法理論におけるAristotelianismの中世化について
16
0
0
全文
(2) . 第6穫 第1号. 北 海 道 学誓 大 学紀 要 (第一部). 法理論における. Ar i i l stote ani sm. 高. 坂. 0年9月 昭和3. の中世化について 之. 直. 北海道学婆大学旭川分校法律、 政治学研究室. Naoyuki K68AKA. A Survey o ianis f N1 l i 1m edi zed Aristotel aeva. in the LegaI Theory.. (A. Seri I Lega I Thought f ”Short Studi i es o es on Med s and aeva. ‐ i “ Neo Thomi i t sprudence s cjur .). 次. 目. (D 序 論. (7 ) 法原理 とLて見た 「正義」・「衡 平」. (2) アリストテ レス主義法理論の特徴. 論 の‘ r世化 i. -特にその自然法理論を中心とし て-. (3 ) 十三世紀において再 認識せられたア リストテレスの法理及びその解釈 (4) 共通的傾 向である慣習法の重賦. 1 , 総 説 = . 法における 「正義」 と 「衡平」 と の関係及びその中世的継承 皿 . 「就会的正義」 と 「公共調紐」 に 対する観念の中世的発展. (5) アリ ス ト テ レス よ り ト マ ス へ (6) 中 世 化 せ ら れ た ア リ ス ト テ レス の 法. V. 中世化の員意 I (8) 結 語. 理に対する誤解. あとが き. 力なき正義は無効であり、 正義なき力は圧制である。 (パ ス カ ル, パ ン セ,. (1). 序. S298). 説. ギリシャの女化は、 専ら哲学、 整備の方面に局限せられ、 法学の分野においては後世に貢献したいわゆる法 ・としてのアリス トテ レスも、 専攻の一分科と して法哲学ないし実証法学 学者を輩出していない。 著名な哲学者 に関する少数の意見を遊べたにすぎなかった。 しかし彼の法哲学は、 かなり実証的であったことにその特徴があり、 彼の師であったプラトンの理想主義的 法理論体系を更に発展せ しめたことは、 偉大な功績といわねばならぬ。 被によってついにギリ シャ法哲学のマ キ シマムが構成されるにいたったといっても過言ではなかろう。( 1 ) この法思想がロ←マにそのまま継受せられて、 ローマ法の指導原理となり、 一- キケロによって多少の発展 を遂げはしたものの、 彼のほかに見るべ き法哲学者が出なかったことは奇異に感じられるが--とにかく約“ 罰 たる実定法文化を築きあげたこ 凹ま、 あまね く人の知るところである 。 、 これに比較 してギリシャの実定法は、いささか影の薄い存在たるをまぬかれない。 尤もそれらのなかでも、 ロ ←マ法によって殆どそのまま継受されて、後世に少なからざる影響を及ぼしたものもないわけでない。 物権法城 中の不動蓬に関する規定などは、その最たるものであろう。 近代法に比 べて墓も遜色を感じられないその不動産 の所有権取得、複、当権の設定などに見られる公示制 度の発達は、 テオフラストス(Theophras 87B.C t us .2 .頃死 -- 54 -.
(3) . i iani l t 法理論における Ar e s ot sm の中世化について. 亡) の 「契約論」 (pe isylnbolaion) に、 余 す と こ ろ な く 論 ぜ られ て い る。 ま た ア リ ス ト テ レス の ア テ ナイ に r おける実際裁判の解説も、 実証法論として捜すべくもないけれ ども、 ギリシャ法学の贋骨頂は その哲学味豊 、 かな法理 1学ないー 政治学にあることは疑いない。 それが中世基督教による潤色によって近 世法思想の発展に一大功績を示し 特に現今の西欧における国家理 、 論及び法哲学の基盤をな していることについても周知の通 りである ( ) それゆえ自己の法的 見 識または思想 。2 を表明するに当って、自然法ないし自然権という語を用いた諸学者 特 に Cicero St Thomas St Germain 、 , . , . , i Vi ius t imer な どは 彼等の仲 間としてアリス トテレスを擁することの方が c or a , Grot , Coke , Lor 、 、 他のいか なる法学者を仲間にもつことよりも、 彼等にとっては大きく作用 したということも容易に鎖かれる 。 尤もそれは歴史学者や言語学者の立場からすれば問 題であるかも知れない 。 けれ どもわれわれにとって重要 なことは、 アリス トテレスの法理論が実証主義者、 理想主義者の双方に対 して認容きれるべき債値のある何も のかを奥えているということである。 換言すれば実証主義者も理想主義者もお互に 法に関する枢要な問題に 、 ついて共通点をもつ場合があり得るということを意味 する。( 3 ) いずれかといえば、 実証的色調の方が、 かなり傷み出ていると思われるアリストテレスの法理は 中世に入 、 ってスコラ的に変貌した結果、 その法哲学と世界観は、 超自然的普遍性を強調 しながらも 、 一方においては経 験的なものの独立性を尊重するという態度を示している。 このことを世へは見逃していないであろうか 。 われわれは、 先験的な法哲学にのみ拘泥して、 単純に形式的普遍妥当性を究明することを以 て足れりとする ものでもなければ、 また歴史的、 経験的な法学にのみ執着 して 、 ロウカリズムの臭気を覆い得ないような相対 主義に左租するものでもない。 さればといって 自然法を徒らに非科学的なりとして誹誹することも 当らざ 、 、 ること甚だしい。 いかなる時代においても 先験的批判論が正常に 、 、 しかも現実から 遊 離することなく、 受 け入れられることこそ望ましいのであって、 要は経験的 、 実証的な法の中に自 然 法を発見することこれであ る。 ( ) 4. (2) アリストテ レス主義法理論の特徴 --特にその自然 法理論を中心と して-- 人間生活を規律するのは、 書かれざる自然法則であると覚ったギリシャ人は 時空的制約を受けざるを得な 、 い実定法の根本理念と自然法則のそれとは、 全くのシノニムなることを理解した 。 このように理想主義哲学者によって発展せしめられた法理論は 、 実定法の効力を有する根拠を合理的且つ批 判的に究明 した結果、 実定法を道徳的基盤の上に打ち立てたのである 。 彼等にと って遵法義務の拠ってきたろ ところは、 決して政治権力のゆえでも、 被治者の承認のゆえでも 社 会 意 識の内容をな しているゆえでもな 、 く、 それは自然の法の命ずる正義人道のゆえであったことは明かである。 このような自然法の思想は アリス 、 トテ レスによって更に詳細に展開され、 ギリシャ法学の最高潮を示すとともに 彼によって初めて後世法哲学 、 の研究、 殊に自然法研究の確実な足場ができたということができる。( 5 ) ikon d アリストテレスは法を自然法 (phys i i ka kon d i ka i on) と制定法 (nomi on) とに分類している。 前者 は人篇によらず、 地域的限定も受けず、 自然的正義によって確定するものであり 後者は法として定立される 、 ことによって初めて一定の内容をもつようになるものである。 (Bt i h 0 ca Ni c on ・ achea ) 彼は自然法を普 ,V.1 遍的であると考えていたが、 決して変 化し得ざるものとは考えていなかった の この自然法の弾力性が 中 。 、 世に入ってスコラ的自然法に受け継がれ、 有名な トマスの自然法にまで発展したことは周知のことである 。 アリストテレスの実証哲学の基礎となるべき自然法の諸原則については 現代の註釈家達によって しばしば 、 見逃されている。 有名な Ross 教授の著書 (S i i l t i r w. D. Ross もAr bners ー924) で さ s ot eぞ New York Sc r ,. ,. え、 アリストテレスの自然法についてはなんら触れていない 。 また一方においては、 それらの原則をひどく歪 曲して解釈する者もかな りいる。 例えば Harvard 大学の Wi l d 教授は、 Ni i Hartamann を評 して、 彼は l co a 慣値に対する事実の極端な本体諭上の二元論に基く観念的実在の倫理学を擁護する企図のもとに 、 最近アリス ト テ レス を利用していると非難する一方 P i h d P h i r に対しては、 彼が i t aphys cs を顧慮せずに yscs や Me 、 rc a Ni comachean Bthi cs を精細に研究した結果、 遂に agathon とはアリス トテ レスにとって 何が幸閥または快 、. - 55 -.
(4) . 高. 坂. 直. 之. d 教授 l 楽を生ぜしむるかということを意味するにすぎないと信 じていることに、 不繍の意を表 している。 Wi は、 このような解釈こそ不適当且つ曲解であり、 その誤りを指摘 している有力な学者もかなりいると述べ、 被 ま指摘されて き た よ う 自身もその証拠は豊富であり明瞭であると結んでいる。 明敏な批評家によってしぽ い′ 土理解されないものなのであ r に、 アリストテ レスの自然法理論は、 彼の自然に関する哲学の枠内におかなけれ{ る。 彼の自然に関する哲学では、 自然構造の観念及び潜在的なまたは不完全なものの実現が、 まことに重要な 役割を演じているのである。( 7 ) ともかく彼の実証主義的にして理想主義を範ね備えた 自然法理論については、 なお今後の研究にまつべきも のがかなりあることは否めない。 ところがこのような法理の発達とは別途に、 ソフィストのような法と正義に. 関する極めて個人主義的な相対主義的 思潮が、 ギリシャ全土にかなり根強い勢力をもってい たことも事実であ る。 殊に法と道徳に関して、 利己的快業主義、 感性的享楽主義を標梯する Bpikouros 一振が彼に続いており、 ま疑いない。 ′ その功利主義的 法理想 のゆえに、 多くの信奉者を獲得したであろうことむ しかしアリストテ レス の理想主義的、 実証主義的法理論は、 ス トア学娠によってーそう拡大せられ、 殊にそ の合理主義的自然主義に基く自然法理論は、 博愛主義的世界主義によって特徴づけられたことも、 よく知られ て い る と こ ろ で あ る。 ( 8 ). (3) 十三世紀において再認識せられたアリストテレスの 法理及びその解釈 数父 たちが一般大衆に基督教を浸透させるためには、 当時の哲学体系のうちで最も精神的のものとされた新 プラトン主義によって人々を吸引するのが最適と考え、 また数父哲学の一分科としての法に関 しても、 プラト ンの国家観のなかにこそ、 スコラ的法理念と相通ずるものが極めて多いと考えたことも、 後世の政治史家によ ってよくいわれてきたところである。( 9 ) それが十三世紀における中世文化の最高潮期において、その基本体系 としてのプラトンがアリス トテ レスにとって代ったのは、いかな る理由によるのであろうか。 ほかのことはいざ 知らず、 法思想に関する限りにおいて、 次の理由を挙げることが できる。 即ち中世 の間熱期においては、 ロ← i l um の研究が著しく進み、 殊に後者 の包蔵する基礎璽念は、 マrの誇る二大実定法たる iuscivi e と ius gent スコラ的自然法と相通ずるものがあるところから、 もはや中世法の研究にも、ローマ法の実証的研究なしでは済 まされなくなったという事実( 1 0 ) が、 かなり実証的な法理論の所有者であるアリストテ レスに向 わせた導因で あったことと、 この Stagira の哲人の名は、 中世の識者間にはかなり知られ、 その著者全部のラテン訳も、 た i h ぶん六 世紀 t ) によって完成されたことであろうが、 しかしその多く は散逸し us ,の初頭にはボエチウス (Boe てしまったので、 十三世紀になるまでは、 その論理学を除くのほか、 彼の思想の全盤について殆 ど紹介されて いなかったという歴史的な制約に基づくのである。 ともかく従来プラトンの超自然主義、物質と霊との根本的背離の観念が、 アリス トテ レスの観念内在論によっ て或る程度緩和された結果、自然法の最高のパ トロンである第一原因の叡智に対しても、 人間理智の作用によっ l ex aeterna) て到達 し得ることが主張せられ、 現実界と劃されていた一線が取り除かれるに至った。 永久法 ( i i t t e r c school) を身近かに感じさせたのは、 確かに一つの発展であった。 この趨勢は後に ペリパ トス学派(Pe pa T h t ) s us によって受け継がれ、 更に幾多の註釈者によって数桁せられたが、 なかでもテオフラス トス ( eophra i bn s i na-- v c enna--l の自然主義的法思想が、 アラ ビャ哲学に合流し、 中世に入って遂にアヴイケソナ (A ‐ 980~1037) やアヴェロエス (Av bn Rochd--+1198 ) の反スコラ的法思想にま で進展 して しまっ e r r oe s--l. たことは歴史の明示するところである。 十三世紀までの中世 洗眼潮を支配 していたのは、 確実にアウグスチヌスの基督 教化された新 プラトン主義的 法思想であった。 しかし彼のいわいる神の叡智に暇されて生ずる法詔 ,誠と、 同 じく神の光を必要条件とする信 1 ) 仰とを明確に区別すべき本質的なものを見出 し得るであろうか疑問なき を得 な い。 (1. 法学と神学と神秘主義とが相連繋して、 その終始本末を劃然たら しめ得 .ないのも、 彼のい わ ゆ る 照 明 説 i i i i l (Doc t l t r ne de r l n na on) に基く法認識のゆえでなか ったであろうか。 もちろんこの新プラ トン主義に基づ u dr i e desfranciscains) に よ っ て l ) 主義の源泉として、 フランシス コ会(or く照明説は、 後に本体論 (ont o e og - 56 -.
(5) . l i tot e ani sm の中世化について s 法理論における Ari. 重んぜられた功績は否定できないが、 法認識に関する限り、 法と神学との混精を排除 して新プラトン派的立場 による法の体系化は事実不可能である。 ところが十三世紀の前半、 はじめてアリ 1 2 ) それに対する研究も ・ストテ レスの形而上学が一般に紹介され、( i t 盛んになって、 ょラやくこの難問題解決の道が拓かれたのである。 すなわち Stagyl e の法哲学によって、 中 世人は初めて人間本来の叡智による法体系完成の端緒を得たといわれる。 i ) s t r afactum non valet argumentat およそ事実に対しては、すべての議論は無効でなければならない (Con , 論に基 べ あくまで実証的理 事実はありのままに、 ただ説明せらる きである。 人々はこの新 しい心境を得て、. き、 一切の数権や神秘主義から離脱 した新 しいスコラ学派的法理論を、 員に中世を代表するに足るものにま で 磨きあげた。 かくして従来のように神学研究の過程としてでない、 全く独自性を誇る法哲学の出現を 迎えたの で あ る。 ( 1 3 ). この実験的な べリパ トス学恢 (遭逢学派) の法理論に対して、 多くの反対運動があったことはいうまでもな i l t t い。 最も激しかったのは、 S agy e の哲学が、 アヴェロエスー瀕の汎神論的な反スコラ哲学的色彩を帯びて大 いに喧博されたことに対する神秘派的神学者の反撃で、 それは当然その法理にまで及んだ。 遂には 巴里大学そ i t の他、 西欧の諸大学の謎座から Stagyl e に関する講義を追放し、 これを犯す者に対しては、 破門という厳罰 まで用意したのである。 しかしながら、 八篇の及ばざる社会の大きな動きには抗す べくもなく、 次第に彼の償. be tle 値が認められ、 基督教との融合も贋剣に攻究された結果、 十三世紀の中頃には大アルベルトス (A1 r i i l Grand) と ア キノ の 聖 トマ ス (Th - tot i e s ) の両碩学が出でて、 アヴェロエス的シゲルス的 Ar omas αAqu n i i l tot e sm の法思想を基督教的神観、 人格観に結びつけ s ani an l sm の汎神論的捜人格観的法理を斥け、 同 じ Ar て、 新しく基督教的精神 文化創造への 道において、 虞璽と償値の 「秩序の論理」 に活用したのであった (1 4 ). (4) 共通的傾向てある慣習法の重要硯 アリストテ レスは最も実証的であると同時に、 また最も形而上的でもある。 綿密な論理学者であ る と と も に、 目醒めたレアリストたる性質をも繁ね備えていた彼は、 法の 観念においても、 理論のために事実を歪曲し 強制することなく、 事物の必然性に順臆し、 トマスの巧撒明敏と天使的能力によってのほかは、 誰も打ち勝て ないであろう精神の自由を以て、 事物のあらゆる多様性を自己の法思惟の中に矛盾なく整頓 した。( 5 1 ) 彼の法 思索の中核として求 めたものは、 そこで実証的な慣習的法則であったということも、 如上のことで十分額かれ る。 むしろ慣習こそ法の最高の淵源であるとする彼は、 あらゆる人篇的法規は惇統によって承認せられ運営せ l i られると説く。 しかし po s の発達過程にあったギリシャにおいては、 慣習による法の成立を法史上見出すこ との割合い困難であることから、 むしろ当時は、 慣習とは殆 ど交渉のない制定法が、 法の発達の上に大いに寄 興していたのではあるまいか。( 1 6 ) いずれにしろ、 彼が理想として慣習を固執したゆえんのものは、 立法技術の不熟からくる実体的裏附けの薄 い杓子定規的制定法の弊害を、 かなり目撃していたことにもよるであろう し、 また従来立法権を専有し、 従っ て支配的地, 位にあった上層階級の専横に対して、 民衆の輿論を反影せ しめ、 その縞利を擁護す るためには、.一 般庶民の慣習尊重をこそ讃歌せざるを得なかったことにもよるであろう。 ともあれ慣習 法は、 成文法より重説す べきであり、 一層重要な事柄に関係 している。 司法官は成文法の不備 を、 彼の自由な心証により円滑に運営 し得るという意味から、 司法官は成文法より比較的安全な支配者である といえるかも知れないが、 慣習法はそれ上りも遥かに安全な支配者であるという。 ( 1 7 ) このことから彼はむ し ろ法の目的論的研究に、 かなりのストレスをおいていると見て差支えなかろう。 彼の法に対する観念は、 プラ トンに比べて多分にゲゼルシャフトリッヒであるといわれるのもそこにある。 しかLながらアリストテ レスは、 それのみに徹 していたというのではなく、 一面、 法に対して、 純粋に非人 間的な、 そして神すなわち自然力の産物と して、 多少神秘的なものと考え、 或いは殆ど超人的聴明さを有する 或る一個人の定めた金言として考えていたことも推知される。 すなわち彼は一般的に法を しで慣習の緩慢な働 きに帰せ しめると同時に、 しばしば完備せる法典は、 現にそうであるように、 最も賢明なる立法者によって実 施されるよう計画されねばならぬという、 普通のギリシャ人の観念から受けた影響をも表明 している。 o8 ) - 57 一.
(6) . ,高. 坂. 直. 之. このような彼の法に対する態度は、 当時の法学者について抱いた彼の理想によく現われている。 それは法学 者たる者、 よろしく実証的な諸科学に通じているべきだということで、 この理想は トマスによって 引 き 継 が れ、 更に敢柄されている。( 1 9 ) すなわち実際は法学者として自らの確証を樹立するために、 科学によって提供 された諸命題に拘束される必要はないにしても、 それらの命題を の 法原則を実例を以て説明するた め、{ ロ }法 ノ 法思惟的蹴暖のなかにおいて、 それらの命題を説明 し解釈するため、 国 科学的 的結論を決定的なものに し、{ 根拠を有すと称 して論駁するその誤謬を覚らせ るために、 これを用いねばならないとする。 ( 2 0 ) このようにアリス トテ レスよりトマスに至る一貫した法理想は、あくまで実証的 であるということであるが、 ぅことでは決 してない。 およそ常識の確証は、 処世上有効であ 実証的であるということは、 常識的であるとい, って必要 であるこ とはいうまでもない。 またいかなる科学も、 その基底 においては、 これに矛盾し得 .ないであ ろう。 しかし法学は知性の自然的自明性を基礎とするもので、 常識の権威をその必然的基礎とするものではな い。 このアリストテ レス、 トマスの考え方 は、 スコットランド学派( 2 1 ) と著 しい対照をな している。 およそ法の人類支配を許容することは、 創造主及び理性の支配を許容するものと見てなんら差支えない。 法 は理性の顕現である以上、 法はまた欲望によ って影響されることのない合理的な命題といえる。 しかして合理 性は正義と中庸を求めるところに現われるものである。 それゆえ法の目的は、 理性を通して正義・中庸を希求 するにあることは疑いない。 ここにおいて、 極端に走らず、 多数が納得し、 しかも中立的立場を失わない慣習 こそ法の拠点でなければならぬ。 このような意味あいと、 博統尊重の思潮から、 中世においては慣習法が特殊 の地位を保ちつつ、 縄えず研究の対象になっていたことを容易に理解 し得る。(22) (5). ア リ ス ト テ レス よ り ト マ スヘ. トマスは、 近代重要説されている人間性の自由と尊厳の提唱にも劣らず、 理性的精神主体としての人間像を 反影させた法律観をもっていた。( 3 2 r ona ) それは 「人格は全自然界において最も完全なる存在である。」(Pe s igni i f 賃catid quod es in i ina i i i l t Per tensin ra t tura tsubs tura ss 1 ect s um in tota s onal ce . ,sc .na. Sum・ 1 1a. i i l tote s ani sm 解 釈 、 アラ ビア註釈家的 Sigerus 的 Ar から結論されるような普遍理性への個々の人格性の解消という、 し わゆる単一心性論 (monops h i )な c n us y sl. i Theol ca og )という彼の言のなかに orp .3 c ,a ,1.q.29 .. るものを排して、 個々人格の自律性をあくまで重んずる トマスの法律観が看板される。 しかもそれは、 アリス i ) ないし 「形而上学」 の正しい解釈の結果として 受 け 取ることができ ト テ レス の 「デ ・ ア ニ マ」 (De An l n a る の で あ る。 ( 2 ) 4. t ) の観念も、 アリストテ レス的徳のス トア的 及びスコラ またスムマ第 二部の全体静造を営む 「徳」 (Vi r us 的組織化を経て、 聖書的徳目にもなぞらえて意味づけられたもので、 両者の法思想継受過程の理解に 重 要な i l t t 役割をもつ。 すなわちトマスはアリストテ レスにならって、 四個の枢要徳 (Vi ) -- 節制 r rd u e sca na e s i Temperant F i d 義 J i i 剛 毅 P t t d i 正 t t 賢慮 a r t を唱 o u o -- が us a ru en a えた 、 これらを更 に超自然的撫であ , , , heo i l i t t ) に秩序づけた。 これは第一原因の贋理を知的 に把握 し (F de る対神徳 (Vi r e og ae u st c )、 これによっ s i )、 究極的テロ ス と し て 愛撫 (Ca t ) への連結を指 している。( て超自然者に信頼 と希望をおき (Spe s r as 2 5 ) ・ i i J の徳目体の体系のうち t t ) 正義 ( の億のうちに対人関 トマスはこ us a 係の正 しさと して、 広く社会正義を 、 包含した。 この社会正義が、 アリストテ レスとトマスの刑罰論の中核をな していることは、 スムマ第二部第二 篇の 「正義」 の草が明 らかに物語っている。( 2 6 ) ただ自然法の概念は、 徳が内面的規範たる 色彩濃厚であるに i 28 対 して、 むしろ外面 的規範と して、 デュギー (Leon Dugu t ) とはまた違った意味の義務的片面 ,1859~19 l t l ) と 「人定法」 ( ) への 関連 性をその主たる内容としている。 自然法は 「永久法」 ( exae e r na ex hun l ana l 5)、 元来自然法は実践的理性と しての pr i t において説述されているが (Sum.Theo uden aが .1 .= .q.90~9 i S d i d による潤色のうちに駅現されるもので 行罵の自然的根本規範である ( ) 閃光 n e r e s n e r s s ss の 良心の y y 、 i t うちに、 人間本性として先天的に心裡に描写される法であって、 内心的 1 l ab us 的に理解されていなければな らな い。 ( 2 7 ). アウグスチヌスも自然法については、 かな り詳 しく論じているが、 それは後世のいわゆる普遍的秩序を調っ たものでなく、 専 ら永久法の反映として、 時間的秩序の基礎づけにあったという べきである。 トマスは更にこ. - 58 -.
(7) . i ian l i t 法理論における Ar ot e s sm の中世化について. れを敷街し、 自然法を実践的理性の原理として (pr i imum princ i um i n rat i one p t pi r a c ca) 人 間性が包蔵する 自明の法則なりとし、 それが人定法のぅちに具体的に実現化される方法を考察 し また法の多様性と可変性を 、 実証的に究明しているo ( 2 8 ) こ のような l ex humana として客観的に規定された実定法に対 して 、 われわれが 遵 守義務を負わねばなら ぬ実質的根拠となるものは、 トマスのいわゆる pr d i t の媒介によ u en a って感得される社会正義である。 この i t a こそ抑制の徳と してアリストテ レス以来、 政治的徳とされてきたもので、 トマスも政治的社会的倫 pruden. i 理は、 行篇の規律的機能たる prudent a を通してのみ理解されるとしているつ( 2 9 ) 法の究極の理念もまた、 社, 会的、 国家的倫理の完全実現にあることはいうまでもない。 ● しかしこの政治的社会的倫理は、 国家社会とその一構成分子である個人ない し家庭との関係 、 いわゆる 「全 体」 と 「個」と,の問題といラ法律学、 政治学上の一大難関に遭遇させる。 この問題について、 アリストテ レスの 「全体は個に先立つ。」 という全体性理論を 、 トマスは基督教的人格 理念との結びつきにおいて継受した。 尤も国家社会は公共善 (bonum c ommune) の拠り所として個人の善を 超越した立場を認められているが、 またそこには人間の本質的社会性 から また理性的人間の本質から 個 人 、 、 の主体的必然.性を認めて国家社会を改 めて把握し、 その秩序づけである公共善を究明しなければならないとす る。 ( 3 0 ). トマス‘ ′ ±¥個人それ自体では充足できない人間的生のために 自己充足的役割を果す (pe rsesu街censad 、 のがすなわち国家的社会という倫遡的主体であるとする。 ゆえにトマスにとって国家的社. i tae) neces sar a vi. 会に秩序づけられた個人の人格的霊的主体意識と、 共同体理念との相関関係は ローマ帝国の形式的統一的社 、 会理念とも、 近世個人主義的自由主義の契約説的国家理念とも全く相容れない 、 むしろアリス トテレス的ポリ ス理念の更新適用であるというのが当っている。 しか しトマスはアウグスチヌスと同様に 、 地上国家と超自然 共同体とを区別して (aterrenisessentspiri l i tua i i ad t t s nc a)、 教会と国家 との政治的権力混同を 排 除してい ることは、 後のオッカム (W.oc 280~1 347 c am,1 ) 的国家理念が、 ある程度両者の混橋を是認Lている立場と 対照的である。 ( 3 1 ) 以上、 共同体と個の問題は、 ただアリストテ レスから トマスに及んだ法思惟解説の参考程度にとどめ あと 、 は本稿末尾における正義観念変遷を論ずるに当っての再述に護りたい 。. (6) 中世化せ られたアリス トテレスの法理に謝する誤解 近世になって中世法思想、 特にアリス トテレスの流れをくむス コラ的法理に対する誤まった認識が 後れ馳 、 せながらかなり改められてきた。 次々と発表された新研究の成果によって、 過去における中世法批判の迷妄は払いのけられ 唯物的法理論に 、 よっても、 社会的安定、 秩序の静けさ ( i i i t d i l t r ) を得られないと悟った人々の間に、 スコラ的法 anqu asor n s 思想が再び高く評質されるようになったのであるが、 それも残念ながら一般的な傾向とはいわれない ( 2 )す 。3 なわち近世における科学の勃興によってついに中世的世界観は崩壊 し その法理念はもはや今日通用するいわ 、 れがないとするもの、 またそれは概念法学であって 形式論理学的な整然さはあ っても 、 、 実体の稀薄 な塞論的 存在にすぎず、 決 して実在の法学 ではないというような誤解が まだまだ学界の各層に存在している ( 3 ) 、 。3 なるほどガリレオの地動説、 ルッターの宗教改革以来 教会中心主義の中世々界観に基く法理論--ス コラ 、 的に鰍訳されたア リス トテレスの法理--は、 その牙城が揺ぎ 理論的破綻を生じたかに見えた。 尤も自然科 、 学の綜合こそ哲学であると考えてい るような、 コントの実証主義に影響されている人々は 中世的世界観の崩 、 壊を当然議するのも無 理はないと思うが、 もともとスコラ哲学は 地理狛勺天女的発見いかんによって動揺する 、 ものでは決してない。 アリストテレスにとって、 贋に知るとは、 事物がかくあって、 しかもかくあらざるを得 ない理由 (pr i d ) を解明するにある。 しかるに自然科学は、 現象に共通する一般原則を認識するが、 opt erqu それが何ゆえにかくあらざるを得ないかの究極的根源にまで遡ることは しないであろう。 ゆえにアリストテ レ スの説いた自然科学は、 その権威を失墜したことは認めるが、 彼の形而上学は微動だもせずに今日にいたって し る。. - 59 一.
(8) . 高. 坂. 直. 之. トネグ レクトさ 法の概念においてもまた然 りである。 今日のいわゆる解釈法学に最も重要でありながら、 案タ れているのは、 当該実定法の拠って成立したゆえん、 何ゆえしかあらざるべから ざるかといぅ実体の奥底の探 究である。 単なる概 念法学に終始するの弊は、 アリス トテレスの教えをまつまでもない。 しかるに中世法理念が十五世紀に入ってようやくその正統を離れ、 ついに崩壊 の一途を辿るに至ったのはい かなる理由によるのであろうか。 それは前に一言 した通り、 実在を無議した概念 法学偏重の弊害がなせるわざ であるといわざるを得ないのである。 ソクラテスに発する概念的認識偏重の傾向が、 一一もちろんその長所も 認めなければならないが--浩々と して中世を掩い、 十三世紀の一大天才によってアリストテ レスに基づく極 めて実証的な法埋が大成されたにもかかわらず、 これを誤解し、 あるいはまたこれを認容せず して、 徒らに抽. 象的理論にのみ走った当然の帰結である。 このことが直感を軽覗する素因をつくり、 中世末期においては、 学問的純粋さに対する徹底と宗教的偏執に よって、 道徳的直覚を疎ん じさせ、 また人間らしさを失ったという、 まことに中世らしからぬ罪を犯して自 ら 潰えた。( 3 4 ) 世人あるいはス コラ法学こそ概念法学であると非難する者がいる。 トマスは基督教的法精神を観念的なギリ シャ法学へ堕落 させた者であるという酷評がそれである。 しか しトマス がしば しば述べている 「行動する智性 l l turint t ) という命題は、 智性本来 ect na e um i l c u i l t t ec usin actu dici n e は現実態における観念である。」 ( る可能性は、 われわれ ゆえに実在の法を捕捉す の姿は実在捕捉の機能であるということにほかならない。( 5 3 ). の有限的智性が絶対者の全き叡智に参興することによって生じてくる。 絶対的叡智即法観念の原理が行われて こそ、 はじめて可能であるともいわれ得る。 トマスの法体系は、 このような活ける観念が支配 しているのであ って、 これを抽象的な概念法学だというのは当らない。 そこで員に中世らしい中世は、 実証的法理論の樹立された十三世紀であるといわれるのである。 しかもこの 期においては、 中世初期のごとき法学と神 学との混精を排 し、 両者の対象は一に帰することができても、 片や 信仰に出発し、 片や理智 に訴えることによって、 全く観点を異にして考究されていた。 ゆえに中世スコラ的法 3 6 ) 学時代においては、 法学は決 して 「神学の侍女」 に甘 んじていたのではない。( しかるに中世末期の破綻の生 じたのは何が原因であったか。 それはトマスの樽統を離れ、 贋のスコラ的法理 論を逸脱し、 あるいは曲解した当然の報いであろう。 いわばそれは、 次代の苦悶の様相を示したものであると い う こ と が で き る。 ( 3 7 ). (7) 法原理と して 見た 「正義」 ・ 「衡平」 論の中世化 1 説 . 総 現在法哲学の発展過程において、 「普遍的道徳」 としてのプラトン的正義観が、 そのまま支持されている一 方、 ほんの僅かな 変化をさせ て入念に組立てられた正義観念、 それはあたかも目的は同一でありながら別個の よ り狭い正義観念 (その出発点は正義を一 つの排他 的社会原則として見る傾向があった 前 ソクラ テス哲学のな ) を着服することができる。 かにもまた見出される。 の これら二つ 傾向をアリス トテ レスは明確に併有 している。 彼 は師のプラ トンと同様に、 正義を全一的また は完全な道徳としてその一般的性 格において観察 しているが、 それは反面、 不正は悪徳の部分としてで は な く、 悪徳の全体として 観念づけているということになる。 結局アリストテ レスの正義観はプラトンのそれと本 質的な相 違はない。 ただそれは多分 ピタ ゴラスにその源を発するらしい、 より多少正確な数学 的表現をもって いるというにすぎない。( 3 8 ) 強いていうならば、 思弁的なプラトンの法理論に対してアリス トテレスは実証的 面 に力を注 ぎ、 法理論と社会事象との連関性を明瞭にするよう努めるとともに、 法 の 内容は正義であるとし て、 両者の関係についてかなり詳細に検討している。 i i i butat lu l lut at va と iuscol va の二方面から論究したことは周知のことであるが、 us distr 彼 が 「正義」 を j この適正なる配分、 すなわち財貨の間における稲対的平等と、 異なる人 間の取扱いにおける比例的平等を実現 するのが法の目的 であり、 理念 でなければならぬ。 しかもかかる内容をもっ人篇法は、 必ずや大自然の示す秩 l j t ) に合致するのをもって理想としている。 成文法であれ、 不文法であれ、 e ura 序に基く 「自然の法」 ( usna 而而 60 -.
(9) . i i l t ote s ani sm の中世化について 法理論における Ar. 特定の領土にのみ施行せられる特別法であれ、 それぞれ時室的相違によって、 その表現形式に差異のあること は、 むしろ合正義的であると考えられるが、 それらの基底に一貫 した正義観が看取せられない以上、 須奥にし て崩壊す べき運命にあるといわねばならない。 ただしここでいう 「正義」 は、 成文法の形式を纏守することに よって実現される形式的正義をいうのではなく、 これを超越する具体的正義を意味する。( 3 9 ) ともあれ両者の間に明確な一線を劃することは極めて困難であるばかりでなく、 正義理論そのも の に し て も、 旧約において既に確証された基本的原則及び新約のなかにその最も高遠な表現を見出す 基 本的原則を纏奉 して、 正義を絶対者に帰属せしめる理論を除いては、 基督教 によって受け容れられた. 正義理論のな かで、 プラ トンの正義観念からその論理的観念において遥かに隔たったものはない。 この帰属は、先験的且つ全能な「意志」 の表現とその完逸をあらわす限り、 正義に対して一つの異なった形而上学的性格を興えるものであり、この「意 志」 において正義は叡智、 善及び隣欄と熔け合うのである。 このことは数父のそれぞれ変化に富んだ、 しかも互に調和のとれている宣言によって 確 認されている。 例 i t t ) は明白に 「博愛」 の義務を正義に導入 しているし、 ア ンプ ロ ジ ウ ス えば、 ラクタソテイ ウス (La c an us ) は古典的表現に倣って (Ambros e 、 正義を 「他の諸道徳の実を豊かに結ぶ 母 体」 と称し、 クリソス トムス (Chr t sos om) は一般的にいって 「十誠」 またはそれより瀕生ずる諾々の義務に対する服従をもって正義を定 y i 義づけている。 アウグスチヌス (Augu t ) は正義をもって最高の善、 すなわち創造主の愛にあるとしてい s ne d i 道徳はつまりは r ぎない る。 o oamo・s にす 。 それゆえ正義はあらゆるものに尊厳の適当な段階をつけること によって人間にある命令を奥え、 それによって霊魂は創皆主に? 是扇し、 肉体は霊魂に従扇するのだというので あ る。 ( 0 4 ). トマスはこの問題につき、 Summa Theologica 第二部その他においてかなり詳細に論じているこ と は、 前 にも一言 した通りであるが、( 1 4 ) これを要約すれば、 「正義とは各自の 負 債を返済することにお い て 成 り立 i i i i i busGd i i i i t t ti t b t つ。」 Just a cos nr one de s eddi --) としてもよいであろう。 正当なる oni e ,--De Rat ,5- 帰属者に対して、 自己の物心両面にわたる債務を支払うところに正義が顕現される。 従って最高の正義は、 創 造主に対する債務の返済であって、 これは信仰によってのみ到達し得ると説いた。 それゆえ創造主こそ正義に. おける第一の原理であるとする。 もちろんトマスは、 アリストテレスに倣って交換的正義と分配的正義を唱えているが 彼もいっているよう 、 に前者は明らかに 「神法」( l i i ) や 「永久法」( l ex d v na 21 ex aetema) の も の で はな い (Sum, Theol a .l , q. , )。 後者はあらゆる被遺物に対して、 その性質と値打ちとに従って圃するものを奥えつつ宇宙を 支 配 す る a .1 「永久法」 に適合する。 しかしながら一の平等である正義なる観念は 現に平等である人間の階級内において 、 のみ存するので、 絶対的正義は絶対的平等の立場でない者の間には存在しな い そこにはもはや完全な相互報 。 償はあり得ない。 創造主と人間との間に存する無限の距離(不平等) は、 彼によって定立された秩序 (永久法) に従って功績ありとせられる権能しか、 人間は有 し得ないことを意味する。( 4る 創造主の正義は、 彼の無限の 「仁慈」 ( i l t ) において見出す。 御ま最高の裁判権を有 している (Deus c emen a habetsupr i ta t ema i n pot es em jud candi;-- Sum, Theol d a .l .4 a ,q.21 ,a .1) 。 だから罪を殺 すことも 自由. であることはいうま でもない。 けれども永久法の、 ひいては自然法の根幹をなす彼の 「仁慈」 に背くような罪 までも殺す意味ではないというのが、 刑罰に対する中世人の根本的な考え方であった。 とこに中世人の正義に 関する観念の員骨頂があるのである。( 3 4 ) = . 法における 「正義」 と 「衡平」 との関係及びその中世的継承 プラ トンが国家的理想をその主たる研究課題と したに反 して、 アリストテ レスは彼の哲学研究過程において 特に当時代の諸国の憲法について究明している。( 4 4 ) 彼は国家的制度の絶対的完成を目途したのではなく、 主 として国家的制度と自然的存在条件との相互関係を明らかに したのであって 、 いわばその相対的完 成に力を致 したというべ きである。 従って種々の環境のもとに最適の統治形式、 最善の国家的秩序維持方式を検討するの で あ るo ( 5 4 ). 国家の 態様はいずれにしろ、 国家は法によって市民の生活を調整することに変りはない 法は全生活を支配 。 する。 しからば法の内容は 何であるかというに、 アリストテ レスはこれを正義であるとする 彼はこれについ 。 一 61‐‐.
(10) . 高. 坂. 直. 之. て透徹せる分析を輿えているが、 結局正義の根底をなすものは平等であって、 ただそれがそれぞれの環境によ って異つた態様を示すにすぎないとしている。 @① 「正義」 なる観念をウル ピアヌス (U1 i ) に従って 「各人に彼のものを帰属せ しめんとする 恒 常不断の anus p 意志」 (constansac perpetua voluntasius suu・ i budend i ・ ・cui r ) であるとする主観的意味における正義 quet の観念に局限するならば、 それは倫理的な善の一現象形式にすぎないのであって、 あたかも贋理を求めるひた むきな誠実のように、 客観的正義に志向する心情として認めるほかはない◇ ゆえに法の問題として重要なのは 客観的正義である。 i i また別の観点より、 法の正しい適用、 あるいは法の遵守すなわち合法性 (Re l t t ) をもって正 義であ chke ch こういった正義の類別を巧. る と す る こ とも で き よ う。 ラ ー ドブ ル ツ フ (Gus db 878~1949 t ) は、 av Ra ruch ,i. みに結デ合したものが、 アリス トテ レスの正義論であると強調 している。 そのいわば私法の正義である 「平均的 正義」 と、 公法の正義である 「配分的正義」 との対比において、 彼は後者をもって正義の基本的形式であると している。 従って法概念が志向しなければならぬ正義の理念は配分的正義のなかに見出されなければならぬと するが、 それはわれわれの身 分、 職業などによ って平等、 不平等がすでに確定されてい ることを前提条件とし てのうえである。 ゆえに正義は完璽の法原理ではなく、 むしろ法概念に規準を輿える特殊的法原理であると主 張する。 ( 7 4 ) ところが社会規範たろ法 (Non ) は、 いうまでもなくその適用対象の具体性をある程度一般化 して作用す ・ os るものである。 従って法は多かれ少かれ概念的であるために、 法と事実との間のギャップ、 すなわち法の欠陥 と目されるこの両者の 「ずれ」 の生ずるのは、 必然的であるといわねばならない。 もちろんわれわれは この 、 欠陥を放置するものではなく、 あくまでこれが補正に傾注す べきであるが、 しかし一体何によって補正するか が 問題である。 元来、 正義は nomos の根拠であるから、 たといアリストテ レスのいわゆる特殊的正義( 8 4 ) と いえども、 その補正手段たり得 ない そこで法の一般的性格を匡正 し しかも正義の巌 格性を緩和調整す , 。 るも 、 のとして、 アリストテ レスは 「衡平」 (日p i i ke i ) なる観念を示している。 すなわち法に対する指導的立場に e a あるものとして、 正義のほかに衡平なる,観念を定立 したのである。 彼はニコ・ マコスの倫理学において (五巻十 衡平は正義に優 四章) 先し それを修正する尺度となるべきもので ありながら 、 、 、 両者は互に相対立する観念で はなく、 むしろ衡平は正義の分身にすぎないという矛盾に悩んでいる 。 しかしながらこの両者は、 ともに法を普遍的なものに高める二つの行程であることに間違いない ただ正義 。. は普遍的規範の立場に立って個別的事象を眺めるのに対し、 衡平は個別的事象のなかからその固有的規範を導 き出すというだけのこ とである。・ 9 ( 4 ). およそ抽象的概念的な法の具体的適用に際して感ずる困難、 殊に可携性の薄い概念的法規に弾力性をもたせ るためには、 法の根幹をなす正義の理念に、 多少の融通性を奥える必要のあることは論をまたない これを説 。 明するために、 彼は 「衡平」 を、いかに変形せる目的物に対してもその長さを測定 し得る尺度になぞらえている のは正しい。 彼によれば、 衡平こそ立法者がその実定法の上に予定しなかった新しい附加条項であり また彼 、 等によって明規し得なかった新 しい規範ですらあ り得る。 これがローマ法においては、 いわゆる Aequi t as の観念 となり、 むしろ法の目標として実定法の発達に資す ること大であったが、 中世の欄宴 も期におけるアリス トテ レスの再発見によって、 彼の著書が広く読まれるにい i i ke i たった関係上、 Bp i i i e a(または Bp ) なる用語がそのまま用いられていたようである。 ただその内容 e che a が、 かなり変ったことについてはいうまでもないが 現在の学者のなかで中世紀に対する正しい認識を鉄 き 、 、 あたかも中世はその超世俗的超自然的社会観からすれば Bp i i l e { e a なる 観 念 は結局重要性を有しない現世の 、 i ことに属し、 来世に及んで初 めて現世よりの通算において完全に修正されるとする中世観をもっている者が少 くない。 これは中世におけるカタリ源 (Ca i thar ) の現世文化否定の異端的思想をもって、 中‐ 世を代表するもの と見た誤解に基いたものであろう。 ともあれ Bpieikeia はローマ法体系のなかでは、 あまり重要な理念をなすとはいわれず 従ってローマの 法 、 学者は殆 どこの問 題′ こついて員剣に討究しようとしなかったが、 スコラ哲学者や教会法学者は アウグスチヌ 、 Ep i ike ia を人聞的正義の目標と し この目標の完逸は 神の正義においてのみ可能である と す る 数 e 、 、. ス以来. 一 62 -.
(11) . i l i tote 法理論における Ar s ani sm の中世化について. 父の樽統を中心として、 縦横に検討を試みている。( 5 0 ) 皿 . 「縦会的正義」 と 「公共幅殿」 に対する観念の中世的獲展 法の根低をなす正義は、 一般 的にいえば自然法をも実定法をも包含する法秩序に対する人間の態度を規制す る。 ア リス ト テ レス の い わ ゆ る 正 義 の 三 つ の 区 分 ( i i jus t t i i i i but a co t iva 1 ・ ・mutat t i va i a di st r t t at a , jus , jus i l l ega ‘ s( 5 ‘Quadra es 1 )) は、 大体において受け継がれたわけであるが 最近殊に Pi 回 の u 勅 s X l mo n a no” g 、. の影響を受けて 「社会的正義」 ( iu i i l i )( sdt as oc a s 5 2 ) を加えようとする傾向が顕著である。 それは、 ひいては近来の重大な社会問題である一般大衆に対する葦固な労働手段所有の許容を意味するであ ろうし、 あるいは少くとも、 これを輿えようと努めているといえるのである またそれは生産労働者の正当な 。 所得を擁護する 「交換的正義」 に対して積極的に援助を典える立場にもある それゆえに生産労働によって剰 。 余贋値を産み出す贋値としての 「資本」 は 、 ここにおいて根本的に考えなおさなけれ ば な ら ない こ と にな ろ う。 つまりは 「社会の当然要求すべきものをダ憂える。」 (r d ce qu ilu ies nn endr e れla col ・unaut tdで ) こと ー .. にほかならないのである。. この「社会的正義」に従った善こそ、 ジャック・マリタ ソのいわゆる Bi en Commun(共通善) である。 公民 g e Civi i 1 における共通善は 端的にいえば人間が全的に公民社会に 没頭す 社会 (Soc t ることを意味するので 、 あって、 これが政治社会への反映において想定される完全社会 ( i t s oc e a s perfecta) の概念は、 歴 史 の進 展 過程のなかで多くの検討と実現に対する努力を経てきている 。 しかしこの著名なネオ,トミス トは、 「今日の 諸国家はこの点より見て、 むしろアリストテ レス時代の都市国家よりも遥かに劣っている という 」 。 確かに今 日いうところの共通善は、 単に国民の共通善にとどまらないまでに至っている され まといって それはま だ 。 、 ec 文明社会 (Comn i i d l t ・ unau v s e)としての世界社会における共通善として受け容れられるまでにはなっていな i い。 このことは、 中世西欧諸国が当時の世界法ともいうべ き教会法のもと 超民族的立場で心からこれを認容 、 していたことと想 いあわせて、 現在わずかながらこの法的終局目標の方向に進んでいるものがあるとはいうも のの、 やはり考えさせられる問題である。 この共通善に順隙すべきみちは、 マリタソもいうように 「美」 と 「員」 との金剛 石のような客 観性にしがみ つくことであり、 具体的にいうならば、 人格が社会の圧力を反醸して 、 法・正義・兄弟愛を守り抜く ・ことにほ かならない。 尤も人格なる限りにおいて 自発的に共同体と共通善に奉仕しようと願うことは けだし当然の 、 、 こ と で あ ろ う。 ( 5 3 ). 国家の担うべき最高の使命は、 いうまでもなく全体として国民一般の また個別には国民各個人の幅誌 の向 、 上をはかること にある。 従って政治の態様いかんを問わず 政治の目標は常にトマスのいわゆる「 公共の閥誌」 、 (bonum c ) に向けられていなければならない。 on lmune アリストテレスの 「公共の幅織」 に関する具体的な思考を 彼の Pol i i hi t ca や Bt ca Ni comachea から推測 、 することは、 議論の余地のあるところであ, るが、 彼は社会人たる各個人に閥諺を均分することを以て正義とな imoni し、 Euda a を彼の倫理学の中心思想と しているら しいところから見て 「公共の幅誠 」 に対する 彼の観 、 念は、 おそらく国家の能成分子たる各個人の潤誌を綜 合したものではなかったろうかとも想像できる 。 しかし ながら彼はまた、 人間の幸潤は国家的団体において初めて完成されると説き 彼の倫理学も結局は国家学の一 、 部門にすぎなかったことから見れば、 あながち彼の 「公共の縞紐」 観は 、 個人的編誌の総計とのみいい切れな い 「全体性」 を看取し得られるのである。( 5 4 ) i そのいずれにもせよ・ 後世トマスがアリス トテ レスの蝉 (Amma Ar i l t t ) である限り贋なりとの確信の s o e s もとに、 それより示唆を得て、 基督教的ヒューマニズムの 横溢 した 彼の公共縞戯論を樹立した 5 5 ( J こ と は、 ア リス トテレスにとって本望であったろう。 少くとも彼が源流となってヘエ ゲルの歴 史哲学的法理学に発展 し、 それが更に飛躍して唯物史観的法理論にまでな ったよ りは 。 V I . 中世化の蔓意 法理念としての「正義」に対する科学的解明は 、 アリス トテ レスの偉業のなかでも特筆すべきもの であるが、 彼はただ純原 理を示したにすぎない。 この原理を人類の胸底深く 琴線にふれさせるこ とによって、 虞の人間 、 性に適合した実証 的理論にまで発展せしめるのには 異教の叡智よりも 更によく照明された叡智 によらなけ 、 、 - 63 -.
(12) . 高. 坂. 直. 之. ればならない。 中世的理想 は、 決して社会の有機的全体性を顧みなし,ブル ジョア的個人主義に沿うて理解すべ きではないし、 また国家という公共体のなかに個 々の人格を跡形もなく溶 かし こ も う というリヴァイ アサン i han ) のもつ、 動物的擬制を特徴とする国家 (人種) 主義的全体主義の意に解することも、 甚だしく t (Lev a 当らないことである。 さればといって、 共産主義的産業的類型に従って観念されるべきでないことはいうまで もない。 個人の社会に対する関係は、 あくまで社会倫理的な、 すなわち共同体であると同時に人格主義的であ 5 ることを必要とする。( 6 ) 中世法の目指 す究極の理念もまたここにあるのであって、 その法原理は 「正義」 と 「市民愛」 (隣人愛) で あるといわれるのも、 そこに歴胎してい る。 基督教的市民愛こそ、 中世における 「新らしき正義」 として擾頭 5 7 ) してきたものであって、 中世的正義観の有機体的性格の一環をな している。(. (8) 結. 語. 現在の欧米文化は、 ギリシャ・ローマの附加的な援助を除け ば、 す べて中世時代のヨーロッパから直接大き な影響を受けているといわれている。 しからば法思想の面において、 中世は どれほど現代に貢献しているか。 i l l 1 に 基 く 法 思想が、 二十世紀後半の法哲学にいかなる効果を及ぼ ani s 特に中世を代表するトマスの Aristotel しているであろうか。 その程度を的確に断定する者は少いにしても、 効果そのものを否定するような者はおそ. らくあるまい。 われわれは、 十五世紀以来検討の対象とされてきた法思想上の諸問題の多くは、 中世において もまた論ぜられていたという事実を、 まず知るべきである。 1 Bedford Co l l ) の政治学者として有名な J en 教授は、 「十六世紀に ジャン・ボー ダソ ege(London . W. AI i Jean Bod ( n)の提唱 した国家論は、 アリス トテレスやプラト ンに 多少の示唆的なものがあるとはいうものの、 全く独自性をもったものであるといわれてきた。 第一彼の書物にそう書いているため、 私もかつてはそう信 じ ていた。 しかしそれは正 しくない。 ボー ダソの意味するような国家論は、 すでに十四世紀の初頭 ピエール・デ i ュ ポ ア(Pi erre Du Bo )の著書の中に明らかに述 べられている。 また更に遡って、 同趣旨の論を唱えた学者が s ないとは限らない。 まことに測り知れないものがある。」 といっている。( 5 8 ) また彼は続けて、 「民主主義に i i l dua つ い て も、 同 じこ と が い え る。 マ ル シリ オ (Mars ) は、 -- 実はマルシリオだけではないが o of Pa i l t s shev J --ルソー ( j - ) がいみじくも提唱した言葉を しば しば用いていたし、 も し諸君が Bo eau s . .Rous K h B k h t i 1 n 8 t e 3 1 の奇情 communsn lにおける新 しい考え方を中世に求めたいならば、 ヱ 年に ac ea で説教 した John Ba l l の記録を見 るか、 または Jack S t raw の告白と称せられているものを見ればよい。」 ともいってい. はむしろその形式の違いによると断言 る。【 5 9 ) ここにおいて現代と中世紀との法 思想的差異は、 その内容よりむ A ー l en 教授の見解こそ、 まさに正鵠を得たものといえるであろう。 する このことは、 自然法理論のうえにも当てはまることはいうまでもない。 ところが欧米の法学者によってもそ うであるが、 わが国でも牧野博士をはじめ、 「自然法の進 化」 を張調する向きが甚だ多い。{ 6 0 ) 中世の自然法 は、 なるほど十七・八世紀の近代自然法でなく、 二十世紀にいたっては、 労働をその重要な内容とする新らし い自然法が現出したということも、 形のうえからは首肯できる。 しかしそれは自然法の内容の進化ではなく、 その表現形成の変遷による相違ではなかろうか。 または「自然法 の弾力性」 が、 あたかも進化による変貌のごとき外観を呈したにすぎないと見てはいけないであろうか。( 1 6 ) 自然法の近代世俗化が自然法理論を鵬着せ しめ、 その弾力性を奪った結果、 一斉攻撃を集中されたことは、. 法思想史上隠れない事実である。 これは特にアリスー ・テレスの法班 念が、 スコラ哲学 によって潤色せ られ、 は じめて蝉然たる一大自然法理論として脚光を浴 びたのが、 世俗化運 動によって極めて余裕と情味の乏 しいもの となった当然の帰結といえると思うのである。 自然法理論は、 つまりは一に帰す べき運命のもとにあると見る ・ ほかはなし 。 二十世紀の重要課題である労働問題解決の指導理念も、われわれは無意識のうちにスコ ラ的自然法 tas と Bonum commune との交叉点のうちに、 これを見出していることに気がつくのであ のいわゆ る Aequi る。. 鋭い批判と論争は、 いかなる時代にあっても必要であるが、 自己の好みに徹するのあまり、 その論陣を硬直 化 して煙らないのは決 して褒めたことではない。 この意味で筆者など酷評を受ける資格がある ・かも 知 れ な い - 64 -.
(13) . i ani 法理論における Aristotel sm の中世化について. が、 それでも厳正な批判を受け入れるには答かでないつもりである。 だが想 到こ、 法に関する宗 教的ないしは. 形而上的思念に対して、 あまりにも単純、 極端な憎悪を示す人々は、 みずから人間でありながら、 それを自覚 することを恐れることにほかならない。 彼等こそ科学の名のもとに、 最も無批判な独断者にすぎないと筆者は 考える。 ともあれ、 法の奥底は限りがない。 われわれの前にはまだまだ幾多の知られざる、 しかも魅力ある世界が横 たわっている。 その意味 でこの小論が、 来るべき新 しい 「緒論」 の足場にでもなれたらと念ずること切なるも のがある。 あ .と. が. き. 文字通り Greekless Greek である。 この点いかにしても弁解の余地はない。 また本来ならばプラトンとの比 較においてその法理論を開明にし、 それがローマ人の法 思想を経て、 いかに中世において博承されたかを論ず るのが本筋であろう。 しかし本稿のごとき小論では、 ス ペイスの関係でそれらを殆ど割愛しなければならな か った。 すなわちアリストテレスからトマスへ向う直線コースのみ、 他を顧みることをあえて しなかった。 ただここで留意す べきは、 トマスが十三世紀に数えたアリス トテリアニズムを文字通り繰返すだけで満足 し ている人は、 あさはかなトミストだということである。 もLこの天,使的博士が二十世紀の中頃に現われたとし たら、 これらの偏トミストたちをその 思想の正統な子供とみなさないに違いない。 われわれは彼の古典的自然 法精神を、 現代の息吹きのなかで矛盾なく再現することである。 そのためには彼の所論を文字通り受け取るこ となく、 時代の推移を弁えてトミ ズム的精神のもと、 許される限り自由な解釈を施すことが、 かえって彼の贋 意に沿うゆえんであることを銘記すべきであろう。 自然法は畢覚生命であり、 生命は適隙である。 不動主義 、 保全主義なるものは、 スコラ的自然 法に対する徹底的誤解以タトの何ものでもない。( 6 2 ) 註. 解. (1) 船田享二: 「法思想 史」19 53 , 勤草書房,65頁 (2) 田中周丈: 「世界法史概説」19 50 , 有信堂,lol頁. (3). ” Mor i ix s i r IPhi s R. Cohen & Fel l ngsi nJur sprudenceandLega osophy“ 1953 .Cohen: Readi , N, Y. Prent i H l ll ce a nc . pp .370. (4) 野田良之 ; 「法における歴史と理念」i9 5 1 , 東大出版部,67頁 (5) すべての園は自然の存在であることは、 あらゆる共同体の究極の目的は国であり、 また自然こそ最 終の 目 的 で あ る こ と に よ っ て 明 らか で あ る。 そ れ ゆ え 自 然 の 法( jusnatura l e)は、▲国 及 び 国民 の終極 i i tot胆s “Po l i の 目 的 で あ る。 (Ar t rans t t csP t brary s amin Jowe .by Benj ,1943 ,the Modern Li , pp .1: Ch.2 - -) .54---Bk (6) Bthi ca Ni comachea .5 に よ れ ば、 国 内 法 を 自 然 法 と 制 定 法 と に 分 類 して い る が、 Magna , V. 7 Mora l i a .33 .19↓21 によればゞ 国内法は制 定法のみによって構成され 自然法はこれを含まず ,1. 、 . としていて、 不統一の誹りを免かれないが、 ここでは一応 B. N. に従っ て 分 類 し て おく。 (M.. (7J. (8). (9) lo) (. (11) 2) (1. ’ Humburger: ハ4ora 1 i t l I Theory--一 New Ha▽en s and Law--一The Growth of Ar s ot e s Lega , Ya l P 9 1 5 6 1 3 e Uni r ) v e s s . . ,pp , ‘P1 ’ ’ The Un John Wi l d: ‘ I Law’ iv at tura o s Modern Enemi es and the Na cago Pr es s . of Chi , 1953 1 5 7 , , pp N. Har tmann: ”Bthi i l l rans t cs” t acmi an .by Co , N. Y. M[ .5 ,1932 , Sec ’ oxf H. A. Pr i i l ob iga l P 5 C h chard: “M[ t 1 9 4 i ora l ly pp 52,53 on’ ord Uni v r e s s a a p . .3 . , , ,espec 岩下壮一 : 「中世哲学思想 史研究」19 42 2頁参照 , 岩波書店,71,7 Chr i topher Dawson: “The Mak i s ng ofEurope” 1953 ,Sheed & Ward .223 , London ,pp ,224 ’t ot to Gi i i i I Theor t ddl F M e rke: ”Pol b W i l d ca es of the Mi 1 t e Age’ rans a a n y . . . , 951 , Ca i dge Univ i nbr es s , Pr .75,76 ,pp John Bowl i i I Thought” 1954 t e: ” Wes t than Cape ern Pol ca ,Jona .55~57 , London ,pp まず最初は アラビア語の譲訳から逐次紹介されたが、 ついに Gui l l au l ne de Mae rbecke ( ca .1215 6 ~128 ) が Thoma i lwa s の要請によって、 直接ギリシャ語から繍訳するにいたった。 (Mcl n: ”The Gro th of p) i i I Thoughtinthe We t l l w (l ca t“ヱ953 s an Co , N, Yり pp , Macmi ,225). ( 13) 岩下壮一, 前掲,138頁. - 65 -.
関連したドキュメント
存在が軽視されてきたことについては、さまざまな理由が考えられる。何よりも『君主論』に彼の名は全く登場しない。もう一つ
被祝賀者エーラーはへその箸『違法行為における客観的目的要素』二九五九年)において主観的正当化要素の問題をも論じ、その内容についての有益な熟考を含んでいる。もっとも、彼の議論はシュペンデルに近
算処理の効率化のliM点において従来よりも優れたモデリング手法について提案した.lMil9f
これは基礎論的研究に端を発しつつ、計算機科学寄りの論理学の中で発展してきたもので ある。広義の構成主義者は、哲学思想や基礎論的な立場に縛られず、それどころかいわゆ
ヨーロッパにおいても、似たような生者と死者との関係ぱみられる。中世農村社会における祭り
に関する対応要綱について ………8 6 障害者差別解消法施行に伴う北区の相談窓口について ……… 16 7 その他 ………
一般法理学の分野ほどイングランドの学問的貢献がわずか
それに対して現行民法では︑要素の錯誤が発生した場合には錯誤による無効を承認している︒ここでいう要素の錯