Abraham Cahan,7ん θ Rjsθ o/Dα υιごLθυjηsり 論一社会進化論的視点から
Abraham Cahan,劉 Lc RJsc οf DαυJJ LθυJ■sty論
―社会進化論的視点か ら
大 工 原 ち な み
従来, A b r a h a m C a h a n ( 1 8 6 0 ‑ 1 9 5 1 ) の 代表作である r んθ R j s θ 。 / D αυ ι ごL θυ j ん s り ( 1 9 1 7 ) は,ア メリカ文学においては,ユ ダヤ系文学の黎明期の作品としてのみ評価されることが多く, 賞賛されたとしても, 「1 9 3 0 年 代以前にアメリカのユダヤ人によって書かれたものの中で最も 優れた作品」 1 と 限定がついた。この論文では, この作品を正当に評価するためにもまずは,
当時のアメリカ文学の流れの中にこの作品を置いてみて, 再 照射を試みたいと思う。 2
この作 品が書かれ た2 0 世紀初頭 とい う時期 を, ア メ リカ文学史 の流れ の中 にお いて見 る と, 1 9 世紀後 半 の1 8 8 0 年代 中頃 には, ア メ リカ ・ル ネ ッサ ンス とい うロマ ン主義 の時代が終 りを告 げ, そ れ に代わ つて ア メ リカ ・リア リズム の時代 が訪れ, 小 説 は ロマ ンテ ィ ックな ものか ら, 場 合 によ って は政治 手段 と して 力 を持 つ ものへ と変化 し始 め る。
この リア リズ ム文 学 の発展 に大 き く貢献 した の は, W i l l i a m D e a n H o w e l l s ( 1 8 3 7 ‑ 1 9 2 0 ) で あ る。 彼 は, M a r k T w a i n を 助 け, S t e p h a n C r a n e や F r a n k N o r r i s の み な らず , こ の A b r a h a m C a h a n を 世 に送 り出 して いる作 家 で あ る。H o w e l l s と C a h a n は , 1 8 9 2 年 に出会 っ てお り, 彼 の代表作 で ある T L θ R j s θ o / D αυιごL θυj んs り, が , H O W e l l s の T んθ R j s θ o / S j J αS R a / p んαm ( 1 8 8 5 ) の タイ トル を模 した もので ある ことは良 く知 られてお り, 彼 か ら受 けた影 響
の深 さを知 る ことが 出来 る。H o w e l l s は また, い わ ゆ る 「お 上品な伝統」 に も別 れ を告げ, 作 品 の中で 当時は タブー視 された離婚 を一つのテーマ として扱 い,一 般大衆 に衝撃 を与えている。
C a h a n も 小説 の 中で不倫 を扱 つて いる ことか ら, この点 で も H o w e l l s 流 の伝統 破 りが継承 さ れ て いる と言 えよ う。
更 に世紀 の変 わ り目に近 づ いて い くと, 進 化 論 を唱 えたダー ウィンやそれ まで の西洋的思想 の 中心 にあったキ リス ト教 を否定 したニーチ ェの超 人思想, 更 には社会主義 に強 い影 響 を受 け た 作 家 た ち が現 れ る。 」a c k L o n d o n ( 1 8 7 6 ‑ 1 9 1 6 ) は , 代 表 作 で あ る, C α J J o / ιんθ π j J ご
( 1 9 0 3 ) に み られ るよ うに大 な どの動物 を主 人公 にす る ことが 多 か つたが, 人 間 を模 した彼 ら が 自然 の 中でた くま しく生 き残 って い く ( あるいは死 んで い く) 様 を通 して, ダ ー ウ ィンの説
く 「適者 生存」 や 「生存競争」 の原理 を示 し, 自然 の法則 が実 は いか に人間 を支配 して いるか 描 いて い る。
次 にや って くるのが, M u c k r a k e r s の 時代 ( 1 9 0 0 ‑ 1 9 1 4 ) であ る。 政治 は腐敗 し, 資 本 主義 には矛盾 が噴 出 し, 経 済 的な弊害 に労働者 たちは苦 しめ られて いた。そ の状況 を救 うべ く出現 した 「暴 露作家達」 は, 政 治家や企業 の不正 を 自分 た ちの小説 の中で暴 き立 て る ことを使命 と
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考 えた ので あ る。 彼 らの代 表 で あ る Upton Sinclair(1876‑1968)は,7ん θ Лttgιθ (1906) を書 き,移 民の家族 の物語 を通 して,シ カゴの食肉工場で働 く労働者が いか に悲惨な生活 を送 っ てお り,食 品 を扱 いなが ら工場が どれ ほ ど不衛 生な状態で あるか暴露 してみせ る。 この描写 を 読 んだ アメ リカ人た ちは シ ョックを受 け,時 のル ーズベル ト大統領が,早 急 に食品業界 の改革 に乗 り出 さな ければ な らなか った ほ どで あ る。 この流れは,社 会主義思想 とい うバ ックグ ラウ ン ドを得 て,Socialismの 作家 た ち を生み出 して い く。
この後 に偉大 な 自然主義作家 と冠 され る Theodore Dreiser(1871‑1945)がや って くる。彼 は,Sisιθr Cαrrjθ(1900)で 新 しい ヒロイ ン像 を描 いてみせ る。 それ は従 来 のお 上品な伝統 の 中では想像す ら出来 なか った女性 で ある。彼女 は,金 や社会的地位 に対す る欲望 を隠そ うと す らしな い。 目的 を成就 す るためな らば,次 々 と男性 と関係 を持 ち,相 手が富 も地位 も失 い転 落す れば また別 の男性 に乗 り換 えて い く強か さを持 って いる。そ の結果,彼 女 は美貌 の助 け も あ って女優 として成功す る。 だが′きは満 た されず 真 に幸福 にはなれ な い。 この作 品は約20年前 に Howellsの 作 品が,genteel traditionを重 ん じる社会 に受 け入れ られ なか った の と同 じ, 淫 らな男女 関係 とい う「下 品」なテーマ を扱 って いる とい う理 由で,1912年 まで世間 に受 け入れ
られ る ことはなか った。 この小説で は,彼 女が次 々 と social ladderを登 りつ めて い くが,そ れ は小 さな偶然が重 な って可能 にな って いる。逆 に,相 手 の男性 の失墜 も偶然が重 な り合 った 結果起 こった ことで あ る。偶 然 に支配 され る人間像 に 自然主義 的な特徴 が よ く現れて いる。
また 19世紀後 半 中頃 には,地 方主義作家たち も登場 しアメ リカの広 い国土 の多様性 をそれぞ れ に描 き出す。 ニ ューイ ング ラン ドで は,Sarah Orne」 ewett(1849‑1909)が 過酷 な 自然 の 中で孤独 に生 きる人間 を描 き,南 部 で は,Thomas Page(1853‑1922)ら が,黒 人奴隷 の言葉 を生 か しつ つ,奴 隷 の惨 めな状 態 を描 き人種 問題 を扱 つて い る。 また Kate Chopin(1851‑
1904)は ,女 性 の 自立 をテーマ に した 7んθA″ αんθんじんg(1899)で 姦通 を扱 って いる。 中 ・西 部 で は,地 方主義文学 の父 といわれ る Bret Harte(1836‑1902)が 短編 の 中で,西 部 の鉱 山町 の人情深 い人 々の風俗 を描 いて いる。 このよ うに地方主義文学では,方 言 を生か しなが らそ の 風土 で生 きる人 々の様子 を生 き生 き と描 いて いるが,や は り自然主義 の影 響 を多かれ少なかれ 受 けて い る。
ここで改めて,Abraham Cahanの r んθ R ιs θ。/ D α υj ごL c υj んs り が書かれた1917年とい う時代 について考えてみるな ら,文 学的には,19世 紀のロマン主義の時代は終 り, リアリズム や 自然主義が全盛 を迎えようとしてお り,ダ ーウィンの進化論が もてはや されている。Cahan の作品で も主人公 David Levinskyは, 衣 料関係の業者 として成功 を収めるが, 自らの成功 を 進化論 に当てはめ, 自分は生存競争 を勝ち抜いた適者であるとしている。 また,よ うや く「お 上品な伝統」か ら脱却 し始め, 自由な恋愛や男女のあ り方 をリアル に小説の中で書 くことが可 能 となって くるが, この作品で も D a v i d と友人妻 との不倫が長々と綴 られている。
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A b r a h a m C a h a n , 7 んθ R s θ o / D αυια L θυj んs り論一社会進化論的視点から
一方で地方主義文学も盛んであるが,Cahanも ニューヨークという都会ではあるが,そ の 一地区であるLower Eastsideのユダヤ人街 といういわば地方を舞台とし,移 民たちの暮 らし をありのままの形で具に小説に描いてお り, ま た, 地 方主義作家たちが作品中に方言を多用 し たのと同様に,小 説の中にイディッシュ語やイディッシュ訛 りの英語を多用 している。 しかも それまでイディッシュ語による執筆活動を行ってきた彼が,代 表的な小説となった, ybんちA
λ J θ O / N θ″ y o r んG んθ ι ι ο( 1 8 9 6 ) やr t t θ R j s θ o / D αυ j ごL θυ j ん s り はいずれも英語で書い ている。これはイディッシュ語の雑誌が読者として新移民のユダヤ人を想定していたのに対し て,小 説の読者としては,非 ユダヤ人も含めて想定していたためであろう。地方主義文学の読
者が, 作 品を読む ことで未知の地である地方 に思いを寄せたのと同様 に, 非 ユダヤ人にとって, A b r a h a m C a h a n の 描 くニ ュー ヨー ク ・ゲ ッ トーの話は, 未 知 の世界 を覗 いてみたい とい う 彼 らの欲求 を満たす ものであった。無論それ と同時 にユダヤ人ゲ ッ トーのことを紹介すること で, 非 ユダヤ人にゲ ッ トーの住人についての理解 を深めて もらお うという C a h a n 自 身の意図もあった ことだろう。
また, 資 本主義の歪か ら貧 しい労働者たちが多量に生まれ, 彼 らの間で, 社 会主義が もては や され, 社 会主義文学 も興隆 して い くが, この作 品の中で も, 主 人公 D a v i d は作者で ある C a h a n 同 様 に, 当 初社会主義 に傾倒す る。その後資本家 として社会主義への反発 を強めてい くとはいえ, 作 品の中にはス トライキや社会主義者たちへの言及が随所 に見 られ, 社 会主義文 学的要素 もみ られ る。
以上のよ うに, この r % θ R j s θ。/ D α υιご L θυj んs り は単 にユダヤ系移民の素朴な移民文学 というよ りも, 2 0 世 紀初頭のアメリカ文学の様々な要素を反映 している作品 と言えよう。 この 小論では, そ の中で もこの作品を強 く特徴付ける社会進化論 と社会主義 を取 り上げて考察 した い と思 う。 この二つは, ロシアではユダヤ教 を深 く信仰 していた主人公 D a v i d が, ア メ リカ ヘ渡るや否や信仰か ら急速に離れていき世俗化 した後, そ の空白を埋めるものとして新たに登 場 した ものである。本題 に入 る前 にまず, D a v i d が いか に して J u d a i s m か ら離れ S o c i a l i s m と S o c i a l D a r w i n i s m とい う別 の二つの i s m を 選択 したのか, そ の世俗化のプ ロセス を辿 っ ておきたい。
1 。 D a v i d L e v i n s k y の 世俗化 一J u d a i s m か ら S e c u l a r i s m ヘ
T んθ R j s θ o / D αυj α L θυιんs り の B o o k l から4 ま では, D a v i d の ロシア時代 について書か れている。 この部分では, 非 常 に信心深 くラビになることを目指 していた母子家庭の貧 しい少 年が, 次 第 にユダヤ教か ら離れてい くプロセスが描かれている。それ を促 しているのは啓蒙の 時代 とい う新 しい時代 の波である。 当初タルムー ド学徒である D a v i d は, 「異教徒 の大学で教 えている高等数学 もタルムー ドに比べれば, 子 供の遊びみたいな ものだ」 ( 2 8 ) と感 じ, ラ ビ
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も 「神 の言 葉 を勉 強す る ことは無 上 の喜 びで ある」 と Davidに 説 き世俗 的文化 に対す るユダ ヤ教 の優位性 を認 めて いる。 しか しそ の ラビも,生 活 力の無 さゆえに妻 に軽蔑 されて いる。町 の金持 ちの子弟 は,ユ ダヤ教 の宗教学校 ではな く, ロシアの高校へ行 き,異 教徒 の本で学び, イデ イッシュ語の代 りにロシア語 を日常語 とし,結 婚 までは男女の同席す ら許 されない正統派 のユダヤ人たちとは異な り,気 軽に女の子をダンスに誘 う。Davidはユダヤ教離れ した若きユ ダヤ人たちを軽蔑 しつつ も心のどこかで羨み もする。そ して更に母の死 と貧困が彼のユダヤ教 離れ を加速 させてい く。神学生の中にも Naphtaliのように無神論者を自認す るものが出て く る。 同化ユダヤ人で篤志家の Shiphrah Minsker夫人か ら援助 を受けて最悪の貧困を抜ける と,Davidの 頭の中には,当 時の大多数の東欧系ユダヤ人同様,ア メリカヘの思いが入つて く る。歴史上 も皇帝ア レクサ ンダー2世の暗殺後,pogromの ような反ユダヤ的暴動が頻繁に起 こるようになったが,迫 害か ら逃れたいという消極的な意味だけでな く,「アメリカは,単 に 乳 と蜜の国 としてだけでな く,そ れ以上に,神 秘,素 晴 らしき体験,驚 くべき変化 をもた らし て くれ る国 として私 を惹きつけるのだ」 (61)と Davidが語っているように,ア メリカヘの移 民に, 自分 を変えるという積極的な意味を込めている事が伺えよう。当然のことなが らラビは,
「アメ リカベ行 けば異教徒 になる」 (61)と,反 対するが,Davidの 意思は固 く彼のアメリカ行 きは,Shiphrah Minsker夫人の娘 Matildaの援助で実現する。
r んθ R j s θ。/ D α υj ごL θυj んs れy の D a v i d の 場合, ロシアにいる間 に啓蒙主義や アメ リカに 対す る憧れ, ま たは反ユダヤ主義の脅威や貧困を神が救えぬ という無力感か らユダヤ教離れは お きて い るが,社 会 主義 が彼 の脳 裏 に入 って きた とい う痕 跡 は無 い。 一方,作 者 で あ る A b r a h a m C a h a n 自 身についてみれば,14歳 の時 にはやは リユダヤ教 に対す る関心が薄れて お り, ラビになるための学校である yeshivaまで辞めて しまっている。彼の場合 には, ロシ アにいた時分か ら急速 に脱ユダヤ教化が進んでいた ことを窺 い知ることが出来 る。そ して翌年 には禁 じられて いた社会主義のパ ンフレッ トを読み,社会主義の洗礼 を受けているように,ユ ダヤ教が抜けた間隙をす く゛
さま,社 会主義が埋めている。彼は更 に 19歳 になると急進論者の 運動 に参加す るようにな り,1 881 年 に皇帝アレクサ ンダー 2世 が暗殺 され,ポ グロムが頻繁に 起 こるようになった翌年の過越祭の直後 に,三 度 に渡つてロシア警察 による部屋の捜索を受け たのを契機 に, 6月 にはアメ リカに渡っている。社会主義者 に対する迫害を逃れるという点で は消極的な理 由か もしれないが,そ れ以上にアメ リカに社会主義 を広めるという明確な 目的の 下 に移民 したのである。C a h a n の 主人公,Davidは アメ リカヘ移民 した後 に,社 会主義の洗 礼 を受ける。 まずは, この小説の社会主義的側面 について論 じてみたいと思 う。
2 . 社 会主義
2 0 世紀初頭のアメ リカは西部開拓の夢 も潰え,農 村 にも働 く場 を失つた人々が,都 市 に押 し
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寄せ安 い労働 力 とな って いた。 このた め都 市 の労働環境 は劣悪 な もの とな り, これ を改 善すべ く労働組 合が作 られ, ス トも頻 繁 に行 われ るよ うにな り, 社 会 主義 的活 動が盛 ん にな る。 この 運動の一つの中心 となったグループが,Cahanの よ うなロシアか らのユダヤ系移民であつた。
既 に述べたように Abraham Cahan自 身は,15歳 で社会主義のパ ンフレッ トを読み,社会主義 の洗礼を受け,そ の後社会主義革命運動に参加するようにな り,活 動家に対する迫害を逃れて, 1882年に渡米,翌 年には社会主義者の会合に出席 しスピーチをし,27歳 で正式に入党 している。
そ の後 の彼 は,教 師 を経 て ジ ャ早ナ リス トの道 を歩 くことにな る。 彼 は ル wisんDαjり For″αrごに代表 される社会主義的な雑誌や新聞の編集者 を歴任 してい く。そ の際,彼 が選ん だ言語は,彼 が後 にしてきた旧世界の言語であるロシア語で もな く, 自由と希望 を抱いて渡 つ てきた新世界の言語である英語でもな く,東 欧のユダヤ人の日常語であるイデ ィッシュ語であつ た。社会主義者 として Cahanの 日は,greenhornと 呼ばれ る貧 しいユダヤ人の新移民たちに 向け られていた。彼 らは英語が習得できず,旧 世界の言語 をアメ リカで も引きず つていたので ある。そのような彼 らに訴えかけるためには,イ デ ィッシュ語で語 りかける必要があつた とい えよ う。Nathan Glazerは,ス 脇θrjcαん Jltごαjs麓の中で,Cahanに ついて,「彼は社会主義 者ではあつたが,ア メリカを知 る必要性 を強調 してお り,ア メ リカで もロシアにいた ときと同 様 に振 る舞っている理論家たちを攻撃 している。彼の興味の中心は社会主義それ 自体ではな く, ユダヤ人の移民たちを現代的な市民に変えることであった」 (68‑69)と述べている。 この指摘 のよ うに Cahanは 社会主義者を自認 してはいたが,主 眼は社会主義においていなかった点や, 彼 自身ジャーナ リズムの分野で成功 を収め名士 とな り, もはや一介の労働者 とはいえず,視 点 もそれ に従 ってむ しろ資本家のそれ に近づいた ことな どが,7ん θ Rjsθ o/Dαυjα Lθυjんsり の 主人公 Davidの描 き方 にも反映 されているように思われ る。
Davidは 移民当初,搾 取工場で職工 として働 いていた時,敗 北感 を味わ うが, この時,「も し当時社会主義者の演説 を聞 く機会があったな ら,私 はカール 0マル クスの熱烈な信奉者 にな り,私 の人生は,私 に経済力をもた らして くれたの とは別 の方向へ行 っていた ことだろう」
(153)と社会主義者 と成 り得た可能性は示唆 している。彼の店は安 いユダヤ系新移民の労働力 で成立 していた。彼は社会主義 を信 じていたわけではないが組合 に入 らないと自眼視 される風 潮の中で,労 働組合 にも一応加入す る。組合 を恐れていたので,表 向きは組合 に加入 したが, 賃 金 も労働 時 間 も守 られ て お らず ,そ れ をイデ ィ ッシ ュ語 の社会 主 義 系週 刊誌 Arbθjιθr Zθjιじんgに 書き立て られると,怒 りは感 じるがそれ と同時に自分の名が活字 にな り,ロ スチ ャ イル ドのような大資本家 と共 に非難 されていることに虚栄心 を感 じるのである。 このようにア メ リカでの Davidは ,社 会主義 にも関心 を寄せ るが, 自分で工場 を持ち順調 に成功 してい く に従 ってむ しろ資本家であることに誇 りを見出 し,逆 に社会主義 を敵視 し貧 しい労働者を非適 応者 と蔑むよ うになる。 このためアメ リカヘの渡航費用 を出 して くれた恩人 Matildaか ら,
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「資本家, ブ ル ジ ョワ」呼ばわ りされ軽蔑 される。以上のことか らDavidがユダヤ教に代わっ て信仰 した ものは社会主義 というよ りはむ しろ,社 会進化論であるように思われる。
3.社 会進化論
鶴 θ Rjsc O/DαυjごLθυjんsり の主人公 Davidは1885年にアメリカヘ渡っている。 この南 北戦争を経て19世紀も末に近づいた時代のアメリカを見ると,あ る意味で華やかであった鍍金 時代も終 りかけ,フ ロンティアも消失 していた。科学とテクノロジーの発展に支えられて産業 は急激な発展を遂げていた。 このような中で,19世 紀半ばに唱えられた Darwinの 進化論は, アメリカではむしろイギ リス産業革命の申し子であり the survival of the fittest"の考案 者である Herbert Spencer流の,純 粋に生物学的な解釈を超えて,資 本主義などに応用 した 理論 としてもてはやされ,資 本主義の枠組みの中で,生 存競争が繰 り広げ られた結果,適 者が 生き残 り金持ちとなって成功 していくという成功の哲学として認められていく。rんθ Rjsθ O/
DαυιごLθυjんsり において進化論の影響が見 られるのは,ま ずは Davidがユダヤ系の移民とし てアメ リカヘ渡 り,そ こでアメリカ社会 に適応すべ く奮励努力し,上 手 く同化 してアメリカ社 会で適者 として生き延びていくところであ り,次 にアメリカの資本主義社会の中で,衣 料品業 者 として生存競争に勝ち抜いて成功 し社会の梯子 を伸上がっていく点 にみ られる。 また,進 化 論は往々にして白人の,そ の他の人種 に対する優位主義の根拠 として用いられることもあるが, この作品の中では,WASPの ユダヤ人に対す る優位主義の他 に,同 じユダヤ人でも ドイツ系 ユダヤ人のロシア系ユダヤ人に対する,あ るいはその逆の優位主義 として書かれている。
a.Davidの アメ リカ社会への適応一unfinished business
「David Levinskyの世俗化」の項で既に述べたように,ロ シアにいた時分の Davidは,徐 々 にユダヤ教か ら心が離れていき,ま た周囲の同化ユダヤ人たちの文化的経済的生活 レベルの高 さに憧れなが ら,ロ シア文化 を受け入れ 「異教徒のようにふるまう」 ことには抵抗があ り,当 時の啓蒙主義の影響 を受けたユダヤ知識人達 とは異な り, ロシア文化への適応の努力は全 くと 言 つてよいほどしていない。 しか しアメ リカヘ渡るや否や,Davidは 早急 にアメリカ社会 に同 化 してい く。彼 自身それ を the second birth"(86)と感 じたよ うに,彼 のアメリカ文化受 容 による変化は劇的な ものである。変化はまず外見か ら訪れる。その正統派ユダヤ人風の風采 か ら新移民 (greenhorn)呼ばわ りされ,ア メ リカヘ到着 しても金 も無ければ 引受け手 も無 く 途方 にくれていた Davidに ,同 郷で彼の母の悲劇的死 に同情 を寄せた Even氏 が救いの手 を差 し伸べて くれる。彼は洋服か ら靴,ハ ンカチに至るまで,ア メリカの衣服 を整えて くれる。そ れか ら床屋へ連れて行 き,一 日でユダヤ人 とわかる side‑locks"3を切 らせ,見 掛けは根 っか らのアメリカ人 と変わ らな くなる。 このように外見的同化は,他 者の手を借 りて一気に完成 し, その結果,「自分で 自分がわか らないほど変化」 し,「ロシアや移民船 に乗った 日々が遠 くに感
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じ られ る」 ( 1 0 1 ) と述べて いるよ うに, 過 去 の 自分 に別れ を告げ て いる。
これ を手始めに D avi d の アメ リカヘの同化 の試みは,不 断無 く続 く。 まず は英語 の習得で ある。多 くの移民に共通 して見 られ る言葉の壁 を乗 り越え, ユ ダヤ訛 りを克服す るために, 彼 は高 い家賃 を支払 いなが らわざわざ非ユダヤ人居住 区にあるアイル ラン ド系の家 に下宿 し,
「アメ リカ生まれの人が話す」 ( 1 6 5 ) 英語 に耳 を傾 け, そ の努力の甲斐あつて英語は 日に見 え て向上する。それが達成すると元来タルムー ド学徒であつた彼は,次 に教育に強い関心を寄せ, t h e Y o u n g M e n ' s H e b r e w A s s o c i a t i o n " に本 を借 りるために通 い, 何 とか大学教育 を受 けたいと望む。 しか し彼の思いは既 にユダヤ教か らは離れて しまっているので, ユ ダヤ教の学 問ではな く, 恩 人のマチルダが望んだように, 医 者か弁護士か, 作 家等知的分野での成功 を考 える。 しか し学資の当てが無かったため, 同 じ工場の女工で少ない給料の中か ら必死の思 いで 結婚資金 をためている G u s s i e の貯金 目当て に彼女 との結婚 まで考 えるが, 愛 が無い ことを彼 女 に見破られ実現できない。大学 の前 を通 る度 に, 「シナゴーグの前を通 りすぎる改宗 したユ ダヤ人のような気が した」 ( 2 0 7 ) と無念な思いを表現 している。
その結果彼は, ビジネスの世界で生きることにな り,「アメ リカの教育は安 っぼ い機械作 り の産物」 (167)とさげすんではみるが,教 育に対する思いは成功 した後 も終生消えることが無 く,偶 然再会 したニューヨーク市立大学 を出て医者になった旧友 を羨む。物語の終盤で も人生 を振 り返 って,「科学者や作家 になっていた ら, もっとず っと幸福だったに違 いない」 (529) とか,「衣料業者よ りも大学教授のほうがず っと成功 し,幸 福 になれたろう」 (529)と知的仕 事 に対す る思 いは強 く, そ れが成就で きなか った という挫折感は大 き く, そ の意味では, a 宙c t i m o f c i r c u m s t a n c e s " ( 5 3 0 ) とまで,彼 に言わ しめている。
一見,衣 料産業での成功者 としてアメ リカ社会 に適応 したかに見えて も,様 々な局面で D a v i d は,居 心地の悪 さを残 している。例えば食文化である。 ロシアにいた時には,ユ ダヤ人 が食べることを許 されたコーシャー フー ドしか 口にせず, 移 民船 にもそれ を気遣 って, 食 べ物 を持たせ られたほどであ り, ア メリカでは異教徒の レス トランを贔員 にし, 豚 肉まで食べるユ ダヤ人がた くさんいる ことに驚 いていた彼だが, 成 功す るに従 って, 商 談のためにも, 異 教徒 を伴 つて異教徒が経営す る格式の高いレス トランに行 くようになる。 しか しここで彼は, テ ー ブルマナーがわか らず, 「ニ ューイ ング ラン ド出身の純血 のア ング ロサ クソン」の E a t o n 氏 に 食器やナプキ ンの使 い方 を教わるはめになる。彼はその後正式なマナー も身につけ, 服 装 も常 に a g e n t e e l A m e r i c a n " のよ うに しよ うと,裕 福なアメ リカ商人の服装 を見て真似 るな ど 不断の努力を続 け, 寸 分の隙 も無いアメリカ紳士 になったかのよ うに見える。 しか し物語 の最 後で, D a v i d は , 次 のように告 自している。
I don't seem to be able to get accustomed to my luxurious life. I am always more or less conscious of my good clothes, of the high quality of my office
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furniture, of the pOwer l wield Over the men in my pay. As l have said in another cOnnection, I still have a lurking fear Of restaurant waiterS。
(530) こ こで は, 社 会 進 化 論 で言 えば , 奮 励 努 力 によ って瞬 く間 にア メ リカ社会 で最適応者 とな り,
生存競争を制覇したかにみえるD a v i d で はあるが, い まだにレストランのウェイターにテー
ブルマナー を笑われないだろうか と恐れ劣等感 に苛 まれているように,文 化的側面では,未だ に完全な適応者 になっているとは言えないのである。b . 資 本主義社会 における生存競争 ・適者生存
他人の好意 にすが り渡航費用 も出 して もらった Davidは,ほ とん ど無一文であったばか り か何の伝 もな くアメ リカの地 を踏む ことになる。資本主義的見方をすればゼ ロ,す なわち進化 の原点 に立たされた彼は,ま るで 「ジャングルの只中に捨て られた人」 (90)のように感 じる。
一緒に船旅をした GitelsOnは仕立屋で技術があったために雇い主がす ぐに見つかるが,「タル ムー ドを読めます。」 (91)と答えた Davidには仕事は与え られず,ユ ダヤ教の知識はアメリ カでは何の価値 も無いことを思 い知 らされる。
E v e n 氏 に も らったお金 を元 手 に, 当時 のユダヤ系移 民たちが最初 に した仕事 である, p u s h c a r t " での行商 を始 める。 しか し慣れない商売は上手 くいかず,同 郷の売春婦 に施 しを 受ける くらい落ちぶれ る。仕立屋 として成功 していた Gitelso五と再会 した彼は,彼 か ら機械 のオペ レーターになることを勧め られる。生産 ライ ンに組み込 まれた Davidは,「無実なのに 突然牢獄へ放 り込 まれ重労働 を強 い られたよ うな気が した」 (152)とあるように,朝 の6時か ら夜の9時まで続 く毎 日の重労働 に精神的にも肉体的にもシ ョックを受ける。 「行商をやってみ たけれ ど失敗 した。私は機械工 として も失敗者なのだろうか? 私 は何 をや って も不適格者な のだろうか ?」 (152)と嘆 く彼は,文 字通 り進化論で言 う敗者 にな りかけていた。だが,仕 事 にも慣れ創意工夫す ることを覚えると仕事そのものも楽 しくまた; Cloak―m a k i n g w a s n o w nothing but a temporary round of dreary toil,an unavoidable stepping―stOne to loftier o c c u p a t i o n s . " ( 1 6 7 ) という彼の言葉か らは, これをステ ップに更 に社会階層の中で上昇を志 向す る D a v i d の姿勢が明確 に示 されている。
その言葉通 り次のステ ップ として単なる職工か ら職工を使 う立場の i n s i d e p l a c e " に職 を 得, 更 に自分の店 を持 とうと試みる。元手 もな しに才覚だけで彼は5 0 0 枚の衣服の注文 をとる が材料 を買 うお金 も無い。そ こで信用貸 しを利用 しチ ェックで支払いをす ることを覚える。 こ こで彼は, 「人間は明瞭 に二つのクラスに分け られ る。支払 いを現金で行 う人 とチェックで行 う人である。」 と自分がチ ェックを使用できる勝者の側 に立つ様 になった という優越感 に浸る。
代金の支払 いがなされないという危機 も乗 り越えて, 以 後彼は安 い労働力を使 って 「一級品を 最安値で売る」 ( 3 4 1 ) という評判 をとり, 以 後彼が後 に m y f i n a n c i a l e v o l u t i o n " ( 3 7 2 ) と 述べた, 衣 料業界 トップを目指 した社会的進化が始 まる。
一‑30‑一
A b r a h a m C a h a n , 動θ R j s θ o / D αυj ごL θυj れs り論一社会進化論的視点から
新移民のような組合 に入 つていない低賃金労働者 を使 つて安 く仕上げ る資本家 として組合 と 反 目す るよ うにな って いた彼 は, そ の頃か ら, S p e n c e r の S o c j O J o g y を愛読す るよ うにな る
̀̀'The able fe1low succeed, and the rnisfits failo Then the misfits begrudge those who accomplish things.'I allnost felt as though]Darwin and Spencer had plagiarized a dis―
c o v e r y o f m i n e . " ( 2 8 2 ) と述べているように, 自分は社会進化論 を地で行 っているのであ り, その中で当然 自分は有能な f i t t e s t " ( 2 8 3 ) であ り, A w o r k i n g ―m a n , a n d e v e r y o n e e l s e who was poor,was an object of contempt to me一a misfit,a weakling,a failure,one o f t h e r u c k 。" ( 2 8 3 ) と
あるように, 貧 しい一介の労働者たちを不適応の弱者 として見下 して いる。
そ の一方 で, 「なん とか 生産 コス トを驚異 的 に低 い レベル まで 引き下 げ よ うと必死 にな って いる衣料 品生産者 のマイ ノ リテ ィの一 人 に過 ぎな い」 ( 3 4 6 ) と劣等意識 を抱 くな ど心 の揺れ も 見 られ る ことも確 かで あ る。 しか し工場 もブ ロー ドウ ェイ に引 っ越 し本格 的 オ フ ィス も構 え成 功 した彼 は人 々か ら, 「類 まれな才能 の持 ち主, 特 別優れ た人」 ( 3 4 7 ) と賞賛 され る。す る と,
1 looked upon poor people with more contempt than ever.I still called them
m i s f i t s , " i n a D a r w i n i a n s e n s 6 . " ( 3 4 7 ) と彼 の貧 乏 人 に対 す る軽 蔑 は更 に助 長 して い く ので ある。
当然の ことなが ら, 彼 は社会 に上手 く適応できなかった弱者たちの反感 を買 うことになる。
か つ て の ライ バ ル で今 は落 ち 目の L o e b か ら, G e t ―R i c h ―Q u i C k L e v i n s k y ! " と呼 ば れ , d e c e n t " な商売をしていないと椰楡 される。D a v i d は, ' E v e r y m i s f i t c l a i m s t o b e m o r e decent than the fellow who gets the business.'。。。'The fittest survives.'''(374) と
t刀り 返す。 しか し精神的に成長 した彼は, 相 手 を罵倒 しただけでは終 りにせず,彼 を部下 として 自 分の会社 に取 り込む ことに成功す る。彼の事業の成功は 「新 しいものを数多 く取 り入れ, よ り 完全な ものになるよ う進化 させて」 ( 3 7 4 ) いき, 「アメ リカのビジネスのや り方 に順応 させて いった」 (374)ことか ら達成 されている。 こ のように社会進化論は, The only thing l be―
lieved in was the cold, drab theory of the struggle for existence and tho survival of the fittest。"(380)と
あるよ うに,ユ ダヤ教 に取 つて代わ った彼の信仰の対象です らあった のである。
c.優 位主義思想 としての進化論
ジ ョサイア 0ス トロング牧師や ジ ョン ・バ レッ トらは,進 化論 を民族 に応用 し,ア メリカ人 はいかなる競争にも打ち勝 って繁栄 していく優秀な民族であるとして,ア メリカ人の他民族 に 対す る優位性 を主張す るようになる。そ してアメ リカ国内にお いては,WASPを アメ リカ社 会 における適者 として,そ れ以外の黒人やユダヤ人等のマイ ノリティに対する優位性 を主張す る。 この作品の中にもユダヤ人差別 という形で,WASPの ユダヤ人に対す る優位性が描かれ
‑ 3 1 ‑
て は いるが, この作 品ではむ しろユダヤ人のグループ同士が互 いに優位性 を主張 している点 に 主 眼が置かれて いるよ うに思われ る。
ドイ ツ系ユダ ヤ人 の ロシア系ユダ ヤ人 に対す る優位性 4
rんθ Rjsθ。/Dα υjごLθυjんsれνには, ドィッ系ユダヤ人 とロシア系ユダヤ人の確執が しば し ば描かれている。実際,歴史的に見 るとロシア系ユダヤ人たちが,ポグロムを逃れて1890年代に 大量 にアメ リカヘ移民 してきたのに対 して,ドイッ系ユダヤ人がアメリカヘやって来たのは,そ れよ りも50年早い西部開拓期 にあたる1840年頃か らであ り,人数的にもロシア系に比べれば小 数であった。
彼 らの母国である ドイッは,当 時啓蒙主義の時代であ り,科学が大きな影響力を持つように なっていた。 この西洋文明の主流に乗 り遅れまいとして,ドイッのユダヤ人たちは,「脱ゲットー 化」 を図 り,それ と同時に,ユダヤ人 ・非ユダヤ人の双方に世界文明に対するユダヤ人の貢献を アピールすべ く,Leopold Zunz(1794‑1874)等の手 によって, The Science of」udaism"
運動が行われるよ うになる。5
以上のよ うな背景 を背負いアメ リカヘ渡 った ドイツ系ユダヤ人たちは,アメリカで更なる科 学か らの宗教攻撃 に直面す る ことになる。それは1859年に出版 された,ダーウィンの 『種の起 源』 の洗礼である。 これ によって聖書は,神 によるこの世界 と人間の創造段階か ら否定 される ことになった。 アダムは神が土か ら創造 した もので も,イ ブの肋骨か ら作ったものでもな く, 猿 と共通の祖先か ら進化 した ものになったのである。
19世紀半ば にアメ リカヘ渡 った ドイツ系ユダヤ人であるラビの Isaac Mo Wiseは,当 時の 宗教よ りも科学が信仰され,テ クノロジーが万能視 される風潮の中で,科 学の脅威に拮抗する ために,ア メリカニズムをユダヤ教 に導入す ることを考える。それはプラグマティズムの考え 方 を取 り入れた ものであ り,お よそそれ までのユダヤ教会では考 え られない改革 を成 し遂げて いる。6こ の結果 として女性のラビも誕生す る。 このようにユダヤ教を積極的にアメ リカナイ ズ した ことで,正 統派ユダヤ教本来の純粋 さは失われたか もしれないが, ドイツ系ユダヤ人た ちは,ユ ダヤ教を保持す ることが出来たのである。
以上のよ うに宗教的にも啓蒙主義の影響 を受け,ア メリカ社会への同化 を果た した ドイツ系 ユダヤ人は,そ の多 くがアメリカのフロンティアで活躍することになる。彼 らは,鉄 鋼,石 油, 鉄道,石 炭,科 学 といった WASPが 成功 を収めた分野 にこそ入 り込む ことはできなかったが, 金融 と小売業の分野で成功 を収め,旧 世界では夢 にも考え られなかった富を得て, ドイツ系ユ ダヤ人のエ リー ト層 を形成 していき, とりわけ彼 らの活躍は,急 速 に発展 しつつあった衣料産 業の分野で顕著であった。7
ドイツ系ユダヤ人に50年遅れて1890年代 にアメ リカにや ってきた ロシア系ユダヤ人の場合,
A b r a h a m C a h a n , 7 んθ a s θ o / D αυιごL θυj n s り論一社会進化論的視点から
西漸運動はすでに終わ り, フ ロンテ ィアも消失 し, 代 わつて都市が経済的発展 を遂げ始めた時 代である。彼 らは辺境の商人になる代 りに, 都 市 に住み行商人や労働者 になった。 この時期 ド イツ系ユダヤ人は既 にアメ リカ社会への同化 を果た し, 社 会的成功 も収めていた。彼 らにとっ て中世さなが らの風采 をした貧 しいロシア系ユダヤ人は,同 情の対象 というよ りはむ しろ, 日 障 りで軽蔑の対象であつた。 しか しユダヤ人 としての自らの体面 を保ちたい故 に, ロ シア系移 民に援助の手 を差 し伸べるのである。 このようにこの時期は完全 に ドイツ系ユダヤ人が, ロ シ ア系ユダヤ移民に対 して優位 の立場 にあった。
T んθ R ιs θ o / D αυj ごL θυj んs り で も, ドイツ系ユダヤ人が衣料産業を牛耳 つていた歴史的事 実 とも照合す るよ うに, D a v i d は まず ドイツ系ユダヤ人である M a n h e i m e r 氏 が経営す る工場 で雇われる。 ここで ロシア系である彼は,Manheimer一 族の一人か ら,「劣った人種」 (187) のよ うな扱いを受け,「マナーの欠如 をしば しば指摘」 (187)される。た とえば Davidは仕事 の合間に昼食をとろうとして ミル クをこぼ して しまうが,折 悪 しくそれ を見咎め られ,「君は どこで育 つたのかい? イ ンデ ィアンのところかい ? 」 ( 1 8 8 ) と嘲笑 され る。 これが契機 となっ て D a v i d は 同 じくロシア系ユダヤ人で才能があ りなが ら不遇の Chai kinと事業 を起 こす こと を思 いつ くのである。 しか しサ ンプル をデパー トに持ち込んで もロシア系ユダヤ人 というだけ で相手にされない。後進のロシア系にとって ドイツ系の壁は大きく,中 小の小売業者か ら売 り 込んでいかねばな らないのである。 しか しここか ら ドイツ系に対す るロシア系ユダヤ人の猛追 が始 まる。
ロシア系ユダヤ人の ドイツ系ユダヤ人 に対する優位性
苦労 しなが らも衣料産業の分野で, ドイツ系ユダヤ人の牙城 に食い込 もうと努力す る D a v i d であるが,既 に彼の脳裏には,ロ シア系ユダヤ人が ドイツ系に追 いつき更に抜いていく光景が 浮かんでいる。確かに, 「 ドイツ系の商人たちはアメ リカにおける衣料産業のパイオニア」であ り,「商業では優れて」 (201)いることを認めた うえで,1870年 代 には ドイツ系が中心であっ た衣料産業であるが, 1 8 8 0 年代か ら9 0 年代 にかけて多量 にアメ リカヘや つて来た ロシア系ユダ ヤ移民が, 労 働力 としてその発展 に寄与 し, 主 権 をロシア系が握 るようになった と見ている。
The tilne l speak of, the late'80's and the early '90's, is connected with an important and interesting chapter in the history of the American cloak busi―
ness. Hitherto in the control of German Jews, it was now beginning to pass into the hands of their iRussian co―religionists, the change being effected under peculiar conditions that were destined to lead to a stupendous development of the industry.(201)
アメ リカでは7 0 年代 までは婦人服や ジャケ ッ トといつたファッシ ョンにはさして興味は持た
れず,一 部の需要を満たすためにドイツから輸入されていた位であつた。それが80年代に入る
―‑33‑一
と衣料産業 に多額の資本が投下 されるようにな り,そ れ と共に a hard struggle"でぁるに せよ新参者の移民の仕立屋にもビジネスチャンスが開かれるようになる。Davidが事業を起 こ そ うとしたのは,ち ょうどこの過渡期であった。Davidは この転換を, ドイッ系が 「単なる商 人」 (374)であったのに対 して, ロシア系は,「衣料産業の機械的要素を学んだ仕立屋や,衣 料品製造機器のオペ レーター」 (374)であ り,「衣料産業 をよ り完全な ものへ と大変革するた めに多 くの創意工夫 を取 り入れた功労者」 (374)であると分析 している。その結果, これまで 手作業で しか出来なかった衣類が機械で作 られるようにな り,価 格が大幅に下が り,一 般大衆 で も気楽 に洋服 を買 うことが出来るようになった。だか ら元々 「外国人で英語 もろくに話せな かつた ロシア系」 (443)こそが,ア メリカ女性を 「世界のベス トドレッサー」 (444)に した と 豪語す るのである。 ここでは, ロシア系ユダヤ人が,衣 料産業の分野で, ドイツ系ユダヤ人を ついに抜 き優位な立場 を獲得 したばか りか,ア メ リカの発展 に寄与 しているという Davidの
自負が感 じられ る。
4.再 びユダヤ教ヘ
宗教的に見て興味深 いのは,啓 蒙運動の結果, ドイツ系ユダヤ人は,改 革派になったのに対 して,東 欧系のユダヤ人の場合 には,ユ ダヤ教が,socialismやanarchism,Zionismと いっ た様 々な ismの 信奉 に取 って代わった点である。Amertcαん JzJごα:sれの著者である Nathan Glazerは, ドイッ系ユダヤ人 と違 って,東 欧のゲ ッ トーには,啓 蒙運動の波は押 し寄せ にく
く,ユ ダヤ教が純粋 に保たれていたために,宗 教改革な ど思いもよ らなかった。 この為アメリ カヘ移民 したあ と, ドイッ系ユダヤ人 とは異な り,い きな り改革不可能なユダヤ教を捨てて, 社会主義 に走るという極端な形 をとることになった経緯 を述べている。
ドイツ系ユダヤ人の例 をみて もわかるように, ロシア系ユダヤ人 も改革の道 をとれば,科 学 や宗教やアメリカニズムを同時 に信 じる ことが可能であったのに,東 欧のシュテ ッ トルや ロシ アのベイル といった中世さなが らの純粋なユダヤ人世界か ら急 にアメリカのテクノロジー万能 の時代 に放 り込 まれた彼 らは,あ ま りの違いに適応できず,ユ ダヤ教そのものを捨てることに なったのだ。
7んθ Rjsθ o/DαυjごLθυjれsり において も,ロ シアに居た時か らユダヤ教離れが始 まってい た Davidの 心は,ア メリカに着 くや否やユダヤ教か ら離れていき, 自ら free thinker"を自 認す るようになる。彼 にとってユダヤ教の神 にとって代わったのが,ス ペ ンサーやダーウィン の唱えた進化論であった。確かにビジネスの世界では進化論の,「生存競争」と「適者生存」の原 理が神であった。
しか しユダヤ人が大多数を占める衣料産業で更 に成功するためには,彼 らの信頼を得るため にユダヤ教会 に通い戒律 をある程度守ることも必要であ り,世 間的信用を得るためには,裕 福
一‑34‑一
A b r a h a m C a h a n , 7 んθ R j s θ o / D αυj ごL θυj ηs り論一社会進化論的視点から
なユダヤ人の娘 と結婚す る ことも必要不可欠である と D a v i d は考 える。 このため彼は, この 条件 にあ う同郷 の K a p l a n 氏 の娘 F a n n y と 婚約 し, もはや信仰心は失せて しまっているもの の, 氏 に言われるままにユダヤ教徒 としてふさわ しい行動 をとろうとする。無心論者 にな り進 化論 を信奉 し, た だでさえ父母 の命 日にしか訪れないな どシナゴーダか ら全 く遠ざかつていた D a v i d だったが, 敬 虔なユダヤ人家庭の娘 と婚約 した ことで再びシナゴーグヘ足を運ぶように なる。
In former years, even some time after l had become a convinced free―thinker, I had visited it(Antomir Synagogue)at least twice a year一 on my two me―
morial days一 that is,on the anniversaries of the death of my parents. I had not done so since l had read Spencer. This time,however,the anniversary of my mother's death had a peculiar meaning for me. Vaguely as a result of my new mood, and distinctly as a result of my betrothal, I was lured to the synagogue by a force against which my Spencerian agnosticisnl was power―
less.(388)
引用か らは更 に D a v i d の心 の中にスペ ンサーの不可知論 を以 つて して も抗 うことが出来な いユダヤ教へ の誘 いが再び芽生えて いる ことを伺 い知 る ことがで きる。 義父 にな る予定 の K a p l a n 氏 は, 自分よ りも先 にユダヤ教会 に来て祈 りをささげていた娘 の婚約者 を誉め,「ユ ダヤ教の道 に従 えば, 全 てが上手 くい く」 ( 3 9 0 ) と諭す のである。 このよ うに D a v i d とユダ ヤ教 とのかかわ りは, 結 婚や事業の拡大 といった打算的で形式的な要素 もあるが, 少 な くとも 彼が一度捨て去 った宗教 を再び意識 している点は確かである。
しか し D a v i d が 回帰 したか に見 える このユダヤ教会 も,彼 の 目には,何 もか も新 しす ぎて ぴかぴかでけば けば しく,ロ シアにあったシナゴーグよ りもアメリカの改革派のユダヤ教会 を 想起 させ る。 しか もこの建物は最近 までキ リス ト教会であった という事実 まで添えてある。 こ のように彼 とユダヤ教はアンビヴァレン トな関係であ り,宗 教への反発 と回帰が繰 り返 されて いくが,そ れは彼の女性関係に象徴的に示 されているように思われる。
D a v i d のユダヤ教回帰の契機 となった Fannyと の結婚は,彼 女 に対す る愛が無かった こと と,魅 力的で社会主義 を信奉す る世俗的な女性 Annaに 心 を移 した ことか ら破談 になる。彼 女への愛ゆえに社会主義者の団体 に寄付 をした り, 不 動産業 を営む父親 に言われ るままに投資 を した りして,彼 な りに彼女 に尽 くそ うとす るが,結 局 Annaに とって彼は mOney―bag"
にすぎず,求 婚 を拒 まれて しまう。 この辺の経緯か らは,Davidが ユダヤ教か ら再び,social―
i s m と い う別 の ismへ 心変わ りした ことが伺 える。 しか し最終的には Annaに 結婚 を拒 まれ たように,彼 の社会主義に対する態度は曖味で彼は多 くの場合,む しろ資本家であることを選 んでいるように見える。その後,彼 の前に現れる女性たちは皆,彼 の財産が 目当てで結婚 には
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至 らな い̀ 一 度 異教徒 の未亡人 を深 く愛す るよ うにな るが,ユ ダヤ教が禁 じて いる異教徒 との 結婚 には どうして も踏 み切れ な い。 この点 に も自由思想家 を 自称 しなが ら,心 の奥底でユダヤ 教 の頚木 に縛 られ て いる彼 の真相 が見 え隠れす る。
孤 独 な彼 の思 いは, 同 郷 の人 との語 らいや Antomirの 思 い出へ と向 け られ る。 Levinsky A n t o m i r B e n e f i t S O c i e t y を作 り, 同 郷 者 をア メ リカヘ 呼 び寄 せ 自分 の工場 で働 かせ,故 郷 の雰 囲気 を醸 しだそ うと努 力す る。 ここで も故郷 と深 く結びついているものはユダヤ教である。
物 語 の 最 後 で D a v i d は , そ れ まで の 人 生 を振 り返 って, David,the poOr lad swinging over a Tallnud v01ume at the Preacher's Synagogue, seems to have mOre in cOnllnon with my inner identity than David Levinsky, the well― known c10ak‑lnanufacturer."
( 5 3 0 ) と,心 中を吐露する。結婚 も出来ず孤独で,心 の寄る辺 とすべきユダヤ教か ら離れて し まった 自分は,一 見成功者のよ うに見 えなが ら実は,「環境の犠牲者」 (528)であ り,本 来 自 分が居 るべき場所は,実 は後 にしてきたロシアのユダヤ世界であるのではないか との思いを拭 い去 ることが出来ない。
この D a v i d の ユダヤ教 を深 く信仰 していた過去 ・故郷 といういわば原点へ回帰 したいとい う思 いは,進 化論 に当てはめて考えてみるな ら,進 化以前の世界への回帰願望 とも捉えること が出来 るだ ろ う。 ダ ーウィンの進化論 に深 い影響 を受 けた Jack Londonは,Cα JJ o/ιんθ 麟 ιご (1903)を著 したが,主 人公である犬 のバ ックは,飼 い主の愛情 を受けなが らの安穏 と した暮 らしか ら一転 して,冷 酷な新 しい飼 い主の下で,ア ラスカで犬権をひく過酷な生活へ と 一変するが,彼 の優れた特質ゆえに,厳 しい生存競争の中を適者 として生き残っていく。彼は 最後 には狼 という自分の先祖の世界 に返 り,狼 たちの長になった ことが示唆されている。 ここ では,先 祖帰 りという進化の原点への回帰が描かれているのである。
T h e R i s e o f D a v i d L e v i n s k y が書かれたのは1 9 1 7 年であったが,大 衆文学の世界では,翌 年, T a r z a n と いう映画がスコッ ト0 シ ドニー監督,エ ルモ・リンカン主演の下,封 切 られる。
この原作は,1914年 に Edgar Rice Barroughsによって出版 されている。8男 性俳優の肉体美 だけでな く,原 始的な世界で 自然の英知 をもって 自然界に君臨 し,獣 たちの王になるという原 初の世界設定 に当時だけでな く今 に至 るまで,人 々は憧憬や賞賛の念を抱 くのだ。
このよ うに進化論が もて映や され突き詰め られた時,逆 に進化以前の世界への憧憬が生 じて くる。 7 んθ R j s θ o / D αυj ごL θυιんs り の D a v i d の場合 も, 自然界ではないが, ビジネス界で 進化 を極めた果てに,彼 が一度は捨て去 った彼 にとっては現初的世界 といえる東欧のユダヤ世 界あるいはユダヤ教への回帰願望が生 じてきたのである。
一‑36‑一
Abraham Cahan,7ん θ aSθ O/Dα υjごLθυιんsり 論一社会進化論的視点か ら
注
l Leslie A Fiedler, rb ιんθ GθんιjJθs,(New York:Stein and Day, 1972)p.76.
2 こ の作品について,文 学 とテクノロジー という観点では既 に,拙 著 「エイブラハム。カーハ ンとテクノ ロジー」森田孟 ・鷲津浩子編 『アメリカ文学 とテクノロジー』2002年の中で論 じている。
3 髪 を切 らず にのば した もの。earlockともいう。
4 旧 大陸か らのユダヤ移民は,大 きく分けて Sephardimと Ashkenizimの2つに分け られる。前者はス ペイ ン ・ポル トガル を中心 とす る南欧系のユダヤ人であ り, 自由の女神 の台座 に刻 まれた詩で有名な E m m a L a z a r u s の ように,か な り早い段階でアメリカに移民 し,同 化が進んでいたグループである。後 者は, ドイツか ら東欧・ロシアにかけての Y i d d i s h 語を話す地域のユダヤ人で, 通 常 ドイツ系ユダヤ人 と 東欧・ロシア系のユダヤ人に分けて考え られる。
5 こ の運動には,後にキ リス ト教に改宗 した Heinrich Heineも参加 している。
6 例 えば,シ ナゴーグが遠い場合や勤務の都合で土曜 日にシナゴーグヘ行けない場合には,そ の代 りに, 最寄のキ リス ト教会へ行き, そ こで 目を閉じて神に祈 りをささげること ( この場合の神は, も ちろんキ リ ス トではな くユダヤの神であるが) を 許 した り, シ ナゴーグヘ乗 り物を利用 していくことを許可するなど。
7 例 えば,デ ニムの Levis,美術館で有名な Guggenhaimや 」acob Ho Schiff,メイシーデパー トの T h e S t r a n s ・F a m i l y 等が,例 として挙げ られる。
8 タ ーザ ンは,元 来英国貴族の子供であつたが,不 運にも両親が死亡 した後,類 人猿に拾われ育て られる。
彼は元来人間 という優れた特質を持っているため, や がて密林の王者 となる。猿 として育った彼 もやがて 人間 と遭遇 し女性 に恋をしていく。ターザ ンは非常に当時の人々にもてはやされ, シ リーズ化されていく。
もっ とも有 名なのは, 1932年の, 7αrzαれ,7んθ A ρθ Дん んとい う W o S . V a n D y k e Ⅱ 監督, 」 o h n n y W e i s s m u l l e r 主演 による映画であろう。最近では, 1 9 9 9 年 にデ ィズニー・アニメ化 もされている。
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