mm18mm
Y= 18mm Y= 18mm
Fig.2.10 Cross section for PIV measurement
Fig.2.11 Valve lift profile and PIV measurement timing
Fig. 2.12 PIV image location
実験結果からアンサンブル平均速度ベクトル<U(x,y)>は,以下の式により求めた.
( ) ∑ (
=
=
Ni
i
x y N U
y x U
1
1 ,
, )
(2.6)ここで,Nは計測回数,Ui(x,y)はi 回目の(x,y)点での速度ベクトルである.なお,速度ベク トルが表示されていない領域は,可視化範囲外の領域,もしくは他の部材からの反射光に より速度ベクトルが算出できなかった領域である.ベクトル密度は算出したベクトルを1/4 にして表示した.また,図2.12にZ断面におけるバルブ,スパークプラグの位置とスワー ル方向を示す.
PIV結果と計算結果の各断面における流速分布の比較結果を図2.13~図2.20に示す.ここ では,PIVの断面計測結果に合わせて計算結果も可視化範囲のみを表示した.
SCVがopenedの条件での実験結果より,バルブ最大リフト付近の240 deg. BTDCでは,
吸気ポート両側から空気が流入するため,X断面で両側の吸気ポートから流入した空気が シリンダ軸中央で衝突している.Helical ポート中心軸上の Y1 断面では,Helicalポートか ら流入した空気が吸気,排気両側のシリンダ壁面と干渉して渦を形成し,流れのないバル ブ背面に向かう流れとなっている.また,シリンダ中心軸上の断面Y2では,タンブル流を 形成し始めている.Straight ポート中心軸上の断面 Y3 では排気側に下向きの強い流れが存 在する.これは,Helicalポートにより旋回力のついた流れがシリンダ壁面と干渉してStraight ポート側へ流入して形成された流れである.計算結果と比較すると,各断面ともに渦位置,
速度等精度良く流れ場を再現していると言える.特に,Y1, Y3断面の吸気バルブ中心軸に 沿った断面でのバルブ裏側への巻き込みや渦位置がよく再現できている.
170 deg. BTDCに着目すると,ピストンはBDC付近にあり吸気バルブはハーフリフトの
状態である.このため,流入空気量は減少しその影響は小さくなっている.また,ピスト ンとシリンダヘッドとの空間が広くなっており,Y2断面のタンブル流が発達しているのが わかる.計算結果と比較すると240 deg. BTDCの場合と同様に渦位置や流れの形状はよく一 致しているが,わずかばかり速度が低く見積もられている領域が見られる.特にY2断面に 見られる旋回渦については,計算結果では実験結果に比べ弱くなっている.
IVC付近の120 deg. BTDCでは,ピストン上昇による影響が大きくなり,Z断面とY2断
面から渦軸が傾いているのがわかる.エンジン筒内流の場合,完全なスワール流もしくは タンブル流は存在しないが,断面においてスワール流やタンブル流として計測されるのは,
旋回軸が傾いた流れ場を断面で計測しているためである(28).このタイミングにおける流れ 場も 斜めスワール の形態になっている.すなわち,吸入空気による影響がある場合は 比較的タンブル流に近い流れになっていたものが,吸気行程が終了して吸入空気による影 響が無くなり,Helical ポートから流入した空気のスワール流の影響により回転軸が傾けら れた流れ場になったと考えられる.計算結果と比較すると,まず,X,Y断面を比較すると 流れの形状は概ね再現されている.Z断面を比較すると実験で確認される渦位置は計算結果 でも再現されているが,実験結果では確認されない渦形状が計算結果に現れている.これ
は,X, Y断面でも確認されることから旋回流の回転軸の傾きや曲がりに差異が生じたこと が一因として考えられる.
このように,各タイミングの比較を行った結果,SCVがopenedの場合,吸入行程では精 度良く流れ場が再現される.また,圧縮行程に進むに従ってわずかな違いはあるものの流 れ場の形状はほぼ再現できていることがわかる.
一方,SCVがclosedの場合,Straightポートからの空気の流入は無く,Helicalポートから
openedの場合の2倍近い空気が流れ込むため異なった流れ場を形成する.240 deg. BTDCで
のX断面からopenedに比べ流速が速く旋回力の強い流れが流入しているがわかる.このよ
うに,計算結果は,SCV が opened の場合と同様に良く流れ場を再現しており.特に,Y1 断面に見られる複雑な流れの形状や渦位置も正確に再現されていると言える.
その後,170 deg. BTDC以降のY1, Y3断面が逆向きの流れ場を形成していることとZ断 面から強いスワール流が支配的な流れ場になっていることが示唆される.しかしながら,Z 断面の渦位置やY2断面の流れ場から回転軸が傾いた 斜めスワール の流れ場であること がわかる.計算結果と比較すると,Y1, Y3に見られるスワール流に起因すると考えられる 一方向性の流れ場の速度は計算結果の方がわずかに低く見積もっているのを除けば,各断 面ともに流れ場は良く再現されている.
120 deg. BTDCでは,Z断面において実験及び計算結果ともに強いスワール流を形成して
いるが,渦位置がわずかに異なる結果となった.また,断面によって速度がわずかに低く 見積もられているが,SCVがopenedに比べ120 deg. BTDCにおいても良く流れ場を再現す る結果となった.
Fig.2.13 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV opened condition with flat piston at 240 deg. BTDC (Cross section: X, Y1, Y2 and Y3)
Fig.2.14 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV opened condition with flat piston at 170 deg. BTDC (Cross section: X, Y1, Y2 and Y3)
Fig.2.15 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV opened condition with flat piston at 120 deg. BTDC (Cross section: X, Y1, Y2 and Y3)
Fig.2.16 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV opened condition with flat piston at 120 deg. BTDC (Cross section: Z1, Z2, Z3 and Z4)
Fig.2.17 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV closed condition with flat piston at 240 deg. BTDC (Cross section: X, Y1, Y2 and Y3)
Fig.2.18 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV closed condition with flat piston at 170 deg. BTDC (Cross section: X, Y1, Y2 and Y3)
Fig.2.19 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV closed condition with flat piston at 120 deg. BTDC (Cross section: X, Y1, Y2 and Y3)
Fig.2.20 Averaged velocity distribution comparison between experiment and calculation on SCV closed condition with flat piston at 120 deg. BTDC (Cross section: Z1, Z2, Z3 and Z4)
次にスワール比とタンブル比(SR,TR)時間履歴の比較を行った.結果を図2.21に示す.
なお,SRはZ1断面,TRはY2断面の結果を比較することとし,SR,TRは次式より求めた.
( ) x y Ne TR
SR
= ∑
2
, ζ ,
(2.7)
ここで,ζは渦度,Neはエンジン回転数である.計算結果は,比較のために可視化範囲と
同様の領域についてSRとTRの算出を行い,密度は一定として計算した.図からSR,TRと もに計算結果は実験結果と定性的に一致するが,概ね計算結果の方が過少に見積もられて いるのがわかる.
-0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
40 60
80 100 120
140
Experiment opened Calculation opened
Swirl ratio
Crank angle deg. BTDC
Experiment closed Calculation closed
-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5
40 80 120 160 200 240 280
Experiment opened Calculation opened
Tumble ratio
Crank angle deg. BTDC
Experiment closed Calculation closed
Swirl Tumble
Fig. 2.21 Comparison of swirl and tumble ratio between experiment and calculation results with flat piston (Swirl: Z1, tumble: Y2)
以上のように,断面流速分布,SR及びTRの比較を行った結果,SCVの設定によらず,
概ね流れ場を再現することが可能であることが明らかとなった.しかしながら,吸入行程 での精度に対してIVC 後の精度の方が悪化する傾向となった.すなわち,IVC 後において 計算結果が速度を過少に見積もる傾向が見られた.この原因として以下のことが考えられ る.
① 本コードでは空間差分に準2次精度のハイブリッドスキームを使用している.このため,
数値拡散(30)の影響により実際の現象より運動量が維持されないため,速度が過少に見積 もられる.
② 乱流モデルに標準 k-εモデルを用いている.このモデルは,単位質量当たりの乱れの運 動エネルギkとその消散率εについて輸送方程式を解き,kとεから乱流粘性係数を求め る方法であるが,等方性乱流の仮定に基づき高レイノルズ数流れを対象に導かれたもの であるため,強い旋回を有する流れ場などの非等方性が強い流れ場では,精度が悪化す るとされている(31).
③ 計算開始時の筒内条件,マニフォールド形状,吸気管脈動等の実験と計算との条件の違 いにより渦位置等の差異が生じた(32).
①の影響を把握するため,空間差分スキームを中心差分に変更して圧縮行程の解析を行っ た.中心差分に変更することで,シリンダ外周部の速度の大きい領域で,6.5 %程度流速が 大きくなることがわかった.また,スワール比は,上死点付近で約5 %大きくなる.次に,
②の乱流モデルの影響を把握するため,乱流モデルを旋回流などの非等方性が強い流れの 計算に適しているとされるRNG k-εモデルを用いて,圧縮行程の解析を行った.乱流モデル を変更することで,わずかにスワール比は変化するが,その差は,①に比べてわずかであ る.①,②の両モデルを用いて,吸気行程から解析を行うことで計算精度は向上すると考 えられるが,高次の差分スキームを用いることで計算の安定性が悪化するため,吸気行程 の解析を中心差分スキームで行うことは困難である.また,モデルを変更することで計算 精度は向上するものの,両者の流れ場の傾向は定性的には同一であるため,流れ場の解析 において平均流速分布を予測する上では,本コードは十分な精度があると判断し,以後の 解析に適用することとした.
2.6 インジェクタ噴霧のモデル化と精度検証
本項では,定容容器での可視化結果をもとにインジェクタ噴霧のモデル化を行った結果 と精度検証について述べる.
2.6.1 スワールインジェクタ噴霧のモデル化
モデル化に使用した計算格子を図2.22に示す.φ80×120 mmの円筒形で,格子数は約70000 である.ただし,図に示したように非構造格子を用いており,インジェクタ近傍の格子は 立方体で,そのサイズは1辺約1.1 mmである.計算条件を表2.5に示す.計算のタイムス テップは最大で0.01 msである.噴射パーセル数は,20000個である.境界条件は全壁面を 滑りなしとした.噴霧の特性は噴口での初期平均粒径,初期粒度分布,液滴数密度分布,
初期速度及び初期噴霧角を実験値に合わせて変更することで再現している.スワールイン ジェクタは,ノズル先端のサックボリュームの燃料を初期に噴射し,その後円錐状の主噴 霧を形成するため,噴口での各パラメータは初期噴霧と主噴霧に分けて設定した.初期噴 霧の噴射時間は,0.08 ms,噴射角は40 deg.,初期粒径は150 µmとし,主噴霧に関しては,
噴霧角63 deg.,初期粒径150 µmとした.粒度分布は初期粒径をベースにRosin-Rammler分
布関数で与えた.噴射期間はインジェクタ駆動パルスからの遅れ時間を考慮して1.74 msと した.なお,噴射速度及び噴射量に関しては,図2.23 に示すテーブルを用いた.また,初 期噴霧はノズル軸中心にまとまる空間分布を持つため,液滴数密度分布はノズル中心軸側 が高くなるように重み付けをしている.主噴霧に関しては,噴霧外周部の液滴数密度が高 くなるように重み付けをしているが,主噴霧内部の液滴数密度は,実験結果からノズル軸 から外周部へ向かって高くなる傾向があることがわかっている.この特性を再現するため に,主噴霧内部の液滴数密度分布はレーザシート撮影で得られた輝度分布から Gaussian 分 布で与えることとした.また,TAB モデルでは初期値として液滴の初期振幅を与えるが,
初期噴霧と主噴霧の値をそれぞれ 0.0,2.5 とすることにより,初期噴霧と主噴霧の微粒化 の違いを表現している.
Φ 80 mm
120 mm 70 mm
30 mm 30 mm
Φ 80 mm
120 mm 70 mm
30 mm 30 mm
Fig.2.22 Calculation mesh for spray modeling
Table 2.5 Calculation conditions for spray modeling Ambient pressure MPa 0.05, 0.1, 0.3, 0.5
Ambient temperature K 300
Fuel Gasoline
Initial spray angle deg. 40
Main spray angle deg 63
Injection duration msec. 1.74
Injection quantity mg 13.1
Initial droplet temperature K 300
Initial droplet diameter µm 150
Slug injection duration msec. 0.08
Number of parcel 20000
0 20 40 60 80 100 120 140
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6 1.8 Time after start of injection msec.
Injection velocity m/s Injected mass of fuel %
Injection velocity Injected mass of fuel
Fig.2.23 Table of injection velocity and fuel mass
2.3項で述べたように,本計算では多成分燃料モデルにLippertらのContinuous distribution
モデル(26),(27)を用いている.このモデルは,燃料成分を分子量の分布関数で表現している.
ガソリンの特性を表現するために,以下のΓ関数を用いた.
( ) ( )
( )
− − Γ
= −
−
β γ α
β γ
α
α I
I I
f exp
1 (2.8)
ここで,Iは分子量,f(I)はモル分率である.また,α=7.4,β=12.0,γ=0.0を初期値として用 いた.多成分燃料を取り扱う場合,通常各化学種の輸送方程式を解く必要がある.これに 対して,本モデルは燃料の輸送方程式のほか,燃料分子量の平均と2次モーメント(分散)
の 2 種類の輸送方程式を解くことで広範囲の成分を表現することを可能としている.液滴 の変化量に関しては,以下のように算出している.ここで,Nは液滴の全モル数であり,タ イムステップn+1での液滴の全モル数Nn+1は,以下の式で表される.
(2.9)
N N N
n+1=
n+ ∆
また,液滴の分子量の平均θLと2次モーメントΨLに対しては,以下の式で表される.なお,
添え字のLは液相を,Vは気相を意味する.
( ) ( )
Vn nL n
L N N
N
θ
+1=θ
+∆θ
(2.10)( ) ( )
Vnn L n
L N N
NΨ +1 = Ψ +∆ Ψ (2.11)
ここで,mを質量とするとNθ=mであるので,式(2.10)は以下のように表される.
(2.12)
m m m
n+1=
n+ ∆
(2.13)
n
N
Vm = ∆ θ
∆
なお,∆mは以下の式により求められる(33).
Sh B D r
m = −
d⋅
d⋅
∆ 2 π ρ
(2.14)ここで,rは液滴の半径,ρdは液滴の密度,Dは燃料蒸気の拡散係数,Shはシャーウッド数 である.また,Bdは以下の式にて表される.
FR FL FR
d
y
y B y
−
= −
1
(2.15)ここで,yFRは,液滴表面での質量割合であり,yFLは燃料液滴の質量割合である.同様に,
式(2.9)は,
n V n
L n
L n n
L
m m
m m m
θ θ
θ θ
+ ∆
=
+ ∆
=
+ +
1 1
(2.16)
この式から,
( )
n L n
V
n L n n V
L
m m
m m
θ θ
θ θ θ
∆ +
∆
= +
+1 (2.17)
が求められる.また,同様にして式(2.11)から
n L n
V
n V n L n
L n n V
L
m m
m m
θ θ
θ θ
∆ +
Ψ
∆ +
= Ψ
Ψ
+1 (2.18)が求められる.液滴の分子量の平均と2次モーメントを用いて分布関数のα, βが以下の式よ り更新される.
αβ
θ =
(2.19)(2.20)
( α 1 ) β
2α +
= Ψ
また,燃料蒸気に関しては下記の式により分子量の平均と2次モーメントが算出される.
+ ⋅ Ψ
=
L L L
V A B
θ θ θ
1
(2.21)
Ψ
= Ψ
L V L
V
θ
θ
(2.22)ここで,A,Bは燃料成分に依存した温度の関数である.燃料蒸気も同様に分子量の平均と2 次モーメントを用いて分布関数のα, βが更新される.このようにして,多成分燃料の特性を 表現することを可能としている.
2.6.2 定容容器実験装置
噴霧モデルの検証は,噴霧の可視化計測結果を用いて行った.噴霧の可視化計測を行う ために,図2.24に示す定容容器実験装置を構築した.
Fig. 2.24 Constant volume chamber experimental set-up
容器内部は,80 mm×115 mm×115 mmの直方体形状で,容積は1.42×10-3 m3である.
これには,φ115 mm の観察窓が対向する側面に取り付けられ,観察窓と直交する側面には レーザシート入射窓として10 mm×115 mmのスリットが設けられている.各観察窓は厚さ
40 mmの石英ガラスを使用しており,容器内圧力が5 MPaまで使用可能となっている.定 容容器に配管された圧縮空気,N2及びO2タンクと真空ポンプを用いることで容器内の圧力 や組成を調整した.容器上面に設置されたインジェクタホルダ内部に燃料温度制御用の通 路を設け,外部のヒータにより加熱されたオイルを循環させることで燃料温度を423 K程度 まで調整することが可能である.インジェクタ先端内部には,熱電対が埋め込まれており,
この温度を燃料温度とした.
2.6.3 レーザシート法による噴霧断面形状の可視化
噴霧モデルを検証するため,レーザシート法を用いて噴霧断面形状の可視化を実施した.
すなわち,噴霧によるレーザ光の側方散乱光を計測して,噴霧断面形状を可視化した.実 験装置を図2.25に,実験条件を表2.6にそれぞれ示す.光源には,Nd-YAGレーザの第4高 調波を用いた.レーザ光はレーザシャッタ,エナジーモニタを介し,シート光学系でシー ト状に成形された後,定容容器側面から入射する.撮影にはICCD(Image intensified CCD)
カメラを用いた.噴霧からの散乱光以外を除去するために,265 nmのバンドパスフィルタ を使用した.燃料には,ガソリンのモデル燃料であるイソオクタンを用いた.雰囲気温度 と燃料温度は298 Kとし,雰囲気圧力の噴霧形状への影響を把握するために,雰囲気圧力は 0.05, 0.1, 0.3, 0.5 MPaの4条件で行った.
Fig. 2.25 Optical set-up for spray cross section visualization
Table 2.6 Experimental conditions for spray cross section visualization Ambient pressure MPa 0.05, 0.1, 0.3, 0.5
Ambient temperature K 298
Fuel Iso-octane
Fuel temperature K 298
Injector type Swirl injector
Spray angle (design spec.) deg. 50
Static flow rate cc/min 700 (fuel pressure: 5 MPa)
Fuel pressure MPa 5.0
Injection duration ms 1.5
Injection quantity g 0.012
Camera ICCD
Image resolution pixels 384×576
Camera lens UV Nikkor 105mm F/4.5
Optical filter nm (Half band width) Band pass 265 (10)
Light source ND-YAG
Wave length nm 266
LASER power mJ 50
LASER pulse frequency Hz 10
LASER light sheet thickness mm 1
2.6.4 スワールインジェクタ噴霧の計算結果検証
各条件における噴霧の計算結果とレーザシート撮影結果との比較を図 2.26 に示す.レー ザシート画像は,噴霧断面の画像であるため,計算結果もノズル軸を通る厚さ 1 mmの断 面の噴霧形状を示した.計算結果のパーセルの大きさは,一定で表示している.図より,
各条件ともに噴霧形状を良く再現していることがわかる.雰囲気圧力が0.1 MPaにおいて,
噴射開始後0.9 ms付近で液滴が主噴霧外周部で巻き上がり,その後渦輪が発達していく過 程やその位置等,正確に噴霧挙動を再現できているといえる.また,噴霧先端近傍の液滴 分布や噴霧貫徹距離に関しても実験結果を正確に再現していることがわかる.さらに,噴 霧内部に液滴が存在する噴霧構造についても,定性的に一致している.
一方,雰囲気圧力を高圧にした 2 つの条件について着目すると,雰囲気圧力増加により 噴霧が中心軸方向に潰れている様子をよく再現している.また,高圧条件の結果から雰囲 気圧力の増加量に対する噴霧形状の変化割合も実験結果をよく再現しているといえる.特 に,初期噴霧と主噴霧の各時間における関係を正確に再現できている.巻き上がり渦の形 成時期に関してもよい一致が見られるが,渦輪に関しては計算結果の方がわずかに過大見 積もっている.
次に,雰囲気圧力を0.05 MPaに減圧した条件について着目すると,雰囲気圧力の低下に よる噴霧幅や貫徹距離の増加等を良く再現している.主噴霧先端の弱い巻き上がり渦や噴 霧内部の液滴数密度の低下も定性的に再現できている.
Fig.2.26 Comparison of spray cross section shapes between experiment and calculation at various ambient pressures
0 10 20 30 40 50 60 70
0 0.5 1 1.5 2 2.5
Time msec. ASOI Liquid fuel axial/radial penetration mm
Calculation Experiment Slug spray axial penetration
Main spray axial penetration
Main spray radial penetration
0 10 20 30 40 50 60 70
0 0.5 1 1.5 2 2.5
Time msec. ASOI
Liquid fuel axial/radial penetration mm Slug spray axial penetration
Main spray radial penetration
0 10 20 30 40 50 60 70
0 0.5 1 1.5 2 2.5
Time msec. ASOI Liquid fuel axial/radial penetration mm
Slug spray axial penetration
Main spray radial penetration
0 10 20 30 40 50 60 70
0 0.5 1 1.5 2 2.5
Time msec. ASOI Liquid fuel axial/radial penetration mm
Slug spray axial penetration
Main spray axial penetration
Main spray radial penetration
Ambient pressure: 0.05 MPa 0.3 MPa
0.1 MPa 0.5 MPa
Fig.2.27 Spray characteristics comparison
0 10 20 30 40 50 60
0 0.5 1 1.5 2
Time msec. ASOI
Saut er Mean Diameter μ m
CalculationExperiment
Fig.2.28 Sauter mean diameter comparison at 0.1 MPa
図 2.27 に各条件における初期噴霧貫徹距離,主噴霧貫徹距離,噴霧幅の実験結果と計算 結果の比較を示す.高圧場の条件に関しては,時間経過とともに初期噴霧が主噴霧に取り 込まれるため,初期噴霧貫徹距離のみを示した.図において,各条件ともに噴霧特性を表 す各計測値が非常に良く一致していることから,噴霧形状のモデル化が妥当であることが わかる.また,図2.28に雰囲気圧力0.1 MPaでのSauter平均粒径(Sauter mean diameter: SMD)
の実験結果と計算結果の比較を示す.実験結果に対してわずかに過小に見積もられている が,噴霧粒径に関してもモデル化が妥当であるといえる.
以上のように雰囲気圧力の影響により噴霧形状が変化するスワールインジェクタのモデ ル化を行い,各雰囲気圧力条件で計算精度を検証した結果,実験結果を良く再現しており,
噴霧のモデル化が妥当であることが示された.前項で示した筒内空気流動場の精度検証結 果と合わせて本計算コードは,噴射時期により雰囲気圧力が変化するDISIエンジンにおい て,吸気行程噴射から圧縮後期での噴射までの条件で,噴霧形状や混合気分布を再現し得 る可能性が示唆された.
そこで,筒内噴霧挙動に関する計算モデルの妥当性を検証した.比較した条件は,SCV
がopened,EOIが286 deg. BTDCである.図2.29に実験と計算の比較結果を示す.実験結
果から,噴霧がピストンキャビティから流出するやピストンへの衝突後にピストンキャビ ティ壁面に沿って上昇し,シリンダヘッド側へ巻き上げられる様子がわかる.一方,計算 結果においてもキャビティ壁面に沿って噴霧が上昇する様子やその位置など,概ね実験と 同様の噴霧挙動を再現できていることがわかる.この結果から,筒内噴霧挙動においても モデル化や計算精度が妥当であることが確認できた.以上より,本計算コードは,DISI エ ンジンの筒内流動,混合気形成過程を予測するのに十分な精度を有するものと判断し,次
項以降において同モデルを用いて解析を実施した.
Fig.2.29 Spray motion verification in cylinder condition
2.7 数値解析を用いた混合気分布の最適化による燃焼改善
2.7.1 計算条件と評価項目
前項までに構築したモデルを用いて,成層燃焼における燃焼改善を目的に,ピストン形 状,噴射時期,SCV 開度をパラメータとして,数値計算による混合気分布の最適化を試み た.表2.7に混合気分布の解析を行った条件について示す.エンジン回転数は1200 rpmと し,燃料噴射終了時期(End of Injection timing: EOI)は,65,75,85 deg. BTDCの3条件で 行い,SCVはopenedとclosedとした.また,ピストンは図2.30に示すAとBを用いた.
ピストンA,Bともにキャビティを有しているが,ピストンAはキャビティがシリンダ中心 軸よりオフセットされており,旋回流を有効に利用できるようにガイドが設けられている.
一方,ピストンBのキャビティは,シリンダ中心軸からオフセットされていない.ピストン A は,圧縮比を確保するために,ピストンBよりキャビティ容積が小さく,深さも浅くな っている.燃料には,ガソリンを使用し,前述したContinuous distribution modelにより多成 分燃料を表現した.
Table 2.7 Calculation conditions for in-cylinder mixture distribution
Engine speed rpm 1200
Fuel Gasoline
Initial spray angle deg. 40
Main spray angle deg 63
Injection duration msec. 0.73
End of injection deg. BTDC 65, 75, 85 without delay
Injection quantity mg 6.4
Initial droplet temperature K 298
Initial droplet diameter µm 150
Slug injection duration msec. 0.08
Number of parcel 20000
Piston A, B
SCV opened, closed
Type A Type B
Fig.2.30 Schematics of piston shape
混合気分布の最適化においては,4つの項目に関して評価を行った.最初に点火や燃焼の 安定性の評価として,スパークプラグ周辺の混合気濃度が当量比 1 以上になっているか比 較した.つぎに,ピストンキャビティ外に流出した混合気について比較した.これは,ピ ストンキャビティ外に流出した混合気は,燃焼に対して寄与度が小さく,燃焼期間の増大 やTHCの原因になると考えられているためである.また,スパークプラグ周りの混合気の 時間変化についても比較を行った.これは,点火時期を変更した場合の点火・燃焼への影 響を評価するためである.最後に,図2.31に示したように壁面付着量とsmokeの排出量に は,相関があることが実験的に示されている.そこで,smokeの評価として壁面付着量につ いても評価を行った.
Fig.2.31 Relation between wallfilm mass and smoke (34)
2.7.2 筒内流動特性の把握
混合気分布の評価を行う前に,筒内空気流動の数値解析を行い,各ピストンとSCV設定 におけるシリンダ内流れ場の特性を把握した.図2.32及び図2.33に各ピストンでの65 deg.
BTDCにおける流れ場の計算結果を示す.なお,比較した断面はY2断面とスパークプラグ
を通るX0,Z0断面とした.すなわち,X0断面はシリンダ中心より2.5 mm排気側の断面で
あり,Z0断面はシリンダヘッド底面から4 mm上方の断面である.図中の印は,スパーク プラグの位置を示す.
最初に,ピストンAでSCVがopenedの場合について着目する.X0断面において,シリ ンダ外周からシリンダ中心に向かう流れが形成されている.この流れは,着火可能な濃い 混合気塊をスパークプラグ周りに配置するのに有効であると考えられる.しかしながら,
Y2断面では,強い正タンブル流がピストンキャビティ中央部に渦中心を持って存在する.