金融緩和長期化の財政への影響
著者 宮尾 龍蔵
雑誌名 同志社商学
巻 70
号 6
ページ 757‑778
発行年 2019‑03‑15
権利 同志社大学商学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000046
金融緩和長期化の財政への影
*
響
宮 尾 龍 蔵
Ⅰ はじめに
Ⅱ 金融緩和が及ぼす財政への影響:論点の整理
Ⅲ 「マネタリストの不快な算術モデル」に基づく財政インフレの分析
Ⅳ 緩和長期化と財政に関するいくつかの議論
Ⅴ おわりに
Ⅰ は じ め に
大規模な金融緩和が実施されて
6
年近くの歳月が経過し(2019年1
月現在),2% 物 価安定目標の達成にはまだ相応の時間がかかるとみられている。金融緩和の長期化が見 込まれる中,その副作用の一つとして政府財政への影響がたびたび指摘されてきた。金 融緩和の長期化は,低金利環境や国債の大規模な買入を通じて政府財政を手助けするも のであり,財政規律を低下させて最終的には財政従属による高インフレ(「財政インフ レ」)をもたらすのではないかという懸念である。また,国債買入を長く続ければ,将 来の出口の際に日本銀行が巨額の損失を発生させ,国民負担を増大させるといった問題 も論じられてき1
た。これらの懸念や問題について,その基本メカニズムを改めて整理 し,リスクが実際どの程度高まってきているか検討することは重要であろう。
本稿では,まず緩和長期化によって懸念される財政インフレの可能性について,「マ ネタリストの不快な算術モデル(Sargent and Wallace, 1981)」に基づき理論的に考察す る。いくつかのシナリオを想定して,積極緩和によるメリットとデメリットの両方につ いて比較考量を行う。ここで検討するメリットは,通貨発行益の増大,金利の抑制,経 済成長の改善,デメリットとしては財政赤字の増加である。分析の結果,上記メリット には政府債務・GDP比率の伸びを抑制して財政従属レジームへの移行を遅らせる効果 があることが定量的に示される。緩和長期化を評価する際には,財政赤字の増大という デメリットだけでなく,潜在的なメリットも勘案した総合的な評価が重要であると論じ る。
加えて,第
2
の懸念である将来の出口における財政コストの可能性について,最近の────────────
*本稿は,著者による最近の論考(宮尾(2019))に基づき,大幅に加筆・修正したものである。
1 その他,マイナス金利政策も含む緩和長期化がもたらす副作用としては,金融不均衡のリスクや金融機 能低下のリスクなども指摘される。宮尾(2016,5章,6章)の議論などを参照。
(757)151
試算に基づいて留意点を議論する。正常化後のバランスシート規模や出口戦略の進め方 によっては,当初の損失を上回る利益がその後に得られるケースが考えられる。時間を 通じた損失と利益の両方をトータルに考慮した議論が求められる。
さらに,わが国の財政規律および政府財政の持続可能性の問題について,現状どう評 価できるか,これまでの金融緩和によって財政規律は低下してきたのかどうか,データ に基づき検証する。少なくとも近年の動きから判断する限り,歳入と歳出のバランスは 改善傾向にあり,政府債務の持続可能性は確保されつつあるように見える。よりフォー
マルな
Bohn(1998)の手法に基づく検証からも持続可能性の回復が示唆される。
最後に,今後の財政と金融の協調のあり方について論じる。現在の政府と日本銀行の 政策協調は,2013年
1
月に公表された「共同声明」を基礎としており,政策行動と政 策枠組みの両面で適切な協調関係が維持されている。緩和長期化が見込まれるなか,財 政と金融の適切な協調を今後も堅持し続けなくてはならない。本稿の構成は以下の通りである。Ⅱ節では,非伝統的金融政策と財政への影響につい て主な論点を整理する。Ⅲ節では,Sargent-Wallaceモデルに基づいて財政インフレに関 するシミュレーション分析を行う。Ⅳ節では,将来の出口における国民負担の可能性,
財政規律と財政の持続可能性の評価,今後の政府と中央銀行の協調のあり方について議 論する。Ⅴ節で結語を述べる。
Ⅱ 金融緩和が及ぼす財政への影響:論点の整理
金融緩和の長期化による財政の影響を,主に
2
つの側面から整理する。1つは財政規 律低下への懸念という問題である。日銀は,現状の長短金利操作の下,長期金利(10 年物国債利回り)がゼロ%程度になるようにコントロールしている。またそのために,足元でも多額(年間約
40
兆円ペース)の国債買入を継続している。政府にしてみれば,資金調達への不安を感じることなく,ほぼゼロ%のコストで国債を発行できる。新規発 行された国債は金融機関が購入するが,その大部分を日本銀行が買入れている。こうし た状況は事実上財政ファイナンスではないか,財政規律を緩めて安易な支出を誘発し,
財政再建の取組みを後退させるのではないか,といった批判や懸念は燻りつづけてい る。
2
つめは,将来金融緩和を正常化する「出口」の際,日銀に損失が発生し,それが新 たな財政負担となる可能性である。将来2% 物価安定目標を達成し,景気も拡大するこ
とになれば,いずれ利上げ(付利金利の引き上げ)を行うことになる。景気や物価が力 強く拡大あるいは上昇して速やかな利上げが必要になれば,日本銀行の財務において,当初,コスト(=付利金利)がリターン(=保有長期国債の利回り)を上回る。この
152(758) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
「逆ザヤ」の結果,日本銀行に損失が発生する可能性があり,日本銀行は政府に対して 利益剰余金を納めることができず,財政を圧迫する。緩和が長期化すれば,出口の際に 国民負担はさらに膨らむという懸念である。
第
1
の財政規律低下の懸念については,気になる動きがあった。政府は2018
年6
月,財政健全化目標を修正し,基礎的財政収支の黒字化の時期を,これまで維持してきた
2020
年度から5
年先送りして2025
年度とした。同時に債務残高対GDP
比の安定的な 引下げを目指すことを堅持すると公表した。この修正を契機に,健全化計画がさらに遅 れていく可能性についても意識せざるを得なくなった。第
2
の懸念である将来の出口における財政コストについて,これまでにもいくつかの 試算が発表されてき2
た。試算を行う際にはさまざまな前提条件を置く必要があり,それ ぞれに議論の余地がある。ある最新の試算によれば,利上げに伴って逆ザヤの状態が数 年続くことから,利上げ開始後の
6
年間の累計で約19
兆円の損失が発生するとされる(岩田・左三川・日経センター(2018, 6章)によるベースライン・シナリオ)。言うま でもなく,こうした試算値には議論を喚起するという面も含まれており,後述するよう に,さまざまな代替シナリオを比較考慮しつつ,慎重に受け止めなければならない。し かし,いくら試算値とは言え,そこで示されている額は巨大であり,人々の不安や懸念 は増幅されかねない。
以上の
2
つの懸念は,いずれも,金融緩和の継続によって財政赤字が持続もしくは拡 大し,財政が支払い不能となるのではないかという不安につながっている。とりわけ第1
の懸念の根底にあるのは,財政健全化を実際には目指さない政府と,その政府に「協 調」する(あるいは「従属」する)中央銀行という組み合わせに陥ることであり,最終 的にインフレの発生により財政赤字が解消されるという最悪のシナリオが到来する,と の批判につながる。政府に従属する中央銀行が,財政赤字を埋め合わせるために貨幣を 大量発行し,その結果,インフレが起こる状況は「財政インフレ」としばしば表現され る。日銀は一日も早く出口戦略を公表して金融政策を正常化すべきだ,2% 物価安定目 標についてもより現実的な低い目標水準に修正すべきである,との主張がしばしば展開 されるが,その理由として財政への影響,とりわけ財政インフレのリスクを指摘する議 論は少なくない。Ⅲ 「マネタリストの不快な算術モデル」に基づく財政インフレの分析
Ⅲ-1.モデルの概要
では第
1
の財政インフレの懸念から分析を始めよう。財政当局と中央銀行の協調のも────────────
2 たとえば,藤木・戸村(2015),深尾(2016),岩田他(2018)などを参照。
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (759)153
とで生じうる財政規律の喪失と高インフレの発生(=「財政インフレ」)を説明する理論 として,Sargent and Wallace(1981)モデル──「マネタリストの不快な算術モデル
(以下
SW
モデル)」──が良く知られている。本節では,同モデルの簡略版であるDoepke et al.(1999, 18
章)に依拠して財政インフレのメカニズムを描写し,定量的な 分析を行う。まずモデルの概要を説明する。SWモデルでは,貨幣供給量をコントロールする中央 銀行と,一定の財政赤字を続ける政府が想定される。議論の単純化のために,物価は貨 幣量で決定されるという純粋なマネタリストの経済を想定する。通常のレジームでは,
中央銀行は貨幣供給の伸び率を決定してインフレ率をコントロールし,通貨発行益を政 府に提供する。政府はその貨幣発行益を所与として財政政策を運営する。すなわち金融 政策が財政政策を「支配(dominate)」する協調スキームである。これは,中央銀行が 政府とは独立して金融政策運営を行うという先進国における通常の政策レジームに相当 する。さらに簡単化のために基礎的財政赤字の
GDP
比率を一定とし,また,金利(国 債利回り)は,経済成長率を上回る状況を仮定する。毎期一定の財政赤字が毎期国債発 行と通貨発行益でファイナンスされるため,貨幣成長率が高ければ通貨発行益が増え,政府は新規の国債発行を抑制することができる。以上のメカニズムを総合して,政府債 務・GDP比率の経路が決定される。
SW
モデルにおける重要な設定は,政府債務・GDP比率のどこかに上限があり,そ れを越えて債務が増大すると誰も国債を保有しなくなる,そのような境界点の存在を仮 定する点である。境界点を越えれば,いわば非常事態であり,誰も国債を買わない以上 中央銀行が購入し保有せざるを得ない。つまり金融と財政の支配関係が逆転し,金融政 策が財政政策に支配され従属するという「財政従属(財政ドミナンス)」と呼ばれる協 調スキームに転換することになる。そこで中央銀行は,政府財政に追随して国債を受動 的に購入し,増大した貨幣供給がインフレを引き起こす。貨幣量と物価がリンクするマ ネタリスト経済を想定しているにも関わらず,財政政策が(受動的な貨幣供給増大を通 じて)インフレ率を決定する,すなわち「財政インフレ」が発生する。Ⅲ-2 モデルの設定
政府の予算制約式,政府債務・GDP比率,物価上昇率
では
SW
モデルの具体的な設定について説明しよう。まず政府の予算制約式は,次 のように設定される。政府の基礎的財政赤字の実質値("%)は政府支出と税収の差で 定義される。政府が発行した国債残高(政府債務)の実質値を!
%!,国債の実質利回り を$
とし,中央銀行は名目貨幣供給量#
%をコントロールする。中央銀行の貨幣供給に よる通貨発行益は#
%!#
%!!である。政府は基礎的財政赤字と利払い費$!
%!!! を,新規154(760) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
の国債発行と通貨発行益でファイナンスする。以上をまとめて,政府部門(統合政府)
における予算制約式は,
"
)#!
)#!! #"(" !
)!##" #
)!#
)!#$
)! "
(1)
と表される(ここで
$
)は物価である)。中央銀行は物価をコントロールするべく貨幣供給量を独自に決定する。具体的には,
毎期
!
の成長率で貨幣供給を増加させるよう金融政策運営を行う。すなわち,#
)#! #"!" #
)!# (2)次に,モデルをワークさせるため,いくつか単純化の想定を置く。財政政策は,毎期 一定の基礎的財政赤字(実質産出量
%
)の比率)を計上する財政政策ルールを仮定する。"
)%
)#'
(3)実質産出量
%
)は,毎期#
の率で成長する。%
)#! #"#" %
)!# (4)最後に,マネタリスト経済を想定して,貨幣数量説が成立する想定する(貨幣の流通速 度
*
を1
と仮定する)。$
)# #
)%
) (5)以上の設定のもとで,政府の予算制約式である(1)式を
%
)で除して整理すると,'#&
)#! #"(
#"# &
)!##" #! #
)!##
)! "
(6)
となる。ここで
&
)#は政府債務のGDP
比率! &
)##!
)#"%
)"
である。この(6)式から,政 府債務・GDP比率の動学式は,&
)## #"(
#"# &
)!##"'! #! #
)!##
)! "
(7)
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (761)155
と表される。すなわち,政府債務・GDP比率は,金利が成長率を上回る限り上昇を続 けることが分かる。また財政赤字・GDP比率の上昇,そして貨幣供給量の伸び率の低 下も債務比率を増大させる。また,物価上昇率
!$!
'は,(5)式に注意すると,!$!
'" "
'"
'!!% !
!$"
!
'!!!
' (8)と表される。
財政従属レジーム
ここで
SW
モデルでは,政府債務・GDP比率#
'"のどこかに上限があり,それを越 えると民間部門では誰も国債を保有しなくなる,そのような上限(#)が存在すると仮 定する。すなわち,#
'"##
(9)である。政府債務比率がこの境界点に到達して以降は,民間部門に買い手が存在しない 以上,中央銀行が受動的に国債を引き受けることになる。つまり,金融政策の枠組みは 財政政策に支配される「財政従属(財政ドミナンス)」のレジームになる。
#に到達して以降の貨幣供給は,政府の予算制約式を満たすように決定される。(7)
式の
#
'"を#に置き換えると,
#% !$&
!$" #$$! !! !
'!!!
'# $
(10)
となる。これを整理すると,境界点以降の貨幣供給成長率は,次式のように求められ る。
!
'!
'!!% !
!!$! ! "
&!%!$"#
(11)つまり中央銀行は,財政赤字
$と境界点の政府債務比率 #に応じて,受動的に貨幣供
給量の伸びを増やさければならない。その結果,物価上昇率も高水準へとジャンプする。(8)式および(11)式から,財政 従属レジームにおけるインフレ率は,
!$!
'% !
!$"
!
!!$! ! "
&!%!$"#
(12)156(762) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
となる。境界点に到達する以前(通常レジーム)と以後(財政従属レジーム)の物価上 昇率を比べる。(2)式と(8)式,および(12)式を整理すると,それぞれの物価上昇 率は,
"
$# !!#
#"#
(13)・・・(通常レジーム)"
$# #!""!#! !"#!""
! #!"" ! #"#"!!! #!#"
(14)・・・(財政従属レジーム)と表される。これが高水準へのジャンプとなることは,次のシナリオ分析で確認され る。
Ⅲ-3 シミュレーション分析 ベースシナリオ
具体的な数値例を使って,政府債務・GDP比率と物価上昇率に関するシミュレーシ ョンを行ってみよう。議論の出発点となるベースシナリオとしては,Doepke et al.
(1999)に基づいて,経済成長率
2%,金利 5%,基礎的財政赤字・GDP
比率10%,貨
幣成長率
3% という経済を想定する。また,境界点となる政府債務・GDP
比率としては
150% と設定する(以下,分析を行うシナリオは,表 1
にまとめられる)。これらの仮定のもと,上記の動学式によって記述される政府債務・GDP比率とイン フレ率の経路を求めた結果が図
1
の太実線である。この図1(a)に示されているよう
に,金利が成長率をやや大きく上回る想定のため,政府債務・GDP比率は比較的速い ペースで上昇し,その結果,上限の150% には約 17
年で到達する。インフレ率は当初1% 程度であったものが,境界点を越えて財政ドミナンスのレジームへ移行する結果,
15% 程度へと大きくジャンプする(図 1(b))。
表1 シナリオの想定
注:筆者作成。ベースおよび積極緩和シナリオは,Doepke et.al(1999, 18章)を参照。
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (763)157
積極緩和シナリオ
次に,積極緩和シナリオとして,貨幣成長率の値をより高い
10% と想定して同様の
シミュレーションを行う(図1(a),(b)の細実線)。通貨発行益が増えて国債残高の
伸びが抑えられるため,政府債務・GDP比率の上昇ペースは緩やかとなる。その結果,150% の境界点に到達するのは 61
年後になる。ベースシナリオと比べると,当初のインフレ率は
8% 程度となって比較的高い水準となるが,高めのインフレ率という代償を
払う代わりに,非常事態の到来をかなり遅らせることができる。積極緩和+金利抑制シナリオ
次に,積極的な金融緩和の経済への影響を考慮した追加シナリオとして,貨幣供給量 の伸びを高めた結果,金利がベースシナリオよりも抑制されるというケースを検討する
(貨幣供給量
10%,金利をより低い 4% と想定,「積極緩和+金利抑制シナリオ」)。図 2
(a),(b)の点線に示されているように,金利が抑制される結果,政府債務の伸びが抑 えられ,境界点に達する時期がさらに後ずれすることが見て取れる(61年⇒75年)。境 界点以降のインフレ率の上昇も若干ながら縮小する(14.5%⇒12.6%)。
図1 「マネタリストの不快な算術モデル」に基づくシミュレーション ベースシナリオvs積極緩和シナリオ
注:成長率2%,金利5%,基礎的財政赤字・GDP比率10%,政府債務・GDP比率の境界点150%,貨幣成 長率(3%,積極緩和シナリオ10%)に基づくシミュレーション。Doepke et. al(1999)参照。
158(764) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
積極緩和+成長改善シナリオ
積極的な緩和政策の結果,経済成長が改善するといった追加シナリオも考えられるだ ろう。これは,金融緩和によって設備投資や研究開発投資が誘発される,あるいは長期 失業が解消するなどして生産性が高まり経済成長が高まるという「履歴効果(hystere-
sis)」の可能性を反映したものである。このシナリオでは成長率をより高い 3% と想定
とした(「積極緩和+成長改善シナリオ」)。その結果,債務・GDP比率の伸びが抑えら れ,境界点に達する時期がやはり後ずれする(図
3(a)の点線,61
年⇒75年)。境界 点以降のインフレ率の上昇幅も縮小する(図3(b),14.5%⇒11.5%)。
図3 「マネタリストの不快な算術モデル」に基づくシミュレーション 積極緩和+成長改善シナリオ
注:成長率(2%,成長改善シナリオ3%),金利5%,基礎的財政赤字・GDP比率10%,政府債務・GDP比 率の境界点150%,貨幣成長率(3%,積極緩和シナリオ10%)に基づくシミュレーション。Doepke et.
al(1999)を参照。
図2 「マネタリストの不快な算術モデル」に基づくシミュレーション 積極緩和+金利抑制シナリオ
注:成長率2%,金利(5%,金利抑制シナリオ4%),基礎的財政赤字・GDP比率10%,政府債務・GDP比 率の境界点150%,貨幣成長率(3%,積極緩和シナリオ10%)に基づくシミュレーション。Doepke et.
al(1999)を参照。
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (765)159
積極緩和+財政悪化シナリオ
さらに,本稿の主題に関わるシナリオとして,積極緩和の影響として財政赤字がより 悪化するケースを検討する。これは積極緩和が長期化することで財政規律が緩む,ある いは後述するような財政負担が持続的に拡大する可能性を念頭に置いたシミュレーショ ンである。ここでは基礎的財政収支・GDP比率が期間を通して
12% に悪化するものと
想定する(「積極緩和+財政悪化シナリオ」)。図4(a),(b)の点線で示されていると
おり,財政赤字が拡大する結果,境界点に到達する時期は早まり(61年⇒32年),イン フレ率の上昇幅も拡大する(14.5%⇒17.3%)。シミュレーション分析のまとめ
以上のシミュレーションは,さまざまな仮定に基づいた試算値であり,直接現在の日 本経済に当てはめることは適切ではない。しかしながら,ここでのシナリオ分析は,金 融緩和の長期化が見込まれるもとで,その潜在的なメリット(金利抑制と成長改善)と デメリット(財政悪化)を比較考量し,財政従属への転換による高インフレの発生とい う「大惨事」のメカニズムを定量的なイメージをもって議論することができる。その意 味で,今後の日本経済を論ずるうえでの
1
つの有益な視座を提供するものと考えられ る。その基本メカニズムを改めて整理すると,金融緩和は通貨発行益を通じて財政余地を 生み出し,国債発行ペースを遅らせる。金融緩和は追加的に金利を抑制し,さらには経 済成長にプラスに寄与する可能性もある。その場合には債務・GDP比率の伸びはさら に抑えられる。そして金融緩和が財政コストを恒久的に押し上げる場合には,債務・
図4 「マネタリストの不快な算術モデル」に基づくシミュレーション 積極緩和+財政悪化シナリオ
注:成長率2%,金利5%,基礎的財政赤字・GDP比率(10%,財政悪化シナリオ12%),政府債務・GDP 比率の境界点150%,貨幣成長率(3%,積極緩和シナリオ10%)に基づくシミュレーション。Doepke et. al(1999)参照。
160(766) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
GDP
比率は増加ペースを速める。金融緩和の長期化が及ぼすプラス面,マイナス面の 影響,各要因の相互の関係を例示したのが図5
である。金融緩和の評価にあたっては,決して一面的にならず,相互に影響及ぼしあう諸要因とその結果生じるメリット・デメ リットを総合的に勘案する必要性が浮かび上が
3
る。
以上が,SW モデルにおける財政インフレ発生の基本メカニズムである。現実には,
財政従属レジームに転換する債務・GDP比率の値は事前には明らかではない。そうし た境界点があるとすれば,おそらくその値は国ごとにまちまちであろう。たとえば,海 外から借入れを行わざるを得ない経常収支赤字・対外債務国であればその境界点は相対 的に低く,日本のように経常収支黒字・対外債権国であれば相対的に高いと推論され る。いずれにしても重要なのは,永久に債務・GDP比率の上昇を続けることはできず,
ど!こ!か!で!境!界!点!が!訪!れ!る!ということである。周知のとおり,わが国の長期債務残高の
GDP
比率は200% に迫り,世界的に突出した水準にある。中長期的な財政の持続可能
性を確保する取り組みは,今後も継続していかなくてはならない。
Ⅳ 緩和長期化と財政に関するいくつかの議論
Ⅳ-1 出口における財政負担発生のリスク
SW
モデルに基づく分析を踏まえ,いくつか関連する問題について議論を行いたい。まず検討するのは,緩和長期化がもたらす
2
つ目の懸念である出口の際の財政コストに ついてである。将来出口を迎える際に懸念される財政コスト発生のリスクについては,どのように評価すべきだろうか。
────────────
3 なお,この図の相互関係(要因間の矢印)には,上記のシミュレーション分析で考慮した以外の潜在的 なチャネルも含まれている点に留意されたい。たとえば,成長率改善によって国債利回りが上昇する効 果(成長率と金利の正の相関)は,本稿の分析では考慮されていない重要な経路である。
図5 緩和長期化と経済・財政との相互依存関係
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (767)161
基本メカニズム
財政コスト発生のメカニズムは次の通りである。まず中央銀行の利子収入について述 べる。日本銀行が資産として大量に保有している長期国債は,基本的に購入時の非常に 低い利回りのものである。今後出口が近づき長期金利が上向いてきた場合でも,より高 い利回りの国債に入れ替わるのには相応の時間がかかる。したがって国債保有から得ら れる利子収入は,緩やかにしか増加しない。
次に利払いコストについてみると,日本銀行は負債サイドに同じく大量の準備預金
(日銀当座預金)を抱えている。そこには利子が付与されており(付利金利),現在の長 短金利操作の誘導水準ではマイナス
0.1% に設定されている(なおマイナス金利は,日
銀当座預金のごく一部である10
兆円程度に課される)。今後2% 物価安定目標の実現が
近づき,緩和政策の出口ということになれば,付利金利の引き上げも始まるものとみら れるが,この利上げのペースは,出口の際の景気・物価の改善スピードに依存する。景 気拡大や物価上昇の勢いが強ければ,短期金利の利上げも急速に実施され,利払いコス トもそれに応じて急速に増大するだろう。他方,もし緩やかな景気・物価の改善であれ ば,利上げのペース,そして利払いコストの増加ペースも緩やかなものとなる。追加的な
2
つのポイント:再投資のステップ,正常化後のバランスシート規模長期金利と短期金利の上昇ペースに加えて,追加的に
2
点,重要なポイントがある。その
1
つは,出口戦略において,短期金利の利上げ開始前の期間にあたる「国債残高維 持(再投資)」のステップがどれだけの期間となるかという点である。再投資のステッ プにより長く時間を割くことができれば(つまり,それが可能なほど緩やかな景気・物 価の改善であれば),再投資によってより高い利回りの長期国債への入れ替えが進み,それだけ利子収入も増える。その後に発生する利払いコスト増に対するバッファー(緩 衝材)として機能するだろう。
ここで出口戦略について確認しておこう。一般に想定される出口戦略の考え方では,
第
1
段階として,長期国債の買入ペースが徐々に縮小する(米国の「テーパリング」に 相当するステップ)。日本の長短金利操作の枠組みでは,長期金利の誘導目標水準に関 する修正がこの時期に実施されるとみられる。第2
段階で,長期国債残高の増加がスト ップし,残高を維持する段階(長期国債の再投資)に入る。第3
段階では短期金利の利 上げが始まり,第4
段階で国債保有残高の減少(償還にともなう減少もしくは市場売 却)へと進んでいく。米国の正常化プロセスにおいては,テーパリングの終了・再投資 の開始(2014年10
月)から,最初の利上げ(2015年12
月)まで,1年以上の期間を 要しており,時間をかけて利上げのステップへと移行したことが見て取れ4
る。
────────────
4 その後の米国の利上げも,当初年1回(0.25% の引き上げ)という非常に緩やかなペースで実施され,↗
162(768) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
財政コストに影響を及ぼすもう
1
つのポイントは,中央銀行が金利正常化後も保有し 続ける国債残高の水準である。巨額のバランスシートをどこまで減少させるかという問 題であるが,緩和開始前の水準にまで戻すことは一般に想定されていない。相応の規模 を保持することが通常想定されており,より高い水準の国債残高を保有すれば,毎期得 られる利子収入も増大する。この点は,財政コストに関する最新の試算でも例示されている(岩田・左三川・日経 センター(2018),6章)。そこでのシミュレーション分析では,金融正常化後の長期国 債保有残高として,「GDP比
20%」(ベースライン・シナリオ)と「GDP
比50%」(大
規模バランスシート・シナリオ)の2
つが想定されている。具体的には,両シナリオと も毎年同じ額(20兆円)だけ残高を縮小していくが,ベースライン・シナリオでは17
年間バランスシート縮小を継続するのに対し,大規模バランスシート・シナリオでは縮 小は6
年間のみで終了する。その結果は,表
2
のように要約される。当初発生する損失の累計額は,それぞれのシ ナリオで約19
兆円と約23.2
兆円と試算される。その後,利子収入が利払い費用を上回 るようになり,利益が発生する。2050年度までの利益の累計額は,それぞれ約12.5
兆 円と約35.7
兆円となり,後者の大規模バランスシート・シナリオでは,当初の損失(約
23
兆円)を十分上回る巨額の利益(約36
兆円)が後から発生することになる。こ のように十分長い期間をとってその後の利益まで勘案すれば,国民負担が発生しないシ ナリオも考えらえ5
る。
なお,以上のシナリオ評価は,あくまでも財政コストへの影響に限定した議論であ る。大規模なバランスシートを保有し続ける結果,将来の緩和余地(長期国債買入れ)
を縮小させる可能性や国債市場の機能低下が続くのではという懸念,あるいは当初の損
────────────
↘ バランスシートの縮小(2017年10月開始)についても最初は月100億ドル(その後は徐々に引き上げ られ1年後には月500億ドル)という緩やかなペースで進められることとなった。
5 なお,このシミュレーションの想定では,上記の第1のポイントが考慮されておらず,再投資と短期金 利の引き上げが同時に実施されている。米国の正常化でそうであったように,政策金利の引き上げのタ イミングを後ずれさせれば,それだけ長期国債の入れ替わりが進み,利子収入そして利益は増えること になる。
表2 出口の際の財政コスト:最新の試算
注:金融正常化後の長期国債保有残高について,「GDP比20%」(ベースライン・シナリオ),
「GDP比50%」(大規模バランスシート・シナリオ)をそれぞれ想定。シミュレーション期
間は2050年度まで。
出所:岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター『金融正常化へのジレンマ』日本経済新 聞出版社,2018年(第6章)
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (769)163
失によって自己資本が急速に減少すると金融政策運営に影響を及ぼしかねない,といっ た別の検討事項もあり留意が必要であ
6
る。
Ⅳ-2 財政規律の現状
次に,財政規律の現状について議論する。SW モデルの理論分析では,緩和長期化が 財政赤字の悪化をもたらし,財政インフレの発生を早めるというシナリオを検討した
(積極緩和+財政悪化シナリオ)。では,近年の金融緩和のもとで,財政規律は実際低下 してきているのだろうか。歳入と歳出のバランスの状況は,データからはどう見てとれ るだろうか。
図
6
には,基礎的財政収支の動向が表されている。財政収支の赤字は縮小してきてお り,収支全体で見る限り,改善基調にあることが見て取れる。財政収支の動向を,歳入 と歳出(国債費を除く)に分けてみたのが図7
である。歳入面では,税収合計(税収・印紙税)が着実に上向いてきている。これは景気回復による税収増(所得税,法人税)
に加えて,2014年からの消費税率引き上げが大きく寄与している(図
8)。一方,歳出
合計は80
兆円レベルを上限に伸びが抑制されてきている。少なくとも足元数年の動向 を見る限り,歳入と歳出のバランスは維持されているように見える。わが国の金利と成長率の関係はどうだろうか。金利が成長率を上回る程度は,債務
GDP
比率の上昇スピードに影響する。上記のシミュレーションでも明らかなように,金利が抑制され,成長率が高まれば,金利と成長率のギャップが縮小し,債務・GDP
────────────
6 自己資本の減少により金融政策運営に影響を及ぼす影響については,福井(2003),植田(2003),Jor- dan(2011)などを参照。
図6 基礎的財政収支
注:2017年度までは補正後予算,2018年度は当初予算 出所:財務省「財政統計」
164(770) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
比率の上昇速度も落ちる。金利と成長率の関係が逆転して「金利<成長率」になれば,
その間債務
GDP
比率は発散しなくなり,境界点への到達をさらに遅らせることができ る。図9
には,日本の長期国債利回りと名目GDP
成長率が示されている(1988年から 現在まで)。基本的には通常の「金利>成長率」の関係が見てとれるが,近年は大規模 な金融緩和が実施されて金利が低下する一方,成長率は緩やかに回復してきたため,通 常の関係が逆転し「金利<成長率」となっている。他の先進国でも同様の傾向が示され ており,たとえば米国においても世界金融危機前までは金利が成長率を上回っていた が,金融危機後にはその関係が逆転する傾向が続いている(図10)。米国では金融政策
の正常化が始まり,政策金利は上昇してきたが,長期金利はまだ3% 前後の低い水準で
図7 歳入と歳出のバランス
注:一般会計決算ベース 出所:財務省「財政統計」
図8 税収の内訳:所得税,法人税,消費税
注:一般会計決算ベース 出所:財務省「財政統計」
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (771)165
推移している。世界経済見通しへの下振れリスクとあいまって,先進国の長期国債利回 りには今後も低下圧力が加わり続けると予想される。
Ⅳ-3 政府債務の持続可能性:Bohn(1998)に基づく検証
Bohn
の手法前小節では,財政規律の足元までの状況について,近年のデータを振り返りつつ議論
図9 日本の金利と成長率の関係
注:名目金利=10年物国債利回り,名目成長率=名目GDP成長率(前年比)
出所:Bloomberg,内閣府
図10 米国の金利と成長率の関係
注:名目金利=10年物国債利回り,名目成長率=名目GDP成長率(前年比)
出所:Bloomberg
166(772) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
した。この小節では,政府債務の持続可能性について,Bohn(1998)の手法を利用し てよりフォーマルに検証す
る。Bohn7 のテスト手法は,持続可能性の十分条件を議論す
るもので,これまでにもわが国の検証に応用されてきた(土居(2004))。その基本アイ デアは,政府債務残高がある一定水準以上高まったもとで,前年度の政府債務残高が増 えた場合には,基礎的財政収支を改善する(赤字であれば縮小する)ように財政運営を 行い,そうした財政運営から大きく逸脱しないならば,十分条件として政府債務は持続 可能である,というものである。
Bohn(1998)による実際の推計式は,以下の通りである。
)
*$!#"'(&*
*##
#"$!#
*##
$%$!#
*#$
* (15)ここで
)
*は*
期の基礎的財政収支・GDP比,'(&**は政府債務残高(前年度末)・GDP 比,"$!#*は財政支出の循環的な変動部分,%$!#*は実質GDP
の循環的な変動部分,$
*は誤差項を表す(!%"%##%#
$は係数)。"$!#*と%$!#
*については,Bohn(1998)お よび土居(2004)に依拠して,"$!#*$! "
*!"
*"" &%
*, %$!#
*$! $!%
*&%
*""! "
*"&%
*"
と定 義される(ここで"
*は実質政府支出,%*は実質GDP, "
*"は実質政府支出の恒常的な 部分,%*"は実質GDP
の恒常的な部分。"*"と%
*"の推計には,Beveridge and Nelson(1981)による
decomposition
を利用し,それぞれについて,AR(1)あるいはARMA
(1,1)モデルを仮定する)。"$!#*と
%$!#
*を追加することで政府支出と景気動向の循 環的な要因をコントロールし,そのうえで,基礎的財政収支と政府債務の間に正の関係 がみられるか,すなわち政府債務比率の係数"
が有意に正かどうかテストを行う。実証結果
(15)式に基づき,ここでは
1971〜2017
年度の年次データを用いて,わが国の持続 可能性について検証す8
る。図
11
には,本分析で用いる基礎的財政収支()*)と政府債 務残高('(&**)のデータをプロットしている。両者の関係は全体として必ずしもはっ きりせず,たとえば1990
年代から2000
年代初めまでは負の相関が見て取れる。しか し,2010年代に入ると,比較的明確な正の関係が回復していることが伺われる。この(15)式に基づく実証結果は,表
3
にまとめられている(モデル(1)と(2)の────────────
7 財政の持続可能性に関するテスト方法については,共和分分析を応用した手法などもある。土居
(2004),宮尾(2006, 6章)などを参照。
8 データの詳細は以下の通り。基礎的財政収支・GDP比率()*):一般会計税収合計−国債費除く歳出合 計(出 所:財 務 省「財 政 統 計」)/名 目GDP(出 所:内 閣 府「GDP統 計」)。政 府 府 債 務・GDP比 率
('(&**):国及び地方の長期債務残高(前年度末,出所:財務省「財政統計」)/名目GDP。実質政府支 出("*)および実質GDP(%*)の出所は内閣府「GDP統計」。GDP統計の各系列は,2008 SNAデー
タに93 SNA(2000年基準),68 SNAを順次接続して使用。
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (773)167
列)。こ こ で モ デ ル(1)と(2)は,Beveridge-Nelson decomposition で
AR(1)と ARMA(1,1)モデルをそれぞれ仮定したケースに対応する。結果をみると,債務・
GDP
比率の係数はいずれもマイナス値で,統計的にも有意となっている。すなわち,Bohn
の持続可能性の十分条件は満たされておらず,むしろ逆の結果が得られた。次に,近年,財政収支に改善傾向がみられることを踏まえて,2010年代に入ってか
図11 基礎的財政収支と政府債務残高
注:政府債務残高=国及び地方の長期債務残高(前年度末の債務残高/名目GDP,右軸)
出所:財務省「財政統計」
表3 政府債務の持続可能性のテスト結果
〜被説明変数:基礎的財政収支・GDP比率〜
注:サンプル期間は1971-2017年。モデル(1)と(2)は本文(15)式,モデル(3)と(4)は 本文(16)式に基づく。カッコ内は分散不均一と系列相関を考慮した標準誤差(Newey-West,
ラ グ1期 を 仮 定)。"&$)は2012年 以 降=1を 取 る ダ ミ ー 変 数。B-N decompositionは,
Beveridge-Nelson(1980)の循環部分と恒常的部分を分ける手法で,各 モ デ ル が#'!%)と ('!%)の導出に使われる。**,*,‡は,それぞれ1%,5%,10% 有意水準での棄却を表す。
168(774) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
ら構造変化があることを容認するモデルを推計した。図
6
や図7
から,2012年頃から 歳入と歳出のバランスの改善基調が明確になってきていることから,その時期からの構 造変化(定数項と傾きの係数のシフト)を容認する実証モデルを設定する。具体的に は,2012年以降を1
を取るダミー変数("&$-)および政府債務比率とのクロス項(*+)--
!"&$
-)を作成して,それを(15)式に追加した以下の式を推計する。,
-#!""*+)-
-"$
#"&$
-"$
$! *+)-
-!"&$
-""#
##'!%
-"#
$('!%
-"%
- (16)である(ここで
$
#と$
$は,それぞれ切片!
と傾き"
のシフトを表す係数)。(16)式に基づく実証結果は,表
3
のモデル(3)と(4)の列にまとめられている。結果をみると,両モデルとも,構造変化前の債務・GDP比率の係数
"
は引き続きマイ ナスであるが,クロス項の係数$
$は有意かつ大きなプラス値となっている。両者を足 した構造変化後の係数の値は0.28
程度で明確なプラスとなる。2012年頃以降,基礎的 財政収支と政府債務の関係はプラスに転換し,持続可能性が回復してきていることが伺 われ9
る。
以上まとめると,Bohn(1998)の手法に基づくフォーマルな検証からも,わが国財 政運営は近年改善傾向にあり,債務の持続可能性が満たされる可能性があることが示唆 された。今後もこれまでの財政運営から逸脱せず,この傾向を継続していくことが求め らる。
Ⅳ-4 財政と金融の協調の望ましいあり方
本節の最後の論点として,財政と金融の協調のあり方について議論したい。金融緩和 の長期化が見込まれるなかで,政府と中央銀行はどのような協調関係を維持することが 望ましいのだろうか。以下では「協調」のあり方について,政策行動の協調と政策枠組 みの協調の
2
つに分けて検討する。まず政!策!行!動!の協調とは,一般に,短期的な財政・金融政策のポリシーミックスを意 味する。言い換えると,政府・中央銀行の制度枠組みや与えられたマンデートのもと で,両者が連絡を密にして十分な意思疎通を図り,それぞれの政策行動の連携を図るこ とである。
一方,政!策!枠!組!み!の協調とは,財政当局と中央銀行それぞれの政策運営,つまり一時 的・短期的な政策行動ではなく,将来にわたる中長期の政策行動を規定する枠組みや理
────────────
9 以上の結果は。いくつか異なる設定や推計式に基づく追加検証からも確認されている。たとえば,
Beveridge-Nelson decompositionの想定をAR(2)モデルに変更する,Newey-Westのラグ次数を2期と する,(16)式に#'!%-と('!%-に関するクロス項(#'!%-!"&$-, ('!%-!"&$-)を追加して推 定するなどの検証を行ったが,いずれも表3と同様の結果が得られた。
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (775)169
念に関する協調である。この枠組みの協調については「マネタリストの不快な算術モデ ル」で想定されたとおり,2つの組み合わせが考えられる。1つは,「財政規律を順守す る政府」と「政府とは独立して物価安定を目指す中央銀行」との組み合わせ,もう
1
つ は「財政規律を順守しない政府」と「政府に従属する中央銀行」の組み合わせである。現在日本における政策協調のあり方は,行動と枠組みの両面とも,2013年
1
月に公 表された政府と日銀の共同声明(「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政 府・日本銀行の政策連携」)に明記されている。以下,改めてそのポイントを要約する と,●政府は,(i)機動的なマクロ経済政策運営に努める,(ii)研究開発やイノベーショ ン,制度・規制改革などを通じて日本経済の競争力と成長力を強化する,(iii)持続可 能な財政構造を確立する取組を着実に推進する,
●日本銀行は,(i)金融緩和を推進して
2% 物価安定目標をできるだけ早期に実現す
る,(ii)金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検する,(iii)物価の安定を 通じて国民経済の健全な発展に資するとともに金融システムの安定確保を図る,と謳われている。
これをみると,実際,行動と枠組みの両方の協調が包括的に明記されていることが見 て取れる。まず(i)は,機動的な財政政策と積極的な金融緩和を推進するという,い わゆるポリシーミックスに相当する。この指針のもとに,実際,経済財政諮問会議やそ の他のレベルでの意見交換を密にし,デフレ脱却と持続的な経済成長という共通の目標 に向かって必要な政策連携が図られてきた。(ii)は,(i)に関連した同じく政策行動に 関する記述と解釈できるだろう。政府の実行する制度・規制改革ならびに成長戦略は,
供給サイドの財政政策であるが,(i)の機動的な財政政策に含まれうる内容でもある。
そして(iii)では,政策枠組みの協調が規定されている。政府自身のマンデートであ る財政再建に向けた取組,そして日本銀行の政策運営の理念である物価安定が盛り込ま れている。政府は財政規律を順守し,中央銀行は独自の目標として物価安定の実現を目 指すという政策枠組みの協調体制が,改めて共同声明で明記されているのである。
共同声明から読み取る限り,政府と日本銀行の協調のあり方は,政策行動の面でも,
政策枠組みの面でも適切な関係が維持されている。この間の大規模な国債買入れも,そ れは決して財政に従属する協調の結果ではなく,従来の政策枠組みのもとで実施されて きた,政府と連携した政策行動と理解できる。
しかし,逆に言えば,そうした中長期の政策枠組みを規定する法制度や仕組みが変更
170(776) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
されれば,状況は一変する可能性があることも忘れてはならない。かつてプリンストン 大学のクリストファー・シムズ教授は,「物価水準の財政理論」に基づいて,一時的に 均衡財政にこだわらない,柔軟な財政政策運営の採用を提唱した。具体的には,2% の インフレ目標の達成まで消費税増税を先送りにしてはどうかという提案である。このシ ムズ提案については,一時的とはいえ通常の政!策!枠!組!み!の組み合わせから逸脱するもの であり,意図せざる形で現在の法制度の変更(日本銀行法や財政法の改正など)につな がりかねないというテイルリスクをはらんでい
10
る。シムズ教授の提案が世の中の注目を 浴びたことは示唆的であり,今後わが国の協調体制を担保する法制度が変更されないと いう保証はない。
現在の財政と金融の政策協調は,共同声明とそこに明記されているマンデートや制度 枠組みを基礎として成立している。金融緩和の継続が見込まれるなか,2019年には
10
月に消費税率引き上げを控え,また世界経済の下振れリスクも懸念される。機動的な財 政政策への期待も高まるだろう。共同声明の内容から逸脱することなく,緩和長期化の 副作用に十分目配りしながら,財政と金融の適切な協調を今後も堅持し続けなくてはな らない。Ⅴ お わ り に
金融緩和の長期化がもたらす財政への影響について,本稿では,まず財政インフレの 懸念をとりあげ,「マネタリストの不快な算術モデル」に基づき理論的に検討した。い くつかのシナリオを想定して,積極緩和によるメリット(通貨発行益の増大,金利の抑 制,経済成長の改善)とデメリット(財政赤字の増加)の両方について比較考量を行 い,前者には政府債務・GDP比率の伸びを抑制して財政従属レジームへの移行を遅ら せる効果があることを定量的に議論した。金融緩和を評価する際には,決して一面的に ならず,メリットとデメリットの双方を総合的に勘案する必要性があるという点を重ね て強調しておきたい。
続いて,緩和長期化により将来の出口の際に生じうる財政負担増大のリスクについ て,最新の試算に関する前提を再検討した。その結果,再投資の期間や金利正常化後の バランスシート規模によっては,当初の損失をその後の利益が上回る可能性があること を指摘した。さらに,わが国の財政規律および債務の持続可能性についてデータに基づ く検証を行い,近年の財政収支のバランスは改善傾向にあること,フォーマルな
Bohn
(1998)の手法からも政府債務の持続可能性は満たされている可能性があることを示し
────────────
10 シムズ提案に関する留意点ついては宮尾(2017)を参照。また物価の財政理論および政府と中央銀行の 協調に関する解説については,木村(2002)が優れている。
金融緩和長期化の財政への影響(宮尾) (777)171
た。
政府と中央銀行の協調のあり方については,最後に論じた通り,現在の枠組み──政 府と日銀の「共同声明」──において財政政策と金融政策の協調が包括的に記されてお り,適切と評価できる。今後,仮に機動的な財政政策への期待が高まるとしても,共同 声明で明記された役割と関係を堅持することが強く求められる。
参考文献
Beveridge, S and C. R. Nelson, A new approach to decomposition of economic time series into permanent and transitory components with particular attention to measurement of ‘business cycle,’ Journal of Monetary Economics,7, 151-174, 1981.
Bohn, H., The behavior of U.S. public debt and deficts, Quarterly Journal of Economics,113, 949-963, 1998.
Doepke, M., A. Lehnert, and A. W. Sellgren, Macroeconomics , Northwestern University, 1999(http : //fac- ulty.wcas.northwestern.edu/˜mdo738/book.htm)
Jordan, Thomas J., Does the Swiss National Bank need Equity? Swiss National Bank, September 2011 Sargent, T. J. and N. Wallace, Some unpleasant monetarist arithmetic, Federal Reserve Bank of Minneapolis
Quarterly Review, 5, 1981
Sims, Christopher, Fiscal Policy, Monetary Policy and Central Bank , Speech at the Jackson Hall conference, Federal Reserve Bank of Kansas City, August 2016
岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター編著『金融正常化へのジレンマ』日本経済新聞出版社,
2018年
植田和男「自己資本と中央銀行」日本金融学会記念講演,日本銀行,2003年10月
(https : //www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2003/ko0310f.htm/)
木村武「物価の変動メカニズムに関する2つの見方−Monetary ViewとFiscal View−」日本銀行調査月 報,2002年7月
シムズ,クリストファー「脱デフレ 金融政策では限界だ」日本経済新聞 2017年1月29日
土居丈朗「政府債務の持続可能性の考え方」財務省財務総合政策研究所 Discussion Paper No.04 A-02, 2004年3月
深尾光洋「量的緩和,マイナス金利政策の財政コストと処理方法」RIETI Discussion Paper J-32,経済産 業研究所,2016年3月
福井俊彦「金融政策運営の課題」日本金融学会記念講演,日本銀行,2003年6月
(https : //www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2003/ko0306a.htm/)
藤木裕・戸村肇「『量的・質的金融緩和』からの出口における財政負担」TCER Working Paper J-13, 2015 年
宮尾龍蔵『マクロ金融政策の時系列分析−政策効果の理論と実証−』日本経済新聞社,2006年 宮尾龍蔵『非伝統的金融政策−政策当事者としての視点−』有斐閣,2016年
宮尾龍蔵「財政・金融政策運営をセットで分析する意義−「シムズ提案」から学ぶべきこと」NIRAオピ ニオンペーパーNo.30, NIRA総合研究開発機構,2017年5月
宮尾龍蔵「財政と金融の協調−緩和長期化のもとでのリスクと意義を考察する−」NIRAオピニオンペ ーパーNo.41, NIRA総合研究開発機構,2019年1月
172(778) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)