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最新レーダー技術を用いた台風に伴う竜巻の新しい研究

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*1 気象研究所台風・災害気象研究部 主任研究官 [email protected]

   Senior Researcher, Typhoon and Severe Weather Research Department, Meteorological Research Institute Wind Engineers, JAWE

Vol.46, No.1(No.166), January 2021 第 46 巻第 1 号(通号第 166 号)2021 年 1 月日本風工学会誌

特 集

2019 年の台風災害

最新レーダー技術を用いた台風に伴う竜巻の新しい研究

Recent Research on Tornado Associated with Typhoon Using Modern Radar

Technology

足立 透

*1

Toru ADACHI

 1. はじめに 台風がもたらす激しい風水害への対応は,極めて重要 な社会的課題の一つである。中でも令和元年に発生した 相次ぐ台風災害は甚大であり,第15 号および第 19 号が それぞれ令和元年房総半島台風および令和元年東日本台 風と命名されるなど,その人的・物的被害は深刻なもの となった。 台風はそれそのものが激しい風水害の原因となるばか りでなく,竜巻を引き起こすことにより,しばしば突風 被害をもたらす。令和元年には,第17 号に伴う宮崎県延 岡市における竜巻1)や,第19 号に伴う千葉県市原市にお ける竜巻2)など,顕著な事例が発生した。台風環境下で 竜巻を引き起こす積乱雲は,空間スケールが比較的に小 さいために監視・予測が困難であるほか,台風の中心か ら離れた外側の降雨帯で発生しやすいという性質により, 警戒レベルをいち早く高める必要があるため,防災気象 情報の高度化が課題となっている。 そこで本稿では,台風に伴う竜巻の研究に着目し,国 内外における動向を踏まえつつ,最新のレーダー観測・ 処理技術を用いた研究について概観する。 2. 熱帯低気圧に伴う竜巻の研究 2.1 海外の研究動向 米国では古くから,ハリケーンを含む熱帯低気圧 (Tropical Cyclone, TC)に伴って発生する竜巻の研究がな されてきた。1950 年から 2007 年の間に発生した事例を対 象とした統計研究により,ルイジアナ州からメリーラン ド州にかけての東海岸では,約10%から 25%の竜巻が TC に伴って発生することが明らかになった3)TC に伴う竜 巻は,TC に伴わない(例えば,後述のクラシック・スー パーセルに伴う)竜巻に比べて被害がやや小さい傾向に あると言われているが4),多くの事例において,藤田ス ケールでF2 以上の被害をもたらすことが確認されてい る3)1 に示すように,TC に伴う竜巻の発生頻度は,TC の中心から北東象限(あるいは進行方向右前の象限)の 200km~400km で最も高くなることが知られている3)5) 6)。この領域における台風の外側降雨帯(アウターレイ ンバンド)では,メソサイクロンと呼ばれる低気圧性(北 半球では上から見て反時計回り)の渦を伴うスーパーセ ルが発達し,そのような積乱雲に伴ってしばしば竜巻が 発生する7) TC に伴うスーパーセルは,米国の中西部で竜巻を引き 起こすクラシック・スーパーセルと多くの共通点を有し つつ,明瞭な相違も見られる。例えば,TC に伴うスーパ ーセルは対流が浅いためにレーダーエコー頂が低く,し ばしばミニ・スーパーセル,あるいはミニチュア・スー パーセルと呼ばれる。また,そのような積乱雲で作り出 される渦は比較的に低い高度に限定されるほか,TC 特有 の極めて強いシアを伴う湿潤な環境場で発達する,とい

最新レーダー技術を用いた台風に伴う竜巻の新しい研究

Recent Research on Tornado Associated with Typhoon Using Modern Radar

Technology

足立透

*1 Toru ADACHI

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― *1 気象研究所台風・災害気象研究部 主任研究官 [email protected]

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1 1950 年から 2007 年の間に米国で観測された(上) TC 中心に対する竜巻の位置と(下)その二次元ヒストグ

ラム。(出典元3)より掲載)© American Meteorological Society. Used with permission.

った特徴が挙げられる6)7) これまでの研究によって,TC 環境下におけるミニチュ ア・スーパーセルの性質や竜巻発生時の環境場などの知 見が積み上げられてきた。 2.2 国内の研究動向 TC に伴う竜巻は,米国において古くから研究されてき たが,日本8)9)10)や中国11)12)を含めたアジアなど, 米国以外の地域でも発生することが明らかにされている。 図2 (上)1963 年から 1993 年の間に日本で観測された 竜巻発生時の総観規模の気象場。黒色で塗りつぶされた 領域が台風を含むTC 環境場で発生した竜巻の数を表す。 (下)台風に伴う竜巻,台風に伴わない竜巻,およびウ ォータースパウトの月別発生頻度。(出典元8)より掲載)

© American Meteorological Society. Used with permission. 我が国においては,観測や数値シミュレーションに基 づく研究が行われてきたため,ここではそのうちのいく つか代表的なものを紹介する。 1963 年から 1993 年の間に発生した竜巻のデータベー スを用いた統計研究8)により,我が国における竜巻のう ち,およそ20%が台風に伴って発生したことが報告され ている(図2 上)。特に台風の接近・上陸頻度が最も高く なる8 月下旬に限れば,この割合はさらに上昇し,実に 50%を超える竜巻が台風に伴うとされている(図 2 下)。 平成2 年台風第19 号に伴って栃木県で発生した竜巻に ついて,ドップラー気象レーダーを用いた解析研究が行 われた9)。竜巻を引き起こした積乱雲の特徴の調査によ り,明瞭なフック状のエコーやメソサイクロンを伴って いたこと,その一方で,積乱雲の水平スケールが小さく,

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鉛直渦の存在領域が低高度に限られていた,といった特 徴が示された。これらの結果,台風に伴って栃木県に竜 巻をもたらした積乱雲が,米国におけるTC に伴うミニ チュア・スーパーセルと同様の性質を有することが明ら かになった。 平成18 年台風 13 号に伴って宮崎県で発生した竜巻事 例について,高解像度数値シミュレーションを用いた研 究がなされた10)50m という極めて高い空間分解能で計 算された結果から,台風環境場で発生した当該竜巻の発 生過程が明らかになった。ミニチュア・スーパーセルの 特 徴 を 有 す る 積 乱 雲 の 後 面 で 発 生 し た 下 降 気 流 (Rear-Flank Downdraft)が,竜巻の発生に重要な役割を 担っていたことが示され,それに伴って生じた鉛直渦の 形成・強化過程について,詳細な議論がなされた。 このように,台風環境下で発生する竜巻は,我が国に おける主要な竜巻の一つであるため,観測・理論の両側 面から研究がなされてきた。しかしながら,これまでに 総括的な研究がなされてきたとは言い難く,現象の全容 は十分に理解されていない。とりわけ,物理メカニズム については未解明な部分が数多く残されており,竜巻の 発生を決定づける要因やその過程など,基本的な理解が 得られていない。このため,より一層の学術研究が必要 とされている。 2.3 最新レーダーによる課題への挑戦 竜巻は局所的・突発的な性質を有するため,その時空 間スケールの小ささが,現象の理解を難しくする主な要 因の一つとなっている。このような現象を理解するため には,高い時間・空間分解能を有する観測手法が欠かせ ない。 このため近年,1 分未満の短い時間で 1 回のボリュー ム・スキャンを完了することのできる,高速スキャンレ ーダーを用いた観測研究がなされている13)14)。中でも フェーズドアレイ型のアンテナを用いたレーダーは素早 いビーム操作を可能とするため,高い注目を集めている1 5)16)17)。このような高速スキャンレーダーによる観測 を通して,1 分未満のスケールにおける竜巻渦の振舞いを 積乱雲内のプロセスと関連付けて論じることが可能とな り,特にクラシック・スーパーセルによる竜巻の発生メ カニズムについては,飛躍的な理解の向上がもたらされ つつある18)19)20) しかしながら,高速スキャン機能を有する最新レーダ ーを用いた竜巻研究は,そのほとんどがクラシック・ス ーパーセルに伴う竜巻をターゲットとしたものであり, 図3 (a)令和元年 10 月 12 日午前 8 時 10 分頃のひまわり 8 号による赤外雲画像。(b)竜巻被害をもたらした同日午 前8 時4 分30 秒ごろの千葉県市原市付近におけるフェー ズドアレイ気象レーダーの反射強度データ。(出典元21) より,一部改編)© 2020 American Geophysical Union. Used

with permission. TC 環境下のミニチュア・スーパーセルに伴う竜巻の観測 に成功した事例はなかった。 このような背景のもと,我が国において,TC に伴う竜 巻を世界で初めてフェーズドアレイ気象レーダー (PAWR)によって捉えることに成功した21)PAWR は 1 次元フェーズドアレイアンテナを搭載した気象レーダ ーであり,鉛直方向に幅の広い扇形のビームを放射しな がら,その仰角を素早く変えることにより,高さ方向を 瞬時にスキャンすることを可能とする22)23)24)。この

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ことにより,パラボラアンテナ式の気象レーターで5~10 分かかっていた全天スキャン時間が,僅か10~30 秒に短 縮され,災害を引き起こす大気現象の観測能力に飛躍的 な向上をもたらした25)26) そこで次章では,世界で初めて高速スキャンレーダー によって観測された台風に伴う竜巻の形成過程について, 最新の研究成果21)を紹介する。 3. 令和元年東日本台風に伴う竜巻 3.1 はじめに 令和元年東日本台風(台風第19 号)の接近に伴って, 千葉県市原市において甚大な突風被害が発生した。気象 庁の突風被害調査により,この被害をもたらした現象は 竜巻と推定され,被害の規模は日本版改良藤田スケール でJEF-2,最大風速は 65 m/s とされた2)。この突風被害域 は,日本無線株式会社が千葉県千葉市において運用する PAWR24)から僅か5 km 圏内に位置していた。このため, PAWR によって近傍から観測された高頻度・高解像度デ ータを解析することにより,竜巻の発生過程を極めて高 い時空間分解能で明らかにすることが可能となった。 3.2 当日の環境場 千葉県市原市で竜巻と推定される突風被害が発生した 令和元年10 月 12 日午前 8 時ごろ,令和元年東日本台風 の中心から北北東に400 km~500 km ほど離れた関東地 方は,台風のアウターレインバンドに覆われており(図 3a),複数のミニチュア・スーパーセルが房総半島を通過 していた。 千葉県市原市に竜巻をもたらした積乱雲は,これらの うちの一つであった。その南端(進行方向の後面)には, 高度1 km以上にメソサイクロンを伴う明瞭なフック状の エコーを伴い(図3b),エコー頂高度は 3~4 km と比較的 に低かった。これらの特徴は,TC に伴って竜巻を引き起 こす典型的なミニチュア・スーパーセルであったことを 示すものである。 当日午前9 時の館野(被害域から約 60 km 北に位置) における高層気象観測データの解析により,ストームに 相対的なヘリシティ(メソサイクロンの発生に関する指 標)が高度1 km 以下で 513 m2s-2という極めて高い値であ った。このことは,台風の接近によって,高度とともに 時計回りに回転する強い鉛直シアが形成され,1 km とい う低高度にまで強いメソサイクロンを作り出すことが可 能な環境場であったことを示す。一方で,高度500 m 面 における大気の対流有効ポテンシャルエネルギーは595 J/kg と限定的な値であり,積乱雲のエコー頂高度が比較 的に低くなる要因となっていたことが明らかになった。 3.3 積乱雲内の3 次元渦構造 積乱雲の南端のメソサイクロンおよびフックエコーの ある領域(図3b の白枠内)を拡大して表示したものが図 4 である。高度 1.2 km 付近には,大きく渦巻く構造を有 するフック状のエコーが見られ(図4a),対応するドップ ラー速度場には,メソサイクロンを示す,反時計回りの 回転パターンが見られる(図4b)。 4 (a)~(d)図1b の白枠内を拡大したフェーズドアレイ 気象レーダーの画像。左((a),(c))に反射強度(雨の強 さを示す),右((b),(d))にドップラー速度(風の様子を 示す),上段((a),(b))は高度 1.2km 付近,下段((c),(d)) は高度0.7km 付近を示す。(e)メソサイクロンと,その下 方にある渦のペアの立体構造。a)~(e)すべて令和元年 10 月12 日午前 8 時 4 分 30 秒頃。(出典元21)より,一部改

編)© 2020 American Geophysical Union. Used with permission.

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5 メソサイクロンと渦のペアの 1 分ごとの時間変化。メソサイクロンとその下方にある反時計回り・時計回りの回 転を持つ渦のペアを表す。08:06:30 ごろ以降にみられる,反時計回りの渦の上部における色の濃い円は,35m/s 以上の 高い回転速度を持つ領域を表す。(出典元21)より,一部改編)© 2020 American Geophysical Union. Used with permission.

その下方,高度0.7 km 付近のドップラー速度場には, メソサイクロンの東側に径のやや小さな反時計回りの渦 が存在し,その南南東には,対となる時計回りの渦が存 在することが分かる(図4d)。また,渦のペアの南西側に は,強い反射強度を持つ降水コアの落下が観測され,地 表面では,落下点付近から風が外出していく様子が観測 された(図略)。これらの結果は,メソサイクロンの後面 でまとまった下降気流が発生したことを示唆しており, 高度0.7 km 付近で観測された渦のペア(図 4d)は,その 周辺で形成されたものと考えられる。 図4e は,図 4b および図 4d に示すような多仰角のドッ プラー速度データから渦パターンを抽出し,その結果を 立体的に表示したものである。高度約1 km 以上にメソサ イクロンが存在する一方で,その下方には渦のペアが存 在する様子が分かる。 このような渦のペアは,クラシック・スーパーセルに おいてもしばしば観測されることが知られており,その 成因として,メソサイクロンの周辺で発生した下降気流 に伴う,傾圧性の渦リングの持ち上げ機構が提唱されて いる7)。これは,水平方向に軸を持つ渦リングの一部が, 近傍の上昇気流によってアーチ状に持ち上げられ,反対 方向に回転する鉛直渦のペアが形成される,というメカ ニズムである。今回の観測で捉えられた渦のペアも,同 様の機構で発生したものと推測される。 このようにして発生する渦のペアは,竜巻の発生に重 要な役割を果たすと考えられているが,その具体的な過 程は未解明であった。そこで次節では,PAWR によって 得られた高頻度かつ高解像度の観測データの解析結果を 述べ,渦のペアの形成から竜巻被害の発生に至るプロセ スについて論じる。 3.4 渦の形成過程と被害域への到達 図5 は渦のペアの立体的な発達の様子を,1 分毎の時間 変化として表したものである。8 時 2 分 30 秒ごろに高度 200 m~300 m 付近で発生した渦のペアは,上方に進展し ていき,8 時 5 分 30 秒ごろには,メソサイクロンの下端 高度に到達していることが分かる。その後,8 時 6 分 30

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図6 ペアのうちの(a)反時計回りの渦と(b)時計回りの渦の回転速度と半径の変化の様子。(出典元21)より,一部改編) © 2020 American Geophysical Union. Used with permission.

秒ごろには,ペアのうちの反時計回りの渦の上部におい て,回転速度の高まり(渦の強まり)が発生した。 この渦の強まりの領域は,速やかに下方に成長してい き,8 時 7 分 30 秒ごろに地面付近に到達した。この時の 渦の位置は,地上被害域の開始点(南東端)付近にある ことが確認できる。その後,この渦は回転速度の高い領 域を維持しながら北西に進み,被害域を通過していった。 被害域を通過した後の8 時 10 分 30 秒ごろには,回転速 度の高い領域が消失していることから,渦の強まりと地 上被害域との空間的な対応が極めて良いことが明らかで ある。 なお,8 時 9 分 30 秒ごろには,回転速度の高い領域が 依然として持続しているものの,渦は既に被害域を通過 し,北西側に位置していたことが分かる。このことは, この時間帯に強い竜巻渦が維持されていたものの,被害 域の北西側に広がっていた田畑の影響により,明瞭な被 害の痕跡が残らなかった可能性があることを示す。 図6 は,渦のペアの回転速度と半径の変化の様子を, 30 秒ごとの時間・高度断面によって表したものである。 図5 で確認された渦の変化の過程をより鮮明にみること ができる。高度200 m~300 m において観測された,ペア を成す反時計回りの渦と時計回りの渦は,当初,同程度 の回転速度を有していた。しかしながら,両者ともに上 方に進展していくとともに,反時計回りの渦は強まって いき,それとは対照的に,時計回りの渦は弱まっていっ た。 反時計回りの渦は,メソサイクロンの下端高度に到達 してから1 分半後に,その上部で回転速度が急激に高ま った。この結果は,メソサイクロンと,ペアのうちの反 時計回りの渦の結合が,渦の強まりの原因となったこと を示唆する。この強まった領域は下方に成長し,1~3 分 後に地上被害域に到達した。そこで,地上被害の直接の 原因となった渦の強まりの過程に着目して,より詳細な 振舞いを次節で述べる。

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7 メソサイクロンと渦のペアの相対的な水平位置関 係。グレーの円がメソサイクロンの位置を表し,三角と 四角が,それぞれペアのうちの反時計回りと時計回りの 渦を表す。また,白抜きと塗りつぶしのマークは渦の下 端と上端の水平位置を表す。なお,各マークの横に記載 された数字は高度(km)を表したもの。(出典元21)より, 一部改編)© 2020 American Geophysical Union. Used with

permission. 3.5 渦の接近と強化 図7 は,メソサイクロンと渦のペアの水平位置関係を 1 分ごとの時間変化として示したものである。 渦のペアが初めて観測されてから1 分後の 8 時 3 分 30 秒ごろ,反時計回りの渦はメソサイクロンの中心から東 北東約1.2 km に位置し,その対となる時計回りの渦はメ ソサイクロンの中心から南西約2.5 km に位置していた。 その後,渦のペアはメソサイクロンに対して南西方向 に移動していく様子が捉えられた。時計回りの渦の軌跡 はメソサイクロンから2 km 以上離れていたのに対し,反 時計回りの渦の軌跡は,メソサイクロンの極めて近くに 位置した。このため,8 時 6 分 30 秒ごろには,反時計回 りの渦の上端が,メソサイクロンの中心から僅か300 m ~400 m 南にまで最接近した。これは,反時計回りの渦の 上部で回転速度の急激な高まりが生じた時刻に対応する (図6)。 その後,8 時 10 分 30 秒にかけて,反時計回りの渦はメ ソサイクロンの中心から西側に向けて次第に離れていき, それと同時に,回転速度が強まった領域も急激に衰退し ていった(図6)。 8 積乱雲(ミニチュア・スーパーセル)内で観測され たメソサイクロンとその下部で新たに生じた径の小さな 渦の立体構造。系の小さな渦の上部における色の濃い円 は,35m/s 以上の回転速度を持つ,とりわけ渦の強まった 領域を表す。鉛直方向に延びる線は,径の小さな渦の中 心位置を表す。また,灰色のシェードは,国土地院発行 の基盤地図情報(数値標高モデル)より算出した地表面 の標高を表す。(出典元21)より,一部改編)© 2020

American Geophysical Union. Used with permission. これらの結果は,メソサイクロンと,ペアのうちの反 時計回りの渦の水平方向の接近が,回転速度の強化と極 めて密接な関係にあることを示す。8 時 5 分ごろには反時 計回りの渦の上端がメソサイクロンの下端高度に達して いたものの,水平方向には500 m 以上離れていた。この 1 分半後に両者が最接近して回転速度の急激な強化が生じ たことを踏まえれば,渦が強まる過程は,両者の渦の位 置関係の,数100 m という微妙な変化に極めて敏感に反 応していた可能性があると考えられる。 3.6 当該研究で得られた知見 この研究21)は,令和元年東日本台風に伴って千葉県市 原市で発生した竜巻について,PAWR による高頻度・高 解像度の観測データを解析し,以下の過程で竜巻が発生 したことを明らかにした(図8 を参照)。 ①台風の中心から400~500 km 離れたアウターレイン バンドにおいて,ミニチュア・スーパーセルが形成され, 高度およそ1 kmよりも上空にメソサイクロンを伴いなが ら,北西に進んでいた。 ②積乱雲の後面で形成された下降気流に伴って,メソ サイクロンの下方に,直径1 km 未満の小さな反時計回り の渦が作られた。この渦は上方に進展してメソサイクロ ンと結合し,強化された。結合から強化に至る過程は 1 ~2 分という短時間で生じていた。 ③強化された反時計回りの渦は,さらに1~3 分程度で

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下方に成長し,被害域にて地面に達する竜巻となった。 このように,台風に伴う竜巻の発生メカニズムを分単 位の過程に分けて詳細に分析できたのは,高頻度観測を 行うPAWR が竜巻を近傍から捉えていたためで,世界的 にも初めての事例となった。 この研究21)は,台風に伴う竜巻の発生過程を初めて詳 細に捉えたものであり,極めて意義の高い成果であると 考えられる。しかしながら,一つの事例解析に過ぎない ため,台風に伴う竜巻が常に同様の物理過程によって発 生しているのかは分からない。このため今後,他の事例 についても解析研究を進め,この研究で得られた結果と の比較調査を行うことが重要である。 特に当日は,突風被害報告を伴わなかった複数のミニ チュア・スーパーセルが房総半島を通過していた。これ らの積乱雲と市原市に被害を引き起こした積乱雲を比較 することにより,竜巻の発生を決定づける条件や要因の 理解につながると考えられる。 4. 竜巻防災に向けた新しい研究の取り組み 前章では,高速スキャンレーダーを用いた観測によっ て,竜巻の理解が飛躍的に深まることを述べてきた。一 方で防災応用のためには,現象を理解するだけではなく, 監視・予測に役立てるための技術開発が欠かせない。こ こでは,台風に伴う竜巻に限らず,広く竜巻防災への応 用が期待される,近年の技術開発の動向について述べる。 竜巻の渦を観測すると,レーダービームの視線方向の 速度成分を表すドップラー速度データには,遠ざかる風 の領域と近づく風の領域が横に並んだ2 つ目玉のパター ンが表れる(例えば,図4b, d を参照)。渦の存在を示す このようなパターンを自動的に補足し,時間とともにそ の位置の変化を追跡することができれば,竜巻の監視と 進路予測に役立てることが可能となる。 この際に問題となるのが,渦を示すパターンを素早く 正確に抽出する方法である。よく訓練された科学者が時 間をかけてレーダーデータを調査すれば,そこに竜巻の 渦を示すパターンがあるか否かを,ある程度正確に判断 することが可能である。しかしながら,竜巻は短時間に 生じて,素早く移動しながら甚大な被害をもたらすため, 時間をかけて判断する余裕がない。このことから,防災 技術の確立のためには,自然界に存在する複雑な気流構 造や観測時に生じるさまざまな人工的なノイズなどと明 瞭に区別しながら,竜巻性の渦を瞬時に正確に捉える手 立てが必要となる。

そこで近年では,人工知能(Artificial Intelligent, AI)技

術の一つである,深層学習を用いた渦の検出に関する研 究が進められている29)。過去に得られた渦のデータ(正 例)と渦ではないデータ(負例)を数多く収集して深層 学習モデルを構築し,その後の観測で得られたデータか ら,当該モデルを用いて渦の存否を検出しようとする試 みである。この技術開発を通して,高い実用性が確認さ れたことを踏まえ,社会実装の取り組みも進められてい る30) 既に述べた通り,台風に伴って発生する竜巻は,監視・ 予測技術の高度化が大きな課題となっている。PAWR な どの高速スキャンレーダーによる観測とともに,本章で 述べた深層学習による新しいデータ処理技術を活用する ことにより,竜巻をもたらす渦をより迅速に精度よく捉 えることが可能になると考えられる。このような先進的 なレーダー技術を活用することによって,近い将来,台 風に伴って発生する竜巻の監視・予測技術の高度化が飛 躍的に進むことが期待される。 5. まとめ 本稿では,令和元年東日本台風に伴って発生した千葉 県市原市における竜巻の研究成果を初めとし,近年の新 しいレーダー観測・処理技術を用いた研究開発の動向に ついて述べた。 PAWR などの高速スキャンレーダーは,突発的・局所 的な現象である竜巻の理解を深め,監視・予測技術の高 度化を可能とする装置として,高い期待を集めている。 台風に伴って発生した市原市における竜巻事例では,従 来にはない高い時空間分解能を持つ観測データの解析に よって,積乱雲内のメソサイクロンと新たにその下方で 生じた径の小さな渦の結合が,竜巻発生の直接の原因で あることが明らかになった。 このことは,渦の立体的な検出と追跡が,竜巻の発生 をすみやかに捉え,その後の進路を精度よく追跡する上 で極めて有用な手段であることを示す。現在,深層学習 などの先端技術を用いて,渦の検出手法の開発が進めら れている。このような先端的なデータ処理技術を通して, より早く,より正確に竜巻を監視・進路予測する技術が 可能になると考えられる。 竜巻は,ひとたび発生すれば甚大な災害をもたらす現 象であり,その理解と防災技術の高度化は,極めて重要 な社会的課題である。近年,目覚ましい発展を遂げてい る最新レーダー技術を用いた研究開発を通して,より安 全・安心な社会の構築につながることが期待される。

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13) Houser, J. L., Bluestein, H. B., and Snyder, J. C., “Rapid-Scan, Polarimetric, Doppler Radar Observations of Tornadogenesis and Tornado Dissipation in a Tornadic Supercell: The ‘‘El Reno, Oklahoma’’ Storm of 24 May 2011”, Monthly Weather Review, Vol. 143, No. 7, pp. 2685–2710, (2015)

14) Bluestein, H. B., Theiem, K. J., Snyder, J. C., and Houser, J. B., “Tornadogenesis and Early Tornado Evolution in the El Reno, Oklahoma, Supercell on 31 May 2013”, Monthly Weather Review, Vol. 147, No. 6, pp. 2045–2066, (2019) 15) Bluestein, H. B., French, M. M., PopStefanija, I., Bluth, R.

T., and Knorr, J. B., “A Mobile, Phased-Array Doppler Radar for the Study of Severe Convective Storms: The MWR-05XP”, Bulletin of the American Meteorological Society, Vol. 91, No. 5, pp. 579-600, (2010)

16) Kuster, C., Heinselman, P. L., and Austin, M., “31 May 2013 El Reno Tornadoes: Advantages of Rapid-Scan Phased-Array Radar Data from a Warning Forecaster’s Perspective”, Weather and Forecasting, Vol. 30, No. 4, pp. 933–956, (2015)

17) Kurdzo, J. M., Nai, F., Bodine, D. J., Bonin, T. A., Palmer, R. D., Cheong, B. L., and Byrd, A. D., “Observations of Severe Local Storms and Tornadoes with the Atmospheric Imaging Radar”, Bulletin of the American Meteorological Society, Vol. 98, No. 5, pp. 915-935, (2017)

18) Wurman, J., Kosiba, K., and Robinson, P., “In Situ, Doppler Radar, and Video Observations of the Interior Structure of a Tornado and the Wind–Damage Relationship”, Bulletin of the American Meteorological Society, Vol. 94, No. 6, pp. 835–846, (2013)

19) French, M. M., Bluestein, H. B., PopStefanija, I., Baldi, C. A., and Bluth, R. T., “Mobile, Phased-Array, Doppler Radar Observations of Tornadoes at X Band”, Monthly Weather Review, Vol. 142, No. 3, pp. 1010–1036, (2014) 20) Griffin, C.B., Bodine, D. J., Kurdzo, J. M., Mahre, A., and

Palmer, R. D., “High-Temporal Resolution Observations of the 27 May 2015 Canadian, Texas, Tornado Using the

(10)

Atmospheric Imaging Radar”, Monthly Weather Review, Vol. 147, No. 3, pp. 1157–1174, (2019)

21) Adachi, T., and Mashiko, W., “High Temporal-Spatial Resolution Observation of Tornadogenesis in a Shallow Supercell Associated with Typhoon Hagibis (2019) Using Phased Array Weather Radar”, Geophysical Research Letters, doi:10.1029/2020GL089635, (2020)

22) Adachi, T., Kusunoki, K., Yoshida, S., Arai, K., and Ushio, T., “High-Speed Volumetric Observation of a Wet Microburst Using X-Band Phased Array Weather Radar in Japan”, Monthly Weather Review, Vol. 144, No. 10, pp. 3749−3765, (2016)

23) Adachi, T., Kusunoki, K., Yoshida, S., Inoue, H., Arai, K., and Ushio, T., “Rapid Volumetric Growth of Misocyclone and Vault-Like Structure in Horizontal Shear Observed by Phased Array Weather Radar”, Scientific Online Letters on the Atmosphere, Vol. 12, pp. 314−319, (2016)

24) Kashiwayanagi, T., Morotomi, K., Sato, O., and Sugawara, H., “Rapid 3D Scanning High Resolution X-Band Weather Radar with Active Phased Array Antenna. WMO

Technical Conference on Meteorological and Environmental Instruments and Methods of Observation 2016, (2016) 25) 足立透,「気象災害予測のための最新のレーダー技 術」,安全工学,第56 巻, 第 6 号, pp. 475-481, (2017) 26) 足立透,「フェーズドアレイレーダーを用いた顕著 な大気現象の観測」,日本風工学会誌,第44 巻, 第 4 号, pp. 371-380, (2019)

27) Markowski, P. M., Rasmussen, E., Straka, J., Davies-Jones, R., Richardson, Y., and Trapp, R. J., “Vortex Lines within Low-Level Mesocyclones Obtained from Pseudo-Dual-Doppler Radar Observations”, Monthly Weather Review, Vol. 136, No. 9, pp. 3513–3535, (2008) 28) McCaul, E. W., Jr., “Buoyancy and Shear Characteristics

of Hurricane-Tornado Environments”, Monthly Weather Review, Vol. 119, No. 8, pp. 1954-1978, (1991)

29) 気象研究所, 「JR 東日本と共同で AI を活用した突風 探 知 手 法 に 関 連 す る 特 許 権 を 取 得 」, https://www.mri-jma.go.jp/Topics/R02/021006/press_relea se021006.pdf, (2020.11 参照) 30) JR 東日本, 「AI を活用した突風探知手法による列車 運 転 規 制 の 実 施 に つ い て 」 , https://www.jreast.co.jp/press/2020/20201006_ho03.pdf, (2020.11 参照)

図 1 1950 年から 2007 年の間に米国で観測された(上)
図 5   メソサイクロンと渦のペアの 1 分ごとの時間変化。メソサイクロンとその下方にある反時計回り・時計回りの回 転を持つ渦のペアを表す。 08:06:30 ごろ以降にみられる,反時計回りの渦の上部における色の濃い円は, 35m/s 以上の 高い回転速度を持つ領域を表す。 (出典元 21) より,一部改編) © 2020 American Geophysical Union
図 6   ペアのうちの (a) 反時計回りの渦と (b) 時計回りの渦の回転速度と半径の変化の様子。 (出典元 21) より,一部改編)
図 7   メソサイクロンと渦のペアの相対的な水平位置関 係。グレーの円がメソサイクロンの位置を表し,三角と 四角が,それぞれペアのうちの反時計回りと時計回りの 渦を表す。また,白抜きと塗りつぶしのマークは渦の下 端と上端の水平位置を表す。なお,各マークの横に記載 された数字は高度( km )を表したもの。 (出典元 21) より,

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