中止未遂の任意性についての一考察(一)
著者 王 昭武
雑誌名 同志社法學
巻 60
号 6
ページ 305‑390
発行年 2009‑01‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011540
中止未遂の任意性についての一考察(一)三〇五同志社法学 六〇巻六号
中止未遂の任意性についての一考察(一)
王 昭 武
(二七四一)
目 次一 はじめに二 判例の動向
1判例の流れ
三学説の状況 2判例の整理
1内部的動機説
2主観説(以上本号)
3客観説
4限定主観説
5新しい客観説
6折衷説
7不合理決断説
四検討 8山口説
1減免根拠との関係
﹁2
任意性﹂の定義
3フランクの公式の当否
4学説の検討
5私見
中止未遂の任意性についての一考察(一)三〇六同志社法学 六〇巻六号
(二七四二)
五 限界事例における具体的帰結
1驚愕・恐怖心等による中止
2発覚のおそれによる中止
3止中くづ基に変化の態事な利有
4中るよに﹂れずは待期﹁るゆわい止
にりわお六 5よに中止思意の発他る
一 はじめに 中止犯の成立が認められるためには、犯罪の実行に着手した行為者が、﹁自己の意思により犯罪を中止し﹂、結果が発生しなかったことが必要である。このうち、﹁自己の意思により﹂といえるかどうかが中止行為の任意性の問題である。
﹁自己の意思﹂とは、中止の決意が自発的なものであることをいい、この要件を中止犯の任意性というといわれている (
止成い場合には中止未遂の立がは認められないから、﹁中な性合意任意性の要件を欠く場、こすなわち中止行為に任の 。 1)
の任意性は、障害未遂と中止未遂を区別する決定的な要件となる (
の、断判に性意任う関する問題はま準さに﹁中止犯解釈の最大の争点基 ( ﹂。るしたがって、いかな場い合に任意性があるかと 2)
﹂でもある。 3)
ところで、中止未遂における任意性の判断は、実際には困難な場合が多く、これまでもこの問題をめぐりかなりの議論が蓄積されてきたが、ただ、それは、中止犯の法的性格をめぐる見解の対立とも関連して複雑な様相を呈し、任意性
の存否を判断するための具体的な基準が何であるかは未だに見解の一致を見ていないといえよう。
大きくは主観説と客観説に分かれるが、その内部でさらに学説は分れている。これまで主張されてきた見解を整理す
ると、①中止が外部的障害(外部的事情に影響を受けた心理状況)による場合には任意性を認めず、外部的障害以外の
中止未遂の任意性についての一考察(一)三〇七同志社法学 六〇巻六号 内部的動機による場合にのみ任意性を認めるとする内部的動機説、②外部的障害への行為者の表象を判断対象とし、行為者本人の主観において﹁できるのに止めたのか、できないのに止めたのか﹂を基準とする主観説(本人基準説 (
)、③ 4)
行為者の認識した外部的事情が経験則上一般に犯行の障害となるようなものか否かを基準とする客観説(一般人基準説)、④改悛、同情、憐憫等の広義の後悔に基づき止めたかを基準とする限定主観説、⑤外部的事情を行為者がどう受
け取ったか、その受取り方を客観的に判断して区別すべきだとする新しい客観説、⑥外部的事情の表象により行為者ができると感じたかできないと感じたかという現実の意識を判断し、行為者ができると感じたときに、さらにそれを客観
的に判断するとする折衷説、⑦合理的な価値から逸脱する不合理な決断による場合には任意性を肯定する不合理決断説等があり、さらに最近では、⑧中止行為に主観的中止要件として﹁中止の認識﹂(中止意思・中止故意)が必要である
ことが意識的に取り上げられるようになり、中止行為を強制されたような場合以外はすべて任意性を認めるとする山口説も主張されている。
もっとも、障害未遂と中止未遂の区別については、刑法は中止未遂をもって﹁自己の意思により﹂止めたときとしているから、まず、たとえば、相手に切りつけようとしたら他人に抱きとめられたとか、銃の引金を引こうとしたら持病
の発作で起こったとか、毒物を与えたが相手がこれを食べなかったといった事実によって犯罪が完成しなかった場合
は、﹁自己の意思﹂とは関係のない事情によって不完成に終わったのだから、中止未遂ではなく、障害未遂であることは論を待たない。反対に、実行行為の途中で何ら外部的原因がないのに突如悔悟の念を生じ、実行行為を取り止めた場
合には、明らかに﹁自己の意思によった﹂ものであり、どの説に立脚しても中止未遂となる。したがって、本当に任意性が問題となるのは、その中間的な事例である。
さらに、作為による中止の場合(いわゆる実行中止の場合)には、行為者に任意性があるかどうかが行為者の実行行
(二七四三)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三〇八同志社法学 六〇巻六号
為後の中止行為によってより容易く判明できる (
、合はていおに)合場の止中手着(場作の止中るよに為の不、てし対に 5)
行為者が犯行を続行しないという消極的な中止行為を取っていればよいから、多くの場合は、この消極的中止行為を行うように触発された外的事情によって行為者の主観を判断せざるを得なくなり、したがって前者に比べて、後者のほう
がより多く問題になるはずである。
以下は、任意性に関する判例および学説の概観を踏まえて、任意性の判断基準と中止犯の法的性格とのきわめて錯綜
している関係を整理し、任意性の判断基準に関する本稿の立場(﹁新しい限定主観説を基本とする折衷説﹂)を示すことにしたい。
二 判例の動向 以下は、任意性についての判例を個別にみたうえで、その流れを解明することに努めたい。
1
判例の流れ(一) 大審院の判例
⑴
任意性を否定する判例【
タルノ己自ハ犯止中ソ凡ニス思按テ依、﹁は院審大、て意ヲつ⋮シ止中ヲ罪犯カ告被⋮ス以要ヲルス止中ヲレ之テいに
1
明日三二月〇一年二三治判録大、がるあで例判い古刑】件造事の遂未財取欺詐使行偽輯書文私、は頁一八巻九五ルハ全クAノ注意ニヨリ畏懼ノ念ヲ生シタルニ基キシコトハ著明ノ事実ナリトス既ニ此中止カ畏懼ノ為メ止ムヲ得サル
(二七四四)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三〇九同志社法学 六〇巻六号 ニ出テ而シテ其畏懼ノ念カAノ注意ニ基キタルモノトセハ其注意ハ即チ意外ノ障礙ニシテ其中止ノ任意ニアラサルコトハ知ルヘキナリ然レハ則本件詐欺取財ノ点ハ未遂犯ヲ構成スヘキモノニシテ中止犯ヲ以テ論スヘカラサルモノナル
⋮⋮﹂と述べて、他人の注意により畏懼の念を生じて犯罪を中止した場合は、他人の注意が被告人にとって意外の障害であるから、それに基づく中止は任意性がないと判示した。
本件から、中止はもっぱら自己の意思(自発の意思)によるべきものであり、他人の発意によるものは任意性を欠くとする大審院の態度が窺われる。
【
害い害被てっもを意殺、ておのに内境の社神幡八、夜者頸、度被、ろことたけつり斬三部、二で差脇らか後背を深は案
2
は頁二一二一輯九一録刑日八一月一一年二正大判大、】人つ事。るあでのものていに未例事の犯正同共の罪遂殺者が起き上がろうとしたので、ぐずぐずしていて人に見つけられては大変だと思いその場を逃走したため、殺害の目的を遂げなかった、というのである。これについて、大審院は、一般論として、﹁按スルニ犯罪ノ実行ニ著手シタル後之
ヲ継続スルニ付キ外部的障碍ノ原因存在セサルニ拘ハラス内部的原因ニ由リ即チ犯人ノ意思ニ拘ハラサル事情ニ因リ強制セラルルコトナク任意ニ実行ヲ中止シ若クハ結果ノ発生ヲ妨止シタルトキハ刑法第四十三条後段ニ規定スル中止犯﹂
が成立すると述べたうえ、﹁被告ハ殺害ノ目的ヲ以テ人ヲ斬リ重傷ヲ負ハセタルモ外部ノ障碍ニ因リテ犯罪ノ発覚セン
コトヲ畏怖シ殺害行為ヲ遂行スルコト能ハス現場ヲ逃走スルノ止ムナキニ至リタル者ニシテ犯人ノ意思以外ノ事情ニ強制セラルルコトナク任意ニ殺害行為ヲ中止シタル事実ニ非サルコト洵ニ明カナルヲ以テ原判決ニ於テ被告ノ行為ヲ殺人
未遂罪ヲ以テ論シ中止犯トシテ擬律セサリシハ蓋シ相当ナリ﹂として、中止未遂の成立を否定した。本件は、共同正犯の事例であるところ、大審院はさらに、実行正犯の一人が単独の意思で実行を中止しまたは結果の発生を防止した場合
において、中止の効力は他の共同正犯者に及ばないと判示した。
(二七四五)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一〇同志社法学 六〇巻六号
本判決については、﹁発覚・逮捕の虞れがあると考えて犯行を中止したときは、普通は、一般の経験上意思に対して 強制的影響を与える動機を原因とするから障礙未遂であ﹂る (
【審件では大、院は、前記 見本、がるれらがと観して、客観説の点のから評釈するも 6)
1
な機により中止しけ的れば任意性は認め動部】外判決と同じく、部内的障碍に関係なくられないという立場から、犯罪の発覚を恐れて犯行を止めた場合は任意性が認められないという結論を示したものであると考えられる。
ところで、この判決の見解は、大審院時代における判例の基本的態度を決定するものとして、後の判例(たとえば、大判大正一一年一二月一三日刑集一巻七四九頁、大判昭和一一年三月六日刑集一六巻二七二頁、仙台高判昭和二八年一 月一四日高裁判特三五号二頁等)に影響を与えることになっ (
た 7)(
。 8)
【
3
】の判決と【4
事、ずま。るあでのもるす関に件告】被遂未欺詐もれずい、は決判の【3
】大判大正一一年一二月一三日刑集一巻七四九頁は、いわゆる訴訟詐欺の目的をもって民事訴訟を提起したが、その目的発覚のおそれから後にこれを取下げ又は請求を放棄した事案について、﹁詐欺ヲ行フノ目的ヲ以テ民事訴訟ヲ提起シタル後之ヲ取下ケ又ハ請
求ヲ抛棄スルモ其ノ取下又ハ抛棄カ意外ノ障礙ニ因リ訴訟ヲ維持スルヲ得サル為已ムヲ得サルニ出テタルモノナルトキハ中止未遂ニ非スシテ普通ノ未遂ナリトス﹂とし、次いで、【
4
刑被、は頁一三二巻六集日】五二月六年二和昭判大告人は民事訴訟手続により財物を騙取しようと企てたが、第一審において敗訴の言渡を受けた後、その判決に対し上訴をしないで確定させた事案について、﹁苛モ民事訴訟手続ニ依リ財物ヲ騙取セント企テ既ニ第一審ニ於テ敗訴ノ言渡ヲ受
ケタル以上其ノ判決ニ対シ上訴ヲ為サスシテ確定セシムルニ至リタリトスルモ此ノ一事ヲ以テ任意其ノ犯行ヲ中止シタルモノト称スヘキモノニ非ス﹂と述べて、【
2
遂たっかなめ認を立成の未】止中、し襲踏を旨判の。【
5
が件に関するものである、遂薬店の店員として雇わ事未】日大判昭和四年九月一七刑火集八巻四四六頁は、放れ(二七四六)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一一同志社法学 六〇巻六号 る被告人は、雇主に解雇されることに対する鬱憤を晴らすため、当該店舗を焼燬することを決意しそれに点火したが、他の店員等に発見されて消止められた際に、被告人もその消火に協力し、結局はその放火部分を燻焼するにとどまり店
舗焼燬の目的を遂げなかった事案について、前記【
犯意の燬焼くづ基に発果の人他、らかるす結発要た止中、もてしとし生力協に為行止防のと必発人とこくづ基にを自の
1
てっと度を判態じ同と決中、】止犯における果の発生防止は犯結とはならないと判示した。
【
6
り事件に関するものであ、未よく取り上げられる判遂人】日大判昭和一一年三月六刑殺集一六巻二七二頁は、例である。
事案は、甲がAより依頼された工事が完成したのでその工賃をAに対したびたび請求したが、Aが容易に応ずる気配
がなかったので、Aがあくまで自分を愚弄し工賃を支払わないつもりであると思い極度に憤慨し、Aを殺害して怨を晴らそうと決意し、持っていた短刀でAの胸部を突刺したが急所を外れ、胸部および左手などに全治約四〇日間の切創を
与えたにとどまった、というものである。これについて、第二審の長崎控訴院は、甲がAに対して一撃を加えた後攻撃を続行しなかったのは、Aの胸部から吹出した流血を見てにわかに恐怖心に駆られたためであるから、甲が任意にこれ
を中止したものではないとして中止未遂の成立を否定した。大審院は、﹁犯人カ人ヲ殺サントシテ短刀ヲ抜キ其ノ胸部
ヲ突刺シタルモ流血ノ迸ルヲ見テ飜然之ヲ止メタルトキハ障碍未遂犯ニシテ中止犯ト為ラサルモノトス蓋中止犯タルニハ外部的障碍ノ原因存セサルニ拘ラス内部的原因ニ由リ任意ニ実行ヲ中止シ若ハ結果ノ発生ヲ防止シタル場合ナレハ流
血ノ迸ルヲ見テ止ムルハ意外ノ障碍ニ外ナラサレハナリ故ニ原判決ハ叙上ノ見解ニ基キ本件ヲ障碍未遂犯ト認定シタルハ相当⋮⋮﹂と述べて、障害未遂犯と認定した原判決を相当とした。
本判決は、前記【
2
中内部的原因により止ぱした場合に限り任らっ】的判決に続き、外部原も因によることなく、意(二七四七)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一二同志社法学 六〇巻六号
性を肯定するという立場を示したものである。この判例の態度は、学説における﹁内部動機説﹂を根拠づけるものであ
る (
が 9)(
強、こる見をのる迸の血流がはるあにとこた見をのると、のめてし対に思意ういとる止一を為行人殺、上験経の般迸血 木さばえとた。るいてれら流さに判批のく多、しか、村、のは機動るた因原ため止そ亀、がろこと、﹁は士博二し 10)
制的影響を与えるものとはいい得ないから、これを障礙未遂と解するのは疑問である (
れで思によるものではないというのあののさ発触に実事部ろ外く全、がう意己う触い自部的事実に外発れた場合は、さ 授し、平野教血は、﹁﹃流﹄と﹂と 11)
ないで意思が生じるということはほとんどありえないのであって、この判決は誤っているというほかはない (
ない外の障害だから中止犯でなと、しているが、これは正当で意はほば田博士は、﹁流血ののとしるのをみて中止する ﹂福、しと 12)
かろう。流血をみたということだけでは﹃自己の意思により﹄(任意性)を否定することはできないのであって、それが、行為者の意思にどのような影響をあたえたかが検討されなければならない。かりに、流血をみて後悔して中止したもの
であれば、自己の意思により中止したものといえよう (
分です定否を犯止中由の理ういとるあで害るで的に十もてしとるよ場あ立の説観主、ばれ障部はのるめ止て見をのる外 が教、﹁は授し子静村木、かし、し、本判例﹂単に、流血の迸と 13)
な説示とはいえまい (
。態るいてし判批を度の例判のこ、てしと﹂ 14)
ほかに、本判決は﹁翻然之ヲ止メタルトキハ﹂と述べているが、翻然として止めるに至った意識過程が更に検討され なければならないのに、それがなされていない点になお問題が残されていることから、学説において多くの議論を呼んでいる (
。 15)
【
し、火放を等家住の有所Aける受を慂慫のAるすとうすこし法議協を等時日・所場・方との火放つか、し意合をよ取詐
7
は頁三〇三一巻六一集刑日一二月九年二一和昭判大、】火のを金険保、は甲人告被窮未貧、がるあで件事の遂放たうえ、放火の実行に着手したが、放火の時刻が遅く、発火が払暁に及ぶ虞があったため、犯罪の発覚を恐れて放火の
(二七四八)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一三同志社法学 六〇巻六号 媒介物を取除きこれを消し止めた事案について、﹁被告人甲カ放火ノ媒介物ヲ取除キ之ヲ消止メタルハ放火ノ時刻遅ク発火払暁ニ及フ虞アリシ為犯罪ノ発覚ヲ恐レタルニ因ルモノナルコト認ムルニ足ルヘク犯罪ノ発覚ヲ恐ルルコトハ経験
上一般ニ犯罪ノ遂行ヲ妨クルノ事情タリ得ヘキモノナルヲ以テ右被告人ノ所為ハ障碍未遂ニシテ之ヲ任意中止ヲ以テ目スヘキモノニアラス﹂と述べて、中止犯の成立を認めなかった。
本判決は、犯行の発覚を恐れることは﹁経験上一般ニ犯罪ノ遂行ヲ妨クルノ事情﹂足りうるものであるから中止犯は成立しないとするが、ここでは、判断の対象を﹁発覚のおそれ﹂という行為者の主観に求めつつも、その障害性を一般 の経験に照らして決しようとする点で判断基準の客観化が図られている (
ない、はでり限るて為しと題問を応反行者心るうよのそ、がいのてし慮考を観主的内発のた犯罪覚の恐れという行為者 判のこ、かちわなは決ら、外部的事情。生じす 16)
主観が犯罪を中止させるものかどうかという判断の基準を﹁経験上一般ニ﹂という客観的なものに求めた点で、客観的基準を採用したものであった (
上響機にいかなる影をが及ぼすかを﹃経験動情で事たがって本件は。、﹁行為者の認識し 17)
一般﹄という客観的基準により絞りをかける態度﹂を示したといえる (
四、そは度態のそり以あでのもたし行れ後にえ二和昭判最、ばとのた(決判裁高最移説(観態度内部的動機説)から客 動的部来内、はれに機の重点をおく従。判例のこ 18)
年七月九日刑集三巻八号一一七四頁、最判昭和三二年九月一〇日刑集一一巻九号二二〇二頁)にも受け継がれているこ
とから注目を集めている。
⑵
任意性を肯定する判例 大審院判例には、任意性を認めたものもあり、それはすべて放火未遂事件についてのものである。 同じく放火未遂事件であるが、【8
は一巻刑二一頁、拾棚上の古新聞紙遺例】年大判大正一五三判月三〇日大審院に(二七四九)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一四同志社法学 六〇巻六号
マッチをもって点火したため、炎は天井板を燻焦するに至ったが、被告人は火勢の熾なるを見て恐怖の念を生じ、自ら
火事だ火事だといって他の雇人等を起し、一緒に消火に努めたため鎮火した事案につき、また、【
火たを抱え、営業不振に苦慮し寡遺婦が、保険金詐取の目的で放児の律二月一四日法名新聞六一六一号一五頁は、四二
9
年五一正大判大】したが、火勢に驚き、バケツに水を汲んで消そうとしたが、病中であったため、一人では消火できなかったので、大声で隣人を呼び、その助けで消火した事案につき、それぞれ中止犯を認めた。
この二件の判例は、恐怖または驚きの念によって中止行為に及んだ場合、すなわち全く内部的動機によってではなく、外的障礙を表象した上中止行為に及んだにも任意性がありうると判断している点が、従来の判例と異なる。
【
消し立独だまいが火、がた火焼放で的目の取騙金険保燃のしにをれこにち直、し悟悔み程とにちういなし達に度て窮に
10
頁七一刑)二(例判裁院審大日四月七年二和昭判大は】放者費養療が人告被るあで患火肺、がるあで件事遂未、火した事案について、中止犯を認めた。
前記【
8
】判決、【9
にたし、かつ、悔悟よ火って消火行為を行し消】件判決と比して、本ででは、被告人が一人っているため、容易く中止犯の成立を認められるであろう。本判決がどのような理論的根拠に基づいているのかは必ずしも明らかではないが、おそらく限定的主観説に近い態度をとっているのであろう。
(二) 最高裁判所の判例 最高裁の判例はすべて任意性を否定するものである。
【
11
案死被告事件であり、事は姦、被告人が近鉄奈良線致強】日最判昭和二四年七月九刑は集三巻八号一一七四頁石切駅から一丁ほど離れた墓地付近を通行中、たまたま被害者である女子生徒の後姿を認め、にわかに劣情を起こして同
(二七五〇)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一五同志社法学 六〇巻六号 女を強姦しようと企み、突然同女の喉を後ろから両手で絞扼して人事不省に陥れたうえ、同女を墓地内に引きずり込み、人差指と中指を陰部に挿入したりしたうえ姦淫を遂げようと試みたが、折りから石切駅に到着した電車の前燈の直射に
より右二指に血痕が附着しているのを見て、驚いて直ちに逃げ帰ったため、その目的を遂げなかったが、右絞扼により翌日同女を遷延性窒息死に至らしめた、というのである。
こうした事案につき、最高裁は、﹁被告人が所論強姦の所為を中止した原由として原判決の認定したところは、⋮⋮当夜は一〇月一六日午後六時半過ぎて、すでにあたりはまつくらであり、被告人は人事不省に陥つている被害者を墓地
内に引摺り込み、その上になり、姦淫の所為に及ぼうとしたが被告人は当時二三歳で性交の経験が全くなかつたため、容易に目的を遂げず、かれこれ焦慮している際突然約一丁をへだてた石切駅に停車した電車の前燈の直射を受け、よつ
て犯行の現場を照明されたのみならず、その明りによつて、被害者の陰部に挿入した二指を見たところ、赤黒い血が人差指から手の甲を伝わり手首まで一面に附看していたので、性交に経験のない被告人は、その出血に驚愕して姦淫の行
為を中止したというにあることがわかる。かくのごとき諸般の情況は被告人をして強姦の遂行を思い止まらしめる障礙の事情として、客観性のないものとはいえないのであつて被告人が⋮⋮反省悔悟して、その所為を中止したとの事実は、
原判決の認定せざるところである。また驚愕が犯行中止の動機であることは、⋮⋮その驚愕の原因となつた諸般の事情
を考慮するときは、それが被告人の強姦の遂行に障礙となるべき客観性ある事情であることは前述のとおりである以上、本件被告人の所為を以て、原判決が障礙未遂に該当するものとし、これを中止未遂にあらずと判定したのは相当で
あつて﹂と述べて、(強姦について)中止未遂の成立を認めなかった。
この判決は、犯行中止の動機となったのは驚愕であるが、その驚愕の原因となった諸般の事情を考慮すると、それは
行為の遂行に障害となる客観性ある事情であるとし、それによって本事案に中止犯を認めなかった。したがって本判決
(二七五一)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一六同志社法学 六〇巻六号
は、悔悟の情などを考慮しつつも(﹁弁護人所論のように反省悔悟して、その所為を中止したとの事実は、原判決の認
定せざるところである﹂)、実質的には一般人を基準に﹁通常障礙となるか否か﹂を判断し (
、前記【 19)
。なるえいとのもたし拠依に場立的観客、ぎ継け
7
】受を度態の決判 しかし、本判決は多くの批判を受けている。たとえば、木村亀二博士は、﹁出血を見るということは、一般の経験上、強姦行為を中止する意思に対して強制的影響を与えるものとはいいがたいから、障礙未遂と解することは疑問である (﹂ 20)
とし、平野博士は、﹁驚愕のために手足がすくんで動かなくなったというのであれば﹃できなかった場合﹄であるが、そうでないのであれば、中止犯を認むべきであった (
の止犯止中、てしとるあで機動の中が愕驚、﹁は士博川香、しと﹂ 21)
成立を否定した判旨は、単純にすぎるきらいがある。驚愕という心理現象が、避けることのできないような影響をあたえられての驚愕であつたか、驚愕の程度弱く、自己の行為の余りにも重要なのに思いいたつての中止であるかが考慮さ
れるべきである (
外っ残が題問に点るいてわれ終に例判な的式形、ずさてお、意いなし期予は愕驚らいか点観なうよのこ。るらてさなれ 受部しと愕驚が情事的は外、﹁授教子静村木、してけ﹂識分十が討検の程過意取の者為行の際るれらと 22)
の出来事に遭遇したときに生ずる感情であるが、驚愕と悔悟とは両立しうる心理過程で、事の意外に驚愕した場合でも悔悟の念を生じて犯行を中止することもありうるとし、本件においてもし弁護人の主張するような証拠があるのなら、
これを総合し、被告人が悔悟の念を生じて犯行を中止したことがうかがわれるものとして、中止犯としてもよいのではないか (
性客るが、中止することに観で性があるか否かと任意あの件もし、浅田教授は、本は﹂﹁客観説にしたがったと 23)
の存否とは、レベルの異なる判断であり、後者の判断はなされていないものといわざるをえない (
じなしても、一般人の立場からはお考強姦行為が続行される危険を感慮を者経とえ行為と性交のが験でのるあこ者いな ﹂た、﹁は授教村、野しと 24)
るものというべく、犯罪中止義務が発生するのであり、中止犯の成立を肯定できると考えられる (
﹂として、本判決を批 25)
(二七五二)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一七同志社法学 六〇巻六号 判している。
【
12
戸人及び被害者は一棟二の被小屋のうち各一戸に居告、】八最判昭和二六年九月一日は裁判集刑五三号三五頁住していたが、被告人は被害者が自分の兄を殺すといって来るかも知れないと思い、兄を害しない中に被害者を殺してしまう考えで出刄庖丁をもって被害者宅に侵入し、就寝中の被害者Aを切りつけたところ、被害者の女房が騒ぎ出して来
たし、被害者も抵抗しなくなったので、被告人は恐しくなり被害者方を逃げだした事案について、最高裁は、﹁同人が犯行の半ばにA方を逃げだしたのは、Aの女房に騒がれたためか、A本人が抵抗したためか、或は同人が抵抗しなくな
つたことから被告人が恐ろしくなつたためであるか、何れとも認め得られるのであるが、いずれにしても本件の場合が障礙未遂であつて中止未遂でないことは疑ない﹂と判示した。
本判決は、その前後の最高裁判例(【
11
】判決、【【、止まらしめる障礙の事情として客思観性のないものとはいえない﹂(いを遂の姦行
13
にのくか、﹁ようとの)定決ご】き諸の情況は被告人をして強般11
】判決)とか、﹁更に殺害行為を継続するのがむしろ一般の通例であるというわけにはいかない﹂(【
、めなうよのど、た解いないてし及言見にんでだた。いなはかよら明はかのもるで込かず踏もに機動の人告被もみし、
13
決定観)といった客】説的な表現を使っおらて本件は、主観説、客観説のいずれからも説明可能な事案であると思う。
【
づだ配心もにら母実、果結んかさかが財借てっけふにをけ博意道を親母にもととるす決たを殺自、末の悩苦での等賭て
13
二〇二二号九巻一一集刑日〇一月九年二三和昭決最頁】、本ねか、は係関実事の件。尊るあで件事遂未人殺属はれにしようと考えた被告人が、殺害の目的で、消灯して就寝中の同女の頭部を野球用バットで力強く一回殴打したところ、同女がうーんと呻き声をあげたので、早くも死亡したものと思い、隣接の自室に入ったが、間もなく同女が被告人
の名を呼ぶ声を聞いて再び現場に戻り、同女が頭部から血を流し痛苦している姿を見て俄に驚愕恐怖し、その後の殺害
(二七五三)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一八同志社法学 六〇巻六号
行為を続行することができず、同女に全治約一週間の頭部挫傷を負わせたにとどまり、所期の目的を遂げなかった、と
いうのである。
右のような事案につき、第一審(横浜地裁)は単純に﹁被告人は、⋮⋮同女が負傷したのをみて驚き、自ら殺害行為
をなすことを中止したので⋮⋮﹂と認定して尊属殺人罪の中止未遂にあたるとして刑を免除した。しかし、原審(東京高判昭和三〇年三月二二日東高刑時報六巻三号六九頁)は﹁被告人の本件殺害行為中絶は、被告人の自由意思に基く中
止未遂というは正当ではなく、単に自己の予定行動の中間的事態の発生に早くも自ら驚愕恐怖に襲はれ既遂に至らしめる意力を抑圧された結果であつて即ち無形の心理的強制ともいうべき客観的障碍による未遂の一態様と認めるを相当と
する﹂として、中止未遂の成立を否定し、一審判決を破棄自判して被告人を懲役三年六月(尊属殺人(未遂)罪の処断刑の最下限)の刑に処した。
これについて、最高裁は、﹁被告人はその母の流血痛苦している姿を眼前に目撃したのであって、このような事態は被告人の全く予期しなかったところであり、いわんや、これ以上更に殺害行為を続行し母に痛苦を与えることは自己当
初の意図にも反するところであるから、所論のように被告人において更に殺害行為を継続するのがむしろ一般の通例であるというわけにはいかない﹂と判示しつつ、﹁被告人の良心の回復又は悔悟の念に出たものであることは原判決の認
定しないところである﹂として、中止犯を認めなかった。
前記【
11
てィングケースとされいーるものである。本決定デリ】、判決および本決定は任て意性の判断基準についに ついては、学説にいう折衷説に立つもの (主もまたは限定的の観説に立つ 26)(
【る記前、しかし。あものもるす釈解と 27)
決および本決定は、【
11
】判7
の言はみられないものう、﹁一般の通例﹂・﹁文い】いの大審院判例が用たと﹁経験上一般に﹂犯罪の完成を阻害するに足る性質の障がい﹂(【
11
の質性的観客ういと﹂)情事るあ性】観客きべるなと礙障﹁はで決判の(二七五四)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三一九同志社法学 六〇巻六号 判断基準があげられているのであるから、前記【
べうろあでき (
7
受も判決の態度をす釈解とだのたけし拠依】場立な的観客、ぎ継に。ただし、前記【 28)
11
即いえず、事案にしとて反省・悔悟等は説】本判決と同じく、決観定も徹底した客の 動機の倫理性も併せ考慮していることに留意すべきであろ (う 29)(
。 30)
かくして、本決定は、【
11
驚づけられるが、愕位・恐怖したからと置と】客判決と相まって観の説を定着させたもい って一律に﹁自己の意思により﹂中止したとはいえないと断定したものでもな (い 31)(
。 32)
また、本件の場合において、﹁外部からの犯行であるかのように偽装することに努めた﹂という被告人の偽造工作の 認定が、中止犯の否定に影響しているように思われるが、これは任意性とは別の問題であろう (
。 33)
最高裁判例には、以後この問題を扱ったものはないため、これ以後の下級審判例がいかに本決定との整合性を保って
いくかが注目すべきところである。
(三) 下級裁判所の判例 最高裁判例はすべて任意性を否定したものであったが、下級審判例には否定するものもあれば肯定するものもあり、
そのうち、とくに平成に入ってから肯定する判例のほうがより多くなってきたことは注目に値する。
⑴
任意性を肯定した判例【
、子でのたし出き泣がら供の止女同、ろことため締を中しの岡はのたし止中、﹁は裁高福た、ていつに案事ういと首者
14
二九号六二特判刑高日九月頁五年九二和昭判高岡福三】害で被てっもを意殺、りあの殺もるす関に件事遂未人、幼児達が泣き出したため、犯罪が発覚し、逮捕されることを怖れたことによるものではなく、公訴事実のとおり﹃泣き
(二七五五)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二〇同志社法学 六〇巻六号
出した幼児に憐憫を覚え飜意した﹄ことによるもので、反省悔悟した被告人自らの意思により任意に犯罪の実行を中止
したものとみるのが相当である﹂と述べて、中止未遂を認めた。
本件は被告人の反省悔悟という﹁広義の後悔﹂、すなわち中止動機が倫理的な心情であったのを根拠としており、
【
10
、観説に従うものとして一的定の意義があると思う主定】裁判例より一歩進んで、判限例としてはじめて明確に。【
15
遂は、尊属殺人、殺人未事〇件に関するものであり頁七】月大阪高判昭和三三年六一二〇日高刑判特五巻七号、事案は、被告人は妻Aの父を殺害した事実を秘し、Aと無理心中に誘い出そうとして真意を告げず、他所で一緒に暮らそうとか言い、Aがこれを拒否したため、被告人がAに頚部に腰紐を巻きつけ、Aを絞め殺そうとしたところ、Aが被
告人のいうことはなんでも聞くといって哀願したので、哀れみを覚え殺害するに至らなかった、というのである。これにつき、大阪高裁は、﹁⋮⋮哀れみを覚え殺害するに至らなかつたことが認められる。被告人が妻Aを殺害するに至ら
なかつたのは、同女に対する愛情の念から殺害するに忍びず、任意にその実行を中止したことによることが明らかで、これに対しては中止未遂として刑法第四三条但書を適用すべきである﹂と判示した。
本判決は、昭和三二年最高裁決定(【
13
最りあで決判の初た】出に降以)定決 (【を的感情によって任意性認倫めたものであるから、理うと﹂みれい ては義の悔悟﹂とい述べ、﹁ないが、﹁哀広 34)
13
ろす視重を機動止中し】む、りな異はと定決る点で古い大審院判例(たとえば、【
2
】判決、【【れ一上験経﹁がそ﹂に単、てっがた般的。するまどとにるとで件要をとこいなしうあできべうろ
6
のが性続連のと度態め)決判認】られ、定的主観説に従うものとい限7
】の判決の立場を 越えた厳格な態度が示されていると評価できよう (。 35)
【
16
A頁は、被告人は被害者方九を商店と思い、金が相四九】月福岡高判昭和三五年七二号〇日下刑集二巻七=八当あると見込んで同人方に入って暴行・脅迫を加えて金員を強取しようとしたところ、予期に反してAは商店経営者では
(二七五六)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二一同志社法学 六〇巻六号 なく、Aが﹁これだけしかない﹂といいつつ現金一九〇円余を差出し、﹁これをとられたら明日米を買う金もない﹂と涙を流すのを見て憐憫を覚えて翻意し、強盗の遂行を思いとどまった事案について、﹁被告人としては、予期に反して
被害者等の所持金が僅少であつたゝめばかりでなく、他面Aの嘆きに憐憫を覚えて飜意し、犯行の遂行を思い止まるに至つたものと推認されるのみならず、⋮⋮被告人がその前に差しおかれた現金百九十円余について、これを奪取できな
い特別の事情も何等認められないに拘らず全然手を触れないで立去つた点から見ると、単に予期のとおりの金が存しなかつたゝめというよりは、むしろ右憐憫の情に動かされて犯行の遂行を飜意したに因るものと解される。果してそうだ
とすると、被告人が本件犯行の遂行を中止したのは、単に所論のような外部的障害のため犯罪の遂行を妨げられたというより、むしろ右のように憐憫の情を催した被告人の自発的な任意の意思に出でたものと解するのが相当である﹂と判
示した。
本判決は、﹁憐憫の情を催した被告人の自発的な任意の意思に出でたもの﹂として、中止犯の成立を認めたのである
から、前記【
14
】判例、【にれのこ、もに合場)ず銭は待期るゆわい(た金をあ情いなれらめ認等何も事﹁の別特いなきで取奪っで僅が銭金て少
15
的に場立の説観主、定限るくじ同と例判よ】も決し反に期予、は判の本にらさ。るえとい拘らず全然手を触れないで立去つた﹂ような評価すべき行為があり、かつ憐憫の情など規範的な意識に基いて犯行をや
めたならば、任意性を認めうることを明らかにした。
【
17
害九頁は、人妻である被者一が、夫の不在中に独身〇一】八和歌山地判昭和三五年月号八日下刑集二巻七=八の被告人を自室に宿泊させたが、被告人は午前四時頃劣情を催し、同室には被害者の乳飲子一人であり、別室には女中が一人寝ているのみであったことから、右被害者を姦淫しようと決意し、暴行を加えるなどによって同女の抵抗を抑圧し
て強いて同女を姦淫しようとしたが、同女に哀願されて姦淫することを思い止った事案につき、中止未遂を認めた。
(二七五七)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二二同志社法学 六〇巻六号
前述した任意性を認めた判決(前記【
14
】、【15
】、【16
理理をとこたっあで情心な的倫】が機動止中、ね概は)例判由 にして限定的主観説に近い態度を示しており、本判決も同様であると解釈されている (うもず、被告人が悔悟したかどうか不お定従に説観主的限明、らかるあでらて中過のれに至る動機止程は具体的に触に のかし、本件被判決文は告人。し 36)
ものであるかどうかは必ずしも明らかではない。ただ、被告人が単に同女に哀願されたから姦淫することを思い止った点から見れば、本件は主観説に依拠するものであると思う。
なお、本判決は、刑の免除を認めた非常に少ない中止犯判例のなかの一つである。和歌山地裁は、人妻である被害者が、夫の不在中に独身の被告人を自室に宿泊させたことは﹁被害者自身に重大なる落度があり、これが本件犯罪の根本
原因と見られ、又犯行の際の暴行の程度もさほど強度のものとは云えず、幸い中止犯と認むべき事案である﹂ことを理由に、﹁被告人に刑を科するのは相当でない﹂として、刑の免除を言い渡した。判例の全体的流れから見れば、異色な
ものであるというべきであろう。
【
18
も殺人未遂事件に関するの頁である。事案は、住みは四】月東京地判昭和三七年三一二七日下刑集四巻三号二込み女中をしていた被告人が、その家の二歳の子供Aを殺害するつもりで睡眠薬一〇錠を飲ませたが、そのうち子供の脈が速くなり口から泡を吹き始めたので大変なことをしたと悟り、自宅に戻って警察に一一〇番通報したが、子供は駆け
付けた警察の助力を得て、病院に収容され一命を取り止めた、というのである。東京地裁は、被告人は、﹁Aを殺害しようとして、一たん睡眠薬を飲ませたものの、間もなく大変な事をしたと悟り、そのまま放置すれば、Aが当然死に至
るべきを、自らその結果を防止しようと、あれこれ焦慮したのであるが、Aの苦悶の様相を見て、もはや独力では、いかんともし難いと観念した被告人は、警察官に自己の犯行を告げ、その助力を得てAを病院に収容するほかAの生命を
助ける手段はないものと考え、付近の警察派出所を探し回つたが、見当らなかつたので、判示のように緊急電話をもつ
(二七五八)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二三同志社法学 六〇巻六号 て事態を警察官に通報連絡した結果、直ちにAは病院に収容され、医療処置が講ぜられたことにより、Aの一命を取り止めたのである。⋮⋮Aの生命を助けるため、被告人が右のような処置を採つたのは、被告人として精一杯の努力を尽
くしたものというべきであり、その処置は、当時の差し迫つた状況において、被告人として採り得べき最も適切な善後処置であつたといわなければならない﹂と述べて、中止犯の成立を認めた。
本件では、作為による中止行為(いわゆる﹁実行中止﹂)の事案であり、被告人は精一杯の努力を尽くしており、被告人の採った措置は、医療知識のない被告人にとって当時被害者の生命の危険が差し迫った状況下において、被告人と
して採りうべき最も適切な善後措置であるから、中止行為が認められる。任意性がなければそこまでの積極的な中止行為を採るはずがないから、その中止行為からその任意性を認めることも十分可能である。事実、東京地裁は被告人の真
摯な努力を評価して中止未遂を認めたものであり、任意性の有無については、正面から判断を示していない。ただ、﹁間もなく大変な事をしたと悟り、そのまま放置すれば、Aが当然死に至るべきを、自らその結果を防止しようと、あれこ
れ焦慮したのであるが、Aの苦悶の様相を見て、もはや独力では、いかんともし難いと観念した﹂という事実認定からみれば、本件は実質的に限定的主観説に近い態度を採用しているといえる。
【
19
放六頁は非現住建造物等火七未遂被告事件であり、五号】七和歌山地判昭和三八年月八二二日下刑集五巻七=事案は、被告人は雇主Aに対する鬱憤を晴らすため、A所有の非現住の糞尿運搬船を放火することを決意し、その機関室に自己の着ていたワイシャツとズボンを脱いで置き、それにガソリン約一リットルを撒いてマッチの軸木に点火しこれ
をその衣類にめがけて投げつけその火が衣類に燃え移ったところ、﹁その火勢を見て俄かに悔悟の念にかられ火災の納まるのを見て、自ら機関室に入り、顔面および両手に火傷を負いながら消火に努め、更に附近住民の協力を求めてこれ
を消火して放火を中止した﹂、というのである。これにつき、和歌山地裁は中止未遂を認めた。
(二七五九)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二四同志社法学 六〇巻六号
本判決は、前記【
18
で未遂を認めたものあ中り、任意性の有無止て】告判決と同じく、被人しの真摯な努力を評価については直接言及していない。ただ、﹁その火勢を見て俄かに悔悟の念にかられ﹂て消火にあたったという事実認定から見れば、本判決も限定主観説にしたがっているともいえる。
なお、本件では、犯罪の実行に着手後直ちに悔悟の念にかられ、身の危険をも顧みず、狭溢な機関室に身を挺して飛び込み、顔面や両手等に全治約一〇日間を要する火傷を負いながら消火に努めその目的を達し、更に近隣の者の応援を
求めて完全消火に努めた結果殆ど被害が発生しなかったこと、などを理由に刑が免除された。本判決は、被告人の﹁悔悟の念﹂という主観面(任意性)および﹁身の危険をも顧みず﹂消火にあたるという客観面(中止行為)を十分評価し
て刑の免除を言い渡しており、前記【
17
力う思とるあが得】説てし比と決判。【
20
未いわゆる丹沢山中殺人遂頁事件であり、事案は、は六】月東京地判昭和四〇年四二六八日下刑集七巻四号七まず行為者甲が熟睡している被害者Aに頭ほどの大きさの石を投げ下し、さらに日本手拭を首に巻いて絞め上げたまま引きずって、沢の水の中に顔を押さえ入れたが抵抗され、さらに逃げようとするAの顔面を殴打したが、ついに対岸に逃
げられ、さらに山道に逃げ込んだのを一たん見失ったが、探し出し、殺害の目的を遂げようと庖丁を携えて近寄ったが、被害者が水に濡れたまま頭から血を流し、茫然とした様子をみて可哀想になり、殺害行為を思い止り、その後、介抱を
続けて被害者を医師の下に運び、治療を受けさせた結果、傷害を負わせたにとどまった、というものである。こうした事案につき、東京地裁は、犯行周囲の事情からみれば﹁如何にAの生命力が強いといつても被告人甲としてなお犯行を
継続し、Aを殺害しようと思えば十分これをなし得る余裕があり、且つ、容易に殺害の目的を遂げえたであろうことは推察するに難くないところである。⋮⋮被告人甲が殺害行為を継続しなかつたのは、同被告人の供述するとおり、水に
濡れ頭から血を流してうずくまつているAの姿を見て憐憫を覚えて飜意し、自己の行為を反省悔悟したことに因るもの
(二七六〇)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二五同志社法学 六〇巻六号 と認めるのが相当である﹂と述べたうえ、さらに、被害者の﹁死の結果発生の危険を防止するため﹂応急手当を行い、医師の治療を受けさせるために努力し、その行為が、﹁被告人自身その防止に当ったとするに足るべき程度の真摯な努
力を払ったもの﹂であるとして、中止未遂を認めた。
本判決は、犯罪遂行に障害となるべき事情が他にないにもかかわらず、被告人は﹁Aの姿を見て憐憫を覚えて飜意し、
自己の行為を反省悔悟したことに因﹂って犯行をやめたことを理由として、任意性を認めているわけであるから、限定的主観説に従うものであるといえる。
【
に被なじ応に縁復のと人告、たが者害被たいてし棲同いめつ布部頸の女同をドンバ製、同し意決とうよし害殺を女てか
21
月二一巻七集刑下日〇一二二一年〇四和昭判地京東号】、あは人告被、は案事、りで〇件事告被遂未人殺は頁〇二巻付けて強く絞めたが、同女が両手を震わせ、顔も赤くなって歪み、また足をばたつかせて苦しがったのに驚き、はっと我に返り、どうせ殺したところで一緒になれないのなら、殺さないで助けて別れたほうがよいと考え直して、同女に
対する殺害行為の継続を思い止どまり、応急の治療措置に努めて、同女に対しては加療約二週間を要する顔面うっ血の傷害を負わせたにとどまった、というのである。右事案につき、東京地裁は、﹁被告人が右絞首行為の継続をやめたのは、
驚がくに端を発していることは前示認定のとおりであるが、被告人は右驚がくの結果、もともと被害者に対する愛着の
あまりの行為であつたから、強く意識をゆり動かされ、自己の行為の無益さを悟つたうえ、右絞首行為を思い止まつたものであることも、前示認定のとおり関係各証拠から明らかなところである。そうすれば、本件驚がくは、これによつ
て身体の硬直を来たすなど、被告人の行為継続に障害となるべき状態をひき起こしたものではなく、被告人に反省の機会を作つた一つのきつかけに過ぎないのであつて、右被告人のやめた行為は、右の反省にもとづく任意のものであると
考えるのが相当である﹂と述べたうえ、さらに、﹁被告人は、被告人自身が結果の発生を積極的に阻止する行為に出た
(二七六一)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二六同志社法学 六〇巻六号
と同視しうる真しな努力を払ったものと考えられ、その行為は、前記の絞首行為の継続を任意にやめた行為と相まって、
中止未遂の要件を充足しているものと認めるのが相当である﹂として、中止未遂を認めた。
本判決は、被告人が驚愕をきっかけに犯行を止めたとしても、その驚愕は﹁身体の硬直を来たすなど、被告人の行為
継続に障害となるべき状態をひき起こしたものではなく﹂、犯行を止めたのは反省に基くものであるとして、任意性を認めている点から見れば、限定的主観説の見解をとっていることが分かる。
【
前甲渡刃が乙たけ受を意の、約し謀共を害殺のA、がり五、をの乙、甲、てげ上り振刀二本日のルトーメチンセ乙甲人
22
六〇一号四三八時判日四一月七年一五和昭判高京東頁】、の告被、りあで件事人殺間男仲徒博るぐめを係関女はに正座しているAの右肩辺りを一回切りつけたところ、同人が前かがみに倒れたので、更に引き続き二の太刀を加えて息の根を止めようとして次の攻撃に移ろうとした際、甲が、乙に﹁もういい、乙ゆくぞ﹂と申し向け、次の攻撃を止め
させ、乙もこれに応じてAに対し二の太刀を振り下ろすことを断念し、甲は親友にXを病院に連れてゆくよう指示し、病院で治療を受けさせたため、右肩部に長さ約二二センチメートルの切創を負わせたにとどまった。右事案につき、東
京高裁は、本件は着手未遂に当たると認定した上で、﹁被告人らとしては、Aを殺害するため更に次の攻撃を加えようとすれば容易にこれをなしえたことは原判決もこれを認定しているとおりであるのに、被告人らは次の攻撃を自ら止め
ているのであ﹂り、そして甲が乙に二の太刀を加えることを止めさせた理由として、甲は﹁﹃Aの息の根を止め、とどめをさすのを見るにしのびなかった﹄﹃Aを殺してはいけない⋮⋮懲役に行った後で、子供四人と狂っている妻をめん
どうみさせるのはAしかいない、Aを殺してはいけないと思い⋮⋮とどめを刺すのをやめさせた﹄と述べているのであって、かかる動機に基づく攻撃の中止は、法にいわゆる自己の意思による中止といわざるをえない﹂と述べて、任意性
を認めた。
(二七六二)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二七同志社法学 六〇巻六号 本判決は、﹁被告人らとしては、Xを殺害するため更に次の攻撃を加えようとすれば容易にこれをなしえた﹂にもかかわらず、﹁とどめをさすのを見るにしのびなかった﹂などの動機すなわち自己の意思によって中止したことを理由と して任意性を認めたものである。そこから、広義の後悔特に憐憫という倫理的感情に基づく中止であることを強調していることがわかる。したがって、本判決は、限定的主観説に近い見解をとっているといえるであろう (
。 37)
【
ウが妻、み悩い思てっな重等殺安不るよにとこいならを害付てにともの図意の人殺、ししとうよし殺自も己自てか見が
23
巻九報月裁刑日九一月九年二五和昭判支崎川地浜横九】一妄先職就、題問婚離と想害〇被の妻、は頁九三七号=ィスキー瓶で妻の前額部を殴打したり、裁ち鋏で妻の咽喉部等を一〇数回突き刺し、電気コードでその頚部を絞めたが、同女の出血を見て驚愕するとともに憐憫の情を抱き自ら殺害行為を中止したため、同女に対して加療約二週間を要する
傷害を負わせたに止どまり、殺害の目的を遂げなかったという事案につき、﹁犯罪の実行に着手したが、高度の情操を働かせてこれを止めるような者は、外部的障害(例えば流血)を認識するのは通常であり、かつこれに驚愕するととも
に憐憫の情を懐くのも亦通常であつて、かかる場合すべて任意の意思を否定するのは妥当ではなく、通常人があえてなしうるのに、行為者はなすことを欲しないという意思の認められる場合は、その意思が外部的障害を契機として生じた
にせよ﹃自己ノ意思﹄あるものと解するのを相当とする﹂として、本件においては﹁客観的には殺害可能な状態にあつ
たのに、妻をいとおしむ気が先立ち急所を刺撃しえず、傷害の程度は物語る如く、決定的な殺害行為には及ばないうち、出血状態を見て驚愕するとともに強い憐憫の情によって妻の生命を奪い去ることを欲せず、その遂行を思い止どまつた
と認められる﹂から、﹁結局のところ本件は外部的障害の存在は否定されないけれどもそれのみによつて未遂に終わつたとはいえず、むしろ積極的な自己の意思により殺害を中止したと認めて差支えのない事案である﹂と述べて、任意性
を認めた。
(二七六三)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二八同志社法学 六〇巻六号
本判決は﹁通常人があえてなしうるのに、行為者はなすことを欲しないという意思の認められる場合は、その意思が 外部的障害を契機として生じたにせよ﹂任意性は肯定されるとして、裁判例として初めて客観的基準により任意性を肯定したものであり (
せ生の情によって妻の命憐を奪い去ることを欲憫い見強時に、﹁出血状態をて、驚愕するとともに同 38)
ず、その遂行を思い止どまつた﹂という行為者の倫理的感情も重視している。したがって、本判決は、従来の客観的基準に加えて、行為者の意思に踏み込んだ新たな基準を提示しようとした判例として注目に値す (
る 39)(
。 40)
【
思のく抱を情の慕恋に子A営う経クッナス、は甲。るよにでにてじ感とたっなくた冷急なが度態の女同、がたっあのも
24
号五二五タ判日五二月一年九五和昭判支城都地崎宮三】二りなうよの下以は案事、あ頁で件事告被遂未人殺は〇い悩む日々を送っていた。甲は、A子と会って、同女の真意を確かめ、もし同女が真実は甲に好意をもっているかのように装っていたにすぎないことが判れば、同女を絞殺のうえ、自らも自殺しようと考えるに至った。甲は、同スナック
内でA子と雑談などをしているうちに、同女の言動から、同女が実は甲よりも金の方が大切であって、甲には好意を抱いていなかったものと考え、同女の首に事前に用意したファスナーを巻きつけて絞めつけたが、同ファスナーが切れて
しまったため、スナック店内にあった包丁で同女の頚部前面を一回切り裂いたが、多量の出血を見て驚き、A子を助けなければならないと考えて殺害行為の継続を思いとどまり、直ちに治療措置を受けさせるべく救急車の出動を求めて一
一九番に電話し、これがつながらないために、一一〇番をもって警察に救急車の手配を依頼するとともに、被害者の求めに応じて出血箇所の止血のために被害者におしぼりを手渡し、さらに救急車の到着を見計らって救急車まで被害者に
付き添い救急車で付近の病院に被害者を収容させ、治療措置を受けさせた結果、被害者を殺害するに至らなかった。
こうした事案につき、宮崎地裁は、﹁被告人が本件殺害行為の継続を思い止まつたのは、被害者の切創部から多量に
出血しているのを見て、驚がくしたことがきつかけとなつていることは前記認定のとおりである。しかし、右驚がくは、
(二七六四)
中止未遂の任意性についての一考察(一)三二九同志社法学 六〇巻六号 右行為継続に障害となるべき状態を引き起こしたものでないことは明らかであり、かえつて、深夜、密室において、無抵抗の被害者と二人きりの状況にあることを考えると、容易に殺害の目的を遂げ得たであろうことは推察するに難くな
いところである。しかるに、被告人が右殺害行為を継続しなかつたのは、被害者の右出血に驚がくしたことがきつかけとなつて、正気を取戻し、被告人の被害者に対して抱いていた思いつめた気持から解放された結果、その行為を反省し、
積極的に被害者を救助すべく決意したことによるものであつて、任意の意思に基づくものであると認めるのが相当である﹂として任意性を認めた。さらに、﹁被告人は、被告人自身が結果発生を防止する行為に出たと同視するに足る真摯
な努力を払つたものということができ、その行為は、中止未遂の要件を充足するものと認めるのが相当である﹂と述べて、中止未遂の成立を認めた。
任意性の認定に当って、本判決は、中止時の状況と中止の動機とは比較的明瞭に区別されている (
ろ、の状況にあることを考えると容き易に殺害の目的を遂げ得たであり人密て﹁深夜、二におい室、被無者害との抗抵 。、は決判、ちわなす 41)
うことは推察するに難くない﹂として、犯行の続行に障碍となるべき事情がなかったという中止時の状況に言及したうえで、﹁しかるに、被告人が右殺害行為を継続しなかつたのは、⋮⋮その行為を反省し、積極的に被害者を救助すべく
決意したことによるものであつて﹂として、動機の倫理性を認定することにより任意性を認めたわけである。
これについて、本判決は前記【
23
のるあものもるす評とるあでも】たし示を考思じ同ぼほと決判 (目拠た経緯の合理性、妥当性の根を定示すにあたり﹁容易に殺害のし認愕中において驚をみがの止なとのいこはで機動 が定認実事、方他、 42)
的を遂げ得たであろうことは推察するに難くない﹂という客観説的文言を用いているだけで、任意性の判断にあたっては、もっぱら行為者の主観、意識過程を分析し、行為者の﹁反省﹂が中止の原因であることを明らかにしており、限定
的主観説に依拠したものであるとする見解も存在する (
準判基の説観主定限と説観客が決本、よせにれずい、もとっも。 43)
(二七六五)