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梅原利夫著 『新学習指導要領を主体的につかむ ―その構図とのりこえる道―』

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Academic year: 2021

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― 111 ― 日本教育方法学会紀要『教育方法学研究』第45巻・2019年度(2020年 3 月) 梅原利夫著

『新学習指導要領を主体的につかむ  

    ―その構図とのりこえる道―』

福田 敦志(大阪教育大学) 1.「主体的につかむ」ことの意味と意義  「主体的」という言葉はきわめて多義的であり, 特定の文脈のなかにあってさえ,多様な解釈が可能 となる言葉である。たとえば,「積極的」という表 現の方が適切だと考えられる場合もあれば,「当事 者として」と言い換え可能であるような,応答責任 の存在を含意させつつ解釈すべき場合もある。さら には,「忖度」という言葉を想起せずにはいられな いような,特定の行為を限定的に要求してくる場合 もある。  翻って,「新学習指導要領を主体的につかむ」と はいかなる意味であるか。このことに関わって著者 は,「自分の全人格を用いて,事実を分析すること, そして思考すること(その中には批判的思考が含ま れている),常に問い続けること」が「人間が学ぶ」 ことなのであり,この営みを通して初めて,学ぶ対 象を「主体的につかむ」ことができると主張してい る(2頁)。この主張から推察するならば,新学習指 導要領で用いられている文言について,なぜその文 言が選ばれているのか,その文言を選択した背景に はどのような歴史的かつ社会的な情勢があるのか を,自らの問題関心に引きつけながら批判的に考え 続けることが,「新学習指導要領を主体的につかむ」 ことの内実であると把握することができよう。  「教育方法学研究の一環として学習指導要領を対 象とする」場合,「教材文化を媒介にした教師と子 どもとの相互関係において,子どもの変化過程を促 す働きかけの解明を中心軸にして,それに影響を与 える教育目標,教育内容,教育方法,教育評価,教 育経営などの全体の連関構造を研究関心とする」も のとなる(11−12頁)。新学習指導要領を教育方法 学研究する営みを「新学習指導要領を主体的につか む」ことへと深化させていくにあたっての著者の原 動力は,新学習指導要領が教育現場に対する「縛り の体制を強めている」(12頁)のではないかという 問題意識である。加えて,「子どもの学習指導に関 心のある方々に,学習指導要領を主体的に分析し, つかみ,学び合い,実践の方向性をつくっていって いただきたいという願い」(2-3頁)がある。こうし た問題意識と願いに支えられた著者の「全人格」を 用いた新学習指導要領研究の一つの到達点が,本書 である。 2.「主体的につかむ」ことで見えてくるもの  「第1章 新学習指導要領の大きな変化」において 著者は,学習指導要領に初めて前文が置かれたこと, 総則が6節構成になったこと,「育成すべき資質・ 能力」が強調されていること等の意味を,新学習指 導要領の告示に至る過程に現れた文言に言及しなが ら考察する。また,内容への吟味を欠いた「主体的・ 対話的で深い学び」の強調や,アクティブ・ラーニ ングという「カタカナ英語」の使用は断念したにも 関わらず,カリキュラム・マネジメントは積極的に 用いるという一貫性の欠如,「見方・考え方」の強 調とそのことに伴う各教科等の記述の画一化や「特 別な教科 道徳」の設置等々の分析を状況証拠のよ うに積み重ねながら,著者は一つの結論へ至る。す なわち,2006教育基本法や「改正」学校教育法に込 められた意図を,個々の学校や一人ひとりの教師た ちに「浸透させる幾重にも連なるシステム」も含め て,全体として「学習指導要領体制というべき縛り のシステム」が構築されているという結論である。  こうした「学習指導要領体制」から逃れ出ること は困難を極める。「第2章 各論でつかむ改訂の特徴」 および「第3章 学習指導要領をとりまく教育政策 の背景」において著者が分析するように,幼児教育 や保育と小学校教育との「一体化」の企図や「高校 生のための学びの基礎診断」の新設及び「大学入学 共通テスト」への刷新に典型的に現れるように,「学 習指導要領体制」が前提とする枠組みからの逸脱を 幼児期から青年期に至るまで許さないような体制と なっているからである。この体制を構成する要素の 一つと著者が指摘する,全国学力・学習状況調査や それに付随する各種自治体による「いっせいテスト」 の実施が,各学校における教育課程編成や授業進行 に大きな影響を与えているという現実に鑑みるなら ば,子どもたちはもちろん教師たちもまた,「学習 指導要領体制というべき縛りのシステム」から「降 りる」ことは容易ではない。  この「学習指導要領体制」は,著者の断片的な記

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― 112 ― 述から推察するならば,教育実践を互いに関連する 2つの方向へと誘う。一つは,教師には「主体的・ 対話的で深い学び」を行う余地が原理的にも実質的 にもないという指摘から浮かび上がる,教師から教 育実践の創造性を剥奪する方向である。もう一つは, 現在と未来の社会をいかに構想し構築していくかと いう,民主主義の根幹に関わる主題を教育実践の問 題として引き受けさせないようにする方向である。  後者の点に関わって著者は,「学習指導要領体制」 を推進する側は「将来社会を先行き不透明な変化の 激しい社会」と描き出し,だからこそ「予測不能な 社会になっても,問題解決能力を発揮できる思考力 や意欲を育てる」と主張するにも関わらず,ここで 想定されている「未来社会像には,核兵器禁止条約 の実現をはじめとした平和な地球社会や,地球温暖 化抑制を含む環境問題の国際的な解決へ向けた取り 組みなどは眼中に入っていない」と指摘する(143 頁)。この指摘から類推されることは,「未知の状況 にも対応できる思考力・判断力・表現力等の育成」 と謳われる「未知の状況」には,予め特定の枠組み が付与されているということである。換言するなら ば,「未知の状況」とはあくまでも「学習指導要領 体制」を推進する側が願望する世界のなかでの「未 知の状況」なのであり,その世界の真偽や是非につ いて考え,議論し合うことは教師にも子どもたちに も許されていないのである。こうした実践の方向性 が行き着く先は,かつてアレントが指摘した「凡庸 な悪」が蔓延る世界以外に何があるであろうか。 3.「主体的につかむ」ことの課題と可能性  こうした問題状況を克服していく実践を構想する ために,「第4章 学習指導要領体制をのりこえる教 育実践の方向」において著者は,以下のような「基 本姿勢」を提起する。すなわち,事実に基づいた実 践の自由と共同創造の重視,権利主体としての子ど もに応答する実践の蓄積と普及,授業・教育課程・ 学校の運営における民主的な合意形成過程の重視, である。これらの「基本姿勢」に基づきながら,「資 質・能力」や「アクティブ・ラーニング」「カリキュ ラム・マネジメント」と言ったキーワードについて, 「私たちが相対している子どもたちのリアルな姿」 に応答しながら批判的に検討し,教育実践を創造し ていくことを著者は呼びかける(179-181頁)。  この呼びかけは,「子どもが,身体全体で表して いる発達への要求」と「そうした子どもの現実をつ かもうとしないで『良かれ』と降ろされてくる方策 との間にある軋轢」から生じる「教育現場に渦巻い ているストレスや苦悩」 にさらされ, 「学習指導要領 体制」 にのみこまれそうになりながらも, 「なお教師 としての初心を貫きたいと挑戦している若い群像」 の 存在に励まされながら出されたものである (175頁)。  しかしながら,この呼びかけはいささか楽観的で あると指摘せざるを得ない。なぜならこの呼びかけ は,著者の意図に関わらず,「初心を貫きたいと挑戦」 することのできる者とそうした「初心」を貫くよう な実践を選び取らない者との間に幾重もの分断を生 む可能性を孕むからである。その分断は「基本姿勢」 の一つである実践の共同創造の可能性を否定するこ とになろう。またその分断は,民主的な合意形成過 程が実は「著者の想定する望ましい解に至らせる過 程」であるかのような誤解を生み出すことにもなろ う。本書が孕むこのような陥穽に陥ることなく,「学 習指導要領体制」を乗り越える教育実践の方向を探 ろうとしたとき,改めて「新学習指導要領を主体的 につかむ」ことの内実が問われてくることになろう。  今や「主体的につかむ」とは,軋轢にさらされな がらも「初心」を貫くことのできる者のみに許され た特権的な行為ではない。軋轢の前に佇み,諦めた り逃げ出したりせずにはいられない者にとっても, またそうした軋轢をそもそも感じることのない者に とっても,「主体的につかむ」行為へと開かれてい く必要がある。では,「主体的につかむ」行為へ向 かう扉を開く鍵は何であるか。その鍵の一つを,著 者は既に提示してある。その鍵とは,子どもたちの 権利に応答することである。権利主体としての子ど もに応答しながら,わたしたち自身が権利主体とし て立ち上がっていくことである。  今を生きる子どもたちにとって「切実な課題」は 何か,そのために何をこそ学ぶ必要があるのかを子 どもたちと共に共同決定していこう,こうした実践 を展開するためには何が必要かを共に考えようと, 本書は「主体的につかむ」という印象的な表現を用 いながら,わたしたちに呼びかけているのである。  本書を手に取り,近しい仲間と共にこの呼びかけ に応答していきたい。 (B6判 189頁 新日本出版社 2018年 本体1,800円)

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