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これからの時代に求められる国語科の教材研究 ―教師はどのように教材研究を進めればよいのか―

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(1)Title. これからの時代に求められる国語科の教材研究 ―教師はどのように教材 研究を進めればよいのか―. Author(s). 菅原, 利晃. Citation Issue Date. 2019-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10724. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) これからの時代に求められる国語科の教材研究. 〈1〉学習主体に、教材を「解釈・理解」させ、教材 まず、 と「対話・対峙」させるようにすることである。さらに、そこ. 菅 原 利 晃. ―― 教 師はどのように教材研究を進めればよいのか ― ―. はじめに. から必要な事柄・心情をいかに発見させ一般化させることがで. きるか、ということである。[理解・読解→発見→一般化]. りし、社会や人生に活かそうとすることができるようにするこ. さらに自分の考えを深化させたり、他への発展へと結びつけた. るようにすること、 ③自己のもつ問題を整理・解決したあとで、. たり、他者の意見を取り入れて考えを深めたりすることができ. と、②自己のもつ問題を解決するために、自分の考えを表現し. て自分の力で自分なりに読み解くことができるようにするこ. そこで述べた、《新しい時代に対応する「教材研究」の目的》 とは、①自己の問題意識にもとづき、教材を実際の生活に即し. 置換・照応→表現・創造→検証・反省]. 進めるようにさせるのである。[共感・発掘→具体化→想像・. 自己の行為を検証・反省することまでを、自己と対話しながら. と〉ができるか、ということである。さらに、それらによって. きるか、文章に表現・創造することによって他者に〈伝えるこ. それをいかに具体化し、うまく想像・置換・照応することがで. から自己の生活体験と共通・共感する行動(追体験)を発掘し、. 柄・心情を、自己の生活体験に結びつけ、発見した事柄・心情. 次に、 〈2〉学習主体に、自己を「解釈・理解」させ、自己 と「対話・対峙」させることである。学習者が、一般化した事. と、の三点である。. 〈3〉学習主体に、他者を「解釈・理解」させ、他 さらに、 者と「対話・対峙」させることである。これは、他の学習者た. 「新しい時代に対応する「教材研究」の要 筆者は、以前に、 件 目的 方法」 、「新しい時代に対応する「教材研究」の方法(具 ・ ・ 体的な指導過程) 」について述べたことがある(注1) 。. これをもとに、《新しい時代に対応する「教材研究」の方法(具 体的な指導過程) 》として、つぎのことを述べた。. - 17 -.

(3) ちの考えを聞き取り理解し、自分の考えと比較することができ るか、〈伝え合うこと〉ができるかということである。さらに、 他者との意見交流をふまえて、自己の考えを深めることができ るか、ということである。また、この学習から、さらに発展し. どのように学ぶの?(主体的・ 対話的で深い学び). (アクティブ・ラーニング) 主体的・対話的で深い学び の視点から「何を学ぶか」だけでなく「どのように学ぶ. きるようにさせるのである。 [比較→交流→深化→向上]→[発. 文化) ・他者=社会(集団)(文化を共有し、伝え合う集団)の. わり、結びつくのかという観点から、自己=学習主体(文化の. これについて、前稿では、古典の教材研究を念頭に置いて、 「教材研究」の要素として三者を想定した。何がどのように関. か」も重視して授業を改善します。. 展・継続・応用]. 三者が対象となるが、この三者の主体的な、対話・対峙の仕方. て考えを広げてみたり、これからの人生においても継続して考. 「教材で」教える そのうえで、前稿では、先賢の「教材を」 という考えにもとづき、 「教材に」 「教材と」学ぶことを教材研. えを進めてみたり、様々な分野で応用してみたりすることがで. 究の要点として提示した。. 指導要領ウェブサイトから引用する(①~③は筆者が付したも. など」…②. 「学んだことを人生や社会に活かそうとする. かう力、人間性など」…③. 学びに向. ここの①~③は、先に示した《新しい時代に対応する「教材 研究」の目的》に相応するものである。. . 「実際の社会や生活で生きて働く 知識及び技能」…① 「未知の状況にも対応できる 思考力、判断力、表現力. 何ができるようになるの?(資質・能力の三つの柱). のである)。. をもとに考えなければならないというものである。ここも学習. まっただ中にあり、文化を伝え合う者) ・ 教 材( 伝 え 合 う 言 語. 本稿は、この前稿の提示について、若干の補足を加え、再考 するものである。. 一 前稿での提示は、新しい学習指導要領によるものである。 「主体的・対話的 周知のように、新しい学習指導要領では、 で深い学び」 、「資質・能力の三つの柱」 などが示されているが、 前稿はこれに基づくものである。前稿では引かなかった部分も 含 め て、 文 部 科 学 省 の ウ ェ ブ サ イ ト「 2019.02.13 学 習 指 導 要 領ウェブサイトリニューアルオープン!」による学習指導要領 の解説から引用する(注2) 。. ①は、自分が習得した知識や技能を用いて、教材を自分なり . - 18 -.

(4) に読み解くことである。自分の力で、目の前にある未知の教材 を読み取り、そこから自分なりに解釈を試み、自分なりに問い を設定し、その時点でのある一定の答えを教材の中から見つけ. 学びの質を高め、人間性を育てるのである。. まれた自分の解釈や問いへの答えと、他者のそれとの共通点や. ②は、他者との交流を通して、自分の解釈や問いへの答えに ついて考えを深めることである。そこでは、未知の教材から生. を用いて考えたりする力を実際に働かせるのである(注3) 。. これには、前提として、教師の教科書重視の姿勢が長い間当 然視され、さらには神聖視すらされてきた歴史がある。この点. 「教科書を教える」のではなく、「教科書で教える」のだと いうことは、戦後、多く言われてきた。. 「教材を教える」と「教材で教える」ということについて、 前稿に補足を加えながら述べる。. 二. 相違点を見つけることが必要である。自分の解釈や問いへの答. について柴田義松は次のように述べている(注4)。. る。その際に、言葉を読み取ったり、言葉をつなげたり、言葉. えを他者に伝える際には、実際的なその場に応じた表現力が必 要となる。他者との共通点や相違点について、比較検討する際 にも、実際的なその場に応じた思考力、判断力が必要であり、. う。. え付けられた教科書神聖視がいまだに払拭されぬことにあろ. その理由はさまざまあるが、最大かつ根本の理由は、戦前 約半世紀続いた国定教科書の時代に教師および国民の間にう. 際的なその場に応じた表現力が必要となる。. さらに他者にそれを伝えたり、比較検討したりする際にも、実 ③は、②の交流により、自分の中で比較検討し深めることが できた自分の解釈や問いへの答えについて、どのように社会や ①、②を通して深められた自分の解釈や問いへの答えを、さら. 述べている(注5)。. この「教科書神聖視」の姿勢が、戦後、「批判」と「克服」 といういわば反動へと転じてしまう。柴田は続けて次のように. 世界と関わることができるかを考えることである。そこでは、 に、自分と社会や世界との関わりをもって自信をもって対峙す ることのできる、いわば自立した読みにもとづく学びが存在す. 国 定 教 科 書 の 内 容 は 神 聖 に し て 侵 す べ か ら ざ る も の で あ り、教師はそれさえ教えておればよいのだという教科書中心. るのである。同時にまた、②、③により、社会や世界といった 周りの世界との関わりを通して、良好な人間関係を築くことを. 克服されようとした。たとえば、一九四七年発行の文部省著. 主義の教育観は、戦後の教育改革の時期に厳しく批判され、. 目指すようになり、 それに充実感 満 ・足感を感じることになる。 自分への自信と、周りの世界への充実感・満足感は、学習者の. - 19 -.

(5) 作『新教育指針』には、民主主義教育のもっとも重要な目当 てとして、 (1) 「真実を求め、真実を尊敬し、真実に従って. 科書で教える」のだということが多く言われてきたのである。. のような教育を実現するための「教材の選び方」や「教材の. に」)、責任を重んずる態度を養うこと」などがあげられ、こ. に終始している国語教室もまだ多い。(中略)教科書教材を. や、 教材内容を習得してこと足れりとする「教材完結型学習」. えることと学ぶこととのバランスを欠いた「教師主導型授業」. そこで、教科書を教えるのではなく教科書で教えるのだと 言われ、単元を構想した学習指導の改善が試みられたが、教. しかし、大内敏光は次のように述べている(注6)。. 取り扱い方」 が論述されているが、 そこでは従来の注入主義・. 生かし、教科書教材を包み込む単元の開発にまず取り組むべ. . 暗記主義の教育を批判したあと、これからの「教育において. 行動する精神を養うこと」 (2) 「自主的に考え、自主的に生. は、児童の生活に即して、教材も選択せられ、取り扱い方(マ. きである。. 活するとともに(ママ、 菅原注: 『新教育指針』原文では「共. マ、菅原注: 『新教育指針』原文では「取扱い方」 )も工夫せ られなければならない」と、教師による教材の自主的選択の 必要が述べられていた。. とは、国語科に限定されているものではない。. ているものではない。また言うまでもなく、ここでの「教材」. べられているのであって、 「教材で教える」ということを述べ. 戦後の民主主義教育のための教材の選択・取扱い方について述. べている。ここでは、 『新教育指針』に書かれているように、. の学習が、作品の本質あるいは特質との関係でなされなけれ. ろん、もろもろの技術は必要である。しかし、それを使って. 視写法、続き話法など、さまざまの指導技術を駆使して学習. のないところで、ワーク・シート法や吹き出し法、動作化法、. 教師を埋没させることになり、作品の本質とはあまり関わり. いかに教えるかの技術主義的な教育方法論・指導技術論に、. “ 教 材 を 教 え る の で は な く、 教 材 で 教 え る の だ ” と 戦後、 いうことがさかんに言われた。(中略)そして、結果として、. これについてははやくに、田近洵一は、「教材で」の功罪を 述べた後に、次のように述べている(注7)。. ただ、戦前の教科書重視・教科書神聖視の反動から、教材の 選択・取扱い方について、児童の生活に即した工夫が示されて. 「教師に 柴田は、戦前の教科書重視のあり方から、戦後は、 よる教材の自主的選択の必要」ということへと転じたことを述. いるのである。. ば、いろいろやればやるほど、読みの成立そのものを阻害す. 活動を活発にすることが、一つの流行のようになった。もち. 「教科書を教える」のではなく、 「教 このような中で、戦後、. - 20 -.

(6) ることになるのである。 教材で教えると言っても、それは教材とした言語作品、あ るいは言語表現との出会いなくしてはなされない。 (中略) その作品(表現)でなければ経験できない作品(表現)との 出会いを大事にしなければならない。それを通して、 作品 (表. に整理することができる。 A.教材を教える授業 B.教材で教える授業. 世羅は、このあと、A型の「教材を教える授業」と、B型の 「教材で教える授業」とについてそれぞれ説明を加え、その上. C.教材を+で教える授業. じ方、フィクションや文体の特質に目を開いていくことに意. ている。. で、C型の「教材を+で教える授業」について次のように述べ. 現)の本質に触れ、その作品(表現)独自のものの見方、感 味がある。言うならば、その作品でなければ経験できないこ. C型の「教材を+で教える授業」は、A型とB型とを止揚 した授業である。学習者が教材の内容を読みとっていく過程. とを学習するということである。教師は、指導意図を先行さ せて「教科書で」と考える前に教材そのものを大事にし、そ の本質に触れさせることを指導の基本的姿勢とすべきであろ. 西尾実は、このC型をよしとする立場である。わたくしも、. 認識の深化・拡充を図ることを同時に達成する授業である。. う。 「教科書を」を否定するあま 「教科書で」一辺倒に向かい、 りに、教科書の本文の研究を軽視する風潮に警鐘を鳴らしてい. このC型の授業をよしとする立場である。. で、文章を読解する能力をも習得させる授業である。このC. るのである。田近のいう 「教材そのものを大事に」 することは、. 世羅は、これに基づいて、「目標の二重構造化」について言 及している。. どのようにつくるかが、実践上の大きな課題となる。. く過程に、文章を読解する能力を習得させる《必然の場》を. このC型の授業を実践するためには、学習者が教材の内容 を読んで、もの・ことに対する認識の深化・拡充を図ってい. 型の授業は、言語能力を育てることと、もの・ことに対する. 「教材研究」の基本的な姿勢であり、決して忘れてはいけない ものなのである。 また、世羅博昭は、特に「読むこと」の授業について、次の ように述べている(注8) 。 国語科教育の目標のとらえ方の違いは、国語科授業の基本 的なあり方の違いにも関係してくる。教材と授業との関係に 着目して、 「読むこと」の授業を類型化すると、次の三類型. - 21 -.

(7) もに、 「対話」しながら読み解いていく(自己. 教材. 他者) 。. こうして、自己に、他者や社会(家庭)をも加えた学びが進ん. も両者を止揚して、内容を豊かに読みとるとともに、その過. あり得ない。指導者としての実践力は求められるが、ぜひと. の人生や社会に活かすことができるのである。. とで、様々な困難な状況にも対応できる力が生まれ、これから. 「教材と」学び、実社会の こうしたことから、児童生徒は、 仲間や家庭の保護者等とともに学び知恵を寄せ合い協力するこ. でいく、ということを述べた。. 程で、言語能力をつけさせることのできる授業を創造したい. 前稿でも述べたが、特筆すべきは、教材研究にとって重要な ことは、そのような教材の持つ「力」を先んじて教師が読みと. このように、学習者の目標と指導者の目標を二重構造的に とらえて授業を展開すれば、国語科授業が極端な内容主義に. ものである。. 者の言語能力を豊かに育てていく過程という二つの過程によ. に対する認識を深化・拡充させていく過程と、B型による学習. 「極端な技能主義に陥っ」てしまう。A型による学習者の課題. 端な内容主義に傾い」 てしまうし、 B型の授業に偏り過ぎれば、. つことを述べているのである。A型の授業に偏り過ぎれば、「極. ここでは、A型の授業において内容を読み取るとともに、B 型の授業において言語能力を身につけるという二つの側面をも. のである。. 師から次代を担う児童生徒たちへ受け継いでいく姿が見られる. う言語文化としての「教材と」の出会い、学び、親しみを、教. びを深めていくものなのである。そこでは、伝えられ、伝え合. もまた「教材に」出会い、学び、親しみ、 「教材と」ともに学. いということである。その意味において、教材研究とは、教師. ように、創意工夫(=「仕掛け」 )を充分にしなければならな. り、目の前の児童生徒のもつ「力」を成長させることのできる. り、学習者と指導者それぞれの目標の達成が図られるのである。. 『国語教育指導用語辞典』には、次のよう こ の 点 に つ い て、 にある(注9) 。. 材研究の要点として提示した。 「教材と」ともに「対話」しな. これについては、前稿では、先賢の「教材を」 「教材で」教 えるという考えにもとづき、 「教材に」 「教材と」学ぶことを教. 視点に立つ概念であるのに対し、学習材は、学び手である子. 「学習材」は教材を学習者の側から捉え直す概念である。 教材が指導のための材料、つまり行政や教師など教える側の. 止揚について論じられてきた。. 「教材を」教えることと「教材で」 以上のように、いままで、 教えることとに関して、それの、対立・葛藤、あるいは融合・. 傾いたり、また逆に、極端な技能主義に陥ったりすることは. ⇔. どもや生徒の視点に立つ概念といえる。とはいえ、近年の「学. - 22 -. ⇔. がら読み解き(自己 教材) 、さらには、 「教材と」友だちとと ⇔.

(8) り、この概念規定は複雑化しているといえる。. び」の概念に立てば、教師もまた子どもと共に学ぶ存在であ. 国語は、長い歴史の中で形成されてきた我が国の文化の基 盤を成すものであり、また、文化そのものでもある。国語の. ①国語は文化の基盤であり、中核である. くのである。特に、伝統的な言語文化の教材を用いる授業にお. た「教材と」ともに、児童生徒たちとともに、学びを深めてい. 「教師もまた子どもと共に学ぶ」という指摘は、 ここでの、 本稿での「教材と」学ぶ姿勢に通じるものがあろう。教師もま. のできないものである。. し、新しい文化を創造・発展させるためにも国語は欠くこと. 我々の先人たちが築き上げてきた伝統的な文化を理解・継承. の悲しみ、痛み、喜びなどの情感や感動が集積されている。. 中の一つ一つの言葉には、それを用いてきた我々の先人たち. いては、伝えられ、伝え合う言語文化としての「教材と」の学. 知的活動の基盤を成す」、 「①国語は文化の基盤であり、中核で. 文化審議会答申「これからの時代に求められる国語力につい て」にあるように、新しい時代に対応する教材研究として、 「①. びは、他の教材を用いる学習よりも「伝統」としての側面が大 らず、文化の先人である教師から次代の文化を担う児童生徒た. - 23 -. きい。国語教室(教師・児童生徒)という立場の限定にとどま ちへ伝統的な言語文化が受け継がれていく姿がそこには見られ. ある」という、個人としてのレベル、社会としてのレベルによ. ここまで、これからの時代に求められる国語科の教材研究と. 三. 「教材に」学び、「教材と」学ぶことによって、個人の自己 形成と文化の継承・創造・発展に寄与するものとなるのである。. させる基盤となるものである。. 化を継承し、創造・発展させるとともに、社会を維持し、発展. して、生涯を通じて、個人の自己形成にかかわる点にあり、文. 新しい時代において、国語が果たす役割は、「知的活動の基盤」 「感性・情緒等の基盤」「コミュニケーション能力の基盤」と. る学びの必要性がうかがわれる。. るであろう。 ところで、文化審議会答申「これからの時代に求められる国 語力について」 (二〇〇四年二月三日)には、 「1個人にとって の国語」として、次のようにある(注 ) 。. また、「2社会全体にとっての国語」 として、 次のようにある。 . の創造性などの根元的な基盤となっている。. 自性」を求めることは困難であって、この点で、国語は各人. ①知的活動の基盤を成す 国語によって、 これまで人類が蓄積してきた 「知識や知恵」 を獲得することができる。また、知識なくして「創造性や独. 10.

(9) なのであり、ここをスタートに教材研究を進めていかなければ. て、素材のままの「教材に」出会い、学び、親しむことが必要. かりとした読みを行うことができるか。教師は一人の読者とし. 究の初期の段階である 「素材研究」 にどれだけ時間をかけてしっ. として教師は素朴で真摯な読みをしなければならない。教材研. るかという点が重要である。一つの教材について、一人の読者. 考え方」に対して、教師側がどれだけしっかりと読み取ってい. 一つ目には、前稿の『徒然草』の実践例で言えば、そもそも 『徒然草』に内包される(あるいは兼好法師がもつ) 「見方・. それでは、教師はどう教材研究をすればよいのか。これにつ いて、いくつかのポイントを示したい。. を示してきた。. さらには「教材に」学ぶことと「教材と」学ぶことという姿勢. して、「教材を」学ぶから「教材で」学ぶへの転回をもとにして、. があるようで、おもしろそうだ、読んでみよう、というような. 氏物語』は難しいが、読んでみると意外と自分たちとの共通点. の土台ともなりうる。菅原(二〇一五)で示したように、 『源. 理解への関心を少しでも示した場合もまた、自己の課題解決へ. 普段古典の読みに抵抗感をもっていた児童生徒が、古典の内容. 形づけられるのである。古典の場合、古典教材を読んでみて、. 授業における教材との出会いによって、一つの「課題」として. り、解決策もないまま放置していたりしていた「原課題」は、. 形づけられる。今まで関心が低かったり、何となく感じていた. が必要である。児童生徒が教材に出会う前の漠然とした「原課. を読むことを通して、日常相談してみたい悩み事との関わりを. ぶことは達成できない。それには、後者のように、『徒然草』. る。しかし、これだけでは「教材に」学ぶこと、「教材と」学. 題」は、授業での動機付けによって内発され、「課題」として. )。. - 24 -. 考え、 「課題」を気付かせ、掘り起こさせ、焦点化させること. ならない。. 内面の動きもまた課題解決への糸口となる(注. 三つ目として、児童生徒が真摯に謙虚に「教材に」出会い、 学び、親しみながら「教材と」学ぶことをめざすことができる. 二つ目として、児童生徒が「課題」を形づくることができる ようにすることである。ただし、筆者のいう「課題」は相当の 広さをもつ「課題」である。. た読みができるようにすることと、クラスの仲間とともに教材. 前者には、一つ目に掲げた「課題」との結びつきを想定しな ければならない。例えば、『徒然草』の授業では、現代語訳を. を自他の「課題」と関連付けながら読むことができるようにす. ようにすることである。これには、児童生徒個人の「自立」し. これには、児童生徒が教材に出会う前の「課題」と、教材に 出会った後の「課題」とがある。. ることとの二つがある。. 言えば、日常相談してみたい悩み事という問題が前者に該当す. じる疑問、問題意識などをさす。前稿の『徒然草』の実践例で. 前者は、児童生徒のもつ日常の素朴な疑問から、自分の生き 方に関わる大きな問題までをさす。後者は、教材の読みから生. 11.

(10) がある。この点から言えば、前述の「教材に」学ぶという事柄. 中の「見方・考え方」に学び、先人の生き方に学ぶという特質. 『徒然草』をはじめ、古典には、特有のものの「見方・考え 方」、いわば普遍的な知恵や教えがある。古典教材は、古典の. 四つ目に、教師側から児童生徒の「課題」解決への指導法の 研究を行うことである。. である。. る力が生まれ、これからの人生や社会に活かすことができるの. 恵を寄せ合い協力することで、様々な困難な状況にも対応でき. 児童生徒は、 「教材と」学び、実社会の仲間等とともに学び知. 後者には、クラスの仲間とともに教材を自他の「課題」と関 連付けながら読むことを想定しなければならない。こうして、. 付けながら読むことができるのである。. した読みを持ちうることができ、自分で教材を「課題」と関連. ければならないのである。それによって、児童生徒は、 「自立」. に児童生徒の「課題」の解決への道筋をつけるように工夫しな. 用いて読ませたり、索引 イ・ンデックスを利用させたりする。 つまり、教師は、 「教材と」児童生徒を関わらせるように、特. 直接示すこともあるだろうし、手がかりを与えることもあるだ. 教 師 は 直 接 言 葉 の 意 味 を 教 え る こ と も 必 要 で あ る。 「課題」解. 古典、 あるいは現代語訳すら読めない児童生徒がいる場合には、. 間 接 的 な ア ド バ イ ス、 「学び」へのアドバイスも必要である。. 望むらくは、グループなりクラスなりの自己解決を促すような. の際には、 教師側による読解への支援が必要である。さらには、. けも全員がたやすくできるものではない。あるいは、授業その. しかしながら、古典教材を扱う場合、その読解に困難を生じ る児童生徒がいることは否めない。自分の「課題」との関連づ. くある。. ワイトボードを用いることは適か否かなど検討すべき内容は多. 法の工夫があげられる。この場合、ワールドカフェの方法を用. 例えば、前稿の『徒然草』の実践例で言えば、話し合いの場 面でワールドカフェの方法を用いるなどの教師側による指導方. ければならないということである。. を成長させることのできるように、指導法の工夫を充分にしな. つ「課題」が解決できるように、 あるいは解決するための「力」. は、古典教材において価値があると言える。. ろう。しかし、児童生徒は、教師側からの直接的な解決を望ま. 決がまったく進まない場合には、関連する『徒然草』の章段を. 「課題」解決に向けた直接的なアドバイスも必要であろうが、. ものへついて行けない児童生徒も少なくないことであろう。そ. いることが果たして学習効果があるのかないのか、ほかにもホ. 古典教材は、それらの理解したことや考えたことを実生活の 中の話題・問題や自分の経験・問題と結び付け、自分の考えを. ない。自分で、自分たちで解決したいのである。解決への欲求. 0. さらに広げたり深めたりすることができる教材である。そのよ. 0. うな古典教材の持つ知恵や教えといった「見方・考え方」 、い. の高まったところへ教師側が教えすぎると、学びの意欲が減じ. 0. わば「力」を先んじて教師が読みとり、目の前の児童生徒のも. - 25 -.

(11) てしまうものである。いかに、間接的に教えるか、児童生徒に 自主的に考えさせるか、その前提として、それには一つ目にあ げた教師による素材研究の深さもまた関わってくる。 総じて、これからの時代に求められる国語科の教材研究とし て、一言で言えば、教師にもアクティブな教材研究が必要であ ると考える。教師による授業づくりには、教師の才幹・裁量が. いくことが期待できるはずである。. 山下の言を用いれば、「教材と」学び、「教材に」学ぶために は、 たとえば単元学習につながる要素を見出すだけの教師の 「力. 量」を身に付けていかなければならないのである。. には必要なのである。ただし、 「教材で」学ぶ授業を軽視する. ドしていく教材研究こそがこれからの時代の国語科の教材研究. ない。教師自身による、教師が児童生徒を率先して導き、リー. もって新しい時代に応じた教材研究を進めていかなければなら. し、学習材は、学び手である子どもや生徒の視点に立つ概念と. つまり行政や教師など教える側の視点に立つ概念であるのに対. 習者の側から捉え直す概念である。教材が指導のための材料、. 引いた『国語教育指導用語辞典』には、 「「学習材」は教材を学. 「教材」に対して「学習材」という語がある。たとえば、先に. おわりに. ものではない。 「教材で」 学ぶということもふくめて、「教材を」. いえる。 」とあった。. 得ない。 (中略)たとえそれが十分な国語単元学習の「単元」. なく、その点においてはどうしても限界があると言わざるを. れた)学習者ではなく、想定された学習者を前提とするほか. 国語単元学習においては児童・生徒の実態を確実に捉える ことが非常に重要なこととなるが、教科書は実際の(特定さ. 想時、 授業展開時 (構想の変更や修正、 新たな展開への対応)、. る行為を、「学習材化」という。学習材化の時期は、授業構. に、選ばれ、つくられていくものである。この、学習材とす. 活に存在する学習材候補から、国語科の目標達成に適うよう. じ学習の予測をしながら、広く学習者、学校、家庭、社会生. 学習材は、授業と不可分にあり、学習の展開、学習者の学 習状況によって動き、固定しない。学習者や学習の実態に応. - 26 -. これからの時代には求められるであろうし、教師は「力量」を. 学ぶ、「教材と」学ぶ、 「教材に」学ぶことという視点からの、. 「学び手である子どもや生徒の視点」という見方について、 安居總子は、次のように述べている(注 )。 ) 。. 教材選定、教材化、教材研究が必要なのである。. として記述されていなくても、その中に国語単元学習につな. 山下直は次のように述べている(注. がる要素を見出しながら実践を積み重ねていく過程で、 「学. 授業終了時(評価、処理、次への構想)とあり、通常、指導. 13. 習者論に立脚する」学習活動を行うための力量を身に付けて. 12.

(12) 者が行うものであるが、学習者と共同して行うこともあり、. 先に、これからの時代に求められる国語科の教材研究には、 教師自身による、児童生徒を導いていく教材研究が必要である. 新しい時代に応じた教材研究を進めていかなければならないと. その際に必要なこととしては、教師の才幹・裁量がこれから の時代には求められるはずであり、教師側は「力量」をもって. と述べた。 安居は、学習材候補から「学習材化」することによって「学 習材」となると述べる。それは、授業構想時はおろか、授業展. 学習者自身が学習中に学習材とすることもある。. 開時や授業終了時においてもなされるものであるという。. 保護者あるいは教師も含めた他者をも、一連の「学び」の中に. その上で、目指すべきことは、児童生徒自身が教材の価値を 認め、 活用し、 自分のものにすることができるようにすること、. いうことである。. 習材研究」と言い換えることもできる。. 巻き込むことである。. つまり、これもまた詭弁を弄するつもりはないが、本稿およ び前稿で提示した新しい時代に対応する「教材研究」とは、「学 というのは、教師の素材研究(作品分析)ののち、指導法研 究を含めた教材研究により授業を構想し、それをもとに実際に. 「作品分析」等の次になされる教師側の事前の作業をおも. 学ぶへ ―新しい時代に対応する古典の教材研究―」( 『月 刊国語教育研究』№五六五、二〇一九年五月)による。な. (1)菅原利晃「 「教材を」 「教材で」から「教材に」 「教材と」. 注. いわば「学習材化」であり、学習者自身はもとより、友だちや. 授業を行う。その授業中に児童生徒自身が教材の価値を認め、 活用し、自分のものにすることで、学習者は教材を学習材化す ることによって、学習材として転じることができるのである。 安居の言う「学習者自身が学習中に学習材とする」ことをさす のである。. にさし、 「指導法研究」もあわせもつものとしている。参. 分けて考えている。. 「教材研究と一般に呼称されているものを私は三つの段階に. あげる。. お、 前稿および本稿における 「教材研究」 とは、「素材研究」 ・. 学習者自身も、また友だちや保護者あるいは教師も含めた他 者も、一連の「学び」というシステムの中での学習材となるの. ここでは、 単に教材が学習材に転じるだけではない。 しかし、. である。安居の言う指導者と「学習者と共同して行う」ことを. 考までに、以下に「教材研究」に関するいくつかの論考を. . さすのである。 友だちや保護者あるいは教師から「一方通行」的に教えられ るのではなく、 それらから学び、 ときには対話を通して教えあっ たり、学び合ったりすることができるのである。. - 27 -.

(13) に力いっぱい対峙する読み方である。. ないで、一人の人間、一人のおとなとしてその作品と純粋. るとか、どこがむずかしいかというような「教師面」をし. ・ 素材研究というのは、成心なき一読者として力いっぱい 作品そのものと向き合って読む読みを言う。子どもに教え. 年一一月). ( 『国語教育指導用語辞典』第五版、教育出版、二〇一八. じてその指導の過程をいかにするかを考える作業をいう。 」. 「教材研究とは、教師が毎時間の授業に際して、あらかじ め扱う素材を研究し、学習者の発達段階・興味・関心に応. で読みとれるか、どのような抵抗があるか、等々を十分に. (3)例えば、伴昌也「課題解決のために読む授業デザイン―. )二〇一九 mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm 年二月二〇日閲覧. ( 2) 文 部 科 学 省: 学 習 指 導 要 領「 生 き る 力 」( http://www.. 研究し、 「何をこそこの作品で教えるべきか」という「指. 自力で長い文章を読む時間を大切に―」(『月刊国語教育研. いわば「教師としての読み方」 「教 ・ 教材研究というのは、 師としての研究」である。何年生に向くか、どのくらいま. 導事項」の明確化がこの段階での中心的な仕事になってく. 究』№五五三、二〇一八年五月)では、「 (. )「とにかく. る。 ・ さて、指導法研究というのは、教室での授業を想定して の授業技法の研究を意味する。発問・板書・指名・学習態. ントが示されている。. 自力で長い文章を読む時間を大切にした授業づくりのポイ. 決のために「読む手続き」を明らかにする」というように. )課題解. 度・分量などなどが、特定の具体的な子ども達の実態に即. 読む」から「課題解決するために読む」へ、「 (. した形で研究されなければならない。 (野口芳宏『名人へ 「作品分析とは、作品の構成や内容、表現などを研究する こと。教材研究とは、いかにそれらを生徒の学びに結びつ. の該当箇所をあげておく。本文は、『戦後日本教育史料集. 日発行)の「第四分冊(第二部)―第二部新教育の方法―」. (4)柴田義松『教育の方法』学文社、一九九二年一一月. けるかを考えることです。①様々な観点から作品分析を行. 「第三章 教材の取扱い方 教 育 の 効 果 は、 教 材 の 取 扱 い 方 す な わ ち 教 授 の 方 法 に よって、左右されるところが大きい。そして教授の方法を. (5)文部省著作兼発行『新教育指針』(一九四七年二月十五. い、その作品をよく理解することが教材研究の基盤になり. の道国語教師』日本書籍、一九八九年五月). 2. 成 第一巻』(三一書房、一九八二年十月)による。なお、 「本資料は新かな使い、新漢字のものを用いた。」とある。. ま す。 (中略)②作品分析を基に、学習者の実態に即して 学習活動を設定し、作品を教材化します。 」 ( 『シリーズ国 語授業づくり中学校 文学―主体的・対話的に読み深める ―』東洋館出版、二〇一八年八月). - 28 -. 1.

(14) 何にある。 (中略)これからの新しい教育では、すでにし. 大きく方向づけるものは、児童に対する重点のおき方の如. 指して』渓水社、二〇一九年五月. 元学習の展開―「主体的・対話的で深い学び」の実現を目. (8)世羅博昭『幼・小・中・高の発達を視野に入れた国語単. 第五版、教育出版、二〇一八年一一月). )文化審議会答申「これからの時代に求められる国語力に. ついて」 (二〇〇四年二月三日)による。. )菅原利晃「生徒の進路意識を喚起させ古典に親しませる. 授業―『源氏物語』少女の巻を読み自分の進路について考. えよう―」( 『月刊国語教育研究』№五一六、二〇一五年四 月). )山下直「教科書教材と国語単元学習」(『月刊国語教育研. 究』№五一八、二〇一五年六月). )安居總子「教材論」の項(『国語教育辞典 新装版』朝. 倉書店、二〇〇九年七月). 附記 本稿は、平成 年度科研費(基盤研究(C)課題番号: )の研究成果の一部である。 19K02827. (. (. (. (. (9)澤本和子「教材・教具」の項(『国語教育指導用語辞典』. ばしばのべたように、児童の個性を尊重し、これを十分に のばすことを、目あてとしているのであるから、重点を児 童の生活活動においた方法が、工夫せられなければならな い。活動のない所には、個性が発露することもすくなく、 ましてその発展も見ることができないのである。教室のか たい椅子に釘づけにされて、教師の話をおとなしくきいて いる子供と、運動場や農園などで自由に活動している子供 とを比較して、 どちらが個性的であるかを観察してみれば、 すぐわかることである。生活活動に重きをおいてこそ、個 性をのばすことができるし、知識や技能も身についたもの となるし、性格も養われるのであって、いわゆる「行うこ とによって学んでゆくこと」ができるのである。 (一)児童の生活と興味に即して取り扱うこと 児童の生活活動に重点をおく教育においては、児童の生 活に即して、教材も選択せられ、取扱い方も工夫せられな ければならない。それは児童の生活とかけ離れた教材や取 扱い方では、児童の生活活動を活発ならしめることができ ないからである。 (以下略) 」 (6)大内敏光「教材を生かし、教材を包み込む単元作りを」 国語 . (『月刊国語教育研究』№五一八、二〇一五年六月) (7)田近洵一「国語科教材論」 ( 『東京学芸大学講座Ⅰ 科の教材研究』教育出版、一九八二年八月). 31. - 29 -. 10. 11. 12. 13.

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参照

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