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パーリ学仏教文化学 (19) - 011バンチャード チャワリットルアンリット「北伝と南伝における主要な仏弟子 : Anguttara Nikayaにおける「是第一弟子」を中心として」

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全文

(1)

南伝

主 要 な 仏

弟子

Anguttara

 

Nikdya

に お け る 「

て一 バ ・チ ャ ワ リ ッ トル ア ン ッ ト

1

. は じ め に

 

仏 教にお ける主

仏弟

子 とい え ば ,

や 日本 などの 北伝 仏 教で は 「 大弟子」 とい う言葉が思 い 浮ぶ で あろ う。 し か し,十 大 弟子 ω メ ン バ ーは, 『維 摩 経 』 な どω が始 ま りの よ うで ある〔3)。 一 方 ,南 伝 仏 教が 伝わっ て い る タ イ で は, 「十 大 弟 子」 とい う ま とめ 方は 存 在 して い な い。 そ の わ り, 「八 十 大 弟子」 (

Asitimahasavaka

)が よ く知 られて い る。 しか し, 「 十大

子」 とい う用

は パ ー リ 三

に お い て は まっ た く

見出

す こ とがで きず, パ ー 註釈 , す な わ ちア ッ タ カ タ ーに しか

存在

して い ない 〔4) 。 こ の ように,北 伝 と南伝がそ れ ぞ れ独 自の仏

子の ま とめ方 を

つ の は, お そ らく両 者 と も後 代に成立 し た もの だ か ら で あ ろ う。   とこ ろ が,南 北 両伝に伝わ り,比 較 的に早い 年代に 成立 した別の仏 弟子 の ま とめ方が存 在 す る。 そ れ は, サ ー タ は智 慧第 ガ ラ

・とい うよ うに, 何かの 専 門 的な能 力や特 徴 を もつ

75

人の 仏 弟 子たち

を ま とめ た もの で あ り, そ れは

Anguttara

 

Nikdya

A

 

V

)の ‘

Etadagga

 vagga ’

AN

1

, 

p

23

26

)の 中に収め ら れて い る。 その 中で は, 比丘 の み な らず, 比 丘 尼,

優婆

まれる。

本稿

で は, これ らの

仏弟

の こ とを, 「

是第

」 と

ぶ こ とにする。 また, こ の是

子た ちの こ とを直 接

経典下 記 お く

 

  AN

の 「是第一品」 (以下は, AN 「是 第一品」

 

 

阿含 経 』 「弟 子 品」 「比斤尼 品」 「清 信 士品」 「清

女品」凶

(2)

 

76

      パーリ学 仏教 文 化 学

 

 

阿羅漢 具

徳経

』(6)

『具徳 経』

 

上 記 の 経 典の うち ,

 

 

して

Man

・rathaptira4i

ma )

と 『分 別 功徳 論』ω とい う註 釈 書が それ ぞ れ現

す る。

2

経典

る 「

 

前 述 した よ うに,

AN

「是 第一 品」 に対 応 す る漢 訳

経 典

に は, 『阿 含 経』

子 品」 「比丘尼 品」 「清信士 品」 「清信女 品」

と 『具徳 経』 が 存在す る。 まず,

AN

是 第

内容

具 体 的 よ うな記 述 っ て い る か を簡 略に示して お く。

  

Etad

 aggarp  

bhikkhave

 mama  s蕊vakdnarp  

bhikkh

矼narp

  Rattafifiiinarp

 

yadidarTi

 

Afifi

ko4dafifio

  

Mah

pa

黼liinal

yadida

p

 

Siiriputto

_.

  

比 丘 ら よ, 我の 弟子である比丘 た ちの

で は,

  

して しいた ちに お い て,第一 は ア ンニ ャ コ ーン ダン ニ ャ である。

  

大 智 慧の ある

た ちに おい て,

サ ー リ プ ッ タで あ る。 … …

       (

AN

1

, 

p

23

 

ff

−)

 

上 の

を見てわ か る よ うに, こ の経 典の内容は, た だ是第 一弟 子 名前 と彼 ら

彼 女 ら

専門

的な能 力 (や特 徴

を 並べ い る だ けで に名 前 の リス トに近 い もの であ る。 『阿含

』 と 『具

徳経

』 も同様で ある。 (

1

) 是 第一

子 の人数の 比 較

 

1

が 示 してい る人

を見る と,

の よ うなこ が言 える。

 

 

こ の 三つ の 経 典は同 じ形 式 を 取っ た もの の そ れ ぞ れ の 経典に 列 記され

  

て い る是

子の 人数に は, 大 き な違い が ある。 漢 訳 の伝承 に おけ る

  

是 第一 弟 子の 人数は に 『阿 含 経 』 で は ,

AAI

是 第 」 よ り     も 大 き く上 回っ て い る。

 

  AN

一 品」 と 『具

徳経

』 を

討す る と, 比丘尼 ・

婆 夷

  

の人数は あ ま り相 違が ない に もか か わ らず, 『具 徳 経 』 の 比丘 の人数は

(3)

北 伝 と南 伝に お ける主要な仏 弟 子

77

1

是第一弟子 躍

1V

「是第一品」 『増一阿含 経』 『具徳経』 比 丘

41

人 判

10

夏人*2

99

人 比丘尼

13

50

15

人 優婆塞 11人 40人

22

人 優 婆 夷

10

32

人 *3 17人 合 計

75

223

153

人 * 1 小 野 玄 妙 編 [1937:61](林五邦 )は,42 人 と してい 2   小 野 玄 妙 編 [1937:61](林五邦 )は100人 と してい が,厳 密に調べ て み る と  101人で あっ た。 *3 小 野 玄 妙 編 [1937:61]の林五邦は30人 と し てい る が,厳 密に調 べ み る と  32人であっ た。なお,本稿で は,「難陀難陀 婆 羅とい う名 前を「 」と「難陀  婆 羅」に分けて 2 人の優 婆 夷と見る。その 根 拠は,AN 「是 第一品」におい て も,  『具 徳 経 』におい て も,最 初にブッ ダに帰 依し た優 婆 夷は 2人と さ れ,ま た,  DivyfivadTana(E. B. Cowell & R. A. Neil,1886 )p.392で は最 初に ブ ッ ダに 帰 依

  した 女性はNandfiとNandabalfiとい 2 人 と されてい るか らである。

  

阿 含 経 』 に 近 く

99

人 に も及ん だ。 漢 訳 伝 承 で は ,

100

人 の 比 丘 に   ま とめ よ う と してい た よ うに見え る。

 

こ の 三 つ の

経典

されて い る是

子の 人

に は,大き な

違が見ら れ るの で あ る。 次 に,是

’ とその ‘能ガ を

討す る。 (

2) 経典

の内 容の比 較一 是 第一弟子の 個 人名’ と そ の能 が  以下で は, こ の 三つ の 経 典内容は どの 程 度に合致 し て い るかを厳 密に検 討す る。 パ ー リ伝承 で あ る

A

?〉 「是 第 一 」 を基 に して , パ ー 承 と合 す るもの を二 つ の 漢 訳経 典の中か ら選出す る とい う方法で 検 討す る。 以下で は,比丘 の 部分に重 点を当て て検 討す る。

 

2

考 察

すると,

是第

弟子

人数

, 三つ の

経典

相違

は 一 見 大き く見える に もか か わ らず, その

内容

は よ く 一

る こ とが わ か る。

A7V

是 第 」 の

41

人の 比丘, その

9

割以 上 は, 『阿含 経 』 と 『具 徳経』 の方 に も見 出す こ と が で き る。 い わば, こ の 三 つ の 経 典は 同 一 か ら発 し て,漢訳 伝承 の 方で は,是 第一弟子の 人数は著し く付 加 さ れて い る

(4)

78 パ ーリ学 仏教文化学 表

2

* 1 オ1V「是第一品」の 比丘

4

直人との合 致 『増一阿含経』 『具徳 経』 完全一致 (個人名も 能 力 も一致) 30人(約

73

%) 31 人(約 76% 部 分一致 (個 人名か能力か の い ず れ か が) 8(約20%)

9

人 (約

22

%) 不一致 (個人名も 能 力 も 不一致)

3

人(約

7

1人(約2 % *1 三つ の 経典の 間に合 致す る内 容を検 討 する に は,あ り得る結 果が 4 ケース考え ら れ  る。  是 第 弟 子の 個人名 冒 も 彼 らの能 が も両 方 と も一致 するもの,  ‘個 人名’のみ  が 致 するもの,  ‘能 ガ の みが一致す る もの そ して   ‘個人名’も’能 ガ も一致 して  い の。こ こ で は,  は 完 全 一    ,  は 不 一 と す 。な  お,こ の 三つ の経 典に列 挙される仏 弟 子の順 番につ い て は,全て

Aiifiakorpdafifia

か ら記さ  れ て い る が,その は全て一致 して い ない。 と推 定で き る。 また, こ の 三つ の

典の

で, もっ と も その 源泉に近い もの は

AV

「是 第一品」 で あ る と考え られ る。

3

三 つ の経典の 間に ‘合 致 した

内容

 

の検討

 

こ こ ま で,三つ の 経典に列 記 さ れて い る是 第一 弟子の 人数 その 人名と 能 力 を比較 す るこ とに よっ て, 三つ の

経典

が よ く合致 し て い るこ とが わ かっ た。 し か し,

訳の

典の 中で ,

AIV

是 第 」 と ‘ 合致 した 内容の 場 所’ を考 慮 に入 れ ると, 三っ の経典 の 間で は,

Aj

> 「是 第 」 と 『具 徳 経』 と が 特に近 似

を もっ て い るこ とを理 解す る こ とが で きる。

 

‘合 致 した

内容

の 場 所 ’ とは, 二 つ の 漢 訳 経 典の

記されて い る是

順 番 ま ま人 目 最後 丘 ま , その 中に,

AN

是 第 」 と合致 す るもの の 場 所 を 黒 く示 して い る とこ ろ で ある。 こ の よ うに して

で示してい く と,

最終

的に は, その

経典

で 黒で示 さ れ た場所 は, 他 の 二 つ の 経典 と

 

合 致 し た 内容の 場所’ を表示 して い こ とに な る。 具体的 に は, 図

1

の 通 りで ある。

 

その ‘合 致 し た 内容の 場所’ は,『増一 阿含 経』 の よ う に,離れ た り くっ つ い た りす るの は予 想の

囲で あ り, 不 思議で はない 。 一 方, 『具 徳 経』 で は, い くつ か離れ た場 所 を

けば,

AN

是 第

合 致

した もの は 方部に, 合致 し て い ない もの は

方部に き れい に くっ つ い て分か れてい る。

(5)

北 伝 と南伝にお け る主 要な仏 弟 子 『具 徳 経 比丘 99 人

79

AIV 「是第 」  比丘 41人 1人目 41人 目 『含経 」 比 丘 101人 1人 目 ≒ 一

 

1 。1人 目 1人 目 99人 目 図

1

まさに 『具 徳 経』 が

AN

「是

一品」 の約

41

人 を引き

ぎ, その 内容の 後ろ に き加え られ て い る こ とを物 語 っ て い る。

AN

是第

」 と 『具 徳 経』 との に は, か な りの程度の 近 似性が あ る と考え ら れ る。

 

徳経

』 の 」 合 致 し た 内容の場所 が き れ い に くっ つ い て い るの は偶然 の 能 性 も あ る か も し れ な い が , 『具徳

』 が 『増一 阿含 経』 よ り

AN

「是 第 一品」 との 近似 性を もっ て い るこ とは , 是 第 一弟 子

とそ 能 力 記 述を比 較 して み て も, 同 じよ う な こ と が 言え るの で あ る (8)。

3

Manoratha

ρ

ara

η

T

と 『

別 功

徳論

 

AV 「

」, 『阿含 経 』, 『具徳 経』 に つ い て 検 討 した。 是第 一 弟 子に

して, こ の三 つ の

経典

か ら

られる

情報

C

個 人名

’ と

 

能 力

常に少ない。 そ こ で,これ らの経 典に対す る註 釈

を次 に 見て み る。

AIV

「是

一品」 を註 釈す る

Manorathaptirarpi

M )

と 『増一阿 含経』 を註釈す る 『分 別 功徳 論』 が現存 し, そ れ ぞ れ是第一 弟子 の

 

伝 記

 

を伝えて い る。

 

別 功徳 論 』 は, 阿含経 の中で もっ と も大乗的 な傾 向を持っ て い る 『増

(6)

 

80

      パ ー学 仏 教 文 化 学

阿含 経

』 の よ うに, 大

的な内容が た く さ ん含ま れて い る (9) 。 一 方,

AA

は ブッ ダゴ ー サに よっ て制 作 された と考え られ 明 らかに 上座 部の立場か ら 註釈を して い る(tO)。 次 は, その よ うな性 格を持っ て い る

両 註釈 書

を比 較 し て, 是

弟子

の ‘

伝記

量 の 共通 点を探っ て みた い。

 

M

では ,澀

V

に列 記さ れて い る是

子の全 員を

釈 して い る が, 残 念なが ら, 『分 別 功 徳 』 で は,『増一 阿 含 経』 に列 記 さ れて い る

101

人の 丘 の う ち,

60

人 しか

釈さ れ て い ない 。 こ の 両註 釈 を比

して み る と, 『分 別 功 徳 論』 が註 釈す る

60

人の うち , その 個人名が

ha

と合 致 し て い るの は

33

人で あ る。 また その

33

人の う ち , そ れ らの 伝記 に 関 す る記 述 が あるの は,

25

人であ る。 とする と, 『分 別 功 徳 論 』 が伝 承 してき た この

25

人の 是

一一

記 と,

na

が伝 えて き た その

25

人 の 記 との比較 によっ て ,

20

人 ぐ らい もの

記が類 似 し て い るこ と が わか る 川 。 しか し, こ こ の 「類 似 」 とは,

両註釈 書

に同じ

原本

や同 じ

現 を持 っ てい るこ とを指 す の で は な く, た だ是

子の

に, そ の ス トー リーや その 子 が 同 じである ことを意 味 し て い る。

 

この よ う に し て, 南 北 両伝 にそ れ ぞ れ伝わ っ て き た是 第 一 弟 子の伝 記 に は, かな りの 共通 点が ある とい うこ とは, この 二 つ の 註釈 書の ソース は同 じで あ るか , あ るい は同じ内容を持っ て い る もの であ る と考 え られ る。 換 言 す れば, その ソース の 年代が

年代

立 して,

北伝

に も

南伝

にも

承さ れて きた と

え られ る。

4

北伝

伝 に お け

仏弟子

付加方法

 

1

が 表示 して い る よ うに 是 第弟 子 た る比丘 の 人 数 は,

AIV

是 第 」 で は

41

人, 『

阿 含 経 』 で は

101

人, そ し て 『具 徳 経』 で は

99

人 であ る。 こ の よ うに見 る と,漢訳 の 伝承 過 程 に お い て是 第一弟子 に 大 量 の 付 加が行わ れて い る こ とが明 瞭で あ る。 一 , パ ー リの

承 過

に お い て も, 決 して大 量の 仏 弟 子の 付加が行わ れて い ない わ けで はな い 。 そ れ は, asitimah5sivaka (八十 大 弟子

の こ とで あ る。

(7)

      北 伝と南 伝に お け る主 要 な 仏 弟 子     

81

 

パ ー リ註釈書 であ る ア ッ タカ ターで は,asitimahasavaka の 用 例が数 多 く見 出す こ とが で るCl2)。 ま た, 八

子の 個人名は, 

Theragdtha

の 註 釈 書 であ る

Paramatthadip

αni(i3)か ら 知 る こ とがで き る。 そ れ を見て み る と, 

AN

」 に列 記されて い る是 第一 弟子 の

41

人 の 比丘 は, 全員そ の中に 含 ま れて い る。 こ の こ とに つ い て は, 「

」 が

A

V

「是 第一弟 子」 を も とに して発 展 して き た もの で あ る と指

する タ イ の

学僧

もい る(14)。 筆 者 もそれ に賛同 す る。

 

こ の よ うに ,

北両 伝に お い て,何らかの 理由で 後 代に大 量の 仏 弟子 を ま とめ て い っ た。 その

も と も との 是 第 一弟 子を も と , 仏

子の 付 加 を行っ たの であ ろ う。 しか し,両 伝承の 付加 方 法 は 異 なっ て い る。 つ ま り, 漢訳の 原 典

に おい て は,

直接経

典に書き加 え るの に対 し (さ も な け れ ば, 漢 訳 時の訳

き加え とい うこ とにな ろ う

, パ ー リ伝 承 に おい て は,

経典

に 触れずに, 経 典の 枠 外の 場所 で あ るア ッ タカ タ ー

弟子の 追 加を行い 「八

子」 とい う新た な

仏弟

子の ま とめ方を生 み出 す。

両伝

承が その よ うに異 なっ た方

っ てい たの は, パ ー

「 一一一  一一一一一一 一一一一一一一一一一一曹一一一 ,一一一一幽一一一一冒1 P

ii 創

鑑貅

」     1人Fl 41人目 「

 

 

i

 1人 目      1人 目       99人目 101人 目 L _ 亶 r _ _ _ _ _ _ 幽 藺 _ _ _ _ _ _ _ _ } _ _ _ _ _ _ 曽 _ _ _ _ _ _ 曹 膚 呷 一 一 一 図

2

(8)

 

82

       パ ーリ学教 文化 学

伝承

承の

方の 一つ の性 格を よ く反映して い る と言えよ う(15)。

5

ま と

  AIV

是 第 」・ 『

一 阿

含経

』 ・『具

徳 経

』 に お け る是 第一弟 子た る比

 

丘の 人数に は, 大き な相 違が 見 え る もの の , その個人名や能 力の 内容 は

 

よ く一致 し て い るた め, こ の三つ の経典 は同 一源 泉か らそ れ ぞ れ伝 承

 

され い る。 また, 漢 訳 伝承 に おける是 第 一弟 子 の 人 数は著 し く付 加さ れ

 

て い る た め, こ の 三 つ の 典 の で , もっ と もそ の 源 泉に近い の は

 A

?〉 「是 第一 品」 で あ る。

 

北 伝の 『分 別功 徳 論』 と南 伝の

ha

の 中に そ れぞ れ是第一 弟子の 伝 記が

 

承 されて い る。 こ の 両 註釈 書は直接

関係

っ て い ない にも か か わ ら

 

ず, 是 第 一 弟子の 伝 記部 分に お い て は, かな りの 共 通 点 が確 認で き

 

る。 した が っ て ,

是第

一 弟 子の 伝 記は, イン にお け る註釈 書の古い

 

の ソース の 一

で あ る と考 えられ る。 その 中に 実在人

の 伝記 も

わ  っ て い るの で あ ろ う。

  南

伝の い れに お い て

弟子

承にき な

加が

われてい

 

た が , その

付加

方 法は異なっ て い る。 漢 訳

承 の

原典

に おい て は,

 

経 典に書 き加え るの に対 し, パ ー 伝 承 は ,

直接経典

 に , ア ッ タカタ ー 中で 仏 弟 子伝 承付加 を行っ た。 注 (

1

) 十大弟 子 とは, 仏 弟子の中で最も す ぐれた 10 人の弟子の こ とで あ る。 その個人  名は, 舍利弗, 大目連 ,大 迦葉 ,須菩 提, 富 楼 那弥 多羅尼子,摩 訶 迦 旃延 , 阿那   律 ,優 波離 羅喉羅, 阿難で あ る。 (

2

> 『維 摩経 』 T14 , pp .539c−542a :『灌 頂 経 T21

p

.517c 。 (

3

) 横 越 慧 日 他 〔1988 ;639b];中村 元 [1991 :581−591中村元編 [且994 :396r] 。 (

4

)Bunjob Bannaruji [2001 :4− 5]

。  asitimahfisavaka 以外,  asitimahathera やasitis五vaka

  とい う用語も 見 ら れ る。

(5) TO2, pp .

557a

560c

(9)

北 伝 と南 伝に お け る主要な仏 弟 子 83

 

よ れ ば, 大衆 部, 法蔵部 ,説 一 有部とい う可能性が考え ら れる とい う。 (

6

) TO2, pp ,831a −

834b

小野妙 編 1937 60 −61邦 〉に よ れ 阿羅漢 具  徳経』 の訳 者は, 宋の法賢 (AD .1001)で ある とい う。 (

7

T25

, 

p

.30a− 52c ;『分 別功徳論』 の所 属部 派につ いて は,森 祖道 [1970]は, 説一  切 有 部 とい う可能 性を指摘 し てい る。 (

8

>『具 徳 経 』 の 訳 年は AD . IOOI 頃で あ る, しか し, 『具 徳経 』 が 『増一阿含 経』 よ   り もAN 「是 第 」 との 近似性 も もつ とい うこ と は,訳年代が遅 れ て も,そ の原  典は比較的早 く成立 した と考え ら れ る。 (

9

) 小 野玄妙編 [1938 :350] (泉 芳 環)。

ao

) 森 祖道 [

1970

32

38

L

]に よ る と,『分 別 功徳 論 』 は

na

と直接的な関係が な  い とい う この見 解にっ い て ,筆者も賛同す る。  

 

類 似 して い る と判 断で きる 17人 (優 陀夷 ,優留 毘迦葉 ,羅 Vモ婆 羅,大 迦旃延,

 

大 目撻連, 二 十億 耳, 陀羅婆 摩羅,軍 頭婆 漠, 賓頭盧 ,婆拘 羅,優 波離 ,難陀,婆

 

陀,周 利般 兎,拘 摩 羅 迦葉 ,羅 雲,般 兎 )にある程 度 類 似 して い る 3人 (阿 那   律,離日,鵬耆舍 )を加え る。

12

) Sumafigalaviibsini 

I1

, p .

420

;Papaficas 掫

dani

 III, p .

363

Jbtaka

 H , 

p

.94;

 Dhammapadatthakatha

 

1

, 

p

.138Paramatthqiotika [, 

p

.51な どt 

31

回 用 い ら れて い る。

  ま た,asitimah5thera (八 十 大 長老 )の場 合は,

34

回 用い ら れて い る。

13

) Paramatthα

dipani

 

III

, p .

250

4

 

Wachirayanavarorot 師 僧 [1970] (Bunjob Bannaruji [2001 :41 を 参 照)。

 

こ の ことにして は,馬場紀 寿 [

2003

]が,縁起 な どの教理的研 究の観 点か ら,

 

阿 含経 典に は,ニ カーヤ に対応する部 分の み な らず,ア ッ タ カターに対応す る部

 

分も存在す る と論 証 して い っ て,asitimahasavaka に対応す る 「八 十大聲 聞」

 

や 「十聲聞 」 が見ら れ る漢訳 文献を,ア ッ タ カ ターに対 応す る部分が含ま れて い

 

る経典 と見て 間 違い はない ろ う。 因 みに,それ らの 漢訳 文献を 挙 げて お く。 『

 

掘魔羅 經』 TO2, p.

521c25

; 『大法 鼓經

TO9

, p.

298cl5

;『大般涅 槃經 集 解』

T37

, p .  

469c28

. 参考文献 小野 玄妙編 『佛書解説大辞典 ( 』 大東 出版社Jl937 . 小野玄妙編 『佛書 解説大 辞 典 ハ ー 東 出版社 ,1938 , 勝 崎 裕彦 「経 典 お け菩提 題 名配 列 」 『印度 学 仏教学 研 究』 70号,   1987, pp .

46

49

. 横越 慧日他 『総合 佛教大辞 』 上 巻,法蔵館 , 1988. 静 谷 正雄 「漢訳阿含 属部印 度学 仏教 学 研 究

43

号,

1973

, pp ,

(10)

 

84

      パ ーリ学仏教 文化 学   54− 59 . 中村元 『仏 弟生 涯 』 春 秋社 , 1991. 中村元編 『仏教 辞典 岩 波書店 ,

1994

馬 場 紀 寿 「北 伝 阿 の註 釈書的 要 素

  

縁 起 関 連 経 典

  

」 『仏 教研究』 31 号 ,  2003,

pp

.193−219 (L},

森祖道 「

On

 

the

 

Fen

bie

−g6ng−

de

1im

分 別 功徳論 )

」 『印度学 仏教学研 究』

37

号 ,

1970

 

pp

.32−

38

L

).

森祖 道 『仏教註釈 文

』 山喜 房佛書 林,

1984

Bunjob

 

Bannaruji

, 

Asitimahasavok

, Kongthunsuksaputthasathan2001 . Wachirayanavarorot Anuphutthapravvat 

MaharriakUtraja

 Wittayalai,1970.

〔付記〕拙稿は, 大 谷 大学任期制 助 手の清 水 洋平氏か らの多大な る協 力を得た。 こ の

参照

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