「犬」に関することわざ(1) ―「犬」をどう捉えてきたか―
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(2) 「犬」に関することわざ⑴ ――「犬」をどう捉えてきたか ―― 馬 場 俊 臣. 1 はじめに 「ことわざ」は、古くから言い伝えられてきた、教訓・風刺・真理などを含んだ 短い言葉であり、様々な事物に対する人々の見方や捉え方が反映されている。 馬場(2010)~(2018)では、 「牛」「虎」「兎」「龍」 「蛇」 「馬」 「羊」 「猿」 「鶏」 に関する日本のことわざを取り上げ、ことわざに反映されたそれぞれの動物に対す る人々の捉え方の特徴を見た。本稿では、 「犬」に関することわざを取り上げ「犬」 に対するどのような捉え方が表されているかを示したい。 本稿で取り上げることわざは、『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』 (北村(編) 2012)に基づいている。同書「付録 全文データ収録CD-ROM」の「見出しキーワー ド」検索によれば、 「犬」をキーワードとすることわざは260句1(俗信・俗説、言葉 遊び・しゃれ、慣用句、故事を含む)あり、十二支の動物名を含むことわざの中で は「馬」に次いで多い。 「犬」2は、オオカミを祖先とし、家畜化されたもっとも古い動物である。1万 2000年前のイラクのパレガウラ遺跡などから犬の骨が出土している。日本では、犬 の骨は縄文時代の遺跡から出土している。朝鮮半島や南西諸島を経由して日本へ やってきたという説が有力である(猪熊2001:32)。日本では様々な習俗と結びつ きがあり、特に犬の出産が軽いことから、安産、子育てとの結びつきが強く、岩田 帯、あやつこ、犬張子などの風習が有名である。ちなみに、犬のお産が軽いことに ついては、 「イヌのお産は一般に軽いと考えられており、日本では安産のお守りに もなっている。しかしながら、これは昔から日本で飼われていたイヌについていえ ることであって、ヒトの手で改良を加えられたイヌのなかには、高率に難産を生じ 3 。たとえば、ブルドッグをはじめとする短頭 る品種も知られている(Gaudet 1985). 種では胎子の頭や肩が大きく、母体の骨盤が小さいので、 難産を起こしやすい。 」 (猪 1. 「 狗(いぬ) 」をキーワードとすることわざは7句ある。. 2. 本段落中の出典の記載がない内容は、 『日本大百科全書(ニッポニカ) 』 ( 「イヌ」の項目). に基づく。 Gaudet, D. A. 1985. Retrospective study of 128 cases of canine dystocia. Journal of the. 3. American Animal Hospital Association . 21:813-818.. - 19 -.
(3) 熊2001:101)、 「とくに小型犬では難産になるものがけっしてめずらしくない (中略) 一度の出産で生まれる子犬の数は、普通2頭から数頭であるが、まれに10頭以上の こともある。」(林(監修)2000:57)とのことである。犬の種類は、非公認犬種を 含めて世界には700~800の犬種があると言われているが、国際畜犬連盟(FCI)で 紀州犬、 は344犬種を公認している4。日本原産の犬のうち、在来種の秋田犬、甲斐犬、 柴犬、四国犬、北海道犬の6犬種は天然記念物に指定されており5、これら以外に日 本で改良・作出された犬種として狆、日本テリア、日本スピッツ、土佐闘犬がいる。 さて、「犬」に関することわざは、「兎を見て犬を呼ぶ(手遅れだと思ってもあき らめてはいけない。また、手遅れであることのたとえ。) 」「喪家の狗(喪中の家の 飼い犬。不幸があった家の人は、その悲しみのあまり、犬の世話をすることも忘れ るのでやせおとろえる。やつれて元気のない人のたとえ。 ) 」 「桀の犬、 堯に吠ゆ」 (暴 君である桀の犬は、主人の命令であれば堯のような聖人にでも吠えかかる。人間も、 目をかけて恩をきせ、ほしがる物を与えておきさえすれば、どんな主人の言いつけ でもきくようになることのたとえ。)など中国の故事に基づく成語も広く知られて いる。また、 「生ける犬は死せる獅子に勝る(惨めな境遇でも、生きてさえいれば、 いつか望みがかなうこともある。)」 「飼い葉桶の中の犬(自分には必要がないのに、 他人が使おうとするとじゃまだてする意地悪な人のたとえ。)」「犬は骨で叩けば吠 えない(利得を目前にすると、人は、侮辱をも甘んじて受けてしまう。 ) 」などのよ うに聖書などの西洋のことわざに由来するものもある。本稿では、日本のことわざ を対象とするため、中国の故事成語などに基づくことわざは取り上げない。本稿で は、「犬」に関する日本のことわざ6を見ていく。 以下、犬に関することわざにおいて注目された犬の特徴を分類し、ことわざを例 示していく。なお、ことわざの後の( )内に示した解釈は『故事俗信ことわざ大 辞典 第二版』に基づいている。関連する情報も随時補う。 なお、本稿では、紙幅の都合で、犬の「全体的特徴」「部分的特徴」に関わるこ とわざ及び「「犬」に関する世界のことわざ」を扱う。犬の「行動の特徴」に関わ ることわざは、続稿で扱う。. 4. 「 一般社団法人 ジャパンケネルクラブ(JKC)―世界の犬」 (https://www.jkc.or.jp/. modules/worlddogs/) (2019年6月閲覧)より。 5. 「 天然記念物 種類|公益社団法人 日本犬保存会」 (https://www.nihonken-hozonkai.. or.jp/monument/) (2019年6月閲覧)より。 6. 『 故事俗信ことわざ大辞典 第二版』 (北村(編)2012)に漢籍類及び西洋での出典が示さ. れていない表現を日本のことわざとみなす(俗信・俗説等も除く) 。. - 20 -.
(4) 2 犬に関する日本のことわざ ⑴ 全体的特徴 (ア)肯定的評価 《忠実・恩義》《役立つ、頼りになる》 ① 飼い養う犬も主を知る(飼い犬でさえ飼い主の恩を知っている。 ) ② 犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ(犬は三日養っただけで、三年もの間その恩を 忘れない。) ③ 主憂うれば犬痩す(主人に心配事があると、飼い犬も心配の余りやせる。 ) 犬が飼い主に忠実であることに関しては、祖先であるオオカミ、そして野生イヌ が群れで暮らすことに由来するという。「とくにオオカミでは社会性が高度に発達 しており、激しい順位闘争の結果生じる厳格な順位づけがみられる。この順位づけ は支配と服従というかたちで、それぞれの年齢、地位、性別に応じた特異的な行動 、 「飼イヌが野生の を個体にもたらしている(ツィーメン19957)。」(猪熊2001:83) オオカミと根本的に異なるところは、飼イヌにとっては飼主とその家族が群れであ ることだ。イヌは群れのメンバーの一員であり、重要な関心ごとは、イヌ自身がヒ トの群れのなかでどのような地位にあるかということである。(中略)オオカミで はそのパック8における社会的順位によって行動パターンが決定されたように、イ ヌでも家庭における順位が、そのイヌの行動や性格、すなわち支配性と従属性、攻 撃性などに関連してくると考えられる。」(猪熊2001:96)とのことである。 また、犬は遠くからでも飼い主の元に戻ると言われている。この帰巣本能は「イ ヌの超感覚的知覚(extra sensory perception;ESP)または超能力」の一つと見ら れており、「有名なのは、イヌが遠く離れたところからでも、もとの家へ帰ってく る能力である。この能力については、これまでにもいくつかの事例が紹介されてい る(平岩19899;フォックス199410)。もちろん物語のなかにはある程度の脚色がある だろうが、それを差し引いても、帰巣本能というべき能力がイヌに備わっているよ うである。理由として、動物が地球磁場の微妙な差や変化を感じ取っているためと いう説をはじめ(モリス198711)、いろいろな説が提唱されているものの、実際の 7. ツィーメン,E.(1995) 『オオカミ――その行動、生態、神話』 (今泉みね子(訳) )白水. 社(Zimen, E. 1990. Der Wolf:Verhalten, Okologie und Mythos . Knesebeck & Schuler, Munchen.) 8. オオカミの群れ。. 9. 平岩米吉(1989) 『犬の生態』築地書館. 10. フォックス,M. W.(1994) 『犬の心理学――フォックス博士のスーパードッグの育て方』. (北垣憲仁(訳) )白揚社(Fox, M. W. 1990. Superdog . Macmillan, New York.) 11. モリス,D.(1987) 『ドッグ・ウォッチング』 (竹内和世(訳) )平凡社(Morris, D. 1986.. Dog Watching . Jonathan Cape, London.). - 21 -.
(5) ところ客観的なデータはまったくない。」(猪熊2001:51-52)とのことである。 ④ 犬は門を守り、武士は国を守る(犬が城や屋敷の門を守るように、武士は国を 守るのが役割である。) ⑤ 門の犬にも用あり(普段はいてもいなくても同じような者でも、時には役に立 つことがある。どんなものでも役に立つことがある。 ) ⑥ 門の犬/我が門にて吠えぬ犬無し/所で吠えぬ犬は無い(どんな弱い犬でも自 分の家の前では吠えたてる。弱い者も自分の家では威張る。 ) ⑦ 孫飼わんより犬の子飼え(いくらかわいがっても孫が養って孝行してくれる望 みは少ないから、むしろ犬の子を飼う方がましである。 ) 犬の番、門番に関しては、「野生のオオカミは自分たちの群れのねぐらおよびそ の周囲の居住圏をおかすものを撃退しようとするなわばり性を示す。同様に、犬は 飼い主の家や庭をなわばりとみなし、近づいてくる飼い主以外の人間や動物からこ れを守ろうとする。外来者に対して激しく吠えかかることが特徴で、相手が引き下 がらなければ飛びかかったりかみついたりすることもある。 このなわばり性行動は、 なわばりの中心よりも境界付近でもっとも激しい。家庭に飼われている犬の場合は、 庭のへいやかき根、玄関先などがなわばりの境界となる。 」 (林(監修)2000:5556)とのことである。 (イ)否定的評価 《無能、理性がない、価値がない・価値が低い、卑しい》 ① 犬に小判/犬に懸け鯛/犬に銭見せる/犬に伽羅聞かす (犬には小判 [懸け鯛、 銭、伽羅]の価値は分からない。価値のわからないこと。意味の通じないこと。 ) ② 犬に論語/犬に念仏猫に経/犬の前の説経(どんなに道理を説いて聞かせても 効果がなく無駄である。) 犬が伽羅の香りを嗅がない理由に関しては、 「人間が心地よいと感じる香りでも、 イヌにとっては苦手な香りは、伽羅だけではありません。人がリラックスできると 言われるラベンダーやレモン、ライムなどの柑橘系の香り、身だしなみに欠かせな い香水やスプレーなどは、イヌがイヤがる匂いの代表格です。特に、揮発性の強い ものがダメなのです。これらの匂いをかぐと、イヌはなんだか鼻がムズムズしてき ます。鼻の中には、粘膜の感覚をつかさどる三叉神経と呼ばれる神経が走っていま す。苦手な匂いが漂ってくると、三叉神経が反応して、むずがゆさを感知します。 あまりにムズムズすると、イヌはくしゃみをします。くしゃみで、ムズムズの匂い の元を排除しようとするのです。さらに耐えがたい匂いをかいだ時には、多量のよ だれをたらして、逃げ出そうとします。」(小方1994:107-108)とのことである。 ③ 年寄れば犬も侮る(年をとると、誰からも馬鹿にされる。 ) ④ 犬が星を守る/犬が星を見る(高望みをする。卑しい者が及ばぬ望みをいだく こと。物欲しそうなこと。) - 22 -.
(6) ⑤ 犬犬三年人一代、人人三年犬一代/犬に三年人一代、人に三年犬一代。(初め は犬同然と軽蔑されるような生活をしても辛抱して過ごせば、三年もすると残り の一生を人並みに暮らすことができる。何事も初めは辛抱して節約をしなければ ならない。) 犬の知的能力に関しては、「実際にイヌを飼ったことのあるヒトなら、おそらく イヌの高度な知的能力、たとえば行動によって飼主を操る能力、象徴的行動(遊び たいときにボールを飼主に示す)、模倣行動、世話行動などに気がつくことだろう。 これらの能力を根拠にして、イヌには理解力や推祭力、意識的で知的な行動を行う 能力が備わっているとする考え方がある(フォックス199412)。しかし、厳密にい えば、これらの現象はイヌが考えているかどうかの証拠とはならない。イヌの行動 はわれわれと同様、恐れ、飢え、ほめられたい欲求などにもとづくことが多く、非 常に人間的な特徴をもっている。また、道具的条件づけによく反応し、学習する能 力がほかの動物に比べると非常に高い。このためイヌが学習している場面に遭遇せ ずに、よく訓練された(学習された)結果の部分だけに目をやると、いかにもその イヌが自分で考えて行動しているように誤解しがちであることに注意する必要があ る(フォーグル1996a13)。(中略)イヌの学習には思いをめぐらす過程が欠落して いる(オファレル199714)。イヌはある行動を習慣として学んでいるのであって、 深い考えにもとづいて行動することはないと考えられている。 」 (猪熊2001:108) とのことである。 (ウ)中立的評価 《飼われる存在》《追われる存在》 《成長の早さ》 ① 犬は人に付き、猫は家に付く(主人が引っ越しをする際、犬は主人について家 を去るが、猫は主人につかずにその家に残る。) ② 犬になるとも大所の犬になれ/犬になるなら大家の犬になれ/大所の犬となる とも小所の犬となるな(たとえ犬になっても、どうせなるなら、大きな家の飼い 犬になれ。同じ仕えるのなら、仕えるに足るしっかりした相手や主人を選ばなく てはならない。) 12. フォックス,M. W.(1994) 『犬の心理学――フォックス博士のスーパードッグの育て方』. (北垣憲仁(訳) )白揚社(Fox, M. W. 1990. Superdog . Macmillan, New York.) 13. フォーグル,B.(1996a) 『ドッグズ・マインド』 (山崎恵子(訳) 、増井光子(監修) )八. 坂書房(Fogle, B. 1990. The Dog’s Mind . Stephen Green, London.) 14. オファレル,V.(1997) 『犬と猫の行動学――問題行動の理論と実際』 (武部正美・工亜. 紀(訳) 、林良博(監修) 、ヒトと動物の関係学会(編) )pp.1-102、学窓社(O’Farrell, V. 1992. Manual of Canine Behaviour . 2nd ed. British Small Animal Veterinary Association, Cheltenham Glos.). - 23 -.
(7) ③ 豪家の門に痩せたる犬無く、農夫の倉に肥えたる鶏有り(権勢のある家の犬は 痩せてなどおらず、また農夫の倉に住む鶏も皆太っている。だれでもそれぞれの 場所で、そこに応じた生活をして、それなりの稼ぎをあげている。 ) ④ 犬を飼うとも枕児を飼うな(犬を飼っても、弱い枕児ではなく、強い犬を飼う べきである。人を雇うなら、腕の立つ者を雇え。) 「枕児」とは、子犬がかたまって眠るときに必ず下になる弱いもの15のことであ る。ちなみに、 「品種によって子どもの数は異なるが、小型犬で二~三頭、中型犬、 大型犬で六~七頭から十数頭に及ぶ。しかし、乳頭の数は普通五対しかないし、よ く乳の出るのは、その中でも四対程度だから八頭以上生まれると、乳頭にありつけ ない子どもが出ることになる。(中略)枕児になってしまうのは、この乳房にあり つけないような子どもであろうし、生まれながらにしてヴァイタリティに劣る子ど もかも知れない。」(中川1988:59)とのことである。 ⑤ 煩悩の犬は追えども去らず/煩悩の犬は打てども去らず/煩悩は家の犬打てど も門を去らぬ(煩悩が人につきまとって離れないこと。 ) ⑥ 犬打つ童まで(犬を追いまわしているような幼い子供にいたるまでも。誰でも 皆。 ) ⑦ 犬に擲ち目に涙(腹を立てて犬に石を投げつけてしまったものの、犬が可哀そ うになり涙を流す。怒って相手にひどい仕打ちをしてしまったあとで気の毒に思 うこと。) ⑧ 犬の一年は三日(犬にとっての一年は、人間の三日間にしか過ぎない。犬の成 育が早いこと。) 犬の成長に関しては、「犬は生後6~12ヵ月で成犬の大きさになるが、その後、 季節とは無関係に2~3ヵ月で性成熟する。」(林(監修)2000:30) 、 「一般的に小 型のイヌは長生きで、老化現象も11.5歳と遅くまで現れない。ところが、身体が大 きくなるに従って、老化が始まる年齢は早くなる。体重が9-22kgの中型犬では9 歳、22-40kgの大型犬では7.5歳、40kg以上の超大型犬では6歳で老化が始まる (Goldston 198916)。イヌは老化の開始から平均2年くらい生き延びることを考慮 すれば、それぞれのイヌの平均寿命も予想できよう。」 (猪熊2001:155) 、 「人間の 成長速度は、あらゆる動物のうちでも、もっとも遅いもののひとつである。 」 (中川 1988:25)とのことである。. 15. 『 故事俗信ことわざ大辞典 第二版』 (北村(編)2012)より。 Goldston, R. T. 1989. Geriatrics and gerontology. Veterinary Clinics of North America:. 16. Small Animal Practice 19:1-202.. - 24 -.
(8) ⑵ 部分的特徴 (ア)尾 《(当たり前)》 ① 犬が西向きゃ尾は東(きわめて当たり前で、分かりきったこと。 ) このことわざの言い回しに関しては、「あまり古くからいわれたものではないよ うで、早いものでも明治三九年のことわざ集『日本俚言大全』に収載された「犬が 西向きゃ尾が東」の言い方であった。ところが、同じ頃の明治四三年の有名なこと わざ辞典『諺語大辞典』(藤井乙男)では「犬が東向けば尾が西向く」との言い回 しが採られており、こちらの形がことわぎ辞典では戦前まで継承されていた。見出 」 (時田 しの形17が一般にいわれるようになったのは戦後になってからのようだ。 2009:72)とのことである。 なお、犬の尾に関しては、 「オオカミの尾は、社会生活に必要な場面以外ではまっ すぐ垂れているのが普通だが、犬の場合には、親の気を引きつけるよう上を向く「巻 尾」がしばしばみられる。」(林(監修)2000:4)とのことである。 (イ)毛色 《白がよい》 ① 馬は赤馬、牛は黒牛、猫は雉猫、犬は白犬(それぞれの最もよいとされる毛色。 ) 白い犬に関しては、「犬にはさまざまな毛色があるが、古代以来、人間に好まれ た毛色は白であったらしい。古代の文献には、しばしば白い犬が登場する。 (中略) このように、記紀や風土記からは、白い犬にまつわる話を多くひろうことができる。 ただし、それは犬にかぎらない。他の多くの動物についてもいえることで、記紀や 風土記では、犬にかぎらず、白い動物がたびたび神の化身あるいは神の使いとして あつかわれている。」(谷口2012:28-30)とのことである。また、 「日本では古来、 狩猟犬には白犬がいいとされてきたようだ(中略)猟犬として白犬が好まれるのは、 白犬がとくに猟犬として優秀だということではなく、狩人が犬を見分ける必要から そうなったものらしい。」(谷口2012:38)とのことである。 なお、日本在来犬の毛色に関しては、 (様々な過去の文献に登場する) 「犬の毛色に は、白・黒・黄褐色・白黒斑・白地に焦げ茶の斑などがある。これらをみるに、現在 の犬の毛色とあまり大きなちがいはないようである。 ( 」谷口2012:37) とのことである。 (ウ)犬の糞 《どこにでもあるもの》《つまらないもの》 ① 犬の糞(汚いもの、卑しむべきもの、多過ぎて手に負えないもの。また、単に 多くあってありふれたもの。) ② 江戸の名物は火事・喧嘩・犬の糞(江戸市中に特に多いものを並べたことば。 ) ③ 江戸は犬の糞と侍ばかり(江戸には野良犬と武士が多いこと。 ) ④ 伊勢屋稲荷に犬の糞(伊勢の出身の者が屋号に用いた伊勢屋と、稲荷のほこら と犬の糞は江戸市中いたる所に見られる。ざらにあるもの。 ) 17. 「 犬が西向きゃ尾は東」. - 25 -.
(9) 江戸の犬に関しては、貞享4(1687)年の「生類憐みの令」では、 「犬に対する 過度の愛護策などは、江戸周辺を中心とした地域が対象にされたもので、とくに江 戸で厳重だった。」(谷口2012:104)とのことである。また、 「幕府の犬に対する過 保護は、犬の飼い主に金銭的にも精神的にも重い負担を強いることになった。その ため、負担におもう人は犬を捨てる。そうじゃなくても江戸には野犬が多かった。 そこへ捨て犬の増加で、江戸は野犬だらけになったことだろう。そのため、幕府は 江戸市街の外れや近郊に、野犬収容のための大規模な犬小屋を建設する。元禄五年 (一六九二)以前、喜多見に犬小屋を設置したのをはじめとして、 同八年五月には、 四谷・大久保に犬小屋を新設した。これらは敷地面積二、三万坪という大きなもの だったが、それでも収容しきれず、八月には中野(現在のJR中央線中野駅周辺) にさらに大規模な犬小屋の建設を、丸亀藩京極高成・津山藩森長成にお手伝い普請 を命じて開始した。(中略)中野の犬小屋は、その後も拡張されて数年後には敷地 面積二九万余坪となり、最終的に約一〇万匹の野犬が収容されたという。それでも 野犬の増加に追いつけず、収容しきれない犬は、江戸近郊の村々に、年間一匹につ き金二分をあたえて飼育させた。」(谷口2012:110-111)とのことである。 なお、江戸の人口については、1650年頃は43万人、1750年頃は122万人、1850年 頃は115万人との推計(斎藤1984:61)がある。仮に、1685年の江戸の人口を70万人、 江戸の犬の頭数を10万頭とすると、犬1頭に対して人間約7人の比率である。平成 29年度の犬の登録頭数は全国で約632万頭18、同年度の日本の総人口は1億2670万6 千人19であり、犬1頭に対して人間約20人の比率である。江戸の犬の頭数の比率は 極めて高いことが分かる。 ⑤ 犬の糞に手裏剣(取るに足らないつまらない物に貴重な物を費やすこと。 ) ⑥ 犬の糞も一盛り(どんなつまらない者にも、華やいだ一時の盛りがあること。 ) ⑦ 犬の糞も所びいき(どんなつまらない物でも、自分の所にある物は好ましく思 い、自慢の種にしたがること。) ⑧ 犬の糞で敵を取る(卑劣な手段で復讐すること。) ⑨ 暗がりの犬の糞(他人が気付かないのをいいことにして、 自分の失敗を隠して、 知らんふりをすること。) 犬が気付かれないように糞をすることに関しては、 「確かに、イヌは人目(犬目) 18. 「 都道府県別の犬の登録頭数と予防注射頭数等(平成24年度~平成29年度)|厚生労働省」. (https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/01.html) (2019年6月閲 覧)より。 19. 「 統計局ホームページ/人口推計/人口推計(平成29年10月1日現在)―全国:年齢(各. 歳) ,男女別人口・都道府県:年齢(5歳階級) ,男女別人口―」 (https://www.stat.go.jp/ data/jinsui/2017np/index.html) (2019年6月閲覧)より。. - 26 -.
(10) につかないように、ウンチをします。わざわざ縄張りの外でし、上から砂をかけて 隠すのです。この行為は、イヌだけでなくオオカミでもすると言われています。な ぜ、そんなことをするのでしょうか。それは、ウンチが臭いものだからです。この ウンチならではの匂いが、「暗がりの犬の糞」の大きな原因なのです。 」 、 (こうした 習性がある理由について) 「主な説は、 「清潔好き説」 「匂いいん滅説」 「匂い分散説」 の三つに分けられます。汚くて臭いウンチを、自分の身の回りに置きたくない、住 みかを汚したくないという気持ちがイヌにもあるようです。そのために、遠くでし てくるのです。 (中略)自分の住みかから遠く離れたところでウンチをすれば、 もし、 ウンチを見つけられても、敵が匂いをたどって来られない。さらに、ウンチを砂で 隠しておけば、見つかる心配も少ない、というわけです。(中略)糞をした後、地 面をかき乱して「糞飛ばし」をし、自分の匂いをまき散らし、嗅覚的に自己アピー ルしているという説や、糞を飛ばして「ここは俺さまの縄張りだ」と、視覚的目印 にする役目をしているという説がありますが、真相はわかっていません。」(小方 1994:125-127)とのことである。. 3 「犬」に関する世界のことわざ 「犬」に関する世界のことわざも数多くある。本節では、 『世界ことわざ大事典』 (柴田ほか(編)1995)に掲載されている「犬」に関する世界のことわざを取り上 げ、「日本のことわざと共通性があるもの」「独特の捉え方をしているもの」に分け て、いくつかを紹介する。 ⑴ 日本のことわざと共通性があるもの ○犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ 犬のように忠実(絶対裏切らない。)(ハンガリー) ○飼犬に手を嚙まれる 飼犬が泥棒と組んだら、番は誰が(信頼しているものに裏切られ、危険にさらさ れること。)(インド) 私が育て上げた子犬が私を嚙む(目をかけていた相手に裏切られる。 ) (カザフス タン) ○犬の遠吠え 吠える犬は嚙みつかぬ(口先ばかりで実際の仕事になると役に立たない。 ) (アフ ガニスタン) 吠える犬は嚙まない(うるさい人間はそれほど悪い奴ではないことが多い。 ) (イ タリア) ○我が門にて吠えぬ犬無し 自分の横町では犬もライオンになる(内弁慶。他人のいない所では強がり、面と 向かうと意気地のないこと。)(アフガニスタン) - 27 -.
(11) 主人の家にいれば犬も王侯貴族(内弁慶。)(タジキスタン) 〇犬猿の仲/犬と猫 二人は犬の性と猿の性(仲の悪いこと。)(ハウサ) 犬と猫は同じ茶碗の飯を食わない(仲の悪いこと。) (エストニア) 犬猫の関係(仲の悪いこと。)(ハンガリー) 〇犬も食わぬ 犬にも吠えられない(他人の注意をひかない地味な人。 ) (ハンガリー) ○犬も歩けば棒に当たる 出ていかない犬は嚙むべき骨が見つからない(人は努力しなければ、必要なもの に出くわさない。)(コロンビア) 歩き回らない犬は骨に出会わない(人は努力しなければ、必要なものに出くわさ ない。)(チリ) ⑵ 独特の捉え方をしているもの ○犬を踏んで出かけ、アマガエルを踏んで戻ってくる(犬がドアのところでまだ寝 ている早朝から、夜、アマガエルが出て鳴くころまで働け。 ) (ラオス) ○猫に広すぎ犬に狭すぎ(「帯に短し襷に長し」)(ロシア) ○犬が食べ、主人が支払う(子どもの不始末を親がつぐなう。 ) (ウラル) ○犬に骨を借りる(強欲なこと。)(カザフスタン) ○棒が当たった犬はほえる(会話の中で何気なく言ったことが、それを気にしてい る人には大変こたえて予想もしない怒りようをすることがある。 (フィンランド) ) ○犬は歳で老いるのではなく、道で老いる(人間が老けるのは、年齢のためよりも 人生の苦労のためである。)(ブルガリア) ○犬は歯がなくなっても犬だ(「腐っても鯛」「三つ子の魂百まで」 ) (ジプシー) ○犬と一緒に寝れば、しらみと一緒に起きる(寝ているうちにしらみがうつる。 ) (ろ くでもない人間とつきあえば、自分もそれに染まってしまう。 ) (オランダ・ベル ギー)(ロシアなど西欧の他言語にもある) ○よい犬は血統によって狩りをする(血筋は争えないもの。人は美点も欠点も血筋 で受け継ぐものだ。)(フランス) ○多くの飼い主を持つ犬は飢える(責任を持つものが多いと、結果的に無責任にな る。)(ジャマイカ) ○年とった犬は無駄に吠えない(経験こそすべてに勝る。 ) (ベネズエラ) ※参照文献は、続稿でまとめて記載する。 付記 本稿は、平成30年度北海道教育大学札幌校公開講座「文学に見られる動物た ち(Ⅻ)―犬― 第3回 日本語と犬」(平成30年9月29日)の講演資料の一 部に修正を加えたものである。 - 28 -.
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