高機能発達不均等大学生、の支援

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高機能発達不均等大学生、の支援

一 ナ ラテ ィブ ・アプ ロー チの観点 か ら一 富山大学保健管理セ ンター 斎 藤 清 二

Support fё r Uttiversity Students with High… Functioning E)eve10pmental lmbalance

― From the view― point of narrative approach ―

1。 は じめに

大学生 のキ ャンパ スライフにおける問題 は多岐 にわたるが、 その共通基盤 として、社会的 コ ミ三 ニケーションの困難 という問題が指摘 されている。

コ ミュニケーションとは定義上、二人 (あるいは 二人以上の)人 間同士が言葉 などの シンボルを用

いて情報を交換す ること、 とされ るが、一般的に は、明示的で合理的な情報の伝達 (理性的なコミュ

■ケーション)と 、意味や価値や感情 などの暗黙 知的な情報を伝達く共有すること (感性的なコ ミュ ニケーション)の 二つの要素か ら成 り立つ と考え られている。 この コ ミュニケー ションの二つの側 面 は相互 に複雑 に絡み合 っているが、 いずれにせ よこの コ ミュニケー ションの二つの側面が うま く 調和的に機能 しない場合、 いわゆる 「話が通 じな い」 という状況 に陥 って しま う。 このような状況 は、大学生のキ ャンパ スライフを著 しく困難 にさ せ るだけではな く、学生 とコ ミュニケー トしつつ 教育や修学支援 を行 うことが本務である教職員 に とって も、その職務遂行 を困難 にさせ る。その結 果多彩 な問題がキ ャンパ スライフに招来 され るわ けであるが、そのい くつかを例示すれば、不登校、

ひきこもり、単位取得困難、留年、休学、退学、

卒業研究指導 の困難t就 職活動の困難、 そ して最 悪の場合 は自殺 などの形で表れ る。 このよ うな、

キャンパスライフで生 じる様々な困難 (困りごと=

trouble)の 解決 や解消 のための さまざまな支援 を行 うことは、大学 の機能の一つの重要な側面で あ り、富山大学の場合 は学生支援 セ ンター、保健 管理 セ ンターなどがその中核 を担 っている。

一方近年、社会的 コ ミュニケーションに著 しい 困難 を持 っている人の一群が存在 していることが 注 目され、 その人 たちが持 つ問題 は、 発達 障害 (developmental disorder)として カテ ゴライズ され るよ うにな らた (小見2008)。発達障害 とは、

概念的には生 まれた時以来、 あるいは人生 の ごく 早期か らもっている能力的な障害であ り、 その根 本的な障害 は一生涯変わ らないと考え られている。

発達障害 には色々な観点か らの分類があ り得 るが、

下 位 分 類 と して 、 1)自 閉 症 ス ペ ク トラ ム (Autistic Spectrum Disorder:ASD)、2)注 意 欠陥多動性障害 (Attention―Dificit/Hyperactiv―

ity Disorder:ADHD)、 3)学 習障害 (Learning Disorder:LD)4)そ の他 の発達障害、 の 4型 に 分類 されている。 しか しこれ らの下位分類同士 に は少 なか らず重複が認 め られること、幼少期か ら 大学生 に至 る間での間に、表面 に出て くる問題が 変化す ることがあることなどか ら、実際の支援 に おいては下位分類 にこだわ ることにはあま り意味 がない とい う主張 もあ る (福田2008)。また 自閉 症 とアスペルガー症候群 の異同について も議論が あ り、 アスペルガー症候群 は、 自閉症の特徴であ るとされ る 「Wingの 三 つ組 み (コ ミュニケー シ ョンの障害、社会性 の障害、想像性 の障害)」

を持つ人 の うち、知的障害がな く、言語 を通 じた 意志疎通 に明 らかな障害 を持 たない者 とされてい るが、大学生 においては、実質的に高機能 自閉症 とアスペルガー症候群 を区別す る有用性 はないと 考え られている (福田1996,2008)。

元来発達障害が問題 になるのは、幼小児期であ

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ると考え られていたが、近年大学生 に も発達障害 の特徴 を呈す る者が増えて きたことが注 目され、

このよ うな学生 に対 しての大学 における支援の在 り方 が議論 され るよ うにな って きた (福田1996, 2008,岩 田2003,中 島2003,西 村2009)。

富山大学では、平成19年度文部科学省 「新 たな 社会的ニーズに対応 した学生支援 プログラム (学 生支援 GP)」 の選定を受 け、「『オフ』 と 『オ ン』

の調和 による学生支援 一高機能発達障害傾向を持 つ学生への支援 システムを中核 として一」を開始 した。 このプログラムは支援の中核 をいわゆる発 達障害傾向を もった学生 の支援 にお くがく必ず し

も対象 を限定せず社会的 コ ミュニケー ションに困 難 を もつ学生 を包括的に支援す るプ ロジェク トと して設計 されている (斎藤2008,斎 藤 ら2009)。

本稿で は、 このプロジェク トの中核 となる高機能 発達障害学生への支援 システムを構築す る中か ら 浮かび上が って きた問題点 について考察 し、大学 における発達障害学生支援 についての新 しいパ ラ ダイムを提唱 してみたい。

2.大 学における発達障害学生支援の問題点 本邦 において、大学生 の発達障害が本格的に注 目され るよ うにな ったのは比較的最近 の ことであ る。 もちろん発達障害の子供の うち、知的能力の 高 い者が大学 に進学す ることは当然 あ りうること は以前か ら指摘 されていた。 しか し本邦の大学 に おける学生支援 ・学生相談の視点か ら、明確 に発 達障害の事例 に焦点 を当てた研究報告 としては、

広汎性発達障害 の疑 いのあ る大学生2症例 の考察 を行 った福 田の報告 (福田1996)が おそ らく最初 であろ う。福 田は精神科医であ り、保健管理 セ ン ターによる学生相談 をその主 たるフィール ドとす る立場か ら、 「大学保健管理 セ ンターで は問題が 学 内にとどま り、本人 の希望がない場合両親 と面 接 しない ことが多 く、詳細 な発達過程 は聴取で き ないため発達障害の診断の根拠 は、現象 と本人の 過去 に対 しての陳述 のみか ら行 う。 そのため診断 上で限界がある 0,」 (福田1996)と 述べている。

この 「速やかに確定診断を得 ることが事実上困難

である」 とい うことは、大学 における発達障害者 支援 の最大 の問題であると思われ る。

もちろん、発達障害支援法が成立 し、小学〜高 校 における特別支援教育が充実 しつつある今 日、

すでに支援 を受 けた実績を もち、診断 もなされて いる発達障害の生徒が大学 に進学 して くるケース は今後増加 して くることは間違 いない。 しか し大 学 の現状では、 まだまだ発達障害の支援 どころか その可能̀性さえキ旨摘 されないままに大学 に進学 し、

キ ャンパ ス ライフにおいて初めて彼 らの 「生 きに くさ」が露 になるケースのほうが相対的に多い と 思 われ る (西村2009)。 このよ うな学生 を どのよ うに支援 に結 び付 けるのか とい う問題 の解決 は難 しい。確定診断が得 られているケースだけを支援 の対象 にす るな らば、大多数の支援 ニーズを抱え る学生 は、支援の網か らこばれおちて しまうだろ う。そこで診断がなされているかどうかではな く、

キ ャンパ ス ライフに困難を抱える学生の支援 ニー ズを出発点 として支援を開始す るとい う方策が考 え られる。 しか しその場合、そのような学生のニー ズをどのように拾 い上 げるのか とい う方法論が必 要 になる。 さ らに、支援 ニーズを出発点 とした支 援 を行お うとす る場合、支援対象が際限な く広 く

なって しまい、支援の リソースがそれに追 いつか ないのではないか とい うことも危惧 される。

富山大学では、上記 の問題を解決す るために、

トータル ・コ ミュニケー シ ョン ・サポー ト (TO…

tal COmmunication Support: TCS) と い うコ ンセプ トに基づいて、支援 プロジェク トを実践 し て い る。TCSの 設計 と運用 の実際 につ いて は、

すで に幾つかの論文で述べたが (斎藤2008,斎藤 ら2009)、支援へのアクセスとい う点 に絞 って要 約す ると、TCSは 、 支援対象者 が発達 障害 の診 断を持つ、持 たないにかかわ らず、全ての コ ミュ ニケーションに関わる問題を支援することを大 き な特徴 とす る。TCSは 支援対象者 の診断やスク リーニ ングを重要視せず、支援の出発点 を当事者 の困 りごとにお く。 そ して コ ミュニケーションに 関わ る困難 を抱えた学生や教職員が、 サポー トシ ステムに容易 にアクセスす るための複数のチ ャン

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高機能発達不均等大学生、の支援

ネルを用意す る。サポー トの中核を担 うハ ブとな る トータル コ ミュニケー ション支援部門 (TCSI) への直接 ・間接のアクセスを推進す るために、新 入生 および教職員全員 に TCSIの パ ンフ レッ トを 配布 し、全学部 の教務窓 回、教養教育窓 口との連 携 を強化 し、学生本人か らの相談 を促す とととも に、事務職員、教員か らの紹介を促 している。 ア クセスの手段 としては、直接来談、電話、インター ネ ッ ト (メールお よび SNS)に よる相談 を受 け 付 けている。

このよ うにアクセスの多元性 を重視 した支援 を 行 う時、 問題 になるのは、 「い ったい このよ うな 支援 を行 う時、支援 されている学生 はどのよ うに カテゴライズされ るのか ?」 とい う疑間である。

TCSは 発達 障害 の学生 (通常 は専 門家 による診 断を得ている者 を指す)だ けを対象 と しているわ けではない。 しか し、個 々の判断や見立てを全 く していないわけで はない し、特 に支援 のニーズが あるかないか、 どのよ うな支援が必要 なのかにつ いて は個別的で柔軟な判断を行 うことを目指 して いる。それでは発達障害 とぃ う診断にこだわ らず に、 しか も適切 な支援範囲をその都度明確 に して い くとい うようなことは、 どのように して可能な のだろうか。私達のプ百ジェク トでは、 このよう な実践 を行 うために有効 な コ ンセプ トと して、

高機能発達不均等」 と、「ナ ラティブ ・アプロT チ (物語的接近法)」 の二つの概念 を重視 してい る。以下 の項ではそのそれぞれについて詳述 して いきたい。

3。 高 機l能発達不均等  (High‐Functioning De‐

vёlopmental imbalance)というコンセプ ト 筆者 らが大学で出会 う、「発達障害傾向を持つ」

学生 の多 くは、人生 のある時点か ら一種の 「生 き づ らさ」 を抱えつつ も、大 きな破綻を来す ことな く大学 に入学 して くる。一般入試 を突破 して入学 す る学生 の場合、少 な くとも知的能力や学力 には 大 きな問題 はな く、む しろ平均的学生 に比べ ると 優秀 な場合 も多 い。 しか し彼 らの多 くは、社会的 コ ミュニケーションや他者 との人間関係形成 に困

難 を抱えてお り、 その問題 は本人 によって もある 程度 自覚 されていることが多 い。彼 らに共通 の特 徴 を一般化す ることは難 しいが、 プロジェク トに おける私達の経験か らある程度典型的 と思われ る ス トー リーを抽出す ることで、議論 を進 めるため の素材 と してみたい。 (以下 に述べ るAさ んのス トー リー、次項 で述べ る B君 のス トー リーは、

複数 の経験 を合成 した ものである。 したが って現 実 には 「Aさ ん」 「B君 」 とい う特定 の学生 は存 在 しない)

Aさ ん は理系学部 の4年次 ′ご在学 する女子学 生。就職支援窓 日で相談 中′ご突然泣 き出 して し

まったという事件 をきっか けに、支援室 での相 談 を勧 め られ、来談 した。 これ までの経緯 を尋 ね ると、Aさ ん は時折涙 を流 しなが ら、以 下 のよ う/L‐話 して くれた。高校 の頃か ら理系科 目 を教lえる獅 にな りたいと思 っていた。 し か し

「お まえ は人 前 で話 す ことが音手 だ力)ら」 と家 族 に言われ、散々迷 った末、公務員講座 を受 け

ることに した。4∠ヨこな って、公務員試験 や本 格的 な所職活動 が 日前 にな った時点 で、 自分が 公務員 になって/・7を した いのか、民FE7に就職 じ た ら/・7を した いのか とい うことが全 く分か らな くな り、混乱 して しまった。「一番の問題 は、

自分が/r7をした いかの目標が ないことです」 と Aさ ん は語 った。 Aさ ん の語 り日 は、 話 が あ ちこち飛ん で蕉点が定 まらず、話 の途 中で突然 泣 きだ した り、 そ うか と思 うとけろ っと した様 子 で笑 った りといった具合 で一貫 性がな く、語 られたス トー リーを道跡 することに困難 を感 じ たが、 それで も面接 力ゞ終 わ るころ/c‐ま落 ち着 い た表 情 ′こな った。

その後 の面接 では、就 職活動 や将来 への不安 につ いての語 りとと も′ご、今 まで友人 関係 に非 常 に気 を使iって きたカミ う ま くい力)な い ことが 多 いとい った ことカド語 られ るよ 夕 こな って きたし 蹴 職 の ことが不安 なのが問題 だ と思 って い ま

しが、 今 まで反入 関係 で辛 い思 いを して きて、

我 慢 して きた ことが、 自分 の本 当 の問題 だ った

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のではないか と思 うよ うにな りま した」用弘は、

他人 か ら、F何時 も実 っていて、 幸せそ うで良 いね」 などと言われ ますカミ 実際 ′こはず っと辛 いと思 って来 ま した。他人 と一緒 /c‐いると、 そ の人が何を考え ているのかが気 にな らて、授業 や アルバ イ ト′ご集 中 できませんゴ。 また虜職活 動 につ いて も、「面接 にな った ら、他 の都 市 ま で一人 で行か なければな らないのに、電車 に乗 ることが できないとか、敬語が使えないとか、

定型文 の手紙が書 けないとか、大ス にな らない といけないのに、大人 になっていないなあと考 え させ られ て しまいます」 と述 べ、社会 でや っ ていけるか ど うかの不安 力ゞ語 られた。

またあ る時 Aさ ん は、 ゼ ミの教員 とのや り とりのエ ピソー ドについて語 って くれた力ヽ こ の会話 には Aさ ん の思考パ ター ンが よ く表 れ ている。「ゼ ミの先生 曜 葬 た 行 った ら、Fこの くらいの躙 銭解けるはずだ」 と言われ ま した。

脇 けません」 と言 った ら、隠 もIα¬前には解 けなか った。解 けるよ うに努力 しなければ」 と 言われたので、風搾けるよ うにな りた いとは′ え ません」 と言 った ら、厨場題を解:きた いとい う気持 ちが なければ、間題 晟解けるよ うにな ら ない」 と言われ ま したしFそれ ではど うや った ら問題 を解:きたいという気持 ち′こなるのだろ う か ?」 と考え て しまいま したゴ。勝 〕生 /c‐、Fど

ういう仕事が好 きなのか」 と聞かれ ると、分か りません。随 味 は ?」 と聞かれ て、Fな い」 と 答えた ら、Fそ れをすると時間 を忘れ て、疲 れ ないのカド趣味」 と言われ ま した。 そ うすると、

仕事 も Fや ってみて時FF7を忘れ て、疲 れ ないの が好 きな例 ということかな、 と思 いましたゴ

Aさ ん は、 苦労 じつつ も崩潮堀説動を続 け、

最終卸 ごはある会社 のた定 を取得 した。最大 の 懸案 の所職 の問題 は飲 した力ゞ、 その後 Aさ ん は週去にあ った反人 とのFE7での トラブルを想 起 し、 それ力`頭 力)ら離れゲ怒 リカゞ抑え られない ということにつ いてR度 も面接 で語 った。卒業 目前 とな り、 面接 の終結聞鰤 ごAさ ん は以 下 のよ うなエ ピソー ドを語Fった。 几以前 は、他人

と会 った時の竜景 や話iした ことなどを、努力 し な くと も全 て覚え ていま した。授業 で習 った こ とや教科書を読:んだ ことも、 そのまま覚│えてい るので、あまり勉 強を しな くとも成績 は良か っ たです。週去の体験 も全 てが現在 という感 じで す。最近 は、一生懸命覚えよ うと努力 しないと 覚 え られないので大変 です。 そのせ いで、嫌 な 体験 をそのまま覚:えているとい うの も減 ってき て、忘れ るよ うにな ったので、 それは助か って います。局校生 まではまち力れヽな くその自旨力が あ りま したカミ 大学 ′ごス ってか らだ

んだ ん それ が できな くなって、気が付 いてみた らそれが で

きな くな っていま したゴ

Aさ ん は大学4年生 まで、 日常生活 に大 きな破 たんを来す ことはな く、表面上 は普通の大学生 と して過 ご して きた。 しか し、Aさ ん に とって、

まわ りの友人達 との人間関係 は、 「他人か ら 『何 時 も笑 っていて、幸せそ うで良 いね』 などと言わ れ るが、実際にはず っと辛 いと思 って来 た」 とい う 「生 きに くさ」 の連続で もあ った。教師にな り たいという以前か ら一貫 した物語が破たん した時、

Aさ ん は混乱状態 に陥 った。面接 の中で Aさ ん は、 自分の社会的な能力 (他の都市へ旅行 したり、

書類を書 いた りとい った通常の成人であれば当た り前の こと)が 未成熟であることを自覚 し、それ について語 るよ うにな った。 さ らに Aさ ん は、

もの ごとの本質を常 に理論的に問 うてい くような 思考パ ターン (「仕事 とは何か ?」 趣味 とは何か ?」

など)を 常 に採用 しているために、む しろ社会か ら要求 されることを 「深 く考えることな くそつな くこな してい くこと」がで きないとい うことが見 て取れた。面接の最後 にようや く明 らかになった エ ピソー ドは、Aさ んが 「一度 目に した ものは、

全て写真 のよ うに目の前 に再現で きる」 という特 殊 な能力 を持 っていたとい うことであ り、 それゆ えに、過去の嫌 な体験 をまざまざと再現 して しま い、そのたびに嫌な思 いや怒 りを再体験 してきた ことが理解で きる。 このような体験 を しているこ とが分かれば、Aさ んが、 1年以上前 の友人 との

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高機能発達不均等大学生への支援

体験 について、執拗 に面接 において怒 りを表明 し た ことはよ く理解で きる。

Aさ んの小児期のエ ピソァ ドは、本人か らの漠 然 とした情報 しか分か らず、家族面接 も行われて いないので、 Aさ んが発達障害 と診断 されるか ど うかは、 これだけの情報では分か らない。 しか し 面接で明 らかにな ったAさ んの特徴 には、他者 と の コ ミュニケーションに苦労 しなが ら成長 して来 た こと、社会的な常識 とされているような知識や 経験 に乏 しく、 そのため もあ って就職活動 などの 社会活動 に困難 を生 じていること、過去 の嫌 な体 験 を くり返 し訴えた り、怒 りが持続 した りす る、

いわゆる 「こだわ り」を感 じさせ ることなど、 自 閉症 スペク トラムに特有 とされている、 いわゆる Wingの 三つ組み (社会性の障害、 コ ミュニケー ションの障害、想像性の障害)に 合致す る特徴が 見て とれ る。

一方でAさ んは、一度見た物をそのまま視覚的 に再現で きるとい う特異 な能力を持 ってお り、記 憶力が非常 にす ぐれていること、抽象的な思考能 力 に優れていること、 自分が専攻 した領域 の学問 は難 な くこな していることなど、優れた能力をた くさん持 っている。 しか しこのAさ んの能力 は、

必ず しもAさ んにとって良 い結果だけを もた らし ているか とい うとそ うではない。 Aさ んは、通常 な らばやすやす と答え られ るような 「あなたの趣 味 はなんですか ?」 「あなたはどんな職業 に就 き たいのですか ?」 とい う質問に答えることがで き ない。 Aさ ん は、「趣味 とは、 い ったぃなんであ るのか ?」 「仕事 とはなんであるのか ?」 とい う、

もの ごとの本質 を問 うよ うな疑間 に自然 に惹 きつ け られて しま う。一般的な就職活動 において要求 され るよ うな、「自己分析」 や 「自己ア ピール」

などとい うことは、 Aさ んか ら見れば 「そんな根 本的で難 しい ことが、他 の人 にはどうして分か る のか ?」 とい うことになる。 そ うす ると結果的に 就職活動 とい う、現代 の学生 のほとん どが行わな ければな らない活動 を行 うことが、著 しく困難 に な って しま う。

しか し一般 にこのようなことは、 A さ んに限 っ

た ことではない。現代 の多 くの大学生が、 Aさ ん と同 じよ うな ことに悩 まされている。 「自分が本 当に したい ことなどないよ うに思 え る」 「考 えれ ば考えるほど、 自分 には良 いところなどないよう に しか思 えない」 「自分 の良 い ところをア ピ下ル しなければ就職で きない とした ら、就職活動 とは い ったいなんだ ろ うか ?」 「私 はそんな ことは じ たい とは思わないが、 それで もしなければな らな い」。彼 らの多 くが抱 くこのよ うな感覚 とそれに 伴 う苦 しさは、果 た して 「『社会性』 とい う発達 させ るべ き能力が生 まれつ き障害 されている」 た めに引 き起 こされ るものなのだろうか ?彼 らの 苦 しさは、「もの ごとの本質 を問い」「自省的、論 理的な思考 をす ることを価値 あ りとす る」大学 と い うアカデ ミックな場 において、本来尊 ばれなけ ればな らない 「能力」ゆえなのではないだろうか。

もしそ ういった 「能力」がむ しろ高す ぎるために、

社会性」が障害 されるのだ とした ら、彼 らが陥 っ ている困難 を、 「社会性 の障害」 とラベル し、彼

らを 「発達障害の傾向がある」 とラベルす ること は本当に適切なのだろうか ?

しか し一方 で、 「Aさ んのよ うな学生 は多数存 在 し、それは青年期 に特有の一過性の過敏状態に 過 ぎない」 とい う考え方 も、現状 に合わない点が ある。 Aさ んは実際に、就職支援 の窓 口で泣 き出 して しまい、かたまって しま う、 とい った誰 の目 に も明かな問題 を引 き起 こしていた し、実際にA さんには支援のニーズは明 らかにあ った。 また、

Aさ んの 「経験 した ことを視覚 イメー ジとして鮮 明に再現で きる」 とい う認知特性 も、誰 にで もあ るというものではない。 しか しこの育ヒカでさえ も、

Aさ んに対 して 「勉強 に苦労 した ことがない」 と い うメ リッ トだけで はな く、 「嫌 な ことで も全て 覚えてお りヽ まざまざと視覚的に再現 され る」 と い う本人 にとっての苦 しみを もた らしている。 し か しこの現象を 「想像性 の障害 によるこだわ り」

と専門家が ラベルす るとした ら、 それは適切 な描 写 なのだ ろ うか ?こ の ことは本 当 に 「想像性 の 障害」なのだろ うか ? む しろ 「文字通 りの、 あ ま りにも鮮明す ぎる想像力」が 自動的に生 じて し

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ま うとい う、特殊 な能力 によってそれ らは引 き起 こされているのではないだろうか。

二事例の描写か ら、す ぐに何 らかの結論を導 こ うとす ることは性急 に過 ぎるとい う批判 は当然 の ことであるが、私達 はプロジェク トにおいて複数 例 の経験 を積 み重ね、互 いに討論す るなかか ら、

少 な くとも大学 キ ャンパ スとい う特殊 なコンテク ス トにおいて、社会的 コ ミュニケーションの困難 さを抱えた学生達を支援 しようとす るときに、彼 らの大部分 を 「発達障害 =発 達 させ るべ き能力の 生得的 な障害 (極端 に言 えばあ る能力 の欠損)」

とラベルす ることは、彼 らに対 して有効 な支援 を 行 うとい う目的か らみて、 あま り得策ではない、

と考えるよ うになった。む しろ、彼 らは発達 させ るべ きい くつかの能力 (少な くとも潜在能力)が 高す ぎるために、平行 して発達 させ るべ き他 の能 力 との間に不均等 (imbalance)を生 じて しまい、

それが色 々な困難 さを彼 らにもた らしていると考 えた方がよいのではないか とい うのが私達の仮説 である。そ こで、私達 は、社会的にコ ミュニケー ションに困難を抱え、発達障害 と一般 に呼ばれて いるよ うな傾向を もっているが、 ある分野 におい ては卓越 した能力を もっているような学生 を、 と

り あ え ず 、  高 機 能 発 達 不 均 等 ( H i g h ― Functioning Develop]mental lmbalance:HFDI)

と呼ぶ ことを提唱 したい。HFDIの 暫定的な定義 は以下 のよ うにまとめ られ る。

1)知 的発達の遅れを伴わない。

2)興 味や関心が特定の ものに限 られる。

3)特 定の卓越 した能力を持 っている。

4)他 人 との社会的関係の形成が困難。

5)独 特の認知 ・思考のパ ターンを持 っている。

6)被 害感、怒 りを持 ち続 けがち。

7)発 達障害の診断基準 を満 たさない人 も含 ま れ る。

もちろん、上記 の暫定的な定義 はかな りあいま いな ものであ り、今後支援の継続を重ねる中で、

よ り精緻で適切 な ものへ と改良 してい く必要があ る。 さらにこれは、医学的な診断基準 に対 して異 議 をとなえ るとい うよ うな ことを もくろんでいる

のでな く、 あ くまで も大学 における学生支援 とい う場 に限定 し、 とりあえずの支援方針 を策定 し、

支援 を実践す るなかか らよ り適切 な状況理解 を、

当事者 の学生 と支援者 の相互交流 の中か ら作 り出 してい くための、出発点 となる暫定的な概念であ ることを明確 に しておかなければな らない。

しか し、従来 「障害」 とラベルされていたカテ ゴ リーを 「不均等」 と呼び替えることによって も た らされ るメ リッ トもあると思 われ るので、期待 され るメ リッ トについてい くつか整理 してお きた い。

1)発 達障害 とは、概念的に 「脳の何 らかの異 常 によって、生 まれつ き、 あるいは発達 の早期 に 機能不全が現れて、一生持続す るものである。薬 で治療す る病気 とは異 な り、で きるだけ早期か ら 周囲が理解 して、環境 を整え、養育的な対応をす ることが重要である」 とされている。本人への治 療で はな く、環境 の整備の必要性 を強調す ること は、 もちろん意味がないことではない。 しか し、

「障害が一生持続す る」 とい うことが強調 されす ぎると、「障害特性 は変化 しない」 とい うニュア ンス もまた強調 されることになる。 しか し我々の 経験か らも、 また多 くの事例研究報告 (松瀬2009, 浦野 &細 澤2009,西 村2009)か らも明かなように、

彼 らは、他者 との交流 によ って 自 らの経験 を意味 づ ける作業を通 じて、明 らかに変化 してい く。大 学生 に限 らず、支援 にあたっているものの多 くは、

彼 らがまさに 「成長 し発達する」 という実感を もっ ている。「発達不均等」 とは、「発達途上 にある能 力の間に不均衡がある」 ということであ り、 たま たま相対的に発達の遅れている部分 (多くの場合 は社会性である)が あるに して も、それは成長可 能である し、同時 に優れている部分 に対 してよ り 多 くの注 目を与え ることが可能 になる。支援の 目 的は欠損 している能力 を支援者が補 うとい うこと よ りもむ しろ、学生の もつ優れた部分が発揮 され るよ うに支援 し、学生の自我成長を促 しつつ、発 達のバ ランスを回復 させてい くことになる。

2)障 害 モデルとは、障害を早期 に診断 し、環 境 を整え ると同時に、本人 およびその家族 に障害

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高機能発達不均等大学生への支援

受容 を迫 るとい うプロセスを必然的に内包す る。

障害 モデルを採用す るか ぎり、心理教育や 自己理 解 の促進 とい う作業 は、 「自分 の障害 につ いての F正 しい知識』 を獲得 してそれを受 け入 れ る」 こ とを 目指す ものになる。 しか し多 くの場合、「障 害 についての正 しい知識」 とはあ くまで も専門家 の中にある 「知識」であ り、 それは往々に して、

学生本人や家族が実感 していることとは一致 しな い。大学生の場合、すでにかな り長い人生をそれ な りに乗 り越えて きたとい う歴史を彼 らは持 って いる。そのよ うな歴史 に基づ く自己理解を形成 し ている彼 らにとって、 「障害受容」 を追 られ る体 験 というものは、例えそれが 「専門家の視点か ら

は正 しい知識」 であ った と して も、 「侵害的」 に 感 じられ ることがあるのはやむを得 ないと思われ る。時にはそれまでの否定的な経験 によってただ で も低下 している自尊感情を、 さらに低めるよう な結果 にな りかねない。

これまでの発達障害大学生の事例研究報告 にお いて も再三言及 されていることであるが、学生や 家族 の 自己理解 にとって重要 な ことは、 「発達障 害」 とい う診断を受 け入れ ることとい うよ りはむ しろ 「自分の特性」 を理解す ることであ り、 それ は具体的には 「自分の得意 なところと苦手 な とこ ろ」を理解することである (屋宮2009,西 村2009)。

そ うだ とすれば、 自己理解の内容 としての 「障害 とい う概念」 は、そ もそ もそれほど必要 はないと い うことにはな らないだろうか。 もちろん本人や 家族が、 「障害」 とい うモデルを受 け入 れ るほ う にメ リッ トがあるな らばそ うすればよい し、 そ う ではな くて 「障害」 とい う言葉で表現 され るもの とは異なるモデルを採用す ることにでメ リッ トが あるな らば、 そ うす るように援助すれば良 いので はないだろ うか。「発達不均等」 とい う概念 は、

彼 らが採用 しうるモデルの選択肢 を増や し、障害 モデル以外の説明図式を通 じての自己理解を増進 す ることに益す る可能性がある。

3)発 達障害のモデルは、生得時にすでにもっ ていた障害が、年齢を経 るにつれて次々と障害を 生み出 してい くとい うモデルであ りtそ れが人生

早期 に 「見逃 され る」 な らば、二次的な障害 とい う形で、次 々と悪 いことを産み出 してい くとい う モデルで もある。そのモデルは、発達障害 とは一 般的な集団 とは明 らかに区別で きる特性 を持 った 人であるとい う考え方が前提 とな っている。 しか し現実 には、中核的な発達障害の大学生が もって いる特性のかな りの部分 は、 いわゆる一般の人 も 程度 の差 こそあれ持 っている。実際 に相談室や支 援 の窓 口を訪れ る学生 は、最初か ら彼 らの特性を 全て示すわけで もなければ、 自分 の特性 を自覚 し ているわけで もない。彼 らの特性 は支援 などによ る関わ りを通 じて次第 に明 らかにな ってい くもの である。 しか し今 までの障害モデルでは、最終的 に医学的診断がなされない限 り、彼 らは発達障害 とはカテゴライズされず、彼 らに対す る支援 の実 際が公表 され ることはほとん どない。 そ こには発 達障害の学生 は、 そ うでない学生 とは最終的 に必 ず区別で きるはずだ とい う前提がある。 しか し大 学 のみな らず、現代社会全般 における深刻 な問題 の一つが、 いわゆる 「社会的 コ ミュニケー ション の困難」であることもまた、多 くの人が賛成す る だろう。 このような問題 に対す る支援の方法論が 確立 されれば、 それは中核的な発達障害の学生の みな らずtキ ャンパスの構成員全てにとって恩恵 を もた らす可能性がある。

HFDIと い う概念 は、 ある意味では大学で学ぶ 大部分の ものにとって程度 の差 はあ って も当ては まるものであるか ら、 この問題 に対す る関心 の領 域 を拡 げるために有用である可能性がある。発達 不均等 とは、その人が発達 させている能力の うち、

あるものは非常 に高 いが、 あるものは比較的低 い 状態 にとどまっているので、全体 として能力の凸 凹があ り、 そのために (特に社会的なパ フォーマ シスにおいて)苦 労 しているという考え方である。

そ ういう風 に考えると、発達不均等 はある意味で は程度の差 によって、誰 にで もあるものだか ら、

発達障害 とみなされ る人 とそ うみなされない人 と い うのは、実 は連続 したスペク トラム上 にあ り、

決 してあるところで明確 に線引 きで きるものでは ない とい うことになる。

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私達 は、HFDIの 学生が生活 しやすいよ うに大 学 を変え る試みは、以下の 2つ の理 由によ らて、

全ての大学構成員 にとって も良 い効果を もた らす と考えている。

1)そ のような大学 は、必然的に多様性 を尊重 す る大学 とな らざるを得 ない。

HFDIの 学生 は、他の人か ら見ればユニークな 認知 の しか たを して い る。 また HFDIの 学生 同 士 において も、認知のパ ター ンはおそ らくそれぞ れ異 な っている。一般 にこの ことは、「変 わ って いる」 とか 「常識がない」 というような評価をさ れがちであるが、 それは偏 ったみかたである。一 人一人の人間が、(程度にもよるが)、それぞれ違 っ た世界を認識 してお り、多様 な ものの見方が存在 す ることを認 めあ うことによって、各 自がそれぞ れのユニークさをよ り生かす ことが可能 になる。

このような大学環境 は、特定の学生だけではな く、

全ての学生 にとって、 より生 きやすい場 となると 思われ る。

2)そ のよ うな大学 は 「暗黙のルール」 に過乗J に頼 ることな く、明示すべ きことをきちん と明示

した うえで、質 の高 い交流が可能 になる 「場」を 提供す る。

例外 はあるにせよ、多 くの HFDIの 学生が もっ とも苦手 とす ることは、 「暗黙 のルールを読み取 ること」である。つま り、 テクス トとして明示化 され ることのない 「暗黙のルール」がその場を支 配 してお り、 そ こか ら少 しで も外れ ると、徹底的 に非難 された り、 その場か ら排除 されて しまった りす る世界 は、HFDIの 人 にとって は恐怖の世界 である。 しか し、 このような世界 は、その他の人 にとって も生 きに くい世界なのではないだろうか。

日本 の文化 は、 「言葉 に表現 されていない ことを 察 して行動す ること」 を良 じとす る文化であ り、

この ことにはもちろんメ リッ トもある。 しか し、

テクス トやルールによらて明示化で きることはき ちん と明示化 した上で、その中でよりよい交流 を 目指 してい くよ うな文化 は、HFDIの 人 のみな ら ず、多 くの人 によって も生 きやすい文化 なのでは ないだろうか。 そのような質の高 い交流を大学内

に生み出す ことが可能 になる 「場」 を提供す るこ とは、大学の大 きな責務であると考える。

4。 大学生支援 におけるナラテ ィブ 0ア プローチ という視点

ナラテ ィブ ・アプローチ とは、近年学際的な領 域 において注 目されている思考、実践の在 り方で、

その理論的側面、方法論的側面が個々の領域 にお いて急速 に整備 されつつあるムーブメントである。

医 療 の 分 野 で は 、 1 9 9 8 年に G r e e n h a l g h と Hurwitzら が、 Narrative Basё d IM[edicineとい

う概念 を提唱 して以来、新 しいムーブメン トとし て本邦 において も普及 しつつ あ る (Greenhalgh

&Hurwitz 1998/20019斎 藤 &岸 本2003)。 本稿 では大学における学生支援にナラティブ ・アプロー チの視点を取 り入れ ることがなぜ有用であるか と い うことについて述べ るとともに、HFDIと いう 新 しい物語 を提唱す ることの妥当性 を下支えす る 理論 としてのナラティブ ・アプロTチ について も 言及 したい。

通常私達 は、現実 とは私達 によって認識 されて いる疑 うべか らざる実体であると考えてお り、現 実 を正 しく認識 し、適切 な行動 によってそれに対 処 してい くことで、問題 を解決 した り、良 く生 き てい くことがで きると素朴 に信 じている。言葉 を 変えると、私達 を取 り巻 く現実 とは、私達が どの ように考えるか、 どのようなことを語 るか、 どの よ うな ことを期待す るか ということに先行 して、

先験的 (ア ・プ リオ リ)に 実在 しているものであ ると考え る。例えば発達障害 とい う障害、 あるい は発達障害の人 (大学生)は 、現実 に存在 してお り、私達 はそれを正 しく発見 し、正 しく理解 し、

正 しく支援す ることを目指す必要がある、 と考え る。

しか し、 ナラテイブ ・アプローチはそのような 見方 を とらない。む しろ、私達 は社会的な相互交 流 において、「発達障害」 という言葉 を用 い、「発 達障害 についての物語」を語 り合 うことによって、

「発達障害」 とい う現実 (あるいは現実 と して私 達が共有す るもの)を 創 りだ している、 と考える

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高機能発達不均等大学生への支援

のである。 これは、社会的 コ ミュニケーションが 困難であるために、 キ ャンパ スライフにおける支 援を必要 とする人など実際には居ない、などと言 っ ているのではない。 そ うではな くて、私達 はその ような具体的な個人 としての学生 との対話、 ある いはそのよ うな学生 をめ ぐる対話の中で、「発達 障害 とい う物語」 を語 りあ うこともで きる し、 そ れ とは違 う物語を語 りあ うこともで きるというこ とが重要 なのである。それ らの物語 には、「病気」

とか 「性格」 とか 「個人 の努力 しだい」 とか 「 性」 とか 「能力」 などとラベルされ るものが含 ま れ るだろう6ナ ラテ ィブ ・アプロニチは、 その う ちのどれかが唯一正 しい物語であるとは考えず、

複数 の物語の併存 を許容 し、 その具体的な時点、

その具体的な状況 における最 も有用な物語 を採用 すればよいと考え るのである。

もちろん、物語であればどれで も同 じであると い うわけではな く、 ある学生 を 「発達障害」 とい う物語 を通 じて理解す るか、 それ とも例えば 「個 性Jと い う物語 を通 じて理解す るかによもて、 そ の後の交流 は異 な って くる。「発達障害」 とい う 物語 に従えば、人生 において彼の上 に生 じて くる 様 々な問題 は、本人 の努力や責任 に帰せ られ るも のではな く、 あ くまで も障害特性 によるものであ り、む しろ周囲の環境が調整 され、社会的資源ヘ のアクセスこそが本人 に提供 され るべ きものであ る。 このような物語が採用 されることによって、

本人がそれまでに担 わされて きた困難が著 しく改 善す ることも期待 で きる。 しか し一方 で は、「発 達障害」 とい う物語 は、 「障害 とは生得的な もの であ り、その根本的本質 は一生涯変わ ることはな い」 とい う見解を主張す るもので もある6こ のよ うな物語が本人 とその関係者 との間に共有 され る ことは、人間 とは経験を通 じて変化 し、成長 して い く存在であるとい う、彼の もう一つ側面へ関係 者が注 目す ることを妨害 して しまうか も知れない。

その結果、彼をとりま く現実 は 「障害者」 として の現実 として構築 されて しまい、彼 は自分の個性 を発達 させてい く機会をむ しろ失 って しまうか も

しれない。

なぜ、物語がそれほど強い力を持つか というと、

それ は物語が 「経験を意味づ ける作用」を持 って いるか らである。物語の定義 に一定の ものはない が、極 く二般的に定義すれば、「あるで きごとの 経験 についての複数の言語記述が何 らかの意味の ある連関によ ってつなぎ合わされた もの」 あるい は 「言葉 をつなぎ合わせ ることによって経験 を意 味づ ける行為」 となる (斎藤 &岸 本2003)。 そ し て同 じ経験 に対 して、物語の紡 ぎ方 は複数 あるの で、極端 な言 い方をす るな らば、現実 についての 語 り方が複数 あるとい うだけではな く、現実 その もの も複数あ り得 るとい うことになる。例えばあ る学生 (B君 )が 以下のように語 ったとす る。

先週、英語の授業 の伸間 での飲み会があ った。

お酒 を飲,まないこともあ り、 それほど 話題 ′ごス れたわ けではな いカド楽 しか った。 「お まえ は普 段/・7を しているんだ ?」 と他学部生 か ら聞かれ て 「図書館 へ行 っている」 と各rぇた ら、「ノー ベル賞 とるよ うにがんばれ」 と言われ、 ちょっ と うれ しか った。応援 して もらっているよ うな 気力ゞして、少 し頑啜:ってみよ うか なとい う気持

ち′こなれた。

もし、 B君 が アスペルガー障害の学生だ とい う 情報 を事前 に与 え られていた ら、 このエ ピソー ド に対 して私達 は、 「B君 は物事 を文字通 りに しか 理解で きず、その場の雰囲気や相手の表情か ら他 者の意図を読み取 ることのできない、 コ ミュニケー ションの障害がある」 とい う言説 につい頷いて し ま うのではないだろうか ? し か し考えてみると、

それは事実であるか どうかは分か らない。 B君 は 単 に素直で向上心 の強い学生で、将来 ノーベル賞 とまではいかないまで も、何 らかの優秀 な業績を その専門分野 において挙 げるような青年 なのか も 知れない。

さ らに、 B君 に 「ノーベル賞 とるようにがんば れ」 と告 げた友人の真意 はなんだ ったのだろうか。

B君 をか らか ったのか、 それ とも真剣 にそ う思 っ たのか、 あるいはそのようなことはあ りえないと

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い うことを十分 に認識 しつつ、 B君 を励 ますため に配慮 した表現 を したのか ?こ のよ うに、 ただ ひとつの語 りか らも、私達 は即座 に複数の物語 を 創 り出 しうる。 さ らにB君 の語 る次 のよ うなエ ピ ソー ドと併せて考えてみると、私達 の物語 は更 に 変化す るか も知れない。

自分 虚 Jヽ学校 の風 粛iがついていなか ったカミ まわ りは自分 をいじめていたらししも 最近 になっ て、 その頃の反人か ら、 そ う言われて、 いった い自分 のコ ミユニケーションはなん なのだろ う と、不安 になった。

B君 の語 りか ら、私達 も 「そ もそ もいったいコ ミュニケー ションとはなんなのだろ うか ?」 と考 えざるを得ないのではないだろうか。 B君 にコ ミュ ニケー ション障害があったかどうか も確かではな いが、 もしそれがあったとして も、通常二次的障 害 を引 き起 こす重大 な要因 になるといわれている

「い じめ」 その ものを B君 は認識 して こなか った。

これはB君 にとって幸運 なことなのか ? 不 幸 な ことなのか ? B君 にとって、 この世の中で起 こっ ていること全てが不確定 に感 じられ るとした ら、

我々にとって もそれは同 じなのではないだろうか ? このようなち ょっとした例か らも言えることで あるが、一般 に発達障害学生への心理教育 として 主張 されている、 「彼 らを 正 しく理解"し

、彼 らの心意 を通訳す る専門家 の必要性」 (中島2003) といった言説 における 正 しい理解"と

はなんで あるのかについて、私達 は確信 を もって語 ること を躊躇せざるを得 ないのではないだろうか。

ナラテ ィブ ・アプローチは、 このよ うな局面 に おいて、 正 しい理解"を

当事者 と支援者 に求 め るので はな く、む しろ 「多様 な複数 の物語」 を語 り合 うなかか ら、 「その状況 にお ける最 も役 に立 つ物語 を共同構成す ること」を提案す る。以下の よ うな対話がその一例だ と思われる。

Btt f前回、先生 の話が まだ終:っていないよ う な気が したのですが ?も っと広 い考え

方 を もてというよ うな話 で したよね。先 生 は、僕が偏 った考え方 を しているス聞 だ と思 いますか ?

筆者≒ ぼ くの感iじだけれ ど、君 は、物事iをきち ん と分節 しないと気がすまない人間。 じ か し、分節 する仕方 は一つではない。複 数 の分節 の仕方 を知 っていることが、柔 軟 であるということ。君 は、分節 の仕方 を増 やそ うとするちょうど境 目にいるよ

うな気が します。

Btt f今 、 や りたいことは、有機化学がお もし ろいです。合成 はパズルを解 くみたいで、

興 味があ り、 も っと勉 強 した いと思 う。

できれ よ 大学院 へ進ん で、知識 で食べ て行 ければいいなあと思 っています。 自 分 /L‐とって、「ま じめ」 と言われ るのは 最高 の誉め言葉。 自分 にとって、意欲 を 出 させて くれ るのは、 目的を もって勉 強 することだ と思 います。

ナ ラテ ィブ ・アプ ローチは、 B君 の 正 しい診 "が

なんであるか とい うことを重視 しない。 B 君 についての診断物語 は複数あ り得 ることを認 め

る。 そ して、特定 の診断物語 にB君 を当てはめて 理解す るのではな く、 B君 の語 りをまるごと尊重 し、 B君 を物語を語 る主体 として尊重 しようとす る。 しか し、単 にB君 の語 りを受容 し傾聴す るだ けではな く、支援者 も支援者な りの物語 を構築 し ていることを自覚 している。学生への支援 とは、

学生 と支援者の両者の語 りを摺 り合わせ る中か ら、

新 しい物語 を共同構成 してい くことであると考え る。発達障害 とい う物語 の代わ りとなる、「高機 能発達不均等:HFDI」 とい う新 しい物語 を提唱す ることは、 このよ うな対話 の中か ら、 より有用 な 新 しい物語 を構築 してい こうとい う試 みの一つで

ある。

もちろん対話の中で共有で きる物語が構成 され ただけで支援が終わ るわけではない。 このよ うな 対話 を手段 として用 いなが ら、支援 のニーズを明 らかに し、具体的な支援の方策を策定 し、支援を

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高機能発達不均等大学生への支援

実践 しつつ振 り返 るとい った作業が継続的に行わ れ ることになる。 このような支援のプロセス全体 を通 じて、語 り聴 く、書 く読む とい うナラティブ の交換の中か ら新 しいナラティブを紡 ぎ出 してい くとい う作業が継続 され る。 そのプロセスが どこ に行 き着 くかを、あ らか じめ予測す ることはで き ない。支援者 は学生 とともに、物語を紡 ぎ続 け、

共 に歩む者 の役割 を担 うのである。

5。 終わ りに

大学生 における発達障害支援 を、 ナ ラティブ 0 アプローチの視点か ら記述す ると以下のようにな る。 ナラティブ ・アプローチは発達障害 (あるい は HFDI)を 、学生の人生 と生活世界 の中で体験 され る一つの物語 として理解 し、学生を物語の語 り手 として尊重す るとともに、学生が 自身の特性 をどのよ うに定義 し、 それにどう対応 してい くか についての学生 自身の役割を最大限に尊重す る。

支援者の拠 って立つ理論や方法論 も、 あ くまで も 支援者の一っの物語 と考 え、唯一 の正 しい物語 は 存在 しない ことを認 める。発達障害の支援 とは、

学生、支援者、教職員、家族等が語 る複数 の物語 を、今 ここでの対話 において摺 り合わせる中か ら、

新 しい物語が浮上す るプ ロセスであると考え る。

筆者 らは、大学における トータル ・コ ミュニケー ション ・サポー トを一つのアクションリサーチと して とらえ、対話 と実践を くりかえすなかか ら、

現場 での具体的な問題点や疑問か ら出発 し、新 し い事例や他の施設 において も転用可能 な知識資産 を創造 してい くことを目標 に活動 している。 ナラ テ ィブ ・アプローチを基盤 とす る具体的な知識資 産 と して、「高機能発達不均等」「ナラティブ ・ア セスメ ン ト」 「合理的配慮 の探求」 などを構築 し つつあるが、その詳細 は別稿 に譲 りたい。

付記 :本論文 の研究内容 の一部 は、2009年度文部 科学研究費基盤研究 C(21530720)「 物語共有 に よる発達障害大学生の経験的学習の推進―Web支 援 システムの構築―」 の助成 によ り行 われた。本 論文 の作成 に多大 な協力をいただいた、西村優紀

美准教授、吉永崇史特命准教授、TCSI専 任 ス タッ フの桶谷文哲、水野薫、松谷聡子、米 島博美 の諸 氏 に感謝 します。

<文 献 >

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参照

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