Title
「沖縄県の経済社会発展の将来像を求めて」−国際交流、
国際貢献、国際ビジネス、国際観光・保養のキー・スト
ーン形成をめざして−
Author(s)
平良, 朝男
Citation
沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 18(2): 49-116
Issue Date
1996-02-29
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6830
「沖縄県の経済社会発展の将来像を求めて」
-国際交流、国際貢献、国際ビジネス、国際観光・
保養のキー・ストーン形成をめざして-
平良朝男
目次 はじめに 1、今曰の世界の社会経済の現状 2、日本の果たすべき役割 1)新しい曰本外交のスタンス(理念) 2)ODAの現状 3、沖縄県の果たすべき役割と経済社会開発の方向 4,具体的提言 1)沖縄県の教育改革 2)「アジア・ユニバシァード・センター」等の設置 3)土地問題と新しい土地利用計画 4)「沖縄本島全域フリーゾーン化構想」と「国際入札センター」の設置 5)「東南アジア安全保障機構」 と「東南アジア経済社会開発ファンド」の設置 6)人材の国際自由化 7)観光立県 (1)長寿の島づくり--生涯学習、スポーツ振興、海浜保養、医療等 (2)民族文化芸能の振興(工芸、舞踊、芸術等) 8)ニューピジネス・ベンチャービジネスの振興 (1)メディア産業の振興 (2)その他のニュー・ビジネス興隆 -49-はじめに 図改革の敵は通念である,,この信念を以て、以下のドラスティックな提案を行 う。 日本は明治維新、そして第二次世界大戦での敗戦という二つのカタストラフ ィックな衝撃波によって国家体制・社会体制を改革し、近代化・民主化を成し 遂げ、今曰の繁栄を築くことが出来た。 近い所では、日本は自ら引き起こした大戦での敗戦という衝撃波で生産設備 ・生活環境を壊滅的に破壊されたが、農地改革、財閥解体、教育改革、税制改 革等と、期せずして、それまでの非近代的・非効率な社会体制を根底から改革 し、社会の民主化を成し遂げる事ができた。 また、日米安保と抱き合わせで出来た新憲法は、日本が曰米安保の傘の下で 軍事費という無駄なコストを最小限に押さえ、経済活動に専念できる環境をつ くってくれた。 このことによって国民は敗戦の痛手を精神・物的両面で被ったが、新しい枠 組みの下で個人の自由意志と能力に応じて縦横に活躍できた。基本的人権が保 障され、自由で平等かつ公正な社会でこそ個人の自由意志が縦横し、経済・文 化は繁栄するものである。そういう社会状況が実現したのである。そのため国 民の活力は大いに高まり、・社会効率は格段に上がり、ひたすら経済活動に専念 し、各分野での国際競争力を高め、今曰の経済大国を築き上げるまでになった のである。 このように敗戦以来、日本社会はこれらの社会改革・民主化によってl順調に 発展してきたが、今度は、これらの枠組みをベースにしての発展の限界に来て いるように思われる。 一方、近代国家の盛衰の消長を見ると、その寿命は50年のタームを持ってい るように思われる。18世紀の初頭イギリスが産業革命を機に隆盛を極めた。次 いで、第二次世界大戦を境にアメリカが覇権を取り、世界の秩序づくりを主導 した。しかし、自ら世界の警察の役割を買って出て、その軍事費の負担で衰退 し始めている。一方、曰本はその傘の下で平和憲法を盾に取り、経済活動に専 念して、アメリカの経済力の相対的低下を尻目に経済大国Iこのし上がり、戦後 -50-
50年目の'90年代は頂点を極めた。しかし、今、その陰りが見えてきている。 このように見てくると、曰本の繁栄の寿命も此処までか?という悲観論的 な捉え方もあろう。しかし、この間の日本経済の活力・生命力を観察すると、 これらのブレーキの元凶が幾つか見えてくる。 その最たるものが、土地神話を作り上げている土地問題であろう。一生、真 面目に働いても家一軒も造れない、という反面、土地を所有している者が一生 働かずして貴族の生活をしている、と云う公平を欠く社会状況になってきてい る。また、-坪の土地が1億円もするという奇怪な現象を産み出したが、これ は当然の事ながら“バブルの崩壊”を招いた。これなどは、昔オランダでのチ ュウリップ神話とその崩壊に酷似している。たかがチュウリプの種が、家一軒 の値段まで跳ね上がった。しかし、この様な現象が馬鹿げていることに民衆が 気付き、価格が暴落して社会経済を混乱に陥れた、というものである。 また、国民共有の社会資本を整備する場合においても、土地取得が莫大な資 金と長い年月を要し、ひいては国民生活の質的向上を著しく阻んでいる。 さらに、国際化が進展し、地域経済圏の形成が進んでいる今日、ハブ空港を 何処に造るかということでその地域経済圏の流通の拠点が決まるため、その去 就が注目されている。このような状況の中で、日本は新大阪国際空港を造るの に1兆円という莫大な費用と10年という歳月を要した。このような状況を見て、 韓国は日本の半分のコストと期間でハブ空港を造ることが出来る、と云ってい る。これは土地問題が日本よりはうまくいっているからである。さらに、中国 は韓国の半分のコストで2倍の広さのハブ空港を造れる、といっている。これ は土地が国有で国の自由裁量が効くからである。これなどは明らかに日本は、 国際化の波の中で国際的あるいは地域経済圏でのインフラづくりの場面で、す でに国際競争力を失っていることを意味している。 また、当初国内産業を保護育成するために設けた諸規制が、今や国内の物価 を上げ、国内産業の足椥になっているし、中央一極主義が都市の過密と地方の 過疎を産みだしている。 教育分野を見ると、国際化のトレンドの中で不可欠なコミュニケートの手段 としての英語教育は非効率的で、日本から外に出るにせよ、外国から日本に来 -51
るにせよ言語障壁は今なお高い。 かって、曰本の教育のレベルは高く、その教育システムはキャッチアップの 過程では極めて効率的で、日本の経済社会繁栄の基礎の一つでもあった。しか し、経済面でも技術面でもトップクラスになってくると、今度はクリエイティ
プな国民の資質の向上が課題になってきており、従来の教育システムの見直し
が迫られている。 その中でも、市民サービスを預かる行政は比較的うまくいっているように思 えるが、これとても最小のコストで最大のサービスを提供しているかどうか、 という基準に照らして見るといかがなものか?「小さな政府」論は一種の自 浄活動だといえるが……。 一方、政治面では自民党が戦後の混乱を沈静化し国民の民意をほぼ掌握し日 本の経済社会発展を推進してきた。俗に言う政治の安定が日本の経済社会発展 の一因であったことは疑う余地はない。しかし、長期に渡る政権で政経の癒着、 派閥、金権、利権、不透明、不公平等の錆が付着し、寿命をちじめて来ている のも事実である。 そして、今や汗をかき、真面目に働く者が正当に報われず、既得権者や特定 の集団が利益を守るために民主主義のツールである“多数決原理”という錦の 御旗(建て前論)を振り、、公正さを欠く社会現象が容認されている。 そもそも、「最大多数の最大幸福」を指向し、その実現に向けて努力するの が政治の使命である。従って、社会制度や機構が時代の流れと共に機能しなく なったり、社会のゆがみや歪みが国民生活に悪影響を及ぼす時点で、その軌道 を修正ないしは抜本的な制度改革を行なう、という不断の社会改革が行われな くてはならないはずである。しかるに、このようなことが国民の目に見える形 で行われていない。そのために今、政治不信が噴出してきている。つまり、政 治にもバブル現象が生じ、膨張してきているのである。このまま現状を容認し、 放置しておくならば、日本社会のモラルは低下し、ひいては国力の低下を招き かねない状況である。 翻って世界状況を見ると、冷戦崩壊後、人類の共通の課題である「地球環境 の保全」、食料問題、貧困等と新たな課題がクローズアップしてきたが、かつ -52-ての超大国は相対的に経済力、指導力が低下し多極化が進んでいる。そのため、 「21世紀に向けての世界の新しい秩序づくり」を経済大国曰本に対しても期待 する機運が高まって来ており、特に去年の11月に大阪で行われたAPECに於 いては、アジア・太平洋地域の経済圏形成に対して、日本がイニシャチブを取 って主導する事が強く求められた。 従来、日本のODAは「開発途上国の経済・社会発展、福祉の向上を図るこ とを目的としており、この事を平和国家日本の最も重要な外交手段、国際貢献 の柱としている」としているが、海外援助が戦後賠償で始まった経緯から、常 に控えめで消極的に“応分の対応”をしてきた。そのため、今や日本はアメリ カを凌駕して援助大国になっているにもかかわらず、これまでの評価は芳しく ない。 以上のような観点から、成熟し硬直しつつある日本の社会を、今日の国際化、 情報化、高齢化社会に於いて適応できるように抜本的に改革し、日本社会およ び国民の活力を再生させ、国際貢献が出来る基礎づくりを進めなければなら ない。 しかし、このような社会制度や機構を変えるには、これまでの発想の延長線 上での施策や微調整では限界がある。今再び、明治維新や敗戦のような、外部 からのカタストラフィックな事変が必要かもしれない。前述の二つのカタスト ロフィー(明治維新および敗戦)は外部からの圧力によってもたらされたもの であるが、これを自らの手で民主的に、市場原理に基づいて押し進めることが 出来るかどうかに日本の将来が係っていることは明白で、国民の合意が得られ るドラスチックな提言、施策の展開が急がれる所である。 そこで、我が沖縄県は先陣を切り、これまでのODAの在り方を抜本的に見 直し、沖縄の置かれている地理的、気候的、風土的諸条件を生かして、新しい 日本外交政策展開の東南アジアへの前進基地としての形成を志向する。以下、 国民、県民の合意の得られる合理性をもったドラスティックな提言を行い、起 爆剤たらんと欲するものである。 -53-
1、今日の世界の社会経済の現状
東西を二分した不毛なイデオロギーの対立と核開発競争をベースにした軍事 バランス競争の帰結としての冷戦構造は崩壊した。そして新たに、地球環境の保全、平和の維持、人権、人口・食料問題等の課題に対応しながら、人類の平
和と繁栄を実現するという「新たな秩序づくり」が渇望されている。 第二次世界大戦後、戦勝国・五か国の中でもアメリカは圧倒的な経済力を持 っていた。しかし、そればかりでなく、ルーズベルト大統領は民主主義・人道主義という高い指導理念を掲げつつ、第二次世界大戦のもたらした惨禍を反省
し、人類の平和とその維持・発展を実現するための枠組みとして国連をつくり、
IMFをつくった。これらの機関や機構は、その後の世界の民主化と人権の意 識を高揚しながら世界平和、経済発展に多大の貢献をした。こういった意味で は、第二次世界大戦後の世界の秩序づくりに果たしたアメリカの役割は極めて 大きく、高く評価されるべきである。 しかし、その後世界はイデオロギーの違いからアメリカとソ連を旗手とする 2極分化が起こり、前出のような軍事バランス論を戦略とする核開発競争へと 特化してゆく。それと並行して、両翼の下で各陣営の強化を目指して展開され た覇権争いは、国連をも舞台に展開された。 第二次世界大戦後、民族を単位とする弱小の国家が雨後の竹の子のように発 生した(国連を設立した時点では51カ国だったが、現在は180カ国を越えてい る)が、これは国連で一票の票決権を持つ事から、大国特にソ連がその独立を バックアップして作り上げたものが多い。そのため、これらの国々は独立国と は名ばかりで自国の国民の人権や生活水準の向上はおろか、ほとんどが内紛状 態で、代理戦争を招いたり、大国の武器輸出市場化、難民化、貧困化等と悪循 環を招き、ひいては環境の悪化へも繋がって、新たな問題を醸してきた。 この間、アメリカは体制の違うソ連との軍事バランスで常に優位を保つため に国家予算のかなりの部分を軍事につぎ込み、宇宙開発、ベトナム戦争等と国 力を消耗してきた。 一方、敗戦国の日本やドイツは不戦を誓って無駄な軍事費を必要最小限に押 -54-さえて、自国の経済発展に専念することができたため、皮肉にも戦勝国は相対 的に国力を低下させ、敗戦国は戦勝国を凌駕する経済的発展を達成することが 出来た。 そして、冷戦構造が崩壊した今日、ソ連邦は解体し、経済的救済の対象にな ったばかりではなく、核開発競争の後始末という大きな問題を残した。一方、 冷戦の勝者であるアメリカは財政赤字、貿易赤字、景気停滞・社会の疲弊とい うトリレンマに悩まされており、国民、人類に約束した「平和の配当」はおぼ つかない。 このように、第二次世界大戦後の各国間の盛衰・変遷は、又しても軍事費が いかに無駄で、国力まで低下させるモノであるかを我々人類に教唆しているの である。 それどころではない。このような最先端科学の発達を前提とする軍事力競争 と地球資源の浪費を前提とする豊かさの追求は、「かけがえのない小さな地球」 で、穏やかに展開されている生態系の進化を遇かに上廻っている。そのために 地球環境の破壊を招き始めているのであり、実はこれこそが国を越えての緊急 かつ最大の課題となっており、人類の共生を規定している。 しかし、国の停滞・衰退を招いているのは軍事費だけではない。イギリスや フランスが戦勝国でありながら敗戦国の日本やドイツに経済面で溝を空けられ ているのは、戦勝国だっただけに社会改革を怠ったからである。社会体制、国 民の人権、自由、平等、公平という観点から見た場合、敗戦国の曰本やドイツ が今や勝っており、その分経済活動、社会効率等の面で戦勝国のイギリスやフ ランスに勝っていることは明白である。従って、その分諸活動の面で優位性が 積み重ねられてくるのは当然の帰結といえる。また、近くではフィリッピンが アジアの中で英語圏でありながら停滞を囲っているのは、農地解放を出来ずに 封建的社会体制を引きずっているからである。 このように、人権、自由、平等、公正をはばむ社会制度や体制を改革してゆ くことを怠ると、戦勝国といえども社会経済活動の効率を低下させ、国際競争 に後れをとり、ひいては衰退を余儀なくされてゆくものであることを銘記しな ければならない。 -55-
現在、先進諸国は長期に渡り経済の停滞期に入っており、特に雇用の面での
困難に直面しているが、これは基本的には需要が停滞しているためであり、新
たな市場の拡大がない限りこのような構造不況を克服することは困難である。
このように考えると、人類共通の最大の課題である地球環境の保全、平和の
配当、人権、自由、平等、公平等の民主化は一国の活性化の基礎をなすばかり
でなく、国を越えたより広いリージョナルな経済圏の活性化の基礎をなすもの
でもある。日本の構造不況も先進国の抱えている構造不況も、より広げられたリージョナルな地域の経済発展と民主化を進め、市場を拡大し、新たな需要を
創り出さない限り、日本を始め先進諸国が今“はまっている”構造不況から脱
出するこことは困難である。ここに、曰本がイニシャチブを取り、発展途上国の経済発展を助け、民主化
を進め、市場を拡大し、需要を造出し、停滞している先進諸国の構造不況を打
開してゆくことが国益に繋がる、という根拠があるのである。そして、この事
が先進国に限らず、発展途上国が日本に期待する根拠にもなっているのである。
以上の事を比噛的に言うならば、今や人類は、地球船に乗り合わせた兄弟・
姉妹であり、特定の国が破格に豊かな生活をし、すぐ側の国が赤貧に喘いでい
るという状態はもう許されない。遅れている国を助け、富を平準化し、共存を
図り、共通の課題である環境の保全を協力しながら図ってゆかなければならな
い運命なのである。 これまでは圧倒的に経済力と力(軍事力)のある兄貴分に当たるアメリカが、武力がすべてを規定するという歴史の展開の過程(行きがかり上)で、武力と
いう手荒な手段で世界の平和(秩序)を取り戻し、その秩序を維持し兄弟・姉
妹の面倒(経済的援助)も見てきた。しかし、その負担がたたって兄貴分の経
済力も低下し、姉妹(日本)から借金する始末で指導力も低下し、目に見えて
老化してきている。相対的にこれまでの曰本、ドイツは兄貴の庇護の下で何不
自由なく育ち、かなりの経済力を付け、今やG5或いはG7の中でも一方的に膨大な外貨(貯金)を貯めるまでに豊かになった。いわば、いまだ嫁入り前の
おっとり刀のOL(平和憲法を盾に、金は出すからトラブルはこめん、兄さん お金をあげるから何とかして)みたいなものである。 -56-しかし、空気や水が汚れ始め、兄弟・姉妹の生命にも影響しかねない事態に なり、頼みの大黒柱であった兄貴も多くは望めなくなった今、期待のもてる姉 妹(日本やドイツ)に他の兄弟・姉妹達から期待と懇願の熱い視線が浴びせら れているのである。 ここで、今はむしろ女性らしい優しくて(武力に頼らず)、聡明で(理性的)、 話し合い(交流による相互理解・コミュニケーション)による、新しい理念に基ずく秩 序づくりが適切・妥当で、それこそが渇望されているといえるのではないか! 《参考》 国連は第二次大戦の悲劇を反省し、人類の平和維持と発展を願って設立され たが、50年の歳月は国連を肥大化させ、時代の流れの中で生ずる新たな問題へ の対応能力をうしないつつあるのが現状である。国連は1945年51カ国が参加し てつくられたが、50年たった今は戦後雨後の竹の子のように独立した国々も加 わって180カ国を越える大所帯になり肥大化している。 また、職員の半分しか働いていないと云われるほど肥大化・硬直化し、分担金 の未払いが36億ドル(アメリカ13億ドル、ロシア5億ドル等)に達し財政は硬 直している。さらに、ソマリアやポスニア等での平和維持活動や第三世界の社 会開発などでは成功と失敗が相半ばするなど力の低下は否めない。地球環境、 食料問題、貧困と爆発的な人口増といった新たな課題への対応も不十分である。 去年は50周年を迎えこのような現状を憂い、各国首脳は国連の改善、機構の再 構築等をアピールしている。 一方、サミット(先進国首脳会議)がフランスのジスカールデスタン大統領 の提案で1975年から毎年持ち回りで開かれ、経済問題のみならずそのときどき の政治・社会問題を討議し、強調体制をとり各国の利害を調整しながら市場経 済の維持発展に努めている。 経済面では'93年のウルグアイ・ラウンド交渉妥結を受け、’95年1月に世界 貿易機構(WTO)が発足した。 特にアジア太平洋地域においては、初めての全域的安保対話として第1回 ASEAN地域フォーラム(ARF)が開催されたほか、アジア太平洋経済協力(APEC) -57-
において貿易・投資の促進・自由化や開発面での協力促進に向けた合意がなさ れた。 2,曰本の果たすべき役割 1)新しい日本外交のスタンス(外交の理念) 冷戦構造の崩壊後、経済的にかなりの影響を持つようになった日本は、世界 の新しい秩序づくりでその指導性を発揮することが期待されていることは前述 したとおりである。その場合、曰本は「交流・平和・人権(平等を含む)・共 生(自助努力を含む)・環境」の5項目の推進を理念(フィロソフィー)とし て外交政策のコンセプトを構築すべきである。 先ず、「交流」は、お互いに異なる伝統・文化を尊重し、可能な限り交流を 深め、文化の融合を図る過程で、相互の文化の特質を学習し、ものの考え方や 生き方等の価値観を広げつつ豊かな人間社会づくりを目指すべきである。 そのためには、交流の阻害要因となるものを緩和ないしは取り除き、アクセ スし易い状況を創り出す努力が外交政策として取り上げられるべきであろう。 例えば、低価格宿泊施設の提供、運賃の値下げ、ビザ発給の緩和、各国の言語 学習や伝統文化学習の奨励、留学生の受け入れ・送り出しの拡大、国際会議・ 行事・祭典等の奨励、通信手段の拡充・強化と使いやすさ(インターネット等 の通信メディヤの普及)等の施策を展開してゆく。このことが又、各国の国益 にもつながるという先例を示しつつ、イニシャチブをとってゆくべきである。 このようなコンセプトで発想されたのが「アジア・ユニバーシアード・セン ター(留学生会館)構想」である。ここで想定されている留学生とは必ずしも エリートを育て、送り出すというのではなく、「各国の平均的な庶民・中間層 を育てる」というところに特徴を置くことが望ましい。というのは、これまで の国費留学制度がその国のエリートを育てたが、庶民感覚や底辺層への関心が 乏しかったことや発展途上国への援助の成果がトップ層の利益につながりこそ すれ、本来の狙いとする中間層ないしは底辺層へは及ばなかったという反省が ある。このような事から、平準化された国民生活の向上を図る場合、中間層な -58-
いしは底辺層の意識の向上が不可欠である。 そこで、このセンターのメイン事業として、基金をつくり、学生レベルでの 「アジアの交流・平和・人権・共生・環境を考えるフォーラム」を2年毎に開 催し、各セッション毎にコミュニケを発表し、勧告を行ってゆけるようにする。 (その他の機能については4-2を参照) 2番目の「平和」については、これまでの歴史のなかでの殺裁の歴史を踏ま えつつ、紛争を戦争という手段で解決しようということの愚かさを反省し、平 和憲法を擁護しつつ、外交交渉、国際協力等を通じて解決してゆく範を作り上 げてゆく先鞭を付けるべきである。 そのための国連機能の見直し、国際機関の整理・統合・再編、紛争解決の研究、
実施体制、武器管理・監視体制等のみならず、「平和の配当」を全人類が実感
できるレベルにまで普及すべきである。この場合、後述する「アジア安保機構」 と「アジア社会経済開発ファンド」構想等は在来型の軍事バランス論的戦略思 考を越えたフィロソフィーとして有効なはずである。 3番目の「人権」については、人道上の配慮という消極的な発想からではな く、自由・平等・互恵という積極的な発想から生まれたものである。こういっ た人権意識は先進国においては国民の底辺にまで及んでいるが、発展途上国に おいては恵まれた-部の層の人のみが享受しているというところに問題がある。 これも又、中・下層の国民の意識の啓発が課題で、この層の教育・教化が援助 の効果を上げるという観点からは最短距離であり、この層からの留学生の来曰 が不可欠である。こういった観点からも上記の留学生会館の建設は緊急である。 4番目の「共生」は新しい概念である。地球上に人類が発生し、かっては無限のフロンティアのなかで独自の文化や生活様式をもって発展し、競り合って
きた。しかし、ニュー・フロンティアも次第に狭まり、人口衛星を飛ばして地
球を見るといかにも小さく、環境汚染に極めて弱いものであることが認識され るようになってきた。 もう、地球上にはニュー・フロンティアはないのである。この狭い地球号で 共通の権利をもって共存してゆくためには、隣同士というよりは親・兄弟とし て共存してゆかなければならない宿命にあることを確認しなければならないの -59-である。こうなってくると、-国だけが破格に高い生活水準を享受し、隣の国 が赤貧に喘いでいるという状況は許されないし、不自然である。このようなこ とから、生活水準を平準化するための教化・協力・支援がなされなければなら ないが、このような場合に於いても大事な事は、受ける側の各国国民の中間層 の拡大につながる施策でなければならない。その具体的な施策としては先進国 に於いて平板化した技術の移転が有効である。この場合に於いても、技術とは 生産技術のみならず、社会技術(行政管理、企業経営等)もあるが、政策とし てはこの社会技術移転に重点を置くことのほうが狙いとする効果は早い。 5番目の環境については多言を要しないであろう。1900年にガガーリンが人 類最初の宇宙船から地球を眺めてその小ささと美しさに驚嘆の声を発した。人 類の発生と文明の発達に伴う化石燃料の使用の増大、地球をおおう緑の喪失と 砂漠化現象、人類が新しく創り出した化学物質(フロンガス等)等によるオゾ ン層の破壊による地球の温暖化、その他我々の技術文化の進歩によって産み出 された公害によって我々の住む「かけがえのない地球」は疲弊し、我々自ら自 らを滅ぼしかねない状況であることを人類は感知し始めた。そして今や公害に は国境はないのである。このことが人類に共生を規定しているとも言える。 人類が地上に発生してから、いやその前に、生命が地球に誕生してから数十 億年がたっているが、その間にあらゆる生物が環境の変化に適合して進化を遂 げてきた。そして、その過程で人類をも含めたあらゆる生物がトータルとして 生態系を形成してきたのである。そして今、人類は自ら作り上げた文明と技術 によってその生態系を破壊し地球環境を汚染しつつある。このことが何を意味 するかは明白であろう。 トフラーは文化人類学的な発展過程の視点から、現代文明の隆盛を第三の波 と称したが、逆に、人類はたえず滅亡の危機を乗り越えてきた、という観点か ら捕らえるならば、第一の危機は歴史上に訪れたと言われている氷河期の寒さ と飢えであり、第二の危機は疫病であり、第三の危機は戦争であった。そして、 第四の敵が環境破壊である! つまり、人類は氷河期の飢えと寒さを農耕と火の発見で乗り切り、ペストや コレラが人類を滅ぼす勢いでヨーロッパで猛威をふるったが、人類は医学を発 -60-
明・発達させることによってこの危機を乗り越えた。これは、具体的にはフラ ンスのジェンナーが人間の持っている免疫を頼りに種痘を開発してその猛威を 食い止めたのであるが、これは今で言えば自分の娘にエイズを移すようなこと をして人間の免疫力を立証して見せたのである。 そして、1700年代の羅針盤の発明のよりスペイン、ポルトガルのような当時 の先進諸国はニューフロンティアを求め、大航海時代を創り出し、蒸気機関車 の発明によって産業革命を成し遂げたイギリスは植民地を拡大してゆく。 その後を追うようにフランス、ドイツが領土拡大競争に参加してゆく。つま り、領土拡大をめぐって各民族間、国家間で戦争か繰り返され、拡大してゆく 過程で原爆、水爆という大量殺裁兵器を開発しつつ、ついに世界規模の第二次 世界大戦へと拡大して人類史上多大な犠牲と損失を招いた。 その反省に立って安全保障理事会を核とする国連が設立されたはずであるが、 今度は不毛なイデオロギー抗争に基ずく東西冷戦構造を形成しつつ核開発競争 が展開され、このような状況の下で戦争でも起きれば全人類はおろか地球も壊 滅すると言う状況にまで核開発競争は進んでいた。このように、一触即発とい う状況を創り出し、核抑止論という延長線上での妙な平和論が支配した。この 愚かさもデタント、東西冷戦の崩壊ということを以て危機を乗り越えた。 このように人類ぱ英知”を以て人類存亡の危機を辛くも乗り越えて来たの である。従って、人類は今後、局地紛争やテロ活動は残るにせよ、民族間、国 家間、その他の間で起きる摩擦、紛争を大量殺戴兵器や非人道的な兵器を以て “戦争”という手段で解決するという愚かなことはしないであろう。 このようなコンテックスの延長線上で考えるならば、今日、人類を滅亡に追 いやる元凶は、人類が創り出した科学文明による環境破壊なのであり、これこ そが今日の人類共通の敵となったのであある。 以上のことから、環境破壊につながる行為を人類の罪とし、「環境の保全」 をこれからの「人類の憲法」と位置づけ、病んだ地球環境の回復と浄化の具体 的施策づくりを人類のテーマとしなくてはならないなではないか。 -61-
2)ODA(政府開発援助、OfficialDevelopmentAssistant)の現状 曰本のODAは戦後復興からようやく立ち直り、経済的にもゆとりが出始め た時期から大戦中に多大の迷惑をかけた諸国への賠償という形で始まった。そ の後曰本の経済成長に伴ってアメリカやその他の先進諸国の発展途上国への人 道的援助、社会経済発展のための援助・支援にならって、1984年にコロンボ・ プランに加盟してODAの予算を増やしてきた。その間、曰本のODAの実績 は89年は約90億ドルで以来世界第一位となり、アメリカを抜き援助大国と なっている。ちなみに、93年度は約115億ドル(100円換算で1兆1,500億円) で、勧告通りにGNPの1%を計上するとすれば、93年のGNPは470兆円規 模なので4.7兆円にもなる。また、現在援助を行っている国・地域は150を越え、 そのうち、日本が最大の援助供与国となっている国は28カ国におよんでおり、 国際機関に対する拠出金(出資)も積極的に行っている。このようにして、こ れまでにもそれなりに多大な貢献をしてきた。 このように、日本は今や海外援助の面で首位に立っているが、これまでの習 性から消極的に応分の拠出金を計上し、消化するにすぎなかったため、せっか くの援助の評価や成果は芳しくない。さらに、最近はこれまでの消極的姿勢に 加えて日本の膨大な貿易黒字幅(93年:1,314億ドル、)がなかなか減らない ことから、日本への更なる援助資金の増額と指導的役割を促す勧告や期待が曰 毎に強まってきている。その辺の事情を箇条書きで要約すると、次ページ以下 の(1)、(2)の通りである。 ’95年は戦後50周年に当たるが、曰本は基本的人権の尊重、民主主義、平和 主義と言った平和憲法を擁護しつつ、新しい秩序づくりの理念を掲げ、人類全 体のよりよき未来を築くべく積極的な役割を果たすことが期待されている。 思えば、日本の戦後処理に関わったアメリカは敗戦国の日本の復興に際して は、封建的体質を引きずった社会体制を根本から変える社会改革のきっかけを 作り、民主社会を実現してくれた。また、曰本のアイデンティーを規定してい る精神文化に対しては人道主義的立場から寛容な処置をとり、戦争を早期に終 了させるために使用したといわれる原爆の使用に対しても自戒の念を表明し、 日本の不戦を看板とする平和憲法を擁護し、曰米安保体制を組んで日本の経済 -62-
発展をバックアップしてきた。このような日米間の安保体制をペースとした協 力関係に対する、この間の評価・解釈には多種多様なスタンスがあろうが、あ の当時の日本の敗戦処理を体制の違う側の国が関わっていたら、今日の日本は あり得ただろうか? しかし、このような義理から、時代も社会情勢も変化し、日本も成長し一人 立ち出来るようになった今日に於いても、今日の世界情勢にそぐわなくなって いる指導原理を無批判に追従するのはあまりにも自主性がなさすぎることは云 うまでもない。 このようなことから、これまで述べた新しい日本外交の理念を掲げ、ODA を活用して積極的に国際貢献をイニシャチブを取って展開し、具体的に実施し なければいけない時期に来ている。 (1)1993年度の予算-1兆1,474億円 *国連では、1980年代を「第三次国連開発の10年」と指定して、各々の先進 国が、1985年までにGNPの0.7%をODAにふりむけるべきこと、また その後は可能な限り早期に1%の目標を達成すべきことを勧告している。 ちなみに、1993年度のGNPは470兆円に達しているので、その1%と なると47兆円になる。 *日本政府は1988年から1992年までの5年間で開発途上国に500億ドル(1 ドル100円換算で5兆円)を環流することを約束している。 *財政支援型のプログラム援助の増大、商品借款の拡大、3,000億円の「地 球環境保全費」、国際金融機関(世銀、アジア開発銀行、欧州開発銀行) の「国際環境保全基金」への1,000億円の拠出。 *1981年にパリで開かれた国連後発発展途上国会議で採択された「後発発展 途上国のための1980年代の新実質行動計画」においては、ODAをLDC (後発発展途上国、LeastDevelopmentCountries)に優先的に振り向け ていくべきこと、また、この点で特にGNPの0.5%をこれらの国々に振 り向けるべきこと、ないしは、倍増を図るべきこと、が決議された。 -63-
(2)援助のランク(グランド・エレメント) ①援助条件の緩やかなもの-贈与 ex-難民救済、食料援助、緊急援助・・・人道的援助
*一般無償援助は、農業、医療、保険などの人間生活の基本的ニーズに
かかわる分野と、教育、研究、訓練などの「人づくり」分野に対して供
与される。②JICAと海外経済協力基金(OECF)が扱うもの(グランド・エ
レメントが25%以上)、円借款一平均2.6%、返済期25~30年
ex-アサハン,アルミプロジェクト(インドネシア)、アマゾン,アルミニウム精錬プロジェクト(ブラジル)、ツバロン製鉄プロゼクト(ブラジル)
③OOF、日本輸出入銀行(輸銀)が扱うもの(グランドエレメントが
25%以下のもの) ex-対フィリピン国際援助構想(ミニ・マーシャル・プラン) 3)日本の援助に対する批判 (1)たいていの場合は一部富裕層を潤しているに過ぎない 貧困層、少数民族を圧迫している ex-タイの「社会教育文化センター」・・入場料が高く、車以外の交 通手段ではいきにくい。 (2)腐敗政権の私服を肥やしているex-日本政府はフィリッピンのマルコス政権時代の1971年以来莫大な商品
借款を供与してきたが、肥料、農薬、農機具等は貧農には行き届かず、地主のみが潤い、このかなりの部分がマラカニアン宮殿に消えたとい
われている。 *「商品借款」とは、開発途上国が外貨不足のために、工業資本財、 工業用原材料、肥料、農薬、農機具等の輸入が困難な場合に、応急 措置として供与される援助資金である。 この援助は、これによって輸入された商品を売却して得られた見 返りの資金が、援助受け入れ国の国庫に入るので、援助受け入れ国 -64-政府にとっては、新たな財源を入手することがでくるという副次的 効果をもっている。 他面に於いて、この援助は、見返り資金が腐敗政権の私服を肥や す温床になりやすい。 援助が受け入れ国の経済自立を促進せず、債務累積 の原因を作り出している ex-ビルマ(ミャンマー)に対する援助の場合 ミャンマーへの援助は1954年の対ビルマ賠償協定によるバルチャン・ ダムへの資金供与のほかに、四大工業化プロジェクトで始まった。 当時の金額にして概算105億円(賠償:無償資金供与) こうして莫大な無償資金供与がされたにもかかわらず、これらのプロ ジェクトが自立して国内生産体制を確立することができなつかった。 そのためこれらのプロジェクトは円借款に切り替えられ(商品借款)、 第一次円借款(1969年)-108億円 第四次円借款(1972年)-46億2,000万円 第九次円借款(1977年)-26億4,000万円 第十次円借款(1978年)-80億円 第十一次円借款(1979年)117億3,000万円の援助が行われたが、これ らは曰本からの部品を調達するための資金の貸し付け(商品借款)で、 調達日本企業の販路拡大には寄与したが、ミャンマーの工業の自立に 寄与するものではなかった。 このような状況は1980年代に入ってからも変わらなかった。 第十二次円借款(1981年)-91億5,000万円 第十四次円借款(1982年)-138億円 第十五次円借款(1984年)-60億円 第十六次円借款(1985年)-56億1000万円 その後も1986年、1987年にそれぞれ50億円の円借款が供与されている にもかかわらず、現地での部品調達が不可能で、これらの工場は曰本 から部品を輸入しなければ生産を続けられない状況である。 (3) -65-
これは関連曰本企業が現地生産を可能にするような技術移転と人材養 成を行わず、かえって援助資金を利用して部品輸出を図れる構造を意 図的に作り出し、これを持続化させてきているからである。 こうして、賠償によって着手された援助・プロジェクトがその後は累 積債務の原因を作り出している。 その結果、ビルマは1987年に国連により「後発開発途上国」に指定 され、最貧国42カ国の一つとしてリストアップされた。 (4)曰本企業への利益誘導の色が強い ex-バングラディシュのカルナフリ川に建設されたカプタイ・ダム このダムはアメリカのパキスタンへの援助資金により1962年に第一発 電所が建設された。その後1978年にバングラディシュ政府がJICA に対して第二発電所の増設計画を要請してきた。JICAは1980年に コンサルタント会社・東電設計(株)の岩田元恒氏を団長とする調査 団を派遣した。この調査結果に基づいて、OECFは146億8,000万円 の融資を行った。 発電所の建設工事-32億円(大成建設) 発電プラン・トー76億円(丸紅、日立製作所) 水門・水圧管10億円(丸紅、日立製作所) 送変電施設32億円(トーメン、高岳製作所、日 本鉄塔、日本硝子) だいたい援助資金によるダム建設はこのパターンをとり、曰本企業か これを独占的に受注する。 (5)環境破壊の後押しをしている ex-大カラジャス計画(ブラジル) この計画は、大カラジャス地域に於いてカラジャス鉄鉱山の開発を 中核として鉄鉱石搬出のための鉄道及び港湾の建設を加え、さらに 林業、牧畜業、水力発電、非鉄金属資源の開発などにより、同地域 -66-
の大がかりな開発を画策する地域総合開発計画である。 投資予定額は617億ドルが見込まれている。 ガイゼル大統領は1976年の訪日の際に、日本政府、経団連にこの 開発プロジェクトへの協力を要請する。これに答えて経団連は、 (財)国際開発センター(IDCDに調査を依頼、「カラジャス 地域総合開発協力委員会」を設置、フェーズ1調査、フェーズ2調 査を経て大がかりな開発のためのマスタープランづくりへと発展し てゆく。 当初は鉄鉱石の開発に限った小規模プロジェクトを構想していた のであるが、鉄鉱石の開発のみでなく、これに農業開発、林業開発、 工業開発、電源開発等が組み合わされた総合開発へと展開していっ た。 これら一連のプロジェクトの展開でイギリスとフランスを合わせた ほどの広大な規模の地域を変貌させ、開発対象地域の50%の熱帯雨 林を破壊しつつある。 熱帯生態系の脆弱性を考慮に入れるならば、このような開発方式 がいかに乱暴なものであり、「持続的開発」の概念に反するもので あるかは明らかである。 《参考》 ある援助案件が計画され、実施されるまでの一連の流れは、「プロジェクト ・サイクル」と呼ばれている。無償資金協力のプロジェクト・サイクルは、プ ロジェクト・ファインディング(略してプロファイ)、援助要請、基本設計調 査、援助決定、交換公文署名、入札、プロジェクト実施というプロセスをたど る。また、円借款のプロジェクト・サイクルもプロファイ、フィージビィリテ ィー調査、実施設計調査、借款要請、援助決定、交換公文署名、入札、プロジ ェクト実施と言う流れで、ほぼ似ている。こういったプロセスの最初の段階の 「プロファイ」は、いわば「援助案件探し」といわれるもので下記のように行 われている。 -67-
①外国に置かれている日本の大使館、領事館などを通して行われる場合。 (通常) ②日本政府の要人が外国を訪問した際、あるいは外国政府の要人が訪日した 際、その国が強い関心を持っているプロジェクトへの援助の供与が表明さ れる。いわば「手みやげ・お土産」案件とよばれるもの。 ③日本の在外公館ないしはJICA現地事務所が置かれていない国とか、プ ロジェクト策定能力に乏しいとみなされる国に対しては、日本からプロジ ェクト・ファインディング・チームが派遣されることもある。 しかし、このプロファイにおいて陰の部分で大きな役割を果たすのは、コン サルタント会社と商社である。これらのコンサルタント会社、商社は、現地政 府に各種のプロジェクトをもちかけ、当該政府がこれに関心を示せば、日本政 府の承諾を得られやすいように計画案を作成し、これを外交ルートを通して要 請させる。 日本の援助案件には、こういったケースが非常に多く、このため曰本政府に より「優良案件」とか「優良プロジェクト」とか言われるものは、現地住民、 特に底辺層の人々にとっては必ずしも優良でない場合が多い。 (以上、「ODA援助の現実」鷲見一夫著、岩波新書より要約)
3、沖縄県の果たすべき役割と経済社会開発の方向
一国際交流、国際貢献、国際ビジネス、 国際観光・保養のキー・ストーンの形成をめざして- 本県はこれまで述べてきた日本外交の国際社会の新秩序づくりの一翼を担い、 地理的、風土的有利性を活かして国際化を進め、文字通り環太平洋を含めた東 南アジア諸国の国際交流、国際貢献、国際ビジネス、国際観光・保養のキー・ ストーン形成を目指すのでなければならない。 一方、曰本(国土庁)においては五全総を策定中である。その中で、国内外 交流軸を次のように想定している。 第一の交流軸一東京から東北・北海道につながる「ほ<とう」、第二の交流軸 一名古屋付近から四国を貫き九州中部に至る「太平洋」、第三の交流軸一曰本 -68-海沿岸沿いの「日本海」の三つの新国土軸構想を踏まえて検討を進めるべきだ としている〔11月23日(木)、琉球新報〕が、これには大きな見落としがある。 東南アジアラインが欠けていることである。今後国際化が進展する中で日本が 世界経済発展のホットスポットになっているアジア経済をリードし、国際貢献 を担って行くためには、この交流軸は欠かせない。従って、これに沖縄・東南 アジアラインを加えて轡第四の交流軸”とする。 図3-1新国土軸構想
新国土軸構想
-69-これまでに述べてきた理念と上記構想を実現するためには、下記の諸施策の 展開は鍵である。つまり、五全総の中の第四の軸一沖縄・東南アジアラインの 国際交流軸の形成を図り、新しい曰本外交展開の先兵の役を果たそうとするも のであり、ODA遂行の抜本的見直しと幅の拡大(抱き合わせ)が不可欠である。 (1)沖縄県は曰本語を国語とし、英語を公用語とする。 (2)学生国際交流のセンターとして「アジア・ユニバシアード・センター」 を建設する。 併せて、外務省・ODAのアジアプランチを置く。 (3)商業地、住宅地、市街化調整区域、軍用地を除く農地、原野、山林を 公用化ないしは県有化する。 (4)沖縄本島全域をフリーゾーンにし、「物流コンプレックス」を形成し、 「国際入札センター」を設置する。 (5)中南部にある軍用地を全面返還し、大浦湾を中心とした地域に移設・ 集約する。 (6)米軍基地のプリセンスを前提として、沖縄に「アジア安保機構」と 「アジア社会経済開発ファンド」を置く。 以上の提言は一見奇抜の様であるが、決してそうではない。冒頭に掲げたよ うに、老化した社会体制を刷新してゆくには通念を乗り越えるような卓越した 洞察力とドラスチックな施策の展開が不可欠であり、それを怠ると100年の悔 いを囲うことになることは先刻見てきた通りである。 卑近な例では、我が先代はかって東南アジアを股に掛け商業を展開し大航海 時代、琉球王国を築いたと云うが、当時の世界事情に-番精通しているはずの 商人が当時の鉄砲(今でこそ武器だが、当時としては今で云うエレクトロニク スに匹敵する先端技術であったはず。さらに、当時は海賊が横行していた時代 で、それの持つ重要性は高かった)のもつ意味を解らず、薩摩に先取りされた ばっかりに、薩摩侵攻の際は1週間も荒波に操まれ、船酔いした高々1,000名 の薩摩軍勢の前に脆くも落城し、以後300年にわたって躁鏑されてきたのであ る。(これに類似する例はその後も幾つかあり、今でも続いている) このように我々は先代の轍を踏まないためにも通念と偏狭に捕らわれず、国 -70-
際的視野と高い理念を掲げ、自分のもてる潜在能力を引き出し、置かれている アジア地域発展のために役割を駆って出る姿勢が大事なのである。 地方分権化、規制緩和がトレンドとなり、国際化が進展している今曰、現実 に遅れている現状を取り戻すためには、この程度の施策の展開をしないと、沖 縄は地の利を活かして上述の理念を活かし国際貢献を果たしてゆけないので ある。 また、五全総においても、「これまで国主導だった地域づくりから自主的な 地域づくりへの転換や地域同士の連帯強化を図ろ事を強調。地方中枢都市に空 港や港湾、世界水準の学術・研究施設を整備して、情報発信する新たな広域国 際交流圏をつくるなどして地域の自主性を高めることを戦略的課題に挙げてい る」と、開かれた、活力のある、自主的な地域づくりを強調し期待している。 これは平和で事なきを是とする鄙びた発想を期待しているのではなく、広くア ジア・太平洋地域およびわが国を視野に入れ、それぞれの地域特性を生かし、 それぞれの役割を分担しながら、アジア・太平洋というより広い地域社会の発 展、わが国の発展に貢献して行く地域の自主性を期待しているはずである。 以上の事を総合し鳥敵して打ち出されたのが上記諸施策である。 シンガポールや香港がアジア地域において繁栄しているのは、世界共通語と しての英語を公用語としているからアジアのビジネスセンターになり得た事は 明白で、(1)を実現し、国際化への第一歩である言語障壁を取り除く。 (1)~(3)はいわば沖縄のシンガポール化・香港化である。香港は1997 年に中国に包摂されるが、その後の機能は残るとは云うものの、不透明である。 日本にとっても、現在の経済状況を見た場合、インフレが行き着くところまで 行っており、デフレ効果でしか国民の豊かさを生み出せない状況である。この ような事から、沖縄本島全域のフリーゾーン化を行い、「国際入札センター」 を設置し、物流の世界流通価格を国内に引き込むことIこよて国内物価の引き下 げを図る゜このようなことから、沖縄の香港化は積極的に進める価値があるは ずである。 (2)は前述の理念に基づいて、国際交流の障壁になる各国間の所得格差を 解消する施策を講じ、発展途上国の中間層の啓発に重点を置き、上記理念の普 -71-
及・実現を目指すものである。つまり、低価格宿泊施設等を設置し、アクセス、
滞在の便益を図る゜また、交流のターゲットを国レベルにするのではなく、各
国の地方自治体・団体レベルにする。これは、これまでの発展途上国への援助
の成果が底辺層の底上げを狙いとしてきたが、これまでの施策の大方が上部層
を潤すのみで底辺へ行き届かなかったという反省からである。
発展途上国の社会経済発展の鍵は国レベルのトップ層の民主化・意識改革では
なく、その国の中間層の民主化・意識改革および生活水準の向上が本質であり
即効性があることを知るべきである。また、上記諸施策は前述した新しい曰本外交の理念の展開に関わるものであ
り、これらの推進のためには、東南アジア地域への前方展開の要に当たるOD
Aの事務局(アジアプランチ)は欠かせない。
(5)~(6)は上記理念に基づいて、アジア周辺の安全を保障しつつ、各
国の軍事費という無駄な資源の浪費を避けることを狙いとする。つまり、出来
るだけ軍事費を押さえ、その分社会経済発展に資源や資金を廻し、「平和の配
当」の実現を狙いとするものであり、沖縄が置かれている諸条件を高度かつ最
大限に活用してアジア地域の平和に貢献しようというものである。
しかし、この分野で日本がイニシャチブを取って施策を展開することは、理
念やコンセプトが高邇で、期待が強く、機が熟していても、これまでの歴史的
経緯から不可能である。やはり日米安保を機軸にし、米軍のプリセンスを前提
として、初めて可能な構想といえる。此処に米軍基地の逆活用・高度活用の根
拠があり、このレベルの事が出来るかどうかが沖縄の地理的・歴史的高度活用
の試金石であり、まさに“現代に生きる県民の知恵・推進力”が問われる所で
ある。因みにベルギーは小さな国(人口約1,000万人)だがNATOの本部と
世界ダイヤモンド銀行の本部がある、というだけで欧州の安全とビジネスのメ
ッカになり栄えている国である。以上の諸プロジェクトが沖縄で展開されてくると、これらを支える、あるい
は関連・付属する機関や産業が派生してきて、人口衛星をフルに活用したマス
メディア、コンベンション産業、国際的な教育産業、その他ベンチャー・ビジ
ネス等と高度で近代的なニュー・ビジネスが豊穣し、文字通り国際交流、国際
-72-貢献、国際ビジネスのキーストーンが実現することになる。 以上の理念、コンセプト、施策の展開に対して、そのフイズィビリティー (feasibility:実現可能性)に疑問を持つ人は多い。 これまでの大方の発想は、どうにか地元産業をベースにして県外市場拡大を図 るか、ベンチャービジネスを起こす、といった従来の発想の延長線上での施策 の展開であり、これが必ずしも悪いわけではなく、大いに進めるべきである. しかし、地元企業は、かっての復帰以前のようなバイタリティーを失っている。 加えて、技術や地の利を活かして新製品を開発し、市場を開拓し、利益を上げ てゆける企業の出現までのタームは長く、確率も低い。 それに比べて、これまで述べてきた施策の展開は、県民、国民の合意が決め 手で、これさえ得られれば実現の可能性は極めて高い。此処が秘められた戦略 なのである。これまで述べて来たような施策が展開されると、ビジネス環境は 飛躍的に改善され、これまでよりもビジネスも展開しやすく、成功率も高まる はずである。 しかし、今度は沖縄で展開される企業活動は世界に開かれたものであり、地 元企業が特典を受けると言うものではなく、逆に国際競争に曝されることを意 味し、互して利益をあげてゆける企業のみが生き残れることになる事を銘記す べきである。 これまでに述べてきた発想、コンセプト、施策の展開等の示唆は外国の実態 ・実例に学ぶところが多く、特にシンガポールは多くの事を我々に教えてくれ ている。国際化を志向するからには、あまねく広く世界の実状を観察し、総合 的な観点から洞察し、良いところを取り入れる事に蹟踏すべきではない。これ が我々の先代の犯した失策の轍を踏まないためにも大事なことであり、何より も、現代に生きる我々の見識と洞察力が問われることにもなる。 第四の国際交流軸形成のためには、物流のための空港、港湾、道路網等のハ ード面、人的交流、情報の発信・受信ネットワーク、サービス・システム等の ソフト面の整備が必要で、此処では(4)、(5)、(6)がハード面づくり をカバーし、(1)、(2)、(3)、(4)がソフト面をカバーしている格 好になっている。 -73-
一方、沖縄一台湾一中国を結ぶ華南経済圏の形成が進む過程で、沖縄は歴史 的つながりを軸に福建省との経済交流に力点を於いて、’94年に第一回「沖縄 県・福建省サミット」を沖縄で開催して以来、去年の10月には第二回目のサッ ミトを福建省でと、持ち廻りで開催し、航路開設を実現する事によって企業間、
貿易面で、かなりの実績を上げてきている。今後、中国の経済が発展してゆく
事が確実視されており、中国市場へのコミットが期待される。 この分野では、沖縄大学の吉川博也教授(去年の4月に筑波大より移動)がオピニヨン・リーダーとしてのみならず、アクション・プログラム等を展開し、
多くの実績を上げている。(「21世紀沖縄の企業・産業戦略」吉川博也著、サ
ザンプレスを参照) 図3-2国際交流、国際貢献、国際ビジネス、保養センターの形成をめざして 醜蝋 一一一~~/享術交捷学生文i図~!、、
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中国語・英語・マレーシア語を公用語とし、そのどちらかを使えば良いことに なっているが、実際にはやはり英語がメインのようである。古くはスイスは以 前からフランス語・ドイツ語・英語が公用語として使われている。また、アジ アに点在するモリジプ共和国、フィジーやミクロネシア、ヒマラヤ山中のブー タン、その他の弱小の独立国は英語が公用語である。 これまで述べてきた事から国際化を推進し、国際的にビジネスを展開してゆ くためには国際言語として通用している英語の公用化は不可欠である。 第一、これまで述べてきた国際ビジネスは入札・落札にせよ銀行取引にせよ、 申請業務にせよ、すべてが英語で行われていくケースが多くなることが予想さ れるわけで、言語障壁を取り除く事を意味するのである。 従って、本県は国語は日本語だが公用語は英語とする教育方針を確認する必要 がある。 香港やシンガポールがアジアのビジネスセンターとして栄えたのも公用語が 英語であった所に負うところが大きかったことは明白である。 実は、復帰前にも英語の公用化論争はあった。しかし、当時の英語の公用化 論は為政者のアメリカに媚びたもので、今回は国際化を推進してゆくという自 主性に基づくもので明らかに背景が違う。従って、曰本国民としてのアイデン ティティーを喪失するものではないことを確認する必要があり、大いに進める べきである。 47都道府県の中で沖縄県だけが画一的な基準から逸脱することになるが、地 域主義、地方分権、国際化のトレンドの中で、国際化の進んでいるアジア地域 の近傍にある県としては自然の選択であり、むしろ遅きに失した感がある。こ この所にこそ、驚きを感じ、あせりを感ずるべきである。 事実、大分県の平松知事は「アジア太平洋地域の人材育成の拠点」として、 在学生の半数を外国からの留学生が占める「立命館アジア太平洋大学」(仮称) 構想を発表している(朝日新聞、9月26曰)。 従って、今や英語を公用語にしただけでは、遅れを取り戻せない現状にあり、 英知を働かせて地域貢献をする教育産業を考えるとすれば、後述する「国際資 格基準局」や「国際取引保証機構」等は有望である。 -77-
これは現在、ある意味ではアジア経済圏は華僑ネットワークが支配しており、 アジア経済圏の繁栄に貢献した役割は大きいものがあった。しかし、-部資本 の論理が優先しすぎて必ずしもフェアーで近代的とは言えない部分があり、発 展途上国の正常な自助努力が正当に反映されず、その発展の進歩を阻害してい
る場合が多いのも事実である。この様な部分の近代化を図り、公正で透明な商
取引の市場の形成は共通の利益をもたらすことにも繋がる。これらの機構や機 能は後述する「国際入札センター」等との関連で相乗効果を産み出すものであ り、英語の公用語化がもたらす新たなビジネス・チャンスの造出でもある。こ のレベルのことを発想し、プロモートするのが先進国らしい態度であり、知恵 である。 公用語化がもたらす在来型の産業としては印刷・出版業がある。シンガポー ルは周辺の発展途上国及び弱小独立国の英語関係の出版物を一手に引き受け、 印刷出版センターの役割を果たしてかなりのビジネスを形成している。また、 地中海にマルタという人口5万人程の小さな独立国がある。この国はかっては イギリス海軍の基地があって、基地収入に依存していた。しかし、基地撤去後、 独立して、観光と周辺諸国への英語関係の出版で国の経済を成り立たせている。 実施に当たっては色々なアイデア、コンセプト等が考えられるが、此処が知 恵の出しどころでもある。特に県職員採用に当たっては、即刻英語科目を義務 づけるべきである。 (実施方法・オプション又は経過措置) ①現在沖縄にあるアメリカン・スクール、基地内大学(メリーランド大学等) の開放・拡大、この種の学校を増やす等。あるいは、既存私学の低学年から の英語専用クラスの開設。 ②TOEFL重視の英語教育を行う。 ③特定校の設置・・・日英半々のカリキュラムの学校(小・中・高)を、南部 ・那覇・中部・北部に数校設置、将来は1/3程度に増やす。 ④従来の小・中・高で英語教育を強化してゆく。 以上のように教育機会の選択の幅を増やし、両親・本人に選択させる政策を -78-取る。その他フィズィビィリィティーの高い方法もあろう。1)ならば今すぐに でも出来そうであるが、以下の事等も考えられる。 ☆学校現場へのネイティブの大量採用あるいは部分採用 現在、沖縄には軍人、軍属、その家族を合わせて約3万人がいる。そのうち 総合的に判断して実際に使えるのはその5分の1程度の約5~6千人くらいで あろう。こういったネイティブを3~6カ月間研修を行い、能力・資格に応じ て小中高へ配属する。 当初、英語での授業は英語、社会のみとし、次第に他の科目へも広げてゆく。 あるいは、那覇西高のような英語教育に特化した高校や中学・小学校を幾つ か指定し、将来はその数を増やして行く。 ☆国内・外国からの私学・専門学校等の流入 このような状況・需要を見込んで国内や外国からの私学・専門学校等の流入 が予想されるが、これはむしろ好ましい傾向で、むしろ優遇措置を講じてでも 歓迎すべきである。場合によっては、アメリカなどからの大学進出もあり得る であろう。また、このような国際化の実践地域としての評価から、バイリンガ ル、トゥリリンガルをめざす全国の学生が沖縄へ勉学に来るケースも急増する ことは確実である。 ☆「国際資格基準局」の設置と「国際取引保証機構」の設置 公用語が英語になることによって発生する多様なニュー・ビジネスが発生 する。 アジアには多様な文化を持つ多くの国々があり、発展途上にある国も多い。 この様な地域で貿易、商取引を行う場合、取引上のリスク、文化の違いや商慣 行の違い等が介在し、お互いの経済面での交流の妨げになっている事が予想さ れる。 上記の機関は、商取引や契約条項の標準化を図り、その履行を確実なものに すりことによって、この様な状況を改善することを目的に設置するものである。 -79-