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大分縣木浦・宮崎縣見立地方の地質

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Academic year: 2022

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

大分縣木浦・宮崎縣見立地方の地質

松下, 久道

九州帝国大学理学部

https://doi.org/10.15017/4741332

出版情報:九州帝國大學理學部研究報告. 地質學之部. 1 (1), pp.1-13, 1941-08. Faculty of Science, Kyushu Imperial University

バージョン:

権利関係:

(2)

大分縣木浦•宮崎縣見立地方の地質

松 下 久 道

I.  IL  地 III.  地 質 概 訛 IV.  秩 父 古 生 暦

概説,層序,岩石,時代 V.  安 藝 川 統

VI.  見 立 礫 岩 VII.  火 成 岩 VIII.  地 質 構 造

摺曲運動,斯層運動 IX.  結 語

x. 

I .  

緒 言

本地方に錫を産するは紙に 300餘年前より知られ,往時より稼行せられて現在に至りし が,現在にても尚吾國有敷の錫南地たり。然して一面又敷多の鎮物を南するを以て有名にし て,鍍物學

J : :

には幾多の査料を提供し,共報告も多く,地質に闊しても古くは紳保小虎博士(1)

の調杏報告をはじめ,野田●納富雨技師(2)の 報 文 , 加 藤 教 授 汽 木 下 教 授(4)の報告等あり,

最近には島山學士(5),宮澤學士(6)の報告あり。筆者も亦本地方の地質調在に従事せしが,

地形急峻にして踏査し得ざる所多く,結果として共の概略を知り得たるに止まり,解決し 得さ りし事項あるも,此等は今後の研究に

1

癸ち,一應報告をたし詣賢の御叱正を仰ぐもの た り 。 本 稿 を 窄 す る に 賞 り , 調 査 中 終 始 御 懇 篤 な る 御 指 導 , 御 数 示 を 典 へ ら れ し 故 渡 邊 数授並びに木下•杉附教授に衷心より感謝の意を表し,貴重なる調杏成果を御提示下されし地 質調杏所の石井技師に深謝し,叉調査中種々御敦示と御便宜を輿へられた所在各鎮

I ̲ h

の方々に 謝意を表す。

II

・ 地

宮崎,大分雨縣の縣界をたす祖栂山塊は祖隠山,古祖母山,本谷山の中心部より東に傾山,新 百姓山,桑原山及夏木山等の標高 1,500米を超ゆる秀峰を連ね,更に共一部は本谷山より宮 崎縣岩戸村の中央を南北に走る山陵を派出し,中に乙野山,ニツ狐の翡峰をつくり,他の一部 は夏木山より祇出してガ葉狐,大崩山,日

l

隠山の雄峰を造りて日 J影川東岸に蝠居し,日 J影, 桑原附川の流域を分つ。此筈の罪峰は夫々高距一千敷百米を超ゆる哭峰にして,五f]9,i瀬川の支

(1) 爾車保小虎:文獣 (2)

位)野田勢次郎,納富重雄:文献 (6) 納 富 重 雄 : 文 獣 (5)

(3) 加 藤 武 夫 : 文 獣 (3),(7),  (8),及 (10)

(4) 木 下 継 城 : 文 獣 (13)

(5) 鳥 山 武 雄 : 文 獣 (14) (16)

d) 宮 澤 俊 禰 : 文 献 (18)

(3)

流たるHノ影

J I

I及北川の上流たる中嶽川(更に上流は西山川),桑原川此間を流ろ。即ち日ノ 影川は共源を新百姓,條l'1ill」の鞍部杉ケ越に彼し,両市流し,裏底叶(嘉納),見立の詣澤を 合せ,見立に於て本谷山より南流せるタケ徊川を合せ,更に煤市澤,堂嶽の水を容れて南走し,

更に仲村に於て五葉嶽,日悶

I I 1

に夜源せる日隧川を合せて流下し, H )影に於て本流五節瀬} Il と合流す。又桑原川は新百姓山,夏木山,桑原山等に顎源せる詣流を合せ,籐川内を経て東走

して桑原に至り,此虐に於て杉ケ越より Hノ影川と反針に東に流蹄をとりたる西山川(中嶽川)

と合流す。

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1 『.,. ,KM.

本地方の地形を一瞥すろときは西山川,新百姓山を結ぶ線即ち厠山断層線の以東と以西とに 於ては苦しく地形の異なるを見る。是見立を中心とする見立地塊と天神原山を中心とする木浦 地塊との地盤隆起の大小に超因す。即ち地盤隆起,断層作用等あらゆる地質現象の線和とし て,園山断層以東の木油地塊は以西の見立地塊に比し,相劉的に高峻なりし葛なり。 詳言せ ば見立地方に於ては前輪廻の手坦地は潮やく削刻せられしも,未だ一部に之を見得ろに,木浦 地方に於ては前輪廻の準平原全く削泰LJせられて消滅し,更に共の尖銑た地形も侯蝕せられて,

従順形を呈するに至り,俗に原「バル」(7)と呼稲せらるい手坦地さへ生ずるに至りしものにし て,挟言せば晩批年期乃至老年期の山形を示せり o尚木浦地方に於ては又石灰岩の寝逹も著し く,カルスト地形も横嶽北而,大切峠,ダンバル,尾越等に見られ,前二者にはウバーレ,コツク

( 香川幹ー:日本の地形 昭和八年 181

(4)

ピツトの褻逹があり,ダンバルにはカーレン,尾越には石灰洞痰逹すc

見立地方は前述の如く前輪廻の平坦面殆んど俊蝕削象JIせられ,五葉狐,新百姓山に僅かに平 頂の峰を見得るに止まり,山嶽は凡て早批年期の地形を示す。本地方に於ても亦木浦同様石灰 岩の痰逹ありて,共一部にはカルスト地形を見得るも他の一部に於ては石灰岩珪化せられて屹 立し,或は断崖をつくる。又堂嶽の如く石灰洞より忽然と水の湧出するありて,共の大なるを 恩はしむ。

水系の主たるは前述の如く見立地方に於ては日 J影川,木浦地方に於ては桑原川及西山川た り'。日 J影川は主流の中に於ても上流部と下流部とは共谷形を異にす。即ち煤市吐より下流,

高橋に至る間は早牡年,煤市吐より杉ケ越に至る間は満批年の谷形を示し,各支流も亦未だ早 牡年乃奎幼年の谷形を示せり。是即ち前輪廻の準平原隆起して,本流は今日煤市吐ー杉ケ越間 に見る如く侵蝕進み,谷底の所々には狭少なる地域ながら平地を有するに至りしも,支流には 未だ斯かる佼蝕及ばず,支流は主流に懸垂合流を為し,各支流には瀑布懸り,早瀕あるを認め 得。然して此慮に主流の中,煤市吐一高橋間の侵蝕進まず早批年の谷形を示すは本谷は先行谷 にして,日ノ影川は日ノ影断層(第3圏参照)に沿ひて南流せし順流なりしに,

9

共後の花尚岩 類の貫入の為め,土地隆起すると共に回春し,為に山脚直に河床に迫る現況を呈するに至りし ものなり。斯の如き花尚岩地に於ける地形は本地方並に共南方に於て鳥山武雄學士\8)が既に 認められ,「V字形の甚瞼岨なる渓谷を攀登し盛せば,その奥に深山としては意外に平坦なる 緩斜面及水勢緩慢なる渓流の仔在するを見た。而して正にこの地形上の愛移貼が花尚岩の盛 きる地貼に賞り,云々」なる語を記されしところなり。然して此現象は日入影川の支流たる日 隠川下流,桑原川並に西山川に於ても見られ,明らかに早批年の谷形を為す。就中日隠川に於 ては此の現象は花尚岩類の買入に基づく下流部に於て見得るのみにして,上流部の貫入少しと 認め得らる\地方に於ては日•J影川同様山容豊かにして山脚遠く河床を去りて谷底には多少 の平地すら認め得らる。

尚本地方に於ても地形は共地質並びに地質構造に支配せられ,日ノ影川が日ノ影斯層,杉ケ 越断層の雨断層の支配を受け,西山川桑原川も亦夫々断層に沿ひて疲逹せるが如き,或は木浦 衝上の南北に於ける岩質の差による地形の差異,更に珪岩・粘板岩帯に於ける雨岩の岩質の差 に基づく侵蝕程度の相違即ち珪岩は稜線を,粘板岩は谷をつくるが如き,明かに地形は地質並 に地質構造に支配せらる Lをみる。

Iii・ 地 質 概 説

本地方に於ける最古の地層は古生層にして,主として砂岩,粘板岩,珪岩及此等の互層より 成り,中に石灰岩を爽有すると共に礫岩の薄層敷枚あり。本古生層は略:東北東より西南西に 走り,共厚さ

4 , 0 0 0

米以上にも及ぶが共一部は安藝川統と認めらる\砂岩,頁岩(粘板岩)並 びに夫等の互層よりなる地層上に衝上し,又他の一部は恐らく上部白型紀層と恩惟せらるり[

立礫岩により,不柩合闊係を以て被覆せらる。本地層は又著しく地殻髪動の影響を受け,多敷 の地塊に断裂せられ,扉屑心逆縛し,見立礫岩成立後には更に花尚岩類の貫入を受けて一蹄は

(8) 鳥山武雄:文獣 (16)669

(5)

愛質し,砂岩,粘板岩は珪岩又はホルンフェルスとなれり。而して此襲質は古生層の花尚岩類 と接躙せる地帯に於て最も著しく認めらる。古生層中の石灰質の部分には数多の接鱗鎮物咸 生せらる Lと共に接躙交代鎖床疲逹せり。叉本古生暦は

f a c i e s

の雙化著しく,同層位のもの にても砂岩が珪岩となり,粘板岩が珪岩粘板岩の互層となることもあり,又地表の珪岩が坑内 にては石灰岩に移化することあり,大吹坑の堅入れと地表との履蘭係に之を見る。

安藝川統並びに見立礫岩は夫々既述の如く,前者は衝士によりて古生層に被覆せられ,後者 は古生層を不整合翡係によつて被覆せり。又安藝川統,見立礫岩は共に共走向東北東一西南西 なるが前者は北に急斜せるに後者は緩やかなる北傾斜をたし,共一部には日ノ影川北岸に於け る如く寧ろ緩やかに東南に1碩斜せるものもあり,明かに安藝川統成生後見立礫岩咸生前に地殻 髪動の著しかりしことを示せり。更に見立礫岩の成生賞時には海は廣く本地域一帯即ち南は 少くとも小河内附近迄巴北は内帯に亘つて廣く摘がりしものにして,共堆積は本地方にては 逆轄せる古生層の上に行はれたるものなるが,共後の地殻菱動に依つて勘裂せられ,一部は内 帯に残り,他の一部は本地方に茂り,俊蝕の為に更に分断せられて散貼せしものなり。此の見 立礫岩及安藝川統は共に古生層同様明かに花尚岩類によつて髪質を受け,見立礫岩の如きは礫 質音Bに於ては膠結物がホルンフェルスとなり,柘梱石の美晶を見ることあり,砂質粘板岩の部 分も亦著しくホルンフェルス化せられたるを見る。安藝川統中の粘板岩も亦同様なり。共髪 質度は一般に花尚岩類に近きもの程大なるも,地下に於ける花尚岩類の泄入朕態に依りて初め て決定し得らるしものにして,地表に於ては帯を為すが如く如斯簡箪なるものに非ず,且つ髪 質の著しきものと然らざるものとは漸移し,此の間に境界を求め得ず。此翡係は見立鏡山見立 鑓の兜巾一金松の最

J : :

即坑道地並より黒谷の最下段坑道地並までの上下闘係叉は大切地並に 於ける大吹坑道や見立鑓にみる平面上の闘係等に於ても明らかに知り得。

然して此菱質作用の根源をなす花尚岩類は古生層,安藝川統,見立礫岩等の下に廣<貫入し たるものにして, Jレーフとして存在せし此等の地層が削剥侵蝕せらるょと共に地表に露出せし ものにして,花尚岩,花脚斑岩及石英斑岩等ありて,日 J影川,桑原川,西山川及杉ケ越等に 露出す。

阿蘇熔岩は主として日ノ川沿ひに散動し,暗灰色を見し,節理の痰逹著しく,為によく急崖 を造るc恐らく一連のものが削剥分離せられて現在の如く黙在せるものたるべし。

尚本地方には更新層と認めらろる礫層,凝灰岩層及砂層の痰逹あり。前記の阿蘇熔岩に被覆 せらる(第一表参照)。

第 一 表 見 立 附 近 阿 蘇 熔 岩 白 色 凝 灰 岩

0 . 5

m. 

粗 粒 砂 層 0.15m. 

中 粒 砂 層 0.9m. 

繹粒凝灰岩買粘土 1.6m

(S) 鳥山武雄:文獣(16)801

Bノ 影 川 沿 岸 の 夏 新 層 川 ノ 詰 附 近

表•土 熔 岩 1.5‑‑1.8m. 

礫 層 0.3.‑..0.7 m. 

(礫の径5cm以下)

礫 層 2

m+ 

(礫の径10cm以上)

(6)

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第 2圏 大 切 ー 大 吹 坑 道 地 並 地 質 圏

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石 灰 岩

ー 区

粘 板 岩

. 

見立礫岩

花 禍 岩

50  100  200  aoo 

(7)

5  何れも段丘堆積物なるが礫層の礫は古生層の岩石叉は見立礫岩にして,比較的よく分別淘汰 せられたり。以上より見れば阿蘇の活動前に既に日 J影川は相裳に侵蝕進めるものと息はる。

沖積噌は極く限られたる僅少なる地域にのみ喪逹せりa

IV.

秩 父 古 生 層

概説: 本層は賞地域内に最も廣く分布せる地層にして,共一部は日 J影川上流地方に於て 見立礫岩並に阿蘇熔岩に被覆せらる\も,尚廣域に亘りて痰逹す。本古生層は主として砂岩,

粘板岩よりなり,底盤として地下に貰入せる花尚岩類に依りて全域に亘り程度低き接躙雙質を 受け,特に花尚岩類に直接せる砂質又は募土質の岩石は諸種のホルンフェルス,粗粒珪岩,角 岩等に愛化し,石灰質の岩石は糖質石灰岩に菱ずると共に各種の接躙鍍物並びに接躙交代鍍床 を生ぜり。共主なるものは木浦,見立の錫鎮床,乙ケ淵,仲村の重石鎖床,千軒平,岩戸の銅銚 床等なり。此等の鎮床を胚胎せる石灰岩層は主として東北東より西南西に走り,古生唐の走向 をよく知らしむるが一般に古生暦は

N6 0 ° , . . . , 7 0 °   E

乃至東西に走り,稀に断層共他の影響によ

りて著しく走向を菱じたることあり。傾斜は一般に北にして急斜するが,所によりて南傾斜の こともあり,緩やかな摺曲をたす。

本層中特異なる層は石灰質又は珪質の膠結物によりて石灰岩礫又は珪岩礫等の膠結せられ たる礫岩層にして,後述する黒谷層及叶谷層中に敷枚火在せり。然して共膠結物石灰質なるも のは接獨交代作用を受け鎮床を胚胎せることあり。

暦序: 本層は筆者が見立断層と呼ばんとする見立鑓の一部を通り略:東北東より西南酉に 走る一大断層によりて上下の二層に分つことが出来,上部層は珪岩を主とし,粘板岩を爽有し,

下部層は砂岩を主とし,粘板岩,礫岩並に砂岩,粘板岩の菱質になるホルンフェルス,珪岩を爽 有す。此等上下の雨層は更に次の如く細分し得。即ち下部より次の如し。

A .

下 部 層

1.  乙ケ淵砂岩層 主として黒灰色砂岩及共髪質になる暗灰紫色ホルンフェルスよりなり,~

レンズ朕の石灰岩を火有す。

2.  叶谷砂岩粘板岩層 乙ケ淵層に幣合する(一部は断層にて境す)地層にして上,中,下 の三部に分ち得。即ち下部は珪岩よりなり,中部は珪岩粘板岩の互層にして,上部は砂岩・珪 岩•粘板岩の互層なり。此の上部層は更に珪質物又は石灰質物にて膠結せられ,粘板岩質の礫 をもつ礫岩の薄層を火めり。

3 .  

黒谷砂岩層 主として白色乃至暗灰色の砂岩よりなるが,一部に於ては花尚岩類の為め に珪岩に菱ぜり。叶谷上部層に見るが如き礫岩の藩暦が本層中にも痰逹す。

4. 御泊珪岩層 仲村より堂嶽に至る間に喪逹せる珪岩層を標式とし,園山西方の珪岩及御 泊附近のホルンフェルス化せる粘板岩を挟める珪岩層等が此の層に腸す。下部の黒谷層とは 整合にして,上部の重内珪岩層とは凡て断層を以て境せり。

B .

上 部 層

5 .  

重内珪岩層 珪岩よりなり,石灰岩暦敷枚を挟むが,新百姓山南部に於ては生のまいの 砂岩よりなれり。木浦地方にては粘板岩を挟み,砂岩も紫灰色を呈せるものあり,安藝川層のi

(8)

6

砂岩に類似せる所多し。尚本層中には輝緑凝灰岩の褒逹あり,木浦ー中狐の菌道附近に於て見 らる。

6 .  

日隠珪岩粘板岩層 重内珪岩層と整合し,堂狐以西にては断層を以て下部層に接す。木 浦に於ては後述する木浦衝上の北部に焚逹せり。本層は甚だ厚く 2,000米近くの厚さを示せ り。共中には大吹石灰岩をはじめ敷枚の石灰岩層を挟む。見立南方にこは本層は蛙岩と粘板 岩との互層よりなり,共各立の厚さは一様ならざるも,厚きものた<,敷御以下の厚さを有す る薄層の互層をなす部分あり。併し東すろに述れて珪岩少くなり,粘板岩沿し,赤水北方に於 ては殆んど粘板岩のみとなれり。又木補地方にては粘板岩多く,中に珪岩の厚層を挟み,稀に 輝緑凝灰岩や砂岩の薄層介在すc

岩石: 本古生層をつくる岩石は砂岩,粘板岩,石灰岩並びに此等の岩石の髪質せるホルン フェルス,珪岩等を主とし,輝緑凝灰岩,礫岩等僅かに存在す。

石灰岩はレンズ朕をなして本層中に介在し,焚逹著しきもの敷枚あり,主として日隠,重内 雨層中に存するが,小レンズ朕のものは又乙ケ淵層中にも介在す。本岩の追跡は常に古生層の 走向を最も良く知り得る方法たるが,特に見立鎖山附近に於ては石灰岩は地下に貰入せる花尚 岩類によりて髪質珪化ぜられ,屹立せる急崖をつくり,他岩石との境界を明示せるを以て古生 層の走向を知り得るは勿論共虐に胚胎せろ鏑床の連萩閥係をも明らかに知り得。此の如く,石 灰岩の一部は蒋しく珪化されたるも,この珪化された石灰岩と珪岩とは肉眼的には殆んど慨別 し難きものあり。俗に フカ 'と梱するは本岩なり。色は白色に近く箸しく堅く風化に耐へ,

俗に タキ 'と呼ぶ急崖を康しつくる。又石灰岩の一部は著しく菱質せられて白色糖晶質と なり,中には方解石の粗粒のものよりなれるものあり。斯かる髪質も貫入せる花巌岩類によれ るものにして,上述の珪化作用も亦岩漿より珪酸の供給を受けたるものたり。尚此の他石灰岩 は岩漿のための熱髪化,貫入の後火生作用等により幾多の鎮床生成せらるしと共に敷多の接獨 鍍物を生ぜり。即ち木浦,見立附近の錫鍍床,乙ケ淵,仲村の重石鎮床,及茅野,千軒平,岩戸

(小河内)の銅鎖床は石灰岩を母岩とせる鍍床にして木浦並びに小河内の接鱗地帯には接鍋鍍 物の美晶を産す。

砂岩は比較的疲逹廣きものにして珪岩,粘板岩と共に本古生層中の主要メンバーなり。比較 的下部層に多く,上部層にては少くレンズ朕をたして粘板岩中に介在すc灰黒色又は灰白色に

して,前者は硬砂岩とも云ふべく,有色鎮物を多量に含めるが,後者は長石,石英に富みア)し コーズ砂岩に属す。何れも花尚岩に接する附近に於ては髪質を受け珪岩,ホルンフェルスに菱 化せるが,一般には共愛質度は微弱なるものたり。

珪岩は花尚岩の露出に近き上層中に多く,露出に述き下部層中には比較的少し。本岩中には 粗粒のものありて,吋英のモザイク構造が甚だ美しく痰逹せり。斯かる部分にては粗粒の部 分が細粒のもの L中に

band

をなして彼逹すc此には著しき流欣組織の喪逹せるものあり,石 英粒中には丸味を帯びたる黒雲母,燐灰石,電氣石,菫青石笠あり o尚珪岩には砂岩より愛化 せるもの叶他に上述の如く珪化石灰岩等あり,共間には何等肉眼的の差異を認めずc地質圏に は此等の岩石並に菱質は著しからざるも珪岩と肉眼的に甑別し難き砂岩等を一括して珪岩と

(9)

して示せり。されれど石灰岩l't'明に移化ずる珪化石灰岩は勿論除外せり。

.粘板岩は灰熱色乃至闘黒色,級密質にして比較的剣離性の著しきものと然らざるものとあ り。上部層中にては珪岩と互層し,共輻も 10米以下なるが,下部層中の叶谷暦にては砂岩,珪 岩と交互に出て共輻も造に薄く 3米内外以下となり,敷糎の互層さへ作れり。一般に粘土質の 材料よりなれるも砂質の所もあり,見立地方にては石灰質の部分多し。象り離性著しきものは比 較的小地域に限られ,木浦哀山南方のものは灰青色にして,絹絲光澤を呈し,•砂岩と互暦す。

ホルンフェルスは主として粘板岩の勢質によつて生じたるものにして,花尚岩類に近き高橋 附近、西山附近,赤水附近及乙ケ淵附近に最もよく預逹す。本地方に見るホルンフェルスは黒 雲母,磁鐵鍍を含む

b i o t i t e ‑ m a g n e t i t eh o r n f e l s ,

柘権石を含む

g a r n e th o r n f e l s

を主とし,

此他に菫青石や青色の電氣石等玄含めホルンフェルスあり,石灰岩の花尚岩類に接する附近に は種々の

s k a r nm i n e r l s

を含める

l i m e ‑ s i l i c a t eh o m f e l s

あり。

鳥山學士は尚此外に本地方の

h o r n f e l s

として楯石,角閃石,鱗石英等を含む

h o r 面 e l s

を 畢げられたり。

礫岩は叶谷砂岩粘板岩層及黒谷砂岩層中にのみ介在する特殊層にして敷枚あり。砂岩,珪岩,

粘板岩の互層中に細長きレンズ欣をたして産するものにして,粘板岩及珪岩の礫を有.し,石灰 質叉は珪質の膠結物によつて膠結せらるc膠結物が石灰質たる場合には石灰岩と同様

s k a r n

を生じ,鎖床すら胚胎せらる。嘉納(奥見立)鎖山の一鍍床の如きは本岩を母岩として胚胎せ るものなり o斯る所にては共の中の粘板岩礫も亦髪質せられて柘権石を含むホルンフェルス となれり。此礫岩中の礫は

s u l ? , a n g u l a r

なことも著しき特徴なり。

輝緑痰灰岩は木浦地方に僅か痰逹するものにして,暗緑色又は暗赤緑色,剥離性を有するも のと堅硬無層理のものとあり,且つ石灰岩を伴ふことあり。 . 

時代:本地方の古生層には未だ化石の産出を見ざるも,本地に隣接する岩戸村土呂久附近 の石灰岩には紡錘晶が可成り多く含まれ,飯坂五郎學士(10)の記事に依れば,同學士が土呂久 石灰岩と命名ぜられたる石灰岩よりは

P a l a e o f u s u l i n a   p r i s c a   ( E h r e n b e r g )   P a l a e o f u s u l i n a   s p .  

Schwagerina s p .   a f f .   S .   p r i n c e p s  ( E h r e n b e r g )   Neoschwagerina  s p .  

等が識別せられ,地質時代は

O u r a l i a n

にして,小澤博士の

C 3

に相常す。又この石灰岩より も見掛上,下位にある無葛原の石灰岩よりは下平文男學士によつて

9ヅ ラ

P a l a e o f u s u l i n a   s p .   V e r b e e k i n a   s p .   Neoschwagerina  s p .   Yabeina  s p .  

等が識別せられ,此は Schwagerina 帯よりも上位なることが記されたり•

110) 飯坂五員〖:文獣 (12) 229

(10)

此黒葛原石灰岩中の

Ve r b e e k i n a ,  Yabeina

の存在は同石灰岩が二燈紀上,中部を示すものに して,上記の土呂久石灰岩の褻逹と合せて,土呂久地方には少くとも

O u r a l i a n

より

Saxonian

乃至

T h u r i n g i a n

の地層が喪逹せることを示せり。然して是等の石灰岩が見立・木浦地方の 何れの層に到應すろものなろかゞ同地方の古生層の時代決定に重要なるも,前述の如く,同地 方の黒谷,叶谷雨層中には敗枚の礫岩層認めらる。此礫岩層は連績性なきも礫は前述せる如く 粘板岩を主とし,石灰岩又は珪岩をも交へ,梢り角張り,膠結物は石灰質又は珪質にして,可成

り著しき特微を有し,本地方には上述の雨層に限つて存在するものなり。然るに此礫岩が土呂 久の北西方敷見原附近にも見られ,共礫岩よりも南方の古生層は見立地方の該礫岩層以南の古 生層とよく共層序一致し,土呈久石灰岩は略:重内層中の石灰岩に,黒葛原石灰岩は略と日隠 層中の石灰岩に相賞す。此層序劉比よりみれば日隠層の地質時代は上,中部二畳紀にして,重 内層の共れは:

O u r a l i a n

であり,重内層以下の諸層は

O u r a l i a n

以下の石炭系なり。更に本地 方古生層の分層上から見れば上部層は略:早坂博士(11)の紡錘贔石灰岩統に劉比せられ,下部 層は同統以下の秩父系に劉比せらる。

V.

安 藝 川 統

本統中には未だ化石を産せざるも,共岩質より安藝川統に封比せらるべしと為せるに過ぎず。

厳密に云へば未だ時代明らかならず。

本統は本地方に於ては僅かに東南の一隅即ち中狐より瓜谷,尾越に亘れる木浦衝上の南に僅 かに痰逹し,主として砂岩,頁岩,並びに共の互層よりなる厚層なるも石英斑岩の貫入部に近

き所に於てはホルンフェルスに髪化せるを認め得。

砂岩は紫灰白色又は灰白色にして花尚岩質にして黒雲•母を含み,頁岩と共に互に敷—卜米の厚 き互層をつくるが唯買弓附近に於ては薄き

1

米以下の互層を為す。

本統の花尚岩類によりて髪質を受けたるものは緑簾石,角閃石,柘梱石及び黒雲母等を生じ 緑簾石ホルンフェルス,角閃石ホルンフェルス,柘楕石ホルンフェルス並びに黒雲栂ホルンフ

ェルス等に愛化せり。

VI.

見 立 礫 岩

見立礫岩とは加籐教授(12)によりて,見立附近に於て鎮床の上盤近く厚大なる分布をたし,古 生層を不脆合に被覆せる礫岩に封して命名せられたるものにして,該礫岩は本調査地域内に於 ては新百姓山,五葉嶽,重内,叶(嘉納),見立附近及本谷山,黒仁田附近等に分布せるが,•島山 學士(13)の調杏にては本調査地域外の宮崎縣東臼杵郡仁田ハ勺,同郡黒岩附近,同郡祝子川附 近(14;及西臼杵郡鹿川峠附近にも痰逹せり。

本調査地域内の該礫岩は主として海抜高距

1 , 1 0 0

米より

1 , 2 0 0

米に及ぶ高所にも痰逹せるが 仁田ハ吋,黒岩附近の該岩は僅々

4 0 0

米内外の高距を有する地に痰逹し,共碁底の高距著しく 異なれるが,雨者の闘係は未だ詳かならず。

(11)早坂一郎:石炭紀二畳紀岩波講座(地質)昭和八年55真

(12)加藤武夫:文獣 (7)514

(13)鳥山武雄:文献 (16)801頁及地質圏

(14)石井清彦:文獣 (17)

(11)

, 

本礫岩は前述の如く日ノ影川をはさみて,共の南北の高距800米より 1,200米附近の地に在 ろが一部は1,568米の標高を有する五薬嶽山頂附近にも顎逹せり。是等三者の中日 J影川北方 のものは北に,日の影川南方のものは北に傾斜し,五薬椒のものは略:::水平たり。然して古生 層とは凡て明らかに不整合闘係にありて,同層の上に坐す。

本礫岩の著しき特徴は花悔岩礫(閃緑岩質のもの多し)の多きことにして特にタケ鶴地方に 褒逹せるものは巨大礫をもつもの多し。是南の見立附近のものと著しく異むれる貼にして,南 する程砂岩,珪岩,粘板岩及輝練凝灰岩等の礫を含むこと多くなり,花尚岩の巨大礫は漸減し て見出し得ざるに至る。此のことは横の撰りに就きてのみならず,縦の方に於ても見得る所に して,最下綿のタケ鶴附近のものより上部に進むにつれて礫は小さく社り,遂には新百姓山々 頂附近に見得るが如く粗粒の砂岩となる。

本岩は全儒として花尚岩類の接躙交代菱質を受け,柘梱石,緑簾石等を生ぜり。見立附近に 於ては本礫岩は鎮脈に泊ひて彼逹

L

,鍍床の上盤をなすが本礫岩中にも鎖床の痰逹せることあ

りて,見立鎮山に於ては鎮石として稼行せり。

本礫岩中の礫は比較的角張りたるもの多く膠結物は粘土質又は珪質なり。礫の大部分は所 謂花尚岩礫なるが共岩石は本地方附近に褻逹せる花尚岩類とは明に異なり,多斌の緑泥石に愛 はれる角閃石を有し,斜長石も高陵土に菱化せり。是等の花桐岩礫は恐らく大分ー八代線(15)

以北に廣<猿逹せる花尚岩類より供給せられしものなる可く,大分ー八代線以南の地より供給 せられたるものには非ざるべし。

本礫岩の成生時代は加藤教授の命名賞時以来中生代又は白型紀と推考されしが,近時或は第 三紀ならんとも考へらる。

然れども第三紀の成生たりとせば,本岩は明かに花悔岩の逃入前のものにして恐らく古第三 紀の成生ならんも,九州の古第三系中には未だ斯る礫岩層の痰逹は全然見られず,却て花尚岩 礫の多きことなどは大野川盆地の震山層群(16)中の上部礫岩暦とよく類似し,寧ろ是に射比し 得るものかも知れずfl7)

然れども現在尚未だ化石の産出なく何れを肯定し,何れを否定するの材料もなく,明らかな 時代を知り得ざるを以て,従来も中生代乃至白型紀と考へられ来りしを以て,こ\にては共儘 是を踏襲して白蛋紀の成生と考へ度し。

V I I .

火 成 岩

本調査地域に痰逹せる火成岩には花尚岩,ペグマタイト,花尚斑岩,石英斑岩等の花尚岩類,

玲岩及阿蘇熔岩等あり。

花尚岩類は見立礫岩及古生層を

r o o f

とせる底盤をなし,墨日 J影川附近,酉山川附近,杉ケ 越附近及桑原川附近に露白痰逹す。是等は何れも見立礫岩咸生後の貫入にして,断層に切らる 入ことなく,貰入後は大なる地殻菱動を受けたりとは恩惟されず,本岩類は貫入に際して鎮床

(15)渡邊久吉:南西H本彎中央構造線の成因に蜀すろ一考察地學雑誌第51年 昭 和14

(16)松本達耶:九州大野川盆地の地史學的研究,地買學雑誌第43巻 昭 和ill:年唸16頁

(17)加藤武夫:文獣 (10)274頁 木下亀城:文獣 (13)143 10頁

(12)

1 0  

を伴なひ,木浦,見立,小河内,諸和久,追越,並びに仲村等の諸鎮床を形成せり。

花尚岩は日ノ影川沿ひに高橋一煤市吐間,小河内谷の高橋ー千軒平間,日隠谷入口及桑原川 上流の藤川内,赤水附近等に痰逹す。主成鎮物は黒雲母,石英,正長石及微斜長石にして就中 正長石,微斜長石多きを特微とす斜長石もイ

f

するが多からず。黒雲母は

r e d d i s hb r m . v n

にて 電氣石によりて置換せられしもの,角閃石と連晶せるもの等あり。斜長石は

a l b i t e ‑ o l i g o c l a s e

なり。普通の黒雲母花尚岩は高橋一煤市吐間に見られ,他の場所のものは凡て電氣石を含む。

電氣石は多色性強く褐色より青色の多色性を示すものあり。尚地上にては見得ざるも見立鎮 山大吹坑内にも痰逹し,日本鋪からの殷石中にも之が見らる。

花尚斑岩は桑原川北岸の藤川内以東に沿脈朕に疲逹する他,堂狐にも岩脈欣に寝逹し,西山 川附近に廣<痰逹せり c新鮮たるもの少く,斑晶の長石は著しく愛化せり。藤川内では本岩は 電氣石黒雲母花尚岩に漸移せり。

石英斑岩は大いなる

mass

として杉ケ越北方生木峠等に彼逹し,追越峠,木浦水吐坑附近に は岩脈又は岩頸の形にて露白せり。生木峠附近のものは西山川沿岸地の花尚斑岩に漸次移化 せ1)。

此他前記の煤市吐一高橋間の花尚岩中に後者によりて捕獲せられたる石英斑岩乃至花尚岩 あり。斑晶として石英,長石,黒雲母,角閃石,透輝石,紫蘇輝石,ウラル石等を有するが,此 の中の黒雲母は

a g g r e g a t e

をなせり。扮岩は小河内南方に岩脈朕をなして嶺逹し,阿蘇熔岩 は日 .l影川沿岸に散黙す。本岩は柱朕節理の猿詮良好にして,服豆絶壁をつくる。大部分古生 層の上に坐するも一部は日ノ影川沿岸の礫層の上に乗る。恐<泄出裳時は沿岸一帯を廣<被 覆せしものにして,共後の條蝕によりて現在の如く散在せるものなるべし。

‑ VIII

・ 地 質 構 造

本地方に猿逹せる古生層は共走向概ね東北東乃至東西にして,北に

6 0 ° , . . ̲ , 7 0 °

の傾斜をなす が木浦の一部に於ては北東一ー南西の走向を有し,殆んど垂直なることあり。又煤市ータケ鶴方 面に於ては

N60°E

に走り,殆んど乖直に近きもの及南傾斜をなすもの等あり。見立大吹以 南に於ても亦南傾斜をなす所ありて小さき桔曲をつくれり。安藝川統も亦秩父系と筈しき走 向,傾斜を有するが見立礫岩のみは走向略前こ:者に近けれども,傾斜箸しく緩やかにして

3 0 °

以 下の角度なり。

是等の中秩父系及安藝川統は共に相曲及断層の雨地塊運動を受け,斯裂せられ前者は轄倒せ り.。見立礫岩も亦断層運動を受け,苦しく斯裂せらる。是等地塊運勤の中,梱曲運動は断層運 動に先立ちて行はれしものたり。

摺曲運動一本地域に痰逹せろ古生層は共走向概ね東北東乃至東西にして,北に急斜し,一部 には北東一南西の走向を有し,殆んど垂直なることあるも,又南に急斜する部分も少なからず して見立大吹以南に於ては,小さき向斜並背斜を見ることありc即ち見掛上は蒋しき摺曲作用 を受けざろが如くたれども本系は明に北方よりの歴力によりて南方に轄倒せしものなり o即 ち概述せしが如く

( I V

古生層 0時代:参照)見掛上下部の日隠層が

Permian.

にして,見掛上 共上部にある重内層が

O u r a l i a n

に,更に共上部に横はる下部層が

O u r a l i a n

以下なるこ

(13)

3 圏 主 要 地 質 構 造 圏

樹 上

600  1(0() 

. .  

本谷山

50 

‑凰置→→

I X

/  名

▲ 木

/ /  

阿 細 労

/ 

翫 眉

滝石英員斑岩粒花及肖玲斑若

衝.L

臨 虹 畔

斜•

i

(14)

1 1  

とは明に本暦の逆糖を意味するものなり。此逆轄に伴つて前述の如く小なる向斜や背斜を生 ぜるが,此等と共に所謂木浦衝上(18.)成生せられたり。本衝上は調査地域内に於ては南北に走 る園山断層以西に於ては見得ざるも,同断層以東にては天神原山の南方より尾越,大切峠,横 嶽を通りて,・中嶽の方へ走るものにして 20°内外の緩やかなる北傾斜をなし,上盤は衝上線近 ぐにては古生層に島する珪岩のこともあり,輝緑凝灰岩のこともあるが多くは石灰岩直接上盤 をなし,下盤は安藝川統なり。衝動による破砕は比較的少きも本衝上の上盤並に下盤沿ひには 粘土可成り厚く襄逹せることあり,又此衝上面に沿ひて瓜谷,尾越等の鎖床胚胎し,一部には 石英斑岩貫入せり。

断層運動一上述の如く摺曲作用を蒙りし地層は更に共後断層作用を受け,之によりて厭々に 断裂せられたり o即ち前述の木浦衝上の成生に綾きて敷次に亘り断層作用の行はれしを姉り 得るが共時期は是を次の如く二時期に分つことを得。

第一期の断層作用: 木浦衝上成生後,見立礫岩成生前の数次の断層作用を一括せしものに して,走向,横断の二種の断層あり。雨種の断層の中走向断層の方寧ろ先に成生せられしもの は

n <

,概ね横断々層によりて切らる。本期の成生断暦は走向断暦の簑位大にして,横断々層 の夫れは比較的少なり。何れも見立礫岩成生前の成生にして見立礫岩成生後の再活動は認め

難し。

走向断層としては北落ちの杉ケ越断層ありて,煤市吐より杉ケ越に至る日ノ影川上流の慌れ と略こ平行に走る。.此の外木浦園山より落水に走る二走向断層あり,該断暦は本期初期の成生 なるか又は衝上に伴ひて生ぜしものならん。

横断々層はタケ鶴より黒谷に走るもの,煤市より日隠谷入口に向ふもの等あり,何れも落差)

襲位大ならず。 •

第二期の断層作用:第一期の断層作用後に本地方には海侵あり,本地の大部分を被ひ共虞 に見立礫岩(恐らく基底礫岩ならん)を堆積せり。共後本地に再び地塊運動ありて第二期の 断暦作用働けり,此期の断層作用によつて見立礫岩は其基底面の高距匝々となりしものたり。

本断層作用によつて成生せられたる断暦は走向断暦たる見立断層の外は主要なるものは殆 んど横断々層にして N30°W乃至南北に走るものなり。是等の横断々暦の中,園山断層と大 切断層とは共に西落にして,大なる

s t e pf a u l t

と見ることを得。叉日ノ影断暦は東落込にし て,所謂見立地塊は[1l影,困山雨断層間の地溝と見るべきなり。

見立断暦は明に見立礫岩を切れるが,同礫岩の一部は又五葉嶽山頂附近に見られ,其基底高 距は約500米異た1),同断層の落差も略吋司程度のものと思惟せらる。此見立断層は園山断 層,日 l影断暦等の横断々暦に依つで切られ,此造にても走向断層が横断々層より先に成生せ られたり。火咸府の逝入作用は此の断層に次いでなされたるものにして,見立礫岩及古生層を

r o o f

として避入したるものなり。

以上の如く本地方の断層摺曲の時代は見立礫岩咸生前と成生後とに分けて考へ得るが,更に

(IS)加藤武夫:文獣 (10)273頁 木下亀城:文献 (13)143撃 10

(15)

1 2  

詳しく云へば前者は安藝川統堆積後見立礫岩咸生前なり。勿論秩父系並びに安藝川統中には 更に古期成生の断層あるべきも,比較的大なる断層作用は安藝川統堆積後までには本地には行 はれざ

) i

しと見らる。叉見立礫岩成生後の断層作用と呼べるも此も亦見立礫岩成生後には同礫 岩の菱位を来すが如き大いたろ断層作用ありしものなるも共後の避入なる花尚岩類中には斯 る構造線を求めることを得ず寧ろ花尚岩類の泄入は是等の構造線に沿つて行はれたるものに

して,大いなる地塊運動は凡て見立礫岩成生後火成岩逝入前と見ざるべからず。

I X . 結 語

以上述ぺ来たりたることを要約すれば次の如し。

1 .  

園山断層を界として,此断層以東の地塊は晩州:年期乃至老年期,以西のそれは早批年期 の地形を呈す。

2.  河川の本流は概ね満州:年,支流は早批年乃至幼年の谷形を示すが本流の一部には花尚岩 類避入の為回春して早北

l

:年の谷形を示す所あり。

3.  古生層は上部より下部に次の如く分つことを得。

上 部 層

vi  日隠珪岩粘板岩層

V 軍 内 珪 岩 層 下 部 暦

:

然して此等の中,ート.部層は略い早坂博士の紡錘贔石灰岩統に該営し,共の中の日饂層は

Permian

直内

I

曾は

O u r a l i a n

である。下部は早坂博士の紡錘編石灰岩統以下の地層に該賞し,

O u r a l i a n

以下の

C a r b o n i f e r o u s

なり。

4.  見立礫岩は花尚岩礫を著しく多鵞にもつ礫岩たるが,上部にては礫少なく砂岩となれり,

共分布は相賞に廣く,且共基底高距は所に依り著しく異なれり。其時代は上部白堅紀と考へら る•恐らく大野川盆地の霧山層群上部礫岩層に射比せらるべきものならん、)

5 .   1

暉岩類は殆んど同時期の成生にして阿一岩漿より誘導せられたるものなり。然して見 立礫岩,秩父系統の一部を

r o o f

とす。

6.  本地方に於ける地塊運動は是を安募川統沈積後見立礫岩咸生前と同礫岩成生後花尚岩類 避入前との二時期に分つことを得。 主なる断層には木浦衝上,杉ケ越,見立の雨走向断層及 日l影,園山,大切等の横斬々層あり。各層の走向は概ね東北東―西南西にして秩父系,安藝 川統は共に北に急斜し,見立礫岩は本地方に於ては緩やかな角度を以て, HJ影川上流部に向 ひ傾斜すc

7 .

古生層は北に急傾斜をなせるも道轄せり。

(16)

1 3  

x .

文 猷 *

1.  中島講造: 豊後木浦,地學雑誌第三年明治二十四年

2.  紳保小虎: 豊後木浦,日向岩戸雨地方錫鐵調査報告,明治四十年

3.  T. Kato  : The Pyrrhotite Tin Vein of  Mitate Mine, Prov. Hyuga, Japan.,  地買學雑誌第 二 十 一 巻 大 正 三 年

4. 納富重雄: 五箇瀬川の地形,地學雑誌第二十九年大正六年 5. 納富重雄: 見 立 鎮 山 地 買 要 報 第 二 十 五 巻 第 三 盤 大 正 七 年 6.  野田勢次郎,納富重雄: 廿 萬 分 之 壼 延 岡 薗 幅 及 同 誤 明 沿 大 正 七 年 7.  加藤武夫: 見立礫岩,地買學雑誌第二十七巻大正九年

s .  

T.Kato  : A Revised Summary of  the Metallogenetic Epoch of  Japan, including Korea,  with special reference to  the Periods of  Orogeny and Igneous activitty.,  Proc.  3rd.  Pan Pacific Science. Congress. 1926. 

9. 本間不二男: 本邦に於ける火成岩地質學の諸問題,小川博士還暦祝貨地學論叢,昭和五年 10.  加藤武犬: 覗母山地塊に登逹する火成岩と鎖床の地質時代に就て,地質學雑誌第三十九巻

昭和七年

11・近藤忠::::,松田亀::::: 豊後木浦附近のエヂリン文象斑岩,地質學雑誌第三十四各昭和七年 12.  飯坂五郎: 宮崎縣土呂久繍山附近の石灰岩に就いて,地質學雑誌第四十巻昭和I\年 13.  木下継城: 九州の錫鎖床汀襖業第十三岱昭和十一年

14,  鳥山武雄: H向國大崩山花尚岩底盤の/J/ーフ及サテライトに就て,地質學雑誌第四十三巻 昭和十一年

15. 鈴 木 醇 :

16.  鳥山武雄:

17

. 

石井清彦:

認 宮 澤 俊 禰 :

西南8本外帯及琉球列島1こ疲逹せる花尚質岩石に就℃地質學雑誌第四十四巻 昭和十二年

日向國人崩山花尚岩開の近入機構に就て,地理學第六巻昭和十三年 七萬五千分之壼,延岡薗幅,昭和十四年

宮崎縣岩戸績山の鐵床及附近の地質に就て,地買學雑誌第四十七巻昭和十五年

*本交獣中には地質學関係の主要なろしののみを撮げ鎖物學闊係のものは省き

1

参照

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