小学校における物語教材の学習指導の研究
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(2) 目. はじめに 第↓章. 次. 1−lI−Ilーーーーーーー1ーーーーlI一。II日日ー−一1−1ーーbIllーーー亀1一巳一ll巳一1ーーー1−1ーーーーIl−1ーー1ーーー119− −. 読書行為論の検討 :−:−−−::−:−−−:−−−:−:::−:−−−−:;−:−−::−:⋮3. 第一節 読書行為論の生成 ,,−::−−−、:−⋮−−:−−−:⋮:−−−;::−:−,:−−−−⋮3 二. 意味生成装置としての作品一作品尊重の原理 −::−−:−−::−::−−:−⋮8. 私の読みの成立一主体尊重の原理 −−:−⋮:::−−−⋮::::−⋮:⋮⋮5. ﹁読み手を育てる﹂ −:−−:−−−−−:−−−−−::−−::−:::!−:一−−⋮:−:−−・3. 三. 読書行為論の構想 :−−:::−:::⋮−−−−⋮−−:⋮−⋮⋮−::−−⋮⋮⋮・H. ︸. 四 一. 読書行為論から導出する授業の視点 :−−−:−:−−−:−−−:−−−−−:−−−::−−−:・18. 学習活動開発の視点 −:−⋮−⋮−:⋮−−−:−:−−::−−−:−−:−::−:::⋮・14. 第二節 読書行為論に立つ学習活動 ⋮⋮−⋮−−−:−::−:−−−⋮−−:::−−−⋮⋮14 二. 授業の視点からの実践検討 −−:::::−:l−−−:::−:−−−−−−:−:::−−⋮37. 第三節 個の読みの成立する授業一物語教材の場合 ⋮−:−⋮:−:−−−⋮⋮−⋮⋮20 第二章. 二. 一. 授業の実際 −::::1::::−::−−:−−−−−::−:−:−−::::−−:−::−!41. 学習過程の特徴 ::−:−:::−−−::−:−−−:−:−:::−−:−−−:−−:−−−−::39. 音読を核とすることの意義 −::::−:−::::−:−:−−−:−::−−−:−・−−⋮37. 第一節 音読を核にした物語教材の実践 :−−−:−::::−−::−:::一:::−::37. 三. 読みの観点の設定と結節点 ::−:::::−−:−::::::−:::::−::−49. 第二節 児童の読みの観点を大切にした読みの交流の授業 −−:−:−:::−−−::⋮49 一.
(3) 第三章. 四. 三. 二. し ﹂ を 例 と し て ⋮ ⋮ : − : − − − − : 64 物語教材の学習指導の構 想 1 ﹁ 白 い ぼ う. − : − − − : : 、 − 56 結節点の交流の実際 −−: − :− − −: : :: : − ⋮− : ;− − ⋮ −− − −− − : −.. : − : : : : − − ・ : : 53 児童の実態・タイプに応じた 読 み − : −− − − :: : − −: : : :−. − − − − : − : : : − 指導計画と観点の設定 : − − −− : : :: : −: : :: : − :− − − :− − : 51. 二 作品構造の結節点. 一 イメージの対象. 第二節 作品について. 72. 69. 65. :−−−−:−:−−−:−:−−::−::−:−−。−−:−:−::−::−:−:−65. − − ⋮ : − − − − : 64 いて : −: : − −: : − :− − : :: : − −− 第一節 四つの視点と学習過程につ . 三 学習者の結節点. − − − − − : : : : − − 学習指導の展開について﹁ − − :: ; − −− − : −− : 一 :: : :− : ⋮ 74. 73. 第三節. 79. 四 交流活動の設定 おわりに. 付 記. 参考文献. 引用文における﹁*﹂印は、段落途中からの引用。傍線部については、特に断りのない限り引用者によるものである。. 参考資料. 注 記 1. 2 本論文において取り上げた人物については、失礼ながら敬称を略させていただいた。.
(4) はじめに. 本来、子どもは、物語を聞くことも読むことも好きである。幼い頃には、身のまわりの大人にお話や絵本の読. み聞かせを求め、また、文字を覚えはじめると絵本を開き、夢中で物語を読む。物語にふれることで、未知の世. 界へ出かけ、さまざまな体験をする。不思議な出来事に瞳を輝かせ、登場人物となって、驚き、悲しみ、喜ぶ。. 物語の経験は子どもにとって楽しいものであり、この楽しさを味わうことをとおして、子どもは心豊かに成長す る。物語の価値は子どもが楽しみながら、子どもの心の糧になるところにある。. ところが、学校では、楽しい物語を読んでいるのにもかかわらず、学習者の国語離れが言われて久しい。その. 原因については具に検討される必要があるが、その一つとして物語の読みの指導、とりわけ時間をかけてていね. いに読む指導方法に批判が集中している。教課審の﹁文学的な文章の詳細な読解﹂に対して改善を求める答申は、. このような状況を反映したものであろう。もちろん、新しい発見のないまま、くり返し読ませることで、学習者. の興味・関心を失わせるような指導は改める必要がある。.しかし、一人ひとりの学習者が物語を楽しんで読むた. めのていねいな指導は、否定されるべきではない。時間をかけてはいるが意欲の伴わない指導とことばを詳細に. 扱うことで学習者が意欲的に読む指導を、明確に区別して考える必要があるだろう。時間を短縮するだけでは何. の解決もみない。個々の学習者がどのように読み、どのような力をつけたかこそが問われなければならない。 では、物語教材の学習指導をどのようにとらえ、変えていくか。. この課題に迫るとき、読者の側から読むという行為をとらえようとする読者論の考え方が有効である。読者論. の導入によって、物語教材の読みの学習指導を、一人ひとりの学習者を読み手として位置づけ、学習者個々の読 みを大切にするものに変えるきっかけが与えられると考える。. 読者論は、国語教育界においては、外山滋比古や前田愛の提唱以来、イーザーの﹃行為としての読書﹄が翻訳. 出版された一九八二年から、再び、注目されるようになった。田近洵一は、学習者の言語行動を主体的なものに. 響. レ.
(5) するという立場から、外山や前田の論考に影響をうけ、さらにイーザーの著作にも早くから着目していた。そし. て、読者論を独自の読書行為論として措定し直すことで、読みの学習指導に読者論を定位させる役割をはたした。. さらに、読者論を基盤として実践論としての読書行為論に立つ読みの学習活動への展開を図りつつある。. 田近は、﹁読みとは、読み手自身がつくるものである﹂と明確に述べる。教室においても、物語の読みは、読. み手である学習者が自身の読みをつくるものである。そのように考えれば、物語教材の学習指導は、個々の学習. 者の読みの成立を図るものとして構想されることになる。授業の場で、学習者の読みが成立することは、物語世. 界を経験し、物語を楽しむことに他ならない。さらに、同年齢の仲間と相互に読みを交流することで、一人の読 みでは分からなかった楽しみを見出すことにも発展することが期待できる。. 本論文では、田近洵一の読書行為論の検討をとおして、物語教材の学習指導において個の読みの成立する授業. の視点を導出する。そして、実際の授業実践の分析によって、視点の妥当性を検討し、物語教材の学習指導を構 想する。. 第一章では、田近の読書行為論の生成から、学習活動への展開までをたどり、読書行為論の特質を検討する。. さらに、読書行為論に立つ学習活動開発の視点に学び、物語教材において個の読みの成立する授業の視点を導出 することを試みる。. 第二章では、第一章で導出した授業の視点の妥当性を、実際の物語教材の授業実践の考察を通して検討する。 さらに、視点相互の関連について述べていく。. 第三章では、第一章・第二章で論じたことをふまえ、﹁白いぼうし﹂を素材として物語教材の学習指導を構想 する。. 尚、本論でいう﹁物語﹂は﹁いろいろなジャンルを含んだ散文の文学作品﹂とする。諸論考を検討するにあた. っては、﹁文学教材﹂﹁文学作品教材﹂﹁文学的文章教材﹂なども含めて考えるものとする。. 一. 鉛.
(6) 第︸章 読書行為論の検討 本章では、田近の読書行為論の生成から、学習活動への展開までをたどり、 らに、読書行為論に学びつつ、物語教材の授業の視点を導出すること試みる。. 第一節 読書行為論の生成 一 ﹁読み手を育てる﹂. 読書行為論の特質を検討する。. さ. 田近洵一は、一九八三年四月から翌年三月まで、﹃教育科学国語教育﹄に十こ回にわたって﹁読み手を育てる﹂. を連載する。当初の計画では、読みの活動の開発や教材開発など実際の学習指導にかかわる連載が予定されてい. 第九回. 第八回. 第七回. 第六回. 第五回. 第四回. 第三回. 第二回. 第一回. ﹁物語の構造分析︵三︶1意味はどこに発見されるか﹂︵一九八四年一月︶. ﹁物語の構造分析︵二︶1物語世界の意味はどこに見いだされるか﹂︵同年十二月︶. ﹁物語の構造分析一物語の読みはいかにして成立するか﹂︵同年十一月︶. ﹁文学作品の分析−作品の分析はいかにして成立するのか﹂︵同年十月︶. ﹁文学作品とその読み1読み手と、記号としての文学﹂︵同年九月︶. ﹁作品構造とその読み﹂︵同年八月︶. ﹁読みの成立−読みの学習とは何か﹂︵同年七月︶. ﹁変容する読み1読みの学習における読者論﹂︵同年六月︶. ﹁創造としての読み一文学の読みを中心に﹂︵同年五月︶. ﹁読みの指導をどう構想するか﹂︵一九八三年四月︶. たが、次のように、読みの成立について論及するものに変更された。. 第十回. 哺. 鋲.
(7) 第十一回 ﹁物語の構造分析︵四︶i意味の発見から作者の発見へ﹂︵同年二月︶. 第=一回 ︵最終回︶﹁読者論から読書行為論へ一読みの指導における二元論の克服﹂︵同年三月間. 田近は、連載を始めるにあたって、読者からの質問・意見を求めており、読者からの質問・意見をまとめ、次 の二点を示している。注一. 1 子どもの読みを認めるということと、読みの力をつけるということは、どう関係するのか。. 読みの学習11指導は、結果として読みの力をつけることができればよいのであって、そのためには、子. どもの読みにこだわる必要はないのではないか。そもそも子どもの読みは主観的なものであって、それを. かけがえのないものと認めると、その後の読みの学習11指導は必要ないということになってしまうであろ う。正しい読みをさせるには、教師はいったい何をしたらよいのか。. 2 子どもの読みを生かす授業はいかにあるべきか。. 子どもたちの読みは個性的であるだけに、その質も千差万別であり、授業は当然そのような子どもたち. の読みに対する評価をも包括して進めなければならない。子どもひとりひとりの読みがそれぞれかけがえ. のない価値を持つということには同感だが、それを授業過程のどこにどのように位置づけるかが問題だ。. 1は、正しい読みを求めるという読みの客観性重視の立場であり、2は、個性的な読みを大事にする主体性重. 視の立場である。読みの教育がかかえる二元論の問題を端的に表したものである。田近は、﹁これらの二つが反. 対の立場に立つものであるかのように思われるが、しかし、読みはいかにして成立・深化するかという点で同じ. 問題意識に立つもの﹂注二とし、﹁作品の読みは、ひとりひとりの読みとしてしか存在しないのであって、⋮︵中. 略︶⋮どのような過程を経て成立するのかを明らかにする﹂注三という自分の立場を示している。. また、田近は、当時注目を集め始めていた読者論の安易な援用を、未熟な、主観的な読み取りを主体尊重論の もとに絶対視するものとして、その危惧を次のように表明している。注四. 一. 塩.
(8) *特に読みの指導においては、読者論をもって結果としての作品の読み、あるいは過程としての読みのあり. 方を規定することは誤りである。読者としての子どもがどう読んだかという点にのみこだわっていたのでは、. 作品構造に見合った読みを生みだすことはできないからだ。︵中略︶安易な読者論は、読みを固定化する危 険性をともなうと言えよう。. 読者論の名のもとに、学習者の読みのすべてを認めることは、むしろ学習者の読みを未熟で、主観的なまま固. 定化してしまう。それでは、読みの学習における二元論は克服できない。連載内容の変更は、以上のような当時. の読みの学習の状況を反映したものであった。田近は、読者論の立場に立ち、どのような過程を経て読みが成立 するかを解明することこそが、二元論克服の筋道であることを示すことに向かう。. 二 私の読みの成立一主体尊重の原理. 田近は、読みの指導の二元論の克服にあたって、 人ひとりの読みがどのような過程を経て成立するのかを明 らかにするための第一歩として、読者論的視点からの﹁主体尊重の原理﹂を提唱する。. 田近は、連載の二回目の冒頭で、作品を読むということは、読み手にとっていかなる行為か、と自らに問うた うえで次のように述べている。注五. *もちろん、作品なくして読みはない。だから、読みを規定するものは作品である。しかし、その行為の主 体者は読み手である。読み手なくして、読みはないのである。. 読み手が作品を読む。読むことを通して作品は読み手の内に存在する。その読み手の内に存在する作品は、. 客体的に存在する、いわば実像としての作品そのものではない。読むことを通して初めて意味あるものとし. て存在し始めたもの、読み手によって見いだされ、再構成されたものである。つまり、読むことによっ.て、 読み手の内に生まれた、いわば虚像としての作品である。. 一. 髭.
(9) 読み手は、作品︵実像︶のことばに規定されつつ、わが内部に虚像としての私の世界︵私の読み︶をつく り出していく。私の読みとは、読み手自身がつくるものである。. 田近は、﹁読むことを通して作品は読み手の内に存在﹂し、﹁私の読みとは、読み手自身がつくるものである。﹂. と明確に述べる。すなわち、読むということは、読み手の内部に、虚像としての作品をつくりだす創造行為であ るととらえた。そのうえで、二元論の克服を試みる。. まず第﹂に、読みの論証性︵客観性︶の問題について、三好行雄から﹁鑑賞は、作品の表現構造からの逸脱を. 許さないという性格を有しつつ、鑑賞者が作品を追体験するという意味では一種目創作行為として見るべきだ﹂. という視点を学び、﹁読み手の行為のあり方を問うところに作品論は可能になるのであり、また、すぐれた読み が成立する﹂塗ハという立場に立つ。そして、. *読みは主体のものであり、読みを通して初めて作品は読み手の前にその姿を現わすとするなら、読む行為. のあり方を問い直すところに、読みの主体性も論証性︵客観性︶も保証されるはずである。注目. とするのである。読むという行為のないところに作品の姿がないのであれば、読みの論証性︵客観性︶の元には. 主体の行為がなければならない。論証性︵客観性Vは、主体の読むという行為のあり方を問い直す過程に求める しかない。. 第二に、作品の価値について、田近は、山田有策の﹁文学は人間の外側に自立した形であるものではなく、個. 々人の︿読む﹀という行為を通してそれぞれの内部につくり出されるものに他ならない。﹂と﹁︿読者﹀の新し. い読み方によって一つのく作品﹀はつぎつぎに内在する価値を輝かせ、時代の波をくぐりぬけるべき生命力を獲 得していくのである﹂注八ということばをとらえ、. それは︵それぞれの内部につくり出されること 引用者注︶、作品論を試みる場合も、素朴なる読みの場. 合も、本質的には同じである。︵中略︶ことばを手がかりに、虚像としての作品世界が個の内に形成された. 一. ひ.
(10) 時、初めて読みは成立したのであり、作品そのものが価値あるものとして存在することになったのである。莞. とする。作品の価値も、また、読み手の読むという行為によって、主体の内部に作品として形成されることなし に は 存 在 し ないとした。. 第三に、個の読みの成立を生成・変容・深化の過程としてとらえるということが主張された。田近は、読みの. 生成は、﹁ひとりひとりがことばとのかかわりを確かにし、その意味するものを発見しながら、それぞれ一つの. 世界︵イメージの世界や論理の世界︶をつくり出﹂注+すことであるとする。そして、それがいかに主観的なもの. であったとしても、﹁さらに作品とのかかわりが深まるにつれて生成・変容・深化してい﹂注士き、私の読みが 成立するとした。. 主観的な読みはただされなければならない。しかし、それは読み手の外側の客観性によってただされるもので. はなく、作品に規定されつつ変容・深化する読みの成立過程においてこそ問い直されるものである。読者層的視 点からの﹁主体尊重の原理﹂である。. では、私の読みの成立する学習とは、どのように構想されていたのか。田近は、次のように述べている。. *読みの学習は、作品とのどのようなかかわりを通してどのような読みをつくっていくのか、つまり、私の. 読みはどのようにして成立︵生成・変容・深化︶していくのかをおさえて、作品とのかが.わりを確かなもの. にしていくものでなければならない。すなわち、読みの成立過程としての作品とのかかわりを確かなものに. するのが読みの学習峠指導である。そこでは、読みの成立︵生成・変容・深化︶は、学習の成立を意味して. おり、読者の変容は、学習者としての成長を意味している。注+二 、. このように田近の読みについての考え方を見たとき、読みの成立とは私の読みの成立であり、読みの学習指導. が私の読みの成立なしには成立しないことが主張されていることは明らかであろう。また、その主張によって、. 客観性重視の読みと主体性重視の読みの二元論の克服が図られている。主観的な読みは、私の読みの生成・変容. 輯. ㍗.
(11) ・深化という成立過程によって、他ならない私によってこそ克服されなければならないとしている。 の読みの成立が、学習の成立を意味し、学習者の成長を意味する。. 三 意味生成装置としての作品−作品尊重の原理. そして、私. 田近は、読みは読み手のものであり、それは生成・変容・深化するものとした。そこに読み手の成長があり、. 読みの学習の可能性を見ている。と同時に、読みの成立には作品とのかかわりを確かなものにしていぐことの必. 要性も述べている。読み手は作品を読むことによって読みを創造するが、それは作品によ.って読みが規定されて. いることでもあり、そこでは、どのような作品構造と、どのようにかかわることで読みが成立するかが問われる。. そこで田近は、作品を、﹁ただ一つの意味に還元できるものとして見るのではなく、意味生成の装置として、ど のような読みを生み出す可能性を持っているのかを見る﹂注+三という立場に立つ。. 田近は、作品とのかかわりによって生成する意味を、. *それは、社会習慣としてことばと︻対一の関係で結びついている客観的な︵誰もがその存在を認める︶指. 示内容ではなく、ことばという装置によって喚起された主体の経験の総体であり、経験を基礎とした思考活 動、想像活動の結果、主体の内に形成された思想内容である。. とする。ここで田近のいう意味とは、感覚的なイメージを捨象したものではない。田近は、読みにおいては、﹁意. 味はイメージをともない、また、イメージは意味に支えられて成立する。﹂注+四とし、.読み手は﹁作品のことば. に意味を付与し、イメ;ジの世界を作っていく。また、イメージを描くことで、経験の総体としての意味をよび. 起こし、自分の世界を作っていく。﹂とする。意味とイメージの相互作用を含意したうえでの意味である。. 田近は、意味生成装置としての作品の構造を解明するにあたり、ロラン・バルトの﹃物語の構造分析﹄の方法. 論を援用するのであるが、ここでは、事象の読みと事象の意味の読みとのかかわりにおいて、意味生成装置とし. 一. 匹.
(12) ての作品の構造について検討する。. 田近は、物語を構成する事象を次のように示している。そして、これらの事象を確かにとらえることは物語の 内容をとらえる上で基礎的階梯となるものとする。︵整理して示す。︶. 1 人物の属性を読む ア 伝記的な属性 年齢・性別・家族の中での位置など イ 外面的な属性 姿・かっこう・服装など. ウ内面的な属性 性格や特技、趣味、能力など. 関係づけられて、. 工 社会的な属性 社会的な地位や立場、生活状況など 2 人物の役割を読む ア どのような立場の人たちが登場し、物語中でどのような立場に立って何をしょうとしているのか。 イ その中で、物語の展開の中心となる人物︵主人公︶はだれか。 ウ主人公と他の人物たちとは、どのような関係になっているのか。 ︵ここでいう関係は物語の展開によって変容するものではなく、恒常的なものをさす。引用造注︶ 3 場の条件を読む ア 時間的な条件 季節・時刻はいっか、事件はどのくらいの時間的経過の中で起こったかなど。 イ 空間的な条件 場所はどこか、そこにはどのようなもの︵小道具︶があるかなど。 ウ 社会的な条件 どのような物理的あるいは心理的環境の物語か、またどのような時代的・社会的状 況を背景としているかなど。. 4 人物の行為を読む ア 過去の行為との継起的・因果的な関係で読む。 イその人物の思想・心情との関係で読む。 ウ 場の条件︵状況や事件︶との関係で読む。 工 他の人物との関係で読む。. 5 場面を読む 物語においては、継起的・因果的に緊密な関係にある行為だけが取り上げられ、. 冒. 餌.
(13) つの場面を構成する。その場面が、作品構成上の単位となる。場面の設定と連接によって、物語は、現 実の時間を、作品の時間として再構成する。 6ストーリィを読む 連続する場面はストーリィを形成する。場面から場面の展開をおさえることで、読み手は人物の行為 が継起的・因果的な関係のもとに展開することを明確にとらえることができる。注手. ここで田近のいう事象は、作品上の事実として客観的にとらえることのできるものである。そして、これらの. 客観的事実の読み誤りや読み落としは許されないものであり、事象とその展開は、読みを通して変更や変形され ないものとした。. 他方、田近は、事象の意味の読みを、. 意味世界は、作品に描かれた事象を客観的にとらえるだけではなく、その事象に対する作者のとらえ方︵そ. の表れとしての事象の描かれ方、表現のし方︶には、どのような意味があるか、そのようなことばによって、. どのような思想・心情が表現されているかを読むことによって生み出される。︵中略︶要するにそれは、表. 現のし方の上に意味を見いだすことにより、わが内に一つの意味世界をつくっていく、創造としての読みで ある。準六. とする。そして、意味そのものは、事象の表現のされ方を手がかりに、読み手は事象を読むと同時に、その事象. にはどのような意味があるか、何を意味しているかなど、読み手の内部に創造されるものととらえるのである。 その時、読み手の内に意味の世界が生成され、作品は意味生成装置として働く。. 以上、事象の読みと事象の意味の読みにおいて、意味生成装置としての作品についての田近の考え方をみてき. た。物語においては、さらに、個々の事象が相互に関係し、関係の中で物語が展開する。事象の関係を発見する. ことで、意味は生成される。事象の関係の読みとして、物語は意味生成装置として機能するのである。作品構造 に即した読みを求める﹁作品尊重の原理﹂である。. じ. d.
(14) 四 読書行為論の構想. 田近は、﹁読み手を育てる﹂の連載で、主体性と客観性という読みの指導の二元論克服を図るために、読みの. ﹁主体尊重の原理﹂と﹁作品尊重の原理﹂を提唱した。﹁主体尊重﹂が読みにおける主体性、﹁作品尊重﹂が客. 観性とむすびつけられるのではない。読むという行為の二つの原理として、その接点で個の読みが成立するので. ある。読みの学習指導も、個の読みと同様に二つの原理の接点上に組織されなければならない。私の読みの成立. 過程︵主体尊重の原理︶と意味生成装置としての作品︵作品尊重の原理︶のかかわりにおいて、意味を生みだす. 創造の読みがいかに成立するのかが、読みの学習指導において問われる必要があるのである。連載の最終回にお. いて、田近は、読者論を基盤としながら、﹁読み手の内なるく読み﹀の生成・変容のダイナミズムを明らかに﹂. するものとして読書行為論を位置づけ、その成立によって﹁観念的二元論に陥りがちな読みの指導の至宝を開く ことができるのではないだろうか﹂注+七と、今後の課題として読書行為論の構想を提出した。. 田近が、自ら示した課題に答えるのは、 一九八人年十二月﹁読者論・読書行為論に立つ︿読み﹀の教育1そ. の可能性と課題1﹂自大においてである。田近は、この論考で、読書行為論の構想の具現化を図っている。読. 者論の導入は、﹁唯一の正解の読みを求める教育界においては、読者との関係で作品︵教材︶を相対化するとい. う意味で、一定の有効性をもつことはできた﹂とし、さらに読者論を、﹁主体にとって︿読み﹀とはいかなる行. 為か、それはいかにして成立するのか﹂注+九を明らかにする読書行為論に措定し直す必要を述べ、読書行為論の. 位置づけを明確にした。そのうえで、﹁︿読みVとはいかなる行為か、それはいかにして成立するか﹂を解明す る読書行為の四つの観点を示している。. まず、田近は、第一として感覚的なイメージ形成という観点をあげる。. イメージ世界の創出と参加、それが文学の︿読み﹀の基本であり、文学体験とよばれるものである。読者. レ. d.
(15) は、イメージ形成することで虚構世界に転生し、それをまさにわが現実として体験するのである。その意味. で、イメージ形成は、文学の︿読み﹀のもっとも基本となるはたらきだと言えよう。注二+ 第二の観点として、知的な意味形成をあげる。. *読者はことばとかかわってそこに一つの意味世界をつくり出す。自分の内に蓄積された経験をことばに重. ね、そのことばに意味を与えていく。さらにことばとことばを関係づけ、重層的・複合的な関係様相として. テクストをとらえ、そこに生まれるイメージ世界の意味を解読する。解読するという形で、それに意味を与 え、意味世界を形成するのである。. 文学の︿読み﹀は、たんなる通信・通達の受容行為と同じでない。読者自ら意味世界生成の主体となると ころに、文学の︿読み﹀の特質がある。注二土. 第三の観点は、知的・情意的な享受反応の行為だという観点である。. *知的あるいは情意的な享受反応のないものを文学の︿読み﹀と言うことはできない。特に、感動と批評︵問 題意識︶抜きに文学のく読みVはない。. 文学のおいては、知的な意味形成も、何らかの知的・情意的な反応を触発して、初めて意味を持つ。また、. その︿読み﹀は、何らかの知的・情意的反応をともなって、初めてその人自身のものとなるのである。注脚+二. 田近は、﹁イメージ形成﹂、﹁意味形成﹂、﹁享受反応﹂について、﹁意味がイメージを生むだけではなく、その. 意味はイメージの上に生まれる。また、イメージは知的・情意的反応を生み、反応は︵思想的・感情的価値︶は. イメージの性格づけをする。︵中略︶イメージ形成、意味形成、享受反応の三つは同時相関的に働いて一つのく読 み﹀を生み出す﹂注二+三とする。. 第四の観点として、主体変容行為としてとらえることをあげており、. *︿読み﹀は、どのような読者が、どのような変容を体験したかといった、言うならば読者変容行為、ある. ㍗. d.
(16) いは主体変容行為としても解明されなければならない。注二+四 とする。. 田近は、前にあげた二つの原理からこれら四つの観点を導きだし、読書行為の四側面として読みを成立させる. ものとしている。また、これらを、読みの教育において学習内容となるものであるとした。この四つの観点で特 徴的なことを二つ指摘できる。. 一つは、知的意味形成を取りあげたことである。従来、作品全体の知的意味は主題として作品から読み取るも. のとされてきた。それを、﹁読者自ら意味世界生成の主体となる﹂と意味づけ、その内実を明らかにした。意味. 生成の要素は作品のことばだけではなく、﹁ことばとのかかわり﹂﹁自分の内に蓄積された経験﹂﹁ことばとこと. ばを関係づけ﹂など主体の側の要素をあげている。換言すれば、知的な意味における﹁主体尊重の原理﹂と﹁作 品尊重の原理﹂の接点のあり方を示してものである。. 二つ目は﹁イメージ形成﹂﹁意味形成﹂﹁享受反応﹂について同時相関的に働くことを示した点である。相関 触であることは、読みの成立を図る学習指導の可能性を拡張するものとなる。感覚的なイメージが知的な意味を. 生むとすれば、﹁なぜ﹂﹁どうして﹂などと問うだけではなく、感覚的なイメージをどう形成するか、知的・情. 意的反応をどのように引き出すかなど、学習活動が多様に組織でき、知的意味に勝義されがちな読みの学習の新 た な 展 開 を期待できる。. 読書行為論の提案によって、田近は、理念としての読者論から、実践論に歩を進めたと言えるだろう。つまり、. 読者論が、一人ひとりの学習者の読みを大切にする多様性・個別性を認める論から、﹁︿読み﹀の成立を読者の. アクチュアルなはたらきとして解明する﹂注二+五読書行為論へと進展したのである。この提案以降、田近は、読書. 行為論の枠組みにそって、実際の学習活動や授業を視野に入れた論考を数多く展開している。. 卸. 91.
(17) 第一節において、読書行為論の成立過程から、読むという行為の二つの原理一. 読書行為論に学びつつ、個の読. それらから導かれる四つの観点. 第二節 読書行為論に立つ学習活動 を検討してきた。本節では、読書行為論の学習活動への展開を考察し、さらに、 みの成立する授業の視点の導出を試みる。. 学習活動開発の視点. 田近は、前の読書行為の四つの観点の中で、 読みの学習を考えるとき、おもに﹁イメージ生成﹂﹁意味形成﹂ ﹁享受反応﹂注.壬ハの三つを取り上げる。注二+七. *︿読みVは、主として次の三つの行為の相関としてとらえることができる。. 1 意味形成行為. ア 表現︵言説︶を通して、書かれていることがら︵人物の言動や事件・事物︶とその意味をとらえる。. イ 語りの視点をとらえ、作品の展開︵テクストの構造︶とその意味をとらえる。. 2 イメージ生成行為 ア 人物の立場に立って、その人物の内面を想像する。. イ 表現を通して、書かれていることがら︵人物の言動や事件・事物︶の様子を想像する。. 3 反応批評行為. ア 書かれていることがら︵人物や事件・事物︶について、視点人物の立場に立って、感想を持ったり、 批評したりする。. イ テクストの構造やことば︵言説︶について、感想を持ったり、批評したりする。. これら三つのはたらきの相関性については、すでに前節で検討した。田近は、読みの学習はこの三つに関する. 恥. d.
(18) 能力を育てるものでなければならないとして、学習指導では﹁三つのはたらきを相関的に扱うこと﹂と﹁三つの. どれを手がかりにするかは、教材と児童・生徒の実態によって決まる﹂と述べる。ある人物の心情のイメージは、. その人物の行動の意味やそれに対する読み手の享受反応がもとになって生成されるものである。また、心情のイ. メージは人物の行動の意味を明確なものとし、またそれによって反応批評も豊かなものになる。教材の特質や学. 習者の興味・関心、あるいは読むカなどによって三つのはたらきのどれから出発するかは決まるが、結果として 相関的な扱いが必要となのである。. 田近は、このように読むという行為から学習指導の大枠を設定したうえで、読書行為論に立つ学習活動開発の 視点を二点あげている。注二+八. 1 教材の言語表現上の特質をふまえ、そこにどのような︿読み﹀を成立させようとするのか、すなわち、 どのような︿読み﹀の力をつけるのかを明確にする。. 2 児童・生徒の関心・意欲に根ざすとともに、一人ひとりの個性をひき出し、自己実現の充実感が感じら れるような活動を工夫する。. 1は、﹁主体尊重の原理﹂と﹁作品尊重の原理﹂から導かれる学習活動開発の視点である。教材の意味生成装. 置としての仕組みをとらえ、学習者はどのような読みを成立させるか、読みの成立によってどのような読みの力. をつけることが可能であるか、それらを明確にする必要性を述べている。これを﹁読みの視点﹂としておく。. 2は読みの学習指導だけではなく、他教科の授業であっても必要な視点である。学習は何らかの活動をとおし. て成立する。その活動が学習者にとって意欲的に取り組めることが大切になる。﹁活動の視点﹂とする。読みの. 学習では、学習者が意欲的に読むことによって読みの学習は成立する。そのための学習活動は、学習者の関心・. 意欲に根ざしたものであると同時に、 一人ひとりの個性的な読みを引き出すものであり、充実感をもたらす読み の成立がめざされたものでなければならない。. 髭. d.
(19) ﹁読みの視点﹂と﹁活動の視点﹂は、相互に関連するものとして学習活動は開発される。田近は、それらの接. 点に学習活動が開発され、実際の活動が展開されるとし、﹁どんなにおもしろい活動でも、教材の︿読み﹀がお. ろそかになるような設定をしてはならない。その活動が、必然的に児童・生徒の意識を文学テキストの言葉、あ. るいは言葉の構造にむかわせるとき﹂注二+九、その学習活動は学習者の読みを成立させるものとなるとするのであ. る。読むことそのものが、作品と読み手主体の読むという行為なしには成立しないのであるから、読みの学習活. 動そのものがすでに﹁作品尊重の原理﹂と﹁主体尊重の原理﹂を含んでいる。さらに、学習活動が学習者の関心. ・意欲に根ざし、個性を引き出し、自己実現の充実感が感じられるものとするとは、一人ひとりの学習者に学習. 者自身の読みが成立することによってもたらされるのである。﹁活動の視点﹂からの学習活動も読みの成立がめ ざされることになる。すなわち、﹁活動の視点﹂からの学習活動は、﹁読みの視点﹂に規定されるということで. ある。田近が例としてあげた﹁どんなにおもしろい活動でも、教材のく読みVがおろそかになる﹂学習活動とは. ﹁活動の視点﹂からの学習活動が﹁読みの視点﹂を充分に考慮したものになっていないということになる。もち. ろん、﹁活動の視点﹂から学習活動を構想し、﹁読みの視点﹂をその中に位置づけることも可能である。学習活. 動の開発にあたっては、どちらかの視点から学習活動を構想し、他の視点を位置づけるという手順が実際的であ. る。どちらにせよ目指されることは、個の読みの成立であることをおさえておく必要があろう。. 田近は、それぞれの視点からの学習活動を﹁読みの視点﹂では五点、﹁活動の視点﹂では三点提唱している。 ﹁ 読 み の 視点﹂. 0ことばにこだわる ○関係を発見する ○視点を変える ○反応を掘り起こす. ひ. d.
(20) ○さまざまに音読・朗読してみる・ ﹁活動の視点﹂. ○読みを成立させる書く活動 ○読みを成立させる話す・話し合う活動 ○音読・朗読、劇化. それぞれの活動の具体的内容は巻末に参考資料として記載した。ここでは、詳しく言及しないが、﹁○ことば にこだわる﹂については、次項で取りあげるので、ふれておきたい。 ○ことばにこだわる. 田近は、文学の読みについて、早くから﹁重点主義﹂三三+あるいは﹁焦点化方式﹂注三±として、作品のことば.. から印象的なもの、心に残ったものを意識の上で焦点化し、追究していく読みを提唱している。作品中の重要な. ことばに読みを焦点化して、他のことばとの関係でその意味を探ることによって、作品全体の読みを成立させる. ことが可能だとする。結節点に焦点化する読みである。作品中の重要なことばとは、﹁中心人物の存在のしかた. や行動・心理・あるいは彼の置かれている状況などを端的に表すことば︵部分形象︶﹂であり、それが作品構造. 上の結節点であり、﹁作品のうえでの結節点は、素朴なる読者の側から見るなら、特に心に残るところ︵印象点︶ であり、心を動かされるところ︵感動点︶である。﹂としている。. 田近は、﹃ごんぎつね﹄の最後の部分を使って﹁こっそり﹂に焦点化した読みの授業モデルを示している。注三+二. 授業モデル﹁こっそり﹂の読み みつからないようにしようと思ったからです。 かくれてくりを置いて来ようと思ったからです。 みつかるとひどい目に合うと思ったからです。. T ごんが﹁こっそり﹂中へはいったのはなぜでしょう。 C C C. ㍗. d.
(21) T どうしてみつかったらひどい目に合うと思ったのですか。 C 兵十ににくまれていることを知っているからです、 C 兵十がいたずらぎつねだと思っていることを知っているからです。 T それなのにまた来たのはなぜでしょう。 C 兵十に悪いことをしたと思っている.からです。. C つぐないを続けないではいられなかったからです。 C つぐないがまだ終わっていないと思っているからです。 T、そんなごんの気持ちを兵十は知らないけれど、ごんはそれでいいのでしょうか。 C それでいいと思っていると思います。 C 紅かってもらえなくてもいいと思っている。だから﹁こつそゆ﹂中へ入ったのだと思います。 C 反対です。ごんはほんとうはわかってもらいたいと思っていると思います。 T ごんもほんとうはわかってもらいたいのだどいう意見が出されましたが、それについてはどうですか。 C 加助と兵十の話を聞いて、﹁へえ、こいつはつまらないな﹂とか、﹁おれは、ひきあわないなあ﹂と思うところがら、ごんも わかってもらいたいのだと思います。 T ごんでもほんとうはわかってもらいたいのかもしれませんね。でも、兵十にわかるはずがありません。そのことを知ってい るのに、こうやって﹁こっそり﹂来るのはどうしてでしょう。. ﹁こっそり﹂が表すごんの. C 兵十がひとりぼっちになってかわいそうだと思っているからです。 C ひとりぼっちの兵十はひとりぼっちの自分と同じだと思っているからです。 C 兵十のことをなぐさめてあげようと思っているからです。 C 兵十のことを思ってい﹁るから、わかってもらえなくてもつぐないは続けようと思っているからです。︵以下略,引用者︶. ここで田近は、﹁こっそり﹂に焦点化し、﹁こっそり﹂の読みの成立を図っている。 心情や境遇を読み取ったとき、この場面の読みが成立したとするのである。. 二 読書行為論から導出する授業の視点. 一. 墜. 18.
(22) 田近は、読みの学習は﹁主体尊重の原理﹂と﹁作品尊重の原理﹂の接点に﹁意味形成﹂﹁イメージ生成﹂﹁反. 応批評﹂の三つの働きを学習内容とし、その学習活動は﹁読みの視点﹂﹁活動の視点﹂の両面から設定される必. 要があるとする。読みの成立する学習活動をどのように授業として組織化するかが重要となる。. 組織化の方向性として、三点指摘できる。一つは、﹁読みの視点﹂から授業を構想し表現活動を取り入れるも. のである。﹁ことばにこだわる﹂や﹁関係を発見する﹂など作品構造とのかかわりを軸に﹁作品と対話する授業﹂. や﹁テクスト構造を読む学習﹂を構想する。あるいは﹁反応を掘り起こす﹂ことを中心の学習活動として﹁初発. の感想を生かす授業﹂、﹁教材への書き込みを生かした学習﹂などの授業を考えることである。注三+三. 二つ目は、﹁活動の視点﹂から授業を組織しようとするものである。﹁読みを成立させる書く活動﹂から﹁書. く活動を生かした読みの授業﹂、﹁読みを成立させる話す・話し合い活動﹂から﹁話し合い活動を生かした読み の授業﹂を考え、そこに作品とのかかわりを呼び込むものである。注置+四. 三つ目として、﹁読みの視点﹂と﹁活動の視点﹂の接点に授業の組織化を図るものである。例えば、音読はど. ちらの活動にも取りあげられたものである。音声表現活動である音読には、読みの過程としての意義もある。音. 読を学習活動の中心に据えることは、一方では音読として表現させることで、学習者の個性を引き出し、充実感. をもたらすことをねらう。また、音読は、それ自体が作品構造とかかわることであり、音読によって読み深める ことができる。このような音読の特徴を生かした授業が工夫される必要がある。注三圭. これら三つの授業の組織化は、どれかが優れているということではなく、教材の特質や学習者の発達段階、興. 味・関心によって選択されるべきものである。授業のなかで、個々の学習活動がどのように関連づけ射れ、相互 に機能し合い一つの授業として組織されるかが問題となるのである。. ここまでの読書行為論の検討をふまえて、本論では、物語教材において個の読みの成立する授業の視点を次の ように設定する。. 傷. d.
(23) イ. ア. 交流をとおして読みの深まる授業. イメージ豊かに読む授業. 個の読みの生成を出発点とする授業. ︿個の読みの成立する授業の視点﹀. ウ. 結節点に焦点化する授業. ﹁主体尊重の原理﹂から導かれたものである。イは、,﹁作品尊重の原理﹂から、教材とのかかわりとし. エ アは、. ジ 生 成 ﹂ ﹁意味形成﹂﹁反応批評﹂を含むものとしてとらえる。ウは、﹁活動の視点﹂から、エは﹁読 て﹁イメー. みの視点﹂ からのものである。しかし、それぞれの視点は独立したものではなく、密接に連関してものである。. 次節において個の読みの成立する授業の視点としての妥当性を検討する。. 第三節 個の読みの成立する授業i一物語教材の場合. 第二節では、読書行為論の学習への展開として、読みの成立する学習活動のありようを検討し、授業の視点を 導出した。本節ではそれぞれの視点の妥当性について検討する。. 田近洵一は、﹁私の読みを生みだし、変容、深化させることが、読みの学習である。﹂注三士ハと述べている。読. あるいはし. みの成立過程︵生成・変容・深化︶にそって、視点を検討することが﹁個の読みの成立する授業﹂の解明につな がると考える。. ア 個の読みの生成を出発点とする授業 田近は、読みの成立のうえで、読みの生成を重視する。. 読みを、主体的な反応としてとらえるなら、まず読み手が作品とどのような出会いをしたか、. 俳. 2.
(24) ているかが取り出されなければならない。むしろ主観的・恣意的なものがまじるにしても、そのような反応 をひき出すことが読みを成立せしめる上での出発点である。注三+七. 田近は、﹁主観的・恣意的な﹂読みであっても、﹁反応を引き出す﹂ことが、﹁読みを成立せしめる上での出発. 点﹂として重要であるとする。また、初発の感想を持つことの意義について、次のように述べている。. *読みの成立過程は、感想の生成・深化・拡充の過程である。とするなら、読みの学習においては、読み手. の内に生まれる初発の感想を大事にしなければならない。それが、その時点での読みを示すものであって、 しかも、自分の読みをつくっていく上での核ともなるものだからだ。注三+八. ここでも、田近は、初発の感想としての読みの生成を重要とする。﹁その時点の読みを示す﹂ということには、. 二つのねらいがあろう。それは、指導者として学習者の実態を知り、指導に生かすということと、もう一つは学. 習者が自分の読みのあり方を知るということである。従来の指導では、前者の指導者のねらいが重視されてきた. のではないだろうか。田近が強調しているのは後者の点であり、﹁その時点の読みを示す﹂ということは、﹁自. 分の読みをつくっていく上での核﹂として意識されるということに重点が置かれている。学習者は自分の読みを. 生成し、それを核として読みを拡充し、あるいはそれを出発点に読みを変容・深化させる。読みの学習の初期に. おいて、単元全体の初期であっても︸時間の学習の初期であっても、読みの生成は、個の読みを成立させる要件 となるだろう。. 特に単元の初期に生成された読みは、学習者の出発点であり、核であるとするなら、何らかの形で記録され、. 保存される必要がある。自分の読みを振り返ることで、出発点を確かめ自身の読みの変容・深化の過程をとらえ ることが可能になるからである。以下、読みの生成について重視すべき点をあげる。 ①読みの生成. 学習者の能力、興味・関心や教材の質によって学習者の反応は違ってくる。教材との出会いが、主体的なもの. レ. 2.
(25) となれば出発点としての読みの生成が豊かなものとなる。そのために、学習者を教材とどのように結びつけるか、 学習者の興味・関心をどのよう開発するかが問われなければならないであろう。. 田近は、行為としての読みを生みだす要素として知的好奇心をあげ、そのきっかけとなる知的操作を次のよう に示している。︵整理して示す。引用者注︶. ①<くらべる1比較するV 1 差異点、類似点をとらえる 2 対立点をとらえる. 3 変化をとらえる ②︿むすびつける1関連づける> 1 対立・対応するものをとらえる 人物と人物、行動と行動. 2 照応・矛盾するものをとらえる 原因・結果の照応、行動と言語の照応. 3 類似・関連するものをとらえる 類似する人物の性格、いろいろな行動やことば. ③︿しくみをとらえる1総合する> 1 やま︵中心点︶をとらえる 2 結末をおさえて、原因を考える 3 印象︵感想︶の違いがどこから来るか考える二三+九. ここに示したものは、ある教材の学習の初期にだけ扱うものではないが、いくつかの観点を教材の特質から選. ㍗. 2.
(26) び出し、学習者に読みの視点として提示することで興味をもって読みすすめることが可能となるだろう。. ②生成された読みの表出. 生成された読みの記録・保存の必要性は前に述べた。記録・保存の利便性や振り返りやすさから、何らかの形. で書き記すことが中心となる。第二節で取り上げた読みの成立する書く活動から、出発点あるいは核とすべきも のとして扱うことのできるものは次のようなものである。. 1 視写系列から ①感動的な場面、印象的な場面を視写する。 ②好きな表現、すぐれた表現を視写する。. 2 注釈・分析・解釈系列から ②人物の置かれている状況について書く。 ④人物の性格や特徴などについて書く。. 3 想像系列 ①人物の立場を想像して書く。. ②人物の気持ちを想像して書く。 ③場面の情景を想像して書く。. 5 感想・批評系列 ①初発の感想を書く。 ②友だちの感想に対する感想を書く。注四+. かつて、第一次感想の是非が論じられた。それは、感想を書かせることによって、読みのおもしろさを阻害す. ることや、主観的な読みが固定化してしまうなどの問題であった。教材を一読すれば何らかの読みは生、成される. 鋲. 2.
(27) のであるが、必ずしも初発の感想文の形にする必要はない。学習者の実態や教材の特質から、 な さ れ る 必 要があろう。. また、一時間の授業の初めにおいても、その時点での読みを意識化することが大切になる。 動がさまざまに設定される必要がある。. イ イメージ豊かに読む授業 生成された読みを変容・深化させるために、イメージ豊かに読むことが必要となる。. 書く活動の選択が. そのための個の活. 第一節で、田近の読書行為論における﹁イメージ生成﹂﹁意味形成﹂﹁享受反応﹂の三者の同時相関的な働き. について検討した。ここで言う﹁イメージ豊かに読む﹂は、読みの基本としての﹁イメージ生成﹂だけではなく、. 同時相関的な働きも指している。すなわち、イメージの豊かさは﹁イメージ生成﹂の豊かさであり、﹁意味形成﹂ や﹁享受反応﹂の豊かさである。. では、実際の学習活動、において﹁イメージ豊かに読む﹂ためにはどのような学習活動が必要であろうか。﹁学. 習者は、教材との相互作用によって、まずイメージを形成する。その意味で、イメージ形成の学習は、読みの基. 本となる極めて重要な学習である。﹂諸+一と述べる深川明子の論考にも学びつつ、学習活動の観点をあげてみる。. ①イメージ対象の明確化. 読みの基本としてのイメージ生成は、まず、登場人物の会話や行動、情景など個々の事象が対象となる。授業. 実践でイメージ化という場合、この事象のイメージ生成を指している場合が多い。事象のイメージ生成が誤って. いたり、概念的であれば、イメージ豊かな読みは成立しないであろう。事象のイメージは、イメージ生成の基本 となるものである。. 深川は、﹁イメージは、対象を明確にするための通路であり、混沌とした状態から対象を具象的に取り出す機. 塩. 2.
(28) 能を持っている。とすると、授業において、イメージ形成の対象を明確に指示してやること﹂注四+二が重要になる. と述べている。このことは、対象や、そのイメージの方向を限定することではない。学習者が、何をイメージ化 するのか、どうずればよいのか、明確に指示することである。. さらに、どの事象と事象を関係づけるか、学習者のどのような経験と事象を結びつけるかなど、学習者が鮮明 に、豊かにイメージできる働きかけも必要である。. ②イメージの活性化. イメージの活性化とは、﹁イメージ生成﹂・﹁意味形成﹂・﹁享受反応﹂の相互作用の活性化のことである。これ. ら三者の相互作用は、順序性にこだわることなく、どれか一つをきっかけに、他との関連をはかることが重要で あろう。. 田近は、﹁イメージ生成﹂と﹁意味形成﹂を相関的に扱う発問として、次のような例をあげている。 ア 意味から︵11思考から︶想像へ. ・人物がそのようなことをしたわけを考え、その時の行動のしかたやようすをイメージとして描く。. ・今の状況が人物にとってどのような意味があるかを考え、その時の人物の立場に立って、内面を想像す る。. イ イメージから︵11想像から︶思考へ. ・人物の行動をイメージとして思いうかべ、そのような行動をしたことのわけを考える。. ・人物が見ているものやまわりの状況のようすを思いうかべ、人物にとってそれらにどのような意味があ る かを考える。茜+三. また、読んでどう思ったか︵享受反応︶から、そのように思うのはなぜか︵意味形成︶を追求することも可能 である。. 髭. 2.
(29) ウ交流をとおして読みの深まる授業. 個の読みの成立がねらいとなるにしても、授業論として具体的な授業展開のあり方が学習活動として検討され なければならない。このとき問題となるのが、学び合いとしての読みの交流である。 菅原稔は、読みの学習における話し合い活動の意義を次のように述べている。. 子どもたちは、﹁話し合い﹂によって、自らの読みとは異なる多様な読みの方法や内容を知りハそれによ. つて、自らの読みをより豊かなものにすることができる。また、﹁話し合い﹂によって、自らの読みの内容. や方法を見直したり、新たな発見をしたり、あるいは、読みを広げたり深めたりすることもできる。いわば、 他人の読みに手引かれて、自らの読みを加除訂正し、進め広げるのである。諸+四 ﹁話し合い﹂による交流の重要性が理解される。. さらに菅原は、﹁学び合い﹂として﹁話し合い﹂が成立する条件について論じている。それは、以下の四点に ま と め ら れ るだろう。. 1 子ども一人ひとりに、自らの読みや理解とともに、その根拠や背景にも自覚的な目を向けさせることが 必 要 である。. 2 子ども一人ひとりを真の読み手・話し手として確立することが必要になる。一斉指導・集団学習として. の﹁話し合い﹂活動を成立させるためにこそ、逆に、個別学習・一人読みに十分時間をかけておくことが 必 要 になる。. 3 何を取り上げているのか、また取り上げるべきか、話題・素材の中心は何か、さらには﹁話し合い﹂の. あり方はこれで良いのか等、﹁話し合い﹂に参加しなが.ら、 一方でそのありようにも心を配ることが必要 で あ ろう。. ひ. 2.
(30) 4 ﹁話し合い﹂活動で大切なのは、ただ子どもたちが積極的に参加し活発に活動しているかどうかだけで. はなく、一人ひとりの子どもの読みがどれだけ深め広げられたか、どれだけ豊かで多様な加除訂正がなさ れたかである。注四+五. ここで注目しておきたいことは、﹁個別学習・一人読み﹂←﹁一斉指導・集団学習﹂←﹁個の読み﹂という一 連の流れが想定されていることである。. ﹁一人読み﹂が﹁読みの交流﹂の前提となり、また﹁読みの交流﹂が﹁個の読み﹂を変容・深化させる。すな. わち、二人読み﹂と﹁読みの交流﹂の相互作用として交流をとらえる必要がある。たとえば、書く活動を読み. の学習に取り入れたとしよう。書くことで完結する学習であれば、それは読みの学習の活性化にはならない。書. くことが、次の交流活動に生かされるものとして設定され、書いたことを発表する場があってこそ、学習者は教. 材を読みすすめつつ書くことで読みを深めると考えられる。﹁一人読み﹂の内容と﹁読みの交流﹂をどのように 関 連 さ せ る かが課題となる。. 工 結節点に焦点化する授業. 第二節において、田近が﹁重点主義﹂や﹁焦点化方式﹂として、結節点の読みを重視してきたことを述べた。 ここでは、物語教材の学習指導における結節点の読みについて検討する。. 田近は、結節点を﹁特に物語的な文章では、中心人物の存在のしかたや行動・心理・あるいは彼の置かれてい. る状況などを端的にあらわすことば︵部分形象︶﹂注二士ハとし、作品構成上、重要なものとする。また、﹁たとえ、. 教師の目から見て、それほど重要でないと思われるところでも、子どもたちの印象や感想がどこかに集中したと. したら、その箇所が結節点であると考えてもよいであろう。﹂注四+七ともとらえている。すなわち、結節点は、作. 品構造の観点からと学習者の読み観点からの二面から検討する必要があろう。. ㍗. 2.
(31) 浜本純逸は、作品の構造上、重要な語句をキーワードとして、学習者に出会わせることの意義を次のように述 べている。. 物語の読みにおいて語句に注目させるのは、虚構世界において新しい意味をはらんでいる言葉に出会わせ. ることにより、読者の中で安定していた言葉に揺さぶりをかけ、言葉を新生させたり、その意味を豊かにさ. せたりすることにある。読者はそのことをとおして人間について、人生について、より深くより豊かなもの. の見方の地平を拓いていく。物語で学ばせる言葉は、量の多さが問題ではなく、意味を深くとらえさせる質 が大事なのである。注四+八. 浜本は、﹁語句に注目させ﹂、﹁言葉に出会わせる﹂ことによって、﹁言葉を新生させ﹂、﹁その意味を豊かにさ. せる﹂ことを重視する。作品構造の観点からの結節点の重要性を述べているといえよう。. ◇ただの鳥に対しているような気がしません。. ◇何と思ったか じゅうを下ろしました。. たかだか鳥のことだと思っていました。 一 はやぶさとのたたかい. 浜本は﹁大造じいさんとガン﹂︵椋鳩十︶の重要な語句を次のように示している。 茜+九. 大造じいさんは 残雪を. 大造じいさんは. そして、﹁物語の読みでは、読者がこの変換点︵重要な語句。[]のことば。引用者注。︶を見つけ、そこに. 自分なりの意味づけをすることが重要である。学習指導の場面では、﹃なぜ、そのように変わったか﹄と発問し、. 匙. 2.
(32) 考えさせたい。﹂注五+と述べ、言葉に出会わせることの具体的発問を示している。. 学習者の結節点について、滑川道夫の論考を取り上げる。滑川は、読むことを創造活動の過程ととらえる立場 から、読み手の関心・問題意識の重要性を、次のように述べている。. もう一つ、読みの創造性の基底に、読み手の関心・問題意識がある。自分のいだいている興味の関心や解. 決すべき問題意識に従って、読みの強調点が違ってくる。︵中略︶機械が読みとるのではなく、人間が読み. とるのであるから、自分にとって関心の少ないところは凹んで、関心の高いところにエネルギーが多く発散. されるのは、ごく自然な心理過程である。関心の強さが読みを積極的にする。表現面に忠実に読んでいって. も、強調点がある。強調点があるからおもしろく読めるのであ、0、自分なりの解釈が欄けてくるのである。. 最初の一行から最後の一行まで公平無私に読むことなどは、人間であるかぎり不可能事であろう。創造活動 も、読みの積極性も、主体的な読みもそこには現れない。三五土. 滑川の﹁強調点﹂は読み手の関心・問題意識からのものである。﹁強調点﹂に対する関心の強さが、読みを積. 極的にし、読みの創造性の基底となるとする。滑川の﹁強調点﹂は、読み手の関心が集中するという意味で、学. 習者にとっての結節点と見ることができる。滑川の論考から、・学習者の観点からの結節点の重要性が指摘できる だろう。. この学習者の観点からの結節点は、固定したものではない。滑川の指摘どおり、読み手一人ひとりに問題意識. や興味・関心の違いがあれば、当然学習者ごとに結節点は異なり、多様になるであろう。同じ部分を結節点とと. らえたとしても、その意味づけの深さ、色合いなど同じではない。それは、一人の学習者の結節点の変容も示す。. ある学習者が、結節点を中心として他の部分を関係づけながら、ある場面や作品全体を読みすすめる中で、結節. 点の持つ意味を新たに発見することもある。また、違う部分が新たに結節点としてとらえ直されることもある。. 読みが生成・変容・深化すると同様に、結節点も生成・変容・深化する。実際の読みにおいては、作言の方略と. 鋲. 2.
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