解題 科学・技術と社会に関する批判の学という構想 ―その意義と可能性析―(寿楽) 69
解 題
科学・技術と社会に関する批判の学という構想
―― その意義と可能性 ――
本会会員であり、学会誌となる以前の『年報 科学・技術・社会』の協力編集者も長く務 めた吉岡斉氏が 2018 年 1 月、惜しまれつつ逝去された。2018 年 7 月 7 日に開催された第 7 回年次大会では、氏の学術的貢献を振り返ることで追悼の機会とするべく、学会理事会とも 協議の上、実行委員会特別企画として、「科学・技術と社会に関する批判の学という構想― ―その意義と可能性」と題したセッションを実施した(くわしくは、本誌巻末の科学社会学 会第 7 回年次大会のプログラム情報を参照)。本特集は、本誌編集委員会が同セッションに 登壇した 3 名の講演者に依頼して、それぞれ当日の講演に関連する寄稿を得たものである。 吉岡氏は 1990 年代から原子力技術、とりわけその日本的展開についての批判的研究を幅 広く手がけた。政府審議会、市民団体等、学術以外の公共の場でも大いにその学識を披瀝し、 とりわけ 2011 年の福島原発事故以降は、原子力問題をめぐる議論の場における氏の存在は 広く市井の人びとの知るところとなった。このため、特にそれ以降の時期にこの分野に接し た人びとにとっては、「脱原子力の有力論者としての吉岡氏」という受け止めが主であった かもしれない。 しかし、氏の業績を原子力という特定の技術に固有の文脈に即したものとばかりに捉える ことは、おそらく失当であろう。 氏はすでに 1980 年代には「科学・技術と社会に関する批判の学」という構想を関連諸学 の先行知見を縦横に渉猟した上で理論化し、展開しつつあった。これが氏のいう「科学社会学」 である。綾部稿による吉岡「科学社会学」の経時的かつ俯瞰的なレビューが示すように、当 初は理論志向の研究者であった氏が原子力政策に即した実践的批判者と目されるようになっ たことには、氏本人にとってはある種の必然と言える内在的な理由が存在したと言える。 柿原稿がさらに補足するように、それは転向や転換ではなく、徹底した科学・技術批判の*
東京電機大学 [email protected]寿 楽 浩 太
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<吉岡斉追悼シンポジウム特集> 年報 科学・技術・社会 第28巻(2019)、69-70 頁Japanese Journal for Science, Technology & Society
年報 科学・技術・社会 第28 巻 70 貫徹という、初期の著作に見られる氏の学術的スタンスや主張に照らして首尾一貫したもの だったと見ることができる。すなわち、自らが切り込み続けた科学・技術の構造的な傲慢さ とその社会的逆機能に対して鋭い批判性を保ち、実際に発揮し続けようとすれば、自ずと、 自らが得た「科学社会学」の知見とそこで培った見識を、その構造を突き崩す実践的な文脈 に置きつづけ、そのもっとも効果的な実践形態を追求し続けることが求められたのだ。氏は 自らの主張に対してとことん、自己言及的であろうとしたと言えよう。 しかし、では、私たちもまた、それぞれすべからく各科学・技術分野の政策の実践的批判 者として政策プロセスに参画することが求められるのか。それが「科学社会学」の唯一の道 かと言えば、そうとばかりは言えまい。立石稿は、吉岡「科学社会学」の研究戦略や批判の アプローチを、いったん、より一般的な(科学)社会学のターミノロジーで解釈し直しつつ、 改めて、それが持つ社会的・学術的な強みを普遍化し、後に続く私たちが別途、実質的で具 体的な指針を得ることを試みる。 編集上の都合により、寄稿いただいた各著者(講演者)には必ずしも十分な紙幅をご用意 できず、大変ご迷惑をおかけした。それでも、各著者のご尽力により、寄稿いただいた論考 はいずれも、氏の事績を振り返る上で極めて示唆ぶかいものとなった。特に記して各著者に 感謝申し上げたい。 「科学・技術と社会に関する批判の学」としての「科学社会学」という吉岡氏の構想と業 績を、私たちが発展させる上で何らかのお役に立てれば、当該セッションと本特集を企画し た者としては望外の喜びであり、ささやかながらも氏への追悼となれば幸甚である。末筆な がら、吉岡斉氏のご学恩に感謝し、ご冥福を心よりお祈りいたします。