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覚え書:社会教育における労働者
教育の位置づけについて
大 串
隆 士口はじめに
臨時教育審議会答串が提案した生涯学習体系は,社会教育にさまざまなこと を投げかけている。本稿は,そのうちで社会教育と労働者教育の関係について の問題の所在を我が国の現実にそくして検討する。労働者教育の領域をおもに 担当している行政は,労働行政であるから,この問題は一般行政と教育行政と の関係の問題もとりあげることになる。
労働者教育とは,一一・−i般的には賃金労働者を対象とした教育の複合体ととらえ
られる。しかし,このとらえかたは労働者の教育に一般社会人としての教育を ふくませることによって,労働者教育を…般成人の教育に解消させ,労働者教 育の独自性をあいまいにすることがある。そこでここでは,労働者教育を労働 者としての特有な属性から必要とされる教育とせまく限定する。また労働教育 は,労働行政による労使関係を中心とする労働問題の教育とする。 (なお,本 稿は日本社会教育学会第35阿研究大会の自由研究部門で発表した「社会教育に おける労働者教育の位置づけについて一1「生涯学謝体系』とかかわって」をも
とに作成したものである。♪
1 今,なぜ労働者教育をとりあげるか
生涯学習体系は社会教育に何をなげかけたか
臨時教育審議会は,その答申で生涯学習体系への移行を打ち出した。文部省 では,社会教育局が廃止されて生涯学習局が発足し,仮称生涯学習振興法と社 会教育法改定が検討されるなどその具体化が進んでいる。別の機会に指摘した
が(1),この具体化を把握するには文部行政だけをみていては不十分である。
政策文書には,生涯学習あるいは生涯教育という言葉がつかいわけられてい るが,そのつかいわけに厳密な一致があるわけではない。このふたつの言葉の 政策上:行政上の概念は少なくとも次のふたつの意味で使われている。
ひとつは, r教育改革の推進:現状と課題』 (文部省教育改革実施本部編,
1987)でいわれている。すなわち,生涯学習は学習する人々の側からとらえた 概念であり,生涯教育は人々の生涯学習を援助する側からとらえた概念である,
という見解である。ここでいわれている「人々の生涯学習を援助する側」とは 教育行政をさすから学習者はその受け手となり,学習者が教育者に転換するこ
とによってなりたつ教育の住民自治の発想は入る余地がない。
ふたつあは,生涯教育は文部行政が担当する領域を指し,生涯学習はそれ以 外のいわゆる一般行政のおこなう教事育業を含むという見解である。
この見解は,臨時教育審議会答申を生涯学習の言葉で統一することを提案し た高梨昌氏にみられる。高梨氏は,生涯学習の言葉を使った理由を次のように 言っている。 「一つは,『生涯教育』というのは手あかに汚れきった言葉だと
いうこともあるのですが。それから,文部省の社会教育畑の人たちが,やはり
『生涯教育』ということを従来からいってきたこともありますので,ここは新 しい言葉に返る必要があるのではないかという意味ももちまして,『生涯学習 体系』という新しい造語にしたわけです。」(2)
高梨氏のねらいは,高齢者にいたるまでの生涯にわたる職業能力開発に,学 校教育を連結させて労働行政と有機的に構成させることにある。そのためには,
労働政策・行政が主導権を握らねばならないから,文部省のみが生涯教育政策
・行政をおこなうという観念を払拭しなければならないのである。ここでは,
生涯学習は文部行政以外の一般行政が生涯教育を担うための政策・行政上の概
念である。
このような高梨見解を文部省も認めている。1988年6月10日付けr朝日新聞』
朝刊が「生涯学習の基盤整備に関する特別措置法」をスクープしたことに対し,
福留強文部省社会教育官は,「『生涯教育』であれば文部省だけが,r生涯学習』
となると他の省庁が黙っていない」(3)から文部省だけの意図でつくるわけにい
35 かないとその法案の存在を強く否定した。この意味するところは,生涯教育は 文部行政の担うものだが,生涯学習の施策は一般行政も担うものであるという ことである。文部省生涯学習関連施設のネットワーク形成に関する懇談会の中 間まとあによれば,社会教育施設および駅,郵便局,銀行などは生涯学習関連 施設と呼ばれる(4)。したがって,生涯学習施策も一般行政がにない,教育行政 と一般行政をふくんだ総合的な体制が生涯学習体系ということになる。このよ うな用語の使いわけは,生涯学習体系を具体化するにあたっての行政上の「縄 張り」を考慮した,行政の役割分担のための用語であるとともに,そのイニシ アティブを一般行政が持つためのものである。その意味で,生涯学習体系の特 質を言い表すものであるが,生涯学習の本質を言い表すものではない。
生涯学習と生涯教育の用語の使いわけをふたつの点で指摘したが,本稿の課 題からみると行政上の役割分担からの使いわけが問題である。それは,生涯教 育の事業を一般行政が担うことによって,一般行政が社会教育事業を行うこと が広がったからである。その端的な例は,1987年に制定された総合保養地域整 備法(リゾート法)と建設省が1988年度から始めた「生涯学習のむらづくり」
事業である。
リゾート法の目的は, 「国民が余暇等を利用して滞在しつつ行うスポーツ.
レクリェーション・教養文化活動・休養・集会等の多様な活動に資するための 総合的な機能の整備を民間事業者の能力の活用に重点をおきつつ促進する措置 を講ずる」ことと,第三次産業による地域開発と内需拡大にある(5)。したがっ て,教育・文化政策と産業政策の結合したものである。そして,リゾート地域 に作られる教養文化施設に博物館・図書館などの社会教育施設が入っている。
にもかかわらず,法の主務官庁は,国土庁・農水省・通産省・運輸省・建設省・
自治省であって,文部省は除外されている。
建設省による「生涯学習のむらづくり」事業の目的は,次のようである。
「人生80年型社会においては,経済的・時間的に余裕のある生活のなかで,精 神的にも豊かな生活を実現し,年齢に関係なく一一生涯をいきいきとくらせるよ
うな生活設計を可能とする社会の実現を図る必要がある。これには,生涯学習 を軸とした各人のライフスタイルの確立,コミュニティの形成が大切であり,
その実現を住宅・社会資本の整備を通じて図っていくことが重要な課題である。
このため,住宅施策において,他の生涯学習施策との連携をとりつつ,ゆとり ある定住の場の整備と生涯学習の機会の確保とをあわせて行うことで生涯学習 社会をモデル的に提示するr生涯学習のむらづくり』の建設を推進する」。「生 涯学習のむら」の構成施設は,生涯学習センター,健康・運動施設,伝統工芸 工房などからなっている。そして,そこでは芸術文化事業,趣味・教養活動,
スポーツ・レクリエーション事業が行われることになっている(6)。これらは,
従来社会教育事業で行われてきたものである。
このように,一一般行政が社会教育事業をになうこと,これを一般行政の(社 会)教育行政化と呼んで良いだろう。これが,どのような結果をもたらすのか。
すくなくとも,社会教育法にもとついておこなわれる社会教育活動の領域がせ ばまり,社会教育行政の住民自治の原則に基づかない活動が増えていくことは いえる。また,首長部局による総合化と,文部省自体が住民自治を否定する傾 向を持っていることもあって,住民自治の否定,あるいは形骸化は社会教育法 の領域までおよぶだろう。
一般行政が, (社会)教育行政化することを指摘したのであるが,一般行政 が社会教育事業に類することを行ってきたし,それらと社会教育行政を総合化 する試みも総合社会教育計画であった。したがって,この計画にくらべて生涯 学習体系が質的に飛躍していることは,それじたい検討課題である。しかし,
ここでは行わない。
ここでは,労働行政の問題をとりあげる。それは,あとで詳しく述べるよう に戦後の社会教育草創期に一般行政である労働行政と社会教育行政との間で労 働者教育をめぐって役割分担が行われたことによって,一般行政の教育の論埋 と社会教育行政の論理との区別と関連が問題にできること。第:二に,高梨氏が 職業能力の生涯にわたる開発の体系化の必要から生涯学習の言葉を採用したよ
うに,生涯学習の体系化の重要な柱に労働行政があるからである。そして第三 に,住民自治原則とは別なものとしての労働者階級の教育の自治の問題が考え
られうるからである。
さらに高梨氏が,労働行政が職業能力の開発を一手に担当するために,社会
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教育(行政)からそれを完全にしめだし,社会教育を日常生活を送るための教 養的・文化的教育と生活技術教育に限定していることが持つ問題がある(7)。こ
こには,次のような問題がある。
ひとつは,生涯学習体系の貝体化において日常生活を送るための教養的・文 化的教育などは社会教育(行政)に限定されてないこと。これはすでに述べた。
ひとつは,労働問題に関する教育・学習が無視されていることである。この 点について,氏原正治郎氏が高梨氏との臨時教育審議会第二次答申にっいての 対談で次のように指摘している。「この答申の中では『自主・自律』という抽象 的概念が使われていますが,たとえば,近代産業においては,経営管理を担当 する職能に従事している人とそれから管理される人があるということは,自明 の事実です。そこで,自主・自律ということを考えていくとすれぼ,現代社会 は小農民や小工業者で作られている社会ではないわけですから,労使関係とい うものが非常に大きな意味をもってくるわけです。そういう労使関係を前提に した教育というものがどういうように,教育論の中に入ってくるのかというこ とが気になる点でした」⑧。この点について高梨氏は応えていないし,臨時教 育審議会の答甲にも結局入らなかった。
みっつめは,社会教育に職業・技術教育など労働に関する教育を含めないこ とから生じる問題である。社会教育行政において労働者教育の位置づけは,つ とに指摘されるようにあいまいであった。しかし,まったく労働者教育がなか ったわけでなく,青年学級振興法は「勤労青年教育がわが国の産業に寄与」す ることを目的としてつくられたものであるから,職業・技術教育が青年学級で 行われた。それゆえ1958年の職業訓練法は第3条で公共職業訓練と青年学級振 興法による教育とが重複しないように定めていた。
高梨氏が,勤労青少年に対する「中等教育をサービスしていく」という社会 教育の使命が終わったと言うのは(9),この青年学級を指し,社会教育における 職業・技術教育の分野を否定することを意味する。しかし,社会教育を教養や 生活技術に限定することは,人格の形成に社会教育が寄与するのであろうか。
氏原正治郎氏は,先の対談において臨時教育審議会第二次答申の労働に関す る教育について次のように批判している。答申は, 「労働というものを報酬を
得るための労働や職業」に狭く限定する「悪しき経済主義」におちいっており,
それは「労働軽視,職業軽視に通ずるものではないか」と批判し,「生涯をと ってみれば,職業や労働のもつ人格形成上の重要さというのは非常に大きい」
と指摘している(1°)。この観点にたてば,社会教育(行政)の領域を先のように 限定するのではなく,教育基本法の目的にてらして,労働・職業に関する教育 が重視されねばならないことになる。
こうして,社会教育における労働者教育の位置づけをどのように考えるのか という課題が生まれる(11)。この課題は,先に述べた一般行政と社会教育行政 との関連の問題とも関連している。
「社会教育の組織と体制」 (小川利夫)における労働者教育
社会教育研究において,労働者教育は研究の対象である。例えば, r社会教 育概論』 (藤岡・島田編,青木書店1982),r近代日本教育百年史』 (国立教育研
究所編1974)の社会教育編でもとりあげられている。にもかかわらず,現実の 社会教育活動・行政との関連では,その位置づけが明確でなく,この点が指摘
されてきた(12)。
公教育としての社会教育の中で位置づけられていない直接の要因は,1948年 の労働省労政局長と文部省社会教育局長の通達「労働者教育に関する労働省
(労政局),文部省(社会教育局)了解事項について」にある。この通達で,労 働省は労働問題の教育を文部省は公民として必要な教育(工場以外でおこなわ れる科学技術教育をふくむ)を担当することになった。文部省設置法には社会 教育に労働者教育がふくまれているが,実際には先の通達で運営され,社会教 育法の草案段階であった労働者教育の規定はけずられた。文部省設置法の国会 審議のさい,高瀬文部大臣は,文部省は「特に労働者としての,労働者たる身 分について必要な教育部面」をおこなわず,「勤労尊重の精神を渦養」するこ
とや「一般国民としての文化的教養」に限っておこなうと説明しており,労働 者特有の属性に関する教育は社会教育行政からはずされた(13)。たしかに青年 学級では,職業,技術教育をおこなったが,職業訓練所のような施設をもたず
きわめて便宜的なものであった。
これらのことは,戦後の社会教育の理論にも刻印を残している。それは,戦
39 後の社会教育理論に大きな影響をもつ小川利夫「社会教育の組織と体制」 (初 出r社会教育講義』明治図書,1965)にあらわれている。
この論文の要点は次の点にある。現実の社会教育を公権力作用としての社会 教育行(財)政をともなう諸活動と, 「それとは敵対する」国民諸階層の自由 で自主的な教育・文化活動という二つの大きな部分からなっているととらえる。
そして,前者を社会教育行政(活動),後者を国民の自己教育運動と呼んだ上 で,社会教育研究の対象は,この両者の矛盾を歴史的・現実的に明らかにする ことにあり,その際,両者の外在的矛盾とともに公教育形態としての社会教育 の内在的矛盾を問題にする必要を提起したのである。
この提起は,社会教育法大「改正」以後社会教育への統制一その端的な例が 社会教育主事の不当配転問題一が強まるなかで,社会教育の自由を確立する現 実的な根拠を明らかにし,また社会教育行政(活動)の独自性を社会教育職員 の専門性を確i立する点からあきらかにした重要な提起であった。同時に自己教 育運動研究の位置づけも明らかにした。
しかし,労働者教育との関連でみた場合,疑問がのこる。小川は,働く国民 の自己教育運動が,まず労働者階級の自己教育運動として自覚されてきた歴史 的事実と現実の「人間の疎外」の克服のための学習・教育に「組織的に立ちむ かいうるものは,一般的に労働者・労働者階級である,とみられる」ことを指 摘し,労働者の自己教育運動の三つの発達形態を想定する。その最も質の高い 形態では, 「人間的なr疎外』を克服し, r人間性の全面的な変革と解放』を
はかろうとする『自己教育』への要求があらわれる」とする。そしてこれは,
「もはや単純に労働者だけの,あるいは労働者のための階級教育への要求とし てとられることはできない」のであって, 「労働者のすぐれて階級的な教育要 求をとうして,実は教育における『国民の普遍的価値ないし理想』がもとめら れている」とする。
このように,労働者階級の自己教育運動は国民の自己教育運動の「普遍的価 値ないし理想」をもつものとして位置づけられているのであるが,社会教育行 政(活動)との外的矛盾を論ずる時には,直接労働者階級のではなく国民の自 己教育運動との矛盾としてとらえられている。労働者階級のそれは,国民の自
己教育運動の中核として,国民の自己教育要求の発展とむすびつくものとして 位置づけられる。すなわち,労働者階級のそれは,社会教育行政(活動)との 外的盾矛を直接もたず, 「普遍的な価値ないし理想」による国民の自己教育運 動を通じての間接的な関係しか持たないことになる。
小川も指摘するように,労働者階級の自己教育運動は, 「今日必ずしも一般 通念としての社会教育行政に対応するものでなく,学校教育行政,労働行政,
自治体行政などに対応するものとされている」。そこで,労働者階級の自己教 育運動と社会教育行政との関係をあきらかにするために,労働者階級のそれと 国民の自己教育運動との関係を論じたと解釈しても間違いではあるまい。しか
し,これは,労働者階級と国民の自己教育運動との関連を明らかにしたとして も,具体的かつ現実の労働者階級のそれと社会教育行政との関係を明らかにし たわけではない。
さらに,小川は社会教育行政を公権力が社会教育法理念を解釈し現実化した ものとしてとらえているから,現実の社会教育行政は文部省所管事項ととらえ られる余地を残していた。したがって,教育基本法第7条と比較して,社会教 育行政は労働者教育を含まないから「勤労の場所」の教育を含めないことにな り,社会教育が「不当に限定されている」という指摘が出てくるのも当然であ
った(14)。小川は,その後教育基本法第7条の解説でこのことを意識しつつ,
労働者の職業訓練を「すべての国民のr教育を受ける権利』の一環として基本 的にとらえられるべきである」と提言している(15)。ということは,労働省が 担当する労働者の職業・技術教育に関する行政も教育行政ととられることを意 味するのであろうか。その点はまだ明確ではない。
いずれにしろ,社会教育行政(活動)の領域よりも,労働行政の領域に,労 働者階級の自己教育運動は対応している現実があるから,社会教育行政(活動)
との関連だけでは,労働者教育のそれは社会教育行政に間接的な意味しか与え られず,ひいては現実の社会教育の中で積極的な位置づけは与えられない。し かしまた,社会教育行政(活動)との関係をどうむすぶのかも労働者階級の自 己教育要求にかかっているといえる。
したがって,次の点が検討課題となる。
41 第一は,労働者教育はなぜ労働行政の担当になったのか。この点については,
あとで述べるように政策・行政の分野について研究があるが,それをふくめて 労働者階級の要求はどうだったのかを検討しなければならない。第二は,社会 教育行政(活動)の領域で,近年職業や労働問題への接近が生まれているのを どうみるのか。すなわち,間接的でない可能性が社会教育行政(活動)のなか から生まれているのをどうみるのか。これは,社会教育活動の中心であった家 庭婦人に職業につく要求がつよまったこと,文部省が1984年度から「婦人の職 業準備事業」をとりあげたことにより,社会教育施設で「婦人の再就職講座」
のような取り組みがめだっていることをさす。これらでは,労働法,労働問題 の内容がくみこまれている場合や,働く婦人が講師になる場合もあり,間接的 でない可能性がどう生まれるか,他の機会に検討したい。
H 戦後社会教育草創期における労働者教育行政をあぐる 若干の問題
労働者教育行政の分割
1948年の労働省労政局長と文部省社会局長の通達とそれが出された背景につ いては,小野征夫・依田有弘「戦後社会教育草創期における労働者教育構想の 意義」(1』日本社会教育学会紀要jN(L14,1978年)で,教育基本法第7条と教育 刷新委員会第13回建議(1948年2月♪との関連から一定程度あきらかにされて
いる)
1勤労の場所」における教育を社会教育に含んだ教育基本法第7条を起点に すると,教刷委第13回建議は次のように評価される。この建議は,労働省と 文部雀の労働餅教育をめぐる所管問題を解決するために出された。建議の初期 の原案は, 「労働者の社会教育」を狭く規定し(公民教育,勤労態度の教育,
情操教育),勤労意欲や協調精神の育成を強調したイデオロギー一的性格の強い ものであった。これが,論議のなかでF労働者の社会教育」は「労働教育」
「職業教育」 「一一般教育」からなるものとして,また労働組合の自主性の尊重 と国・自治体の役割が援助に限定されるなど,教育基本法制をつらぬく原則に
そって整序されていった。しかし,解決が求められていた所管問題に対しては,
労働者教育が教育基本法制のもとでどのように運営されるべきなのか提起しえ ず,抽象的な表現ににげていた。
この「抽象的提案のき弱性」が,先の協同通達を許すことになったとし,共 同通達と第13回建議は基本的性格を異にすると次のように指摘する。 「(通達 では)国家が価値選択の主体として登場し,政策意図にそった『健全中正な』
労働組合の発展と『健全な』 『公民』の形成という教育目標が設定される。こ れは,第13回建議のもつ積極的意義を一切否定しさるものであった」。そして,
共同通達は2・1スト以後のGHQの労働政策の転換を色濃く反映していたと
指摘している。
以上の分析によれば,労働省と文部省の役割分担は,GHQの労働政策の転 換から生まれ,教刷委の見解とそれには矛盾があり,教刷委見解はGHQの労 働政策におしきられたことになる。
共同通達の教育目的が,GHQの政策転換によって生まれたという指摘は納 得できる。しかし,文部省と労働省の役割分担については幾つかの疑問が残る。
第一は,労働者教育を労働行政が担当する考えは,GHQの政策転換以前か ら存在したのではないかという疑問である。これは,GHQの労働諮問委員会 最終報告書(1946年7月)と第1次教育使節団報告書(1946年3月)を比較す
ると生まれる。
第1次教育使節団報告書の成人教育の章で,労働者教育に関係すると思われ るのは, 「教育,労働,産業,新聞及び青年層を代表する男女からなる諮問委 員会を設立して」成人教育の民主化を達成することの部分のみである。それに 対し,労働諮問委員会最終報告書では,第5章労働保護立法で民主的な労働立 法ともに「新しいプログラムの重要な目標は,賃金労働者と雇用主を,法の下 の権利・義務について教育してやることにある」。そして,これを労働省がに なうべきこと。第7章では労働省の役割として「労働者・使用者教育」「職業 訓練および職業指導計画」をあげていた(16)。したがって,GHQは占領初期 から労働者教育の担当は労働行政だと考えていたのである。そこで,アメリカ 合衆国の労働政策とGHQ内部の政策検討が必要になろう。
43 第二に・労働省が労働者教育を担当することが労働者階級(組合)の要求に
ねざしていたかが問題になろう。この点について少し考察してみたい。
労働者教育行政の労働省一元化と開かれた学校の要求
労働省設置にあたって設けられた労働省設置準備委員会第2回総会(1947年 6月6日)の議事に「労働者教育をどうするか」があった。結論は, 「労働者 教育の重要性にかんがみ,労働省はその活発化に格段の努力をはらうこと」で あった。全日本産業別労働組合会議(産別)代表の細谷松太は「教育は労働組 合自身がやうべきもので,官庁では,これを積極的に助成すべきである。労働 教育に関する委員会は,文部省にも設置されているようだが労働省に一一元化す べきである」と主張した(17)。また,日本労働組合総同盟(総同盟)は,機関誌
r労働』1947年9月5日号の「主張」で, 「労働省は,労働者教育の重要部分 をも担当するのであるが,労働省の活動を通じて全労働者に政治を理解せしめ る好機会たらしめるとともに,ひろく一一般国民に正しい『労働観』を徹底せし めるたあにも意をもちうべきだ」と,労働省が担当するのを肯定した。ここで,
確認しておきたいことは労働組合が,労働者教育の担当行政を労働省に設定し ていたことである。
国会審議では,保守党の議員は労働者に労働の義務を自覚させ,ストライキ をしない労働者を育成するために,労働省が労働者教育を担当することを期待 した。また米窪労働大臣も「労政局におきましては一中略一労働組合法及び労 働関係調整法の施行に関する事務の他に極めて重大な問題である健全な労働組 合運動を図るための労働教育,言い換えると啓蒙宣伝に関する事務を掌どる」
と述べていた。(18)これらでは,労働省の担当する労働者教育は,教育問題とい うより,労働政策の問題と捉えられていた。
所管の問題を労働組合が問題にするのは,文部省設置法の制定のときにもあ った。これは,同法が社会教育に労働者教育をふくませ,文部省が労働者教育 を担当するようになっていたからである。労働省のもとには労働者教育諮問委 員会が設けられ,それには産別,総同盟,日本労働組合会議,国鉄労働組合,
全逓信労働組合の代表と中立委員が参加していた。この第20回委員会(1948年 11月17日)で文部省設置法に関する問題点が,労働に関する教育を文部省が担
当するのは不適当,共同通達による教育行政の限界の確認,文部省労働者教育 審議会の廃止として確認された。(19)これは,矛盾を持っている。公民教育など を文部省の担当とする共同通達の分担を是認しながら文部省の審議会を否定し ているからである。その理由は,推測するに文部省の担当する公民教育などは 労働者教育ではないと考えたからではなかろうか。諮問委員会の議事録があれ ばはっきりすることである。
同時に,ここで問題となるのは,文部省のもとに諮問機関として1948年4月 に設けられた労働者(社会)教育委員会(のち労働者教育審議会)への労働組 合の参加である。この委員会は, 「文部大臣の所管に属し,労働者に対する文 化教育の振興と,その健全な発達を促進する」ことを目的にし,労働組合から は産別,総同盟,国鉄労組,日教組などの代表8名が参加していた。同委員会 は,同年7月の第3回委員会で「労働者に対する学校開放の拡充に関する建議」
をまとあた。この建議は,官公私の大学・高専・新制高等学校における,労働 者のための聴講生制度の拡充,図書館・研究室・実験室の開放,労働組合・農 民組合・漁民組合・事業所からの委託生制度の導入,特別講座の開設を提議し
たものだった。(20)
労働組合が,労働者教育を労働行政に一元化することを要求しながら,文部 省の諮問機関に参加したのはなぜだろうか。少なくとも次のことは言えよう。
すなわち,先の建議の内容は,労働者が要求していたことでもあった。1947 年4月11日付けの『労働』は,6・3・3制の発足と通信教育の制度化が「働き ながら大学を卒業できる」 「働く同志のかねてから要求している教育の機会均 等の一歩前進」と評価した。全逓信労働組合は,逓信講習所の改革として,
「教育基本法および学校教育法の規定する学則に従い逓信内部教育機関の統合 拡大」一一逓信大学と逓信高校の設立を要求していた。産別は,1947年11月の第
2回大会議案で「労働者および働く市民,農民とその子弟(が)働きつつ最高 の教育をうけえるよう教育の機会を均等に」することを要求していた。
このように労働組合は,労働者に開かれた学校制度の確立を要求していたか ら,労働者(社会)教育委員会に参加することを拒否しなかったと考えられる。
とするなら,労働者教育諮問委員会第20回委員会の建議における文部省労働者
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教育審議会の廃止とは矛盾することになる。(このことについては,この委員 会の議事録があれればはっきりする。)
労働者教育行政・社会教育行政にたいする自主性と自治の要求
他方,労働組合は,労働組合教育の自主性を徹底的に主張するとともに組合 教育と技術教育の機会の確保,内容の決定への参加を労働協約で実現しようと
した。
労働者教育諮L問委員会は,47年11月に労働者教育の自主性を原則とする「労 働者教育行政の原則に関する建議jを作成した。その内容は,労働者の教育は 労働組合が自主的に行うことを原則とする。官公庁の行う労働教育行政は,労 働組合の自主的な教育活動を援助することにとどめること,官公庁のだす出版 物・映画は諮問委員会の審議をへること,労働学校・労働講座を官公庁が主に なっておこなわず,労働組合の共催で諮問委員会の審議をへることなどであっ
た。(資料1)
この建議は,労働者教育の自主性(これは,建議全体の主張からみれば独立 性と言うことである)だけでなく,委員会の同意がないと労働者教育行政が教 育活動を行えないようにしたことに特徴がある。そして,この点は,単なる諮 問機関にすぎない労働者諮問委員会を労働者教育の事業について労働省から独 立して権限を行使する委員会(行政委員会)に転換しようとすることを意味す る。そこには,労働者教育行政は労働者自身のものであるという労働者の自治 の発想があったのである。そして,諮問委員会は政府と同様に都道府県にも作
られていったから,そ1においても行わせようとしたのである。
しかし,労働省が考えた労働者教育行政の特質は,自主性のみを特質とする ものであ一,た。この建議のあと48年4月にだされた労政局長名通牒「労働教育 の強力実施について」は,「行政庁自体が」「活発な教育活動を展開」するに あたりr労働組合その他関係団体の自主性を尊重し教育行政の本質を逸脱しな いよう注意されたい」と述べた。労働省見解は,「教育行政の本質」を「自主 性」の「尊重」においてはいたが,労働組合の自治要求にふれなかったことと 行政が教育活動の主体になることを認めたことにより建議との距離は相当あっ
た。(21)また,先の共同通達が労働省が担当する労働教育事業も文部省と同様,
「労働者に対する教育行政」とし,両省の「教育行政」上の役割分担としてい たことにも注目してよいだろう。なぜなら,教育委員会法の存在によって両者 の「教育行政」は原理的に大きな違いがあったのだから。
労働組合が労働者の教育をめぐってあらそう場は,行政以外に職場にあった。
その現れとして労働協約がある。労働協約においては,例えば産別が作成した 団体協約案には次の項目があった。 「技能者を養成する場合についてはその数,
労働条件等については会社と組合協議の上定める」 「連盟(企業の産業別連合 体一引用者)加入の各会社は組合及び組合支部分会が組合員に対する教育活動 を特定の就業時間内に行うことを承認するものとす」。(22)各組合では,労働協 約や経営協議会規則で会社の教育にたいする責務を定めるところがあった。
この時期の労働協約を分析した佐々木輝雄は,戦後初期の労働協約には,労 働者教育に対する労働組合の発言権が大幅にもりこまれていたが,1948年を前 後して使用者側の一方的な権利宣言終わるようになり,組合側が後退を重ねた
ことを指摘している。(23)
この指摘は,労働協約の教育条項をめぐって組合と使用者の間に闘争があっ たことを意味する。例えば,さきの全逓信労働組合の要求や全日本電気工業労 組と通信工業連盟との労働協約の場合である。企業者側と対立した全電工の協 約案の中に次のような教育条項があった。 「連盟加入の各会社は組合が組合員 に対する教育活動を就業時間中に行うことを承認する。会社は組合員に対し,
組合の目的に反する教育を行うことはできない」。(24)このような,組合員教育 の自由と自主性の要求は,資本家と労働省の経営権確立の主張と労働組合にた いする攻勢によって実現困難になった。労働者教育の自主性の要求は行政だけ でなく資本家に対してもおこなわれねばならなかった。したがって,労働組合 教育の自主性を実現する法と行政,資本家との関係の検討が必要である。
次に社会教育法にたいする労働組合の見解をみよう。産別の社会教育法に対 する見解は社会教育法のもつ二面性を先駆的に指摘していた。産別は,文部省・
労働省が組合教育の自主性を無視し,自ら教育活動を行っていることを批判し たうえで,社会教育法が国民に対する統制的性格と同時に奨励・援助規定をも
47 っことを指摘した。そして,前者を拒否し,奨励・援助規定を利用し自主的な 教育・文化活動に必要な器材・資料などの提供を要求すること。社会教育委員,
公民館運営審議会に積極的に参加することによって「公民館の運営を平和と自 由と独立のための教育文化活動に役立たせ」ることを主張した。(資料2)
産別が,地域の社会教育に積極的に参加しようとしたのは,労働組合が日本 の民主化運動の中核であるという意識があったからである。 「日本の民主化と 文化向上のための闘いの先頭に立つ労働組合の参加なしに,われわれは社会教 育を口にすることはできない」。産別は,労働組合教育とともに,日本の民主 化のために教育活動を考えていたことになろう。行政との関係では,前者が労 働行政に,後者が文部行政に対応することになる。
以上検討したことをまとめてみよう。労働組合は,労働者教育の担当行政を 労働省に一元化することを要求しながら,教育の機会均等要求と日本全体の民 主化の主体形成のために文部行政に対応し,また資本家とも対抗していた。労 働行政への一元化要求と文部省への要求のずれが何に起因するのかは,先に指 摘したように資料の検討をまたねばならないが,労働組合め労働組合教育,地 域における教育・文化活動,学校教育の開放などの労働者と国民に関する教育 構想があったことは「未発の契機」をであったとしても事実であろう。そして,
そこには労働者階級による教育自治の問題が職場,地域,行政において生まれ ていたのである。行政との関係は,労働者教育の理念・戦略・構想との対抗関 係であったと考えられる。
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(1) 拙稿「ポスト臨教審の政策大綱」 r月刊社会教育』 (国土社)1988年9月号
(2) 高梨昌r臨教審と生涯学習』エイデル研究所 1987年117ページ
(3) 京都府教育委員会主催「昭和63年度学社連携推進総合会議」での福留強氏の講 演記録
(4) 「生涯学習推進のためのネットワーク形成について(中間まとめ)」文部省生涯 学習関連施設のネットワーク形成に関する懇談会 1988年7月7日
(5) 「総合保養地域整備法第一条に関する基本方針」 1987年
(6) rr生涯学習のむら』の建設の推進」建設省住宅推進課 1988年
(7)高梨前掲書 60ページ
(8) 前掲書 116ページ。氏原氏の発言に全面的賛成ではないが,労働問題をとりあ げないことの批判が重要である。
(9) 前掲書 60ページ
(10)前掲書115ページ。ここで氏原氏は,「報酬を伴わない労働…例えば,ボランテ ィアとか家庭内の労働とか,余暇活動とか」をあげて広く労働をとらえようとし ている。しかし,問題は,よく指摘されるように,「報酬を得るための労働」にお ける人格の問題(「疎外」の問題)である。また,「疎外」の結果,余暇活動が労 働そのものの代替行為になってしまうことであろう。
(11) 小林文人氏は,「1980年代以降の生涯教育政策を考えた場合,おそらく労働者 教育とその制度化をめぐる問題がもっとも重要な課題かつ論争的な課題となるの ではないだろうか」と指摘している。小林「社会教育法制の構造と特質」日本教 育学会編r講座教育法7』エイデル研究所 1980年所収
(12) 例えば,次のものがある。宮坂広作「職場の教育」(海後・村上編r社会教育 学』誠信書房1959年),倉内史郎「労働(職業)と社会教育」(碓井正久編『教育 学叢書16.社会教育』第一法規1970年),依田有弘「教育基本法成立過程に関する 実証的研究」(r日本社会教育学紀要』昭和48年度),小川利夫「教育基本法第7条 の国民的解釈」(同「社会教育と国民の学習権」勤草書房1973年),小林文人前掲 論文,竹内真一「労働者教育とはなにか」(労働者教育協会編r労働者教育論集』
学習の友社 1982年)。労働者教育の位置づけが明確でない理由をこれらによって 整理すると,①社会教育の範ちゅうを社会教育行政の範囲としている。②社会教 育の地域主義,③社会教育における労働と教育問題の位置づけの弱さ,④労働者 教育運動への偏見となる。
〈13) 「第5回国会衆議院内閣委員会・文部委員会連合審査会議録第一号」1949年5 月6日
(14) 依田有弘前掲論文
く15) 小川利夫前掲書 270ページ
〈16) 全文訳は竹前栄治『アメリカ対日労働政策の研究』日本評論社 1970年にある。
(17) 労働省編r労働行政史第2巻』労働法令協会 1963年 87Ae−・一ジ
(18) 『第1回国会参議院・決算委員会議議録第3号』1947年8月26日
く19) 「労働教育諮問委員会の設置・運営状況」『労働教育月報』6号,1948年10月号
(20) 社会教育局「社会教育の諸問題」(r文部時報』1948年11月号)
(21) 「自主性」と労働行政がおこなう教育との関係は,労働省設置についての国会 審議の際の米窪国務大臣の説明であきらかにされる。「やはり労働教育は労働組 合が自主的にきめて,著しく誤った点においては,労働省がこれに対して注意を 与へるということでいきたいと思っております。そうでない限り,東條内閣時代 のいわゆるよらしむべし,知らしむべからずといったような弊害に陥りやすい,
一中略一これはあくまで民主主義の立場から労働組合自体の教育方針を立てて,
49 それが著しく右に傾き,左に偏った場合においては,これを主務管省である労働 省が注意を与へて,日本の国情とにらみ合わせて,健全な労働組合主義の進展に 副えるという方法が最も適当」(r第1回国会衆議院・労働委員会会議録第4号』
1947年8月1日)この説明は,2・1ゼネスト後の労働組合運動への対応を示した ものであるが,「左に偏った」というのは,2・1ゼネストの中心勢力であった産 別会議をさすのはあきらかである。そして,産別会議の分裂,レッドパ・一ジに っながっていく。その意味で, 「自主性」は労働組合が「健全な労働組合主義」
に自主的に転換するのを期待するものであった。
(22) 労働省編r資料労働運動史・昭和20・21年』 1947年所収
(23) 佐々木r佐々木輝夫教育論集第3巻』多摩出版 1987年 234ページ
(24)法政大学大学社会問題研究所r日本労働年鑑22集』法政大学出版 1949年297 ページ
資料1
1 労働者教育行政の原則に関する建議 建 議
本委員会は発足にあたり,労働者の教育は労働組合が自主的にこれを行い,政府は民 主的な労働組合運動の自主性を犯さぬ限度でこれを援助するものであることを諒解事項 としたが,その後各官公庁の行いつつある労働教育行政の実情にかんがみ,今後は労働 老教育の自主的発展を期するため,本委員会はさきの諒解事項を再確認し審議を重ねた
る結果,十一月五日第五回委員会において政府が次の原則を確立し, この徹底をはかる ことを絶対必要なるものと認め,適宜の処置をとることを建議する。
記
一、労働老の教育は労働組合が自主的に行うことを原則とする。
二、官公庁の行う労働教育行政は,労働組合の自主的な教育活動を援助するにとどめ,
組合運動の自主性を犯さぬこととし,労働組合に関する客観的な事実の紹介,正確な る資料の頒布,法令内容の公正なる普及等について労働組合と協力してこれを行うこ とを原則とする。
三、労働者教育の目的をもつて,または労働者教育に関してなされ出版物,映画及びこ れに準ずるものの刊行,製作等について中央及び地方の官公庁がこれを行う場合は左 の順序により,労働者教育諮問委員会の審議を経ることを原則とする。
第一、主要労働組合またはその連合体が希望するもの 第二、労働者教育諮問委員会が建議したもの
第三、当局が必要と認めるもの
四、労働学校,労働講座及びこれに準ずるものの設立,開催,講師団の設定等について は,中央及び地方の官公庁は自ら主となつてこれを行わず,主要労働組合及びその連 合体が主催または一致して推薦するものを労働者教育諮問委員会の審議を経て共同主
催または後援することを原則とする。
五、労働文化祭,労働体育祭及びこれに準ずる各種の「催し」の開催,労働者による文 化,体育団体の設置等については,中央及び地方の官公庁は自ら主となつてこれを行 わず,主要労働組合及びその連合体が主催または一致して推薦するものを共同主催ま たは後援することを原則とする。
昭和二十二年十一月五日
労働者教育諮問委員会
会 長 米 窪 満 亮 労働大臣 米 窪 満 亮 殿
資料2
社会教育法について(抜すい)
われわれの関心が予算や労組法に集中されているあいだに,いろいろの法案が政府で コッソリ準備され,閉会間際の国会に突然上程され,十分な審議もなされずに,資本家
と官僚の絶対多数で押しとおされてゆく,社会教育法もその一ッである。
(一)
「この法律は,教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)の精神に則り,社会教育 に関する国及び地方公共団体の任務を明らかにすることを目的とする。」(社会教育法第 一条)とあり, 「この法律でr社会教育』とは,学校教育法 (昭和二十二年法律第二十
六号)に基き,学校の教育課程として行われる活動を除き,主として青少年及び成人に 対して行われる組織的な活動(体育及びリクリエーションの活動を含む)をいう。」(同 法第二条)とあつて,われわれの生活とは,直接のつながりがないように見える。
しかし,文部省のいう社会教育とは,「公民教育,青少年教育,婦人教育,労働者教 育等の社会人に対する教育,生活向上のための科学教育,運動競技及びリクリエーショ ン並に図書館,博物館,公民館等の施設における活動」 (文部省設置法第二条……傍点 解説者)で,明らかに「労働者」を資本家のつこうのいいように「教育」しようとする
ものである。
もつとも,このような社会教育活動は,今まで行われていなかつたのではなくして,
もともと,文部省社会教育局,都道府県及び市町村で行われていたのであるが,昨年七 月教育委員会法の施行により,都道府県及び市町村で行われていた社会教育活動が教育
委員会の手に移つたのを機会に,社会教育に対する「指導と助言」の権利を文部官僚の 手元に保留し,「民主主義」を看板にした官製教育を,主としてボスと官僚の古手によ
つて構成されている現在の教育委員会の手を通じてわれわれにおしつけようとするもの である。
勤労者の文化は,官僚や資本家の手によつてではなく勤労老自らの手によつて創り上 げられ,労働老の教育は労働者自らの手によつて, 労働組合が自主的に行うべきもので あつて,政府は,労働組合の自主的な教育,文化活動を援助すべきである。
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終戦以来,われわれは職場に自主的な各種の文化サークルを組織し,労働学校や労働 講座を開設し,われわれの文化を高め,われわれの組織を強化することに努め,着々と 成果を挙げてきたのであるが,われわれのカのもり上りに恐れをなした反動勢力は,こ のような労働者の民主的な教育文化活動を抑えるために,一昨年以来労働省,文部省,
或は,都道府県主催で全国各地に労働講座勤労者スポーツ大会等を開催して官製教育文 化活動を積極的に展開し,われわれの戦線を分裂させるために努めてきた。そこでわれ われは,この間題を労働省労働者教育諮問委員会に持ちこみ,一昨年暮同委員会の名で 関係大臣に対し,次のような建議を行つた。
一略一(資料1参照)
しかし,労働省,文部省並びに都道府県は依然として労働組合の自主的な教育文化活 動に対する援助を行わないだけでなく,「自ら主となつて」労働者教育のための講座を 各地に開設し,職場演劇, 音楽等のコンクールを開催するなど労働組合の自主的な教育 文化活動を意識的に阻害してきた。
このたびの文部省設置法及び社会教育法は,社会教育の名のもとに勤労者の教育文化 に対する官僚の指導と干渉の権利を温存し, これに法的根拠を与えるために企画立案さ れたものである。
(二)
社会教育法第三条には「国及び地方公共団体は, この法律及び他の法令の定めるとこ ろにより,社会教育の奨励に必要な施設の設置及び運営,集会の開催,資料の作製,頒 布その他の方法により,すべての国民があらゆる機会,あらゆる場所を利用して,自ら 実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するように努めなければなら ない。」とあり,また同法第四条には「前条の任務を達成するために,国は,この法律 及び他の法令の定めるところにより,地方公共団体に対し,予算の範囲内において,財 政的並に物資の提供及びその斡旋を行う。」 とあるが,政府が社会教育としてどのよう なことをしようとしているかは本年度の文部省社会教育局予算に明らかである。
一略一
以上で明らかなように,いわゆる社会教育のための経費として社会教育課関係五四、
一七九、○○○円と企画課関係一五、〇七七、○○○円合計六九、二五六、○○○円で あるが,このうち社会一般施設費二、二五九、○○○円,公民館の設置運営促進費一九、
八八九、○○○円学校エクステンション拡充費三、三六〇、○○○円,労働者教育振興 費六一七、○○○円,青少年教育指導者講習会二、OO四、○○○円,通信教育費一五、
〇七七、○○○円に対し,復員者教育費二五、〇九〇、○○○円が計上されている。政 府は社会教育の名のもとに労働者の国ソ連同盟からの帰還者に反ソ,反労働者教育をほ どこすために,僅かな社会教育予算の中から最大の部分をとり,労働者教育振興費は全 部官庁主催の「労働文化講座」に振り当ている。
(三)
第五条及び第六条は,市町村並びに都道府県の教育委員会が 「社会教育に関し,当該
地方の必要に応じ,予算の範囲内において」行う事務を規定している。
一略一
政府は,都道府県及び市町村の教育委員会の名をもつて,彼等の意図する「講座」,
「討論会,講習会,講演会,展示会その他の集会」,「職業教育及び産業に関する科学技 術指導のための集会」,「生活の科学化の指導のための集会」,「運動会,競技会その他 体育指導のための集会」,「音楽,演劇,美術その他芸術の発表会」を勤労人民におしっ
けようとしているのであるが,同時に,都道府県及び市町村の教育委員会は,それらの
「奨励に関すること」を行うことになつているのであるから都道府県及び市町村の教育 委員会は,われわれが自主的に行う「講座」, 「討論会,講習会,展示会その他の集会」
等々奨励するためにあらゆる援助を与え,「視聴覚教育,体育及びリクリェーションに 必要な設備,器材及び資料を提供」することになつている。
われわれは政府の意図する反動的な社会活動を拒否し,粉砕すると同時に,われわれ の自主的な教育文化活動に必要な設備器材及び資料の提供を政府並びに教育委員会に要 求しなければならない。
(四)
しかしながら,都道府県及び市町村の「社会教育に関する諸計画を立案し」 (同法第 十七条第一項),「教育委員会の会議に出席して社会教育に関して意見を述べる」(同法同 条第二項)ことをその職務とする社会教育委員は, 「一、当該都道府県又は当該市町村 の区域内に設置された各学校の長 二、当該都道府県又は当該市町村の区域内に事務所
を有する各社会教育関係団体において選挙その他の方法により推薦された当該団体の代 表者 三、学識経験者」のうちから「教育委員会が委嘱する」ことになつている。(同
法第十五条)
地方ボスの圧倒的に多い教育委員会が,旧文部官僚の横すべりした教育長と結託して
(原案にあつた「教育長の推薦により」という語は参議院で削られたが)彼等の意に沿 った「学校長」や,彼等のいわゆる「社会教育関係団体の代表者」及び「学識経験者」
のうちからどんな社会教育委員を委嘱しようとしているか。 しかも「地方公共団体は,
社会教育委員に対し,報酬及び給料を支給しない」とある。
日本の民主化と文化向上のためのたたかいの先頭に立つている労働組合の参加なし に,われわれは社会教育を口にすることはできない。社会教育委員には,労働組合の代 表は勿論のこと,民主的専門文化団体 (民主主義文化連盟及びその加盟団体)の代表者
をも参加させなければならない。
なお,ここで社会教育関係団体というのは,「法人であると否とを問わず,公の支配 に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とする」(嗣法第十条♪
団体をいうのであつゼ, 「文部大臣及び教育委員会は,社会教育関係団体の求めに応じ,
これに対し,社会教育に関する事業に必要な物資の確保につき援助を行う」(同法第十 一条第二項)とになつているから,労働者教育団体及び文化団体は当然種々の援助を要
求すべきである。
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(五)
一略一
ここでも(公民館でも一引用者) 「市町村の設置する公民館の館長その他必要な職員 は,教育長の推薦により,当該市町村の教育委員会が任命する」(同法第二十八条)こと になつており,「館長の諮問に応じ,公民館における各種の事業の企画実施につき調査審 議する」 (同法第二十九条)公民館運営審議会の委員は,一、当該市町村の区域内に設 置された各学校の長, 二、当該市町村の区域内に事務所を有する教育,学術,文化,
産業労働,社会事業等に関する団体または機関で第二十条の目的達成に協力するものを 代表する者,三、学識経験者のうちから,市町村の委員委員会が委嘱することになって いる(同法第三十条)が,われわれは,市町村の教育文化活動の根拠地となる公民館の 運営を学校長やいわゆる学識経験者に委しておくことはできない。各労働組合は積極的 に公民館運営審議会に参加して,公民館の運営を平和と自由と独立のたあの教育文化活 動に役立たせなければならない。
しかも政府は,社会教育活動の重要な部分として公民館の設置を提唱しながらも,そ の設置運営促進に要する経費として僅かに二千万円足らずを計上しているにすぎず地方 財政もまたあらゆる面で中央の圧迫を受けて絶対必要な六三制の実施すら困難になつて いる現在,公民館の設置と運営に大衆からの強制寄附に放任されようとしているのが現 状である。われわれは,まず,大衆からの強制寄附によらない公民館の設置と運営を政 府に要求しなければならない。
この法律は,明らかに,「国庫は,公民館を設置する市町村に対し,予算の定めると ころに従い,その運営に要する経費の補助その他必要な援助を行う」(同法第三十五条)
と規定している。
(六)
更にこの法律は, 「学校施設の利用」と「通信教育」に関する規定を含んでいる。
学校施設の利用に関しては,「学校の管理機関は,学校教育上支障がないと認める限 りその管理する学校の施設を社会教育のために利用に供するように努めなければならな い」(同法第四十四条)とあつて,われわれは,われわれのための教育文化活動に十分学 校の施設を利用することが出来ることになつているのであるが,従来の実情は,必ずし
もこのことが十分に実行されたとは言えない。「学校教育上支障」があるとのもつともら しい理由で,学校の施設(講堂,運動場,楽器その他)の利用が拒否された場合が相当 にあつた。われわれは,法律の認めた権利を十分に行使しなければならない。
次に通信教育については,「文部大臣は,学校又は民法第三十四条の規定にある法人の 行う通信教育で,社会教育上奨励すべきものについて,通信教育の認定を与えることが でき」(同法第五十一条)「認定を受けた通信教育に要する郵便料金については,郵便法 の定めるところにより,特別の取扱を受けるものとする」(同法第五十四条)となつてい るからわれわれは,組合員の教育のたあ,大いにこの方法を利用しなければならないが,
ここでもr文部大臣の諮問に応じ通信教育に関し必要な事項を調査審議し」「文部大臣に
建議」する通信教育審議会の委員は,「学識経験者のうちから文部大臣が委嘱する」(同 法第五十三条)ことになつている。 (産別会議文化部,北條)
同r週刊資料』(r週刊情報』改題)Na96,1949年7月1日所収